エギビ家 – 知られたくない記録」の中で、ものみの塔が不自然に「エギビ家」について何も言及していないという点を指摘しました。

しかしさらに調査を進めると、近年のものみの塔が「エギビ家」について言及しないだけではなく、1988年の段階で協会の出版物から意図的に抹消することさえしていたことがわかりました。削除された情報が掲載されていた出版物とは、ものみの塔聖書冊子協会が1971年に発行した聖書辞典「聖書理解の助け」です。これは後に「聖書に対する洞察」という新版に置き換えられました。以下のグレーで色付けされた部分に注目してください。新版でごっそり削除されているのがわかります。

聖書理解の助け 1971年
Aid To Bible Understanding p185
聖書に対する洞察 1988年
(日本語1994年)
Insight on the Scriptures v.1 p248
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バビロニアの銀行家のエギビ一族に関する説明が消された。

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「聖書に対する洞察」は「聖書理解の助け」から、ほぼ同じ内容で文章を継承しています。 しかし、エギビ家の記録に関して記載していた部分を完全に抹消してしまっています。 削除された文章を見ると、ものみの塔がエギビ家の記録や他の商取引の文書に読者の目を向けさせたくない理由を理解できます。削除された部分には以下の記述が含まれていました。

バビロニアの銀行家のエギビ一族に関する説明の消された部分の日本語訳

シッパルにある太陽神シャマシュの神殿は「世界の中で最古の商業機構」と呼ばれてきました。(Nebuchadnezzar 、G.R.Tabouis p.317)投資基金が投機的事業、所有物への担保権、あるいは経済的な緊急事態のために貸し出されていました。取引の記録は粘土板に書き込まれて残されました。それらは複数の証人の前で行われ、関係者による印象や印によって有効なものとされました。そして偽造されないように複製の記録が作成され、粘土の覆いがなされ、不必要に開封されないようにもされました。一団の施設グループが銀行の運営を行いました。バビロンのエギビ家はネブカドネザル王の時代(西暦前7世紀の後半から6世紀の初め)に顕著な存在になり、数百の商取引のドキュメントが一族の名前で発行され、粘土板に記された記録として残されています。近年これらの記録は考古学者によって発掘されました。

このように「聖書理解の助け」の「銀行,銀行家」の項目の中には、エギビ家に関する説明が明確に記載されていました。そこにはエギビ家の銀行業務の文書が (1)複数の証人によって認証されていたこと。 (2)記録が偽造されないように十分守られていたこと。 (3)記録がネブカドネザル王の時代をカバーしていること。(実際はネブカドネザルからキュロスまでの全期間をカバーしている) (4)そして「数百」の粘土板(現在は1700以上の粘土板)が発見されていることがはっきりと記されていました。

ここで指摘されている事実は商取引の文書によってバビロニア帝国の年代が十分確証されてしまうことを示しています。

「聖書理解の助け」の文章は現在の Watchtower Library では表示されないようになっています。 詳しくは「エギビ家 – 知られたくない記録」をご覧ください。

記事の終わり