#601 Re: 総合フォーラム » 組織の改善に関する議論 » 2012年10月23日 08:09:09
#602 Re: 総合フォーラム » 組織の改善に関する議論 » 2012年10月21日 22:31:17
#603 Re: 総合フォーラム » 組織の改善に関する議論 » 2012年10月21日 17:28:12
#604 Re: 総合フォーラム » 組織の改善に関する議論 » 2012年10月20日 14:21:11
上記の補足です。
児童虐待や輸血の問題、良心上の決定などにおいて、
協会は行動を統制しておきながら、個人があたかも自分の意思で決定しているかのように述べたり振舞うよう指示を出していますが、このやり方が個人の自由意志の行使を推薦するやり方とはとても思えません。
それでこのような組織に留まることは、クリスチャンの特質を成長される上でかえって逆効果(阻害)となるでしょう。
このような提案は、ごまかしの生き方の推薦でしかありません。
ですからものみの塔協会には マタイ23:27-28 が当てはまります。
マタイ 23:27-28
27 「偽善者なる書士とパリサイ人たち(ものみの塔協会),あなた方は災いです! あなた方は白く塗った墓に似ているからです。それは,外面はなるほど美しく見えますが,内側は死人の骨とあらゆる汚れに満ちているのです。28 そのように,あなた方(エホバの証人)もまた,確かに外面では義にかなった者と人に映りますが,内側は偽善と不法でいっぱいです。
もちろん全ての兄弟姉妹たちがそのよう者だと決め付けているわけではありませんが、ものみの塔・エホバの証人が示している霊は残念ながら書かれているとおりだと思います。また真のクリスチャンであるために、この組織に留まる理由や価値はないと思います。
#605 Re: 総合フォーラム » 組織の改善に関する議論 » 2012年10月20日 13:38:17
#606 Re: 総合フォーラム » 組織の改善に関する議論 » 2012年10月18日 17:51:03
上記のコメントの補足です。
私は、バビロンを離れた元JWの兄弟たちの崇拝が無価値でないのとおなじように、現役のエホバの証人の兄弟姉妹たちの崇拝も無価値とは思っていません。
どこにいてもエホバ神に対する自らの責任は変わらないからです。
それで次の聖句の原則がエホバを崇拝する者すべてに当てはまると思います。
コロサイ 3:23
23 何をしていても,人にではなくエホバに対するように魂をこめてそれに携わりなさい。24 あなた方は,しかるべき報いである相続財産をエホバから受けることを知っているのです。主人であるキリストに奴隷として仕えなさい。25 悪を行なっている人は,自分が行なった悪の報いを必ず受けるのです。不公平はありません。
ローマ 14:12, 22
12 それですから,わたしたちは各々,神に対して自分の言い開きをすることになるのです。
22 あなたの抱く信仰は,神のみ前で自分自身にしたがって抱きなさい。自らよしとしている事柄について自分を裁かないでよい人は幸いです。
コリント第二 13:8
8 わたしたちは真理に逆らっては何も行なえません。ただ真理のためにしか行なえないのです。
多くの兄弟姉妹たちが良心的に上記の原則を従って行動した結果、協会の方針や教理と合わないとの理由で特権を失ったり、排斥されてきました。この現実を皆さんがどう見るかは個人の問題なので立ち入れません。エホバの証人の組織の中でクリスチャンの自由を楽しむことはできないでしょう。上手にやってくださいとしか言えません。しかし、皆さんの崇拝が神に受入られていないとは思っていません。それでエホバの証人の組織に留まる方の信仰や神との関係を疑問視していません。それは人間が裁くものではないと思っています。
もしあなたがエホバの証人の組織に留まるとすると、当面組織の方針に従うよう要求、または教育を受けるでしょう。
それで、組織がそこから離れたエホバの証人を背教者で精神的に病んでいると見なすなら、あなたもそうのような見方をとらざる得ないでしょう。もしあなたが組織の見方は極端で神からのものではないと感じているとすれば、良心の葛藤を味わうことになります。それでトラブルを起こさないような仕方で、いわば背教者たちとの接触の可能性のあるこのサイトのようなエホバの証人の情報系サイトを利用することになるはずです。このように組織に留まるならクリスチャンの自由が制限されると思います。
ヤコブ 2:12
12自由の民の律法によって裁かれようとしている人のようにいつも話し,またいつもそのように行動しなさい。
#607 Re: 総合フォーラム » 組織の改善に関する議論 » 2012年10月18日 13:14:30
もんもんさん
もんもんさんはトップがエホバ神とイエスキリストであると信じておられますので、きっと問題を祈りに含めていると思います。
他の兄弟姉妹たちも同じようにしていると思います。
できる実際的なことはそれしかないと思います。
後は、エホバ神とイエスキリストが物事を動かしてくださるまで辛抱して待ち、示される神の解決策を受け入れると良いと思います。同時に神が何を「もんもん」さんに望まれているのかを見極めるように努力できると思います。
エフェソス 5:17
17 それゆえ,もはや道理をわきまえない者となってはなりません。むしろ,何がエホバのご意志であるかを見分けてゆきなさい。
もんもんさんは、ものみの塔聖書冊子協会、エホバの証人が神の唯一の組織と信じておられると思います。
私もかってそうでした。
今は、それは人間により作られた人間の組織に過ぎないことを確信して、啓示 18:4 に従いバビロンから出ました。
私の見方は「エホバの証人 / 欺きの名前 」と題するトピックに書いています。
それで、私も「もんもん」さんや他のエホバの証人の方々と同じようにエホバ神とイエスキリストを信じています。エホバの証人の考え方からすれば、協会以外にエホバ神の真の崇拝者は存在しないと思われるかもしれませんが、ものみの塔協会を後にした多くの兄弟姉妹たちは引き続き同じ神を崇拝しています。この掲示板にあるアメリカやオーストラリアの経験を読まれてご存知と思いますが、協会を去った元エホバの証人の兄弟姉妹たちが、現役のエホバの証人の中で苦しんでおられる兄弟姉妹たちを真のクリスチャン愛から助けています。それらの兄弟姉妹たちをエホバ神やイエスキリストはどうご覧になっていると思いますか。
今後も、エホバの証人の兄弟姉妹たちのために、この掲示板をとおしてものみの塔協会、エホバの証人の実体(本質)、及び実態(状態)と聖書からの評価を公開していくつもりです。JWの皆さん、ご自分の属している組織が神の組織かどうかまじめに考えてください。
私のエホバ神への祈りは、人間性の組織の改善ではなく、兄弟姉妹たちが聖書に立脚した神に受けいれられる崇拝を始めることです。
#608 Re: 総合フォーラム » 組織の改善に関する議論 » 2012年10月18日 00:16:45
もんもんさん
お気持ちは良く分かります。
しかしトップダウンの組織をボトムアップで改善できると思いますか。
もし誰かが声を上げたとします、その人は助言の対象になるのではありませんか。
皆で一斉に改善を求めることをお考えでしょうか。
そうであれば、その音頭をとる人、また何を要求するか、いつ、どのようになど多くのことを決める必要があります。
そのような事をすれば必ず不必要な思い煩いや重荷を背負い込むことになりませんか。
最近の協会の傾向をよく分析してみてください。神権秩序と称してますますトップダウンによる権威の行使を強めていませんか。個人的な要求や質問を協会に尋ねないように指示されていませんか。では地元の長老団に組織のあり方について相談または要求をした場合、彼らは建前上どのように反応するでしょうか。多分「もんもん」さんもご承知のように彼らは同調するよりも守勢に立たざる得ないのではありませんか。
もしあえて改善のためのアクションを取るなら不必要な緊張を招き喜びを失うことになると思います。
次に共に活動するグループについてですが、
「もんもん」さんはエホバの証人になる前にお友達や共に活動するグループがいませんでしたか。
もしそのような人々を持っていたのなら、ご自分でまたそのような友人を作れるのではありませんか。
「エホバの証人」以外の人々との交わりを極端に警戒するような考え方はクリスチャン的又は正常でしょうか。
神の像に造られてる信者でない隣人は、エホバの証人と何も変わらないのではありませんか。
ローマ 2:14-15, 26-27
14 律法を持たない諸国民の者たちが生まれながらに律法にある事柄を行なう場合,その人たちは律法を持ってはいなくても,自分自身が律法なのです。15 彼らこそ,律法の内容がその心に書かれていることを証明する者であり,
26 したがって,もし無割礼の人が律法の義の要求を守るなら,その人の無割礼は割礼とみなされるのではありませんか。27そして,本来無割礼であるその[人]は,律法を実行することによって,その書かれた法典と割礼とがありながら律法の違犯者となっているあなたを裁くことになります。
「もんもん」さんの親族の方々は、真理の正確な知識をまだ持っていないかも知れませんが、悪い人ではないはずです。神が私たちに与えて下った良心は「エホバの証人」だけが特別に優れているわけではないと思います。
「エホバの証人」になる前、もんもんさんは集会、伝道、大会など、ものみの塔協会が企画した活動をしなくてもご自分が楽しめる活動をもっていたのではありませんか。それで人が行なえる健全な活動はいくらでも見つけられるのではないでしょうか。
「エホバの証人」の兄弟姉妹たちはものみの塔協会が企画した活動に喜びを見出していますので、それらの活動で時間を満たしたいと願っているのだと思います。それでそれらの活動に代わり、他の喜びを見出す活動を見つけることができると思います。
西暦一世紀当時のクリスチャンについて考えてみてください。
ローマ帝国の大多数の人々は奴隷の身分でした。その人々がキリストの音信を受け入れたときその生活がどのように変わったか考えてみてください。どのように伝道したのか、どのように他の信者たちと集ったのかなどです。当時は水汲み、買物、食事の準備など時間のかかる仕事が沢山あったに違いありません。奴隷のクリスチャンたちは自由に好きなときに伝道、集会ができたと思いますか。コリント第一 7:21 から何を学べますか。
コリント第一 7:21
21 あなたは奴隷の時に召されましたか。そのことで思い悩むことはありません。ですが,自由になることもできるなら,むしろその機会をとらえなさい。
ものみの塔協会は伝道者に時間の報告を要求します。また他の人の模範を励みにするように演壇から教えます。そのために兄弟姉妹たちは「そのようにしなければいけないのだ」と思い込むことになります。これが「エホバの証人」の思いを形作る力であり、それによって無意識に重荷(不必要な荷)を負うことになります。それで、それをしなければ安心できない精神状態が形成されていると思いませんか。それは一種のピアープレッシャーではないでしょうか。
ナアマンの家で仕えていたイスラエルの少女は、自分の生活の中で自分の信仰を表明しました。それで他の人が益を受けました。私たちに求められていることはそのことではありませんか。
やがて「ものみの塔協会」の実体に気付く兄弟姉妹たちが増えてくるでしょう、そのような人たちは自らの確信の下にバビロンを離れるでしょう。
兄弟姉妹たちが、協会の方針に疑問の声を上げれば会衆内で緊張やトラブルは避けられないと思います。
それで兄弟姉妹たちが「ものみの塔協会」の実体に目覚めてふさわしく行動されることを願います。
#609 Re: 総合フォーラム » 組織の改善に関する議論 » 2012年10月17日 15:05:18
組織の改善につては、マタイ 9:16、マルコ 2:22、ルカ 5:36-37が当てはまるでしょう。
マタイ 9:16-17
16 縮んでいない布の継ぎ切れを古い外衣に縫いつける人はいません。その満ちた力が外衣を引っ張り,裂け目はいっそうひどくなるからです。17 また人は,新しいぶどう酒を古い皮袋に入れることもしません。もしそうすれば,皮袋は張り裂け,ぶどう酒はこぼれ出て,皮袋はだめになります。やはり人は,新しいぶどう酒を新しい皮袋に入れます。そうすれば,両方とも保たれるのです」。
マルコ2:21-22
21 縮んでいない布の継ぎ切れを古い外衣に縫いつける人はいません。もしそうすれば,その満ちた力がそれを,つまり新しいものが古いものを引っ張り,裂け目はいっそうひどくなります。22 また,新しいぶどう酒を古い皮袋に入れる人はいません。もしそうすれば,ぶどう酒が袋を破裂させ,袋だけでなく,ぶどう酒も失われます。やはり,人は新しいぶどう酒を新しい皮袋に入れるのです」。
ルカ 5:36-39
36 さらに,[イエス]は彼らに次の例えを話された。「新しい外衣から継ぎ切れを切って古い外衣に縫いつける人はだれもいません。もしそうするなら,新しい継ぎ切れはちぎれてしまいますし,新しい衣からの継ぎ切れは古いものに合いません。37 また,新しいぶどう酒を古い皮袋に入れる人はだれもいません。もしそうするなら,新しいぶどう酒は皮袋を破裂させ,それはこぼれ出て,皮袋はだめになります。38 新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れなければならないのです。39 古いぶどう酒を飲んだ人はだれも新しいものを欲しがりません。その人は,『古いのはうまい』と言うのです」。
裂け目はいっそうひどくなる、新しい継ぎ切れはちぎれる、古いものに合わない
ぶどう酒もうしなわれる、皮袋はだめになる
などの表現に注目できます。
また人は「古いのはうまい」と言うとも言われています。
ものみの塔協会が作り上げたいわば「自ら課した崇拝の方式」を好む人を変えることはできないでしょう。
この掲示板をご覧になっているJWの皆さん、ものみの塔協会の真実を直視してください。そして実体を見極めてふさわしく行動を取ってください。
まず、「大いなるバビロン」が何であるか思い出してください。
それは、偽りの宗教組織です。
この「組織」という言葉は何を教えていますか。
それは人が作り上げた階級制度ではありませんか。
そして全ての宗教組織はその名称と目的を人間の政府に登録していませんか。
「ものみの塔聖書冊子協会」もその中に含ませんか。
そうであればそれは、「大いなるバビロン」の一部に過ぎません。
ご自分で納得のいくまで調査しその確信を得たなら、次の御使いの警告に従うべきです。
啓示 18:4
4 また,わたしは天から出る別の声がこう言うのを聞いた。「わたしの民よ,彼女の罪にあずかることを望まず,彼女の災厄を共に受けることを望まないなら,彼女から出なさい。
ものみの塔協会を出てどこへ行けばよいのか迷う必要はありません。
他の宗教組織、教会に行く必要もありません。なぜならそれらの人間の組織は全て「大いなるバビロン」の一部だからです。
あなたが求めていることは、神に受入らる崇拝であるに違いありません。
一方、神の方も真の崇拝者を求めています。
ヨハネ 4:23
23 とはいえ,真の崇拝者が霊と真理をもって父を崇拝する時が来ようとしています。それは今なのです。実際,父は,ご自分をそのように崇拝する者たちを求めておられるのです。
真理はあなたの手元にある聖書でしょう。
まず、聖書を読み自分で神の方法や意思を読み取る努力ができます。
また機会が開かれるなら自分の確信している真理を他の人と分かち合うことができます。
また、ものみの塔協会が作り上げた伝道が救いに不可欠でもあるかのように良心をいためる必要はありません。
聖書を注意深く学ぶなら「家から家」の伝道は要求されていないことが分かるでしょう。
既に「大いなるバビロン」から出た多くの兄弟姉妹たちがネットや出版物をとおして、エホバの証人の皆さんが抱くかもしれない不安や恐怖心、脅迫観念を取除く健全な見方を公開していますのでそれらを活用することもできます。
またこの掲示板に質問を書き込み他の人の見方から学んび確信を強めることもできるでしょう。
そのうち、ものみの塔協会から出てくる兄弟姉妹たちが増えれば、自分の地域で互いに連絡を取り合い、「ものみの塔協会」の決めた方法ではなく、自由にクリスチャンの友として集り合うことができるようになるでしょう。
マタイ 18:20
20 二人か三人がわたしの名において共に集まっているところには,わたしもその中にいるからです
コリント第一 5:4
4 わたしたちの主イエスの名において,あなた方が共に集まるとき
それで、2人か3人でもクリスチャンの交流を十分楽しめるでしょう。
また開拓奉仕、奉仕の僕、長老などの権威について考えてみてください。
それは「ものみの塔協会」による任命であり必ずしも神からのものではないでしょう。
西暦一世紀クリスチャン会衆が誕生したときエホバ神とキリストイエスは使徒パウロを用いて会衆のあるべき姿を形作られました。まずエルサレムにて人々が3000人、5000人と、この道に導かれた時その中で食料の分配などの雑用が生じてきます。それで、その雑用のために信頼のおける兄弟たちが、そこに居合わせている兄弟姉妹たちによって推薦され任命を受けたことを思い起こしてください。それが任命のための第一ステップです。それで地元の兄弟姉妹たちの中から、聖書の基準にかなうと誰もが認めるふさわしい人を推薦し、任命をすれば済むことです。
西暦1世紀にはイエスから権限を付託されたパウロがテモテなどをとおして長老の任命がなされた点が異なるだけです。その実態(実情)がどのようなものであったかは想像するしかありません。それが全ての会衆でなされていたのか、誰が任命権を付託されたのか、どのようにかなどは分かりません。それでも任命権を付託されたそれらの兄弟はその任命に関わる地元の会衆で何年か過ごしていましたので兄弟たちの様子を良く知っていたでしょう。確かなことは、統治体や支部事務所のような管理機関が任命を一手に担っていたのではなかったということです。これらの初期クリスチャン会衆の特徴はやがてなくなり、その後は、どの時代でもクリスチャンのグループが形成された場合、責任の割当ては地元の兄弟姉妹たちの推薦と任命によるしかなかったはずです。
カリスマ的な宗教指導者が現れグループを造り、その者があたかもキリストでもあるかのように振る舞い任命を行なう場合があるかもしれませんが、あなたはそれを神からのものと見なしますか。
現在「ものみの塔協会」がしていることは、地元の長老たちが推薦し、遠く離れた支部事務所で地元に行ったこともない人により承認され手紙により会衆に任命が発表されます。このプロセスは正にピラミッド支配のための企業のプロセスです。
結果として協会を奉るイエスマンだけが効果的に任命を受けるようになります。
ですから「ものみの塔協会」が行なっていることは神の目から見て無価値です。
それで、一旦バビロンを出たら二度とその同じ手法を取り入れるべきではありません。
マタイ 23:8-11
8 しかしあなた方は,ラビと呼ばれてはなりません。あなた方の教師はただ一人であり,あなた方はみな兄弟だからです。9 また,地上のだれをも父と呼んではなりません。あなた方の父はただ一人,天におられる方だからです。10 また,『指導者』と呼ばれてもなりません。あなた方の指導者はキリスト一人だからです。11 あなた方の間で一番偉い者は,あなた方の奉仕者でなければなりません。
コリント第二 1:24
24 わたしたちがあなた方の信仰に対する主人であるというのではありません。わたしたちはあなた方の喜びのための同労者です。あなた方が立っているのは[自分の]信仰によるのです。
各地で自主的に集り合うクリスチャンンの兄弟姉妹たちは各々が他の人の役に立つ賜物を神なら頂いていますので、その賜物を自由に活用し愛のうちに成長して救いに至ることができるでしょう。
コリント第一 12:4-7
4 さて,賜物はさまざまですが,霊は同じです。5 奉仕の務めはさまざまでも,主は同じです。6 働きはさまざまでも,すべての人の中であらゆる働きをされる神は同じです。7 しかし,霊の顕現は,有益な事柄を目的として各々に与えられます。
エフェソス 4:16
16 この[キリスト]をもととして,体の各部すべては,調和よく組み合わされることにより,また必要なものを与えるすべての関節を通して協働することにより,それぞれの部分が定めの機能を果たすにつれて,愛のうちに自らを築き上げることを目ざした体の成長に資するのです。
フィリピ 2:13
13 神が,[ご自分の]喜びとなることのため,あなた方が志しかつ行動するようにと,あなた方の中で行動しておられるからです。
コリント第二 3:17
17 さて,エホバは霊です。そしてエホバの霊のある所には自由があります。
「大いなるバビロン」を出た後は、上記のような霊と真理による受けいられる崇拝を追い求めることができるでしょう。
「ものみの塔協会」は皆さんに「大いなるバビロン」から出るために今まで交わっていた宗教組織に脱退届けを出すように勧めたと思います。もしあなたがそれを望むなら「ものみの塔協会」に対してそれを行うことができるでしょう。
「ものみの塔協会」の外には神の恵みはないと信じているなら、まずその「ものみの塔協会」についてよく調査しその実体を直視してください。エホバの証人研究サイトは皆さんがそうすることを助けるでしょう。
#610 Re: 総合フォーラム » 長老あての手紙や指示の内容を共有しませんか » 2012年10月16日 12:46:50
#611 Re: 総合フォーラム » 長老あての手紙や指示の内容を共有しませんか » 2012年10月14日 14:31:57
#613 Re: 総合フォーラム » キャンディス・コンティの裁判 » 2012年10月08日 10:16:36
#614 Re: 総合フォーラム » News » 2012年10月07日 10:39:35
法廷聴聞会において明らかになった協会の立場
*** メンローパーク王国会館訴訟 ***
2012年2月22日 カリフォルニア、サン・マテオ郡の高等裁判所において、
協会の弁護士カルビン・ラウズ (Calvin Rouse) は、「私たちは、丁度カトリック教会の様に、階級的な宗教です。」と強調して宣言しています。その立場により協会は宗教特権を主張し有利な判決を獲得しました。
*** オーストラリアにおける訴訟 ***
2011年10-11月のビクトリア州の会衆宛の協会の手紙
聖書研究活動は伝道者の個人的な宣教で、そして伝道者は、オーストラリアのものみの塔聖書冊子協会の代表者でもなければボランティアでもありません。
2011/10/11のオーストラリア法廷聴聞会
協会の弁護士レイチェル・バン・ウイットセン (Rachel van Witsen) は、ものみの塔協会を代表して、
「忠実で思慮深い奴隷」は法的実体ではなく神学上の取決めであると宣言しました。
それからビンセント・トゥール事務弁護士たちは、「忠実で思慮深い奴隷」は「人」 (person) として存在するのでもなく、「非法人団体」 (unincorpoated body) としても存在しないし、またクリスチャンの「集団」 (body)としも存在しないという論法を提供しました。
#615 Re: 総合フォーラム » エホバの証人 / 欺きの名前 » 2012年10月06日 20:57:41
#616 Re: 総合フォーラム » エホバの証人 / 欺きの名前 » 2012年10月06日 15:10:33
聖書は、アダムの全ての子孫への神からの手紙です。(テモテ第一 2:4-7)
それで、望むものは誰でも聖書を読み理解し、聖書の真理に信仰を持つことができます。
それは、神の御意思です。
しかしながら、私たちはまだサタンが支配する世に生活しています。(ヨハネ第一 5:19; コリント第二 4:3-5)
また、エホバ神は真の崇拝者を求めています。(ヨハネ 4:23-24; ヘブライ 11:6; テサロニケ第二 3:2; ヨハネ 6:44, 65)
啓示も含めて聖書の内容の全ては、宗派に関わらず聖書を所有する全ての人に宛てられています。
キリスト教のどんなグループも、啓示の7つの会衆に対する手紙を自分たちに適用していると思われます。
キリスト教のそれぞれの教会、グループ、組織は自分たちが「神の家」、または「キリストの追随者」であると思って、そう告白しています。それで、キリスト教の各グループは、自分たちの理解やクリスチャンとしての活動に関し神に対して責任があります。それは、個々の人々が神に対して責任があるのと同じことです。
キリストが戻られるとき、裁きがいわゆる「神の家」から始まるとそれぞれのグループ、または組織は思っています。それで、御使いは世界のキリスト教の中で、雑草から小麦を分けることになります。
その分ける基準は、邪悪へ憎しみや、他の人への思いやりのようなものと思われます。(エゼキエル 9:4; マタイ 5:7, 9:13, 12:7, 14:13, 22:23; ヤコブ 1:27, 2:13; ペテロ第二 3:11; ローマ 2:13-16)
コリント第一 13:12 で「現在わたしが知っているのは部分的なことです」と書かれているとおり、教理は分ける基準とはならないでしょう。
キリストを信じるものはキリストを主と見なしていますので、エホバの証人も含めて全てのキリスト教信者たちは、マタイ 7:22 に書かれているようになるでしょう。
マタイ 7:22
その日には,多くの者がわたしに向かって,『主よ,主よ,わたしたちはあなたの名において預言し,あなたの名において悪霊たちを追い出し,あなたの名において強力な業を数多く成し遂げなかったでしょうか』と言うでしょう。
イエスはキリストに向かって「主よ、主よ」と言うものつまりクリスチャンを自称する全ての者を分ける対象としています。
マタイ 7:21
わたしに向かって,『主よ,主よ』と言う者がみな天の王国に入るのではなく,天におられるわたしの父のご意志を行なう者が[入る]のです。
御使いたちは、世界中のクリスチャンと称する者の中から「神の御意思を行なっている者」を集めるでしょう。
そしてエホバ神は、愛ある親切と公正と儀を行なう者を喜ばれます。(エレミヤ 9:24)
次に高度に組織化された宗教組織の中にあっても人は聖書の真理に答え応じることができることの例を考えてください。
ウィリアム・ティンダル (William Tyndale)
16世紀のプロテスタント宗教改革の指導的な人物
彼は、ヨーロッパでギリシャ語の新約聖書を入手できるようにしたエラスムス (Erasmus) と、ローマーカトリックの修道士マルティン・ルター (Martin Luther) により影響を受けました。
ティンダルの聖書は、ヘブライ語とギリシャ語写本から直接翻訳された初めての英語の聖書でした。その最初の英語の聖書は印刷機を活用して出版され、最初の改革の新英語聖書となります。
彼は神学をオックスフォード大学で学びました。
しかし、彼はその当時の宗教的な環境をについて不満を述べています。
「彼らは、異教徒の学習を8-9年して、偽りの原理で武装してからでないと誰も聖書を見ないように制定している、それによって聖書の理解を全くできないようにしている」
ティンダルは、1521年ごろジョン・ウォーシュ (John Walsh) 卿の家のの牧師 (chaplain) 、また彼の息子の養育係になります。、彼の意見は仲間の聖職者と論争となります。そして1522年ごろ彼は、正式な訴訟なしにウィスター (Worcester) の主教管区の首相ジョン・ベル (John Bell) の前に出頭します。
ベルとその他の指導者たちによる厳しい聴聞の後、またリトル・サードブリー (Little Sodbury) におけるティンダル時の終わりに、ジョン・ホックス (John Foxe) は、ティンダルに「ローマ教皇の掟がないより、神の律法がない方がましである」と断言した学識のある、しかし不敬な僧職者との論争について描写しています。
ティンダルはこう返答します。
「わたしは、ローマ教皇と全ての彼の律法を拒否します。もし神がわたしの命を助けてくださるなら、何年もしないうちに、鋤を引く少年があなた方よりも、もっと聖書を分かるようにします。」
ティンダルの神学上の見方
ティンダルは聖者に対する祈りを非難しました。彼は信仰による儀、信者としてのバプテスマ、キリストの帰還、そして魂は不滅でないことについて教えました。
マルティン・ルター (Martin Luther)
プロテスタント宗教改革の象徴的人物、16世紀のカトリック修道士
彼は、神による罪の懲罰からの放免がお金で買えるとの主張に強力に異議を唱えました。1517年の「95ヶ条の論題」で免罪符の販売人ヨハン・テッツェル (Johann Tetzel) と対決しました。1520年の教皇レオ10世 (Leo X) の要求と、1521年のウォルムス (Worms) 地方議会における神聖ローマ帝国皇帝チャールズ5世 (Charles V) の要求による全ての彼の出版物の撤回の拒絶は、教皇による破門とローマ帝国による犯罪者の宣告を招きました。
ルターは、救いが善行によって獲得されるものではなく、ただ神の恵み (grace) による無償の贈物として罪の贖い主であるイエスキリストに対する信仰をとおして得られると教えました。彼の神学は、聖書だけが神により明らかにされた知識の源であると主張することにより、ローマカトリック教会の教皇の権威に挑戦しました。それは、また全てのバプテスマを受けた信者は聖なる祭司職であると見なすことにより、聖職尊重主義に反対しました。
ルターにとって推論は、神に対してではなく、人間や公共機関に疑問を持つのに用いられるものでした。人間は、神による啓示をとおしてのみ神について学ぶことができると彼は信じていました。それで、聖書は彼にとってますます重要なものとなりました。
彼は、使徒パウロがかってユダヤ教に熱心であったように、カトリック教会の伝統に深入りしていました。(ガラテア 1:14)
ルターは、断食、長時間の祈り、巡礼、そして頻繁な告白などに打ち込み修道士の生き方に献身していました。後日彼は「修道士として天の報いを得られる者がいるとすれば、私は正にそのうちにいます」と述べています。ルターはこの時期の生活を深い霊的な絶望のひとつと描写しています。彼は「私は救い主で慰めであるキリストとの接触を失い、またキリストを私の哀れな魂の看守また絞首刑執行人としてしまいました」と述べています。
上記の2つの例は、宗教組織によって強要される偽りの教理に囲まれていたとしても、人に確信を与える聖書の真理によって人は導かれ得ることを示しています。それですから聖書の真理は、鉄を引寄せる磁石のようです。それは、神を本当に求めている人々を引き付けるでしょう。また神に傾く人たちは、真理を求め続け、探し続け、たたき続けるでしょう。(マタイ 7:7-11)
最終的にそれら真理探究者たちはクリスチャンにとって「より重要なこと」を見出すでしょう。
*** クリスチャンにとって「より重要なこと」 ***
マタイ 7:12
「それゆえ,自分にして欲しいと思うことはみな,同じように人にもしなければなりません。事実,これが律法と預言者たちの意味するところです。
ガラテア 5:14
律法全体は一つのことば,すなわち,「あなたは隣人を自分自身のように愛さねばならない」の中に全うされているからです。
ヤコブ 2:8
そこで,もしあなた方が,「あなたは隣人を自分自身のように愛さねばならない」という聖句による王たる律法を実践しているのであれば,あなた方はりっぱに行動していることになります。
コリント第一 10:23-24
すべての事は許されています。しかし,すべての事が益になるわけではありません。すべての事は許されています。しかし,すべての事が築き上げるわけではありません。
ルカ 10:25-37
25 さて,見よ,律法に通じたある人が立ち上がり,彼を試そうとしてこう言った。「師よ,何をすれば,わたしは永遠の命を受け継げるでしょうか」。26 [イエス]は彼に言われた,「律法には何と書いてありますか。あなたはどう読みますか」。27 彼は答えて言った,「『あなたは,心をこめ,魂をこめ,力をこめ,思いをこめてあなたの神エホバを愛さねばならない』,そして,『あなたの隣人を自分自身のように[愛さねばならない]』」。28 [イエス]は彼に言われた,「あなたは正しく答えました。『このことを行ないつづけなさい。そうすれば命を得ます』」。
29 しかしその人は,自分が義にかなっていることを示そうとしてイエスに言った,「わたしの隣人とはいったいだれでしょうか」。30 イエスは答えて言われた,「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中で,強盗たちに襲われました。彼らはその衣をはいだうえに殴打を加え,その人を半殺しにして去って行きました。31 さて,たまたま,ある祭司がその道路を下って行くところでしたが,その人を見ると,反対側を通って行ってしまいました。32 同じように,ひとりのレビ人もまた,そこまで来て彼を見ると,反対側を通って行ってしまいました。33 ところが,その道路を旅行していたあるサマリア人がやって来ましたが,彼を見て哀れに思いました。34 それで,その人に近づき,その傷に油とぶどう酒を注いで包帯をしてやりました。それから彼を自分の畜獣に乗せ,宿屋に連れて行って世話をしたのです。35 そして次の日,デナリ二つを取り出し,それを宿屋の主人に渡して,こう言いました。『この人の世話をしてください。そして,何でもこれ以外にかかるものがあれば,わたしがここに戻って来たときに返しますから』。36 これら三人のうちだれが,強盗に襲われた人に対して隣人になったと思いますか」。37 彼は言った,「その人に対して憐れみ深く行動した者です」。するとイエスは言われた,「行って,あなたも同じようにしてゆきなさい」。
ヤコブ 1:25, 27
25 しかし,自由に属する完全な律法の中を熟視し,[それ]を守り通す人,その人は,聞いてすぐに忘れる人ではなく,業を行なう人となっているので,[それを]行なうことによって幸福になります。
27 わたしたちの神また父から見て清く,汚れのない崇拝の方式はこうです。すなわち,孤児ややもめをその患難のときに世話すること,また自分を世から汚点のない状態に保つことです。
ヤコブ 2:12-13
12 自由の民の律法によって裁かれようとしている人のようにいつも話し,またいつもそのように行動しなさい。13 憐れみを実践しない人は,憐れみを示されることなく[自分の]裁きを受けるのです。憐れみは裁きに打ち勝って歓喜します。
#617 Re: 総合フォーラム » スティーブン・アンサンク vs ものみの塔協会 » 2012年09月28日 10:57:41
#618 Re: 総合フォーラム » スティーブン・アンサンク vs ものみの塔協会 » 2012年09月27日 17:04:50
#619 Re: 総合フォーラム » スティーブン・アンサンク vs ものみの塔協会 » 2012年09月24日 22:28:25
#620 Re: 総合フォーラム » スティーブン・アンサンク vs ものみの塔協会 » 2012年09月24日 22:22:44
#621 総合フォーラム » News » 2012年09月24日 10:30:42
- sk
- 返信: 338
2012/09/24
ものみの塔はキャンディス・コンティの訴訟以外にさらに6-7件の訴訟を決着する必要があります。示談交渉を含むその解決には2500万ドル(25億円)から3000万ドル(30億円)がかかると見積もられています。来月10月に、これらの事件が主要新聞で取上げられるかも知れません。
オーストラリア政府は、スティーブン・アンサンクと他の元エホバの証人が明らかにする、ものみの塔による排斥と嫌がらせに関して聴聞会を開く模様です。
ものみの塔協会の年次総会が開かれます。
エホバの証人でない22名の代表者が出席するようです。
その22名はエホバの証人の活動以外に出資しています。
それらの世の株主による配当要求がなされている模様。
