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#1126 2018年02月08日 20:34:32

ちょっと一言
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

こんばんは。tensobaさん。

思いついたことを質問しただけなので、そう堅く考えないでくだださい。

私のことは、ちょっと思いついたことを書き込んでいるだけの、無知・無学な若造とご理解ください。

掲示板で、一つのテーマを本格的に論じる必要などありません。軽く、違うんじゃないの、とか、へんだよ!でいいのです。

お暇なときに、好きなことを書いてくださればよろしいかと。

#1127 2018年02月08日 21:55:39

マタイ
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

tensobaさん。私は、無学な最低辺。日本語のみ。
    一般の日本人です。
    でも、ここに来られて、楽しい!

#1128 2018年02月09日 14:51:59

ささらほーさら
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

こんにちは。
なかなかこちらを覗くこともできず、流れが全く理解できていませんが

iris さんの発言:
てつてつ さんの発言:

>聖書に対する信仰と神に対する信頼は、きっと自分よりもっと強く確固としたものなのだろうと思いました

それがおはずかしいことに断絶した頃は聖書は神の言葉だと信じていたのですが 掲示板でいろいろな方の意見やすすめてくださる本を読んで ノアの大洪水 出エジプト ソロモンの神殿 はないその他いろいろな聖書の記述が真実ではないと思うようになってしまいました

てつてつさんはなぜ「聖書は神の言葉だ」と信じてしまったのでしょうか?

てつてつさんは、「聖書の神が実在し、聖書はその神の言葉を記録したものだ」と文字通りに、それこそ「水は1気圧下では100℃で沸騰する」という科学的事実と同じレベルで信じておられたのだと思いますが、なぜそのように信じることができたのでしょうか?

私は子どものころから神さまにお祈りしてきましたし、成人後には正式に受洗してキリスト教徒として生活していますが、聖書そのものをてつてつさんのように絶対視したことはないのでとても不思議に思います。

また野の花さんも、5歳の誕生日に買ってもらったイソップ物語をボロボロになるまで読み込み、自分のコアが作られたと書いておられましたが、それでも

野の花 さんの発言:

ちょっと常識で考えたらあり得ないとわかりそうなことでも 聖書だからって無条件に信じてしまってたんですよね。

となってしまうのはなぜなんでしょうか?

真理を探しておられたささらほーさらさんも、「真理=本当のこと・事実」を科学的事実ではなく「聖書(=ものみの塔の教え)」に見出だされたわけですよね。

カレブさんが危惧しておられるように、幼い頃から聖書こそが真理と刷り込まれて育てば、それを自然に受け入れたまま大人になってしまうのも仕方ないかもしれませんが、聖書を知らずに育った日本人の成人が、なぜ「聖書は真理」と信じ込まされてしまうのか、たいへん興味があります。

そのあたりから、普通の日本人がエホバの証人にされてしまうことを防ぐことはできないのでしょうか?
てつてつさん、野の花さん、ささらほーさらさん、カレブさん、また他のみなさまの御意見も伺いたいです。


上の引用の中に名前があったので、少しだけ書き込みいたします。

まず「何故か?」と聞かれてその理由が明確に答えられるくらいなら、マインドコントロールなど誰もされないわけです。
そして、生涯のどこかの時点でマインドコントロールされてしまうことは、万人に起こり得ることです。
また、コントロールする側には、たぶんその意志があるわけでもなく、コントロールは「宗教」によるとも限らないでしょう。
もしそれが宗教であるなら、JWに限らず、オウム真理教にハマった人たち・統一教会・モルモン教会・・・まあ全ての宗教といっても良いでしょう。
それがたまたまJWだったとしても何の不思議もありません。
日本人であるとか成人であるとかにも限定されません。
それは「ヒト」である限りあり得ることだからです。

JWが殊更格別であるわけではありません。
ただ、「聖書=真実=神」を推し進めているその真剣さは、
自己都合で崇拝してみたり、聖書≠科学であると認めつつ洗礼を受けてみたり・・・よりは、
ずっと「誠実」であるという印象を受けるのは確実です。

では何故ここで多くのJW&元JWが問題意識を露わにしているかと言うと
その真実・誠実が、実は嘘っぱちだったからですよ。
でも、それは宗教の(多かれ少なかれ)持つ宿命ですから、宗教自身を責めてもどうにもならないのです。
JWのように「終わりは〇〇年に来る」とか「〇〇は許されない罪である」という限定した教理があるから問題視されるのであって
(その点はテロに利用される宗教なども同様)
そういった極端な部分を除けば、概ねどの宗教も仕組みは同じです。

科学を学んだら自動的に心が事実だけを受け入れるようになるわけではありません。
ですから、それなりに(名の知れた)科学者連中もID論にハマったり、極端な宗教人になったりしています。
それは、ヒトの心の仕組みの宿命だと思います。
※irisさんは、聖書≠科学と認識したり公言しつつ信仰する自分もまた存在する・・・ということで
それはそれで個人の選択なわけですが、ヒトとしてマインドコントロールを免れているわけでもないでしょう。
なぜなら、ヒトは無意識のうちに何らかのコントロールをされて、また自らもコントロールしつつ生きています。
現にirisさんは、ご自分はそんなことにはならない・・・という感じの言い回しをしておられますが
irisさんの現在持っておられる・・・・・常識・善悪・価値観・・・・・なども
現在の状況全て(現行の社会や文化や国民性や生い立ち)の中で形作られたものに過ぎず
時代背景や価値観の全く違った状況の中では、常識でも善悪でも価値でもないはずなのです。

フィリップ・アリエスという歴史家をご存じでしょうか?
彼は、12世紀までには「子供の存在」は無いも等しかった・・・ということを指摘しています。
※これについては、長くなるので後の機会に回します。



それより、上に書いた
※irisさんは、聖書≠科学と認識したり公言しつつ信仰する自分もまた存在する・・・ということで
それはそれで個人の選択なわけですが、ヒトとしてマインドコントロールを免れているわけでもないでしょう。
について少し説明を足しておきます。

京都大学(院)の大山教授(臨床心理学)が、少し興味深いことを書いています。(概要)
現代に生きるわたしたちは、否応なく自分が「分断」される・・・と言うのです。

・しゃべり言葉で伝えていた時分、人はいつも相手の目の前にいた。
・文字ができてから、文章で意志の疎通を謀れるようになると、細やかな表現も可能となり、相手の想像力も相まってより深いやりとりが可能になった。
・電話の登場で、予想に反して人はより緊密になった。
・その後、携帯やスマホ、インターネットの様々な働きもあり、別の意味で人は信頼が薄れ始めた。
(以前ならすぐに連絡が取れなくても不安を抱かず「思い」に余裕があったのに、それが不信感や不安につながるようになった)
一方、様々なコミュニケーションツールの登場で

・ゆっくり食事中(本来の自分)
→電話が鳴って(よそ行きの自分)登場
→再び食事(本来の自分)
→Lineが届いて懐かしい友人と(童心)に帰ってひとしきり会話
→テレビを付けたらテロのニュースで(暗い気分)

こういった「分断」が僅かの時間内で頻繁に起きる・・・と言うわけです。

現代は、irisさんのように器用に幾人かの自分を登場させないと辛いですよね。
解離性同一性障害(これははっきり分かれちゃってる)ではなくても
人は何人もの自分をそれなりにコントロールして生活している
と以前から思っていたのですが、聖書は数人どころか二面性も戒めています。
特にJWは、この二面性を全否定していました。
それを毎回の研究、集会、会話などで刷り込まれると・・・
「聖書=絶対」「聖書=神の言葉」が固定された型(スキーマ=個人がものごとを考えたり行動したりするときに無意識に用いる思考の枠組み)
のひとつとしてできあがるのですよ。
irisさんもそうではありませんか?
その「irisさんなりのスキーマ」があるから、ご自分の「思考の仕方」以外の「思考の仕方」に違和感を持つのでしょうね。


疲れてきたのでまたそのうち・・・

編集者 ささらほーさら (2018年02月10日 17:52:20)

オフライン

#1129 2018年02月10日 21:03:51

さやか666
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

オリンピックいよいよ始まりましたね、何かに打ち込む姿は美しいです

今回のオリンピックに関係無きにしも非ず

某人間革命の人とか

某幸福を実現しちゃう人とか

某ブエノスアイレスの…これはやめときますね

宗教の偉い人と偉い人のの対話

あ、語弊があるか。

別に偉くなくても良いのですがね

宗教間の(対話)を強調するといっぺんに胡散臭く感じるのは私だけでしょうか


日本語においては「打ち合わせ」「おしゃべり」とかね

造語も許されるなら「インテリどさ回り」ですか

高尚ぶらずに軽〜い感じのほうがいいと思うのですが、なかなかしっくりきませんね

基本アレですよね、聖書の教えは野蛮でなおかつ攻撃的だと思うのです。こればっかりはどうしようもないです

対話というのは、そういうマズイ点を何とかゴニョゴニョする事に尽きると思うのです

#1130 2018年02月11日 05:38:09

草多おじ
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

てつてつさん、そちらは例年にないとんでもない大雪だそうですが大丈夫でしょうか?

さて、「とりあえず書き込み」、話がポンポン飛ぶので頭の整理をするのに苦労しますが、これもまた読んでいて面白いものです。
この問題に関わっていると気になることばかりなのですが、その中の一つが組織の海外での状況についてです。(トピックもなさそうなのでここに書きます)
知っている人がいるかもと思いますので2件お尋ねします。あやふやな情報かもしれないので、間違っていたら指摘してください。
一つ目は、昨年ロシアで最高裁からものみの塔はカルト指定を受け、布教も集会への参加も禁止になったとのニュースがありましたが、数万人はいたと思われるこの国のエホバの証人の人たちはその後どうなったのでしょうか?
一部には逮捕覚悟で活動する証人もいるのでしょうが…。
また、この出来事を日本のエホバの証人はどういうふうに理解しているものなのでしょうか?
二つ目は、オーストラリアにおいてエホバの証人会衆内で性的被害を受けた女性や子供たちが1000人規模の原告で裁判の準備をしているという情報が2年位前からありましたが、その後どうなったのでしょうか?
アメリカのコンティ裁判に次ぐ大規模裁判になるはずで、組織にとって大打撃になるのではと思っていたのですが、続報はないようです。
ちなみに昨年末12月16日の全国紙にオーストラリアの教会関連性被害のことが大きく取り上げられていました。見出しは「豪の性被害 目立つカトリック」「バチカン 問題対処に苦慮」など。注目されているのはカトリックのことのようでした。
オーストラリア全体で被害者が4000人以上、そのうちの2500人がカトリック、600人が英国国教会と書かれていましたが、エホバの証人のことは書かれていません。
もしご存じの方がいらっしゃいましたら、教えていただけるとありがたいです。
よろしくお願いいたします。

オフライン

#1131 2018年02月11日 07:07:13

てつてつ
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

草多さん 書き込みありがとうございます 雪は一服したのですが連日除雪作業です さらに今日から2-3日大雪警報です cry  今日も屋根雪おろしにいきます

あと草多さんの質問は二つとも表面上は組織にとって痛手ですが もっとも大切な信者さんの心の中でものみの塔を信仰している限り オウムのように形は変わるものの存続していくと思います

オフライン

#1132 2018年02月11日 08:19:23

ささらほーさら
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

おはようございます。


スキーマに関して「思考の型・仕方」と書きましたが
語弊があるといけませんので補足しておきます。

スキーマは、場合によっては、
思考とか推論というより、人が認知・記憶の想起に無意識に瞬時に用いている(生活の中で作り上げている、様々な)型と言った方が良いかも知れません。
わかりやすい説明を見つけたので、興味のある方は参照してください。

http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/openco … _text.html

上記の資料からもわかるように、その型を作る源は情報であり、知識であり、経験です。
例に出ている「凧」やその特質について知らなければ、それを思い起こすことはできません。

また「タイヤが4つ付いていて、人が乗って走るもの、使うには燃料が必要」と言えば、大抵は、それが「自動車」のことであるとすぐに想起できますが
「自動車」としての「車」を知らない時代や国の人にとっては何のことだか予想もできないでしょう。
スキーマの中には、他に電車に乗るときの手順とか、スーパーでの買い物の手順など
一度頭の中で理解すると(図式化)、無意識に人の行動に反映されるスクリプトなどが知られています。

いずれにしても、鍵となっているのは、まずは「どんな情報を取り込み、どんな経験をしているか」ということになります。
そのため、時代、文化、その人が帰属している集団(国、地域、会社、学校、親族=組織)で得られる価値観や情報が
それぞれの人の認知や想起に反映されてしまうということになります。
換言すれば(その人の遺伝的な素因は別として)、その生まれ、生い立ち、環境、情報、経験・・・などにより
認知、認識は全く別ものになり得るということでもあるわけです。

そんなわけで、繰り返し繰り返し同じ価値観や教理を聞いたり読んだりすることや
同じ認識や価値観を持つ集団との接触を繰り返し持つことは
徐々にその人のスキーマを変えて行くと考えられるわけです。

詳しい情報をお知りになりたい方は、バートレットとかピアジェの理論について調べてみてくださいね。


人の価値観や認識の変遷については、また書きます。

オフライン

#1133 2018年02月11日 16:19:09

現役長老です
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

てつてつさん、草多おじさん、お久しぶりです。

後日返事をすると言いながら、忙しさにかまけてズルズルと日が経ってしまいました。すみません。

てつてつ さんの発言:

>聖書に対する信仰と神に対する信頼は、きっと自分よりもっと強く確固としたものなのだろうと思いました

それがおはずかしいことに断絶した頃は聖書は神の言葉だと信じていたのですが 掲示板でいろいろな方の意見やすすめてくださる本を読んで ノアの大洪水 出エジプト ソロモンの神殿 はないその他いろいろな聖書の記述が真実ではないと思うようになってしまいました

(コリント第一 15:33) …悪い交わりは有益な習慣を損なうのです…

こんな背教者ばっかり出入りするところにいるからですね

でも 進化論は間違いで「小進化はあるかもしれません」人間その他の生物は創造者によって創造されたものだと思ってます この掲示板のみんなからはフクロにされてますけど cry

自分のサイトです よかったら読んでください また都合悪くなければ一度メールください

私も聖書が真理であって欲しいという気持ちは今もあります。
ただ、エホバの証人の教義の矛盾などを調べるほど、理性的に考えて聖書は絶対的真理とは言えないかもしれないと感じるようになっています。
そもそもこれまでの間、聖書&統治体=絶対的真理という前提のもとに研究を行っていましたが、その根底となる聖書と統治体が本当に絶対的真理なのかという中核については深い考察をしてきませんでした。
こう書くと、自分でも「順序が逆じゃないか。自分はいったい何をやってたんだ。」と思うわけですが、実際のところ多くのJWが同じような状態なのではないかと思います。
この点については、また別途書きたいと思います。
この後、メールさせていただきますね。

草多おじ さんの発言:

それから、私には、「現役長老です」さんの最終的に求めるものはここにはないように思いますが…。
あなたの求めているのは、真理や真の信仰なのではないですか?
聖書は神の言葉だと信じていらっしゃるのではないですか?
キリスト教会に行ったことはありますか?エホバの証人は、キリスト教会を毛嫌いするように教えられているので、たぶん良い印象は持たれていないと思います。
私は、F市のセミナーなどで元エホバの証人のキリスト教のクリスチャンの方々にはたくさん会ったことがあります。また、知り合いの牧師さんは実際に長老の方と1年以上聖書の学び合いをやっておられました。
どこの教会でもという訳ではありませんから、じっくり調べてみられたらどうなのでしょうか。この問題に深く関わる牧師さんもいらっしゃいます。
「ハレンチ教員が捕まったから学校はどこもそんなもんだ」とは思わないはずです。キリスト教の腐敗が報じられているからと言ってもキリスト教はどこもだめだとは言えないはずです。
「現役長老です」さんが、落ち着くべきところに落ち着かれることを祈っています。
くれぐれもお身体には気を付けて平安にお過ごしください。

「重きものは軽く扱え」(細川幽斎)

草多おじさん、お気遣いに感謝します。
私の信仰の土台は、聖書やJWの教義が絶対的真理であるという土台のもとに培われたものでした。なので、個人的には納得のいかないものなども「これが正しいんだ」と自分を納得させてJWとして歩んできました。
ただ、今はこの核心的な部分が崩壊してしまいました。
今でも聖書は好きですし、その格言や成句などが私の生き方に影響を与えています。重大な決定を下す際には聖書の精神を参考にしています。
ただ、JWの教義の一部を信じられなくなってからは、聖書の記述の矛盾や、幾通りもある解釈の仕方など原文の記述の曖昧さ(不確実さ)などに対する疑問は増えましたし、自分の聖書に対する信頼は限定的なものになりつつあり、今も信仰と言えるものなのかどうかは自分でもよく分かりません。
こういった状態ですので、JW以外のどこか自分に合った教会を探そうという気持ちは今のところありません。誤解を恐れずに言うと、それは自己暗示に過ぎないと思うからです。

#1134 2018年02月11日 16:19:11

ラハム
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

ささらさん、
スキーマについての興味深い説明をありがとうございます。
これを読んでいて人間というのは自由に生きているようでいて、
ほんとうは自由じゃあないんだと思いました。
でも、成人後はある程度努力してよいスキーマを身に着けることも可能なんでしょうね。
わたしは脱塔後はそのように生きてきたと思います…。

オフライン

#1135 2018年02月11日 16:41:06

めぐのママ
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

こんにちは、お久しぶりです。 
ささらほーさらさん、ありがとうございます。いつもながら、あっぱれですね。ちょうど気になっていた事があり調べた方がいいかなと思ってました。
NHKの番組で犬の進化について語っていたのです。グリーンランド犬が、狼から人の狩に使われるようになってから、脳が小さくなったのは人の命令に従うだけでいいから野性の勘とか必要なくなった為。
次の疑問は、カルトから解放されてなにか隙間があつたからでしょう、神社について考えている所に、宗像市の三社世界遺産の件で又特集番組があり、なあんだそうか!  そう言えばお相撲も神事なのに不祥事、宮司の職を巡り殺人まであり。御近所さんの由緒ある神社も地元の方はよく言わないです。
月一でランチする脱塔の友に、もうエホバもサタンもいないと思っていると告げました。大笑い!
スキームについてですが、神社で懐かしく感じたりやすらぐのは、古民家カフェでくつろぐ時間が、幼い頃親戚の家でもてなされた思い出が蘇るのと似ているからかな?と思っていたところにちょうど良い情報だったのです。
ピアジェも、学生の頃課題で読むように言われながらも、グリーの活動で忙しくしてサボってた。  後悔してますよ〜
情報は大切です。

それと、逆証言は難しいですね〜

#1136 2018年02月11日 19:08:27

てつてつ
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

めぐママさん元気そうでよかったです kiss

オフライン

#1137 2018年02月11日 19:36:34

めぐのママ
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

てつてつさん、お久しぶりでございます。金沢、福井の大雪大変ですね。先日わたくしの生まれ育った市から除雪車両の為のガソリン車を応援に送り出したと、ニュースがありましたが雪深い所ではお米が美味しいとか、羨ましい事沢山あるのですが買い物にも不自由なのはこまりますね。
雪掻き、気を付けて下さいね。

ところで、創造説をすっかり信じていたのですが、その土台も崩れそうになってたところに、BS103で2月7日  白川義員さんという写真家の番組  天地創造を撮るというのを見て久しぶりに感動したのです。
友人がパワースポットとか、どう思うか?と言った時、セドナとか、誰もいないし水も無い所では生きるか死ぬかだから神さま信じるしかなかったのよ!と答えたのですがあの番組を見て何10億年というスパンでの変化の中、宗教が生まれた、というか妄想して作り上げたというかとにかく、再放送があると思うので見てくださいね〜

#1138 2018年02月11日 22:12:51

草多おじ
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

「現役長老です」さんへ
返信ありがとうございました。「現役長老です」さんの誠実さや悩みの深さに思いをはせることでした。
精神的にすごく疲れ果てますよね。
だけど、今は真剣に真実を求め、これから進む道を見極めなければならないときかと思います。自分だけでなく大切な家族のためにも。
「現役長老です」さんは、この掲示板に集まる多くの元証人の方々と同じように、聖書への絶対的な信頼が薄れてこられたということのようです。
私は未信者ですので、宗教についてあれがいい、これはだめだというようなことはとても言える立場にはないのですし、現在会衆の指導的立場にある人にこうしたらどうですかなんてとても言えることでもありません。
ただ、時間をかけていろんな立場の人たちとやり取りしたり会って話されたりしたらいいのにと思います。話すだけならタダですし、この人とは合わないと思えばそこで終わりにすればいいのですから。
あなたなら事情を伝えたらほとんどの人は喜んで会ってくれるはずです。
それから、この掲示板にこれからもぜひ投稿を続けてほしいと思っています。私だけでなく、多くの方がそう思っています。
よろしくお願いいたします。

オフライン

#1139 2018年02月12日 14:05:56

ささらほーさら
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

ラハムさん、コメントありがとうございます。
しかしながら、マインドコントロールは、勿論それだけで説明がつくわけではありません。
スキーマの形成も、そう簡単に自己コントロールできるわけではないのです(泣)。
というのは、わたしたち人類の心理的な生活には、未だに知られていない多くの要素が関係していると思えるからです。

人が何かを判断したり、確信(と思い込んでいる)するという現象の背後には
「集団心理」や「他者からの情報による判断力の低下」など、
いろいろな要素が関係しているのは明白です。

「サクラによる判断力の低下」もそのひとつでしょう。
その傾向や確率なども実験によって出されていますので興味深いです。
よく知られているのは「線分の長さ」についての実験です。
ある線分があり、別の紙に描かれた3本の線分の中から同じ長さのものを指摘するという単純な実験です。
本来なら99%以上の正答率があるはずのそんな単純な実験でも、回答者はサクラに同調してしまう場合があります。
8名の回答者の中に本当の被験者は1名だけで、残りはサクラ・・・という中での正答率についてアッシュという心理学者が実験しています。
※詳しく知りたい方は、「ソロモン・アッシュ 同調 実験」などで検索してみてください。

先日てつてつさんが投稿してくださった「ミルグラムの実験」では、人の「服従行動」が証明されています。
自分以外の人がいると責任感が薄らいでしまう「傍観者効果」があります。
また集団での討議の結果、思いもよらなかった極端な決定を下してしまう「集団極性化現象」なども知られています。

比較的良く知られた心理的な現象を書いてみましたが、これらは自ら「意識」すればその影響を免れるわけではありません。
残念ながら、ヒト自身の作り・・・というか限界、あるいは生き抜くために「獲得」し遺伝的に受け継いだものがあるのだと思います。

宣伝・広告には、大抵好感度の高いタレントやスポーツ選手が用いられますが、
それは、そのイメージが「商品」のイメージと直結することがわかっているからです。
人物だけではなく、用いられるカラーやその割合、透明度、目に映る長さなども計算されていることが少なくありません。
それによって「購買意欲」に変化が生じるからです。
例えば、医療関係の広告・宣伝(薬品・歯磨き粉・種々サプリメントなど)を見てみると、
けっこう現役医療関係者や白衣・爽快感のあるカラーなどが使われていることがわかります。

そして、残念なことに、物理的・身体的な限界も持ち合わせています。
本当は電球が交互に「点灯・消灯」を繰り返しているに過ぎない「ネオン」も、
「点灯・消灯」の順番と速度によって、光が流れて見えたりするものですが
それはヒトの視覚認知にも限界があることを示すほんの一例です。
このように、人間の情報処理能力には限界があります。



・信頼の置けそうな模範的で誠実な人柄
・共通の土台を据えた会話と(心からの、と思える)共感・同意
・同じ意見を持つ同伴者を伴った訪問
・実際的な援助
・早くから勧められる集会への参加や援助
・同じく神権宣教学校への参加
・伝道活動参加への激励


ヒトの「心理的傾向」と「能力の限界」をうまく突いていますよね。


ついでながら、消費者の購買意欲を高めるために、
心理的な事実を利用して消費者を説得するためにモデル化された
「精緻化見込みモデル」というものがあります。
これは、まず消費者に買ってもらうために「説得」を試みる。
YES=興味を示し、検討してみる人の場合
NO=興味を示さない人の場合
という二つのタイプからスタートして
それぞれをまたタイプ分けして、さらにそれぞれをタイプ分けして

→言わば「再訪問」するべき人か、再訪問するならどんな話題か・・・・などと細分化していく過程にそっくりです。


宗教に限らず、わたしたちは様々にマインドコントロールされてもいるのです。


なかなか、アリエスの話題に移れない・・・(泣)

編集者 ささらほーさら (2018年02月12日 14:09:21)

オフライン

#1140 2018年02月12日 14:16:18

ささらほーさら
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

めぐママさん、お久しぶりです。

グリーンランド犬のお話し興味深いですね。

神社とか古屋とか、わたしもホッとします。
信仰を持っているわけでもないし、神がいるとも思えませんが
遠い昔の何らかの記憶と関係あるのかも知れませんよね。

もっともっといろいろ知りたいことだらけです。

多くの情報を締め出す・・・というやり方、
これもマインドコントロールには効果的な方法のひとつですよね。

オフライン

#1141 2018年02月14日 00:21:22

現役長老です
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

草多おじ さんの発言:

ただ、時間をかけていろんな立場の人たちとやり取りしたり会って話されたりしたらいいのにと思います。話すだけならタダですし、この人とは合わないと思えばそこで終わりにすればいいのですから。
あなたなら事情を伝えたらほとんどの人は喜んで会ってくれるはずです。

ご提案ありがとうございます。
そうですね、将来的にそういうこともあるかもしれません。
ただ、レイモンド・フランズ兄弟のように統治体としての経験などを持っているなら別として、私のような一介の長老というのは特に珍しいものではないと思いますので、喜んで会ってくれるということはないと思いますが。

草多おじ さんの発言:

それから、この掲示板にこれからもぜひ投稿を続けてほしいと思っています。私だけでなく、多くの方がそう思っています。
よろしくお願いいたします。

これからも私の知っている範疇のことであれば、喜んで情報提供したいと思っています。

tensoba さんの発言:

わたしはクリスチャンではありません。ですが、自分なりの信仰を持っています。信仰のなかったその昔、アメリカの有名な神学校の一つユニオン神学校(ボンフェファー、ニーバー、ティリッヒ等を搬出)に留学されていたある牧師にユニオン神学校のような超自由神学的立場の神学校でどうしてあんな有名な神学者たちが育つのですか、不思議に思い尋ねたことがあります。

すると神学校ではまずはじめに聖書に対する信仰みたいなものを徹底的に打ち砕くのだそうです。玉ねぎの皮を剥いていったら最後何も残らなくなるように、神学生たちが持っていると思われる信仰を微塵もなく壊すことから始めるのだそうです。
それは聖書の中に見いだされる無数の誤謬や旧約聖書に示された創造物語の矛盾など聖書をこれでもかというほどに否定するような内容の講義がなされるのだそうです。

そしてそのうえで果たして信仰なるものが存在しうるのか、そういう順序で学んでいくのだそうです。神学に限らずおよそ人生というものは、何か見つけた、悟ったと感じた瞬間に、それが打ち壊されてしまう、それが神学の本質だというような内容のお話でした。

イスラエルにとって神殿こそがその選民としてのアイデンティティーの象徴であった。でもそれが跡形もなく滅ぼされてしまった。そこから初めて信仰の道が始まるのだとういうようなことです。

わたしは数十年前に聞いたこのお話しがなぜか最近自分の心にぐいっとくるのです。現役長老さんにもきっと道が何らかの仕方で開かれると思います。

tensobaさん、コメントありがとうございます。
神学校ではそのような教え方をしたりするんですね。
欧米人にとって聖書は歴史的、文化的根底をなすものですから、それがたとえ「真理」ではなくても、自分なりに受け入れて消化するというのはある意味自然なことだと思います。
ただ、自分なりの解釈をして、それを他の人に教えるということであれば、それは結局第2、第3のチャールズ・T・ラッセルを生み出すだけではないのかと思うのです。
日本人のアイデンティティーではなく、ましてや「真理」でもないのであれば、自分にはこれ以上聖書を信仰する理由が見つけられないように感じています。

#1142 2018年02月14日 17:57:14

てつてつ
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

みなさんこんにちは 金沢の雪も一服して今日は快晴になりました 屋根にまだ雪もあるし仕事もできないのでてつてつさんはまたまたスキーに行ってきましたよ 真っ青な空に真っ白な雪で最高でした kiss
新潟以北の方はまだ大変みたいで ご愁傷様です cry

現役長老さん、こんにちは

>欧米人にとって聖書は歴史的、文化的根底をなすものですから、それがたとえ「真理」ではなくても、自分なりに受け入れて消化するというのはある意味自然なことだと思います。ただ、自分なりの解釈をして、それを他の人に教えるということであれば、それは結局第2、第3のチャールズ・T・ラッセルを生み出すだけではないのかと思うのです。日本人のアイデンティティーではなく、ましてや「真理」でもないのであれば、自分にはこれ以上聖書を信仰する理由が見つけられないように感じています。

自分は最近ちょっと前にラハムさんが言及したレザーアスランの2冊目の変わるイスラムを読んでいるのですが イスラムのそのはじめから今日の教えに至るまでのそれぞれの部族や預言者という人の思惑や政治事情などでどのように変化してきたか過程を書いてありますが これなんか読むと イスラム教もキリスト教もモーセ五書などを元ネタにしているのは同じで それがそれを伝える人の思想と思惑とともにヨーロッパに広まったのがキリスト教で アラビア半島に広がったのがイスラム教かなと感じました

あと秦さんの 70人訳も読んでみようかなと前書きのところだけ読んでみたのですが
70人訳の旧約とヘブライ語の旧約はかなり違うようです でも新約の筆者は70人訳をもちいて新約を書いているわけですよね

それで自分は聖書というものはたとえは悪いですが フランケンシュタインみたいなものだと思います 多くの人がそれぞれの思惑や神話 神学を書き それを写本して違うものになりさらに後代に無理やり一つにくっつけて完全なる神の言葉だといっているわけですが 残念ながら特別な神様の本ではなく 仏教や他の宗教の聖典と同じでそれ以下でもそれ以上でもないというのが真実なんじゃないかなーと思いました  それをさらに天地創造から楽園の回復まで一つのストーリーとして再解釈したのがものみの塔かなと思います

てつてつ第二3.6 聖書全体は神の霊感を受けたものではないが,教え,戒め,物事を正し,義にそって訓育するのに有益な言葉もある

て感じです  kiss

ものみの塔は聖書の各書が最初は完璧な形で存在してそのあといくらかまちがった考えや翻訳のまちがいなども入り込むこともあったが 今日では数多く存在する写本を比較することによりほとんどその原本どおりのものを自分たちは手にしていると教わりますがそこがすでに間違いかなと思いました cry

追伸
アーマンさんは 聖書が真実の書ではないと理解した後にも信仰を保てるといいます もちろん変化したものですが

編集者 てつてつ (2018年02月15日 08:51:15)

オフライン

#1143 2018年02月14日 18:31:40

ラハム
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

てつてつ第二3:16ですよね…。正確な翻訳だと思います。
ほかの「てつてつ」翻訳もお願いしたいのですが…。

オフライン

#1144 2018年02月16日 23:57:00

三太郎
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

現役長老です さんの発言:

欧米人にとって聖書は歴史的、文化的根底をなすものですから、それがたとえ「真理」ではなくても、
自分なりに受け入れて消化するというのはある意味自然なことだと思います。
ただ、自分なりの解釈をして、それを他の人に教えるということであれば、
それは結局第2、第3のチャールズ・T・ラッセルを生み出すだけではないのかと思うのです。
日本人のアイデンティティーではなく、ましてや「真理」でもないのであれば、
自分にはこれ以上聖書を信仰する理由が見つけられないように感じています。

明治時代に日本に招かれたドイツ人医師のベルツは、飛脚や人力車夫の驚異的な体力の原動力を探るために、食事に関する実験を行っています。(当時の飛脚は数十kgの荷物を背負って、一日平均130km走っていた。ベルツは観光で日光に行ったときに、東京から、たった一人の人力車で14時間で日光に行っている)

当時の飛脚や人力車夫の普段の食事内容は、麦入り玄米ご飯、芋類、漬物、味噌汁、魚の塩焼きなどの質素なもので、走っている時は、麦飯のおにぎりと漬物程度だったそうです。
そこで、二人の人力車夫に別々の食事を与えて実験を行いました。

一人には、従来通りの麦入り玄米ご飯を主食とした日本食。
もう一人には、肉類を中心とした高タンパク、高脂肪の西洋食。

彼らに体重80kgの人を乗せて毎日40kmを走らせたところ、西洋食をとっている方は、3日目で疲労困憊し音を上げたそうです。
そして元の日本食に戻したら、また走れるようになったと記録にあります。
結論は、日本人には日本の食事が体に合っているのだろうというものでした。

日本人が聖書やキリスト教の教義や文化を受け入れるということは、これと似たようなものではないかと今では考えています。
つまり、消化不良を引き起こし、栄養になりにくく、本来の力を発揮できない。

キリスト教圏の善悪の概念は、善とは神の目から見て義にかなっていること、悪とは神に背くことですが、日本人の根底にある善とは、清い心、明き心、正しい道であって、それが美意識と深いかかわりを持っていたりします。悪とは、汚い心、濁ったもの、穢れ、人の道に反するといった具合でしょうか。
罪を犯すという表現よりは、道理に反するとか、人の道に悖るという表現のほうがなんとなくしっくりきます。
また、西洋が「罪の文化」であるのに対し、日本は「恥の文化」であるともよくいわれます。
8世紀には大宝律令や養老律令が施行され律令政治が始まりますが、実効性が乏しかったことなどを考えると、古来日本人というのは法意識が薄いのかもしれません。
従って「原罪」などに至っては、一般的日本人では消化不良どころか、消化不可能といってもいいでしょう。

中東の「乾燥と砂漠」に対して、日本の「湿潤と森林」。
この自然環境というか風土の違いは、我々が考えている以上に人間の思想・文化・習慣・宗教の形成に深い関係があるようです。

#1145 2018年02月17日 09:40:30

現役長老です
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

いつもタイムリーな投稿ができなくてすみません。
将来的にJWを辞めた後もしっかり家族を養っていけるように仕事の調整を始めており、忙しい毎日を送っています。
やはり二足の草鞋を履くのは容易ではないですね…。

tensoba さんの発言:

エホバの証人さんとの比較でさて、カトリック、福音派、学際的な神学校を見てわかることがあります。その違いは、

まず、聖書への信仰ではないということです。

また、教会の伝統を受け入れるということ。

エホバの証人さんや元エホバの証人さんたちは、聖書が真理そのものであり、信仰の対象であり、また独自に創造したエホバという偶像、すなわち「忠実で思慮深い奴隷」を崇拝。なぜなら「忠実で思慮深い奴隷」のみが唯一エホバの代弁者だから。

一方、いわゆるエホバ的にいうならば、「この世」の(=すなわちサタンの支配する)神学校では、
聖書以外にも教会の伝統を重んじるということです。

やや誤解があるのかもしれませんか、JWにとって信仰の対象はエホバのみです。聖書はその信仰の土台となります。
いわゆる「忠実で思慮深い奴隷」だという統治体は崇拝の対象ではありません。実際、統治体のメンバーをよく知らない人はたくさんいます(ブロードキャスティングが始まってからだいぶ改善?はしましたが)し、いくら統治体といえど、明らかに聖書の内容に反する指示を出したなら、それに従う人は限られると思います(もちろん相当の混乱は生じると思います)。
一般のキリスト教教会と比較して、統治体≒教会(の伝統)という構図にあまり差は無いように感じます。

tensoba さんの発言:

なぜなら仮に66冊だけとしても、それらが正典であると決められた背景には、エホバの霊かもしれませんが、その当時の教会の置かれた歴史的背景によるからです。三位一体等の教義も当然、その背後に複雑な歴史的・地理的等様々なものが影響していて、そういう中で、どれが聖書と、正典が定められたはずだからです。
この教会の伝統を無視するエホバの証人は、今の聖書が彼らの忌み嫌うサタンにより編纂されたという事実をどう説明するのでしょうか。

信仰の基準としては、現在ある66冊(カトリックではもう少し多い、詳しくはカトリックとプロテスタントの聖書の違い
の聖書への信仰というよりは、聖書で示されたイエス・キリストへの信仰教会への伝統だということです。

この点はずっと疑問に感じていた点です。
そもそも聖書は一冊の本として書かれた訳ではないのに、なぜ66卷をもって全巻とするのか、なぜ欠けているものがないと言えるのかという疑問にJWは答えていません(というか答えられないのだと思います)。
結局のところ、JWはプロテスタント系から派生した一派に過ぎないというのが今の私の理解です。

tensoba さんの発言:

エホバの証人さんや元エホバの証人さんたちの記述をみていつも思うことは、

生けるイエス・キリストとの出会いを感じさせるものが全くない」ということです。

なるほど、イエスは王として1914年に天で統治を開始した。それで結構です。
でも、そのイエスとの霊的な出会いを感じているエホバの証人はいるのでしょうか。
むしろ、イエスはずうっと下位の位置で(もしかしたら奉仕の僕よりも低い位置)、ただひたすら、
エホバ、エホバ、エホバ・・・ではないのでしょうか。

そしてそのエホバとは「忠実で思慮深い奴隷」(換言すれば「嘘つきで怠け者の自称144000人」)をエホバと同等あるいはエホバより権威のあるものとして崇拝しているに過ぎないと思います。

イエスとの出会いがないので、聖書への信仰がなくなると、すべてが消失してしまうのです。

これがこの世の神学校とエホバの証人の王国宣教学校との違いではないかと思う次第です。

王国宣教学校というのは、ギレアデ宣教訓練学校のことでしょうか?(ギレアデがいわゆる宣教師を訓練し、王国宣教学校は長老を訓練するための不定期に開かれる学校です)
JWでもイエスは非常に重要な方と認識していますよ。実際にクリスチャンとしての生き方を論じるときは必ずと言っていいほどイエスが手本に挙げられます(まあ当たり前ですが)。
とはいえ、おっしゃる意味が分からないわけではないです。しかし、仮にイエスを崇拝するとしても、それはエホバをイエスに置き換えただけで、結局イエス、イエス、イエスになるだけではないのでしょうか?
エホバにしろイエスにしろ、その人となりは聖書に書かれているわけですので、聖書は信じていないけどイエスは信じるというのがよく理解できません。もちろん、実在したか、記述が真実かという点は置いておいて、イエスのイメージ像が好きで、そのような生き方をしたいと感じるというのであれば分かりますが、それは信仰ではないのではないかと感じます。

ちょっと反対意見が多くなってしまったことお許しください。真面目にお付き合い頂き、投稿して頂いていること感謝しています。

ちょっと時間がなくなったので、他の投稿に対する返事はまた後日にさせて下さい。すみません。

#1146 2018年02月17日 10:23:47

てつてつ
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

現役長老さん 書き込みありがとうございます

>将来的にJWを辞めた後もしっかり家族を養っていけるように仕事の調整を始めており

おりょりょー かなり変わってきましたね glasses よかったです

>結局のところ、JWはプロテスタント系から派生した一派に過ぎないというのが今の私の理解です

自分もそう思います 当時ラッセルの周りではやっていた 再臨派やピラミッド学などの教えに影響されてそれに自分なりの解釈して始めたものだと思います

良心の危機 281ページでもこういってますしね

会議の終わりでは、二、三の例外を除いては全員が一九一四年と「この世代」についての教義は存続するべきだという意見を示した。執筆部門調整者のライマン・スウィングルはこう言った。「わかりました、皆さんそうなさりたいのならそれでよろしいでしょう。でも少なくとも皆さん一九一四年に関しては、再臨派から全部もらっているというのはご存知ですよね。」私にとって最も不快だったのは、兄弟たちに向かって一九一四年に基づく予言を絶対信頼しろと言う一方、協会責任者の方では自信がないと明言していることだったのかもしれない

ピラミッドの寸法と1914年

ラッセルは当時はやっていたピラミッド学から影響を受けた

ラッセルの墓はピラミッドと関係がある

中澤牧師さんの書かれたものみの塔の源流をたずねてなんかもわかりやすくていいですよ

編集者 てつてつ (2018年02月17日 16:59:47)

オフライン

#1147 2018年02月17日 18:13:12

マタイ
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

私は、人生の半分費やしてき物を数ヶ月で棄てた。
   だから此処は、なんだろう?皆さんに感謝している。

#1148 2018年02月17日 23:16:31

鬼太郎
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

tensobaさん
JW教理の中心 核 と言えるのは エホバ神の宇宙主権 の教理 信仰です。

JWは 自分が今 エホバを喜ばせているか、悪魔サタンを喜ばせているか、その二元論思考と二元論信仰が刷り込まれています。
その教理を完全に受け入れているJWに対しては、仮にJW教理の間違いや組織スキャンダルを幾ら指摘しても無駄 いわば鉄壁の城塞を攻めるようなものです。

どんなに問題があっても、WT組織に従うこと、これがエホバの主権を支持し、エホバ神を喜ばせること、これが真の信仰、
そんな思考と信仰は、誰が何を言っても大半は無駄、むしろ火に油で信仰が強くなるだけです。

確かに、メンタル面 心理学的なアプローチは必要です

オフライン

#1149 2018年02月18日 07:37:51

ちょっと一言
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

Tensobaさんの書き込みに気になった点がありましたので、ちょっと一言。

Tensobaさんはこういっています。

「なぜエホバの証人になってしまうのか
様々な要因があるのでしょうが、一つの大きな要因として、生物学でいう「刷り込み」(Einprägung独、imprinting英)効果があると思います。
刷り込みは発達のごく初期の時期に「学習したことが、その後どうやっても変更できないほどの強固な記憶となる現象」です。これは幼児期のみならず、人が社会に初めて出るときにも起きます。最初の上司や先輩との関係は、親鳥と雛鳥の関係に似ていて、その時期に一緒に過ごした上司たちとの関係が、その後の社会生活を大きく左右すると言われています。」

ます「刷り込み」は、どんな生物の種でも、いつでも、どんな行動についても、生じる現象ではありません。
1.「刷り込み」が生じるためには、生物学的メカニズムが用意されていなければなりません。例えば、離巣性の鳥の愛着行動です。「刷り込み」は極めて硬直的なものなので、人間のように大脳機能が発達した動物には「刷り込み」と呼べる現象はほとんど生じません。
2.「刷り込み」は臨界期あるいは敏感期と呼ばれる特定の時期、たいていは発達初期ですが、その時期にしか生じません。
3.「刷り込み」が生じるのは、生物にとって極めて重要な分野です。愛着行動や性行動などです。

というわけで、「刷り込み」を人間の宗教行動に結び付けるのは、典型的な疑似科学です。


次に、アダルトチルドレンについてです。Tensobaさんはこういっています。

「これはJWが抱える問題と全く同じではないでしょうか。
私自身がアメリカに住んでいた時、友人からわたしのことをアダルトチルドレンだと初めていわれたとき、その言葉は初めて聞く言葉でしたので(30年以上前の話です)、「子供じみた大人」くらいの意味に勘違いしていたのです。
後に、これが正式な病名だとわかり、しかも治療は相当難しいこともわかりました。
それは自身の人生を振り返ればよくわかります。」

まず、adult children は、英語では「成人した子供」という意味でしょう。ちなみに、「アダルトビデオ」は英語では「成人したビデオ」という意味になり、「成人向けのビデオ」という意味にはなりません。

アメリカでAdult Children of Alcoholics という言葉が使われだしたのは1970年代で、おもに社会福祉関係の人が使っていた用語です。日本に知られるようになったのは1990年代半ばごろでしょうか。日本でこの言葉を使用している人は、精神医学の専門家ではなく、その周辺の人やマスコミです。さまざまな精神障害を抱えている(あるいは、と思われる)人を、専門知識もない人が、勝手に「アダルトチルドレン」と呼んでいるだけです。

というわけで、アダルトチルドレンは正式な病名ではありません。精神科医は、その診断名で保険請求はできません。ICD(国際疾病分類)-10にも、アダルトチルドレンなどというコードはありません。

アダルトチルドレンという用語を、さまざまな精神障害を抱えている(あるいは、と思われる)人に適用することの問題点は、その原因を、その人の育った家庭環境のせいと、安易に決めつけてしまうことです。精神疾患の原因を考える場合、家庭環境も重要ですが、遺伝的・生物学的な面のほうがより重要なことが多いのです。同じ家庭に育っても、正常な子と異常な子に分かれるのが普通です。同じ兄弟でも、遺伝的・生物学的な特徴が違うからです。ちなみに精神疾患のほとんどが治療困難です。

エホバの証人は、精神障害をかかえているのでしょうか。ほとんどの人は違います。仮にそうであってもすべきことは明らかです。エホバの証人をやめればいいのです。そのためには精神医学は必要ありません。必要なのは社会的・経済的支援です。しかし、それがなかなか得られないというのが現状ではないでしょうか。

エホバの証人について説明するときに、アダルトチルドレンなどというあいまいな概念を持ち出すのは、たいして役にも立たないですし、典型的な疑似科学です。

宗教を科学的に解明する作業は始まったばかりです。

#1150 2018年02月18日 08:37:05

ジョエル
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

tensoba さんの発言:

イエスとの出会いがないので、聖書への信仰がなくなると、すべてが消失してしまうのです。

とりあえず「聖書」を信仰する必要がなくなれば、「JW組織」を信仰も擁護もする理由もなくなります。ここはキリスト教を啓蒙するサイトではないので、それでいいのではないでしょうか。


tensoba さんの発言:

JW卒業後の現実の「仕事の調整」、これが第一であるべきかと思います。
掲示板の投稿はJWへのストレス解消程度でよろしいのではないでしょうか。

一応はキリスト教みたいなもの?に人生の一部を関わらせてしまった以上、キリスト教(聖書ではなく)のこともある程度はしっておきたい人には、「キリスト教ではこんな感じです」くらいの投稿は気軽に読めて参考になるかもしれませんが、人生における優先度はそんなに高くないと自分も思います。

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