ログインしていません。

#601 2017年09月26日 10:01:36

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

わかりましたそういう手もありますね お主なかなか悪どいのうーて感じです kiss 
でも親もお金で釣ろうとしているならあいこですかね
いずれにしても頑張って下さいね 誰でもない自分の一度きりの人生ですから

編集者 てつてつ (2017年09月27日 05:48:46)

オフライン

#602 2017年09月26日 14:43:23

ユーリ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

アブラハム肉さん

よかったら参考までにご覧ください。

主催者の秋本さんご自身も元JW2世の方で、電話やメールでの相談も受け付けてくださっているそうです。

一度だけお会いしたこと(ほとんどお話はできませんでしたが)ありますが、とても優しそうな方でしたよ。

大学にも行っておられますので、いろいろアドバイスももらえると思います。

頑張ってください。


https://jw-child.jimdo.com/

編集者 ユーリ (2017年09月26日 14:50:34)

オフライン

#603 2017年09月26日 16:24:28

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

期待するような内容が得られるのかわかりませんが、
大野教会でもJWサロンやJWTCのとき、
相談に乗ってもらうこともできます。
教会に足を運ぶのは現役JWには抵抗があるでしょうが、
ご自分の未来がかかっているので、
活用できるものは何でも活用するのが最善だと思います…。

オフライン

#604 2017年09月26日 20:51:08

アブラハム肉
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

てつてつさん。
そうですね、ずる賢く生きていかなければ負けてしまうと17年間でわかったので…。
金で利用されるなら此方も最大限利用してみよう作戦ですかね(笑

ユーリさん。
アドバイスありがとうございます。
同じ2世の方と思うととても心強いです。
時間があるときに尋ねてみたいと思います。

ラハムさん。
無知のためJWTCなどまったくまだ分からないので今から調べてみます。
→調べてきました。神奈川県などにあるのですね。私は東北に住んでるため遠いですが、大学生もしくは就職後に行ってみたいです。






jwなど、用語の本当の意味があまりわからないまま使っているので、つじつま合っていなかったらすみません。

編集者 アブラハム肉 (2017年09月26日 23:28:34)

オフライン

#605 2017年09月26日 21:19:58

ぐん
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

アブラハム肉さん

はじめまして、ちょうどアブラハム肉さんの2倍ほど歳食ってますが、私は大学を出て、そこで得た技術で職に就いています。
個人的には、状況が許すならぜひとも大学へ行った方がいいと思います、学びたい分野があるなら、なお行かれることをお勧めします。
モラトリアムの4年間、もしくはそれ以上の期間、jwではないたくさんの人たちと出会い、考え方や価値観を広がる絶好の機会です。大学の友人に限らず、バイト先の人たちや、趣味や合コン(今の若い子はやらないかもですが)、サークルから広がる人脈もあります。
私も親から金銭的に援助してもらっていましたが、他にも奨学金を借りて、バイトして通ってました、親から借りたお金は全額返して、今もチビチビ奨学金は返済していますが、大学時代に得た経験、知識、人脈などを思えば特段苦にはならないです。
皆様ほどしっかりしたアドバイスはお伝えできませんが、参考までに。

#606 2017年09月26日 23:21:43

アブラハム肉
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ぐんさん。
ありがとうございます。
大学行くなら私も奨学金借りてバイトしながらしたいと思っています。できる限りわたしも親に出してもらったお金は返したい気持ちです。(母の行動次第になりますが…)
大学行かれた方は皆さんそのように言われるので、とても価値ある4年間が過ごすことができるんですね。体験してみたいです。
ぐんさんは当時大学行きながらjw活動はされていましたか?活動されていた場合どのような気持ちでされていましたか?
不愉快な質問でしたらすみません。

オフライン

#607 2017年09月26日 23:49:32

ぐん
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

アブラハム肉さん

学生時代はまだ覚醒していなかったため、jw活動は一応していましたよ、夏休みには一度補助開拓した記憶があります。
集会サボって夜中まで合コンやサークル活動もちょくちょくしてましたが、後ろめたさはちょっとありましたね(笑)当時の自分に言えるなら、集会なんか気にせずもっと好き放題やっとけ!と言いたいですね。

#608 2017年09月27日 00:19:08

アブラハム肉
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ぐんさん。
なるほど、、学業や人間関係、jwを同時にされていたのですね。尊敬します。
大学は下宿でしたか?
下宿先の集会ならさぼってもバレないだろうと、自分は思うのですが、何故か私の母の人脈が広くて…。怖いです。

オフライン

#609 2017年09月27日 00:40:01

ぐん
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

アブラハム肉さん

大学は下宿していましたよ、区域内の会衆も、大学生を受け入れるのに慣れていた感じで、そこまで干渉されなかったですし、集会休んでも何か言われることもなかったですね。恐らく区域内に大学のある会衆だと、最初は集会に来ていたけど、徐々に来なくなるという方がけっこういるので、学生さんが集会に来ないことに目くじら立てる人がいないのかと、当時思いました。実際そこの会衆でも、それまでたくさんの方がフェードアウトされたみたいですし。
お母様の干渉は確かに厄介かもしれませんね。jwとしてとても活発だということを全面に出せば、少し休んだだけでもあれこれ言われるかもしれませんが、細々やってます的な雰囲気を最初から出しておけば、ちょっと休んでもお母様に逐一報告する人もいないとは思いますよ。

#610 2017年09月27日 07:15:39

アブラハム肉
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ぐんさん。
下宿先での集会にも大学生がいらっしゃるんですね。同じ気持ちで活動してる仲間がいるなら耐えられそうです。
私の親は大学在学中にバプテスマを受けて欲しいらしいみたいです。
そもそも4年信仰しただけで楽園(でしたっけ?)いけるなら世界中助かるわって言ってやりたいもんです…。(本音)

就活だからっていう手で頑張って逃げれそうならやってみたいと思います。

実際のお話がきけてよかったです。ありがとうございます。

オフライン

#611 2017年09月27日 09:49:38

ぐん
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

アブラハム肉さん

大きい大学であればあるほど、学生さんで会衆に交わる方も多くなりますよ、私のいた所では、バプテスマを受けていた学生さんたちは、卒業したらバリバリjw活動します!って感じではなかったですね、卒業後はみんなフルタイムの仕事に就いていました。
アブラハム肉さんのように、バプテスマ受けてないけど、親の手前もあるし、それなりに会衆の交流も楽しいから来ているって方もいましたよ、大学の4年間、フェードアウトせずに来てた方は少数派でしたね、まして在学中にバプテスマ受けたって話は、そこの会衆では聞いたことはなかったです。
アブラハム肉さんはjwの教えに浸かってないようで安心しました、それならば逃げ道はたくさんあります、うまくやり過ごして、楽しく生活できることを応援しています!

#612 2017年09月27日 15:50:25

アブラハム肉
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ぐんさん。
大きい大学にはそんなにいらっしゃるんですね。jwってぜんぜんいないと思ってました。
じゃあ適当に交流しながら大学生活することも可能なんですね!希望が見えてきました。
jwは小学4年の頃から嫌でネットに張り付いてたくらい拒絶してます(笑
だからこそ戻る行為自体が怖いです。でも皆さんの意見をきくことができてよかったです。幸せな未来が待ってる気がします。

オフライン

#613 2017年09月28日 09:42:29

ぐん
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

アブラハム肉さん

大学行かれるにしても行かれないにしても、バプテスマ受けてしまうと、ご存じと思いますが、色々な行動に制限が出てきます、バプテスマを勧められてものらりくらりかわすのも1つですが、時間のある時にここの掲示板の皆さんのご意見や資料を読んだり、カレブさんの資料を読んで、「この組織が間違っていて、入る意思がない」ことを論理的に説明できるようにしておいた方が、のちのちしつこく勧められることも減るかもしれません。「なんか嫌だから入りたくない」ではなく、明確な根拠を毅然と示す方が、お母様のあきらめもつきやすいかもしれません。もちろん言い方やタイミングはとても慎重にしなければなりませんが。
応援しています!

#614 2017年09月28日 11:41:40

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

自分もそうだと思います
時間あったら自分のhttp://www.ootaabc.comサイトも見てくださいねー kiss

編集者 てつてつ (2017年09月28日 11:56:24)

オフライン

#615 2017年09月28日 18:34:10

かまってちゃん
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

>「この組織が間違っていて、入る意思がない」ことを論理的に説明できるようにしておいた方が、
>のちのちしつこく勧められることも減るかもしれません。
>「なんか嫌だから入りたくない」ではなく、明確な根拠を毅然と示す方が、
>お母様のあきらめもつきやすいかもしれません。

自分も同意見で、おそらくこの問題、つまり戻ってくるようにという説得は今後も続くと思います。
お母様が熱心であるなら、なおさらです。
それに対処するには、JWの教義の何が間違っているのかを説明できたほうが効果的ですし、そうなると、教義についてもある程度、知っておく必要があるかと思います。

反JWのサイトは下のリンク先をご覧ください。
http://www.jwstudy.com/bbs/viewtopic.ph … 682#p22682


そういえば、ダリアさん、今どうしてるかな?

#616 2017年09月28日 22:28:34

マタイ7:7
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

子は聖書研究が大嫌いで机の下に隠れた理、何とかして免れ用としていた。今思えば賢明な態度だと思う。私はこの子が大好きです。

#617 2017年10月05日 16:10:29

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

(2014/03/23)
JWICに投書した、わからなかったシリーズ三部作の
最初のものですが、13年以上たって読み返しても
まったくその通りだと思いますね…。

わたしにとってわからなかったこと-その一

最近、とある大きな書店に入ってユダヤ人関係の書籍を眺めていたら、見覚えのある
少女の白黒写真が表紙にあるのに目が留まった。どこかで見たような気がするなあと
思いながら、ぱらぱらと本をめくって最後に、その少女の現在の写真があり、
奥付などを読んでみると、やはり雑誌に掲載されたことのある姉妹の写真で、
少女時代の写真は2003・3・1号のものみの塔 9ページにあるものと同じだった。

この本は「ライオンに立ち向かって」というのが日本語タイトルで、
そのタイトルの上に「ナチ占領下で良心に従って生きた少女の記録」という
ことばもつけられていたので直感的にエホバの証人の本だと感じた。
なぜなら、エホバの証人は迫害されたときの表現で「ライオン」という
ことばを、ダニエル書から連想して好んで使うからだ。

この本は“FACING THE LION Memoirs of a Young Girl in Nazi Europe”という
英語タイトルがある。日本語版はドイツ語から翻訳されたことがあとがきに
記されており、著者は“シモーヌ・A・リープスター”という
現役で忠実なエホバの証人の姉妹である。そして、巻頭の謝辞のところには
統治体の成員であったロイド・バリー、ジョン・E・バーが本に書くことを
熱心に勧めたことが記されており、ブルックリンの協会にある保存資料からも協力を
得たことが述べられているので、エホバの証人公認の商業ルートの本だと思う。

組織を離れて、協会の出版物をほとんど読まなくなったわたしが
この本に興味を持ったのは、子どものときの記憶というものに関心があるからだ。
わたしは成人してからエホバの証人になったので、子どものころに
組織の主張する聖書の原則を守ろうとして、周囲の子どもから嫌がらせを受けたり、
大人から圧力を受けたことはないが、別の面でいじめや、大人からの
圧迫を受け大いに苦しんだので、それを書き記したら、原稿用紙で300枚を超えた。
形は違えど圧迫や圧力を受けたもの同士の共通点を知りたかったのである。
またどのようにして精神的にも生き延びることができたのかをも…。

しかしながらこれを購入しようとしたとき、組織を離れたわたしがこれを読むことに
よって、逆戻りさせられることになりはしないかという懸念も持った。
まあそのときはそのときで考えることにし、とりあえず読むことにした。
日本語訳で忠実なエホバの証人に関する本が発行されるのは極めてまれだと思っ
たからだ。

さて、日本語でエホバの証人の年鑑が発行されたのは1975年版が最初であり、
これには、第二次世界大戦当時のドイツでエホバの証人が受けた
迫害の記録が掲載され、わたしも夢中になって読んだ覚えがある。
そこには、リープスターが述べるように、幼い子どもたちが学校から
放校処分を受けたり、親から引き離されたことが記録されていたと思う。

そのような処置がなされたのは、ドイツ国旗に敬礼しないとか、
“ハイル・ヒトラー”などと、周囲の子どもたちといっしょに叫ばないという
理由だったと思うが、ほかにもあったかもしれない。
現在でも、学校生活で学級委員-今はクラス委員であろうか-を選ぶ選挙に参加しないとか、
校歌や国家を歌わないということが、聖書の原則にかなっているとされ、
その子どもが良心的に参加できないことだとされている。

聖書を学び始めたわたしは、ドイツの兄弟たちがとった行動は、聖書そのものの
原則にかなっていると思い込み夢中になって年鑑を読んだ。
でも、組織にいる時間が長くなり、聖書そのものを読み始めると、
組織が出版物で主張する聖書の原則はどこのどの聖句に基づいており、
それはいったい聖書のどこに書かれているのかと考え始めるようになった。

“ハイル・ヒトラー”と叫ぶときの-ハイル-ということばの意味は正確にわからないが、
万歳であるとか賛美だとか聞いている。国旗に対する敬礼は偶像崇拝だと言われている。
これの掲揚の参加については出版物は多くのことを述べている。

もし、ものみの塔の主張を聞かないで、聖書から直接これらの考えを示すように
求められたら、おそらく不可能であろう。直接は何も書かれていないのだから。
学齢期の子どものいる姉妹に学級委員を選ぶ選挙になぜ参加しないのかを
子どもに説明できるかどうかを質問してみたら、彼女は正直に自分もなぜそうなのか
わからないと述べていた。彼女は子どもにどうするのかを任せているそうだ。
長老に聞いても、出版物に書いてあることしか言わず、答えは決まっているので
聞かないとも言っていた。賢いと思う。

要するに、出版物にそう述べられているだけで、聖書の根拠はないのである。
それは当然で、聖書時代に学級委員などはなかったはずだ。
偶像については聖書には多く述べられており、バアルやタゴン、ネブカドネザルの建てた
像などがある。これを知らないエホバの証人がいるだろうか。
聖書に忠実でありたいなら、偶像は崇拝するべきではないが、何を偶像というかは
かなり難しく、個人によって判断はかなり違うだろう。

何しろ聖書は人間の欲望までいきすぎると偶像だと教えている。
貪欲だとか性欲などとうてい物理的には見えないものまで含んでいるのである。
国旗は過去において国家の象徴であったので敬礼することは国家崇拝だと
聞かされてきたが、現在の日本でもそうした意味合いがあるのであろうか。

結局“良心に従って”とは主張するが、いったい誰の良心なのか、わからなかった。
これらを考えていたときはJWICのことは知らなかったが、うすうす、
出版物を書いた人の良心、最終的には統治体の人々の良心だと思っていた。

当時小学校3年生の女の子が、学級で席がえをするときにくじ引きで決めることに
参加しないというのを聞いたことがある。くじ引きが聖書に反していると言っていた。
親もいたこともあって、わたしはものみの塔の中で、商店が景品としてくれる
くじはもらっても良心状の問題だと認めていること、箴言の書では
くじによって得られる結果はエホバからだと述べていることや、イスカリオテの
ユダが死んでから後任の使徒がくじによって選ばれたことなど、
悪い例ばかりでないことを話してあげたら、彼女たちは驚いていたと思う。

結局、エホバの証人は聖書を研究して信じていると主張するが、
普段からの会話を通しても、組織による聖書解釈を信じているのであって、
聖書そのものですらまともに読んでいないと思う。
わたしが奉仕会のプログラムで、毎日の聖書通読や全巻を読んだという人の
インタビューを扱うときに、これに応えてくれる人はほとんどいず、
奉仕の僕クラスでもいなかったのが現状である。

リープスターの本は500ページ以上あるので、読み終わってから
感想は後日ゆっくり書いてみたい。しかし、当時彼女たちが書いたという
楽園の絵画がたくさん掲載されていることは興味深い。

わたしは、組織の聖書解釈をひとつ残らず否定しているわけではないが、
個人として聖書を読んで、組織の聖書解釈に無理がある、あるいは、
根拠がどこにあるのかと思うことが多くなっていった。

たとえば、楽園についてである。わたしとしては休日に人々が海や山に出かけること、
つい近年までは自然と調和して生きてきたことを考慮すると、楽園の状態で
生活するほうが自然だと思うし、大好きだった死んだ祖母にも会いたいので、
復活もあってほしいという気持ちが今でもある。

エホバの証人がヘブライ語聖書と呼んでいる旧約聖書には楽園の情景を
心に描かせ、その到来を思わせる記述がいっぱいあるが、おもしろいことに
クリスチャンギリシャ語聖書-新約聖書-にはそうした記述がほとんどないのは
いったいなぜだろうか。もし指摘できるとしたら、ルカ23:43や啓示21:3,4ぐらいだろう。
わたしには「楽園が来る」という直接的な聖句を読んだ記憶がないのである。

アダムが禁じられた木の実を食べなければ、彼は死なずに永遠に生きたはずだと
いう主張がある。しかしその創世記の記録を読んでみると、食べると死ぬということだけ
述べられており、食べなければ永遠に生きられて死なないという記述もない。
だから、逆に解釈したい気持ちは理解できるが、その解釈が
神の意図や目的に、かなっているかどうかはわからないと思った。

太陽の寿命は100億年とか言われ、現在は50億年ぐらいだとか聞いている。
これが真実であれば、人間はそれをはるかに飛び越えて永遠にいたるわけだから、
太陽の寿命が尽き果て、なくなってしまうことになってしまう。
太陽が地球を飲み込むほど膨張するかどうかは別にして、物理的には
エネルギーがなくなってしまうわけだから、人間はどうなるのかという
考えが浮かんできた。しかし、エホバ神の全能性を考えて心配するのをやめたが、
これもわたしにはわからなかった。

ギリシャ語聖書を読むと、イエス・キリストや弟子たちが多くの奇跡をおこない、
死んだ人を生き返らせ、病気の人をいとも簡単に治している。
こうしたことが現在でもあればいいのにとわたしは思う。
組織の解釈ではそのような奇跡はイエスによる王国支配が始まったときに
大規模な仕方でおこなわれる奇跡の証拠だということになっている。

それはそのように考えれば、そうとも主張できるが、その聖書的な根拠は
何ですかと問われれば、わたしは聖書からの答えがわからない。

わたしがなかなか奉仕の僕や長老になれないので、どのような努力をすれば
よいのかを、巡回監督や会衆の長老に聞きにいっても、あいまいな返事しかなく、
出版物には彼らに援助を求めるように述べられているのに、
理解不可能な助言をされる理由がわからなかった。
しかし、いまとなってみればわたしが彼らにとって、その矛盾した物事の
扱い方を指摘するので、都合の悪い存在だったからだと気がついた。

結局、聖霊による任命などと神がかり的なことを言うけれど、
彼らの指図に盲従し、お気に入りにならなければいけなかったということだ。

組織は1919年にキリストが地上の組織を検閲してものみの塔の役員が
ご自分にかなっているとして判断し、忠実で思慮深い奴隷の代表として
任命したとか主張していることはずっと聞かされてきた。そうかもしれない。
聖書によれば、モーセの時代もイエスの時代も誰もが認識できて
理解できるような出来事があり、彼らには天からの声が聞こえていた。
だから、彼ら自身にもまわりの人々にもはっきりわかったはずである。

しかしながら、それ以降は天からのしるしや神からの声がはっきり聞こえたことは
確かめられていないのではなかろうか。だのに、彼らは自分たちが神やキリストから
任命されたなどということがどうしてわかるのだろうか。
自分で勝手に思い込む以外にないのではなかろうか。

末端のエホバの証人は善良な人が多いと思う。
しかし、自分の体験もネットで公表されている情報も組織の上層部に行くほど、
不思議なぐらい、偽善が蔓延していることを証明していると思う。
聖書に示されている全能の神はそうした偽善的な上層部の人間が運営する
組織を用いなければ、ご自分の意志や目的を知らせることができなかったのだろうか。
聖書に示されている神の善良さを考慮するとこれはわたしにとって大きななぞだ。

なぞだったことはたくさんあるので、再び書いてみたいと思う。
振り返ってみるとなぞだらけのことのかくも深くはまっていたのかというのも
大きな疑問ではあるが、自分で自分の気持ちを押し殺し、
疑問を感じさせないようにしてきたのであろうと思う。

《編集者より》
「ライオンに立ち向かって」という本は、
エホバの証人の第二次世界大戦中のドイツでの活動を賞賛する本として書かれ、
エホバの証人の間で広く読まれているようですが、
私は読んだことはありません。
ただ、エホバの証人とヒットラー政権との関係については、
ものみの塔協会の宣伝が余りに一方的で、
ヒットラーとの裏取引があったことに沈黙を守っている以上、
いかに「立ち向かった」と言っても、私には宣伝広告以上の意味は見出せません。
あなたも指摘している通り、末端のエホバの証人はドイツでも苦しんで、
永遠の命を信じて殺されたのかも知れませんが、
当時から上層部は偽善と腐敗が横行していました。
これは今も変わらないと思います。

永遠の命の希望ですが、これは私が何度も言ってきたことですが、
一見理論上は素晴らしいことに見えるが、
実際に人間が永遠に生きられるようになったら、
そのこと自体が最大の災いとなって人類は滅びるでしょう。
全てのいい事は「過ぎたるは及ばざるがごとし」なのです。
最高においしいご馳走でも、いつまでもたらふく食べ続ければ病気になるし、
人間が生きて行く上に不可欠の水も余りに多くなれば洪水で人は死に絶えます。
人生は確かに素晴らしいものですが、それが限りなく続いたら、
人口過剰で住む所も仕事もなく、食べる物もなくなるでしょう。
どんなにいい事でも、人生でもご馳走でも、
「もうちょっと」という所で終わるから本当の素晴らしさがあるのです。

「生」が続くためには「死」が不可欠なのです。
「死」は生物の世界で不可欠な重要な働きがあります。
私の住むオレゴンの川には、太平洋から鮭が産卵にのぼってきますが、
彼らは必死の思いで川を遡り、浅瀬で産卵をして死に絶えます。
そしてその死体は幼魚たちの重要な栄養源となります。
親魚の「死」は、幼魚たちの「生」にとって絶対に必要なことなのです。
「生」と「死」は、生物の存在にとって不可欠な「抱き合わせの」二つの現象です。
その抱き合わせの二つの現象から、「死」を取り除き
「生」だけを永遠に続けようというのは、
昔からある不老長寿の欲望の極端を行ったものであり、
私はこれは物質欲にかられて現実を見失った妄想だと思っています。
私は適当な時期が来たら、ご馳走を腹八分で終えて満足するように、
「人生ご馳走様」と言って感謝して死を迎えたいと思っています。
私たちが死に絶えて新しい世代が主役になること、
それが私たちの子孫にとって私たちができる最大の贈り物なのです。

オフライン

#618 2017年10月05日 17:25:46

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ラハムさんこんにちはライオンは自分も現役のころ読みましたあまり覚えていないですが感化院みたいなところに入れられて素朴な信仰で頑張ったような内容だったような気がします

オフライン

#619 2017年10月11日 16:36:57

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

たしかにてつてつさんが言うような内容でした。
わたしは脱塔した直後の2014年ごろ読んでいると思います。
そのころ、脱塔直後ということもあって、
現役の姉妹がヘルパーに来てくれていたのです。
彼女に現役の姉妹の経験が述べられているから、
読んでみるようすすめたのですが、読もうとはしませんでした。
だから、商業ルートに乗せられている出版物は、
JWに忠実な人が書いても、
統治体メンバーの推薦があっても読まないものなんだと
不思議なような、感心したような感覚が
あったことを思い出しました。

JWっていうのは摩訶不思議な世界ですね。
理解不可能っていうのか…。

オフライン

#620 2017年10月12日 16:37:13

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

地上での永遠の命に憧れる方へ

「時をさまようタック」ナタリー・バビット

児童文学ですが傑作ですよ。
その昔、読書感想文コンクールの課題図書だったことがあります。

オフライン

#621 2017年10月29日 15:24:48

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

これはわからなかったことシリーズのふたつめの投稿です。
ちょっと気恥しいですが、そのようなことも真剣に
考慮し続けてきたことを思い出します。

(2004/04/21)
先月は、わたしが組織に交わっていた頃、疑問に感じていたことを
いくつか書き連ねてみた。一度では書ききれなかったことを
再度書き出してみたのが今月の投稿である。

以前の投稿で「エホバの証人と性の問題」として性に関しての考察を
書いてみたので、今回のもそれに該当するかもしれないが、
罪として感じさせてわたしたちの人間としての存在を卑しめることについて
述べたところが、異なる点だと思う。

今回ふれたことは、兄弟のあいだでも、たとえ個人的にも
話し合ったことはなく、心に秘めてきたことだ。
年若い二世の研究生でこれらについての疑問を持ちかけてきた人もいたが、
わたしは自分の立場を守るために、あいまいな返事をしてきたので、
その彼に対する返事の意味も含まれている。

彼は不幸にして交通事故で亡くなったと聞いているので
彼に読んでもらうことはできないが、これを読んでくださる、現役、
非現役の方にはそのように柔軟に考えていた者のいたことを知って欲しい。


最初の人であるアダムが罪を犯したのでその結果として、わたしたちにまで罪が及び、
キリストが血を流して贖う必要が生じたということは、聖書にはっきりと
記されているのでキリスト者であれば否定のしようがないと思う。
これはこれで純粋にキリスト教という宗教の教義だろう。

わたしにとって不思議だったことは、出版物で人間は不完全で、受け継いだ罪のゆえに
罪人であり、間違いを避けることはできないと、呪文のごとく教えられているのに
自分自身の内側に、罪人だという意識や、感覚を感じられなかったことだ。

わたしも聖書を真理だとして受け入れてきたので、直接聖書に述べられていることを
否定したいわけではないが、組織の言うように人間というものが罪人で
アダムの原罪を背負い込んでいるのがほんとうであれば、そうした感覚や感じを
現在に至るまで持ち続けているのではないだろうかと思ってきた。

でも、自分が誤りや失敗を犯すことが多々あっても、罪の意識や感覚を
感じ取ることはなかった。これは現在でも同じだ。
こう述べたからといっても聖書の教えを否定したいというわけでもない。

その罪の意識を感じない理由は、自分が日本という非キリスト教の国で成長して、
根本の土台にキリスト教がなかったためであろうか。
要するに背景がキリスト教国とぜんぜん違っているということだと考えた。

また、わたしたちがエホバの証人になってから自分が悪いことをしたと
感じさせられるのは聖書の原則に触れたというよりは組織が出版物で
はっきりと、あるいは暗に聖書的に罪だと判断したことについてだった。

先回の投書でも書いたことだが、学級委員になること、宝くじを買うこと、
投票に参加すること、誕生日を祝うことなど際限がないほどたくさんあった。
現在でもほとんどこれらの聖書解釈は有効とされている。
それらは他の人に目撃されてしまうので、発覚すれば長老たちからの
助言の対象となって、いやな気分を味わうことになる。

レイモンド・フランズ兄弟の書いた“良心の危機”でも取り上げられているが、
夫婦が寝室でおこなう性的なたわむれにまで聖書的だとされる制限が
課されたときもあった。
また、独身者、特に男子を大いに苦悶させるのがマスターベーションの
禁止だろうと思う。女子よりも男子のほうが苦しいそうである。

わたしが研究を始めた十代後半の頃、イエスが言われた「女を見続けて
情欲を抱くものは姦淫を犯したことになる」とか「霊と肉の汚れから
清めて…」というパウロの言葉を読んで、自分なりにこれらは
マスターベーションにも当てはまると考えて避けるよう努力したが、
これはとてもつらすぎることだった。

そうして研究を続けているうちに出版物にもマスターベーションを
禁じていることがあるのを知った。
わたしも純粋だったから必死になってこの聖書解釈を守ろうとしたが、
苦しすぎてどうしても守ることができなかった。
バプテスマを受けて兄弟になっても同じだった。それをおこなったときは、
エホバに罪を犯したと思い、惨めさに浸って自分を責めた。

自分を責める理由として、組織は出版物でそれを克服した人の例を
たくさん載せているので、克服できない自分は信仰が弱くて
モーセのごとく神を目の前においたような行動ができないと考え、
無理矢理にでも罪の意識を感じるようにさせられたと思う。

しかし、わたしはあるときからこう考えるようになった。
もし、マスターベーションというものがほんとうに神から見て
悪いことであるのなら、聖書に直接、禁じる聖句がないのはどうしてか?

ある時には死ぬほど辛い思いをして克服の努力をしている
自分がどうしてその行為を避けることができないのか。
神の組織が述べている助言を必死に守ろうとしているのに
どうして神は助けてくれないのか、などなどである。

聖書は日本語訳でも2000ページ近くあるので、たかだかマスターベーションのことに
ひとことぐらいふれることができないはずはない。だから、述べられていないことは
神から見てどうでもいいことだったのだろうと考え始めた。

それから、体から排出される体液や便についても考察した。どの排出物でも
溜まれば自然にか人為的にか必要に応じて流れ出るようになっている。
わたしは組織の出版物でマスターベーションについて述べているものを
たくさん読んだが、そのひとつに精液は体に溜まれば夢精という形で
自然に排泄され、溜まったからといって体に害はないというものがあった。

害はないかもしれないが、これは自然なことだろうか。
よく考えてみれば、大便も排尿もあるところまで自制しコントロールできる。
排尿については夜中眠っている間にもらしてしまうこともあるわけだが、
だからといって眠る前にトイレに行かないであろうか。
だれも、自然に出るものはそれにまかせればよいなどとは考えない。

女性だって神による自然の摂理というべきだが、毎月の生理の時不要になった
血液が排泄されてくる。人為的な処置を講じなければ、止めることはできない。

体から出るべきものは、せきやくしゃみ、鼻水、汗だってある。
他にもあるがどれも、必要だから出てくるのだ。

このような考察を通して、聖書的原則と称しマスターベーションを禁止するのは
非常に不自然で自然の摂理に反していると考えるようになった。
男女ともに手の長さもそこに届くようになっている。
聖書が述べるように、こうしたように創造されたのは神なのだから。

そのような考察の結果、直接聖書と自分の良心に反しなければ、
他の人、特に仲間に知られなければよいと考えるようになった。

わたしが献身したのは神に対してであり、仲間でもなく
ものみの塔でもないのだから神が直接悪いと言うのでなければ、
人間のこしらえたつまらない規則で自分を苦しめることをやめたら、
ほんとうに気が楽になった。もし見つかって責任を追及されるのなら、
聖書の根拠を強く要求するつもりだった。神に献身したのに、どうして
人間性の解釈による規則で自分を縛って苦しめる必要があるだろうか。おかしい!

そこで不思議に思ったのは、どうしてそのような不自然な規則、
まったく個人的なことまで無理矢理抑制させようとするのだろうか、ということだった。
それはきっと、性的に不能な人間がひがんでこしらえた規則だろうと、推測した。
こうして考えてくると、罪でもないものを罪と感じさせ、
規則を守りきれない人間を、自分たちよりも低めて支配しようとしたのだろう。

さらに、わたしにとってもっともわからなかったことのひとつは、
自分はなぜ幸福ではないのだろうかというものだった。
いや、幸福感に乏しいというべきか。なぜむなしさ、空虚感があるのか。

日常生活において収入面で満たされ、霊的には奉仕の僕であり、
聖書や出版物もすべて読むことができ、
公開講演、奉仕会、神権宣教学校、群の書籍研究の司会の割り当て
適度な伝道活動、こうした活動に十分参加できているのに、
どことなく空虚で満たされない感覚があるのが不思議だった。
なぜそのようであるのかわからなかった。

聖書そのものも出版物もエホバの民であれば世界一幸福であり、幸いだと
述べられているのに、なぜ自分にはそうした感覚がほとんどないのか。
自分の信仰に欠陥があり、弱いからだとも考えた。はたしてそうなのか。

わたしの人生において自分が行き詰るのは、わたしが霊的でないからだ、
と言ってわたしを責めた仲間もいた。わたしは霊的でないとなぜ行き詰るのかと
彼に説明を求めたが、彼は答えずにわたしを悪魔の考えを持っていると言った。

エホバの証人の立場から考えれば、聖書の登場人物である
モーセ、ダビデ、ヨブなどはきわめて霊的な人々だったであろう。
でも、モーセは一度の失敗で約束の地にはいれなかった。
ダビデは殺人・姦淫・盗み・人口調査をおこなった。
ヨブはサタンの攻撃で妻以外の所有を失い、死ぬほど健康を害した。

彼らはきわめて霊的な人物であるはずなのに失敗をし、失意に沈んで
行き詰まらなかったと主張できるだろうか。
だのに、霊的でないから行き詰まると言えるのだろうか。
わたしを責めた仲間はこのような疑問にも答えなかった。

あるいは、結婚できないから幸福ではないと言う仲間もいた。
これもおかしいとわたしは感じた。
組織で結婚できている人は大勢いる。わたしはその男女を観察して
どのように考えても見ても、幸福そうに感じられなかったのが多かったからだ。

わたしにとって幸福そうに見える人々は、たとえ未信者の配偶者がいても
愛されていることを感じている、感じ取ることができている人々だった。
集会で見られる多くの表情は、うなだれ、疲れきっている印象があった。
口元は笑みがあるようだが、目は疲労しているように見えた。
何かを訴えたそうで押し黙っているようにも見えた。
これが聖書的に世界一幸福なはずの民なのか?

こうして振り返ってみると、組織から離れた現在のわたしのほうが
精神的に安定しており、空虚感も少なくなった。
やはり、聖書にこじつけて自分の心に無理を強いてきたということかもしれない。

組織を離れてもわからないことはまだまだあるので引き続き書いてみたい。

《編集者より》
毎回斬新な視点から、様々な問題提起をしていただきありがとうございます。
まず、戒律と罪の問題ですが、これらの多くは、宗教が形成した時代と
その場所の伝統やタブーが反映されていると思います。
血の例がその典型だと思います。
時代と場所が異なれば、そのようなタブーが
全く不自然で無理な戒律であるのは当然であると思います。
あなたも指摘していられるように、昔の多くの宗教的戒律は、
人間の生理的な現象に関係しています。
それらは「欲」、仏教では「煩悩」などとされ、
克服されなければならないものとされました。
しかし、人間が知恵を増すにつれ、それらの生理的現象は
人間の健康にとって必要なものであることがわかってきました。
一生を童貞や処女で通すことを戒律としている宗教もまだありますが、
現代ではそれが全く不健康であるばかりか、
社会全体としても有害にしか働かないことがわかり、
多くの宗教では僧職者でも立派に妻帯しています。

あなたが取り上げたマスターベーションは、
聖書にはっきり書かれていないのに、
なぜものみの塔協会がこれを禁じたのか、
あなたも色々推察していますが、私もわかりません。
ただ、個人的な生活に介入するものみの塔宗教の無数の戒律を見れば、
その姿勢から理解できるのではないでしょうか。
つまり、それは戒律や禁則(タブー)を出来るだけ沢山つくり、
それを達成させることに信者の時間とエネルギーを費やさせることにより、
常に地上の楽園の目標に向かって自分は努力しているという
幻想を与えることだと私は思います。
ものみの塔宗教が最も嫌うのは、
「信じることで直に救われる」という多くのキリスト教や、仏教などの教義です。
このような教義では、一見余りにも達成が容易に見えるために、
組織の権威が不要になります。
ものみの塔にとって望ましいのは、
努力を要する難しい目標を沢山信者に与えて、決してゴールが達成しない、
無限のマラソンを走らせることなのです。
そして、このものみの塔宗教の本質が、あなたに決して幸福感を与えず、
何かいつも空虚で物足りない気持ちを与えた理由なのではないでしょうか。
心理学の実験では、ボタンを押すと必ず餌がもらえる装置に入ったねずみは、
自分のペースに合わせてボタンを押して、
必要な餌を食べる分だけボタンを押します。
しかし、装置のプログラムを変えて、ボタンを押しても餌が出たり出なかったり、
ねずみにとって全く予想がつかず、
何時になったら空腹がいやされるかわからないようにしますと、
ねずみは装置の奴隷になったように、餌が出ても出なくても、
ただひたすらボタンを押し続けるだけになります。
私はこのねずみの姿が、組織の教義に没入している
エホバの証人の姿と二重写しになって見えます。
ところで、このねずみの行動は、
人間のどのような行動のモデルとして使われていると思いますか。
これは人間のギャンブルに対する嗜癖のモデルなのです。
人がギャンブルに耽るのに特別に大きな儲けは必要ありません。
少しでも儲かりそうだという希望があり、時々少しのお金が出てくるだけで、
ある人々はひたすら(スロットマシーンの)ボタンを押し続けるのです。
ものみの塔協会は、このような人間の心理を知っているのかどうか私は知りませんが、
見事にこのメカニズムを使って信者を奴隷化していると思います。

オフライン

#622 2017年10月29日 23:08:34

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ラハムさん、こんばんは。

後半の幸福感に関しては、以前も書き込んでおられましたね。

ラハム さんの発言:

《編集者より》
(前略)
ものみの塔宗教が最も嫌うのは、「信じることで直に救われる」という多くのキリスト教や、仏教などの教義です。このような教義では、一見余りにも達成が容易に見えるために、組織の権威が不要になります。
ものみの塔にとって望ましいのは、努力を要する難しい目標を沢山信者に与えて、決してゴールが達成しない、無限のマラソンを走らせることなのです。
そして、このものみの塔宗教の本質が、あなたに決して幸福感を与えず、何かいつも空虚で物足りない気持ちを与えた理由なのではないでしょうか。(後略)

編集者さんの御指摘の通り、修行に専念する余裕のない一般人にとっては「信じる者は救われる」という教えこそが必要なのであって、本来のキリスト教では組織の権威は必要なく、教会も単に信仰を共にする仲間の集まりであったはずです。理想の生き方に近づこうとする努力は必要でも、信仰そのものによって救われ、幸福に生きることができるのです。

宗教を自称しながら信者に決して安心も幸福も得させようとしないものみの塔はまさに詐欺だと思います。

オフライン

#623 2017年11月14日 15:48:24

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

JWサロンに出席したおり、
「霊的な虐待」のあることを知りました。
そのことについて話してくれたもとJWが
それを記載している書籍を貸してくれたのです。
持ち帰り読んでみると手に入れておく価値が
ありそうなので、同じものを購入しました。
すべて読み切っていませんが、
「霊的な虐待」について次のように述べられています。

霊的な虐待は議論の別れるところであり、
めったに話し合われることはないながらも、
現実的な問題です。たとえば、子どもを、
無神論者や狂信的宗教の信者に育て上げることは、
ある親にとっては霊的な虐待のように思われるかもしれませんが、
他の親にとってはそうではありません。
より微妙なところでは、既成宗教のなかには、
罪悪感や恥辱感を課する怒れる神といった強い信条を教えたり、
他の宗教はすべて邪悪で劣っていると唱えるものがあります。
後者は、ある原理主義キリスト教派のなかに容易に見出せますが、
これは彼らにだけ限ったことではありません。
こうした特徴は、
世界の宗教体系の隅々にまで行き渡っています。
実際、それが原因で世界中で戦争が起こり、続いているのです。
-「内なる子どもを癒す」p57、誠信書房-

この部分だけ読んでみても
「霊的」という意味がJWとずいぶん違うと思いました。
ここで述べられている「霊的な虐待」というものを
JWはずっとおこなってきています。
現役だった時はそのような内容の教育が
虐待だとは考えず、正義そのものだと思っていました。
恐ろしい宗教に関わってしまったと反省する次第です。

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