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#576 2017年03月31日 13:42:40

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

#570の続きです。

-17 (1)-  第二章 聖書について

堕落から新創造へ向かう「神の愛の物語」

2. 物語の五つのモチーフ

聖書は、万物の創造者なる神が一人の家系を選び、
その家系をとおして全人類に豊かな祝福を注ごうとする
「神の物語(narrative)」です。
下から上へではなく、上から下への物語です。
神がこの世界を愛され、その世界を治めるために
「神のかたち」に造られた人間を限りなく愛され続けているという、
神の「愛の物語」です。
この物語は五つのモチーフから成り立っています。
創造、堕落、イスラエル、イエス、そして教会です。
これら五つのモチーフは、五つの舞台、
あるいは五つのモデルと言ってもよいでしょう。
五つの分類したのは私自身(ライト)です。
それは、絶対的なものではありません。
ある人は、ヨハネの黙示録の最後(21~22章)の出来事を加え、
六つに分類するほうがよい、と主張するかもしれません。
そのように理解しても構わないのですが、
私自身は、新天新地の希望は六番目の最後の舞台というより、
新しい「新創造の物語」の最初の舞台と
位置付ける方がよいと考えています。

またある人々は、
創世記3章しか出てこない「堕落」の出来事を、
特別一つのモチーフとして取り上げる必要はないのではないかと
疑問を呈します。
むろん、創造のすばらしさを奪ってしまう
「悪の起源」について、
一世紀のユダヤ世界に別の考えがあったことを承知しています。
しかしそれでも、聖書物語全体として、創世記3章の堕落記事が
極めて重要な意味を持っていることを強調しないわけにはいきません。
旧約のイスラエルの歴史においても、
人類の堕落という出来事が絶えずつきまとっているからです。

五つのモチーフから成り立っている「神の愛の物語」は、
交響曲に例えるなら五つの楽章をもって
展開されていると行ってよいでしょう。
各楽章が追いかけ合いながら、
最後のクライマックスに向かって進むのです。
それは、完全であった神の創造が人間の堕落によって混乱に陥るが、
イエスの贖いを通して回復への道へと進み、
ついに新創造へと完成されてゆくという「神の物語」です。
イエスはこの世界を滅ぼすためではなく、
回復し新しい世界を導入するための来られるのです。
イエスによる救出劇は、
神の民をこの世界から逃避させるものではありません。
むしろ、ご自身の民を新たなるものに造り替え、
世界に派遣するものでした。

オフライン

#577 2017年04月08日 16:58:11

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

現役のJWにとても多いことです。
何か良いことがあると「エホバからだ」と言い、
何か不都合なことが生じると「サタンだからだ」ということです。
現役のころこうした発言にとても不自然さを感じて、
そんなことを簡単に言ってもいいのかなあと思ったものです。
最近知り合った現役JWはN/Tライトの著作
「クリスチャンであるとは」を読み「悪魔サタン」について
何も書かれていなかったと興奮気味に話してくれました。
実のところ「新約聖書と神の民」はちょっと前に読み終え、
しばらくライトの著作から離れようと思っていたところです。
でも、彼の言葉を聞き、読む気がわいてきました。
「神の民」のほうは普段使わない漢字やカタカナ語が
ひんぱんに出現し、辞書が手放せないほどいでしたが、
「クリスチャンであるとは」のほうはすらすら読めました。
やはり、彼が言うようにサタンについては一言も出てきません。
アーマンさんのほうがサタンについては多かったですね。

やはり、JWは二元論が大好きで、神に敵対する相手を設定して
不完全さの言い訳にしているのかななどと考えてしまいます。
JWでないキリスト教関係者は
サタンのことを気にしないのでしょうか。
あまりにもサタンを相手にしていないような感じです。

わたしは現役のころサタンも多少は気になりましたが、
最近はまったく気にしなくなってきています。
それからエホバのこともですね。
ライトの著作は聖書がどのような書物か
再認識するために読む価値はあるだろうと思っているのです。

編集者 ラハム (2017年04月09日 05:56:28)

オフライン

#578 2017年04月08日 19:17:14

鬼太郎
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

悪魔サタン抜き、、、、、これでショックを受けるのはJWだけかもしれませんね。
常に、会話も割り当ても、、講演も含めて、悪魔サタンは必ず出てきます。
記憶では、悪魔サタンを強調しないのは、家族生活の話くらい、、、。
つまり悪魔サタンの存在はJW教理、JWの話には不可欠、無しでは何も成り立たない、、、
思えば、相当極端な教理でマインドコントロールされていたものですね。

オフライン

#579 2017年04月09日 09:09:17

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

#576の続きです。

-17 (2)-
第二章 聖書について
堕落から新創造へ向かう「神の愛の物語」

この「神の愛の物語」の作者は神でした。
物語の主人公もまた、神ご自身です。
そして舞台は、創造の初めから、古代イスラエル史、
イエス時代を通って初代キリスト教史へと進みます。
聖書の物語は、ここで終わっています。
ところが、驚いてはいけません。
この「神の愛の物語」は、そこで終わるわけではありません。
その物語は、今に至るまでずっと続いています。
しかも、その物語には隠れた主役がいます。
それは、「あなた」です。
聖書を読んでいる「あなた」自身が、
神の物語の主役として抜擢されているのです。
聖書は、過去の歴史物語で閉じているわけではありません。
また、未来の新創造の物語に
勝利のファンファーレを響かせている、というだけでもないのです。
現に今、歴史のまっただ中で苦闘している
「私」、そして「あなた」に、神は傍らで声援を送り続けています。
クリスチャンは皆、神の民として、神とともに働きながら、
神の物語を描き続けているのです。
私たちは、五番目の「教会」という舞台で活動している、
今の時代の主人公です。
その五幕は、イースターとペンテコステをもって始まりました。
そしてその最後は、全被造物の贖いと新天新地の到来で幕を閉じます。
その最後の光景は、ローマ人への手紙8章、
コリント人への手紙第一15章、
黙示録(啓示)21から22章において明らかにされています。

聖書は、神が主導された「神の愛の物語」です。
物語の権威は、語り手である「神」にあります。
さらに、いつの時代の人々にも神からの
深いメッセージを届け続けた「物語」そのものにあります。
その物語は、創造から新創造までのストーリーを
様々な角度から繰り返し語り続けることによって、
読者を異なる世界観に対峙させ、変えていく力をもっています。
それが聖書の権威です。
教会は聖書の権威を巡って様々な論争を展開しました。
しかし、聖書の権威を、語り手なる神から切り離し、
物語のメッセージがもたらす権威から離れて論じるなら、
結局、無益な論争に終始するでしょう。

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#580 2017年04月14日 15:44:32

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

13年以上箱詰め保管していたものみの塔出版物の
整理を始めてみたら、ブックカバーをしたままの書籍が、
10冊以上あることに気が付きました。
おもにポケット版書籍でした。
カバーだけ残っているものもあります。
どの書籍カバーか思い出せないものもあります。
デラックス版聖書カバーは
チャックで閉まるようになっていますが、
誰かにあげてしまったようで、聖書はありませんでした。
そう、革表紙で、本の小口が金ぴかのやつです。
かっこうよかったですね。

普段、集会や奉仕のとき持ち歩く書籍は、
痛みやすいので、カバーをしていたものです。
JW兄弟でものみの塔専門の
カバーを手作りで製造販売している人と知り合ったので
よく注文していました。

箱詰めされていたので、表面が白っぽくなり、
カビ臭くなっていました。カビは生えていません。
赤・青・緑・茶・えんじ・黒など豊富な色です。
表面をふいて白くなったところをとり、
椿油を手に塗った後、素手で油をすり込むと、
皮の表面がつやつやと光るようになりました。
もう、協会の文書は持ち歩かないので、
ほかの本につかえないかとはめようと試しました。

ものみの塔書籍にぴっちり合うようになっているので、
案の定、使うことができません。
本革ですから捨てるのはもったいないしなあ…。
マウスパッドにはどうかと試したのですが、
でこぼこして動きが悪いです。
何かの敷物につかえると思いますが、
ゆっくり考えましょう…。

作ってくれた兄弟は当時70歳ぐらいだったから、
もう90歳ぐらいになっているでしょう。元気ならです…。
どうしているだろうか、忠実なJWやっているのかな…。
遊びに行くと真っ先に将棋の相手をさせられた…。
ボケていなければいいけれど…。

こうして振り返るとほんとうにものみの塔
信じていたんだなあって思いますね…。
これに裏切られるとは夢にも思わなかった…。
命がけで信じ続けていた人生も
徐々に遠い過去の出来事になりつつあるのでしょう…。

編集者 ラハム (2017年04月14日 15:49:51)

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#581 2017年04月15日 17:36:59

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

#579のつづきです。

-18 (1)-
第二章 聖書について 私たちにとっての各幕の読み方と意味
3. 物語におけるクリスチャンの位置

聖書は、創造、堕落、イスラエル、イエス、教会の
五つの舞台から成り立つ物語の中に生きている人々を描いています。
イエスのよって贖われたクリスチャンは、第五幕に生きる人々です。
第一幕から第四幕までの登場人物と深い関わりがありますが、
その生き方をそのまま模倣することはできません。
私たちは、第一幕(創世記1から2章)の創造やエデンの園に登場する
「人類の祖」であるアダムとエバを、第五幕に登場する
クリスチャンの創造時の人間像として読まなければなりません。

といっても、クリスチャンや教会が罪のなかったエデンの園に
戻って生きることができるなどと考えてはなりません。
現代に生きるクリスチャンが、創世記一章と二章の世界から
「こうあるべきだ」と論ずることは構いません。
しかしそこには、わずかなヒントがあるだけで、
今の私たちが必要としているものはほとんどありません。
クリスチャンは、エデンの園にモデルを求めて戻ろうとするのではなく、
新創造に向かって変革していくのであり、
神の全体のご計画を知って行動していかねばなりません。

第二幕(創世記3~11章)は、人間の堕落の出来事を伝えています。
そこにはキリストの贖い以前の悲惨世界の姿が描かれています。
現代社会とほとんど変わらない状況を見いだし、驚くでしょう。
しかし、現代のクリスチャンは、既にキリストの贖いを受けています。
第五幕の生き方を、第二幕の世界と同一視することはできません。
たしかに悪はこの世界に満ちています。
しかし、キリストに贖われたものに対しては何もできません。
今や私たちは、勝利者イエスのもとに歩む恵みを備えられているのです。

第三幕(創世記12章からマラキ書まで)は、
イスラエルの歩みを報じています。
クリスチャンはイスラエルの民ではないので、神殿に行ったり、
犠牲をささげたりはしません。律法や預言者のメッセージは、
古代イスラエルの民に向かって語られたものです。
クリスチャンは、第三幕のイスラエルの民をモデルにして
生きることをしません。ただし、ここに難しい問題があります。
第四幕のイエスも同じですが、第五幕で生きるクリスチャンの中には、
ユダヤ人と接触して生きることを余儀なくされた人々がいたことです。
例えばパウロは、ユダヤ教の中で育てられ、
ユダヤ人の仲間とユダヤ教の会堂に入って伝道を展開しました。
ここでは、「ユダヤ人には、ユダヤ人のように」という
行動原理が求められました。この問題は、ガラテア人への手紙第3章や
ローマ人への手紙第4章で扱われています。

オフライン

#582 2017年04月17日 16:46:32

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

脱塔分室のほうには視覚障害者のJWに起こった出来事を
書いたわけですが、今回はわたしについて記述しようと思います。

先日行われた記念式の前日、JW長老から記念式に誘われました。
電話口で「雨が降らなければ行きます」と返事したのです。
もしかしたら、「雨降りだったら僕が迎えに行くけど、どう」、
なんて甘い言葉を期待していたのですが、それはありませんでした。
わたしだったら送迎を自分から申し出るところですが…。
わたしも自力で自動車を運転できますから、
王国会館まで自力で行くことは可能ですが、駐車場の問題があり、
王国会館に自動車で行くことは避けています。
だから、電車で行くつもりでした。でも…。
雨降りで傘もささずに駅から15分も車いす移動はしたくないのです。

さて、わたしは現役時代奉仕の僕で、群れの司会者でした。
この群れは特殊な集会だったのです。
それは「午後の群れ」という名称でした。
知っての通りJWの集会は週中であれば午後7時ごろから開かれます。
主婦や幼い子どものいる人がその時間帯に出席するのはたいへんです。
だから書籍研究だけでも時間帯を変更して、
主婦や子どもたちの負担を緩和し、帰宅するご主人たちとの
関係も改善できるような変更が加えられていました。
とても、優れた方策だったと思います。

出席者には80代、90代の姉妹もいましたし、小学生以下の
子持ちの主婦もいたわけで、
その送迎もわたしが自分から申し出てしていました。
この群れの時間設定は素晴らしかったのですが、
裏を返すと働いている兄弟たちはほとんど出席できません。
王国会館はマンションの二階にあり、
外階段から上がってゆく必要がありました。
エレベーターや昇降機などありませんので、通常の集会では、
力持ちの兄弟たちに背負ってもらっていました。
でも、午後の群れのなると背負ってもらえないこともあり、
わたしはその階段を自力で這い上がっていたのです。
ズボンも汚れていいように二重にはいて、
司会するときは汚れたほうは脱げるようにしたのです。
車いすは人間ほど重くないので女性でも運べます。

いま、振り返ると7年以上もよくやって来たと思いますね…。
ガソリン代をもらった覚えもありません…。
でも、理由も説明されず司会者は降ろされてしまいました。
脱塔直前、集会出席が少なくなっても、
群れのメンバーからの電話などほとんどありませんでした。
わたしのはらった努力っていったい何だったのだろうって
よく思ったものです。

JWは自分たち以外を「世の人、世の人」っていい、
自分たちより情の薄いことを強調します。
でも、離れてみるとそんなことはありませんでした。
助けてくれる人も大勢いたからです。
年に一度の記念式なのに
出席するためのサポートの申し出もないなんて冷たいなあって
思うのはわたしだけでしょうか。

前にも、その長老に事情を話したことがあるのですが、
「それは言ってくれなくちゃあ、わからないよ」という返事でした。
わたしとは感性がまったく違うなと思ったものです…。

オフライン

#583 2017年04月18日 12:50:39

野の花
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

>前にも、その長老に事情を話したことがあるのですが、
「それは言ってくれなくちゃあ、わからないよ」という返事でした。


わからないではなく ”気付きたくない” でしょうね。多分。
「クリスチャン」と聞くと 誠実な人とか純粋で優しい人というイメージを与えますが一般人と何も変わらず そのような人も計算高い人も普通にいました。

聖書教育と言いますが 持って生まれた気質や受け継いでいる家風のようなものまでは再教育できないと感じています。
特にJWの場合は本音と建て前を分ける傾向にあるのは皆さんご存知でしょう。

戒律の厳しい宗教ほどウソをつく人間が多くなりますね。

編集者 野の花 (2017年04月19日 00:46:20)

オフライン

#584 2017年04月18日 15:28:57

1,000時間奉仕者
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

>それは「午後の群れ」

現在のように集会が週二日になり、書籍研究のためにもう一晩確保しなくてもよくなる直前まで、全国各地でこの手の取り決めはありました、数は多くありませんが。

需要は高かったですね、未信者の夫持ちの姉妹たちと学校帰りの子たちの両方を救うために、17:00とか17:30とかが多かったかな。世俗の仕事で昼間が空かない長老たちに代わってペーペーの奉仕のシモベが司会していたこともありました。

私が小学生だったころの昼の群れは閉会後かならずお茶菓子が振る舞われて、それが楽しみだったことを覚えています (^^♪)

よそでも書きましたが大昔、半年ごとの2日間の巡回大会は土曜日が「朝の部(野外奉仕」「昼の部」「晩の部」に分かれていました。当時は週休二日制が一般的でなく、土曜日が半ドンの学校や企業が多くて、授業や仕事を急いで終えて会場に駆け付け、14:00からの部を二時間半、中休みを二時間挟んで晩の部が18:30~20:45、というアーカイブ資料がいま手元に残っています。大会終わったら外は真っ暗だわ。いや~、懐かしい(ちなみにこの頃のプログラムには講演者の名前がちゃんと載ってて、当時の現役宣教者たちや現支部委員を務めるお歴々たちがド田舎の巡回大会に名を連ねています)。

あのころって、ホントに今みたいにガチガチじゃなくて土地や雰囲気によって臨機応変に対応していたよな~と当時をうらやましく思い出しました。

>わたしのはらった努力っていったい何だったのだろう

うーん、こうして問わず語りに経験を分かち合えること、「情の薄い世の人たちばかりじゃないよ」と確たる裏付けを持って話してあげられることぐらいでしょうかねぇ…。ラハムさん、記念式はほんとお気の毒さまでした。

ちなみに今年の式の話は特筆すべき内容はありませんでした。勤務明けでクタクタに疲れていた私は、表象物のワインが隣に届いた瞬間、睡魔に襲われて「ちょっ、1,000時間兄弟!」と小声で起こされるという失態を犯して、クリスチャン人生で最大の赤っ恥をかいてしまいました (*_*)

#585 2017年04月18日 18:44:45

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

野の花 さんの発言:

聖書教育と言いますが 持って生まれた気質や受け継いでいる家風のようなものまでは再教育できないと感じています。

野の花さん、コメントありがとうございます。
わたしも含めて聖書の言う「新しい人格」なんて
入れ替えることはできないんだって、ずっと思っていました。
「生まれついた気質や受け継いだ家風」に上塗りしていて、
自分にとって都合いいときや悪いときに
上塗りの「新しい人格」を「古い人格」が突き破って出てきていました…。
とても、醜いものです。
ほんとうにこの人は聖書を勉強しているのだろうかって
わたしは狼狽させられましたよ…。気が狂いそうだったです…。

「聖書教育」だなんてかっこういいこと言いますが、
「ものみの塔の奴隷教育」だったのですね…。
今の組織も同じことの繰り返しだと思いますよ…。

オフライン

#586 2017年04月18日 19:01:10

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

1,000時間奉仕者 さんの発言:

需要は高かったですね、未信者の夫持ちの姉妹たちと学校帰りの子たちの両方を救うために、17:00とか17:30とかが多かったかな。世俗の仕事で昼間が空かない長老たちに代わってペーペーの奉仕のシモベが司会していたこともありました。

わたしが司会させていただいていたのは16:00だったと思います。
最初は王国会館でしたが、わたしを負ぶいあげてくれる
人材が見つけられなくなったので、公営で使用できそうな
一階の施設を借用するようになりました。
車いすは自力で移動し利用できる…。
この事前予約もわたしの担当でしたね。
誰かに代理してもらえばよかったと今になって悔やんでいます…。

編集者 ラハム (2017年04月19日 05:45:22)

オフライン

#587 2017年04月19日 10:01:12

鬼太郎
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

ラハム兄弟 たとえ間違った教理と組織であっても、、、
兄弟の労苦や犠牲を神様はご覧になっていたと思いますよ。
ご苦労様でした。

オフライン

#588 2017年04月23日 16:46:16

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

鬼太郎兄弟
ねぎらいの言葉をありがとうございます。
先日のJWTCで「交流分析」について話してくださいましたね。
その手法を使うとJWが精神的に幼児状態に
おかれ続けていることがよく理解できました。
わたしは現役時代周囲の人々について、
現在考えれば、よい方法ではないのですが、
自分で聖書や出版物を読んで自分なりにもっと考えれば
いいのにといくどもいくども思いました。
そうした人間としての判断力も曇らされていることを
悔んで残念に思ったものです。
ヘブライ人の手紙でパウロがクリスチャンたちが
知覚力を訓練して円熟するよう励ましているのですが、
JWたちはクリスチャンとしての円熟、
いや人間としての円熟に決して達しないのだと思います…。

編集者 ラハム (2017年04月24日 06:50:40)

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#589 2017年04月23日 21:05:07

鬼太郎
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

研究生は少しは反論も反抗も無視もできる自由がありますが、JWになると周りからの圧力には抗うことはできません。その結果として、懸命に『いい子になろう』と努力するものです。
自己犠牲イコール自己否定イコール自分を捨ててひたすら会衆と組織に従う それが真のクリスチャン
という構図が叩き込まれるためです。

オフライン

#590 2017年04月27日 18:03:34

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

わたしは「組織」より「聖書」が上だとずっと思ってきました。
組織の聖書解釈が正しいと考えることができればです。
最終的にはネットを見るまで
組織の聖書解釈が正しいと思っていたのですが、
組織からもたらされる情報以外は取り入れる
チャンスが無きに等しかったようです。

もう30年近く前、東京は神田にあるキリスト教関連の
ブックセンターで排斥だったか断絶だったかした兄弟の
経験した記録をこっそり読みました…。
目がくらくらしてしばらく自分がおかしくなった覚えがあります。
現役さんには禁書ですからね…。
でも、わたしはずっと思っていたんです。
こんなにすばらしい真理をどうして捨てて、
組織を離れていくんだろうって。

まさか、直接聞くことはできないし、
ちょうど目の前にあったんですね…。誘惑に負けたんです。
これから20年近くなって脱塔です。
今になると、その記録の意味がよくわかりますね…。

オフライン

#591 2017年04月27日 22:32:25

鬼太郎
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

情報は、質的な面 つまり正しいか否か、よりも量的な面 つまり周りが正しいと思っているか否か
で感情的に判断しがちです。JWになると、当然周りは全てJW教理が正しい、反した情報はウソ、
最悪の場合悪魔サタンからの誘惑と信じているため、その判断基準を受け入れてしまいます。
夏の大会、世界的な規模の業の拡大、迫害下の忠実な記録、、、全てがマイコンの強力なツール
となっていることに自身が気づかないものです。
禁書を読むことも罪、、、、。見事なカルト組織のマイコンですね。

オフライン

#592 2017年05月01日 19:16:22

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

きょうであれから40年がたちました。
大会ホールで正式にバプテスマを受けた日なんです。
当時は一度の巡回大会で、20,30人ぐらいはいました。
いまは、まったくいない大会もあるそうだから、
話し手は自分を励ますのに大きな信仰がいりそうです。

喜びに満たされ、人生において最良で最高の決定を
下した日になるはずでした。
しかし、振り返ると最悪で最も愚かな決定を実行したのです。
最初の二年間ぐらいは高揚したハイな気持ちが維持できました。
それ以後は自分の置かれている立場の処遇の理由も
教えてもらえずもんもんとした歳月を
費やすことになったのです。25年以上は続いたでしょう。
だが、そのような立場にならなければ、
障害の身で独立した生活に挑戦せず、
ずっと実家にいることになったので人生を歩む
厳しさを知ることはなかったと思いますから
それなりに有益なところも認めることができます。
ただ、偽りにまみれた
宗教に関わってしまったことを悔やみます。

最近知り合うことになった覚醒した一兄弟も
バプテスマを受けることがなければ、
これほど複雑な事情を抱えることはなかったと
後悔の念を話していました。

悪いことばかりではありませんでしたが、
罪な宗教と関わってしまったものです…。

編集者 ラハム (2017年05月01日 19:18:00)

オフライン

#593 2017年05月02日 16:58:26

ボブno1
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

2017年2月研究第四記事26ページ12,13節の記事で統治体は霊感を受けているわけでも、完全であるわけでもありません。………13節で聖霊を受けている証拠について、書かれていますが、霊感は聖霊のなかの一つの働きで有るにも係わらず、霊感を受けていないと述べて統治体自体が自分達が聖霊が注がれていないことを暴露していることになります。でも、誰も会衆の人々は気付きません。若い兄弟に 使徒の聖句とぺテロ第二1:20,21を調べる様に勧めましたがなにも疑問をいだきませんでした。本当に聖書を調べていない事が解ります、組織崇拝者に成ってしまっている、鵜呑み集団ですね。

#594 2017年05月02日 17:18:34

1,000時間奉仕者
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

>ラハムさん

そうでしたかー、Happy Baptism! と言ってあげることもできず、無念です。

巡回大会の出席規模だとそんな感じで、私のように ‘80年代の地域大会だと地方の一大会でも100人越えなんてザラでしたね。順番が後のほうの姉妹たちとか(昼食休憩が短くなるので)観客の人数が少なくなっちゃって可哀想(笑)。大会後の会衆の奉仕会では新人のインタビュー。私の同期は5人でした。

おっしゃるとおり、「話が始まりますよー、バプテスマ希望者の皆さんは最前列にいらっしゃーい」と繰り返しアナウンスされても結局ゼロ、という大会が珍しくありません。世も末。

でもその2、3人しか行進しない希望者の列を目で追いながら、私は不思議と頼もしい気分も感じていたりします。彼らは我々の時のような、熱に浮かされたような一時の感情でジャブンするのではないに違いない。自分と同期でバプテスマを希望する「仲良し」がいなくても、少子高齢化で活気がなくなった集会にも出席し続け、追い立てられるように数ヶ月や1、2年で決定を下したわけでもあるまい。会衆内の汚点もそれなりに見た上でそれでも献身に踏み切った人々。

少なくとも「自分で下した自分の決定」と、後で振り返ったとき言えるのであれば妙な後悔はしないですむのでは、と。それがたとえ「しまった、ここは盲点だった!」と気づくことがあったとしても。

>ボブさん

ほんと、あの研究記事は意味不明でした。私は絶対「塔」研究に出席できない世俗の仕事なので、毎回後ろめたさを感じつつ働いていましたが、読めば読むほどあの記事の討議には出席しなくてよかったと思ってます。もし注解すればするほど自己矛盾と闘わなければならなくなるから。

#595 2017年05月05日 17:46:23

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

ラハム さんの発言:

きょうであれから40年がたちました。
大会ホールで正式にバプテスマを受けた日なんです。
(中略)
喜びに満たされ、人生において最良で最高の決定を下した日になるはずでした。(中略)
最初の二年間ぐらいは高揚したハイな気持ちが維持できました。

エホバの証人の方も、バプテスマのときには本当に嬉しいのですね。
私はカトリックで、成人洗礼でしたが、受洗したときは本当に嬉しかったです。
それからしばらくはハイな感じだったのも同じでした。

その喜びが後悔に変わってしまうとは、ものみの塔も罪深いことをしてくれますね。
カトリックでも洗礼を受けたことを後悔している人はいるでしょうが、日本のカトリック教会は一般信者をほとんど束縛しませんから、
失うものの大きさはエホバの証人とは比較にならないと思います。

ラハムさんはエホバの証人だった経験からも有益な面を見出だされているのですね。
つねに前向きに生きておられる姿勢は素晴らしいと思います。どうぞ人生を楽しんでくださいね。

編集者 iris (2017年05月05日 17:48:44)

オフライン

#596 2017年05月08日 16:46:03

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

#581の続きです。

-18 (2)-
第二章 聖書について 私たちにとっての各幕の読み方と意味
3. 物語におけるクリスチャンの位置

第四幕(新約聖書の福音書)は、イエスの活動を明らかにしています。
イエスは「イスラエルのクライマックス」として、
さらに第五幕の「贖いの基礎」として行動されました。
贖われたクリスチャンは、イエスが語られたメッセージを
直接そのまま行動のモデルにすべきではありません。
現代の私たちは、パレスチナの地に住んでいるわけでも、
イエスの直接の弟子でもありません。
例えばイエスは、「異邦人の道に行ってはいけません。
サマリア人の街に入ってはいけません」(マタイ10:5)と、
十二弟子に命じられました。しかし、イエスの命令だからといって
それを守る必要はありません。復活されたイエスは、
「あらゆる国の人々を弟子としなさい」(マタイ28:19)と、
その命令を打ち消されたのですから。
イエスが語られた「神の国」の譬え話は、
第五幕の舞台を予告したものであり、
第五幕のクリスチャンが聞くべきメッセージでした。

第五幕(新約聖書の手紙など)は、私たちに向けて語られたものです。
むろん、一世紀のクリスチャンに語られたことも事実ですので、
その脈絡の中で有効なものとそうでないものとを見分ける必要があります。
またクリスチャンが新約聖書と旧約聖書の扱い方を違えるのは当然のことです。
第五幕の最後の場面、週末の世界を見据えながら歩んでいきます。
そこに神殿はなく、神からの直接の御声を聞くことでしょう。
もはや聖礼典はなく、聖書さえ読まれることはない世界です。

クリスチャンは、
第一幕の創造から第五幕の教会に至るまでの出来事を的確に把握し、
その展開に沿いながら自らの歩みを正していくことが大切です。
聖霊の導きと祈りの助けを神からいただきながら、
仲間の中で調和を保ち、自由かつ創造的に、
自ら与えられた使命を果たしていくことを求められています。

オフライン

#597 2017年05月11日 15:59:52

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

ファイルがきちんと表示されるのか実験です。
後程説明させていただきます。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rDmiG_xO8Xh-D-0C

編集者 ラハム (2017年05月11日 16:09:14)

オフライン

#598 2017年05月11日 16:48:54

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

これまで何回かに分けNTライトの聖書説明を投稿させていただきました。
それは原稿となるコピー文書から文字入力したのもでした。
テキストデータを手に入れられなかったのです。
でも、それは時間的、体力的に無理だったようです。
そこで、ファイルをネット上に置き、
どなたにでも見ていただけるようにしました。
著作者の中澤氏からはどのような方法で広めてもよいと
許可をいただいています。
長い文章を一度に読むことはたいへんな努力が必要です。
JWで長いこと生活されてきた方は、大いなるバビロンと教えられてきた
教会のホームページを見ることには躊躇もあると思いました。
一ページずつURLを表記しますので、じっくりご覧ください…。
#597表記のリンクは#596の続きで、19ページ目です。
ちょっと重いファイルで表示されるのに時間が必要かもしれません。
わたしのパソコンでははっきり表示できましたが、
閲覧できなかったら、ご連絡ください。

オフライン

#599 2017年05月13日 16:55:14

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

iris さんの発言:

ラハムさんはエホバの証人だった経験からも有益な面を
見出だされているのですね。
つねに前向きに生きておられる姿勢は素晴らしいと思います。
どうぞ人生を楽しんでくださいね。

irisさん、励ましてくださりありがとうございます。
このトピックの表題は
「酸いも甘きもわたしのJW人生」です。
「酸い」経験はわたしもいっぱい書きました。
でも、
「甘い」経験というのは思い出すことが非常に難しいです。
「甘い」というのは良い経験、人生にプラスになったことです。

書き込みをたくさんしておられるてつてつさんは、
どこかでよい経験をたくさんさせてもらった、
と述べておられました。
だから、特に一世JWは悪い面ばかりでなく、
良かった面も経験があると思いました。
常に前向きに生きるというのは難しいです。

わたしが良かったと思う面です。

それはカウンセリングや精神面、人間関係を向上させる
資料をたくさん読み、
理解できるチャンスがあったというものです。
というのは、もう25年以上前でしょうか、
組織にいた家族関係の病理で問題を抱えていた
男性JWとかかわりを持つようになった時が始まりです。
現在でも使用される表現かどうかわかりません。
当時「アダルトチャイルド」とか「インナーチャイルド」
という名称で理解されようとしていました。
その男性JWは「家族依存症」という資料を教えてくれました。
最初は彼のことを理解しようと読み始めたのですが、
読み進むうちに自分が抱えている
問題にも関係していると気づくようになったのです。
それ以来書店めぐりをし、
そのような類の本を買いあさりました。

ここで気が付いたことは
組織にいて精神的な問題を理解し、
改善するには、聖書とものみの塔が提供する
出版物だけでは不十分だということでした。
それから、ものみの塔は世の中で提供されている
様々な文献を引用していることも気づいていました。
だから、自分も勉強すべきだと考えたのです。
今もその資料は保管してあります。

その勉強から、組織内で経験した多くから、
より思いやり深く、より憐れみ深くなれたという
手ごたえは感じています。
他の人の話を注意深く聞くことも向上させたと思います。
組織で経験したことはいわゆる反面教師だったのです。

まあ、甘いというほどではないだろうと思いますが、
現在に至るまで、自分を人として、人間として、
成長させるチャンスだったと考えています。

オフライン

#600 2017年05月13日 19:18:51

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

ラハムさん 書き込みありがとうございます

書き込みをたくさんしておられるてつてつさんは、
どこかでよい経験をたくさんさせてもらった、
と述べておられました。
だから、特に一世JWは悪い面ばかりでなく、
良かった面も経験があると思いました。

これは一例として 王国会館建設や災害の救援などで信仰を持った人たちが一致して一つの目的に向かって作業する様子をまのあたりに見て 素晴らしいことができるのだなと感じたことがありますという意味です ベテル奉仕など経験された方はもっと高いレベルでのよい経験をされたことと思います その他海外奉仕さんのトピでも述べたように見方によっては営業や人前で話す経験もプラスに考えることもできるという意味です でも残念ながらそれは光の使いで偽預言者である協会のウソにだまされて行動していたと今では思っています
(コリント第二 11:14) …サタン自身が自分をいつも光の使いに変様させているからです…
(啓示 16:13, 14) …そしてわたしは,かえるのように[見える]三つの汚れた霊感の表現が,龍の口から,野獣の口から,偽預言者の口から出るのを見た。14それらは実は悪霊の霊感による表現であってしるしを行ない…

また入信中におこなったことのほとんどはくずのように感じています
(フィリピ 3:8) …それらを多くのくずのように考えています…

今日は金沢は一日雨で休めるから何か一冊読みたいなと思っていたのですが なんだか朝から気持ちが悪くご飯を食べてから一日中ダウンしていました どうもおなかにつく風邪みたいです cry

カレブさんこんにちは イチオシの進化論裁判少し読み始めました 著者はドーキンスと並ぶくらいに感じる 創造論への敵意まんまんです mad これではカレブさんの推薦図書になるはずですねー  まあ著者が攻撃しているのは主に根本主義者なのでID論とはちょっとちがうのですが もうちょっとしっかり読んでから進化論トピで書き込みたいと思います

編集者 てつてつ (2017年05月13日 19:54:16)

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