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#1 Re: 総合フォーラム » 2017年鑑の伝道者数について » 2017年01月19日 19:48:27

もう30年以上前ですが、べテルで校正をしている
兄弟から聞いたことです。
その仕事が忙しくて野外伝道に
参加できないので不定期になりそうだから、
一時間だけ奉仕したと話していた人がいました。
彼の名前も顔も覚えていますが、どうしているだろうかと思います。
エホバを喜ばせるためだとかよく言っていましたが、
神様はそんな形だけのことを喜ばれるのか
はなはだ疑問ですね…。

#2 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月17日 18:52:39

KAOさんが男性か女性なのか会ったことがないので
はっきりわかりませんが、書き込みを読んでいて
女性のような気がしたのです。
Web上ではどちらにもなれます。
こまやかな言葉選びから女性のように思えました。
間違っていたらすみません。

てつてつさん、切腹しないでね。
一緒に一杯飲めるまでは…。

#3 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年01月17日 18:46:00

中野っちさんのブログで体毛について話題になっています。
特に男性の体毛ですね。1960年代の出版物では
イエス・キリストなどはひげが描かれていません。
そのブログで掲載されている挿絵は
たぶん「失楽園から復楽園まで」の書籍で見た記憶があります。
協会の出版物では1968年以降キリストにひげを生やしました。
厳密ではありませんが、
「イエス・キリストはひげを生やしていましたか」という
読者からの質問があったのです。
1968年8月15日号510ページです。
聖書を調べなおしたら、ひげを生やしていたことが
分かったという内容です。

脱塔者にはたいした内容ではないと思いますが、
ブログによるとラザフォードの考えによって
ひげを生やすことが忌み嫌われるようになったようです。

組織の頂点に立つ人間の思惑によって、
つごうによって聖書解釈がいくらでも可能であることを
如実に証明している出来事だと思います…。

#4 Re: 総合フォーラム » ノア洪水を示す証拠はありますか? » 2017年01月16日 18:56:53

よく調べてくださいました。
ありがとうございます。
わたしは漢字の意味するところが大好きなのですが、
現在の多くの日本人が漢字が中国から
もたらされたことをほとんど意識しないで、
自分たちの意志と感情の表記文字として、
独自の文化として取り入れて、
あらゆる表現に使っているところがすごいと思います…。

#5 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月16日 18:44:53

てつてつさん、
美人のKAOさんでなくてごめんなさい。
てつてつさんの読書力にはかないません。
競争しているわけではありませんが、
読むべきものがありすぎてわたしの脳力を超えています。

たしかに、ダニエル書を真に受けて
死んでいったJWたちはまったく気の毒な存在です。
「ライオンの穴」もそうした類の本ですね。

とても悲しい物語だと思います…。

#6 Re: 総合フォーラム » 2世の目 » 2017年01月15日 18:31:58

「ですから,時に恵まれている限り,すべての人,
ことに信仰において結ばれている人たちに対して,
良いことを行なおうではありませんか」

ガラテア6:10ですが、
この意味を分かっているJWはほとんどいませんでした。
信者のほうが優先ですよね…。

#7 Re: 総合フォーラム » ノア洪水を示す証拠はありますか? » 2017年01月15日 17:23:21

鬼太郎さんのお気持ちお察しします。
JW組織は良心的な人ほど苦しむようになっています。
だから、うそに気が付いて立ち直るのに
時間がかかっても当然です。
わたしも現役時代100回ぐらい講演しました。
でも、進化とか洪水の話はなかったのです。
最後に扱ったのは
「災いの中における世界的な兄弟関係」だったと思います。
もう、脱塔を決めて、うそだとわかりきっていたので、
いやでいやでどうしようもありませんでした。
わたしの態度がおかしくなったのだと思いますが、
これ以降講演は割り当てられなかったのです。
ほっとしました。
鬼太郎さんの元気が回復するまでゆっくり待ちます。
元気が出たら書き込んでください。
楽しみにしています。

#8 Re: 総合フォーラム » ノア洪水を示す証拠はありますか? » 2017年01月15日 17:07:53

てつてつ さんの発言:

自分も日本語ぜんぶ ひらかなのみにしてしいです lol

わたしも全部ひらがなだと非常に楽ですが、
たぶん、そうなると文章に意味を理解するのが
非常に困難になると思います。
日本語には句読点があり、まだ理解しやすいですが、
新約聖書を書いたギリシャ語は句読点もなく、
ひらがなをただ連続で並べたようなものだったので、
間違いが入り込みやすく、正確に理解するのが、
非常に難しいそうです。
一度ひらがなだけの長い文章を読んでみると
よく理解できると思いますよ…。
漢字は素晴らしい文字だと思います…。

#9 Re: 総合フォーラム » 2世の目 » 2017年01月15日 16:53:50

匿名希望さんが見たブログは「中野っちさん」ですね。
わたしも見てショッキングでした。
姉妹二人が映されていたようですが、
この映像からはそれがJWかどうかはっきりしません。
でも、日本だって生活保護という制度を
利用できなければ、同じような状況になったと思います。

それにしてもあれだけ蔑んでいたバビロン関係から
もしも、食料を恵んでもらうようになったら、
全能の神に食料を備える力が
無かったと証明されてしまうだろうと思います…。

#10 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年01月14日 17:09:09

ルツさんの観察力はすごいですね。
これからもいっぱい報告してください。
楽しみにしています…。

#11 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年01月14日 17:03:11

黄門さま、書き込みありがとうございます。
仲間が増えてとてもうれしいです。
わたしは日本酒も大好きです。
JW現役時代に日本酒に覚醒しました。
これは良いところだろうと思います。
最近カラオケの楽しさにも目覚めました。
人生の応援歌として最初に歌うのが
水戸黄門主題歌「ああ、人生の涙あり」です。
最後に歌うのも同じ曲で、これを聞くと
元気が出て、JWでいう励まされるのです。
脱塔して大正解だったって!
黄門さまの書き込み楽しみにしています…。

#12 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2017年01月14日 16:12:00

自称油注がれた人たちが、
どのようにして、自分が油注がれていると
認識するようになるのかということについて、
一度だけ宣教者から聞いたことがあります。
彼は油注がれていると公言していません。

彼の話ではある油注がれている姉妹のことでした。
それは突然起こるようです。
彼女が庭を歩いているとき起きたそうです。
部屋に戻り聖書を読み始めると
自分にあてられた手紙のように
とても強く感じるようになったそうです。
天から声が聞こえたということはないようです。

わたしなどはいくら聖書を読んでも、
神からの手紙などと感じたことはありませんが、
その姉妹は以前とは全く違うようになったという話でした。

幾人かの友人たちとこれについて話し合ったことがあります。
例えば、レイモンド・フランズなどは油注がれていたので、
統治体のメンバーになれました。でも、彼は排斥されたのです。
その場合、油注がれていたという
感覚はどうなってしまうのかというものです。
知り合いに英語で「クリスチャンの自由を求めて」を
読める人がいて何か記述されていないかを聞いてみたところ、
何も触れられていないということでした。

だから「良心の危機」と
「クリスチャンに自由を求めて」からのみでは、
その謎を読み解くことはできないのでしょう。
だれかもうひとり自称油注がれた人が、
フランズのように内幕を報告してくれることを
期待し続ける以外なさそうですね…。

#14 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年01月12日 18:38:44

わたしはピースサインの意味を初めて知りました…。
なぜ、Vサインをするのかわからなかったのです…。
わたしだったら、ピースサインが
どうして非聖書的なのか説明できなかったと思います。
でも、ルツさんのおかあさんはそれなりに考慮して
あなたにアドバイスしたのでしょうね…。

わたしは子どもだったとき、大人は何でも知っていて
即座に正しく判断し、疑問に答えられ、
迅速に行動できると思っていました。
でも、年かさを増すほど、そのようにすることが、
いかに困難なことかを知るようになったのです…。
年かさを増すほど、
いわゆる正しい決定を下すことが困難になったのです…。

#15 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月12日 18:24:05

てつてつ さんの発言:

KAOさん こんにちは はなまるもらえてすごいうれしいです スキップしてゲヘナにいくことにしました
というわけで 自分の思いの中では 新約 旧約聖書のすべてで 創造者なる神が関係している部分はゼロになりました ただ隣人を愛しなさいとか 有益なアドバイスはたくさんあるという本になりました でもこれで一応 自分にとっては一つの区切り 真理に到達しました 聖書は創造者の本ではない 「てつてつさんは棄教したと思っていただければ結構です 多分そんごくうがおしゃか様の手の中をとびまわって 指に 自分は地の果てまで来たぞーと書いた程度だと思いますが」

てつてつさん、
正直な気持ちを吐露してくれてありがとうございます。
わたしも同じような結論になりそうです。
命がけで信じようと努力してきたのにとても残念です。

わたしはスキップできないからてつてつさんにおんぶしてもらって
いっしょにゲヘナに行こうと考えています。
重いからスキップできませんね、きっと…。

KAOさんからはなまるもらえてよかったですね。

#16 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月12日 18:09:10

てつてつさん、ありがとうございます。
どの証拠を見ても
ノアの洪水伝説を否定することがよくわかりました。
現在、読んでいる資料が山ほどあるので、
ときがきたら「岩」の本も読もうと思います…。
ほんとうにありがとう…。

#17 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月12日 05:51:49

「イエスは神の子か」は毎日20ページずつ味わいながら読んでいます。
ルツさんが紹介された栄養学の本は今朝読み終わりました。
神の子の本はなんだかものみの塔を読んでいる気分にさせられています。
組織が聖書の矛盾点を説明する解説が記載されているからです。
KAOさんの言うように今だから理解できることはいっぱいあります。
てつてつさんの感想文もとても参考になり、読み応えがあります…。

#18 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年01月11日 08:21:55

#497のトピックで「匿名最後の投稿です」と
記載したところ、それはどういう意味かと質問がありました。
「長老と奉仕の僕の集まりで…」を投書するまで、
ペンネームも使用せず名前は伏せていたのです。
名前がないのもなんだか変だと思い、
「ラハム」という名前で投書するようになりました。
だから、これよりあとの投稿はタイトルの後尾に
ラハムという名前が記載されるようになりました。

#19 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年01月10日 18:47:51

玄米は無農薬だととてもおいしいです。
農薬漬け玄米は苦くてとても苦くていやな味がしました。
でも、銀シャリも別格でとてもおいしいです。
いろいろなものを味わえるようにしてくださった神様は
すばらしい神様ですが、JWの神様はどうなっているのでしょうか…。

#20 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2017年01月10日 18:39:18

ということは、聖書全体、特に旧約部分は、
歴史的に真実で、実際上空間と時間の流れの出来事を
述べているのではないということでしょう。
たぶん…。
だから、神様というのがどのような性質で、
人間をどのように扱うのかをお話しする物語のようです。

昔々、あるところのおじいさんとおばあさんがいました…。
おじいさんは山へ芝刈りに、
おばあさんは川に洗濯に、そこへ大きなモモが
どんぶらこっこ、どんぶらこ・・・。

この物語と聖書の違うところは数字が出てくるところです。
もっともらしく非現実的で、途方もないのですが…。

#21 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年01月09日 19:18:05

JWICへの匿名投書最後のものです。
現在とは状況が大きく違うかもしれません。
-以下コピペです…。

最近の長老と奉仕の僕の集まりで…
2003/06/27投稿したものです。

  フリーダム氏が組織に愛が存在するであろうかという示唆に富むエッセイをいく
ども投書してくださっていますが、わたしもこれについては深く考えさせられていま
す。そもそも“愛”とはいったい何であり、どのようなことであろうかという深遠な
問題は古代から数え切れないほど論じられていますので、わたしのような者が論じる
ことのできるような事柄ではないと思いますが、その一面だけでも、熟慮してみたい
と思いました。

  エホバの証人であれば、聖書による愛の定義がコリント第一13:4-8に記されてい
ることは知っていると思います。わたしはこれはすばらしい定義だと思いますが、わ
たしが好きなのは同じくコリント第一8:1に記されている「知識は人を思い上がらせ
ますが、愛は人を築き上げます」という言葉です。聖書による愛の定義、コリント第
一13:4-8はものみの塔出版物で数多く論じられていますが、「人を築き上げる愛」が
どのようなものかについて論じられたことを聞いたことがないのはわたしだけでしょ
うか。

  わたしとしてはここに記してはならない理由によって計画的に徐々に時間をかけ
て自然消滅するつもりですので、現在でも奉仕の僕を続けていますが、最近の巡回訪
問における長老と奉仕の僕の集まりで聞いた話から、エホバの証人の社会で示されて
いる愛の側面について、書いてみたいと思いました。結論から言うなら、組織の愛の
示し方がいかに浅はかなのかを、さらに悟ってしまったのです。

  話の内容は忠節に関するもので、いくつかの現実に起こる事例について、仲間の
信者にどのような助言を与えて忠節を保たせるかというものでした。

  ひとつ目として、孤独を感じている姉妹が世の人である会社の男性と付きあって
結婚しようとしていることを奉仕の僕に打ち明けた場合というものでした。このと
き、巡回監督はいくつかの聖句を読むように協会の筋書きによってわたしたちに依頼
したようでした。読まれた聖句はコリント第一6章の、義と不法になんの交友がある
だろうか、信者が不信者と何を分け合うのか、詩編139のエホバを憎む者を激しく憎
むと言ったダビデの言葉、ヤコブ4章の世との交友は神との敵対などです。わたしは
これらを聞いていて、ほんとうに彼女の助けになるだろうかと思いました。

  これらより他の聖句も読まれましたが、こうした聖句を知らないエホバの証人が
いるのでしょうか。少数はいるのかもしれません。聖句を読んで原則を思い出させる
ぐらいは、長老や奉仕の僕でなくてもほとんど誰にでもできます。わたしはこの集ま
りの討議を聞いていてもしかしたら、誰かが、その孤独な姉妹に配偶者になってくれ
る人を組織の中から見つけてあげるのが最善だということや、見つけてあげたいとい
う注解をしてくれることを期待していたのですが、残念ながらそれはありませんでし
た。そのようなことは監督も言わないのですから、筋書にもきっと記載されていない
のでしょう。

  それで、わたしは、何だか聖書の言葉のお遊びの会に出席しているような気がし
てきたのです。わたしも最近は組織の聖書の当てはめ方が単純すぎてしらけていま
す。それで、わたしは注解に参加せずにただ聞いていました。わたしがそれを注解し
てももちろんよかったのですが、これまでの経験上無駄だと思ったのでしませんでし
た。たぶん、みんなからにらまれて、長老からはあとで助言されるかもしれないと思
いました。良い子の注解だけ必要なのです。

  その姉妹だって、世の男性と付き合うことが聖書や組織の教えに反していること
はわかっているはずです。エホバの証人にはしてはいけないことがたくさんあります
が、多くの人はそれがいけないことに気が付いています。だから、自分でしてはいけ
ないと結論を出していて、いけないことがわかっているのだけれど、気持ちに整理が
付きません。それをしても良いという同意もしてほしいのです。それで、その気持ち
をわかってくれそうな人に話して打ち明けるのです。その傷ついて葛藤しているとき
にエホバを憎んでいる男性なのだから、あなたもダビデと同じような気持ちになって
その好きな人を憎みなさい、などというきつくて残酷な聖句を持ち出すなんてわたし
には到底考えられないことです。巡回監督も説明していましたが、その男性はエホバ
を知らないあるいは知ろうとしていないだけで、事実上はエホバを憎んで反対してい
るわけではありません。そうしたことがわかっているのに、そのようなお粗末な助言
を組織から知らせる感情のないスピーカーになっているとわたしは思いました。

  長老たちから思いやりのない助言を受けて傷ついた人を大勢知っていますが、人
間として失格で、人として重大な欠陥を持つ人物が神から来ていると信じ込まされて
いる権威を行使し、上に立って思いやりのない、傷つける助言を与えるのですから気
が狂いそうになったという話をたくさん聞くことは無理のないことです。わたしは、
エホバの証人の中に精神病的な人が多いのはこうした原因も絡んでいると考えていま
す。苦しんでいる人や困っている人の感情や気持ちの否定をいとも簡単に行なって、
容易に癒せない傷を心に思いやりのない言葉というノミで深くえぐり込むのです。

  このときの集まりでは、服装がふさわしくないということで他の人がその人の親
に伝えてきた場合とか、母親が排斥になった娘に頻繁に電話をかける場合、父親であ
る夫はどうするべきか、他の家族のうちに行ったら評判のよくないビデオがあった場
合と、わたしが覚えているのはこれら四項目でした。これらも協会の筋書きが示す聖
句を討議されました。

  服装のことではテモテ第一2章の慎みのある整えられた服装をするようにという
聖句、排斥者の扱いに関しては、定番のコリント第一5章の“兄弟と呼ばれる人
で…”や、ヨハネ第二11節の“あいさつをしてはいけない”の聖句、ビデオに適用さ
せたのはエフェソス5章の3,4,8,9の愚かな話やひわいな話をいましめる聖句が用いら
れました。これらはありきたりの聖句です。

  先ほどの未信者と交際している姉妹のところでも触れましたが、これらの聖句を
知らないエホバの証人が果たしているのでしょうか。よほどのことがない限りいない
だろうと思います。このなかで、排斥になった娘に頻繁に電話をかける母親に関する
巡回監督のコメントは“電話をかけてはいけないというわけではないが、頻繁にはよ
くない。組織から離されたということで戻りやすい状態を生じさせることができる”
というような内容でした。その母親の痛みのある苦しんでいる気持ちをどのように理
解して助けるかという提案はわたしの記憶にはありません。

  わたしは、そうした聖書の原則は頭ではわかっているけれど、やめられない、従
えないというのが親子の慕情というものではないかと思うのです。もちろん他の人の
迷惑になり、他の人の権利を侵害するようなことを行なえば、それは聖書に反しなく
てもやめるように注意をしなくてはなりません。それで、聖書をよくよく読んでみる
と神との関係で必要なことを除いては、他の人の権利を侵害することを最小限禁じて
いるだけだとわたしは思います。

でも、結婚にせよ、服装にせよ、ビデオにせよ、排斥者の扱いにせよ、ほとんどの場
合そうではありません。宗教に関わるということは、その組織の教えや規則に従うと
いうことを避けられませんが、これらの事例は結婚のことを除いては直接聖書の原則
に反してはいません。ただ、組織が示す聖書の理解の枠組みに反しているということ
だけなのです。そして、それらの出来事を目撃した人々の感性や感じ方に触ったとい
うことではないでしょうか。服装・ビデオなど極端な場合を除けば、早い話がそれら
を目撃した人の好みにあわなかったのです。

  こうした集まりに参加していますと、フリーダム氏が以前の投書で述べていまし
たように、パリサイ人になるような教育を受けているというのがぴったりの表現だと
思います。ただ、聖書の原則を持ち出して、それもほとんどの場合間違った適用です
が、それら悩める人の感情を理解しようともせずに、組織の聖書理解の枠組みに従わ
せようとするスピーカーになることにわたしは嫌気がさしています。ひとりでは背負
いきれない重い荷物を肩に乗せる助言はしますが、それを背負いやすくする実際的な
手伝いや提案はしようとしないのです。

  わたしが最近考えている“愛”の定義のひとつはこの文字の組み立てから、“人
の心を受け入れる”です。これは愛することに関して述べられていた書籍からの引用
ですが、特にわたしたちエホバの証人に欠けているように感じてきました。その人の
感じていることや、気持ちを受け入れてその人の存在を価値あるものとして認め自尊
心を築き上げて、保たせることだと思います。こうしたことを行なわずにはエホバの
証人も含めていかなる宗教も存在する意味がないのではないでしょうか。

  今回の巡回訪問の集まりも含めて、30年近い時間がかかりましたが、組織にはこ
のような愛がほとんど存在しないことを認めざるを得なくなりました。その愛はわた
しが研究生になる前からも望んでいたものでもありました。わたし個人としては使い
捨てカイロやぼろ雑巾のように扱われたと感じています。わたしはわたしをここに述
べたような意味で愛して大切にすることを学び続け、同時にそのような意味で他の大
勢の人に愛を降り注いで生き続けたいのです。

  わたしはこれまで組織の中で、信仰だと思い込んでいたものは何十階もある高層
ビルのようです。このような高いところからは、決死の覚悟で飛び降りることも可能
ですが、わたしは一歩一歩ゆっくりと着実に下りつつあります。これが、わたしの人
生の送り方です。

《編集者より》
組織にとどまりながら、あなたのように「良心」に目覚めて活動を続けることは、何度も「危機」を迎えさせるのではないかと思います。でも、あなたがその「危機」から目をそむけず、真摯に対応しておられる姿に敬意を表します。あなたは、「シンドラーのリスト」というスピールバーグの映画を見たことがありますか。もう十年ぐらい昔に封切られたアメリカ映画で、日本でどのように題名が訳されたのか知りませんが、ナチスドイツの当時の「組織」に留まりながら、その「良心」を最大限に働かせて、多くの「危機」を乗り越えて多数のユダヤ人を救ったシンドラーというナチス党員の話です。一人の人間の良心が、巨大組織よりもいかに重要かを示す、私の最も好きな映画の一つです。私は、あなたにこの「シンドラーのリスト」を見て考えて頂くことをお勧めします。オスカー・シンドラーも、レイモンド・フランズも、そしてきっとあなたも、組織の中で「良心の危機」を経験しながら、真摯に生きている人々だと私は思います。組織の圧力に屈せず、あなたの聖書に基づいた良心に従って、エホバの証人に対して「愛を降り注いで」活動を続けて下さい。あなたが組織の外に出るか、留まるかは全くあなたの個人的な事情だと思いますので、充分に時間をかけることをお勧めします。

#22 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2017年01月09日 18:29:46

ささらさん、みなさん
福音書成立の説明ありがとうございます。

とくにヨハネについてはわたしも気になっていました。
三つの福音書はキリストが神の子だと述べていても、
神だと記述されていないのにヨハネになると
神様に昇格したように読み取れるからです。

ヨハネだけ読むことになれば、
キリストは神だということになると思います。
このヨハネは最後に書かれた福音書で、
西暦90年より後で一致しています。

日本の宗教でも教祖様は死んでからずっと後になると
神様に昇格し、崇拝の対象とされています。
神の地位になるのです。
わたしはJWになるまえ天理教を信じていました。
振り返ると教祖の中山みきという女性は
亡くなってから三人いる神の一人になっています。
天理教も三位一体かもしれません。

日光東照宮にまつられている徳川家康も
亡くなってから権現様になったと聞いています。

聖書に記載されているYHWHは全能者ですから、
仮にキリストが永遠に近い過去に創造されていても、
YHWHから神として認められ、神に任命され、
崇拝されるようになっても不思議でないと思います。
箴言8章はふしぎな聖句です…。
これはキリストのことだとも読めますから…。

きわめて人間的な意見ですが、
死んで存在が生き残った信者から確認できなくなると、
神という霊的状態の存在として
信じ続けたいという人間の強い願望が働く
結果だというような気がします。

はたしてなにが真実なのでしょうか…。
わたしの模索は継続中です…。

#23 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2017年01月08日 09:28:42

てつてつさんの書き込みは楽しいから歓迎です…。
栂池ってとても美しいところですね。
奥さんと楽しめてよかったですね。

#24 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年01月08日 09:23:02

エバに唆されてアダムはリンゴを食べちゃったから、
犯罪の陰には女がいるっていうは遺伝ですかねえ。
ちょっと笑える話ですが…
トピックと関係ありませんが、
「戦後女と靴下は強くなった」って聞かされることがあります。
女性のほうはわかりますが、
どうして靴下なんだろうって時々思います。
戦前は靴下の質が悪かったのかなあ…。

#25 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2017年01月07日 17:19:52

大空の浪人さん、
詳しい情報をありがとうございます。
警察をじょうずに活用するって難しいですね。
わたしも父親のことで警察に相談したことがあります。
よく言われることに
「質問の仕方がわかっていれば答えの半分はわかっている」
というものがあります。
自分の状況を警察担当者に知ってもらうのは、
考え抜いたうえで説明する必要があると思いました…。

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