ログインしていません。

#2 Re: 総合フォーラム » なぜ、JW関連のサイトを拝見するのかについて » 2018年05月21日 18:09:23

わたしも旅人さんとエリーさんのように感じていました。
脱党し15年目になりますが、状況は同じようです。
わたしはある時からそのような状態はずっと続くだろうと思っています。
「傷をなめてもらいたい」というのも真実でしょう。
「心をいやす旅」だろうというのがわたしの気持ちです。
自分の人生をかけて信じようとしてきた組織に裏切られる結果になったのですから、
同じように残りの人生すべてを費やして自分をいやす必要があると思うのですが…。

#3 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2018年05月02日 14:06:04

ちょっと脱線するかもしれません。
もう10年以上前のことです。
視覚障害者のパソコンサポート団体の会議で浮上してきたことですが、
電気的な文字でやり取りする電子メールは、
できるだけ穏やかの書いても、なんだかきつく聞こえることがある、
というような説明をしていた人がいました。
わたしは、それを聞きなるほどと思ったものです。

人間というのは機械でなく感情を持つ生き物だと思います。
同じ話を聞いたり、読んだりしても全く感じ方が違います。
そのようになってしまうというのか…。
体調が良かったり悪かったりしても感じ方は変わります。
だから、感じ方に善悪はつけられないのでしょう。
モモさんのように後になって考えてみれば、
落ち着きを取り戻しているので、
別の見方ができるようになることもあります。
失敗と反省を繰り返し、成長できれば、とてもすばらしいことです。

掲示板にはいろいろな考えの人が投稿しますね。
人の悪口を書くのでなければ、
道理にかなっているのであれば、どのような内容でも
それぞれの心情を吐露できるのは、とても良いことだと思うのですが、
いかがなものでしょうか…。

#4 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2018年04月30日 17:09:15

#713の続きです。
第四章 「創造について」
「人間にとっての世界を描写する創造のストーリー」です。
どうぞお楽しみください。-p53
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rBj-OOfdm82pWqeX

#5 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2018年04月21日 16:25:08

#708の続きです。
第四章 「創造について」
「古代中近東の枠組みの中で示された創造の啓示」です。
どうぞお楽しみください。-p52
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rBRShDrS7VkOa8v0

#6 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2018年04月19日 16:15:33

ジョエル さんの発言:

中沢氏と方向性は違いますが、
ボンヘッファーという神学者がいます。
彼は、キリスト教が原罪や死(後)の刑罰で
脅して従わせていた時代を指して、
「宗教の時代」「未成熟の世界」などの表現を使っています。

ものみの塔も未成熟な宗教だと思います。
その神学者が指摘しているように、
従わないものは神によるハルマゲドンで滅びるといってみたり、
現在まで排斥処置によって村八分にするという
政策を実行し続けているからです。
一言でいえば「脅しの宗教」だとおもいます…。

#7 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2018年04月19日 15:52:44

三太郎 さんの発言:

先ず、民族の神概念や文化を形作るのは、その民族の風土です。
そして風土的特色によって神概念も変わってきます。
聖書の人格神は中東独特の風土が生み出した概念です。
日本の縄文時代の、全てのものに霊が宿るとされる
アミニズム信仰は日本独特の風土が生み出した信仰です。
神概念によってのみ民族の歩みが変わるのではなく、
あくまで土台には風土があります。

上記の問題についてしばらく考えていました。
わたしとしては「卵が先か鶏が先か」という
問いに似ていると思いました。
ちょっと乱暴な比較かもしれません。

中澤氏は教会の牧師として神の存在をかたく信じる方ですから、
神概念次第で、その神の民の歩みは大きく変わってくるという
立ち位置になるのは当然だと思います。

一方、三太郎さんの方としては、
先ず、民族の神概念や文化を形作るのは、その民族の風土です。
そして風土的特色によって神概念も変わってきます、
という立ち位置になっています。

わたしとしても、神が果たして存在するのか、
存在しないのかという結論は出せないでいます。
三太郎さんの神の存在を信じているのか、
そうではないのかはわたしにはよくわかりませんが、
クリスチャンとしての中澤氏のようでは
ないであろうと思います。

ですから、神概念がどこからどのように形成されたか
ということは意見が分かれてしまうのは致し方ないと思います。

たぶん、結論は出せないんだろうなあ、
というのがわたしの正直な気持ちなんです。

#8 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2018年04月18日 17:37:28

JWとかかわった人々でマタイ24:34の「世代」の解釈に
翻弄されなかった人はおそらくいないでしょう。
JWが信頼を置いている新世界訳聖書は「世代」と訳出していますが、
「論じる」の書籍には見開きのページで
様々な日本語訳のあることを紹介していました。
わたしも全部ではありませんが、今も手持ちしている訳がありますので、
「世代」という言葉がどのように訳出されているのか、整理を試みました。
「世代」の解釈について理解を深める助けになることを願っています。

01.新世界訳:この世代は決して過ぎ去りません。
02.新改訳:この時代は過ぎ去りません。
(「時代」の脚注、別訳「世代」)
03.回復訳:この世代は決して過ぎ去ることはない。
(脚注、時代や人々による世代ではありません…
人々の道徳的状況による限定された世代です)
04.フランシスコ会訳:今の時代は過ぎ去らない。
(脚注、イエズスはすでにマタイ16:28において
同じようなことを語られた。
これは、当時のある人々の生存中に、
すなわち約40年後に、エルサレムが滅亡することを指す)
05.バルバロ訳:今の代は過ぎ去らぬ。
(「今」の脚注、イエズスの時代の人々を指すようである。
今の代がみな死ぬまでに、エルサレムは滅亡するであろう)
06.文語訳:今の代は過ぎ往くまじ。
07.中央公論社・前田護郎訳:この世は過ぎ行くまい。
08.新共同訳:この時代は決して滅びない。
09.口語訳:この時代は滅びることがない。

だからどうだというのでもないのですが、
こうして見比べてみると
聖書の解釈は一様にできないことが理解できると思います…。

#9 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2018年04月18日 16:20:34

鬼太郎 さんの発言:

ラハム兄弟 貴重な資料情報に感謝します。お恥ずかしいことに、generationと思い込んでいました。
ageでは、、、、それを 世代 に意訳でしたか、、、

まったくのところ申し訳ありませんが、
鬼太郎さんの言う通りでした。
1969年版と1985年版を確認したところgenerationとなっていました。
何かを調べたときと記憶がごちゃ混ぜになり、勘違いしたようです。
これからはもっと注意深くしようと思います。
ほんとうに申し訳ありませんでした。

ただし、時代と訳出している日本語訳もありますので、
参考資料として「脱塔指南」トピックに記録しておこうと思います。

#10 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2018年04月17日 16:51:37

聖書についての質問 さんの発言:

「創世記6:9 に戻りますが、正しい訳は“同時代”ですか、それとも“その世代”ですか?
ものみの塔では、終末予言の関係から”世代“という語には神経質になっていると思うのですよ。」

最近気になることがあり、マタイ24:34などで訳されている
「世代」という言葉がものみの塔発行の王国行間逐語訳ではどのような英単語が
ギリシャ語の単語の訳としてあてられているのか調べてみました。
それは「age」だったのです。
ギリシャ語の意味は知りませんが、普通に「age」というなら
「時代」という意味になり、世代とはずいぶん違うように思います。
ものみの塔は王国行間逐語訳を1969年と1985年に発行していますが、
それこそ現在の若い世代のJWたちはほとんど知らないでしょう。
Webでは無料でダウンロードできるところもありました。
JWが日ごろ使う新世界訳では意図的に誤訳している箇所でも、
王国行間逐語訳では正確な単語が割り当てられているところが不思議なところです。

組織にとっては都合悪いでしょうから、
現物を手に入れるのは難しいだろうと思いますが…。

#11 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2018年04月17日 16:27:17

聖書についての質問 さんの発言:

ダビデが成り上がっていく過程がサムエル記第一に書かれているわけですが、サムエル記は、宗教的な歴史小説のようなもので、歴史書ではありません。歴史書としてみた場合、おかしな点がたくさんあります。例えば、有名なダビデとゴリアテの戦いの様子は、ダビデが生きていた時代よりずっと後の時代のものです。日本風に言えば、源氏と平氏の戦いの物語に数百年後の戦国時代の鎧兜と武器を身に着けた兵士が登場してきたようなものです。

サムエル記の目的は、ダビデ王朝の弁護です。ダビデは無法者で、脱走兵で、フィリスティア人の傭兵で、サウル王の死を利用して王位についただけの男なのですが、それを神によって選ばれた油注がれた王であり、その王朝は永遠に続くのだというふうに美化し、ダビデ王朝の正当性を主張するものです。

しかし、興味深いのはその弁護にあまり成功していないことです。サムエル記のダビデは戦いには強いが、モラルの欠けた日和見主義者にすぎません。サムエル記は、本来なら北朝鮮で指導者について描かれるような、政治的プロパガンダのはずですが、そうならず、歴史小説に似てきています。

②    「ダビデは神殿を建設することを神に願いますが、戦士として血を多く流したので、それを認めてもらえなかったことが記録されています。ダビデは果たして義人なのでしょうか。」

答えは、いいえです。目的達成のためには人殺しも平気な男です。

聖書についての質問さん、
ダビデについて詳しい説明をありがとうございました。
旧約聖書に記述されている彼の物語を素直に読むのであれば、
聖書についての質問さんが説明してくださったとおりだと思います。

その一方、新約聖書のほうではダビデを信仰の人として、
好ましい扱われ方をしているように読めるだろうと思います。
ダビデの行動についてどのように解釈するのかは、
聖書に対するそれぞれの人のスタンスによるのだということが、
よく理解できました。

これからもよろしくお願いします。

#13 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2018年04月15日 14:35:46

聖書についての質問 さんの発言:

「それでサウル王は別の娘ミカルの婚姻に際しては、
18:25で<フィリスティア人の百の包皮>でいいよといったわけですね。
日本風に言うと100人の首を取ってこい、
それで婚姻費用はなしにしてやるということですよね。
本当の狙いは戦死させることですが」
「ところが、ダビデはその条件をなぜか承諾し、
200人分の包皮を持ってきて、めでたくミカルと結婚している。
このダビデのどこが謙虚なんだろうね」
「敵の兵士の包皮を取るって、実際にはどのようにするのでしょうかね」
「これは史実ではないよ。まじめに考える必要はないよ」

聖書についての質問さん、
いつも読み越えのある説明をありがとうございます。

上記の部分ですが、
史実ではないので真面目に考える必要はない、
ということですが、どのような根拠でそういえるのでしょうか。

実のところ実際の出来事でないほうがわたしは安堵します。
ですが、現役のころからその記述のは当惑され続けていました。
ダビデがフィリステア人200人を殺害して、
手術まがいのことをし陰茎の包皮200人分を
サウルに差し出したということです。
ダビデはミカルを妻にするためそのようなことをしました。
現在の感覚からすると、一人の女性を妻にするため、
200人の男性を殺害したわけです。
彼らにも家族がおり、妻や子どもがいただろうと思います。
そうした残酷ともいえる行為をしていても、
ダビデは聖書の中で「義人」と呼ばれ、
エホバの目にかなう人物として評価されています。

ダビデは神殿を建設することを神に願いますが、
戦士として血を多く流したので、
それを認めてもらえなかったことが記録されています。
ダビデは果たして義人なのでしょうか。

この話を現役JW長老にしたところ、
彼は洞察の本のフィリステア人の項目を
コピーして持ってきたのです。
彼が言うにはフィリステア人は神の敵だから、
殺害してもいいんだということでした。

わたしはこれが非常に恐ろしい理屈だと思いました。
というのは、もしJW以外の宗教に属する人たちが、
JWは自分たちの宗教の神の敵だから、
自由に殺害してもいいんだと考えて、
実行したらどうでしょうか。
お互いを自分たちの神の敵として扱い、
殺戮を正当化しているようにしか思えません。

こうした疑問について非JWの牧師関係者にも質問したのですが、
はっきりした答えはありませんでした。

聖書についての質問さん並びにほかの方で、
この問題について正しい見方をご存じであれば、
ぜひ知らせていただきたいのですが…。

よろしくお願いします…。

#14 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2018年04月12日 14:02:50

最近ふと思うことがあります。
それは、もしわたしがJWの道に入らなければ
何をして生きていたのだろうって…。

同じ脳性まひのJW兄弟で同じ時期に自然消滅した彼も、
「もし、JWにならなければ何をしていただろう、
障害者運動にでもかかわっていたかもしれない」と
言っていたことを思い出します。

実際、JW以前、子どものころから障害者施設で、
一緒だった同じ年の友人たちは
障害者運動にかかわっている人が多いのです。
わたしは彼らが障害者運動にかかわり始めたころ、
JWにかかわり始めてしまったので、
長いことそのような活動のあることさえ知りませんでした。
でも、たとえカルトにかかわらなくても、
障害者運動にも参加しようとしなかっただろうと思います。

というのはわたしは実家にいて自分の生活で満足できたと思うからです。
JWになったから、親や家族に束縛されず集会や奉仕に参加したくて、
アパートを借り、独立した生活を目指して実行したのです。
わたしが実家を去ろうとするとき母は
「お前、そんなに無理して出ていかなくてもいいんだよ」って
言ってくれたことがりんりんと耳によみがえってくるのです。
家にいれば、のほほんと食べることにも、住むことにも
何も心配する必要はなかったでしょう。
JWになったことは人生の大きな過ちだったのですが、
その経験をしなければ、現在の自分はいなかったと思うのです。

さらにもう生きていないかもしれません。
現役時代、健康維持にサプリメントの使用方法を知る
チャンスがあったからです。
これは振り返ると非常に大きな出来事でした。
名前を挙げるのが良いことかわかりませんが、シャクリーという
会社のサプリメントを活用して栄養療法を知ったのです。
これは高額なサプリですから現在は使っていないのですが、
何をどのように使うのかという基本はこのとき勉強しました。

わたしと同世代の脳性まひ者は大方電動車いすを使っており、
わたしのように人力タイプで自走式は使っていません。
障害の程度が重度になったり、筋力の低下でこげないのでしょう。
自走式は「自操式」と表現するのが正解です。
他の人と比べてわたしのほうが障害程度が軽いということも
あるのですが、体力に恵まれたというのが非常に大きいです。
サプリのおかげだと思うし、
その使用方法を知るチャンスがありました。

日々の支払い、光熱費や食事の準備についての気苦労など、
人としての資質を培うチャンスがなかったかもしれません。
他の人をやさしく思いやりのある態度で扱うことを知りました。

実のところ、カルトとかかわることは不本意でしたが、
こうして静かに振り返ると人格を陶冶する面では
わたしにとって必要悪のようなものだったかもしれないのです。

#15 Re: 親睦・相談 » 脱塔後の婚活指南します(仮称)月下氷人さん募集。 » 2018年04月12日 12:53:37

モモ さんの発言:

そうすると、聖書は神の言葉では無いのでしょうか?真の神は何処にいらっしゃるのでしょうか?世界は、全ての生物は、そして私たちは誰によって創造されたのでしょうか?本当に真実を知りたいです。(╹◡╹)

そのような質問に対する答えって、モモさんだけでなく
わたしを含めて多くの人が答えを模索していると思います。
JWを自然消滅後知りあった覚醒現役さんも
そのような質問についてわたしにどう考えているのか聞いてきます。

わたし自身についていうのなら、十代後半から
自然消滅後幾年かの期間答えがあるはずだと考えてきました。
そう30数年の長期にわたってです。
でも、あるときはっと気が付いたのです。
もしかしたら、答えがないことかもしれないって…。
事実生活していると直面することですが、
正解とされることが幾通りもあったり、
人の数ほど答えのある場合だってあります。

答えがあってもなくてもわたしたちはこの世に生を受け、
実際に存在しているのですから、現実に即して生活する必要があります。

JW時代は組織が提供する聖書解釈が答えだったのですが、
その過ちに気が付くと、では正解はどこにあるのかと、
当惑して探したくなるわけです。
たぶん、わたしも含めて多くの人が直面する問題でしょう。
わたしが正解を知っていて答えを提供できても、
誰でも納得できるというものではないでしょうし、
じつのところ提供不可能だと思います。

たぶん、わたしたちの世代は大きな病気や災害を避けることができれば、
普通に生きて80歳か90歳ぐらいは生きられると思います。
ひとまず、そこまでどのように生きるかを定めて、
倫理的な問題と答えをその期間じっくり模索するのはいかがでしょう。
たぶん、焦って答えを見つけようとしても、
見つけるのは不可能でしょうし、
同じカルトの罠にはめられてしまうかもしれないからです。

#16 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2018年03月30日 08:44:40

#706の続きです。
第四章 「創造について」
「創造のストーリーの崇高さを表す様々な工夫」です。
どうぞお楽しみください。-p51
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rBmSyeA1HhZN-Imh

#17 Re: 親睦・相談 » 遅すぎることはないとの覚悟を持って » 2018年03月26日 17:02:24

Tak さんの発言:

実は私は奉仕の僕や開拓者は経験しましたが、長老は経験したことはありません。

Takさん、書き込みありがとうございます。
貴重なお話として読ませていただいています。
上記の部分、わたしと同じだなあと親しみを感じました…。

#18 Re: 総合フォーラム » 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です) » 2018年03月18日 19:27:20

ささらほーさら さんの発言:

※今日のNHKスペシャル、面白そうです。

わたしもこれから見るつもりです。
これまでの放送は全部ビデオを保存しました…。
貴重な映像記録と報告ですね…。
どこまで人間を含む地上の生物の制作者の
意図と巧妙さに近づけるのでしょうか。
生きている限り見守りたいです…。

#19 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2018年03月12日 08:53:29

#703の続きです。
第四章 「創造について」
「神は人が論じることのできる客体ではない」です。
どうぞお楽しみください。-p50
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rBpf6treBQiIOqJk

#20 Re: 総合フォーラム » ここが変だよJW » 2018年03月08日 15:59:07

ちょっと一言 さんの発言:

知り合いのエホバの証人に質問をしてみました。
質問はこうです。

「使徒6:1,2に、こうあります。

さて,そのころ,弟子が増えていた時であるが,
ヘブライ語を話すユダヤ人に対してギリシャ語を話すユダヤ人がつぶやくということが起こった。
そのやもめたちが日ごとの分配の面で見過ごされていたからである。
そこで十二人の者は,大勢いた弟子を自分たちのもとに呼んで,こう言った。

質問です。さて使徒たちは何と言ったでしょうか?」

さて、正解した人はいたでしょうか?
いるわけないよね。答えを知りたい人は聖書を読んでね。
JWのみなさん、初期のクリスチャンを見習いましょう。

こんな答えをするJWは、へんだよ!

いまだから、というのではありませんが、
わたしが現役のとき、その質問を受けたら、聖書から直接答えたと思います。
あるいは「兄弟、その続きの聖句を読んでみましたか」って聞き返したと思います。
というのは、脱塔してから14年たつ現在でも、聖句を聞いただけで、
それがどこにあって、続きがどう記述されているのかはっきり思い出せるからです。

それに答えた現役さんの反応は変だといえば、もちろんおかしいのです。
わたしはJW人生を振り返って、現役さんたちがいちばん読まない書物は
聖書そのものだと思っています。
その次がたぶん「ものみの塔」「目ざめよ!」の雑誌です。
だから、聖書に述べられていることを問い訪ねてもほとんどの人は
正しく答えられません。
集会で多く引用される聖句もあるのですが、
聖書を辞書のように使っているので心にしみていかないのでしょう。

奉仕会のプログラムで毎日聖書通読している人のインタビューがありました。
そこで毎日読んでいる人を探したのですが、ほとんどいません。
思い余って長老ならと思って協力を求めたのですが、辞退されてしまいました。
これにはほとほと困りましたね…。

あるとき、同じ群れの姉妹から質問されたことがありましたが、
家に帰り出版物を見ているとその答えは、
先週受け取ったものみの塔の読者からの質問で扱われていたのです。

今となっては、ものみの塔の説明はそうとう怪しいと思うのですが、
それでも、組織からの最新情報も見ていないというところに
問題を感じたものです。

最近街路伝道しているたぶん長老クラスだと思いますが、
マタイ5:3を暗唱するように頼んだのですが、非常に不正確で、
しどろもどろになっていました。
彼の奥さんのほうが正確に暗唱できていたのです。
彼は「暗記するために聖書を読んでいるのではありません」と強気だったので、
パウロなどは暗記した聖句で手紙を書いていますよね、というと
「すみません」とひとこと言ったのです。

余談ですが、現役時代使徒6:1,2の説明として
「不満でも正当な不満もある」ということを聞いたのですが、
不満を悪いこととしているJWにとってとても良い説明だと思いました。

現役のみなさん聖書通読は毎日しましょう。
ものみの塔は隅から隅まで全部読みましょう。
そうすればハルマゲドンで生き延びられると思いますよ…。

#21 Re: 総合フォーラム » ここが変だよJW » 2018年03月06日 17:05:48

ちょっと一言さん、ご返事をありがとうございます。
やはり新約聖書から楽園の希望を証明しようというのは
根拠が薄弱ということだと思います。
使える聖句は少ないですし、適用にも無理があるのでしょう。

わたしがJW研究生のときから学んできたことは、
人は死ぬと無意識状態になり、どこにも存在しなくなるというものでした。
組織はその解釈をイエスが磔になって死んだときにも当てはめていました。
地上に来たイエスはただの人間でしたから、死んで一時的に無意識状態になり、
どこにも存在しなくなって、霊者としてよみがえったというものです。
当然、楽園で一緒にいるであろうと約束された悪行者も
無意識で存在しなくなったわけでした。
だから、磔になり死んだ二人が、その日に楽園にいることがない、
ということだったと記憶しています。

それでカンマに位置を都合いいところに変更して、
パラダイスにいるのが将来のことになり、
約束したのが磔になったときになったのです。

この解釈にはちょうど良いことになります。
JWの聖書解釈ではカンマの位置に無理がありません。

いまのわたしにはどうでもいいような教えですが、
ちょっと一言さんの書き込みを読ませてもらい、
思い出したことをつづってみました。

引き続きちょっと一言さんの書き込みを楽しみにしています。

#22 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2018年03月06日 14:05:18

ラハム さんの発言:

JWは「奉仕の僕」という立場を設けてます。
多くの翻訳では「執事」と表現されているようです。
ほんとうのところは単なる「奉仕者」という意味だそうです。
「奉仕の僕」というのはJWの都合で設けられた役職だと
原語のギリシャ語から説明してくれていたwebがありました。
別のパソコンに保管していますので、後程URLをお知らせしようと思います。

このURLは
https://bibleking.org/1timothy-3/
です。

この説明がどこまで妥当かはわかりませんが、
そのような説明もあるということです。

#23 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2018年03月06日 13:25:33

聖書についての質問 さんの発言:

ラハムさんの、
「別の見方も存在することを知るのはとても必要なことだと思いました…。」
というご意見に、まったくその通りと思います。

JWの人もそのような精神でバイブルレッスンをしてくれたらいいと思います。

聖書についての質問さん、
ていねいなご返事をありがとうございます。
もう35年以上前のことですが、地元王国会館で開かれている
集会の招待ビラに「宗派に偏らない聖書教育を行なっている」
という文言が記載されていたのを思い出しました。
振り返ると、自分たちがいちばん宗派に偏っていたのに、
偏らない聖書教育をしているなどと主張していたのですから、
自分のしていることの意味なんてほとんどわからないで
しているものだと思いました。
滑稽旋盤で恥ずかしい宗教に入っていたものです。

ティンデル聖書注解のことですが、
詳しい説明をありがとうございます。
その注解書がかなり党派性があるとすれば、
党派性がほとんど見られないというか感じさせなくて
きわめて公平な注解書ってあるのでしょうか。
存在するのであれば、一冊ぐらい読んでみたいのですが…。

#24 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2018年03月05日 16:29:29

きのう、JWサロンに出席した折、
聖書の「グランドストーリー」に生きる(その2)
という講演の原稿をいただきました。
エホバの証人掲示板に書き込むのはちょっと場違いかもしれません。
この原稿の最終部分を読むと以下のように述べられていて、
現在のJWTCのクラスがどのように開催されるようになったのかわかります。
わたしも、聖書について本当の読み方があるのであれば、ぜひ知りたいとは思うのですが、
現在のところそれは発見できていません。

中澤氏が述べているようにJW組織が内部崩壊しているというのはほんとうでしょう。
私たちが組織にいる人たちに逆証言してもほとんど効果がありませんから、
教会関係者が外部から攻撃しても結果は同じだと思われます。
宗派を問わずクリスチャン人生について話していただきたいというのは、
エホバの証人には絶対あり得ないことなので、見識の広さを感じさせてくれます。
長いことエホバの証人の救出活動をしてくださった、
中澤氏の願いを知ることも有益だと思ったので、転記させていただきました…。
-以下引用分です。

私は、毎週水曜日、大野教会にてJWTCというクラスを開いています。
それは1994年に始まりましたが、ちょうど20周年を迎えたとき(4年前のこと)、
場所を御茶ノ水クリスチャンセンターから大野教会の新会堂に移すことになりました。
私は、それを機会に、「JWTC(エホバの証人をキリストへ-Jehovah's Witness to Christ」という名称を
「日本社会をキリストへ(Japanese World to Christ)に変更しようと考えました。
それは、エホバの証人のものみの塔組織は今や内部から崩壊しつつあり、
私が外から攻撃するのは賢明なことではない、との結論に至ったからです。
ものみの塔組織から抜け出た元エホバの証人たちが本当に必要としているのは、
組織に対する批判情報ではなく、聖書の本当の読み方(解釈)であることに気づいたのです。

しかも、聖書の本当の読み方は、組織をやめたエホバの証人たちだけでなく、
伝統的・正統的なキリスト教会に集っているキリスト者たちにも必要であると実感していました。
(私は、福音派の中で50年も牧会してきましたので、その責任は自分にもあることを示されていました)。
それだけではありません。教会の外には、キリスト教に興味をもっている人が多数いるのですが、
教会が聖書の本当の読み方を提示してこなかったため、彼らを教会から遠ざけ、
離れさせているという実感を打ち消すことはできませんでした。

こういう状況に面して私は、JWTCの大きな方向転換を図りました。
クラスの前半では「聖書の読み方」を解き明かし、
後半では多くのキリスト者のストーリーを語っていただこうと考えたのです。
どんな教派に属するキリスト者であっても聖書をグランド・ストーリーとして読み、
グランド・ストーリーのもとで自分の人生を歩んでほしいと心から願っての試みでした。

そこで、この講演を閉じるにあたり、大野教会の皆様にお願いしたいことがあります。
一つは、ぜひ時間をとって、JWTCのクラスにお出かけください、ということです。
(時間的な都合がつかない方々のためにインターネットで聞くことができるようにできないか、検討中です)。

グランド・ストーリーの基本的な考え方は、前回と今回の講座で説明しました。
しかし、キリスト者が「聖書のグランド・ストーリーに生きる」とは
具体的にどのようなものかを明らかにするには、多くの方々のご協力が必要です。
このために私は、残っている生涯を費やしたいと祈り続けています。
大野教会の皆様には、JWTCのクラスに参加し、この働きを全面的にサポートしていただきたいのです。
よろしくお願いいたします。

#25 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2018年03月03日 15:46:39

聖書についての質問 さんの発言:

「語彙、文体、思想、歴史的状況、クリスチャン共同体の状況がパウロのものとは違う。
1世紀の終わりから2世紀にかけて書かれたとすると、つじつまが合う。」
「その根拠をひとつ教えてくれませんか?」
「テモテ一の3:1に、“監督の職”、3:8に“奉仕の僕”という役職が出てくる。
それを指導するのがテモテというわけだ。つまり3段階の役職制度が存在している。
パウロの時代にはそんなものはなかった。
パウロは、もうすぐ終わりの日が来ると本気で思っていたの。
組織作りに取り組んでいる状況じゃない。
ところが、パウロが死んで、終わりの日は、はるか後と考えざるを得ない時点で
(1世紀の終わりごろ)、組織作りが始まる。監督も奉仕の僕もパウロの死後の時代のものだね。
これらの牧会書簡の主張は、
後にローマ・カトリック教会へと発展していく人たちの主張なのだろうと考えられている。」

聖書についての質問さん、いつも興味深い解説をありがとうございます。
わたしもどちらかというと全部読ませていただいているほうの人間です。
上記の説明ですが、わたしなりに気になったので所持している
ティンダル聖書注解を読んでみました、部分的にですが…。
この本はテモテ第一、第二とテトス書が一冊の注解書としてまとめられています。
聖書についての質問さんが述べている、語彙、文体、思想、歴史的状況が
パウロの時代とは違っていて、一世紀の終わりから二世紀にかけて書かれたという
主張する人々のいることが述べられていました。
また、その主張に対する解説と反論も述べられています。

その説明の中でこれら牧会書簡に記述されている「監督の職」が
パウロの時代に存在しなかったのかどうかという説明がありました。
注解書では、使徒14:23、使徒20:17、使徒20:28が取り上げられています。

使徒14:26では、パウロ一行が会衆ごとに年長者たちを任命したこと、
使徒20:17では、エフェソスの年長者たちをパウロが呼び出したこと、
使徒20:28では、それらの年長者たちが監督として任命されていること、

を明らかにしている聖句として説明されていました。

年長者というのは新世界訳の訳語でいくつかの日本語訳で確認したところ、
「長老」という表現になっていました。
「監督」という語はどの翻訳を見ても「監督」でした。

使徒たちの活動が一体何年ごろ書かれたのかもこれらの問題に関係がありそうだったので、
同じくティンダル聖書注解の「使徒たちの活動」では西暦70年ごろを有力視していました。

それですから、パウロの時代にもうすでに長老や監督がいたとしてもよいのではないでしょうか。

JWは「奉仕の僕」という立場を設けてます。
多くの翻訳では「執事」と表現されているようです。
ほんとうのところは単なる「奉仕者」という意味だそうです。
「奉仕の僕」というのはJWの都合で設けられた役職だと
原語のギリシャ語から説明してくれていたwebがありました。
別のパソコンに保管していますので、後程URLをお知らせしようと思います。

実のところ、注解書を読むのは骨の折れる仕事で、
ものみの塔出版物を読んで理解するのとちがってとてもたいへんです。
わたしは、それほど詳しくは知りませんので、
反論されてもお答えできないと思いますが、
別の見方も存在することを知るのはとても必要なことだと思いました…。

Board footer