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#1 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年09月16日 15:26:09

#662の続きです。
第三章 「神学プロレゴメナ」について
「歴史を批判的に検討し全体像を描く」です。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rC3qK7NOxw7SxkeP

#2 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年09月08日 16:06:22

#659の続きです。
第三章 「神学プロレゴメナ」について
「哲学的な前提に基づいた聖書理解」です。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rCtFdgsV_D89UpqZ

#3 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年09月08日 16:00:54

聖書を物語として読むことを知り、
しばらくしてからすべての記録が物語であり、
歴史を正確に記述して記録することが
不可能であることに気づきました。

一例として自分史があります。
わたしは40歳を過ぎてから30年以上前、
施設で生活していた7年近くのことを
原稿用紙で320枚以上書いたことがあります。
誠実さを込めて正確な記述になるよう挑戦したのです。
それから10年以上経過して、
当時の事情を知っている関係者と話し合うチャンスがあり、
確認してみるとわたしの思い込みや
間違いも多々記述されていたことがわかりました。
7歳からの記憶をたどったのですが、
幼いこともあって、名称が不明のことや、
起きた出来事の意味もわからないことがありました。

重要だと思うことは、その施設でわたしの身に
起きていたことと同時進行で生じた出来事は多くあり、
ひとりの人間の能力では把握しきれないということです。
だから、自分に起きた出来事を思い出し、
何を記述するのか取捨選択する必要がどうしてもあります。

個人に関することでも正確に記録することは
不可能なのですから、まして世界の歴史などは
とうてい不可能なことでしょう。

ですから、伝えたいということを
物語にして残すほうが優れていると思いました。
最近のわたしは、ニュースでも報道番組でも、
伝達者が伝えたいという情報を取捨選択して、
物語風に伝えていると考えるようになりました。
けっきょく出来事のすべては伝えられないので、
それぞれの人が必要だと判断したことを
情報媒体を用いて記録する以外にないのだろうと思います。

たぶん、聖書もそのようなものでしょう…。

実に、イエスの行われた事はほかにも多くあるが、
仮にそれが事細かに記されたとすれば、
世界そのものといえども、その書かれた巻き物を
収めることはできないであろうと思う。
-ヨハネ21:35

#4 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2017年09月07日 17:13:33

中澤牧師三つ目の後援会の紹介です。
https://www.youtube.com/watch?v=R8r-mTam-AE

1.ものみの塔は出版会社であることを
どのような方法で信者に理解できるようにしないか。
2.保護説得という方法がなぜ難しくなったのか
3.家族はどのように信者を脱塔するよう助けられるのか。
4.輸血について。
5.選挙に参加することについて。
などの興味深い項目の説明がなされています。

使用されている王国宣教がいつ頃のものか
ちょっとわかりませんでした。
投票についてはものみの塔1999/11/01号p28
読者からの質問で扱われています。

わたしはこの記事を読み、投票が解禁になったと考えました。
あまりマインドコントロールが強くなかったのか、
溶け始めていたのかもしれません。

ただ、命がけで投票しないという聖書解釈を
忠実に守ってきた仲間のことを考え、
強いショックを感じたことを覚えています…。

#5 Re: 総合フォーラム » 生きてくのに「人生の目的」は必要か? » 2017年09月06日 15:13:52

わたしは脱塔して14年になろうとしているわけですが、
毎年正月を迎えると「一年の計は元旦にあり」ということで、
その年の目標を考えようとするのですが、
これまで考え付いたことがありません。
どうしてだろうかと思うのですが、
理由もさっぱりわからないのです。

だからそれより壮大な人生の目的なんて
雲をつかむような話で立てようがありませんでした。
今も同じ状態です。
そんなことを考えていると…。

JWと関係のない友人に誘われて、
人生の送り方に関する講演会に出席したことがあります。
その話し手によると、自分のお子さんたちに
「生きることはすばらしい」ということと
「学ぶことは楽しい」の二つだけ理解できるようにサポートし、
あとはお子さんたちに任せているということでした。

わたしもこの二つを大切にして生き続け、
無理に目標や目的を持たなくてもいいと考え、
気楽に生きられるようになったと思います。

#6 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年09月04日 09:42:51

#654の続きです。
第三章 「神学プロレゴメナ」について
「神のような中立的な視点で観察?」です。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rCxNpwdQ87oJZh1j

聖書そのものを何の前提も持たず客観的に読むことは
果たして可能だろうかという内容です。

#7 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年09月03日 09:28:33

鬼太郎さんの意見もてつてつさんの意見も
両方とも正論だと思います。
わたしとしては、自分も含めて元JWたちは
組織の聖書解釈で凝り固まってきましたので、
ほかにも様々な理解の仕方があるんだということを
知ってほしかったのです。

そのうえで、聖書に関して自分なりの理解と
信仰を持てるようになれれば、
それはそれでよいことではないでしょうか。
聖書との関わり方を考察するということです。

組織団体に関係するようになると
どうしてもカルト的になることが避けられないようですから、
個人で勉強するほうがいいとわたしは思います…。

#8 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2017年09月03日 06:17:44

中澤牧師の講演会二つ目の紹介です。
https://www.youtube.com/watch?v=715ik-v0RH8

「人はなぜエホバの証人になるのか、魅力があるのか」
以下の四点から説明されています。
また、組織を離れることや
離れさせることが困難な理由を解説しています。

1.楽園の希望
2.体系化された世界観
3.愛に溢れた共同体
4.主権論争のしばり

これを聞いて自分のJW人生を振り返ると
まさしくその通りだったなあと思い出しました。
内部にいると気がつかないことを
外部からの観点で説明されると納得できることが多いです。

#9 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2017年08月29日 13:30:12

てつてつ さんの発言:

よくネットで大酒のみだというウワサはきいていましたが これほどとは思いませんでした またベスサリムの豪邸も確か1925年に古代の名士がもどってくるので丁重にお迎えしなければならないという理由で立てられたと聞いたのですが なんか怪しいなーと思ってましたが 酒池肉林の館だったわけですね mad

てつてつさん、
わたしも同じようにラザフォードが大酒のみで暴力的だと
よく聞いていたのですが、ロリコンだとは初めて知りました。
ラッセルもロリコンの傾向があったようです。
結局協会の会長は初代と二代目は不道徳な男だったのです。
酒池肉林の館というのはぴったりな表現ですね。
とくにラザフォードは天で王になるのでなくて、
地上で王のようにふるまい肉欲を
満足させたいだけだったのでしょう。
彼が天に招かれ144,000人の一人になるなんて
どう考えてもあるはずがありません。

わたしは中野っちさんからの情報を読み、
吐き気がして気持ち悪くなりました。

愚かで低俗な宗教と関わってしまい、後悔ひとしおです…。

#10 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2017年08月29日 13:10:05

中澤牧師についてです。
牧師がどうしてJWと関わるようになったのか、
いきさつが詳しく述べられています。
https://www.youtube.com/watch?v=DkaemAiDdsQ

ちょっと長い講演ですね。
この中で登場する洞察の本の前に出版されていた、
洞察のような本が1950年ごろのものだという
お話がありますが、たぶん「聖書理解の助け」だと思われます。
1950年ごろ発行のこれに類似する本というのを
わたしは聞いたことがありませんので…。
「聖書理解に助け」は1970年代前半発行だったと思います。
レイモンド・フランズが著作に大きなかかわりがありました。
聖書理解の助けは英文でしたので、
1979年ごろから「目ざめよ!」後半部分に抜粋で
翻訳され掲載していたことがあります。

この中澤氏の話は「人はなぜJWになるのか」という
分析はとても興味深いものでした。
わたしにも当てはまっていたのです。

また「世代」の解釈の変遷にも触れています。
脱塔資料としてとてもすばらしいと思いますので、
脱塔考慮中の方はぜひご視聴ください…。

#11 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2017年08月26日 10:23:21

友人から知らされた動画です。
中野っちさんのブログでも紹介されています。
ものみの塔組織の実態をほぼ正確に暴いています。
ちょっとどうかと感じるところもあるのですが、
脱塔資料としては非常に有益だと思いました…。
ぜひ、ご覧ください…。

「エホバの証人の真実を暴く」
https://www.youtube.com/watch?v=Evu6yut … e=youtu.be

#12 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2017年08月23日 16:38:29

てつてつさん、コメントありがとうございます。
やはり、いつの時代のJWも体質は変わらないのですね。
実はわたしも同じようなことを経験しています。
もう、25年以上前だと思います。
当時大学を卒業してバプテスマを受けた兄弟で、
比較的早い時期に正規開拓になった人でした。
彼にわたしの生活上のサポートをお願いしてみたのです。
もちろん、役所からなにがしかの手当てがありました。
けれども、彼の返事は
「王国が第一なので兄弟のサポートはできません!」でした。
わたしは茫然としたのを覚えています。
パウロは、
「わたしは、このように労苦して弱い者たちを
援助しなければならないことを、…
すべての点であなた方に示したのです」と言いました。
この…というところ、実は
「受けるより与えるほうが幸福である」という
イエスが語られたという言葉になっています。
組織はここばかり強調して、
パウロが、当然ですが助けを必要とする人を
援助してきたことには注意を向けたことがありません。
少なくてもわたしは聞いたことがないのです。
同じくパウロはガラテア人への手紙で
「ことに信仰において結ばれている人たちに
よいことを行おうではありませんか」と述べて、
外部の人々への布教活動よりも
仲間の援助を優先するよう述べているのは誰にも明らかです。

でも、時間の入らない内部の援助より、
時間を報告できる布教活動が優先されているのです。

わたしは何が何でも
サポートが必要であったわけではありませんが、
こうした傾向が顕著にみられることに当惑し、
がっかりもしていました。
これも脱塔しようとした要因の一つです。

ですから、現役の皆さんは
何が神や人に喜ばれるのかをほんとうに深く熟考してほしいです。

#13 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年08月22日 16:50:10

#644の続きです。
第三章 「神学プロレゴメナ」について
「ポストモダンの思潮に応え得る方法論」です。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rC7mV4Le5yGA9l60

JW社会は間違いを指摘されることは極度に嫌っていたと思います。
ライトが間違いを指摘されることに関する態度は
JW組織とは全く正反対です。
これを紹介している中澤啓介氏も質問に関しては
真摯に答えてくださっています。
また、間違いを指摘してそれが正当であれば、
多くの出席者がいても、謙虚に受け入れておられます。
キリスト者を公言するのであれば、
当然の持っていることを期待されている資質ですが、
JW生活を振り返るとこうした資質を持っている
責任ある立場の人は非常に少なかったと思います…。

#14 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年08月20日 19:58:17

JWは賭け事を禁じているのに、
賭け事を行なう場所に集まったのは奇妙ですね…。
当時は疑問を感じませんでした。
経費が安かったからでしょうか…。

#15 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2017年08月19日 17:05:28

よく言われていることです。
JWは組織の拡大に貢献しない人に冷たくなるって。
おとといもそれを感じさせられることがありました。

22年以上住んでいたところの近所に
友人が入院したので面会に行き、
そのころ世話になったJW姉妹の安否を確認したのです。
ずいぶん面倒見てもらい、気になっていました。
役所に登録して介護人もしてもらいました。

彼女は昼寝をしていたのですが、
気が付いて裏口に出てきてくれました。
わたしが脱塔して以来どこかで一度会うことが
あったのですが、ゆっくり話すのは13年ぶりかな…。
82歳になろうとしているので、すごく白髪になりました。
会衆では上から四番目だそうです。
わたしたちが同じ会衆だったころは、
自転車で活発に野外宣教をしていたのですが、
最近は危ないので未信者のご主人から
自転車に乗らないよう言われているということです。
だから、集会にも行っていないそうです。

転んで骨折もたびたびしたし、
買い物に行って重い荷物を運ぶのが
たいへんだと言っていました。
目も耳もだいぶ衰えています。
だから、わたしは会衆の誰かが来てくれているのかを
聞いてみたのですが、返事しませんでした。
たぶん来てくれていなさそうです。
会衆境界線のそばにいるため、
慣れ親しんだ人たちと別れることになったこともあります。
82歳ぐらいになれば、自分のことをするのもきついですね。
仲間なのだから、少しぐらい気にかけてくれても
いいのにとわたしなどは思うのです。
組織の拡大に貢献するなんて無理ですよねえ…。

この状況を脱塔した友人に言うと、
悪い聖書預言を成就しているのはJW自身だ、
という話になりました。そう、あの聖句、パウロが言った、
テモテの聖句で終わりの日には
「自然の情愛を持たない者」が多くなるってやつです。
世の人に彼らは適用するけれど、まさか自分たちでも
成就させてしまっているなんて夢にも思いませんよね。
まったく残念なことです。

JWの皆さん、
自分の行いに注意深くしてくださいね…。
脱塔組が現役組の見舞いに行くなんて逆さまですから…。

#16 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年08月19日 15:24:15

1983年地域大会チケットです。
後から出てきました。
82年から30円券12枚一組になっています。
それ以前は30円券10枚一組ですから、
物価上昇のため価格変更というところでしょう…。
https://1drv.ms/i/s!AvwG6dj2GBi7rke875oZNEtkcvEs

#17 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年08月19日 15:19:30

もう一枚出てきたシールです。
年代ははっきり思い出せません。たぶん1979年ごろかな…。
何に使ったんだろう…。
https://1drv.ms/i/s!AvwG6dj2GBi7rkbbVnCCJ-twwTRZ

#18 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年08月19日 15:11:18

1,000時間奉仕者 さんの発言:

(#633~)
もう収集の意欲は湧きません。
20年いや、もっと前くらいから会場名と講演者名が載らなくなり、
全国どこの大会もまったく同じことしか書いてませんから。
ってことは、昔は大会ごとにちがうレイアウトのプログラムが刷られていたんですね。
古いプログラムに載っている講演者名を眺めていると、
「この兄弟、早くから出てたな」
「あの人もこの人ももう死んじゃったな」みたいな “追悼” の気分になったものです。

1978年国際大会のプログラムの表紙と裏表紙です。
https://1drv.ms/i/s!AvwG6dj2GBi7rkSE7YZnXofS4VQw
ほかの年代のプログラムと違い、中綴じの小冊子になっています。
表紙と裏表紙を含めて20ページになります。

1,000時間奉仕者さんが話されたように大会ごとにレイアウトが
異なるプログラムになっています。
https://1drv.ms/i/s!AvwG6dj2GBi7rkVtTFX5-nt9pWsb
亡くなっている人もけっこういるんでしょうね。
ずいぶん手間暇かけて制作されていますね。
東京・大井競馬場に出席しました。
手書きの数字は午前と午後の出席者数です。
お盆の時期で、天気はよく、青空と白い雲を仰いで、
秋の近いのを感じたことを思い出します…。

#19 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年08月18日 13:56:09

1,000時間奉仕者 さんの発言:

(#633~)
私も1976年からのプログラムとバッジ、
ファイルブックに入れてずっと持ってます。

1,000時間奉仕者さん、コメントありがとうございます。
1,000時間奉仕者さんってけっこう古いんですね。
二世だったと思いますから、
おかあさんが若いころから組織に交わっていたのでしょう。
わたしも探してみたら1976年巡回大会のプログラムがありました。
東京の狭山スキー場で開かれたのです。
東松山東京大会ホールは改装中だったと思います。
暑い初夏で炎天下の中での大会でした。
炎天下に各王国会館から折りたたみいすを運び、
並べて使っていたようです。
今から考えると雨天だったらどうしたのだろうって思います。
この巡回大会が初めての参加でした。
さがすと、その夏の東京競馬場での-東京・府中-ですが、
プログラムも保存してありました。

1,000時間奉仕者さんが言われるように各プログラムを
扱う人たちの個人名が印刷されています。
そのようなこともあったという証拠に
スキャンしてアーカイブし、
掲示板で見られるようにしてみたいと思うのですが、
それは法律上どう判断されるのかわからないので
ちょっと躊躇しているところです。
わたしの手書きで出席者も記録しています。

宣伝用シールですが、もう一枚シールがあります。
それは名刺サイズで「JW エホバの証人」と印刷され
何に使う目的だったか、どうしても思い出せません。
どなたかご存知でしょうか。

ポスターも記憶しています。
よくよく宣伝していたなあと思うのですが、
いつの間にかなくなってしまいましたね。

現在、脱塔中の1960年代半ばからJWと交わり始めた
男性と交友があるのですが、
脱塔後の付き合いとしていちばん古い人ですね。
この掲示板利用者ではわたしたちもけっこう古いです。
1957年バプテスマの女性は当時500人だったと言っていました。
1960年ごろは1,000人、
1963年ごろは3,000人、
1970年ごろは10,000人、
1977年は40,000人、このときバプテスマだったので、
はっきり覚えているのです。
人生最大の間違った選択の実行でした。

50年代や60年代の人たちは掲示板に
ほとんど出ないだろうなあ。

#20 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年08月14日 16:29:15

iris さんの発言:

ちなみに私は高校を卒業するときに、
この13章4〜7節(文語訳)を学校の文集に書きました。

わたしも高校生の頃、文化祭で発表される詩集に
新世界訳からですが、コリント第一13章の愛の定義を
引用したのを覚えています。

irisさんが引用された文語体はわたしも所蔵していて、
きょう、その部分を読んでみました。
JWの聖書では「愛は辛抱強い」ですが、
文語訳などでは「愛は寛容であり」が多いです。
「辛抱強い」と「寛容」の違いをうまく説明できませんが、
寛容のほうが意味が深くて広いような気がしますね…。

どちらも人間として大切な特質ですね…。

#21 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2017年08月14日 16:17:16

てつてつさん、コメントありがとうございます。
どこでも言われていることだと思うのですが、
ものみの塔組織は自分で考えて、自分で判断しようという人は
不必要で邪魔な存在だと判断するようですね。
考えもせず、プログラムされたことしかできない
ロボットのような人間が必要なのです。
質問と答えで勉強する方法は自分で自分のマインドコントロール度を
強化しようとしているにすぎないと思いました。
スターウォーズのクローン軍団も見ました。
人間を通常に二倍の速度で成長させ、
何でも命令した通りのことをさせることができると
しゃべっていたのが印象的です。
JWは組織に関する疑念も自分で飲み込み、処理させて、
疑念を感じることさえないように仕向けますから、
人心操作を徹底していると思いました…。

#22 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2017年08月12日 16:18:35

この投稿は脱塔した直後の2004年1月20日になされました。
そのころと比較すると現在の集会での様子はだいぶ異なるでしょう。
でも、人づての話でもネット情報でも
情報統制をしようという傾向は強まっていると思われます。
最近脱塔した兄弟は長老団の牧羊訪問を受けた時、
一言ネットから情報を得ていることを漏らしてしまい、
大変なことになったことを話してくれました。
そのような情報をもう見ないことを強く強調し、
ひたすら謝ってゆるされたということでした。
この掲示板を訪れる方が、孤独な闘いですが、
勇気をもって行動できるよう、
過去の投書を再掲載させていただきます。

-最近見られる組織による情報統制の傾向-

カルトに見られる顕著な傾向に情報の統制があると言われています。
エホバの証人も一致の大義名分の元に、組織の都合のいい情報だけを
信者に与えて、集会でそれを反復させ、心と思いに刷りこんでいます。
わたしも30年近く、組織とかかわってきましたが、
近年の集会のプログラムの扱い方の変更からこの傾向を
考察してみたいと思います。

組織には巡回監督による巡回訪問という取り決めがあります。
この巡回訪問のときに会衆に対してなされる話がありますが、
いく年か前までは、巡回監督自身によって作成されていました。
巡回監督はおよそ半年ごとに巡回区を一巡して20ほどの会衆を
訪問することになっています。
この半年ごとの訪問の間に二週間の休暇があって、
この時期に巡回区の必要を考慮して話を作成しました。
それで、この取り決めの時期は巡回区ごとに話の内容が違っていたわけです。

こののち取り決めが変更されて話の筋書きが組織によって
準備されましたので、全会衆で統一されたものとなり、
たぶん、世界中の会衆で同一の話を聞くことになりました。
これは巡回訪問のとき監督から直接に聞いたことです。

最近統制の傾向が強められてきたのが、神権宣教学校と
奉仕会の扱われ方に顕著に表れていると言えるでしょう。

神権宣教学校については聖書通読の目立った点と第二の話に
表れていると思います。最初に聖書通読の目立った点ですが、
長老や奉仕の僕によって6分間の説明がおこなわれ、その後の
4分を用いて聴衆に30秒以内の短い注解を述べてもらいます。
このときの質問項目は2002年10月の王国宣教以来折込で指示されており、
厳密に二つ記されていますので、話し手が任意におこなう
付加的な質問以外に質問はなされないようになっています。

以前の第二の話は組織によって指定された聖書の範囲の朗読をおこない、
話し手がいくらかの説明をおこなうことができました。
そのときはこれを5分でおこなっていたのですが、4分に短縮され、
朗読のみで、説明はなされなくなりました。
また、この話では聖書ではなく指定された範囲のものみの塔の記事を
朗読することもありますが、これも聖書と同じように
ただ声を出して読み上げるだけとなりました。

また、奉仕会についてですが、王国宣教の折込や最終ページにある
プログラムはメインと思われます。これらを質問と答えで扱うとき、
以前でしたら扱う長老や僕の兄弟が自分自身で質問を考慮し、
作成することになっていました。しかしこれらのプログラムは最近では
ものみの塔研究や書籍研究と同様に組織によって準備された質問が
脚注のように記載されており、司会者は質問を考慮して準備する
必要がなくなりました。

こうして話の一字一句まで組織によって準備され、印刷物の形で提供し、
司会者も聴衆もただそれに書かれている事柄にしたがって
プログラムを進めていくだけとなりつつあると思います。
たしかに、家で予習し、答えの箇所に線を引くことは
それほど難しいことではありません。
要するに司会者も聴衆も自分で思考力を働かせて自分の頭で考える必要が
以前にもまして減ったということです。

特に司会する兄弟たちは、組織が意図した答えを引き出すための
ファックスかスピーカーのような役割にならされてしまっていると
わたしは思います。こうした思考力を働かせなくてもよいような
物事の扱い方は、人間と動物に大きな違い-思考力と推論する能力を
お与えになった神を侮ることになるのではないでしょうか。

出版物から質問を読んで答えを見つけることが難しいこともありますが、
それ以外のことを考える必要はないのです。
聖書の個人研究が推奨されていますが、多くの場合、新世界訳聖書と、
協会の出版物を使用してのことですし、
付加的に調査するということでも、結局は協会の出版物を
調べるということで、はやい話が組織の情報だけ与えられて
いることになっています。組織の出版物漬けということです。

聖書の箴言の書は思考力を働かせることを大いに奨励しています。
他の翻訳で比較したことはありませんが、組織が使用している
新世界訳聖書には皮肉にもこの「思考力」という言葉が
頻繁に用いられています。

組織は聖書を読んだり、質問と答えの予習をおこなうとき、
以前に学んだことと比べて推論することに思考力を働かせるように
提案していますが、それはすべて過去において組織から学んだことと
結び合わせて、組織に盲従するよう自分を訓練することであり、組織が
教えることの矛盾点や、誤りには注意を向けさせないようにするものです。

箴言の14章では「思考力のあるものは憎まれる」とあります。
エホバの証人はエホバ神が人間を創造し、他の動物とは異なって
知性を与えたことを固く信じています。であれば、思考力を働かせ、
健全な批判力を用いて矛盾点や誤りを判断できるようにされたのも
エホバであるということになります。

聖書の記録を読みすすむと、イエスはほんとうに思考力があり、
当時のパリサイ人・サドカイ人・書士たちの誤りを指摘しました。
そして真実に神の道を解き明かし、実行されたとわたしは思います。
それから現代に至ってはもと統治体の成員であった
レイモンド・フランズ兄弟や異邦人の時を調査された
カール・オロフ・ジョンソン兄弟など、多くの兄弟姉妹たちは
イエスと同様に健全な思考力を働かせたゆえに組織を排斥され、
また、去ってゆきました。

わたしは質問と答えで物事を学ぶことがいつでもよくないとは思いませんが、
親愛なる仲間である兄弟姉妹と呼んでいる人々を組織拡大のために
盲従させ、何も考えさせないような手段にはしてほしくないのです。
これまで多くの人々と交わってきて、相談事を受けることがありましたが、
そのたびに感じた疑問は「なぜこの人は自分で聖書を読み、
そのようなことを自分で考えて判断しようとしないのだろうか?」
というものがありました。

こうして、現実を直視し、実態を悟ってしまうと、結局は
いわゆる聖書教育と組織がとなえることをおこなうことにより、
考える力や思考力、あるいは批判する力を停止させられてきたことが、
理由のひとつとしてあげられると思います。

パウロがヘブライ人の手紙やエフェソス人の手紙で、
クリスチャンとして霊的な人として円熟し、大人になるとは
どのようなことかを説明していますが、それをまとめてみるならば、
聖書にしたがって神との個人的な関係を築き上げ、
キリストの特質を反映し、自分で物事の善悪を判断できるようになり、
キリスト教の道を歩み続けることではないでしょうか。

自分自身で聖書を読んで生活上の問題について自分で考え、
判断できない、赤子のような状態に自分の仲間を
置き去りにし続けることを、神が喜ばれ、
信者の益になっているとは、わたしには到底考えられないことです。

それで、霊感を受けたと組織が主張している、上記のようなパウロの言葉を
達成するよう仲間を助けることなくして、聖書教育の意味があるとは
わたしには考えられないのです。

このようなわたしなりの考察ですが、最近のプログラムの扱い方を
考慮するとき、組織が一般信者の思考力を停止させ、
統制をますます強めつつあると思います。

《編集者より》
エホバの証人の情報統制は、常にこの組織が成り立つための重要な特質ですが、
最近の傾向については知りませんでした。最近になって組織が、
証人たちの自立した思考や意見が育つのをますます抑止して、
操り人形のような信者を育てようとするのは、
現在のものみの塔の指導部の危機感によるのかも知れません。
高等教育を受け、インターネットやその他の情報源を自由に使うエホバの証人の増加は、
指導部にとって最大の危機であるはずです。
これに対し、何が何でも「一致」を計ろうとすれば、
情報の統制と異なる意見や思考の弾圧しか道はなくなるでしょう。
聖書の勧める「一致」が一般の信者の間から自然に出てくる
「下からの一致」なのに対し、ものみの塔の「一致」は指導部によって人工的に作られた、
「上からの押し着せの一致」なのです。これが、ものみの塔協会の無理と矛盾が
何時まで経っても決して無くならない根源なのだと私は思っています。

#23 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年08月12日 15:59:42

#629の続きです。
第二章 聖書について
「寛容のない『愛』は聖書の愛ではない」です。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rC8x1uQ5YdjTPz0u

現役時代を振り返るとこの記事に示されているように
JWの世界がいかに不寛容さで満ちていたのか、
まざまざと思い知らされました。
やはり、そこから飛び出し、
自分を取り戻すことができつつあるのは
とても幸福な一面だと思います…。

#24 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年08月11日 15:39:07

iris さんの発言:
ラハム さんの発言:

1978年国際大会宣伝用シール

自動車の前後に張り付けて、大会に注目させたもの。

皆さん御自分の自動車に貼り付けて宣伝なさったのでしょうか?

当時は、御近所やお知り合いの方に自分がエホバの証人であることを積極的に知らせたい人が多かったですか?
個人差もあるとは思いますが、雰囲気的にはどうだったのでしょうか。

国際大会宣伝用シールですが、自動車の前後に張り付けて
大会を公に知らせる目的があったことは事実です。
ある人が通常持ち歩く聖書カバーに張り付けていたのを
わたしは見たことがありました。
このシールの目的は大会に出席する途中で
仲間を見分けることも視野に入っていたし、
駐車場に入るときもJWの自動車かどうかを見分けました。

irisさんがおっしゃるように積極的に自分がJWであることを
知り合いに知らせたい人もいたでしょう。
大会に招待するパンフレットも保管してありました。
公式的には大会を広く知らせることや、
自分がJWであることを知らせることは望ましいことでした。

この大会に限ったことではありませんが、
わたしは自分がJWであることを
知り合いに伝えることには少なからず抵抗がありました。
なんだか恥ずかしさもあったようです。
気持ちの点では知らせる義務を感じていたのですが、
心の奥底では隠しておきたい感情もあったのです。

複雑な心境でした…。

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