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#1 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年02月17日 17:45:08

「ナザレのイエスは神の子か」はきょう読み終わりました。
「発掘された聖書」は1月15日から2月12日までかかりました。
「岩はうそをつかない」はこれから読書開始です。

「神の子」はジャーナリストが世の中の権威者から
聞き取り調査をした結果を伝えています。
それらの権威者たちが抱く聖書やキリストに対する信仰と
確信で満たされている資料でした。
それらの確信や信仰が正当かどうかは判断しません。
わたしとしては、JWと30年近く付き合うことを通じて
聖書の神や他の宗教の神々について信仰を失いました。
だから、それら権威者たちのような
純粋な信仰を持てることをうらやましく思いました。
そのような信仰を抱き続けることによって
幸福で満ち足りた人生を送れるのであれば
ほんとうによいことです。
論理的な立場から、学問的な立場から
特に新約聖書に描かれているキリストの人生の
信憑性を説明し、立証していたと思います。

さて「発掘された聖書」は考古学的立場から、
特に旧約聖書に記述されている歴史を
どこまで証明できるかを検証していたと思います。
その結果として、シルバーマンという人が
調査した結果は、考古学と一致している部分もあるが、
一致していない部分も多数あるということでした。
彼の調査した段階では、聖書に記録されているほど
イスラエル民族は古くありませんでした。
聖書の記録通りであれば都市や村が実在し、
民族の繁栄が発掘される時代においても
そのような考古学上の遺跡はありませんでした。

わたしとしては、これら考古学者が物理的に
発掘した段階では証拠を見出せなかったとしておきます。
過去においてさまざまな段階で否定されていたものを
肯定する証拠を見出す事例もあるからです。
いくら掘り出して証拠を見出そうとしても、
実際存在しなかったとすれば、
見つけることは不可能だということも認めます。
でも、あるかもしれません。

これら二冊の本は異なる立場から聖書の信憑性の
立証を試みたものだと思います。
だから「神の子」に記載されている論理を用いて、
「発掘された」の説明を覆すことは無理だと思います。
また、その逆も意味があるように思われません。

現在のわたしにとって聖書の存在が自分の人生において、
どのような意味があったのか、これからどのような意味を
持つことになるのか考察しようと思っています。
聖書を肯定する説明も、否定する説明も合わせて考慮し、
世界のベストセラーとして多くの人が受け入れているのは
なぜかということも考えてゆきたいです。
意味や意義のない書物が世界のベストセラーであり、
これまで大勢の人々が研究の対象として
命がけで守り続けようとするはずがありません。

400ページを超える書籍を読むことはほんとうに
努力が求められましたが、「発掘された聖書」の
エピローグを読んだとき、真によかったと思いました。

以下、抜粋です…。p380-381

へプライ語聖書が共同体の生活におけるその力強い働きから切り離され、詳細に分析、研究され始めたときになって初めて、神学者や聖書研究者はそれに何か別のことを要求し始めた。一八世紀から、まったく正確で、実証できる歴史への啓蒙主義的な探求において、聖書の歴史的事実性が、現在もそうであるように、激しい論争となった。研究者たちは、七日間の創造と自然発生的な奇跡は科学と理性によって納得いくように説明されることができないということをはっきり理解し、彼らが聖書において「歴史的」であると認めるものとそうでないものを選別し始めた。聖書のテクストに含まれている異なる資料についていろいろな理論が現れ、考古学者たちは、聖書における特定の部分の歴史的信頼性を証明あるいは反証する証拠について論じた。

けれども、聖書の全体性と、実際にその歴史性は、紅海の分離、エリコの壁を倒した角笛の音、ダビデによる石投げ紐の一投でのゴリアト殺害のような何らかの特定の出来事あるいは人物の忠実な歴史的「証明」に依るものではない。聖書のサガの力は、それが、人々の解放、抑圧への継続的な抵抗、社会的平等への探求という時代を超えた主題についての、人を動かさずにはおかない、一貫した物語的表現であることに由来する。それは、あらゆる人間の共同体が存続するために必要とする、共有する起源、経験、運命についての深く根ざした感覚を雄弁に表現している。

特定の歴史的観点から見て、私たちは今、聖書の叙事詩的サガは最初、滅亡の前数十年における小さなユダ王国の人々や捕囚後の時代にエルサレムにあったより小さな神殿共同体が直面した圧力、困難、難題、希望への応答として現れたことを知っている。実際、私たちの聖書理解にとって考古学の最も大きな貢献は、王国時代末期のユダや捕囚後のイェフドのような小さく、比較的貧しく、周辺的な社会が、そうした短い期間にこの不朽の叙事詩の主要な輪郭を生み出すことができたという認識なのかもしれない。こうした認識はひじょうに重要である。というのは、聖書に述べられている考え、イメージ、出来事がいつ、そして何のために巧みにまとめあげられるようになったのかを私たちが認識する時だけ、私たちは人間の歴史においてまさに最も影響力のあるこの文学的、精神的創造物の真の特徴と存続し続ける力を最終的に正しく理解することができるからである。

#2 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年02月16日 20:00:56

わたしも含めて大勢の生き残ることを
余儀なくされた人たちは、
亡くなった人たちと別れることなど
たやすくできることではないというのが本音です。
それぞれの気持ちを大事に扱うことをどこかに置き忘れた
宗教がJWの教義だと思います。

仏教の法要は亡くなった人たちと別れつつある人々の
感情を癒し大切にする行事だとわたしは思います…。

#3 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年02月15日 21:46:01

母が死んだ20年近く前、
わたしはがちがちのエホバの証人信者だったのです。
だから、葬儀には参加せず、手も合わせませんでした。
父は、それを見てわたしに向かい、
「いい死に方はしない」と言いました。
「いい死に方ってどういう死に方なんだろうって」
ずっと思い続けて怖かったのです。
父は先祖を大切にしてずっと手を合わせていたのですが、
父の死んだころの様子を振り返ると
その死に方はほんとうによかったんだろうかって、疑問です。

きょう、読んでいた「ナザレのイエスは神の子か」に
説明されているイエスの死に方を読んでみると。
彼の死に方の手順が人類史上最悪だったと思います。
読んでいて気持ち悪くなり吐き気がしてきました。

#4 Re: 総合フォーラム » 生命ーどのようにして存在するようになったかー進化か, それとも創造か » 2017年02月15日 21:29:41

聖書についての質問さんのご指摘はとても参考になります。
聖書そのものについてであれば、
わたしも一緒に考えたいところです。
でも、
JWの出版物については発行者に聞くほうがいいです。
発行者はものみの塔聖書冊子協会ですから、
協会に直接手紙を書くなら、返事してくれると思います。
担当部門が妥当であると判断するならですが…。

日本語版と英語版を比較してある部分がないことを
掲示板で質問してもおそらく答えられる人はいないでしょう。
そこまで詳しい人は非常に限られていると思うのですが…。

#5 Re: 親睦・相談 » 婚前交渉 » 2017年02月13日 19:22:10

ジョセフ さんの発言:

今の若い人の親の世代が若かった頃はSEXの圧力など無かったのだ。

これは何かの思い違いとわたしは思います…。
ささらさんの言うようにです…。

#6 Re: 過去ログ・番外編 » ものみの塔はいつ崩壊するか? » 2017年02月13日 19:17:40

わたしもものみの塔のような宗教を必要とする
精神状態の人たちが存在する限り、
いわゆるカルトとみなされる宗教はずっと
存在し続けると思います。
てつてつさんの言われる通りです。
わたしたちが一時期であってもそれを必要としたのです…。

#7 Re: 総合フォーラム » 質素を是とするJWが、実は最大級の野心家の集団なのではないかと感じた件 » 2017年02月13日 18:30:23

大和撫子 さんの発言:

開拓者の地位を得るために全時間奉仕で、
障害者席でいつも障害者の面倒をみていて、
長老に媚びて、いつも割り当てをしてる方もいました。
いつも自分の取り巻きがいました。

開拓者に地位を得るために全時間奉仕でってどういうことでしょう?
全時間奉仕者って開拓者だったと思います。
最近開拓者の定義が変更されたのでしょうか。
でも、わたしも障害者ですから、
長老に媚びようと世話をすることは許しがたいです…。

#8 Re: 過去ログ・番外編 » ものみの塔はいつ崩壊するか? » 2017年02月13日 18:24:30

兆単位の資産が協会にあるかどうかわかりません。
ただ、この掲示板に書き込んでいる
大勢の人生の一部でも棒に振らせることに
成功した組織の最後は直接確認してから
この世を去りたいと強く願っています。

これが実現したらすごいです。
はたしてどうなるか…。

#9 Re: 総合フォーラム » 2世の目 » 2017年02月13日 18:16:40

フラッシュバックは脱塔して13年以上になる
一世のわたしにもあります。
だから、とんさんも遠慮せず書き込んでくださいね…。
わたしはJWになる前の夢も多く見ます。
たぶん、過去を振り返って気持ちを整理し、
人生の決着をつける必要があるからだと考えています…。
人の悪口や中傷でない限り、
JW人生のどのような思い出でも書き込むことは
とても必要なことだと思いますよ…。

#10 Re: 総合フォーラム » 監督は奥さんがいるのに、子作りしないのか? » 2017年02月13日 18:08:08

子どもを持つことを協会が推奨しないからです。
王国奉仕の妨げになるとか
世の煩いが増えるからなどと40年以上前から
主張してきたのは変わっていないのではないでしょうか。
わたしのところにやってくる長老も
奥さんはいますが、子どもはいません。
避妊はどうしているかなどと直接聞くことはちょっとね…。
プライベートだからと却下されるでしょうね。
大和撫子さんは現役さんですか…。

#11 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年02月09日 16:23:59

脱塔したころは法要など仏事に参加するのは大きな抵抗でした。
なんだか悪いことをしているような感覚があったようです。
しかし、10年以上の歳月が経過しました。
先週末、102歳で亡くなった父の第三回忌に参加したのですが、
脱塔初期にはあった違和感がなくなったのです。
抵抗感がなくなったというのか…。

脱塔したころだったでしょうか、
JWも同じように死んだ人の
第何回忌というのをしていることに気づきました。
毎年定期的にしているイエス・キリストの死の記念式ですね。
仏教的にいうなら1900何回忌ということだと思います。
もうしばらくすると2000回忌にもなるでしょう。
こう主張すれば、JWは意味が全く違うと反論するでしょうね。
JW流聖書解釈によれば、キリストが全人類の贖いとして
亡くなられたことを感謝し、思い起こすためであって、
一般人が亡くなったことを
思い出すのとは意味が違うと言うでしょう。

JWからすれば、キリストも一度は人間でした。
杭にはりつけになり死んだことは間違いありません。
死んだ人を毎年同じ時節に思い出すことには違いありません。
そのような意味では第何回忌と同じだと思いました。

死んだ人を拝むのは偶像崇拝だとも言います。
わたしも現役時代はそう考え、崇拝行為は避けていました。
脱塔近くなってこれはケチな料簡だと思うようになったのです。
拝む行為だけしか考えていません。
でも、第何回忌法要というのは、
生き残った親族が集まりあい元気な姿を確認する
とても良い機会だと思えるようになったのです。
そして、薄れゆく亡くなった人を思い出し、
人生における別れに自分の気持ちを整理することになります。
また、伝道の書などでも述べられていますが、
自分の生き方を振り返り再吟味するチャンスにもなります。
あるいは、死んだ人を敬う気持ちも大切だと思います。

JWは崇拝行為という観点からしか物事を見ようとしない、
とても狭量な宗教でした。しかし、その束縛から離れ、
人間として素直な気持ちで亡くなった人を大切にし、
親族との交友関係を今しばらく保てるのは
とてもさわやかなことです…。

#12 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年02月04日 10:06:59

1,000時間奉仕者さん、
白い巨塔のセリフを言えるってすごいですね。
わたしも最初見たのが唐沢版でしたから、
こちらのほうが印象が強いです。
これを見てから直接小説を読みました。
白い巨塔もチャングムも組織が大きくなりすぎると
どこでも同じような傾向が生じるんだってわかりました。
JW組織も例外でないって認識できて
妙に自分を納得させられたんです。
脱塔した理由を正当化する助けになりました。

脱塔して自由になりつつあり
人としての感情に素直になれました。
だから今日は父親の法要にこれから参加するのです。

#13 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年02月03日 08:53:04

わたしも先月初めから「神の子か」を半分まで読みました。
どの本も軽く400ページを超えることが多いですね。
途中まで読んでいるところで、てつてつさんから
「発掘された聖書」を先に読んだほうがいい、
というアドバイスをいただき、
切り替えてから、半分まで来ました。
もう少し時間が必要ですね。「神の子か」も中途ですが、
読んでいて、なんだか変だなあと思っていました。
聖書にとって都合の良い解説者ばかり登場していましたから…。
KAOさんの説明を読みその理由がわかりました。
わたしとしては一つの勉強として、
そのような説明もあるんだということで
読破しておこうとは思っています…。

#14 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年02月02日 18:47:36

Gメン75は見た記憶がありません。
その前の「キーハンター」ははっきり思い出せます。
出演メンバーがほとんど同じだったではないでしょうか。
わたしが脱塔した自分を納得させるため、
繰り返し見続けたのは
韓国ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」があります…。
これも傷ついた心を癒してくれたと思うのですが…。

#15 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年02月02日 18:40:35

てつてつさん
「愛と心理療法」はわたしが心理学の本を
読み始めたころ出会いました。
原題は「行く人の少ない路(みち)」だったと思います。
一言でいうのならあえて苦痛を受け入れて
自分の精神的な成長を突き進もうとすることだと思いました。
JWになってしまうと精神修養がほとんどありません。
統治体の言いなりになり自分で考えませんから…。
この本に示されている「愛」の定義も興味深いです。
「愛」でないものも説明されていました。
聖書でパウロが述べている「愛」もいいのですが、
別次元で考察されています。
聖書だけがすべてではないと思ったものです…。

この本の最終章で「神の恩寵」が説明されていました。
新世界訳聖書は「神の過分のご親切」と訳しているところです。
王国行間逐語訳ではただ一言「神の恵み」でしたね。
この恩寵が人間生活においてどのように具現するのか、
実際例を挙げて説明されていたところが、
わたしのお気に入りでした…。

てつてつさんは
聖書が真実神の言葉で歴史上の真実な出来事かどうか、
苦悩して模索するだけの精神的向上心があるので、
精神科医、あるいはカウンセリングは
不要だとわたしは思います。

#16 Re: 総合フォーラム » 生命ーどのようにして存在するようになったかー進化か, それとも創造か » 2017年02月01日 17:59:01

良い子 さんの発言:

サムシンググレート=エホバに決まっている訳ではありませんよ。

わたしもそのように考えています。
でも、Something Great≒エホバの可能性もあります。
ずいぶん長いこと、単独で考察を繰り返してきました。
多くの宗教の創始者がSomething Greatの存在を確信し、
それぞれ自分たちが感じたSomething Greatに名前を付け、
それぞれの宗教の崇敬する対象の名前を考案したと考えました。
聖書のYHYH=エホバかどうかは別にして、
モーセの感じた(創世記を記述したのがモーセだったら)
Something Greatの名前がものみの塔の主張する
神様「エホバ」だったという考えです。

わたしはこの考えが正しいと主張しませんが、
現時点では、ある程度自分を納得させられています。

#17 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年01月31日 18:45:11

ルツさん、
心配してくれてありがとう。
今回のカゼはとてもしつこくてまだ完治しません。
でも、徐々に快復している手ごたえはあります。

白い巨塔の主人公財前五郎の生い立ちを
注意深く読むと彼の最後で
どうしてあのようなうわごとだったのかよく理解できます。
わたしにはJW組織内で特権にしがみついている
多くの人たちと同列に思えたのです。
満たされない自尊心ゆえに、目に見える他の人たちの下す
評価が自分にとって人生最大の満足だったのでしょう。
一時期わたしも彼と同じようだったのです。
でも、ある時期を境にして、組織上の立場や特権、権威などは
自分の低い自尊心を埋め合わせることはできないという、
現実を認めざるを得なくなりました。
人生上の経験からもですが、
心理学上の勉学からも理解するようになったのです。

財前の親友・里見修二は尊敬すべき人物ですね。
財前が最も信頼を寄せていた人物ですが、
皮肉にももっとも恐れていた友人だったのです。
里見が生きていれば100歳近くなるのですが、
可能ならわたしは彼に直接会いたかったです。
自分の良心に忠実に生きるということが
どれほど自分にとって晴れやかな気持ちを抱かせるかを
里見の口から聴きたかったです。

彼は最高のお医者さまでしょうね…。

#18 Re: 総合フォーラム » 根元的疑問諸々 » 2017年01月27日 19:29:20

感情的になり、すみません。
わたしには脳性まひによる不随意運動があります。
この不随意運動による手足に動きは
わたしの意思にはまったく関係ないのです。
自分の意思とはまったく正反対に手足は動きます。
わたしには自由な面もありますが、
不自由どころか手足は勝手気ままに動きます。
熱いみそ汁の鍋に足を突っ込めば大やけどすることが
わかっていて足を突っ込む人がいるでしょうか。
突っ込んだら反射的に足をひっこめるでしょう。
ところが、わたしたちは足をひっこめようとすればするほど、
足は伸びきったままでやけどに突き進んでしまうのです。

原罪だとか自由意思もわたしには興味ありますが、
生きるか死ぬか、大けがか傷だらけか、
現生の命を必死に生きなければならない
不自由さと闘っているわたしたちから見ると
なんだか茶番劇のように感じました。

akeme先輩ごめんなさいね。
なんだか、叫びたくなったのです。

すべては、聖書が真実であれば、
原罪からそれらもはじまっていることは
わたしもよく知っています…。

#19 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月27日 19:11:55

てつてつさんの感想文ってハラハラドキドキするときがあります。
迫力があって自分に迫ってくるような気がするんです。
「発掘された聖書」は興味深々ですが、
風邪で体調が思わしくなく、読破は遅々として進みません。
ちょっとじれったいです…。

#20 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年01月25日 19:37:31

風邪が長引いて書き込み休憩中です。
ルツさんが言及している小説って「白い巨塔」ですよね…。
わたしは脱塔してから単行本で読みました。
本に穴が開くほどでした…。
原著者の執筆です。
これを読んで組織が肥大化するとどのような団体でも
同じような傾向になるんだと
JW組織も例外ではないと気付かされました…。

#21 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月24日 15:35:50

わたしも「出エジプト記の秘密」注文しました。
送料合わせて600円ぐらいで、
てつてつさんみたく安くないですが、
新品よりぐっと安いです。
最近聞いたことで出エジプト記後半に記載されている
幕屋づくりが聖書全体の主題に関係しているという
説明が興味深かったので、
その資料を読んでみたくなりました…。

#22 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月23日 16:14:42

てつてつ さんの発言:

じゃー スーパーマンの名前も カル.エルなんですけど もしかしたら同じ意味合いを持たせてつけたのかなと思いました
てつてつさんの説です

わたしはスーパーマンの名前、カル=エルは前から
カル=「神」だと思っていました。
というのは、エルはヘブライ語で神を意味しているし、
映画スーパーマンの中に現れるセリフの一部に
「この子は地球に行ったら神になれるだろう」というのを
きいて、非常に印象深かったからです。

スーパーマンの能力を見ると地球人からすれば、
神にひとしいぐらいですよね。地球を逆転させて
時間を巻き戻したり、光のように速く飛行したりと、
夢があってわたしは好きでした…。

#23 Re: 総合フォーラム » 2017年鑑の伝道者数について » 2017年01月19日 19:48:27

もう30年以上前ですが、べテルで校正をしている
兄弟から聞いたことです。
その仕事が忙しくて野外伝道に
参加できないので不定期になりそうだから、
一時間だけ奉仕したと話していた人がいました。
彼の名前も顔も覚えていますが、どうしているだろうかと思います。
エホバを喜ばせるためだとかよく言っていましたが、
神様はそんな形だけのことを喜ばれるのか
はなはだ疑問ですね…。

#24 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月17日 18:52:39

KAOさんが男性か女性なのか会ったことがないので
はっきりわかりませんが、書き込みを読んでいて
女性のような気がしたのです。
Web上ではどちらにもなれます。
こまやかな言葉選びから女性のように思えました。
間違っていたらすみません。

てつてつさん、切腹しないでね。
一緒に一杯飲めるまでは…。

#25 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年01月17日 18:46:00

中野っちさんのブログで体毛について話題になっています。
特に男性の体毛ですね。1960年代の出版物では
イエス・キリストなどはひげが描かれていません。
そのブログで掲載されている挿絵は
たぶん「失楽園から復楽園まで」の書籍で見た記憶があります。
協会の出版物では1968年以降キリストにひげを生やしました。
厳密ではありませんが、
「イエス・キリストはひげを生やしていましたか」という
読者からの質問があったのです。
1968年8月15日号510ページです。
聖書を調べなおしたら、ひげを生やしていたことが
分かったという内容です。

脱塔者にはたいした内容ではないと思いますが、
ブログによるとラザフォードの考えによって
ひげを生やすことが忌み嫌われるようになったようです。

組織の頂点に立つ人間の思惑によって、
つごうによって聖書解釈がいくらでも可能であることを
如実に証明している出来事だと思います…。

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