#1 2024年05月12日 08:06:34
- 1,000時間奉仕者
- ゲストユーザー

新・新・新賛美の歌
公式の集会や大会のプログラムでも歌われるようになった元オリジナルソングが7曲、歌の本に追加されています(152~158番)。
“歌の数が多すぎるから、削って削って225→135曲にした” はずの2009年版から、いつの間にか膨らんで20曲以上プラスされた新「喜びにあふれてエホバに歌う」。
とうとう印刷版は追いつかなくてあきらめたらしく、オンライン上だけで流通しています。だから会衆の多くの皆さんが「これは新曲だ」と気づかずに歌おうとして……念仏になっています!笑
オリジナルソングの存在そのものは私も頭から否定するものではありません。会衆内の音楽のセンスがある人々が自分で作詞作曲し、それを限られた範囲の交わり(今は何て呼ぶのかな?)で披露したりみんなで歌ったりするのは楽しいひとときでしょう。プログラム前後のBGMで流すくらいまでは許容範囲かも。
でもそれを、「大多数が歌える前提」で集会で流し、公式のプログラムの一部として参加を強いるのはどうなんでしょうか。
カラオケで知らない歌を歌おうとしたことがありますか。
大抵は伴奏だけが流れて歌い出しも分からず “エスカレータの足踏み” 状態になり、キーの上がり下がりにもついて行けなくて平板な声出しになって、歌なんだかお経なんだか分からない、妙な時間が過ぎていく……
新曲のラインナップは以下の通りです:
152 あなたへの賛美あふれる場所
153 勇気をください
154 愛は決して絶えない
155 喜びは永遠に
156 信仰を抱いて
157 平和が満ちる時
158 遅くなることはない!
(これらは公式の “エントリー曲” です。ウェブ上には80~90曲くらい並んでいますが、例えば「ぼくはカート」とかは集会で歌われることはないでしょう。笑)
タイトルから見ても、特定の聖句やテーマがあるわけではなくて、ムードやノリで作られたものであることが分かります。また(歌好きな人たちの常として)意表を突いた音程の上がり下がりが多くて、歌うことに不慣れな出席者にはたいへん歌いにくい、難易度の高い曲が多くなっています。これが問題です。歌が苦手な人々は既存の150曲ですら歌いこなすのに苦労しています。
一会衆のスベった合唱ならまだいいのです。数千人が集まった大会会場で、ほとんどの人が歌えない念仏のような声が漂う広い現場に居合わせてみてください。ブ・キ・ミです! 本番では音響でボーカルは流しませんのですごいですよ。
地区大会前には「大トリで歌う新曲」が知らされますが、歌いにくいオリジナルソングであることは変わりありません。
2009年版の時は、前の週に「次の集会ではこれとこれが新曲ですよ~、家族研究で練習してきてくださいね」というアナウンスがなされていて、有志や親しい人たちが集まって自主練していたので、惨めなことにはならずに済みましたが、いまや公開講演前(記事上の通知がない)の予告なし斉唱がフツーに行われています。
拷問です(苦)。
#2 2024年05月12日 08:21:36
- 1,000時間奉仕者
- ゲストユーザー

Re: 新・新・新賛美の歌
4/29週の生活の集会で、「JWヒストリー」というシリーズが始まりました(いつまで続くのかは不明)
初回は「初期JWと讃美歌」について。
ラッセルが気合を入れて聖書研究を再開する気になったのは、セブンスデー・アドベンティスト教会の小さな会堂から聞こえた讃美歌に引かれてウェンデルの説教に聞き入ったのがきっかけだった……
というのが、このビデオの主旨でした。今までにない切り口の導入で面白かったです。
賛美歌の歌詞が時代と共に練られてきたこと、一時期、集会で賛美の歌が歌われなかった時期があったこと(続編に乞うご期待)など、歌に関するお勉強がこの先に続きますよ、という内容でした。
もしかしたら、近年の賛美の歌についての弁解がなされるのかもしれません。
#3 2024年05月12日 08:22:37
- 1,000時間奉仕者
- ゲストユーザー

Re: 新・新・新賛美の歌
みなさんの地元での歌に関するエピソードがありますか。
#4 2024年05月12日 13:13:47
- モトシモベ
- ゲストユーザー

Re: 新・新・新賛美の歌
ご無沙汰してます。
わたしが扱った講演の話で恐縮ですが。。
ものみの塔研究の結びの歌と同じ曲を指定してしまい、誰も気づかないまま集会が始まり、結びの歌で皆クスクス笑い出し。。という悪夢はやらかしたことがあります。
#5 2024年05月12日 16:49:56
- 1,000時間奉仕者
- ゲストユーザー

Re: 新・新・新賛美の歌
結びの歌ならまだカワイイもので、二個めのと同じ選曲をした兄弟がいました、ウチの会衆。
私そのとき音響係だったので、集会直前に「ダブりますよ」と警告したら大慌てで変更して、微妙に的を外した歌を選び直していました。不本意そうでした。
講演前の選曲といえば、どんなテーマの話だったとしても判で押したように旧171番の「勝利の歌」をリクエストする長老がいました。結婚や家族生活の話でも「勝利の歌」。懲らしめの大切さでも「勝利の歌」。悲しみを慰めるテーマでも「勝利の歌」。だれも止めなかった……謎(笑)。
#6 2024年05月12日 18:33:37
- モトシモベ
- ゲストユーザー

Re: 新・新・新賛美の歌
あの時1,000時間奉仕者さんのような兄弟が音響を担当してくださっていたら。。笑
その時わたしが音響も兼務していたので、誰も注意する人がいなくて「強調のためのくり返し」で切り抜けた記憶があります。
「勝利の歌」が好きな兄弟、知り合いにもいましたっけ。
個人的には誰がどの曲を指定したか、誰も覚えちゃいない説に一票を投じます。
でも講演のノートに歌の番号を記録してる方なら覚えてるかもしれませんね。
結びの歌ならまだカワイイもので、二個めのと同じ選曲をした兄弟がいました、ウチの会衆。
私そのとき音響係だったので、集会直前に「ダブりますよ」と警告したら大慌てで変更して、微妙に的を外した歌を選び直していました。不本意そうでした。
講演前の選曲といえば、どんなテーマの話だったとしても判で押したように旧171番の「勝利の歌」をリクエストする長老がいました。結婚や家族生活の話でも「勝利の歌」。懲らしめの大切さでも「勝利の歌」。悲しみを慰めるテーマでも「勝利の歌」。だれも止めなかった……謎(笑)。
#7 2025年08月16日 11:28:56
- フクちゃん
- ゲストユーザー

Re: 新・新・新賛美の歌
1984年版の歌のほうが、好きです。それで育ってきましたから。
#8 2025年08月20日 10:28:21
- 1,000時間奉仕者
- ゲストユーザー

Re: 新・新・新賛美の歌
あら、埋もれていたスレッドを発掘してくださってたんですね、ありがとうございます。
私も、ほのかに文語の香りが漂う茶色の歌の本からどうしても離れられなくて、集会での合唱でもWOLで84年版を呼び出しては新しい歌詞に紛れて歌ってます。
口語に崩しただけでなく、原型をとどめないほど意訳された歌詞と並べるにつけ、「あの、学校の校歌みたいな賛美歌」を小学生の時に意味も分からずよく歌えてたものだと感心します。
最近の、例えば甲子園野球で流れる校歌の中には、南こうせつ作のバラードっぽいのも散見され、勝ったチームが歌うにはちょっと力が抜けそうな気もします。綺麗だし分かりやすいので、あれはあれでトレンドだな、って。
現在、年に2曲くらいのペースでオリジナルソングが本編に昇格しています。歌詞はどれも具体的なコンセプトが薄く、情緒的です。
愛、永遠、不安、恐れ、勇気、勝利、決して、力込め、さあ〇〇しよう……などがどの曲にも使われてます。152〜161番のタイトルをバラしてシャッフルしたらどれがどの曲のタイトルか分からなくなるくらい、“どうでもいい” 内容のリリックばかり。
そして歌いやすさを犠牲にしたチョー長いイントロと、歌の結句が分からないエンディングの曲調が目立つ。
(本を見ながら歌うのなら全体像が見通せますが今、集会ではスクリーンに3行ずつ区切ったのを読むので、最後にもう一節あるのに気づかず座ってしまいそうになる)
歌うことに慣れている人には楽しいバリエーションでしょうが、トラップに落ちないように必死の人たちは字を追うのが精一杯で、集会後にどんな歌だったか思い出せないはずです。そもそも特徴のない内容なので。
試しにどれか一曲、伴奏だけ聞いてみてください。どう歌えばいいのか初見で分かる方、センスがあります!