ログインしていません。

#1951 2021年01月14日 09:04:31

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

山我さんもリベラルですからね。自由主義神学にも度合いがありますが、極端なものはイエスは単なる人だった、奇跡も預言も全てなかったとします。

もちろんそういう人の考えは事後預言だとする考えで、聖書の神と預言する力も信じません。

的中した預言に関しては事後預言という事で済ませ、旧約聖書の預言のように明らかに昔からある預言に関しては新約の人々が預言に合うように解釈しただけであるという見方です。

そうした考えは疑い深い人なら当然考える事なのでしょうが、最初から不思議なしるしや奇跡というものは有り得ないという前提で自由に解釈しているのです。

当然、聖書はそうした勝手な解釈を禁じています。

イエス様の奇跡をじかに目撃した人々や旧約時代の神の業を見た人々の中でも信じない者もいましたから不思議ではありません。

リベラルな見解だけでなく両方とも調べるべきであり、それからどちらを信じるかになるだけだと思います。


田川さんの本も山我さんの本も私も持っています。

結局は事後預言である証拠も書き換えたとか創作であるとの証拠もない推測だと思います。

#1952 2021年01月14日 09:05:23

てつてつ
メンバー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

>「ヤハウェのみ運動」というものがヨシヤの時代に急に起きたような感じで書いておられますが、イスラエルに王が存在する以前は裁き人(士師記)の時代であり、その筆者はサムエルです。(疑い深い人はサムエルではなかった、もしくは書き換えたと独自の空想話を展開するでしょうが根拠もなくきりがないと思います)


先の山我さんは

4ページあたり

ヨシュア記,士師記,サムエル記(上下),そして列王記(上下)です。前にも述べましたように,旧約聖書研究では,これらを全部まとめて,申命記史書という名前で呼ぶわけです。実はこれらの歴史書は,単に中身において繫がっているだけではなく,文書としても一続きの統一体をなしている。おそらく同じ人々が書いた長大な歴史書なのです

といってますね

オフライン

#1953 2021年01月14日 09:52:24

てつてつ
メンバー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

>てつてつさんのブログからですが、混合宗教がスタンダード(標準)だったという事はありません。

ブログのリンク先と同じですが 自分はこれらからヨシア以前は混合宗教がスタンダードだったと思っています

発掘された聖書297ページ

それゆえ、皮肉なことに、最も純粋にユダ的であったものがカナン的な異端とされた。宗教的な論争の領域において、古いものが突然異国のものとされ、新しいものが突然正当なものとされた。回顧的神学の驚くべき作品とただ呼ばれることができるものの中で、新しい中央集権的なユダ王国とエルサレムを中心としたヤハウェ崇拝が、いつもあるべきであった仕方としてイスラエルの歴史の中に読み込まれた。

編集者 てつてつ (2021年01月14日 10:05:12)

オフライン

#1954 2021年01月14日 09:53:42

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

てつてつ さんの発言:

先の山我さんは

4ページあたり

ヨシュア記,士師記,サムエル記(上下),そして列王記(上下)です。前にも述べましたように,旧約聖書研究では,これらを全部まとめて,申命記史書という名前で呼ぶわけです。実はこれらの歴史書は,単に中身において繫がっているだけではなく,文書としても一続きの統一体をなしている。おそらく同じ人々が書いた長大な歴史書なのです

といってますね

聖書は別々の人が書いたから信用できないとの発言で、今度は調和していたら同じ人物が書いたとおっしゃるわけです。

キリストの復活のみならず、病人の癒しも医学の知識があったとか、当時の病気は悪霊によると信じられていたから悪霊を追い出し(たことにして)精神的に重荷を軽くしたのだろう、水をぶどう酒に変えたのもパンと魚を増やしたのも嘘

そのように信仰のない人たちは考えるのですが、それですとイエス様の復活も奇跡もなく、弟子たちが変化し命を懸けて主に従った事の説明になっていません。

また、聞いたこともない教えや預言が突然出てきたとして誰が信じるでしょうか?

同じ神の霊に導かれているのであれば調和するのも当然です。

保守的な聖書を信じる多くの人々(学者含む)が申命記の正統性を認めているだけでなく

イスラエルだけでなくサマリア人が不変の真理だと信じるサマリア五書にも申命記は含まれており、数々の奇跡を行なわれたイエス様自身も申命記から多く引用しておられます。


疑い深い人たちが預言や奇跡を疑うのは当然の事なのです。

#1955 2021年01月14日 10:31:00

てつてつ
メンバー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

>てつてつさんの載せていた記事のヴェッテの指摘で、「祭儀は中央の一所のみとすると定めた法が存在した証拠はない」
との事ですが、それは当然です。神殿ができるまではイスラエルも高き所でヤハウェを礼拝していたのですから。

ヴェッテの件ですが 山我さんも 14-5ページあたりで

実は申命記という文書はこの,紀元前7世紀末に行われたユダの王ヨシヤの宗教改革に関連していると考えられています。このことを,デ・ヴェッテというドイツの学者が,19世紀の最初に指摘し,それが今でも基本的には受け入れられています。

と書かれていましたね
ヴェッテについてはこれですね

というわけで 自分は全体的な流れとして このころ北のイスラエルがアッシリアに滅ぼされたおかげで急速に経済発展し豊かになったおかげで色々な文書や神殿などの建設などもできるノウハウを身につけた南のユダ王国がヨシア王とヤハウェのみ運動をお題目に自分たちのグループによる中央集権制度を確立しようとしたというのが真相ではないかと思います 

中国やその他共産圏で共産主義をお題目に大勢の人を虐殺したのと同じことをしていると思いますが それを背教から清めたと美化しているだけだと思います

またものみの塔の2代目ラザフォードが民主的な方法で選ばれていた各会衆の長老たちを神権的という名目で粛清しすべてベテルからの任命にして自分に全ての権力を集中させたのと似ているかなと思います

編集者 てつてつ (2021年01月14日 13:00:48)

オフライン

#1956 2021年01月14日 13:00:48

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

てつてつ さんの発言:

ヴェッテの件ですが 山我さんも 14-5ページあたりで

実は申命記という文書はこの,紀元前7世紀末に行われたユダの王ヨシヤの宗教改革に関連していると考えられています。このことを,デ・ヴェッテというドイツの学者が,19世紀の最初に指摘し,それが今でも基本的には受け入れられています。

と書かれていましたね
ヴェッテについてはこれですね

というわけで 自分は全体的な流れとして このころ北のイスラエルがアッシリアに滅ぼされたおかげで急速に経済発展し豊かになったおかげで色々な文書や神殿などの建設などもできるノウハウを身につけた南のユダ王国がヨシア王とヤハウェのみ運動をお題目に自分たちのグループによる中央集権制度を確立しようとしたというのが真相ではないかと思います 

中国やその他共産圏で共産主義をお題目に大勢の人を殺したのと同じことをしていると思いますが それを背教から清めたと美化しているだけだと思います

またものみの塔の2代目ラザフォードが民主的な方法で選ばれていた各会衆の長老たちを神権的という名目で粛清しすべてベテルからの任命にして自分に全ての権力を集中させたのと似ているかなと思います

てつてつさんがそう結論するのは誰も変えられないでしょうからそれでいいのではないですかね。

聖書預言は事後に書かれたとするいっぽうで、ヨシヤの改革はバビロン捕囚前に実際にあった出来事とするという、なんとも都合のいい解釈のようにしか思えないですけど。

改革を行なったもののヨシヤ王は預言どおりに若くして死にユダヤ人はバビロンによって滅ぼされたわけです。

中央集権制度を確立しようとしたのは事実だがヤハウェも他の偽りの神々と同じようなもので美化しているだけだと、これも根拠のない物語の展開だと思います。

護身のために拳銃を懐に入れていたラザフォード、アル中でキャデラック2台と別荘まで組織のお金で所有していた癇癪持ちの新興カルトの詐欺師ラザフォードとまことの神の崇拝とを同じに見るのはどうかなと思います。

信仰者や目撃した人々は預言や奇跡が実現したから本当の神だと結論し、

信じない人たちは奇跡も預言もあるはずがないからデッチ上げだとする

それの繰り返しなだけだと思いますが。

『デ・ヴェッテというドイツの学者の指摘が今でも基本的には受け入れられています。』

という事ですが、受け入れているのはもちろん、聖書を信じない人々ですから、それらの意見があるというだけでは正しいという事にはなりません。



四資料仮説ウィキペディアより引用

(歴史的キリスト教会が、モーセを記者であるとしてきたモーセ五書(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)に関しては、それを否定する四資料仮説が19世紀より唱えられ、リベラル派の旧約聖書学の標準学説として知られている[17]。



ただし、この四資料仮説はあくまで仮説に過ぎず、細部に至るまで完全に合意されたものではない。



近年においては、例えば日本基督教団出版による創世記注解がこの仮説に立たないと明言するなど、プロテスタント主流派(メインライン)においても退けられつつある[18]。

[18] 月本昭男『創世記注解』日本基督教団出版」


月本さんはどこまで信じているかは分からないですが非常にリベラルな人ですね。

聖書の記述を全ては信じない団体をメインラインや主流派と呼ぶのはどうかという意見もあるわけですが、その団体でさえも長い間受け入れられてきた四資料仮説には立たないとの見方です。



デ・ヴェッテというドイツの学者の見解も多くある仮説の一つに過ぎないでしょう。

#1957 2021年01月16日 16:14:42

てつてつ
メンバー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

>山我さんもリベラルですからね

仰天さんは何度かだれだれはリベラルだといってますけど 色々な意味があるようで仰天さんがどのような意味で使っておられるのかはわかりませんが レッテル貼りで使っておられるようでしたら良くないと思います

オフライン

#1958 2021年01月16日 16:42:41

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

てつてつ さんの発言:

>山我さんもリベラルですからね

仰天さんは何度かだれだれはリベラルだといってますけど 色々な意味があるようで仰天さんがどのような意味で使っておられるのかはわかりませんが レッテル貼りで使っておられるようでしたら良くないと思います

聖書学やキリスト教神学の世界でのリベラルというのは様々な意味はなく、自由主義神学の人を指しています。
もちろん自由主義神学の人にも程度があります。

アブラハム以前の記述は神話と考えるもののアブラハムからの歴史は史実と考えてほとんどの聖書記述をそのまま信じる人、また、旧約聖書の預言や奇跡のみならずイエスの処女懐胎や行なわれた奇跡、復活も信じない人、再臨や携挙、黙示録も信じない人と様々です。

これは決してレッテル貼りなどではなく自由に解釈する人をリベラルだと言っているのです。(実際そうですよね)

それをレッテル貼りだと言うのなら、保守的な信仰を持っている人々を原理主義者と呼ぶ事のほうがレッテル貼りだと思います。

あと、信者さんの側の言いぶんとかもそうなりますよね。

もちろん信じていない人たちとか、疑う人たちとか、信じている人(信仰者、不信仰な人等含む)というのはレッテル貼りとは違うと思います。

単にリベラルだから信用できないと言っているのではないです。説得力のある説明や証拠ではなく推測の域を出ない仮説なので私はそのような人々は信用できないのです。

#1959 2021年01月16日 16:55:43

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

もちろん真摯な態度で学問的に聖書の研究がなされる事には賛成です。

#1960 2021年01月16日 17:06:52

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

てつてつさんのお気に入りのフィンケル・シュタインさんですけど、聖書時代の身分の低い者でも文字が書けたという事が分かって認識を改めたみたいですね。
数年前の記事ですから現在の見解は分かりませんが、このように個人の見解というものは変わるものです。
実際に、過去には疑われていた聖書の記述が正しかったという例をてつてつさん自身もいくつか挙げておられました。

申命記史家説もそのようなものだと思います。




聖書は考えられているよりも早く書かれていた? 2600年前の考古学的発見から新しい洞察 : 国際 : クリスチャントゥデイ

https://www.christiantoday.co.jp/articl … covery.htm

#1961 2021年01月16日 17:11:04

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

点を打つ位置を間違えましたが分かりますよね(笑)
フィンケルシュタインです。

#1962 2021年01月16日 17:48:19

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

パウロがイエスから昼に啓示を受けたら脱水症状による幻覚で、夜にイエスから示されたら夢だと判断するわけですからね。自由主義神学の人とはそういうものです(笑)

もちろん、いろんな可能性を考えてみるのもいいとは思うのですけどね。

あと、オデュッセイアとパウロの航海の話もそうですが、シュメールのギルガメッシュ叙事詩とノアの箱船の似たような部分だけを比較したり、ミトラ教の牛の血と肉の儀式とキリスト教のパンとぶどう酒を比べてミトラ教から聖餐式を取り入れたとかの話もそうですが相違点は見ずに共通しているかのように見える点だけ取り上げて関連付けるのは無理がある話だと思いますね。

ジッグラトとバベルの塔もですね。(似た感じだったとは思いますが)


あと、エル神もです。

ヤハウェはエルとも呼ばれているから異教のエル神をイスラエルは拝んでいたというような意見。

それを言うなら「神」という神道の表現を用いているからイスラエルの創造主は神道の神だと言うようなもので、有り得ないですね。


あと、弥勒、マイトレーヤー、メシア、大日如来、天照、義の太陽イエス、太陽神とか関連付けようと思えば色々あります。


いいとこ取りしたら幸福の科学や高橋信次のGLAのようになります。

学問的過ぎると神を信じている人もいますが創造主の否定につながるのではないでしょうか。


神を信じる自由もあれば信じない自由もありますし、質問さんや一言さんも面白い視点で書かれる時もありますのでそれぞれ思った事を書いていいと思いますけど、

質問さんは過去に正典に入れられた何かの書を「使徒性がある」という理由で入れたという事を笑っておられたと思いますけど、私は充分な理由だと思います。

最近は忙しいのもありましていちいち全ての書き込みに対してツッコミを入れないようにしています。

誰かが自信を持って断言して書いている内容でも、「そういうことでしたか」と受け入れる前に調べてみてくださいね。(私の書き込みもですけど)

#1963 2021年01月19日 09:48:47

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

エル(El) というのはヘブライ語、ウガリット語、アラム語、フェニキア語などの西セム語で神を意味する普通名詞であり、バビロニア語のイルやアラビア語のイラーフも同じ意味です。
ウガリット神話の影響を受けたカナンの神『エル』と神ヤハウェとは全く違います。

参考:ジョン・ボウカー『聖書百科全書』三省堂 石田友雄『ユダヤ教史』山川出版社

つまり、聖書でYHWHを表している「神」(エル)や「エロヒム」(神々と訳せる複数形)は一般名詞ですから、この前書いたようにカナンのエル神とは無関係です。

YHWHのみを礼拝していたイスラエル人はカナンの地に入って、ある者たちは段々と、または急激に真の神から離れてカナン人の神々を拝むようになりました。
または、不信仰にも他の神のご利益を求めて複数を同時に崇拝したという事です。
王国の支配が弱まった時にヤハウェ信仰を展開できたという指摘ならば最初はヤハウェ一神教ですね。

サウル、ダビデ、ソロモンの時代は統一されたイスラエル王国であり、その後ヤロブアムがソロモンに反逆してソロモンの死後に10部族で独立王国を建てました。それが北王国であり、「イスラエル」と称しています。

残りの2部族のユダとベニヤミンが「ユダ」と呼ばれる南王国を形成しました。

それが王国の分裂です。

北王国の創始者ヤロブアムは王国を分離させるために子牛礼拝を新王国の宗教として採用しました。
王国が滅亡するまで北王国の19名の王は全て金の子牛やバアルを崇拝しました。

ユダ王国は原則としてYHWH崇拝でしたが、大部分の王は偽りの神、偶像に仕えていました。
ユダの王の何人かはYHWHに仕えて時には改革が行われましたが全体としては繰り返し預言者の警告を受けながらもカナンの諸宗教の悪習の影響を受けてカナン化が進み結果としてバビロンに侵略されています。

このようなイスラエル人の不忠実な背教の歴史を切り取って、「混合宗教がスタンダードだった」と発言する事も出来なくはないですが、最初からそうであったわけではありません。

[後の時代に]ヤハウェなる神をエルやバアルと同一視または混合する者が現れて、ヤハウェのアシェラと書いた者がいたり異教的な土偶が発見されたとしても最初からヤハウェ信仰があった事の否定にはならないのです。


主なる神には妻がいる?
http://blog.livedoor.jp/paster_t/archives/50313485.html



オリエント考古学では、申命記の文章の構成がモーセの時代のものと完全に合致している事が分かっており、ヨシヤ王の時代の文書の形式とは異なっていますから申命記が改革直前に書かれたという指摘は成り立ちません。

https://koumichristchurch.hatenablog.jp … 0140912/p1


また、ヨシヤ王より1世紀以上さかのぼる預言者アモスなどの活動から、彼らが申命記における神の戒めを把握していた事は明白で、換言すると申命記の存在なしには預言者活動は起こり得なかったと言っても過言ではないのです。ですから、申命記の起源をヨシヤ王時代の「律法の書の発見」に結び付け、その直前とし、申命記12章を中央集権化と理解する仮説は成り立ちません。

#1964 2021年01月19日 21:34:29

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

あと、エル・エロヘ・イスラエル  を「イスラエルの神エル」とするのはどうなんですかね。

エルはすでに指摘しましたように神を表す普通名詞であり、同じく神や神々を表す複数形のエロヒムがありますが「エロヒム」とエル・エロヘ・イスラエルの「エロへ」は同じ意味ですので、それを
「エロへ」だけ「神」として「エル」だけをそのままの読みにするというのは恣意的だと思います。異教のエル神をイスラエルが自らの神としていたかのように思わせたいのでしょう。


エル・エロヘ・イスラエルは、
「神はイスラエルの神」とか「イスラエルの神なる神」と訳すのが適切でしょう。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/q … 1369158083

エル(神)、アドナイ、キュリオス(主)とは様々なものに対して用いられますが同一ではありません。




コリントの信徒への手紙一/ 08章 5、6節
現に多くの神々や多くの主なるものがあるように、神々と呼ばれるものが天や地にあるとしても、

私たちには、唯一の父なる神がおられ/万物はこの神から出/私たちもこの神へと向かっています。/また、唯一の主、イエス・キリストがおられ/万物はこの主によって存在し/私たちもこの主によって存在しています。


また、オデュッセイアとの関連付けにも無理があるでしょう。オデュッセイアの物語は一つ目巨人や色々な神が登場し、パウロの話とは似ても似つかぬ内容です。
オデュッセウスが漂流の際にしがみついていたのはマストや竜骨で、パウロは木片に捕まって助かったとは聖書には書かれていません。泳げる者は泳いで、他の者は板切れや他のものに捕まったとあるだけです。


使徒27:43、44

「泳げる者がまず飛び込んで陸に上がり、
残りの者は板切れや船にある物につかまって行くように命じた。こうして、全員が無事に上陸した。」

オデュッセウスは1人助かりますがパウロの場合は他の乗っていた者全員が助かっています。

アドラミティオンを母港として各港を経由する船という事実を書いているだけでしょう。ホメロスとは関係ありません。


ある物語にも出ている地名を書いたらその物語を借用していると思うのは安易な発想ではないでしょうか。
事実、アドラミティオンだけでなく、シドンの港やリキアのミラの港やポテオリ港や様々や場所の名前が使徒27章と28章には出ています。


パウロは船でもマルタ島でも伝道しなかったでしょうか?
少なくともパウロは船内で自分が仕えている主なる神の御使いからのメッセージを伝え、神が同船している人々をお与えになっていると伝えています。

マルタ島では病人に手を置いて何人か癒しを行なっています。通常、聖書の癒しはイエスの名によってなされました。単に「自分の足でまっすぐに立ちなさい」と言ったという箇所でも、その人に信仰があるのを見ての話ですからもちろんイエスの名による神の癒しです。

マルタ島でも癒しの際にイエスの名を語っているはずですから伝道していないというのは早合点でしょう。

使徒言行録/ 04章 30節
どうか、御手を伸ばし聖なる僕[イエスの名によって]、病気がいやされ、しるしと不思議な業が行われるようにしてください。」



マルタ島でマムシの害を受けなかった事は次の事を思い起こさせます。




マルコによる福音書/ 16章 17、18節
信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らは私の名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。

手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも、決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」


マルコによる福音書/ 16章 20節
弟子たちは出て行って、至るところで福音を宣べ伝えた。主も弟子たちと共に働き、彼らの語る言葉にしるしを伴わせることによって、その言葉を確かなものとされた。〕


主はパウロと共に働かれて、その癒しや奇跡は伝道となった事でしょう。



また、船を表す「ナウス」という古典ギリシャ語が新約聖書で一回だけしか用いられていないという事は事実ですが、古代ギリシャ語で、古い表現なだけであり、当然、ホメロスだけが用いる用語ではありません。



パウロとバルナバは2人をギリシャの神々だと勘違いして生贄を捧げようとした人達を制しています(使徒14:15)

ですので、使徒28章で蛇の害を受けなかったパウロを人々が「この人は神様だ」と言い出した事しか書いていないからといってパウロが自分を神とした、または神である事を否定しなかったと架空のストーリーを創作するのは愚かな事でしょう。

オデュッセウスとパウロを関連付けるのも無理のある話でしょう。

#1965 2021年01月19日 22:18:58

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

オマケですが、

管理する人間のいなくなったエデンの園はしだいに荒れ果てて失われたと思います。

最初は命の木から罪を犯した人間が食べないように守ってはいましたが、多くの実のなる木の中の一本ですからエデンの園が荒れて、どの木だか見分けがつかなくなった時とか、

特に永遠にもつ木だとも述べられていませんから神秘的な木ではなくて、一般的な木なら特に寿命の長いものでなければ数十年か、もう少し長くもっても枯れますから、木が無くなったらケルビムも神は去らせたでしょうから、洪水で流されたという事はないでしょう。霊者はそもそも流れません。

命の木は箴言の中で数回比喩的なものとして出ており、黙示録でも出てきますね。
命の木はイエス・キリストの象徴だという意見もあります。

果たして命の木は今でもどこかに存在しているのでしょうか。

#1966 2021年01月20日 16:10:33

ハム太郎
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

相変わらずいい加減なことを自信たっぷりに語る仰天さんのその勇気と愚かさに感心します。

仰天さんの相手を誰もしてくれなさそうなので、私が仰天さんの数多くあるいい加減な主張の中から一つだけ指摘しましょう。


仰天 さんの発言:

オリエント考古学では、申命記の文章の構成がモーセの時代のものと完全に合致している事が分かっており、ヨシヤ王の時代の文書の形式とは異なっていますから申命記が改革直前に書かれたという指摘は成り立ちません。

https://koumichristchurch.hatenablog.jp … 0140912/p1

ここで仰天さんが紹介しているのは、ある牧師のブログです。仰天さんは牧師の言うことならすぐ信じるようです。

その牧師はこう言っています。


「このとき「発見」されたのは、ヨシヤ王が宗教改革のために学者か誰かに書かせたものにすぎないという、いわば陰謀説を唱えてきた。彼らの仮説では、申命記は紀元前7世紀に書かれたことになる。
しかし、この陰謀説はオリエント考古学が進歩し、各時代の契約文書の形式の変遷が研究されたことによって根拠薄弱であることが判明した。オリエント世界では宗主国が支配下に置いた国(都市国家)に対して契約を与えていたが、その契約文書の形式が紀元前14−13世紀のヒッタイトもの(つまりモーセの時代のもの)と、紀元前千年期のアッシリヤのもの(つまりヨシヤ王の時代のもの)と異なっていることが明らかになった。(中略)
申命記1章から32章を読んでみると、紀元前14−13世紀のヒッタイト条約の形式を踏んでいることがわかる。したがって、申命記はモーセの時代に記されたと考えるのが理にかなっている。」


この牧師の発言を根拠に、仰天さんは「オリエント考古学では、申命記の文章の構成がモーセの時代のものと完全に合致している事が分かっており」と愚かにも自信たっぷりに言うわけです。

この牧師の発言は間違っています。勉強不足なのか、申命記はモーセが書いたということにしないと牧師として不都合だからでしょうね。

1956年に、the Vassal Treaties of Esarhaddon(VTE)というアッシリアの文章が発見され、その中に申命記とほぼ同じ表現がたくさんあることが判明したのです。

例えば、申命記6:4,5には「聞きなさい,イスラエル,私たちの神エホバはただひとりのエホバです。あなたは,心を尽くし,力を尽くし,自分の全てを尽くして,あなたの神エホバを愛さなければなりません。」とありますが、これとほぼ同じ表現がVTEにもあるのです。

この文言は有名ですが、実はアッシリアの条約文章から来たものです。VTEではエホバの代わりにアッシリア王かその後継者の名前が来るという違いがあるだけです。

また、二つの文章とも「愛する」という言葉を「忠実である、服従する」という意味で使うという共通点があります。

この文章はアッシリアが従属させた国家と結んだ条約文ですが、申命記は基本的な枠組みとしてその形式や文言を採用して、ユダの民にアッシリア王の代わりに神に忠誠を誓うことを求めているのです。

というわけで、申命記はヨシヤ王の時代にアッシリアの条約文章を手本に書かれたものです。

長くなるので紹介しませんが、申命記がモーセが書いたものではないというのはそれ以外にもたくさんの根拠があります。興味があるならthe new century bible commentary: Deuteronomy (A.D.H. Mayes) を一読することをお勧めします。

仰天さんが、「オリエント考古学では、申命記の文章の構成がモーセの時代のものと完全に合致している事が分かっており」と主張なさるなら、それはそれで興味深いわけで、その根拠を示してほしいですね。

それができないのなら、多くの人が思っているように、仰天さんは単なるデマを流すだけのデマゴーグにすぎないことになります。

#1967 2021年01月20日 18:11:27

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

てつてつ さんの発言:

旧約聖書を推理する 135ページ
一九四三年、ドイツの聖書学者マルティン.ノートが、申命記と前期預言者のこれら六書との間に強い統一性があることを示した。偶然にしては、申命記とこれらの書のある部分の語法は似すぎていた。ノートは、これが漫然とした文書の集成ではなくて周到に配列された一つの作品である、ということを証明したのである。それは一つの連続した物語、彼らの土地におけるイスラエルの民の歴史に関する話を流れるように述べていた。それは一人の著者によるものではなかった。そこには何人もによって書かれたいろいろな章節があった(ダビデの官廷史やサムエルの物語など)。にもかかわらず、完成品は一人の人間の作だったのである。

てつてつさん、お疲れ様です(^_^)
M・ノートさんは本当にその本で書いてあるような事を述べていますか?私も申命記史家説は知ってはいましたが、その系統の本は購入していなくてですね。

てつてつさんも紹介しているものにトマス・レーマーによる『申命記史家的歴史』(DH)の書籍がありますが、レーマーはマルティン・ノートについてこう言っているようです。




他からのから引用ですが。


『続いてレーマーは、申命記史家による申命記的伝承の形成過程について、ノートによる説を採りあげます。ノートによれば、イスラエルの歴史は、ヨシュアによる征服期、士師の時代、王制導入による絶頂期、サマリアの陥落にいたるまでのユダとイスラエルの二王国時代、ユダ王国の末期までの5段階で形成されています。ノートの言う申命記史家(Dtr)は、単独で申命記史家的歴史(DH)を編集しており、その際に彼(Dtr)は、古い諸史料の伝承を継承しています。

(中略)

次にレーマーは、ヴァン・セータース"Van Seters"(1983年)とマッケンジー"McKenzie, S.L."による説(1991年/2000年)を紹介します。この説は申命記史家の単独編集を主としますから「新ノート説」とも言うべきものです。ただし、ノートと異なるのは、申命記史家が己の裁量によってきわめて自由に史料を編集し直していると見る点です。ノートによれば、申命記史家的歴史における記述の相互矛盾は、主として申命記史家が史料に忠実であることから生じたことになります。

15章 申命記史家たち(後編)

http://koinonia-jesus.sakura.ne.jp/apoca/16dh2.htm

M・ノートの言う申命記史家(Dtr)は、「単独で申命記史家的歴史(DH)を編集しており、その際に彼(Dtr)は、古い諸史料の伝承を継承しています。」
という事で、申命記史家は伝わった資料に忠実だったという事です。


マルティン・ノートの『イスラエル史』の書籍を翻訳している樋口進さんもこのように述べています。





『初期預言者の活動の背後には、王国成立前のイスラエル部族連合のヤハウェ 主義の伝統があった。王国が成立し、その王国にカナンの都市国家が併合され ると共に、特に都市において政治的・経済的に、また宗教的にカナン化が行わ れていき、部族連合時代の伝統がないがしろにされていく傾向にあったが、こ れに抵抗したのが預言者の運動であった。しかし、預言者は単独で活動したの ではなく、部族連合時代からの伝統を守っていたヤハウェ主義のグループによ る承認と支持があったと思われる。イエフの革命やヨシヤの宗教改革の背後には、 このようなヤハ ウェ主義者の働きがあったであろう。イスラエルの初期預言者 たちは、このような部族連合時代からのヤハウェ主義の伝統を守るグループの 承認と支持のもとに、特にカナン化の影響で部族連合時代の法がないがしろに された現実に対して、ヤハウェの使者としての自覚を持って、「罪の告発」と「裁 きの宣告」をなしていったのである。』




王国成立前のイスラエル部族連合の時代からヤハウェ主義の伝統があったという事、その、ヤハウェのみの時代があって、後にカナン化が生じたと述べています。


https://kwansei.repo.nii.ac.jp/?action= … &file_no=1





申命記史家に関しては、1人或いは2人、3人説、その他大勢により長い期間で編集されたのではないか等の様々な見解があり、定まっていません。

聖書に否定的な立場の人の推測は主観的な意見に過ぎないという印象です。

#1968 2021年01月20日 23:39:02

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

ハム太郎 さんの発言:

相変わらずいい加減なことを自信たっぷりに語る仰天さんのその勇気と愚かさに感心します。

仰天さんの相手を誰もしてくれなさそうなので、私が仰天さんの数多くあるいい加減な主張の中から一つだけ指摘しましょう。


仰天 さんの発言:

オリエント考古学では、申命記の文章の構成がモーセの時代のものと完全に合致している事が分かっており、ヨシヤ王の時代の文書の形式とは異なっていますから申命記が改革直前に書かれたという指摘は成り立ちません。

https://koumichristchurch.hatenablog.jp … 0140912/p1

ここで仰天さんが紹介しているのは、ある牧師のブログです。仰天さんは牧師の言うことならすぐ信じるようです。

その牧師はこう言っています。


「このとき「発見」されたのは、ヨシヤ王が宗教改革のために学者か誰かに書かせたものにすぎないという、いわば陰謀説を唱えてきた。彼らの仮説では、申命記は紀元前7世紀に書かれたことになる。
しかし、この陰謀説はオリエント考古学が進歩し、各時代の契約文書の形式の変遷が研究されたことによって根拠薄弱であることが判明した。オリエント世界では宗主国が支配下に置いた国(都市国家)に対して契約を与えていたが、その契約文書の形式が紀元前14−13世紀のヒッタイトもの(つまりモーセの時代のもの)と、紀元前千年期のアッシリヤのもの(つまりヨシヤ王の時代のもの)と異なっていることが明らかになった。(中略)
申命記1章から32章を読んでみると、紀元前14−13世紀のヒッタイト条約の形式を踏んでいることがわかる。したがって、申命記はモーセの時代に記されたと考えるのが理にかなっている。」


この牧師の発言を根拠に、仰天さんは「オリエント考古学では、申命記の文章の構成がモーセの時代のものと完全に合致している事が分かっており」と愚かにも自信たっぷりに言うわけです。

この牧師の発言は間違っています。勉強不足なのか、申命記はモーセが書いたということにしないと牧師として不都合だからでしょうね。

1956年に、the Vassal Treaties of Esarhaddon(VTE)というアッシリアの文章が発見され、その中に申命記とほぼ同じ表現がたくさんあることが判明したのです。

例えば、申命記6:4,5には「聞きなさい,イスラエル,私たちの神エホバはただひとりのエホバです。あなたは,心を尽くし,力を尽くし,自分の全てを尽くして,あなたの神エホバを愛さなければなりません。」とありますが、これとほぼ同じ表現がVTEにもあるのです。

この文言は有名ですが、実はアッシリアの条約文章から来たものです。VTEではエホバの代わりにアッシリア王かその後継者の名前が来るという違いがあるだけです。

また、二つの文章とも「愛する」という言葉を「忠実である、服従する」という意味で使うという共通点があります。

この文章はアッシリアが従属させた国家と結んだ条約文ですが、申命記は基本的な枠組みとしてその形式や文言を採用して、ユダの民にアッシリア王の代わりに神に忠誠を誓うことを求めているのです。

というわけで、申命記はヨシヤ王の時代にアッシリアの条約文章を手本に書かれたものです。

長くなるので紹介しませんが、申命記がモーセが書いたものではないというのはそれ以外にもたくさんの根拠があります。興味があるならthe new century bible commentary: Deuteronomy (A.D.H. Mayes) を一読することをお勧めします。

仰天さんが、「オリエント考古学では、申命記の文章の構成がモーセの時代のものと完全に合致している事が分かっており」と主張なさるなら、それはそれで興味深いわけで、その根拠を示してほしいですね。

それができないのなら、多くの人が思っているように、仰天さんは単なるデマを流すだけのデマゴーグにすぎないことになります。

ハム太郎という人とは過去に話をした覚えもないのに前回登場した直後から私に対してなぜか意味不明な敵意丸出しという事は、以前に私から論破されて悔しい思いをしている人物が名前を変えて書いているか、それとも信仰を持つ人がよほど嫌いな人物という事なのでしょうか。

まあ、あなたがどういう人かは別に構わないのですが、ハム太郎という人と他の掲示板の誰かで会話している場面はほとんどないですので実際には誰にも相手にされていないのはご自身の事だと思います。

以前、食ってかかってこられた際にも神の奇跡は「物理的に不可能」というような事を何か語っておられたようですが、奇跡というものは物理法則の制限は受けませんから呆れてしまった次第です。

さて、今回の根拠の非常に弱いハム太郎さんの主張を分析してみましょう。


まず、ハム太郎さんは信仰者や牧師の言う事は信用できないという考えをお持ちのようです。

そして不信仰な人、無神論者、または聖書をある程度少しは信じているかもしれない自由主義神学の学者の説や神を信じない世間一般で説かれている学説をすぐに信じてしまう傾向にあるようです。





さて、申命記は単なる律法の再言明ではなく、神とイスラエルの民との間の正式な条約です。
1906–1907年に古代ヒッタイトの都ハットゥシャ(現代トルコのボガズキョイ)で発見された約1万枚の粘土板が示すヒッタイトの条約の例文により、申命記が前2000年以降のヒッタイトの条約の要素全てをほとんど同じ順序で含んでいる事が分かっています。
ヨシュア24章も条約の形式に従っています。

イスラエルの条約をヒッタイトが模倣したかは置いときましても申命記がヒッタイトの時代、つまりモーセ時代に書かれたと考えられる根拠にはなると思います。
(もちろん否定する人はどこまでも否定するのでしょうが聖書否定派も見てきたかのように断言する場合もありますから。しかも根拠が弱い。結局は最近も書いたように信じるか信じないかの問題なのです。)



ヒッタイトの条約における項の順序

1、語り手の紹介
2、歴史的序文
3、規定
4、文書に関する主張
5、証人
6、呪いと祝福

対応する記述ですが、


1、著者の身元と条約を宣言する権利
2、両者の過去の関係の外観
3、義務のリスト
4、保管と公での朗読のための指示
5、通常は誓いの証人として呼び出された神々の身                         元を明らかにする
6、条約を遵守または違反した場合の神の反応

申命記

①  1:1-5
②  1:6〜3:29
③  4〜26章
④  27:2-3
⑤  31〜32章
⑥  28章

ヨシュア記24章

①  1、2節
②  2〜13節
③  14〜25節
④  26節
⑤  22、27節
⑥  20節

このように、モーセ時代のものと合致しています。

ハム太郎 さんの発言:

1956年に、the Vassal Treaties of Esarhaddon(VTE)というアッシリアの文章が発見され、その中に申命記とほぼ同じ表現がたくさんあることが判明したのです。

この文章はアッシリアが従属させた国家と結んだ条約文ですが、申命記は基本的な枠組みとしてその形式や文言を採用して、ユダの民にアッシリア王の代わりに神に忠誠を誓うことを求めているのです。

というわけで、申命記はヨシヤ王の時代にアッシリアの条約文章を手本に書かれたものです。

断言していますね。

「相変わらずいい加減なことを自信たっぷりに語るその勇気と愚かさに感心します。」という言葉は自己紹介で自分自身に感心しておられるのでしょうか。

では、オリエント学会の専門家の意見を見てみましょう。
一般的に、「エサルハドン宗主権条約」と呼ばれるものは実際には「条約」ではなく、「誓約文書」である事が分かっています。


では、オリエント学会の専門家の意見を見てみましょう。

引用します。

『この文書は 1955 年に出土し、ワイズマンが「エサルハドン宗 主権条約」(D. J. Wiseman, The Vassal- Treaties of Esarhaddon, Iraq 20, 1958)と して発表して以来、この名で知られていたが、 実際にはアッシリア王エサルハドン(在位前 680-669 年)が息子の一人であるアッシュル バニパル(在位前 668-627 年)にアッシリア 王位を、他の息子シャマシュ・シュム・ウキ ンにバビロニアの王位を継がせるという決 定を内外の要人に遵守させるために発行さ れた誓約文書であること、アッシリアの最高 神であるアッシュルが調印するという形を とっていることなどを明らかにした(渡辺和 子「古代オリエントの誓約と神の印章」脇本 平也・柳川啓一編『現代宗教学 4 権威の構 築と破壊』東京大学出版会 1992 年, 85-114 頁)。』


https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI … 8hyoka.pdf






『この文書は「宗主権条約」ではない。実際にはエサルハドンの死後、皇太子アッシュルバニパルに王位を問題なく継承させるように、皇太子の兄弟、王族、高官、そして周辺諸国の支配者たちに誓わせるための「誓約文書」であった。この誓約を受けとるのは王ではなく神々であり、その代表としてアッシリアの最高神アッシュルが調印した形になっている。ここで誓約を第一に義務づけられたのは、王位簒奪の可能性が最も高い“身内”であった。ただし文書中に登場する、他に例をみないほど“国際性”豊かな神々と呪いの言葉のバリエーションは、王位継承の定めを確実なものとするために、周辺世界の神々と呪いの言葉を王が必死になって集めさせたことを示している。覇権国でありながら周辺諸国に誓約を守らせるためには、自分たちの神々と呪いだけでは不十分と考えたのである。よって、もし「エサルハドン誓約文書」と聖書のあいだに何らかの影響があったのならば、そのベクトルはアッシリアからユダ王国の方へ向いていたのではなく、その逆であった。すなわちユダ王国とその周辺世界の呪いの伝承をアッシリアが取り入れた可能性が高い。』

古代近東の契約・誓約・条約 | 同志社大学 一神教学際研究センター CISMOR
http://www.cismor.jp/jp/lectures/古代近東の契約・誓約・条約/


リンク先の動画の中の終わり10分位前から渡辺先生はアッシリアからの申命記への影響を明確に否定しており、むしろ申命記や他の国のものからアッシリアが取り入れた事を語っておられます。(時間のある方はぜひ全体の動画を見て下さい。時間のない人は後半だけ。)


さて、動画の中で渡辺和子さんは、チャペルで年に何回か説教する事もあると語っておられますから、それを理由に信じられないとでも言うおつもりでしょうか。
オリエント学会の理事も務め「エサルハドン誓約文書」の研究の専門家であり根拠も充分に示しているというのに、渡辺先生が宗教学、宗教史学、死生学、アッシリア学、メソポタミア宗教史、比較神話学、セム語学だけでなく旧約聖書学も専門にしておられるというだけで信用しないのでしょうか。


ハム太郎さんの言う事は、単に申命記とアッシリアの誓約文書が似ている部分があるから申命記は信じられないという単純な意見です。専門家でもなんでもありません。

他の研究者の書いた文章でも、渡辺先生を高く評価しながらも渡辺先生がまるで申命記を創作だと言っているかのように書いているものもありますから注意が必要です。








私に対する批判は全てハム太郎さんへのブーメランでした。

#1969 2021年01月21日 07:42:04

てつてつ
メンバー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

>M・ノートさんは本当にその本で書いてあるような事を述べていますか?私も申命記史家説は知ってはいましたが、その系統の本は購入していなくてですね。

以下の部分だと思いますがこれ以上は自分にはわかりません

135-6ページ

オフライン

#1970 2021年01月21日 10:36:36

ジョエル
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

エサルハドン王位継承誓約文書(ESOD)と申命記の類似点、おもしろいですね。

「もしあなた方が万が一にも、あなた方の主人であるアッシリア王エサルハドンの息子である大皇太子アッシュルバニパルに関して、好ましくない、悪意のある、芳しくない言葉を、彼の敵の口からでも、彼の味方の口からでも、あるいは彼の兄弟たち、彼の叔父たち、従兄弟たち、彼の家族、彼の父の家の子孫の口からでも、あるいはあなた方の兄弟たち、息子たち、娘たちの口からでも、あるいは「呼ばわる者」、「神がかりの人」、神々の言葉を問う者の一員の口からでも、すべての人間たちの口からでも、聞いて従うならば、隠すならば、アッシリア王エサルハドンの息子である大皇太子アッシュルバニパルのところに来ないならば、それを言わないならば...」(ESOD渡辺和子訳)


「たとえ、同じ母から生まれたあなたの兄弟、あるいは、息子か娘、愛する妻か無二の親友があなたを誘って、「さあ、あなたも先祖も知らない他の神々に仕えようではないか」とひそかに言っても、それがあなたがたの周りにいる民の、あなたの近くにいる神々であろうと、地の果てから果てにいる民の、あなたから遠い神々であろうと、あなたはその者に同調したり、耳を貸したりしてはならない。そのような者に憐れみの目を向けたり、同情してかばったりしてはならない。あなたはその者を必ず殺さなければならない。殺すには、まずあなたが手を下し、それから他のすべての民が手を下しなさい。」(申命記6章)


ただし文書中に登場する、他に例をみないほど“国際性”豊かな神々と呪いの言葉のバリエーションは、王位継承の定めを確実なものとするために、周辺世界の神々と呪いの言葉を王が必死になって集めさせたことを示している。覇権国でありながら周辺諸国に誓約を守らせるためには、自分たちの神々と呪いだけでは不十分と考えたのである。よって、もし「エサルハドン誓約文書」と聖書のあいだに何らかの影響があったのならば、そのベクトルはアッシリアからユダ王国の方へ向いていたのではなく、その逆であった。すなわちユダ王国とその周辺世界の呪いの伝承をアッシリアが取り入れた可能性が高い。(渡辺和子氏)


どっちがどっちを模倣したの水掛け論はお好きなようにですが、仮に渡辺氏の言う通りアッシリア側が集めたとしたら、旧約でも残忍で名高いアッシリアの王様が「身内でも密告して殺せとか、この呪い素敵やん、こんな恐ろしい文句で脅してそれが絶対君主への『愛』とかこのアイデアぱねえ。こりゃあ認知不協和からの思考停止で服従してくれること間違いなし!」て感じですかね。

JWも新興カルトにしてはそこそこの規模にまでなって統治体も信者統制に同じ手法を使ってますし、さすがは聖書。

#1971 2021年01月21日 10:44:36

仰天
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

神に従わない人から見たら脅しに感じるでしょうね。神に従う人には祝福がありますから、脅しではなく警告ですね。

神を認めたくない人にとっては申命記も他のモーセによる書も、その他の旧約聖書の預言や福音書も他の書簡も創作だとしないと都合が悪いのでしょう。

で、ジョエルさんは聖書の神は信じていないわけですよね?
時折、気の利いた感じの投稿をする事もあるジョエルさんは結局、聖書の神でなくとも他の創造者的な存在は何か信じておられるのでしょうか?

#1972 2021年01月21日 11:03:58

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

こんにちは。

仰天 さんの発言:

神に従わない人から見たら脅しに感じるでしょうね。神に従う人には祝福がありますから、脅しではなく警告ですね。

脅しではなく警告……ね。笑
ことば遊びの息を脱出できない、JWの脅し文句となんら変わりません。
モノは言いようですけれども、ただの詭弁でしょ。

ウ○コしながら大笑いできたことを主に感謝します。アーメン。笑笑

#1973 2021年01月21日 11:05:37

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

あ、「息」じゃなくて「域」です。
トイレの個室で書くものじゃありませんね。笑

#1974 2021年01月21日 11:08:18

ジョエル
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

前にもお答えしたような気がしますが、聖書の神も、創造者的な何かも、特に信じておりません。


「ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。どうしてあなたは、『私たちに父を見せてください』と言うのですか。」


他人が「聖書の神」を信じているかどうか、をよく気にしておられるようですが、仰天さんもこの掲示板にそこそこ長い間投稿しているので、仰天さんがどういう人かをみなさんある程度知っているでしょうし、「仰天」というHNで投稿している人が確かに存在していることを疑う人はいないと思います。

「聖書の神」にこだわるのもいいですが、仰天さんはクリスチャンのようなので、私の投稿を見れば「私の神」が分かる、かつそれが自分も信じてみたい神様だと思ってもらえるように、頑張ってくださいね。

#1975 2021年01月21日 14:25:49

ハム太郎
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

相変わらず、論点とは関係のない個人攻撃が多いですね。

いろいろなことを書き散らかしていますが、無関係なものが多く、私の問いほとんど答えていません。

仰天さんが、「オリエント考古学では、申命記の文章の構成がモーセの時代のものと完全に合致している事が分かっており」と主張なさるなら、それはそれで興味深いわけで、その根拠を示してほしいですね。

と言ったのです。

それに該当する部分は初めの方だけで、あとは関係のないことばかりです。

仰天さんが紹介している渡辺和子さんは「エサルハドン王位継承誓約文書」の著者で、立派な研究者ですが、聖書研究者ではありません。

現在学問は細分化しており、アッシリアやメソポタミアの専門家(主な言語はアッカド語)と聖書の専門家(ヘブライ語とギリシャ語)は別の存在です。

渡辺さんは「洪水神話の文脈―『ギルガメッシュ叙事詩』を中心に」という論文を書いていますが、ノアの洪水が本当にあったなんて言っていません。

仰天さんのいう聖書否定派ですよ。渡辺さんを信頼するなら、仰天さんもきっぱりとノアの洪水はメソポタミア神話の影響を受けた神話ということを認めてくださいね。

そうでなければJWと同じことをしていることになります。

JWは同じ学者の発言でも都合がよければ受け入れ宣伝しますが、都合が悪ければ無視します。仰天さんもそれと同じなのでしょうか?

さて、本論に戻りますが、仰天さんはヒッタイトの条約文書と申命記とヨシュア記24章が対応していることから、申命記はモーセの時代と主張しています。

仰天さんの理解では、モーセはヒッタイトの条約文章を読み、それをまねたのですか?あり得ないと思いますが。

ヒッタイトの条約における項の順序

1、語り手の紹介
2、歴史的序文
3、規定
4、文書に関する主張
5、証人
6、呪いと祝福

それでは申命記はアッシリアの文書とは対応しなのでしょうか?残念ながら対応します。

ヒッタイトとアッシリアは同じ地域の大国でその文書の形式もよく似ているのです。おそらくアッシリアはヒッタイトの文書形式をまねたのでしょう。

では、ヒッタイトとアッシリアの文書の違いはどこにあるのでしょうか?それは「6.呪いと祝福」の部分です。アッシリアは呪いに力点を置くのです。

申命記の「6.呪いと祝福」は仰天さんによると28章となっています。28章は68節までありますが、祝福は14節までで、15から68節は呪いです。神の言葉を守らなければ様々な災いが生じるとしつこく書かれています。

この呪いを延々と書き連ねるというのはアッシリア文書の特徴なのです。

しかも、23から35節の

「頭上の空は銅になり,足元の大地は鉄になります+。 24  エホバはあなたの土地の雨として砂とほこりを天から降らせ,あなたは滅びます。 25  エホバはあなたを敵の前で敗北させます+。あなたは1方向から攻めますが,7方向に逃げていきます。地上の全ての王国はあなたに起きたことを見聞きして恐怖を感じます+。 26  あなたの死体はあらゆる天の鳥や地の動物に食べられ,誰もそれらを追い払いません+。
27  エホバは,エジプトの腫れ物,痔,湿疹,吹き出物であなたを打ち,あなたが癒やされることはありません。 28  エホバはあなたを打って,気を狂わせ,失明させ+,混乱させ*ます。 29  あなたは,目が見えない人が闇の中で手探りするように,真昼に手探りし+,何をしても成功しません。いつもだまし取られ,奪い取られ,誰も救ってくれません+。 30  あなたが女性と婚約しても,別の男性が彼女を奪います。家を建てても,そこに住めず+,ブドウ園を造っても,収穫できません+。 31  あなたの雄牛が目の前でほふられても,あなたはそれを食べられず,ロバがすぐ目の前で奪われても,それを取り戻せず,羊が敵たちに取られても,誰にも助けてもらえません。 32  あなたが見ている前で息子と娘がほかの民に渡され+,会いたいと切に願っても,何もできません。 33  あなたの土地に実る物とあなたが生産する全ての物を,あなたが知らなかった民が食べます+。あなたはいつもだまし取られ,虐げられます。 34  自分が目にする事柄で気が狂ってしまいます。
35  エホバは,あなたの両膝と両脚を痛くて治らない腫れ物で打ち,それは足の裏から頭のてっぺんまで広がります。」

は、アッシリアのVTEと類似しているのです。

例えば、23節の「頭上の空は銅になり,足元の大地は鉄になります。」は空から雨が降らず、地からは作物ができないようになるという意味ですが、変わった表現ですよね。これはVTEの528から531行にある表現なのです。

また呪いがこの順番なのは偶然ではありません。アッシリアの宗教に基づいているのです。

イスラエル人がこの順番にする必然性はないので、申命記の作者がアッシリアの文章をまねて書いたという結論になります。

仰天さんが書いているようにヨシュア記も申命記同様条約文書と対応しているとすれば、ヨシュア記の作者は申命記を書いた人という可能性が出てきますね。

実は、申命記とヨシュア記から列王記まで類似する点が数多くあり、同じ人あるいは同じグループの人が書いたというのは19世紀以来指摘されているわけです。

ハム太郎さんの言う事は、単に申命記とアッシリアの誓約文書が似ている部分があるから申命記は信じられないという単純な意見です。

仰天さんの結論部分にそうありますが、デマですよ。

長くなるので紹介しませんが、申命記がモーセが書いたものではないというのはそれ以外にもたくさんの根拠があります。興味があるならthe new century bible commentary: Deuteronomy (A.D.H. Mayes) を一読することをお勧めします。

と言っているじゃないですか。

仰天さんはいつもインターネットで検索して、自分に都合の良い情報を、その信頼性を十分確かめず、掲示板に貼っていますが、これはJWと同じ手法です。

おそらく無理でしょうが、ちゃんとした情報源から引用してください。

自分の書き込みを批判されると、自分に恨みのある人か信仰を持つ人が嫌いな人なのかとご立腹されていますが、この子どもじみた態度もJWと同じです。

自分の書いたものの内容に問題があり、批判されても仕方がないものであるという可能性は思いつかないようですね。

私はあまりにも現在の学問や学説から離れた主張を、仰天さんが大した根拠もなく声高に威圧的に繰り返すことに対してささやかな異議申し立てをしているだけです。

仰天さんは今まで様々な人から批判されて、この掲示板とお別れ宣言をしては、時間がたつと戻ってきて、同じようなことを精力的に書き連ねるということをしています。

よっぽどこの掲示板での書き込みが生きがいなのですね。

生きがいを邪魔して申し訳ないですが、デマはデマといわないと、被害者が出る可能性があるからです。

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