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#126 2020年10月21日 22:25:00

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

私にとって神は私の復讐執行代理のような感覚でした。仇をとって下さると。
でもその認識は一段低いもので、そこに留まっていると次のステージには
行けません。ご利益主義ではなく、義のためではなく、愛のために信仰する
事によって精神が昇華する、イエスはそれを具現化されたと思います。
多くの物を分け与えたはずのヨブは周囲から裏切られましたが、イエスは
滅びの子であるイスカリオテのユダによってローマ兵に渡されましたが
その後、弟子たちはイエスのために殉教しました。

ヨブは神への畏れによってサタンに勝利しましたが、弟子たちは武器を手に
闘うのではなく、愛により教えを広めるという方法で勝ったのです。
旧約にこだわった者は要塞に立てこもって闘いましたが、結局処刑されエルサレムは
乗っ取られ空しいものとなりました。

その後、キリスト教は植民地政策、異邦人虐殺のためのスパイとして宣教師を送り込む
という残念な方法で広がったという側面があります。
まるでエリコの戦いを模倣したようです。

そのためキリスト教と聞くと憎悪の感情を持つ者も多いと思います。
しかしイエスの教えを知ると自称クリスチャンとイエスの教えは別物であると
知る事になります。

旧約に留まらず、イエスの教えを知る事によって昇華されるのだと
上手く表現できないのですが、神への畏れから愛へと、より精神が昇華する
これが魂が昇華され一段高い状態へ進む事なのだと思います。

#127 2020年10月21日 23:09:33

ふ~ん
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

ラハム さんの発言:

現役時代、大きな問題も小さい問題もエホバに祈っていたわけですが、
明確な答えがあったとはとても思えませんでした。
だから、これほど真剣にお祈りしているのに、
エホバ神はどうして答えてくださらないのか非常に当惑したものです。


    「黙っていたからバレなかった」



     エホバにはバレてたんだww

#128 2020年10月21日 23:53:19

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

被造物管理の神学の通り、私も聖書は大きく見るのが良いと思います。
全体で一つなのでパーツ読みするとかえってわからなくなると。
書き手も複数ですし、微妙に違っていたり矛盾していたり。

でも旧約から新約へと昇華していく流れを肌で掴むと見えないものも
見えるようになっていくと思います。
野蛮人から文明人へと昇華していき、動物的な恐れから畏れへとそして
知性を伴った愛へと段階を追って試行錯誤しながら、らせん階段を
登っていくように昇華されていく様を観察するのもありかも。

私もイエス否定派でしたが、もしかしたら、聖書への理解を深めていくと
最後には魂の救済が得られ、これが天国に入るという事なのではないか
新しい体を得るという事なのではないか
うまく言えませんが、野蛮人から文明人へ、最後には完全に魂の昇華を得て
救済されるのではないかとも思います^^

もちろん聖書は現実の部分と精神世界の部分の2つの流れがありますから
具体的な新しい体というのも当然ありだと思います。

#129 2020年10月22日 05:25:06

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

これは教会の勉強会でも話題に上ったことがあります…。

仰天 さんの発言:

神による聖絶と人間の戦争、暴力との違いについて

https://www.wlpm.or.jp/inokoto/2016/04/ … 絶」と戦争は違うの/
選民思想についても触れています。
生きているうちに神を知ることが死後の行き先を決めます。
手遅れになる前によくお調べになってください。
(※希望者のみですが)

オフライン

#130 2020年10月22日 14:40:49

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

私が思うに・・・

ラハムさんは優しいと、皆、どこかで思っている、自分は拒絶されないと思って甘えている
部分があると思います。(ラハムさん気づいておられましたか?)
私のように出て行けと言いませんからね・・・

それとは違う話題ですが、神が答えてくれなかったというラハムさんの書き込みを読んで
思った事があります。聖書の、アブラハムが神の友と呼ばれたという聖句です・・・

イエスは人間であった時、御簾の向こうに鎮座せず、人の間にあって人々と語り合いました。
神が男女問わず直接人間と語り合うとは・・奇蹟以外の何物でもありません。本来神を
直接見ることは禁止されていましたし、現在でも日本では伊勢神宮ではそうです。
イエスのお言葉と行動からみて、御簾の向こうに祭り上げる事よりも、神から友認定される程
神と語り合う事が重要なのだと思います。

ささいな事でも毎日の出来事を報告する、悲しい事も嬉しい事も、怒りも嘆きも。日記のように
毎日神に話しかける(祈るだけでなく慎みをもって)こうして神と密接な関係を築く。
こうすることでやがて神が反応されると思います。それが雷鳴かもしれませんし、朗報が飛び込んで
来ることかもしれません。(ヨブの時は嵐、イエスの時も雷鳴でお答えになっていました)

神も、いつも自分に話しかけてくるちっぽけな友人が朽ちて物言わぬ木偶に戻った時
動揺し悲しまれるかもしれません。きっと毎日語り合ったあの楽しき日々を覚えておられない
はずがないと思います。イエスがラザロの死に面して動揺し悲しまれ、生き返らせた事が雛型かも
しれません^^
お前が死んで悲しい寂しいと神に思ってもらえる程、親しく慎みをもって何かにつけ話しかけて
くる小さな友人を神が生き返らせない訳がないと思います。

というわけでくどくなりますが、何かあったときだけでなく毎日話しかける事が
重要でしょう。祭壇だ神殿だと言っているうちは神の友にはなれないと私は思います。
もちろん慎みを忘れてはなりませんが・・

私も子どもの時に、神に向かって「あなたの子どもにしてください、最期のときには
傍にいてください」と祈りましたが、縁あってキリスト教を知る事ができましたから
長い目で見て願いが聞き届けられつつあると言えるかも。

命の水とは、神と人間の愛による絆であり、神から注がれるエネルギーそのものだと
今では思います。
ラハムさんは車いすで麻痺を負いながらも信仰を持っているという点で、そうでない者よりも
神への愛において優れていると思います。より神の友になる可能性が高いと・・・・・・・

哲学的には日々語り掛けることを内観、内省と呼ぶかもしれませんが、それだけではなく
実際に雷鳴が轟くこともありますので・・

毎度くどい文章ですみません。

#131 2020年10月22日 17:22:32

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

ガッツさん、
心温まる書き込みをありがとう。
創世記3:8によると、神は毎日そよ風の気持ちの良いころ、
アダムやエバ楽しくと会話されていたと思いますよ…。
聖書の指し示す希望は、
エデンのそのころに戻るということだと思いますが…。

オフライン

#132 2020年10月23日 12:16:10

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

ディボーション(キリスト教)

私的にはもっと砕けたイメージの「話し掛ける」ような気持ちでいいと思います。
イエスが他と違うのはお神輿に乗らず、男女関係なく会話したところです。
カルトなどはお神輿に乗りたがりますよね。

#133 2020年10月23日 16:18:15

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

金持ちとラザロの話をたとえ話だとするものみの塔の主張…。
https://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/1101974072

N/Tライトの解説も順次紹介しようと思います…。

オフライン

#134 2020年10月23日 16:31:04

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

NT・ライトおよび中澤牧師の解説…。
ライトの著作「驚くべき希望」p274からp305を参照。

3.人は死後地獄で永遠に苦しむのか
私が、いろいろな場所で「人間の将来の希望」について講演すると、必ずといっていいほどいつでも「地獄についてどう考えているのか」との質問を受ける。その質問に答えるには一冊の書物を要する。今の私は、その種の本を書く気はないという思いと、しかし少なくとも何かを言っておかねばならないという思いとの間で、常に板挟みになっている。このトピックの扱いが難しいのは、「地獄」という言葉が、最初期のキリスト教の文献の主張を探索させる以前に、中世の描写に由来する地獄のイメージを思い起こさせることにある。
新約聖書において「地獄(hell)」と訳されている「ゲヘナ」は、「昔のエルサレム市街の南西の角の外側にあったゴミ捨て場」を指す言葉だった。その場所には、今日も「ゲー・ヒンノム」という名のついた谷がある。ローマ帝国は、ユダヤ人がローマへの反逆を繰り返すと、「エルサレムの街を、忌まわしい悪臭を放つ燃えるゴミの山に投げ捨ててしまうぞ」と脅かしていた。そのような言葉の使い方を背景にして、イエスは「あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます」(ルカ13:3、5)と言われた。
新約聖書では、「ゲヘナ」という言葉は、12回出てくる(マタイ5:22、29、30、10:28、18;9、23;15、23:33、マルコ9;32、34、45、47.ルカ12;5、ヤコブ3;6)。いずれの場合も、「役立たないものを火の中に投げ込んで燃やしてしまう」という意味である。ところが「ゲヘナ」は、「天」という言葉同様、その言葉の本来の意味から離れ、全く異なったイメージで使われるようになった。当面する緊急の警告を示す言葉から、「死後のさばきの後に対する警告」の言葉に拡大解釈されるようになったのである。しかし、そのような読み込みには、大きな無理がある。
この問題を直接取り扱っているかに見える「たとえ話」が2つある。マタイの福音書25章31-46節の「羊と山羊を分ける話」と、ルカの福音書16章19-31節の「ラザロと金持ちの話」である。これらはいずれも、死後に実際起こったことを記述したものではなく、たとえ話として語られたものである。ラザロの話は、「アブラハムのふところ」のように、古代ユダヤ世界のありふれたイメージを用いて、「現在の生活の中での公正と憐れみを実践するように」と語っているのであり、死後に起こることを教えているわけではない。イエスの中心的な関心事は、「神の王国が天と同じように地にもやって来ること」であり、永遠のさばきとしての「地獄」については、ほとんど何も語っていない(291-92頁)。
イエスは、「復活や死後のさばき」については、通常のユダヤ教の教えを繰り返すだけで満足していた。従って、本当に最後に神を拒絶する人がいるのか、さらにその拒絶した人たちは神によって最終的に受け入れられるのか、それとも拒否されるのかという問題については、イエスは何も目新しいこと語っていない。誰が「地獄行き」で、誰がそうではないのかと問うことや、地獄という場所は存在するのかしないのか、あるいはあったとしても最後は空っぽになるのか(これは万人救済主義になる)、そういう問題をイエスに結びつけて論じることは、くれぐれも気をつけていただきたい(293頁)。

[筆者のコメント]
ライトは、地獄の存在については、聖書の「ゲヘナ」という言葉の拡大解釈に基づくことを指摘する。しかし、それを完全に肯定するにしても否定するにしても、慎重であるべきだとトーンダウンする。どうしてそうなるのか。これはライトが、「人間は、死後にも何らかの意識をもった存在であり得る」という前提に立っているところから生じる「あいまいさ」のゆえである。
「ゲヘナ」に加え、一般に「地獄」を指すと見られている言葉は、「火の池」である。この言葉は黙示録に3度出てくるが(黙示19:20、20:14、15)、いずれの場合も「そこに投げ込まれたものはすべて、燃やし尽くされてしまう」ことを意味している。この言葉に、「不滅の魂(それがどのようなものであれ)が投げ込まれ、永遠に苦しむ」という地獄のイメージを読み込むことも、拡大解釈である。
「地獄」は存在するのか、存在するとすればどのようなものなのか、という問いは、従来の福音理解の視点に立てば、極めて重要なテーマである。そこでは、「キリストの救い」を受け入れなければ、人は自分の罪に対する神のさばきを受け、地獄に行かねばならない。もし地獄がなければ神のさばきもないことになり、神のさばきがなければイエスの十字架上の死も意味ないものになってしまう。だから、地獄を否定することは、結局キリストの福音を否定することになる。それでは困るから、地獄は存在しなければならない、ということになる。ほとんどのキリスト者は、長い間「地獄」のイメージを植えつけられ、「福音の有難さ」や「伝道の重要性」を叩き込まれてきた。そのようなキリスト者にとっては、「地獄」は絶対になければならないし、その理解を変えることは「信仰の根幹」を揺るがすことに通じるので、大きな抵抗がある。
聖書が説く福音は、「聖書のグランド・ストーリー」において明らかにされている。それは、従来の福音理解とは異なる論理で展開される。キリストの贖いは、人間が堕落時に失った「被造物管理権」を、創造時の人間がもっていた時のように回復することにある。とすると、人間の「罪」とは、「(神に叛いて)神と共に被造物を管理する権利を放棄したこと」にある。キリストを信じるとは「その管理権を回復すること」であり、信じないなら「その管理権を永遠に放棄すること」になる。このように「被造物管理」の視点から福音を理解するなら、「地獄」が存在する意味も、必要性もなくなる。
「地獄」を信じることは、「創造の善性」及び「契約の善性」に矛盾するのではないだろうか。そのような問いは、真剣に取り上げねばならない。もし、キリストを信じなければ、永遠の責め苦が続く「地獄」に行かねばならないと主張するなら、少なくとも世界の人口の3分の2(日本だけであれば99パーセント)は、地獄行きとなってしまう。それは、一つ一つの物が創造されたとき、「神はそれをよしと見られた」(創世記1章)ことに矛盾するのではないだろうか。聖書のグランド・ストーリーは、一部のキリスト者にとってはすばらしい福音であるが、地球上の大部分の人間にとっては、悲しみの福音でしかない。それは、神の創造と契約の失敗ということに帰着してしまう。キリスト者の神は、そのようなストーリーを本当に書かれたのだろうか?
最後に、永遠のさばきを伝える聖句をどのように解釈したらよいのか、との問題が残る。新約聖書は、キリストを信じないなら、よみがえって神の永遠のさばきを受けることを繰り返し述べている。例えば、以下のような聖句である。
「こうして、この者たちは永遠の刑罰に入り、正しい人たちは永遠のいのちに入るのです」(マタイ25:46)。「墓の中にいる者がみな、子の声を聞く時が来るのです。そのとき、善を行った者はよみがえっていのちを受けるために、悪を行った者はよみがえってさばきを受けるために出てきます」(ヨハネ5:29)。「イエスは、ご自分が、生きている者と死んだ者のさばき主として神が定めた方であることを、人々に宣べ伝え、証しするように、私たちに命じられました」(使徒10:42)。「なぜなら、神は日を定めて、お立てになった一人の方により、義をもってこの世界をさばこうとしておられるからです」(使徒17:31)。「また私は、正しい者も正しくない者も復活するという、この人たち自身も抱いている望みを、神に対して抱いています」(使徒24:15)。「私の福音によれば、神のさばきは、神がキリスト・イエスによって、人々の隠された事柄をさばかれるその日に行われるものです」(ローマ2:16)。「私たちはみな、善であれ悪であれ、それぞれの肉体においてした行為に応じて報いを受けるために、キリストのさばきの座の前に現れなければならないのです」(Ⅱコリント5:10)。
これらの聖句を矛盾なく取り入れて「自分の神学」を構築することは簡単なことではない。自分の聖書知識、言語能力、神体験、分析・統合能力には限界がる。私自身は、不死は神のみであり、神の贖いの完全さと十分さを感謝している。神のさばきによる人間の絶滅を、そして神の絶対的な愛と恵みによる永遠のいのちと新しい体の約束を、信じている。その上で、神は、非キリスト者に対しても、キリスト者に対しても、この地上の歩みのすべてに対してさばきを行われる。さらに神は正義を打ち立て、全被造物を神の御心のままに支配され、「完全な神の王国」を完成される。そういうストーリーの中で、上記のさばきの聖句を位置づけることが正しいと確信している。

オフライン

#135 2020年10月24日 16:33:52

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

仰天 さんの発言:

せっかくラハムさんが紹介してくださった
N・T・ライトなのですが、数年前にブームになり、
私も何冊か書店で手にとって読んでみたものの、
全否定ではないですがどこか違和感があり
一冊も購入しませんでした。

ライトさんに関しては異論も多くあり、
中には異端とまで批判している人もいますから
分析が必要だと思います。

玉石混淆だと思います。
https://koumichristchurch.hatenablog.jp … /13/165638

わたしもライトが異端視されていることは知っています。
中澤牧師の言によるとライトの著作を読みもしないで、
異端視している牧師も存在するとのことで、
とても残念がっておられました。

JWだったわたしはあまりよくわからないのですが、
キリスト教世界には「義認」という教理があるそうですね。
ライトはそれを否定しているので異端だといわれているそうです。
彼が、その教理を否定していないことを述べている
著作で反論しているそうですが、
それでも納得してもらえていないということでした。
最近も教文館でジョン・パイパーという有名な神学者の、
日本語版が新たに出版されているのを目にしました。
チラ読みですが、ライトの義認に関する解釈に対する、
反論のような内容だったと思います。

わたしとしては義認に関するライトやパイパーの著作は
読んだことがないので、どちらが正当なのかわかりません。
でも、キリスト教世界の出版物の紹介方法に
とても公正さを感じているのです。
というのは、何か新しい解釈が著作として発行されると、
反対意見の著作の出版されていて、
読者は双方を読み比べて判断できるようになっているからです。
わたしはライトのパウロ理解に関する反対意見を読んでいます。

それで、このトピックでは反対意見も紹介したいと思うのです。
トピックの最初で述べているように
事の是非の判断は閲覧者がするものだからです…。

仰天さんは地獄の教理肯定派ですから、
それを否定する解釈も紹介してみたかったのです。

オフライン

#136 2020年10月26日 13:28:24

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

被造物管理の神学=自然1,2,3編=
*表紙及び紹介のことば
表紙_001
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g84mxRa4g08uM2cFng
p02
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g84kUt-kvVvYj1paYw
p03
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g84lOOZytcu2x-AhHg
p04
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g84hnmU4i2N7FG4s4g

編集者 ラハム (2020年10月29日 16:49:26)

オフライン

#137 2020年10月29日 16:58:30

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

被造物管理の神学=自然1,2,3編=
1.古代の宇宙観(創世神話、占星術、ギリシャ哲学)
p05
はじめに
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g84ibiINn1pfm74org
p06
Ⅰ.宇宙の定義
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g84fYMfgPtv2sHD4xQ
p07
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g84jH92rPtWDeuCVnA

編集者 ラハム (2020年10月31日 16:33:16)

オフライン

#139 2020年11月04日 07:10:42

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

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#140 2020年11月09日 13:09:07

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

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#141 2020年11月15日 06:09:51

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

ローマ9:5にあらわれる、
「万物の上におられる神であるキリスト」についてです。

新改訳聖書2017年版の訳出は、
「キリストは万物の上にあり、とこしえにほむべき神です」が、
第三版では脚注に別訳が紹介されていました。
「万物の上にある神はとこしえにほめたたえるべきかたです」です。

フランシスコ会訳合本では、
「万物の上におられる神であるキリスト」となっています。
注解もそこに付されていました。
ところが、最近手に入れた分冊版では、
「万物の上におられる神は永遠にたたえられますように」という訳です。
ここには合本版より長い注が付いていて、

ここで「キリスト」は、約束された「メシア」(救い主)の意を含んでいると解される。
本節後半は、前半との関連上キリストに対する栄唱と解し、
「万物の上におられる神である彼(キリスト)は、
永遠にたたえられますように。アーメン」と訳すことが、
テキストの区切り方によって可能であり、
また、人間キリストと神キリストとの対比が見られる文脈に合っているようにも思われる。
このような対比はすでにローマ1:3,4にも見られた(1注3参照)。
しかしながら、パウロはそのすべての書簡のいかなる箇所においても、
キリストを直接に神とは呼んでいないので、
本訳のように、神に対する栄唱と解する方がよいと思われる。
このような神への栄唱は他の箇所にもよく見られる(特にローマ1:25、コリント第二11:31参照)。
なお、「彼〔キリスト〕は万物の上にいます。神はとこしえに祝福あれ。アーメン」と読む者もいる。

所蔵の日本語訳ぜんぶを見ていませんが、10ぐらい比較してみました。
キリストを神としている翻訳と、していない翻訳が半分ぐらいありました。
ティンダル聖書注解では、ここの解説と反対のことが述べられていました。
やはり、解説者の信条が表れやすい聖句なんだろうと思います。
参照資料付きの新世界訳の付録も詳しい解説があります。
フランシスコ会の分冊をちょっとずつ購入して良かったかなという感じです。

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#142 2020年11月16日 09:27:34

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

被造物管理の神学、自然編
-Ⅱ.中世・近代の宇宙観(宗教と科学の対立から近代科学へ)-
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g853-lJ221Ja2lvh2A

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#143 2020年11月24日 05:47:10

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

被造物管理の神学、自然編
-Ⅲ.宇宙の始まり(ビッグバン理論をめぐって)-
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g855EqOJ94hjFdFqmw

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#144 2020年11月30日 16:16:20

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

被造物管理の神学=自然4,5,6,7編=
*表紙及び紹介のことば
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g88VvODmytxALMxiTQ

編集者 ラハム (2020年11月30日 16:20:45)

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