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#1 2019年05月30日 12:25:50

シセイ
ゲストユーザー

聖書・その背景を考える

*前置き

宗教的にはならないようにお願いします。(公平さを保つため)
個人の人格攻撃はお控えください。
トピ主は「聖書学」においては入門編のため、すでに既存のトピと内容が
被っているかもしれません。
もう議論され尽くした後ですので、落ち穂拾い的になります。
威圧的・高圧的な書き込みはお控えください。
  例 「分かりましたか?」等の上から目線
    「もう少し調べましょう」
学校ではないので、みんなで資料を持ち寄り楽しく考えて行けたらと思います。

更新の頻度は毎日にはならないと思います。
エナジーバンパイアにならないよう、意味のない言葉尻を捉えた重箱の隅突きも
控えてください。
多分、ネタが無いのですぐに終わるトピだと思います。
仲良く助け合えたらと思います。
宗教的にならずに聖書について再考するのも「カルトからの脱出」の手段になるかも
しれません。

#2 2019年05月30日 12:44:12

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

シセイさん

ありがとうございます。  今まで いろんな方達のやり取りを 参考にして来ましたが いつも良いところでおかしな事になり あれ〜っ???どうしちゃったの?
続きを聴きたかったのに・・・
でした。


わたくしは  以前から  気になっていたのが  創造者 エホバには生殺与奪 の権利があるという主張です。
医療の分野でも法曹界でも 慎重な論議を重ねているのに そんな簡単に裁きが下るのは判らず 洞察の本を読んでいた事がありました。  組織の本だけ読むように強制するから そんなことは解決できませんでした。
マインドコントロール  の手法  恐ろしい  自爆テロを 躊躇なく行なう人たち も分かりません。
脳が シビれているのでは?  とさえ思います。
聖書の中に  神にそんな権利があると書かれてるでしょうか?
それとも 過大解釈しているのでしょうか?

オフライン

#3 2019年05月30日 12:50:00

シセイ
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

さっそくですが、創世記から見て行きたいと思います。
創世記第1章

wikisourseより引用
  1 はじめに神は天と地とを創造された。
  2 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
  3 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
  4 神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
  5 神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。
  6 神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。
  7 そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。
引用終わり
これはエジプト神話に被ります。メソポタミア地域で語り継がれた神話の方が先かもしれません。

エジプト神話
Wikipediaエジプト神話より引用
創造
ヘリオポリス神話においては、原始の海原からラー(アトゥム)が誕生し、独力で他の神々や世界を形作っていたとされている(創造神話)。ヘルモポリスでは、八位一体の虚無を表す神々(オグドアド)が世界創生の中心的役割を担った。メンフィス周辺では、プタハが天地創造の主導的役割を果たした。彼は言葉と思念により、世界のあらゆるものを作り出したとされる。エレファンティンでは、クヌムが主神として世界を形作った。またクヌムは、粘土から人間を作り出した神としても知られる。

このように天地創造の神話からして、役割を果たした創造神は勿論、創造の様子にも地域差がみられる。

世界観
エジプト神話において、天はヌトという女神であり、大地はゲブという男神であった。両者は夫婦で、最初は隙間なく密着していたが、父シュウ(空気)と母テフヌト(湿気)によって引き離された。その結果、世界は現在の姿になったという。ゲブは、ヌトに少しでも近づくために山々を作り出したとされる。古代エジプト人にとって地は平面であり、ナイル川によって分断された二つの大地と、海によって構成されると考えられていた。地の底には冥界があって、太陽は夜の間にここを通り、再び東から地上に現れるとされた。

ナイル川
エジプト人の生活において、ナイル川は重要な役割を果たした。そのため、神話の中でも舞台の一つとして頻繁に登場する。例えば、オシリスがセトに騙されて棺に封じ込められた後、ナイルに流されたという説話がある。また、ナイル川自体も神として捉えられ、様々な形で信仰された。特に、ナイル川の洪水はサテトによって起こされると信じられていたため、彼女はエジプト人の崇敬を集めた。他にも、ナイル川の増水とシリウスの運行に一定の関連があることが知られており、ここからシリウス(ソプデト)も神として崇拝され、イシスの魂とも呼ばれた。このようにサテトとソプデトは、共にナイル川に関連していることから、後に習合されるに至った。

生死観
エジプトの人々は、太陽が毎朝繰り返し昇る様子から、死後の再生を信じていた。人間は、名前、肉体、影、バー(Ba・魂)、カー(Ka・精霊)の5つの要素から成り立っていると信じられた。人が死ぬとバーは肉体から離れて冥界へ行くが、肉体がそのままであれば、カーがバーと肉体との仲立ちとなって、アアルで再生できるとされた。そのため、人の死後に肉体が保存されていることが重要視され、ミイラ作りが盛んに行われた。一方で、死後に再生することができない「第二の死」を恐れた。ちなみに、バーは人間の頭をした鷹の姿で現される。

死者の書は、古代エジプト人が信仰した、この「第二の誕生」を得るための指南書であったと言われている。ピラミッドについても墓ではなかったと言われ、死後の世界に旅立つ太陽の船に乗るための場として建造されたものとされる。神殿などに刻まれた名前も、名前こそが死後の再生に必要な要素であると信じられたために、できる限り後世に残すべく、数多く刻まれたものと考えられている。
引用終わり

中東地域一帯で共通して伝わる神話だったのかもしれません。これはもう周知で今さらですが。
エジプト神話では、光の神はホルスですが、ホルスは光の神であり、創造の神でもありました。創世記の光あれ
という聖句とも関係があるように思います。私が興味を惹かれたのは、「何で最初に光あれなんだろうな」という
部分でした。エジプト神話では、光は「混沌の神ヌン」から誕生したのですが、なんで最初に光なんだろうと・・・
そこで中東の生活を考えました。中東は「捏ねる文化」。パンを捏ねたり、粘土を捏ねたり、日本のように蒸すゆでる
というより捏ねて焼く。すると、人々の生活には「混沌とした中から何か塊を取り出し、成型する」という事が身近な
存在となる。こういった文化背景から粘土捏ねるにしてもパンを焼くにしても、まずはおてんとさんだろうと思った
としてもおかしくはないと思います。特に「日干しレンガ」これは家造りには欠かせない。

歴史的に面白い資料があったら順次紹介していこうと思います。ものみの塔の偏った資料よりかはましかと思います
ので。ネットにあがっているPDFについてもリンク先を紹介して行こうと思います。

#4 2019年05月30日 13:26:12

シセイ
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

Wikisourseより引用
創世記第1章
11 神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。

12 地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがってと種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。

これに関しては「おーい *裸子植物 どうしたんかーい」という感想もありますが、あの地域で銀杏、ソテツ類が生息していなかったら気づかなくても仕方なかったのかなと思います。ソテツは何でも東洋(特に九州南部から沖縄、中国南部、台湾)が植生地らしいので、暑くて乾燥している中東地域では存在を知らなかったでしょう。それにソテツ類には毒があって食するには適さないです。

ちょっとずつ調べながら書いていきますので少々お待ちください。それと「聖書について一言」さんも既に聖句を検証されておられるので被る心配もあるのですが、少し違った方向から「読み物」的に面白く紹介して行けたらと思います。

*裸子植物: 種子植物のうち胚珠がむきだしになっているもの
      胚珠とは種子植物の種子になる部分

一字一句見て行くのはだるいのでちょこちょこ飛ばします。めぐままさんの疑問に思われている事も後ほど書く予定です。
今日はここまで。

#5 2019年05月30日 13:34:02

三太郎
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

このトピ、ナイス♪  いいね~  (^^

口語訳 創世記3章19節
「あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」

メソポタミア神話では、人間はもともとエア神(エンキ)が粘土を捏ねて造ったものだから、死ねば粘土に返るだけのこと。

なんだ、神話のパクリ集だったのかぁ、聖書って。

シセイさん、期待してまっせー

不摂生たたって、ついに痛風になってしまいまひた。こんなに痛いとは...トホホ

#6 2019年05月30日 14:28:23

通りがかった者ですが
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

聖書、 最初からってだるいから少し先いきますけど
申命記32:35  復讐はわたしのもの
                  また応報をくわえることも。
 
  とあります。

三太郎さんとやら、結構、お調子者さんで、
女を騙してるって噂だけど、

その病、神からの復讐ではないの?

    ( ˘-з-)

#7 2019年05月30日 14:39:55

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

三太郎さん

それは大変! 酒場放浪記 で少し心配しておりました。  大丈夫  食事の改善 して 医師の言うこと聞く事です。医療機関にもよりますが  。
わたくしも 午前中かかりつけ医の所に行き 骨粗相症の検査を受けて 引っ越し予定を告げると 「そりゃ良かった  何処へ?  はっきり決まってから 次の病院を教えて。 紹介状書くからね。」  これまでの経過とか 既往症を説明するのも 疲れちゃうから助かります。
今の先生は
石田ゆり子さんが好きだそうです。  いかにも 清楚な感じの美人ね
「おじさま はお好きでしょ?」  「誰が おじさまじゃ?」  こんな会話を楽しめるようになってたのに残念!  せんせーは  あっちに行っても 友達作り とかアドバイスまでしてくれました。
わたくしは 米倉涼子さん 長澤まさみさん  みたいなパワフルな方に憧れちゃうと言うと  「あなたは  これ以上 望むと 感謝が欠けるよ!」

あ! 横にそれましたね。

シセイさん  続き 楽しみにしております。

気候が 激しく変化するので 身体をいたわってください。

オフライン

#8 2019年05月30日 15:02:32

三太郎
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

めぐママさん ありがとうございます。

踵があまりにも痛くてお休みです。かわいそうな三太郎ちゃん。
尿酸値高いのは気になっていたのですが。。。ついに (T_T)
干物と酒かなぁ。カツオの刺身とか。
反省して節制します。

あと、「女を騙してるって噂」って...(゚Д゚)ハァ?
どこでそんな噂が...残念ながら私はそんな器用なタイプではありませんよ。
確かに天罰かも知れないけど。

シセイさん、ホントに楽しみにしてます。では~
('ω')ノ

#9 2019年05月30日 15:28:50

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

三太郎さん
わたくしの 父もお酒大好きで痛風になりました。  退職後 、民生委員、愛育委員をして地域のまとめ役してました。兄たちもお酒強いのです。あの頃は 仕事の場でお酒飲めないとけないみたいなことあったので。  でも 皆、廉直な 生き方してますよ。
人格攻撃はご遠慮くださいという前書き読んでないのね。  ご病気のかたを 攻めるみたいな のはいけませんね。
皆いずれ何かの病気になって 必ず死にます。
カレブさんが 警告してもやめない人たち どうしちゃったの?

三太郎さんのお人柄 とか 他のかたたちも  文章から滲み出るものがありますよ。
どんなに 頑張って慇懃な態度でも 美辞麗句でも ゾワっとする事もあります。


シセイさん
パンを捏ねる  粘土を捏ねる  この文化的背景  もしかしたら  言語の発生にも関係しているのかもしれない。もうどこかの言語学者が発表しておられるでしょうけど。
英語の捏ねるはkneadだけど  考えを練り上げる  練る  人格を陶冶する  という意味もあるらしいです。
不思議だけど   気になっていたのを思い出したの。

続けてね!

オフライン

#10 2019年05月30日 18:32:25

またい
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

お大事に。
食事変えてみたら。

#11 2019年05月31日 10:24:25

シセイ
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

相変わらずWikisourseからの引用ですみません。

31 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。

第2章
1 こうして天と地と、その万象とが完成した。

天地創造が「6日」ということに関しては「6は神聖数・神なら6日でできる。1日の長さが違う」等々、色々言われて
います。私も何かないかなと探したのですが、これが分かれば苦労なし。今ではキリスト教世界では「文字通りではなく象徴的な意味なのだ」で決着が着いているようです。書くまでもありませんね、今から4~7年前、「とりあえず書き込みようトピ」で聖書については散々議論されたので・・・・
そこでそれでも何かないかなと落ち穂拾いしたのですが、「古代バビロニアの60進法」くらいしか出てきませんでした。
ところが、6ということに関してそれもありかなというちょっとした話を見つけました。
http://mansion.hirayamakk.co.jp/house/syare5.html

レンガを積む技法はメーソンリーというらしいのですが、直方体も6面体、神が日干しレンガを積むように地球を建設した
なら単純に言えば「上下、側面合わせて6面」作らなければならないので、そこから6という数字が重要視されたのかなと妄想しました。エジプト神話もそうですが、天を張りめぐらせるとか神の家を建てるとか像を造るとかところどころに出てくるので、建築に関する数が聖書に取り込まれても不思議ではないかなと思います。ソロモン王の金666タラントもそうですが、666タラントの金が何か建設に関することならば興味深いのですが・・・・・・
三太郎さん、痛風は腫れると死ぬ程痛いと聞きました。お大事になさってください。

#12 2019年05月31日 17:09:29

シセイ
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

Wikipedia   ギルガメシュ叙事詩より引用

ウルク都城の王ギルガメシュは、強き英雄であると同時に暴君でもあった。その横暴ぶりを嘆いた市民たちの訴えを聞いた天神アヌは、女神アルルにギルガメシュの競争相手を造るよう命ずる。アルルは粘土からエンキドゥを造り、ウルクから少し離れた野に置いた(写本そのものが粘土板から作られていることにも注意)。

エンキドゥは初め人の姿を持たず、野獣のように暮らしていた。エンキドゥに狩りを妨害されたと言う狩人親子の助けを聞いたギルガメシュは、エンキドゥのもとに神聖娼婦シャムハトを遣わす。エンキドゥはシャムハトの魅惑に惹かれ、6夜と7日を共に過ごした。その過程で野にいた獣たちから孤立し力も弱くなるが、着衣や飲食などの作法を覚え、姿も人間らしくなっていった。

引用はここまで
****************************************************************************************
アダムとエバの話も、実のところは文明人と非文明人の話だったのではないかと疑っています。古代の日本と中国のように。大陸では三国志、日本では「卑弥呼さま~」、同じ土俵には立てなかったと思います。メソポタミアにはまだ、都市国家のようなものぐらいしか無かった。文明人と非文明人の居住地も領土という意味で曖昧で、文化から取り残された人々も都市国家の周囲にはいた。物々交換くらいの交流はしており、非文明人は監視されていた。ある日、非文明人がついに文明人と同じ技術を身につけ力をつけだしたのを見て、危険と判断し、技術の流出を恐れ、交流を絶ち、都市国家周辺から追い出したという話が真相では?

いちじくの葉を綴り合わせたのを見て「反逆した」事を悟るとか、「我々と等しいものとなる恐れがある」とか、どう考えても人間臭い話です。それにアダムとエバは地上の楽園を追放されたのか「天」を追放されたのか微妙であり「天」ならどう考えても「我々と等しい者となる恐れがある」とはならないと思います。真面目なトーンでこんな事を書くのもおかしいのですが。天からやって来て地上の楽園でともに過ごしていたなら、神は天に帰れば良いことで交流を絶てば良いだけなので。そもそも人間は天界の住民ではないから「我々と等しい者になる恐れ」は無いのではと思うのですが。
色々探しましたが、6日というとギルガメシュかなあ・・・古バビロニアでは6進法と10進法を利用した60進法を使っていたようなので、暦もあやふやだった非文明人からすると、当時としては神レベルに進んだ国家だったかもしれません。
この辺は歴史をよく知っている人なら「ふ~む、可能性はあるかな」と思ってもらえると・・・・・・・

#13 2019年05月31日 17:37:44

シセイ
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

ちょっとごちゃまぜ感があるので訂正。古バビロニアを見ても、都市国家というと周辺の非文明人からすれば
「神レベル」に感じたのかもしれません。このトピの流れ怪しいかな・・・
宗教感がないので、かえって閑散トピになるかも・・・・・・
ではまた次回までネタ探しときます。

#14 2019年05月31日 18:49:00

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

シセイさん

ありがとうございます。
さっき帰り、忙しくお昼をたべそこねていたのでまた、少しして感想と思い出した事を 書きますね。
メーソン  で 建築の組積造   メーソンリー工事
という言葉を調べていて思い出したのです。

しばし  休憩

編集者 めぐママ (2019年05月31日 21:44:06)

オフライン

#15 2019年05月31日 22:23:24

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

メーソン工法 というのがあるのですね。
コンクリートの 強度とナントカの  つまり 水をどれ程加えるかとかの 難しい数式を 見て なんじゃ?これ さっぱりわからない と思った事がありました。

メーソン  フリーメーソンは石工の集団でその技術を継承していく独特の徒弟制度の意識が秘密結社や 共同体コミュニティとなって行ったと思っていたのです。やがて 権力者 宗教的なものと結びつき 教会の建物 王の城 塔を建てるうちに そうなっていったのだと思っていました。
建築をやっていた兄が世界の遺跡とか 建築物の写真集みたいな 百科事典みたいなのを持っていて アンコールワットなんて知らなかったものを見てビックリして インカ帝国の石組みの精巧さにも驚いていましたが最近 フリーメーソンの事を知り 納得したのです。 ここまでは 今まで通り  。
シセイさんの トピックで思い出したのは  あの頃 学生の頃比較文学 とか比較文化論とか流行っていて  饗庭孝男 の「石と光の思想」 を買い求めて 読んだのが覚えているのは 
西洋は石の建築物で 残る 朽ちて廃墟になっても 美しいが 修繕し続けて使う。
日本は 木と土と紙 で作られる。  伊勢神宮のように 遷都のたびに新しく作り替える。  朽ちていく廃墟は そのままにして土に戻す。
どっちがいいというのではなく  そういう風土である。みたいなこと。饗庭は滋賀県の生まれでフランス文学者 ヨーロッパを訪ね歩き思索を深めたのでしょう。記憶してるのに間違いがあるかもしれない、「中世の光  ロマネスクの建築と思想」という本だったかも。
あの頃  彼のこういう本にシビレて 皆で蘊蓄語ったり 友人はカトリックで 小川国夫  とか読んでいました。
饗庭は 西欧の文化を語っていますが 後には日本文化 西行  と兼好  芭蕉について書いています。2002年に発表した「故郷の廃家」は何かの賞を受けていて絶賛されています。  これは是非是非読まなければ! またまた かるとにかまけていて良いものを 逃してしまっていた!

ということで  なんだか 三太郎さんの風土のお話 代わって 語っていただきたいです。  わたくしには これ以上は無理。


それにしても 煉瓦の立方体が6面体  6という数字。666  って悪魔サタン?の象徴であると教えられて忌み嫌っていたけど。  エジプト
なあ〜んだ!   ?

オフライン

#16 2019年06月01日 10:42:03

シセイ
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

シュメール文明が聖書の元ネタっぽいですね。リンク先ですがシュメール文明に関する論文
早稲田の先生の論文です。シュメール人が、神が人を造った理由及び、地獄についてもどう捉えていたのか
書いておられます。多分、皆さんとっくにご存じで今さらネタではないかとは思うのですが。

6に関しては「測量・観測」に関係する数字かもしれません。神学的及び神秘主義的に考えなければ、聖書の中
で6,7,12,40という数が出てきますが、6や12は家のような建築に関する数、7や40はそのまんま時間や周期
年数に関する数とも思います。
12をなぜ家のような建築に関する数と考えたかは、12が、エルサレム=神の家
に喩えられたりしていたからなのですが、新約でも「岩の上に建てる」という表現が使われており、ここでも12使徒
が関わってきますので複雑な意味を持つと思いますが、大元は「建設」に関する数字だったのではと思います。
シュメール人が60進法を用いて建設や測量を行っていたらしいので、何らかの関係はあるかと思います。

ところで、話が飛びますが、何かと参照される事の多いエレミヤ書。なかなか?な内容です。正しい解釈はこの際
置いといて私がツボったところを抜粋。
いつも通りWikisourseで申し訳ないのですが。
***************************************************************************************
エレミヤ書口語訳
第2章

6 彼らは言わなかった、『われわれをエジプトの地より導き出し、荒野なる、穴の多い荒れた地、かわいた濃い暗黒の地、人の通らない、人の住まない地を通らせた主はどこにおられるか』と。

7 わたしはあなたがたを導いて豊かな地に入れ、その実と良い物を食べさせた。しかしあなたがたはここにはいって、わたしの地を汚し、わたしの嗣業を憎むべきものとした。

8 祭司たちは、『主はどこにおられるか』と言わなかった。律法を扱う者たちはわたしを知らず、つかさたちはわたしにそむき、預言者たちはバアルによって預言し、益なき者に従って行った。

<間の文を省略>

13 「それは、わたしの民が二つの悪しき事を行ったからである。すなわち生ける水の源であるわたしを捨てて、自分で水ためを掘った。それは、こわれた水ためで、水を入れておくことのできないものだ。

9 主は言われる、彼らが怒らせるのはわたしなのか。自分たち自身ではないのか。そして自らうろたえている。

<間の文を省略>

第7章

20 それゆえ主なる神はこう言われる、見よ、わたしの怒りと憤りを、この所と、人と獣と、畑の木と、地の産物とに注ぐ。怒りは燃えて消えることがない」。

21 万軍の主、イスラエルの神はこう言われる、「あなたがたの犠牲に燔祭の物を合わせて肉を食べるがよい。

22 それはあなたがたの先祖をエジプトの地から導き出した日に、わたしは燔祭と犠牲とについて彼らに語ったこともなく、また命じたこともないからである。

<間の文を省略>

第8章

8 どうしてあなたがたは、『われわれには知恵がある、主のおきてがある』と言うことができようか。見よ、まことに書記の偽りの筆がこれを偽りにしたのだ。


第19章

3 言いなさい、『ユダの王たち、およびエルサレムに住む者よ、主の言葉を聞きなさい。万軍の主、イスラエルの神はこう仰せられる、見よ、わたしは災をこの所に下す。おおよそ、その災のことを聞くものの耳は両方とも鳴る。

4 彼らがわたしを捨て、この所を汚し、この所で、自分も先祖たちもユダの王たちも知らなかった他の神々に香をたき、かつ罪のない者の血を、この所に満たしたからである。

5 また彼らはバアルのために高き所を築き、火をもって自分の子どもたちを焼き、燔祭としてバアルにささげた。これはわたしの命じたことではなく、定めたことでもなく、また思いもしなかったことである。

6 主は言われる、それゆえ、見よ、この所をトペテまたはベンヒンノムの谷と呼ばないで、虐殺の谷と呼ぶ日がくる。
*******************************************************

この部分を見ると申命記、レビ記、士師記・・が?となります。あれ?神様の指示じゃなかったんかーいって。
やはり、聖書は彼等の生活環境や彼等以外の伝記を併せて読んでいくとまた色々考えることもあると思います・・・

#17 2019年06月01日 11:17:20

シセイ
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

フェニキア人、バビロニア人、カナン人、モアブ人・・・悪者扱いですが、それって鏡みたいなもので
同族嫌悪?または自分たちがやっていた事を他人のせいにしたとしか思えないです。
私だけ連投書き込み恐縮です。自粛しながらぼちぼち書いていきます。

#18 2019年06月02日 00:19:18

シセイ
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

あんまり書きすぎるのも何ですから明日はお休みしますので
(閑散トピ~♩シセイが一人で踊るトピ)
これは多分このトピで一番?意味がある内容になるかもしれませんしならないかもしれません。
もう既に過去トピで議論されていたらごめんなさい。新しい閲覧者には面白い内容になるでしょう。

まず創世記においてですが、Wikisourseより引用で申し訳ないのですが

第7章
すなわち命の息のあるすべての肉なるものが、二つずつノアのもとにきて、箱舟にはいった。

16 そのはいったものは、すべて肉なるものの雄と雌とであって、神が彼に命じられたようにはいった。そこで主は彼のうしろの戸を閉ざされた

この聖句覚えていてください。後に重要な聖句になります。箱舟は聖櫃にひな形であり、エルサレムのひな形であるとよく
言われますが、まさにその通りになります。

次にヤコブ(イスラエル)が死に瀕して子どもたちに祝福(ヨセフ以外には呪い)した部分です。この時、ユダに対しては

第49章
8 ユダよ、兄弟たちはあなたをほめる。あなたの手は敵のくびを押え、父の子らはあなたの前に身をかがめるであろう。

9 ユダは、ししの子。わが子よ、あなたは獲物をもって上って来る。彼は雄じしのようにうずくまり、雌じしのように身を伏せる。だれがこれを起すことができよう。

10 つえはユダを離れず、立法者のつえはその足の間を離れることなく、シロの来る時までに及ぶであろう。もろもろの民は彼に従う。
シロはヨセフの子孫であるエフライム族の治める相続地にあり、アークが納められた場所もシロでした。シロは主の宮と呼ばれました。

ヤコブはヨセフにこう言います。

22 ヨセフは実を結ぶ若木、泉のほとりの実を結ぶ若木。その枝は、かきねを越えるであろう。

23 射る者は彼を激しく攻め、彼を射、彼をいたく悩ました。

24 しかし彼の弓はなお強く、彼の腕は素早い。これはヤコブの全能者の手により、イスラエルの岩なる牧者の名により、

25 あなたを助ける父の神により、また上なる天の祝福、下に横たわる淵の祝福、乳ぶさと胎の祝福をもって、あなたを恵まれる全能者による。

26 あなたの父の祝福は永遠の山の祝福にまさり、永久の丘の賜物にまさる。これらの祝福はヨセフのかしらに帰し、その兄弟たちの君たる者の頭の頂に帰する。

つまり、ヤコブはヨセフに対し、「あなたの子孫は将来、紛争に巻き込まれるが、その勢力は衰えないだろう。そして垣根を越えて他の兄弟たちの子孫の頭のような存在になる」と言い、ユダに対しては「シロが来るときまで王笏は足の間にある」と宣言しているように思います。やがてエフライム族の勢力が増せば、ユダ族も王権を譲り従う事になると預言したのでしょう。
実際はエフライム族の北イスラエルの方が先に堕落し、異邦人によって陥落しました。そして南ユダ王国は良く粘りました。預言は成就しなかったのですが、諸行無常である事を考えればそれもおかしくはない話です。
実の父にこのような愛情差別を受けた話は読んでいても辛いです。だからユダ族はよく頑張ったと思います。
ちなみにこの時、主の宮で育つ若枝とはエフライム族から出る者の事を指していたようです。
この辺りからどのように預言が変化して行ったのかゆっくり見て行きます。・・・^^;
コメが少ない割に閲覧数が多いのですが、「生暖かく見守って頂いているのでしょうか」・・・^^;

#19 2019年06月02日 00:41:51

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

疲れが取れてないので シュメール人のところで停まっています。
世界史の はじめの方で聞いた事。
シュメール人を調べていたら 宇宙人という説が出て来て また困ってます。

ゆっくり 進めてください。

オフライン

#20 2019年06月02日 01:10:26

シセイ
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

明日はお休みします。宇宙人については、私も良くわからないのですが、今は考えなくても大丈夫だと
思います。では・・・・・・そのうち三太郎さんとかも体調次第でシュメールについて解説して頂けると
思います。(^▽^)

#21 2019年06月03日 10:18:29

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

以前 通りすがりさん というかたがシュメール人について詳しく語っておられました。探していますが 通りすがりさんというHNが複数あって紛らわしいです。わたくしが探しているかたは 量子力学とかいう難しい事も 調べておいでになり二世ですが今は お母様も目が覚めて 良い関係にあると記憶しています。

皆さん すごい 読書量と  探究心です。

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#22 2019年06月03日 12:37:53

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

irisさんの  宗教なんていらない  のところで #246

歴史的な事  地理地学の授業みたいに  お勉強したはずでした
忘れるんです。
この前後の 皆さんの 意見も 参考になります。
ところで シセイさんが どこかでクオリア?だったか

脳は理解できないものに対しこれ以上負荷を掛けないよう処理落ちする。
見たくないものを見ようとすると 理解を超えるので 危険回避のため 処理落ちする。

と書かれていた事。  納得です。  今   とりあえず  のとこで#2199
読んで  妙に  リアルに思い出しました。
オツトや親族に 質問あびせられ 向こうは 助けようとしてた 。 それで
そんな事が聖書のどこに書かれているのか  それが正しいと言える根拠を示せみたいな感じで言われて 論じる本とか  赤い本 オレンジ色の本を開こうとすると アンチョコを見るな!  自分の言葉で説明しろ!
「エホバ !助けて!!!」

となって  思い出しても ・・・

ごめんなさい。

過度な罪悪感に囚われるとまた 罠がありますから  気をつけます。

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#23 2019年06月03日 13:56:58

ジョエル
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

三太郎 さんの発言:

こ口語訳 創世記3章19節
「あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」

メソポタミア神話では、人間はもともとエア神(エンキ)が粘土を捏ねて造ったものだから、死ねば粘土に返るだけのこと。

創世記2章7節の「形づくる」のヘブライ語ヤツァルも、陶工が粘土をこねこねする言葉です。神様が土を捏ねて息を吹きかけたら動き出す、が中東神話に共通する創造観のようです。


その中でも、地域的、気候的な背景が重なるウガリット文書と親近性が(ゆえに対立軸も)あるとされています。

「その日、主は厳しく、大きく、強い剣をもって逃げる蛇レビヤタン、曲がりくねる蛇レビヤタンを罰し、また海にいる竜を殺される。 」(イザヤ27章)

「あなた(バアル)は太古の竜ロタンを殺した。七つの頭を持つ巻きつく蛇を追い払った。」(ウガリット神話)

#24 2019年06月04日 10:21:59

シセイ
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

めぐママさん、ジョエルさん、三太郎さん、いつもナイスなタイミングでありがとうございます。
私も色んな方とコメント被りしてて「ありゃりゃ~」と思いました。(kaoさん、三太郎さん、ささほうさらさん・・・・・・)
なるべくこのトピでは隙間的なネタを探して行こうと思います。みなさん、コメントありがとうございます。
ゆっくりネタ探ししていますので・・・よろしくお願いいたします。

#25 2019年06月04日 10:54:03

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

シュメール文明 の 論文を読んで まだ 消化しきれませんが カール ヤスパースという歴史家 の名は 覚えています。  千年の スパンで考えるのですね。
ハンムラビ法典も も塔の記事に モーセの十戒 イスラエルに与えられた律法の優位性を 語っていましたが そのことで 長々と注解した自分を恥ずかしい! と思います。    ハンムラビ法典は 細々と規則が多いが それに比べてキリストの教えは 罪を未然に防ぐ  という精神的な導きで シンプルでよろしいのです  みたいなこと。  あ〜〜  恥ずかしい!!!
どの国の 文化も 行政も その当時の為政者 自然条件の中で精一杯だったのでしょう。現在のように グローバルに交流出来なかったので。

日本も遣唐使の時代から  豊かな精神性の 文化 が花開いたように感じてましたが 古代の 豪族たち 古墳などもすごいのです。三太郎さん に語っていただきましょう。  イングランドだったかな?前方後円墳の形のお墓があります。

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