#151 2017年02月11日 08:10:50
- (Chimera)
- ゲストユーザー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
読むべきは聖書なのです。
#152 2017年02月11日 08:27:11
- akame
- ゲストユーザー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
ここでは無意味です。
#153 2017年02月11日 10:37:39
- (Chimera)
- ゲストユーザー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
どこでも意味ありです。
#154 2017年02月11日 11:12:45
- akame
- ゲストユーザー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
聖書依存なら
延々と無駄な繰り返しです。
やれやれ ´_ゝ`
#155 2017年02月11日 12:36:45
#156 2017年02月11日 17:06:13
- てつてつ
- メンバー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
ささらさん 書き込みありがとうございます
海底が隆起の方はわかるのですが 進化のほうは自分は証拠が不足していると感じ あくまで説の域を出ていないと思います 一例 地球の様子については 以前はカメとゾウの上に乗る大地とか フラットアースとか色々な説があったと思いますが 現在はだれでも人工衛星からみた写真を確認でき球形で宇宙空間に浮いているというのは事実だとわかりますが 進化はそうとなえている学者の数ほど説があり「ゆっくりした進化 いや早いもの またはいいとこどりみたいな」そのどれもが実験などで再現できないもので こうしたものはやっぱり説だと思います もう少し科学や化石の調査がすすめばわかるのかもしれませんがそれまでは自分の中でははっきりした結論は保留ということになると思います
編集者 てつてつ (2017年02月11日 17:06:49)
オフライン
#157 2017年02月11日 20:09:04
#158 2017年02月11日 20:37:23
- akame
- ゲストユーザー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
#159 2017年02月11日 20:55:15
#160 2017年02月12日 07:34:28
- 聖書についての質問
- ゲストユーザー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
#161 2017年02月12日 12:40:45
#162 2017年02月12日 14:36:13
- 聖書についての質問
- ゲストユーザー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
てつてつさんのご紹介くださったサイトを見てみました。進化論を否定しているものではないと思います。
タイトルは「科学的立場からのダーウィン進化論への異議」とあり、その趣旨は、「われわれは、ランダムな変異と自然選択によって、生命の複雑さを説明することができるという主張を疑問とする。ダーウィン理論の証拠を注意深く吟味してみることが要求される。」です。
科学者で、この趣旨に反対する人は、ネオダーウィニズムに凝り固まった人しかいないと思います。これは進化を否定するとか、創造論を支持するとかとは全く違うものだからです。いうなれば、これは進化論の内部での争いと思います。
ダーウィン理論=進化論ではありません。それはJWの出版物の誤解です。進化生物の研究者には、ダーウィンを猛烈に批判する人はたくさんいます。
日本人の例を挙げれば、棲み分け理論を唱えた京都大学の今西錦司先生はダーウィンをしつこく批判していました。国立遺伝学研究所の木村資生先生は、集団遺伝学に基づいた「中立進化説」を唱え、自然選択説の人たちと激しい論争を繰り広げました(入門書としては「生物進化を考える」(岩波新書)があります)。面白いことに、木村先生は日本で唯一「ダーウィン・メダル」を1992年に受賞しています。東京大学教授の斎藤成也先生は『自然淘汰論から中立進化論へ 進化学のパラダイム転換』(NTT出版)という本を書いていますが、タイトルからわかるようにダーウィンの自然選択説を攻撃しています。
また、JWの小冊子にも出ていた断続平衡説を唱えたグールドは、漸進的な進化しか認めないダーウィンを激しく攻撃しました。
というわけで、ダーウィン進化論への異議は特段珍しいことではありません。進化の細部や仕組みなどについて論争は絶えないわけですが、進化そのものを否定することはないと思います。
現在、進化は「個体群内の遺伝子頻度の変化」と定義されていますが、まともな科学者で、これを否定するなんてことはあり得ません。
#163 2017年02月12日 16:30:37
#164 2017年02月12日 17:28:20
- リッチ
- メンバー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
進化は、遺伝情報の伝言ゲームみたいなものだと思います。
伝言ゲームは、いかに正確に後方の人まで情報を伝えるかというものですが、少しずつ、時たま大きく情報が変異し、後方に伝わる頃にはずれたものとなっています。
10人程度の伝言ゲームなら情報に巨大な変化は起きませんが、これが100人、1000人、100000人、10000000人と積み重なった時、最初の情報と全く別物になっているでしょう。
生物の場合は塩基配列で伝言ゲームをしていると言っても過言ではないと思います。
情報が不正確に伝わる伝言ゲームである以上、どうしても変異が発生してしまうのです。
「不幸の手紙」がコピーされていくうちに誤字から「棒の手紙」、「梓の手紙」と別の物になっていったように。
オフライン
#165 2017年02月13日 07:09:23
- ジョエル
- ゲストユーザー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
#166 2017年02月13日 08:15:41
#167 2017年02月13日 08:44:16
#168 2017年02月13日 09:32:39
- akame
- ゲストユーザー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
#169 2017年02月13日 11:12:54
#170 2017年02月13日 11:17:54
#171 2017年02月13日 19:44:41
- 三太郎
- ゲストユーザー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
このトピは専門性が高すぎてなかなかついていけないのですが、進化論を知る上では早道になりそうです。
進化論はそれ自体が進化の初期段階にあるので、今後の研究の進展如何によっては驚きの事実などがわかってくるのでしょうね。
自我意識や知性を持つようになった霊長類がいつ、どこで、どのようにして出現するようになったのか、が個人的には最大の関心事です。
しかし直感的には、自我意識、人間の泣き笑い、怒り喜び悲しみの感情、罪の意識、後悔の念、穢れの観念、祈りの行動などは、進化の産物が後に自力で獲得したというよりは、Something greatが大きく関与しているような気がしてならないというのが正直なところです。
#172 2017年02月14日 00:03:20
- akame
- ゲストユーザー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
三太郎さん
>人間
何故?を究極まで突き詰めると面白い結果になると思います。
>Something great
逆説的になりますが、JW教理とその弊害としての生理的反動は、そうした存在を感じる多彩な機会を逆に遮断しているように感じていました。
それはまた理屈ではない、生きることの深淵、人生の機微に触れる機会をも奪っていると痛感します。
抽象的な表現で申し訳ない。
#173 2017年02月14日 00:44:26
- 三太郎
- ゲストユーザー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
#174 2017年02月15日 17:14:31
- 聖書についての質問
- ゲストユーザー
Re: ”進化論”の真偽と”進化の証拠”について考える(タイトル改)
JWの力作「生命 どこから」という小冊子について感想の続きです。
24ページからは、「科学と創世記」という章がはじまる。前文で、JWは根本主義者や特殊創造論者には同調しないと宣言している。外部から見たら同類に見えるけど、あんな奴らとは一緒にされたくないという気持ちがよく出ているね。
主な内容は、創世記1:1「はじめ」とは3節以降とは別で(これは聖書学者も認めると書いてあるけど、なぜか引用なし。引用するのが大好きなのにね)、地球や太陽は創造の日が始まるずっと前から存在していた。だから地球の年齢40億歳でも、なんの問題もない。創造の日の1日は24時間じゃなくて、「かなり長い時間」だ。
創世記は地球にいる人の視点から描かれている。例えば、初め、地球は濃い雲にさえぎられていたので真っ暗だったけれど、1日目:雲が薄くなって光が通るようになる。(3節「神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。」のJWの解釈ね。)2日目:濃い雲と海の間に空間ができた。(7節「神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。」のJWの解釈。)4日目:空気が澄んで太陽と月が見えるようになる。(16節「神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。」のJWの解釈。)
神は基本的な種類の動植物全てを創造した。進化したのではない。一つの種類内の変異には限界がある。「種類」とは何かについては、聖書は何も述べていない。創世記の記述は最近の科学的発見と一致している。科学者は哲学的信条ゆえに聖書の考えを退けているだけ。
創世記の1章のJWの解釈がよくわからないので、調べてみたら「目ざめよ!」2015年3月号に「天地創造についての真実」という記事があった。そこには、「1日は何千年もの期間であった」とある。たった何千年?どうして数億年とできないの?そうしたら今の科学と整合性が取れるのにね。しかも、聖書的根拠が示されていないよ。
創世記では「夕べがあり、朝があった。第一の日である。」とあるから、文字通りの1日としか解釈できないんだけど。1日は1日としようよ。「1日=数千年」説は、科学的でもないし、聖書的でもない。何でそんな中途半端なものにしたのかな。
出エジプト記20:11には「六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、(略)」とあるんだから、聖書的には6日で天と地が作られたの。だから創世記1:1「初めに、神は天地を創造された。」を3節以降と分離して、地球は大昔に作られました、科学と矛盾しないよ、というJWの主張は、聖書に対する信仰が足りないよ。
創造の1日目は、雲が薄くなって光が通るようになった日なんて言うJWの解釈は、聖書的に成立しない。小冊子の中には、ヨブ記38:9とさりげなく書いているけど、そこには雲のことが出てくるだけで、太陽の光を遮ったなんて何も言っていない。ヨブ記を引用するなら、これも引用してよ。37:18「鋳て造った鏡のような堅い大空をあなたは、神と共に固めることができるとでもいうのか。」 聖書によれば、空には固い天井(柱で支えている)があるんだ(ドーム球場のようなもの)。その固い天井が、創世記1:6の言う「大空」のことなんだけど、それについては全く沈黙ね。固い天井の上に水があって、それがノアの洪水のときに降ってきたというのが創世記の想定なんだから。
創造物語は、1日目(光の創造)―4日目(太陽と月の創造)、2日目(空と海の創造)―5日目(鳥と海の生き物の創造)、3日目(陸と植物の創造)―6日目(地上の動物と人間の創造)という「対をなす構造」になっているの。1日目に光ができて4日目に太陽と月ができないと、この構造が壊れるの。「対をなす構造」を守るために、4日目は、太陽と月という言葉は使わないで、「ふたつの大きな光るもの」と言う表現にしているんだから(光―光るものという対)。だんだん大気が薄くなって、4日目に太陽や月が見えましたなんていう解釈が、本文を無視した解釈だってわかるよね。
また、ヘブライ語版では創造物語の中で「よい」と言う言葉が7回、「神」と言う言葉は35回、地上を表す言葉は21回使用され、7日目の記述は35語からなるように作られているの。完全を表す7の倍数になるように計算されて作られている、ありがたーい聖なる文章というより、技巧を凝らした文章なんだから。恣意的な解釈はやめよう。
それから、4日目に太陽と月が見えるほど空気が澄んだとしている科学的根拠が何にも書かれていない。全くの推測。宇宙の歴史からいっても、地球が光をさえぎる何かに覆われていて、暗黒だったなんていう時期は一度もないよ。
小冊子の中で、創造の3日目を飛ばしているけど、理由はよくわかるよ。3日目は地上に植物を造りましたという日なんだ。地球に光が十分ない状態での植物の創造が変なことくらい、誰だってわかるよ。それで、この日は飛ばしちゃう。
というわけで、創世記が科学と一致するという主張は全く正当化できない。こんなインチキなものでも、信者獲得につながるのかな。
それから、日本語版は、英語版26ページにある文章が5行ほどがないけど、これは不都合あるいは訳が面倒なので日本側で削除したということなの?jwに詳しい人誰か教えて。