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#626 2018年01月05日 16:33:37

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

JWICに書き込んだものです。もう14年近く前の投稿ですが、
今、読み直してみても気持ちは変わらないなあという
印象が強いですね…。

「30歳を過ぎて理学療法士になられた方へ」

(2004/6/21)
わたしは兄弟の気持ちがよくわかります。わたしも組織に30年
近くいましたが、ついに結婚できませんでした。いや、つきあってくれる
女性も皆無に等しいものでした。交際を申し込んだとき、
わたしの話も最後まで聞こうとしない人がほとんどだったのです。

わたしの場合、正規開拓奉仕をおこない、奉仕の僕となって
書籍研究の司会、奉仕会、神権宣教学校、公開講演など、
いわゆる長老でないと果たすことができないとされること以外は、
およそ何でもおこなってきたのですが、そのようだったのです。

兄弟は理学療法士になられて、援助の必要な高齢者や肢体不自由者に
接することを職業とされましたから、わたしの経験よりも
肢体不自由者の兄弟の経験のほうがなじむであろうと思いますので、
最近組織を離れた理由を手紙で知らせてきた、
障害を持つ、兄弟の経験をお伝えしたいと思います。
彼に許可をいただきましたので、特定されない程度に
手紙を引用してみたいと思います。

-以下引用文です-

…わたしが組織に、はいってきた理由のひとつとして、
世の中では障害者として疎まれているわたしが、
聖書のすばらしい原則を信じ実行している人々の中から、
自分が愛情を注ぎ、偏見もなく自分をも愛してくれる
女性が見つけられるという期待感もあったのですが、
これは完全に裏切られる結果になり、
つまづかせるものになってしまいました。

わたしが女性を見る目がなかったというのもあるとは思います。
わたしとしては霊的であれば、きっとわたしの人間としての
価値を認めてくれ、障害を持っている障壁を乗り越えることが
できると考えました。でも、そうではなかったのです。

この15年間は必死になって配偶者を見つけようと努力をし、
見合いもしたのですが成立しませんでした。交際相手を見いだそうとして、
せめて交際だけでも申し込むのですが、それも成立しませんでした。
こうしたことが幾度も生じ、わたしは「人間としての価値がないのだろうか」
という思いに、取り憑かれたようだったのです。

あるときは、同じ障害を持つ娘の母親からわたしに向かって
「兄弟は結婚する資格はない、王国会館を背負ってあげてもらっている人が
自分の娘の世話をできるはずがない」という暴言までありました。
この二人はともにバプテスマを受けています。

わたしたち人間は生まれてくるときの状態をだれも選択はできません。
ましてや、障害者になるかどうかなどは選択の余地はないのですが、
真理を知ってエホバの特質を反映していると主張している人々の中から、
無理解どころか、傷つけ打ちのめすようなことばの出てくることが
わたしには信じられませんでした。組織と交わったわたしには期待とは、
逆のことが生じてしまったのです。
 
でも、悪いことばかりではありませんでした。わたしがほんとうに
霊的であろうと、努力してきたことを認めてくれる人はいました。
**姉妹や##姉妹、現在ヘルパーに来てくれている$$姉妹も
そうだと思いますし、わたしの人生においてみなさんは貴重な存在です。

エホバの証人として聖書を学んできた者として残念な感じ方かもしれませんが、
パソコン教室や他のことを通して多くの慰めを得ていることにも
気がつきました。わたしとしてはより霊的な人として成長するために
努力をしてきても、自分の人間としての価値をほとんど認めてもらえなかった
と思うわけですが、パソコンの指導は、いくらかの収入になり、
尊敬され、感謝されることが多くなりました。

また世界中では戦争やテロの脅威があるわけですが、日本において、
特にわたしにとってかもしれませんが、障害者にとって
生活しやすくなっており、社会全体としても、わたしが子どもだった
ときよりも積極的に手助けしてくれ、やさしくなっているというのが現状です。

今のわたしにとっては、聖書の言う終わりの日のしるしとは正反対のような
気さえするのです。いったいどうなっているのだろうかとさえ思います。

わたしは自分の意志と選択によってエホバの証人になりましたので、
そうなったことについて後悔はありませんが、
あまりにも自分を傷つけすぎました。これを回復させるには
膨大な時間が必要であり、おそらくは人生の幕を閉じるまで
背負っていく荷なのでしょう。ですから、どうぞ温かく見守ってください…

-ここまでが引用文です-

彼がリハビリを施されたのは小学生時代でした。
現在から40年以上前の出来事でしたが、そのころのリハビリの考え方は
不自由に生まれて身体的な機能が欠損している子供たちに
スパルタ式の残酷で非人間的な訓練をおこない、無理やりにも、
健常者の社会に物理的適合をさせようとするものでした。
それは非常につらく苦しいものだったのです。

現在では、バリアーフリーという言葉がちまたで聞かれて、
障害を持った人々の必要に合わせ、さまざまな改良改善がなされ、
精神面でも、物理面でもハンディというものを軽減しようという方向に
社会全体が動いていると思われます。

わたしはこの広場の投書に組織での障害者に対する扱いを書きましたが、
それは主に彼のことでした。(2-28-04)

エホバの証人は聖書の預言を現代に当てはめて、
社会全体の愛が冷えることを主張しています。
でも彼の話では、自分が車いすで病院の外を出歩くようになった、
30年以上前と比べると現在のほうがずっと暖かく、親切で
人々が気軽に声をかけて、サポートを申し出てくれるそうです。

兄弟は霊的な差別の存在することを述べておられましたね。
まったくそのとおりだと思います。
エホバもイエスも外見を見ずに心を見ると聖書は述べています。
当然、エホバの証人もそうであるべきですが、現状は違っていました。

もしそれができるのであれば、真に聖書的・霊的であれば、特権の有無や
身体上のハンディに左右されることは非常に少なかったでしょう。
それですから、彼もわたしもパウロが述べたテモテ第二3章の終わりの日の
自然の情愛がないとか愛が冷えるというイエス・キリストの
預言を自ら成就させているのは、
エホバの証人全体としての傾向だと考えています。

組織を離れて彼は、半年になろうとしていますが、
自分の所属していた会衆には80人ほどの成員がいても、
この手紙に現れる**姉妹以外からは
電話の一本、はがきの一枚もないそうです。

長老も4人いますが、最初のころ同じ群れの長老からいくどかの
電話があっただけで、ほかの3人からは何もありませんでした。
彼は電話をかけてきた長老は彼を大きく傷つけたゆえに
非常に嫌っていましたので、電話をしないように
伝えたところそれっきりになりました。
##姉妹は以前から親しかった近隣の会衆の人です。

彼はエホバの証人ではない友人の提案で視覚障害者を含めた
パソコン指導の技能を身につけ、パソコン教室を開いており、
手紙で述べられているように、組織では得ることのできなかった、
感情的な必要を満たすようになっています。

編集者が兄弟の投書に対するコメントで述べてくださっているように、
高齢者や身体の機能にハンディのある人々を扱うには、
エホバの証人のおこなっているような一律の価値観を押し付けたりせずに、
その人々のありようを受け入れ、個々の人の人間としての自尊心を保ちつつ、
残された機能を最大限に活用できる道を模索することが必要でしょう。

こうした事柄は、組織の拡大に貢献せず、役に立たない人々に
無関心になっていくエホバの証人全体の傾向とは大いに異なります。

わたしも長いこと組織と関係を保ってきた人間ですから、
編集者が「神の神経学」で述べておられるように、進化の過程で
「内なる神」という概念を獲得してきたことを受け入れておりませんが、
反面「内なる神」という概念は長いこと神に関する考察を続けてきた
わたしには、疑問に関してひとつの答えが与えられたと感じております。

外なる神や内なる神が存在するのかどうかは別にしても、
この投書を読んでいる、兄弟やわたしたちが存在し、
この世の中の片隅で生きていることは厳然たる真実だといえるでしょう。

そして、このサイトの編集者も彼もわたしもあなたも
人としての良心を持ち、他の人の福祉を顧みたいという
気持ちを抱いて生活していることも真実なことです。
これがわたしたちにとっては「内なる神」かもしれません。

早い時期に組織から出てリハビリや他のことをおこなえばよかったと
考えて悔やむことは当然のことです。ですから、後悔を感じるのであれば、
そう感じることは、その人にとって必要なことですので、
そのように感じる自分を受け入れて愛し、大切になさってください。

そして、その中から立ち上がってきたときに、自分がいたことを悔やんだ組織で
学び知ったことが、きっとリハビリで扱う人々の必要を顧みるために
役に立つことが少なからずあることを発見できるでしょう。

あなたにお会いすることはないであろうと思いますが、
同じ空の下で生きており、同じような苦難を味わったもの同士として、
わたしは残りの人生をできる限り有意義に生きていくつもりです。

どうぞ、ご自分の人生の持ち時間を大切に有意義に送ってください。
そして、最善・最良の配偶者が見つかることを願っています。

《編集者より》
ものみの塔の教える「終わりの日」の証拠の一つとして、
現代の社会の愛が冷えていることがよく上げられますが、
あなたも、あなたの障害者の兄弟も書いているように、
必ずしもそのようなことは言えないと私も思います。
人の愛の表現の仕方が変わっていることは、
全ての人間の行動と同様、時代と共に変化するので当然ですが、
昔のような愛情表現がなくなった代わりに、
昔なかったような愛情の表現が出てきたのも確かでしょう。
障害者に対する扱いはその一つの例でしょうし、
高齢者、女性に対する扱いも、社会全体としては
昔よりはるかに愛情があるように思います。
これも、ものみの塔協会がいかに物事を
一面的にしか見ないかを示す、一つの例だと思います。

私の著書で論じた「内なる神」について言及されていますが、
「内なる神」の元型は、やはり誰にでもある
愛情、同情、哀れみ、良心などであると思います。
これが組織だった個々の宗教よりも、
人の心(脳)に普遍的に存在し、人の宗教心の原点になっていること、
それが「内なる神」を論じた私の本の一番の論旨なのです。
あなたも多分気がついておられると思いますが、
あなたも私も、多くの元エホバの証人も、
その外形はどうであっても「内なる神」において、
共通のものを分かち合えるのではないでしょうか。
これが私の訴えたい結論なのです。

この書き込みに出てくる障害を持つ兄弟というのは
読み直してみるとわたし自身です。
脱塔した直後だったので、特定されることを
懸念していたのだろうと思います。
いまとなってはどうでもいいことですが…。

オフライン

#627 2018年01月05日 17:13:54

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

>彼がリハビリを施されたのは小学生時代でした。
現在から40年以上前の出来事でしたが、そのころのリハビリの考え方は
不自由に生まれて身体的な機能が欠損している子供たちに
スパルタ式の残酷で非人間的な訓練をおこない、無理やりにも、
健常者の社会に物理的適合をさせようとするものでした。
それは非常につらく苦しいものだったのです

ラハムさん本当に大変だったんですね cry  今年もよろしくお願いします

オフライン

#628 2018年01月06日 10:12:18

鬼太郎
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

組織から出て、客観的に観察すれば、、檻の中の動物園です。
悲惨なのは、姉妹達、、、若い時はちやほやされて正規開拓者、それから時を経てお局様、その後は、、、。
誰からも相手にされなくなる、つまり飼い殺しの最終章。
兄弟でも、一度梯子を外されると特権無しでの晒し者です。
近隣の会衆での話です。
若い独身の奉仕の僕Hが長老に抜擢、その後他の長老達が移動等でいなくなり、百人近い成員の会衆の一人長老に、、。
H兄弟は、優しく線が細いタイプ、その会衆は個性的な兄弟姉妹が多く、客観的に見て負担となることは予想できました。
結局のところ、重圧に耐えられず、長老を降りてしまいました。
特権を自ら降りると、組織としてはその後は僕の任命もせず、放置されたまま。
H兄弟も飼い殺しの犠牲者の一人です。

オフライン

#629 2018年02月02日 16:50:16

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

以下の記述はものみの塔出版物の引用箇所を見つけることが
どうして非常に難しいのか説明したものです。
ずいぶん前からワッチタワーライブラリーがあり、
比較的容易にコンピューターで検索することができます。
ライブラリーは1997年ごろからあったと記憶しています。
日本語版では1970年から収録されていました。

最近ではjworgからネット上で検索できますね。
これは2000年以後の文書だったと思います。
コンピューターやタブレット、スマホでも利用できます。
それで、これらのどれかのアイテムがあれば、
直接印刷物を見る必要がありません。

思い出してみると公開講演の筋書きにはたくさんの出版物が
引用されていて、製本などを机の上に山積みしていました。
出典個所を探して読むことは膨大な時間がかかりました。
わたしは二週間かひと月ぐらい前から準備したものです。
いまはタブレット一台で準備できるのですね。
すごい文明の利器です。
もしかすると講演者のタブレットには筋書きも入っているのかな…。

でも、脱塔してからいわゆる世の聖書注解書や
聖書に関する本を読むようになったら、
なんて幼稚な資料を読まされていたのだろうって、
思うようになりました。良い面もあったかもしれませんが、
ほぼすべてが霊的なジャンクフードだったと思います…。

-ものみの塔の引用文について-2004/08/18

2004/08/06の投書で次のようなものがありました。

≪エホバの証人の教義の第二部のところで、忠実で思慮深い
奴隷についての3節目に「1967年10月1日号のものみの塔に聖書は
ものみの塔に属する本であり、個人がどんなに真剣に研究しても
組織の助けがなければ正しい解釈ができない、と言い放っている」
とありましたが、私はその号の製本されたものを持っていますが、
どこを見てもそのように書いてある箇所を見つけることはできませんでした。
何ページの何節にそのようなことが書かれているのでしょうか?≫

わたしもこれを読んで気になりましたので、押入れのダンボールから
1967年と1968年の製本を取り出して、引用文を探してみました。

わたしが探してみた限りでは、以下に引用する、
日本語版ものみの塔1968年1月15日号43ページ9節だと思います。

≪それで聖書は組織の本であり、個人にではなく、一組織としての
クリスチャン会衆に属するものです。個人的に聖書を解釈できると、
たとえ、誠実に信ずる人がいても、その事実は変わりません。
ゆえにエホバの見える組織を度外視して聖書を正しく理解することはできないのです≫

この一文は「エホバの組織とともに自由を見出す」という研究記事の
「聖書は組織の本」という復見出しの中にありました。

同時出版になり、ずいぶんたちますので、明確に書くことはできませんが、
わたしの記憶している範囲では、ものみの塔という雑誌が、英語と日本語で
同時出版になったのが1985年ごろだったと思います。

このころ同時出版になるので、組織が重要だと考える研究記事を
1984年後半発行の日本語の雑誌に掲載するために質問がない復記事が
削って印刷され、日曜日の正規のものみの塔研究の集会ではなく、
通常夜におこなわれる書籍研究で扱われたと思います。
このときは余分の記事を掲載するためにページ数は増やしませんでした。

それでこのころの日本語版では、英文と同じ記事を探しても、
みつけられないものがあると思います。

わたしがバプテスマを受けた30年近く前、CD-ROMはおろか、日本語版の
索引もありませんでしたので、英語版の索引を使いました。
戦後の日本でものみの塔が出版されたのは1950年か1951年だと聞いています。
このころは表題に「ワッチタワー」と印刷されており、32ページではなく、
20ページの省略されたものでした。わたしは一冊1958年のものを持っていますし、
再発行された1960年の製本はありますが、この年まで一冊20ページです。
ですから英文と同じ記事を探し出すのは難しいでしょう。

記事を見つけるのが難しいもうひとつの理由は、英文と日本語の発行日がだいたい、
三ヵ月以上ずれていることもあります。あるいは掲載されていない場合もあります。
それでわたしは、1967年の10月号から1ページずつめくってそれらしい記事を
注意深く読んで探してみたのです。

さて、編集者が述べておられるように、この記事では直接的に
聖書がものみの塔に属する本であるとは述べていませんが、
エホバの証人たちが組織という言葉を使うとき、
あるいはものみの塔が出版物の中で組織という言葉を使うときは
ものみの塔協会かエホバの証人の統治体以外のなにものをも意味していませんので、
そのような解説は妥当で適切だと思います。

エホバの証人は自分たちの組織が聖書にかなっていると信じていますが、
新世界訳聖書そのものでさえ、直接的にエホバ神が組織を持っているとは
述べていません。出エジプト記に合成語として組織という言葉を
用いているだけで、聖書のあちこちの記述から、神が組織的であるという
概念を組み立てているのだと思います。

わたしとしては、聖書全体から神が物事を秩序正しくおこなわれることを
読み取ることができますので、組織を持っているという主張もできると
考えるのですが、一方で直接聖書には何もないのであるから、
そのような主張はできないと考えることもできると思うのです。

結局人間というものの多くは自分の信じたいことを信じる傾向があり、
そのような主張の根拠に聖書を使っているのでしょう。

わたしは、神が組織を持っているとか、聖書が組織的な本であるとか
いうことよりも、エホバの証人が自分たちの聖書解釈によって
人間本来の感情を押し殺して心の感覚を麻痺させていることのほうが
恐ろしいと思うのです。このようにして精神病気質の人を増やして、
人間の尊厳を卑しめ、人としての成長を阻害していると考えています。

また、この組織は巧みな方法でエホバ神を組織とすり替え、
組織を崇拝し従っていることを、信者に気が付かれないようにしているのです。
その証拠に、信者である人たちは神を崇拝し、恐れていると言葉では主張しますが、
実際恐れているのは周りの仲間から、どのように見られているかであり、
自分に対する評価に気を使っているのです。
最終的には上層部、地元の会衆であれば長老たちや古参の姉妹たちに
どう見られ評価されるかということなのです。

そのような方法で、自分で自分のことを判断してひとりの人間として
人生を切り開いて生きていくことが非常に重要であるのに、組織の拡大のみに
人生をささげさせて、盲目的に従う、ロボットのようにしています。

もし、エホバとキリストが将来ほんとうに現れて、それまでにものみの塔が
正しいと主張してきた聖書解釈について、わたしはそのようなことを
聖書には一言も述べなかったし、考えもしなかったと言われたなら、
エホバの証人だと主張する人々はどのように返事をするのだろうかと
考え込んでしまうこのごろなのです。

《編集者より》
日本語版と英語版のものみの塔の出版物の関係について
詳しい解説をいただきありがとうございます。忠実で思慮深い奴隷の記事の引用については、
他にも日本語版の出典を教えていただくメールを頂きましたので、
それを書き加えておきました。
このサイトの多くの記事は、日本語のものみの塔誌が簡単に見られない状況で書かれましたので、
多くの引用が英語版に基づいています。
現在では読者の方々のご援助により日本語版が見られるようになりましたので、
日本語版の引用に書き換えるべきなのですが、時間の関係でそれができていません。

なお、あなたの書かれた「結局人間というものの多くは自分の信じたいことを信じる」
という見方は、考えてみればごく当たり前なことなのですが、
その当たり前のことを多くの人が認められない所に多くの「信仰」の問題があります。
実際に脳のレベルで見れば同じものを信じているのに、
ある人は「私の心の中で私に心の安らぎと支えを与えるものを信じている」と言えば、
「何だ、あれはただの自己満足だよ」と馬鹿にされるのに対し、
「万物を創造した全知全能の神を信じている」と言えば、「立派な信仰」として「宗教」として社会的にも敬意をもって見られます。
これは私の著書に詳しく論じてありますが、
本来の原型が「自分の信仰」であるのに、それが社会化すると社会価値としての「宗教」のレッテルが貼られ、それが一人歩きして
その「異端」となる「自分の信仰」を押し潰すことになるからだと私は思っています。
そしてその見事な例がものみの塔宗教に見られるのです。

オフライン

#630 2018年02月06日 17:23:55

ライブラリー
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

上に書かれているサイトの2016年版の英語版ライブラリーのダウンロードが上手くいきません。ダウンロードができても解凍ができません。対処法をご存知の方、もしくは別サイトをご存知の方いらっしゃいましたら教えてくださるでしょうか。

#631 2018年02月06日 17:33:49

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

tensobaさん
知らせてくださったweb見てみましたが、
日本語版は2016年からとなっていました。
どのようにして2007年版を入手したのでしょうか。
webからダウンロードできれば非常に助かります。

わたしは2005年版をWindows 7で見ようとしたところできませんでした。
それで、何かのために生かしておいたWindows XPでつかっています。
現在は最新版のライブラリーがありますので、
どのWindowsでも見ることができています。
古い出版物を見るためには歴代のライブリーも貴重ですね。
たしか日本語版では97年ごろから2005年まで持っていると思います。
ただ、60年代以前は収録されていませんから
現物の出版物を見る必要がありますね…。

オフライン

#632 2018年02月06日 17:36:22

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ライブラリー さんの発言:

上に書かれているサイトの2016年版の英語版ライブラリーのダウンロードが上手くいきません。ダウンロードができても解凍ができません。対処法をご存知の方、もしくは別サイトをご存知の方いらっしゃいましたら教えてくださるでしょうか。

使用しているパソコンのOSを知らせてくださると答えを得やすいかもしれません。

オフライン

#633 2018年02月15日 16:47:43

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

この投稿がJWICにした最後のものです。
これ以後も投稿していましたが、なぜか掲載されませんでした。
それはわたしの保存ファイルに残されているかもしれません。
なぜ、掲載されないのか問い合わせましたが、
村本氏からご返事はありませんでした。
サイトを凍結する直前だったからかもしれません。

脱塔してから公開講演を聞きに行った記憶はありません。
わたしが研究生だった40年前、講演は
歌と祈りを含めて60分でした。
しばらくしてから歌と祈りを含めないで45分になりました。
わたしが脱塔してから30分に変更されたそうです。
ずいぶん短くなったものです。
準備するのも楽になったかもしれませんね。
現役時代12年間で100回近く扱いましたから、
ずいぶんおこなったものだと思います。
筋書きも保管していますが、くずのようです。
何の意味もなくなってしまいました。

脱塔する半年ぐらい前、
「世界的な災いの中のおける兄弟関係」という
講演をしたのですが、そのような兄弟関係なんて
うそっぱちだとわかりきっていましたので、
話している最中もいやでいやでどうしようもありませんでした…。

「公開講演について-その一」

-2004/09/16-
エホバの証人が取り決めている集会に「公開講演」があります。
最近の日本では土曜日にこの集会を開いている会衆もありますが、
おおかたは日曜日に開かれているでしょう。
これはひとりの男性信者による45分間の連続した話であり、
協会が作成した筋書きに基づいたものです。
話す人は長老や奉仕の僕であり、近隣の会衆から招くこともあります。
なお、女性信者が扱うことはありません。

今回これについて書いてみようと思ったのは、2004/6/25の投書で
現役一世の方が「自分の経験から思うこと」の中で以下のように述べていることが、
気になってしまったからです。

≪その後B長老は会衆の気配を感じたのか巡回に進められたのか知りませんが
他の区域に引っ越しました。私はそんなB長老や会衆の様子をみて
すっかり仲間を信頼できなくなり集会に行かなくなりました。
特に日曜日の集会は本当にイヤでした。

その理由は公開公演の内容はたいがい“クリスチャンは…すべきです”と
すすめ、ものみの塔は研究記事をもとにして兄弟姉妹が
“聖書には…と書いてあるので…します”と注解します。
そんな様子を見ていると私は心の中で”何言っているの嘘ばっかり、
あなたそんなことしてないじゃん”と思ってしまいます≫

ここで述べられているように、公開講演の話し手が、“クリスチャンは…すべきです”
のように発言するのにはそれなり理由があります。それを説明する前に
公開講演について協会から長老団宛にどのような指示があったのかを
知っていただきたいと思いましたので、わたしが所持している二通の手紙を
ここにコピーしておきます。このあとの指示について、わたしは知りません。

-以下その内容の全文ですが、読みやすいように編集しておきました
(コロン“:”の前の文字は太字の副見出しです)

ものみの塔聖書冊子協会
日本:243-04神奈川県海老名市中新田1271
電話:(0462)33-OOO5 FAX:(0462)33-0009
1996年1月27日

すべての長老団へ

親愛なる兄弟たち

皆さんは,「ゆだねられた神の羊の群れ」を霊的に養い,また築き上げるという
大きな特権をお持ちですが,非常に忙しい中でその務めを真剣に果たして
くださっていることを心から感謝いたします。一ペテロ第一5:2。

毎週開かれる五つの集会は神権的な教育の肝要な部分を成しており,
出席者はこの備えから神の言葉の貴重な教えを受け,また神への奉仕に
まい進するよう励ましを得ています。しかしながら,報告によるといろいろな理由で
集会の出席数が減少する傾向にあります。それで,集会の備えに対する認識を高めると
同時に,プログラムの質の向上を図ることにより,五つの集会をいっそう魅力的なものに
していただきたいと願っています。特に,公開集会をより興味深いものとするために,
講演者にとって役立つ事柄をお知らせしますので,
以下の提案を十分に活用していただければうれしく思います。

講演者への注記:

改訂された講演の筋書きには,「講演者への注記」が付いています。
そこには,聴衆を助けるための特定の分野,話全体で強調すべき事柄,
どのように話をし,資料を提供したらよいかなど,非常に重要な指針が記されています。
したがって,講演者は準備を始める前にこの部分を注意深く読み,話し手に
期待されている事柄が何であるかを熟考する必要があります。

話の主題と主な諭点を強調する:

講演者は,話全体の中で話の主題と主な論点を十分に目立たせる必要があります。
主題を際立たせる一つの方法は,主題中のかぎとなる言葉,あるいは主題を成す
中心的な考えを繰り返すことです。それで,単調な方法を避けつつ,
主題を成す主な考えや言葉を話全体の中にふさわしく織り込み,強調するように
なさってください。主題に加え,話の骨子となる主な論点も十分に強調する
必要があります。もしそうしないなら,話に盛り上がりがなく,話が終わっても
聴衆は目立った点をほとんど思い出せないかもしれません。
ですから,筋書きの中でゴシック体になっている主要な論点,およびそれと関連する
特定の部分に印を付けておき,話を進めてゆく段階でそれを強調したり
繰り返したりしてください。また,主な論点をいつも話の主題と結び付けるように
心がけ,話に一貫性を持たせるようにしてください。
このようにするならその話は,分かりやすいものとなります。
一「神権宣教学校案内書」研究27の7,21節,研究32の3,8,9節を参照。

聖句をふさわしく扱う:

どの聖句を紹介するときにも,単に「……の手紙の……章……節をご一緒に開いて
読んでみましょう」と述べるよりも,読もうとする聖句に期待を起こさせ,
聖句を使う理由に注目させるの   -ここで1ページ目は終わっています-


1996年1月27日第2ぺージ

は望ましいことです。同時に,気持ちを込めて聖句を読み,例証し,適用することも肝要です。
つまり,読んだ後,聖句の中のかぎとなる言葉にもう一度注意を向け,
どのように論議に適用できるかを例証したり説明したりするようにします。
一「神権宣教学校案内書」研究24,25を参照。

筋書きに精通する:

話を発展させる順序を自分の好みで変えたり,筋書きに載せられていない情報を、
あまりにも多く取り上げ,筋書きにある資料を大幅に割愛したりするのではなく,
協会が準備した筋書きの内容と順序に従うようになさってください。
そうするなら,神の言葉と「忠実で思慮深い奴隷」に対する敬意を表わすことになります。
一方,筋書きに忠実に従おうとするあまり,印刷されている文章を一字一句読み上げるように
話す必要はありません。筋書きにある補足資料は,話に織り込むための資料というより,
話し手の理解を深めるためのものであることを覚えてください。
それで,筋書きにある考えを把握し,聴衆との視覚による接触を図りながら
生き生きと話すよう心がけていただきたいと思います。

徹底的な準備:

聴衆の心を動かすには,まず話し手自身の心が啓発されていなければなりません。
準備に際して,筋書きの文章を暗記しようとするよりも,述べようとする考えや論点を
注意深く復習することに重点を置くようにし,そうした考えを思いの中で論理的に
順序良く整理し,内容が自分のものになるまで繰り返し資料を熟考するように
心がけましょう。また,聴衆の心を鼓舞し真に助けたいとの純粋な気持ちを抱き,
心から語ることが重要です。どうぞ,準備の上にエホバの導きを祈り求めるように
なさってください。一「神権宣教学校案内書」研究29の18,22節,研究33の1,10,11節を参照。

皆さんは,公開講演以外の集会の扱い方に関しても深い関心を払い,常に改善を
図っておられることと思います。「王国宣教学校教科書」の単元2(ロ)には,
それぞれの集会の扱い方に関するすぐれた提案が載せられています。
また,「王国宣教」1994年4月号1ぺ一ジ,6月号1ぺ一ジにも役立つ
提案かありますので,参考にすることができます。

人々を教え,築き上げるために骨折って働いておられる皆さんの上に,
エホバの豊かな祝福をお祈りいたします。

皆さんの兄弟 ものみの塔聖書冊子協会 東京都

追伸:主宰監督は,会衆のすべての公開講演者と一緒に集まってこの手紙を読み,
その内容を皆で学ぶよう取り決めてください。また,主宰監督もしくは
神権宣教学校の監督は兄弟たちの話し方や教える能力の向上に深い関心を
払うよう勧められていますので,必要な場合には,公開講演の質を改善するための
助言や提案を親切に差し伸べていただければうれしく思います。
一「王国宣教学校教科書」42,46ぺ一ジ。

-以下二つ目の手紙です-

ものみの塔聖書冊子協会
日本:243-0496 神奈川県海老名市中新田1271
電話:(0462)33-0005
FAX:(0462)33-0009

1999年4月15日

すべての長老団へ

親愛なる兄弟たち:

1999奉仕年度の巡回大会の週に,巡回および地域監督は長老団との集まりを持ち,
「裁き人また教え手として心を動かしなさい」という題の筋書きを考慮します。
この集まりにすでに出席した長老たちはご存じのように,そのプログラムには,
経験ある講演者が協会の公開講演の筋書きに基づいて話す際に役立つと考えている,
七つの点を際立たせた部分があります。プログラムのその部分は、
「公開講演をするときに心を動かしなさい」という題になっています。
与えられた情報の価値を認めて感謝の気持ちを表わし,
その情報を公開講演の割り当てを受けている兄弟たち全員に知らせたい,
と述べた方も少なくありません。

筋書きのその箇所の写しをこの手紙と共にお送りできるのは喜びです。
主宰監督は,コピーして,長老であれ奉仕の僕であれ,
会衆で公開講演の割り当てを受けている講演者各自に渡すようにしてください。

リストにはすべての要素が盛り込まれているわけではありませんが,
効果的に話したり教えたりするのに必要な点がおおむね挙げられています。
大勢の人の前で話をすることに関し,さらに情報を得たいと思われるなら,
「案内書」39-54ぺ一ジの研究8-10をご覧ください。

この資料が,公開講演をする兄弟たちの助けになることを希望しています。
王国を第一にする皆さんの努力のうえに,引き続きエホバの祝福がありますように。

皆さんの兄弟
ものみの塔聖書冊子協会
東京都
宗教法人

-以下その筋書きです-

公開講演をするときに心を動かしなさい

1.協会によって承認された筋書きの目的を考える:

詳しい調査をする前に資料について黙想してください。
(「奉仕者になる資格」〔英文〕16ぺ一ジ3節)協会の筋書きには情報が詰まっています。
筋書きの趣旨,なぜその論題を取り上げるのか,何を教えたいのか,
という点を把握してください。その点を明確に理解したうえで,
その資料に沿って発展させてゆき,それを聴衆に提供する最善の方法を
見定めてください。注意:憶測や個人的な見解を含めないようにしてください。

2.要点に注意を払い,聖書に基づく主題を踏まえて論議を進める:

筋書きの要点を目立たせなければならず,他の考えはその裏づけとして述べます。
往々にして,あまりにも多くの点を取り上げてしまうことがあります。
「案内書」53ぺ一ジ16節には,「簡単に論じられた数多くの論点よりも,
十分に説明された2,3の論点のほうが[良い]」とあります。
話の随所で主題に言及してください。聴衆は,話の聖書的な論点を翌日,または翌週,
思い出せるでしょうか。もしそうであれば,目的を達したことになります。

3.聖句をさっと読むだけで済ませるのではなく,分析して適用する:

公開講演の主軸を成すのは聖書です。聴衆が聖句を理解し,その適用を記憶に
とどめるなら,その話には人を行動へと促す力があります。
ですから,各聖句について,その箇所の話の脈絡や背景を分析してください。
時として,読む聖句が多すぎる話し手もいます。銘記すべき点として,
話の持つ説得力は,引用したり読んだりする聖句の数にではなく,その適用にあります。
協会の公開講演筋書きには,「すべての引照聖句を読んだり論じたりする
必要はありません」と記されています。かぎとなる聖句を読む際には,
コンピューターで印刷したものからではなく,聖書から直接読んでください。
そうすれば,聴衆は手元の聖書を開いて目で追う気持ちになります。
こう自問してください:聖句については,それを取り上げている理由が
明確になるように,意味をふさわしく強調しながら読んでいるだろうか。

4.資料が実際的で現実に即したものとなるようにする:

聴衆の必要としている事柄を洞察し,役立つ実際的な情報を提供してください。
これは要するに,聴衆を知り,識別力を働かせて考えを述べるということです。
出席しているのは,関心を持つ人,若い人,年配の人,または健康上の問題と
闘っている人でしょうか。聴衆の個々の人の事情に気を配り,
柔軟に対応し,融通を利かせてください。

5.熱意を示し,確信をこめて話す:

聴衆の心を動かしてください。本当にそう信じて話しているということが
明らかになるような話し方をしてください。淡々とした一本調子の話し方は
避けてください。自分の話を録音して聴き,客観的に分析するよう努めてください。
こう自問しましょう:抑揚があるだろうか。文の構造は変化に富んでいるだろうか。
質問をしているだろうか。温かさがあるだろうか,それとも冷たい,
学者ぶった話だろうか。奇抜さや,感情をこめすぎることを避けてください。
そうした話し方をすると,聴衆はあまりにも話し手に注意を向け,おもしろがるか,
あるいは気が散って不快に思うかもしれません。

6.築き上げる積極的な話にする:

聴衆が自分は決してそこまでできないと思うほど規準を高くしすぎないよう
注意してください。決して聴衆を見下したような話し方や,
聴衆を気落ちさせるようなことはしたくありません。
自分と対等の聴衆の尊厳を認めてください。人々はこの世で打ちひしがれています。
わたしたちは,その人たちが自尊心を培えるようにし,
エホバの僕の一人であることの喜びを理解するよう助けたいと思います。
だれでも信仰を持つ人は,エホバが定めておられる高い規準にかなうことができます。
わたしたちには,自分に不十分な点があっても信仰のうちにとどまる助けとして
贖いの犠牲があります。出席しているすべての人の心を動かし,
意欲を起こさせるようにすべきであり,強要したり,圧力をかけて
成果を得ようとしたりすべきではありません。

7.聴衆との接触は重要:

聴衆の個々の人に目を留め,その人たちに話しかけてください。
そうすれば,聴衆はもっとよく注意を払うようになります。
情報はいっそう個々の人に向けられたものとなります。
資料に精通してのびのびと話すようにしなければなりません。
朗読原稿による話でない限り,原稿をずっと見ていることのないようにすべきです。

-ここまでが二通の手紙による指示です-

わたしは去年の中ごろまで公開講演を扱っていましたので、
それまでの経験に基づいてお話してみたいと思います。

まず、地元の会衆で取り決められる公開講演は主宰監督によってなされています。
協会から送られてくる講演の筋書きは120ぐらいありますので、
毎週休まずに違った講演を聴くことができても二年分以上あることになりますし、
毎年、改定されたものも含めて新しい筋書きが協会から送られてきます。
その講演の筋書きは講演者以外は見ることがありませんので、
上記の手紙からもその構成はある程度わかるのですが、詳しく述べてみます。

筋書きは裏表A4サイズの用紙にプリントされています。
最上段に会衆の掲示板に発表されている講演の主題があって、
その下に講演者への注記という四角い枠囲いがあり、
ここには、その講演で何をどのように強調するかが、三行程度書かれています。

その下から筋書きが始まるのですが、ゴシック体の太字で書かれている
副見出しが数個あって全体を構成し、その横には各副見出しをあつかう時間が
記されており、これを合計すると45分になります。

副見出しの下には、講演のあらすじが述べられており、その右側に、引用聖句や
参考資料となる出版物の名称・ページ数がありますので、
講演者はこれを丹念に勉強する必要があるのです。
また、引用聖句は右側に-読む-という指図のある場合は必ず聖書そのものから
読み上げるのですが、それ以外の聖句は講演者の選択によります。

表面の最下段左端には筋書きのナンバー・発行年月・発行言語の略号が
アルファベットで記載されています。
裏面最下段右端には-45分で扱う-と指図されているのです。

現役の方でチャンスがあれば誰かに筋書きを見せてもらえるとよいですね。
この筋書きには多くて引用聖句が50ヶ所ぐらい、参考資料としての
ものみの塔や書籍など、多いときは20冊以上あることもありますので、
わたしは講演の準備をするときは机のうえにものみの塔の製本などを
15冊ぐらいは積み上げたことがありました。このときはCD-ROMがなかったのです。

この原稿は神権宣教学校案内書にある筋書きの作り方の提案どおりほんとうに
話のあらすじだけになっていて、ですます調で書かれてはいません。
要点ごとに字下げがなされているだけで、副見出しごとや字下げごとの
接続語もないのです。それで、副見出しごとの関係を説明するのに
どうしてもわからなくて、苦慮した覚えがあります。

どうもこれらの筋書きは英語のを忠実に翻訳したらしく、講演を聴いている
人たちに「なになにしなさい」とか「なになにすべきである」などという
言葉づかいで述べられているところがけっこうありました。

わたしとしては、これらを直接述べてしまうと日本語ではかなりきつく聞こえ、
命令調になってしまいますので、和らげた表現を使いましたが、
実際知り合いの兄弟が、筋書き通りに話してしまい、
長老から注意されたこともあったのです。

投書された姉妹が講演などを聞いていて、講演者がおこなっていないようなことを
話すので、不快に感じるというのはこのあたりにも原因の一部がありそうです。
考えの浅い講演者は、単なる組織のスピーカーになってしまっているのでしょう。
事実それが求められていることが多いのです。

今のわたしが上記の二通の手紙を読み直してどうかと感じることは、
筋書き通りの講演することが、神の言葉と忠実で思慮深い奴隷に対する敬意を
あらわすことになるということがこっけいに聞こえるのです。
聖書を読んでみて、キリストは神の言葉を愛することや従うことを教えたことは
わかるのですが、奴隷級に対する敬意を示すことは一言も言及していないのです。
やはり、彼らは神よりも自分たちに注意を向け、崇拝させたいのでしょうか。
いつの間にか奴隷が主人より上になっているような気がします。

また、この手紙には「人々はこの世で打ちひしがれています」と述べられています。
ここで言われている人々というのは手紙の文脈からすると
おもな聴衆であるエホバの証人たちでしょう。
聞く側には最近ではごく小数になった研究生や子供たちもいますが、
これらの人々が世で打ちひしがれているというのはほんとうでしょうか。

確かに生きていれば、他の人との関係で打ちひしがれることもありますが、
わたしの感じてきたところでは、世の人との関係というよりは、
会衆内で生じてくるあつれき・不和・偽善的な行為によって精神的に打ちのめされ、
それをどのように自分のうちで処理して心をなだめるのかということのほうが、
たいへんなエネルギーを消耗させられたと思います。
このままでは、気が狂ってしまうのではないかと本気で考えたことも
しばしばだったのです。胸が詰まってほんとうに重苦しかった…。

ですから、この一文を読んで考えることは、世の中で生じる出来事についてと
現実に会衆で生じている出来事について、机上で考えているだけで
実際の状況に無頓着で無視しているように思われるのです。
いわば、山奥や無人島で隠遁生活をしている人が
書いた言葉であるような感じすらしてしまいます。

確かに言動が一致していない人物の講演を聴いているのは辛いものです。
また、講演の準備をほとんどしないで話している長老もいます。
でも、わたしもそうでしたが、できる限りの準備をして一月以上前から
有益な話を聞いてもらおうと日夜努力している人もいるのです。

エホバの証人が講演で扱う話しすべてが間違っているわけではありません。
他の宗教と同じく有益で実際的な点もあります。
聞く側が取捨選択して扱うこともできるでしょう。

でも、わたしとしては間違った聖書解釈や、現実に生じ、
組織でおこなわれている偽善的行為などを覆うような自画自賛的な内容の
講演を平然とした表情で扱うことはできなくなりました。
これは大きな心の葛藤を引き起こすことになってしまったのです。

今回は偶然にも手元に残されていた協会からの二通の手紙によって
講演がどのような指示で扱われているかを述べてみました。
この取り決めについてよくご存じない方の参考にしていただければ幸いです。

《編集者より》
興味ある資料を公開して頂いてありがとうございました。
書かれていることのほとんどは、コミュニケーションの技術的な事柄ですが、
所々に協会の敷いた路線から逸脱しないで話すことを強調している所に、
ものみの塔の特有な姿勢が見られます。講演者が協会の教えに心底同調している場合には、
この筋書きは役に立つでしょうが、少しでも疑問を持っているとすると、
疑問と葛藤が生じるのは当然であると思います。

オフライン

#634 2018年04月18日 17:37:28

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

JWとかかわった人々でマタイ24:34の「世代」の解釈に
翻弄されなかった人はおそらくいないでしょう。
JWが信頼を置いている新世界訳聖書は「世代」と訳出していますが、
「論じる」の書籍には見開きのページで
様々な日本語訳のあることを紹介していました。
わたしも全部ではありませんが、今も手持ちしている訳がありますので、
「世代」という言葉がどのように訳出されているのか、整理を試みました。
「世代」の解釈について理解を深める助けになることを願っています。

01.新世界訳:この世代は決して過ぎ去りません。
02.新改訳:この時代は過ぎ去りません。
(「時代」の脚注、別訳「世代」)
03.回復訳:この世代は決して過ぎ去ることはない。
(脚注、時代や人々による世代ではありません…
人々の道徳的状況による限定された世代です)
04.フランシスコ会訳:今の時代は過ぎ去らない。
(脚注、イエズスはすでにマタイ16:28において
同じようなことを語られた。
これは、当時のある人々の生存中に、
すなわち約40年後に、エルサレムが滅亡することを指す)
05.バルバロ訳:今の代は過ぎ去らぬ。
(「今」の脚注、イエズスの時代の人々を指すようである。
今の代がみな死ぬまでに、エルサレムは滅亡するであろう)
06.文語訳:今の代は過ぎ往くまじ。
07.中央公論社・前田護郎訳:この世は過ぎ行くまい。
08.新共同訳:この時代は決して滅びない。
09.口語訳:この時代は滅びることがない。

だからどうだというのでもないのですが、
こうして見比べてみると
聖書の解釈は一様にできないことが理解できると思います…。

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#635 2018年05月30日 17:19:07

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

わたしが現役だったころ王国会館第二会場には
図書棚があって、過去のものみの塔出版物がずらりと並んでいました。
古いものは1960年代の王国奉仕もあり、閲覧できました。
王国奉仕は「御国」奉仕と言われていたころのものです。
協会の提案で百科事典や辞書なども置くよう言われていたと思います。
また、CD-ROMのワッチタワーライブラリーが出始めて
間もないころでしたから、コンピューターも設置されました。
あと、自由にコピーできるようコピー機もあったわけです。

現在では西暦2000年より前の出版物は
処分するよう連絡があったそうですから、それら古いものは
廃棄されてしまったかもしれません。

それから10年以上の歳月が過ぎ、
相模大野にある大野キリスト教会の
JW関係の集まりに出席するようなりました。
JWの後遺症もあり、
最初は教会に足を踏み入れることを躊躇していたのです。
この教会は一階のロビーに図書棚があります。
もちろん、ものみの塔の出版物はありませんが、
なぜか一冊「啓示の書」の赤い書籍はあったのです。
ここにはものみの塔の教えが間違いであることを暴露している
本はけっこうたくさんありました。当然ですが…。

さて、この書棚を見て驚いたことがありました。
教会ですから、JWでいう世の出版物があるのは当然ですが、
なんと、イスラム教の本や進化論擁護の本まで設置されているのです。
例えば、リチャードドーキンスだったでしょうか、
「盲目の時計職人」などですね。
聖書注解書はありませんでしたが、
タイトルからして聖書を擁護する本はたくさん並べられています。

もし、王国会館の図書に他の宗教の説明書や
進化論支持の本を置こうなどとしたら、
火を見るより明らかな結果が待ち受けているでしょう。
でも、その教会ではそのようなことが平気でなされています。

友人とどうしてそのような本が並べられているのだろうと
話し合ったところ、肯定的な意見と否定的な意見を
自由に閲覧して、自分なりに判断できるようにするためだろうと
いうことになりました。公平性を保つというところでしょうか。

それで、情報統制をして組織に不都合な情報を見聞きさせずに
信者をマインドコントロールで縛っているJW組織には
ぜひ見習ってほしいものだと思いました。

でも、無理でしょうね。
彼らが蔑んでいる世の教会のほうが
公平性を保とうとしているのはまことに残念なことです…。

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#636 2018年05月30日 20:49:29

1,000時間奉仕者
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

1999年より以前発行の出版物は WOL(オンライン・ライブラリ、日々の聖句とか見るやつ)では検索できなかったのですが、この度ぐっと遡って1970年までの資料がネットで見られるようになりました(英語版は「塔」1950年モノまで踏み込めるようです)。

後ろめたいところでもあって古い出版物は新人さんたちに見られたくないんだな、と訝っていましたが、ずいぶんと出血大サービスしてくれたものです。

もちろんお題の「世代」についての赤裸々な断言の数々も読み放題。開き直ったんでしょうか(笑)

#637 2018年06月01日 11:10:07

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

1,000時間奉仕者さん、新規の情報ありがとうございました。
たしかにものみの塔や目ざめよは1970年までさかのぼれました。
試みに1989年1月1日号のものみの塔を見てみましたが、
わたしたちがよく話題にするところは改変されていませんでした。
ただ、年初めに掲載されていた各支部の統計は
製本を見るよう表示されています。
本文がネット上で見られることはありがたいですが、
やっぱり印刷物は必要だなあと思いました…。

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#638 2018年06月01日 15:44:17

Tak
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

1,000時間奉仕者 さんの発言:

もちろんお題の「世代」についての赤裸々な断言の数々も読み放題。開き直ったんでしょうか(笑)

「真理の光はいよいよ明るさを増してきました。」と言いたいのかもしれません。まぶしすぎてよく分かりません。

オフライン

#639 2018年06月28日 17:13:57

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

報告が遅くなりましたが、先月17日JWの脱塔をサポートしている
千葉の稲毛にある教会に行ってきました。
大野教会に引き続いて二つ目になりました。
大野教会で知り合った
カルトを研究している大学院生に案内してもらったのです。
三か月に一度神戸在住の草刈牧師をお招きして
勉強会や相談会が開かれています。
草刈牧師から~兄弟と呼ばれてびっくりした次第です。
JW以外の人からそう呼ばれることはありませんでしたから…。
また、新鮮だったのはその教会の牧師先生の奥様が、
食前の祈りを出席者全員の前でささげたことです。
JWでしたら特別なことがない限り女性が公の場所で祈ることはありません。

出席者は、もとJW、JWの研究生だった方や家族にJWがいる人です。
皆さんはとても真剣にJWの脱塔のサポートについて勉強していました。
大野教会が遠すぎて出席するのが難しいのでしたら、
ぜひ、こちらの方へいらしてみませんか…。
https://www.alliancechurchchiba.jp

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#640 2018年07月07日 15:31:26

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

千葉キリスト教界でのJWについての勉強会ですが、
次回は8月17日(金)に開催されると聞いています。
期日が近くなったら直接問い合わせることをおすすめします。
時間は午前10:00からです。

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#641 2018年07月16日 14:50:15

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

草刈牧師は事情があって、JWに対し逆伝道を試みています。
わたしたちからすると「逆証言」というところでしょう。
そのとき話題にすることを話してくださいました。
1.新約聖書には神の名前が本文には表れないこと。
2.BC607年の根拠について。
3.神の経路の聖書的な根拠。
以上のようなことをJW側に説明を求めて、
それが聖書的に間違っていることをお話しするそうです。
きちんと説明できるJWもいるようですが、
たいていは返事に窮するそうです。

逆証言が効を奏して脱塔に導くことができた人もいるのですが、
その人から「夢を覚まさないでほしかった」と
言われたこともあったそうです。

現実より夢のほうがよかったということは
誰にでもありそうですね。
人間の心情や気持ちって非常に複雑です。
人を助けるのはほんとうに難しいことだと思いました。

カルト宗教にいる人は出たいのだけれど、
どうしてよいのかわからない場合と、
出るべき理由がわからない場合と二通りあるような気がします。
理由がわかれば出ようと努力するかもしれません。
現在はネットが発達してJWに関しても多くの情報があります。
他の人の脱塔を直接助けることはほとんどできないでしょう。
研究生になるときも同じことを言われていたと思います。
自分で調べて、自分で納得して脱塔しましょう。
一緒に脱塔する仲間がいればもっといいです。
わたしたちも応援していますから…。

オフライン

#642 2018年08月06日 09:32:12

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

てつてつさんが「とりあえず書き込み用」で紹介された
「十字架か杭か」は下記のURLから閲覧、ダウンロードできます。
脱塔用資料としてここに記録しておきます。

http://1st.jwtc.info/uploads/photos/62.pdf

オフライン

#643 2018年08月06日 11:33:40

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

知りませんでしたラハムさんありがとうございました

オフライン

#644 2018年08月23日 17:27:31

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

脱塔後JWについて聞かされる悪い評判はほとんど信じられるようになりました。
しかしながら最近、それってほんとうだろうか、
悪い評判のJW組織でもそこまでしてしまったら非常にまずいと
思うような話を読むことになったのです。
どこに書こうかとちょっと思案していたのですが、
そんなこともあるんだということを皆さんに知ってもらいたくて、
なじみの掲示板にしてみました。

ブログで「魔物の子・元JW1世」というのがあります。
URLは https://ameblo.jp/lilac39/ です。

全部読み切っていませんが、
この方は元姉妹で、わたしとほぼ同世代のようです。
JW歴はわたしより先輩のようです。
家族に障害者もいるそうでエピソードを読んでいると
非常に共感できるところが多いのです。
また、出席された大会での出来事を読んでいて、
わたしも同じ大会に出席していたことを思い出せます。
とても共感できるのでこれからも楽しみにしているのです。

ところがブログ・最近の記事の「78<組織に対する認識>」の中に、

>さて、2009年ごろだったか?新しく賛美の歌ががらりと変わった。
>その中にイエスがらい病人に示された哀れみについて歌ったものがあり、
>1番の歌詞は好きだったのだが、2番目の歌詞に「統治体、彼らを讃えよう」
>というくだりがあった。
>讃えられるべき存在は神だけではないか?と不信に思い、
>その歌詞の部分は嫌悪し歌わなかった。

という一説があったのです。
わたしも統治体のやり方は嫌悪しているし、
世の中で最も信頼できないものの一つだとも考えています。
しかしながら、偶像崇拝を嫌悪しているJWが賛美の歌の中に
「統治体、彼らを讃えよう」などということばを
果たして含めるだろうかととっても疑問に思いました。

そこで、倉庫に行きごそごそ探してみると、
『「エホバに歌う」-歌詞のみ・大文字版』を発見しました。
このころはもう集会参加はしていませんでしたが、
記念式に出席したとき、もらったものだと思います。
目次を見たところ84番の歌は「わたしはそう望みます」があり、
ブログの内容にあっているようです。
二番の歌詞は

神の良い備え 思慮深い奴隷 彼ら助け支えよう
救いを広めて 苦しむ人には 優しさ示して
心からこう言おう 「わたしはそう望む」

この本の見開きを見るとたしかに2009年発行を確認できますので、
おそらくこの賛美の歌に収録されていると思いますが、
ほかの歌の本をお持ちなら確認してもらいたいです。
別の本に収録されているかもしれません。

それにしても「統治体を讃えよう」などという歌詞が出てきたら、
つまずく人が多数出現して脱塔しやすくなったと思います。
そうしたことがあれば、面白いのにと思うのですが、
わたしの本では確認できませんでした。

人間というのは思い込みや勘違いがあるものです。
組織にいて苦い思いをたくさんさせられると
どうしても勘違いが悪い方向に引きずられるのかもしれません。

仮にそのようであったとしても、
統治体は神の上に自分を高めているようですから、
その姉妹の述べていることは正しいと思います…。

編集者 ラハム (2018年08月24日 10:47:21)

オフライン

#645 2018年08月24日 10:59:35

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ささらほーさら さんの発言:

「思慮深い奴隷~、彼ら支えよう」を「統治体、彼らを讃えよう」
という風に誤って記憶してしまったのではとわたしも思います。

ささらさん、コメントありがとうございます。
わたしは自分の書き込みを読んでみて気づいたことがあります。
「支えよう」という発音「ささえよう」ですが、
「讃えよう」の発音「たたえよう」の母音と同じなので
ささえよう、が、たたえように聞こえてしまったかもしれないと思いました。
漢字表記で見れば明らかに異なっているのですが、
耳で聞く場合同じような発音に聞こえることはけっこうあります。
組織は最近解釈を変更して、思慮深い奴隷=統治体にしました。
それで、その姉妹の認識がぐちゃぐちゃになったかもと思います。
わたしと同じ世代ぐらいの方のようですから、
60代と推測していますが、耳の性能が落ちてくるのは悲しいものですね。
聴力も大切にしたいと思います…。

オフライン

#646 2018年09月22日 18:02:55

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

これはほぼJWのことですね。
輸血を拒否する宗教はJW以外聞いたことがありませんので。
現役の皆さんは心して読んでいただきたいです…。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=2018 … midr-sctch

オフライン

#647 2018年09月22日 18:13:56

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

これもほぼJWのことですね。
医師を苦悩させ退職に追い込むとは…。
JWは自分の良心をしきりに主張します。
医師の良心を考慮したことがあるのでしょうか。
もし、あす突然統治体が輸血拒否は聖書的根拠がない、と発表したら、
現役の皆さんは、それでも、これまでの良心に忠実でありたいから、
断固として輸血拒否を貫くでしょうか。

もし、それでも輸血拒否を貫徹したらまっとうなJWとして
エホバとイエスからお褒めの言葉をいただけるでしょう。
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20 … 2/?from=yh

編集者 ラハム (2018年09月22日 18:23:27)

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#648 2018年09月25日 05:19:35

相談者
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

協会の指示で、年に一回訪問拒否の家を訪ねるのと同様に、不活発、排斥、自然消滅者を励ますと称して長老たちが捜査する様な指示が出ている様だと聞いたのですが。
JW関係者がうちの敷地内に入ってきた時に不退去罪は適用できますか。実際に行使された方はおられますか?。どなたかご教示下さい。

まず、退去してほしい意思表示をする(帰って下さいとはっきり3度に渡って相手に言う)

相手が退去に要する十分な時間を取る(服を着る、荷物を片付けさせる等)

上記の時間を取らせないうちに相手を突き飛ばす等の行為に及ばない

退去しない場合、警察に連絡する意思があることを相手に告げる

それでも退去に及ばない時110番する。

だいたいこの様にすれば良いのかと考えています。不退去罪はたとえ肉の親兄弟であっても適用できるとききましたが。

#649 2018年09月25日 10:46:51

さやか666
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

素晴らしい対応だと思いますよ

ハッキリと帰ってくださいと言えば、90%くらいの人は一度で帰るのではないでしょうか

根拠はありませんが

#650 2018年09月25日 12:30:11

相談者
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

さやか様ありがとうございます。
証拠に録音と動画を撮影して、相手が肖像権がうんたらかんたらといわれても抵触しないのかちょっと気になりますが。
巡回区の長老の集まりでお互いの区域の捜査情報を交換しているようです。
もちろんスパイ平信徒の密告もあります。

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