ログインしていません。

#626 2017年12月16日 11:28:32

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

きょう、12月16日はわたしの脱塔記念日です。
誕生日のようにお祝いしたりしませんが、
生涯忘れることがない日だと思います。
あすから脱塔15年目が始まることになります。

14年前の12月16日最後の集会に出席し、
奉仕会の紹介の言葉を扱ったのを
最後に集会出席を辞めました。
当時奉仕のしもべでしたが二人の長老に
僕を降りることを告げていました。
わたしは、奉仕のしもべに任命されるとき、
長老二人の前で自主的に立場の受け入れを宣言したので、
信じられなくなったとはいえ、無責任な辞め方は
したくありませんでした。だから、最後の割り当てを果たし、
集会の参加を辞めたのです。

奉仕のしもべの削除が発表されたのは、
それから半年後でした。

その集会から帰宅して、近所のすし屋に行き、
おいしいものを食べながら脱塔の祝杯を一人で上げたのです。
そのすし屋もたぶん主人の高齢化で店を閉めたようです。
あれから、丸14年ですが、ずいぶん経ったものです。
脱塔したことを後悔していません。
取り戻した霊的・精神的自由を
これからも謳歌し続けようと思います

オフライン

#627 2017年12月16日 13:03:47

野の花
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ラハムさん 脱塔記念日おめでとうございます。乾杯~。

私はラハムさんよりもう少しだけ早くに自然消滅
(断絶届は今年)しましたが同じように後悔していません。

それどころか あのまま組織に留まっていたら今頃年金無しの
老後の不安で鬱になっていたと思います。

年金も生命保険もJWは信仰があるので払わないんですと
司会者や他の姉妹から言われていました。

脱塔後すぐに生活を立て直すことを考えて必死に働いて来ました。
集会や奉仕や会衆内のお年寄りの世話に当てていた時間を働いて
天に宝のつもりだった寄付も貯金し将来に備えました。

そのため贅沢をしなければ経済的には死ぬまで不安なく
生活できるようになりました。ギリギリセーフ(;^ω^)。

’87~88年頃 日本で大勢(800人?)の特開者が降ろされ
これからは正規開拓者として生活するようにと海老名支部から
言われましたが現在年金世代の彼らがどんな生活をされてるのか
興味があります。
まさか生保ではないですよね。

編集者 野の花 (2017年12月16日 13:14:04)

オフライン

#628 2017年12月16日 15:36:50

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ラハムさん おめでとうございます

取り戻した霊的・精神的自由をこれからも謳歌し続けようと思います

楽しんでくださいね kiss

脱塔後すぐに生活を立て直すことを考えて必死に働いて来ました。
集会や奉仕や会衆内のお年寄りの世話に当てていた時間を働いて
天に宝のつもりだった寄付も貯金し将来に備えました

野の花さん大変だったんですね cry  なんとなくお金持ちの奥さんかなーなんておもってましたので

年金も生命保険もJWは信仰があるので払わないんですと
司会者や他の姉妹から言われていました

自分もそういわれて開拓時代免除の申請してました あとで払いましたけど 貯金があと一月分の生活費しかなくなって開拓おりました そのときは0になるまでやらなきゃ信仰が少ないのではと自責の念にかられたことを覚えています cry

まさか生保ではないですよね

生活保護しかないのではないでしょうか cry

編集者 てつてつ (2017年12月16日 15:44:25)

オフライン

#629 2017年12月16日 16:14:25

鬼太郎
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

本当に罪な組織ですね。
最後はエホバが養って下さる  幾度も言われたものです。
本当にJWにあてはまるかどうか、還暦を過ぎた開拓者だった現役JW達は知ることになりますね。
もうとっくに楽園になっているはずでしたから、、、。

オフライン

#630 2017年12月16日 16:57:55

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

野の花 さんの発言:

’87~88年頃 日本で大勢(800人?)の特開者が降ろされ
これからは正規開拓者として生活するようにと海老名支部から
言われましたが現在年金世代の彼らがどんな生活をされてるのか
興味があります。
まさか生保ではないですよね。

野の花さん、てつてつさん、
わたしの脱塔記念日に祝杯を挙げてくださり、
ありがとうございました。
この掲示板に集う、
いやすべての脱塔者の健康を祝し続けたいです。

さて、野の花さんが述べておられることですが、
当時、能登半島珠洲市で奉仕していた特別開拓者の
女性たちに事情を聴いたことがありました。
このころ社会的に「リストラ」ということがはやりで、
特別開拓者から正規開拓者に移行することを
「リストラ」と表現していたのを思い出します。
年配の女性と比較的若い女性のペアでした。
協会から正規に戻るすすめの手紙が来て、
その提案に従っていました。

ところが後日その提案というのは日本支部委員が
地帯訪問者の言葉を誤解してなされ、
誤解したことを統治体から知らされたということだったのです。
それで、正規に戻った人たちに再度特別開拓に復帰するよう
知らされてきたということでした。
たぶん、元の地位に多くの人は戻ったのでしょう。

でも、わたしは特別開拓者の老後というのは聞いたことがありません。
その時代協会から支給される生活費を「手当」と表現し、
後ほど「払戻金」という言い方になったと聞いています。
これをいつまで支給してくれるのか知りません。
多くのJWの場合「国民年金」に加入することになりますが、
掛け金を支払っていても、知ってのとおりその年金額では
生活全般を賄うことが不可能な額です。

ですから、国民年金での不足分は
生活保護を当てにすることになってしまうのが現状でしょう。
自分たちが老年期に突入する前に楽園が来て、
すべてがバラ色になるはずだったのですが、
それは無情にもはかない夢だったのです。

わたしは幸運にも親が準備しておいてくれた資産を
賢く活用することによって生き延びていますが、
親がJWであってもどこまで準備してもらえるのか、
当てにすることはできないでしょう。

現役の皆さんは現実を見据えて、
将来の生活を計画しなければならないのです…。

編集者 ラハム (2017年12月16日 16:59:42)

オフライン

#631 2017年12月16日 17:54:45

鬼太郎
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ラハム兄弟 親御さんが資産を準備しておいてくれて、本当に良かったですね。
金は身の守り ですね。
現役の時は、稼ぐことが悪いことのような、変な価値観でした。
某巡回監督などは、『全時間働くのは物質的な人、パートで働くのは霊的な人』などととバカ丸出しの話をしました。

オフライン

#632 2017年12月16日 23:20:58

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ラハムさん、脱塔14周年おめでとうございます。
本当に素晴らしい選択をなさった記念日ですね。
これからもラハムさんらしく、充実した日々をすごされますように。

オフライン

#633 2017年12月17日 01:12:10

野の花
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

てつてつさん
>野の花さん大変だったんですね。  なんとなくお金持ちの奥さんかなー
なんておもってましたので

主人と知り合った時には私は当時住んでいた家のローンを払い終えて
いました。そのため自立している 堅実な考えの人と信用してもらえたと思います。


ラハムさん
>当時、能登半島珠洲市で奉仕していた特別開拓者の
女性たちに事情を聴いたことがありました。

ラハムさんの記憶力にはいつもダツボー(笑)
王国宣教に毎月の特開者数が載っていて ちょうどその頃
支部の長崎兄弟が会衆に講演にいらした時 食事招待をして
特開者の激減理由を聞いてみたのです。
ご夫婦共に感じが良く楽しく過ごしました。

長崎兄弟は丁寧に説明して下さったのですがどうもウヤムヤで
多分頭の良い人が聞いてもスッキリしない内容でした。
本当はお金が理由ですよね。でもそこを何とかはぐらかそうと
するとウヤムヤになってしまう(笑)

私の親族にベテラーがいたのですが彼はベテルを出た後
未信者の父親に滞納していた国民年金数百万円を払って
もらいました。ラッキーな例ですね。

編集者 野の花 (2017年12月17日 01:14:03)

オフライン

#634 2017年12月17日 14:18:37

またい7:7
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ラハム、おめでとう。遅れてごめんなさい。
      心から。

#635 2017年12月17日 18:37:29

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

irisさん、またい7:7さん、
脱塔祝いのお言葉をありがとうございます。

皆さんにお祝いしてもらうというよりは、
自分の人生の整理をし、気持の整理も成し遂げてゆくという
意味で書き込んでみたのです。
これほど皆さんに喜んでもらえると思いませんでした。

その同じ時期、ちょうど50年前のきょう、
施設にいたわたしに連絡があり、葬儀に出席することになった
おばさんの50回忌として墓参りをしてきました。
当然、お布施を納めて塔婆も立ててきたのです。
弟や甥の家族の協力を得てできたことです。

JWからすれば偶像崇拝であり、バビロン的なことです。
でも、わたしはこのおばあさんの復活を見るために
命がけでJW人生を歩んできたことも厳然たる事実なのです。
脱塔することはこの希望が実現せず無意味であることを
認めることが必要でした。
わたしは断腸の思いであきらめたのです。

わたしも還暦を超えました。
50年の歳月は非常に長く感じています。
まさか、50年前のおばあさんの50回忌を計画することなど、
考えることがあるとは想像すらできませんでした。
おばあさんの思い出にけじめをつけ、
自分の気持ちを整理するための行動だったのです。
これからは思い出を大切にして生きようと思います。

考えてみれば、JWも法要に近いことをしています。
それは、毎年必ず行われている記念式の行事です。
イエスが西暦33年に亡くなったとすれば、
2000回近く記念式があったことになり、
思い出していることになるのです。
だから、別の表現では二千回忌ということでしょう。

JWがキリストを愛して毎年思い出す行事をするなら、
わたしたち一人一人が大事に思ってきた人を
思い出すための行事をすることに異存はないのです。

現役の皆さんは、人が人間として心の内で
何を大事にする必要があるのか
ぜひ深い考察をしてほしいと思います。

編集者 ラハム (2017年12月17日 18:40:13)

オフライン

#636 2017年12月17日 20:22:49

三太郎
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

いつの日か必ず、おばあさんに会えますよ、ラハムさん。きっと。
私は自分のじいちゃん、ばあちゃん、その他の方々、本当に自分に良くしてくれた人に、いつの日か会ったなら、何も返せず、お墓にも行けなかったことを謝りたいです。

#637 2017年12月18日 15:08:15

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

子どもが重い病気や障害を負うことになって、復活のときにその病気や障害がなくなることを希望として、そのためにエホバの証人をしている人も少なくないように感じます。ものみの塔の出版物でもそのような体験談を読んだことがありますし、実際にそのような親子と関わったこともあります。

そのような希望をもって満足している方には何も言うことはないのですが、それが本当に慰めになるのか疑問に思います。そのような希望のために「エホバに献身」して、世を否定して生きることが本当に幸せなのでしょうか。

特定の信仰を持たなくても、この世の命を終えた後に天国や極楽で親しい人と再会すると期待している人は珍しくないと思います。また、天国や極楽でも病気や障害に苦しむと思っている人はあまりいないのではないでしょうか。そうなるとエホバの証人でなくてもいいように思います。

私も亡くなった祖母や子どもたちに天国で会うことを楽しみにしています。地上では短い命だった子どもたちも、天では曾祖母と楽しく遊んでいることでしょう。科学的根拠はなくても、それが私にとっての慰めになっています。

オフライン

#638 2017年12月18日 15:32:25

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ラハムさんの真剣な思いは尊いものと思います。

それだけに、ものみの塔の組織のほかに慰めとなるものと出会えていたらと思わずにはいられません。
それが宗教である必要はありませんが、宗教であってもよいと思います。

オフライン

#639 2017年12月18日 17:07:14

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

子供たちって irisさんの子供さんですか おばあちゃんは順番で仕方がないとしても 子供さんは残念でしたね cry

オフライン

#640 2017年12月28日 17:07:25

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

世の中のことわざに
「地獄の沙汰も金次第」というのがあります。
この言葉の意味を知らない人はいないでしょう。
これを文字ってこれから、
「任命の沙汰も金次第」、
「排斥の沙汰も金次第」をしたためてみたいと思います。

この掲示板にも何回か書き込んでくださった、
「パパさん」というもとJW兄弟のブログがあります。
このブログに
「長老や奉仕の僕になる為の秘訣」という記事があります。
「https://ameblo.jp/beth-sarim/entry-12318653270.html」ですね。
この記事を読むと彼も入信したての頃は、
早く奉仕のしもべになり、特権を得たかったと述べています。
そこで友人に相談すると巡回監督に心遣いを渡すよう提案されたので、
これを実行したところ、あっさり任命されたいきさつが述べられています。
金額も3万円だったということですね。

わたしは最近までわいろが使われて任命に影響があることを
知りませんでしたから、へどが出そうなぐらい不快になりました。
ひと月ぐらい気分的におかしくなったぐらいです。
集会や奉仕に熱心で霊的に成長できれば、
わたしのようなものでも僕や長老になれると
心の底から信じ切って必死の努力を払い続けてきたのです。
でも、努力などせず、ちょっとわいろを工面すれば、
あれほどの苦闘を払う必要はありませんでした。
当時、それぐらいのお金は持っていましたから…。

このことを最近脱塔した友人に話したところ、
彼はわいろが使われているのを知っていたと話してくれました。
彼は二世で、父親がJW長老歴50年以上の人物です。
あるとき父親からこっそり打ち明けられました。
ひとりの姉妹の審理問題を扱ったとき、協会から連絡があり、
その人を排斥しないよう通達されたそうです。
理由はその人が協会に直接多額の寄付をしているからだというものでした。

だから、排斥にあたるようなことをしていても協会に直接
多額の寄付を送金していれば、処置を免れる可能性があります。
わたしはこれを聞いて、排斥されて復帰したい人は
多額の寄付をすれば、早急に復帰できるかもしれないと思いました。
復帰を認めてもらうのはたいへんな努力を必要とされますから…。

最近、協会は寄付に飢えているような傾向がありますので、
効果絶大だろうと思うのですが、いかがでしょうか。

それにしても、自らが軽蔑しているこの世よりも金に汚いです。
やはり、脱塔して大正解だったというのが真実でしょう。

「地獄の沙汰も金次第」、
任命の沙汰も排斥の沙汰も金次第というところに
現役の皆さんはとどまり続けたいのでしょうか…。

編集者 ラハム (2017年12月28日 17:09:22)

オフライン

#641 2017年12月28日 17:33:05

とおりすがり
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

>理由はその人が協会に直接多額の寄付をしているからだというものでした。

あー、やっぱり。
それもあるかもしれませんが、お偉いさんのどなたかに直接個人的な寄付をしていた可能性もあるとおもいます。

#642 2018年01月05日 16:33:37

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

JWICに書き込んだものです。もう14年近く前の投稿ですが、
今、読み直してみても気持ちは変わらないなあという
印象が強いですね…。

「30歳を過ぎて理学療法士になられた方へ」

(2004/6/21)
わたしは兄弟の気持ちがよくわかります。わたしも組織に30年
近くいましたが、ついに結婚できませんでした。いや、つきあってくれる
女性も皆無に等しいものでした。交際を申し込んだとき、
わたしの話も最後まで聞こうとしない人がほとんどだったのです。

わたしの場合、正規開拓奉仕をおこない、奉仕の僕となって
書籍研究の司会、奉仕会、神権宣教学校、公開講演など、
いわゆる長老でないと果たすことができないとされること以外は、
およそ何でもおこなってきたのですが、そのようだったのです。

兄弟は理学療法士になられて、援助の必要な高齢者や肢体不自由者に
接することを職業とされましたから、わたしの経験よりも
肢体不自由者の兄弟の経験のほうがなじむであろうと思いますので、
最近組織を離れた理由を手紙で知らせてきた、
障害を持つ、兄弟の経験をお伝えしたいと思います。
彼に許可をいただきましたので、特定されない程度に
手紙を引用してみたいと思います。

-以下引用文です-

…わたしが組織に、はいってきた理由のひとつとして、
世の中では障害者として疎まれているわたしが、
聖書のすばらしい原則を信じ実行している人々の中から、
自分が愛情を注ぎ、偏見もなく自分をも愛してくれる
女性が見つけられるという期待感もあったのですが、
これは完全に裏切られる結果になり、
つまづかせるものになってしまいました。

わたしが女性を見る目がなかったというのもあるとは思います。
わたしとしては霊的であれば、きっとわたしの人間としての
価値を認めてくれ、障害を持っている障壁を乗り越えることが
できると考えました。でも、そうではなかったのです。

この15年間は必死になって配偶者を見つけようと努力をし、
見合いもしたのですが成立しませんでした。交際相手を見いだそうとして、
せめて交際だけでも申し込むのですが、それも成立しませんでした。
こうしたことが幾度も生じ、わたしは「人間としての価値がないのだろうか」
という思いに、取り憑かれたようだったのです。

あるときは、同じ障害を持つ娘の母親からわたしに向かって
「兄弟は結婚する資格はない、王国会館を背負ってあげてもらっている人が
自分の娘の世話をできるはずがない」という暴言までありました。
この二人はともにバプテスマを受けています。

わたしたち人間は生まれてくるときの状態をだれも選択はできません。
ましてや、障害者になるかどうかなどは選択の余地はないのですが、
真理を知ってエホバの特質を反映していると主張している人々の中から、
無理解どころか、傷つけ打ちのめすようなことばの出てくることが
わたしには信じられませんでした。組織と交わったわたしには期待とは、
逆のことが生じてしまったのです。
 
でも、悪いことばかりではありませんでした。わたしがほんとうに
霊的であろうと、努力してきたことを認めてくれる人はいました。
**姉妹や##姉妹、現在ヘルパーに来てくれている$$姉妹も
そうだと思いますし、わたしの人生においてみなさんは貴重な存在です。

エホバの証人として聖書を学んできた者として残念な感じ方かもしれませんが、
パソコン教室や他のことを通して多くの慰めを得ていることにも
気がつきました。わたしとしてはより霊的な人として成長するために
努力をしてきても、自分の人間としての価値をほとんど認めてもらえなかった
と思うわけですが、パソコンの指導は、いくらかの収入になり、
尊敬され、感謝されることが多くなりました。

また世界中では戦争やテロの脅威があるわけですが、日本において、
特にわたしにとってかもしれませんが、障害者にとって
生活しやすくなっており、社会全体としても、わたしが子どもだった
ときよりも積極的に手助けしてくれ、やさしくなっているというのが現状です。

今のわたしにとっては、聖書の言う終わりの日のしるしとは正反対のような
気さえするのです。いったいどうなっているのだろうかとさえ思います。

わたしは自分の意志と選択によってエホバの証人になりましたので、
そうなったことについて後悔はありませんが、
あまりにも自分を傷つけすぎました。これを回復させるには
膨大な時間が必要であり、おそらくは人生の幕を閉じるまで
背負っていく荷なのでしょう。ですから、どうぞ温かく見守ってください…

-ここまでが引用文です-

彼がリハビリを施されたのは小学生時代でした。
現在から40年以上前の出来事でしたが、そのころのリハビリの考え方は
不自由に生まれて身体的な機能が欠損している子供たちに
スパルタ式の残酷で非人間的な訓練をおこない、無理やりにも、
健常者の社会に物理的適合をさせようとするものでした。
それは非常につらく苦しいものだったのです。

現在では、バリアーフリーという言葉がちまたで聞かれて、
障害を持った人々の必要に合わせ、さまざまな改良改善がなされ、
精神面でも、物理面でもハンディというものを軽減しようという方向に
社会全体が動いていると思われます。

わたしはこの広場の投書に組織での障害者に対する扱いを書きましたが、
それは主に彼のことでした。(2-28-04)

エホバの証人は聖書の預言を現代に当てはめて、
社会全体の愛が冷えることを主張しています。
でも彼の話では、自分が車いすで病院の外を出歩くようになった、
30年以上前と比べると現在のほうがずっと暖かく、親切で
人々が気軽に声をかけて、サポートを申し出てくれるそうです。

兄弟は霊的な差別の存在することを述べておられましたね。
まったくそのとおりだと思います。
エホバもイエスも外見を見ずに心を見ると聖書は述べています。
当然、エホバの証人もそうであるべきですが、現状は違っていました。

もしそれができるのであれば、真に聖書的・霊的であれば、特権の有無や
身体上のハンディに左右されることは非常に少なかったでしょう。
それですから、彼もわたしもパウロが述べたテモテ第二3章の終わりの日の
自然の情愛がないとか愛が冷えるというイエス・キリストの
預言を自ら成就させているのは、
エホバの証人全体としての傾向だと考えています。

組織を離れて彼は、半年になろうとしていますが、
自分の所属していた会衆には80人ほどの成員がいても、
この手紙に現れる**姉妹以外からは
電話の一本、はがきの一枚もないそうです。

長老も4人いますが、最初のころ同じ群れの長老からいくどかの
電話があっただけで、ほかの3人からは何もありませんでした。
彼は電話をかけてきた長老は彼を大きく傷つけたゆえに
非常に嫌っていましたので、電話をしないように
伝えたところそれっきりになりました。
##姉妹は以前から親しかった近隣の会衆の人です。

彼はエホバの証人ではない友人の提案で視覚障害者を含めた
パソコン指導の技能を身につけ、パソコン教室を開いており、
手紙で述べられているように、組織では得ることのできなかった、
感情的な必要を満たすようになっています。

編集者が兄弟の投書に対するコメントで述べてくださっているように、
高齢者や身体の機能にハンディのある人々を扱うには、
エホバの証人のおこなっているような一律の価値観を押し付けたりせずに、
その人々のありようを受け入れ、個々の人の人間としての自尊心を保ちつつ、
残された機能を最大限に活用できる道を模索することが必要でしょう。

こうした事柄は、組織の拡大に貢献せず、役に立たない人々に
無関心になっていくエホバの証人全体の傾向とは大いに異なります。

わたしも長いこと組織と関係を保ってきた人間ですから、
編集者が「神の神経学」で述べておられるように、進化の過程で
「内なる神」という概念を獲得してきたことを受け入れておりませんが、
反面「内なる神」という概念は長いこと神に関する考察を続けてきた
わたしには、疑問に関してひとつの答えが与えられたと感じております。

外なる神や内なる神が存在するのかどうかは別にしても、
この投書を読んでいる、兄弟やわたしたちが存在し、
この世の中の片隅で生きていることは厳然たる真実だといえるでしょう。

そして、このサイトの編集者も彼もわたしもあなたも
人としての良心を持ち、他の人の福祉を顧みたいという
気持ちを抱いて生活していることも真実なことです。
これがわたしたちにとっては「内なる神」かもしれません。

早い時期に組織から出てリハビリや他のことをおこなえばよかったと
考えて悔やむことは当然のことです。ですから、後悔を感じるのであれば、
そう感じることは、その人にとって必要なことですので、
そのように感じる自分を受け入れて愛し、大切になさってください。

そして、その中から立ち上がってきたときに、自分がいたことを悔やんだ組織で
学び知ったことが、きっとリハビリで扱う人々の必要を顧みるために
役に立つことが少なからずあることを発見できるでしょう。

あなたにお会いすることはないであろうと思いますが、
同じ空の下で生きており、同じような苦難を味わったもの同士として、
わたしは残りの人生をできる限り有意義に生きていくつもりです。

どうぞ、ご自分の人生の持ち時間を大切に有意義に送ってください。
そして、最善・最良の配偶者が見つかることを願っています。

《編集者より》
ものみの塔の教える「終わりの日」の証拠の一つとして、
現代の社会の愛が冷えていることがよく上げられますが、
あなたも、あなたの障害者の兄弟も書いているように、
必ずしもそのようなことは言えないと私も思います。
人の愛の表現の仕方が変わっていることは、
全ての人間の行動と同様、時代と共に変化するので当然ですが、
昔のような愛情表現がなくなった代わりに、
昔なかったような愛情の表現が出てきたのも確かでしょう。
障害者に対する扱いはその一つの例でしょうし、
高齢者、女性に対する扱いも、社会全体としては
昔よりはるかに愛情があるように思います。
これも、ものみの塔協会がいかに物事を
一面的にしか見ないかを示す、一つの例だと思います。

私の著書で論じた「内なる神」について言及されていますが、
「内なる神」の元型は、やはり誰にでもある
愛情、同情、哀れみ、良心などであると思います。
これが組織だった個々の宗教よりも、
人の心(脳)に普遍的に存在し、人の宗教心の原点になっていること、
それが「内なる神」を論じた私の本の一番の論旨なのです。
あなたも多分気がついておられると思いますが、
あなたも私も、多くの元エホバの証人も、
その外形はどうであっても「内なる神」において、
共通のものを分かち合えるのではないでしょうか。
これが私の訴えたい結論なのです。

この書き込みに出てくる障害を持つ兄弟というのは
読み直してみるとわたし自身です。
脱塔した直後だったので、特定されることを
懸念していたのだろうと思います。
いまとなってはどうでもいいことですが…。

オフライン

#643 2018年01月05日 17:13:54

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

>彼がリハビリを施されたのは小学生時代でした。
現在から40年以上前の出来事でしたが、そのころのリハビリの考え方は
不自由に生まれて身体的な機能が欠損している子供たちに
スパルタ式の残酷で非人間的な訓練をおこない、無理やりにも、
健常者の社会に物理的適合をさせようとするものでした。
それは非常につらく苦しいものだったのです

ラハムさん本当に大変だったんですね cry  今年もよろしくお願いします

オフライン

#644 2018年01月06日 07:05:16

野の花
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ラハム さんの発言:

組織の拡大に貢献せず、役に立たない人々に無関心になっていく
エホバの証人全体の傾向、、、、、

組織に交わり始めた時から気付いていたことですが
世の人と比べるとJWは全体に計算高い信者が多いです。

地味で目立たない中高年の姉妹に対して若い開拓姉妹達の
まるで そこにいないかのように振る舞う態度。

しかし一旦地味目姉妹に年頃の息子が他の会衆にいたり
見かけによらず資産家で寛大だったり 特別な自分に役立つような
技能を持っていたりすると突然別人のように親しげに近づいて来る。

巡回・地域監督の中にもいました。
外国それも欧米に対する憧れが強く出来れば移住したいと考えてる方々。
ヒトの足元を見て態度がころころ変わる。
その状況を間近に見て時に笑いをこらえるのが大変なこともありました。

理由を考えてみました。

+統治体の最重要事項が組織の拡大。

+信者たちには生活に制限が多く世の人達のように幸せになる
チャンスが少ない為 何とかチャンスを掴みたいと頭がいっぱいに
なっている。。。からでしょうか。

貧しい国に行くと普通に見られますが 一般日本人の場合もっと
おっとりしています。

野心的な若い姉妹たちを多く見て来ましたが組織を出た現在は
飼い殺しのようにされている彼女たちに憐れみを感じます。

編集者 野の花 (2018年01月06日 08:40:41)

オフライン

#645 2018年01月06日 10:12:18

鬼太郎
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

組織から出て、客観的に観察すれば、、檻の中の動物園です。
悲惨なのは、姉妹達、、、若い時はちやほやされて正規開拓者、それから時を経てお局様、その後は、、、。
誰からも相手にされなくなる、つまり飼い殺しの最終章。
兄弟でも、一度梯子を外されると特権無しでの晒し者です。
近隣の会衆での話です。
若い独身の奉仕の僕Hが長老に抜擢、その後他の長老達が移動等でいなくなり、百人近い成員の会衆の一人長老に、、。
H兄弟は、優しく線が細いタイプ、その会衆は個性的な兄弟姉妹が多く、客観的に見て負担となることは予想できました。
結局のところ、重圧に耐えられず、長老を降りてしまいました。
特権を自ら降りると、組織としてはその後は僕の任命もせず、放置されたまま。
H兄弟も飼い殺しの犠牲者の一人です。

オフライン

#646 2018年02月02日 16:50:16

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

以下の記述はものみの塔出版物の引用箇所を見つけることが
どうして非常に難しいのか説明したものです。
ずいぶん前からワッチタワーライブラリーがあり、
比較的容易にコンピューターで検索することができます。
ライブラリーは1997年ごろからあったと記憶しています。
日本語版では1970年から収録されていました。

最近ではjworgからネット上で検索できますね。
これは2000年以後の文書だったと思います。
コンピューターやタブレット、スマホでも利用できます。
それで、これらのどれかのアイテムがあれば、
直接印刷物を見る必要がありません。

思い出してみると公開講演の筋書きにはたくさんの出版物が
引用されていて、製本などを机の上に山積みしていました。
出典個所を探して読むことは膨大な時間がかかりました。
わたしは二週間かひと月ぐらい前から準備したものです。
いまはタブレット一台で準備できるのですね。
すごい文明の利器です。
もしかすると講演者のタブレットには筋書きも入っているのかな…。

でも、脱塔してからいわゆる世の聖書注解書や
聖書に関する本を読むようになったら、
なんて幼稚な資料を読まされていたのだろうって、
思うようになりました。良い面もあったかもしれませんが、
ほぼすべてが霊的なジャンクフードだったと思います…。

-ものみの塔の引用文について-2004/08/18

2004/08/06の投書で次のようなものがありました。

≪エホバの証人の教義の第二部のところで、忠実で思慮深い
奴隷についての3節目に「1967年10月1日号のものみの塔に聖書は
ものみの塔に属する本であり、個人がどんなに真剣に研究しても
組織の助けがなければ正しい解釈ができない、と言い放っている」
とありましたが、私はその号の製本されたものを持っていますが、
どこを見てもそのように書いてある箇所を見つけることはできませんでした。
何ページの何節にそのようなことが書かれているのでしょうか?≫

わたしもこれを読んで気になりましたので、押入れのダンボールから
1967年と1968年の製本を取り出して、引用文を探してみました。

わたしが探してみた限りでは、以下に引用する、
日本語版ものみの塔1968年1月15日号43ページ9節だと思います。

≪それで聖書は組織の本であり、個人にではなく、一組織としての
クリスチャン会衆に属するものです。個人的に聖書を解釈できると、
たとえ、誠実に信ずる人がいても、その事実は変わりません。
ゆえにエホバの見える組織を度外視して聖書を正しく理解することはできないのです≫

この一文は「エホバの組織とともに自由を見出す」という研究記事の
「聖書は組織の本」という復見出しの中にありました。

同時出版になり、ずいぶんたちますので、明確に書くことはできませんが、
わたしの記憶している範囲では、ものみの塔という雑誌が、英語と日本語で
同時出版になったのが1985年ごろだったと思います。

このころ同時出版になるので、組織が重要だと考える研究記事を
1984年後半発行の日本語の雑誌に掲載するために質問がない復記事が
削って印刷され、日曜日の正規のものみの塔研究の集会ではなく、
通常夜におこなわれる書籍研究で扱われたと思います。
このときは余分の記事を掲載するためにページ数は増やしませんでした。

それでこのころの日本語版では、英文と同じ記事を探しても、
みつけられないものがあると思います。

わたしがバプテスマを受けた30年近く前、CD-ROMはおろか、日本語版の
索引もありませんでしたので、英語版の索引を使いました。
戦後の日本でものみの塔が出版されたのは1950年か1951年だと聞いています。
このころは表題に「ワッチタワー」と印刷されており、32ページではなく、
20ページの省略されたものでした。わたしは一冊1958年のものを持っていますし、
再発行された1960年の製本はありますが、この年まで一冊20ページです。
ですから英文と同じ記事を探し出すのは難しいでしょう。

記事を見つけるのが難しいもうひとつの理由は、英文と日本語の発行日がだいたい、
三ヵ月以上ずれていることもあります。あるいは掲載されていない場合もあります。
それでわたしは、1967年の10月号から1ページずつめくってそれらしい記事を
注意深く読んで探してみたのです。

さて、編集者が述べておられるように、この記事では直接的に
聖書がものみの塔に属する本であるとは述べていませんが、
エホバの証人たちが組織という言葉を使うとき、
あるいはものみの塔が出版物の中で組織という言葉を使うときは
ものみの塔協会かエホバの証人の統治体以外のなにものをも意味していませんので、
そのような解説は妥当で適切だと思います。

エホバの証人は自分たちの組織が聖書にかなっていると信じていますが、
新世界訳聖書そのものでさえ、直接的にエホバ神が組織を持っているとは
述べていません。出エジプト記に合成語として組織という言葉を
用いているだけで、聖書のあちこちの記述から、神が組織的であるという
概念を組み立てているのだと思います。

わたしとしては、聖書全体から神が物事を秩序正しくおこなわれることを
読み取ることができますので、組織を持っているという主張もできると
考えるのですが、一方で直接聖書には何もないのであるから、
そのような主張はできないと考えることもできると思うのです。

結局人間というものの多くは自分の信じたいことを信じる傾向があり、
そのような主張の根拠に聖書を使っているのでしょう。

わたしは、神が組織を持っているとか、聖書が組織的な本であるとか
いうことよりも、エホバの証人が自分たちの聖書解釈によって
人間本来の感情を押し殺して心の感覚を麻痺させていることのほうが
恐ろしいと思うのです。このようにして精神病気質の人を増やして、
人間の尊厳を卑しめ、人としての成長を阻害していると考えています。

また、この組織は巧みな方法でエホバ神を組織とすり替え、
組織を崇拝し従っていることを、信者に気が付かれないようにしているのです。
その証拠に、信者である人たちは神を崇拝し、恐れていると言葉では主張しますが、
実際恐れているのは周りの仲間から、どのように見られているかであり、
自分に対する評価に気を使っているのです。
最終的には上層部、地元の会衆であれば長老たちや古参の姉妹たちに
どう見られ評価されるかということなのです。

そのような方法で、自分で自分のことを判断してひとりの人間として
人生を切り開いて生きていくことが非常に重要であるのに、組織の拡大のみに
人生をささげさせて、盲目的に従う、ロボットのようにしています。

もし、エホバとキリストが将来ほんとうに現れて、それまでにものみの塔が
正しいと主張してきた聖書解釈について、わたしはそのようなことを
聖書には一言も述べなかったし、考えもしなかったと言われたなら、
エホバの証人だと主張する人々はどのように返事をするのだろうかと
考え込んでしまうこのごろなのです。

《編集者より》
日本語版と英語版のものみの塔の出版物の関係について
詳しい解説をいただきありがとうございます。忠実で思慮深い奴隷の記事の引用については、
他にも日本語版の出典を教えていただくメールを頂きましたので、
それを書き加えておきました。
このサイトの多くの記事は、日本語のものみの塔誌が簡単に見られない状況で書かれましたので、
多くの引用が英語版に基づいています。
現在では読者の方々のご援助により日本語版が見られるようになりましたので、
日本語版の引用に書き換えるべきなのですが、時間の関係でそれができていません。

なお、あなたの書かれた「結局人間というものの多くは自分の信じたいことを信じる」
という見方は、考えてみればごく当たり前なことなのですが、
その当たり前のことを多くの人が認められない所に多くの「信仰」の問題があります。
実際に脳のレベルで見れば同じものを信じているのに、
ある人は「私の心の中で私に心の安らぎと支えを与えるものを信じている」と言えば、
「何だ、あれはただの自己満足だよ」と馬鹿にされるのに対し、
「万物を創造した全知全能の神を信じている」と言えば、「立派な信仰」として「宗教」として社会的にも敬意をもって見られます。
これは私の著書に詳しく論じてありますが、
本来の原型が「自分の信仰」であるのに、それが社会化すると社会価値としての「宗教」のレッテルが貼られ、それが一人歩きして
その「異端」となる「自分の信仰」を押し潰すことになるからだと私は思っています。
そしてその見事な例がものみの塔宗教に見られるのです。

オフライン

#647 2018年02月06日 17:23:55

ライブラリー
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

上に書かれているサイトの2016年版の英語版ライブラリーのダウンロードが上手くいきません。ダウンロードができても解凍ができません。対処法をご存知の方、もしくは別サイトをご存知の方いらっしゃいましたら教えてくださるでしょうか。

#648 2018年02月06日 17:33:49

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

tensobaさん
知らせてくださったweb見てみましたが、
日本語版は2016年からとなっていました。
どのようにして2007年版を入手したのでしょうか。
webからダウンロードできれば非常に助かります。

わたしは2005年版をWindows 7で見ようとしたところできませんでした。
それで、何かのために生かしておいたWindows XPでつかっています。
現在は最新版のライブラリーがありますので、
どのWindowsでも見ることができています。
古い出版物を見るためには歴代のライブリーも貴重ですね。
たしか日本語版では97年ごろから2005年まで持っていると思います。
ただ、60年代以前は収録されていませんから
現物の出版物を見る必要がありますね…。

オフライン

#649 2018年02月06日 17:36:22

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ライブラリー さんの発言:

上に書かれているサイトの2016年版の英語版ライブラリーのダウンロードが上手くいきません。ダウンロードができても解凍ができません。対処法をご存知の方、もしくは別サイトをご存知の方いらっしゃいましたら教えてくださるでしょうか。

使用しているパソコンのOSを知らせてくださると答えを得やすいかもしれません。

オフライン

#650 2018年02月15日 16:47:43

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

この投稿がJWICにした最後のものです。
これ以後も投稿していましたが、なぜか掲載されませんでした。
それはわたしの保存ファイルに残されているかもしれません。
なぜ、掲載されないのか問い合わせましたが、
村本氏からご返事はありませんでした。
サイトを凍結する直前だったからかもしれません。

脱塔してから公開講演を聞きに行った記憶はありません。
わたしが研究生だった40年前、講演は
歌と祈りを含めて60分でした。
しばらくしてから歌と祈りを含めないで45分になりました。
わたしが脱塔してから30分に変更されたそうです。
ずいぶん短くなったものです。
準備するのも楽になったかもしれませんね。
現役時代12年間で100回近く扱いましたから、
ずいぶんおこなったものだと思います。
筋書きも保管していますが、くずのようです。
何の意味もなくなってしまいました。

脱塔する半年ぐらい前、
「世界的な災いの中のおける兄弟関係」という
講演をしたのですが、そのような兄弟関係なんて
うそっぱちだとわかりきっていましたので、
話している最中もいやでいやでどうしようもありませんでした…。

「公開講演について-その一」

-2004/09/16-
エホバの証人が取り決めている集会に「公開講演」があります。
最近の日本では土曜日にこの集会を開いている会衆もありますが、
おおかたは日曜日に開かれているでしょう。
これはひとりの男性信者による45分間の連続した話であり、
協会が作成した筋書きに基づいたものです。
話す人は長老や奉仕の僕であり、近隣の会衆から招くこともあります。
なお、女性信者が扱うことはありません。

今回これについて書いてみようと思ったのは、2004/6/25の投書で
現役一世の方が「自分の経験から思うこと」の中で以下のように述べていることが、
気になってしまったからです。

≪その後B長老は会衆の気配を感じたのか巡回に進められたのか知りませんが
他の区域に引っ越しました。私はそんなB長老や会衆の様子をみて
すっかり仲間を信頼できなくなり集会に行かなくなりました。
特に日曜日の集会は本当にイヤでした。

その理由は公開公演の内容はたいがい“クリスチャンは…すべきです”と
すすめ、ものみの塔は研究記事をもとにして兄弟姉妹が
“聖書には…と書いてあるので…します”と注解します。
そんな様子を見ていると私は心の中で”何言っているの嘘ばっかり、
あなたそんなことしてないじゃん”と思ってしまいます≫

ここで述べられているように、公開講演の話し手が、“クリスチャンは…すべきです”
のように発言するのにはそれなり理由があります。それを説明する前に
公開講演について協会から長老団宛にどのような指示があったのかを
知っていただきたいと思いましたので、わたしが所持している二通の手紙を
ここにコピーしておきます。このあとの指示について、わたしは知りません。

-以下その内容の全文ですが、読みやすいように編集しておきました
(コロン“:”の前の文字は太字の副見出しです)

ものみの塔聖書冊子協会
日本:243-04神奈川県海老名市中新田1271
電話:(0462)33-OOO5 FAX:(0462)33-0009
1996年1月27日

すべての長老団へ

親愛なる兄弟たち

皆さんは,「ゆだねられた神の羊の群れ」を霊的に養い,また築き上げるという
大きな特権をお持ちですが,非常に忙しい中でその務めを真剣に果たして
くださっていることを心から感謝いたします。一ペテロ第一5:2。

毎週開かれる五つの集会は神権的な教育の肝要な部分を成しており,
出席者はこの備えから神の言葉の貴重な教えを受け,また神への奉仕に
まい進するよう励ましを得ています。しかしながら,報告によるといろいろな理由で
集会の出席数が減少する傾向にあります。それで,集会の備えに対する認識を高めると
同時に,プログラムの質の向上を図ることにより,五つの集会をいっそう魅力的なものに
していただきたいと願っています。特に,公開集会をより興味深いものとするために,
講演者にとって役立つ事柄をお知らせしますので,
以下の提案を十分に活用していただければうれしく思います。

講演者への注記:

改訂された講演の筋書きには,「講演者への注記」が付いています。
そこには,聴衆を助けるための特定の分野,話全体で強調すべき事柄,
どのように話をし,資料を提供したらよいかなど,非常に重要な指針が記されています。
したがって,講演者は準備を始める前にこの部分を注意深く読み,話し手に
期待されている事柄が何であるかを熟考する必要があります。

話の主題と主な諭点を強調する:

講演者は,話全体の中で話の主題と主な論点を十分に目立たせる必要があります。
主題を際立たせる一つの方法は,主題中のかぎとなる言葉,あるいは主題を成す
中心的な考えを繰り返すことです。それで,単調な方法を避けつつ,
主題を成す主な考えや言葉を話全体の中にふさわしく織り込み,強調するように
なさってください。主題に加え,話の骨子となる主な論点も十分に強調する
必要があります。もしそうしないなら,話に盛り上がりがなく,話が終わっても
聴衆は目立った点をほとんど思い出せないかもしれません。
ですから,筋書きの中でゴシック体になっている主要な論点,およびそれと関連する
特定の部分に印を付けておき,話を進めてゆく段階でそれを強調したり
繰り返したりしてください。また,主な論点をいつも話の主題と結び付けるように
心がけ,話に一貫性を持たせるようにしてください。
このようにするならその話は,分かりやすいものとなります。
一「神権宣教学校案内書」研究27の7,21節,研究32の3,8,9節を参照。

聖句をふさわしく扱う:

どの聖句を紹介するときにも,単に「……の手紙の……章……節をご一緒に開いて
読んでみましょう」と述べるよりも,読もうとする聖句に期待を起こさせ,
聖句を使う理由に注目させるの   -ここで1ページ目は終わっています-


1996年1月27日第2ぺージ

は望ましいことです。同時に,気持ちを込めて聖句を読み,例証し,適用することも肝要です。
つまり,読んだ後,聖句の中のかぎとなる言葉にもう一度注意を向け,
どのように論議に適用できるかを例証したり説明したりするようにします。
一「神権宣教学校案内書」研究24,25を参照。

筋書きに精通する:

話を発展させる順序を自分の好みで変えたり,筋書きに載せられていない情報を、
あまりにも多く取り上げ,筋書きにある資料を大幅に割愛したりするのではなく,
協会が準備した筋書きの内容と順序に従うようになさってください。
そうするなら,神の言葉と「忠実で思慮深い奴隷」に対する敬意を表わすことになります。
一方,筋書きに忠実に従おうとするあまり,印刷されている文章を一字一句読み上げるように
話す必要はありません。筋書きにある補足資料は,話に織り込むための資料というより,
話し手の理解を深めるためのものであることを覚えてください。
それで,筋書きにある考えを把握し,聴衆との視覚による接触を図りながら
生き生きと話すよう心がけていただきたいと思います。

徹底的な準備:

聴衆の心を動かすには,まず話し手自身の心が啓発されていなければなりません。
準備に際して,筋書きの文章を暗記しようとするよりも,述べようとする考えや論点を
注意深く復習することに重点を置くようにし,そうした考えを思いの中で論理的に
順序良く整理し,内容が自分のものになるまで繰り返し資料を熟考するように
心がけましょう。また,聴衆の心を鼓舞し真に助けたいとの純粋な気持ちを抱き,
心から語ることが重要です。どうぞ,準備の上にエホバの導きを祈り求めるように
なさってください。一「神権宣教学校案内書」研究29の18,22節,研究33の1,10,11節を参照。

皆さんは,公開講演以外の集会の扱い方に関しても深い関心を払い,常に改善を
図っておられることと思います。「王国宣教学校教科書」の単元2(ロ)には,
それぞれの集会の扱い方に関するすぐれた提案が載せられています。
また,「王国宣教」1994年4月号1ぺ一ジ,6月号1ぺ一ジにも役立つ
提案かありますので,参考にすることができます。

人々を教え,築き上げるために骨折って働いておられる皆さんの上に,
エホバの豊かな祝福をお祈りいたします。

皆さんの兄弟 ものみの塔聖書冊子協会 東京都

追伸:主宰監督は,会衆のすべての公開講演者と一緒に集まってこの手紙を読み,
その内容を皆で学ぶよう取り決めてください。また,主宰監督もしくは
神権宣教学校の監督は兄弟たちの話し方や教える能力の向上に深い関心を
払うよう勧められていますので,必要な場合には,公開講演の質を改善するための
助言や提案を親切に差し伸べていただければうれしく思います。
一「王国宣教学校教科書」42,46ぺ一ジ。

-以下二つ目の手紙です-

ものみの塔聖書冊子協会
日本:243-0496 神奈川県海老名市中新田1271
電話:(0462)33-0005
FAX:(0462)33-0009

1999年4月15日

すべての長老団へ

親愛なる兄弟たち:

1999奉仕年度の巡回大会の週に,巡回および地域監督は長老団との集まりを持ち,
「裁き人また教え手として心を動かしなさい」という題の筋書きを考慮します。
この集まりにすでに出席した長老たちはご存じのように,そのプログラムには,
経験ある講演者が協会の公開講演の筋書きに基づいて話す際に役立つと考えている,
七つの点を際立たせた部分があります。プログラムのその部分は、
「公開講演をするときに心を動かしなさい」という題になっています。
与えられた情報の価値を認めて感謝の気持ちを表わし,
その情報を公開講演の割り当てを受けている兄弟たち全員に知らせたい,
と述べた方も少なくありません。

筋書きのその箇所の写しをこの手紙と共にお送りできるのは喜びです。
主宰監督は,コピーして,長老であれ奉仕の僕であれ,
会衆で公開講演の割り当てを受けている講演者各自に渡すようにしてください。

リストにはすべての要素が盛り込まれているわけではありませんが,
効果的に話したり教えたりするのに必要な点がおおむね挙げられています。
大勢の人の前で話をすることに関し,さらに情報を得たいと思われるなら,
「案内書」39-54ぺ一ジの研究8-10をご覧ください。

この資料が,公開講演をする兄弟たちの助けになることを希望しています。
王国を第一にする皆さんの努力のうえに,引き続きエホバの祝福がありますように。

皆さんの兄弟
ものみの塔聖書冊子協会
東京都
宗教法人

-以下その筋書きです-

公開講演をするときに心を動かしなさい

1.協会によって承認された筋書きの目的を考える:

詳しい調査をする前に資料について黙想してください。
(「奉仕者になる資格」〔英文〕16ぺ一ジ3節)協会の筋書きには情報が詰まっています。
筋書きの趣旨,なぜその論題を取り上げるのか,何を教えたいのか,
という点を把握してください。その点を明確に理解したうえで,
その資料に沿って発展させてゆき,それを聴衆に提供する最善の方法を
見定めてください。注意:憶測や個人的な見解を含めないようにしてください。

2.要点に注意を払い,聖書に基づく主題を踏まえて論議を進める:

筋書きの要点を目立たせなければならず,他の考えはその裏づけとして述べます。
往々にして,あまりにも多くの点を取り上げてしまうことがあります。
「案内書」53ぺ一ジ16節には,「簡単に論じられた数多くの論点よりも,
十分に説明された2,3の論点のほうが[良い]」とあります。
話の随所で主題に言及してください。聴衆は,話の聖書的な論点を翌日,または翌週,
思い出せるでしょうか。もしそうであれば,目的を達したことになります。

3.聖句をさっと読むだけで済ませるのではなく,分析して適用する:

公開講演の主軸を成すのは聖書です。聴衆が聖句を理解し,その適用を記憶に
とどめるなら,その話には人を行動へと促す力があります。
ですから,各聖句について,その箇所の話の脈絡や背景を分析してください。
時として,読む聖句が多すぎる話し手もいます。銘記すべき点として,
話の持つ説得力は,引用したり読んだりする聖句の数にではなく,その適用にあります。
協会の公開講演筋書きには,「すべての引照聖句を読んだり論じたりする
必要はありません」と記されています。かぎとなる聖句を読む際には,
コンピューターで印刷したものからではなく,聖書から直接読んでください。
そうすれば,聴衆は手元の聖書を開いて目で追う気持ちになります。
こう自問してください:聖句については,それを取り上げている理由が
明確になるように,意味をふさわしく強調しながら読んでいるだろうか。

4.資料が実際的で現実に即したものとなるようにする:

聴衆の必要としている事柄を洞察し,役立つ実際的な情報を提供してください。
これは要するに,聴衆を知り,識別力を働かせて考えを述べるということです。
出席しているのは,関心を持つ人,若い人,年配の人,または健康上の問題と
闘っている人でしょうか。聴衆の個々の人の事情に気を配り,
柔軟に対応し,融通を利かせてください。

5.熱意を示し,確信をこめて話す:

聴衆の心を動かしてください。本当にそう信じて話しているということが
明らかになるような話し方をしてください。淡々とした一本調子の話し方は
避けてください。自分の話を録音して聴き,客観的に分析するよう努めてください。
こう自問しましょう:抑揚があるだろうか。文の構造は変化に富んでいるだろうか。
質問をしているだろうか。温かさがあるだろうか,それとも冷たい,
学者ぶった話だろうか。奇抜さや,感情をこめすぎることを避けてください。
そうした話し方をすると,聴衆はあまりにも話し手に注意を向け,おもしろがるか,
あるいは気が散って不快に思うかもしれません。

6.築き上げる積極的な話にする:

聴衆が自分は決してそこまでできないと思うほど規準を高くしすぎないよう
注意してください。決して聴衆を見下したような話し方や,
聴衆を気落ちさせるようなことはしたくありません。
自分と対等の聴衆の尊厳を認めてください。人々はこの世で打ちひしがれています。
わたしたちは,その人たちが自尊心を培えるようにし,
エホバの僕の一人であることの喜びを理解するよう助けたいと思います。
だれでも信仰を持つ人は,エホバが定めておられる高い規準にかなうことができます。
わたしたちには,自分に不十分な点があっても信仰のうちにとどまる助けとして
贖いの犠牲があります。出席しているすべての人の心を動かし,
意欲を起こさせるようにすべきであり,強要したり,圧力をかけて
成果を得ようとしたりすべきではありません。

7.聴衆との接触は重要:

聴衆の個々の人に目を留め,その人たちに話しかけてください。
そうすれば,聴衆はもっとよく注意を払うようになります。
情報はいっそう個々の人に向けられたものとなります。
資料に精通してのびのびと話すようにしなければなりません。
朗読原稿による話でない限り,原稿をずっと見ていることのないようにすべきです。

-ここまでが二通の手紙による指示です-

わたしは去年の中ごろまで公開講演を扱っていましたので、
それまでの経験に基づいてお話してみたいと思います。

まず、地元の会衆で取り決められる公開講演は主宰監督によってなされています。
協会から送られてくる講演の筋書きは120ぐらいありますので、
毎週休まずに違った講演を聴くことができても二年分以上あることになりますし、
毎年、改定されたものも含めて新しい筋書きが協会から送られてきます。
その講演の筋書きは講演者以外は見ることがありませんので、
上記の手紙からもその構成はある程度わかるのですが、詳しく述べてみます。

筋書きは裏表A4サイズの用紙にプリントされています。
最上段に会衆の掲示板に発表されている講演の主題があって、
その下に講演者への注記という四角い枠囲いがあり、
ここには、その講演で何をどのように強調するかが、三行程度書かれています。

その下から筋書きが始まるのですが、ゴシック体の太字で書かれている
副見出しが数個あって全体を構成し、その横には各副見出しをあつかう時間が
記されており、これを合計すると45分になります。

副見出しの下には、講演のあらすじが述べられており、その右側に、引用聖句や
参考資料となる出版物の名称・ページ数がありますので、
講演者はこれを丹念に勉強する必要があるのです。
また、引用聖句は右側に-読む-という指図のある場合は必ず聖書そのものから
読み上げるのですが、それ以外の聖句は講演者の選択によります。

表面の最下段左端には筋書きのナンバー・発行年月・発行言語の略号が
アルファベットで記載されています。
裏面最下段右端には-45分で扱う-と指図されているのです。

現役の方でチャンスがあれば誰かに筋書きを見せてもらえるとよいですね。
この筋書きには多くて引用聖句が50ヶ所ぐらい、参考資料としての
ものみの塔や書籍など、多いときは20冊以上あることもありますので、
わたしは講演の準備をするときは机のうえにものみの塔の製本などを
15冊ぐらいは積み上げたことがありました。このときはCD-ROMがなかったのです。

この原稿は神権宣教学校案内書にある筋書きの作り方の提案どおりほんとうに
話のあらすじだけになっていて、ですます調で書かれてはいません。
要点ごとに字下げがなされているだけで、副見出しごとや字下げごとの
接続語もないのです。それで、副見出しごとの関係を説明するのに
どうしてもわからなくて、苦慮した覚えがあります。

どうもこれらの筋書きは英語のを忠実に翻訳したらしく、講演を聴いている
人たちに「なになにしなさい」とか「なになにすべきである」などという
言葉づかいで述べられているところがけっこうありました。

わたしとしては、これらを直接述べてしまうと日本語ではかなりきつく聞こえ、
命令調になってしまいますので、和らげた表現を使いましたが、
実際知り合いの兄弟が、筋書き通りに話してしまい、
長老から注意されたこともあったのです。

投書された姉妹が講演などを聞いていて、講演者がおこなっていないようなことを
話すので、不快に感じるというのはこのあたりにも原因の一部がありそうです。
考えの浅い講演者は、単なる組織のスピーカーになってしまっているのでしょう。
事実それが求められていることが多いのです。

今のわたしが上記の二通の手紙を読み直してどうかと感じることは、
筋書き通りの講演することが、神の言葉と忠実で思慮深い奴隷に対する敬意を
あらわすことになるということがこっけいに聞こえるのです。
聖書を読んでみて、キリストは神の言葉を愛することや従うことを教えたことは
わかるのですが、奴隷級に対する敬意を示すことは一言も言及していないのです。
やはり、彼らは神よりも自分たちに注意を向け、崇拝させたいのでしょうか。
いつの間にか奴隷が主人より上になっているような気がします。

また、この手紙には「人々はこの世で打ちひしがれています」と述べられています。
ここで言われている人々というのは手紙の文脈からすると
おもな聴衆であるエホバの証人たちでしょう。
聞く側には最近ではごく小数になった研究生や子供たちもいますが、
これらの人々が世で打ちひしがれているというのはほんとうでしょうか。

確かに生きていれば、他の人との関係で打ちひしがれることもありますが、
わたしの感じてきたところでは、世の人との関係というよりは、
会衆内で生じてくるあつれき・不和・偽善的な行為によって精神的に打ちのめされ、
それをどのように自分のうちで処理して心をなだめるのかということのほうが、
たいへんなエネルギーを消耗させられたと思います。
このままでは、気が狂ってしまうのではないかと本気で考えたことも
しばしばだったのです。胸が詰まってほんとうに重苦しかった…。

ですから、この一文を読んで考えることは、世の中で生じる出来事についてと
現実に会衆で生じている出来事について、机上で考えているだけで
実際の状況に無頓着で無視しているように思われるのです。
いわば、山奥や無人島で隠遁生活をしている人が
書いた言葉であるような感じすらしてしまいます。

確かに言動が一致していない人物の講演を聴いているのは辛いものです。
また、講演の準備をほとんどしないで話している長老もいます。
でも、わたしもそうでしたが、できる限りの準備をして一月以上前から
有益な話を聞いてもらおうと日夜努力している人もいるのです。

エホバの証人が講演で扱う話しすべてが間違っているわけではありません。
他の宗教と同じく有益で実際的な点もあります。
聞く側が取捨選択して扱うこともできるでしょう。

でも、わたしとしては間違った聖書解釈や、現実に生じ、
組織でおこなわれている偽善的行為などを覆うような自画自賛的な内容の
講演を平然とした表情で扱うことはできなくなりました。
これは大きな心の葛藤を引き起こすことになってしまったのです。

今回は偶然にも手元に残されていた協会からの二通の手紙によって
講演がどのような指示で扱われているかを述べてみました。
この取り決めについてよくご存じない方の参考にしていただければ幸いです。

《編集者より》
興味ある資料を公開して頂いてありがとうございました。
書かれていることのほとんどは、コミュニケーションの技術的な事柄ですが、
所々に協会の敷いた路線から逸脱しないで話すことを強調している所に、
ものみの塔の特有な姿勢が見られます。講演者が協会の教えに心底同調している場合には、
この筋書きは役に立つでしょうが、少しでも疑問を持っているとすると、
疑問と葛藤が生じるのは当然であると思います。

オフライン

クィック投稿

メッセージを書いて送信してください。

Board footer