ログインしていません。

#76 2020年10月09日 01:43:11

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

聖書は時代背景も考えると良いと思います。当時の背景を考えるとパウロが影響を
受けていたとしてもそうだろうなと思います。
それよりも、新しい世についての希望を持った方がましだと個人的に思います。
ルカによる福音書10章38~42のように、イエスはむしろ姉のマルタにマリアの
ように説法を聴くように諭しました。これが全てではないでしょうか?
大切なことはイエスの話を聴くこと。誰が頭かについてはイエスがおっしゃる通り
皆に仕える者(仕えるとは会衆で威張る事ではなく、皆の下僕として文字通り仕えること)
であることが明記されており、イエスはまるで下女のように仕えて欲しいとマルタに対して
思っていたわけではありませんでした。
パウロがどうであれ、イエスがどのようにおっしゃられたかが私にとっては重要です。

wikisourceルカ書口語訳より
『口語 新約聖書』日本聖書協会、1954年

0:38
一同が旅を続けているうちに、イエスがある村へはいられた。するとマルタという名の女がイエスを家に迎え入れた。

10:39
この女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、御言に聞き入っていた。

10:40
ところが、マルタは接待のことで忙がしくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」。

10:41
主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。

10:42
しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。]そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである」。

これで十分です。

#77 2020年10月09日 02:17:49

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

最近、中東のyoutuberの間でお料理ちゃんねるが人気です。お料理番組では
夫婦共同で料理したりして家族仲良くなによりです。
UAEでさえも女性の科学技術担当相が陣頭指揮を執って、火星探査衛星を飛ばす計画
です。あのようにいつの間にか変化していくのだと思います。
これでは気が付かないうちに日本だけ世界の認識から取り残されるかも。
参考
パキスタン家族(ムスリム)
https://www.youtube.com/watch?v=aIwoFeu4ELg


幸せそうで羨ましいですが、お料理が美味しそうという事でなごんでください。
食べに行きたい~
きっかけは奥様がスマホ撮影してyoutubeにアップした事です。
https://www.youtube.com/watch?v=XkEF1Ghx6Uw
https://www.youtube.com/watch?v=PyZjeWPXPLo
https://www.youtube.com/watch?v=RDwbiCU8T_E

このシリーズ、美味しそうでお腹が減ります。

#78 2020年10月09日 02:28:19

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

おまけ
https://www.youtube.com/watch?v=6mchyrsCILo

このシリーズ、もしかしたら自分でもできそうな料理があるので
参考にして作ったりします。こういうのがいわゆるイエスのおっしゃった
事なんだろうなと思います

#79 2020年10月09日 05:45:28

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

仰天さんの反論です。
討論できるのはとても良いことだと思います。

仰天 さんの発言:
ハム太郎 さんの発言:

ラハムさんが引用した仰天さんの書き込みですが、正しくありません。仰天さんの元ネタの牧師のいうことが正しくないからです。
「頭」と訳されているギリシャ語はkephaléですが、「源」という意味で使うことはまずありません。
引用元の牧師も自分の主張の根拠を示していません。まるでJWみたいです。
このギリシャ語は、新約聖書では75回登場しますが、いずれも「頭」あるいは「主要なもの」(例えば、ルカ20:17 「主要な隅石」の「主要な」に使われています。)という意味で使われます。
これは英語のheadも同じです。headには源という意味もあります。例えば、the head of the Neilは「ナイル川の水源」という意味です。しかし、headをこのような意味で使うことは極めてまれです。
「すべての男の源はキリストであり、女の源は男であり、キリストの源は神です」と言い替えられるという牧師の主張は根拠の乏しい珍説にすぎません。このような主張を受け入れる専門家はまずいないでしょう。
いいかげんな聖書の解説には注意しましょう。

てつてつさんが紹介しておられるティンダル聖書注解だけでも十分だと思いますが、手元の聖書辞典を見ると
「かしら」と訳されるヘブライ語「ローシュ」、ギリシャ語「ケファレー」は『頭」、「こうべ」、「頂」等に訳され、それは首長や最良最高のもの、上に立つかしらの意味でももちろん使われますが、

ヘブル人は頭を知性の座とは見ずに「生命の本源」と考えたとあります。
そこから頭は、成功不成功、自ら誇りや権力などを主張すること、期待、悲嘆、喜びなどを表すのに用いられているとあります。
「源」としてその語が用いられる事はないとは言えないのです。

ハム太郎さんの言うように単に「頭」や「主要な」という意味だけではありません。

その「主要な隅石」という箇所は、新改訳では「礎の石」、新共同訳では「隅の親石」、口語訳では、「すみのかしら石」となっています。
礎は土台となるもの、隅石も基準となるもの、親石ももとになるものであり、出だし、始まり、源であるとも言えます。

パウロはどういう意味で使ったでしょうか。文脈を見ると、女は男から出て、男はキリストから出、キリストは父なる神から出ていると説明しています。
人間は全て神を根源としているという事です。

神と人間には身分の差はありますが、イエスが父なる神に従うからといって神として劣っているわけではなく、女性が男性に従う事も人間としての本質が劣っているわけではありません。
手持ちの注解書を見ても「女の頭は男である」というのは、男の支配や優位を示すのではなく、男が女の源である事を示す。男が最初に創造されたので、男がキリストから出て、キリストが神から出ているように、女は男によって存在するようになったとあります。

男が女性を造ったという意味ではなく、あばら骨から造られ、お互いに補うように造られたという事です。

神は混乱を防ぐために、ある特定の関係において服従を定められました。服従は隷属や不干渉や無関心とは異なり、劣っている事を意味するのでもありません。神は全ての人をご自身のかたちとして創造されたので、全ての人には平等な価値があります。服従は相互の関わり合いと協力なのです。

複数の聖書辞典や注解書が聖書の「かしら」の色々な意味を伝えており、源の意味も書いており、今日、キリストの神性が父なる神より劣るとか、女性が男性に劣っているとか考える学者がほとんどいない事を考えると、ハム太郎さんの主張のほうが珍説であるように思えます。
JW的な男尊女卑的な歪んだ頭の権に対する見解や、キリストが被造物であるというJWの洗脳の影響がまだあるのではないですか?

オフライン

#80 2020年10月09日 05:47:47

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

ガッツさんの言うとおりだと思う。
料理はおいしそうですね…。

オフライン

#81 2020年10月09日 06:32:09

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

パウロについて個人的に思う事

頭が源であるという解釈は自然な事だと思います。
イエスの教えを源泉として、男という本流を流れたのち、やがて女という支流に至る
大切な教えは男を通してやがて女にも伝わるから、教会内では静かに待ってなさいと
パウロは言いたかったのだろうと思います。アノニマスさん、創世記の川についての
聖句に目を留めるなんて本当に鋭い。
そのおかげで、さらに私はある事に気づく事ができました。
現世ではどうしても男尊女卑傾向にあり、パウロの言葉が正しく解釈されず変に強調されて
しまったのだろうと思います。追記者がかなりフォローを入れているように思いまが、それでも
どうしても服従という言葉が出てきます。

創世記では男次いで女というように創造されたと書かれているので、その順番を重んじ
大切な教えは男ついで女の順に伝わるとパウロは考えたのでしょう。その順番を間違えると
失楽園に至ったようにサタンの誘惑に堕ちるぞと。

パウロの教えには時代背景、といよりも現世の影響を考えなければならないところがあると
思いますが、イエスは男たちと同じように足元で説法を聴いていたマリアに対し、彼女からその
権利を奪ってはならないとマルタにおっしゃったように、男女同席で同じ立場でイエスの教えを
聴いて良い、むしろそれは褒められるべき事であるとおっしゃられたのだと思います。
マルタのように下女のように働かなくても良いと、男たちのように、ただ座って話を聴きなさいと。
サタンの考えは時間差攻撃で女から入ったとしても、神の教えは男女同時に入ってしかるべきものであると
そうでなければ悲劇を繰り返してしまうだろうと思います。
ペンテコステは男女両方に同時に起きました。
この意味を考えるとそのように読めると思います。

パウロはキリスト教を広める貢献をしましたが、それはイザヤ書にある預言が実行されたのだと思います。
そして広まった事により、イエスのお考えを歪めて解釈している者にゼカリヤ書に書かれている通り預言が
実行されるのだろうと・・・

ゼカリヤ書も、まだ命の水が湧いていないところを見ると、完遂されている訳ではないのでその可能性もある
のではと思います。

聖句を理解する鬨に、イエスのお言葉は外せません。というよりそれに尽きると思います。

#82 2020年10月09日 07:00:00

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

連投になってすみません。

イエスが病人を真っ先に癒して回ったこと、当時の権威者であったパリサイ人や律法学者
を糾弾したこと、女に優しかった事を考えると、虐げられていた者たちこそ千年王国で救済
される必要がある事を意味するのではと個人的に思います。
もちろん信仰があるは必須条件ですが。


「人に仕えるために地上に遣わされた」尊い言葉です。

パウロもまた、神に用いられた器であり、現在の在り様はまさに聖書で預言された
通りであり、創世記から黙示録に至るまで実に筋が通っています。

旧約と新約では神の性格が違うようにも感じられますが、そこで神々や三位一体という言葉が
生きてくるのかも。

最近、180°違う事を言うようになって驚かれてると思います。
またいさん宛てに、聖書を調べればどのルートを辿っても多分、頂上で出会えると書きましたが
私も結局イエスに辿り着く事になりました。

#83 2020年10月09日 08:47:09

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

アノニマス さんの発言:

ありがとうございます。
amazon の文語、口語訳とjw 聖書だけなのでほかの訳も知りたいと思いました。

アノニマスさんお持ちの聖書も含めて、
現時点で16種類の日本語訳旧約聖書を持っています。
調査するのであれば、徹底的にしたいです。
午後、帰り次第作業しようと思います…。

それから、ガッツさんの書き込み、読みやすくなりましたね。
文節で適当に改行すると非常に読みやすくなります。
気が付いてくれてありがとう…。

編集者 ラハム (2020年10月09日 08:49:27)

オフライン

#84 2020年10月09日 12:50:46

ラハムさん
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

反論があるのは 素晴らしいことですね。
仰天さん  ガッツさん アノニマスさんとだけ 対話をしていると
読んでいるほうは  カルト の世界だと感じます。

信じることについて  期待していたのに 裏切られた と感じるのは その人 その組織の一面しか見ていなかったから。 別の一面を見せられたと思えば、 こちらは 揺らぐことはありません。
これは、芦田愛菜さんが 新興宗教に取り憑かれた親に対して 違和感を感じる高校生の娘役で主演の映画について 語っておられました。 16歳にして 達観しています。
「依存 は 寄生 だ。」 これは
「愛と心理療法」  スコット ペック  の本の中に書いてありました。
気の合う人とだけ対話をして  反論は 無視するなら、一生 寄生して生きるしかないのです。

#85 2020年10月09日 13:06:41

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

信仰は自主的でなければならないと思います。強制には何の意味もありません。
だから否定するのもそれで良いと思いますが。

そして、スコットペックの本の中に書いてあろうと何であろうと個人の考えであると
思います。だから信仰が寄生とイコールであると考えるのも早計です。
疑惑の目で見ていたら、イエスに対して勘違いをしていたと気づいて信仰に至るという
事もあります。また、も塔から抜ける時に、聖書を否定する事が良いとは限らないと
思います。

#86 2020年10月09日 13:31:30

シセイさんへ
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

信仰と、依存を同一視してはいませんよね。
確かに、カルトでは、依頼む を強調していて
依存 イコール 信仰が強い。
という図式でした。

#87 2020年10月09日 13:33:44

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

人間には本能を超えて判断する力がありますので信仰が寄生にはならない事も
あります。イエスについて言えば至極真っ当な事しかおっしゃっておられず
それに反論する必要もないと思います。また私のパウロに関する見解は書いた
通りです。
旧約聖書についても、例えば、古代エジプトでは、ピラミッド建設の際、奴隷などいなかった
と言われていますが、結局は未成年のかなり酷使されたとみられる人骨が多数遺跡近くから
見つかったり、またイスラエル周辺のモアブの神などろくでもなく、乳幼児を生贄にしたり
よく調査してみれば結局否定できなかったりします。それでも私はイスラエル人が山賊行為を
していた部分もあると思いますが、お互いそれなりだったと思います。

科学もしょっちゅう見解が変わったりします。「も塔」のように中途半端に科学を取り入れながら
自分たちの正当性を主張するのが一番悪質だと思います。一方、神学を学び直し、学問として
学習する事は特に悪いものには思いません。悪かったら大学の教育課程で取り入れてないと
思います。カルトと神学を切り離せるときに、はじめて「も塔」から脱出できるのだと思いますが。

#88 2020年10月09日 13:41:56

ハム太郎
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

相変わらず仰天さんは読解力のない人ですね。私の書いたことをちゃんと理解していません。

仰天 さんの発言:

ハム太郎さんの言うように単に「頭」や「主要な」という意味だけではありません。


私はそんなことを言っていません。「「源」という意味で使うことはまずありません。」と言っただけです。新約聖書では75回登場しますが、「源」という意味で何回使われているのですか?一度もないと思います。なおギリシャ語の話なのでブライ語は関係ありません。

英語も同じである、とわざわざ語学力のない仰天さんのために説明してあげたのに無駄でしたね。英語のheadも「源」という意味があるけれど滅多に使われることはないように、ギリシャ語のkephaléも「源」という意味があるけれど、滅多に使われることがないということです。

さて問題のコリント一11:3ですが、なぜそこだけが「源」になるのでしょうか?根拠が示されていない以上、主要な意味である「頭」と解すべき、という当たり前のことを言っているだけです。当然聖書の翻訳もそうなっています。

すべての男の頭はキリストであり、女の頭は男であり、キリストの頭は神であるということです。(協会共同訳)
すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神である。(口語訳)
すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神です。(新改訳2017)
the head of every man is Christ, and the head of the woman is man, and the head of Christ is God.(NIV)
Christ is the head of every man, and the man is the head of a woman, and God is the head of Christ.(NASB)
the head of every man is Christ, the head of woman is man, and the head of Christ is God.(NKJV)

「源」としている翻訳はあるのですか?本当は「源」という意味ならなぜそう訳さないのでしょうか?

パウロはどういう意味で使ったでしょうか。文脈を見ると、女は男から出て、男はキリストから出、キリストは父なる神から出ていると説明しています。
人間は全て神を根源としているという事です。

文脈に注目して意味を理解しようとするのはよいことですが、文脈を取り違えています。

コリント一11:2-16がpericopeで、そこでの論点は、礼拝のとき頭を覆うべきかどうかということです。それに関連して髪の毛の話も出てきます。パウロの結論は、男性は覆うべきではない、女性は覆うべきなのですが、その根拠をあれこれ言っているのですが、結局うまく根拠づけられずに終わっているという部分なのです。

そのため、パウロは11:13で「皆さん自身で判断してください。」といっています。しかも11:14では「私たちの自然な感覚によれば,男性にとって髪を長くするのは恥ではないでしょうか。」といっています。うまく根拠を示すことができなかったので、「自然な感覚」という訳の分からないものを持ち出して、何とか正当化しようとしているわけです。

要するに、この部分は文字通りの「頭」について論じられており、文脈から言って、同じ単語を11:3だけ「源」と訳すことは、あり得ないということです。

パウロはどのような人でしょうか?社会の在り方について革新的な思想の持主でしょうか?そうではなく、パウロは保守的な道徳観の持ち主で、現状維持的な人です。奴隷制にも批判的ではありません。現状維持です。コリント一7:20,21で「招かれた時にどんな状態だったとしても,各自そのままでいてください。あなたは招かれた時,奴隷でしたか。そのことで悩む必要はありません。ですが,自由になれるなら,その機会を捉えるとよいでしょう。」と言っています。パウロの女性観も当時の普通の女性観と大きく違うものであると考える根拠はありません。

教会の牧師がパウロは男女差別的ではないと護教的な主張するのはよくわかります。そうしないと信者の維持や獲得に悪影響が出るからです。社会の変化に適応しないと宗教も生き残れないわけです。信者の献金で生きているわけですから。

そういう特殊な立場の牧師の聖書の解説など真に受けるとろくなことありません。。仰天さんのようにどこかの牧師の受け売りをするなんて恥ずかしいですね。

また仰天さんは次のように書いています。

JW的な男尊女卑的な歪んだ頭の権に対する見解や、キリストが被造物であるというJWの洗脳の影響がまだあるのではないですか?

私はJWであったことはありません。それなのにこのような決めつけをするなんて、思い込みの激しい、読解力のない人ですね。この掲示板のまともな人で仰天さんと関わろうとしない人がいるのも理解できます。

#89 2020年10月09日 13:48:07

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

追記

カルトを見ていると、実は神学的に「?」と思わざるを得ない事が多いです。
も塔に限って言えば「1918年終わりの日説」、その他の自称キリスト教系
カルトと言えば悪魔崇拝だったり、他の宗教と混ざっていたり。

どこで見分けるかというと、見事にイエスの教えに反しています。これは
私は認めざるを得ませんでした。

#90 2020年10月09日 16:28:08

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

アノニマス さんの発言:

ありがとうございます。
amazon の文語、口語訳とjw 聖書だけなのでほかの訳も知りたいと思いました。

創世記2:10_新改訳2017
一つの川がエデンから湧き出て、園を潤していた。
それは園から分かれて、四つの源流になっていた。

この「源流」と訳されている部分を各日本語訳から書き出してみよう…。

01_文語訳_四の源となれり
02_新改訳_2003_第三版_四つの源となっていた
     1978_第二版_四つの源となっていた
     1970_第一版_四つの流れとなった
03_回復訳_2015_四つの分流となった
04_新世界訳_1982_いわば四つの頭となった
      1985_いわば四つの頭となった
      2019_4本の川になっていた(脚注:4つの頭)
05_バルバロ訳_1980_そこから四つの流れに分かれた
06_口語訳_1955改訳_そこから分れて四つの川となった
07_聖書 聖書協会共同訳_2018_そこから分かれて四つの川となった
08_リビングバイブル_2015_それはやがて四つの流れに分かれました
09_新共同訳_1987_そこで分かれて、四つの川となっていた
10_フランシスコ会訳_2013_そこから分かれて四つの流れとなった
11_創造主訳聖書_2013_そこから四本の川に分れていた
12_聖書_前田護郎責任編集_1978_そこに四つの川が源を発している
13_関根正雄訳1997_そこから分かれて四つの源流となる
14_岩波旧約聖書翻訳委員会版_1997・分冊_そこから分かれて、四つの分流となっていた
15_70人訳ギリシア語聖書_2002・分冊_そこから分岐して四つの分流となった
16_聖書・現代訳_1988_そこから四本の川に分れていた

以上のような結果になりました。
「頭」と訳出しているのは、旧版の新世界訳だけです。
さすがにおかしいと思ったのか、2019年版では訂正されています。
意味としては、どの翻訳でもだいたい同じようです。
一本の川がエデンの園に流れていて、その川が源になり
四本の川に分れるようになったということだと思います。

話題になっているパウロの述べたコリント第一11:3の「頭」が
「源」と訳されている日本語版があるのかどうか、
あす、元気だったら探そうと思います。

リビングバイブルと新共同訳の誤記を修正しました…。

編集者 ラハム (2020年10月10日 09:54:08)

オフライン

#91 2020年10月09日 17:55:18

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

仰天 さんの発言:

彼は、シドニー大学、オーストラリア神学校、ロンドン大学に学び、
ケンブリッジ大学より博士号を取得しティンダル研究所所長を務めていました。
1964年以降は、オーストラリアのリドリー・カレッジの学長になり、
アメリカのフラー神学校、ゴードン・コンウェル神学校、ウェストミンスター神学校などで
客員教授を務めました。

てつてつさんの紹介して下さった
第一コリントのティンデル聖書注解はレオン・モリスが書いています。

彼の出している『聖霊論』(いのちのことば社)という本があります。目次は

第一章  聖霊による誕生
第二章  主の御霊
第三章  人格か、物か
第四章  神の御霊
第五章  教会にいます御霊
第六章  信者の生活における御霊
第七章  御霊の実
第八章  御霊の満たし
第九章  結語

となっています。

一冊そのままが聖霊についてのもので、
聖霊が単なる活動力やエネルギーではなく神であられる事が書いてあります。
ものみの塔協会は、キリストと聖霊の神性を貶めています。

この『聖霊論』は、ものみの塔の間違った聖霊解釈の本を読むよりはるかに有益です。

わたしは教会の書庫にあったこれを読破しています。
もう一度読んでみたくて購入しようと思ったのですが、
中古でも高いので諦めました…。

オフライン

#92 2020年10月09日 19:48:52

ガッツさんへ
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

ガッツだぜpart2 さんの発言:

信仰は自主的でなければならないと思います。強制には何の意味もありません。
だから否定するのもそれで良いと思いますが。

そして、スコットペックの本の中に書いてあろうと何であろうと個人の考えであると
思います。だから信仰が寄生とイコールであると考えるのも早計です。
疑惑の目で見ていたら、イエスに対して勘違いをしていたと気づいて信仰に至るという
事もあります。また、も塔から抜ける時に、聖書を否定する事が良いとは限らないと
思います。

ラハムさんへ宛てての投稿に、なぜあなたがしゃしゃり出てこられるのですか?
同じような事が何度もありましたが、逆に あなたの投稿に別の人が 関係なく冷やかしたら、激昂して、凄い勢いで資料や、事件の切り抜き記事を書き込まれました。異論を唱えられると、暴走するのですか?
これだから、女性は・・ とか 言われそうです。残念です。  黙って頑張っていても ちゃんと評価してもらえている女性たちがいますよ。

#93 2020年10月09日 21:11:29

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

蛇足ですが、お名前にラハムさん「へ」と書かれていたらさらに明確に
解りやすいと思います。

これだから女性は・・・
とは言われないと思いますよ。だって頑張って評価されている
女性たちがいるのでしょう。できれば歯を食いしばって辛い思いをしなくても存在を
十分に認められる千年王国が早く来ると良いですね。

ところで、ラハムさん、何冊くらい聖書をお持ちですか?一番心に来る訳は
どの本ですか?

#94 2020年10月09日 23:07:47

アノニマス
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

ラハムさん、お忙しいのに調べて頂いてありがとうございます。

「頭」に釣られてしまいました。貴重なお時間私のために懸けて下さり感謝します。一つの川が四つの川の源になるというのは、また別の隠された意味を持つかもしれません。

コリント1 11章11-12って何か"源"っぽく読める気がします。

#95 2020年10月10日 00:37:40

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

すみません。ラハムさん、16種類持っていらっしゃいましたね^^

アノニマスさん、ラハムさん横入りすみません。

この問題はラハムさんではありませんが、「どうして自分は女に生まれたのだろう
前世で罪を犯したから?親が罪を犯したから?」と読み替える事ができます。
何故、この世は女性というだけで殺害の対象になったり、虐殺や虐待の対象になりやすいのか
なぜ女は物扱いだったのか、なぜ躾と称して女を圧倒的暴力で殴りつけるのが男らしさだった
のか。これは前世の行いが悪かったから女に生まれて苦行を積むのか?とか。ニュースでも女性が
殺人、暴力事件の被害者の事件が多いですよね。
障害を持って生まれてきた事に対する答えられない疑問と同じだと思います。
LGBTQの人もそうだっただろうと個人的には思います。
聖書から答えを見つけようにも刺すような言葉ばかり。では仏教はというとこれまた
足で踏みつけるような教義だったり。
ところが女性が独自の宗教を生み出したかというとそのような例はあらず。
源でも頭でもどちらに言い換えてもあまり変わらないように思います。

確か仏教では、女性とは生まれながらに罪深い存在であるとかという教えではなかった
でしょうか。だったらなぜ私は女に生まれなければならなかったのだろうと苦悩する
人もいると思います。

ラハムさんの行きついた答えとは異なるかもしれませんが、幸せな人の対称に不幸せな
人がいて、幸せはそれら不幸せな人を踏み台にして成り立っている事も往々してあります。
不幸せな人はいわゆる貧乏くじです。たまたま運悪く貧乏くじを引いてしまったのです。
現世は諦めて来世に期待という方法もあります。千年王国とか。
新しい天と地では新しい体が与えられるので、そこからはもはや男女の体の違いさえ
ないかもしれません。以前のものは全て過ぎ去りますので。

私は弱っている者のところにイエスが赴き癒されたという事、マルタへの諭しに
イエスのご計画の雛型があると思いますので、この際、現世よりも来世(千年王国から
続く新しい世)に期待したいと思います。それでもよく闘っている人たちはいます。

聖書からは全身を刺す槍よりも癒しが欲しいと思います。これが私がパウロやペテロなどの
使徒による手紙シリーズを避けていた理由だったのです。

ヨハネ書を読んで本当に癒されました。

ラハムさんは最近思われるところがあるとの事ですがお聞きしたいです。

#96 2020年10月10日 06:16:31

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

仰天さんの反論です。とても参考になりました。
ありがとうございます。

仰天 さんの発言:
ハム太郎 さんの発言:

相変わらず仰天さんは読解力のない人ですね。私の書いたことをちゃんと理解していません。

まず、ハム太郎という影の薄い人物と深く語った事もないし、どこかであなたが何か為になる文章を書いていたという記憶すらありません。
読解力がないのはブーメランでしょう。

仰天 さんの発言:

ハム太郎さんの言うように単に「頭」や「主要な」という意味だけではありません。

ハム太郎 さんの発言:

私はそんなことを言っていません。「「源」という意味で使うことはまずありません。」と言っただけです。新約聖書では75回登場しますが、「源」という意味で何回使われているのですか?一度もないと思います。なおギリシャ語の話なのでブライ語は関係ありません。
英語も同じである、とわざわざ語学力のない仰天さんのために説明してあげたのに無駄でしたね。英語のheadも「源」という意味があるけれど滅多に使われることはないように、ギリシャ語のkephaléも「源」という意味があるけれど、滅多に使われることがないということです。

その割には、頭と訳されるギリシャ語ケファレーが源という意味で使われる事はないと言いながらも英語の例を出して頭が源を指す例をご自分で挙げておられましたし、文字通りの「頭」と「主要な」という二つの例しか挙げておられませんでした。

源という意味で聖書筆者の誰がギリシャ語の「ケファレー」(頭)という語を用いたかは、筆者自体が生きていない以上確かめようもない事です。
しかし、私やてつてつさんが挙げたように言語というものは同じ語でも何種類かの意味で用いられます。

ハム太郎 さんの発言:

「頭」と訳されているギリシャ語はkephaléですが、「源」という意味で使うことはまずありません。

ハム太郎 さんの発言:

英語のheadも「源」という意味があるけれど滅多に使われることはないように、ギリシャ語のkephaléも「源」という意味があるけれど、滅多に使われることがないということです。

源という意味はあるけど使われる事はないですか。
日本語の例で言っても先端の事を頭と言ったり、その月のはじめのほうを「月頭」と言ったりします。
ヘブライ語は関係ないとは、パウロはユダヤ人であり旧約が関係ないはずはないでしょう。
ヘブライ語が関係ないなら英語は余計に関係ありません。
ヘブライ語でも日本語同様に、新年をローシュ・ハシャナ、新しい月をローシュ・ホデシュと言って用いています。「ローシュ」が「頭」です。
前回ヘブライ語で「頭」は首長とかてっぺんとか様々な意味がある事を示しました。ギリシャ語も同じではないでしょうか。


ハム太郎 さんの発言:

さて問題のコリント一11:3ですが、なぜそこだけが「源」になるのでしょうか?根拠が示されていない以上、主要な意味である「頭」と解すべき、という当たり前のことを言っているだけです。当然聖書の翻訳もそうなっています。
すべての男の頭はキリストであり、女の頭は男であり、キリストの頭は神であるということです。(協会共同訳)
すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神である。(口語訳)
すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神です。(新改訳2017)
the head of every man is Christ, and the head of the woman is man, and the head of Christ is God.(NIV)
Christ is the head of every man, and the man is the head of a woman, and God is the head of Christ.(NASB)
the head of every man is Christ, the head of woman is man, and the head of Christ is God.(NKJV)
「源」としている翻訳はあるのですか?本当は「源」という意味ならなぜそう訳さないのでしょうか?

何もその箇所を源と訳すべきだとは一言も言っていませんが?
頭という語をみなもと、起源ととる見解もあるという話です。
根拠となるのは、既に指摘したように、辞典や注解書、また聖書学者の解説で見た事があるからですが、あなたはそれらの世界的に有名な学者よりもギリシャ語や聖書について理解しているという事ですか?
どこで神学を学ばれたのでしょうか?
神学を学んだ割には、ヘブライ語は関係ないとか支離滅裂で、単に英語が多少できるというだけで頭がいいと勘違いしている人のように見えます。
私も専門家ではないですが、JWでも英語ができると得意になっている者もいましたが、肝心な日本語の読みを間違えたり、ヘブライ語やギリシャ語もほとんど無知なのに何か聖書に詳しいつもりになっている者もいましたが、あなたはそのような人と同じように思います。(もちろん英語も他の言語も理解力のある人もおられるでしょうが)

仰天 さんの発言:

パウロはどういう意味で使ったでしょうか。文脈を見ると、女は男から出て、男はキリストから出、キリストは父なる神から出ていると説明しています。
人間は全て神を根源としているという事です。

ハム太郎 さんの発言:

文脈に注目して意味を理解しようとするのはよいことですが、文脈を取り違えています。
コリント一11:2-16がpericopeで、そこでの論点は、礼拝のとき頭を覆うべきかどうかということです。それに関連して髪の毛の話も出てきます。パウロの結論は、男性は覆うべきではない、女性は覆うべきなのですが、その根拠をあれこれ言っているのですが、結局うまく根拠づけられずに終わっているという部分なのです。
そのため、パウロは11:13で「皆さん自身で判断してください。」といっています。しかも11:14では「私たちの自然な感覚によれば,男性にとって髪を長くするのは恥ではないでしょうか。」といっています。うまく根拠を示すことができなかったので、「自然な感覚」という訳の分からないものを持ち出して、何とか正当化しようとしているわけです。
要するに、この部分は文字通りの「頭」について論じられており、文脈から言って、同じ単語を11:3だけ「源」と訳すことは、あり得ないということです。

これもまた酷い。まともな聖書学者の注解書ならパウロがうまく根拠づけられず自分を正当化しているとは書いていませんが、あなたは誰の書籍や注解書を読んでいるのでしょうか?(根拠を示して下さい)

コリントの信徒への手紙一/ 11章 3〜16節
「しかし、あなたがたに知っておいてほしいのは、すべての男の頭はキリストであり、女の頭は男であり、キリストの頭は神であるということです。

男は誰でも、祈りや預言をするとき、頭にかぶり物を着けるなら、自分の頭を辱めることになります。

女は誰でも、祈りや預言をするとき、頭にかぶり物を着けないなら、自分の頭を辱めることになります。それは、髪の毛をそっているのと同じだからです。
女がかぶり物を着けないのなら、髪を切ってしまいなさい。女にとって髪を切ったり、そったりするのが恥ずかしいことなら、かぶり物を着けなさい。

男は神のかたちであり栄光を映す者ですから、頭にかぶり物を着けるべきではありません。女は男の栄光を映す者です。

なぜなら、男が女から出たのではなく、女が男から出たのであり、 男が女のために造られたのではなく、女が男のために造られたのだからです。
ですから、女は天使たちのために、頭に権威の印を付けるべきです。

いずれにせよ、主にあっては、男なしに女はなく、女なしに男はありません。 女が男から出たように、男も女から生まれたからです。そして、すべてのものは神から出たのです。

女がかぶり物を着けずに神に祈るのがふさわしいことかどうか、自分で判断しなさい。
自然そのものがあなたがたに教えていないでしょうか。男は長い髪が恥であるのに対し、 女は長い髪が誉れなのです。長い髪は、覆いの代わりに女に与えられているからです。

この点について異論を唱えたい人がいるとしても、そのような習慣は、私たちにも神の諸教会にもありません。 」


女は男から出ており、男も女から生まれとあり、12節では、全ては神から出た(または発した)
とあります。
というわけで、すべての男の頭はキリストであり、女の頭は男であり、キリストの頭は神であるというのは順序を示しているに過ぎずsourceの意味であろうという見解が存在するという事です。

文脈から「源」ととるのは有り得ないとは言えないでしょう。
源と訳すべきだとは言っていないし、そのような翻訳があるとも一言も書いていないのだが、文章読解能力のないあなたはなぜかムキになっておられるのです。

ハム太郎 さんの発言:

パウロはどのような人でしょうか?社会の在り方について革新的な思想の持主でしょうか?そうではなく、パウロは保守的な道徳観の持ち主で、現状維持的な人です。奴隷制にも批判的ではありません。現状維持です。コリント一7:20,21で「招かれた時にどんな状態だったとしても,各自そのままでいてください。あなたは招かれた時,奴隷でしたか。そのことで悩む必要はありません。ですが,自由になれるなら,その機会を捉えるとよいでしょう。」と言っています。パウロの女性観も当時の普通の女性観と大きく違うものであると考える根拠はありません。
教会の牧師がパウロは男女差別的ではないと護教的な主張するのはよくわかります。そうしないと信者の維持や獲得に悪影響が出るからです。社会の変化に適応しないと宗教も生き残れないわけです。信者の献金で生きているわけですから。
そういう特殊な立場の牧師の聖書の解説など真に受けるとろくなことありません。。仰天さんのようにどこかの牧師の受け売りをするなんて恥ずかしいですね。

パウロが保守的で革新的ではないとの決めつけもまた根拠のない偏見に過ぎません。
ウィリアム・バークレー聖書注解コリントのP125から見ると、「不幸なことに、ユダヤの律法では、女は単なる物にすぎず、夫の財産の一部であって、その処分については夫が絶対権をにぎっていた。たとえば、ユダヤの会堂では、女たちは礼拝に列席することが許されず、男たちから完全に切り離された回廊、その他の場所に集まるほかなかった。ユダヤ人の律法と慣習からすれば、いかなる意味においても、女が男との同権を主張するなどということは、およそ考えられないことだったのである。」

とあります。
エジプトやどこかの国では男女平等だったと何かで読みましたがユダヤ社会では明らかに男尊女卑の男中心の社会であり、もちろんパウロも当時のその考えに影響を受けていたので、そうした時代背景の中でのパウロの発言であり現代には当てはまらないという見解もされてきました。
聖書が神の言葉とはいえ、聖書の中には悪魔の言葉もあれば神に不忠実な者の言葉、神に用いられた人でもその人の個人的な考え等も含まれますから。
パウロも、「これは主ではなく私が言うのですが」と自分の考えを述べている箇所もあります。
胃のために水ではなくぶどう酒を飲みなさいという発言も現代では当てはまりません。背景を考えるべきなのです。

そのような男社会でパウロは、ヴェールをかぶるという習慣を守りながらとはいえ、女性が教会の中で祈ったり預言したりする事を認めています。
さらに、二人は一体であり、自分の体のように妻を愛するように述べています。
十分に革新的ではないでしょうか。
聖書と全く反対の事を述べて、「パウロの女性観も当時の普通の女性観と大きく違うものであると考える根拠はありません。」と断言する根拠は何ですか?
奴隷についても捕虜としての奴隷や破産しての奴隷のような奴隷制だけでなく、聖書の中では従業員のような家族のような奴隷の場合もあり、黒人奴隷のような否定的な発想しかないのは明らかに偏った考えを示しています。
献金が欲しくて教えを変えているというのも間違った見解です。
聖書の述べる救いに男女は関係ないからです。
あなたはほとんど神学を学んだ事もないのではないですか?
誰の本を元に得た知識でしょうか?ただの独断と偏見によるあなたの考えでしょうか?
特殊な牧師の受け売りなどではなく聖書を注意深く読めば分かる問題です。
キリストの頭は神という表現は神性が劣るわけではない事、男性が女性の頭という表現も人間としての性質が劣るわけではないという事はキリスト教では常識だと思いますが、あなたはキリストが低い神だと言うのですか?
それなら多神教でしょう。
世界的に有名な聖書学者よりもあなたは詳しいわけですか?
ハム太郎さんこそ誰かの受け売りにしか思えませんね。





ハム太郎 さんの発言:

また仰天さんは次のように書いています。
JW的な男尊女卑的な歪んだ頭の権に対する見解や、キリストが被造物であるというJWの洗脳の影響がまだあるのではないですか?
私はJWであったことはありません。それなのにこのような決めつけをするなんて、思い込みの激しい、読解力のない人ですね。この掲示板のまともな人で仰天さんと関わろうとしない人がいるのも理解できます。

JWでなかった割には、「主要な隅石」という翻訳とすら言えない新世界訳の用語を用いているようですが?
研究生止まりですか、それとも誰かさんのように家族がJWだったので調べたという人ですか?

あなたの理解は到底まともな理解とは言えません。
あなたはそもそもクリスチャンですか?
クリスチャンなら教団、教派の違いはあっても共通の信仰の点が多いので温かいものを感じるはずですが、最初から人に食ってかかってきましたね。
本来ならあなたのような無礼な人間は相手にしたくないのですが、あまりのあなたのおかしな主張のゆえに、また、他の方への回答の意味で書いたわけです。
もちろん、異議を唱える人であったとしても隣人ですのでなるべく穏やかに前回は返しましたが、残念ながら、あなたの場合は信仰者に対する偏見しか感じません。
全体的に見て、ハム太郎さんは人の投稿の読解能力だけでなく聖書の読解力もなく、幅広い聖書解釈の理解もない偏った考えしか持っていないと言えるでしょう。

I コリント11:16
「この点について異論を唱えたい人がいるとしても、そのような習慣は、私たちにも神の諸教会にもありません。 」

パウロはこの箇所で異議を唱えるのを禁止しているのではなく、議論のための議論をする人を非難しているとの解説がバークレーの注解書にありました。

意見の相違が出ても、教会にはことさら論争を好む人のいる場所はないという事です。主義を主張すべき時もありますがけんか腰での議論は避けるべきであり、意見を異にしながらでも平和を保つようにとありました。

私は基本的には誠実な問いには信仰を持っていない人の問いにも真面目に答えてきましたし、失礼なものにもなるべく優しく返すのが理想だとは思いますが、ハム太郎さんの場合は度が過ぎますので理解してもらうために敢えて強めに返しました。(悪しからず)

編集者 ラハム (2020年10月10日 09:26:12)

オフライン

#97 2020年10月10日 06:19:11

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

仰天さん、推薦の図書です。

仰天 さんの発言:

『創世記の謎を解く』ヒュー・ロス著

を読むなら従来の創造論とも、有神的進化論とも異なる見解を知ることができるでしょう。

著者は科学者で、ノアの洪水は大洪水ではあったものの地球規模の洪水ではなく、一年程度の洪水なら痕跡も残らない事、地球規模の洪水なら箱船が鉄板でも耐えられない事、人間が当時住んでいた地域は限られており、罪の影響も人間が住んでいない所には及ばなかったという事、
地球の水の量は地球規模の洪水ではなく地域規模の洪水を裏づける。
水の量は豊富であるが、地球全体を覆うほどではない。
箱船には多くても3万種しか乗せられず、現在の地球に存在する100万以上の陸上動物の種が数千年で3万種から進化したとは考えられない。

といった事のほかに合わせて17の理由、分析を載せています。

全地球的な大洪水を信じてきたクリスチャンには抵抗があるかもしれないですが、聖書記述と科学的根拠により具体的な説明がされています。

これが本当なら氷床コアに痕跡がないから聖書は全て嘘だという主張は成り立たなくなります。

創造科学はちょっと…という人や進化論に抵抗のあるクリスチャンにも参考になると思います。

色々な説を読んでみるのもいいと思います。

編集者 ラハム (2020年10月10日 09:27:27)

オフライン

#98 2020年10月10日 09:45:27

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

コリント第一11:3についてです。
こので通常訳されている「頭」という語が
「源」と訳している日本語訳が存在するのか調査してみました。
おおかたの聖書は「頭」とか「かしら」と訳されていて、
「源」としているものは一つもありませんでした。

ただ、リビングバイブルでは、
「妻は夫に責任があり」と訳出しています。
また、現代訳と創造主聖書は、
「秩序において、女は男に従属し」となっていました。
バルバロ訳は4節に注が付いており、
「かしらの意味にも、頭の意味にもとれる」となっています。
新約聖書ギリシャ語辞典・キリスト新聞社版では、
「頭」(あたま)、「頭」(かしら)、the head…、のようになっています。
「源」という解説は記載されていないようです。

オフライン

#99 2020年10月10日 10:12:08

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

アノニマス さんの発言:

コリント1 11章11-12って何か"源"っぽく読める気がします。

アノニマスさんのお役に立ててよかったです。
わたしも8節も含めて、アノニマスさんの言うとおりだと思います。
てつてつさんの調査資料も大いに参考になります。
何が正しく、間違っているのかは相当調査が必要だと思います。
皆さんの協力で、妥当な結論に至りたいですね…。

てつてつ さんの発言:

仰天さん>女は男から出ており、男も女から生まれとあり、
12節では、全ては神から出た(または発した)とあります。
というわけで、すべての男の頭はキリストであり、女の頭は男であり、
キリストの頭は神であるというのは順序を示しているに過ぎず
sourceの意味であろうという見解が存在するという事です。
文脈から「源」ととるのは有り得ないとは言えないでしょう。
源と訳すべきだとは言っていないし、
そのような翻訳があるとも一言も書いていないのだが

ティンデル  1コリ 181ページ
この「みなもと」の意味こそ、この箇所で求められている意味のように見受けられる
(ビデイル、パレット、ブルースその他は、そう取っている。
H・シュリーヤは、「もしkephaléにもっと深い人間関係の意味合いがなかったら、
パウロがarchéのほうを用いることも、あり得たであろう」と言っている)。
パウロが言わんとしているのは、女はその存在の起源を、男から得ている、ということである。
それは男がキリストから、キリストが神から存在の起源を得ているのと、
同じことだと言うのである。しかし、もちろん上記の言葉を無理にこじつけてはならない

自分もティンデルの注解みるかぎり上記の仰天さんのいっていることが正しいように思います

自分は ここの かしら は権威またはヒエラルキーの話かと思ってましたので勉強になりました

オフライン

#100 2020年10月10日 10:34:38

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。

ガッツだぜpart2 さんの発言:

ところで、ラハムさん、何冊くらい聖書をお持ちですか?
一番心に来る訳はどの本ですか?

現在蔵書している聖書です。
ほかにもばらばらで蔵書もしているので何冊かわかりません。
翻訳数で管理しています。
研究生時代から読んでいた文語訳が心に染み入ります。
いまでも、聖句をそらで口から出てきますね…。
名訳だと思っています…。

日本語版新・旧訳聖書一覧表
01_文語訳
02_新改訳 2017_第四版,2003_第三版,1978_第二版
03_回復訳 2015
04_新世界訳 1982,1985,2019
05_バルバロ訳 1980 外典付き
06_口語訳・1955改訳
07_聖書 聖書協会共同訳 2018 外典付き
08_リビングバイブル 2015
09_新共同訳 1987 外典付き
10_フランシスコ会訳 2013 外典付き
11_創造主訳聖書 2013
12_聖書_前田護郎責任編集
13_関根正雄訳1997_旧約全巻
14_岩波新・旧約聖書翻訳委員会版・分冊全巻(2020/07/27収集完了)
15_70人訳ギリシア語聖書・
  モーセ五書(合本版・分冊版)/  イザヤ書/エレミア書/ダニエル書・秦剛平訳
16_聖書・現代訳

日本語版・新約聖書
21_田川訳・全巻(2020/10/2収集完了)
22_TR日本語訳(PDF)
23_ギリシャ語直訳新約聖書(PDF)
24_クリスチャンギリシャ語聖書新世界訳 1973
25_新約聖書・新和訳(池田博訳)
26_小河陽訳(ヨハネの黙示録)
27_塚本虎二訳(新約聖書・福音書、使徒のはたらき)
28_詳訳聖書・新約
29_新契約聖書(永井直治訳)
30_新約聖書・エマオ出版訳 第四版(翻訳責任者・山岸登)

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