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#26 2019年12月22日 10:55:57

てつてつ
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Re: 聖書という書物について

マルキオンの異端的な伝統は全世界を満たしている」とテルトゥリアヌスは言っている。モンタノス派やグノーシス派にしても同じことだが、これらの異端は正統派によって抹殺されてしまったから、現代の一般のキリスト教徒にはあまりなじみのない名前である。しかし、当時にしてみれば、いずれも正統派教会に拮抗するくらいに大きな勢力であったのだ。歴史認識として重要なのは、これらの大きな「異端」の流れが歴史から消滅したのは、キリスト教がローマ帝国によって弾圧されたからではない。むしろ、コンスタンティヌスによってキリスト教が帝国の支配の宗教となって以後、正統派以外のキリスト教がキリスト教帝国によって弾圧されたからである。帝国がたてまえ上はキリスト教を弾圧することになっていた時代には、実際には特定の短い期間を除き、キリスト教諸派は国家権力の圧力にさらされずに自由に活動できた。だから、「異端」の諸派も正統派と同様、時には正統派以上に、自由に発達しえたのである。ところが、キリスト教が国家によって支えられる時代になると、逆に彼らはその存在すらつ奪われる。キリスト教が生れたての頃は、熱気をはらんだ新興宗教としてさまざまな人たちがそれぞれの仕方でいわば勝手に活動していた。人々のさまざまな思いが生きて活発に動いていたのである。ローマ帝国によって時たま弾圧されるにしても、それは特定の「異端」だけが槍玉にあげられたわけではなく、キリスト教の全体が弾圧されるので、むしろ「異端」の方が信者は熱心であるから、この種の弾圧に耐える力は強かったのである。ところが、キリスト教が帝国の公式の宗教となると、公式のキリスト教以外は許されなくなる。キリスト教が優遇されたということは、優遇されないキリスト教の流れは叩きつぶされた、ということである。今や帝国にとってキリスト教は国家統一の原理となった。統一の原理がさまざまに異なって内部衝突していたのでは困る。だから帝国は、正統派以外のキリスト教を組織的に根絶しようとしたのである。奇妙な矛盾と言うべきか、あるいは、これこそが人間の歴史のいやらしさと言うべきか。

編集者 てつてつ (2019年12月22日 15:14:40)

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#27 2019年12月22日 11:16:25

てつてつ
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Re: 聖書という書物について

マルキオン聖書について、あと二点だけ重要な点をつけ加えておくと、第一に、彼はその編集にあたって、除することしか行なわなかった。文章を書き変えたり、書き加えたりはしなかったのである。以上をごらんいた“だくと、マルキオンはずい分と思い切った改変を聖書に対してほどこしたと思われるかもしれないが、くどいようだがもう一度強調しておくと、その時はまだ新約聖書は存在していなかったのだから、彼の仕事は存在している聖書に対する改変ではなかったのである。今までキリスト教会独自の聖書が存在していなかったところに、新しく聖書を編集して提供したのである。パウロ書簡集にしても、そういうものがまだ存在していなかったところで、それを集めて編集し、これこそが正典たりうる「使徒書」だよ、と提示したのである。彼と比べれば、それ以前のキリスト教会の著者たちは、もっと好きなように過去の文献に手を加えていた。マタイとルカは、一言で言えば、マルコ福音書を自分たちの意見に都合のいいように改霞したものだが、いろいろ新しい話をつけ加えたり、文章を大幅に書き変えたり、実際、好きなように作りかえている。イエスの発言やイエスについての伝承は事実であるものもまったくの創作も含めて’ほかにもいろいろ伝わっていた。それはいろいろな仕方で後の文書(たとえばディダヶー)にも組み込まれている。他方、パウロや.ペテロが実際に書いたわけではない「書簡」がパウロや.ヘテロの著作という体裁で次々と作られていた。つまりまだ新約の正典が定まっていなかったから、それまでの文書もまだ固定されずに書き変えられ、使徒たちの名で新しいものも作られつつあった、そういう時代に、これこそが最も古い権威ある文書だからこれを固定してキリスト教会の正典にしましょう、と呼びかけたのがマルキオンだったのだ。確かに、事実としては、マルキオンは自分の意見にあわせて好き勝手に改竄している。決して「最も古い」ものを尊重して再現したわけではない。しかし、意図としてはそういうことだったのだ。だから、それ以前のさまざまな創作や改変の試みに対して、彼の行なったことは、ただ、存在している文書の中の、後に挿入されたと思われるものを除去する作業だけだったのである。それまでの状態と比べれば、いかにもつつましい:….。そして、マルキオンはあくまでも文書にこだわった。それまでは、特にイエスに関する伝承については、まだまだ、書かれた文書よりも口伝伝承が重んじられていた。文書はイエスについての伝承の一部分だけを書き記したものである。それに対し、口伝伝承の方がはるかに豊富であり、生き生きとしている。何も書かれた文書などに依存する必要はない:.…。と言っても、すでにイエスの死後百年以上もたつと、伝承はいろいろ改変されるし、最初の記憶も失われ、あてにならない伝承もいろいろ作られる。ここらでむしろ、出発点の伝承の真の姿と思われるものを、これ以上動くことのない文書として固定する必要があった。その意味でも、マルキオンの仕事は創作ではなく、古い文書の純化でなければならない要するに、そのすべてが、文書として正典を確立するという最初の作業だったのである。第二点として、しかし、マルキオン聖書にはまだ名前がない「福音書」と「使徒書」というそれぞれの名前はあったが、全体を呼ぶ呼び名はなかった。もっとも、ユダヤ教の正典にしても、当のユダヤ人たちはそれぞれの部分を「律法」「預言者」「詩篇(ないし諸書)」などと呼んでいたので、全体をまとめては、単に定冠詞つき複数形の「書物」としか呼んでいない。正典はこれだけであったから、ほかと区別する名前も特
に必要がなかったのだろう。マルキオンの場合、旧約聖書を廃棄したから、彼にとって正典はこれだけであった。従って、ユダヤ教の場合の「律法」「預言者」などと同様に、「福音書」「使徒書」だけですんだのだろう。これが、正統派教会となると、旧約聖書を保持しつつ、同時に独自の正典を確立しなければならなかったから、そこで「旧約」「新約」という名前が必要になる。

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#28 2019年12月22日 11:40:26

てつてつ
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Re: 聖書という書物について

それに対し、マルコ福音書は最も古い福音書でありながら、あまり評判はよくなかった。評判がよくなかったというよりもこれをどうあつかってよいかとまどっていたということだろうか

マタイとルカはこの評判のよくない福音書を、正統派教会にとって納得のいくように書き直したものであり、ルカはマルコの名前を上げはしないものの、実際にはマルコを露骨に批判している(ルカ福音書序文で、自分以前に「多くの者が(福音書の執筆に)手をつけた」と言っているのは、実際にはマルコを指している。そして「手をつける」という動詞は、あまりうまくできていない、という批判的な意味を持っている



更に、マルコの文章は稚拙である。いかにもギリシャ語知識人の書いた流麗な文章であるマタイやルカと比べれば、どうしても低く価値評価される。加えて、イエスについての正典的記録となれば、直接イエスを知っていて、イエスに師事したはずの使徒の書いたものでなければならない。しかし、マルコは使徒ではなかった。どうして、使徒でさえもやろうとしなかった仕事を、こともあろうに、イエスのことを直接にはほとんど知らないはずのマルコが手をつけてしまったのだろうか。キリスト教会はマルコ福音書の公刊後二、三十年間は、イエスについての書物として、「使徒」でない者が書いた福音書一冊しか持っていない、という事実に、みずからひどく戸惑っていたのだろう。もっとも、その程度に、キリスト教の信仰とはイエスに無関係なドグマに依存していた、とも言えるが。


けれども、このように形式的な側面だけが問題だったのではなかろうやはりマルコは正直にイエスの実像を描いているわれわれの歴史世界で生き生きと生きた一人の人間の活動としてそして宗教的教義的にかかえこんで処理しようとしない分だけ正直に実像を伝えるからイエスという男の枠を超えたすざまじい姿が浮かびあがってくる。これはやはり、すごすぎる、ということか。正統派教会にとっては、こんなのではなく、うまく、きれいに宗教教義の中におさまってくれるイエス像が必要とされただろう。だから、マタイ福音書の出現は、すべての正統派教会にとって歓迎すべきものであった。この福音書の成功の一つの理由は、確かに、実際にはイエスの直弟子マタイとはまったく関係のない著作でありながら、そのマタイの著作であるという名目で流布した、という点にあろう。この著者も実際にマタイという名前だったのかもしれないが、使徒マタイとは関係のない別人物である。そして、本当は使徒マタイの著作ではない、などという程度のことは、少なくともその同時代の人々ならばほぼ知っていただろう。それが、まったく批判もなく直弟子マタイの書物として受けいれられた理由は、やはり、その内容が正統派教会の信仰にふさわしいものだったからなのだろう。

編集者 てつてつ (2019年12月22日 15:13:18)

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#29 2019年12月22日 12:00:45

てつてつ
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Re: 聖書という書物について

理論的に言えば、正統派も自分たちのドグマにあわせて、マルキオンがやったように、既存の福音書を大幅に改訂してカトリシズムの福音書を作ればよかった。しかし、それをやったのでは、マルキオンに対して自分たちが批判していたのと同じ行為(古い文書を改霞する)をみずからやることになるので、説得力がない。あるいは、どれか一つの福音書(たとえばマタイ)を正典と宣言することもできた。しかし、たとえ他の福音書はマタイほどには評価されていなかったとはいえ、それぞれを尊重する信者もまた各地に多かっただろう。それを排除するということは、今までそれらの福音書をそれなりに尊重してきた教会の多様な流れを破壊することになる。となれば正統派にできる正典は4つの福音書が相互にどれだけ相違ししばしはかなり目立つ矛盾を示しヨハネ福音書などになれば基本的な質もことなるとしてもやはりその4つをすべてまとめてこれこそキリスト教会の正典であると示す以外になかっただろう 思想の純粋性を求めるのではなくむしろ純粋性を求めるものは追い出しておいて既存のものを矛盾しようと何だろうと、ごたまぜに権威として認める、それが正統派というものだ 正統派が結束するのは同じ純粋さのまわりに集ってきて結束するのではなく、特定の異端を追い出す目的のためにのみ結束するのである 自分たちの内部は時にはその異端と自分たちの距離よりも大きな相違をかかえていてもそんなことは一向にかまわないのだ

編集者 てつてつ (2019年12月22日 15:12:27)

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#30 2019年12月22日 12:25:16

てつてつ
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Re: 聖書という書物について

新約正典をはじめて提唱、確立したのは、「異端」とされたマルキオンであった。正統派教会はそれに刺激されて自分たちの正典を確立しようと動き出すのだが、その動きを促進し、その動きの中身に外から影響を与えたのは、さらにほかの「異端」である。正統派教会は、正典結集の作業に関して常にマルキオン派を頭に置かざるをえなかったが、ほかの「異端」をもまた相当に頭に置かざるをえないのである。それはまた、事の当然とも言える。正統派教会が正典を作ることの基本の目的の一つは、それにあてはまらないキリスト教の他の流れを「異端」として排除するためだったのだから。自分たちの内部だけのことなら、それほど厳密なものは必要としない。他を排除する基準を必要とする時にはじめて、厳密な境界線を必要とするのである。正典結集と異端排除は、ほとんど同義語に近い。

編集者 てつてつ (2019年12月22日 15:11:45)

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#31 2019年12月22日 15:09:15

てつてつ
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Re: 聖書という書物について

カンぺンハウゼンが黙示録について面白いことを言っているので、紹介しておくと、黙示文学というのは霊を受けて語る、つまりみずからが預言者として語るのであるから、過去の聖なる文献によってみずからを権威づけることはしない。それに対し、正典という発想は、過去の文書に絶対的な権威を置こうとするものである。だから、黙示文学はそもそも正典という発想になじまなかったのだ、というのである(二五四頁以下)。もっとも、教会が終末論を正しいドグマの一つとして固執する限り、その正典には終末論を中心とした文書を入れざるをえないから、その意味で、いずれ黙示録は新約聖書の中に採用されることになる。しかし、黙示録を新約聖書の中に入れるかどうかは、いつまでも議論の種であった。一六世紀の宗教改革者マルチン・ルターになってもまだ、むろんこの段階で新約聖書を作り変えることはできないが、黙示録が新約聖書にはいっていることにひっかかっていた。彼が最初に発行したドイツ語訳の新約聖書では(一五一三年)、一頁目からずっと頁番号が打ってあるが、最後の黙示録のところだけ、頁番号をまったく打っていない!いささか児戯めいた仕方で黙示録に反抗しているのである。


というわけで これまでのところを概観してみると キリスト教らしきものが生まれてから最初の200年ほどは正典といわれるようなものは現在で言う旧約の部分だけで あとのものは口伝えだけで様々なものがあったようです それゆえに柔軟に広まっていったようですが 後にマルキオンという人が新約聖書のこれが正しい教えだという書き物をまとめてしまい それに対抗するために多数派「多分カトリック」が矛盾をかかえながらも新約の正典とするものをまとめていき その中には上記のように終末論も入れときゃなきゃカッコつかないよな ということで黙示録も入れた というわけのようです というわけで自分は現在の聖書正典というのは色々な人間や組織の思惑の結果だと思います cry

編集者 てつてつ (2019年12月22日 17:15:15)

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#32 2019年12月22日 15:41:14

iris
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Re: 聖書という書物について

てつてつ さんの発言:

しかし実は、キリスト教が非常に強度に正典宗教として自覚されるようになったのは宗教改革以来のことである。確かにそれまでも、古代末期以来、キリスト教会は新約正典を持ち続けてきてはいるけれども、キリスト教成立の唯一絶対の根拠を、非常に強調して、「聖書のみ」に置こうとしたのはマルチン・ルターにはじまるプロテスタント教会の自己意識なのである。

ものみの塔もこの意識を歪んだ形で受け継いでいますね。
この掲示板でも「キリスト教=聖書教」という誤解が根強く見られていましたが、ものみの塔の教えしか知らない人がそう思い込んでしまうのは仕方のないことなのでしょうね。

この本はとても面白いのですが、けっこう高いので買いにくいかもしれませんね。私は教会の知人からもらいました。

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#33 2019年12月22日 16:44:00

てつてつ
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Re: 聖書という書物について

irisさん書き込みありがとうございます

ものみの塔の教えは聖書にこう書いてあるからこうだというものです ただこうだというのはものみの塔の組織の都合のよい解釈ですが cry

自分も高価でしたのでアマゾンで中古が安く出ていたときに買いましたかなり線引きと書き込みあるのですが cry

あとカトリックの悪口見たいな部分も少なからずあるのですが ゴメンナサイネー irisさんには特別恨みはありません kiss

編集者 てつてつ (2019年12月22日 17:11:09)

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#34 2019年12月22日 17:07:38

てつてつ
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Re: 聖書という書物について

169ページあたり

正典の第三の原理は「統一性」である。しかしこれが一番無理をしている。すなわち、正典である以上、相互に矛盾があってはならないので、それらの文書のすべてに統一性がなければならない。これは、正典であるためには必須条件だが、はじめから統一性に配慮して正典たるために書かれた文書ならともかく、もともと異なる著者たちがそれぞれ異なることを記した、時代的にもかなり広がりのある多くの文書を集めてきて、みんな相互にまったく矛盾なく同じ福音の真理を表現している、などと言い張るのは、いかにも無理というものだ。だからこそマルキオンはそういう無理をやらないで、パウロにのみ正典を限ったのである。しかも、それでも内部矛盾がいろいろあるから、純粋なものにするために、多くを削除せざるをえなかった。それに対して、正統派の正典は、マルキオンに対抗するために、伝統的に重んじられてきた文書をすべて正典にしてしまったので、この統一性という点で非常に苦労して説明しなければならなくなったのである。面白いことにというか、当然のことにというか、ムラトリ正典表の著者は、これらの文書相互の間に矛盾があるということに気がついていた。それはまあ、正典表を書こうというほどの著者なのだから、これらの文書は繰り返しよく読んでいたはずである。また、現に、それぞれの教会によって、マタイ福音書を特に重んじたり、ヨハネ福音書を重んじたり、逆にヨハネには反対したり、といったさまざまな傾向が存在していた。それをみな満足させなければならない。だから彼は「福音書のそれぞれが異なったはじまり方をしているように見えるけれども」と、問題を指摘している。しかしむろん福音書相互に異なっているのは、はじまり方だけではない。全編にわたってさまざまな水準のさまざまな相違があるのである。しかし、それを一々指摘しはじめたら、統一性の信仰が崩れてしまう。こんな場合には、余計なことは言わずに宣言してしまうに限る。「….と見えるけれども、信じる者の信仰にとっては何も異なっていない。同一で根源的な霊によって、すべてのことがすべてにおいて示されているのである。」まさに強引な宣言である。正しいキリスト教信仰を持とうとする者は、つべこべ言わずに、統一性を信じなさい、ということか。論理を無視するこれだけの図太さがなければ、正典信仰など確立することはできなかった、ということであろうか。

編集者 てつてつ (2019年12月22日 17:11:44)

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#35 2019年12月23日 07:09:43

てつてつ
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Re: 聖書という書物について

172ページあたり

正統派教会の新約聖書正典の考え方は、論理的には非常な無理を犯し、いわば庇理屈を重ねている。「使徒性」「統一性」「公同の教会のため」というどの点でも、事実に反して理屈をつけている。しかし、結果において、新約聖書諸文書の正統派教会による正典化は、一世紀後半のキリスト教文書をよく後世に保存する効果をもたらした。さもなければ、四福音書のうち一つ二つは、後世に伝えられなかったかもしれない。その点では、正統派教会の新約正典は、後の世界に対する非常に大きな貢献であった。もっとも、他方では、ヨハネ黙示録など、その文書の面白味の故に尊重されたのであって、だから、長い間ずっと反対意見があったものの、結局いやでも新約正典の中に入れざるをえなくなったのである。ヘブライ書がパウロの著作ではないとわかっていながら、結局は正典の中に加えられたのも、ヘブライ害自体の内容がすぐれているからであろう。これをパウロの著作とみなしたのは、「使徒」の著作でないと正典に入れられなかったからである。


もっとも、根本的な問題として、過去の文書を正典として読むということ自体がはらむ根本的な問題がある。それでは過去の文書の真実の姿を見失うことになり、従ってまた、それらの文書がそれぞれの時代に持っていたすぐれた意味を認識することもできなくなる。過去の文書としてでなく、現在のキリスト教会、現在の世界にもそのままあてはまる永遠・不動の真理として読むから、原文の意味を正確に読むという姿勢は放棄され、実際には、現在の教会にとって都合のいいことを聖書の中に読み込む、ということになる。つまり、聖書を、自分の勝手な思いを映し出す鏡として利用するだけのことになる。その結果、これらのすぐれた文書のすぐれた点を理解することもできなくなるのだ。正典宗教というものの根本的な問題である。

これはあるあるですよね  cry

編集者 てつてつ (2019年12月23日 07:10:48)

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#36 2019年12月23日 07:32:01

てつてつ
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Re: 聖書という書物について

4福音書について

マタイによる福音書
マルコ福音書と通称Q資料と呼ばれる今日では失われたイエス語録資料をつなぎあわせ、それに独自資料を加えて編集したもの。著者はギリシャ語を第一言語とするユダヤ人キリスト教徒。むろん使徒マタイではありえない。非ユダヤ人キリスト教徒とする学説もドイツの学者などの一部では主張されているが、とても無理。執筆年代はマルコより後で、エルサレム崩壊を知っているのだから、七○年より後。二世紀はじめごろの普及状態を考えれば、どんなに遅くても九○年。執筆場所は不明。シリアのどこか(アンティオキア?)という説はまったくの想像にすぎないが、当たらずと言えども遠からずか。

マルコによる福音書
最も古い福音書。伝統的には使徒行伝一五・三七ほかに出て来るマルコが著者とされてきた。近代聖書学においてはそれを疑う学説が強いが、積極的に疑う根拠はない。しかし、ペテロの弟子だったというのは、あてにならない。少なくとも福音書の中身を読む限り、とてもその可能性はない。ギリシャ語が下手なこと、内容等々からして、パレスチナ出身のユダヤ人キリスト教徒であるのは確か。学界では非ユダヤ人キリスト教徒とする説もはやっているが、根拠はない。執筆年代、場所は不明。しかし、エルサレム崩壊を知らないのは確実だから、七○年以前であるのは確か。五○年代か六○年代である。七○年代以降に書かれたなどとする「学」説は、何でもいいから想像をたくましくしようという以外の意味はない。

ルカによる福音書
マタイと同様、マルコとQ資料、それに独自の資料を組み合わせて書かれた。やはり七○年から九○年の間。明瞭にパレスチナの事情を知らず、ユダヤ教についても、マタイやパウロのような内在的知識は持っていない。ギリシャ語を第一言語とする。従って、どこかのヘレニズム都市のギリシャ系文化人でキリスト教徒になった人物。伝統的には、パウロが「同労者」と呼んでいるルカ(ピレモンニ四節)が著者であるとされてきた。私もそうだと思う。近ごろドイツやアメリカなどで、この著者はパウロを知らない人物である、という学説がはやっているが、かなり無理な説である。使徒行伝の著者と同一人物。

ヨハネによる福音書
正体不明の著作。おそらく、もともとの著者の作品を、その流れに属する他の人物(弟子?)が編集した、という学説が正しいだろう。原作はもしかすると未完の作品。かなり独得で、正統派の流れとは異なる思想を展開している。グノーシス思想に相当近い。それに対し、編集者はこれに正統派教会の視点から手を加えた。執筆年代、著者、著作の場所等、一切不明。しかし、内容からして、マタイ、ルカとほぼ同時期と考えるのが妥当だろう。ただし、残っている写本からして、遅くも九○年代。


も塔は福音書の マタイ マルコ ルカ ヨハネ がそのまま筆者だと教えてますからね cry

編集者 てつてつ (2019年12月23日 07:49:09)

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#37 2019年12月23日 07:59:34

てつてつ
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Re: 聖書という書物について

199ページあたり 新約聖書がすべてギリシャ語で書かれているという事実は何を意味するか

その前にまず、念のため、新約のすべての文書はギリシャ語で書かれているということを事実として確認しておこう。つまり、はじめからギリシャ語で書き下されたということだ。ほかの言語で書かれたものの翻訳ではな抑い。それも二七の文書のすべてがそうである。部分的にさえも、ギリシャ語以外の原作はない。これは、すぐ後に述べる歴史的背景を考えれば奇妙なことである。それで、その奇妙さを除くために、無理に学説が考え出され、新約の中のある文書はもともとはヘブライ語ないしアラム語で書かれていたものの翻訳である、などと想像されたこともあるけれども、それはとても無理な仮説であって、今日、真面目に問題にするに値しない。


つまり、「初期」キリスト教は、最初期のキリスト教徒たちの言語ではない別の言語でもって自分たちの文書を作り出していったのである。とすると、新約の諸文書を作り出した「初期」キリスト教と「最初期」のキリスト教との間にすでに一つの大きな落差を考えないといけない、ということになる。

しかし、もう一つ重要な問題は多分こちらの方がはるかに大きな問題であり、しかし常に見落とされてきた問題であるのだが現代の多くの人々は新約聖書の世界の言語について、パレスチナでは確かにアラム語が話されていたかもしれないが、それ以外のローマ帝国支配下の地中海世界の東半分の言語はギリシャ語だったのだから、新約聖書がギリシャ語で書かれたとしても当り前ではないか、と思っている点である。しかしこれはまったく当り前ではないのだ。いかに今日の日本人がやたらと英語好きだからとて(これは世界全体から見ればまことに片寄った傾向と言わねばなるまい)、現代世界のすべての人間が英語を話して生きているなどと思うとすれば非常識もはなはだしいのと同じことで、いやそれ以上に、ヘレニズム・ローマ世界の東半分ではギリシャ語を話していたんだよ、などというのは、滅茶苦茶な非常識である。決して皆がギリシャ語を話していたわけではなく、それはごく一部に限定されていたのだ。そういう世界で書かれたにもかかわらず、どうして新約聖書の諸文書は例外なくギリシャ語一色で塗られているのか、というのが我々の問題である。彼らが文書を書く時にギリシャ語を用いたというのは、決して当り前ではない。当り前でないから、理由を問う必要があるのである。

編集者 てつてつ (2019年12月23日 08:00:53)

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#38 2019年12月23日 09:56:30

てつてつ
メンバー

Re: 聖書という書物について

ここの部分はかなり長いので結論からいうと 新約とは各地に出て行ってある程度の成功をおさめて支配者層の言語「ギリシャ語」が第一言語となった2-3世のユダヤ人 が資料を集めるなり聞いたことから書いたものというというのがいいたいことかなと思いました
日本で言うなら昭和の初期にアメリカなどに移住してある程度成功をおさめた人たちの子孫で英語が第一言語になった日系人がアメリカにいながら資料を集めて日本の仏教についての本を書いたのと似ているかもしれません  よく外国映画などで日本の描写がありますけどこれは違うだろ感があるのと似ているかもしれませんね

あとエルサレムにいた使徒たちの教えはイエスの教えの律法は守りつつ改善していくみたいな感じでしたけど 上記の聖書を書いたグループはそうではなく 世代間のギャップがある みたいなことが書いてあるような気がしました

忘れましたけどだれかのブログで
(コリント第二 11:13) …そのような人たちは偽使徒,欺まんに満ちた働き人で,自分をキリストの使徒に変様させているのです…
(ガラテア 2:12) …ヤコブのもとからある人たちが来るまでは,諸国民の者たちと一緒に食事をしていたのに,彼らが来ると,割礼組の者たちへの恐れのために,身を引いて離れて行ったからです…

この 偽使徒 ヤコブのもとから来たある人たち というのがエルサレムに残った使徒たちのグループでパウロはそれを非難していると書いてたような気がします


これはてつてつさんの解釈かもしれませんので関心ある方はぜひお読みになって調べてください

編集者 てつてつ (2019年12月23日 10:09:20)

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#39 2019年12月23日 10:38:31

仰天
ゲストユーザー

Re: 聖書という書物について

てつてつさんには悪いような気もするのですが、ほとんどの人が田川建三さんの書物としての新約聖書の本に良いレビューしか書いていませんので、一応こんなレビューもあるという事でamazonのレビューから転載します。

書物としての新約聖書
    FT
お粗末な放談
2019年1月4日
Amazonで購入
形式: 単行本
どれほどいい加減なこと、正しくないことであろうと、自信をもって言い切りさえすれば相当程度世の中に受け入れられてしまうということがよくある。強い確信を持って語るということが言葉に迫力を与えるのであろう。田川氏のこの本はまさにそのような例ではないかと思われる。
はっきり言って、これは真面目な学術書であるとはとても言えない。それではどういうものであるかと言えば、これは一種のエンターテイメント本ということになるのではないだろうか。話者が自分の物語を、おもしろおかしく無責任にまくし立てただけのもの、というのがこの本の実質であると私は思う。
序文において著者は「原則的には、いかなる記述についても、どうしてそういうことが言えるのか、という論拠(反対の論拠も含めて)を可能な限りすべて提示することが求められる」(viページ)などと述べ、この本においても自らそれを実践したかのように言っている。しかし、実際のところは、著者はそれをほとんど実行していない。著者はたいてい、自分が依拠している書物や論文を挙げたうえで、その結論を紹介しているだけである。それらが何を根拠にどういう判断をしたのかという道筋を示すことすらしない。つまり、著者は自分が受け入れている学説を(ところどころ尾ひれを付けながら)もっともらしく受け売りしているだけなのである。
この本において著者は他の研究者の著述や翻訳をしばしば大変厳しく批判している。しかし、その批判の多くは本質的なものではない。著者が批判しているのは、そこに言われている内容そのものではなく、むしろ、個々の言葉の使い方に過ぎないことが多い。例えば、「この『あまねく』は間違いだ」、「この『口語』という箇所も間違いだ」(322、326ページ)というような感じの批判が見られるのだが、対象としている文献の単語一つ一つを文脈から切り離して批判しても、それは無意味というものである。一般的に言って、言葉の意味というものはそれほど確定的、限定的なものではない。「あまねく」と言っても、「全く例外なく、百パーセント」という意味で使う人もあれば、ただ「広く一般に」くらいの意味で使う人もいるであろう。「口語」と言っても、「口頭での、音声による言葉」という意味でしか使わない人もいれば、ただ単に「日常的な言葉」くらいの意味で使う人もいるであろう。だから、意味が厳しく限定されている学術用語ならともかく、他者が自分とは違う言葉の使い方をしているからといって、それが直ちに間違いであると決めつけるわけにはいかないのである。にもかかわらず、著者は自分とは異なる言葉の使い方を何もかも間違いであるとして切り捨ててしまっているのである。
他の研究者の著述や翻訳への批判についての問題点はそれだけではない。著者は、間違っていると自分が判断した記述を紹介する際、例えば次のような言い方をしている。「いくらなんでも…はないだろう」、「…だのとお呼びになる」、「わざわざ改悪してくれた」、「言うに落ちる」、「…などとやらかすとは」、「よせばいいのに…わざわざ…」等々(259、260、588ページ)。扇情的としか言いようがない言葉遣いである。これは決して学術書にふさわしいスタイルではない。
この本の主張の中身自体も相当にいかがわしい。そのことは詳細な検討をするまでもなく、「これは下手くそなギリシャ語だ」とか「これはギリシャ語の感覚からすれば考えられない表現だ」とかいうような趣旨のことを述べている箇所(333、339ページ)を見るだけでも明らかであろう。ごく簡単な日本語についてさえ、「この言い方はおかしい」と言う日本人もいれば、「いや、別に違和感はない」という日本人もいて、意見が割れることも多い。ギリシャ語のネイティブ・スピーカーでもなければ、ギリシャ語を日常的に使って生きてきたわけでもない著者が、上のようなことを(自分の責任で)言えるはずがないではないか。実は、ギリシャ語や英語などの諸言語に関する田川氏の説明は間違いだらけである。それも、何か特殊な用法の存在を見落としたとか、今では捨て去られてしまった古い説に依拠してしまったとかいうのではなく、書いてあることが本質的に間違っているのである。「セム語の名詞には格という発想がそもそもない」などとはよくも言ったものである(338ページ)。
いや、語学に関する解説以前に、著者は簡単な英文すらまともには読めていない。一例を挙げれば、あるドイツ語書籍の英訳を批判している箇所において、著者は英訳の中にあるCan … ? Or …?という箇所が理解できずに誤訳と断じてしまっている(238ページ)。著者は前半のCan … ?が修辞疑問であることが分からないばかりか、後半の文頭のOrを(「Aですか?それともBですか?」というような)選択疑問文をつくるorであると誤解している。こういうことを次から次にやっているようでは、もちろん、外国語で書かれた文献の意味をきちんと理解できているはずもない。この本の内容は外国語文献のそういう不十分な理解にもとづいているのである。
さらに、この本には、間違いとまでは言えないかもしれないが、誤解を招くような記述もいろいろ見られる。例えば、欽定訳聖書についての解説で著者は次のように書いている。
「初版の時に二つの異なった版が作られたという珍妙な学説が一時流行したことがある。He-BibleとかShe-Bibleなどとあだ名をつけられているのがそれである。これは、旧約のルツ記三・一五で、「町に行った」という文の主語が初版ではheになっているのに、第二版ではsheになっていることに由来する。これはむろん初版の印刷の間違いで、第二版でこれを訂正したにすぎない。それなのに、後世の古文書業者が手持ちの第二版を第一版と言いくるめれば高く売れるので、その目的で、第一版に異なった二つの版がある、などという珍説を流布したのである。」(566ページ)
しかし、これだけを読んでいたのでは、本当のことは決して分らない。実は、ルツ記のヘブライ語原文には「町に行った」の主語がheであると受け取れるものとsheであると受け取れるものの両方があり、文脈などからすればsheの方がやや適切ではないかということに過ぎない。実際に主語をheと訳している翻訳もあるくらいであって、事態は著者のように「むろん初版の印刷の間違いで、第二版でこれを訂正したにすぎない」と簡単に言えるようなものではない。古文書業者の話にしてもそうである。実は、第二版の新約の部の扉に書かれている年代は初版と同じ1611年であり、第二版を初版の一種であると主張することにまったく根拠がなかったわけではない。こういうことを知らなければ、ここに言われている古文書業者は何という馬鹿馬鹿しくあこぎなことをやったのかと誰しも思うのではないだろうか。こういう落とし穴が、この「書物としての新約聖書」という本には多数隠れているのであって、この本の記述を真に受けている限り、思わぬ失敗が待っていることは間違いない。
11人のお客様がこれが役に立ったと考えています

#40 2019年12月23日 11:55:09

ラハム
メンバー

Re: 聖書という書物について

どこで読んだのか思い出せませんが、田川氏は
「自分は神を信じていないクリスチャンだ」と公言していますので、
その公言を反映している書物だと思います。
わたしも三年前に書籍を購入し、全部読みました。
あまり納得できるような内容だったとは感じませんでした…。

オンライン

#41 2019年12月23日 12:16:31

てつてつ
メンバー

Re: 聖書という書物について

仰天さん ラハムさん 書き込みありがとうございます
一応田川さんは自分の知っていることから自分はこう考えているということだと思います

あとちょっと不思議なのは仰天さんは最初自分の言っていることの正しさの裏づけとしてこの本を引き合いに出したと思うのですが 今になっていやいやこの本はこんなに信用のできない本なんですよと言い出したことはちょっと矛盾しているかと思います cry

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#42 2019年12月23日 12:39:22

仰天
ゲストユーザー

Re: 聖書という書物について

こんにちは。
いえいえ、私は田川さんを信用できるという事で引用したというわけではなくて批判的な聖書学者の間でも様々な意見や推測がありますという事を述べたまでです。

田川さん自身も見解が変わったり安定してませんし。

#43 2019年12月23日 14:27:46

てつてつ
メンバー

Re: 聖書という書物について

了解しました ところで仰天さんは福音書の筆者は誰又はどんな背景の人だと思っておられますか?

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#44 2019年12月23日 15:20:06

仰天
ゲストユーザー

Re: 聖書という書物について

使徒か使徒に非常に近い人物だと考えます。

無関係な人物が書いたとは思いません。

てつてつさんはどう考えますか?

#45 2019年12月23日 16:12:26

てつてつ
メンバー

Re: 聖書という書物について

てつてつ>仰天さんは福音書の筆者は誰又はどんな背景の人だと思っておられますか?

仰天さん>使徒か使徒に非常に近い人物だと考えます。
無関係な人物が書いたとは思いません。
てつてつさんはどう考えますか?

自分は現在のトピで田川さんがいっていること

または以前にも書き込みましたが アーマンさんの意見を支持しています

イエスの弟子が文字を書くことはおろか、読むことができたことを示唆する記述すら、福音書にも『使徒言行録』にも見当たらない。事実、『使徒言行録』には、ペトロとヨハネが「無学」であると書かれている(四章十三節)。「無学」とは、古代では文盲を指す言葉である。イエス同様、ガリラヤのユダヤ人であるイエスの弟子は、アラム語をしゃべっていたはずである。田舎出身の彼らは、おそらくギリシャ語の知識が皆無だっただろう。たとえ知識があったとしても、かなりいい加減なものだったに違いない。なぜなら、彼らは、その日暮らしのアラム語を話す文盲の農民と共に生活していたのだから。端的に言って、イエスの弟子はどのような人びとだったのか?彼らは文盲で、アラム語をしゃべる、ガリラヤの下層階級の農民だった。ならば、福音書記は誰か?彼らの身元は伏せられているが、福音書にはいくつかの手がかりが残されている。福音書から分かることは、私たちがイエスの弟子について知っていることと完全に食い違う。福音書の作者は高学歴で、ギリシャ語が堪能なキリスト教徒であり、おそらくパレスチナには住んでいなかった。彼らが教育程度の高い、ギリシャ語を話す人びとであったことは、論を待たない


では仰天さんはギリシャ語の読み書きができなかったであろう使徒やそれに近い人たちがどうして福音書をギリシャ語で書くことができたと思われるのですか?

編集者 てつてつ (2019年12月23日 21:49:27)

オフライン

#46 2019年12月23日 19:32:59

仰天
ゲストユーザー

Re: 聖書という書物について

お疲れ様です。
まず、アーマンさんと田川さんでは意見が違っています。
年末でなにかと忙しくしていますがなるべく近いうちに返答したいと思いますので気長に待っていて下さい。(^-^)
頭の中ではまとまっているのですが、文章をまとめたり、それなりに資料に基づいて書くには時間がかかりますので。


それにしても、ゆりさんは元気にしておられるでしょうか。

#47 2019年12月23日 19:50:07

てつてつ
メンバー

Re: 聖書という書物について

了解しました

>それにしても、ゆりさんは元気にしておられるでしょうか。


まさか仰天さんが生き返らせるのではないでしょうね ホラーみたいで夜トイレ行けないです cry

編集者 てつてつ (2019年12月23日 19:52:09)

オフライン

#48 2019年12月23日 19:56:33

仰天
ゲストユーザー

Re: 聖書という書物について

シセイさんも帰って来られたことですし、皆さん仲良くしたらいいかなと(^_^)

#49 2019年12月23日 20:13:39

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書という書物について

モトシセイです^^ 久しぶりの仕事復帰で声が小さくて何度も周囲に聞き返されました。
弱ってると声が張れないものです。以前のようなハイペースでの書き込みは状況的には
出来ませんが。ぼちぼち書く事になります。てつてつさん、拝読させて頂いてます。

小説を書いているといっても趣味みたいなもので、これは本業復帰までの時間つぶしの
ようなものだったので、本業復帰がきついのなんの。ではちょっと休ませて頂きます。

#50 2019年12月23日 20:37:58

てつてつ
メンバー

Re: 聖書という書物について

みんなわかってたと思いますが本人の口から聞いてやっと安心できました  シセイさんお帰りなさい kiss 
また書き込みお願いします でもさらにカオス状態になりそうで怖いです cry

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