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#151 2016年10月02日 07:21:46

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

KAOさんこんにちは

あんまりポチり過ぎないようにしてくださいね。

いーえ 毒を食らわば皿までです「冗談です」
中澤啓介牧師の著作を読んでそう思いました とはどの本でしょうか

ふぇいさん 書き込みありがとうございます 自分は自分の関心あることばかり聞いたり書きこんだりしていますのでかなり偏っていると思います ぜひ色々な方の経験や意見を聞かせていただければうれしいです

ラハムさんこんちには

あなたは神の存在を信じるのですか。
答えは、はいでありいいえになってしまうのです

本当にむずかしいですよね 自分は現時点でも先回の書き込みで少し触れた理由で創造者である神の存在は固く信じています ただその方をもっとよく知る方法がしばらく前まで神様が書かれた聖書を通して完璧に理解できると思っていたのですが その聖書の一部または全部が神ではなく書いた人間の考えであるということを 知ってから不可知論になりました 例えでいうと精密な顕微鏡「聖書」で肉眼では見えないものを見て理解したつもりになっていたものが実はその顕微鏡だと思っていたものが万華鏡でちょっとした震動で毎回見えるものの形が違うものに見えてしまうのです 「どーしてくれるんですかKAOさん あれからというもの急に自分が地雷原にいることがわかった人間のようにここは人間の考えかもしれない いや全部そうかもしれないと聖書が普通に読めなくなってしまいましたよ」
また別の例えで考えると 国会議事堂があるとしますがそれから受ける印象は人によって違うかもしれません たとえばアイヌとか沖縄の人とかマイノリティーで以前苦しみを受けた人にとっとは圧制の象徴に見えるかもしれません しかし反対の立場の人にとれば勝利の証 正義や公正の象徴 に見えるかもしれません 同じもので何もかわっていないのに見る人のそのときにもっている情報によって見え方が異なって見えるのです
このようにして神様自体はこれまでまったく変わっていないにもかかわらず 認識する側の人間が持っている情報によってちがうものに理解されるということもあるかもしれません(ヤコブ 1:17) …あらゆる良い賜物,またあらゆる完全な贈り物は上から来ます。[天の]光の父から下って来るのです。そして[父]には影の回転による変化もありません…
群盲象を評す」というお話と似ているかもしれませんね

akameさん こんにちは 以前最初の方でakameさんから命乞いする子供を殺せるのかと聞かれたときに聖書の神の命令であるならばできるかどうかわからないが気持ち的には従いたいと答えましたが 現在は聖書が神の言葉であるかどうか根拠があやふやになってしまいましたので できないにかわりました ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした また変わるかもしれませんが 今後ともよろしくお願いします

編集者 てつてつ (2016年10月02日 08:59:41)

オフライン

#152 2016年10月02日 07:49:03

akame
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

てつてつさん

こちらこそよろしくお願いします。

#153 2016年10月02日 18:05:04

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ラハム さんの発言:

だから、聖書の一字一句に固執しないで、
自分にとっての神様を発見する、あるいは近づくための
道しるべのひとつだと考えて活用するのはどうでしょうか。

識別するのは非常な努力が要求されますが、
世界中にちりばめられている
神を発見する宝石を探しているような気がします。

ラハムさんの神に対する態度は、私ととても近いように感じます。

確かに、神を知るのに知性は必要ですが、自分の人生を生きるために
もっと大切なのは、自分自身の感性に嘘をつかないことだと思います。

自分にとって良いことがあれば神に感謝し、良くないことがあれば
神に文句を言う、そのような人が神にとってはかわいいと思います。

オフライン

#154 2016年10月02日 18:42:12

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

KAOさん、お返事ありがとうございました。御紹介の本を読んでみようと思います。

さらに質問で申し訳ないのですが、
短期間ながら原理主義的な信仰を持っていたことがあるとおっしゃっていましたが、
それは家庭や教会での宗教教育とどのような関係があるのでしょうか?
原理主義的な教派で育たなくても、原理主義的な信仰に変容することもあるという
ことでしょうか? ポイントは聖書の読み方にあるような気もします。

宗教に限らず、子どもの教育というのは親の思うようにはならないものですけれど。

オフライン

#155 2016年10月02日 23:15:18

KAO
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

てつてつさん
中澤牧師の著書は全てですね。キリスト教会が「エホバの証人問題」を無視してはならないことを直接論じているのは『パンドラの箱-ものみの搭に幽閉された人々のために-』2000年 新世界訳研究会、の7章と8章です。
何よりすごいのは、言うだけではなくて、それを実践していらっしゃることです。中でも輸血問題は直接生命に関わることなので論じておくことは重要ですが(『輸血拒否の謎』1999年)、はっきり言ってどうでもよい(『十字架か杭か』1998年)なんてことまで論争相手になっていらっしゃる姿には頭が下がります。それから『ものみの搭のアキレス腱』もそうですね。これらの著作はどれも証拠となる文献を丁寧に当たって調べ上げ、周到な議論でもって組織の主張を退けています。これは協会お得意の「文献のつまみ食い戦法」の対極にある姿勢で、膨大な時間と労力を費やしていることが私には分かります。むろん607年問題についてのカレブさんの情熱も同じくらいすごいと思います。私も見習いたいところです。

ついでながら・・・磔刑が1本の柱だという説は、協会が得意になって語るところですが(1936年~)、そもそもこの説を最初に言い出したのは、ヘルマン・フルダというプロテスタントのドイツ人牧師で、彼の著書「Das Kreuz und Kreuzigund 1878年」で発表されたものです。協会が言い出す58年も前のことです。


Irisさん
鋭い質問ありがとうございます(笑)。私が育った教会はすごく自由な教会でした(今でもそうです)。家もそうです。教会に行くことを強要された経験は一度もなく、夏のキャンプやクリスマス、イースターといった行事や、自分の学校以外の友だちと遊べるのが楽しくて小さい頃から教会学校に通っていました。
それで最初の大学は神学部を選んだのですが、そこは総合大学の1学部として純粋に学問的にキリスト教のことを研究するところだったのです。なので入学するやいなや、徹底的に批判的にキリスト教を扱うわけです(笑)。
私は事前に牧師さんに聞いていましたし、前に書いたように、入学に当たって贈られたのは、キリスト教についての両極端の立場の本2冊でした。
それで他の新入生より平気なつもりでいましたが、それでも「そんなはずはない」という防御本能が働いたのか、現実から逃げるようにして「ファンダメンタルな信仰」に走ってしまいました(笑)。でも、学部も3年生になると専門科目も多くなり、ギリシャ語も始まると、元々歴史好きであった私は、逆に学問的な好奇心の方が勝るようになって「ファンダメンタルな信仰」は結局1年ちょっとで卒業しました・・・そんな感じです。


それとこれはみなさまへの質問ですが、昨晩「マイナスドライバー」さんのブログの最新記事を見て凍りつきました! 「運動会」がテーマなのですが、それはそれは凄まじいタブーの嵐なのです。ちょうど今運動会に向かっていて、我がJW児童は、国旗・校歌を歌わない件は了解済みなのですが、それ以外は入場行進も応援合戦も特に問題があるとは聞いていません。地域差もあるかと思いますが、マイナスドライバーさんの状況は1970~80年代の子どもが多い時期と理解してよろしいでしょうか? 今は子どもは貴重なので、あまり「重荷」を負わせないようにしているとかありますか?
私にとっては「年代論争」などより、目下これが最大の関心事です。

#156 2016年10月03日 06:38:17

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

KAOさん パンドラの箱-ものみの搭に幽閉された人々のために 教えていただきありがとうございます 自分は中澤さんのほかの本は大体全部よんだのですがこの本は絶版で手に入らなかったので読めませんでした 機会ありましたら読みたい人のためにPdfにしてくださればうれしいです 運動会などの行事大変ですね 自分は確か応援合戦はだめだと記憶しています 入場行進は問題ないと思うのですが証人のタブーにふれる内容でもあるのでしょうか ローカルルールや証人それぞれの理解の仕方や行動の表し方など個人差などあるとおもいますので 全部相手に合わせて行事内容を変更するのは不可能だと思いますので 大きなトラブルになりそうなところはお互いに事前に話し合ってどうするか決めておくなどが必要になるかもしれませんね 相手との意思の疎通や柔軟性が必要で大変ですね 他の問題抱えている親御さんもたくさんおられるでしょうから KAOさん自身がうつ病にならないように気をつけてくださいね完璧などということはありえませんから  またよろしくお願いします

編集者 てつてつ (2016年10月03日 06:40:28)

オフライン

#157 2016年10月03日 11:40:33

ばんマス
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ちょっと皆さんにお尋ねしたいのですが、わたしがエホバだった70年代初め頃は、
今まで教義を知らずに死んだ人たちも、知ってて死んだ人たちも、地上の楽園で、
よみがえるはずだと思っていたのですが、今のエホバの教義は違うのですか?
何か、御使いとして、肉を持たないとか、永遠に見守るとか、、、?

#158 2016年10月03日 13:01:16

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

KAOさん、お返事ありがとうございます。

教会が好き、神さまのことをもっと知りたいから神学部へ進学
→私の知ってる神さまはそんな方じゃない! →「ファンダメンタルな信仰」

ということですね。
私にはどうしてそこでファンダメンタルな信仰につながるのかがよくわかりませんでした。
「ファンダメンタルな信仰」の中身の認識が違っているのでしょうか。

牧師養成目的ではないようですが、牧師さんになりたい方が行かれる神学部ですか?
それで信仰が「そのままの形では維持できなくな」ったので、
当初の予定が変更になって、別の学部に入りなおされたということですか?
でも、子どもの頃からの教会には同じように通っておられるのでしょうか。
突っ込みすぎでしたら、差し支えない範囲でお答えいただきたいです。


お忙しいところ恐縮ですがもう1問。

聖書にまとまりがないことから、自己流キリスト教はいくらでも作れるわけですが、
そうなるとどこからどこまでがキリスト教と言えるのか、線引きが必要という考えも
ありうると思います。
神学的に厳密なキリスト教の定義のようなものはあるのでしょうか?
場合によって、いくつかの定義を使い分けるような気もしますが。
例えば三位一体を信じるかどうかということは、キリスト教であるかどうかの形式的な
判断基準として使われることが多いですが、私は三位一体そのものがそれほど重要とは
考えていませんし、KAOさんも同様にお考えのように思います。

ものみの塔の教えはキリスト教と言えるのかについてはどうお考えですか?
(「エホバの証人はキリスト教か」というカレブさんの記事にかみついたのが
私の最初の書き込みでした。よろしければご参照ください)

編集者 iris (2016年10月03日 13:42:29)

オフライン

#159 2016年10月03日 13:37:44

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ふぇいさん、もし例の本を読まれましたら感想をお聞かせくださいね。

オフライン

#160 2016年10月03日 21:45:57

ふぇい
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

こんばんは☆彡


KAOさんへ

返信ありがとうございます。
お察しのとおり モルモンの方々です

JWは 災害や貧困等、神の介入無しではどうにもならない
つまり、そういう方面に時間を費やしても問題の根本解決には繋がらない…
それよりも ”永遠の命に至る音信” ”神の介入による楽園の希望”を
宣べ伝える方が遥かに 人々にとっても有益である、
という考えだったと記憶しています

ネットニュースで話題になっている 子どもの貧困(子ども食堂)…
わたしも前々から関心がありお手伝い出来たらな…と思っていたのですが
うちの地元では単発的な実施はしていても 毎週決まった曜日に…というのは
あるのかもしれないですが ネットではHITしません…
(実はPTAに結構足を突っ込んでいて 複雑な家庭のお子さんが多い事を憂慮していました)
KAOさん仰るように 「奉仕」のマンパワーをそういう方面に使えば
問題の根本解決にはならずとも 空腹で夜も眠れぬ子たち、それに心痛めるお母さんたちが減る事でしょう…

それにしても KAOさんは大変にご多忙なのに 頭が下がります。

あ、難しいお話を継続なさってください、主人がとても楽しみに読んでいますので。



てつてつさんへ

主人も偏っていますので(笑)
楽しみに読ませていただいてるようですよ。
ありがとうございます。



irisさんへ

すみません(´;ω;`)
難しい本は苦手で…
買ったのも 読んでるのもわたしの一年後に脱塔した主人なんです。
感想は いずれ主人が書き込みすると思います。
…(゚∀゚;)
夫婦でこの板に登場するのは うちが初めて???
他にどなたかいらっしゃいませんか??

編集者 ふぇい (2016年10月03日 21:49:06)

オフライン

#161 2016年10月03日 22:24:08

KAO
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

てつてつさん
てつてつさんがやっておられるPDFのファイルは、なにかスキャナーのようなもので読み込んで作るのですか? ソフトが必要? 全部手で打つわけじゃないですよね。少し時間の取れる時に勉強してみます。

#162 2016年10月04日 01:06:20

KAO
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

irisさん
あまり詳しくは書けませんが、私の出た大学は牧師になる人間は半分以下でしょうか。ミッションスクールの聖書科の教師であったり、国内外で働くクリスチャンワーカーも多いです。私自身もそこで多くの資格を得ました。その後、教員養成大学に入って小学校の教員になりました。

「エホバの証人はキリスト教か」のトピックは読ませていただいておりました。結論からいうと、irisさんの言われるような「神学的に厳密なキリスト教の定義」などはありません。もしあるなら教えていただきたいです。よく言われるのはirisさんも持ち出される「三位一体」等を含む「信条」が基準として持ち出されるでしょうが、そういった「信条」も各派無数にあって、とても「基準」たり得るものではありませんし、一番古いといわれる「使徒信条」でさえ、とても使徒時代に遡るような伝承ではないです。

面白い話をしましょう。irisさんは「異端」という言葉にはどんなイメージをお持ちですか?「正統」に対する「異端」ですから、一般的には、正しくない、間違った教え、邪教と申しますか、そういったネガティブなイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。

ところがキリスト教神学の世界では必ずしもそうではありません。
後に正統派から「異端」とされたグノーシスやタティアノス、エビオン、マルキオン、モンタノス、サベリウス、アリウス、ペラギウス、ネストリウス、etc。彼らはむしろ独自の深い思索によって真理を追究し、大勢に流されることなく、迫害を恐れることなく自説を主張し続けた孤高の思想家とみなされています。あるいは中世やルネッサンス期であれば、異端審問で断罪されたガリレオ・ガリレイやジョルダーノ・ブルーノといった、時代を先取りし過ぎた初期の天文学者、自然科学者を思い浮かべることもできます。
そういう意味では、思想の名に価しない、浅薄な思いつきの教義を連発しては撤回を繰り返すものみの搭のごときは「異端」と呼ばれる資格すらありません。初期「異端」の思想は今も語り伝えられ、研究され、中には日本語で読める著作もあります。片やものみの搭の「古い真理」は・・・自分たちの手によって、慌てて廃棄処分(証拠隠滅)です(笑)

以前、カルト問題に熱心だった旧約聖書学者の浅見定雄氏が、統一協会に対し、「私がいつ統一協会に対して「異端」などという「名誉ある称号」を使ったか。キリスト教ではない、と言っただけだ。」と怒っていましたが、まさにそういうことです。

福音派がよく使う「統一協会・エホバの証人・モルモン教とは関係ありません」というのは、彼らの心情として理解できます。しかし、ものみの搭の源流となったセブンスデー・アドベンチストなどもわりと最近まで「異端」扱いでしたし、わが国独自の「無教会」や「神の幕屋」というのも分類は難しいでしょう。福音派の人々の主張は、いわば偏狭な正統意識の現れに過ぎません。「異端」という言葉は、もっと高尚なものです。

初期キリスト教における「異端」は、使徒教父、使徒後教父に並ぶ初期キリスト教の思想家です。そういえばどこかのトピックの書き込みで、ラハムさんが「旧約の神と新約の神は違う神のようだ」という意見を述べられていましたが、それこそマルキオンの思想そのものです。
彼は旧約の「恐ろしい神」を排除し、「愛の神」だけの独自の聖典を編みました。旧約は全てアウト、パウロ書簡はOKですが福音書はルカ伝のみという「聖書」です。そのマルキオン聖典が契機となって、初期キリスト教の中で聖典の結集という問題意識が生まれたのです。今日マルキオンは「異端」に分類されることが多い人ですが、『原典 古代キリスト教思想家』(教文館1999年4200円+税)にも載っていますし、実際このテーマの下では、教父と異端は特に区別されません。

「自分たちは違うのだよ」という正統意識は、「パリサイ派」の分離主義同様、ものみの搭の主張の裏返しに過ぎません。ものみの搭批判は、そういった「正統意識」からではなく、あくまで、彼らの教義の欺瞞性(嘘)や人間疎外に対する人道的見地から為されるべきだというのが私の意見です(あくまで私の意見なので、それ以外の動機があっても否定はしません)。

#163 2016年10月04日 14:03:08

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

KAOさん、丁寧なお返事ありがとうございます。
平日に夜遅くまで書き込みをしていただいて、大丈夫ですか?
(訊いた私が悪いんですが)

KAO さんの発言:

以前、カルト問題に熱心だった旧約聖書学者の浅見定雄氏が、統一協会に対し、「私がいつ統一協会に対して「異端」などという「名誉ある称号」を使ったか。キリスト教ではない、と言っただけだ。」と怒っていましたが、まさにそういうことです。

私もキリスト教の中でどれが正統とか異端とかいう争いには興味がありません。
多数派になったものが正統とよばれ、少数派が異端と呼ばれているにすぎないでしょう。
厳密にいえば、カトリック信者のなかにはプチ異端がいっぱいいると思います。
でも私はそれがよいと思いますし、教会も敢えて文句を言ったりはしません。

けれど、キリスト教であるものと、そうでないものの区別はあるのではないかと思います。
KAOさんの書き込みにある浅見定雄氏も「統一教会はキリスト教ではない」と
述べておられるからには、キリスト教であるかないかを区別していることになります。
私も、ものみの塔の教えはキリスト教ではないと思っていますので、
キリスト教であるかないかを区別する基準についてお尋ねしたのです。
浅見氏は、なぜ「統一教会はキリスト教ではない」と述べることができたのでしょうか。

それから、三位一体はよくキリスト教であるかないかという基準として持ち出されますが、
私は三位一体はキリスト教であるかないかとは関係ないと考えています。
キリスト教であるかないかというのは、そういう表層的な問題ではないと思います。

オフライン

#164 2016年10月04日 23:01:21

KAO
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

irisさん
はい、もう少し説明を補足いたします。浅見先生はその主張の根拠を明確にしておられます。それは、統一協会が「キリスト教の基準」を満たしていない、という意味で「キリスト教ではない」とおっしゃった訳ではなく、統一協会の本質そのものが異教であるという意味においてです。irisさんは、統一協会が経典としている「原理講論」というものをお読みになったことがありますでしょうか?
およそ600ページほどある厚い本ですが、彼らはこれを「旧約聖書」「新約聖書」に続く「成約聖書」と呼んでいます。少し長くなりますが、その核心部分を引用いたします。

【第一節 神の二性性相と被造世界】

「今我々は、神の神性を知るために、被造世界に普遍的に潜んでいる共通の事実を探ってみよう~中略~森羅万象の存在様相が、表裏、内外、前後、左右、高低、強弱、抑揚、長短、広狭、東西、南北などのように、すべて相対的であるのも、あらゆる被造物が二性性相の相対的関係によって、互いに存在できるように創造されている・・・」(P43)

これは明確に東洋の陰陽五行説(陰陽道おんみょうどう)ですね。実に分かりやすい典型的な二元論です。さらに教祖:文鮮明については

「先生は単身、霊界と肉界の両界にわたる億万のサタンと闘い、勝利されたのである。そうして、イエスはじめ、楽園の多くの聖賢たちと自由に接触し、ひそかに神と霊交なさることによって、天倫の秘密を明らかにされたのである。」(P38)

これは民間信仰でよく見られる「シャーマニズム」です。日本では青森県恐山のイタコや沖縄のユタ信仰が有名でしょう。近年では「幸福の科学」大川隆法の霊言シリーズが真っ先に思い浮かびます。

また、統一協会は「霊感商法」で有名になりましたが、手相・観相で人々を脅迫し、売りつける商品は、多宝塔、仏塔、壷、印鑑、数珠といった品々です。
極めつけは彼らの「救済論」で、イエスの死は失敗で、人が救われる唯一の道は、教祖による「合同結婚式」に与って、無原罪の子孫を産み増やすことだと言うのです。
ようするにキリスト教を名のってはいますが、その宗教学的本質は、陰陽道とシャーマニズムのシンクレティズム(混合宗教)だということです。「キリスト教の基準」を満たしているかとか、そういう次元の話ではありません。

浅見先生は「ものみの搭」については論じていませんが、仮にキリスト教を「旧新約聖書を聖典とする宗教(私はその程度が妥当かと思います)」と定義するならば、ものみの搭も残念ながら失格とすべきだろうと私は思います。
この点は、irisさんが指摘しておられる通りだと思うからです。すなわち、ものみの搭協会は「聖書を利用しているだけ」だという指摘です。

私はものみの搭協会の「研究生」になってもう6年ほどになりますが、その間、ただの一度も聖書を1章丸ごと読んだ経験がございません。彼らが「霊的食物」と呼ぶ協会の書籍の主張の裏づけとして(前後関係と切り離して)引用される短い聖句(大抵は数節)を読むだけです。これには驚きでした! 聖書の通読どころか、そもそもキリスト教的土台の全くない人が、第一歩からこういう聖書の「用い方」をしているわけです。こういった事実から、私はものみの搭協会の経典は聖書ではなく、協会の出版物であると断言できます。組織の出版物は、明らかに統一協会にとっての「原理講論」、末日聖徒イエス・キリスト教会にとっての「モルモン経」と同じ位置を占めています。だって、聖書だけ読んでたって真理は分からないって教えでしょ? コレ、統一協会やモルモン教と全く同じ主張ですよ!!
たしかどこかの記事で、「聖書だけを読むと、昔の堕落したキリスト教に逆戻りする」って書いてありましたが、これ自らの正体を暴露しているようにしか見えません・・・

私の研究司会者が気づいているかどうかは知りませんが、研究日時の打ち合わせで、私は一度も「聖書研究」という言葉を使ったことはありません。必ず「書籍研究」という言葉を使っています。まずもって聖書そのものが研究されることは全くないですから。
一般的な教会で聖書研究というと、今日は「ローマ書について学びましょう」とか、今日はクリスマスが近いので「降誕物語の部分を学びましょう」といった具合です。
間違っても「今日は9月号の第2研究記事を学びましょう」とはなりません。
もちろん教会では聖書以外に信者向けの信仰書や簡単な神学書を読むことはありますが、それらは「読書会」と呼ばれます。

ついでながら、私はエホバの証人の「聖書研究」をとても楽しんでいます。私にとっては唯一の(生の)情報源でありますし、JW児童の処遇を巡っても色々と相談にのっていただいています。「研究」では特に『啓示の書』は面白かったです。荒唐無稽な適用の数々、訂正された部分の切り貼りもいっぱいあって、「この部分にはこの紙を貼りつけてください」なんて指示されながら「真理」が次々と訂正されていくのは面白かったです。この本は結局「廃棄」になったんでしたっけ?

少なくとも脱搭して久しい覚醒者の方々よりも、私の方が「最新の理解」に詳しい自信はありますよ(笑) アップデート、アップデート・・・

最後に「三位一体」についてですが、これを日頃から意識的に強調する教派は福音派と呼ばれるところくらいではないでしょうか? 「キリストとは一体何者か」という議論のことを「キリスト論」といいますが、これこそキリスト教界が数百年にわたって議論を戦わせてきたテーマです。詳しく勉強なさりたい方は、『キリスト論論争史』(日本キリスト教団出版局2003年10260円)という本が出ています。高いですけど

「三位一体」というのは、聖書に証言される神・イエス・聖霊の関係を説明するための「用語」に過ぎません。「父、子、聖霊のみ名によって」の「み名」が単数なのはなぜかとか、そういう問題です。組織神学(教義学)の課題なので、私は昔からあまり関心ありませんでした。ただ協会は、聖書の中でイエスが神と呼ばれている事実や、聖霊に関して言えば、「evil spirit」は決して悪の擬人化ではなく人格的存在と言いながら、「holy sprit」については人格的存在ではないと強弁する根拠を示さなくてはなりません(無論その屁理屈については知っています)。
それから「聖霊に満たされる」という聖句が非人格的存在の証拠であると主張するなら、ローマ13.14やガラテア3.27の「イエス・キリストを身につける」(新共同訳はそれぞれ「イエス・キリストを身にまとう」「イエス・キリストを着る」)等。さらにローマ15.13には「聖霊の力」なんて表現もあります。
神の活動力の力ですか? 頭痛が痛いです
使徒10.38には(神は)「聖霊と力をもって」なんて表現もあります。こんなことを持ち出せば切りがありません。
あとは「神を冒涜する言葉は許されても聖霊を冒涜する言葉は許されない」とか・・・どなたか協会から納得いく説明をお聞きになられた方はいらっしゃいますでしょうか?

最後に、聖書にある「父と子と聖霊のみ名によって」とは、協会の理解では「エホバと、大天使ミカエルと、神の活動力のみ名によって」と同義と考えてよろしいでしょうか?
まぁどうでもいいですけどね・・・

#165 2016年10月05日 12:35:02

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

KAO さんの発言:

浅見先生は「ものみの搭」については論じていませんが、仮にキリスト教を「旧新約聖書を聖典とする宗教(私はその程度が妥当かと思います)」と定義するならば、ものみの搭も残念ながら失格とすべきだろうと私は思います。
この点は、irisさんが指摘しておられる通りだと思うからです。すなわち、ものみの搭協会は「聖書を利用しているだけ」だという指摘です。

ものみの塔がキリスト教であるかないかを考える際に、KAOさんが基準とするのは
「キリスト教=旧新約聖書を聖典とする宗教」という仮定義であり、
ものみの塔聖書冊子協会はその定義に当てはまらない、ということになりますね。
つまり「エホバの証人はキリスト教ではない」ということですよね。


KAO さんの発言:

私はものみの搭協会の「研究生」になってもう6年ほどになりますが、その間、ただの一度も聖書を1章丸ごと読んだ経験がございません。彼らが「霊的食物」と呼ぶ協会の書籍の主張の裏づけとして(前後関係と切り離して)引用される短い聖句(大抵は数節)を読むだけです。

おっしゃる通りです。彼らは協会の教えを聖書の教えであると誤認させるために、
聖書の断片と照らし合わせる作業をさせるだけです。
このように聖書を読まされてきたエホバの証人たち(や関係者)は、
協会の好きな聖句だけは知っていますが、聖書全体の理解はかなり歪んでいます。
ものみの塔を離れても、よほどの努力をしない限りは誤った先入観を捨てきれず、
聖書の内容を誤解したままになってしまいます。
聖書を知らなかった人の理解を妨げ続ける点で、協会の責任は大きいと思います。


KAO さんの発言:

ついでながら、私はエホバの証人の「聖書研究」をとても楽しんでいます。私にとっては唯一の(生の)情報源でありますし、JW児童の処遇を巡っても色々と相談にのっていただいています。

KAOさんは素直な研究生なんでしょうか。進歩がないとか思われませんか?
エホバの証人との「聖書研究」は興味深いですが、取り込まれるつもりがない場合、
精神的に余裕がないと続きませんね。

オフライン

#166 2016年10月05日 12:50:19

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

KAO さんの発言:

こういった事実から、私はものみの搭協会の経典は聖書ではなく、協会の出版物であると断言できます。組織の出版物は、明らかに統一協会にとっての「原理講論」、末日聖徒イエス・キリスト教会にとっての「モルモン経」と同じ位置を占めています。だって、聖書だけ読んでたって真理は分からないって教えでしょ? コレ、統一協会やモルモン教と全く同じ主張ですよ!!
たしかどこかの記事で、「聖書だけを読むと、昔の堕落したキリスト教に逆戻りする」って書いてありましたが、これ自らの正体を暴露しているようにしか見えません・・・


カレブさんは、「エホバの証人キリスト教比較表」の記事で、聖書解釈の違いについて

カレブ さんの発言:

プロテスタントとエホバの証人は「聖書のみ」というスタンスに関しては同じだと言えます。
プロテスタント側はエホバの証人は「聖書のみ」というスタンスではないと判断するかもしれません。しかし聖書の解釈は異なっていても、教理は「聖書のみ」を土台とするというスタンスでは同じではないかと思います。

と述べておられます。
私は「エホバの証人はキリスト教か」のトピックで、ものみの塔がプロテスタントと
同様に「聖書のみ」を根拠としているというのは明確な誤りであると指摘しましたが、
KAOさんはもっと明確に「聖書不在」であると指摘してくださいました。

やっぱりものみの塔の教えはキリスト教の教えでも聖書の教えでもないですね。

オフライン

#167 2016年10月05日 13:20:41

カレブ
Administrator

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

iris さん
こんにちは。

ちょっと流れを全部みてないので簡単にしか参加できませんが、
わたしがエホバの証人が「『聖書のみ』というスタンス」というふうに
”スタンス”という言葉をつけているのは、それなりに意味があります。
彼らは、ものみの塔が唯一神に用いられている組織と思い込んで
聖書の正しい解釈が組織から下りてくると考えています。

しかし、
実質上は「ものみの塔出版物」を聖典に近い位置におかれていますので
KAOさんの言われている点は別の角度からいえば真実だと思います。

なので法王あるいは統治体を頂点とする「組織」が信者の生活や
信条を縛るという点では ものみの塔はプロテスタントより
カトリックに近いと思います。

モルモン教徒にとっての「モルモン書」について言うと
彼らはそれを文字通り聖典としての位置をもっていると思いますので
そこのスタンスはエホバの証人とは違うとは思います。

しかし実質上では エホバの証人は協会の最新の出版物を
モルモン書に近い存在として高めていると思えるので
類似性はあります。

ところで ものみの塔出版物とカトリックの「カテキズム」は
具体的にどう違うんでしょう?

オフライン

#168 2016年10月05日 13:54:22

すずめ
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ばんマス さんの発言:

ちょっと皆さんにお尋ねしたいのですが、わたしがエホバだった70年代初め頃は、
今まで教義を知らずに死んだ人たちも、知ってて死んだ人たちも、地上の楽園で、
よみがえるはずだと思っていたのですが、今のエホバの教義は違うのですか?
何か、御使いとして、肉を持たないとか、永遠に見守るとか、、、?

ばんマスさん、はじめまして。
私もそのあたりが整理できていないところなのです。
70年代初めのことはよくわかりませんが、YouTubeに上げられている
「カルトの説く霊的パラダイス」セミナー2 ジャン・ドウゲン牧師
でドウゲン先生のお話の最後の方のところ(46分あたりから)そのことが具体的にふれられています。ご参考になればと思い書かせていただきました。

#169 2016年10月05日 15:11:45

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

ドウゲン牧師のセミナーを拝見しました。
JWが主張する楽園での復活はその通りだと思います。
ばんマスさんがご存知の1970年代初めごろと大差ないと思います。

とにかく人は一度死んでしまうと楽園で復活させられても
家族を持つことができないのは確かでしょうね。
わたしも現役時代この問題に悩まされました。
正直言って、わたしは楽園の地でひとり家の中から、
遠くで家族が楽しく戯れているのを孤独な状態で眺めている
という情景しか浮かんでこなかったのです。
せっかくよみがえったのに永久に家族ももうけられない状態で
生活するなんてとても耐えられず、残酷です。
牧師の言うように無になったほうが楽だと思います…。

オフライン

#170 2016年10月05日 15:32:45

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

カレブ さんの発言:

彼らは、ものみの塔が唯一神に用いられている組織と思い込んで
聖書の正しい解釈が組織から下りてくると考えています。

ものみの塔の組織だけが聖書の正しい解釈ができると教え込まれているだけでしょう。
組織が「聖書のみ」というスタンスだから、実際に「聖書のみ」だと言えるのですか?
エホバの証人たちがそう教え込まれているから、それが正しいと言えるのですか?
組織の教えることは嘘ばかりではないですか?

カトリックの教えは、「聖書」と「聖伝」によって伝えられてきました。
ですから「聖書のみ」に基づくという嘘はつきません。
ものみの塔の教えは、「聖書ではなく」統治体の思い付きで作られているのに、
「聖書のみ」に基づくという嘘をついているのです。
統治体の思い付きが先にあって、それに合う聖句を探しただけなのにです。

カレブ さんの発言:

ところで ものみの塔出版物とカトリックの「カテキズム」は
具体的にどう違うんでしょう?

カレブさんは同じだと思っているわけですか?
どこが同じなんでしょうか?

オフライン

#171 2016年10月05日 16:00:14

カレブ
Administrator

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

iris さん

>組織が「聖書のみ」というスタンスだから、実際に「聖書のみ」だと言えるのですか?

いいえ。具体的に言うと
「聖書」と「組織」によって縛られています。
たとえ協会の聖書解釈が間違っているとわかっても
各信者には「聖書のみ」から信条をもつことは許されていませんので
そういう意味では全然「聖書のみ」ではないですね。

>カトリックの教えは、「聖書」と「聖伝」によって伝えられてきました。
>ですから「聖書のみ」に基づくという嘘はつきません。

そうですね。わたしもそう思います。
エホバの証人は法王の絶対的な権威を批判しますけど、
統治体の絶対的権威と変わらないですので
そういう点ではカトリックを批判するのは筋違いだとは思います。

ちなみにわたしは
マタイ24:45のWTの解釈より
カトリックのマタイ16:15-20の「あなたはペテロであり、この上に我が教会をたてる」という言葉の解釈のほうが
説得力はあると思います。

しかし個々の信者からすると どちらも「聖書的」と思っているのであって
信者に対しては具体的に どこが聖書と相いれないのかを論じていくしかないと思います。

わたしが述べた「 ものみの塔出版物とカトリックの「カテキズム」は
具体的にどう違うんでしょう?」の問いについてですが、

例えば「JWは統治体の見解を絶対と思ってますけど、カトリック教徒はカテキズムに
対してテキトーですよ」みたいな点が答えとして出てくるかなと思ったのです。

単なる信者の妄信の度合いが違うだけで
あくまでも「度合い」なんじゃないかと思うだけです。

これはカトリックとの違いの問題だけではなく
プロテスタントでも同じ点があると思いますが
JWと決定的に白黒違いをつけられるものがあるわけではなくて
単なる「度合い」の問題であると思います。
そして、違いを語るのであれば具体的な教理について
論じるしかないのではないかと思っています。

プロテスタントがこういう時に有利なのは
特定の教会が「カルト的」であっても
その教会の問題とできる点があると思います。

カトリックとエホバの証人は
すべてトップダウンの公式見解でなりたっているので
逃げがきかないのだと思います。

オフライン

#172 2016年10月05日 16:11:57

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

プロテスタント教会は「聖書のみ」というスタンスですけれど、
実際には「聖書のみ」でないから、いろいろな教派があるのだと思います。
ただ、「聖書のみ」であろうと努めている教会については、
その姿勢は評価されるべきであると思います。

ものみの塔の教えは聖書からは到底導き出されないもので、
「聖書のみ」であろうという姿勢は微塵も感じられません。
それで「聖書のみ」という看板を掲げているのは聖書に対する侮辱です。

オフライン

#173 2016年10月05日 16:24:02

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

投稿が行き違ったようです。


カレブ さんの発言:

例えば「JWは統治体の見解を絶対と思ってますけど、カトリック教徒はカテキズムに
対してテキトーですよ」みたいな点が答えとして出てくるかなと思ったのです。

カトリック信徒もカテキズムに対してテキトーなわけではありません。
それで、ものみの塔聖書冊子協会の出版物とカトリック教会のカテキズムとの比較になるんですか?
比較の仕方がよくわかりません。


カレブ さんの発言:

プロテスタントがこういう時に有利なのは
特定の教会が「カルト的」であってもその教会の問題とできる点があると思います。

カトリックとエホバの証人はすべてトップダウンの公式見解でなりたっているので
逃げがきかないのだと思います。

プロテスタント教会だって、単立教会でなければ組織の見解はトップダウンでしょう。
日本基督教団などは、教会数約1700、信徒総数約18万人の大組織ですよ。
比較の仕方がおかしいと思います。

オフライン

#174 2016年10月05日 17:13:18

ばんマス
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

すずめさん、ラハムさん、ありがとうございました。
今思うと、45年 ほど前に、おかしな夢を見ていたような、
或いは、JW二世として、 まじめに考えていたということが、
不思議なような感覚です。
ただ、その後何となく自暴自棄的な人生になってしまい、
残念です。今再び聖書の勉強を始めていますが、
新しい発見に、驚いたり、感心したりの毎日です。

#175 2016年10月05日 17:14:09

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~

カレブさん、irisさん、
たくさんのご意見ありがとうございます。
お二人の書き込みは興味深く拝見しています。
JWとカトリックについてのお話合いですね。
せっかくですが、脱塔分室の内容とは
ずれが大きくなってきた感じがしているのです。
カテキズムに関する話し合いも長くなりそうです。
よろしければ別トピックで意見交換するのはいかがでしょうか。
そのほうがすっきりすると思うのですが…。

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