#1501 Re: 総合フォーラム » 組織の改善に関する議論 » 2012年10月21日 20:25:33
sk さん
丁寧でわかりやすい解説ありがとうございます。
「家から家」に関しては以前に記事を書こうと思っていましたが sk さんが ほとんど要点を書いてくれました。
レイモンド・フランズは IN SEARCH OF CHRISTIAN FREEDOM で以下の点を書いてます。
1.エホバの証人が「奉仕」という言葉で100%「野外奉仕」を思い起こすが、聖書はそのような言葉の使い方をしていない。
2.同じようにキリスト教国では「崇拝」という言葉が「教会に行く」という意味で使われているが、それも誤解を招く。
聖書のみで考えるならば sk さんも指摘されているように
奉仕=伝道活動
崇拝=教会に行く、集会に出席する
という式にはならないですね。
#1502 Re: 総合フォーラム » 組織の改善に関する議論 » 2012年10月20日 12:02:47
ray さん、こんにちは。
>弱い人間の本性として、いつでもどこでも、人間は組織を作りたがり、実際に組織を作り、そして組織は有用な働きをし、
>それとともに、組織は個人の意志を踏みにじり、組織の存続のために皆が活動し、変わった考えや行動を拒絶し、抹殺してきました。
ray さんの上記の言葉が、なぜ組織宗教が発展してきたのかを上手に説明しているように思います。
この点でのわたしの考えはまた別の機会に論じていきたいと思います。
>こんな組織はこれから必要なのか、組織に頼らず、すべて個人で神を信仰すべきなのか
神と聖書に対する信仰があるので、どのように信仰すれば良いのか、何か答えを見出さなくてはならないという気持ちになるのかと思います。
しかし何か一つの答えしかないと考えると恐らく迷路に迷い込むと思います。
多くのクリスチャンは聖書が明確な答えを述べていると考えます。モルモンは神がさらに啓示を与えられたと考えます。
イスラム教は6世紀に最後の預言者が使わされたと信じています。エホバの証人は1919年に忠実で思慮深い奴隷「級」が任命された
信じています。そしてそれぞれのグループの人たちがみな誠実に信じています。
アルバート・アインシュタインは次のように述べました。
[宗教的な考えは]ドアのない場所で出口を探す努力のようなものだ。
[Religious thought is] an attempt to find an out where there is no door.
―ALBERT EINSTEIN
様々な異なる教理がすべて正しいということはあり得ないのだから、1つの宗教だけが正しいに違いないと考えるかもしれません。
これは表面上理にかなった考え方にも見えます。
しかしクリストファー・ヒッチンズが述べた次の言葉も同じだけの説得力があるように思えます。
すべての宗教が正しいということはあり得ないことなのだから、それらすべてが間違いであるという結論は最も合理的な結論だ。
Since it is obviously inconceivable that all religions can be right, the most reasonable conclusion is that they are all wrong.
―CHRISTOPHER HITCHENS
#1503 Re: 総合フォーラム » 組織の改善に関する議論 » 2012年10月19日 20:39:29
(投稿を読み返して少し修正しました)
エホバの証人研究さんが、Webサイトに書いている問題の多くが改善されれば、エホバの証人になってくれますか。
もんもんさん こんにちは。
予想外の質問でしたが、いろいろ考えてお答えいたします。
もんもんさんの考えは次のようなものでしょうか?
1.エホバの証人の組織にはいろいろ問題があるし、改善されれば喜ばしいことである。
2.しかしなんだかんだでエホバの証人が「真の宗教」である。
わたしの考えをお伝えしますと、1の点は同じ気持ちです。
しかし2の点では全く異なる考えを持っています。
なぜ2の点で相違が出てくるのかを考えてみました。
抜粋して述べると以下の二つの違いが関係していると感じています。
(1) 選択肢の違い
(2) 体験の違い
選択肢の違い
例えば、ある人はエホバが用いている組織は「エホバ」という名前を用いているはずだと考えるかもしれません。
そうすると選択肢はエホバの証人しかないと考えるかもしれません。しかしこれはあまりにも単純な結論です。
なぜなら1世紀のクリスチャンが日常会話でヤーウェと述べていたという根拠はほとんどないからです。
以前にあるエホバの証人と新約聖書と神の名について話し合ったことがあります。その人は新約聖書の写本に
エホバという名前が記されているものが存在するということを信じていました。「ないですよ」と述べても、あるはずだ
と述べていました。エホバの証人は選択肢を知らず知らずのうちに狭めてしまっています。エホバという名を
頻繁に使うことがこれに拍車をかけているように思います。
わたしが持っている選択肢について述べると・・
わたしの考えは以下のトーマス・ジェファーソンの言葉と同じです。
「凝り固まった偏見による不安を全て振り払いなさい。弱い心は卑屈にうずくまっているものです。どんな事実やどんな意見に対しても、根拠をしっかり立てて法の下に照らしなさい。神の存在でさえ、勇気を持って疑問を持ちなさい。神が存在するならば、愚かな恐怖心への服従よりも、根拠を立てることへの敬意に賛同されるにちがいありません」
トーマス・ジェファーソン
体験の違い
この点は、いろんな人から話を聞いていくとよくわかる点です。
ある人は、とても良いエホバの証人の仲間に恵まれていたり、組織の上のほうの意外な部分を見ることなく
過ごしていて、この組織には何か特別なものがあると感じているかもしれません。
しかし別の人はエホバの証人の組織が神の霊に導かれている組織ではありえないという経験をしています。
例えば、わたしがサイトでメインで強調しているBC607年の問題をあげると、
ほとんどのエホバの証人は、「こんな問題は大したことがない事」と考えると思います。
しかし別の人は、この問題を通して、組織がいかに真実を求める気持ちがないか、そして真実を求める人を
どのように排除していくのかを目の当たりにしています。
例えば、以下のページにあるカール・ジョンソンの例をご覧ください。
http://www.jwstudy.com/docs/belief_apostate/
結論
もんもんさん
>エホバの証人からの離脱を求めても、その兄弟・姉妹が幸せでいれるとは思いません
これはその通りの場合もあるかと思いますが、離脱してより幸せになる人がいることも確かです。
そして離脱しない人が生涯幸せでいれるとも言えません。
人が「幸せ」になるということは重要なことなので、それは一つの行動基準になるとは
思います。しかし間違った知識で生涯ずっと幸せでいられるという保証はありません。
例えば、死の床にある人が「もうすぐ天国で夫に会える」と言っている人に
「天国なんてないよ」とは誰もいわないでしょう。なぜなら束の間の幸福感を不必要に
奪うことは倫理に反することだからです。
しかし、10代の青年が殉教したら天国に行けるんだと信じて自爆テロを計画しようと
していたらどうでしょうか? その青年がどれだけ「自分は幸せだ」と述べたとしても
わたしはその青年の肩をゆさぶって本気で説得します。
また もんもんさんの ご意見をお聞かせください。
skさんはわたしとは違う立場だと思いますが、いろんな観点での発言は参考になると思います。
そして、海外の記事翻訳いつもありがとうございます。
#1504 Re: 総合フォーラム » 組織の改善に関する議論 » 2012年10月17日 22:31:22
わたしがここで望んでいるのは、エホバの証人からの脱退のすすめではなくって、
現実的な改善方法です。
もんもんさん、
組織の運用に関しては、JWの精神によくない影響を与えている奉仕報告制度など
変わったらいいと思うものは幾つかあります。
組織上の問題については パリサイ人的な側面が問題ですが、
集会や大会、長老、巡回監督 など制度としては必ずしも問題ではないですね。
JW組織を変えることは望ましいですが、わたしの場合は、それはあくまでも
そこに属する人たちの人権を考えてのことです。
早急に変更されなければならないものは「血を避ける」という言葉の理解、
あとは、排斥にまつわる人権侵害(特にJW辞めた人や家族に対する)ですね。
いろんな問題を考えると「共に活動するためのグループ」としての利点をすべて打ち消すほどの
致命的な問題を抱えていると思います。
#1505 Re: 総合フォーラム » 長老あての手紙や指示の内容を共有しませんか » 2012年10月17日 06:48:05
「犯罪の捜査に関しては警察が行う必要がある」といった裁判の内容は指示書の中には入っていないのですね。
そのような考えは含まれていません。
とにかくすぐに協会の法律部門に連絡せよという方針はかわらないです。
2012.10.1
Most states have child-abuse reporting laws that, depending on the facts, mandate elders
to report an accusation to the authorities. Thus, when elders learn of an accusation of child
abuse, two elders from their congregation should immediately call the Legal Department for legal
advice.
ただし2002年の指示の中で以下の文面があります。
「警察に報告しちゃダメとか絶対にほのめかさないように。もし聞かれたら、報告するかどうかは個人的な問題だということを明らかにせよ」
Never suggest to anyone that they should not report an allegation of child abuse to the police or other authorities. If asked, make it clear that whether to report the matter to the authorities, is a personal decision for each individual to make, and there are no congregation sanctions for either decision.
#1506 Re: 総合フォーラム » 長老あての手紙や指示の内容を共有しませんか » 2012年10月16日 13:18:20
早速最新の内容を一つ
2012年10月1日付
すべての長老団へ
児童虐待について:新しい指示(要約)
1.地元の長老団ではなく、支部事務所が過去に子どもを性的に虐待した人を「危険人物」かどうかを判断する
2.奉仕部門から指導を受けた後に、二人の長老が存在する危険について会衆内の未成年の子どもを持つ親に警告を与える
3.特定の個人のことを警告の対象にした場合、その人(危険性ありとされた人)にもその件(親たちにだけ伝えるという点)を伝えるのが賢明
考察:最近の裁判の結果に応じた内容になっている。地元の長老ではなく支部事務所が判断を下すため
個人的な感情による同情が少なくなり、より厳しい対応になるのではないかと思う。
聖霊に導かれるというよりは、世俗の判決に導かれている模様。
なお、二人以上の証人が必要というルールは継続。
#1507 Re: 総合フォーラム » スティーブン・アンサンク vs ものみの塔協会 » 2012年09月15日 18:56:05
投稿ありがとうございます。
ものみの塔誌(1895/10/15 p234) の記事は知りませんでした。
「脱退した兄弟姉妹はまだメンバーであるけど、教会の活動にもはや忠実ではなくなったとの印象を許したりします。さもなけば、彼又は彼女の影響を永久に除くため、その者の教えの偽りの報告(遠まわしに、声の調子や言い方、言葉により)を急いで広めます。」
カール・オロフ・ジョンソンやドイツのバルツェライトの話を思い出しました。
http://www.jwstudy.com/docs/belief_apostate/
オーストラリアで起きたこの訴訟のことは知りませんでした。
ちょうど小児愛に関する協会の記事をさがしていたんですが、こんな記事見つけました。
*** 塔97 5/1 6-7ページ 不完全な世における信頼性 ***
もし手が潔白でなく,忠誠の人でないならば,クリスチャンの奉仕者はどうして他の人のために仕えることができるでしょうか。アイルランドの一修道会の長を最近辞任した人の場合はこの点をよく例証しています。インディペンデント紙によると,この人は「小児愛者である司祭の児童虐待を知った後かなりの間,引きつづき子供相手の仕事に従事させていた」ことを認めました。
今回の訴訟と似てますよね。
#1508 Re: 総合フォーラム » ものみの塔協会とヘッジファンド » 2012年09月12日 18:01:04
skさん、興味深い記事の翻訳ありがとうございます。
ものみの塔協会が資金拡大のためにいろんな手段を探っている状況がよくわかりました。
以下の引用を見ると、エホバが常に資金を調達してくださるという自信を読者に示していました。しかし実際は、人間くさい努力のもとに資金を調達している様子がわかります。
*** 告 21章 340ページ 資金はすべてどのように賄われているか ***
ラッセル兄弟は早くも「ものみの塔」誌(英文)の創刊第2号に当たる1879年8月号の中で,こう述べています。「『シオンのものみの塔』はエホバがその支持者であるとわたしたちは信じる。そうであるかぎり,この雑誌は人間に支持を乞い求めたり,懇願したりはしない。『山々の金と銀はみな我がものである』と言われる方が必要な資金を供給しないなら,それは出版を中止する時である,とわたしたちは考える」。この趣旨と調和して,エホバの証人の文書の中には,お金を乞い求める箇所はありません。
#1509 Re: 総合フォーラム » 話題:エホバの証人の妻との接し方について » 2012年09月09日 11:14:43
デコさん
状況がよくわかりました。子どもたちは場合によっては奥様にとってもキーになる場合がありますので
デコ様と子どもたちの気持ちが一致できると良いかと思いました。
あと お知らせなのですが、ものみの塔2012年11月1日 の中の「読者からの質問」という記事に
とても良い記事が出ました。内容としては「信仰は"気休め"にすぎないという考えはどうか」
というものですが、その中には以下の一文があります。
1.「実際,どんな考えにせよ,事実を確かめもせずに受け入れるのは,全く愚かなことです。」
2.「比喩的な目を常に開けていなさい」
3.「パウロは…「すべてのことを確かめて」ほしい,と思っていたのです。」
妻が"外部からの"批判に目を閉ざしている場合にこの記事を指摘することができます。
その際のポイントとしては、恐らく妻は「自分は聖書とエホバの証人を教えを十分比べて確信しているから盲信ではない」との主張が出てくると思います。
それでも継続的に、「批判に目を閉ざす」態度について 上記のものみの塔に記載されている人たちの描写が
多くのエホバの証人を的確に描写しているという点を指摘し続けることができるでしょう。
ただし決めつける態度は反感を買いますので、「エホバの証人を的確に描写している」ように自分には思える、違うのだろうか、と問いかけ続けるのが大切かと思います。
#1510 Re: 総合フォーラム » カリフォルニアにおける審理委員会 (2012年9月) » 2012年09月08日 17:26:24
#1511 Re: 総合フォーラム » 話題:エホバの証人の妻との接し方について » 2012年09月04日 14:41:22
#1512 Re: 総合フォーラム » キャンディス・コンティの裁判 » 2012年09月01日 17:13:59
http://www.youtube.com/watch?v=BN55PUJnROI
キャンディス・コンティ姉妹の裁判のビデオに日本語の字幕をつけました。
skさん、日本語字幕化ありがとうございます。
実は「メンローパーク王国会館」の翻訳をみていて、キャンディス・コンティ裁判 関連を訳してほしいなと思っていたところです。
この裁判はかなり関心が高いものだと思います。
バーバラ・アンダーソンさんが裁判資料をアップしています。
わたしも関心がありながらまだ詳しく見ることができていません。
http://www.watchtowerdocuments.com/cases/conti.html
#1513 Re: 総合フォーラム » メンローパーク王国会館乗っ取り事件 » 2012年08月29日 13:03:58
#1514 Re: 総合フォーラム » 話題:エホバの証人の妻との接し方について » 2012年08月29日 11:27:31
しかしこの温和な状態を保つのが非常に難しい…。
ここでTosh様ともお話していましたが、屁理屈としか思えない(笑)エホバの証人独特の論点のすり替えと、まるで知識のない人間を憐れむようなその態度に、我慢できなくて爆発してしまうんです。
議論になると最後には、まだ聖書の勉強を始めたばかりだから理解出来ないのよ、の決め台詞でまたスタートラインに引き戻されるのです。
状況がよくわかります。
さらに、元エホバの証人やキリスト教会の牧師からの専門的な情報を、情報源を理由に拒絶されたりしちゃうと、
もうどうにもならない感が出てきますよね。まさに孤独な戦いを感じさせます
#1515 Re: 総合フォーラム » 話題:エホバの証人の妻との接し方について » 2012年08月29日 08:22:30
鬼太郎さん、こんにちは。
わかりやすい例えですね。
強硬路線というと「監禁説得」というやり方が以前には
ありました。(恐らく今はほとんどないと思いますが)
そのような方法は危険を伴う大手術なのだと思います。
以下のページにエホバの証人とエホバの証人の妻と離婚した人とのやり取りが
両人同意の上で掲載されています。
エホバの証人の妻を監禁説得し離婚した者として
http://jwpc.milkcafe.to/info/2004-07-21-murao.html
夫として、目標が何なのかによっても方法が変わるのかなとも思いました。
強硬手段をとるにしても、子供たちがバプテスマを受ける段階に来てからだと
代償も大きいと思います。
#1516 総合フォーラム » 話題:エホバの証人の妻との接し方について » 2012年08月27日 17:01:22
- カレブ
- 返信: 52
この話題は多くの関心と意見が寄せられる話題ですので、集中的に意見交換できるようにトピックとして独立させました。
これまでの意見:
●強硬反対路線
夫としての権威のもとに、強硬に反対をするという方法。
それには集会出席や出版物の持ち込み禁止を含む場合がある。
強硬路線に関する意見:
・強硬にやらなければ目覚めることは難しいのではないか。
・強硬に反対すると妻が頑なになり、会衆に救いを求めることになる。
・夫婦でも一定の信教の自由は尊重されるべき。
●柔軟話し合い路線
集会出席や勉強などを道理にかなった範囲で許しながら
話し合いによる問題点提起を続ける。
柔軟路線に関する意見:
・良好な夫婦関係と対話関係が生まれる。
・夫婦の摩擦をソフトにし、子供への精神的影響を回避できる。
・歩み寄るとミイラとりがミイラになるのではないか。
わたしの意見としては、夫のキャラクターや元々の夫婦関係によって対応方法が変わってくると思いますので、
何が一番良いかは一概に言えません。
様々な立場での意見や経験などを分かち合いたいと思いますので、引き続き書き込みをよろしくお願いします。
#1517 Re: 総合フォーラム » メンローパーク王国会館乗っ取り事件 » 2012年08月27日 16:10:38
#1518 Re: 総合フォーラム » エホバの証人はキリスト教か » 2012年08月23日 10:27:20
王国のよいたより を終末思想と結びつけているところがエホバの証人の特徴だと思います。
しかし、現世の罪からの解放という概念はエホバの証人も他のキリスト教会と同様に
持っていると私は認識しています。
>それともキリスト教の教義はいまだに確立されていないとお考えなのでしょうか?
ルターの時代、皆同じことを言っていたと思います。
エホバの証人と対話する場面では、その考えは
あまり意味を持たないと思います。
「最低限共通するべき教義」はあるとは思います。
しかし少なくともキリストの死と人類の救済はエホバの証人も
主要なテーマの一部にしているのは間違いないと思います。
という感じでエホバの証人を擁護するみたいに話をしていますが、
irisさんの後半部分には全く同感です。
わたしが記事で述べていたのは「聖書のみ」というスタンスのことで
それぞれの解釈が聖書の筆者が考えていたのと同じであるという
意味ではありません。
独特な終末思想と現体制の否定がエホバの証人の習慣や信条を
おかしくしているという点は、わたしも感じるところです。
#1519 Re: 総合フォーラム » エホバの証人はキリスト教か » 2012年08月22日 22:03:10
iris 様 興味深いコメントありがとうございます。
「エホバの証人はキリスト教ですか?」の記事へのコメントかと思います。
http://www.jwstudy.com/docs/jw_general/is_jw_christian/
日本の国語辞書には「大辞泉」よりも「キリスト教」の定義を限定的に定義しているものもありました。
ですからおっしゃる通り、エホバの証人はキリスト教ではないと言われる方がいてもおかしくないと
思っています。
ひとつお聞きしたいのですが、
>ものみの塔の教義では、イエスが十字架についたのは人類の罪を救済するためではありません。
この点は、どのような根拠で言われているのでしょうか?
というのは、わたしの認識ではこの点では、エホバの証人、プロテスタント諸派、カトリック、
みな一致していると思うからです。
ただし、ものみの塔独自の教えに、キリストが人間として死なれたことは
人間の忠誠に関する論争に答えを提出することも含まれる、というものがあります。
これはヨブ記などから解釈しているものの、聖書の中には明確に書かれていない
単なる「解釈」であると思います。
しかし、それをもってエホバの証人がキリスト教ではないとするのは
フェアではないとも思います。
よろしければ、またご意見をお聞かせください。
#1520 Re: 総合フォーラム » エホバの証人が嘘を正当化することについて » 2012年08月05日 22:55:57
では狼少年のようにウソを繰り返して仲間に不信感と迷惑をかけ続ける兄弟がいたら、、、審理委員にかけられて排斥処分のはずです。
こう考えると協会のウソはとても許されない、いわば神様に対する冒涜的な罪と感じますが、、、。
鬼太郎さん こんにちは。 おっしゃる通りだと思います。
わたしが最近気になっている点に、協会は信者が間違った認識を持つことを意図的に放置して
結果的にウソを広めることになっているという点があります。
そして、協会は自分たちに有利になる勘違いを信者がいだくように意図的に仕向けている
場合さえ多々あるように思います。
一つの例が以下の投稿記事で指摘されています。
とても鋭い観察だと思います。
ドイツのバルツェライトに関して
http://www.jwic.info/forum04/080504.htm
この手の作戦は、すぐバレてしまう嘘よりも、ずっと巧妙で悪質だと感じます。
調べるのが難しい専門書の引用を悪用する方法も、それに似ています。
#1521 Re: 総合フォーラム » 七つの時 » 2012年08月04日 23:07:25
ネブカドネザルに臨んだ七つの時は、2520日なのでしょうか。
太陰暦の場合、6年が経過した時点で30日間のうるう月が発生します。
7年間であれば、35日間のうるう月を挿入しなければならないことになります。
つまり、360日x7年+35日=2555日がネブカドネザルに臨んだ七つの時となるのではないでしょうか。
ゲンさん、目の付けどころが鋭いですね。
わたしもこれについては記事に書こうと思った時がありました。
この点に関する ものみの塔協会の矛盾は指摘すると次のようになるかと思います。
まず、ものみの塔の一つの主張は以下のものです。
1.七つの時を2,520日とする論議(純粋な太陰暦を基準とする)
「啓示 12章6節と14節を見ると,三時半が「千二百六十日」に相当することが分かります。
ですから「七つの時」はその2倍,つまり2,520日間続くことになります。」
http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_10.htm
ここでは「うるう月」を除外した一年を360日とする計算を採用しています。
ところが、同じ記事の次の説明はこうなっています。
2.一年に対して一日の論議(ここでは太陽暦を基準としている)
「民数記 14章34節とエゼキエル 4章6節には,「一年に対して一日」という記述があり,
これに基づいて計算すると,「七つの時」は2,520年になります。」
http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_10.htm
ここでは突然、一年が360日ではなく、わたしたちが普通に考える1年を365日とする
太陽暦もしくは「うるう月」を含めた太陰太陽暦を基準とすることになっています。
つまり、ものみの塔は二つの異なる物差しを使って計算をしていることになります。
これは一種のトリックだと思います。
エホバの証人研究
#1522 Re: 総合フォーラム » エホバの証人が嘘を正当化することについて » 2012年07月27日 16:39:51
良くない癖だと思います。奴隷級の方も、ちゃんと「ものみの塔」に書いてあるように、誠実さを示して、ごめんなさいしてほしいと思う。
続けていると信用がなくなっちゃうと思う。
その通りだと思います。
たとえば1975年に関しては本部でどんな事が語られていたのかレイモンド・フランズの伝記に書かれていました。
「1976年、つまり広く宣伝されていた問題の年の翌年、統治体のメンバーの中にも協会の間違いを認め、
誤った期待感をかき立ててしまったと認めるべきではないかという声が出てきた。しかしまた、いやそれはすべきでない、
そんなことをしても「敵に攻撃材料を与えるだけ」だという声もあった。ミルトン・ヘンシェルは、これについては何も触れず
におくのが良かろう、そのうち兄弟たちも口にしなくなるだろうから、という意見だった。」
良心の危機 271頁
そしてほとんど放置されることになったのですが、
その結果として真理を求めるタイプの人ほど組織を離れるようになったのではないかと推測します。
真理を触れ告げると称している組織としては皮肉なことだと思います。
#1523 Re: 総合フォーラム » エホバの証人が嘘を正当化することについて » 2012年07月25日 13:17:13
エホバの証人は、過去の間違いや嘘に関して、「イエスの弟子たちも間違いを犯していた」とか「ヤコブやラハブも嘘をついたが神に是認された」などと主張し、自分たちを正当化しますが、このような論法にはどのように対応したらよいのでしょうか。
ゲンさん、こんにちは。
ご指摘の点はわたしも考えたことがあります。
率直に言うと、残念ながら簡単な対応方法はないと思ったほうが良いかと
思います。人の思考は基本的に自分の行動を正当化する方向に働きます。
ゲンさんが指摘された点は組織の間違いや嘘の話題だと思うのですが、
人はエホバの証人になるという選択をした時点で、自分が属する組織に関しては
擁護することに心が傾きます。これは自分がエホバの証人を選んだ以上
自然なことかと思います。
しかし・・
エホバの証人がキリスト教世界や他の宗教の問題について語る際に
「人は不完全だから仕方がないですね」といった言葉を使うのを
聞いたことがありません。
ですから出来ることとしたら
「同じことをカトリック教会がやってたらどう思う?」といった
質問をするのが一番良いかと思います。
人には防御反応というものがありますので、組織擁護の思考になっている
人を責めると逆に防御反応を呼び起こすことになり、逆効果になる場合が
あるのではないかと思います。
何かご意見がありましたらまた書き込んでください。