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#301 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2017年12月18日 15:32:25

ラハムさんの真剣な思いは尊いものと思います。

それだけに、ものみの塔の組織のほかに慰めとなるものと出会えていたらと思わずにはいられません。
それが宗教である必要はありませんが、宗教であってもよいと思います。

#302 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2017年12月18日 15:08:15

子どもが重い病気や障害を負うことになって、復活のときにその病気や障害がなくなることを希望として、そのためにエホバの証人をしている人も少なくないように感じます。ものみの塔の出版物でもそのような体験談を読んだことがありますし、実際にそのような親子と関わったこともあります。

そのような希望をもって満足している方には何も言うことはないのですが、それが本当に慰めになるのか疑問に思います。そのような希望のために「エホバに献身」して、世を否定して生きることが本当に幸せなのでしょうか。

特定の信仰を持たなくても、この世の命を終えた後に天国や極楽で親しい人と再会すると期待している人は珍しくないと思います。また、天国や極楽でも病気や障害に苦しむと思っている人はあまりいないのではないでしょうか。そうなるとエホバの証人でなくてもいいように思います。

私も亡くなった祖母や子どもたちに天国で会うことを楽しみにしています。地上では短い命だった子どもたちも、天では曾祖母と楽しく遊んでいることでしょう。科学的根拠はなくても、それが私にとっての慰めになっています。

#303 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2017年12月16日 23:20:58

ラハムさん、脱塔14周年おめでとうございます。
本当に素晴らしい選択をなさった記念日ですね。
これからもラハムさんらしく、充実した日々をすごされますように。

#304 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2017年12月11日 22:46:27

またい7:7 さんの発言:

献体する人送った。ちょっと淋しかった。神は見ているのかな?

お身内の方でしょうか、御愁傷様でございます。
また献体ありがとうございます。私も学生時代にお世話になりました。

またい7:7さんの神さまが、慰めてくださいますように。

#305 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年12月08日 23:05:33

三太郎さんありがとうございます。

三太郎 さんの発言:

しかし、その閉鎖された社会の中で生きてきた彼等にも、楽しく懐かしい思い出があり、それを綴った投稿などを読むと、健気で泣けてきます。
それはわかってあげて下さい。

エホバの証人として過ごした日々を、否定する必要はないと思います。私も元証人の皆さんの過去を否定しません。
元証人であろうとなかろうと、どんな経験もこれからの人生に生かすことができます。自分の心の持ち方次第だと思います。

三太郎 さんの発言:

会社を辞める人の大半は人間関係。
逆に人間関係が良ければ、給料が安くても、仕事にそれほどやり甲斐を感じなくても、意外と辞めずに続くものです。

私は教会に通うときに人間関係には期待しませんでした。教会の人間関係に期待して来る人は、教会にも聖人君子ばかりがいるわけではないという当然のことに躓いてしまいます。
私は就職してからはたいへん多忙で、ろくに教会に行くこともできず、行っても御ミサにあずかるだけでさっさと帰ってしまうので、まったく知り合いができなかった教会もありました。(若い医師は異動が多いので転居も多く、いくつものカトリック教会を転々としていました)

それでもやはり、同じカトリック教会には価値観の近い人が多いから、居心地がいいのでしょうね。他のキリスト教会は「自分たちだけが真理を知っており正しい生き方をしているのだ」というような雰囲気が漂っているところが多く、礼拝に参加しているだけで息が詰まりそうでした。

私はあまりお酒は飲めないのですが、飲むと幸せそうになると周りから言われていました。いつか飲みながら、お話してみたいものです。

#306 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年12月06日 23:02:34

三太郎 さんの発言:

irisさんは、カトリック教会という世界的規模の宗教組織に属しておられますが、信仰のために大きな組織は必要だと思いますか。

私も巨大な宗教組織は必要ないと思います。この「必要ない」というのはあくまでも「なくてもよい」という意味で、「あってはならない」という意味ではありません。

組織が大きければ、物事を決めたり、決まっていることを変更したりするのに、小さな組織より時間がかかるのは事実です。また、全体像を把握するのが難しくなり、問題が起こったときの対処が遅れがちになるかもしれません。
だからといって、小さな組織のほうが大きな組織より優れているとは限りません。中小企業には中小企業の良さがあり、大企業には大企業の良さがあるものです。どのような組織であろうと、組織の質を決めるのはその規模の大小ではありません。

三太郎 さんの発言:

JWなどは組織が大きい上に世と隔絶しているので、独特の閉鎖的なコミュニティを築き上げています。

私は、JWの組織に問題が多いのは証人たちが「情報の遮断によりまともな判断ができない」「逃げ場がない」状態におかれているためだと考えています。以前も指摘したとおりです。
最近はインターネットの普及で情報遮断が困難になったので、覚醒する証人が増えているのではないでしょうか。

三太郎 さんの発言:

かつて日本では、寺や神社は共同体の中心としても機能していました。
村の問題を話し合ったり、取り決めを作ったり、祭りの準備をしたり、子供たちが勉強したり遊んだり。
そういう利害関係のない場所が、必ず共同体の中にあったようです。

カトリックの地域では、カトリック教会も同様の機能を持っていたと思いますよ。洗礼台帳が戸籍の役割を果たし、教会が役所のように機能していたのです。地域によっては現在もそうで、例えばユニセフが支援を行き渡らせるために教会を利用している例があります。

日本では歴史的に宗教が政治権力を持つことに対する為政者たちの警戒心が強く、コミュニティのまとめ役として神社や寺を利用することはあっても、神社や寺の力が強くなると遷都したり武力で叩き潰したりして、宗教組織が強い政治権力をもつことはありませんでした。

これに対し、ヨーロッパでは教皇の権威が皇帝を上回る時代もあったほどで、教会組織のトップである教皇が世俗の権力も併せ持っていたことが大きな問題であったと思います。皇帝をも従わせるために“破門”を武器に使っていたことは、ものみの塔にそっくりですね。
幕府が宣教師を追放し禁教を徹底したことは、日本を守るためには賢明な判断であったと私は思います。

三太郎 さんの発言:

私自身は、もうどの宗教組織にも入ることはないでしょう。気が向いたらたまに神社でも行こうかなと思うぐらいです。
身近に自分と同じ考えの人がいたら、酒でも酌み交わしながら話でもしたいですね。

私はキリスト教をきちんと学びたくて、いくつもの教会を訪ねました。たまたまカトリックの居心地がよかったのでそのまま信徒になりましたが、居心地が悪くなったら(自分の信仰に合わなくなったら)またフリーに戻ると思います。

三太郎さんとお話ができたら楽しそうですが、宗教組織に属していたら失格ですかね。残念!

#307 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年12月03日 12:37:14

三太郎さん、丁寧なコメントをありがとうございます。

三太郎 さんの発言:

来日した外国人は、「日本人は自分たちは無宗教であると言うが、そうは見えない」とよく言います。
彼らは日本人の中にまだ残っている宗教心のようなものを嗅ぎ分けているのかもしれません。
明治初期ぐらいまでは、過去に大陸から他の宗教が入ってきて表向きが変わっても、日本人の信仰の根底にあるものはそれほど影響は受けていません。

私は、今でも日本人の宗教心(信仰心)はあまり変わっていないのではないかと思います。日本人には万物に神が宿ることを感じ、常に感謝と畏怖を感じる感性が豊かに備わっています。これは日本人のとても優れた特性です。

ただ、「科学的であることが正しい」「非科学的なことを本気で信じるなんてバカのやること」という、この掲示板でも顕著にみられる風潮が強まり、「理屈ではない」自分たちの宗教心(感性)を素直に認められなくなっているような気がします。

三太郎 さんの発言:

脱塔したJW、特にJW組織によって人生を台無しにされ、積年の恨み辛みのエネルギーが科学に向いてしまっている方々は、このような発言をする傾向があります。勿論、そうでない人もいます。

「宗教は間違いで科学が正しい」と考えたい気持ちは理解できますが、何事も過ぎたるは猶及ばざるが如し。
特に生物に関しては個体差が大きいことから、医学・心理学の一般的な知識を不用意に個人に適用したり、個人の所見を安易に一般化して考えたりすることは避けなくてはなりません。
趣味・教養として医学・心理学を学ぶ方と臨床家との理解度が異なるのは当然ですが、熱心な方ほどその点には注意しておくことが必要だと思います。

三太郎 さんの発言:

私が察するにirisさんは、ご自身の信仰に関しては「考える」よりも「感じる」のほうを大切にしておられるように見て取れます。

信仰は理屈ではないと私は思っていますが、そもそも人間は理屈だけで生きられるようにはできていません。自分は論理的・理性的であると自負している人が、自分の理屈に合わないからといって感情的になり、他人の思考回路や精神状態がまともでないとか公言してしまったりすることもあります。また、科学的には理由などなくても、何らかの理由をつけなくては感情的に納得できないことは珍しくありません。

科学や論理に徹しなくてはならない部分と、科学や論理では対処できない部分とを区別して、意識的にバランスを取ることが必要だと思います。

#308 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年12月01日 01:33:19

医療技術の進歩によって、不妊治療や出生前診断、脳死者からの臓器移植などが行われるようになりました。人間の欲望には限りがありません。生老病死を抗うことのできない自然として受け入れるのではなく、人間の科学の力でコントロールすべきだと驕ってはいないでしょうか。

私は新生児医療をしばらくやっていましたが、今の技術なら妊娠7か月(予定日より3か月以上前)とか体重500g以下とかで生まれた赤ちゃんでも救命できたり、大きな障害もなく成長できたりするようになってきています。感染症や喘息の治療もよくなり、小さな命を落とすことは本当に少なくなりました。高齢者に多い心筋梗塞や脳梗塞などの治療もどんどん進んでいます。

そのように、不可能を可能にしようとする多くの人の努力により、医学・医療の進歩は素晴らしい成果をもたらしてはいますが、すべての病気の原因や治療法がわかっていたり、すべての治療がうまくいったり、すべての死亡の原因が解明できていたりするわけではありません。
以前この掲示板でも「なぜ病気になったり死んでしまったりしたのか、とことん科学的に原因を考えればよい」という意見がありました。科学的に対処できないこと、科学的に究明できないこともあるのだという限界が一般の人に理解されていないのは、難しい病気になったときや死に直面したときに受容の妨げになり、非常に不幸なことと私は感じます。人の生死は人智を超えたものというのが私の実感です。

参考までに以前の発言です。あなたにとって神とは#16

#309 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年12月01日 01:29:16

三太郎さん、コメントありがとうございます。
日本人の死生観ですか、これもなかなか奥深いテーマですね。

「死んだらどうなるか」に関して言えば、古くは黄泉の国に行く、(日本式)仏教が普及してからは善人は極楽(浄土)・悪人は地獄に行く、キリスト教の影響を受けてからは天国に行く、などと考えられていますね。
特に信仰を意識していない一般的な日本人は、死んだ人は天国(あるいは極楽)で暮らしているのかなと漠然と考えているのではないかと思いますが、自分自身が死んだらどうなるのかについては確信が持てない(あまり考えていない)人が少なくないのではないでしょうか。

死生観の変化と言えるのかどうかわかりませんが、「科学的に証明できないことを信じるのは間違い」という考え方が幅を利かせるようになったために、自分自身や身近な人の死後の平安を確信できなくなっているとすれば、それは不幸なことかもしれません。もちろん、死後の苦痛を確信するよりは、よほどましですけれどね。

#310 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月27日 19:34:40

三太郎さん、コメントありがとうございます。

私も先日ここに「中庸」について書こうとして、意外に奥が深いことに気づいて断念しました。

仏教の中道と儒教の中庸とは厳密には違うようですが、アジアでは長い歴史のなかで互いに影響しあっている部分もあるように思います。

キリスト教の宗教としてのあり方は、仏教や儒教とは異なる部分もありますが、律法さえ守っていればよいという当時のユダヤ教のあり方をイエスが変えようとしたのは間違いないのではと思います。私はそのような意識改革こそがイエスの最大の功績であると思っています。

残念ながら、人間はよほど考えるのが面倒と見えて、今度は聖書を律法に代わるルールブックにしてしまったのが、聖書にこだわる信仰の怖いところですね。

#311 Re: 総合フォーラム » 輸血がダメならば授乳もダメである。 » 2017年11月25日 12:15:57

紗綾子Xさん、こんにちは。

紗綾子X さんの発言:

私は、今日、生きていることを神に感謝していますし、イエスの教えを深く愛しています。神が悪としていることに加担したいとは思いません。血液が重要である理由について納得できる説明があるならば従いたいとこころから願っています。

紗綾子さんはエホバの証人として模範的でありたいとお考えですか?
それともイエスに従いたいとお考えですか?

エホバの証人たちが教えていることは、イエスの教えに反しています。
イエスは律法のために人が犠牲になることを許されませんでした。

旧約の時代に血を避けたのは、(宗教的には)命への敬意を表すためです。
輸血を受けることは、命を軽んじることでしょうか? むしろ輸血を受けないことのほうが、神からいただいた自分の命を軽んじることではないでしょうか?

イエスは輸血を禁止されません。神は輸血を悪とはなさいませんよ。
エホバの証人に輸血が禁じられているのは、神を蔑ろにしているものみの塔が、証人たちを支配するためです。

#312 Re: 総合フォーラム » 輸血がダメならば授乳もダメである。 » 2017年11月23日 23:06:19

ハーミット さんの発言:

でもまぁ、血液を臓器や器官として捉えるには結構無理が有ると考えますが。
血液が集まって一つの器官を作って何らかの機能を担ってるわけではないので。
たしか臓器・器官にはちゃんと定義があったと思います。
以下ウィキペディア引用
生物のうち、動物や植物などの多細胞生物の体を構成する単位で、形態的に周囲と区別され、それ全体としてひとまとまりの機能を担うもののこと。生体内の構造の単位としては、多数の細胞が集まって組織を構成し、複数の組織が集まって器官を構成している。
以上引用終わり。

これには当てはまらないように思えるので。

血液は全体としてひとまとまりの機能を担う臓器ですよ。機能のひとつとして運搬機能を持っていますので、その機能を発揮するために流体であるだけです。
臓器としての血液には、運搬されている酸素や栄養素は含まれません。血液に溶けている酸素や栄養素は、胃袋の中の食物と同じで、臓器の構成要素ではなく、血液ではありません。

人体で最も大きな臓器は皮膚です。意外に思われる方が多いかもしれませんが、固形の内臓だけが臓器ではないのですよ。

#313 Re: 総合フォーラム » 輸血がダメならば授乳もダメである。 » 2017年11月23日 21:09:02

血液はれっきとした臓器ですので輸血は臓器移植です。
ものみの塔のルールでは臓器移植は可、ただし血液という臓器の場合は不可、ということになりますね。

#314 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月23日 19:18:39

三太郎さん、酒場で治療中でしょうか。

病院など縁がないのが一番です。どこか悪いのではないかと用もないのに病院通いをすることほど健康を害するものはありません。
医者が言うのもなんですが、私も病院嫌いで薬もなるべく使いません。

ただ、せっかく病院があるのですから必要なときには大いに活用してくださいね。
大人の病気には不案内なのですが、肝臓にはお気をつけて。

さて、日常から死が見えにくくなったのか、日本人は以前より死を受け入れることが難しくなっているのではないかと感じることがあります。
医療は命をつなぐお手伝いはしますが、生きるか死ぬかはまず御本人の生命力にかかっています。医学という科学が万能であるわけではありません。

人間はいつ死ぬかわからない、いつかは死ぬのだということを意識しておくことは、よく生きるためにも必要なことです。
生きること、死ぬことについて、自分なりの死生観を持てるような機会は誰にでも必要ではないかと思います。

#315 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月23日 18:05:45

ヒュパティアの著作はまったく残っていないそうですが、さやか666さんの紹介してくださった翻訳はどのような文献なのですか?

#316 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月23日 17:15:44

さやか666さん、ご紹介ありがとうございます。

まさにドンピシャ!の発言ですね。

#317 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月23日 15:02:19

仏教は「こだわるな!」という教えであると説明している人もいます。端的でわかりやすいですね。

何事も固執しないことが大切なようです。

#318 Re: 総合フォーラム » 輸血がダメならば授乳もダメである。 » 2017年11月23日 14:49:45

ものみの塔協会は白血球を取り入れることは禁止ですよね。だったら母乳中の白血球を取り入れることも禁止でないとおかしいですよね。
授乳はよくて白血球輸血はダメというのは理屈が通っていませんね。

#319 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月23日 08:04:08

三太郎さん、コメントありがとうございます。

宗教を絶対視するのでもなく、科学を絶対視するのでもなく、偏りのない見方ができるとよいですね。

図書館に入り浸って読書三昧とはとても羨ましいです。充実した連休になりそうですね。お酒もさぞ美味しいことでしょうね。

#320 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月21日 13:19:41

ユーリさん、コメントありがとうございます。

いろいろ勉強なさっていますね。
ここで共有することで、私たちひとりひとりの考えが深まっていきますように。

#321 Re: 総合フォーラム » 輸血がダメならば授乳もダメである。 » 2017年11月20日 12:46:36

レイモンド・フランズさんも、ちゃんと母乳中の白血球に気づいておられたのですね。

その点は統治体や幹部の間で検討されたのでしょうか?
どのような辻褄合わせをしたのか興味があります。単なる野次馬根性ですが。

#322 Re: 総合フォーラム » 輸血がダメならば授乳もダメである。 » 2017年11月19日 08:17:25

大川秀康 さんの発言:

乳は血液の成分を多量に含む、血の変換物である。それを飲む事は血を飲む事と理論的に同一である。しかし、エホバは血を食べる事を拒むどころか輸血も拒否するしまつ。エホバはなぜ授乳はOKで輸血はダメなのか。

ものみの塔の輸血に関する教えの辻褄が合わないのは、医学的知識のない素人の単なる思い付きにすぎないからです。理論的な正しさなどまったく期待できません。

そのようなことは大川秀康さんも先刻御承知の上で、疑問を持てないエホバの証人側への問題提起とは思いますが。

#323 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2017年11月18日 11:24:20

てつてつ さんの発言:

テルトゥリアヌスは、エイレナイオス同様、大多数の一致信条から外れた者は全て「異端」であると断じている

テルトゥリアヌスの言い分はものみの塔にそっくりですが、最終的にはテルトゥリアヌス本人が異端となってしまったことは皮肉ですね。

キリスト教は正統と異端を区別しようとする傾向があり、そこが問題になりやすいと思います。イエスは正統と異端を区別しないよう戒められたのに、人間というのは自分の考える正しさを他人にも押し付けたいもののようですね。

イエスの言われたとおり、正統と異端を区別しなかったのが仏教で、様々な異なる教えが乱立しながら共存しています。
現在、キリスト教では教会一致運動が行われていますが、相互理解を進めることこそが大切で、すべての教会を一本化しようとするのであれば愚かなことと思います。キリスト教にも様々な教派が存在することこそがよいと私は思っています。

いずれキリスト教に関する認識が変われば、ひょっとしたらものみの塔もキリスト教でいいじゃないかという共通理解が起こるかもしれませんね。

#324 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2017年11月18日 10:54:12

カレブさんはものみの塔についてはお詳しいですが、キリスト教については実際のところはあまり御存知なく、「キリスト教=ものみの塔」という偏った視点で情報収集と発信をなさっていると私は感じています。ただ、ものみの塔の前身は確かにキリスト教の一派でしたので、キリスト教を御存知ない方が誤解されるのは仕方のないこととは思っています。その他の情報が正確であるだけに、キリスト教についての情報が不正確であることは惜しいと思います。

それでも、このサイトが「エホバの証人やその関係者がものみの塔の問題点を認識するための情報を提供する」という点で非常に優れていることは間違いありません。掲示板で有意義な議論ができるほど、カレブさんの管理人としての配慮も行き届いています。今後もますます発展していかれますように。

#325 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月16日 12:38:20

ちなみに、ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動性障害)とは独立した別の障害(疾患)です。

ASDとADHDが併存している(両方の特性をもっている)子どもで、支援のために両方の診断名が必要な場合はありますが、現在の精神医学の考え方ではASDとADHDとに連続性がある(スペクトラムである)わけではなく、ASDとADHDとの境界が不明瞭であるわけでもありません。ASDはASD、ADHDはADHDです。
(以前はASDとADHDの両方の診断をつけることはできませんでした。今でも併存はないという根強い主張はありますが、実際の診療では併存していると考えたほうがよい症例がたくさんあり、診断は併存可能となりました。)

ASDがスペクトラムであるというのは、旧来の自閉症とその周辺の障害との間に明確な非連続性がないという意味であって、ADHDとは関係ありません。
誤解なさる方がいらっしゃるといけませんので念のため。

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