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#1626 2026年01月02日 14:44:21

聖書についての質問
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

#1627 2026年01月02日 21:21:02

1,000時間奉仕者
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

この記事の末尾に「統治体の新しいメンバー」として二人の追加が発表されています。

人が年を取ったなあと実感するのは、プロ野球チームの監督や日本の総理大臣が自分より年下になった時だそうですが、

統治体の成員のバプテスマ日付が自分のより後なのを見ても同じ感覚になります。J・ジェドリー兄弟のバプテスマが偶然、私のと同じ日付だったので、やれやれです。

#1628 2026年01月03日 19:04:06

ラハム
メンバー

Re: アブラハムの神の限界

1,000時間奉仕者さん、これまでよく頑張りましたねえ。
42年以上ですか、わたしたちには長大な時間ですね。
記事は、ライブラリーから読みました。
こんなの、みんな、嘘っぱちに見えますよ…。
わたしは、東松山の東京大会ホールでバプってますが、
研究生に1975年になったので、この2026年にJW関係者になり50年以上です。
2003年の暮れに脱塔しました。
でも、奉仕の僕がやっとのところで、
いくら頑張っても長老にはなれませんでした。
同じ障害の兄弟と、障害者は長老にはなれないのかと、
嘆いたことがあります。
でも、ここまできて、古希も近づき、振り返ると、
まっとうなJWとして生きようと、人間らしくありたいと
自分を押し出したことが災いしたのかなあと、気が付きました。

わたしも、お医者さんを含めて、先生と呼ばれている人たちは、
自分より年上だとずっと思っていたのですが、
いつの間にか、30代、40代の人たちが若者に見えてきて、ショックでした。
現在の総理大臣もわたしより若いなあ。

おととし、入院生活で、
わたしは4人部屋でしたが、わたし以外は90代で、60代だったわたしは、
まるで、彼らの子どものようで、小僧に見えただろうと思ったものです。
でも、上には上がいるもので、
入院患者には102歳のおばあさんがいましたよ、
これにはびっくり!

だから、1,000時間兄弟も頑張ってきて来たんだと、
わたしは尊敬できるんです。たいへんだったと思うのです。

若いメンバーが選ばれて、統治体に参入できたのは、
その若者が現在のメンバーの言いなりになるような、
雰囲気が醸し出されたからではないでしょうか。

レイモンド・フランズのような人物は、
絶対的に参入されたくないでしょうから…。
JWには人間的な良心を発動させようとする人間は、
邪魔以外何者ではないと思います。

正月のほろ酔い加減での書き込みでおかしいところもあるでしょうが、
1,000時間奉仕者兄弟にコメントしたくて書き込みました。
兄弟の書き込みは、楽しみにしています。

オフライン

#1629 2026年01月09日 14:06:38

聖書についての質問
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

木曜の夕方に近所のJW少年がやってきた。
「次回のものみの塔は、“明るい気持ちで年を重ねるには(44)”で、高齢のJWは文句や愚痴ばかり言っていないで、少しは組織の役に立つように努力しなさい、という内容です。」
「高校を卒業する前に楽園が来て、永遠に若いまま、とだまされたJWも高齢者となり、JWもいよいよ高齢者問題に取り組まざるを得なくなったというわけだね。終わりの日は当分来ないことを認めたようなもの。高齢JWはさらに落ち込むよ。」

「100年以上前から終わりはもうすぐ、と言い続けて、高齢者問題など存在しないはずだったのに、今やJWの半分以上は高齢者ですよ。」
「終末カルトから少しずつ普通の宗教に移行して欲しいね。老人をこき使うのではなく、老人が余生を楽しく過ごせるよう配慮する宗教になって欲しいね。」

「2節には、老人というと定番の格言16:31が出ています。そこには“正しい道を歩む人の白髪は美しい冠である。”とあるのですが、訳がヘンですよ。格言は1節が2行からなる形式で書かれているわけで、その形式を無視するのはダメですよ。」
「英語訳ではちゃんと2行からなるようにしている。日本語訳者はただ訳せばいいという程度のやる気しかないということ。」

「英訳を直訳すれば、“白髪は美しき冠/それが正義の道の中に見出されたとき。”です。この訳もヘンです。」
「協会共同訳では“白髪は誉れある冠/正義を行う道に見いだされる。”となっているが、これが普通の訳。意味は白髪になるまで長生きするのは正しい生き方をした人へのご褒美だ、ということ。長寿は神を畏れる人へのご褒美という思想は格言のあちらこちらで見られる。」

「格言3:1-2では“わが子よ,私の教えを忘れてはならない。私のおきてを心から守ってほしい。そうすれば,長く生きて平和な日々を送れる。”とありますね。」
「格言4:10では“わが子よ,聞いて,私の言葉を受け入れよ。そうすれば,あなたは長く生きられる。”とある。長寿は正しい人という証拠なわけで、それゆえ白髪は名誉なわけ。白髪を“美しい”と訳するのはダメだね。」

「2節で高齢の兄弟姉妹を“元気に生い茂る木に例えています。(詩編 92:12-14を読む。)”とありますが、違いますよ。デタラメです。」
「そこには、正しい人は“年を取っても衰えない。元気ではつらつとし”とある。引照聖句は正しいものが繁栄することを言っているだけ。老人を“元気に生い茂る木に例えて”いない。」

「2節では“例えば桜の木は,樹齢1000年を超えても,息をのむほど美しい花を咲かせることがあります。エホバに仕え続けてきた高齢の兄弟姉妹たちは,その桜の木のようにエホバにとって美しく大切な存在です。”とあります。高齢のJWが1000年桜のように美しく大切な存在なわけありません。」
「そんな聖句はないでしょう。執筆者が高齢者を持ち上げているだけ。」

「ベテルでは高齢になったら、退職金も年金もなしに追い出します。ベテルは神の家という意味ですが、神の家は民間企業よりもひどい扱いです。」
「そうだから、せめてものみの塔の記事で高齢者を少し持ち上げてあげようという配慮でしょう。」

「3節に“エホバは高齢の人たちにも大切な役割を与えました。例えばエホバは,高齢のサラが大きな国民の母,またメシアの先祖になると言いました。(創 17:15-19)”とありますが、これもズレていますね。高齢のサラが子どもを産むから、神の働きとわかるわけですよ。若い女性が子どもを産んでも何の不思議でもありません。」
「不可能を可能にして、神は崇拝される。神の奇跡物語の一つに高齢の女性が子どもを産んだ!!というのが定番としてある。似たような話は世界のどこにでもある。」

「3節には、高齢なのに神に用いられた人として、モーセと使徒ヨハネを挙げているのですが、なぜノアを取り上げないのか不思議です。大洪水が起きた時、ノアは600歳ですよ。600歳の高齢で箱舟を作らせられて、かわいそうです。そんなことはもっと若い時に言ってよ、とノアは絶対思ったはずです。」
「ノアは950歳まで生きる。600歳は高齢じゃないんだよ。恐らく、組織はノアの大洪水の話は取り上げたくないんだよ。あれは史実というのがJWの一貫とした立場だけど、そんな証拠がないことは、無学なJWでも知っているからね。」

「4節では“でも,前向きな気持ちがあれば,そういう中でもめげずにやっていけます。 (格言 15:15を読む。)”とあり、引照聖句には“陽気な心の人には毎日が宴会である。”とあります。そんなことはありませんよ。誇張がひどすぎます。」
「格言はどこにでもある通俗道徳が並んでいるというレベルのもの。まじめに受け止める必要はないね。」

「5から8節が“明るい気持ちでいるのが難しいのはどうしてか”です。 高齢JWが明るい気持ちでいられないのはJWだからですよ。JWをやめれば、くだらない集会や奉仕などから解放されて、それだけで気分が明るくなります。」
「そういう不都合な真実は書けないので、一般的な高齢者問題に話をすり替えるわけだね。」

「5節では“例えば,以前できたことができなくなって,がっかりするかもしれません。”とあります。6節では“自分一人でできていたことができなくなって,切なくなることもあります。”とあります。高齢者一般の問題です。」
「介護が必要になるとJWからは見捨てられて、サタンの政府の福祉にたよることになるわけだね。エホバは信者たちがそんな境遇になっても助けてはくれないようだね。」

「7節はJWならではの問題です。“もしかすると,自分の生きているうちに終わりは来ないかもしれないと思って悲しくなるかもしれません。”とあります。終わりがクルクル詐欺に騙されたと絶望している高齢JWのことですね。この宗教の犠牲者です。」
「終わりがクルクルと言われて、開拓者という低学歴低収入の生活を選んだせいで、貯蓄なし、年金ほとんどなしのJW高齢者は結構いるよ。間違った選択をしたことは明らかで、これが明るい気持ちでいられない大きな理由だ。それには全く触れないとはズルい。」

「ここで統治体は謝罪すべきですよ。終わりが間もなく来ると長年だまし続けたことを心よりお詫びします、ぐらいは言って欲しいです。」
「統治体は謝罪しない。統治体は間違えることはない。間もなく終わりが来る。これが統治体の立場。」

「7節では“エホバが待っているのには十分な理由があります。たくさんの人がエホバについて知り,エホバとの友情を育てられるようになるためです。”と、いつもの言い訳を言っています。毎日世界では約38万人生まれています。その人たちがエホバの友達になれるまで待つわけですね。でも英文には“エホバとの友情”という言葉はありません。」
「“エホバと友達”とか“エホバとの友情”という言葉が好きなのは日本語の翻訳者。英文になくても勝手に挿入する。そのせいで、日本のJWという宗教はますます子供じみた幼稚な宗教になっている。」

「8節では“高齢になると,病気のせいでその人らしくない言動が増えてくるかもしれません。”とあります。そんなときは“素直に謝りましょう。”と言っています。いつもは何か言われてもすぐに許しましょうと言っているのに、高齢者にはすぐ謝れというのはヘンですよ。」
「まず統治体からお手本を示したらと言いたいね。絶対謝らないのが統治体なのだから、末端の信者が謝る必要はないよ。ウソを垂れ流しても謝らない統治体を見倣おう。」

「9から13節が“明るい気持ちでいるには”です。  5つのことが出ています。9節は①“周りに助けてもらう。”です。周りの人とは福祉関係の人ですね。」
「JWは高齢の役立たずなど助けたりしないからね。助けるとしたらお金をもらえる時だけでしょう。」

「10節が②“感謝を伝える。”です。10節には“ベテルで高齢者の介護をしているリア姉妹はこう言います。「私がお世話しているある姉妹はよくお礼のメモをくれます。・・・”とあるのですが、これってベテルでは高齢者の介護をするのが普通だと誤解させるためのものですよね。」
「ベテルで高齢者の介護をすることがあるけれど、それは特別な高齢者だよ。それ以外は、不要になったら、高齢になる前に無一文で追い出される。」

「11節が③“人のためになることをする。”で、“エホバが教えてくれている通りに生きれば必ず幸せになれる,ということを伝えましょう。”とあります。これは人のためになりませんね。詐欺です。」
「そう伝えると、なぜ明るい気持ちになれるのか理解できない。もしJWでない人から、あなたはエホバの言うとおりの人生を送ったようだけど、少しも幸せそうじゃないよ、と反論されたら、なんて答えるのかな?」

「12節が④“祈ってエホバから力をもらう。”です。祈りはなんにでも効く魔法です。12節では“イザヤ 46:4を読む。”とあるのですが、これも聖句の誤用です。」
「そこには“あなたが年を取っても私は変わらない。あなたが白髪になっても背負い続ける。・・・”とあるけれど、これはイスラエル国民に向けた言葉。46:3に“ヤコブの子孫よ,イスラエル国民の残っている全ての人よ,私の言うことを聞きなさい。”とあるよ。JWとは関係ないね。」

「13節が⑤“今の状況は一時的だと自分に言い聞かせる。”です。楽園での暮らしを想像して、自らを慰めるわけですね。これはJWならではの明るい気持ちになれる方法です。」
「でも楽園がどんなものか聖書はほとんど何も言っていない。何を食べて、何を着るの?それとも裸でくらすの?乗り物はあるの?電気はあるの?何もわからない。楽園の生活など想像できない。」

「14から17節が“周りはどんなふうにサポートできるか”です。 3つのことが出ています。14節が①“定期的に高齢の兄弟姉妹を訪ねたり電話したりする。”です。大多数のJWはそんなことをするつもりはないでしょう。みな自分の生活とJW活動で忙しいです。16節が②“病院に一緒に行ってあげる。”です。家族がいないJWが多いので、病院にもひとりで行くしかないわけです。病院にどうやって行くかが深刻な問題になっているようですね。」
「いくら楽園を夢見ても、病院に行くのをやめるわけにはいかない。子どもが排斥されたり、JWをやめたりすると、親の方が一方的に関係を断つことが結構ある。孤独な老後になるのも組織の言いなりになって、頼りにできる家族と縁を切るからだよ。」

「17節がJWらしいです。③“一緒に伝道する。”です。真冬でも高齢者を伝道活動に連れ出すわけです。高齢者虐待です。」
「伝道に行かないと、病院に連れて行ってもらえないのだろうね。それで仕方なくJW活動をやっている高齢者はどれくらいいるのかな?」

「最後の18節がまとめです。“最高の日々はこれからやって来ます。その時が本当に楽しみです。”とあります。高齢者を元気づけるのは楽園幻想しかないということですね。これでは落ち込む高齢JWが増えるのは仕方がないですね。」
「来週は介護問題を扱うようだ。JW流のインチキ聖書研究よりも介護の仕方を学んだ方が役立つよ。」


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