#1326 2025年06月06日 07:29:13
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"永遠の命"を持っている人は終わりの日によみがえらされる。
天から下ってきた生きたパン=イエス様の肉=神の言葉
六このイエス・キリストは、水と血とをとおってこられたかたである。水によるだけではなく、水と血とによってこられたのである。そのあかしをするものは、御霊である。御霊は真理だからである。七あかしをするものが、三つある。八御霊と水と血とである。そして、この三つのものは一致する。
血、水、御霊=真理
"神の言葉"を"食べ"、"真理"を"飲んだ"者は永遠の命を持つ人だと思います。
四この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。
命=光=律法でありますから永遠の命とは"永遠の律法"なのだと私は思うのです。
#1327 2025年06月09日 05:33:13
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三三さて、ピラトはまた官邸にはいり、イエスを呼び出して言った、「あなたは、ユダヤ人の王であるか」。三四イエスは答えられた、「あなたがそう言うのは、自分の考えからか。それともほかの人々が、わたしのことをあなたにそう言ったのか」。三五ピラトは答えた、「わたしはユダヤ人なのか。あなたの同族や祭司長たちが、あなたをわたしに引き渡したのだ。あなたは、いったい、何をしたのか」。三六イエスは答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであれば、わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではない」。三七そこでピラトはイエスに言った、「それでは、あなたは王なのだな」。イエスは答えられた、「あなたの言うとおり、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生れ、また、そのためにこの世にきたのである。だれでも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける」。三八ピラトはイエスに言った、「真理とは何か」。 ヨハネ18;33~38
王は支配者、律法も国民を支配します。
一二これを聞いて、ピラトはイエスを許そうと努めた。しかしユダヤ人たちが叫んで言った、「もしこの人を許したなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王とするものはすべて、カイザルにそむく者です」。一三ピラトはこれらの言葉を聞いて、イエスを外へ引き出して行き、敷石(ヘブル語ではガバタ)という場所で裁判の席についた。一四その日は過越の準備の日であって、時は昼の十二時ころであった。ピラトはユダヤ人らに言った、「見よ、これがあなたがたの王だ」。一五すると彼らは叫んだ、「殺せ、殺せ、彼を十字架につけよ」。ピラトは彼らに言った、「あなたがたの王を、わたしが十字架につけるのか」。祭司長たちは答えた、「わたしたちには、カイザル以外に王はありません」。 ヨハネ19;12~15
神の言葉=命=光=律法であるイエスを、律法を司どる祭司長たちが否定しローマの法に従うと言っています。ユダヤ人たちは神様との約束、契約を破ったのです。
#1328 2025年06月16日 06:12:34
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六それから、この譬を語られた、「ある人が自分のぶどう園にいちじくの木を植えて置いたので、実を捜しにきたが見つからなかった。七そこで園丁に言った、『わたしは三年間も実を求めて、このいちじくの木のところにきたのだが、いまだに見あたらない。その木を切り倒してしまえ。なんのために、土地をむだにふさがせて置くのか』。八すると園丁は答えて言った、『ご主人様、ことしも、そのままにして置いてください。そのまわりを掘って肥料をやって見ますから。九それで来年実がなりましたら結構です。もしそれでもだめでしたら、切り倒してください』」。ルカ13;6~9
一八朝はやく都に帰るとき、イエスは空腹をおぼえられた。一九そして、道のかたわらに一本のいちじくの木があるのを見て、そこに行かれたが、ただ葉のほかは何も見当らなかった。そこでその木にむかって、「今から後いつまでも、おまえには実がならないように」と言われた。すると、いちじくの木はたちまち枯れた。マタイ21;18~19
ぶどう園の主人は神様、園丁はイエス、いちじくの木はイスラエル、実は"霊の実"の良い行いのたとえと思います。葉は言葉で、口でいうだけで律法を守らないイスラエルを神様が見放すのだと思います。
#1329 2025年06月16日 07:10:22
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四三それだから、あなたがたに言うが、神の国はあなたがたから取り上げられて、御国にふさわしい実を結ぶような異邦人に与えられるであろう。マタイ21;43
この神の国の律法が永遠の命、永遠の律法、神様の約束なのだと思います。
#1330 2025年06月23日 06:34:24
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二六わたしが父のみもとからあなたがたにつかわそうとしている助け主、すなわち、父のみもとから来る真理の御霊が下る時、それはわたしについてあかしをするであろう。ヨハネ15;26
一三けれども真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。ヨハネ16;13
一六わたしが世のものでないように、彼らも世のものではありません。一七真理によって彼らを聖別して下さい。あなたの御言は真理であります。一八あなたがわたしを世につかわされたように、わたしも彼らを世につかわしました。一九また彼らが真理によって聖別されるように、彼らのためわたし自身を聖別いたします。ヨハネ17;16~19
一これらのことを語り終えると、イエスは天を見あげて言われた、「父よ、時がきました。あなたの子があなたの栄光をあらわすように、子の栄光をあらわして下さい。二あなたは、子に賜わったすべての者に、永遠の命を授けさせるため、万民を支配する権威を子にお与えになったのですから。三永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります。四わたしは、わたしにさせるためにお授けになったわざをなし遂げて、地上であなたの栄光をあらわしました。五父よ、世が造られる前に、わたしがみそばで持っていた栄光で、今み前にわたしを輝かせて下さい。ヨハネ17;1~5
一テオピロよ、わたしは先に第一巻を著わして、イエスが行い、また教えはじめてから、二お選びになった使徒たちに、聖霊によって命じたのち、天に上げられた日までのことを、ことごとくしるした。三イエスは苦難を受けたのち、自分の生きていることを数々の確かな証拠によって示し、四十日にわたってたびたび彼らに現れて、神の国のことを語られた。四そして食事を共にしているとき、彼らにお命じになった、「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい。五すなわち、ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく聖霊によって、バプテスマを授けられるであろう」。使徒1;1~5
#1331 2025年06月30日 06:56:35
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二〇なぜなら、神の約束はことごとく、彼において「しかり」となったからである。だから、わたしたちは、彼によって「アァメン」と唱えて、神に栄光を帰するのである。二一あなたがたと共にわたしたちを、キリストのうちに堅くささえ、油をそそいで下さったのは、神である。二二神はまた、わたしたちに証印をおし、その保証として、わたしたちの心に御霊を賜わったのである。コリント第二1;20~22
三〇神の聖霊を悲しませてはいけない。あなたがたは、あがないの日のために、聖霊の証印を受けたのである。エペソ4;30
#1332 2025年06月30日 07:36:32
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一そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行くのに似ている。二その中の五人は思慮が浅く、五人は思慮深い者であった。三思慮の浅い者たちは、あかりは持っていたが、油を用意していなかった。四しかし、思慮深い者たちは、自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた。五花婿の来るのがおくれたので、彼らはみな居眠りをして、寝てしまった。六夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした。七そのとき、おとめたちはみな起きて、それぞれあかりを整えた。八ところが、思慮の浅い女たちが、思慮深い女たちに言った、『あなたがたの油をわたしたちにわけてください。わたしたちのあかりが消えかかっていますから』。九すると、思慮深い女たちは答えて言った、『わたしたちとあなたがたとに足りるだけは、多分ないでしょう。店に行って、あなたがたの分をお買いになる方がよいでしょう』。一〇彼らが買いに出ているうちに、花婿が着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた。一一そのあとで、ほかのおとめたちもきて、『ご主人様、ご主人様、どうぞ、あけてください』と言った。一二しかし彼は答えて、『はっきり言うが、わたしはあなたがたを知らない』と言った。一三だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。マタイ25;1~13
#1333 2025年07月04日 07:04:03
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二六一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、「取って食べよ、これはわたしのからだである」。二七また杯を取り、感謝して彼らに与えて言われた、「みな、この杯から飲め。二八これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である。マタイ26;26~28
四霊の賜物は種々あるが、御霊は同じである。五務は種々あるが、主は同じである。六働きは種々あるが、すべてのものの中に働いてすべてのことをなさる神は、同じである。七各自が御霊の現れを賜わっているのは、全体の益になるためである。八すなわち、ある人には御霊によって知恵の言葉が与えられ、ほかの人には、同じ御霊によって知識の言、九またほかの人には、同じ御霊によって信仰、またほかの人には、一つの御霊によっていやしの賜物、一〇またほかの人には力あるわざ、またほかの人には預言、またほかの人には霊を見わける力、またほかの人には種々の異言、またほかの人には異言を解く力が、与えられている。一一すべてこれらのものは、一つの同じ御霊の働きであって、御霊は思いのままに、それらを各自に分け与えられるのである。コリント第一12;4~11
十人のおとめでは明かりと油を用意した思慮深い5人が婚宴のへやに入れました。
#1334 2025年07月07日 05:26:05
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一〇五あなたのみ言葉はわが足のともしび、 わが道の光です。詩篇119;105
二三戒めはともしびである、教は光である、 教訓の懲しめは命の道である。箴言6;23
"あかり"と"ともしび"は同じと思うので御ことば、戒めでしょう。"油"は御霊で賜物が証印として与えられるのです。
#1335 2025年07月11日 05:48:03
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賜物の知恵の言葉、知識の言葉、信仰は、私たち自身の努力で必ず神様は与えてくださると私は思っています。聖書を読み込み、イエス様のたとえに気付いて目が開いた時、聖霊が教えてくださったと確信します。
#1336 2025年07月14日 05:51:31
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二二そのうちに、彼らはベツサイダに着いた。すると人々が、ひとりの盲人を連れてきて、さわってやっていただきたいとお願いした。二三イエスはこの盲人の手をとって、村の外に連れ出し、その両方の目につばきをつけ、両手を彼に当てて、「何か見えるか」と尋ねられた。二四すると彼は顔を上げて言った、「人が見えます。木のように見えます。歩いているようです」。二五それから、イエスが再び目の上に両手を当てられると、盲人は見つめているうちに、なおってきて、すべてのものがはっきりと見えだした。二六そこでイエスは、「村にはいってはいけない」と言って、彼を家に帰された。マルコ8;22~26
四六それから、彼らはエリコにきた。そして、イエスが弟子たちや大ぜいの群衆と共にエリコから出かけられたとき、テマイの子、バルテマイという盲人のこじきが、道ばたにすわっていた。四七ところが、ナザレのイエスだと聞いて、彼は「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんでください」と叫び出した。四八多くの人々は彼をしかって黙らせようとしたが、彼はますます激しく叫びつづけた、「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんでください」。四九イエスは立ちどまって「彼を呼べ」と命じられた。そこで、人々はその盲人を呼んで言った、「喜べ、立て、おまえを呼んでおられる」。五〇そこで彼は上着を脱ぎ捨て、踊りあがってイエスのもとにきた。五一イエスは彼にむかって言われた、「わたしに何をしてほしいのか」。その盲人は言った、「先生、見えるようになることです」。五二そこでイエスは言われた、「行け、あなたの信仰があなたを救った」。すると彼は、たちまち見えるようになり、イエスに従って行った。マルコ10;46~52
一イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。二弟子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。三イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。四わたしたちは、わたしをつかわされたかたのわざを、昼の間にしなければならない。夜が来る。すると、だれも働けなくなる。五わたしは、この世にいる間は、世の光である」。六イエスはそう言って、地につばきをし、そのつばきで、どろをつくり、そのどろを盲人の目に塗って言われた、七「シロアム(つかわされた者、の意)の池に行って洗いなさい」。そこで彼は行って洗った。そして見えるようになって、帰って行った。ヨハネ9;1~7
一〇さて、ダマスコにアナニヤというひとりの弟子がいた。この人に主が幻の中に現れて、「アナニヤよ」とお呼びになった。彼は「主よ、わたしでございます」と答えた。一一そこで主が彼に言われた、「立って、『真すぐ』という名の路地に行き、ユダの家でサウロというタルソ人を尋ねなさい。彼はいま祈っている。一二彼はアナニヤという人がはいってきて、手を自分の上において再び見えるようにしてくれるのを、幻で見たのである」。一三アナニヤは答えた、「主よ、あの人がエルサレムで、どんなにひどい事をあなたの聖徒たちにしたかについては、多くの人たちから聞いています。一四そして彼はここでも、御名をとなえる者たちをみな捕縛する権を、祭司長たちから得てきているのです」。一五しかし、主は仰せになった、「さあ、行きなさい。あの人は、異邦人たち、王たち、またイスラエルの子らにも、わたしの名を伝える器として、わたしが選んだ者である。一六わたしの名のために彼がどんなに苦しまなければならないかを、彼に知らせよう」。一七そこでアナニヤは、出かけて行ってその家にはいり、手をサウロの上において言った、「兄弟サウロよ、あなたが来る途中で現れた主イエスは、あなたが再び見えるようになるため、そして聖霊に満たされるために、わたしをここにおつかわしになったのです」。一八するとたちどころに、サウロの目から、うろこのようなものが落ちて、元どおり見えるようになった。そこで彼は立ってバプテスマを受け、一九また食事をとって元気を取りもどした。使徒9;10~19
#1337 2025年07月18日 06:42:55
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「目から鱗が落ちる」は、あるきっかけで、物事の真相や本質が急に理解できるようになるたとえです。今まで見えなかったものが、あることをきっかけに急に見えるようになる、つまり、長年疑問に思っていたことや、気づかなかったことに、はっと気づき、理解できるようになる状態を指します。この言葉は、新約聖書「使徒行伝」の記述に由来します。
迫害をしていたサウロ(後のパウロ)が、ある日、天からの光によって盲目になり、その後、イエスの弟子からの祈りによって目が開かれた際、目から鱗のようなものが落ちたというエピソードからきています. (AIによる概要、由来)
イエス様が盲人の目を見えるようにした話はイエス様(神の言葉、聖書)によって目が開かれ聖書の言わんとしている奥義に気がつく、理解するたとえです。聖書を通読、読み込むことをイエス様の口から出るつばきを目にぬることにたとえ手をあてるのは他の情報を入れない、聖書のみを見つずけることだと思います。
つばきを混ぜたどろは人間(土、地面)目線の聖書解釈でシロアムの池、遣わされた者(イエス、神の言葉)の池(水、神についての知識)で洗い落とすと見えるようになりました。
「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんでください」と叫びつずけた盲人は信仰が認められたとあります。あきらめずに叫びつずけたのででイエス様から呼ばれたのです。あきらめずに聖書を読み込みましょう。
#1338 2025年07月24日 05:10:42
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一二除酵祭の第一日、すなわち過越の小羊をほふる日に、弟子たちがイエスに尋ねた、「わたしたちは、過越の食事をなさる用意を、どこへ行ってしたらよいでしょうか」。一三そこで、イエスはふたりの弟子を使いに出して言われた、「市内に行くと、水がめを持っている男に出会うであろう。その人について行きなさい。一四そして、その人がはいって行く家の主人に言いなさい、『弟子たちと一緒に過越の食事をする座敷はどこか、と先生が言っておられます』。一五するとその主人は、席を整えて用意された二階の広間を見せてくれるから、そこにわたしたちのために用意をしなさい」。一六弟子たちは出かけて市内に行って見ると、イエスが言われたとおりであったので、過越の食事の用意をした。マルコ14;12~16
七さて、過越の小羊をほふるべき除酵祭の日がきたので、八イエスはペテロとヨハネとを使いに出して言われた、「行って、過越の食事ができるように準備をしなさい」。九彼らは言った、「どこに準備をしたらよいのですか」。一〇イエスは言われた、「市内にはいったら、水がめを持っている男に出会うであろう。その人がはいる家までついて行って、一一その家の主人に言いなさい、『弟子たちと一緒に過越の食事をする座敷はどこか、と先生が言っておられます』。一二すると、その主人は席の整えられた二階の広間を見せてくれるから、そこに用意をしなさい」。一三弟子たちは出て行ってみると、イエスが言われたとおりであったので、過越の食事の用意をした。ルカ22;7~13
13 そこで彼は弟子の二人を遣わしてこう言われた。「市内に入りなさい。そうすれば,水を土器に入れて運んでいる男があなた方に出会うでしょう+。そのあとに付いて行きなさい。1985年新世界訳マルコ14;13
"水がめを持っている男"は誰でしょうか?
#1339 2025年08月01日 08:18:53
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"水がめ"は水を入れるための土から出来た容器。"水"は神についての知識。"土"は人。イエス様ご自身人の子の身体に神についての知識を持っています。イエス様の弟子達も神についての知識を水がめの身体に入れています。
水がめを持っている男はイエス様です。
たとえによって目に見える文章からもう1つの意味合いを導き出せることが、見えるようになることです。タラントの話はこの事を教えています。
#1340 2025年08月07日 06:09:12
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六「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。 七しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。コリント第二4;6~7
#1341 2025年08月15日 06:00:03
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一三イエスは女に答えて言われた、「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。一四しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。ヨハネ4;13~14
一三日目にガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。二イエスも弟子たちも、その婚礼に招かれた。三ぶどう酒がなくなったので、母はイエスに言った、「ぶどう酒がなくなってしまいました」。四イエスは母に言われた、「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません」。五母は僕たちに言った、「このかたが、あなたがたに言いつけることは、なんでもして下さい」。六そこには、ユダヤ人のきよめのならわしに従って、それぞれ四、五斗もはいる石の水がめが、六つ置いてあった。七イエスは彼らに「かめに水をいっぱい入れなさい」と言われたので、彼らは口のところまでいっぱいに入れた。八そこで彼らに言われた、「さあ、くんで、料理がしらのところに持って行きなさい」。すると、彼らは持って行った。九料理がしらは、ぶどう酒になった水をなめてみたが、それがどこからきたのか知らなかったので、(水をくんだ僕たちは知っていた)花婿を呼んで一〇言った、「どんな人でも、初めによいぶどう酒を出して、酔いがまわったころにわるいのを出すものだ。それだのに、あなたはよいぶどう酒を今までとっておかれました」。一一イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行い、その栄光を現された。そして弟子たちはイエスを信じた。ヨハネ2;1~11
カナの婚礼では石の水がめですが六つで人間をさす数字です。神についての知識である水を満たすとイエス様がぶどう酒に変える奇跡を起こします。ぶどう酒はイエス様の血、血は命。
#1342 2025年08月15日 13:28:35
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一初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。二この言は初めに神と共にあった。三すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。四この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。五光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。ヨハネ1;1
命は人の光
#1343 2025年08月28日 06:26:22
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二三戒めはともしびである、教は光である、 教訓の懲しめは命の道である。箴言6;23
命令はともしびであり、おしえは光であり、訓戒のための叱責はいのちの道であるからだ。新改訳
おきてはともしび、律法は光、懲らしめの戒めは命の道だからである。新世界訳
六〇わたしはあなたの戒めを守るのに、 すみやかで、ためらいません。 六一たとい、悪しき者のなわがわたしを捕えても、 わたしはあなたのおきてを忘れません。 六二わたしはあなたの正しいおきてのゆえに 夜半に起きて、あなたに感謝します。詩編119;60~62口語訳
おきて、教えは新世界訳の律法で意味が合うと私は思っています。
言は命で光で律法です。律法は神様の法です。
一四彼は一つのささげ物によって、きよめられた者たちを永遠に全うされたのである。一五聖霊もまた、わたしたちにあかしをして、 一六「わたしが、それらの日の後、 彼らに対して立てようとする契約はこれであると、 主が言われる。 わたしの律法を彼らの心に与え、 彼らの思いのうちに書きつけよう」 と言い、一七さらに、「もはや、彼らの罪と彼らの不法とを、思い出すことはしない」と述べている。一八これらのことに対するゆるしがある以上、罪のためのささげ物は、もはやあり得ない。ヘブライ10;14~18
神の国の民と認めた人に契約としてあたらしい律法が与えられるのではと個人的に思うのです。
自分を水がめとして神についての知識で満たしイエス様についていくのです。
#1344 2025年09月06日 06:05:53
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水がめを持っている男が入って行く家の主人は席を整えて用意された二階の広間を見せます。そこはイエス様と弟子たちが過越しの食事をし、イエス様が天に戻った後弟子たちが聖霊に満たされた場所です。私は”家の主人”は神様でイエス様についてきた人々を家に入れ二階に上がることを許したという例えであると思うのです。
#1345 2025年09月06日 21:33:24
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一「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。二わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。三そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。ヨハネ14;1~3
#1346 2025年09月07日 06:55:09
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四三汚れた霊が人から出ると、休み場を求めて水の無い所を歩きまわるが、見つからない。四四そこで、出てきた元の家に帰ろうと言って帰って見ると、その家はあいていて、そうじがしてある上、飾りつけがしてあった。四五そこでまた出て行って、自分以上に悪い他の七つの霊を一緒に引き連れてきて中にはいり、そこに住み込む。そうすると、その人ののちの状態は初めよりももっと悪くなるのである。よこしまな今の時代も、このようになるであろう」。マタイ12;43~45
この聖句で"家"は人のからだや心です。ヨハネ14;1~3も神様の心と思われます。
#1347 2025年09月11日 06:08:00
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二五イエスはこれをしかって、「黙れ、この人から出て行け」と言われた。二六すると、けがれた霊は彼をひきつけさせ、大声をあげて、その人から出て行った。マルコ1;25
八それは、イエスが、「けがれた霊よ、この人から出て行け」と言われたからである。マルコ5;8
三三すると、汚れた悪霊につかれた人が会堂にいて、大声で叫び出した、三四「ああ、ナザレのイエスよ、あなたはわたしたちとなんの係わりがあるのです。わたしたちを滅ぼしにこられたのですか。あなたがどなたであるか、わかっています。神の聖者です」。三五イエスはこれをしかって、「黙れ、この人から出て行け」と言われた。すると悪霊は彼を人なかに投げ倒し、傷は負わせずに、その人から出て行った。ルカ4;33~35
イエス様が汚れた霊を追い出しても悪霊は戻ろうとします。そうさせないためにはイエス様(神の言葉)に心に住んでもらうことです。
しっかりとイエス様(神の言葉)と一体になるのです。
ヨハネ17章のイエス様の祈りを読んでください。
#1348 2025年09月15日 06:16:07
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三永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります。ヨハネ17;3
彼らはあなたのものでありましたが、わたしに下さいました。そして、彼らはあなたの言葉を守りました。七いま彼らは、わたしに賜わったものはすべて、あなたから出たものであることを知りました。17;6~7
八なぜなら、わたしはあなたからいただいた言葉を彼らに与え、そして彼らはそれを受け、わたしがあなたから出たものであることをほんとうに知り、また、あなたがわたしをつかわされたことを信じるに至ったからです。17;8
彼らはあなたのものなのです。一〇わたしのものは皆あなたのもの、あなたのものはわたしのものです。17;9~10
二一父よ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、みんなの者が一つとなるためであります。すなわち、彼らをもわたしたちのうちにおらせるためであり、それによって、あなたがわたしをおつかわしになったことを、世が信じるようになるためであります。17;21
二五正しい父よ、この世はあなたを知っていません。しかし、わたしはあなたを知り、また彼らも、あなたがわたしをおつかわしになったことを知っています。17;25
イエス様{神の言葉)は神様と一つで神の言葉を知って信じる人は神様と一つです。神の言葉が心に住んでいる人は神様の心にも住まわせて頂けるのです。
#1349 2025年09月16日 06:08:57
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一一そのあとで、ほかのおとめたちもきて、『ご主人様、ご主人様、どうぞ、あけてください』と言った。一二しかし彼は答えて、『はっきり言うが、わたしはあなたがたを知らない』と言った。一三だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。マタイ25;11~13
聖書で"知る"は"一体になる"という意味があります。思慮の浅い五人のおとめは神の言葉、神についての知識が心に入っていなかった、神様と一つではなかったと思います。
#1350 2025年09月26日 03:13:36
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四七よくよくあなたがたに言っておく。信じる者には永遠の命がある。四八わたしは命のパンである。四九あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死んでしまった。五〇しかし、天から下ってきたパンを食べる人は、決して死ぬことはない。五一わたしは天から下ってきた生きたパンである。それを食べる者は、いつまでも生きるであろう。わたしが与えるパンは、世の命のために与えるわたしの肉である」。 五二そこで、ユダヤ人らが互に論じて言った、「この人はどうして、自分の肉をわたしたちに与えて食べさせることができようか」。五三イエスは彼らに言われた、「よくよく言っておく。人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない。五四わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者には、永遠の命があり、わたしはその人を終りの日によみがえらせるであろう。五五わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物である。五六わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者はわたしにおり、わたしもまたその人におる。五七生ける父がわたしをつかわされ、また、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる者もわたしによって生きるであろう。五八天から下ってきたパンは、先祖たちが食べたが死んでしまったようなものではない。このパンを食べる者は、いつまでも生きるであろう」。五九これらのことは、イエスがカペナウムの会堂で教えておられたときに言われたものである。ヨハネ6;47~59
イエス(神の言葉)は"命のパン"です。それを食べるとは聖書を読んで神についての知識を知ることだと思います。
二六一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、「取って食べよ、これはわたしのからだである」。二七また杯を取り、感謝して彼らに与えて言われた、「みな、この杯から飲め。二八これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である。マタイ26;26~28
聖書を通読することは"契約"に至る第一ステージであると思うのです。