#1176 2020年07月11日 23:16:43
- とおりすがり
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
解釈の変更があった時、エホバの証人は皆ありがたがるんですよね。新しい光が与えられたって。騙された、と憤るどころか感謝しちゃうんですよ。コワイですね、洗脳って。
世代の解釈の変更も当たり前行事というか。でも流石に「重なる二つの世代」の珍説が出た時には、こりゃナイわー無理クリ捻り出したなと。
でも家族も友人も会衆の誰もおかしい、って言う人がいないんですよ。おかしいって思うのは自分だけ?自分の方が変なの?ってネットで調べてみたら、おかしいって言う人が一杯いてホッとしました。覚醒の始まりでした。
#1177 2020年07月17日 14:51:10
- 聖書についての質問
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
#1178 2020年07月18日 08:56:03
- ジョエル
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
ダニエル書の北の王がどうとか現代クリスチャンにとってどうでもいいのと同じくらい、新約が書かれ始めた1世紀ですでに時代遅れになっていたのではと思います。
アンティオコス4世あたりでピークを迎えた、ユダヤ人が北や南の列強に挟まれていた時代には、やがてヤハウェが救ってくれるという物語は当時のユダヤ人に受けがよかったでしょうけど、1世紀にはもうローマが地中海域をすっかり支配してしまいます。
死海文書の写本数トップ3が申命記、イザヤ、詩篇で、これがそのまま新約での旧約引用数トップ3になっています。新約でのダニエルからの直接引用は皆無=ゼロ?ですか?
新約筆者の誰も一切触れていないダニエルの70週(70の7)を490年と解釈してなんとかジーザスに事後こじつけしようとする現代クリスチャンはJW以外にもしぶとく残っていますが、そもそもユダヤ人からしたら神殿が何度リニューアルされようがメシアなんか来なかった(普通に外れた)ので、正統派ユダヤ教徒の人にも当時のユダヤ人向けに書かれた諸書の一つ、黙示文書という扱いで、現代の出来事に直接的な暗示があるなんて奇怪な(非聖書的な笑)発想は全くなかったですね。
#1179 2020年07月24日 15:20:35
- 聖書についての質問
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
木曜の夕方に近所のJW少年がやってきた。
「予習に来ました。次回のものみの塔は、“神からのプレゼントに感謝していますか(21)”で、地球、脳、聖書に感謝しようという内容です。」
「読まなくても内容は大体想像できるね。この執筆者は科学的な知識に乏しい人だよ。そんな人がなぜこんな記事を書くのか、不思議だね。無知無学なJWに、JW流の教養を身に着けてもらおうという意図なのかもね。」
「3から7節が、“素晴らしいプレゼント 地球”です。地球について長々と述べていますが、どこまで本当なのでしょうね?」
「3節に“地球のほかにも惑星はありますが,人間が生きていくための条件を全て満たしているのは地球だけです。”と断定しているのは問題だね。まるで全宇宙を創造したかのような口ぶりだ。地球と同じような惑星は相当数あると思うね。」
「執筆者が参考にした、小学生のために地球の科学にはそう書いてあったんでしょうね。」
「地球類似性指標(ESI)というものがある。地球にどれだけ類似しているかを数値化したもので、1に近ければ近いほど地球に似ていることになる。」
「火星が一番近いのですか?」
「太陽系では火星が0.70で一番地球に近い。太陽系以外では、ティーガーデン星bは0.93で、かなり地球に近い。」
「5節は酸素の循環を取り上げています。人間や動物は酸素を吸収し二酸化炭素を放出し、植物が二酸化炭素を吸収して酸素を放出することを言っているようです。」
「正確には、酸素と炭素の循環ね、」
「“酸素の循環の仕組みは,使徒 17章24,25節の,「神自身が全ての人に命と息……を与えている」という言葉の正しさを示しています。”とありますが、これはウソですよね。」
「引用されている聖句は酸素の循環とは無関係だ。こんなこじつけをするからJWなんて信用されない。」
「6節は水の循環です。“無駄のない,いつまでも続く水の循環の仕組みは,エホバの知恵と力の証拠です。(ヨブ 36:27,28。伝 1:7)”とありますが、引照聖句は水の循環について述べているのですか?」
「まず伝道1:7には、“川は海に流れていく。しかし海があふれることはない。川は始まりから,また流れる。”とある。水の循環なんか言っていない。水が単に源に戻ると言っているだけ。もちろん古代でも海が溢れないことを不思議に思う人はいた。アリストファネスの“雲”という詩が同じことを言っている。地面を掘ると水が出てくることから、古代人は水が地下を通って元に戻ると考えていたようだ。」
「水の循環というのは、水が水蒸気となり、雲となって、再び雨として地上に降ることをいいますから、伝道1:7が水の循環を言っているというのは間違いですね。」
「ヨブ36:27は、“神は水の滴を持ち上げます。水蒸気が集まって雨になります。”とある。これはへんな訳だ。“水蒸気”という概念は古代イスラエルにはない。協会共同訳は“神は水の滴りを引き上げ/雨を濾過して霧にする。”だ。水蒸気ではなく、せいぜい“水滴”だよ。」
「聖書は水の循環を知っているとでっち上げるために、水蒸気と訳しているのがミエミエですね。」
「ヨブ38:22は、“あなたは雪の倉に入ったことがあるか。ひょうの倉を見たことがあるか。”とある。ここでは雪やひょうが倉の中に蓄えられていて、そこから降ることが想定されている。ヨブ記の作者には近代的な科学知識はないよ。」
「そう言えば、創世記2:5,6は、“エホバ神は地上に雨を降らせておらず,地面を耕す人もいなかったからである。ただ,霧が地表から立ち上って地面を潤していた。”とありますが、これは水の循環を否定していますよ。」
「そうだね。一つの聖句がもっともらしいことをいっていたとしても、それだけでは不十分なの。他の聖句がそれを否定していることがあるからだね。」
「“水の循環 エホバからのプレゼント”と、囲み記事にありますが、一面的な見方ですね。」
「日本人は毎年台風や洪水の被害を受け、死者も出ている。中国では今年4500万人が洪水の被害にあったと報道されているよ。これも水の循環のプレゼントだよ。」
「地球上の水のほとんどが海水で、人間は飲めません。エホバって意地悪な神ですね。」
「海水の割合は約97.5%。淡水はわずか2.5%くらい。しかもその大部分は南極や北極の氷として存在しているか地下水で、利用可能なのは0.1%もない。神が人間のために地球を作ったとは思えないね。」
「8から14節が、“素晴らしいプレゼント 脳”です。言語能力、記憶力、道徳心を取りあげ、その能力を使って、奉仕活動をしなさいと言っています。」
「JWらしい、奇想天外なことを言って欲しかったね。」
「100年生きても脳の1%しか使っていないとか、永遠に生きても困らないように無限の記憶力があります、なんて言ってくれたら面白いですよね。」
「でも、8節に“人間の脳は工学上の傑作です。母親の胎内にいる赤ちゃんの脳は,設計図通りに組み立てられていき”とあるのは、よくある間違い。脳の設計図なんてないよ。」
「DNA配列のことを言っているんじゃないですか?でもあれは脳の設計図ではなく、たんぱく質の設計図ですよ。執筆者が参考にした、小学生のための脳の科学にはそう書いてあったんでしょうね。」
「人間の遺伝子の数はハエの2倍くらいしかない。それでどうやって脳を設計するの?多少科学的知識のある人は、遺伝子は、設計図ではなく、料理の材料のリストのようなものというけどね。」
「9節に“話す能力は奇跡です。”とあります。言語はあまり取り上げられないテーマですね。」
「聖書では、バベルの塔で一度に多数の言語が造られたことになっている。つまり、全ての言語は神が作ったというわけだ。でも、それはありそうもないね。」
「言語には文法という規則があります。その文法は極めて複雑なのに、体系性に乏しくて、例外が多く、知的な存在が設計したとは思えませんね。」
「人工的に作られた言語は何種類かある。有名なのはエスペラント。人工言語の文法は体系的で、覚えやすく、例外はない。知的な存在が文法を作ったらどうなるかという実例だ。現代の言語の特徴は、長い年月をかけて、場当たり的に規則が徐々に作られたことを示している。」
「11節は記憶力で、12節が“モラルを身に付ける能力”です。たいしたことは書いていません。」
「13節で、“エホバの記憶力は完璧ですが,罪を悔い改める人を許し,その人の失敗を思い出しません。(詩 25:7; 130:3,4)”とあるけれど、引照聖句はそんなことは言っていないよ。」
「引照聖句はともに詩編からで、これは祈りですね。詩編25:7に“若い時の私の罪と違反を思い出さないでください。”とありますが、エホバは罪と違反を思い出さないと言っているわけではなく、思い出さないでくださいと祈っているだけです。」
「14節に、“エホバの基準の方が当然,私たちが考え出す基準よりも優れています。”とあるけれど、本当にそうなのかな?」
「聖書を読む限り、エホバは女性や障がい者、病人を差別的に扱っていますし、同性愛者を憎んでいます。また先祖が誰かといった出自によって差別します。女性や障がい者、病人を差別しない、出自や性的志向で差別しない、という現代の基準の方が優れていますよ。」
「14節には、“創造者また父であるエホバを賛美すること,エホバに喜ばれる生き方をすることを望んでいます。(格 27:11)”とあるけれど、これも引照聖句はそんなことを言っていないね。」
「格言27:11は、“わが子よ,賢くあって,私の心を喜ばせよ。私をあざける者に私が答えるためである。”というものです。これは先生が弟子に向けて言っている言葉ですよね。エホバとは関係ないですよ。」
「我が子といっても正確には“我が息子”なの。女の子は関係ない。先生が弟子に向かって言っている。弟子が賢くないと、教育がおかしいんじゃないの、と先生が非難されるわけ。だから、弟子に向かって、賢くなって、先生を喜ばしてね、と先生が言っている。それだけの聖句だよ。」
「15,16節が、“素晴らしいプレゼント 聖書”です。15節では、“聖書は,エホバの愛が詰まったプレゼントです。”とあります。これは聖書の成立過程を無視した主張ですね。」
「聖書はプロテスタント、カトリック、ギリシャ正教で異なる。どれが神様のプレゼントなの?」
「JWはプロテスタントの聖書を使っていますね。アメリカで始まったプロテスタント系の新興宗教だからという以外の理由はないと思います。」
「現行の新約聖書はカトリック教会が正典として認めたものを基本としている。JWはカトリックを悪魔の手先と敵視しているよね。でも、聖書はエホバからのプレゼントなのね。理解できないね。」
「テモテとかテトスといった偽パウロ書簡は、当時のカトリック教会がパウロの書簡と誤って認定したから聖書に入れられたわけです。JWはそれに異議を唱えることはないですね。」
「第二ペテロ、ヤコブ、ユダ、第二、第三ヨハネは、正典として認めることにかなり反対が多かったけれど、“使徒性がある”とか屁理屈をつけて聖書に入れられたもの。本当は使徒が書いたものではない。」
「ヨハネの黙示録(啓示)も正典として認めることに長い間反対があったわけですね。」
「あれは要するに復讐物語で、キリスト教的じゃないからね。でも面白さで正典入りだ。もし今選ぶとするとすれば、外れること間違いないよ。」
「15節に、“何世紀も前から,人々の心を動かし,聖書がいろいろな言語に翻訳されるようにしてきました。”とあり、JWでは聖書の翻訳はエホバがさせたという解釈のようです。」
「そんなに大事な聖書なら、なぜオリジナルがないの?今あるのは写本を何回も経た後の時代の写本だけ。数多い写本の中で完全に同一のものは一つもない。それでオリジナルの文章か、後から付け加えられた文章か、よくわからないという部分もあるよ。」
「翻訳のために、人々の心を動かしたけれど、オリジナルを保存するようには心を動かさなかったわけですね。」
「JWの神様って、どこか間抜けなんだよね。」
「JWの使っている聖書はエホバからのプレゼントという話しは、16節で、“聖書のメッセージをできるだけ多くの人に伝えることによっても感謝を表せます。”と、伝道の話へとつなげています。」
「でも、JWの伝えているのは聖書のメッセージじゃなくて、アメリカの終末論的新興宗教のメッセージだよ。」
「15節の下に囲み記事“アフリカの言語に聖書を翻訳する”に、“今では聖書の全巻または一部が1000以上のアフリカの言語で手に入ります。エホバはどの国の人々にも聖書を手にしてほしいと思っています。”とあります。」
「こんなバカなことを書けるのも歴史に無知だからだね。」
「アフリカの言語への聖書の翻訳はヨーロッパ人のアフリカ支配の産物ですよね。」
「ヨーロッパ人の支配者によって、現地の文化や宗教が破壊され、キリスト教が押し付けられた結果、聖書が普及した。」
「聖書は奴隷制を黙認している点も、ヨーロッパ人のアフリカ支配に好都合だったわけですよね。聖書の果たした歴史的役割のひとつです。」
「もし聖書に奴隷制は神が禁じているとはっきり書かれていたら、アフリカで翻訳はされなかったよ。JWにとって、よかったね。」
#1180 2020年07月24日 17:05:28
- ぽんちゃん
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
聖書についての質問さん、今日の文章は神を冒涜していますよね。どうぞ神を畏れて下さいますように。お気をつけ下さい。
#1181 2020年07月26日 00:43:23
- サルガタナス
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
質問先生
いつも時間と労力をかけて調べてくださって、
ありがとうございます。
すごく勉強になってるんでボクは感謝したいです。
先生の解説を読んでいる皆さんそれぞれいろんな考えがあるのでしょうが、
どうかこれから先もよろしくお願いします。
#1182 2020年07月26日 01:45:42
- マルコ
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
#1183 2020年07月26日 05:11:22
- ぽんちゃん
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
#1184 2020年07月26日 06:05:55
- マルコ
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
ぽんちゃん様
私はぽんちゃん様のことを好きでも嫌いでもありません。
ぽんちゃん様のご意見が過ぎた時にご注意申し上げているのです。
何故なら掲示板が、JWの呪縛から解放されたいと願っている、誠実な人たちの健全な場であって欲しいと願っているからです。
友達とは、なりましょうと言ってなれるものではありません。
気付いたらいつの間にかなっていたと言うものではないでしょうか。
友人関係が続くには似たような価値観や、育ちや、受けた教育によるところが大きいです。
類は友を呼ぶ、その人を知りたければその友人を見なさい、と諺にもあります。
聖書にも悪い交わりは有益な習慣を損なうとあります(ぽんちゃん様のことを言っているのではありません)
ぽんちゃん様と私の間には何ひとつ共通点がありませんので、友人にはなれません。
ぽんちゃん様には仰天さんという素晴らしいお友達がいらっしゃるので、どうぞそちらで楽しんで下さいね。
**お返事はご容赦願います。よろしくお願いします。
#1185 2020年07月26日 07:04:30
- ぽんちゃん
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
友人になれないとはさみしいですね。マタイさまにも振られっぱなしですし。
多くの方はものみの塔学校の同窓生ではありませんか。皆さんOB.OGとして仲良くいたしましょう^_^まだ学校に行っている方もおられるようですが。
#1186 2020年07月26日 09:02:04
- ぽんちゃん
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
#1187 2020年07月31日 15:21:20
- 聖書についての質問
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
#1188 2020年08月01日 16:04:21
- ジョエル
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
「声を限りに呼びなさい。何しろ、エホバは神なのですから。エホバはきっと考え事をしているか、用を足しに行っているのでしょう。それか、眠っているので誰かに起こしてもらわなければならないのでしょう。」(列王記上18章)
「いえ、願った形ではありませんが私たちの祈りは聞かれました。私たちの神をバカにするようなあなたのあざけりに耐えられるよう、私たちのメンタルを宇宙最強の聖なる力で強めてくださいました。現に、私たちの信仰は失われていません。エホバは私たちを霊的に保護してくださったのです。エホバこそまことの神です。」
#1189 2020年08月02日 13:41:21
- ガッツだぜpart2
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
#1190 2020年08月02日 22:34:44
- ジョエル
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
#1191 2020年08月03日 00:52:57
- ガッツだぜpart2
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
アシェラですね、夫婦神だったとか。産みの苦しみとか、どう考えても両性を感じますね。
一神教は無理がありますね。私もコヘンさんの資料を読んで、なるほどギリシャ~ローマ人が三位一体
を持ち出した理由がわかりました。ヒッタイトの宗教観から離れたかったのだと思うのですが巨大な波に
呑まれてしまいました。旧約聖書は肝心なところで言葉足らずだと思います。
このトピのタイトル深いと思いますよ。確かに一神教では色々矛盾が起きて限界があります。
#1192 2020年08月03日 17:19:08
- ガッツだぜpart2
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
#1193 2020年08月04日 06:20:42
- 万年研究生
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
聖書についての質問様
いつも興味深く読ませていただいております
先々週の「神からのプレゼントに感謝していますか(21)」の水の循環の節にて
創世記1:7 それから神は空間を造り,空間の下の水と上の水とに分けた+。そのようになった。
から
創世記7:11 ノアが600歳だった年,第2の月の17日,空の泉から水が勢いよく流れ出し,天の水門が開いた+。
までの間、地上に雨がふらなかったとコメントがありJW LIBURARYで調べてもどうもはっきりしません。
あまりにトンデモに思えたのですが聖書の理解でここまで解釈できるものなのでしょうか?
よろしければご教授ください。
#1194 2020年08月04日 06:28:49
#1195 2020年08月04日 08:04:32
- ガッツだぜpart2
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
#1196 2020年08月04日 09:43:44
- 聖書についての質問
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
#1193の万年研究生さんの質問にお答えします。
ノアの大洪水以前は雨が降らなかったというのは、創世記2:5,6の
「地上に草木はなく,まだ何も生えていなかった。エホバ神は地上に雨を降らせておらず,地面を耕す人もいなかったからである。ただ,霧が地表から立ち上って地面を潤していた。」
からきています。これでは雨が降らなかったとしか解釈しようがありませんね。
「洞察」の「草木,草本」の項目には、
「やがて登場する植物に必要な水分を供給するため,エホバは霧が定期的に地から立ち上って地面を潤すように備えをされました。その備えにより,当時は雨が降らなかったにもかかわらず,草木は地上全体に繁茂してゆきました。」
とあり、雨は降らなかったというのがJWの公式見解です。
しかし、ものみの塔 1998年 1月15日号 『見えるところによらず,信仰によって歩む』では、
「それ以前に雨は降ったのでしょうか。聖書は何も述べていません。創世記 2章5節には「エホバ神は地に雨を降らせておらず」と記されています。しかしこれは,何世紀も後の人モーセがノアの日のことではなく,そのずっと前の事情を説明した箇所です。創世記 7章4節にあるとおり,エホバ神はノアに語られた際,雨に言及されました。そしてノアは,神の意図するところを理解したものと思われます。」
とあり、「聖書は何も述べていません。」と言っていますが、雨が降ったという考えに変えたようです。雨が降らなかったのは、すっと昔のことで、ノアの時代ではないと解釈を変更したわけです。
創世記7:4で、神はノアに「私は,7日後から40日間ずっと,昼も夜も地上に雨を降らせ,私が造った生きているもの全てを地上から滅ぼす。」といっています。その時、ノアは、「すいません、雨って何ですか?」と神様に聞き返すことはなかった、ということが根拠のようですね。つまり、その時ノアは雨を知っていたというわけです。
実際は、雨が降らない地球というのはあり得ないだろう、という常識が働いたのだと思います。空気と水があり、太陽光線がある環境では、水は暖められ、蒸発し、その蒸発した水は雨という形で地上に戻ってきます。
JWは100年以上も、ノアの大洪水までは雨は降らなかったと自信たっぷりに言ってきたのですが、現在の答えは、「さあ、わからないな。聖書は何も述べていないからね。」という情けないものです。JWの教義はよく変わるので、古参の信者の中にはついていけない人がたくさんいるでしょうね。
ついでに、創世記2:6は、JW訳では「霧が地表から立ち上って地面を潤していた。」となっていますが、この訳は問題があります。協会共同訳では、「水が地下から湧き上がり、土の面をすべて潤した。」です。これは、古代語の研究が進み、元のヘブライ語は「霧」ではなく「泉あるいは流れ」という意味であると、考えられるようになったからです。こちらの方が現実的です。
「洞察」にあるように、ノアの大洪水以前は、霧で地面が潤っていたと聖書に書いてあるというのは、間違いです。
#1197 2020年08月04日 15:52:48
- 万年研究生
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
聖書についての質問様 てつてつ様
回答ありがとうございます
記述の書籍の提示していただきよくわかりました。
古くからの人にとってはうかつに発言できませんね。
口を開く前に確認作業が必要なようです。
結局、真理を公にしているというわけではなさそうです。
#1198 2020年08月04日 17:41:42
- ガッツだぜpart2
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
↑どのみち泉でも霧でも虹の契約で引っかかると思います^^
ジョエルさん、ヤハウェは山の神だったんじゃないかというのをどこかで見ました^^
ヨルダン~トルコ~アフガニスタンは山岳地帯ですからね・・・
アブラハムが山でイサクを生贄に捧げようとする事自体、それっぽい気がします。
おおざっぱな感想ですが、伝説の中にも史実が混じっている事もありますので、全てを否定するというよりは
最新の研究を待った方が良いと思います。それでうまく生きていくためには、その場に合わせて
対応すればよいと思います。例えば、教会では「きっと真実が明らかになる」
世間向けには「雨降ってたに決まってんじゃん」
生きていくためには仕方ありません。 
ちなみに私はある事を考えていますので、聖書が寓話要素が多いとは思いますが全否定には反対です。
#1199 2020年08月04日 18:18:44
- ガッツだぜpart2
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
という訳でヤハウェ、エルシャダイ、山の神に一票。
#1200 2020年08月04日 19:43:34
- ガッツだぜpart2
- ゲストユーザー
Re: アブラハムの神の限界
ホセア書を読んでも、柱とティラフィムとエボデが並記してあり、崇拝の対象だった
ようにとれます。枝、アシェラとの関係もまだ完全には否定できないと思います。
エルというシュメールの神の名もガブリエル、ミカエル、エマニュエルのように
残っていて、ヨシュアのようにYHWHの名を用いたものと混在している様子が
読み取れるように思います。
そのことから、akameさんがトピをはじめに立てられた時に書かれたように
神は複数いて、やがて拝一神教になり、一神教になっていったと考えられます。
akameさんが神は複数とおっしゃられたのは、まさに深い洞察力を働かせられた結果だ
と思います。
akameさん、最初に気づかなくてごめんなさい。だから私は一方的な否定は無益であると
思います。全て正しいと考えるのも無益です。