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#226 2019年12月12日 19:51:42

仰天
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

ほいさん、お久しぶりです。

てつてつさんにもですが、福音派を過度に批判する人というのは、ほいさんやてつてつさんの事ではありません。

ほいさんとは相いれない点もありますが、ほいさんのように真剣な疑問ではなく、ある一部の人に見られる聖書なんてものを信じるのはバカしかいないとでも言わんばかりの態度で書き込みをする人に対して過度に批判するのは疑問だと書いたつもりです。


ほいさんと再び論争するつもりもなく蒸し返すつもりもないのですが、聖書を史実としてとらえるなら、もちろん神が基準を決める主権者で命の与え主ですから最善に導かれるだろうと私は考えます。


国民には権利がありますが、罪を犯せば罰則があるわけで、どの世界でもそうでしょうから神がお決めになる事に適わないなら罰を受ける事もあるのは当然だと私は思います。


ですから、文字通り信仰する現代のクリスチャンが極端に走るといっても、クリスチャンは復讐する事は禁じられていますから例えば、神が殺せと命じたならとかいう心配とかは不要でしょう。


進化論を信じないと危険人物だともし考えるなら、それこそ行き過ぎた考え、極端だと言えるでしょう。

これらは例えばの話で、誰かがこう言ったというわけではないです。



当然ですが、無宗教が一番だと誰かが考えるのは自由ですが皆がそう考える必要はありません。
仏教がベストだと誰かが考えてもそれに合わせる必要もないですし、誰かが聖書の神が一番だと考えるのも自由ですが皆が合わせる必要はありません。


仮説として見做さないとよくないという発言ですが、最初からこの世界には正しいと証明された宗教というものは存在しないという事を述べています。
各人がベストだと思える道を選択するだけの話です。


以前のやり取りでは聖書を「史実」として見た場合の話で、史実ならば神に従うほうが益になりますよというのが私の大まかな説明でした。



まぁ、人それぞれ考えに違いはあるのは当然ですからこれ以上はほいさんとやりあうつもりはないです。


てつてつさんもほいさんも創造者の存在は感じておられるわけですからそれだけでもよいのではないでしょうか。

お二人の幸せを願います。

#227 2019年12月12日 19:53:12

シュウイチ
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

#228 2019年12月12日 20:15:28

仰天
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

#229 2019年12月13日 06:47:01

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

編集者 てつてつ (2019年12月13日 08:10:10)

オフライン

#230 2019年12月13日 07:37:10

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

100分 大乗仏教 126ページあたり

不思議なことに浄土教では、次第に「ブッダになること」ではなく、「極楽浄土に往生すること」を最終目的と考えるようになっていったのです。もちろん最初は悟りが目的だったことは間違いありません しかしやがてその目的は「救われること」に変わっていきます。ここで言う「救われること」とは、悟りを開いて涅槃に至るのではなく、楽しくてきらびやかで不自由のない生活を永遠に続けられるようになることです。「無量寿経』や『阿弥陀経』には「極楽浄土とは、苦しみも悲しみもない世界であり、すべての人は宝石に飾られた宮殿に住み、究極の楽園生活を送る」といったことが書かれていたため、人々はその部分ばかりに注目するようになり、いつしか極楽にたどり着くことが最終目的であると考えるようになったのです。


てつてつ なんだか証人が最終目的は楽園に行くことみたいですね


青年 今のお話をうかがっていると、「極楽浄土」とは、キリスト教の「天国」と同じようなものに思えてきたのですが……


ここまで変容してしまうと、「釈迦の仏教」とは似ても似つかないものです。あなたがおっしゃるように、浄土教は仏教と言うよりも、キリスト教に近い教えになっていったと言えるかもしれません

青年 なるほど。貧困に喘いでいる人たちは生きることだけに精一杯で、人のために何かをしよう(善行を積もう)などと考える余裕もないし、修行する時間などなかったはずですよね。そんな人たちの救いとなったのが浄土教で、...

ただし、じつはこの考えは裏腹で、危険思想につながりかねない面もあります。「阿弥陀様を信じて死ねば、極楽浄土に往生できる」というのは、現世の生活に苦しんでいる民衆にとっては「救いの思想」ですが、国家を統治する側からすれば「やっかいな思想」ともとらえられたのです。

青年死んだあとは極楽浄土に往生したいという考え方の、どこが危険思想なのですか

今あなたがおっしゃったように、極楽浄土の存在を本気で信じれば、死ぬのが怖くなくなりますよね。極楽に行けると思えば命も惜しくなくなるので、どんな強い相手にも立ち向かっていける。捨て身になった人間ほど恐ろしいものはありませんから、為政者にとっては脅威になります。「今の生活が苦しいのは国を動かしている権力者が悪い」と思って、浄土教系の信徒)である民衆が一斉に立ち上がれば、誰にも押さえられなくなってしまうのです。それが現実となったのが戦国時代に勃発した「一向一揆」です。

浄土教は「他力本願」を基本としているため、決まりごとの少ない「ゆるい宗教」のように私は感じていたのですが、一歩間違えると、危険なほうに向かう可能性を秘めているということなのですね。

講師キリスト教もユダヤ教も、イスラーム教もヒンドゥー教も、我が身のこととして教えを突き詰めていけばいくほど、必ずそうした面が出てきます。絶対神や外部の救済者を崇めるタイプの宗教には、多かれ少なかれ、そういった捨て身の行為をよしとする側面があるのです。


あなたのおっしゃっていることもよくわかります。しかし、誤解を恐れずに言うならば、一つの教えを無条件に信じて狂信的にならなければ、本当に救われるはずなどないのです。信仰とはそういうものです。極楽往生を本気で信じて一向一摸の中で死んでいった人を、今の私たちは不幸ととらえがちですが、じつは本人たちは幸せだったのではないでしょうか。亡くなって本当に極楽に行けたかはわかりませんが、少なくとも「自分は幸せだ」と感じながら死んでいった人も多かったと思います

編集者 てつてつ (2019年12月13日 10:20:46)

オフライン

#231 2019年12月13日 14:37:19

ユーリ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

オフライン

#232 2019年12月13日 15:13:51

シュウイチ
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

#233 2019年12月13日 15:29:39

さやか666
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

Q日蓮正宗は屈せずに創価学会を破門しました。
この事をどの様にお考えでしょうか。



Aやっぱり日蓮正宗は唯一無二の清く、正しい宗教だなあ。一度お試しで入信しようかな

#234 2019年12月13日 15:37:21

仰天
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

#235 2019年12月13日 18:33:10

さやか666
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

純粋な教団に濁りが生じていました

潔く、濁りを取り除いたのは英断でした


皆様、日本一清い宗教 日蓮正宗


入信しませんか?

#236 2019年12月13日 19:21:10

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

ユーリさんこんにちは 書き込みありがとうございます たもさんの見てみました前回のテレビの取材はかなりいい加減で編集されてて怒ってましたけど今回はよかったようですね kiss

オフライン

#237 2019年12月13日 19:26:26

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

>日蓮正宗がお金に執着していたら、創価学会を破門せず、創価学会の言いなりになり、お金を安定してもらっていたのではないでしょうか。お金に執着せず、仏法の正邪の上から正しいことを貫いたので、莫大なご供養が無くなっても創価学会を破門することを選んだのだと思います。
当時創価学会は1000万世帯(本当はもっと少ないと思いますが)と公称しておりましたが、その殆どが創価学会について行きました。
圧倒的に多い信者数、毎年数千億円集まるという莫大な資金力、町会議員から国会議員までいる政治力、創価学会会員の検事や弁護士、裁判官などの司法での影響などを考えれば、邪な組織であれば屈していたはずです。
しかし日蓮正宗は屈せずに創価学会を破門しました。
この事をどの様にお考えでしょうか。

多分日顕にとってはすでに宗門のお金は自由に使えるようになったので あとは学会のいうことを聞くのがいやだっただけだと思います お山の大将おれ一人!みたいな感じかと思います cry


>上記の件、開眼が必要無ければ大石寺に送る必要などないと思います。どうしてわざわざ大石寺に送ったのでしょうか。それは開眼が必要だからだと思います。

ご本尊の独占が意外とオイシイことに気がついたのかもしれませんね  またはこれで学会の首根っこ押さえれると考えたのかも kiss

編集者 てつてつ (2019年12月13日 19:35:59)

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#238 2019年12月14日 07:24:42

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

編集者 てつてつ (2019年12月14日 07:38:14)

オフライン

#239 2019年12月14日 13:36:54

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

編集者 てつてつ (2019年12月14日 14:52:08)

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#240 2019年12月14日 14:53:17

ユーリ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

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#241 2019年12月14日 15:03:35

めぐママ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

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#242 2019年12月14日 15:15:13

ユーリ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

こんにちはめぐママさん。お久しぶりです。

私だけかしら、youtube開かないの。

でも「莫妄想(まくもうぞう)」で検索したら、すぐでてきました。同じURLの動画。

いいお話ですね。

ありがとうございます。

オフライン

#243 2019年12月14日 15:15:59

めぐママ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

莫妄想

自分が作り出した偽りの世界に 迷い込んでしまう事  これが 莫妄想です。
人の噂に 影響されたり あるいは 勝手に 思い込んでしまう世界。
まだ浅いうちなら、引き返すことができます。
自分の頭で考えて 自分の意思で行動するように、と教えておられます。
どこかのカルト では コレを 禁じていた。

編集者 めぐママ (2019年12月14日 15:19:47)

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#244 2019年12月14日 15:18:54

めぐママ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

ユーリさん  youtube  開かないですねー

まくもうぞう  莫妄想  夕方の シブ護寺  という番組で 教えて頂きました。

あー  ありがたや  ありがたや!!

オフライン

#245 2019年12月14日 15:22:57

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

編集者 てつてつ (2019年12月14日 15:24:43)

オフライン

#246 2019年12月14日 15:28:38

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

編集者 てつてつ (2019年12月14日 16:49:53)

オフライン

#247 2019年12月14日 16:18:55

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

24ページあたり

現代の葬式儀礼のほとんどは仏教と無縁であることが書かれています


釈尊とその弟子たちは、在家の葬儀に関わらないのが原則であった。経典によれば釈尊が執行した葬儀は父と養母の時にしか見られない。弟子たちも父母や仲間の僧の葬儀以外には関わらなかったのである。


『日本人の仏教』第九巻「寺院の歴史と伝統」(四十三頁)では、「ブッダの葬送のことを実際に執り行ったのはクシナガラ(クシナーラー)の在家の帰依者たちで、サンガの人々(出家)はそれに参与しなかったようである。伝説によれば、ブッダの遺骸は火葬にされ、分配を請うた八つの部族に八分され、中インドの各地に八つの舎利塔(ストゥーパ)が建てられたという。今日では、この舎利八分の記事が、おそらく事実を伝えたものであろうことは学問的にも信頼されている。この舎利八分についてもっともたいせつなことは、このような舎利供養・仏塔信仰が在家信者の手によって開かれたということである」と。このように釈尊在世中、葬儀は在俗信者によって行われ、僧は介入しないのが普通だったようである。本来、仏教では死後のことは不問のこととしており、したがって死体処理を伴う葬送儀礼には重きを置かず、追善回向とか引導を渡すなどという教義さえもなかったのである。

ひるがえって現代、民衆と仏教との接点は、葬儀、戒名、位牌、年忌法要、塔婆供養、盆・彼岸での墓参り等の葬送儀礼がほとんどである。釈尊の時代、各宗の開祖の時代とは、あまりにも隔絶した現代仏教の実態がここにはある。いったいこの体質はいつ、どのように成立したのであろうか


かなりはしょります


奈良・平安期
聖武天皇の葬儀が仏式で行われたのを初めとして、奈良期には七三五年に、「親王死去の場合は七七日の仏教式法要の執行を義務づける」詔が発せられ「続日本紀』)、法要を仏教でおこなう例が多くなってくる。
奈良期には、死霊は死後十七・四十九・五十年後に神となるという考え方(年忌打ち上げ・弔上げ・トイアゲともいう)と、死霊はまた御先祖様・祖霊として子孫の生業を守るという観念が定着しており、仏教とは関係のないところで、既に日本古来の精神としての先祖供養・祖先崇拝の念がきわめて強かった。この日本古来の非仏教的霊魂観に対して、それを否定するのではなく、新たな仏教的意味を付加させていくことによって、仏教は葬送儀礼の独占化をはかっていった。その一例は、〃うかばれない〃死霊を回向する儀礼をきちんとしなければ、魂も軽くなれず、天にも昇れないという論理を展開し、仏教による葬儀の必要性を強調していったのである。いわゆる仏教の年忌法要は、こうして加乗的に展開されるようになっていった。葬式から年忌法要の間の死霊は、精霊・新仏といい、荒魂(あらたま・新魂から転化)として個性の没しない霊とぎれた。その霊のたましずめlとして年忌法要が受容され、追善供養・回向の考えを付加して、仏教は死から祖霊化までの儀礼の執行権を獲得したのであった。なお仏教では三十三回忌をもって祖霊になると規定している


いわゆる四十九日までの七日ごとの法要については、本来は釈尊以前にあったバラモンの思想に由来するものである。中陰は中有ともいう。『倶舎論」では五陰の展開する領域として四有(生有・死有・中有・本有)を説く。婆羅門「ウパニシャッド」では、中有でピンダという死者を祖先の位に到達きせる死者供養祭があったが、これに密教が習合して、七七日中陰を成立させたと推定される。


百カ日・一周忌・三回忌は中国の儒教の考えをもとにしている。孔子の説いた儒教では、親に対する孝を重要視するが、父母の祖霊に対して百日目と一年目と二年目にそれぞれ柤霊供養する風習があったのである。これが仏教にとり入れられて、百カ日・一周忌・三回忌という法事に変わっていくのである。このようにバラモンの四十九日までの七回と、中国の儒教の三回忌までの三回を合わせて、十仏事という形が中国の仏教界で成立し、そのまま奈良時代に日本に移入きれてきたのである。


うーんまたまた 仏教は釈迦の時代から今日まで変わることなく受け継がれているというのがまちがいだとわかっちゃいましたね cry

編集者 てつてつ (2019年12月14日 16:34:04)

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#248 2019年12月14日 16:32:23

ラハム
メンバー

Re: 日蓮正宗について

わたしも父が死ぬ前脱塔したので、
親族の代表として日蓮宗のお寺と接することが多くなりました。
お墓があるので誰かが関係しなくてはなりません。
実際、父の墓付近にだれも詣でなくなった墓があって、
関係者は名乗り出てほしいと三年以上立札がありました。
けっきょく誰も名乗り出なかったようで、お墓は撤去されてしまい、
新規の墓地として売りに出されるのでしょう。
季節の墓参りや法事があるのですが、
わたしの正直な感想は
お寺というのは「お葬式屋さん」なんだというものです。
誰でも収入を得て生計を立てる必要があるので、
やむを得ないことですが、お布施の金額によって
法要のお経を唱えてくれるお坊さんの人数が多くなるのを見たとき、
なんだか釈然としない気持ちだったのを思い出します…。

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#249 2019年12月14日 16:42:39

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

編集者 てつてつ (2019年12月14日 17:38:41)

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#250 2019年12月14日 17:09:11

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

編集者 てつてつ (2019年12月14日 17:25:23)

オフライン


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