ログインしていません。

#876 2018年12月16日 20:34:07

三太郎
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

#877 2018年12月18日 18:39:14

山のアザミ
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

今晩は
このコーナーへの投稿が適切かどうかわかりませんが、
何名さまかが、ここにご意見述べられてらっしゃるから、私もここに書かせて頂きますね。
TVでダイヤモンド博士のシリーズを好んで見ていらっしゃる方々を知り、私も先週初めて見ました。
しかし、びっくりしました。破壊と文明、の題目で動物の絶滅の事など述べておられましが、気になったのは博士は何度か「進化を遂げた結果…」という言葉を使われていたことです。頭が混乱しました。進化を認める方がどうして、おびただしい動物に関しての見解をのべる事が可能なのでしょうか?
私はガッカリしました。
生命が「進化」と考える事は、生きる意味、価値が失われると、私は考えております。
どんなにエホバの証人を嫌っても、聖書は人が書いたものらしいと認めても、私は、聖書全てを否定しておりませんし、聖書には正に神の見解だと思われる箇所があることを認めています。
私は何回か、大怪我をし、その都度、大事に至らず助かって現在に至るのも、守ってくださる神がおられたから!と認めているんです。
また、私の実質年齢ももう若者ではありません。若い貴重な時期を例の組織で失ってはしまいましたが、まだまだ人生を諦めたりしませんよ。
様々な出来事を経験した今年ももう僅か。幾つかの希望や夢も消えたけど来年こそは、真に信頼し合える、新しいパートナーに出逢う希望や、新しい仕事見つけるなど、やはり、どこかの神に祈ります。(^з^)-☆

#878 2018年12月19日 00:29:24

山のアザミ
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

もう一言

どんなに頭脳優秀であり、どれほど豊かな知識を持ち、大変なご苦労努力され今は確かな基盤を築き、どれほど雄弁な方であったとしても、生命は進化である、と主張する学者さんに共感するのであれば、その方が神を探求してきた長年の軌跡は何を意味するのでしょうね?例え間違った組織にかつては属したのであっても。神を認めたのでは無かったのですか?
私は、「生命は進化である。」と共感する方からは離れたいと感じます。その方への好意感情も冷めました。
その方の素晴らしい頭脳は神から頂いたものである事は確かなのに、それにさえ気付かないのにはガッカリしました。

今後はせいぜい、同じ興味をお持ちの方と交流されたら良いと思います。

#879 2018年12月19日 09:58:36

カレブ
Administrator

Re: アブラハムの神の限界

山のアザミ さん

おはようございます。興味深い書き込みありがとうございます。
一点よくわからないところがあったのですが以下の

>進化を認める方がどうして、おびただしい動物に関しての見解をのべる事が可能なのでしょうか?

という部分は、具体的にどんな意味でしょうか?

進化を認めるとどうして「おびただしい動物に関しての見解をのべる事」ができないと
感じられるのか、そのあたりを教えていただけますか?

オフライン

#880 2018年12月19日 13:13:35

ラハム
メンバー

Re: アブラハムの神の限界

わたしも不思議な主張だと思います。
JWをやめた人は現役時代と違う考えを持つよう変わってもよいと思います。
わたしもカレブさんと同じように山のアザミさんの考えを知りたいです…。

オフライン

#881 2018年12月19日 19:25:57

三太郎
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

山のアザミさん こんばんは。

個人的な見方になりますが、「進化 = 神は存在しない」の図式は成立しません。

聖書的創造論の最大の盲点は、「人間以外の生き物は人間のために存在する」というところにあります。
聖書は、あらゆる生き物は人間の私物であると言っているようなもので、この古い概念が色々な意味で障害や害悪をもたらしています。それと聖書って、新約がなかったらここまで広がってないと思います。

私は全ての生き物には霊が宿り、霊こそが本体であると信じるに至っています。もしかしたら、霊の進化が、肉体の進化を促しているのかもしれませんよ。

しかし、本当に神または神なる存在を信じている人にとっては、ぶっちゃけた話、どっちでもいいことかもしれませんね。
山のアザミさんが言っていることは、物理学者ボーアの言葉を借りれば、「神が何をなさるかを貴方が語るなかれ」なんです。時間はかかっても、いつかそれに気付いてください。

>どんなに頭脳優秀であり、どれほど豊かな知識を持ち、...

って、もしかして私のことですか?そう思ってらしたら、とんでもない勘違いです。
自分は脱塔後、可能な限り自らの感情を排し、過去の自らの信仰をブチ壊して、バカなりに様々な視点から考え、体系化したものを投稿してるだけです。
しかし、その努力は一定の成果を収めることができたと思っています。大先輩諸氏からは、お前などまだまだ甘ちゃんだといわれそうですが。

この掲示板の投稿者さんも、ご覧になっている皆さんも、各々が迷いつつも前進している姿が目に浮かびます。
神または神なる存在は、その過程を只只眺め、見守っているのではないでしょうか。

アザミ姉さん、人間止まったら終わりです。(^^♪

それから、あの番組は面白いのですが、突っ込みどころもたくさんあります。

持論があるなら、カレブさんやラハムさんの問いにも、ちゃんと答えてくださいね。

#882 2018年12月19日 20:44:12

死生観の者です
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

僭越ながら山のアザミさんの
>進化を認める方がどうして、おびただしい動物に関しての見解をのべる事が可能なのでしょうか?
とは、生物の多様性のことでしょうか。ダイアモンド博士の講義では、進化競争に負けた者は滅んで
当然と言っているように思えました。その主張だと多様性を否定することにつながるように思われます
が、南国の地においてもバナナとドリアンのように、バナナは人間に食べやすくなることで人間に愛され
受動的に繁殖を狙い、ドリアンは身を固くし、人間に食べづらくすることで攻撃的に繁殖を狙っている
ように(個人的見解ですが)多様性が地に満ちています。ダイアモンド博士の講義では、進化、選別が
行われて環境に適した者のみが生き残るという主張に私には思えましたので、博士の主張する進化論だけ
では今日の多様性は失われるかもしれません。進化論を否定はしません。ただ少し乱暴な講義だなと思います。

#883 2018年12月20日 13:55:55

山のアザミ
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

皆さまこんにちは

私は世の仕事で毎朝4時起き、寝れない日もよくあり疲れ酷くて本当はあまり投稿したくなくなってます。
実際、私にお金と才覚と情熱があり、会社経営でもすれば、今のような最低賃金の、1日5キロ歩いてする労働者にならずに済んだのに!と考えるこの頃です。更に幾らか身体障害あるから辛いですね。

で、最近休み殆ど取れないから、今日のうちに
私に対する皆様のご質問等に 幾らかお答えなどしたいと考えます。
私の意見を気にしていただき、ありがとうございます。

まず、私、「進化」の言葉聞くと大変な嫌悪感抱きます。
かつて、ヒトラー率いるナチスは600万人ものユダヤ人を殺害し、その内100万人は子供だったようです。
ナチスは、適者生存に関するダーウィン進化論に基づいた社会ダーウィン主義の見解を採用したのです。
わかりやすく話せば、ドイツ人以外の人種は全て進化の過程で、劣ったつまり出来損ないの人間だから、地球上からドイツ人以外の全ての人種の絶滅を目論んでいたらしいです。
  恐ろしいことです。

地上の動物の種類は2011年度調べでは870万種とありました。
しかし、いや、3000万種はあると言う学者もおられるとか。哺乳類、昆虫、その他全ての生き物の多様性を思う時、では、逆に私から皆様に質問します。

それぞれ、一種類づつ見ても、いつ、どのような過程で、どう変化していったのか、なぜ変化(進化)する必要があったのか?

その生物の元は何だったか?

例えば、古代存在したマンモスは人間が食用のため、捉えて、絶滅させた、と言われてますが、ではその子孫と言われる現在の象さんはその時何処に居たのか?
第1、マンモスだって、いつ何からあれほど大きく進化する必要があったのか?
では現在の870万種の生物一つ一つの進化の過程を説明してもらいたいものです。きっと不可
能です!
やはり、人の頭脳では計り知れない創造者の存在無くして生物は存在しない筈です。

以上、この程度では皆様の私への質問に対する答えにならない事も承知しております。
私、酷い睡眠障害の為、睡眠不足で考えまとまらないので、また、体調良い時書きます。

     (*☻-☻*)

#884 2018年12月21日 01:44:21

iris
メンバー

Re: アブラハムの神の限界

オフライン

#885 2018年12月21日 05:47:01

山のアザミ
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

おはようございます

今、出勤前だから、朝は少し頭冴えてるのでお聞きしたかった事思い出しました。

三太郎さんは随分以前から事業起こされていて社長をされてるのですね、素晴らしい!
その名も三太郎商店とか?
商品は何を扱われていらっしゃるのですか?

やはり、お店とか始めるには、資金、人々の需要調べるとか準備も大変でしょうね。
私もこんな生活では希望持てないから、何か始めたいとも考えるので、三太郎さんの経験、ご苦労をお聞かせ下さい!
しかし、都会でないと会社経営は難しいかもしれないですね。… (_ _).。o○

#886 2018年12月21日 07:45:00

三太郎
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

山のアザミさん おはようございます

もしかして文字通りに受け取ってますか。
そうだとしたら、わかりづらくてすみません。

三太郎商店は例えを使いました。
私、普通のサラリーマンです。

・JW をやめる → 退職する
・精神的支柱がなくなる → 収入がなくなる
・それを満たす新しい宗教組織を探す → 転職先を探す
・自営業を始める → 自立。他の宗教組織などに入らず、自力で精神的支柱を探す。

ということでした。

#887 2018年12月21日 08:20:33

通りがかり
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

三太郎さん お疲れ様です。

ここを読んでる大半は初めから理解してるんじゃないかな。
わかりやすい例えでしたよ。

#888 2018年12月21日 11:18:44

めぐママ
メンバー

Re: アブラハムの神の限界

三太郎さん、irisさんありがとうございます。
渋染一揆については、しってましたが、美作騒擾というのは初めて聞きましてなんとおぞましいことと思います。
県北を舞台にした横溝正史の怖いはなし、も実話を元にしたらしいです。
ダイアモンド博士の講義、移民問題について聞きました。シリーズをビデオに撮っていましたが、消してしまったので、詳しくはわからないですが、とにかく色々な角度から見ること大切だと思います。
生命の起源についても、スリランカに降った赤い雨の正体をめぐり様々な意見があるようです。
断定するのは、早いですね。
癌の免疫療法をめぐり様々あるやうですし。

でも血液、唾液の一滴から、早期に発見出来るのは朗報です。
特定疾患治療研究事業も、頑張って欲しいです。
孫娘を預かり疲れたくらいで、ヘコタレていた自分が、情けない。自分で買い物行けるのですから、感謝します。

オフライン

#889 2018年12月21日 12:46:31

通りかかる
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

では、引き続き近所のJW少年と質問さんの予習内容に
注意を払いましょう。

次のプログラムを扱ってくださる兄弟をご紹介します。パチパチパチパチ。

#890 2018年12月21日 17:32:14

聖書についての質問
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

#891 2018年12月21日 18:33:07

ラハム
メンバー

Re: アブラハムの神の限界

わたしも三太郎さんのお話はたとえだと思っていました。
でも、脱塔者には必要な精神態度を表現してくれていると思います。

オフライン

#892 2018年12月27日 12:48:39

横から失礼
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

新世界改訂版 英語の前書きにここ50年の間に英語が変わってきたので
現在の翻訳委員会は改訂版を書かざるを得なくなりましたって書いてあるよ
日本語の変化はそんな急には起きないだろうから改訂版の日本語は作らないだろうね
言語の変化が起こりにくいのならアラビア語がいいよ 1000年前の文書も
そのまま読めるよ 方言がないならロシア語がいいよ
全能の神さまはご意思を伝えるのにどうしてアメリカ英語を底本に
お選びになったのかな frendは単なる知り合いに変わってきたからかな?
エホバは友 はtrue frend  really frendって言わないからかな?
どうして創造の時に永遠に無くならなくて変化しない言語造らなかったのかな

#893 2018年12月28日 16:37:14

聖書についての質問
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

#894 2019年01月04日 15:24:48

聖書についての質問
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

木曜の夕方に近所のJW少年がやってきた。
「予習に来ました。次回のものみの塔は、“真理を買え。それを売ってはならない”で、JWの真理を買うために売り払ったものを一つ一つ数えて、その犠牲の大きさを思いだそう、ということです。」
「真理とはものみの塔の教義の別名なのね。コロコロ変わる教義を真理なんて呼ぶなんて、厚かましいね。買うより、“売ってはならない”の方に力点があるよ。」
「JWが辞めるのを少しでも減らしたいのでしょう。JWはカルトの中でも辞める率が高いほうだと思います。死ぬまでJWというのは、バプテスマを受けた人の中でどれくらいいるのでしょね。」
「辞めるのを減らすために、この記事では、JWであるためにどれだけ犠牲を払ったかを思い出させようとしている。こんなに犠牲を払ったのに、今辞めたらそれが無駄になると思わせる作戦だね。」

「今週のタイトルは、箴言23:23からですね。」
「これは箴言の第4部である22:17から24:34の中の聖句だ。これらの部分はエジプトの“アメンエムオペトの教訓”にそっくりなんだ。」
「アメンエムオペトは古代エジプトのファラオで、“アメンエムオペトの教訓”は、そのファラオが息子に教訓を与えるという形式の、30章からなる知恵文学の傑作とされているものですね。」
「22:17から21が、序文なんだけど、22:20は、新共同訳では、“わたしの意見と知識に従って三十句/あなたのために書きつけようではないか。”とある。30という数字が重要。“アメンエムオペトの教訓”も30章からなるからなんだ。これは、“アメンエムオペトの教訓”の影響を受けているということの証拠の一つなの。ところが、JWの新世界訳はどうかというと・・・。」
「“わたしはこれまでに助言と知識をもってあなたに書かなかったか。”です。30が出てきませんね。しかし、脚注では、“または,「わたしは三十の節(部分)で」。マソ本は明白でない。”と書いています。」
「おそらく、箴言のこの部分が、エジプト文学の影響を受けて書かれていることを隠蔽したいからだろう。箴言はソロモンが霊感を受けて書いたというのがJWの主張だからね。」
「箴言の22:17から24:34は、宮廷につかえる役人向けの教訓集と理解すればいいのですね。」
「そう。例えば、22:29は、“あなたは自分の仕事に熟練した人を見たか。その人は王たちの前に立ち,凡庸な人たちの前には立たない。”だけど、宮廷の役人向けということがよくわかるね。“アメンエムオペトの教訓”にも同じ意味のことが書いてある。」
「今週のタイトルである、“真理を買え。それを売ってはならない ― 知恵と懲らしめと理解を”は、真理の中身が、知恵と懲らしめと理解という意味でいいのですか?」
「そうだね。真理といっても、深遠なものではなく、実際的な知恵、ハウツーのことだ。旧約聖書は自分の生活と直接関係のない哲学的、科学的な問題には関心はほとんど示さない。」
「箴言のこの部分は、現代人とはあまり関係ないということですね。」

「5節では、“真理を買うのにもお金は要りません。でも,手に入れるためには努力が必要です。”とありますが、現金ではなく、タダ働きをすることで払えという意味ですよね。」
「タダ働き分を金額に直せば相当の額になる。他の宗教に比べて、JWであることは相当のコストがかかるよ。」
「6節に、“真理を買うためにどんな努力が必要でしょうか。5つの点を取り上げましょう。”とあります。最初は時間です。自由時間を与えないのはカルトの特徴ですね。」

「8節に、ニューヨークに留学していた真理子がJWになった話がでている。実は、留学先でカルトに入信する日本人は珍しくない。留学先で、言葉の問題や文化の違いで、孤独や不安に陥るからだ。そういった人が見ず知らずの外国人に親切にされて、孤独や不安感がやわらぎ、カルトにのめりこむ。真理子も日本にいたらJWに興味を持つことはなかったはずだ。英語版には、she followed a religious movement that started in Japan in the late 1950’s.と日本語版では訳されなかった情報が出ている。」
「1950年代後半に始まった宗教運動の信者だったんですね。創価学会のことでしょうか?」
「わからないね。日本語版では、“宗教を持っていましたが”と訳している。宗教って持つものなの?日本語としてへんだよ。」
「昔は留学する人はそれなりの覚悟をもち、外国生活に適性のある人が多かったわけですが、今では覚悟も適性もないのに旅行気分で出かけてしまい、孤独や不安に陥って、カルトに付け込まれるという人が増えたということでしょうか。」
「原文のMarikoに真理子という漢字をあてたのは、翻訳者のユーモアかな。」

「次は、お金と物です。真理を買うためには、お金や物を犠牲にしろ、です。9節には、“真理を買うために,お金になる仕事をやめた人もいます。漁師のペテロとアンデレはイエスから「人をすなどる者」になるよう勧められた時,「網を捨て」ました。(マタ 4:18‐20)”とあります。」
「ガラリヤ湖の漁師という仕事がどの程度の収入になったのか知らないけれど、たいしたものじゃないでしょう。ペテロたちの例は、お金になる仕事をあきらめた例と言えない。」
「マタイの話は、ルカとヨハネとは違いますよね。ルカ5章では、奇跡的な大漁を経験したのち、イエスの弟子になったとありますし、ヨハネ1章では、アンデレは漁師ではなく、バプテスマのヨハネの弟子で、ヨハネがイエスを見て、“見よ、神の子羊です”というのを聞いて、イエスについて行ったことになっていますね。」
「その後アンデレはシモンをイエスのところに連れてくる。つまり、マタイとヨハネでは全然違う。」
「この違いを、JWはどうつじつまを合わせているのでしょうね。」

「11節に、真理のためには、友人や親族を捨てろ、とある。JWになると人間関係が壊れることを認めているけれど、悪いのは周りの人間であって、“わたしたちは聖書の真理という規準に従って生きているのであり,分裂を引き起こそうとしているわけではありません。”と自分たちの責任じゃない、と宣言しているのがカルトらしい。」
「独自の教義を掲げて、周囲の人と問題を引き起こすのはJWなんですけどね。」

「11節に、“イエスは「実際,人の敵は自分の家の者たちでしょう」と述べました。(マタ 10:36)”とあるけれど、これは12使徒に言った言葉。しかし、使徒たちが家族に反対されたということは聖書に出てこない。イエスだって家族から反対されていないでしょう。JWが家族から反対されているからといって、この聖句を強調するのはどうかな。」
「コリント一9:5には、“わたしたちには,ほかの使徒や主の兄弟たち,またケファと同じように,姉妹を妻として連れて歩く権限があるのではありませんか。”とありまして、使徒たちはそれなりに幸せな家庭生活を営んでいるようです。」
「“姉妹を妻として”というのはへんな訳だね。“信者を妻として”だろう。新世界訳だって、英語版では”a believing wife“となっている。ケファつまりペテロのしゅうとめはイエスによって病気をいやしてもらいイエスに仕えるようになったと、マタイ8:14,15に書いてある。使徒たちの家族は協力的だ。」

「12節は笑えます。神の名をエホバと教えてもらって感激し、エホバの証人になったユダヤ人のアーロンの話がでていますが、現代で神の名をエホバと言っているのは、エホバの証人だけです。ものみの塔内部だけでしか通用しない真理です。」
「エホバという読み方は16世紀になって作られたもの。それ以前の人は、イエスもパウロもモーセもアブラハムもエホバなんていう名前は知らない。」

「さらに、真理を買うために、13節で、“神に喜ばれない考えや行ない。”、15節で、“聖書に反する慣行”をやめるようにとあります。あれこれと行動を制限するのもカルトの特徴ですね。」
「14節の、デビンとジャスミンの話は感動的だけれど、嘘くさい話だ。」
「二人は酒浸りの生活破綻者だったけれど、JWがやってきて、信者になり、立派な人になりました、という決まりきったパターンの話ですからね。」
「前半部分はいいよ。だれからも相手にされない鼻つまみ者が、善良そうな人に親切にされて感激しカルトに入信。よくある話だからね。でも日本語訳はこの辺を適当に訳しているのが残念だ。“まさか本当に家に来るとは思っていなかったのです。”は、“They had not expected the missionaries to care enough about them to come to their home.”だよ。“家に来るほど彼らのことを本当に気にかけているとは思わなかったのです。”でしょう。社会的に差別され孤立している自分たちのことを本当に気にかけてくれた、という体験がカルト入信のきっかけになるのは、刑務所の囚人の事例などよくあること。」
「翻訳ですが、“ジャスミンが酔って町を歩いていると”は、“道路を歩いていると”の間違いです。後で“村の人たち”とでてくるので、この人たちは町に住んでいるのか村に住んでいるのか、どちらなのかと混乱しました。」
「信じられないのが、その村の人の反応。“2人の変化は村の人たちに知れ渡り,多くの人が聖書を学ぶようになりました。”となる。いったいどこの村?それから、二人は酒をやめたとあるけれど、本当は、“they decided to give up alcohol”で、酒をやめることを決めただけだよ。アルコール依存症からはそう簡単には立ち直れない。」
「今頃は元に戻って、酒浸りかもしれませんね。」

#895 2019年01月05日 00:48:59

卓郎
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

>>954 三太郎
Q「進化 = 神は存在しない」の図式は成立しません
同感だね。僕は学校の教科書を信じてるので進化論を信じてますが神を信じてます
死生観なんて歴史的や化学的に説明なんて出来る訳がない
歴史では1万年前はメソポタミア文明の縄文時代で弥生時代に繋がります。
「大洪水で縄文人が絶滅してノアの子孫達が日本に上陸して縄文土器を引き継ぎ弥生時代に成った」
↑こんな事を教えてるキリスト教系の大学は存在しません。
神道だって天照大神やスサノオ伝説が有りますけど歴史じゃなく古典や文学だとちゃんと解ってます。
死んだら神仏だって死生観を信仰するだけです
宗教は歴史や化学では無く死生観に過ぎないので、騙す騙さないは無い筈じゃない?
ものみの塔がどうのと人生の失敗を他人のせいにするのって根本的に勘違いしてたに過ぎない

>聖書的創造論の最大の盲点は、「人間以外の生き物は人間のために存在する」全ての生き物には霊が宿り本体であると信じるに至っています。

↑同感だね。聖書を矛盾に感じたなら大丈夫、既に神道を立派に信仰してる
刑事ドラマでこんなシーンを頻繁に見ませんか?
公園で遺体が見付かり「警部、指名手配中の○×です」。それでも刑事は遺体に仏として手を合わせる。
金田一少年の事件簿でも犯人が自殺病死した場合はお墓詣りして手を合わせます。仏の罪を糾弾しません
仏教神道では殺人犯でも死後は神仏に成るので罪人じゃないです
つまりハルマゲドンが定義上存在しない。信じる信じない以前の問題ですね。
世間ではこの仏教神道の死生観がスタンダードです。
ハルマゲドンが来ない事に苦しんでるなんて馬鹿丸出しです
死生観を変えて「死後は罪人じゃない」と考えれば、殺人犯が逃亡中に罪を償う事無く死亡しても不満じゃないでしょ?

#896 2019年01月11日 17:19:35

聖書についての質問
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

#897 2019年01月15日 00:07:22

三太郎
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

#898 2019年01月18日 16:45:03

聖書についての質問
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

#899 2019年01月25日 17:14:57

聖書についての質問
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

#900 2019年02月01日 16:45:16

聖書についての質問
ゲストユーザー

Re: アブラハムの神の限界

木曜の夕方に近所のJW少年がやってきた。
「予習に来ました。次回のものみの塔は、“エホバの考えを自分のものにしていますか”で、お金について、服装や身だしなみ、ラップダンス、性的誘惑、他宗教への寄付、輸血、仕事と集会の優先順位について、組織の指示に従えという内容です。」
「ラップダンスって?」
「脚注によると、“ダンサー(セミヌードの場合が多い)が客のひざの上に乗って腰を動かすダンス”だそうです。」
「この説明では、よくわからないな。小学生が集会で、“ラップダンスって何?膝の上に乗ってどうして踊れるの?”って聞いたらどう説明したらいいんだろうね?」
「このスマートフォンの映像を見せればいいんですよ。見てください。よくわかりますよ。」

***3分後***

「よくわかった。タップダンスとはだいぶ違うね。12節で、“世界各地でラップダンスというみだらなダンスがはやっています。”とあるけれど、執筆者の妄想爆発というところだね。」
「脚注には、“状況次第では,性的不道徳として審理措置が取られるかもしれません。”とあります。アメリカのJWの間で、結構流行っているんですよ。」
「2人の目撃者がいなければ、問題にならないだろう。3人以上で行かなければいいんだよ。」

「最初の挿絵はイエス誕生の様子です。この時マリアは10代半ばという年齢と推定されるのでしたよね。」
「当時の女性の結婚年齢がそれくらい。挿絵のマリアは大人すぎる。」
「挿絵では男の子3人と女の子2人が描かれています。家族構成はこれでいいんですか?」
「マルコ6:3に、“これはマリアの息子,そしてヤコブ,ヨセフ,ユダ,シモンの兄弟の大工ではないか。それに彼の姉妹たちもわたしたちと一緒にここにいるではないか”から、イエスには4人の弟と数は不明の妹がいたとされる。描かれているのは、まだ4番目の弟が生まれる前の家族構成なんだろうね。」
「イエスの養父であるヨセフは影の薄い存在ですが、なぜですか?」
「早く死んだからだろう。ヨハネ19:26,27では、“イエスは,自分の母と,自分の愛する弟子がそばに立っているのをご覧になり,母にこう言われた。「婦人よ,見なさい,あなたの子です!」次に,その弟子に言われた,「見なさい,あなたの母です!」 それで,その時から,その弟子は彼女を自分の家に引き取った。”とある。イエスは自分の死後マリアの世話をするように弟子に言っている。マリアが未亡人だからと解釈するしかない。」
「7節に、“神は貧しい夫婦を選んでイエスを育てさせました。”とありますが、イエスやその兄弟たちは女手一つで育てられたんじゃないですか。そもそもヨセフは神に選ばれたわけじゃないですよ。選ばれたのはマリアで、たまたまその婚約者がヨセフだったというだけです。ヨセフは、神様から見ればどうでもいい存在なので、さっさと死なせたんじゃないですか。」
「面白い説だね。7節に“でもエホバにとって大切だったのは,神への崇拝を第一にする家族の中でイエスが成長することでした。”とあるけれど、おかしいことがわかる。それならなぜヨセフを早く死なせたの?とにかく、ヨセフすら神様は守ってくれなかったのだから、普通のJWは神様からの助けなんか期待するなよ、ということだね。」

「8節に、“エホバはわたしたちとの関係を一番大切に思っておられます。”とありますが、誤訳ですよね。」
「元の英文は、“Jehovah considers spiritual matters to be of supreme importance.”だから、霊的な事柄を一番大事に思っているわけで、私たちのとの関係ではない。神様は気に入らない人間は遠慮なく殺してきた。いつから人間の友達になったの?」

「10節に、“例えば,あなたの気に入っている服装や身だしなみが,会衆のある人たちに不快な思いをさせたり,不道徳な考えを抱かせたりするかもしれません。そのような場合,自分の好みを優先しますか。”とありますが、この文章は、統治体の老人が不快に思うから、タイトパンツはだめということを、言い換えただけです。外見は権力者の好みに合わせないといけない、JWには好きな服装や髪形をする権利はないということを、優しく言っているだけです。」
「外見にこだわっている割には、服装について規則を設けたりはしないのが統治体だ。個人の権利や自由を制限することに対して責任は取りたくないからだろう。責任は会衆の長老という末端の管理者に押し付ける。」

「14節で、JWお気に入りのヨセフがポテパルの妻の誘惑を退けた話が出ています。“携帯電話に,性的に露骨なメッセージや画像が送られてきたら,どうするでしょうか。エホバの考えを学んで自分のものにし,どう行動するかを前もって決めておきましょう。”とありますが、無理ですよ。統治体の性的妄想には付き合いきれませんね。」
「輸血のことなども、ありとあらゆる事態を前もって想定しておけ、とあるけれど、無理な要求だ。JWは人間は不完全だ、とよくいう。それなら不完全な人間でも実行可能なことを要求すべきだ。ところがいつも無理な要求ばかりだね。」
「実行できないような無理な要求をして、信者に罪悪感を抱かせ、もっと頑張らなくてはいけないと思い込ませるカルトの戦術です。」

「15節には、ダニエル書3章の話が出ています。3人のヘブライ人が、“ネブカドネザル王が建てた金の像を崇拝することをきっぱりと拒み,自分たちの立場を伝えました。”と、褒めたたえています。これはどの程度史実なんでしょうか?」
「ほぼ100%創作でしょう。ヨセフの話も、ダニエル書の話も、宮廷物語というジャンルの話の決まりきったストーリだ。1)宮廷につかえる恵まれた主人公がいる。2)主人公が危機に陥る。たいていは陰謀によって。3)主人公は死刑宣告あるいは投獄される。4)様々な理由で、主人公は解放される。5)主人公は前より高い地位に就く。メデタシメデタシ。このダニエル3章の3人の話も同じパターンだ。主人公たちは宮廷での出世を望むだけで、愛国者のくせに決して自分の国に帰らせてくれなんて頼まない。宮廷物語というジャンルだからだよ。」
「3人は、3:12では、“バビロンの管轄地域の管理”をしているのですが、ネブカドネザル王の初期という時代でこのようなことがあったのでしょうか?」
「征服した、反抗的な民族の人間を高官に登用するなんてことはありそうもない。3:2には様々な官職が列挙されているけれど、ペルシャ時代のもので、3:21に“マント,衣,また帽子その他の衣服を着けたまま縛られ,”とあるけれど、ここで使われている服に関する用語もペルシャ時代のもの。3:5には楽器が列挙されているけれど、3つはギリシャ語由来の名前で、西暦前2世紀のもの。物語の細部はバビロニア時代ではなくて、後のペルシャやギリシャ時代を背景にしている。書かれたのは西暦前2世紀ごろだろうね。」
「ネブカドネザル王の在位は西暦前605から562年なので、書かれた年代の400年くらい前のことを描いているのですね。著者が、バビロニアの官職や楽器名を知らなくても無理はないですね。」
「JWの出版物では、在位は西暦前624から582年と約20年ずれている。これはエルサレム陥落の年を20年ずらすというインチキを行っているから。」

「16節から、輸血拒否の話になるわけですが書き方がいやらしいです。」
「“わたしたちは皆,全血や血液の4つの主要成分の輸血を避けることを固く決意しています。”とある。いつJWはそういう決意表明をさせられたの?輸血拒否の教義はJWの教義の中でも最も有害で愚かな教義だ。血液の4つの主要成分なんて発想は非聖書的で、非科学的で、バカバカしい。」
「血漿、赤血球、白血球、血小板を血液の4つの主要成分としています。これはダメなんですが、これをさらに成分に分ければ輸血可能です。例えば、赤血球の主要成分であるヘモグロビンだけなら問題ないことになっています。統治体も、輸血禁止の教義を実質的に変更しつつあるということです。JWは、その暗黙のメッセージを受け取って、輸血を受けて自分の命を守ればいいのですよ。」

「聖書にある血を避けよというのは、食物として血を食べるなということで、輸血を禁止したものではないからね。」
「JWの出版物に、アルコールを飲むことを禁じられている人が血管にアルコールを入れてよいでしょうか、というたとえがあります。」
「血管にアルコールを入れるのは、アルコールを飲むことと目的、結果が同じだ。だからダメとなる。しかし、血を食べることと輸血は目的と結果が違う。輸血をアルコールを血管に入れることに例えるのではなく、アルコールで傷を消毒することに例えるべき。アルコール禁止の人でもアルコール消毒は問題ない。」
「聖書が言っているのは血を食べるなだから、本来なら、JWは、肉を食べる前には正統派ユダヤ教徒のように水に1時間肉をつけておくようにすべきです。」
「そんなことをしているJWはいないだろう。輸血ばかりにこだわり、本当は血を避けることを真剣に考えていない、いい加減な宗教というしかないね。」


こちらは閲覧専用のアドレスです。

投稿は 掲示板 v2 からどうぞ。


Board footer