#751 2018年07月13日 23:23:04
- 三太郎
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
ラハムさん、私も偉そうなこと言ってますが、実はいつもの飲み屋にいけば、その日のオススメ品のボードにある刺身などを毎度注文して食べています。
そうですか。魚も痛みを感じるんですね。
しかし、肉や魚は直接食べなくても、加工品や調味料に何らかの形で含まれています。
今のところ全く避けることも難しいし、刺身や干物が食べられなくなると正直つらいものがあります。(^^;
ヴィーガンと呼ばれる絶対菜食主義者たちは、人間は動物性のものを摂らなくても十分生きていけると主張しています。
そのあたりは専門家に聞かないとわからないのですが、一日青汁一杯だけで10年以上も生きている人もいます。それどころか、世界には不食で何十年も生きている人もいるようです。
ただ、犬や猫の場合はどんなに訓練しても、穀物や野菜だけで生きていけるとは思えません。
JW解釈によれば、ライオンなどの獰猛な動物も大洪水前は草食であったとしていますが、これは論外でしょうね。
誰かに興味深い投稿をお願いしたいです。
近所に森林公園があって、週末はそこに住みついている猫に私も餌をあげています。
よく野良猫にエサを与えてはダメだとか言いますが、勝手に捨てておいて何を言ってるんだという感じで、そんなのは無視ですね。悪いですが。
公園の猫の一匹は自分のことを覚えてくれて、ストレッチをやっているとニャーニャー言いながら近づいてきます。
餌をあげて食べ終えると、さっさとどこかへ行ってしまいます。昨年の冬はダンボール箱で防水仕様のネコハウスも作ってやりました。見に行ったら他の猫が入ってました。(笑)
#752 2018年07月14日 13:17:34
#753 2018年07月14日 17:38:01
#754 2018年07月16日 11:52:58
- 三太郎
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
山のアザミさんが投稿の中で、贖罪のための動物の犠牲について嫌悪感を述べていましたが、私も同じで、何も知らない動物にしてみれば迷惑千万以外の何物でもないと思います。
JW時代、この残酷な儀式について、周りの兄弟姉妹たちはあまりどうこう言うようなことはなかったと記憶しています。自然の情愛より聖書の記述を優先するJWは、残酷性があっても、それも仕方なしと短絡的に受け入れていたのでしょう。でも、山のアザミさんのように疑問を持たれていた方も結構いたのではないかと思います。
神への供儀として生きた動物を供える、いわゆる生贄(いけにえ)という儀式は、古代イスラエルだけに見られるものではなく、先史時代から世界中で行われてきました。それは動物だけではなく人間もその対象であり、メキシコ中央部に栄えたアステカの人身御供などはあまりにも有名です。日本でも雨乞いのために牛馬を生贄にしたという記録が日本書紀の中にあり、河川氾濫を抑えるために人柱を立てたという伝説が各地にあります。
旧約聖書の生贄は贖罪のため、つまり罪の赦しを得て神との良好な関係を保つという目的がありますが、世界中に見られる生贄の多くは、贖罪というよりは人間を超越した存在への願い、またその存在の怒りを鎮めることによって、豊穣や子孫繁栄、共同体や国家の安泰などの恩恵を受けようとするものであるようです。
それにしても、神をなだめて恩恵を受けるための供物として、何故生きた動物や人間を選んだのでしょうか。
それは「最も価値のあるものでなければならなかった」ということです。
天災などの抗うことのできない強大な大自然の力を鎮めるためには、最も大切で最高のものを差し出さなければなりませんでした。生活の糧の全てを大自然の営みに依存するしかなかった彼らにとって、安定や安心というかけがえのない対価を得るためには、余剰のものではなく、その時点での最高のものを捧げる必要がありました。
生贄の多くは、首を切って血を滴らせたり、胸を切り開いて心臓を取り出すなど、血なまぐさい儀式が圧倒的に多いこという共通点があることから、古代の人間は、間違いなく植物よりも血の通った動物の方を重要視し、血を特別なもの、神聖なものと捉えていたと考えられます。究極は人間の血ということになるのでしょう。
そう考えると、同じ労働力の産物でも、カインが神に捧げた農産物は、アベルの肥えた羊の初子と比べると明らかに数段劣るものであったということになります。
私は、これでやっと長年の謎が解けたという思いでした。
カインは決して悪い人などではなく、当時の慣習によって、捧げ物のレベルで差別されました。(その後ブチ切れてしまったのは良くなかった...)
ですから「神は両者の捧げ物より人間性を見抜いていた」などという解釈は、まさに現代人の発想なのです。
そして驚くべきは、生贄の慣習は発祥地があって伝播したものではなく、世界各地で自然発生的に興っているということです。ここに先史時代の人間の共通の本性や観念を窺い知ることができます。
結論を言わせてもらうと、生贄の儀式は、神もしくは万象を司る存在が命令したものなどではなく、抗うことのできない厳しい自然の中で生きる、人間の自発的で本能的な行為に他なりません。
現代のような知識の無かった先史時代の原初の観念によるものであり、旧約聖書の贖いの儀式はこれを引き継いでいるものとみてよいと思います。
時を重ねるにつれ人々は、動物や人間の犠牲を捧げても何の効果もないことに徐々に気付いていきます。
そして科学がそれにピリオドを打ちました。この点においては、悪しき慣習から解放した科学の功績は本当に大きいと思います。(発展途上国では未だにやっている国もあり、一部の新興宗教でも見られる。キリスト教圏ではイエスの贖いの犠牲によって贖罪は完結したことになっている)
ついでに言わせてもらうと、殉葬や殉死も、もはや現代人には受け入れられないものです。
殉葬や殉死は、犠牲とは意味合いが異なりますが、「死ぬ必要がないのに死ななければならない」という点では似たようなものです。
特に日本の江戸時代初期の殉死はひどい。当時は主君が死んでも後を追わない者は、臆病者と見られる風潮がありました。
例えば、伊達政宗が死んで追腹をした家臣が15名。更に殉死した家臣の臣下の追腹が5名。計20名が殉死しています。この慣習でどれだけの有能な人材が消えていったことか。殉死は国の大損失です。(後に幕府は殉死禁止令を出した)
贖いの儀式も、殉葬や殉死も、損失しか残りません。
#755 2018年07月20日 05:16:28
- 山のアザミ
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
三太郎さんの洞察力、知識に、私の目が拓けた気がします。
聖書の罪を思い起こさせる為の動物の犠牲は、罪の無い動物にとって本当にいい迷惑です。
アステカ人の残虐な儀式も、人や生命への尊厳の無い、無駄な行為ですね。
しかし近年の戦争中の特攻隊というのもある意味生贄と思えます。
話し変わって、人の動物に対する扱いについて。私の住まいからクルマで5分程山道を登ると金峯山 牛伏寺(ごふくじ)があります。756年唐の国から善光寺へ奉納する為の巻物600巻を二頭の牛に運ばせる途中、この地で倒れたから、この寺の住職が霊感を感じ、牛伏寺(うしふせ寺)と改名して祀ったという。一頭づつなら300巻、非常な重量だったはず。背負って険しい山道を歩く牛たちはとても苦しかったでしょう。倒れてもおかしくないのに、霊感を感じたとか…何て人の都合いい発想なんでしょう!近年は1月になると全国から何かの御利益とかで参拝者が押し寄せ、周囲の道路が渋滞して迷惑してます。
聖書を離れると、今まで目を向けなかった場所に気づくようになり、人の習慣の愚かさ、滑稽さを感じるようになります。
長年、聖書にのめり込んで来た者にとって、真の神でないとなると、身を寄せる拠り所、生きる場所が無くなります。毎回呼んだあのお名前が偽りとなると、一体何に心を寄せ頼ればいいのでしょう。…
#756 2018年07月20日 21:42:23
- ジョエル
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
#757 2018年07月20日 23:08:18
- KY
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
「わたしはお前たちの先祖をエジプトの地から導き出したとき、わたしは焼き尽くす献げ物やいけにえについて、語ったことも命じたこともない。 」(エレミヤ7章22)
そのずうっと前にイサクを捧げるようにアブラハムに命令しましたよね。途中で気が変わってその辺にいた羊になったけど。捧げ物の元々の発想はどこから?
#758 2018年07月20日 23:21:32
- iris
- メンバー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
ささらほーさらさん、こんばんは。
突っ込みありがとうございます。
宗教には飛躍が付き物ですよ。飛躍のない宗教なんかないと思います。
何にでも飛躍なしで説明がつけられる人には、宗教は要りません。理詰めの人生で十分だと思います。
ただ私は、世の中には理屈で語れないものもたくさんあると思っておりますので、自分にとって必要ならば、宗教の物語を利用して納得しようとすることもあります。
重大な決断や重大な試練を前にして、誰かに背中を押してもらいたいけれど、適当な人がいなかったら…
自分の中の神さまに打ち明けて「大丈夫だよ」と言ってもらう。
何の根拠も保証もなくても、それで勇気が出る人も世の中にはけっこういるものですよ。理解できない人には全然できないでしょうけれどね。
オフライン
#759 2018年07月21日 07:05:38
- akame
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
#760 2018年07月21日 08:49:43
- akame
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
ご存知のように、人身御供は日本神話などでも出てきますが、
中国では、殷墟の宮殿の基壇の跡から850人分の武装した軍隊の人骨が戦車ごと出土しており、中には高い身分と思われる人物まで含まれていた為、殷の国民も人身御供の対象にされていたと推測されている。ようです。
社会心理学的には自然発生説が有力かもしれませんが、「霊?からの命令」の体験も多数あり、それら全てを幻覚や妄想の類いだけでは括れない事象もあるように感じています。
#761 2018年07月21日 09:02:44
- akame
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
幻覚や妄想の類い→幻覚や妄想、或いは権力者の謀り
#762 2018年07月21日 09:55:44
- ジョエル
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
話題が前後しますが
宗教や職業、場所によっては結婚相手さえ選べなかった時代に、キリスト教は神の主権や予定説で信者をしつけていたのに、社会が近代化して自分で選べる幅が広がると「どうやって決めたらいいのか」「何が神様の御心なのか」分からなくなっちゃった人たちに「御心症候群」というワードを使うのは、1975年には統治していなかったおじさんたちが「特定の年代に仕えていた人もいたみたいですね」と他人事のように書くのと似ています。
そういう意味では、JWもプロテスタント系の変異種なので、似たようなことをやっていると思います。
いずれものみの塔も中沢氏のような記事を書くことになるのかもしれませんが、私的にはカトリックシスターのぶっちゃけたシンプルな一言が好きですね。
#763 2018年07月21日 12:18:33
#764 2018年07月21日 13:37:08
- 元山の手住民
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
宗教=ビジネス(金儲け)が目的。
金儲けでない宗教組織はこの世界に一つもありませんよ。教祖が自腹切って信者に施しているのがありますか?
#765 2018年07月21日 16:21:06
#766 2018年07月21日 18:31:53
#767 2018年07月21日 19:25:21
- 三太郎
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
鬼太郎さん
それ、私もトピのタイトルから脱線してきたかなと思ってたところです。
後ほど違うところで。
ちょっと面白くなってきました。
#768 2018年07月21日 19:46:11
#769 2018年07月22日 08:07:46
#770 2018年07月22日 11:14:28
- 山のアザミ
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
酸いも甘きわたしのJW人生
というのがこのサイトのタイトルなんですね、すみません、よく理解せず、書きたい放題でずれてたのは私もです。ては、あの時代の体験書きますね。
そういえば、ずっと気になって脳裏から離れない出来事があります。若い頃初めて地域大会に出席した時。1日目の真夜中に、亡くなった母が天井を恐ろしい形相で舞っていました。私は教えられたとうり「エホバ!」と叫ぶと何秒か経って消えたような記憶があります。後、気を失いました。2日目の真夜中は、ベット上の足元に置いたはずの白熊の大きなぬいぐるみが私に覆い被さっていました。見ると、ちゃんと足元にぬいぐるみは1つあります。私はやはり出ない声を振り絞り、「エホバ!」と叫ぶと、しばらくして真っ黒な魔物に変化して消えました。私が真の神に近づくのをサタンが妨害する為、脅してきた、と納得してたのですが、最近、検索すると、全く逆でエホバの組織が悪霊集団だとの声を随分ありました。ならば、あの時大会場から悪霊が憑いてきたことになります。証人仲間から聞く話は実は、君悪いものばかりでした。それも、真の神から引き離すため、サタン配下の悪霊が脅してるんだよ、と聞かされましたけと。気味悪い現象ばかりではありません。ずっとのちに、友人に聖書見ながら、長い聖句をメールで書き込んでいる時、携帯の予備欄に聖句が1文節ずつ、浮かび上がり、私は楽にそれを写していきました。神が助けてくれたユーモアと思いました。その頃はガラケーでその聖句は初めて送るもので、インプットされてはいないのです。
その他、家の屋根にドスンドスンと、大男が歩くかの様な音を過去二回聞きました。瓦屋根なのに変?と感じたけど。それは聖書でいう天使で、人々に何人かの天使が付いている、と聞いていたことと一致した気がしたから、納得しました。これらは何処からくる体験だったのでしょう。
しかし、内部の異様さは何処の会衆も同じで、自分が意見を言う事は、正しくても許されず、「貴女は危険だ」など、地帯監督から言われた事さえあった事思い出します。
今思えば、屑の悪霊集団になんと真面目に仕えて来てしまったんでしょう!聖書そのものも人が書いたものに過ぎないとわかると。
本当!残り少ない人生でも変わって素晴らしいものに埋め合わせがなければと、悲しい胸中です。
#771 2018年07月22日 13:39:41
- 三太郎
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
#772 2018年07月22日 14:10:52
- 山のアザミ
- ゲストユーザー
Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~
三太郎さん、
ご親切に教えてくださってありがとうございます。私はスマホ、つまりアイホンで投稿しています。パソコンは仕事で何度か使用した初級程度で、狭いアパートには置かない主義です。
アイホンを何とか学習しながら、使い方を覚えて約2年ですから。(^^;しかも、原稿書きながら、途中何かの操作で全部消えてしまったりします。それでまた、長々と繰り返し…。消さず書く方法ありますか?ホント、私、機械オンチです。デジタル時代だというのに。酷暑ですね、こちらは扇風機、温かい風来ますが、ま、我慢出来ます。夜間は涼しいし。でも、お酒飲みながらなんて…文章の中の学者風な感じの三太郎さんが実在の生身のユーモラスな人とわかり楽しいです。(^^)
それで体験は別のサイトなんですね、探してみます。(^-^)v