#51 2017年04月04日 22:26:09
- seiei00r
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
モトシモベさんの書き込みの引用:
「
soraさんは現役のJWとお見受けしますが
① (資格ある立場の)兄弟であれば演台から、または(模範的な立場の)姉妹であれば割り当てや奉仕の会話に、この掲示板で展開されているような持論を公言されるのでしょうか?」
と書き込んだ、モトシモベさんの質問に対して、
「
自分の意思で、自分で考えて、聖書に基づいて決定してください、というのは頻繁に話します。統治体が間違いをすることも話します」
という答え。
ポイントは、
「割り当てや奉仕の会話で、このような持論を公言されますか?」という部分。
(ばかばかしいけど、あえて)註解するなら、
「自分の意思で、自分で考えて、聖書に基づいて決定してください、というのは頻繁に話します。統治体が間違いをすることも話します」
というこの答えで、soraという人間がエホバの証人ではない、まったくの偽り者だということは、元エホバの証人なら誰でもわかるし、研究生でもわかる。
割り当てや奉仕の会話で、「統治体が間違いがすることを話します」。
ふざけた書き込みをするんじゃない。
#54 2017年04月04日 22:44:24
- Sora
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
カレブ(Admin)さん
>わたしは平均的なエホバの証人が以下のようなパンフレットを
家々に配っていたと認識していますが、違うのですか?
に対して私は返答をいたしました。
その中でいくつか質問いたしましたがそれは無視ですか?
ご自身は質問して、回答があったら無視ですか?
エホバの証人は他の人の非難に耳を貸さないと言える立場ではないですね。
#55 2017年04月04日 22:50:15
- Sora
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
#57 2017年04月04日 22:56:01
- ワーゲン
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
初書き込みです。
誕生日に関する議論の行きつくところは、結局のところ祝うことを禁じる十分な聖書的根拠があるのかどうか、ということだと思います。
そしてその答えは「聖書に明確な記述があるわけではない」ということです。
高等教育にしても乾杯にしてもそうですが、個人が聖書の示す原則と良心に従って下せばいい事柄について、統治体が代わりに決定を下していることに問題があるのだと思います。
ややパリサイ的だと感じてしまうのがここです。
エホバの証人は全体としてとても善良だと思います。
でもだからこそ期待も大きくなり、それ故に失望も大きくなってしまうのかもしれません。
非常に残念です。
#58 2017年04月04日 23:06:50
- seiei00r
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
「私がエホバの証人でなかったら、どういう人だと思われたのでしょうか?」
誠実さのまったくない、「ふざけた人間」だと思いました。
まったく自分に自信が持てない人間が、ただ、(偽りの)誰かの正義を借りて、自分を憐れみ、自分の憂さを晴らすために書き込んだのと思いました。
なぜなら、「エホバの証人が個人的に統治体の不備に関して」話すことはあっても、それを「公の」場で話すことなどありえないからです。
ただ、もしあなたがカレブさんの書かれている通り、
「聴衆が組織の疑いや過去の見解の訂正などに躓いているかもしれないが人間は不完全であるから躓かないようにと聴衆をいさめる」ということを、ほんとうにエホバの証人として公的な場で発言していたならば、私の理解が至らず、申し訳ないことを書き込んだと謝罪します。
その意味なら、そうしたことを公的に発言することはありえるからです。
#59 2017年04月04日 23:13:16
- Sora
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
#61 2017年04月04日 23:28:33
- モトシモベ
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
#62 2017年04月04日 23:32:52
- ワーゲン
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
soraさん
統治体の成員でも間違いを犯すことがあるというのは、多くのエホバの証人が理解し受け入れていることだと思います。
しかし、グループとしての統治体が間違った決定を下すことがあるというのは、エホバの証人は認めていないと思います。過去の見解を訂正した場合も、決して謝罪をしないのはそのためです。
輸血の問題などが代表的ですが、聖書的根拠が不十分な事柄について、「統治体の見解」を聖書の教義と同義として従うことを絶対とすることに、どうしても私は違和感を感じてしまいます。
統治体がこの面で慎みを示すことにもう少し率先してくれればと思います。
#64 2017年04月04日 23:45:21
- Sora
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
#66 2017年04月04日 23:54:00
- Sora
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
adminさん
>このサイトの主題をご覧ください。「エホバの証人研究」です。もし「カルト研究」となっているのにエホバの証人だけをターゲットにしていたら文句をいわれるのはわかりますけど、なぜこのサイトでエホバの証人だけを取り上げていることを批判されるのか理解できません。
答えになっていませんね。
その理論だと、エホバの証人が「偽りの宗教」という題名の出版物を作ってその中で他の宗教を批判してもなんの問題もないことになりますよね。
でもあなたはそのことを否定されました。
矛盾しています。
私は統治体の間違いも認めますし、認めた上でも信頼できるところが全体として多いので引き続き信頼しています。
そして間違いについても仲間と全然話しますよ。
こういう文章を見ると
JWから離れた人やJWを嫌いな人は
JWそのものではなく、それを変な仕方で運用した一部の人が嫌いなケースがほとんどだと思いますね。
それから、人の所属するグループのことをテロ支援国家である「北朝鮮」のようだとレッテルを張るのは人としてどうかと思いますよ。
ネガティブキャンペーンを張るだけの人は
他人にすぐレッテルを貼りたがるという、これもまたステレオタイプですね。
#67 2017年04月04日 23:57:11
- 荊軻
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
#69 2017年04月05日 00:05:42
- Sora
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
#72 2017年04月05日 00:24:56
- モトシモベ
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
#73 2017年04月05日 00:26:18
- Sora
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
#74 2017年04月05日 00:44:37
- カレブ
- Administrator

Re: 聖書と誕生日について
Soraさん
>カレブさん、あなたの主観やレッテル貼りの内容が増えていますよ。
レッテル張りというよりも
出来るだけ具体的に事例をあげるため
ものみの塔の引用やスキャンとかを張っているつもりです。
サイト全体にわたってわたしは単なる主観ではなく
事実に基づく内容を提供するように心がけています。
Soraさんはエホバの証人の信者として
組織に対する批判を受け入れるのは難しいと思いますが
以前はSoraさんのように考えていた人が
西暦前607年や他の教理の明確な間違いを理解して考えを変えています。
>誰かが何かをしたことに、後から非難や否定を投げかけるのは容易いですが、幸せですか?
こういう質問も一つ一つ答えること期待されてるのですよね。
答えは、ものみの塔の間違いを指摘すること自体は
わたし個人の幸せとも不幸とも影響はあまりありません。
>本当に建設的なこと、ポジティブなことにご自身の時間や能力を使われたらいかがですか?
わたしにとってはこのサイトで指摘していることは一般的な見地で
ポジティブとかネガティブとかの基準で測られるものではないと思います。
少し前にも説明しましたが、わたしが ものみの塔の偽りを指摘するのは
エホバの証人が他の教会の偽りを指摘しようとすることと動機は重なる部分があると思います。
幸せを願ってくださりありがとうございます。
ぜひサイトの中の情報をじっくり調べてみてください。
オフライン
#75 2017年04月05日 01:04:33
- Sora
- ゲストユーザー
Re: 聖書と誕生日について
Adminさん
私は批判的な情報も全て統合した上で、やはり信じているのですよ。
鬼の首を取ったかのように607年、607年と繰り返しますが、考古学的なものは判断に幅が出て当然です。あなたが引用していない、JW側を裏付ける研究者も世界には多数います。
また一部分を切り貼りしたスキャンをアップしても恣意的な結果をもたらすだけでしょう。
私があなたの過去の発言の不用意な文章だけをきりはりして、Adminさんはどうしょうもない人間だと示すものを作ることもできるわけです。
サイトの中身を調べるよう私に提案してくださいました。
私もあなたにご提案したいことがあります。
聖書の理解では、私とあなたは相入れることはないでしょう。
でも人類が普遍的に受け入れることのできる良書がありますよね。
「7つの習慣」
「人を動かす」
など。
誰もが認める良い本です。
こういう良書をしっかり読みこなしても、
あなたは今しているように
このサイトの運営やJWへのレッテル貼りにご自身の時間を用い続けるのか、試してみてください。
どうぞご自愛ください。
ありがとうございました。