#126 2016年06月18日 10:23:24
- yangmask
- ゲストユーザー
Re: 聖書のみで607年は覆る
>「あなた方が断食を行なって+泣き叫んだ時,」
ここですね。そのように、泣き叫びながら断食をしたのは、バビロンに幽閉され卑しめられていた期間だけです。解放後は、そのように嘆きながら断食する必要はもはやありませんでした。
それに、エレミヤの70年の預言が成就したことは、当時のユダヤ社会ではよく知られていたはずで、この時期に「70年」と言えば、当然、バビロンでの流刑期間を指しているというのが常識だっただろうと思います。
#127 2016年06月18日 16:34:25
- ガリレオくん
- メンバー

Re: 聖書のみで607年は覆る
う~ん、ヤングさんの見解は理解しました。でも繰り返しますが私はゼカリヤ7章の代表者とエホバとのやり取り、代:「これまでずっとやってきた断食をすべきか?」エホ:「それは70年やってたよね」この中に「90年」及び「70年+20年」という考えを含めることは難しく感じました。この件は以上であります(`・ω・´)ゞヤングさんもお付き合いくださりありがとうございました。「そんな風に考える人もいるんだな~」と見聞を広げる意味では皆さんも収穫があったのではないでしょうか?解釈の違いで見方が変わる・・昔、かのSKさんとのやり取りでもあったような・・
やはり詰まるところ我が人生ですから自分自身が何を受け入れて、それに基づいて自己責任でどう行動するかですね。いろんな生き方があります 
オフライン
#128 2016年06月18日 18:20:32
- yangmask
- ゲストユーザー
Re: 聖書のみで607年は覆る
そうですね、様々な見解があるのだと思います。
私としては、ゼカリヤの聖句で言及されている時期(流刑後20年目)には特段、際立った出来事があったわけでもなく、それをもって「70年」の預言の成就とは言い難いというのがまずありますね。一体、何の成就なのか?となりますので。
★特段際立った出来事なしで、70年の成就とは言い難い。
ー
ガリレオくんが述べているように、90年を含めるのは無理ということはないと思いますよ。例えば、60歳で定年した現在70歳の人に対して、「38年勤務してきたんですよね」と言う時、普通は、22-60歳までの38年のことだとみなすはずで、現在から38年遡ること(32-70歳のこと)はしないだろうと思います。
同様に、エホバが「(バビロンに幽閉されて)泣きながら70年断食したよね」と言う時、それは流刑期間のことを指していると普通に考えてよいと思います。実際、解放後、民は泣き叫びながら断食する必要などなかったのですから。(民が「これまで〜」と言ったセリフには年数は明示されていない)。
それで、この断食は記念日的なものとしてすでに形骸化していたゆえに、民は「そろそろ止めにしましょうか?」と尋ねに来たわけですね。こう考えると、話の辻褄はきちんと合うと思いますよ。
★90年説でも、話の辻褄はきちんと合っている。
ー
ですから、ガリレオくんの言うように、「90年を含めるのは無理がある」と、絶対視する必要はないと思います。上記でも挙げたように、きちんとそれでも話は成立しますので。というか、90年説の方が辻褄が合っているのでは? (そもそも、なぜ民は尋ねに来たのでしょうか? その背景事情とは? 上記で述べた通りです)。
それよりも、ゼカリヤ7:5の「断食を行なって泣き叫んだ時、しかもそれは七十年に及んだが」の「泣いて断食した」期間とはいつなのか?をよく考えるとよいと思います。解放後にも、本当に民は泣きながら断食したのでしょうか?
★70年説絶対視論は文章解釈としては少し狭量。
★むしろ、「泣いて断食した」の時期を正確に定義すべき。
ー
まあ、もうこの議論はよろしいようなら、スルーしてください。ただ、「僕はそう思わない」とか「何か変じゃない?」という返事だけで、具体的な反証等がなかった点には、ちょっとガッカリしてもいます。
#129 2016年06月18日 18:43:33
- しんけん
- ゲストユーザー
Re: 聖書のみで607年は覆る
特段際立ったイベントがない。?
これは全く聖書を読んでいないとしかいいようがない。
ゼカリヤ書の神への信仰の回復とその祝福は旧約のクライマックスですよ。
信仰を失い荒廃し、真の信仰を取り戻し祝福される。旧約のメインイベントです。
話の流れを汲み取っていない。
エズラ、ゼカリヤ、ハガイを読んで神殿の再建がされ、信仰が回復したのは一目瞭然。
特にハガイでは信仰が回復していない時期を明言してます。
また、ゼカリヤ8章の神の祝福は、ダニエル、エレミヤ他の聖句と呼応しているのもよく分かる。旧約の後半の大きなテーマとなっています。
また帰還までを70年と決めつけていますが、エレミア52章を見れば18年の流刑の4倍の人数が11年にされている。
少ない人数が優先されるのはこじつけです。神殿の破壊はその前を読めば19年ですしね。
また破壊してから投降者ではなく戦争開始前が当たり前です。
エレミヤのいちじくの籠の話を理解すればエルサレム破壊以後は良いいちじくはいない。
ヤングマスクさんの話は聖書と歴史と常識との反する矛盾だらけです。
#130 2016年06月18日 18:45:41
- しんけん
- ゲストユーザー
Re: 聖書のみで607年は覆る
特段際立ったイベントがない。?
これは全く聖書を読んでいないとしかいいようがない。
ゼカリヤ書の神への信仰の回復とその祝福は旧約のクライマックスですよ。
信仰を失い荒廃し、真の信仰を取り戻し祝福される。旧約のメインイベントです。
話の流れを汲み取っていない。
エズラ、ゼカリヤ、ハガイを読んで神殿の再建がされ、信仰が回復したのは一目瞭然。
特にハガイでは信仰が回復していない時期を明言してます。
また、ゼカリヤ8章の神の祝福は、ダニエル、エレミヤ他の聖句と呼応しているのもよく分かる。旧約の後半の大きなテーマとなっています。
また帰還までを70年と決めつけていますが、エレミア52章を見れば18年の流刑の4倍の人数が11年にされている。
少ない人数が優先されるのはこじつけです。神殿の破壊はその前を読めば19年ですしね。
また破壊してから投降者ではなく戦争開始前が当たり前です。
エレミヤのいちじくの籠の話を理解すればエルサレム破壊以後は良いいちじくはいない。
ヤングマスクさんの話は聖書と歴史と常識との反する矛盾だらけです。
#131 2016年06月18日 18:47:14
- ガリレオくん
- メンバー

Re: 聖書のみで607年は覆る
反証するほど手札があるわけではありません。私の場合は聖句のトータル性と考古学を考えてカレブさんのJW研究の記事に記されていることに全く納得ができているので、それでいいです。
そもそも献身する前になりますが高校の歴史の授業で教師の口から「バビロニア捕囚があったのは587年」と聞いたのが始まりです。このことを調べもせずにバプテスマを受けてしまい20年以上が経過してしまいました。自分なりにWTサイドのみの資料を調べ上げて矛盾を解決しました。このトピの#59から調査後の結論をPDFファイルに残しましたが、私にとって脱塔に至る十分の根拠を得たと思っています。
そういう方も大勢ここではいらっしゃると思いますので、もしヤングさんがカレブさんの記事で矛盾を感じておられる箇所がおありでしたらこれを機にここで取り上げてみてはいかがですか?
オフライン
#132 2016年06月18日 18:56:01
#133 2016年06月18日 19:21:38
- 戦国四君
- ゲストユーザー
Re: 聖書のみで607年は覆る
yangmask君は「反証」なるワードを好んで使うが、反証とは仮説や命題の誤りを証明する過程のことである。
yangmask君の記述は、BLOG、HP、BBS、のどれを読んでも、憶測や推測のみで成り立っており、証明の過程が存在していない。
つまり、yangmask君は、証明の過程が存在していない主張に対して、証明の過程を使って覆すように求めているわけである。
反証することを求めるのであれば、証明の過程を含めた論理的な記述をすべきである。
「当時のユダヤ社会ではよく知られていたはず」、「バビロンでの流刑期間を指しているというのが常識だっただろう」のように憶測のみで、証拠や根拠が併記されないような程度の低い論文ではお話にならない。
yangmask君は「論理的記述とは」何かを勉強して、再チャレンジすべきである。
今の状態では他の方の論証の邪魔でしかなく、とても見苦しく恥ずかしい。
それにこのままでは、せっかくの有意義な討論の場が、またカオス化するのではと危惧してしまう。
投稿を許可されている場所は既に提示されているわけで、カオスの元凶はその場所から出てくるべきではない。
#134 2016年06月18日 20:16:47
- yangmask
- ゲストユーザー
Re: 聖書のみで607年は覆る
#135 2016年06月18日 20:35:07
- 戦国四君
- ゲストユーザー
Re: 聖書のみで607年は覆る
誰か、yangmask君を召還したっけ?
yangmask君が来たいから来ただけでは?
#136 2016年06月18日 21:18:49
- しんけん
- ゲストユーザー
Re: 聖書のみで607年は覆る
ヤングマスクさんはエズラ、ゼカリヤが書いたbc519〜515年の詳細を読んでいないの?
515、516年に神殿が再建したのは知ってるのでしょうか?それがダリウス6年でその1ー2年前がダリウス4年です。
その記述何があったか読んでいないのですか?
神や預言者が鼓舞する様、
特別な石が切り出されそれが喜びとともに運び込まれ、神はそれを7つの目を持つ石と呼び。それが特別な居石となる。
そしてそれ以前はそうでなかったのに、それ以後は神が民を神の民と呼ぶ。神はエルサレムに戻ったのです。ダニエルの願いがかなった。
そこから順調に神殿は再建へと進み。
神はエルサレムを祝福する。
こんな単純なストーリーが覚えられないのでしょうか?
とぼけているのでしょうか?
そこの聖書を読まないのでしょうか?
#137 2016年06月18日 21:36:12
- しんけん
- ゲストユーザー
Re: 聖書のみで607年は覆る
エルサレムの状態が重要ならなおさら帰還になんの意味もない。
震災地の観光が重要でないのと同じ。
破壊されたものが再建されるのが重要でしょう。
70年の始まりは自分の見地でみるが、終わりは別の見地に替えるのですか。
また何度も書いていますが流刑のはじまりはエルサレムの破壊前です。
聖書と話が一致しないし、18年に流刑があり、19年に火が放たれて、破壊されたと聖書は書いていますよ。
帰還も539か538年。考古学が裏付けるエルサレム崩壊が587年。その再建されたのが515年です。神はその心を見られる方なので、祝福をダリウス4年に与えている。
その経緯を事細かに聖書に書き残されている。
どこにおかしいと疑う余地があるのでしょう。
#138 2016年06月19日 01:00:06
- seiei00r
- ゲストユーザー
Re: 聖書のみで607年は覆る
ダニエル9章を読むと、ダリウスの第一年(BC538)年にエルサレムの荒廃がすでに終わったことをダニエルが理解したことが書かれている。
エレミアが書いたとおり(そして、ダニエルが理解した通り)、バビロニアが諸国民を支配した時代が去ってエルサレムの荒廃(バビロニアの支配)は、BC539年に終わったのだ。
だからダニエル9章で、ダニエルは、(バビロニアの支配が終わり)荒廃が終わったエルサレムに神の祝福が注がれることを祈っている。
自分たちは神に祝福を求める資格すらないことを神に告白した上で祈っている。これは、痛切な祈りの言葉だ。
だが、エホバの証人の解釈だと上記のようにならない。
2年後にエルサレムの荒廃は終わると知りながら、ダニエルはダニエル9章の祈りを捧げたことになっている。
この解釈では、ダニエル9章にあるダニエルの痛切な思いに想像がいたらない。
カレブさんが書いている通り、「なんの目的で、エホバの証人はこんな間違った解釈をするのか」ということだ。
彼らは何か間違ったものを守ろうとしている。
もはや、「この世代が過ぎ去る前にこの世界は終わる」という教義は誤っていることが証明されているのにだ。
#139 2016年06月26日 14:35:17
- キーボード
- ゲストユーザー
Re: 聖書のみで607年は覆る
#140 2016年08月16日 16:50:43
#141 2016年08月16日 17:51:35
#142 2016年08月16日 18:24:24
#143 2016年08月16日 20:43:45
#144 2016年08月17日 05:48:49
#145 2016年08月17日 07:45:48
- 元伝道者
- ゲストユーザー
WTで学んだことなんですが、これは考古学からの裏付け(出土品)もあったんじゃないでしょうか?「聖書全体」の中で挿絵とかあったような・・・