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#276 2014年12月21日 22:17:25

黒河内隆
ゲストユーザー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

クリスチャンなら自然と出るべき特質をわざわざプログラムまで用意して強調する点など明らかに動機が
見え見えと言う感じです。
ある元地域監督の兄弟がベテルに招待されて新世界約聖書のスペイン語版の翻訳に携わることになりました。
しかしベテルで働いている兄弟たちは怒りや悲しみ、極度のストレスや恐怖の中で生活しているのを目にしたとき
「ここには神のみ業は働いていない」と悟りました。 以来兄弟は奉仕者の悩みの相談役になったようです。
後にベテルを去り、自分の体験をまとめた本をスペイン語と英語で出版する予定だそうですが
まあこの程度の組織ですから普通の伝道者の兄弟たちが霊の実をあらわし損ねてしまうのは当然かも知れません
実に残念でなりませんがね

#277 2014年12月21日 22:57:41

黒河内隆
ゲストユーザー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

この経験の全容を話しますとこの兄弟はスペインで宣教者として働いていました。1967年から1977年にかけての話ですが、名前は{ネストル・クイーラン氏}
当時のスペイン政権は禁令下で迫害され2回投獄されてしまいました。後にその功績が認められて地域監督に任命され1977年に
ベテル奉仕に招待されました。それから3年間翻訳に携わったようですが  クリスチャンが禁令下で迫害されるのは当たり前で功績を認めて
高い特権を与えるなんて事は神とキリストのご意志なんでしょうか?  どなたか教えて頂けないでしょうか?
私はむしろ協会がその兄弟を招待した結果組織の実態が明らかになり組織自ら墓穴を掘る結果となってしまったように思えるのですが?

#278 2014年12月22日 17:22:47

sk
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

こんばんは、兄弟たち


外は寒いですね。


やっぱり、「・・・すべき」、「・・・すべきでない」調の融通のきかない取決めは罪を誘発しますよね。

「救われるためには、人々をエホバの組織に導かねばならない。それ以外に救いはない」と教えられているJWたちは、隣人を見るときに意識のどこかにその人がバプテスマを受けたJWになってほしいという願望がありますね。
(救われてほしい = ものみの塔に入ってほしいという図式 ←コレちょっとおかしいよ。)
それで、大半のJWはあるバイアス電圧(考え方や意見に偏りを生じさせるもの)がかかった親切を示してしまいますね。

ものみの塔の宗教的なリクルートの取決めは罪を誘発するポテンシャルを持っています。

そのような偽りに基づく宗教活動の強要がなければ、不要なバイアス電圧も生じないでしょう。そもそもそんなものはいりませんよ。

リクルート活動により組織に人々を導くことを強要しなければ、だれでも必要なときに自然に親切を示せるのではありませんか。

奉仕報告の取決めや、「巡回訪問に合わせて補助開拓をしましょう」みたいな奉仕の目標の強要がなければ、自分の活動を他の人と比較してすることなど生じないですね。
またそのような比較から来る落胆や優越感のような不要な感情も生じませんね。


ものみの塔協会は、さまざまな宗教的な活動を取り決めたり、基準を設定したりして組織的是認(組織から得られる是認)を信者に強要していますが、そのような崇拝の様式はキリストの教えに調和しません。


ローマ 7:8, 11
8 しかし,罪はおきて(決まりや取決め)を通して誘いを受け,わたしのうちにあらゆる貪欲を生み出しました。律法(決まりや取決め)がなければ,罪は死んでいたのです。
11 罪はおきて(決まりや取決め)を通して誘いを受け,わたしをたぶらかし,それを通してわたしを殺したのです。


ガラテア 5:1-6
1 キリストは,このような自由のためにわたしたちを自由にしてくださったのです。ですから,堅く立って,再び奴隷のくびきにつながれないようにしなさい。. . .
4 律法(宗教的に決められた活動)によって義と宣せられることを求めるあなた方は,だれであろうとキリストから引き離されています。あなた方はその過分のご親切から外れ落ちているのです。5 わたしたちのほうは,待望のものである,信仰の結果としての義を,霊によって切に待っています。6 キリスト・イエスにあっては,割礼も無割礼も価値がなく,ただ愛を通して働く信仰に[価値が]あるのです


宗教組織の取決めには何の価値もありません。
ただ愛を通して働く信仰に価値があります。

それは、神を見習うことであり極めて個人的な生き方のことです。
それが、神とともに歩むことです。

ミカ 5:8
8 地の人よ,何が善いことかを[神]はあなたにお告げになった。そして,エホバがあなたに求めておられるのは,ただ公正を行ない,親切を愛し,慎みをもってあなたの神と共に歩むことではないか


神とともに歩むことに、組織宗教は必要ありません。
西暦1世紀にキリストは人々を組織宗教から解放しました。

ですからクリスチャンは組織宗教の中で人の奴隷になるべきではありません。

コリント第一 7:23
23 あなた方は代価をもって買われたのです。もう人間の奴隷となってはなりません

編集者 sk (2014年12月22日 17:27:25)

オフライン

#279 2015年01月09日 19:45:30

sk
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

こんばんは、


極めてダイナミック(dynamic)なクリスチャン会衆の始まりについて書きます。



地上におけるキリストの3年半の宣教活動は、当時のユダヤ人社会およびローマ帝国の為政者たちに否定できない強力な影響を与えました。それは神の力の生きた証拠であり、それによってあらゆる病気の人、悪霊に取り付かれた人たちが癒され、死者さえも命へよみがえさせられました。また、イエスの教えは貧しい人々や罪悪感を背負う人々を慰め希望を与えました。メシアを待ち望んでいた人々は神の栄光を目の当りにし神を賛美しました。群集はイエスの後を追い、またイエスの行く先々で群集が待ち構えていました。


マタイ 4:23-25
23 それから[イエス]はガリラヤの全土をあまねく巡り,諸会堂で教え,王国の良いたよりを宣べ伝え,民の中のあらゆる疾患とあらゆる病を治された。24 すると,彼の評判はシリアじゅうに伝わり,人々は,具合いの悪い者すべて,さまざまな疾患や苦痛に悩む者,悪霊に取りつかれたり,てんかんであったり,まひしたりしている者を彼のところに連れて来た。それで[イエス]はその人々を治された。25 その結果,大群衆が,ガリラヤ,デカポリス,エルサレム,ユダヤから,またヨルダンの向こう側から[来て],彼のあとに従った


ユダヤ人の宗教指導者たちは、こうした神からの強力な証しを否定できないにも関わらず、イエスをメシアとして歓迎しませんでした。
イエスは組織宗教の偽善を痛烈に暴露し、虐げられていた人々を組織宗教の支配から開放しました。そのためにイエスは組織宗教の敵意の的となり、宗教指導者たちは策を弄してイエスを殺害しました。

ヨハネ 11:48
48 彼をこのままほっておけば,みんなが彼に信仰を持つだろう。そして,ローマ人たちがやって来て,我々の場所も国民も奪い去ってしまうだろう」。

ヨハネ 12:17-19
17 それで,[イエス]がラザロを記念の墓から呼び出して死人の中からよみがえらせた時に一緒にいた群衆は,証しをしつづけた。18 そのためさらに群衆が,彼がこのしるしを行なったことを聞いて,彼を出迎えた。19 それゆえパリサイ人たちは互いにこう言った。「あなた方の見るとおり,何一つうまくいっていない。見なさい,世は彼に付いて行ってしまった」。




組織宗教の敵意によるキリストの死は、アダムが失った命の権利を受け戻すために予め定められた犠牲の死でした。
キリストは罪を犯すことなく(つまり失敗することなく)ご自分の死によって人類の救いを達成しました。

これらの出来事は、地方の片隅で生じたことではありません。
それは、神の崇拝の中心地で当時の世界帝国ローマの為政者の注視の下で生じました。

使徒 2:22
22 「イスラエルの皆さん,この言葉を聞いてください。ナザレ人イエス,それは,あなた方も知っているとおり,神がその人を通してあなた方のただ中で行なわれた強力な業と異兆としるしにより,神によってあなた方に公に示された人ですが

使徒 26:26
26 実際,わたしがはばかりのないことばでお話し申し上げております王が,これらの事についてよく知っておられます。これらは一つとして[王]の注目を逃れ得ないと,わたしは確信しているからです。これは片隅で行なわれてきたことではないからです。


このように、当時の覇権帝国の中で否定しがたい神の力による公の証しによってキリスト教は始まりました。
それは、個々の人々を組織宗教および人間のあらゆる組織的企てから自由にし、罪と死、貧困と搾取からの開放の希望を強力に実証(demonstrate)しました。キリストの教えを受け入れた人々は、新たな視野、世界観を得て宗教指導者を必要としない崇拝の様式に移されました。


キリストの犠牲の死により、誰でもキリストを通して神と繋がることが可能になりました。

神を崇拝するために、あるいは神の是認を得るために、組織宗教(宗教的な取め)、宗教指導者は不要になりました。

世界本部も支部事務所も旅行する監督も大会ホールも王国会館も必要ありません。
いつでも、どこにいてもキリストを通して神と繋がっているからです。


テモテ第一 2:5-6
5 神はただひとりであり,また神と人間との間の仲介者もただひとり,人間キリスト・イエスであって,6 この方は,すべての人のための対応する贖いとしてご自身を与えてくださったのです。

使徒 4:12
12 さらに,ほかのだれにも救いはありません。人々の間に与えられ,わたしたちがそれによって救いを得るべき名は,天の下にほかにないからです」。


キリスト教(実体)にはユダヤ教(影)に見られる階級制度、崇拝の場所、宗教儀式、祭りなどはありません。

実体に存在するのは、キリストを通して神と結ばれている個々のクリスチャンの間の兄弟関係です。

マタイ 23:8-10
8 しかしあなた方は,ラビと呼ばれてはなりません。あなた方の教師はただ一人であり,あなた方はみな兄弟だからです。9 また,地上のだれをも父と呼んではなりません。あなた方の父はただ一人,天におられる方だからです。10 また,『指導者』と呼ばれてもなりません。あなた方の指導者はキリスト一人だからです。

ですから、年長のクリスチャン(年長の男子、年長の女子)は、若いクリスチャンの教師でもなければ、指導者でもありません。単に年長の兄弟・姉妹に過ぎません。

若い兄弟姉妹たちを含めだれでも、クリスチャン人生の経験から他のクリスチャンを兄弟・姉妹として物心両面で助けることができます。それは、他の人の主人のように振舞うことではありません。


コリント第二 1:24
24 わたしたちがあなた方の信仰に対する主人であるというのではありません。わたしたちはあなた方の喜びのための同労者です。あなた方が立っているのは[自分の]信仰によるのです。



神に受けいられる清い崇拝は、場所、時間に依存しません。
グループ伝道や、崇拝の場所での集会が崇拝ではないのです。



いつでも、どこでも神を意識した個人の生き方が神に受けいられる崇拝です。


ヨハネ 4:21, 23-24
21 イエスは彼女に言われた,「女よ,わたし[の言うこと]を信じなさい。あなた方が,この山でも,エルサレムでもないところで父を崇拝する時が来ようとしています。
23 とはいえ,真の崇拝者が霊と真理をもって父を崇拝する時が来ようとしています。それは今なのです。実際,父は,ご自分をそのように崇拝する者たちを求めておられるのです。24 神は霊であられるので,[神]を崇拝する者も霊と真理をもって崇拝しなければなりません」。

マタイ 6:3-4, 5-6
3 しかしあなたは,憐れみの施しをする際,あなたの右の手がしていることを左の手に知らせてはなりません。4 あなたの憐れみの施しがひそかに[なされる]ためです。そうすれば,ひそかに見ておられるあなたの父が報いてくださるでしょう

5 「また,祈るとき,あなた方は偽善者たちのようであってはなりません。彼らは,人に見えるように会堂の中や大通りの角に立って祈ることを好むのです。あなた方に真実に言いますが,彼らは自分の報いを全部受けているのです。6 しかし,あなたが祈るときには,自分の私室に入り,戸を閉じてから,ひそかなところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば,ひそかに見ておられる父があなたに報いてくださるでしょう

ルカ 14:13-14
13 むしろ,あなたがごちそうを設けるときには,貧しい人,体の不自由な人,足なえの人,盲目の人などを招きなさい。14 そうすればあなたは幸いです。彼らにはあなたに報いるものが何もないからです。あなたは義人の復活の際に報いを受けるのです」。

ヤコブ 1:27
27 わたしたちの神また父から見て清く,汚れのない崇拝の方式はこうです。すなわち,孤児ややもめをその患難のときに世話すること,また自分を世から汚点のない状態に保つことです。

ヘブライ 13:15-16
15 この方を通して常に賛美の犠牲を神にささげましょう。すなわち,そのみ名を公に宣明する唇の実です。16 さらに,善を行なうこと,そして,他の人と分かち合うことを忘れてはなりません。神はそのような犠牲を大いに喜ばれるのです。

エフェソス 6:6-8
6 人を喜ばせようとする者のように目先だけの奉仕をするのではなく,キリストの奴隷として,神のご意志を,魂をこめて行ないなさい。7 気だての良い奴隷でありなさい。エホバに対するように,そして人間に対するようにではありません。8 というのは,あなた方も知っているように,奴隷であれ自由人であれ,人が何にせよ善いことを行なうなら,エホバからそれに報いていただくことになるからです。


上記の聖句が示しているように、いつでも、どこでも個人の生き方が崇拝です。




対照的な国際投資企業ものみの塔聖書冊子協会の姿


ものみの塔は、リクルートのためのグループ伝道と、聖書を用いた洗脳のための集会や大会を崇拝と言い張り、セールス伝道の時間、配布物の数、再訪問の数、研究の数の報告を強要します。
その崇拝の様式は真の崇拝を装うペテンです。


ものみの塔は、権威への敬意を自らのトップダウン支配の都合に合わせて繰り返し強調し、兄弟関係のあるべき姿を権威主義に摩り替えてしまいました。

彼らは、自らの支配(管理)のために、何の根拠もないのに臆面もなくキリストの権威⇒忠実で思慮深い奴隷の権威(統治体の権威)⇒支部事務所の権威⇒旅行する監督の権威⇒会衆の長老・奉仕の僕の権威を強調し服従を強要し、独立の精神を不快で危険な精神として攻撃するようJWを繰り返し教えます。

つまり、彼らは個々の兄弟姉妹たちがクリスチャンの自由に気づき彼らのインチキを見破ることを極めて恐れているということです。

それで、ものみの塔誌は、クリスチャンの自由について沈黙し続けます。
イエスの時代の宗教指導者たちのように自らの権威の保身のために「クリスチャンの自由」について書けるはずがありません。

ものみの塔協会の崇拝の様式に従うエホバの証人の会衆は、真の兄弟関係を反映するキリストの会衆ではありません。会衆の長老たちの権威は、キリストからのものではなく、「キリストから任命を受けた」と嘯く(うそぶく)ものみの塔協会からのものに過ぎません。それらのインチキ権威を授けられた聖書を知らない長老たちは、聖書の教えへの良心的な服従ではなく、ものみの塔協会の意向への絶対的服従をJWに強要するために働きます。



キリスト教は、キリストを信じる人々の兄弟関係であり、その崇拝は生き方そのものです。

それぞれの地域で、信仰を共にするクリスチャンたちが集まり会衆を築くとき、各クリスチャンは上記の見方に基づいてふさわしく振舞えると思います。




ここで、話を元に戻して、再びキリスト教は神の力の強力な表明(demonstration)によって始まったことについて考えます。

キリストが十字架上で処刑されたとき、

正午から午後3時まで3時間に渡る暗闇がユダヤ地方に及びました。
また、キリストが息を引き取ると神殿の聖所と至聖所を隔てるカーテンが真っ二つに裂け地震が生じました。

マタイ 27:45, 51
45 第六時(12:00pm)以後,闇が全土に垂れこめて,第九時(15:00pm)にまで及んだ。
51 すると,見よ,聖なる所の垂れ幕が上から下まで二つに裂け,地は震い動き,岩塊は割れた。


これらの超自然的な現象は人々にどのような影響を与えたでしょうか。

54 しかし,士官および共にイエスを見守っていた者たちは,地震と起きている事柄とを見て非常に恐れ,「確かにこれは神の子であった」と言った。



裏切り者のユダ・イスカリオテは首をつり自殺し下に落ちて岩で腹を切り裂き内臓が流出しました。
その場所を宗教指導者たちは、ユダが神殿の賽銭箱に投げ入れた報酬で買取ったために、その場所は「血の畑」(アケルダマ)と呼ばれるようになります。

この出来事は、エルサレムの全住民が知る出来事となりました。

使徒 1:19
19 そのことはまたエルサレムの全住民に知られるようになり,結果としてその畑は彼らの言語でアケルダマ,すなわち“血の畑”と呼ばれた。)



イエスの死により、イエスの弟子たちは挫折と悲しみのどん底に突き落とされました。
希望と勇気を与える極めてダイナミックな活動の全てが終わったかのようになりました。


しかし、続きが待っていました。


今日は、ここまで

編集者 sk (2015年01月09日 19:56:59)

オフライン

#280 2015年01月10日 00:16:08

もんもん
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

本来は会衆間の横のつながりが大切だと思いますけれど、現在のエホバの証人は、トップダウンの支配関係が鮮明な気がします。トップダウンの支配を、徹底的に子供たちにまで及ぼすような方針は、非常に害が大きいと思います。

オフライン

#281 2015年01月11日 13:57:57

sk
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

こんにちは、


先回の続きを書きます。


神から強力に証された人が組織宗教により殺害されました。
とはいえ、神の強力な業は死によって終わりませんでした。


つづきを見てみましょう。



ニサンの14日(金曜日)の午後3:00ごろにイエスは息を引き取り、ニサンの16日(日曜日)の早朝、復活しました。

ニサンの14日(金曜日)
18:00pm
19:00pm  日没後過ぎ越しを祝い、その後記念式を設立する。
20:00pm
21:00pm  この時刻ごろ捕縛され
22:00pm  夜中じゅう、アンナス、カヤファ、サンヘドリン、ピラト、ヘロデによる不正な裁判と辱めを受ける。

23:00pm
00:00am
01:00am
02:00am
03:00am
04:00am
05:00am
06:00am
07:00am
08:00am
09:00am 十字架に付けられる。
10:00am
11:00am
12:00pm 闇がユダヤ地方に臨み15:00pmまで及ぶ
13:00pm
14:00pm
15:00pm 刑柱上で息を引き取り、ハデスへ。(つまり死にました。)
16:00pm
17:00pm


ニサンの15日(土曜日)
18:00pmから翌日の17:00pmまで記念の墓に安置されている。(ハデスの中、死んだ状態)


ニサンの16日(日曜日)
18:00pmから翌日の早朝06:00amごろまでハデスの中。
早朝に復活し、マリア・マグダレネともう一方のマリアが復活の最初の証人となる。

このように、イエスは足掛け3日ハデスにいました。

マタイ 12:39-40
39 [イエス]は答えて彼らに言われた,「邪悪な姦淫の世代はしきりにしるしを求めますが,預言者ヨナのしるし以外には何のしるしも与えられないでしょう。40 ヨナが巨大な魚の腹の中に三日三晩いたように,人の子もまた地の心に三日三晩いるのです。


イエスは復活後、昇天するまで40日間地上に留まり、弟子たちのもとに現れ、ご自分の復活に対する弟子たちの信仰を築き将来の活動について必要な指示と励ましを与えました。

キリスト教のダイナミックな活動は終わっていませんでした。
むしろ、これからキリストの約束の帰還まで続く全世界に至る強力な業が始まろうとしていました。


その40日の間にイエスが残した指示や教え

ヨハネ 21:12-15, 21-22
12 イエスは彼らに,「さあ,朝食を取りなさい」と言われた。弟子たちのうち,「あなたはどなたですか」とあえて尋ねる者は一人もいなかった。それが主であることを知っていたからである。13 イエスは来て,パンを取って彼らに与え,魚も同じように[された]。14 イエスが,死人の中からよみがえらされたのち弟子たちに現われたのは,これで三度目であった。
15 さて,彼らが朝食を済ませた時,イエスはシモン・ペテロに言われた,「ヨハネの子シモン,あなたはこれら以上にわたしを愛していますか」。[ペテロ]は彼に言った,「はい,主よ,わたしがあなたに愛情を持っていることをあなたは知っておられます」。[イエス]は彼に言われた,「わたしの子羊たちを養いなさい」。

21 そこで,彼を見た時,ペテロはイエスに言った,「主よ,この[人](ヨハネ)は何を[する]のでしょうか」。22 イエスは彼に言われた,「わたしが来るまで彼のとどまることがわたしの意志であるとしても,それがあなたにどんな関係があるでしょうか。あなたは引き続きわたしのあとに従いなさい」。
(他の人がどのように主から用いられるかを気にする必要はありません。人や組織ではなく、個人としてキリストにしっかり従いましょう。)

マタイ 28:18-20
18 すると,イエスは近づいて来て,彼らにこう話された。「わたしは天と地におけるすべての権威を与えられています。19 それゆえ,行って,すべての国の人々を弟子とし,わたしの名において彼らにバプテスマを施し,20 わたしがあなた方に命令した事柄すべてを守り行なうように教えなさい。そして,見よ,わたしは事物の体制の終結の時までいつの日もあなた方と共にいるのです」。



加えてイエスは弟子たちがやがて聖霊でバプテスマを受けることを約束し、それまでエルサレムに留まること指示しています。

そして弟子たちが全地でキリストの証人となることを伝え天に戻られました。

クリスチャンはキリストの復活の証人であり、それ故になぜキリストの犠牲の死が必要になったか、キリストの復活がアダムの子たちにどんな益をもたらすかをはっきりと理解している必要があります。ですからクリスチャンはエホバ神の主権の証人ではありません。宇宙主権の論争は、その対立軸によって信者を束ねるためにJF.ラザフォードが思いつき利用した聖書的な根拠のないインチキです。



使徒 1:3-5
3 これらの者たちにはまた,ご自分が苦しみを経たのちに生きていることを多くの確かな証拠によって示し,四十日にわたって彼らに現われ,また神の王国に関する事柄を話されました。4 そして,彼らと会合しておられた時に,この指示をお与えになりました。「エルサレムを離れないで,父が約束され,またわたしから聞いたものを待っていなさい。5 ヨハネは確かに水でバプテスマを施しましたが,あなた方はこれから幾日もたたないうちに聖霊をもってバプテスマを施されるからです」。

6 さて,集合したときに,彼らは[イエス]に尋ねはじめた,「主よ,あなたは今この時に,イスラエルに王国を回復されるのですか」。7 [イエス]は彼らに言われた,「父がご自分の権限内に置いておられる時また時期について知ることは,あなた方のあずかるところではありません。8 しかし,聖霊があなた方の上に到来するときにあなた方は力を受け,エルサレムでも,ユダヤとサマリアの全土でも,また地の最も遠い所にまで,わたしの証人となるでしょう」。


クリスチャンの第一の関心は、キリストの復活の証人として真のキリスト教を証しすることであり、予言の年代計算ではありません。

ものみの塔協会は予言の年代計算に夢中になった人々から始まっていますのでサタンに乗ぜられる要素を初めから持ち合わせていました。ラッセルはオカルト年代計算を活用し、ラザフォードはチャネリング(霊媒)を活用しました。


ですから、ものみの塔協会が多少の真理を持ち合わせていたとしても、それ自体は人を捕らえるサタンの器であることに気づいてください。



今日は、ここまで

編集者 sk (2015年01月11日 15:32:58)

オフライン

#282 2015年02月27日 18:40:36

sk
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

こんばんは、



キリストの復活後のクリスチャン会衆の発足、使徒たちの活動の記録に移る前に


キリスト教は、国家が承認する見える組織宗教でない点について書きたいと思います。



キリスト教は、キリストの帰還を待つ王国の子たちの会衆の兄弟関係であり、キリストの会衆には時空を超えた信仰の一致が存在し、いつの時代も、またどこにいても王国の子たちは天の支配の下に置かれており、見える人間性の機関と性質が異なります。


この点をイエスのたとえ話と、キリスト教の発展の歴史から説明したいと思います。




マタイ13:3-4
3 それから,多くのことを例えで話してこう言われた。「ご覧なさい,種まき人が[種を]まきに出かけました。4 彼がまいていると,幾つか[の種]は道路のわきに落ち,鳥が来てそれを食べてしまいました


この鳥はどこから来たのでしょうか。


それは、キリスト教の中に潜む鳥で王国の種が人々の心に根付かないように異なった教理を教える者たちです。

西暦1世紀に一人の人イエスキリストにより始まったキリスト教は、やがて多くの偽教師の住みかとなりました。


マタイ 13:31-32
31 [イエス]は彼らに別の例えを示してこう言われた。「天の王国はからしの種粒のようです。人がそれを取って自分の畑に植えました。32 実際それはあらゆる種の中で一番小さなものですが,成長したときには野菜のうちで一番大きくて木のようになり,天の鳥たちが来て,その枝の間に宿り場を見つけます」。

ペテロ第二 2:1
1 しかしながら,民の間には偽預言者も現われました。あなた方の間に偽教師が現われるのもそれと同じです。


それらの偽教師たちは、キリスト教を組織宗教に変質させ信者を神とキリストではなく自らが構築した権威システムと組織崇拝に導きました。彼らの都合のいい教えはパン種のようにキリスト教全体を腐敗させました。

マタイ 13:33
33 [イエス]は彼らに別の例えを話された,「天の王国はパン種のようです。女がそれを取って大升三ばいの麦粉の中に隠したところ,やがて塊全体が発酵しました」。


これが、イエスが開始したキリスト教のサタンの世における発展の歴史です。
ですから、キリスト教を唱える国家に登録された組織宗教は全て偽教師の鳥たちが住む場所となっています。ものみの塔聖書冊子協会も例外ではありません。
キリスト教のすべての教会組織の教えは、そこに住む偽教師たちの身勝手な教えにより発酵しています。


それで、組織の教理ではなく聖書の真理にのみ導きを求める人は幸いです。
そのようにする人たちは、やがてイエスの弟子たちが実践していたキリスト教を回復するでしょう。
そのようにして、聖書の真理により、西暦1世紀から今日までつづく王国の子たちによるキリストの会衆の一員となるでしょう。そのような人は、真のキリスト教を実践し他の人が真理を知る助けになるでしょう。



ものみの塔の偽教師たちは巧妙に聖書から人々を遠ざけます。


まず「人が聖書だけを読んでも真理は理解できないので導き手が必要である」と始めます。

次に、「聖書の正確な理解は、ものみの塔誌からのみ得られるのであって、自分で聖書を理解しようとすると暗闇の中で迷うことになり間違ったことを信じることになる」と述べます。

つまり、偽教師たちはものみの塔の教えに添った聖書の理解を促し、人々は聖書そのものが述べていることよりも、ものみの塔の教えに頼るようになります。


全てがものみの塔経由となるため、聖書へのアプローチがダイレクトではなくなり聖書そのものが語る真理から引き離されます。


ここで、質問

そもそも、神は聖書の理解を宗教指導者経由で与えているのでしょうか。


西暦1世紀の終わりまでヨハネの書によって聖書の全巻は整えられました。
初期クリスチャンたちはクリスチャンギリシャ語聖書を書き写し個人的に所有していたと見られています。

ユダヤ教時代では、神のことばは巻物に書かれてユダヤ教の会堂で宗教指導者たちが保管管理および活用していました。しかしキリスト教時代の始まりとともに事態は変化し、個々のクリスチャンたちはクリスチャンギリシャ語聖書の無数の写本を作り、ユダヤ教時代の巻物のスタイルから今日の冊子のスタイルを開発し活用するようになります。


初期クリスチャンたちは、個人的に聖書を自分たちの導きとしていました。
なぜなら、神のことばは信じる者たちに直接働くからです。

以下の聖句は神のことばの持つ本来の力について何を教えていますか。

ヘブライ 4:12
12 神の言葉は生きていて,力を及ぼし,どんなもろ刃の剣よりも鋭く,魂と霊,また関節と[その]骨髄を分けるまでに刺し通し,心の考えと意向とを見分けることができるのです。

テモテ第二 3:15-16
15 . . . その[聖なる書物]はあなたを賢くし,キリスト・イエスに関する信仰によって救いに至らせることができます。16 聖書全体は神の霊感を受けたもので,教え,戒め,物事を正し,義にそって訓育するのに有益です。17 それは,神の人が十分な能力を備え,あらゆる良い業に対して全く整えられた者となるためです

テサロニケ第一 2:13
13 まさにこのゆえにも,わたしたちは絶えず神に感謝しています。わたしたちから聞いて神の言葉を受けた時,あなた方はそれを,人間の言葉としてではなく,事実どおり神の言葉として受け入れたからです。それはまたあなた方信じる者の中で働いています

ヨハネ第一 5:20
20 しかしわたしたちは,神のみ子が来て,真実な方について知ることができるよう,わたしたちに知的な能力を与えてくださったことを知っています。そしてわたしたちは,み子イエス・キリストによって,真実な方と結ばれています。

ヨハネ第一 2:27
27 そして,あなた方についていえば,彼から受けた油そそぎがあなた方のうちにとどまっており,だれかに教えてもらう必要はありません。むしろ,彼からの油そそぎがすべてのことについてあなた方を教えており,またそれが真実であって偽りでないように,そしてそれがあなた方に教えたとおりに,引き続き彼と結ばれていなさい。

ヨハネ 16:13
13 しかし,その者,すなわち真理の霊が到来するとき,あなた方を真理の全体へと案内するでしょう。彼は自分の衝動で話すのではなく,すべて自分が聞く事柄を話し,来たらんとする事柄をあなた方に告げ知らせるからです。


上記の聖句が示しているように、神のことばは直接信じる者に働きます。
神ご自身がキリストを通して真理の霊を送ると約束しています。
神の霊の働きを信じないなら、その人の信仰はどこにあるのでしょうか。
見える宗教指導者や宗教組織でしょうか。
そのように人間に頼ることは聖書の理解を約束している神への信仰でしょうか。


真のクリスチャン(王国の子たち)にとってキリスト以外の宗教指導者は必要ありません。
王国の子たちは、神のことばの正確な理解を保証されていますし、彼らは神のことばを退けることはありません。

ヨハネ 10:26-27
26 しかしあなた方は信じません。わたしの羊ではないからです。27 わたしの羊はわたしの声を聴き,わたしは彼らを知っており,彼らはわたしに付いて来ます

ヨハネ 8:47
47 神からの者は神の言われることを聴きます。あなた方が聴かないのはこのため,つまり,神からの者ではないからです」。




大切なポイントは、

神のことばは、わたしたち個人に与えられた神からの音信であるということです。
ですから、神からの霊により正確な真理の理解が保証されています。
宗教指導者や宗教組織は神の霊の代わりはできません。


既に神のことばの理解と確信を得ている他の人からの助けを得ることは賢明であるとはいえ、そこに宗教組織や宗教指導者の権威の介入する余地はありません。


神のことばに従うことを第一の関心事とする人たちは、聖書と理解を与える神の霊によりいずれキリストの使徒たちが得ていた王国の子たちに期待されている信仰の一致に至るでしょう。






聖書に従うことを妨げるサタンの企み

人々が聖書によって導かれることを妨げるためにサタンは何をしたでしょうか。


キリスト教の始まりとともにサタンは偽教師をクリスチャン会衆に送り込みました。
やがてキリスト教はローマの国教となります。
ローマカトリックが行った政策は、聖書の管理を独占することでした。
彼らの主張は、一般の人々は聖書を間違って解釈するので、資格のある宗教指導者経由で人々は養われる必要があるというものでした。

ローマカトリックはラテン語の聖書を保管しその翻訳や配布を1000年以上に渡り許可しませんでした。
やがて16世紀に命を掛けた宗教改革が起き聖書が一般の人の読めることばに訳され広く配布されるようになりました。

初期クリスチャンのように個人が聖書を所有し読めるようになったのです。
そのようにして大きな覚醒が起こされ、巨大宗教組織カトリックを離れた沢山の聖書研究グループが誕生しました。


神の摂理だと思いますが、サタンは聖書が個人の手に渡るトレンドを妨げることができませんでした。



しかし、相変わらず「聖書の正しい理解は個人にはできない」「神の経路となる人あるいは宗教組織によって人々は養われる必要がある」という偽りの教えでサタンは人々を欺いてきました。

地上における唯一の神の組織
地上でキリストを代表する教皇
地上におけるキリストの最後の預言者

などのお馴染みのフレーズで、聖書と個人の間に宗教指導者や組織が割り込むようになりました。

このサタンからの誤りの働きは、人々を聖書からオフセットしました。
人々は自分に宛てられた神からの個人的な手紙を自分なりに読み理解する権利を放棄しました。
神の霊に頼るより、神の霊を受けていると主張する宗教指導者や宗教組織を仰ぐようになりました。

その結果、人々は宗教指導者や宗教組織が提供するサタンの息のかかったパン種入りのパンを食べ、神のことばに従うより、宗教指導者や宗教組織の教えに従うことに満足するようになりました。


そのようなわけで、昔から宗教は支配者たちの道具として重宝され人々のコントロールのために利用されてきました。支配者たちは聖書を用いて従順や服従を人々に教えてきました。そして人々は、神よりも地上における神の代理と称する人物や組織に従うようになっています。


王国の子たちは「人間より神に従う」視点を失わない人たちであり、世代や住む場所にかかわらず聖書の真理によって結ばれています。
真理自体は自己矛盾をきたすことはありませんので、神から教えられた者たちは必ず信仰の一致に至ります。
西暦1世紀から今日に至る王国の子たちでなるキリストの会衆に不一致などありません。

いつの時代も、またどこに住んでいても王国の子たちは雑草(偽者のクリスチャン)の中でキリストの帰還を待ち続けています。西暦1世紀以来の時空に散在する王国の子たちがひとつに集められるのはキリストの帰還のときです。その時彼らは天の倉に集められるでしょう。


マタイ13:30, 38-39, 43
30 収穫まで両方とも一緒に成長させておきなさい。収穫の季節になったら,わたしは刈り取る者たちに,まず雑草を集め,焼いてしまうためにそれを縛って束にし,それから,小麦をわたしの倉に集めることに掛かりなさい,と言おう』」。
38 畑は世界です。りっぱな種,それは王国の子たちです。それに対し,雑草は邪悪な者の子たちであり,39 それをまいた敵は悪魔です。収穫は事物の体制の終結であり,刈り取る者はみ使いたちです。
43 その時,義人たちはその父の王国で太陽のように明るく輝くのです。耳のある人は聴きなさい。




キリスト教は地上の見える組織宗教ではなく、キリストの帰還を待つ王国の子たちの時空を超えた信仰で結ばれた兄弟関係です。



マタイ 23:1-10
1 それからイエスは群衆と弟子たちに話して,こう言われた。2 「書士とパリサイ人たちはモーセの座に座っています。3 それゆえ,彼らがあなた方に告げることはみな行ない,また守りなさい。しかし,その行ないに倣ってはなりません。彼らは言いはしますが,実行しないからです。4 重い荷をくくって人の肩に載せますが,自分ではそれを指で動かそうともしません。5 すべてその行なう業は人に見せようとしてするのです。彼らは,お守りとして身に着ける[聖句]入れの幅を広げ,[衣の]房べりを大きくしているからです。6 また彼らは晩さんにおいては最も目立つ場所を,そして会堂では正面の座席を好み,7 また市の立つ広場でのあいさつや,人にラビと呼ばれることを[好み]ます。8 しかしあなた方は,ラビと呼ばれてはなりません。あなた方の教師はただ一人であり,あなた方はみな兄弟だからです。9 また,地上のだれをも父と呼んではなりません。あなた方の父はただ一人,天におられる方だからです。10 また,『指導者』と呼ばれてもなりません。あなた方の指導者はキリスト一人だからです





このことを念頭に王国の子たちのクリスチャン会衆の姿をクリスチャンギリシャ語聖書から学んでください。

つづく

編集者 sk (2015年02月27日 18:41:52)

オフライン

#283 2015年03月01日 07:49:30

sk
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

おはようございます、



昨日、ポストに地元のJWが配ったクリスチャンの中立についての自作のメッセージが入っていました。


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その要旨は、

イエスは敵を愛するように教えたので、クリスチャンは戦争で敵を殺すことはしない。
エホバの証人は、中立のためにナチの強制収容所やアメリカの刑務所で服役した。
真のクリスチャンは兵役につかない。

というものでした。



沖縄には極東最大のUSミリタリー・ベイスがあり2万人以上の兵士の家族が住んでいます。
こちらのJWの英語会衆は、米兵やその家族にものみの塔の極端な聖書解釈を伝道しています。


では、クリスチャンの中立の問題を考えて見ましょう。


まず、武器を所有したり、格闘技を用いる職業をについて考えます。

警察の仕事は社会の秩序を維持し犯罪を取り締まることです。

警察官たちは武器の所有が認められ、またそのふさわしい活用方法を習います。また犯罪者を逮捕するために格闘技も習います。

神はその制度を許容なさっています。

ローマ 13:1-4
1 すべての魂は上位の権威に服しなさい。神によらない権威はないからです。存在する権威は神によってその相対的な地位に据えられているのです。2 したがって,権威に敵対する者は,神の取り決めに逆らう立場を取っていることになります。それに逆らう立場を取っている者たちは,身に裁きを受けます。3 支配者たちは,善行にではなく,悪行にとって,恐れるべきものとなるのです。それで,あなたは権威に対する恐れを持たないでいたいと思うのですか。善を行なってゆきなさい。そうすれば,あなたはそれから称賛を受けるでしょう。4 それはあなたの益のための神の奉仕者だからです。しかし,もしあなたが悪を行なっているのであれば,恐れなさい。それはいたずらに剣を帯びているのではないからです。それは神の奉仕者であり,悪を習わしにする者に憤りを表明する復しゅう者なのです。


武器や格闘技を用いて犯罪を抑制する警察の職業は社会の安全のための神の奉仕者と呼ばれています。

では神が許容しているその職業を神に是認されないとして裁くことができますか。
ものみの塔は自らの独善的な基準により神のことばを無視してそのように裁きます。

ここで、質問

警察官は武器や格闘技を自分勝手に使ってよいでしょうか。
そもそも彼らは悪者でしょうか。

答は明らかです。
武器の管理や使用、格闘技の使用はふさわしく規制されていますし、警察官たちも、普通の人と変わらない社会人です。

ではその職業に就く人がクリスチャンになれないことがあるでしょうか。

ものみの塔の解釈では、武器を所有したり格闘技を習うことはクリスチャンの生き方に反するとされ宗教的な制裁を受けます。聖書に直接明示されていないことで制裁を課す権威を神は宗教組織に与えているでしょうか。


次に軍隊や兵役について、

軍隊も警察と同じで武器の管理と格闘技を含む体の訓練を受けます。
通常の彼らの業務は監視業務や、武器弾薬や兵器の維持管理業務です。
兵役期間中に実戦に巻き込まれることない人たちも沢山います。
彼らの通常は、警察と同じで殺人と無縁な普通の業務に過ぎません。

仮に戦争が始まり、戦線への派遣が生じればその時どうするかを個人的に決めることができます。

宗教は人々をクリスチャンの中立を理由に裁く権威を神から与えられていません。

クリスチャンは、殺人や人を憎むことを神が喜ばれないことを知っています。
また、兵役に就いているいる人たちは殺人を望んでいるのでも敵を憎んでいるのでもありません。彼らは単に国家公務員として国家の目的のために働いているに過ぎません。それは一般の人たちが企業の目的のために働いていることと同じです。

災害救助や治安維持の恩恵を受けていながら、軍隊や警察を無思慮に殺人組織とみなす宗教組織ものみの塔の独善的な態度は一貫性に欠き聖書とも調和しません。


どこで働くにしても、殺人、詐欺や不正、偶像礼拝などクリスチャンの良心に添えない事態を避けることは、各クリスチャンの責任であり、宗教組織が裁くものではありません。


ものみの塔は分を超えて自らの独善的な基準で他の人を裁き断罪し、あたかも神であるかのように振舞っています。


マタイ 12:7
7 しかし,『わたしは憐れみを望み,犠牲を[望ま]ない』ということの意味を理解していたなら,あなた方は罪科のない者たちを罪に定めたりはしなかったでしょう。



警察官も兵役に就いている人たちも、一般企業で働く人たちと何も変わらない普通の人たちに過ぎません。
それぞれの職場や境遇のなかでクリスチャンとして生きることは可能であり、仮にクリスチャンの信仰に反する事態が生じれば個人的に「人間より神に従う」ことを選べは良いはずです。





ここで、質問

イエスに「偉大な信仰」と評価された人の職業は何でしたか。
エホバがアブラハムの胤として最初に選んだ異邦人の職業は何でしたか。

答は、いわゆる軍人でした。


マタイ 8:5-10
5 [イエス]がカペルナウムに入られると,ひとりの士官がそのもとに来て,懇願して 6 こう言った。「閣下,私の下男はまひして家にこもったまま,ひどく苦しんでおります」。7 [イエス]は彼に言われた,「わたしがそちらへ行った時に治してあげましょう」。8 士官は答えて言った,「閣下,私はあなたに自分の屋根の下に入っていただくほどの者ではありません。ただそのお言葉を下さい。そうすれば,下男はいえることでしょう。9 と申しますのは,私も権威のもとに置かれた人間ですが,私のもとにも兵士がおりまして,この者に,『行け!』と言えば,その者は行き,別の者に,『来い!』と[言えば],その者は来ます。また,私の奴隷に,『これをせよ!』と[言えば],それを致します」。10 これを聞いてイエスはすっかり驚き,自分のあとに従って来る者たちにこう言われた。「あなた方に真実を言いますが,イスラエルの中のだれにも,わたしはこれほどの信仰を見たことがありません。

使徒 10:1-5
1 さて,カエサレアにコルネリオという名の人がいた。イタリア隊と呼ばれる[部隊]の士官であったが,2 篤信の人であり,自分の家の者たちすべてと共に神を恐れ,民に憐れみの施しを多く行ない,絶えず神に祈願をささげていた。3 その日のちょうど第九時ごろ,彼は幻の中で,神のみ使いが自分のところに入って来て,「コルネリオ!」と言うのをはっきり見た。4 この人は彼を見つめ,恐れ驚いて,「主よ,何でしょうか」と言った。[み使い]は彼に言った,「あなたの祈りと憐れみの施しとは記念として神のみ前に上りました。5 それで今,人をヨッパに遣わして,ペテロとも呼ばれるシモンという人を呼びなさい。



警察も軍隊も民間企業と同じで社会を構成する要素であり、そこには武器や格闘技を用いない多くの日常業務があります。

それで、それらの日常業務にあずかる人々を「血の罪のある組織のために働く者、あるいは属する者」として裁くものみの塔は常軌を逸しています。

クリスチャンを含め全ての人はサタンの世に住んでいます。
つまり、全人類が血の罪のある組織のために働いていることになります。

ものみの塔の裁きは合理的な意味を失っています。


ものみの塔の偽善

ものみの塔はランド・カム・エンジン社の株主でした。今でもそうかもしれません。

ランド・カム・エンジン社はUS海軍のディーゼルエンジンコントラクターです。
無人飛行機(drone)などに用いられるエンジンです。
その50%の株式をものみの塔協会が保有しています。

http://www.sec.gov/Archives/edgar/data/ … orm10k.txt

米国証券取引委員会(SECURITIES AND EXCHANGE COMMISSION)

Rand Cam Engine Corp. is a privately held company whose stock is reportedly owned 50% by The Watchtower Society, a religious organization, 34% by James McCann and the balance by several other shareholders. Mr. McCann has indicated that he donated the shares held by The Watchtower Society to that organization but has retained a voting proxy for those shares. Accordingly, in Notes (3) and (4) above, beneficial ownership of the 5,073,200 shares registered in the name of Rand Energy Group Inc. has been attributed to The Watchtower Society and Mr. McCann. We believe it would be misleading and not provide clear disclosure to list as beneficial owners in the table the other entities and persons discussed in this paragraph, although a strict reading of Rule 13d-3 under the Securities Exchange Act of 1934 might require each such entity and person to be listed in the beneficial ownership table.


WT to Collect Engine Royalties From U.S. Navy's Drones

The Watchtower's benefit from War Production Materials



ものみの塔協会には、機械工学、コンピュータサイエンス、その他の特殊技術を習得したJWがいて色々な機械や、ソフトを開発していますし、おそらく特許も取得していると思われます。

また協会は、名前の異なる沢山の会社法人も所有しています。
ですからそられ子会社を用いてJWに気づかれずに色々な産業に投資したり技術を売ったり貸したりできると思います。

ランド・カム・エンジン社との関係は、ものみの塔協会がJWに内緒で何を行っていたか、現在行っているか、またこれから行うかを物語っています。


このインチキ神の組織は、JWに理不尽なまでにクリスチャンの中立を強要しながら自らは隠れて国家の軍事予算から益を得ています。


何ですか、これは。
皆さんはどう思いますか。


マタイ 23:24
24 盲目の案内人,ぶよは濾し取りながら,らくだを呑み込む者たちよ!

編集者 sk (2015年03月11日 18:46:19)

オフライン

#284 2015年03月12日 20:17:50

sk
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

こんばんは,


神への従順と神以外の者への従順について考えてみます。

まず,神に従うことを否定するクリスチャンはいないでしょう。

では,神から相対的な権威をゆだねられたものたちへの従順はどのようなものでしょうか。

親,長老たち、世俗の権威などへの従順は神への従順でしょうか。

ここは識別力を働かせる必要があるところです。



なぜなら相対的な権威を与えられている者たちへの従順が、必ずしも神への従順とならない場合があるからです。



親、長老たち、世俗の権威への従順はその権威が相対的である故に、やはり相対的なものです。
加えて、アダムの罪のために完全な親とか長老、また上なる権威は存在しません。
全ての人が罪人であるために権威の誤用が「ゼロ」ということはありません。


もちろん、それを盾にとって上位の権威に対する服従を蔑むことはできません。、

ただし、相対的な権威を持つ者は、自分が不完全であり度々失敗するという現実をわきまえるべきです。

そうであれば、あつかましくも「親だから絶対正しい。」とか「長老の指示は絶対に神からのもの。」とかいえますか。
神を利用して自分の権威を高めて他の人の服従を強要することができますか。


ものみの塔協会は、平気でそのようなことをします。

ものみの塔インチキ神の代理人のインチキ・マイコンシーケンスは、

1 神とキリストは1919年に忠実で思慮深い奴隷を任命した。
2 神は、ものみの塔協会を用いて権威を行使している。
3 ものみの塔協会の世界本部にいる忠実で思慮深い奴隷は、会衆に長老を任命している。

4 それで、「会衆の長老団に従うことは神に従うことである。」ということばかり強調します。

このシーケンスには、人間の不完全さによる条件分岐回路がありません。

そもそも、ものみの塔協会も、会衆の長老団も間違いをします。
その場合は、「人間より、神に従います。」が抜けています。

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権威の相対性やその限界、また人間の不完全さや、他の人の良心を無視したり踏みにじることの危険については完全に盲目となり、絶対的な従順と独立の精神の危険ばかり記事にして「余計な文句を言わずに従え」と信仰の仲間を脅し続けています。

最近では、「上からの指示が変に思えても従うことは、神への従順です。」みたいなことを教えています。
さらに、仮に長老たちからの間違った指示に従ったために被る結果は神からのものであるかのようなことまで言ったりもします。

また、「ヨットが風をとらえてタッキングしながら進路を進むように、神はその時々に合った教えによって民を導いている。」みたいなことを言って自分達のくるくる変わる指示や教えに箔を付けることまでします。




何ですかこれは。
スーパーパリサイマインドじゃないですか。

ついていけないね。



ものみの塔協会の即席ラーメンのようなインスタント長老の皆さん、本物のクリスチャンになるために以下の聖句を黙想しなさい。


ヤコブ 3:1-2, 17
1 わたしの兄弟たち,あなた方の多くが教える者となるべきではありません。わたしたちがより重い裁きを受けることをあなた方は知っているからです。2 わたしたちはみな何度もつまずくのです。言葉の点でつまずかない人がいれば,それは完全な人であり,全身を御することができます。

17 しかし,上からの知恵はまず第一に貞潔であり,次いで,平和を求め,道理にかない,進んで従い,憐れみと良い実とに満ち,不公平な差別をせず,偽善的でありません。(長老とは神に従う点でイエスのように模範となる人のことです。)




ヨハネ 8:47
47 神からの者は神の言われることを聴きます。あなた方が聴かないのはこのため,つまり,神からの者ではないからです」。


神に従うことを識別できる人は幸いです。

編集者 sk (2015年03月12日 22:15:38)

オフライン

#285 2015年04月04日 06:48:42

sk
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

おはようございます。


昨日、7人で主の記念式を行いました。

全員がバプテスマを受けたクリスチャンで5人は以前JW、あと一人は以前カトリック、残りの一人は以前バプテストでした。


7人ともパンとぶどう酒にあずかりました。


主の記念式について書きます。



まず、イエスは世に命を与える天からのパンとご自分を紹介しています。

ヨハネ6:32-33, 51, 53-56
32 . . . わたしの父は,天からの真のパンをあなた方に与えておられるのです。33 天から下って来て世に命を与える者,それが神のパンだからです」。

51 わたしは天から下って来た生きたパンです。だれでもこのパンを食べるなら,その人は永久に生きます。そして,本当のことですが,わたしが与えるパンとは,世の命のためのわたしの肉なのです」。

53 そこでイエスは彼らに言われた,「きわめて真実にあなた方に言いますが,人の子の肉を食べず,その血を飲まないかぎり,あなた方は自分のうちに命を持てません。54 わたしの肉を食し,わたしの血を飲む者は永遠の命を持ち,わたしはその人を終わりの日に復活させるでしょう。55 わたしの肉は真の食物であり,わたしの血は真の飲み物なのです。56 わたしの肉を食し,わたしの血を飲む者は,ずっとわたしと結びついているのであり,わたしもその者と結びついています。


「世に命を与える」、「世の命のための」、と言われているように、イエスの贖いの犠牲は天的クラスのためだけのものではないことが分かります。

アダムの子孫は全てキリストの犠牲にあずかり永遠の命を回復することが期待されています。


イエスの犠牲の死は、新しい契約を有効にしました。
「キリストの血による新しい契約」により全人類は罪の許しを得、アダムが失った永遠の命を回復します。
アダムもエバもキリストの犠牲の恩恵を受けて失った命と神の子としての立場を回復するでしょう。
そもそも永遠の命を回復する世はアダムから始まっています。

記念式を制定された夜、イエスはそのことを述べています。

マタイ 26:26-28
26 彼らが食事を続けていると,イエスはパンを取り,祝とうを述べてからそれを割き,弟子たちに与えて,こう言われた。「取って,食べなさい。これはわたしの体を表わしています」。27 また,杯を取り,感謝をささげてからそれを彼らに与え,こう言われた。「あなた方はみな,それから飲みなさい。28 これはわたしの『契約の血』を表わしており,それは,罪の許しのため,多くの人のために注ぎ出されることになっているのです。


それで、罪の許しのための新しい契約はアダムを含む全人類のためにあります。
キリストの血による新しい契約は、約束の女の胤による救出の顕われ(顕在化)であり、それにより人類は自らを祝福することになります。


全人類との新しい契約と一民族のイスラエルとの律法契約を比較すると神の救いのプロセスが分かります。

一民族であるイスラエルとの間の律法契約は、イスラエル民族をサンプルとして人類の罪を暴く目的を果たしました。それは、罪の贖いの必要性を自覚させキリストへ人々を導く役目を果たしました。

キリストの犠牲の血による新しい契約は、単に一民族のためのものではありません。
それは、約束の女の胤による全人類の救出のためのものです。
ですから新しい契約は世の命のためであり、世の罪のゆるしのために機能します。


では、どのようにして新しい契約に入るのでしょうか。

古代イスラエル人がエジプトの奴隷状態から解放されアラビアのシナイ山で律法契約に入ったことから答を導き出すことができます。


彼らはアカバ湾の紅海のをくぐりアラビア半島に渡りシナイ山でモーセを通して律法契約に入りました。
http://www.jwstudy.com/jwbbs/viewtopic. … 1972#p1972

そのことは、モーセへのバプテスマにたとえられています。

コリント第一 10:1-2
1 さて,兄弟たち,あなた方に知らずにいて欲しくないことですが,わたしたちの父祖はみな雲の下にあり,みな海の中を通り,2 みな雲と海とによってモーセへのバプテスマを受けました。


これと対応して、人はキリストへのバプテスマを受けて新しい契約に入ります。

クリスチャンの水のバプテスマはキリストを受け入れた人が全人類のための新しい契約に入ることの象徴です。

イエスは全地に出かけて行きキリストの名によるバプテスマを施すように命令して天に戻りました。

マタイ 28:19-20
19 それゆえ,行って,すべての国の人々を弟子とし,わたしの名において*彼らにバプテスマを施し,20 わたしがあなた方に命令した事柄すべてを守り行なうように教えなさい。

*「父と子と聖霊との名において」は最古の写本にはありません。
in my name (わたしの名において)となっています。



それで、全てのバプテスマを受けたクリスチャンはキリストの犠牲にあずかるのはふさわしいことです。
なぜなら彼らは罪の許しのための新しい契約の当事者だからです。


ものみの塔協会は、クリスチャンの水のバプテスマの意義、新しい契約の適用において聖書にない独自の教理を教えて人々を欺いています。

ものみの塔協会は、水のバプテスマは献身の象徴と教え、罪の許しのための新しい契約とのつながりを理解していません。
聖書は水のバプテスマを罪の悔い改めの象徴と教えており、新しい契約は罪の許しのためにあります。それは天的クラスの人のためだけのものではありません。

その誤った教えは聖書から立証できません。

編集者 sk (2015年04月04日 07:58:25)

オフライン

#286 2015年04月13日 18:25:26

sk
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

こんばんは、



見えるものによらず、信仰によって歩むことについて書きます。



クリスチャンは見えるものによってではなく信仰によって歩みます。
彼らは目に見える神殿を地上に持っていません、なぜなら彼ら自身が神殿だからです。
彼らは、この世の制度から開放されキリストの王国へ移されました。ですから彼らは世のものではありません。

コリント第二 5:7
7 わたしたちは信仰によって歩んでいるのであり,見えるところによって[歩んでいるの]ではありません

コリント第一 3:16-17
16 あなた方は,自分たちが神の神殿であり,神の霊が自分たちの中に宿っていることを知らないのですか。17 もしだれかが神の神殿を滅ぼすなら,神はその人を滅ぼされます。神の神殿は聖なるものだからです。あなた方はその[神殿]なのです。

エフェソス 2:19-22
19 それゆえ,あなた方はもはや決してよそ者や外人居留者ではありません。聖なる者たちと同じ市民であり,神の家族の成員なのです。20 そしてあなた方は使徒や預言者たちの土台の上に築き上げられているのであり,キリスト・イエスご自身は土台の隅石です。21 彼と結びあって建物全体は調和よく組み合わされ,エホバのための聖なる神殿に成長してゆきます。22 彼と結びあってあなた方も共に築き上げられ,神が霊によって住まれる所となってゆくのです。

コロサイ 1:13
13 [神]はわたしたちを闇の権威から救い出し,ご自分の愛するみ子の王国へと移してくださいました

ヨハネ 18:36
36 イエスは答えられた,「わたしの王国はこの世のものではありません。わたしの王国がこの世のものであったなら,わたしに付き添う者たちは,わたしをユダヤ人たちに渡さないようにと戦ったことでしょう。しかし実際のところ,わたしの王国はそのようなところからのものではありません」。



キリストの王国は世のものではありません。

キリストの王国は王国の子たちのための天的な権威です。
それは人工的な目に見える地上の中央集権化された宗教的な権威ではありません。
天の王国の首都は、地上の宗教組織の世界本部が代表することはできません。
その首都は天にあり、クリスチャンはその天的な首都の市民です。
王国の子たちと天の間に物理的な取り決めは存在しません。
王国の子たちは、見えない実体を見るための信仰と霊的な視力を持つことが期待されています。
全ての王国の子たちは、天と直接つながっています。
それらの見えない取り決めを見るようにするのは彼らの信仰です。
ですから、キリストの王国はいかなる地上の取り決めには見出せません。
どんな地上の宗教組織も天の王国を代表するものであると主張できません。

ものみの塔聖書冊子協会が独断的にそのように主張したところで、塔はキリストの王国と何の関係もありません。また、エホバの証人は王国の子たちでもありません。

彼らもまた、キリスト教世界の他の教会組織と同様偽物のキリストの王国です。
サタンは、宗教心のある人々を地上の取り決めである偽の王国へ誘い込みました。




フィリピ 3:19-20
19 . . . その思いは地上の事柄に向けられています。20 しかしわたしたちについて言えば,わたしたちの市民権は天にあり,わたしたちはまた,そこから救い主,主イエス・キリスト[が来られるの]を切に待っています。

ローマ 8:5
5 肉にしたがう者は自分の思いを肉の事柄に向けるのに対し,霊にしたがう者は霊の事柄に[向ける]からです。

コロサイ 3:1-2
1 しかしあなた方は,もしキリストと共によみがえらされたのであれば,上にあるものを求めてゆきなさい。そこにおいてキリストは,神の右に座しておられるのです。2 地上にある事柄ではなく,上にある事柄に自分の思いを留めなさい。

ヘブライ 12:18-24
18 あなた方が近づいたのは,触れることのできる,火で燃えているものではなく,また暗い雲や濃い闇や大あらし,19 またラッパの高鳴りや言葉の声ではありません。民はその声を聞くと,自分たちにそれ以上言葉が加えられることのないようにと哀願しました。20 「そしてたとえ獣でも山に触れるなら,それは石打ちにされねばならない」という命令が,彼らには耐えられないものだったのです。21 また,その有様があまりにも恐ろしかったので,モーセは,「わたしは恐ろしさに震える」と言いました。22 しかしあなた方は,シオンの山,生ける神の都市なる天のエルサレム,幾万ものみ使いたち,23 [すなわちその]全体集会,天に登録されている初子たちの会衆,すべてのものの裁き主なる神,完全にされた義人たちの霊的な命,24 新しい契約の仲介者であるイエス,そして,アベル[の血]よりさらに勝った仕方で語る振り注ぎの血に近づいたのです。



あなたは、これらの見えない実体が見えますか。
つまり、分かりますか。信じますか。
もし、見えるならとても良いことです。


この天の王国は、キリストが罪のない犠牲の死によってサタンを征服して復活し天に戻ったときから存在しています。

そのとき以来、歴史をとおしてキリストは地上にいる王国の子たちを導き保護し続けてきました。どの時代の王国の子たちもこの霊的な取り決めを理解することができます。目に見える印象的な神殿や建物、地上の見える組織構造を持っていなくても、王国の子たちは見えない方を見て行動したモーセのように信仰により天の王国の取り決めを見ることができます。彼らは、導きや教えや保護を天の見えない王国に求めます。ですから、彼らはクリスチャンの行き方のために地上の取り決めに目を向けません。彼らはサタンの世における外人居留者です。彼らはYHWHへの信仰を持つ者たちの父であるアブラハムのようなテント居留者です。


ローマ 4:9-12
9 では,この幸いは割礼を受けた人々に臨むのですか。それとも,無割礼の人々にもですか。というのは,「アブラハムに対してその信仰は義とみなされた」と,わたしたちは言うからです。10 では,どんな事情のもとでそのようにみなされたのですか。彼が割礼[を受けてから]ですか,それとも無割礼の時でしたか。割礼[を受けてから]ではなく,無割礼の時です。11 そして彼はしるし,すなわち割礼を,無割礼の状態で得ていた信仰による義の証印として受けたのです。それは,無割礼の状態で信仰を持つ人すべての父となり,その人たちが義とみなされるためでした。12 それで,[彼は]割礼のある子孫の父ですが,割礼を堅く守る者たちに対してだけでなく,無割礼の状態にありながら,わたしたちの父アブラハムが持ったあの信仰の足跡にそって整然と歩む者たちに対しても[父]なのです。


ヘブライ 11:8-10, 13-16
8 信仰によって,アブラハムは,召された時[それに]従い,自分が相続財産として受けるはずの場所へ出て行きました。しかも,自分がどこへ行くのかを知らないのに出て行ったのです。9 信仰によって,彼は,異国にいるようにして,約束の地に外国人として居留し,自分と共にその同じ約束の相続人であるイサクやヤコブと共に天幕に住みました。10 彼は真の土台を持つ都市を待ち望んでいたのです。その[都市]の建設者また造り主は神です。

13 これらの人はみな信仰のうちに死にました。彼らは約束[の成就]にあずかりませんでしたが,それをはるかに見て迎え入れ,自分たちがその土地ではよそからの者,また一時的居留者であることを公に宣明しました。14 そのように言う者は,自分自身の場所を切に求めていることを明らかにしているのです。15 しかも,もし彼らが,自分たちの出て来たその[場所]をいつも思い出していたのであれば,帰る機会もあったはずです。16 しかし今,彼らは,さらに勝った[場所],すなわち天に属する[場所]をとらえようとしているのです。ゆえに神は,彼らを,[そして]彼らの神として呼び求められることを恥とはされません。彼らのために都市を用意されたからです。


アブラハムの主要な胤であるイエス・キリストも外人居留者として地上で活動しました。


マタイ 8:20, ルカ 9:58
20 しかしイエスは彼に言われた,「きつねには穴があり,天の鳥にはねぐらがあります。しかし人の子には頭を横たえる所がありません」。


ご自分の罪のない死によってサタンの世の征服し天に戻ったキリストは、それ以来王国の子たちを天から指導し保護しておられます。


マタイ 28:20
20 . . . 見よ,わたしは事物の体制の終結の時までいつの日もあなた方と共にいるのです」。


啓示の書でキリストは、全ての王国の子たちの状況について「わたしは、あなたの行いを知っている」と述べています。そしてそれぞれの状況に従って教訓と矯正を与えています。(啓示 2-3章)

これは、いつの時代も、またどこにいても王国の子たちはキリストの支配の下にいることを教えています。


王国の子たちは、キリストとおなじように本当のアブラハムの胤です。
彼らもまたアブラハムのような信仰を持っています。
彼らもまた見えないものを見る霊的な視力を持っています。
彼らは見える取り決めに依存しません。
彼らは世にあって外人居留者です。



アブラハムやイエスのように王国の子たちは、世にあって目で見分けられる組織や構築物を持たない外人居留者です。彼らは互いに対するキリストに見習った愛と真理を証する業でのみ見分けられます。


王国の子たちは、古い事物がすでに過ぎ去って新しい事物が存在していることを知っています。
神はかって地的な組織を用いていましたが、もはやそれはありません。
崇拝のための地的な取り決めは、見えない実体の実現のため時代遅れとなり廃止されました。
天的な取り決めが地的な取り決めに取って代わりました。キリストの天の王国が実現したので、王国の子たちは地的な取り決めから天的な取り決めに移されました。

わたしたちは、今天的な取り決めの下にあります。


ヨハネ 4:21-24
21 . . . あなた方が,この山でも,エルサレムでもないところで父を崇拝する時が来ようとしています。22 あなた方は自分の知らないものを崇拝しています。わたしたちは自分の知っているものを崇拝しています。救いはユダヤ人から起こるからです。23 とはいえ,真の崇拝者が霊と真理をもって父を崇拝する時が来ようとしています。それは今なのです。実際,父は,ご自分をそのように崇拝する者たちを求めておられるのです。24 神は霊であられるので,[神]を崇拝する者も霊と真理をもって崇拝しなければなりません」。


ユダヤ人の会堂(シナゴグ)でも、教会でも、神殿でも、寺でも、神社でも、モスクでも、どの山でも、また王国会館でもないところで、真の崇拝者たちが神を崇拝するときが、1世紀にイエスが王国宣教を地上で開始したときから始まっています。

とはいえ、当初キリストの弟子たちでさえこれまで慣れ親しんできた地的な取り決めをを期待していました。
彼らはキリストの王国が地上のイスラエルに回復されるものと思っていました。

使徒 1:6
6 さて,集合したときに,彼らは[イエス]に尋ねはじめた,「主よ,あなたは今この時に,イスラエルに王国を回復されるのですか」。

しかし、実体である新しい取決めまたは体制では、影に属する肉(性別や人種)や、場所、建物は意味を持ちません。


コリント第二 5:16-17
16 したがって,わたしたちは今後,だれをも肉によって知ることはありません。たとえ,キリストを肉によって知ってきたとしても,今はもう決してそのような知り方はしません。17 したがって,キリストと結ばれている人がいれば,その人は新しい創造物です。古い事物は過ぎ去りました。見よ,新しい事物が存在しているのです。

ヨハネ 4:21, 23-24
21 イエスは彼女に言われた,「女よ,わたし[の言うこと]を信じなさい。あなた方が,この山でも,エルサレムでもないところで父を崇拝する時が来ようとしています。

ガラテア 3:26-29
26 現にあなた方は皆,キリスト・イエスに対する信仰によって神の子なのです。27 キリストへのバプテスマを受けたあなた方は皆キリストを身に着けたからです。28 ユダヤ人もギリシャ人もなく,奴隷も自由人もなく,男性も女性もありません。あなた方は皆キリスト・イエスと結ばれて一人の[人]となっているからです。29 さらに,キリストに属しているのであれば,あなた方はまさにアブラハムの胤であり,約束に関連した相続人です。



王国の子たちは地上の組織宗教の外にいます。
彼らは天からキリストにより直接導かれ保護されています。
王国の子たちは地的な取り決めによりコントロールされない霊的な理解力を持っています。
彼らはクリスチャンの自由をもつキリストの奴隷であり、神に属する者たちです。
彼らは天的な取り決めだけにより導かれます。
彼らは何が起きても主であるキリストの声に従います。

ただ聖書のみが彼らの生き方を決めます。


ヨハネ 10:14, 16, 27
14 わたしはりっぱな羊飼いであり,自分の羊を知り,わたしの羊もわたしを知っています。
16 「また,わたしにはほかの羊がいますが,それらはこの囲いのものではありません。それらもわたしは連れて来なければならず,彼らはわたしの声を聴き,一つの群れ,一人の羊飼いとなります
27 わたしの羊はわたしの声を聴き,わたしは彼らを知っており,彼らはわたしに付いて来ます。


啓示 14:4-5
4 これらは女によって自分を汚さなかった者である。事実,彼らは童貞である。これらは,子羊の行くところにはどこへでも従って行く者たちである。これらは,神と子羊に対する初穂として人類の中から買い取られたのであり,5 その口に偽りは見いだされなかった。彼らはきずのない者たちである。


ヤコブ 1:1
1 神および主イエス・キリストの奴隷ヤコブから,各地に散っている十二部族へ:

テモテ第二 2:19
19 しかしながら,神の堅固な土台は不動であり,それにはこの証印が付いています。すなわち,「エホバはご自分に属する者たちを知っておられる


ガラテア 6:15-16
15 割礼も無割礼も重要ではなく,ただ新しく創造されることが[重要]なのです。16 そして,この行動の規準にしたがって整然と歩むすべての人,その人たちの上に,そうです神のイスラエルの上に,平和と憐れみとがありますように。(クリスチャンは神のイスラエル、アブラハムの胤、神の神殿、新しい創造物です。)

新しい創造物は、肉(性別、人種)でもなく、物質的な構造物でもなく、行動基準によってのみ見分けられます。

わたしたちの行動基準は聖書中のキリストの教えに根ざします。

そして、王国の子たちは、同じ行動基準によって歩む他の王国の子たちを見分けることができます。



ヨハネ 8:31-32
31 そこでイエスは,自分を信じたユダヤ人たちにさらにこう言われた。「わたしの言葉のうちにとどまっているなら,あなた方はほんとうにわたしの弟子であり,32 また,真理を知り,真理はあなた方を自由にするでしょう」。


テモテ第二 3:15-16
15 . . . その[聖なる書物]はあなたを賢くし,キリスト・イエスに関する信仰によって救いに至らせることができます。16 聖書全体は神の霊感を受けたもので,教え,戒め,物事を正し,義にそって訓育するのに有益です。17 それは,神の人が十分な能力を備え,あらゆる良い業に対して全く整えられた者となるためです。



信仰によって歩むとは、聖書を導きにしてキリストの弟子として生きるということです。
それは、組織宗教の信者になることではありません。

編集者 sk (2015年04月13日 22:02:41)

オフライン

#287 2015年04月14日 08:05:29

もんもん
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

全体的な内容は理解できますが、私達が天的な取り決めのもとにいるというのは、ちょっと誤解されやすい表現だと思いました。

イエスを仲介者とする新しい契約のもとにいるというほうが誤解がないんじゃないかなぁ。

オフライン

#288 2015年04月14日 17:47:26

sk
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

こんばんは、もんもん兄弟


兄弟の最近のコメントをみると、ずいぶん「塔縛り」が解けたみたいね。

新しい契約と天との関係を書きます。


まず、皆さんが思いに留めてただきたいポイントがあります。


それは、「天」という言葉が見えない実体や権威の簡潔で直接的、まただれでもすぐに分かる表現であるという点(なんか駄洒落みたいね)です。

信仰によって歩むことは、見えることによって歩むことと対比されていますので、見えない実体の適切な表現の「天」を用いる方がふさわしいと思います。

「新しい契約」という表現は、一般の人に意味をなさないでしょう。
その表現は、解説を要するある意味で難解なものです。


「天」           : 誰でもすぐ分かる。
「新しい契約」 : 何ですか、ソレ?となる。


イエスは天の王国を宣べ伝えました。
イエスの教えには「天」という表現がいっぱいです。
「新しい契約」という言葉は、最後の晩餐のときに用いられただけです。


もんもん兄弟のように「天」アレルギーの方もいると思いますが、聖書はその表現で満ちています。
それで、王国の子たちがその表現を嫌う理由はありません。
それは、見えない実体の適切な表現です。

イエスは、「わたしの王国は、世のものではありません。」とローマの支配者に告げました。

では、どこのものですか。

「あの世のものです。」な~んて答えるつもりですか。 icon_lol.gif

「天のものです。」が全てを包含した答として通用するのではありませんか。
その表現で王国の権威が天の神からものであり、見えない実体であることが直ちに伝わります。
すくなくとも、1世紀当時の人々はそれで納得して信仰を働かせてクリスチャンになりました。



では、新しい契約と天とのつながりについて書きます。


新しい契約は、全人類の罪の許しのためにあります。

ヨハネ 6:48-51
48 「わたしは命のパンです。49 あなた方の父祖は荒野でマナを食べましたが,それでも死にました。50 これは天から下って来るパンであり,だれでもそれを食べる者が死なないためのものです。51 わたしは天から下って来た生きたパンです。だれでもこのパンを食べるなら,その人は永久に生きます。そして,本当のことですが,わたしが与えるパンとは,世の命のためのわたしの肉なのです」。

ヨハネ第一 2:2
2 そして彼はわたしたちの罪のためのなだめの犠牲です。ただし,わたしたちの[罪]のためだけではなく,全世界の[罪]のためでもあります。




新しい契約と共に始まった業は、人類の初穂の収穫の業です。

人類の初穂は、天に行くことになっています。
その目的は、天の王国の成員となるためです。
人類の初穂は、キリストと共にアダムの子孫の回復の業に与ります。
そのための機関が天の王国であり、その回復の業のための期間が1,000年です。

啓示 14:4
4 . . . これらは,神と子羊に対する初穂として人類の中から買い取られたのであり,

啓示 5:9-10
9 そして彼らは新しい歌を歌って言う,「あなたは巻き物を受け取ってその封印を開くにふさわしい方です。あなたはほふられ,自分の血をもって,あらゆる部族と国語と民と国民の中から神のために人々を買い取ったからです。10 そして,彼らをわたしたちの神に対して王国また祭司とし,彼らは地に対し王として支配するのです」。

使徒 3:21
21 まさに,天はこの方を,神が昔のご自分の聖なる預言者たちの口を通して語られたすべての事柄の回復の時まで,その内にとどめておかなければなりません。



人類の初穂には、裁く権威が与えられ、サタンの世で踏みにじられてきた公正を復活してくるアダムの子孫の間に回復してゆきます。
また、彼らには人類社会の物理的な回復に必要な全ての権威や能力も与えられます。
イエスは弟子たちに病気を癒したり死者を復活させる能力を与えました。
それは、天の王国の1,000年の支配の下で死者の復活と健康の回復は王国の子たちによりなされること示唆しています。
それで天の王国の相続人である人類の初穂たちは天と地を行き来し地上で働くでしょう。


啓示 20:4
4 またわたしは,[数々の]座を見た。それに座している者たちがおり,裁きをする力が彼らに与えられた。実に,イエスについて行なった証しのため,また神について語ったために斧で処刑された者たち,また,野獣もその像をも崇拝せず,額と手に印を受けなかった者たちの魂を見たのである。そして彼らは生き返り,キリストと共に千年のあいだ王として支配した

マタイ 10:5-8
5 イエスはこれら十二人を遣わして,この命令をお与えになった。「諸国民の道に行ってはならず,またサマリア人の都市に入ってはなりません。6 そうではなく,いつもイスラエルの家の失われた羊のところに行きなさい。7 行って,『天の王国は近づいた』と宣べ伝えなさい。8 病気の人を治し,死んだ者をよみがえらせ,らい病人を清め,悪霊を追い出しなさい。あなた方はただで受けたのです,ただで与えなさい。





人類の初穂の収穫は、イエスの贖いの犠牲により可能になりました。
イエスの罪のない犠牲の死により、人類の罪を許す根拠が提供されました。
イエスの犠牲による「新しい契約」は全人類の罪の許しのために機能するでしょう。

最初にその恩恵を受けるのが人類の初穂と言われており、天の王国の成員となり「地にあるもの」の益のために働きます。
そしてアダムの罪のために失われたものの回復の業のために計画された期間は1,000年です。


天の王国による人類の救いの計画は、イエスの罪のない犠牲の死により実施可能となりました。
仮にイエスがアダムのように失敗したら、救いの計画が破綻することになります。

しかし現実は、イエスは期待されたとおり成功し罪の奴隷である人類に永遠の将来が開かれました。

ヨハネ第一 3:8
8 . . . 神の子が現わされたのはこのためです。すなわち,悪魔の業を打ち壊すためです。

ヘブライ 2:14
14 そこで,「幼子たち」が血と肉を持つ者なので,彼も同様にその同じものにあずかりました。それは,自分の死によって,死をもたらす手だてを持つ者,すなわち悪魔を無に帰せしめるためでした。

ヨハネ 12:31
31 今,この世の裁きがなされています。今やこの世の支配者は追い出されるのです。

ヨハネ 14:30
30 わたしはもう,あなた方と多くは語らないでしょう。世の支配者が来ようとしているからです。そして,彼はわたしに対して何の力もありません


啓示 5:5
5 しかし長老の一人がわたしにこう言う。「泣くのをやめなさい。見よ,ユダ族の者であるライオン,ダビデの根が征服を遂げたので,巻き物とその七つの封印を開くことができる」。






人類の初穂たちは、最初に「新しい契約」の恩恵を受け天の王国の相続人となります。
そして、その初穂の収穫の業はキリストが地上で王国の種を蒔く活動を開始してから、初穂の最後を収穫し天の蔵に集めるために再び地上に戻るまでのキリスト教の時代になされます。

ですから、バプテスマを受けたクリスチャンは新しい契約により罪の許しをうけ、王国の子たちとなり人類の初穂としてイエスの帰還のときに天に収穫される希望があります。

今は、人類の初穂である王国の子たちの収穫の時期であり、「地にあるもの」を集めるときではありません。

「地にあるもの」は、天の王国の1,000年期に新しい契約により罪の許しをうけアダムが失った完全性と永遠の命を回復するでしょう。

天の王国で、人類の初穂である王国の子たちは人類の回復の業に携わります。
このようにして、天の王国の1,000年期はあらゆる国民がアブラハムの真の胤により自らを祝福する時代となります。

エフェソス 1:10
10 定められた時の満了したときにおける管理のためにご自身のうちに意図された意向によるものであり,すなわちそれは,すべてのもの,天にあるもの地にあるものを,キリストにおいて再び集めることです。[そうです,キリスト]において,

コロサイ 1:20
20 また,苦しみの杭の上で[彼の流した]血を通して平和を作ることにより,地上のものであれ天にあるものであれ,[他の]すべてのものを彼を通して再びご自分と和解させることを[よしとされた]からです。

創世記 22:18
18 そして,あなたの胤によって地のすべての国の民は必ず自らを祝福するであろう。あなたがわたしの声に聴き従ったからである』」。




では、人類の初穂となる人々はどのような人たちでしょうか。

才能や知力に恵まれた高貴な人々でしょうか。あるいは身体的に整った印象的な容姿の人たちでしょうか。

いいえ。
その大半はそうではありません。

神は世の貧しい者たち、見下げられた者たちを選び信仰に富ませました。

なぜでしょうか。

全てのものが誇る理由をもたないためです。


コリント第一 1:26-29
26 兄弟たち,あなた方が自分たちに対する[神の]召しについて見ていることですが,肉的に賢い者は多くなく,強力な者も多くなく,高貴な生まれの者が多く召されたのでもありません。27 むしろ,神は世の愚かなものを選んで,賢い人々が恥を被るようにされました。また,神は世の弱いものを選んで,強いものが恥を被るようにされました。28 また神は,世の卑しいものや見下げられたもの,無いものを選んで,有るものが無になるようにされました。29 それは,肉なる者がだれも神のみ前で誇ることのないためです。



罪からの開放や完全さの回復は、わたしたちの側の功績ではありません。
それは神の過分の親切、無償の贈り物、恩寵(grace)です。

ですから誰も救いを自分の業で獲得することはできませんし、あたかもそうであるかのように誇ることは締め出されています。


神の選びのその他の利点は何でしょうか。
虐げられた人々やハンディを負っている人々、また悪い生き方を変えた人たちは、自分の経験から不正や病気、その他の弱さの痛みをそれだけ余計に分かっているはずです。
神はそのような者たちを用いて人類の回復の業を行われます。
回復の業のために不正や苦痛や弱さの経験者を用い、同胞を理解や思いやりをもって扱う支配者たちを整えました。
それは神の知恵と憐れみの反映です。


コリント第一 6:9-11
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

マタイ 9:12-13
12 [これを]聞いて[イエス]は言われた,「健康な人に医者は必要でなく,病んでいる人に[必要]なのです。13 それで,『わたしは憐れみを望み,犠牲を[望ま]ない』とはどういうことなのか,行って学んできなさい。わたしは,義人たちではなく,罪人たちを招くために来たのです」。

マタイ 21:28-32
28 「あなた方はどう考えますか。ある人に二人の子供がいました。彼は一番目の者のところに行って,『子供よ,今日,ぶどう園に行って働きなさい』と言いました。29 この者は答えて,『[行き]ます,[父上]』と言いましたが,出かけて行きませんでした。30 二番目の者に近づいて,彼は同じことを言いました。この者は答えて,『[行き]ません』と言いました。後ほど彼は後悔して出かけて行きました。31 この二人のうち,どちらが父の意志を行ないましたか」。彼らは,「後の者です」と言った。イエスは彼らに言われた,「あなた方に真実に言いますが,収税人や娼婦たちがあなた方より先に神の王国に入りつつあるのです。32 ヨハネが義の道をもってあなた方のところに来たのに,あなた方は彼を信じなかったからです。ところが,収税人や娼婦たちは彼を信じました。あなた方は,[それを]見ながら,あとから後悔して彼を信ずるようにはなりませんでした。


人類の初穂は、あらゆる種類の悔い改めた罪人から取られます。
なぜなら、それらの人々は理解と憐れみをもって助けを必要としている人を扱うからです。
自分たちも神の憐れみにより助けられたのですから、今度は他の人に憐れみを示すことが期待されます。


マタイ 18:33
33 わたしがあなたに憐れみをかけたように,今度はあなたが仲間の奴隷に憐れみをかけるべきではなかったのか』。


ですから、王国の価値が分かる人は隠された宝や高価な真珠を見つけた人のようになるでしょう。

ものみの塔の地上の楽園に縛られている人は、自分が受ける地上の祝福に思いを向けているため、アダムの失ったものの回復のための天の王国の価値、また人類の初穂として王国の子たちとなる希望の卓越性がが分からないでしょう。


マタイ 13:44-45
44 「天の王国は畑に隠された宝のようです。人はそれを見つけてから隠しました。そして,喜びのあまり,出かけて行って自分の持つものすべてを売り,それからその畑を買うのです。
45 「また,天の王国はりっぱな真珠を探し求める旅商人のようです。46 価の高い真珠一つを見つけると,去って行って自分の持つすべてのものを即座に売り,それからそれを買いました。




失われたものの回復には、キリストのような隣人愛が求められます。
ですから、人類の初穂たちは愛の点で完全になるように神の霊の働きを受けるでしょう。
キリストの王国は、サタンの世の王国と質が全く違います。

腐りきった実を生み出しつづけるサタンの世はキリストの帰還の際に裁かれて終わります。(啓示 11:18)
憐れみ深い人々は憐れみを受けキリストの1,000年期のすべてのことの回復の時代に生き残るでしょう。(マタイ 5:7、25:34-40、ヤコブ 2:13)
死者は復活により命のためのセカンドチャンスが与えられるでしょう。(ヨハネ 5:28-29、使徒 24:15)
人類の隠れた事柄が明るみに出され全て公正に裁かれるでしょう。(ローマ 2:16)
罪の痕跡が全て取り除かれ、人々は完全な体と健康を取り戻すでしょう。(啓示 21:3-4)

これらの全ての回復の業に人類の初穂である王国の子たちはキリストと共に与ります。



コロサイ 3:1-2
1 しかしあなた方は,もしキリストと共によみがえらされたのであれば,上にあるものを求めてゆきなさい。そこにおいてキリストは,神の右に座しておられるのです。2 地上にある事柄ではなく,上にある事柄に自分の思いを留めなさい




聞く耳のある人は聴きなさい。

編集者 sk (2015年04月19日 22:55:35)

オフライン

#289 2015年04月15日 15:20:44

ガリレオくん
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

こんにちはskさん、#286の件です↓
王国の子たちは地上の組織宗教の外にいます。
彼らは天からキリストにより直接導かれ保護されています。
王国の子たちは地的な取り決めによりコントロールされない霊的な理解力を持っています。
彼らはクリスチャンの自由をもつキリストの奴隷であり、神に属する者たちです。
彼らは天的な取り決めだけにより導かれます。
彼らは何が起きても主であるキリストの声に従います。
ただ聖書のみが彼らの生き方を決めます。

確かに福音書には天の王国について弟子たちに語られた場面が随所に見られますが、塔縛り一途で生きてきた者にとってskさんのお考えはまさに目が点(゚ロ゚)(ギャグ返します)になります。スケールが大きいというか馴染めないというか、これも素直に読み返しながら整理する必要があります、時間がかかりそうです。
以前私を「兄弟」と呼びかけて下さったことを考えますと、skさんも脱塔組ではないかと思いましたが、受け入れるのに困難や葛藤を覚えたり、すんなり受け入れるのに何かきっかけがあったりはされなかったでしょうか?私もなるべくローギャーからトップまで無理せずに進めたらと思っています。

オフライン

#290 2015年04月15日 19:35:38

sk
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

こんばんは、ガリレオ兄弟


ゆっくり進んでください。

も塔のインチキ聖書理解を離れてクリスチャンギリシャ語聖書を読み返せば見えてきますよ。
安全運転で周りの景色を楽しみながらドライブしてください。




も塔はキリスト教の他の教会組織と変わらない国家登記済み宗教法人です。
そのような組織宗教は、すべて国家による宗教法人恩典を受けています。
例をあげると免税、布教活動の保護、宗教的治外法権などです。

も塔も含めてほとんどの組織宗教(宗教法人)は、国税庁が提供する同意書に署名しています。

アメリカの場合、
結社の定款を準備して信仰の条約書、誓約書に署名し最低6人で宗教を結成できます。
その後宗教団体の定款を公表します。

すると、設立した宗教団体の登録を勧めに国税庁(IRS Internal Revenue Service)が尋ねてきて501(c)(3)の非営利団体として免税特権を得るために501文書に署名するように求められます。署名は501(c)(3)の条項に同意したことを意味します。

その条項には、演壇から政治的なことは一切語らないことが含まれます。
また、子供は国家より親に属することを強調することはできません。
その他、国家優先の同意事項が書かれています。

組織宗教は国家の保護と特権を得ていますが、国家との契約により国家に隷属しています。


日本の場合も同じと思います。
なぜなら、日本はご存知のようにアメリカの属国だからです。

宗教法人と国家の契約を調べてみるのもいいかもね。


みんな獣の上に座す大いなるバビロンだよ。


啓示 17:3
3 . . . そこでわたしは,冒とく的な名で満ちた,七つの頭と十本の角を持つ緋色の野獣の上に,ひとりの女が座っているのを目にした。

編集者 sk (2015年04月17日 08:00:51)

オフライン

#291 2015年04月15日 21:25:52

ささらほーさら
ゲストユーザー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

skさん さんの発言:

全員がバプテスマを受けたクリスチャンで5人は以前JW、あと一人は以前カトリック、残りの一人は以前バプテストでした。

質問です。

ご説明によると、以前に受けたバプテスマは無効なわけですよね?
どこでバプテスマを受けられたのですか?
それを施したのはどなたですか?

どこかに既に説明されていましたら、その箇所を教えていただけますか?

#292 2015年04月16日 07:11:10

sk
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

おはようございます、ささらほーさら姉妹


バプテスマの件について書きます。

わたしは高校卒業後にも塔の地域大会でバプテスマを受けました。

当時はバプテスマの意味を今ほどはっきり理解していませんでしたが、聖書の要求なのでバプテスマを受けました。
そしてキリストの弟子になりました。も塔の塔員ではありません。
それで、も塔はわたしの信仰を利用しても塔のリクルート活動を行ったとはいえ、善意のわたしはキリストの教えを述べ伝えました。そして多くの人々をバプテスマに導きました。

聖書から得られた不変の真理は、

神の存在
YHWHが神で、イエスは被造物の初子で三位一体はインチキ
死は塵に戻ることで、死者の希望は復活
神の救いはイエスの罪のない犠牲の死で確立されているので人類には永遠の将来がある。

これらの真理は、も塔のものではありません。
それでわたしの神とキリストへの信仰はも塔経由とは思っていません。

それは聖書をとおして働く神の霊の所産と信じていますので、わたしのバプテスマが無効であるとは思いません。

聖書を読み、信じて、それによって生きていく過程で理解や認識は深まりバプテスマの意味がよりはっきりしてきていますが、
だからといって、そのたびに、「より良い認識のもとでのバプテスマ」な~んて言ってバプテスマを受ける必要性を感じません。

編集者 sk (2015年04月16日 20:42:25)

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#293 2015年04月17日 16:15:51

ささらほーさら
ゲストユーザー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

sk さんの発言:

これらの真理は、も塔のものではありません。
それでわたしの神とキリストへの信仰はも塔経由とは思っていません。

それは聖書をとおして働く神の霊の所産と信じていますので、わたしのバプテスマが無効であるとは思いません。

いつもながらありがとうございます。

私も地域大会でバプテスマを受けましたが
あの「組織の本」に列挙されている質問に答え、本番では二つの質問に答えますよね。
確か、当日の質問の中に「神の霊に導かれている組織と交わるエホバの証人の一人になる」ことを理解しているか?
というのがありますよね。
今となっては、あれを考えるとどうも気持ちが悪い、というか悪寒さえ覚えてしまうのです。

そして、これから聖書を知り信仰を培ってゆく者たちのバプテスマはどうするのだろう?とも考えてしまうのですよね。

イエスは
「行って~バプテスマを施し」と言われたのですから....。
それはどのように行えばいいのでしょう。

まあ、追々調べて行きたいとは思っています。

#294 2015年04月18日 06:54:19

sk
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Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

おはようございます、ささらほーさら姉妹


バプテスマは悔い改めの象徴であり、も塔が教える献身の象徴ではありません。

使徒 2:38
38 ペテロは彼らに[言った],「悔い改めなさい。そしてあなた方ひとりひとりは,罪の許しのためにイエス・キリストの名においてバプテスマを受けなさい。そうすれば,無償の賜物として聖霊を受けるでしょう。

使徒 17:30
30 確かに,神はそうした無知の時代を見過ごしてこられはしましたが,今では,どこにおいてもすべての者が悔い改めるべきことを人類に告げておられます。


献身は神の要求ではありません。
それは、も塔への隷従のための呪文です。



ですから、バプテスマの意味を取り違えたとしても、神への信仰とキリストの贖いへの信仰は本物のでしょうからバプテスマが無効になることはないと思います。も塔は詐欺団体でありJWをうまく騙してバプテスマに献身の意味を付与したに過ぎません。そんなインチキ縛りは捨てたらいいですよ。

も塔が、「神の霊に導かれている組織と交わるエホバの証人の一人になる」といって嘘を言ったからといって、その嘘が真実となるわけではありませんので、気にする必要はないですよ。

嘘は、それが分かったときが嘘の終わりのときです。
真実は、それが分かったときが真実の始まりのときで、それに終わりはありません。


箴言 12:19
19 永久に堅く立てられるのは真実の唇であり,偽りの舌はほんの一瞬にすぎない。



も塔詐欺集団に心置きなく(気兼ねなく安心して)バイバイしてください。


バプテスマを受けた王国の子たちは誰でもキリストを受け入れた人にバプテスマを施すことができます。

キリストは昇天の際に、ご自分の弟子たちに「わたしの名においてバプテスマを施し」と言い送っていますので、バプテスマを受けた王国の子たちは誰でも、キリストを受け入れた人にバプテスマを施すことができます。

マタイ 28:19-20
19 それゆえ,行って,すべての国の人々を弟子とし,わたしの名において*彼らにバプテスマを施し,20 わたしがあなた方に命令した事柄すべてを守り行なうように教えなさい。

*「父と子と聖霊との名において」は最古の写本にはありません。
in my name (わたしの名において)となっています。


バプテスマは組織宗教に入信するための儀式ではありません。


初期クリスチャンは、各自がキリストを受け入れた人にバプテスマを施しまいた。
巡回、地域大会のような取り決めなどありませんでした。
バプテスマの討議なんかもありませんでした。
も塔がしていることは、も塔への入信のためのものでありクリスチャンのバプテスマではありません。


パウロとシラスは、牢番とその家族と聖書研究なんかしていませんよ。
地震をはじめ生じた出来事で神の力の表明を認めて信仰を働かせて、彼らは一夜でバプテスマを受けました。
クリスチャンんのバプテスマはそのようなものです。

使徒 16:25-34
25 しかし,真夜中ごろ,パウロとシラスは祈ったり,歌で神を賛美したりしていた。そして,囚人たちもそれを聞いていた。26 ところが,突然大きな地震が起こり,牢屋の土台が揺れ動いた。そのうえ,戸がみな直ちに開き,すべての者のかせが解けた。27 牢番は眠りから覚めて獄の戸が開いているのを見ると,囚人たちが逃げてしまったものと思って,剣を抜いて自害しようとした。28 しかしパウロは大声で叫んで言った,「自分を傷つけてはいけない。わたしたちは皆ここにいる!」29 それで彼は明かりを求めてから中に駆け込み,おののきながらパウロとシラスの前にひれ伏した。30 そして,彼らを外に連れ出してからこう言った。「皆様,救われるためにわたしは何をしなければなりませんか」。31 彼らは言った,「主イエスを信じて頼りなさい。そうすれば救われます。あなたも,あなたの家の者たちも」。32 そして,ふたりはエホバの言葉を彼に,またその家にいるすべての者に語った。33 そののち彼は,夜のその時刻にふたりを連れて行ってそのむち跡を洗った。そして,彼もその[家の者]もひとり残らずすぐにバプテスマを受けた。34 それから彼はふたりを自分の家の中に連れて来て,その前に食卓を据え,自分が神を信じるようになったことを家の者たちすべてと共に大いに歓んだ。



エチオピアの宦官はフィリポの援助で直ぐにバプテスマを受けました。
も塔の教える、研究、正確な知識、悔い改め、転向、献身とかいうプロセスは、も塔が勝手に決めたものであり、聖書の先例により確立できません。


使徒 8:26-28
26 しかし,エホバのみ使いがフィリポに語って言った,「立って,南へ,エルサレムからガザへ下る道に行きなさい」。(これは砂漠の道である。)27 そこで彼が立って出かけて行くと,見よ,エチオピアの宦官が[やって来た]。エチオピア人の女王カンダケのもとで権力のある人であり,その財宝すべてをつかさどる人であった。彼は崇拝のためにエルサレムに行ってきたのであるが,28 その帰りに,兵車の中に座って預言者イザヤ[の書]を声を出して読んでいるところであった。29 そこで霊がフィリポに言った,「近づいて,この兵車と一緒になりなさい」。30 フィリポは並んで走り,彼が預言者イザヤ[の書]を声を出して読んでいるのを聞いて,こう言った。「あなたは自分の読んでいる事柄がほんとうに分かりますか」。31 彼は言った,「だれかが手引きしてくれなければ,いったいどうして[分かる]でしょうか」。そして,乗って,一緒に座るようにとフィリポに懇願した。32 さて,彼が声を出して読んでいた聖書の句はこうであった。「羊のように,彼はほふられるために連れて来られた。そして,毛を刈る者の前で声を出さない子羊のように,彼は口を開かない。33 辱めを受けている間,裁きは彼から取り去られた。だれが彼の世代について詳細を語るだろうか。彼の命は地から取り去られるからである」。
34 宦官は答えてフィリポに言った,「お願いします,預言者はだれについてこう言っているのでしょうか。自分自身についてですか,それともだれかほかの人についてですか」。35 フィリポは口を開き,聖書のこのところから始めて,イエスについての良いたよりを彼に告げ知らせた。36 さて,彼らが道を進んで行くと,水のあるところに来た。すると宦官は言った,「ご覧なさい,水があります。わたしがバプテスマを受けることに何の妨げがあるでしょうか」。37 ―― 38 そうして彼は,兵車に,止まるように命令し,ふたりは共に,フィリポも宦官も水の中に下りて行った。そして[フィリポ]は彼にバプテスマを施した。39 彼らが水から上がって来ると,エホバの霊がフィリポを急いで連れ去り,宦官はもう彼を見なかったが,歓びながら自分の道を進んで行った。




も塔の聖書研究、正確な知識、悔い改め、転向、献身のプロセスは、も塔の奴隷を作るための洗脳プロセスに過ぎません。
おかげで、宗教心のある善良な人々がバビロンの捕囚となります。
わたしも30年以上バビロンに囚われていました。
でも、神の憐れみにより開放されました。


みんなその過程をたどりますよ。

啓示 18:4
4 また,わたしは天から出る別の声がこう言うのを聞いた。「わたしの民よ,彼女の罪にあずかることを望まず,彼女の災厄を共に受けることを望まないなら,彼女から出なさい

編集者 sk (2015年04月19日 08:28:56)

オフライン

#295 2015年04月19日 07:38:09

sk
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Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

おはようございます、、


神の霊とみ使いたちについて書きます。
異なる見方を否定しません。


7人のみ使いは聖霊の働きと関わっています。
霊的なことを理解し信じることは聖霊の働きによります。
そして、聖霊は直接神から、または聖霊を持つものから得られます。
神のみ使いたちは、神とキリストとひとつに結ばれていますので聖霊を持っています。
それで彼らは聖霊を与えることができますし、それを用いて多くの良いことを成し遂げることができます。


啓示は、神 ⇒ イエス ⇒ み使い ⇒ 使徒ヨハネと伝えられました。


啓示 1:1
1 イエス・キリストによる啓示,これは,ほどなくして必ず起きる事柄をご自分の奴隷たちに示すため,神が彼にお与えになったものである。そして,[イエス]は自分のみ使いを送り,その[み使い]を通して,しるしにより[それを]自分の奴隷ヨハネに示したのである。

啓示 22:6
6 また彼はわたしに言った,「これらの言葉は信頼できる真実なものである。すなわち,預言者たちの霊感の表現の神であるエホバが,ほどなくして必ず起きる事柄をご自分の奴隷たちに示すため,そのみ使いを遣わされたのである。

啓示 22:16
16 「『わたしイエスは自分の使いを遣わし,諸会衆のためにこれらのことについてあなた方に証しした。わたしはダビデの根また子孫であり,輝く明けの星である』」。




遣わされた神のみ使いたちによっても神の聖霊は働きます。



七つの霊

啓示 1:4-5
4 ヨハネから,アジア[地区]にある七つの会衆へ:
あなた方に,「今おられ,かつておられ,これから来られる方」からの,またそのみ座の前にある七つの霊からの,5 そして,「忠実な証人」,「死人の中からの初子」,「地の王たちの支配者」であるイエス・キリストからの過分のご親切と平和がありますように。


「み座の前にある七つの霊」があたかも人格をもつ者であるかのように書かれています。
会衆への挨拶が、神、七つの霊、イエスから送られています。
神とイエスが異なる人格的な存在であれば、七つの霊も同じように人格的な存在とみなせます。
神と、神の七つの霊を別にする理由もないでしょうから、この七つの霊は七人のみ使いとみなせます。
そのように理解したとしても、不都合が生じることはないと思います。



啓示 3:1
1 「また,サルデスにある会衆の使いにこう書き送りなさい。神の七つの霊と,七つの星を持つ者がこのように言う。






神の七つの霊と七つの星と七つの燭台

p101.gif



啓示 4:5
5 そして,み座からは,稲妻と声と雷が出ている。また,火のともしび七つがみ座の前で燃えており,それらは神の七つの霊を表わしている。

詩篇 104:4
4 ご自分の使いたちを霊とし,
ご自分に仕える者たちを,むさぼり食う火とされる方です。


啓示 5:6
6 するとわたしは,み座と四つの生き物との真ん中に,また長老たちの真ん中に,ほふられたかのような子羊が立っているのを見た。それには七つの角と七つの目があり,その[目]は,全地に送り出された神の七つの霊を表わしている。



神の七つの霊と七つの星は、神の聖霊をもつみ使いたちのことと思います。
でも、異なる見方ができることを認めます。





七人のみ使い

啓示 1:20
20 あなたがわたしの右手にあるのを見た七つの星と,七つの黄金の燭台とに関する神聖な奥義について言えば,七つの星は七つの会衆の使いたち(angels)を表わし,七つの燭台は七つの会衆を表わしている。 The seven stars mean [the] angels of the seven congregations,


会衆の使いたちは長老たちというよりむしろ天のみ使い(霊者)たちの方が意味が通ると思います。
なぜなら、キリストの会衆に対する評価や助言は長老たちに対するものも含み、また長老たちを経由して与えられているものでもないからです。

天のみ使いたちの役割を考えると、キリストの会衆に対する指導、助言、励まし等は、むしろ天のみ使いたちにより王国の子たちの会衆に与えられていると言えます。

天的な取り決めに属する王国の子たちの会衆は、長老たちも含め、み使いたちの指導と保護の下に置かれているので、啓示の七つの星は王国の子たちの会衆を世話する七つの会衆のみ使いたち(angels)とみなせます。


使徒ヨハネに対して、一人のみ使いは自分たちの役割について、王国の子たちの会衆の仲間の奴隷と述べています。

啓示 19:10
10 そこでわたしは,彼の足もとにひれ伏して彼を崇拝しようとした。しかし彼はわたしに言う,「気をつけなさい! そうしてはなりません! わたしは,あなた,また,イエスについての証しの業を持つあなたの兄弟たちの仲間の奴隷にすぎません。神を崇拝しなさい。イエスについて証しすることが預言に霊感を与えるものなのです」。

啓示 22:9
9 . . .  わたしは,あなた,また預言者であるあなたの兄弟たち,そしてこの巻き物の言葉を守り行なっている者たちの仲間の奴隷にすぎません。


西暦1世紀にみ使いたちが果たした役割を思い起こしてください。

彼らはイエスの宣教をサポートしました。
また発足当初からクリスチャン会衆の活動を導きました。
それらの事実を考えると、啓示のイエスの手中の七つの星、つまり七つの会衆の使いたち(angels)は、人間の長老たちではなく天のみ使いたちであると思います。

も塔の解釈のように、七つの星が人間の長老というのは現実に調和しないと思います。
なぜなら、長たちも含めて問題が存在し改善が要求されているからです。
王国の子たちの会衆の指導や保護は地上の人間ではなく、天のみ使いたちの仕事でしょう。

特に、も塔のファックスマン長老たちの現状は、キリストの手中の七つの星の描写に合いません。
http://www.jwstudy.com/bbs/viewtopic.php?pid=2714#p2714

また、宝塚の事件や、駐車場資金のっとり事件、JW2世たちの悲鳴を考えると、キリストの会衆を世話する点でのJWの長老たちの無能力さが証明されています。キリストは、ご自分の会衆の指導や保護のためにいかなる人間の無能な長老たちを必要としません。




み使いたちの働き


マタイ 4:11
11 その時,悪魔は彼を離れた。すると,見よ,み使いたちが来て彼に仕えはじめた

ルカ 22:43
43 その時,ひとりのみ使いが天から現われて彼を強めた

ヘブライ 1:14
14 彼らはみな公の奉仕のための霊であって,救いを受け継ごうとしている者たちに仕えるために遣わされた者なのではありませんか。



クリスチャン会衆の指導や保護にかかわるみ使いたちの活動

使徒 5:19-20
19 しかし,夜中にエホバのみ使いが獄の戸を開き,彼らを連れ出して,こう言った。20 「行って,神殿の中に立ち,この命について言われたすべてのことを民に語りつづけなさい」。

使徒 8:26
26 しかし,エホバのみ使いがフィリポに語って言った,「立って,南へ,エルサレムからガザへ下る道に行きなさい」。

使徒 10:3
3 その日のちょうど第九時ごろ,彼は幻の中で,神のみ使いが自分のところに入って来て,「コルネリオ!」と言うのをはっきり見た。4 この人は彼を見つめ,恐れ驚いて,「主よ,何でしょうか」と言った。[み使い]は彼に言った,「あなたの祈りと憐れみの施しとは記念として神のみ前に上りました。5 それで今,人をヨッパに遣わして,ペテロとも呼ばれるシモンという人を呼びなさい。6 この人は皮なめし工のシモンという人のところに客となっており,その人の家は海辺にあります」。

使徒 12:7-10
7 しかし,見よ,エホバのみ使いがそばに立ち,光が獄房内を照らした。彼はペテロの脇腹をたたいて起こし,「早く立ちなさい!」と言った。すると,鎖は彼の両手から落ちた。8 み使いは彼に言った,「帯を締め,サンダルを履きなさい」。彼はそのとおりにした。最後に[み使い]は彼に言った,「外衣を着けて,わたしのあとに付いて来なさい」。9 それで彼は外に出てあとに付いて行ったが,み使いを通して起きている事が現実であるとは知らなかった。事実,幻を見ているのだと思っていた。10 第一と第二の見張り番を通り抜けて,市内に通ずる鉄の門のところに来ると,それはひとりでに開いた。そして,外に出たあと通りを一つ進むと,み使いはすぐに彼を離れた。

使徒 27:23-24
23 というのは,この夜,わたしが属し,わたしが神聖な奉仕をささげている神のみ使いがわたしの近くに立ち,24 『パウロよ,恐れることはない。あなたはカエサルの前に立たねばならない。そして,見よ,神は,あなたと共に航行している者を皆あなたに賜わった』と言いました。


このように天のみ使いたち(霊者たち)は、王国の子たちの地上の会衆と深く関わっていることが分かります。それで啓示の七つの会衆への指導や助言はみ使いたちをとおしてなされている見ることができます。

キリストの手中の七つの星で表されている天のみ使いたちは、主の日の王国の子たちの状況に応じて適切な指導と保護を与える活動に従事しています。



天のみ使いたちが対処しなければならない主の日の王国の子たちの会衆の状況を見てみます。


まず問題点から書きます。
宗教組織のインチキを見破るが、最初に抱いた愛を失う人がいます。
偶像崇拝、不道徳、宗派の問題もあります。
クリスチャンの自覚を失って生きている人たちもいます。



宗教組織のインチキを見破る人たち。
しかし、そのせいで最初に抱いた真理や神への愛を失う人たちにつて。

啓示 2:1-4
1 「エフェソスにある会衆の使いに書き送りなさい。右手に七つの星をつかむ者,七つの黄金の燭台の真ん中を歩く者がこう言う。2 『わたしはあなたの行ないを知っている。また,あなたの労苦と忍耐を,そしてあなたが悪人たちに耐えることができず,使徒であると言いはするが[実は]そうでない者たちを試して,それが偽り者であるのを見いだしたことを[知っている]。3 またあなた方は忍耐を示しており,わたしの名のために耐えてきた。そしてうみ疲れたことがない。4 とはいえ,わたしにはあなたを責めるべき[こと]がある。それは,あなたが,最初に抱いていた愛を離れたことである。



偶像崇拝、不道徳、宗派の問題。

啓示 2:14-16, 20-23
14 「『とはいえ,わたしには,あなたを責めるべきことが幾つかある。すなわち,あなたのところにはバラムの教えを堅く守っている者たちがいる。彼はバラクを教えて,つまずきのもとをイスラエルの子らの前に置かせ,偶像に犠牲としてささげられた物を食べさせ,また淫行を犯させた。15 あなたのところには,同じようにニコラオ派の教えを堅く守る者たちもいる。16 それゆえ,悔い改めなさい。そうしないなら,わたしは速やかにあなたのところに行き,わたしの口の長い剣で彼らと戦うであろう。

20 「『とはいえ,わたしにはあなたを責めるべき[こと]がある。あなたがかの女イゼベルを容認していることである。彼女は自ら女預言者と称し,わたしの奴隷たちを教えて惑わし,淫行を犯させ,偶像に犠牲としてささげられた物を食べさせる。21 そして,わたしは悔い改めの時間を与えたが,彼女は自分の淫行を悔い改めようとはしない。22 見よ,わたしは彼女を病の床に投げ込む。また,彼女と姦淫を犯している者たちが彼女の行ないについて悔い改めないなら,その者たちを大患難に[投げ込む]。23 そして,彼女の子供たちをわたしは死の災厄で殺す。それによってすべての会衆は,わたしが腎と心を探る者であることを知るであろう。そしてわたしは,あなた方一人一人にその行ないにしたがって与えよう。



クリスチャンの自覚を失って生きている人たち。

啓示 3:1-3, 15-18
1 「また,サルデスにある会衆の使いにこう書き送りなさい。神の七つの霊と,七つの星を持つ者がこのように言う。『わたしはあなたの行ないを知っている。あなたは生きているとの名を持ってはいるが,[実は]死んでいるのである。2 油断なく見張っていなさい。今にも死ぬ状態にあった残りのものを強めなさい。わたしは,あなたの行ないがわたしの神の前で十分になされたのを見ていないからである。3 それゆえ,あなたがどのように受けてきたか,またどのように聞いたかを思いにとどめ,[それを]守りつづけ,そして悔い改めなさい。あなたが目ざめないなら,必ずわたしは盗人のように来る。そしてあなたは,わたしがどの時刻にあなたのもとに来るかを全く知らないであろう。

15 『わたしはあなたの行ないを知っている。あなたは冷たくも熱くもない。わたしは,あなたが冷たいか熱いかのどちらかであってくれればと思う。16 このように,あなたがなまぬるく,熱くも冷たくもないので,わたしはあなたを口から吐き出そうとしている。17 あなたは,「わたしは富んでおり,富を得たのだから,何一つ必要なものはない」と言いながら,自分が惨めで,哀れで,貧しく,盲目で,裸であることを知らない。だから,18 わたしはあなたが,富んだ者となるために火で精錬された金を,また,身にまとってあなたの裸の恥が現われないようにするために白い外衣を,そして見えるようになるため自分の目に塗る目薬をわたしから買うように忠告する。





次に、王国の子たちのあるべき姿を見ます。


啓示 2:9-10
9 『わたしはあなたの患難と貧しさを知っている―しかしあなたは富んでいるのである―また,自分はユダヤ人であると言いながら,[実は]そうではなく,むしろサタンの会堂[に属する]者たちによる冒とくを[知っている]。10 あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはならない。見よ,悪魔はあなた方のうちのある者たちを次々に獄に入れるであろう。それは,あなた方が十分に試されるため,また十日のあいだ患難に遭うためである。忠実であることを死に至るまでも示しなさい。そうすれば,命の冠をあなたに与えよう。

啓示 3:8-11
8 『わたしはあなたの行ないを知っている―見よ,わたしはあなたの前に開かれた戸を置いた。それはだれも閉じることができない―すなわち,あなたには少しの力があり,わたしの言葉を守って,わたしの名に不実な者とはならなかった。9 見よ,わたしは,ユダヤ人であると言いながら[実は]そうではなく,偽りを語る,サタンの会堂の者たちを与える―見よ,わたしは彼らを来させてあなたの足もとに敬意をささげさせ,わたしがあなたを愛したことを悟らせる。10 あなたがわたしの忍耐に関する言葉を守ったので,わたしもあなたを,地に住む者たちを試みるため人の住む地全体に臨もうとしている試みの時から守る。11 わたしは速やかに来る。自分が持っているものをしっかり守りつづけ,あなたの冠をだれにも取られないようにしなさい。



啓示の七つの会衆へのキリストの助言と励ましは、主の日の特定の会衆にたいするものというより全ての王国の子たちに対するものと思います。そしてみ使いたちは、それぞれの王国の子たちの指導と保護に関わっていると思います。


七つの霊、七つの星、七つの会衆の七という数は象徴的なもので文字通りの数ではないと思います。
多分、必要を満たす数ということだと思います。




聖霊を受けることについて

聖霊は神やイエスから直接得られますが、み使いたちや王国の子たち経由で得られる場合もあります。

聖霊の源YHWH神 ⇒ その全てはイエスに与えられ ⇒
イエスは、必要な分をみ使いに与え ⇒ み使いは、必要な分を王国の子たちに与える。
という経路です。



イエスには神の聖霊の全てがゆだねられています。

ヨハネ 3:34-35
34 神が遣わした者は神の言われたことを話すからであり,[神]は霊を量って与えたりはされないのである。35 父はみ子を愛しておられ,すべてのものをその手にお与えになったのである。


イエスは聖霊をみ使いたちに与えて、次にみ使いたちがそれを地上の王国の子たちに与えることができます。そして霊者は見えませんので彼らの関与を目で確認することはできません。

もちろん、全ての聖霊の働きがみ使いたちをとおしてなされるということではないと思いまが、以下のイエスの約束は、啓示の例と合わせて考えると、イエスによって派遣されたみ使いたちにより父からの真理の霊が王国の子たちに与えられるように思えます。


ヨハネ 14:16-17, 26
16 そしてわたしは父にお願いし,[父]は別の助け手を与えて,それがあなた方のもとに永久にあるようにしてくださいます。17 それは真理の霊であり,世はそれを受けることができません。それを見ず,また知らないからです。あなた方はそれを知っています。それはあなた方のもとにとどまり,あなた方のうちにあるからです。

26 しかし,父がわたしの名によって遣わしてくださる助け手,つまり聖霊のことですが,その者はあなた方にすべてのことを教え,わたしが告げたすべての事柄を思い起こさせるでしょう。

ヨハネ 15:26
26 わたしが父のもとからあなた方に遣わす助け手,すなわち父から出る真理の霊が到来するとき,その者がわたしについて証しするでしょう。

ヨハネ 16:12-15
12 「わたしにはまだあなた方に言うべきことがたくさんありますが,あなた方は今はそれに耐えることができません。13 しかし,その者,すなわち真理の霊が到来するとき,あなた方を真理の全体へと案内するでしょう。彼は自分の衝動で話すのではなく,すべて自分が聞く事柄を話し,来たらんとする事柄をあなた方に告げ知らせるからです。14 その者はわたしの栄光を表わすでしょう。彼はわたしのものから受けて,それをあなた方に告げ知らせるからです。15 父が持っておられるものは皆わたしのものです。そのためわたしは,彼はわたしのものから受けて,[それ]をあなた方に告げ知らせると言ったのです。



王国の子たちの真理の理解に天のみ使いたちが関わっていると思います。


ダニエルを含め古代の預言者たちは、み使い(霊者)たちにより理解を与えられています。
今のところ、昔のようにみ使いが現れて理解を与えることは期待できませんが、地上の王国の子たちへ理解を与えるための見えない世界での彼らの活動は否定できないと思います。


ダニエル 9:20-23
20 わたしがまだ話し,祈り,自分の罪また自分の民イスラエルの罪を告白し,わたしの神の聖なる山に関して恵みを請う願いを自分の神エホバのみ前にささげている間,21 まだ祈りの中で話している[間]に,わたしが幻の中で始めに見た人ガブリエルが,疲労しきって,夕方の供え物をする時分にわたしのそばにやって来るのであった。22 そうして彼は[わたしに]理解を得させながら,わたしと話してこう言った。
「ダニエルよ,今わたしは,理解とともに洞察力をもあなたに得させるために出て来た。23 あなたの懇願が始まった時にひとつの言葉が発せられ,報告を行なうためにわたし自らここに来た。あなたは大いに望ましい人だからである。ゆえにこの事をよく考え,見た事柄について理解を得よ


神の霊を持つものが、他の人に神の霊による理解を与えることができます。
聖書のことばは霊といわれています。
聖書のことばの正確な理解は神の霊の産物です。
そして、神の霊を持つものは誰でも神の霊の経路となれます。
また、この点で経路は重要ではなく理解を与える神の霊が重要です。


ヨハネ 6:63
63 命を与えるものは霊です。肉は少しも役に立ちません。わたしがあなた方に話したことばは霊であり,命です。

ヘブライ 4:12
12 神の言葉は生きていて,力を及ぼし,どんなもろ刃の剣よりも鋭く,魂と霊,また関節と[その]骨髄を分けるまでに刺し通し,心の考えと意向とを見分けることができるのです。

テサロニケ第一 2:13
わたしたちから聞いて神の言葉を受けた時,あなた方はそれを,人間の言葉としてではなく,事実どおり神の言葉として受け入れたからです。それはまたあなた方信じる者の中で働いています


コリント第一 3:6-7
6 わたしは植え,アポロは水を注ぎました。しかし,神が[それを]ずっと成長させてくださったのです。7 ですから,大切なのは,植える者でも水を注ぐ者でもなく,成長させてくださる神なのです。



神の霊はみ使いたちによっても働いていると思います。キリストの手中の七つの星は、人間の長老たちではなく、天のみ使いたちであり、また天のみ使いたちは神の聖霊を用いて地上の王国の子たちを導き保護しているということです。

編集者 sk (2015年04月19日 09:36:32)

オフライン

#296 2015年04月19日 16:42:42

ZT
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Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

sk さんの発言:

まず問題点から書きます。
宗教組織のインチキを見破るが、最初に抱いた愛を失う人がいます。
偶像崇拝、不道徳、宗派の問題もあります。
クリスチャンの自覚を失って生きている人たちもいます。

この点を指摘してくださりありがとうございます。
塔組織出たあと、聖書を読まなくなったとかイエス・キリストが示された精神に反する言動を見聞きします。
塔の偽りの教えに衝撃を受け、これまでの全てが無駄に思え脱力感によりやる気が失われるのでしょうか。
最初に抱いた愛を失うことは自分にも起こり得ることですので、
塔の偽りを知った者として、思いが早く次のステップに移れるようでありたいと思います。

ZT

オフライン

#297 2015年04月19日 18:26:10

ささらほーさら
ゲストユーザー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

sk さんの発言:

バプテスマを受けた王国の子たちは誰でもキリストを受け入れた人にバプテスマを施すことができます。

sk兄弟(と呼ばせていただいてよろしいのでしょうか?)こんにちは。

お返事ありがとうございます。
だいたいは同感なのです。
上記の点が引っかかっているのですよね。
まあ、現在ネット上でしかみなさんにお会いできないこともあり
「どうするんだろう?」と思ってしまうのでしょうね。


sk さんの発言:

も塔詐欺集団に心置きなく(気兼ねなく安心して)バイバイしてください。

私は一刻も早く出たいのです(泣)。
最近は、集会に出掛けて行くたびに悪寒がしてかないません。
まあ、友人のS姉妹がどんどん危ない行動をしているし
追い立てられる前に自ら出たいし、時期を早めようと思っております。

いつもながら、感服しつつ感謝しております。

#298 2015年04月20日 22:36:48

ささらほーさら
ゲストユーザー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

skさん、こんばんは。

いつもながら示唆に富んだ投稿ありがとうございます。
とても興味深いですね。
JWの「七つの星=長老たち」の説明は、どうも納得いかないものでした。
(現在の長老たちが王国で「君」として仕えるという解釈も納得いかないです)
かなりすっきりする、と私は思います。

sk さんの発言:

啓示 1:20
20 あなたがわたしの右手にあるのを見た七つの星と,七つの黄金の燭台とに関する神聖な奥義について言えば,七つの星は七つの会衆の使いたち(angels)を表わし,七つの燭台は七つの会衆を表わしている。 The seven stars mean [the] angels of the seven congregations,

自分のKing James Versionを確認してみました。
確かにangelsとなっていました。
ちなみに日本聖書刊行会の訳でも「御使いたち」と記載してありました。
新世界訳は「使いたち」と訳してあり、ちょっと意図的なものを感じます。


「ほかの羊」については、全く同感です。

またの投稿楽しみにしています。

#299 2015年04月21日 06:30:25

sk
メンバー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

おはようございます。


ささらほーさら姉妹
兄弟・姉妹ということばは、クリスチャンの関係を表す適切で便利な表現ですよね。
もちろん規則ではありませんのでcase by caseで自由に使うといいですよ。




クリスチャンの集会について書きます。

イエスは、建築者たちが退けた隅の頭石と呼ばれています。

マタイ 21:42
42 イエスは彼らに言われた,「あなた方は聖書の中で読んだことがないのですか。『建築者たちの退けたその石が主要な隅石となった。これはエホバから生じたのであり,わたしたちの目には驚嘆すべきものである』とあるのです。

ユダヤ人たちは実体であるキリストを退けましたが、実体が影にとって変わりました。
イエス(実体であるメシア)の出現により、影に属する物質の神殿の存在価値がなくなり、それらの影に属する取り決めは廃れて取り除かれることになりました。

イエスはご自分の上にご自分の会衆を建てると述べています。
また、その会衆は神の神殿とも呼ばれており、クリスチャン各自は神の神殿の生ける石にたとえられています。


マタイ 16:18
18 また,あなたに言いますが,あなたはペテロであり,この岩塊の上にわたしは自分の会衆を建てます。ハデスの門はそれに打ち勝たないでしょう。(これは、ペテロがイエスをキリストと述べたときのイエスの返答で、この岩塊とはキリスト自身を指しています。)


ペテロ第一 2:4-6
4 確かに彼は人には退けられましたが,神にとっては選ばれた貴重な[石]であり,あなた方は,生ける石に対するように彼のもとに来て,5 自らもまた生ける石となって聖なる祭司職のための霊的な家に築き上げられてゆくのです。それは,神に受け入れられる霊的な犠牲をイエス・キリストを通してささげるためのものです。6 というのは,聖書にこうあるからです。「見よ,わたしはシオンにひとつの石を据える。選ばれた[石],土台の隅石,貴重な[石]である。これに信仰を働かせる者は決して失望に至ることがない」。


エフェソス 2:20-22
20 そしてあなた方は使徒や預言者たちの土台の上に築き上げられているのであり,キリスト・イエスご自身は土台の隅石です。21 彼と結びあって建物全体は調和よく組み合わされ,エホバのための聖なる神殿に成長してゆきます。22 彼と結びあってあなた方も共に築き上げられ,神が霊によって住まれる所となってゆくのです。



キリストを受け入れた各クリスチャンは土台の上に築き上げられる生きた石として互いを必要としており、会衆の成長に必要な奉仕を相互に提供し合あいます。


それで、クリスチャン会衆の集会は、も塔の集会のように本部職員が書いた資料の教義問答のようなものではありません。


それは、各自が霊の賜物を互いの益のために分かち合ったり、聖書から論じたり、気遣いを示したりする機会でした。また集会の秩序は、互いに対する愛と敬意により各自が自らを制御して保たれました。


コリント第一 14:26-
26 兄弟たち,では,どうすべきでしょうか。あなた方が集まるとき,ある人には詩があり,ある人には教えがあり,ある人には啓示があり,ある人には異言があり,ある人には解釈があります。すべては築き上げることを目ざして行ないなさい。27 そして,だれかが異言を話すのであれば,多くても二人か三人に限り,順番に[話し]なさい。そして,だれかが翻訳しなさい。28 しかし,もし翻訳者がいないなら,その人は会衆内では黙っており,自分自身と神に話しなさい。29 さらに,二人か三人の預言者が話し,他の人たちはその意味を識別するようにしなさい。30 しかし,そこに座っている別の人に啓示があるなら,初めの人は黙っていなさい。31 あなた方は皆ひとりずつ預言することができ,こうしてすべての人が学び,またすべての人が励まされるのです。32 それで,預言者の霊[の賜物]は預言者によって制御されるべきです。


王国の子たちは、キリスト、使徒、預言者たちの上に築き上げられる生ける石として互いを必要としており各自が神からの無償の霊の賜物を持って互いの益のために奉仕します。ですから奉仕の務めは異なっても互いが同じ気遣いをもってキリストの会衆は成長します。

も塔のシステムのように、男子、奉仕の僕、長老たちの権威を印象付ける集会や奉仕、組織上の割り当てなど必要ありません。

新しい創造物には、男性も女性もありません。
王国の子たちは、キリストの下に全てが兄弟であると言われています。

も塔のように世界本部の一部の人が霊的食物を提供するシステムや、全てのクリスチャンのための行動規範を強要する権威は聖書から確立できません。それは、王国の子たちの会衆の姿と180度異なるものでで、サタンの世の中央集権組織の姿です。



ガラテア 3:26-29
26 現にあなた方は皆,キリスト・イエスに対する信仰によって神の子なのです。27 キリストへのバプテスマを受けたあなた方は皆キリストを身に着けたからです。28 ユダヤ人もギリシャ人もなく,奴隷も自由人もなく,男性も女性もありません。あなた方は皆キリスト・イエスと結ばれて一人の[人]となっているからです。29 さらに,キリストに属しているのであれば,あなた方はまさにアブラハムの胤であり,約束に関連した相続人です。

ガラテア 6:15-16
15 割礼も無割礼も重要ではなく,ただ新しく創造されることが[重要]なのです。16 そして,この行動の規準にしたがって整然と歩むすべての人,その人たちの上に,そうです神のイスラエルの上に,平和と憐れみとがありますように。


王国の子たちの行動基準は、「ユダヤ人もギリシャ人もなく,奴隷も自由人もなく,男性も女性もなく、みんながキリストと結ばれて一人の人となっている。」というものです。

*会衆内の女性の立場については、ココを見てください。

それは、サタンの世の中央集権支配によって上から下る教えや権威ではなく、信仰を共にする兄弟関係から来る、相互の賜物から学び、励まし合う関係を築く行動基準です。それにより会衆は愛のうちにキリストを目指して成長できるでしょう。

ですから、地元に信仰の仲間がいるなら、その兄弟姉妹たちをとても大切な信仰の同労者とみなしてお付き合いできるでしょう。これが、も塔のような中央集権ビジネス組織宗教では決して生み出せないクリスチャン会衆のあるべき姿です。


マタイ 23:8
8 しかしあなた方は,ラビと呼ばれてはなりません。あなた方の教師はただ一人であり,あなた方はみな兄弟だからです

マタイ 12:48-49
48 [イエス]は[それを]告げている者に答えて言われた,「わたしの母とはだれですか。またわたしの兄弟たちとはだれのことですか」。49 それから,自分の弟子たちのほうに手を差し伸べて,こう言われた。「ご覧なさい,わたしの母とわたしの兄弟たちです! 50 だれでも天におられるわたしの父のご意志を行なう人,その人がわたしの兄弟,また姉妹,また母なのです」

コリント第二 1:24
24 わたしたちがあなた方の信仰に対する主人であるというのではありません。わたしたちはあなた方の喜びのための同労者です。あなた方が立っているのは[自分の]信仰によるのです。




キリストは各地のクリスチャン会衆に人々の賜物を与えると聖書は述べています。
それぞれの会衆に対するキリストの指導、監督、保護は、も塔世界本部のような地上の統治機関から来るのではなく、天から直接会衆の人々の賜物を通して来ます。


この見えない実体が分かれば、地元で交わる見える兄弟姉妹たちを神の神殿の生ける石、キリストの体の成員としてふさわしくみなせるでしょう。そして、それらの地元で交わる見える兄弟姉妹たちをとおして、誰でも神の過分の親切を頂くことになります。

王国の子たちの会衆は、相互依存関係の中で互いに霊的に養われているのであり、も塔のシステムのように組織の運営部の一部の人のみが全体を養っているのではありません。


も塔は「忠実で思慮深い奴隷」を本部職員の統治体に限定していますが、そのような解釈は、会衆の益のために神からの異なる賜物を与えられた神の神殿の生ける石についての聖書の説明と調和しません。

個々の王国の子たちは、神の神殿の生ける石としてキリストの会衆を築くために忠実で思慮深く行動することを期待されており、そのようにしている人たちは帰還したキリストによりふさわしく報われるでしょう。


マタイ 24:45
45 「主人が,時に応じてその召使いたちに食物を与えさせるため,彼らの上に任命した,忠実で思慮深い奴隷はいったいだれでしょうか。46 主人が到着して,そうしているところを見るならば,その奴隷は幸いです。47 あなた方に真実に言いますが,[主人]は彼を任命して自分のすべての持ち物をつかさどらせるでしょう。

ルカ 12:42-44
42 すると主はこう言われた。「主人が,時に応じてその定めの食糧を与えさせるため,自分の従者団の上に任命する忠実な家令,思慮深い者はいったいだれでしょうか。43 主人が到着して,そうしているところを見るならば,その奴隷は幸いです! 44 真実をこめてあなた方に言いますが,[主人]は彼を任命して自分のすべての持ち物をつかさどらせるでしょう。

コリント第一 4:1-2
1 それで人は,わたしたちを,キリストに従属する者,また神の神聖な奥義の家令と評価すべきです。2 さらに,この場合,家令に求められるのは,忠実であることです

ルカ 16:10
10 ごく小さな事に忠実な人は多くのことにも忠実であり,ごく小さな事に不義な人は多くのことにも不義です。

マタイ 16:27
27 人の子は,自分の使いたちを伴って父の栄光のうちに到来することに定まっており,その時,各々にその振る舞いに応じて返報するのです。



王国の子たちは神からゆだねられた賜物を互いに対する奉仕に忠実に思慮深く用いて行動するでしょう。そのようにして会衆は愛のうちに築き上げられ、また偽りの教えによって欺かれないように保護されるでしょう。





キリストの会衆を築き上げるため、神からの賜物を持つ神の神殿のそれぞれの生ける石について

も塔のような人間性の中央統治システムと異なり、キリスト教は神の霊をもつ各成員による相互扶助システムであることが分かります。


コリント第一 12:4-31
4 さて,賜物はさまざまですが,霊は同じです。5 奉仕の務めはさまざまでも,主は同じです。6 働きはさまざまでも,すべての人の中であらゆる働きをされる神は同じです。7 しかし,霊の顕現は,有益な事柄を目的として各々に与えられます。8 たとえば,ある人には霊によって知恵のことば,ある人には同じ霊にしたがって知識のことば,9 ある人には同じ霊によって信仰,ある人にはその一つの霊によっていやしの賜物,10 さらにある人には強力な業の働き,ある人には預言すること,ある人には霊感のことばを識別する力,ある人には種々の異言,そしてある人には異言を解釈する力が与えられています。11 しかし,これらのすべての働きを同一の霊が行なうのであり,その欲するとおりに各々に分配するのです。
12 体は一つであっても多くの肢体に分かれており,また体の肢体は多くあっても,その全部が一つの体を成しますが,キリストもそれと同じなのです。13 まさしくわたしたちは,ユダヤ人であろうとギリシャ人であろうと,奴隷であろうと自由であろうと,みな一つの霊によって一つの体へのバプテスマを受け,みな一つの霊を飲むようにされたからです。
14 実際,体は一つの肢体ではなく,多くの[肢体]です。15 たとえ足が,「わたしは手ではないから,体の一部ではない」と言ったとしても,そのためにそれが体の一部でないというわけではありません。16 また,たとえ耳が,「わたしは目ではないから,体の一部ではない」と言ったとしても,そのためにそれが体の一部でないというわけではありません。17 もし全身が目であったなら,聴覚はどこなのですか。それが聴くことばかりであったなら,においをかぐことはどこなのですか。18 しかし今,神は体に肢体を,その各々を,ご自分の望むままに置かれたのです。
19 もしそのすべてが一つの肢体であったなら,体はどこにあるのでしょうか。20 しかし今,それは多くの肢体であり,それでもなお一つの体です。21 目は手に向かって,「わたしにあなたは必要でない」とは言えず,頭も足に向かって,「わたしにあなた方は必要でない」とは[言えません]。22 それどころか,実際には,体の中で[ほか]より弱く見える肢体がかえって必要なのであり,23 また,体の中で[ほか]より誉れが少ないと思える部分,これをわたしたちはより豊かな誉れをもって包みます。こうしてわたしたちの見栄えのしない部分に[他]より豊かな麗しさが添えられ,24 一方,麗しい部分は何も必要としません。しかしそうではあっても,神が体を組み立てたのであり,欠けたところのある部分に誉れをより豊かに与えて,25 体に分裂がないように,その肢体が互いに対して同じ気づかいを示すようにされました。26 それで,一つの肢体が苦しめば,ほかのすべての肢体が共に苦しみ,ひとつの肢体が栄光を受ければ,ほかのすべての肢体が共に歓ぶのです。
27 さて,あなた方はキリストの体であって,それぞれが肢体です。28 そして神は会衆内にそれぞれの人を置かれました。第一に使徒,第二に預言者,第三に教える者,次いで強力な業,次いでいやしの賜物,助けになる奉仕,指揮する能力,種々の異言です。29 すべてが使徒ではないでしょう。すべてが預言者ではないでしょう。すべてが教える者ではないでしょう。すべてが強力な業をするわけではないでしょう。30 すべてがいやしの賜物を持つわけではないでしょう。すべてが異言を話すわけではないでしょう。すべてが翻訳者ではないでしょう。31 それでも,より大きな賜物を熱心に求めてゆきなさい。ですが,わたしはさらに勝った道をあなた方に示します。


コリント第一 13章でパウロは愛の大切さを強調しています。


コリント第一 14:1-12
1 愛を追い求めなさい。その上に,霊の賜物を,それも,できるなら,預言することを熱心に求めてゆきなさい。2 異言を話す人は,人に対してではなく,神に対して話すからです。だれも聴いていないのに,その人は霊によって神聖な奥義を話しているのです。3 しかし,預言する人は,その話す事柄によって人を築き上げ,励まし,慰めます。4 異言を話す人は自分を築き上げますが,預言する人は会衆を築き上げるのです。5 そこで,わたしは,あなた方のすべてが異言を話すことを欲しますが,それよりは,あなた方が預言することのほうを望みます。実際,異言を話す人が[それを]翻訳して,会衆が築き上げられるようにするのでないかぎり,預言する人のほうが優れています。6 また,兄弟たち,わたしが今あなた方のところに行って異言を話すとしても,啓示,あるいは知識,預言,教えをもって話すのでなければ,あなた方に何の益となるでしょう。
7 実際のところ,フルートにしろたて琴にしろ,無生の物も音を出しますが,音程がはっきりしなければ,そのフルートやたて琴で何を演奏しているかどうして分かるでしょうか。8 また,ラッパの出す音が不明りょうであれば,いったいだれが戦闘の用意をするでしょうか。9 これと同じように,あなた方も,舌で,容易に理解できることばを出さないなら,何を話しているのかどうして[人に]分かるでしょうか。あなた方は,実際には空気に話していることになるのです。10 世界には非常に多くの種類の音声があることでしょう。それでも,意味を持たないものはありません。11 そこで,もしわたしが音声の真意を理解していないなら,[それを]話している人にとってわたしは異国人であり,話している人もわたしにとっては異国人であることになります。12 それで,あなた方自身も,霊[の賜物]を熱心に求めているからには,会衆を築き上げるという目標でそれに満ちあふれるよう努めなさい



エフェソス 4:7-16
7 さて,キリストが無償の賜物をどのように量り出してくださったかに応じて,わたしたち一人一人に過分のご親切が与えられました。8 それゆえにこう言われます。「高い所に上った時,彼はとりこを連れ去った。彼は人々[の]賜物を与えた」。9 さて,「彼は上った」という表現ですが,これは,彼が下方の領域,つまり地にも下ったこと以外の何を意味するでしょうか。10 下ったその方が,すべての天のはるか上に上った方でもあるのです。それは,彼がすべてのものを満ち満ちたものとするためでした。
11 そして彼は,ある者を使徒,ある者を預言者,ある者を福音宣明者,ある者を牧者また教える者として与えました。12 それは,奉仕の業のため,またキリストの体を築き上げるために聖なる者たちをさらに調整することを目的としてであり,13 ついにわたしたちは皆,信仰と神の子についての正確な知識との一致に達し,十分に成長した大人,キリストの満ち満ちたさまに属する丈の高さに[達する]のです。14 それは,わたしたちがもはやみどりごでなくなり,人間のたばかりや誤らせようとたくらむ巧妙さによって,波によるように振り回されたり,あらゆる教えの風にあちこちと運ばれたりすることのないためです。15 そうです,わたしたちは真理を語りつつ,愛により,すべての事において,頭であるキリストを目ざして成長してゆきましょう。16 この[キリスト]をもととして,体の各部すべては,調和よく組み合わされることにより,また必要なものを与えるすべての関節を通して協働することにより,それぞれの部分が定めの機能を果たすにつれて,愛のうちに自らを築き上げることを目ざした体の成長に資するのです。



フィリピ 2:13-16
13 神が,[ご自分の]喜びとなることのため,あなた方が志しかつ行動するようにと,あなた方の中で行動しておられるからです。14 すべての事を,つぶやかずに,また議論することなく行なってゆきなさい。15 それはあなた方が,とがめのない純真な者,また,曲がってねじけた世代の中にあってきずのない神の子供となるためです。その中にあって,あなた方は世を照らす者として輝き,16 命の言葉をしっかりつかんでいます。


クリスチャン会衆は、キリストを主要な隅石として、使徒たちや預言者たちの土台の上に生ける石によって築かれています。神は人々の賜物を与えられました。また神の霊は各自が自発的に行動するように促します。各王国の子たちは、仲間の信者をとおして働く神の霊の働きに感謝し、神の霊の賜物を持つ兄弟姉妹たちをキリストが模範を残されたとおりに愛します。

それが王国の子たちの会衆であり、神が霊によって住まわれる生きた神の神殿です。

それは、も塔のようなビジネス組織宗教では決してはありません。


ヨハネ 13:34-35
34 わたしはあなた方に新しいおきてを与えます。それは,あなた方が互いに愛し合うことです。つまり,わたしがあなた方を愛したとおりに,あなた方も互いを愛することです。35 あなた方の間に愛があれば,それによってすべての人は,あなた方がわたしの弟子であることを知るのです」。

ヨハネ 15:12-16
12 わたしがあなた方を愛したとおりにあなた方が互いを愛すること,これがわたしのおきてです。13 友のために自分の魂をなげうつこと,これより大きな愛を持つ者はいません。14 わたしが命令していることを行なうなら,あなた方はわたしの友です。15 わたしはもはやあなた方を奴隷とは呼びません。奴隷は自分の主人の行なうことを知らないからです。しかしわたしはあなた方を友と呼びました。自分の父から聞いた事柄をみなあなた方に知らせたからです。16 あなた方がわたしを選んだのではありません。わたしがあなた方を選び,あなた方が進んで行って実を結びつづけ,しかもその実が残るようにと,わたしがあなた方を任命したのです。それは,あなた方がわたしの名によって父に何を求めても,[父]がそれをあなた方に与えてくださるためです。




キリストに倣った愛は、も塔によって規制されたJWの「とんでも愛」ではありません。

も塔JWの「とんでも愛」は、も塔と異なる意見を持つ仲間を排斥し、懲らしめと称して口もききません。
そしてそれは愛であるといいます。
とんでもないね。

編集者 sk (2015年04月21日 06:59:35)

オフライン

#300 2015年04月21日 06:41:10

ささらほーさら
ゲストユーザー

Re: 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc)

追記

ささらほーさら さんの発言:

自分のKing James Versionを確認してみました。
確かにangelsとなっていました。

おはようございます。
今朝、新世界訳の英語版を確認してみましたら、新世界訳でもangelsなんですね。
それでも長老(elder)と解釈してしまうのか....。

他の日本語訳ですと
文語訳 使い
新共同訳 御使
回復訳 使者たち
などとなっていまいした。
回復訳の注記によると、ギリシャ語では「み使い」と同じ言葉が使われているようです。

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