ログインしていません。

#376 2016年11月04日 21:37:44

カレブ
Administrator

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

朝から返答を考えてしまったラハムさん
まじめな人柄があらわれていますね。

たぶん質問の要旨は陰謀論の類だと思うのですが
掲示板本体を立ち上げた管理者として
お答えしておきます。

ajxさん
>費用が、ものみの塔協会から賄われているというようなことはありませんよね

残念ながら ものみの塔協会は大会ホールの空調設備の修理をしぶるほど余裕がありません。
なので掲示板の運営費用を賄うことはありません。

ちなみに掲示板の運営の出費自体はほとんどありません。


ものみの塔との関係について

このサイトへものみの塔協会からアクセスはあります。
数年前にアクセスログで協会内部からのアクセスがあるかどうか
確認とってみたことがありますが
その時は一番多い検索ワードが「jw。おrg」でした。

海老名のお年寄りが「アドレス」の部分に
日本語オンのまま「jw.org」といれたんでしょうね。

ものみの塔協会にとって役にたっているかわかりませんが
エホバの証人に対しては掲示板もサイトも役立つ情報がいっぱいあると思います。

オフライン

#377 2016年11月05日 07:42:19

ajx-pqy
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

ラハムさん
カレブさん
回答しずらいところを、説明していただき感謝します
お聞きしたことで、安心しました
エホバの証人をやってきた人にとって
このサイトは心の支えですので
ありがたく思っています、
jw.orgですが見栄えが良いのはわかるのですが
ここのように自由に意見が述べられないので
こちらで、いろいろお世話になっております、
回答ありがとうございました。

オフライン

#378 2016年11月07日 17:49:58

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

以下、論文調に書いてみました。

わたしが研究生になったころ
「とこしへの命に導く真理」で学ぶことが推奨されていた。
翌年日本人向けにということで、
「あなたを幸福にする良いたより」が出版され、
新たな研究性はこれで研究するようになった。
この書籍はだいたい火曜日になされていた、
群れの書籍研究で扱われたことも覚えている。
この書籍には次のような一文があった。

*** 良(いたより) 5章 47ページ 13節
良いたよりはどのようにして保存されたか ***

聖書全巻の最初の日本語訳は1887年に出版され,
幾つかの初期の版には,ヘブライ語および
ギリシャ語両聖書を通して神聖な御名エホバが
正しく用いられていました。

この部分の説明からすると日本語版旧約聖書と新約聖書には
両方とも神名YHWHが正しく用いられたことがあった
ということになる。果たしてそれはどの日本語訳なのか、
40年以上疑問に思ってきた。
できるなら、その聖書を直接見て確認したかったが、
現在のところ確認できていない。

だから、もしかすると「書物としての新約聖書」に
多少なりとも言及があるかもしれないと期待したが
それは皆無だった。
だが、YHWHに関しては530ページに記載されている。

「書物としての新約聖書」から知ったことは
日本語版の全訳としてはじめて出版されたのは、
研究生のとき使用した文語体聖書だった。
文語文は普段使わないので非常に理解しにくく、
口語体聖書を購入したこともあった。
この時代、新約部分は緑色の表紙の
新世界訳聖書日本語版があったが、
旧約部分は公開講演でも文語体聖書だったのだ。
だから、はやく旧約部分も新世界訳が出ないかなあと
首を長くして待っていたのを思い出す。
これは1982年の地域大会で発表された。

文語聖書は欽定訳の改訂版を下地にしているようだ。
欽定訳には四か所YHWHを用いていることは
ものみの塔も認めている。
だが、文語訳は「エホバ」として随所に用いており、
本来代名詞として挿入すべきところにまで
エホバを訳出してしまっている。
箴言3章5,6節を文語訳と新世界訳で比較すると
そのことがよくわかる。
逆に詩編14編1節で文語訳は「神」、新世界訳は
「エホバ」と訳出してしまっているのが分かる。

旧約聖書には原典でYHWHが表れているから、
文語訳にエホバを訳出するのは理解できるが、
新約聖書に原典ではあらわれていない。

文語訳は新約部分を大正時代に改訳していて、
これはわたしたちでも読めるので、
全文読破したことがあるが、
神名は一つも確認できなかった。
大正訳より前の明治訳は読んだことがない。
ネットでは公表されているがまだ未確認だ。

そこで、どなたでも結構だから、
初期日本語訳聖書で新約部分に神名が表記されている
訳をご存じの方がいれば、ご一報願いたい。

ギュツラフの日本語最初の聖書だろうか。
それ以降文語訳発行までになされた個人訳に
あるのだろうか。
良いたよりの書籍に記述されたことの
真偽をぜひ確認したいと思っている。

編集者 ラハム (2016年11月12日 06:17:01)

オフライン

#379 2016年11月11日 17:16:13

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

おとといJWTCに出席した帰り道、
相模大野駅前で街路伝道している女性二人組に出会いました。
自宅付近の駅前でも街路伝道しているのを見かけます。
自宅付近では地元会衆のメンバーがわたしのことを知っていて
声をかけてくるので素通りすることが難しいです。

最近は道路に立ち続けて伝道することは
「街路伝道」と言わず「公の証言」とか「スタンド奉仕」などと
いうと聞いていますが、やっていることはわたしの現役時代と
変わっていないようですね。
わたしは奉仕のしもべで区域の係りでしたから
地元も警察署に道路使用許可書の申請にも行きました。
雑誌の見本として二冊を書類と一緒に提出します。
たしか、二週間有効で2,000円の手数料でした。
係りのお巡りさんは親切な人もいましたが、
やたらと横柄に威張っている人もいて
不快な気分にさせられたこともあります。

最近は書籍や雑誌を立てかけるカートが協会によって
準備されているのでとても便利ですね。
わたしのころは何もなかったので自分で思案して、
音楽の譜面台三脚を自前で購入しました。
楽譜を乗せるところに書籍や雑誌を陳列するのです。
この譜面台は楽譜を乗せる部分が重くて不安定だったのです。
特に大きめの書籍を乗せてちょっと触れると
倒れるし、風にも弱いものでした。

誰か一緒に奉仕してくれるといいのですが、
黙って二時間ぐらいするのは孤独との戦いですね。
寒い時期には体の芯まで冷えました。
原則、歩行者には積極的に声を掛けませんが、
そばをゆっくり歩く人や立ち止まる人には声をかけました。
警察で聞いても声をかけてはいけないということは
なかったのですが、迷信的な理由で声を掛けなくなったのです。

実家の駅前でスタンド奉仕していました。
よく見るとマタイによる書だけの冊子もあります。
奉仕者の男性にマタイ5:3を暗唱できますかというと
しどろもどろになって不正確な引用をしていました。
そばにいた奥さんだと思いますが、女性奉仕者が、
「これこれじゃない」とアシストしていました。
彼女のほうが正確な暗唱だったのです。
そこでもうひとつ聞いてみました。
詩編83:18を暗唱できますかって。
その男性JWいわく
「聖書を暗記するために読んでいるのではありません」。
わたしは憤然として、
「一世紀当時のパウロたちは聖句を記憶して
手紙を書いているではありませんか」というと
彼は、すみませんと返事をしていました。

この二つの聖句はJWが大好きで、最も基本的なものです。
霊的な必要と神のお名前が出ているからです。
こんな基本的な聖句も暗唱できないとは、
非常に嘆かわしいと残念でした。
今も昔もJWでいちばん読まれて、
読まれることが少ないのは聖書そのものだと思います。

オフライン

#380 2016年11月12日 00:29:29

KAO
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

ラハムさん
個人研究進んでいますね!
「あなたを幸福にする良いたより」の当該記事を確認しました。もう遅いので完結にコメントいたしますが、私がこれまでに現物で見た明治時代の古い日本語訳聖書の中で、新約の部分に「エホバ」を用いた邦訳聖書は皆無です。
基本的なこととして、聖書全巻の日本語訳聖書が完成し出版されたのは1887年ではなく1888年(明治21年)で私は現物を持っています。新約の部分にエホバなど出てきません。これは理由を論ずる必要もないほどに当たり前のことで、原典にYHWHが出てこないからです。協会は「J参照」などといって中世から1980年代にユダヤ人のために出版されたヘブライ語版!(ヘブライ語版ですよ!)聖書を根拠としており、このようなことを世界中の聖書協会がするはずはないでしょう。新約聖書の原典はギリシャ語ですよ(笑)
記事では「いくつかの初期の版」などと微妙な注釈を付けていますが、大半の読者が現物確認などできないとタカをくくっているのです。恐ろしいほどの不誠実さだと思います。

ちなみに誤解していただきたくないのは、旧約の部分に神名を音訳することについては私も大賛成で、実際に礼拝での使用を前提とした口語訳、新共同訳、新改訳以外の、以前紹介した現行!旧約聖書日本語訳のほぼ全てが「ヤハウェ」または「ヤーウェ」と音訳しています。残念なのはフランシスコ会訳で、分冊版は「ヤーウェ」と音訳していたのに、完結して合冊したものでは「主」に戻ってしまったことです。おそらくこれも礼拝での使用を考慮した結果でしょう。

日本語訳聖書について勉強するための参考書を挙げておきます。
①「聖書の和訳を文体論」藤原藤男、キリスト新聞社、1974年
②「日本の聖書-聖書和訳の歴史-」海老澤有道、日本基督教団出版局、1981年
③「日本における聖書とその翻訳」泉田昭、日本聖書刊行会、1996年
④「聖書に命をかけた人々-聖書翻訳史秘話-」浜島敏、ヨルダン社、2001年
⑤「聖書の日本語」鈴木範久、岩波書店、2006年
⑥「日本における聖書翻訳の歩み」上智大学キリスト教文化研究所編、LITHON、2013年
他に「聖書翻訳研究」という雑誌もあります。

ただし、これらの文献を隅から隅まで読んだところで、「新約における神の名」について論じてあるページは1項もありません。古代の使徒教父文書のどこにもそんな論争の痕跡がないのと同様です。協会の言う「み名」を消し去る陰謀など、協会の妄想でしかないのです。

ちなみに①には、(旧約における)YHWH問題を論じているページがあります。

抜粋:「-前略-YHWH(yahaweh)は神の名であるから、神の名は神の名として打ち出したほうがよいと思う。マソラ学者は、ただ読みを忘れてしまったこの神名の聖四文字に母音符号をつけてアドーナイと読ませたり、エロヒムと読ませたりしただけのことであるから、なにもことさらユダヤ人のまねをしてアドーナイ(主)と読む必要はない。いや、それより神の名を意訳するなど、愚の骨頂である。-中略- YHWHはハーヤー動詞の第三人称、単数、未完了形における神の名であって、「私は在るという者」「私は在って在る者」ないしは「私はあろうとしてあろうとする者」(出エジプト3.13,14)を意味する語であるから、「主」というような語でおきかえて平気でいられるものではあるまい。」(同書314項)

果たして「キリスト教世界」の学者さんたちが「神の名」を抹殺しようと企てているというのが事実であるのかどうか、現役さんたちはご自分の目で確認してみてください。

#381 2016年11月12日 00:37:34

KAO
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

×「完結に」⇒○「簡潔に」
結局「簡潔に」はいかず、長々と失礼しました・・・

#382 2016年11月12日 04:45:34

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

ラハムさん KAOさん 興味深いかきこみありがとうございました 大変勉強になりました

オフライン

#383 2016年11月12日 06:46:34

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

KAOさん、貴重な情報をありがとうございます。
YHWHが新約部分にどうして現れないのか、
最近わたしなりに気が付いたことがありますので、
考えがまとまったら書き込もうと思っています。

オフライン

#384 2016年11月12日 13:57:09

moon
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

KAOさん
はじめまして。
新約聖書の原典を調べてみたいと思います。
いつも沢山の情報を紹介してくださるので
活用させていただいております。ありがとうございます。

#385 2016年11月12日 16:31:22

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

ラハム さんの発言:

奉仕者の男性にマタイ5:3を暗唱できますかというと
しどろもどろになって不正確な引用をしていました。
(中略)
詩編83:18を暗唱できますかって。

この二つの聖句はJWが大好きで、最も基本的なものです。
霊的な必要と神のお名前が出ているからです。

マタイによる福音書/ 05章 03節
心の貧しい人々は、幸いである、
天の国はその人たちのものである。

これは一般の方にも知られている有名な聖句ですね。

次に、神のお名前が出ているのは83編17節でしょうか。

詩編/ 083編 017節
彼らの顔が侮りで覆われるなら
彼らは主の御名を求めるようになるでしょう。
詩編/ 083編 018節
彼らが永久に恥じ、恐れ
嘲りを受けて、滅びますように。

カトリックの祈りで使われる詩編ではこうなっています。

17 かれらの顔を恥でおおい、
  神(YHWH)よ、あなたの名を認めさせてください。
18 いつも恥と恐れを与え、
  はずかしめと死をもたらして悟らせてください。

神の聖名が出てくる聖句は、何もこれでなくても、
もっと素晴らしいものがたくさんあると思うのですが。
ものみの塔の在り方が表れているなあと思ってしまいます。

オフライン

#386 2016年11月12日 18:25:49

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

irisさんコメントをありがとうございます。
irisさんの使っている聖書はなんという翻訳でしょうか。

JWは言わずと知れた新世界訳です。
マタイ5:3は

自分の霊的な必要を自覚している人たちは幸いです。
天の王国はその人たちのものだからです。

この「霊的な必要を自覚している」というところが
日本語訳聖書では「心の貧しい人」になっているものが多いですが、
「霊的に極貧の状態にある」という注を
つけているものもいくつかあるのです。

JWはJWと聖書研究を始める人、
組織のとどまり続ける人を「霊的な必要を自覚している」と
して好ましい存在にとらえています。
自分たちに最も都合のいい聖句なのです。
だから、知らない人がいるとはわたしには信じられません。
組織のよって最も強調されていることですから…。
だから、わたしは暗唱するようテストしたのです…。

ちょっと疲れたので、詩編83:18については後ほど…。

オフライン

#387 2016年11月12日 18:31:32

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

ラハムさんお返事ありがとうございます。

私がこの掲示板で引用しているのは断りのない限り新共同訳です。
(カトリック教会や主流のプロテスタント教会の公式の訳なので)

個人的に親しみのあるのは聖句によって文語訳だったり、口語訳だったり、
新改訳だったりいろいろです。

オフライン

#388 2016年11月12日 18:38:44

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

irusさん
わたしも新共同訳聖書は全部読んだことがあります。
一年がかりでしたが…。現在行方不明なので確認できませんが、
irisさんが挙げてくださった日本語訳は
すべて「心の貧しい人」になっていたと記憶しています。

オフライン

#389 2016年11月12日 20:57:41

KAO
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

ラハムさん
「個人研究」の成果楽しみにしています。

moonさん
はじめまして。私もできるだけ「個人研究」の結果をここに公表していこうと思っていますがいかんせん仕事が忙しく、遅々とした歩みですがよろしくお願いいたします。

irisさん
カトリックは2011年にフランシスコ会訳が完成しましたが、新共同訳を使い続けているんですね。おそらくエキュメニカルな観点からカトリック側が共同の事業を重要視してくださっているのだと思います。
1958年の「創世記」第一分冊からスタートして半世紀以上に渡って進められた翻訳は、日本における聖書翻訳事業の金字塔だと思います。初期の版も増刷の際に時代に合わせて改訂が加えられ、非常に完成度の高い翻訳になりました。合冊でかなり削られたとはいえ、他の礼拝用聖書にはない豊富な注も残されていて大変有益です。1955年に完成したプロテスタントの「口語訳」を受けての企画だったのかと想像しますが、当時はエキュメニカルな「共同訳」事業など想定外だったので、ようやく完成した今、すでに普及した新共同訳に阻まれてこの優れた翻訳が普及しないのはもったいないの一言です。
価格は少々高いですが、内容からすればむしろ安価と思えるほど価値のある聖書なので、ぜひみなさんにもお奨めしたいです。

#390 2016年11月13日 09:25:18

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

irisさん
詩編83:18、新世界訳では次のようになっています。

それは,人々が,その名をエホバというあなたが,
ただあなただけが全地を治める至高者であることを知るためです。

1982年日本語新世界訳が発行されたと同時に
「あなたは地上の楽園で永遠に生きられます」
通称、「地上の楽園」の書籍が発行されました。
この赤い書籍はそれ以来聖書研究性を導くための
基本テキストになったのです。

このテキストには神の名前エホバが聖書に記述されている
証拠としてジェームズ王欽定訳聖書の引用箇所が
印刷されていて強調されていたのです。
その一か所が詩編83:18でした。
欽定訳でエホバが現れるのは四か所で
残りはLORDと表現されエホバが現れることを意味していました。

JWは自分たちが使っている聖書だけに四文字語が
現れているのではないことを証拠づけるため、
他の翻訳も活用できるよう訓練されます。
それの代表的なのが詩編83:18だったのです。

だから、その聖句は暗唱できるほど知っていて当然なのですが、
恐らくほとんどの証人はできません。
このことに気が付いたのは現役時代、神権宣教学校で
83編全文が朗読され、集会終了直後、
朗読者に「詩編83:18ってなんだっけ」と聞いてみたところ
まったく記憶していませんでした。
聞いたのが小学高学年男子だったからやむなしかもしれませんが、
集会終了直後でしたからねえ。

彼らにとって多くの場合、聖書は
その場限りで目を通すような辞書のようです。
だから、ためしにその聖句を使ったのですが、状況は
20年以上前と変わっていませんでした。

よく街頭伝道で彼らと出会いますので、
もうちょっと試そうかと思っています。ところで、
irisさんがご存知の神の名が出ている
もっとすばらしい聖句ってどこでしょうか。
ぜひ知りたいのですが…。

オフライン

#391 2016年11月14日 14:15:16

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

KAOさん

カトリックのミサでは通常、聖書朗読に新共同訳が用いられます。
そのためか、入門講座などでも新共同訳聖書が用いられることが多く、
フランシスコ会訳は少し大きめの教会の売店などで扱われている程度です。

ただ、答唱詩編には本来の共同の祈りと歌としての特性を考慮した、
典礼のための訳が用いられます。
この詩編の底本はキッテルのマソラ本文です。
七十人訳その他のいくつかのギリシャ語訳、ラテン語、シリア語、アラマイ語などの
多くの古代語訳を参考に訳されており、注も豊富です。

ラハムさん
一例として、旧約の感謝の歌として知られる詩編103から

8 神(YHWH)は恵み豊かに、あわれみ深く、
  怒るにおそく いつくしみ深い。
(中略)
13 父が子どもを いつくしむように、
  神(YHWH)の愛は、神をおそれる人の上にある。

詩編だけでも神の聖名(YHWH)はたくさん出てきますよね。
丸暗記している詩編もありますが、節番号までは覚えていないです。
節番号まで覚える必要性が感じられないので・・・

オフライン

#392 2016年11月14日 14:47:48

iris
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

ラハムさんのおっしゃる通り、
YHWHをヤーウェなどと音読せざるを得ないところは少ないかもしれませんが、
カトリックの祈りでは83:18も音読を指定されている個所ではないです。
83:19は音読を指定されています。

19 あなたひとり、その名はヤーウェ、
  すべてを越えて偉大なかた。

節番号がずれているだけのような気がしてきました。

オフライン

#393 2016年11月14日 15:15:41

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

irisさん、詳しい説明をありがとうございます。
典礼用の訳があるとは知りませんでした。
わたしは日本語訳聖書は10種類ぐらい持っています。
比較してみると節番号など微妙に異なる訳もありました。
でも、章全体としては同じだったと思います。
ご存知のように、章や節にわけるのは後代になって
導入されたものですから、翻訳により番号が異なっても
当然だと思います。

わたしが街頭伝道しているJWに暗唱できるのを期待したのは
典礼用聖書で言えば、詩編83:19だと思います。
神や主は名前ではありませんから、
YHWHの四文字語が表記されているのですね。

わたしはフランシスコ会訳・新約聖書合本は
北海道札幌のトラピスト修道院で購入しました。
ほんとのところお菓子やバターも買いたかったのですが、
JWの固定観念にとらわれていて、バビロンの一部に
寄付することになると思い込んでいました。
聖書ならよいと考えたのです。

オフライン

#394 2016年11月14日 15:31:11

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

KAOさん、
フランシスコ会訳聖書についての質問です。
同じ訳の新約聖書・合本は所持しているのです。
旧約と新約の合本を購入しようかと思案していました。
でも、分冊のほうが注が豊富だということです。
わたしも注が豊富な方が好きです。
アマゾンなどで検索すると分冊もたくさん提供されていました。
そこで、分冊を購入する場合ですが、
発効日の新しいものを手に入れる方がいいのでしょうか。
翻訳は古い方がいいこともあるようです。いきなり全巻を
必要としていませんから、
読みたいところから揃えようと思います。

旧・新合本も必要に応じて買うことを考えています。
よろしくご教示ください。

オフライン

#395 2016年11月14日 22:02:03

KAO
ゲストユーザー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

irisさん
お答えありがとうございました。
やはりカトリックは典礼に使用することを重視しているので、フランシスコ会の物は難しいでしょうね。こちらは純粋に学問的な取り組みとして進められた翻訳なので、勉強用というのが本来の使用法かもしれません。

ラハムさん
分冊版は高価なハードカバー版もありますが、安価なペーパーバック版で揃えるにしても全部買うと20万円近くになるかと思います。地道に古本で揃えていってください。なにせスタートが1958年なので、初期の頃に出たものの中には増刷の際に改訂されているものがあります。どの書がいつ改訂されたかまでは分かりませんが、目安として「中央出版」から発行されているものは古いもので、「サンパウロ」から発行されているものは新しいものです。ただし新しい物は値段も高くなっているので、サンパウロになった後に発行されている物以外は80年代のものが狙い目でしょう。
一番最後に出たのがエレミヤだったかな?

当初は「原文校訂による批判的口語訳」とうたっていましたが、「批判的」という言葉が、神の言葉を批判的に検討するとはどういうことか?と誤解される懸念があったためか、その後「批判的」という文言はカットされました。
いうまでもなく「批判的」というのは、純粋に「学問的に検討された」という意味です。詳細な注記は大変有用です。

最後に章節の異同についてですが、詩編の場合、マソラ本文と70人訳・ウルガタ(ラテン語訳)では違いがあります。あまり細かくは覚えていませんが、第9編は古代語訳は、マソラ本文では9編と10編に分割されており、逆にマソラ本文の第114編と第115編は、古代語訳ではまとめて第113編としていたと思います。その流れで古代語訳第114編と第115編は、マソラ本文ではまとめて第116編とされ、以後1編ずつズレる破目になり、再度古代語訳146と147がマソラでまとめて147とされることで、148以降は帳尻が合わせてあります。

トドメに70人訳ではマソラ本文にはない第151編なんてものもありますし、協会大好き死海写本には、これらの並び方がもっとメチャクチャになった、全くの別バージョンの詩編も発見されています。
私も勉強の際混乱して困るので、神の霊感を受けたものみの搭協会が、神慮によって正しいあり方に統一してくれるとありがたいのですが・・・

#396 2016年11月15日 18:12:00

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

KAOさん、
非常に行き届いた説明をありがとうございます。
わたしは聖書おたくになりたいわけではないので、
そこそこにしておこうと思います。
今日はアマゾンで「創世記」を注文してみました。
長い間には勘違いや失敗もあるものです。
創世記には気になる記述もあるので、
配達されるのが楽しみです。
値段は送料も含めて1,000円もしませんでした。
お買い得かな…。

オフライン

#397 2016年11月15日 18:24:11

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

三笠宮さま翻訳の「聖書の年代学」も
読み進んでいるのですが、非常に難しいですね。
きょう、読んでいる個所にBC539年が出てきました。
p121だったような…。
わたしたちは「クロス」とか「キュロス」と
発音している王名が「キルス」になっていました。
ヘブライ語では「コーレッシ」だったかな…。
とにかく、異なる言語の発音を
母国語発音で表記するのは非常に困難ですね。

三笠宮さまが亡くなった後の週刊誌の記事では
宮さまはヘブライ語で聖書の暗唱が最近までできたという
記事が掲載されていました。
昭和天皇は生物学者だったと聞いていますので、
皇室って学者揃いなんだと思いました。
すごいですよね…。

編集者 ラハム (2016年11月16日 05:55:32)

オフライン

#398 2016年11月15日 18:54:57

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

ラハムさん こんにちは 自分も聖書の年代学読んでいます まだ50ページくらいです でも非常に多くの暦があったことをしりました これをみると協会の1914年を導き出す前607年から7つの時は360×7=2520年という解釈はかなり乱暴だと感じるようになりました

あとKAOさんオススメのフランシスコ会訳聖書も購入してちょっとみてみました たしかに前書きに分冊の方が注解が多いとは書いてありますが さすがに値段を考えるとコレクターでもないと無理じゃないかなと感じました それより注解を読みたければ注解の専門書のほうがはるかにコスパがいいとおもいます 現代聖書注解とか ティンデル聖書注解とか

編集者 てつてつ (2016年11月15日 19:33:53)

オフライン

#399 2016年11月15日 20:00:07

ラハム
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

てつてつさん
同じ書籍を読んでくれている人がいて
とても頼もしいです。
わたしは宮様の記念として現物を購入してみました。
興味深かったのは正確な天体の動きを知るためには
安息日の道のりを超えて移動してもよいという
例外規定があったことです。
サンヘドリンに報告するためだったようです。
報告者はサンヘドリンまで移動することは
例外規定で許されていましたが、
安息日のためそこから出ることはできなかったそうです。
厳格なサンヘドリンが例外規定を設けて
正確な時日を知ろうとしたのは、
とても重要な情報だったのだろうと思います。

フランシスコ会訳ですが、
わたしは新約聖書の合本は持っています。
「回復訳」という新約聖書があるのですが、
これのほうが注がフランシスコ会訳より豊富だと思います。
これは珍しくイエスの名前の意味を
「エホバは救い」という説明をしています。
フランシスコ会訳は「ヤーウェ」だったですね。
回復訳は1996年発行ですが、
その時点でもYHWHをエホバにしているところが
珍しいと思いました。大多数がエホバという
読み方を間違っているとしていますから…。
ですから、
やっぱり訳は翻訳で意訳になってしまうのでしょう。
田川氏の説明通りだと思いました。

フランシスコ会を全部分冊で購入するかは決めていません。
読みたいところだけ買って、
てつてつさん、御用達の注解書も活用したいところです。

KAOさん、ものみの塔に神慮はないと思います。
冗談なことはわかっていますが…。
わたしもあればいいと思うのですが…。

オフライン

#400 2016年11月15日 21:42:15

てつてつ
メンバー

Re: 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~

ラハムさん こんにちは
新月が見えたことを確定するには、少なくとも二人の人の立証を必要とした。これらの証人の観測はきわめて重要だったので、年間における春秋の枢要時点であるニサンとティシュリの新月を定めるための報告をイェルサレムにもたらすときには、安息日における移動の限度である二○○○キュピットを越えてもよかったほどである イェルサレムには証人が審問され、受け入れられる特別の中庭があった。はじめには、もしもかれらが安息日にやってきたのなら、終日ここから出られなかった。なぜなら、疑いもなく、すでに彼らは許された距離を歩いてしまったからである。
40ページですかね
またお互いがんばって読み通しましょうね

編集者 てつてつ (2016年11月15日 21:45:40)

オフライン

クィック投稿

メッセージを書いて送信してください。

Board footer