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#226 2019年12月12日 19:51:42

仰天
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

ほいさん、お久しぶりです。

てつてつさんにもですが、福音派を過度に批判する人というのは、ほいさんやてつてつさんの事ではありません。

ほいさんとは相いれない点もありますが、ほいさんのように真剣な疑問ではなく、ある一部の人に見られる聖書なんてものを信じるのはバカしかいないとでも言わんばかりの態度で書き込みをする人に対して過度に批判するのは疑問だと書いたつもりです。


ほいさんと再び論争するつもりもなく蒸し返すつもりもないのですが、聖書を史実としてとらえるなら、もちろん神が基準を決める主権者で命の与え主ですから最善に導かれるだろうと私は考えます。


国民には権利がありますが、罪を犯せば罰則があるわけで、どの世界でもそうでしょうから神がお決めになる事に適わないなら罰を受ける事もあるのは当然だと私は思います。


ですから、文字通り信仰する現代のクリスチャンが極端に走るといっても、クリスチャンは復讐する事は禁じられていますから例えば、神が殺せと命じたならとかいう心配とかは不要でしょう。


進化論を信じないと危険人物だともし考えるなら、それこそ行き過ぎた考え、極端だと言えるでしょう。

これらは例えばの話で、誰かがこう言ったというわけではないです。



当然ですが、無宗教が一番だと誰かが考えるのは自由ですが皆がそう考える必要はありません。
仏教がベストだと誰かが考えてもそれに合わせる必要もないですし、誰かが聖書の神が一番だと考えるのも自由ですが皆が合わせる必要はありません。


仮説として見做さないとよくないという発言ですが、最初からこの世界には正しいと証明された宗教というものは存在しないという事を述べています。
各人がベストだと思える道を選択するだけの話です。


以前のやり取りでは聖書を「史実」として見た場合の話で、史実ならば神に従うほうが益になりますよというのが私の大まかな説明でした。



まぁ、人それぞれ考えに違いはあるのは当然ですからこれ以上はほいさんとやりあうつもりはないです。


てつてつさんもほいさんも創造者の存在は感じておられるわけですからそれだけでもよいのではないでしょうか。

お二人の幸せを願います。

#227 2019年12月12日 19:53:12

シュウイチ
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

この書き込みは#119への書き込みです。

てつてつ さんの発言:

さやかさん 一澤帆布の件はなかなか本質ついてますね
あとラッセル信望者まだいると聞いてましたがサイトは 初めて見ました なかなかレトロな雰囲気がいいですね kiss

あとシュウイチさん相変わらず コンキョー コンキョーと勤行のように繰り返してますね

上記の件、根拠の記載が有ればその様なことは書きませんので、これからは根拠の記載を最初からお書き願います。
根拠が無いのであれば、その旨もお書き願います。
もしかして、根拠が無いことを書きながら批判した場合、開き直っていると思われるのでお書きになられないのでしょうか。

#228 2019年12月12日 20:15:28

仰天
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

てつてつ さんの発言:

仰天さん書き込みありがとうございます ちょっとこの話題なるとこのトピ シュウイチさんと自分と仰天さんのカオス状態になると思いますが まあ別にかまいませんけど kiss

>最古の福音書であるマルコにおいても、イエスは贖いとなるために来たと述べています。
全人類を贖う救い主、数々の奇跡、復活。
それができる方というのは神だと私は思うのですがてつてつさんはどのように説明するわけですか?


>ですが、このような見方もあります。
イエスは独り子の神、神の子であられましたが地上に降りて人間として身体を持たれました。
神であり人だったわけです。
神なら何でも知っているはずだと考えるかもしれないですが、イエス様は人間として育ちましたから神としての能力、あるいは理解の点で制限があり当時の人間としての理解で語られたとも考えられます。


上記の仰天さんの書き込みちょっと混ざってますけど 自分にとっては同じジャンルの質問かなと感じます

贖いとか 復活 奇跡 イエスは神の子であったが人として地上にこられた...等は自分にとっては残念ながら現時点では実証できることではないと思っているので 信じている方がそう信じるのは自由なのですが自分には真実みたいな小説またはファンタジーの域を超えることはないです アーマンさんの言う福音書は実際に起きた事実ではなく筆者の神学という見方を自分はとっています

>1世紀のクリスチャンもそうですが、パウロも恵まれた環境を捨ててなぜ自己の不利になる道を歩んだのかという説明が必要になるでしょう。

パウロについてのアーマンさんの説明を自分は現在支持しています 仰天さんは嫌いでしょうけど cry

キリスト教成立のなぞを解く 71ページあたり

以上紹介した食い違いは、『使徒言行録』とパウロの書簡を水平的に読むと見つけることができるもののごく一部である。他にも沢山の違いがある。このことから言えるのは、パウロを始めとする初期キリスト教の使徒の布教活動に関する限り、『使徒言行録』の記述は正確ではないということだ。『使徒言行録』が歴史的史料として必ずしも信用できない理由の一つは、パウロについて私たちが「知っている」事実が『使徒言行録』にしか書かれておらず、パウロの書簡では一切触れられていないからである。歴史的な本文批評家は、様々な疑問を呈している。例えば、パウロは本当にタルソス出身なのか(『使徒言行録』二十一章三十九節)、エルサレムの祭司、ガマリエルのもとで学んだのか(『使徒言行録』二十二章三節)、ローマ帝国の市民だったのか(『使徒言行録』二十三章一十七節)、「テント造り」を生業としていたのか(『使徒言行録』十八章三節)、福音を説くために町に入った後に、最初に向かう場所がシナゴーグだったのか(例えば『使徒言行録』十四章一節)、エルサレムで逮捕され、何年も牢獄で過ごしたのか(『使徒言行録』二十一章‐二十八章)、ローマ皇帝に上訴したため、ローマで生涯を閉じたのか(『使徒言行録』二十五章十一節)、ということについて本文批評家は懐疑的である。


>ですが、JWの後遺症からか文字通り信じる福音派の人々をも過度に批判する事は私は疑問に思いますね。

自分は批判しているつもりはなく このような情報もありますよということを書いているだけのつもりで判断は読んでいる各人がされると思います

福音書の記述は起きた事実ではなく筆者の神学だと考えるとの事ですが、事実と異なる事をまだ多くのイエスを直接知る人々が存在している時に広めたとするのは無理があると私は考えます。


事実ではなく作り話のために嘘と知りながらなぜ1世紀のクリスチャンが命をかけて従ったのかという問題です。


パウロ書簡と使徒行伝に相違があるから信じられないというのがアーマンやてつてつさんの考えなわけですが、田川建三さんの書物としての新約聖書のP271〜272を見ても本文批評家でも様々な見解に分かれていて定かではありません。


繰り返しますが聖書の細部に食い違いがあっても、本筋では一致しており全否定はできないと私は考えます。


細部の違いは、パウロの名を借りた信徒が書いたものもあって偽パウロ書簡もあるという事ではないでしょうか。(偽書簡とはいえ価値がないわけではないでしょう。)


聖書時代に戻って見て確かめる事はできませんから、細部に食い違いが書簡、あるいは他の書の間で存在しても、どちらが正しいか分からないからこそどちらも保存する意味があるのではないでしょうか。

いずれにせよそこは枝葉であり福音には影響しないと考えます。

#229 2019年12月13日 06:47:01

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

>福音書の記述は起きた事実ではなく筆者の神学だと考えるとの事ですが、

筆者の神学 前掲

しかし、読者は彼の死の理由を知っている。イエスの死の直後、垂れ幕は真二つに裂け、百人隊長が信仰告白をするのだ。裂けた垂れ幕は、イエスの死によって、ユダヤ教の祭司が神殿に生贄を供えなくとも、神が人々の手の届く存在になったことを暗示している。イエスの死は續罪をもたらしたのだ『マルコ十章四十二節を参照)。そしてこのことを瞬時に悟った人間がいた。それはイエスの近しい信奉者やユダヤ人の見物人ではなく、イエスを十字架に架けた張本人である異教徒の兵士だった。イエスは死をもって救済をもたらし、そのことに気づくのは非ユダヤ教徒なのだ。このような記述は、イエスが死んだときに、「本当は」何が起きたのかということについての公平無私な描写とは言えない。これは、物語形式の神学なのである。

>事実と異なる事をまだ多くのイエスを直接知る人々が存在している時に広めたとするのは無理があると私は考えます

今でこそネットなどを用いて情報が早く伝わりますし真偽も確かめやすくなっていますが 当時はそのようなものはありませんし筆者がありのままの実際に起きた事実を書き綴ろうとしたものなのかはわからないと思います

>事実ではなく作り話のために嘘と知りながらなぜ1世紀のクリスチャンが命をかけて従ったのかという問題です。

ちょうど大乗仏教の本を読んでいるところですが 浄土真宗ではナミアミダブツととなえるだけで極楽浄土へいけると信じて一向一揆などに参加して死んだ信者さんも多いとのことですので イエスキリストを信じれば天国にいけるとだけ信じて殉教した人も多いかもしれません また 聖書批評学などもありませんので当時の信者さんが「事実ではなく作り話のために嘘と」は思っていなかったかもしれません 

沈黙の映画でも拷問にあわされて殺されていった大勢の人が描かれていますが彼らがどこまで教理を理解していてそうしたかはわかりません

>パウロ書簡と使徒行伝に相違があるから信じられないというのがアーマンやてつてつさんの考えなわけですが、田川建三さんの書物としての新約聖書のP271〜272を見ても本文批評家でも様々な見解に分かれていて定かではありません

すなわち、パウロの有名な「回心」の物語。熱心なパリサイ派ユダヤ教徒だったパウロは、ダマスコスに居るキリスト教徒を弾圧しようとして、そこに出かけて行った。その途中で、炎天下、多分日射病でも起こしたのだろうか、幻覚症状を起こす。つまり、パウロのつもりでは(またその伝説を信奉した使徒行伝の著者などのつもりでも)、そこで「生けるキリスト」に出会い、その声を聞いた、というのである(九・一’九)。この話、かなりな程度伝説化されているので、もちろんそのまま信用するわけにはいかないが、話の基本の枠は事実であろう。近頃のドイツの神学者の多くは、ある種の反動で、使徒行伝に書いてあることは何でも嘘であるとみなす傾向があり(「学説」というよりは信仰に近い)、そのせいで、この話についても、パウロはこの時ダマスコスに行こうとしていたわけではない、などと主張する人がいるけれども、そこまで否定するのはとても無理である

みな状況証拠などからの推測なので仕方がないと思います



>繰り返しますが聖書の細部に食い違いがあっても、本筋では一致しており全否定はできないと私は考えます。

残念ながら現在の自分は聖書とは人間の組織が自分たちの信仰に都合のよさそうなものを集めて一つにしたものだと思っていますので それだけ読んでいればそのように感じて当然かと思います

>細部の違いは、パウロの名を借りた信徒が書いたものもあって偽パウロ書簡もあるという事ではないでしょうか。(偽書簡とはいえ価値がないわけではないでしょう。)
聖書時代に戻って見て確かめる事はできませんから、細部に食い違いが書簡、あるいは他の書の間で存在しても、どちらが正しいか分からないからこそどちらも保存する意味があるのではないでしょうか。
いずれにせよそこは枝葉であり福音には影響しないと考えます。

仰天さんがそう思われるのは自由だと思います

編集者 てつてつ (2019年12月13日 08:10:10)

オフライン

#230 2019年12月13日 07:37:10

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

100分 大乗仏教 126ページあたり

不思議なことに浄土教では、次第に「ブッダになること」ではなく、「極楽浄土に往生すること」を最終目的と考えるようになっていったのです。もちろん最初は悟りが目的だったことは間違いありません しかしやがてその目的は「救われること」に変わっていきます。ここで言う「救われること」とは、悟りを開いて涅槃に至るのではなく、楽しくてきらびやかで不自由のない生活を永遠に続けられるようになることです。「無量寿経』や『阿弥陀経』には「極楽浄土とは、苦しみも悲しみもない世界であり、すべての人は宝石に飾られた宮殿に住み、究極の楽園生活を送る」といったことが書かれていたため、人々はその部分ばかりに注目するようになり、いつしか極楽にたどり着くことが最終目的であると考えるようになったのです。


てつてつ なんだか証人が最終目的は楽園に行くことみたいですね


青年 今のお話をうかがっていると、「極楽浄土」とは、キリスト教の「天国」と同じようなものに思えてきたのですが……


ここまで変容してしまうと、「釈迦の仏教」とは似ても似つかないものです。あなたがおっしゃるように、浄土教は仏教と言うよりも、キリスト教に近い教えになっていったと言えるかもしれません

青年 なるほど。貧困に喘いでいる人たちは生きることだけに精一杯で、人のために何かをしよう(善行を積もう)などと考える余裕もないし、修行する時間などなかったはずですよね。そんな人たちの救いとなったのが浄土教で、...

ただし、じつはこの考えは裏腹で、危険思想につながりかねない面もあります。「阿弥陀様を信じて死ねば、極楽浄土に往生できる」というのは、現世の生活に苦しんでいる民衆にとっては「救いの思想」ですが、国家を統治する側からすれば「やっかいな思想」ともとらえられたのです。

青年死んだあとは極楽浄土に往生したいという考え方の、どこが危険思想なのですか

今あなたがおっしゃったように、極楽浄土の存在を本気で信じれば、死ぬのが怖くなくなりますよね。極楽に行けると思えば命も惜しくなくなるので、どんな強い相手にも立ち向かっていける。捨て身になった人間ほど恐ろしいものはありませんから、為政者にとっては脅威になります。「今の生活が苦しいのは国を動かしている権力者が悪い」と思って、浄土教系の信徒)である民衆が一斉に立ち上がれば、誰にも押さえられなくなってしまうのです。それが現実となったのが戦国時代に勃発した「一向一揆」です。

浄土教は「他力本願」を基本としているため、決まりごとの少ない「ゆるい宗教」のように私は感じていたのですが、一歩間違えると、危険なほうに向かう可能性を秘めているということなのですね。

講師キリスト教もユダヤ教も、イスラーム教もヒンドゥー教も、我が身のこととして教えを突き詰めていけばいくほど、必ずそうした面が出てきます。絶対神や外部の救済者を崇めるタイプの宗教には、多かれ少なかれ、そういった捨て身の行為をよしとする側面があるのです。


あなたのおっしゃっていることもよくわかります。しかし、誤解を恐れずに言うならば、一つの教えを無条件に信じて狂信的にならなければ、本当に救われるはずなどないのです。信仰とはそういうものです。極楽往生を本気で信じて一向一摸の中で死んでいった人を、今の私たちは不幸ととらえがちですが、じつは本人たちは幸せだったのではないでしょうか。亡くなって本当に極楽に行けたかはわかりませんが、少なくとも「自分は幸せだ」と感じながら死んでいった人も多かったと思います

編集者 てつてつ (2019年12月13日 10:20:46)

オフライン

#231 2019年12月13日 14:37:19

ユーリ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

みなさんもご存知だとおもいますが、元JW2世である「たもさん」のインタビューが

withニュースに取り上げられましたので、ぜひご覧ください。

そのなかでこのトピックにちょっと関係あるかもと、私が思ったところがありましたので参考にしていただけたらと思います。

一方で、こうも考えるそうです。「わが子のためにと、宗教をすすめてくれたのだと感じます。ただ、私は普通の子どもでいたかった。『救われる』必要は、なかったですね」。今は、時折連絡を取りつつ、親子の形を組み立て直しています。

どんな文脈でこう語られたのか、よかったら確かめてください。

オフライン

#232 2019年12月13日 15:13:51

シュウイチ
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

この書き込みは#120への書き込みです。

てつてつ さんの発言:

創価学会のニセ本尊破折 62ページあたり

なぜ学会で授与する本尊がニセ本尊なのですか

答え

例えば、精巧なカラーコピーの機械で、紙幣をコピーして「お札」を作製するとします。いかに本物の「お札」と見分けがつかなくても、そのコピー札はニセ札」であり、それを使えば法的に罰せられます。
なぜかといえば、
①正式な政府の許可がなく、
②日本銀行から発行されたものではなく、
③自分で勝手に作ったものだからです。
ニセ本尊』はこれと全く同じ道理です。
①御法主上人の許可を受けず、
②総本山から下付されたものではなく、
③学会が勝手に作製したものだからです。

学会では「自分たちが和合僧団だから、その資格がある」と主張しますが、一体その資格は、どなたから受けたのでしょうか。御歴代上人の中で、創価学会に相承された方などおられません。もし「広布を願う一念があれば資格が備わる」などというのならば、誰でもいつでも勝手に本尊を作ることができることになり、大聖人の仏法は混乱し、滅亡してしまうでしょう。ニセ札は法律で罰せられますが、『ニセ本尊』は仏法破壊の大罪として、必ず仏罰をこうむるのです。

と書かれていました これを読んでこの文のいいたいこととはちょっと違いますが 自分が思ったことはまさしく本尊は金になりお札を印刷するのと同じことだと思いました

上記の「この文のいいたいこと」自体は批判されておられないので、「この文のいいたいこと」自体は納得されたと思っております。書き込みをされていて批判されないのはとても珍しいことですので。


てつてつ さんの発言:

一例 日蓮正宗没落の真因 48ページあたり

さらに重大なことは、御本尊を御供養集めに使っていたことである。本来、御本尊は信仰の根本であり、拝むためにあるが、いつの間にか大石寺では、賞与御本尊を謝礼として出すから御供養をするように呼び掛けるようになっていた。例えば、私の所持している「御守御本尊」は六十世日開上人が認めたものである。

上記の件、他の書き込みでは御法主の認可など必要は無い、との主張でしたが、ここでは「「御守御本尊」は六十世日開上人が認めたものである。」と「認めた」とお書きになられております。認可を必要としないのであればこの様に書く必要は無く、普通に認可は当然必要なので、思わず書いてしまったのだと思います。


てつてつ さんの発言:

脇書には「宗祖大聖人第六百五十御遠忌壱万幅之内」とある。昭和六年の大聖人六百五十遠忌の時に、御供養をしたお礼である。日布上人や日応上人も同様のことを行なっているが、本山に金がなく、何か記念事業を行なう折に、このように賞与御本尊を授与する形で資金集めをしていたのである。お金のために御本尊を授与したと言われても仕方のない実態だった。

上記の解釈であれば、この方は「私の所持している「御守御本尊」」をお金で買ったことになりますが、それは良いのでしょうか。お金で御本尊を買う、という認識が無いから頂いたのではないでしょうか。

また以前の書き込みでは御形木御本尊のことも知らずに批判されておりましたが、御守御本尊のことも知らずに書き込みをされているのではないでしょうか。


てつてつ さんの発言:

日蓮正宗の神話 330ページ
また建前上は信心が決定し、不退転の決意が固まった者にのみ授与される「常住御本尊」に関しても、実際には、まるで供養の返礼のごとく簡単に授与されてきた歴史がある。とくに経済力のある檀家は、歴代貫主の常住本尊を何体も所持することが当然になっている。彼らは、家の当主が変わったり大石寺の貫主が交代したりする度に、常住本尊の下付を願い出る。今でも古い檀家たちは、常住本尊を受けるための供養を「つけ届け」と称し、「常住御本尊は十万円が相場」などと言い合っているという。その結果、素封家の旧信徒は多くて数十幅の常住本尊を巻いた状態で「御本尊箱」に納め、骨董品扱いしている有様である

とあるように本尊を印刷して渡して ご供養「お金」をもらうというのはまさしくお金を印刷するのと正宗にとっては同じ意味がり それを学会が勝手にやりだしたり 本尊自体にそれほど意味がないなどとブランドの価値をさげるようなことをされたらこんな紙切れ一枚印刷するだけで10万円にもなるオイシイ商売上がったりになっちゃって 坊主まるもうけできなくなるわけで そりゃマジキレしますよね mad

上記の件、お金に執着しているてつてつさんからするとそのようにしか考えられないのだと思います。

日蓮正宗がお金に執着していたら、創価学会を破門せず、創価学会の言いなりになり、お金を安定してもらっていたのではないでしょうか。
お金に執着せず、仏法の正邪の上から正しいことを貫いたので、莫大なご供養が無くなっても創価学会を破門することを選んだのだと思います。

当時創価学会は1000万世帯(本当はもっと少ないと思いますが)と公称しておりましたが、その殆どが創価学会について行きました。
圧倒的に多い信者数、毎年数千億円集まるという莫大な資金力、町会議員から国会議員までいる政治力、創価学会会員の検事や弁護士、裁判官などの司法での影響などを考えれば、邪な組織であれば屈していたはずです。
しかし日蓮正宗は屈せずに創価学会を破門しました。
この事をどの様にお考えでしょうか。

#233 2019年12月13日 15:29:39

さやか666
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

Q日蓮正宗は屈せずに創価学会を破門しました。
この事をどの様にお考えでしょうか。



Aやっぱり日蓮正宗は唯一無二の清く、正しい宗教だなあ。一度お試しで入信しようかな

#234 2019年12月13日 15:37:21

仰天
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

シュウイチ さんの発言:

当時創価学会は1000万世帯(本当はもっと少ないと思いますが)と公称しておりましたが、その殆どが創価学会について行きました。
圧倒的に多い信者数、毎年数千億円集まるという莫大な資金力、町会議員から国会議員までいる政治力、創価学会会員の検事や弁護士、裁判官などの司法での影響などを考えれば、邪な組織であれば屈していたはずです。
しかし日蓮正宗は屈せずに創価学会を破門しました。
この事をどの様にお考えでしょうか。


なぜ日蓮正宗大石寺と別れたのか?
男性幹部 創価学会は元々、日蓮正宗というお寺に属していました。

僕 そこから別れたんですよね?

男性幹部 それは、別れたくて別れたわけじゃなくて、日蓮正宗自体が葬式仏教に成り下がってしまったからなんです。信徒の供養で贅沢してみたりとか、勝手にデカい家を建ててみたりとか、そういう中で、色々な協議をしたんだけれど、どうしても「僧侶が上で、信徒が下」なんだみたいな関係性が強調されてきました。こちらが真摯に問題提起しても、「何を生意気なことを言ってるんだ」みたいにあしらわれてしまって、

結局その後、破門になったときに、創価学会の方に道理がある、正しいと思った方は、その時に日蓮正宗を辞めて、創価学会のお坊さんになってます。日蓮正宗と創価学会と双方の内実を知った上で、「日蓮正宗はどうしようもない、創価学会で信仰を貫くのが正しい生き方なんだ」という様に思った方が、現在創価学会で活躍されています。

なので塔婆も基本的には立てませんが、どうしてもと言う場合には要望に応えて、お坊さんが書いたりしています。勿論、それを書いたからといって、成仏するとか、そういった信条はないのだけれども、親戚の手前などで必要だという方にはそのような対応を取っています。

僕 なるほど、ただ「布教」となったときには、やはりお坊さんというのは博学で、宗教的知識が豊富で、辛い修行も習得している。だから信頼を置けるみたいな、仏教に対する一般的なイメージってあると思うんです。民衆の価値観にあえて合わせないというのは、そういった過去の日蓮正宗との関係における苦い経験が、現在の創価学会の理念に強い影響を与えてるということでしょうか?

男性幹部 そうですね。ただし、全く否定をしているわけではなくて、本当は日蓮正宗のお坊さんも一緒に頑張ってくれれば良いわけです。創価学会はずっと護ってきたわけですから。何百箇寺に上る日蓮正宗の財産は創価学会の供養によるものです。誠心誠意、護った上でそういう結果になってしまった。

僕 一方的に追い出された、憂き目に遭わされたのは創価学会の方なんですね。

男性幹部 そういうことです。これ、他の宗教からしてみれば日蓮正宗は何をやっているんだということなんです。日蓮正宗といっても創価学会がほとんどだった、98%くらい、圧倒的多数を占めていたわけです。

それを今まで支えてきてくれた人を破門にするなんておかしいよと。他の宗教団体が笑っているくらいですからね。大切にしなければいけない存在を破門にした。それが真実です。



創価学会が大石寺から破門になった背景、事情、彼らの言い分とは?
https://kennsyoukai.info/soka-taisekiji/

#235 2019年12月13日 18:33:10

さやか666
ゲストユーザー

Re: 日蓮正宗について

純粋な教団に濁りが生じていました

潔く、濁りを取り除いたのは英断でした


皆様、日本一清い宗教 日蓮正宗


入信しませんか?

#236 2019年12月13日 19:21:10

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

ユーリさんこんにちは 書き込みありがとうございます たもさんの見てみました前回のテレビの取材はかなりいい加減で編集されてて怒ってましたけど今回はよかったようですね kiss

オフライン

#237 2019年12月13日 19:26:26

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

>日蓮正宗がお金に執着していたら、創価学会を破門せず、創価学会の言いなりになり、お金を安定してもらっていたのではないでしょうか。お金に執着せず、仏法の正邪の上から正しいことを貫いたので、莫大なご供養が無くなっても創価学会を破門することを選んだのだと思います。
当時創価学会は1000万世帯(本当はもっと少ないと思いますが)と公称しておりましたが、その殆どが創価学会について行きました。
圧倒的に多い信者数、毎年数千億円集まるという莫大な資金力、町会議員から国会議員までいる政治力、創価学会会員の検事や弁護士、裁判官などの司法での影響などを考えれば、邪な組織であれば屈していたはずです。
しかし日蓮正宗は屈せずに創価学会を破門しました。
この事をどの様にお考えでしょうか。

多分日顕にとってはすでに宗門のお金は自由に使えるようになったので あとは学会のいうことを聞くのがいやだっただけだと思います お山の大将おれ一人!みたいな感じかと思います cry


>上記の件、開眼が必要無ければ大石寺に送る必要などないと思います。どうしてわざわざ大石寺に送ったのでしょうか。それは開眼が必要だからだと思います。

ご本尊の独占が意外とオイシイことに気がついたのかもしれませんね  またはこれで学会の首根っこ押さえれると考えたのかも kiss

編集者 てつてつ (2019年12月13日 19:35:59)

オフライン

#238 2019年12月14日 07:24:42

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

100分 大乗仏教 176ページあたり

律を取り入れなかった日本の仏教

最初の方はサンガつまり僧侶の集団を維持するために律「サンガを維持するためのルール」が禅宗にはなかったことが書かれています

その律のひとつに釈迦の仏教では仏になるための修行のために働かないで周囲の好意に依存して生きるように定めた ものがあります

てつてつ ああそれで時々お坊さんが托鉢に回っているわけですね

講師 ずいぶん前に解説しましたので、念のためにもう一度説明しておきましょう。僧侶というのは悟りを人生の目標として暮らす人たちですから、仕事をせずに全エネルギーを修行に費やします。そして生活の糧はすべて、周囲の一般社会からの好意に依存するのです。ですから「私たちは皆さんだけを頼りにして暮らしています」という真筆で謙虚な姿を社会に対して示さねばなりません。自分たちで食料を自給しながら、そのうえさらに托鉢でご飯を集める、などということをすればたちまち世間から批判されてしまいます。ですから釈迦は、仏道修行者は人様からもらったご飯しか食べてはならない、と律の中で決めたのです。...

じつは、そこが問題です。日本の場合、禅宗はむしろ、律を守って暮らしていた昔のサンガにかなり近い形態を持っているのですが、他の仏教宗派では禅宗以上にそういった面が希薄となり、律を持たないままで現在に至っているのです


仏教が誕生して以来、「釈迦の仏教」も大乗仏教も関係なく、いかなる時代、いかなる宗派においても律は重要なものとされてきました。十七条憲法の有名な言葉で「篤く三宝を敬え」というのがありますが、三宝とは「仏・法・僧」で、仏教はこの三つがセットで成り立っています。「仏」は悟りの体現者であるブッダ(釈迦)、「法」はブッダが説いた教え、「僧」はブッダの教えを学ぶ僧集団、つまりサンガを意味します。どれが欠けても仏教とは呼べないので、サンガを維持していくためのルールとしての律は絶対に不可欠なものと考えられていたのです。

青年 それほど律が仏教にとって大切なものだとしたら、なぜ日本の仏教は、律を持たないままで発展したのですか?

講師 中国から日本に仏教が伝わった際に、律が導入されなかったのが原因なのです。中国の場合、確かに禅宗のように本来的に律を用いない仏教集団もありましたが、国全体としては、「サンガは律によって運営されるべきもの」という通念が定着していました。中国仏教は間違いなく、律を重視する世界だったのです。ところがそれが、日本へ入ってきた時に大きく崩れ、日本だけが律なき仏教国になったのです。
どうしてそんなことが起こったのかというと、前にもお話ししましたが、もともと日本の仏教は鎮護国家を目的にしていたからです。奈良時代の仏教は国家のために奉仕することを目的として導入きれたので、サンガという独自の組織を持つことが許されませんでしたそうなるとサンガという組織を布施で維持していくためのルールなどは必要ありません。それで日本には律が導入されなかったのです。

講師 先ほど仏教は「仏・法・僧」の三つで成り立っているというお話をしましたが、律が導入されなかったということは「仏・法」の二つだけで日本の仏教は成立していることになります。じつは、この状況は非常に特殊なものです。日本のお坊さんやお寺しかご存知ない方は、今のお寺の在り方に疑問を抱くことはないと思いますが、もともとの仏教の教えとはかなり異なっているのです。たとえば、お金でお布施をもらう、結婚して子どもをつくる、お酒を飲む、お寺に来た人から僧侶が直接拝観料を取る。これらは皆、律によって禁じられた行為なのです

青年しかし、最初から今のような状況ではなかったはずですよね。何がきっかけで日本の仏教は変容したのですか?

講師 寺や僧侶の在り方が大きく変容したのは、明治期の「廃仏殿釈運動」がきっかけです。維新政府が神仏分離令を命じて神社と寺院を分離させ、神道を国家宗教にしようとして仏教を弾圧したのを境に、一気に世俗化の波が日本の仏教に押し寄せることになったのです
すでに申し上げたように、日本の仏教は律を持ってはいませんでしたが、江戸期までは国家(幕府)という後見役があったことで「僧侶はこうでなければならない」といったある程度のしばりがありました。しかし明治の混乱期に、その国家のしばりがなくなったことで、日本の仏教は大きく変容していったのです。もし日本に律が伝わっていたとしたら、強い歯止めがかかって今のような状況にはならなかったはずです。それを思うと日本の仏教の特殊性の最大の原因は、律が伝わらなかったことにあると私は思っています。


というわけで最初の釈迦の仏教は働くことを禁止して周囲の好意にのみすがって修行することになっていたようですが 日本にはいってきたときにそこはスルーされたみたいで やっぱり釈迦の最初の教えが今日まで変わらず伝えられているというのは都市伝説にすぎないわけですね cry

編集者 てつてつ (2019年12月14日 07:38:14)

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#239 2019年12月14日 13:36:54

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

>しかし日蓮正宗は屈せずに創価学会を破門しました。
この事をどの様にお考えでしょうか。

この件の♯237の追伸です

あともう一つ思ったのですが 日顕は自分の権力者としての地位を守るため その脅威となる創価学会を排除したのではないかと思いました 歴史的にも権力を握ったものがそのライバルになりそうなもの たとえ兄弟であろうとも殺して排除するのはいつものことで 北朝鮮の金3男も自分が権力をにぎったあと兄の2男を暗殺しましたそれでもともと針金宗とバカにされていた日蓮正宗が大人数になったとはいえ9割以上が学会員ですので総選挙でもしようものならソッコー池田の大ちゃんが法主になっちゃうわけです kiss
それでいつ学会に寝首かかれるか心配で小心者の悪党で自分のことしか考えない日顕もワンピースのスパンダムみたいにまずは自分の法主としての地位や権力を守ろうとして学会を排除したのかもしれないと思いました cry

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編集者 てつてつ (2019年12月14日 14:52:08)

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#240 2019年12月14日 14:53:17

ユーリ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

貼り付けられた漫画がおかしすぎて、内容が入ってきません。

v3jKVhCJ3iS0j5VqCLMU66r7PnXNS90GrJ0Nvp2CkOcLvAoFIgxOgwDQ50G9j0lHpDw4=s85
ゴールデン電伝虫




てつてつさん、お疲れ様です。そしていつもありがとうございます。

結局カルトやお母さんの弱さを、娘さんであるたもさんが受け止めて乗り越えたんですよね。

強い人は優しいですね。

「普通の子供でいたかった。」「救われる必要はなかった。」

元2世の友人たちはよく言います。


子供たちを騙して教育の機会をうばったり、地獄で脅すのは虐待以外のなにものでもないです。

聖書に従ってそうするというほうが、聖書の価値を貶めていると思います。


またブッダ自身の教えも素晴らしい考え方なのに、仏教には彼の言った内容が伝わっていないというのが・・・もったいないなとは思います。

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#241 2019年12月14日 15:03:35

めぐママ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

てつてつさん      お疲れー!
ユーリさん お久しぶりです。 

その通りですね。 ありがとうございます。

禅の言葉  莫妄想(まくもうぞう)  と読む。
www.youtube.com/watch?v=VMjelE4Lj7Y

とても良い事を 教えてくださいます。

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#242 2019年12月14日 15:15:13

ユーリ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

こんにちはめぐママさん。お久しぶりです。

私だけかしら、youtube開かないの。

でも「莫妄想(まくもうぞう)」で検索したら、すぐでてきました。同じURLの動画。

いいお話ですね。

ありがとうございます。

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#243 2019年12月14日 15:15:59

めぐママ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

莫妄想

自分が作り出した偽りの世界に 迷い込んでしまう事  これが 莫妄想です。
人の噂に 影響されたり あるいは 勝手に 思い込んでしまう世界。
まだ浅いうちなら、引き返すことができます。
自分の頭で考えて 自分の意思で行動するように、と教えておられます。
どこかのカルト では コレを 禁じていた。

編集者 めぐママ (2019年12月14日 15:19:47)

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#244 2019年12月14日 15:18:54

めぐママ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

ユーリさん  youtube  開かないですねー

まくもうぞう  莫妄想  夕方の シブ護寺  という番組で 教えて頂きました。

あー  ありがたや  ありがたや!!

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#245 2019年12月14日 15:22:57

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

ユーリさん まんがツボに入ったみたいでよかったです kiss

めぐママさん 書き込みありがとうございます

まくもうぞう  莫妄想  たぶんこれのことですよね

編集者 てつてつ (2019年12月14日 15:24:43)

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#246 2019年12月14日 15:28:38

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

宗門問題を考える 檀家制度と僧侶の関係

著者 小林正博さんで創価学会の方です なんだか面白そうで少し読み始めました

最初の方です

日蓮正宗宗門と創価学会をめぐる、いわゆる〃宗門問題〃は、たんに両者の対立、批判の応酬という次元でとらえるのは、あまりに皮相的にすぎると思われます。ことの本質は、伝統的な『僧』と『俗』の在り方が、根底から問い直されている問題と、私は理解しています

宗門問題が表面化して、早一年が経過しようとしています。この間の宗門の創価学会に対する姿勢を分析してみますと主に次の四点に集約できると思います。
一、僧侶はたとえ明確な非があっても絶対に信徒に謝らない
二、三宝供養、なかんずく僧宝崇拝は、信徒の当然の義務である
三、葬送儀礼等を僧侶抜きでやったら堕地獄はまちがいない
四、法主絶対、法主本仏であるからこれを批判する信徒は大誇法である
しかし、このような僧侶の信徒観は、はたして日蓮大聖人御在世当時からの伝統的な考えなのでしょうか。もちろん否であります。
むしろ、この体質は江戸時代に敷かれた檀家制度における僧俗の関係そのものであると断言できます。つまり、宗門は、あの江戸幕政下の僧侶天国の時代に権威主義に陥り、信徒蔑視の体質を身につけて今日にまで及んでしまったといえましょう。江戸期の寺院は〃宗門改め〃〃檀家制度″という幕府の宗教政策のもと役所化してしまいました。この制度は、今日でいう戸籍を扱うもので、キリスト教徒による反乱、いわゆる〃島原の乱〃以後とくに強化されました。幕府の政治は、民衆を士農工商という厳しい身分差別のワクに閉じこめることで成り立っていました。したがって、幕府がもっとも警戒したのは、この身分差別を否定する人間の平等・自由を説く思想や宗教でした。そこで〃邪宗門吟味″という名目で、仏教寺院が使われたのです。檀家制度のもとで、政治権力を背景にした寺院・僧侶の権威はきわめて大きなものでした。人はこうした権威に弱いものです。権威を持った者の多くは腐敗し、持たざる者は盲従し、保身を図る者はすりよって行きます。仏の教えを説き、民衆を救うという本来の僧の立場は忘れ去られ、いつしか権力をバックに信徒の上に君臨するようになっていったのです。信徒は愚民のまま、自己の覚醒もなく、ただ寺や僧侶に盲従しこき使われる以外になかったのです。いったん、僧侶の反感をかえば戸籍の抹消という処分が、待っています。身分制度の厳しい江戸期に戸籍を抹消きれるということは、〃非人″にされるということで、社会から追放きれることを意味します。現代にまだ残っている差別や部落の問題は江戸期の宗門改めによって僧侶から邪宗門と決めつけられた人々の末喬であることを指摘する学者もいるほどです

さて、今回の宗門問題のざまざまな局面にみる日顕法主ら宗門中枢の時代認識は、このような江戸期の様相とほとんど変わらない権威主義・信徒蔑視など人権感覚ゼロの前近代のものであることがわかります。日顕法主らの〃伝統″とは、江戸期以来の封建的僧俗関係であって、決して日蓮大聖人御在世のことではありません。生命の危険も顧みず、民衆救済のため、立正安国の理想をかかげ、権力と戦い抜いた大聖人のお振る舞いは、どう晶眉目にみても、日顕法主の行状からは微塵も見いだすことができません



これで日顕宗を切る3 101ページあたりの意味がわかりました cry

宗内では、池田先生のことを「先生」と呼んだり、先生の書かれた本を読んでいると知れたら、たちまち″池田教〃とのレッテルを張られ、異端者扱いです。得度して大坊に入ると、まず言われることは「池田さんは信者なんだから、絶対に『先生』と言うな」「池田さんの本など、信者の書いた本なんだから、読む必要はない」ということです。

編集者 てつてつ (2019年12月14日 16:49:53)

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#247 2019年12月14日 16:18:55

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

24ページあたり

現代の葬式儀礼のほとんどは仏教と無縁であることが書かれています


釈尊とその弟子たちは、在家の葬儀に関わらないのが原則であった。経典によれば釈尊が執行した葬儀は父と養母の時にしか見られない。弟子たちも父母や仲間の僧の葬儀以外には関わらなかったのである。


『日本人の仏教』第九巻「寺院の歴史と伝統」(四十三頁)では、「ブッダの葬送のことを実際に執り行ったのはクシナガラ(クシナーラー)の在家の帰依者たちで、サンガの人々(出家)はそれに参与しなかったようである。伝説によれば、ブッダの遺骸は火葬にされ、分配を請うた八つの部族に八分され、中インドの各地に八つの舎利塔(ストゥーパ)が建てられたという。今日では、この舎利八分の記事が、おそらく事実を伝えたものであろうことは学問的にも信頼されている。この舎利八分についてもっともたいせつなことは、このような舎利供養・仏塔信仰が在家信者の手によって開かれたということである」と。このように釈尊在世中、葬儀は在俗信者によって行われ、僧は介入しないのが普通だったようである。本来、仏教では死後のことは不問のこととしており、したがって死体処理を伴う葬送儀礼には重きを置かず、追善回向とか引導を渡すなどという教義さえもなかったのである。

ひるがえって現代、民衆と仏教との接点は、葬儀、戒名、位牌、年忌法要、塔婆供養、盆・彼岸での墓参り等の葬送儀礼がほとんどである。釈尊の時代、各宗の開祖の時代とは、あまりにも隔絶した現代仏教の実態がここにはある。いったいこの体質はいつ、どのように成立したのであろうか


かなりはしょります


奈良・平安期
聖武天皇の葬儀が仏式で行われたのを初めとして、奈良期には七三五年に、「親王死去の場合は七七日の仏教式法要の執行を義務づける」詔が発せられ「続日本紀』)、法要を仏教でおこなう例が多くなってくる。
奈良期には、死霊は死後十七・四十九・五十年後に神となるという考え方(年忌打ち上げ・弔上げ・トイアゲともいう)と、死霊はまた御先祖様・祖霊として子孫の生業を守るという観念が定着しており、仏教とは関係のないところで、既に日本古来の精神としての先祖供養・祖先崇拝の念がきわめて強かった。この日本古来の非仏教的霊魂観に対して、それを否定するのではなく、新たな仏教的意味を付加させていくことによって、仏教は葬送儀礼の独占化をはかっていった。その一例は、〃うかばれない〃死霊を回向する儀礼をきちんとしなければ、魂も軽くなれず、天にも昇れないという論理を展開し、仏教による葬儀の必要性を強調していったのである。いわゆる仏教の年忌法要は、こうして加乗的に展開されるようになっていった。葬式から年忌法要の間の死霊は、精霊・新仏といい、荒魂(あらたま・新魂から転化)として個性の没しない霊とぎれた。その霊のたましずめlとして年忌法要が受容され、追善供養・回向の考えを付加して、仏教は死から祖霊化までの儀礼の執行権を獲得したのであった。なお仏教では三十三回忌をもって祖霊になると規定している


いわゆる四十九日までの七日ごとの法要については、本来は釈尊以前にあったバラモンの思想に由来するものである。中陰は中有ともいう。『倶舎論」では五陰の展開する領域として四有(生有・死有・中有・本有)を説く。婆羅門「ウパニシャッド」では、中有でピンダという死者を祖先の位に到達きせる死者供養祭があったが、これに密教が習合して、七七日中陰を成立させたと推定される。


百カ日・一周忌・三回忌は中国の儒教の考えをもとにしている。孔子の説いた儒教では、親に対する孝を重要視するが、父母の祖霊に対して百日目と一年目と二年目にそれぞれ柤霊供養する風習があったのである。これが仏教にとり入れられて、百カ日・一周忌・三回忌という法事に変わっていくのである。このようにバラモンの四十九日までの七回と、中国の儒教の三回忌までの三回を合わせて、十仏事という形が中国の仏教界で成立し、そのまま奈良時代に日本に移入きれてきたのである。


うーんまたまた 仏教は釈迦の時代から今日まで変わることなく受け継がれているというのがまちがいだとわかっちゃいましたね cry

編集者 てつてつ (2019年12月14日 16:34:04)

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#248 2019年12月14日 16:32:23

ラハム
メンバー

Re: 日蓮正宗について

わたしも父が死ぬ前脱塔したので、
親族の代表として日蓮宗のお寺と接することが多くなりました。
お墓があるので誰かが関係しなくてはなりません。
実際、父の墓付近にだれも詣でなくなった墓があって、
関係者は名乗り出てほしいと三年以上立札がありました。
けっきょく誰も名乗り出なかったようで、お墓は撤去されてしまい、
新規の墓地として売りに出されるのでしょう。
季節の墓参りや法事があるのですが、
わたしの正直な感想は
お寺というのは「お葬式屋さん」なんだというものです。
誰でも収入を得て生計を立てる必要があるので、
やむを得ないことですが、お布施の金額によって
法要のお経を唱えてくれるお坊さんの人数が多くなるのを見たとき、
なんだか釈然としない気持ちだったのを思い出します…。

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#249 2019年12月14日 16:42:39

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

ラハムさん書き込みありがとうございます

>やむを得ないことですが、お布施の金額によって法要のお経を唱えてくれるお坊さんの人数が多くなるのを見たとき、なんだか釈然としない気持ちだったのを思い出します

こんな例もあるようです cry

日顕宗を切る3 69ページあたり

ところが、小倉氏赴任時の住職・鈴木讓信と鈴木の後任住職で来た佐藤暢道は、ともに宗門の高僧であるにもかかわらず、広宣流布を忘れ、勤行を怠り、箸侈に流され、妻子に愛執し、檀信徒は御供養を運ぶ〃お客さん〃としかみない商売坊主の典型でした。

「ある法華講の人が葬儀の申し込みに仏眼寺にいらっしゃいましたその方に対して、住職の佐藤はお悔やみの言葉を述べるでも信心指導をするでもない。ただ『いい戒名もらいけたけりや、いまの時代、一本だよ』と、そっけなくいうだけでした。
一本とは百万円のことなんです。その方は結局、それが常識だと信じて戒名料だけで百万円を御供養しました」
こうした例は枚挙にいとまがないそうです。義憤を抑えきれないといった表情で、小倉氏は驚くべき実態を私に語ってくれました。「ある檀家さんの葬儀を仏眼寺の本堂で行ったときのことでした。その家は御供養を五十万円包んだのですが、それでも佐藤住職が決めた〃相場〃からすると少ないらしいのです。腹を立てた佐藤は、なんと葬式の引導文を半分でやめ、そそくさと本堂から立ち去ってしまったのです。つまり〃残り半分を読んでもらいたければ、もっと金を出せ〃というわけです。たぶん、ほかの檀家への〃みせしめ″の意味もあったのでしょう」厳粛な葬儀の席で、こともあろうに「引導」を脅しの道具に使って信徒から供養を吸い上げようとは、なんたる極悪の心根でしょうか。佐藤クラスの老僧にしてこの体たらくとは、現宗門の腐敗堕落の凄まじき.根深さは想像を絶するものといわねばなりません。

シュウイチさんは自分の戒名料にいくらくらい出される予定でしょうか さやかさんならタダでいい戒名つけてくれると思いますよ さやかさんちょっといくつか考えてといてくださいね kiss

編集者 てつてつ (2019年12月14日 17:38:41)

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#250 2019年12月14日 17:09:11

てつてつ
メンバー

Re: 日蓮正宗について

お盆について

35ページあたりから

盆は、行事の大部分が日本固有のものであり、もとは〃たままつり〃として、家ごとの複数の祖霊との交流の場であった。祖霊は家の繁栄を守護する存在であり、七月(新暦では八月)の盆の時に祖霊を迎え、また送る行事が古くからあった。
「たなばた」も、〃たままつり〃といい、本来は盆への準備のはじまりであった。これは正月のすすはらいと同じで、祓(はらい)の行事であった。現在、盆は仏教儀礼として、墓参りの期間となっているのは周知のとおりである。仏教側はこの行事を、まず『孟薗盆経」の教説をもとにして、仏教色を導入した。『孟蘭盆経』の内容は、現在の父母および過去七世の父母のために、毎年七月十五日に百味の飲食を供えて百僧に供養することを説いたものである。釈尊の十大弟子の一人.目連は、餓鬼道に堕ちた母が倒懸(ウランバナ)の苦を受ける有様を見て、それを救うために孟藺盆会を始めたという因縁による。しかし、この経典は中国の偽経である


「お中元」という風習が現在日本にはあるが、これも「中元」(上元は一月十五日、下元は十月十五日)として、孟藺盆に「盆礼」といって親族や知人の家を訪ねて挨拶をし、また進物の贈答をする風習によるものである。上中下元のうち、日本在来のマッリが仏教の孟蘭盆と結合したために、とくに七月の行事が盛んとなり、ついに魂祭りといえば孟蘭盆を指すことになった。そして孟蘭盆会も先亡の苦を救うという本来の趣旨から、先亡の魂を迎えてまつるという意味に変わり、さらに娯楽の乏しい農村にあって娯楽をも兼ねる「祭り」の発生につながっていった。「盆おどり」は、死んだ霊に対するタマシズメの行事であり、念仏踊りの系統からの影響があって、室町期から流行しだした。さらに仏教各宗派は、孟藺盆と施餓鬼会を結び付け、仏教による回向の考えを定着させた。施餓鬼会は、餓鬼のために諸種の飲食を施す法会で、民間では新亡の霊の成仏を妨げる無縁仏という考え方が仏教思想と習合して生まれ、邪魔する無縁仏を供養して、精霊の冥福を祈る形として受け取られるようになる。これは浄土真宗を除いて、孟藺盆にちなんで行われる場合が多い。やはり室町期後半に一般化した。
したがって、仏教とは関係のない日本古来の風習であったお盆が、『孟蘭盆経』と結びつき、中元の七月十五日が僧自恣の日とつながり、〃たままつり″に施餓鬼会が付け加えられて仏教行事として確立したのが、「盆」の実態なのである。


で 清い日蓮正宗では当然こんなお盆なんて異教に由来した 大ホウボウなことはしていないだろうと検索してみるとお釈迦様の正しい教えとしてしっかりやってるみたいです cry

編集者 てつてつ (2019年12月14日 17:25:23)

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