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#51 2018年05月26日 22:32:02

ちょっと一言
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

確証バイアスについて、ご質問があったので、さらに説明しましょう。

この言葉を最初に用いたのは、ウエイソン(Wason)です。ウエイソンは思考の研究で有名な人です。ウエイソンは、被験者に3つの数字を示し、それがどのような規則に基づくのかを見つける課題を与えました。

例えば、( 9 18 36)を示します。

被験者は、この数字を見て、前の数字の2倍という規則だと推論したとします。被験者は自分の推論が正しいか、3つの数字を示して、それが規則にかなっているか、いないかを答えてもらいます。多くの人は次のような例を生み出します。

被験者:(2 4 8)    実験者:よいです
被験者:(10 20 40) 実験者:よいです
被験者:(15 30 60) 実験者:よいです


被験者は、そこで自分の仮説が正しいと確信し、「規則は2倍にするというものです。」と答えます。しかし、実験者は、「違います。」と答えます。被験者は驚くわけです。次の仮説を考えなくてはいけません。考えつかなければ、そこで終了です。

数字の規則を見つけるためには、自分の考えた規則にかなった3つの数字をたくさん作り出して、「よいです。」と確証してもらうという方法は良いものではありません。どうすればよいかといえば、自分の規則に反する数字を作って、否定してもらうということをすれば早く正解に達するのです。

2倍にするという仮説なら、(2 4 9)と言ってみます。この場合、実験者は、「よいです。」と答えます。(2 4 8)でなくてもよいことがわかりました。この段階で、自分の仮説が間違っていたことになり、次の別の仮説に移ることができます。この方法だと、誤った仮説をすぐに捨てることができるので、早く正解に達します。(正解は何かわかりますでしょうか?)

ウエイソンはこのような実験から、正しいやり方は仮説の反証例を探すというものなのに、多くの人はそのことがわからず、自分の考えた仮説の確証例ばかりを探すということを発見しました。このような偏りを確証バイアスconfirmation biasと名付けたのです。

この確証バイアスと似たような現象は、様々な分野で発見されていきます。例えば、記憶です。自分の信念に合うものはそうでないものよりも思い出しやすい。あるいは文章理解です。2つの対立する意見が書かれた文章を読ませると、どちらの意見の人でも、自分の意見を支持していた内容であったと理解するのです。このようなことも、後に確証バイアスの一つと言われるようになります。しかし、もとの意味は推論過程における肯定例を探すという偏りを指します。

さて、次に、ささらほーさらさんの教科書について述べましょう。こう説明してあるとのことです。

*****
手元の資料(大学の教科書)には
「確証バイアスは、自分の期待から特定のデータや事例のみに注意を向けさせ、その結果
トップダウン的に錯誤相関を強化する働き」と説明されています。
*****

説明としては、あまりいいとは言えません。確証バイアスを生み出しているのが「期待→注意の偏り」としていますが、そう断定できません。おそらく違うでしょう。また確証バイアスの適用範囲を「錯誤相関の強化」に限定しているのは狭すぎます。一般に、大学の教科書を書いている人はたいした人ではありません。一流の人はそんなものを書いている暇はありませんから。

*****
別の資料には
「信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のこと」と書かれています。
*****

とありますが、こちらの説明は標準的なものです。学部学生レベルだとこのように書けばテストの時に〇がもらえるでしょう。大学生の人は勉強になったね。

#52 2018年05月27日 04:38:50

iris
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

ちょっと一言さん

たいへんわかりやすく整理された解説をありがとうございます。

確証バイアスは(輸血拒否に限らず)確立された標準的な医療を拒む人たちにもよく見られると思います。誰にでもあるバイアスなのだと思いますが、生命や生活の質に影響する問題に関しては取り返しのつかない結果になることもあるため、注意が必要ですね。

オフライン

#53 2018年05月27日 15:45:30

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

ちょっと一言さん、返信ありがとうございます。
その他Takさんやirisさん、PMで連絡くださった方もありがとうございます。

実は、数日前の母の胃腸炎(ロタらしい)の後始末や看病やらをしていたら感染してしまったようです。
#41を書いていたときも悪寒がしていたのですが
今日は、まだ暗いうちから・・・(*´Д`)。

やっと嘔吐は落ち着いたようなのですが・・・
すみません。回復したら必ず返信します。

編集者 ささらほーさら (2018年05月27日 16:12:14)

オフライン

#54 2018年05月27日 17:21:14

iris
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

感染性胃腸炎は辛いですよね cry
どうぞお大事に。

オフライン

#55 2018年05月27日 18:31:33

めぐママ
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

ささらほうさらさん、お久しぶりです。

お忙しいところをありがとうございます。
確証バイアスについて、どんな本があるのか図書館が遠くなったので参考になります。テレビでも少し聴きながら考えたのですが、家を建てると、転勤になるとか、都市伝説みたいなことを、解説してました。根拠のないことですね。
最近、先見力の授業  掛谷英紀   かんき出版
を読みました。騙されないために、疑うクセを身につけよう。自分で調べて自分で考えよう!というものです。
自然言語処理研究  というのが、とてもわたくしには、しっくりきました。
スタップ細胞に、騙されて振り回される心の仕組みとか。
まだ小保方氏の信奉者がいることとか・・・
カルト、とか、体育会系の、行き過ぎ根性論。  上にアタマおかしいひとがいると、本当に不幸です。
教育のないところに、民主主義は無い!
どなたかのお言葉ですが、これから先変わってほしいです。

お母さま、お大切に。  ご家族皆様に感染しますので、大変でしたね。

#56 2018年06月01日 08:54:20

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

みなさん、こんにちは。

まずはTakさん、コメントありがとうございました。
irisさん、めぐママさんもお気遣いありがとう!
取り急ぎで書き込みだけして去ってしまい、すみませんでした。


ちょっと一言さん、少しわたしの質問の意図と違ったみたいなのですが返信感謝いたします。
わたしの疑問はもしかするとリテラシーの問題なのかも知れません。
明日、心理臨床の先生と会うことになっていますので確認してみます。


ウェイソンの実験については学びました。
ただ、わたしが学んだところによると
所謂「反証主義」

ちょっと一言 さんの発言:

仮説の反証例を探すというものなのに、多くの人はそのことがわからず、自分の考えた仮説の確証例ばかりを探す・・・。

については、哲学者のポパーが提唱者である・・・と書かれていました。
どちらも同じような主張はしていますけど・・・。

その後、この主義は諸々に再考されているようですね。
※ 確証テストについては他にもあるのですが、複雑になるだけなので省きます。



みまさまに感謝しつつ、少しでもどなたかの参考になればうれしいです。

オフライン

#57 2018年06月03日 09:19:54

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

こんにちは。

先日、ちょっと一言さんに

ささらほーさら さんの発言:

「入会儀礼効果」や「フット・イン・ザ・テクニック」についても説明していただけると更にありがたいです。

とお願いしたのですが、その後コメントがありませんので
少しだけ解説いたします。


JWを抜け出すことは結構大変です。
しかし、そのメンバーに加わることもそれなりに大変ではありませんか?
ここでは、以前「ゆみさん」がその苦労を語っておられましたが
カトリックのようには簡単に入会ができません。
※ 数年前に亡くなった従兄は、亡くなる少し前に
「カトリック信者として(以前からカトリックの)妻と同じ『墓』に入りたい」と希望し
即カトリックに入信したことがあります。
同様の理由で友人家族3人も(活動してないけど)入信しています。

まずは「家庭聖書研究」と称したお勉強会を潜り抜け、集会を一つ一つクリアする必要があります。
それから(現在は良く知らないのですが)、神権宣教学校なる学校の生徒になります。
そこでは、伝道活動の練習を型通り行い
いよいよ司会者や親と共に、野外での伝道活動に参加しなければなりません。
その間にJW独特の「規準」を満たし(例えば異性と『同棲』しているなら、解消するか『入籍』する必要があります)。
同性と同棲(性的な相手として)していた場合は、当然、そういったマイノリティを克服するべきであることを教え込まれます。
他にも人によっては、喫煙・深酒・清潔さ・・・・などなどに関して、ある程度のチェックを受けます。
家族の反対などがあれば、それはそれはシンドイ試練に耐える必要もあります。
それから、バプテスマを受けるための「討議」なるものの許可や準備を行わなければなりません。
漸く状況が整い、認められると・・・長老の検閲を潜り抜けて→バプテスマ=入信となるわけです。

これだけの山を越えて入信した場合、そこ(JW組織)に「不義」や「不正」「欺瞞」「改竄」「インチキ」・・・などが存在していてはならないのです。
たとえ、本当は欺瞞に満ちた「組織」であることがわかっても、
その時、
人の「心」は、そう(インチキだった!)感じることを拒否してしまうようです。

その原因のひとつが「入会儀礼効果」と呼ばれる現象なのです。
JWのように、その対象と関わるために厳しい経験を経た者が
その対象を高く(ゆがめて)評価したり愛着を抱いてしまう現象です。

長い行列のある店に、さんざん並んだ挙句にやっとありついた食事。
美味しいですよね?
それもほぼ同じような効果があるようです。

アロンソンとミルズという2人の研究者が実験を行っています。
単純作業をして報酬1ドルと20ドル・・・あの実験と性質的には似ていますが
今回は、報酬ではなく、実験に際して被験者に(条件なし)(軽い条件)(厳しい条件)が課されます。
興味のある方はネット検索して調べてみてください。



フット・イン・ザ・ドア・テクニックについては次回に

編集者 ささらほーさら (2018年06月03日 10:33:03)

オフライン

#58 2018年06月03日 14:39:49

iris
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

ささらほーさらさん、みなさま、こんにちは。

ささらほーさら さんの発言:

数年前に亡くなった従兄は、亡くなる少し前に「カトリック信者として(以前からカトリックの)妻と同じ『墓』に入りたい」と希望し即カトリックに入信したことがあります。
同様の理由で友人家族3人も(活動してないけど)入信しています。

カトリックにも、入信のための入信準備制度があります。洗礼の希望を伝えてから実際に洗礼を受けるまでには1~2年かかるのが普通です。
その間に、入門講座に参加して聖書や教会の教えを学んだり、信徒と同じように御ミサや行事に参加してカトリックの生活を体験したりして、理解を深めていきます。

ただ、正式な準備をするための時間的余裕がない場合は、この限りではありません。ささらほーさらさんの従兄さんは、奥様と生活を共にするなかで洗礼を希望されていますので、カトリックについてよく理解されているものと判断されたのだと思います。

また、超緊急の場合には、司祭でなくても、信者でさえなくても、洗礼を授けることができます。
洗礼を受けていない人が、洗礼を授ける…びっくりぽん!

オフライン

#59 2018年06月03日 16:23:25

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

irisさん、こんにちは。

情報ありがとうございます。

iris さんの発言:

また、超緊急の場合には、司祭でなくても、信者でさえなくても、洗礼を授けることができます。
洗礼を受けていない人が、洗礼を授ける…びっくりぽん!

本当に「びっくりぽん!」ですね。
知りませんでした。

オフライン

#60 2018年06月04日 15:24:12

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

こんにちは。


今日はフット・イン・ザ・ドアについてです。

「フット・イン・ザ・ドア」と聞いて
「ははぁ~、家の人が玄関のドアを閉めようとした時、ドアに足を挟み込んでそれを阻む手口だな?」
と思われた方も多いことでしょう。
語源としては、正にその通りで
何かを売り込もうとするときに、相手の拒否を一旦阻むようにすることと無関係ではありません。
日本語では、「段階的要請法」と呼ばれることもあります。

いくら熱心なJWでも、上記のような行儀の悪い方法を用いる人はそうはいないでしょう。
むしろ、最初は「ビラだけ」。
短い再訪問で慣れてきたら「ガーデニングがお好きと聞いたので、参考になると思いました」とか言って雑誌を渡す。
更に慣れてきたら「記念式」の時だけ集会に誘ってみる・・・・などなど
段階を踏むことを勧められるのではありませんか?

そう、それが訪問販売や接客販売などで使われる「フット・イン・ザ・ドア(段階的要請法)」という方法です。

人は、一度簡単な要求を受け入れてしまうと
次なるもう少し高度な要求を受け入れやすくなるようです。
何故段階的になら「受け入れ」易くなるのでしょう。
一般に、人には「一貫性の法則」があります。
最初の要求を承諾しておきながら次の要求を断ってしまうことは
自分でとった行動を否定することになります。
自分の行動を否定したくないために次の要求も承諾してしまうのです。

一度簡単な要求を受け入れてしまうと、次は断りにくくなる・・・これって、日常的にもけっこうありますよね?
スーパーで試食をする・・・だけならいいけど、ついつい説明まで聞いてしまうと。
通信販売で「今回限り半額」・・・その後電話でアンケートに答えたり、3個セットのお買い得を進められると。
訪問販売で「1週間は無料で使い放題」の掃除機なんかを使ったあと引き取りに来られると。
などなど、段階を経るごとに、そして時間が経過する度に「断り」にくくなって行きます。

どこかで「線引き」をしようと思っていても、
簡単な要求を受け入れてしまうとそう簡単には拒否できない・・・
それがフット・イン・ザ・ドアの罠なのです。

ですから、常日頃から
・初めの小さな要求を受け入れない。
・自分の中にはじめから「線引き」をしておいて、大きいな要求はしっかり拒む。

こういったはっきりした姿勢・態度
を持つことは大切です。
JWばかりではなく別の罠にも掛かる可能性がありますし
せっかくJWから解放されても同じような「組織」に囚われてしまうかも知れませんね。


※逆の方法として、大きな要求(どうせ通らないという前提で)を仕掛け
断られると次に小さな要求をしてそれを受け入れさせる「フット・イン・ザ・フェイス」という方法もあります。

オフライン

#61 2018年06月05日 05:56:39

てつてつ
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

ささらさんこんには マインドコントロールとは何かの中でもいつくか似たような例が書かれていました

あとネットでも簡潔に説明されていますね

自分も現役のころ奉仕でこまめな再訪問をくりかえすように教えられていましたが 知らず知らずのうちに伝道者ではなくセールスマンになっていたんですね cry

編集者 てつてつ (2018年06月05日 06:30:05)

オフライン

#62 2018年06月05日 09:46:54

Tak
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

分かりやすい説明をありがとうございます。

「フット・イン・ザ・フェイス」も興味深いですね。

最初の訪問で研究を勧める→断られる→雑誌を勧める
最初の訪問で集会を勧める→断られる→雑誌を勧める

こういった提案もフット・イン・ザ・フェイスに含まれるのでしょうね。

オフライン

#63 2018年06月06日 17:04:18

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

こんにちは。


人が何かを「認知」するときには
様々な認知の「歪み」「ひずみ」が生じ
時には致命的な「思い込み」による「誤った判断」に繋がってしまうことを
ほんの少しの例からですが書いてきました。

カルト的宗教に「確信」を抱いてしまう、その「道のり」の中には
さまざまな認知的「バイアス」が生じることがご理解いただけたと思います。
もちろん、その時々の個々人の置かれた立場心理的状況も関係していることも大きな要因でしょう。

また、カルトの問題の中では、1世と2、3世とを同じように括って考えることはできません。
ですので、ここで少し触った程度の心理的要因だけで
カルトやマインドコントロールの問題を語ることもまた十分ではないでしょう。


ただ、今回の(誰も避けることのできない)「心にかかるバイアス(認知の歪み)」の存在を知ることは
自分の置かれている状況や問題と「対峙」する上で助けになるはずです。
「わたしは大丈夫」とか、「もう二度とJWのような組織の餌食になることはない!」と言い切れる人はいません。

下の画像を見てください。
1528270474_table.jpg

このテーブルのサイズと形が「同じ」ように見える人はいるでしょうか?
※面倒でなければプリントアウトして切り取り、重ね合わせてみましょう。

これはシェパード錯視と呼ばれる錯視の一種です。
本当はどちらも同じサイズの四角形ですが
わたしたちの「脳」はそのようには「認知」できません。
でもそれは、生活の中で無意識に習得してきた情報の集積の結果であり
「脳」が、より「効率的」に、より「省コスト」で物事を判別し、決定し、対処するように働く結果でもあるそうです。


そういった「避けられない」バイアスの連続の中で
どうやったら「騙されずに」生活ができるのでしょう。
ある意味、それは「振り込め詐欺」などの「詐欺」から身を守る方法と同じなのかも知れません。

JWや他のカルト的組織も、たぶん「騙す」ことを意図して布教方法を練ってきたわけではないのです。
人を「招き入れる」方法を次々に一生懸命考慮してきた結果
「詐欺」と見紛う方法が「人の性質」に上手く働きかけることを見出してきたのだろうと想像します。
それですから、オ〇ム〇理教のような多数の犠牲者を生み出した宗教でさえ、未だに入信者が絶えないのでしょう。


そういった組織を変えることなどわたしたちにはできないのですから
わたしたち自身が

まずは自分自身の傾向や、己れが陥り易い「バイアス」を知り

その上で

論理的、合理的な思考の仕方を身に着け

自分の推論プロセスを意識的に吟味・内省するように心がけ

(思い込んでしまう前に)複数の視点の可能性を考慮し

客観的な証拠(とりわけ、自分が直観的に「そうに違いない」と思いたい理論の「反論」となる証拠)に目を向ける

ように心がけるしかないのかも知れません。


※ まだまだ人の「心」を騙す、そして判断の「歪み」を生じさせる現象はあるのですが、詳細はもっと学んでからにさせていただきます。
是非、てつてつさんのように、たくさんの資料から学んでくださいね。
「クリティカルシンキング」などの単語から情報を検索したり、書籍などを探して読んでみるのは助けになると思います。

編集者 ささらほーさら (2018年06月06日 17:10:34)

オフライン

#64 2018年06月06日 17:12:14

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

Takさん、こんにちは。

Tak さんの発言:

最初の訪問で研究を勧める→断られる→雑誌を勧める
最初の訪問で集会を勧める→断られる→雑誌を勧める

こういった提案もフット・イン・ザ・フェイスに含まれるのでしょうね。

正にそれですよね(´∀`*)。

オフライン

#65 2018年06月06日 21:21:24

てつてつ
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

>このテーブルのサイズと形が「同じ」ように見える人はいるでしょうか?
※面倒でなければプリントアウトして切り取り、重ね合わせてみましょう。

そんなわけないでしょ だれがどーみても違います mad  てつてつさんは自分の目玉を信じますよー  kiss

印刷して重ねてみました なななんとぴったり合いました 信じられません yikes

編集者 てつてつ (2018年06月06日 21:23:02)

オフライン

#66 2018年06月06日 22:37:11

通りすがり
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

これのことですね。
これならピッタリです。

https://youtu.be/UwpC4RsmC6Q

#67 2018年06月07日 08:39:23

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

てつてつさん、流石ですね(*^^)v。

通りすがりさんもありがとうございます。



シェパード錯視は「視覚の錯覚」のひとつですが、驚くような錯視はもっともっとたくさんあります。
興味のある方はいろいろ調べてみると面白いと思います。


視覚に限らず
わたしたちには「記憶」「認知」「推論」「思考」・・・する場合にも
自分では「間違いない!」「明確!」「自分にはわかる!」としか思えないのに
そうではない場合がとても多いということなのです。

それでも、そのような多くの「錯覚」「歪み」・・・は、ときにとても役立つのです。
例えば「自己認知」の場合のポジティブな「歪み」です。

一般に「自己評価」と呼ばれたりしますが
ご存じのように「自己評価」が低いと
心理的な問題が生じやすく、時に犯罪に走るほどのストレスとも成り得ます。

実験の結果では、やはり日本人は
誠実さ、優しさ、調和性、まじめさ・・・などの自己評価は高めであるのに対し
容姿・容貌、社交性、経済力・・・などに関する自己評価は低めだそうです。
では、ポジティブイリュージョン(幻想)が世界的に低いのかというと
その表出の仕方に不器用さ、控えめさ・・・があるという指摘もあるそうです。


詳細を説明することは省きますが、何が言いたいかというと
ほどほどに「自己評価が高く」「自分の将来にはそうそう災いは起こらない」「ある程度、回りの出来事も自分でコントロール可能」
というポジティブな「自己認知」の歪みがある人は
難しさや問題のある場合にも対処しやすく楽観的でいられる確率は高まるそうです。
それは「やる気」や行動の「動機付け」となり
多少の困難にも粘り強く取り組むことが可能になります。

一方「自己評価が低く」「将来の出来事に不安が多く」「回りの出来事を自分ではコントロール不能」
というネガティブな「自己認知」の歪みを持っていると
(セリグマンの「学習性無力感理論」)によれば
自己の無力感が学習されてしまい、それが抑うつ症状を引き起こす原因になってしまうようです。
結果的に「どうせ、無駄。無理」の思いが強まり、益々何もできなくなるのです。

わたしたちは、様々な情報から、既にそういった傾向については知っています。
でも、自己の「認知的歪み」の傾向に気づくことができません。
言い換えれば、いつも正しく自己評価ができている人などいないことになります。
(だって、誰にでも「バイアス」がかかるのですから)
では、どうせ歪んだ「自己認知」をしてしまうなら、ちょっと自分を高めに評価してみてはいかがですか
落ち込みやすい方、JWとの関わりで多くの時間やチャンスを失った方・・・
「悔やむ思い」が必要以上に高過ぎはしないか(ネガティブな歪み)どうか吟味してみましょう。

簡単ではありませんけど・・・。

オフライン

#68 2018年07月04日 20:39:54

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

ご無沙汰しています。
「『おら東京さ行くだ』奉仕」のトピックでトオリスガリさんが「某巡回監督が巡回区内の長老に宛てて送ったメール」をUPしてくださいましたね。(#7)

トオリスガリ さんの発言:

「永遠の命のために整えらえた人」を徹底的に探すという趣旨を外さないことが検討され・・・

去年から学んでいる、所謂「ひと学」にこんな記述がありましたので紹介します。(「」内原文まま、・・・は割愛)著者:内堀基光

「ボルネオ島の焼畑民イバンの人々のあいだで暮らしていると、それほど自分の死というものを問題にしないように見える。けっこう楽に『死』のことを話している。『もうじき私は死ぬんだ』『年を取ったからもうじきあの世へ行くんだ』といったことを、平気で話題にしている。彼らがふつうに語るあの世はまったくこの世の延長である。もっともこの世よりはちょっとはよい。すばらしい極楽ではなくて・・・適度な理想郷なのだが、基本的にはこの世と同じものとしてイメージされている。あの世でも適当な時間が経てばもう一度死ぬ。・・・こういう平坦とも言うべき他界観というのが、おそらく人類史のかなり長いあいだの一般的なイメージだったのだろうと思えてくる。強い恐怖心を抱かせる地獄だとか、誘惑的な天国とか極楽というのは、人類史のなかではごくごく最近の、たかだか1万年もいかないような―ー歴史宗教の発生ということで言えばせいぜい3000年と言うべきかーー新しいイメージであり、死の問題が一種の終末論として語られるような状態になってからのものなのである。」

人類は地上で身を守り・生き残り、遺伝子(子孫)を残すために、
家族のような小さな集団から同族という集団、そして社会とも呼ばれる大集団を形成してきたわけです。
(そうでもしなきゃ生き残れなかったですよね。「弱い」ですもの人間は。)
基本的には、チンパンジーや群れる動物と同じです。
ところが、知能が発達し感情が豊かになると、次第にある対象に特別の「愛着」を抱くようになりました。
子供、親、配偶者、友・・・ですね。
(※犬や猫でも絆の強い仲間の「死」によって、悲しみ(?)を抱いているような様子が観察されることがあります。)
それで、ず~~~と昔人類は「自分(わたし)の死」ではなく、愛着を抱く対象を失う・・・という「他人の死」を恐れていたのだと言います。
そりゃそうですよね。自分が死んでも、死後何の感情も沸きませんが、愛する者の死は苦痛です。
ところが、宗教の出現によってヒトは「罪」とか「自分の死」とかを恐れるように誘導されたというのです。
そして、「わたしの死」を意識するということは「自己肥大」つまり「わたしが世界を持っている」という幻想であり「ある種の尊大さ」ですが、
その勘違いがそうさせているのではないかと書かれていました。
それは「持っているはずの世界を失う」という感覚・恐怖です。
元々持っていなければ、失う心配や恐怖はありません。
ところが、「わたしは世界を持っている」という感覚があるために
「わたしのいないこの世界の未来」「諸可能性を秘めた世界」・・・
「その世界にはもう『わたしの想像が及ばない』ということのもつ恐ろしさ」を抱くのです。

「要するに、わたしがこの世をもっているのにそれを無くしてしまうという倒錯した喪失の恐怖が、ここで言う『わたしの死』なのである。したがって、これは死の問題よりも、おそらく世界の所有の問題、世界を失うことの問題であり・・・。」とも書かれていました。

その通りかどうか・・・?
わたしは聖書の記述やJWの教えよりは真実に近いのだろうという気がします。
言い換えれば「永遠の命」に固執する教えや人は、ミーイズムの極みと言えるのかも知れません。

編集者 ささらほーさら (2018年07月05日 06:22:09)

オフライン

#69 2018年07月05日 13:27:59

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

こんにちは。
少しだけ続きです。


先に記したように
自然のこととして「愛着を抱く者」の死は耐え難い程の「喪失感」を生み出します。
本来「愛着対象の死」こそが基本的な問題を孕んでいると言えるでしょう。
時には、それは強い「怒り」として転化されることもあるくらいです。
通り魔的な事件や猟奇的な犯罪を犯す人の「行動要因」が
自分を唯一可愛がってくれた誰か(母か父、祖父や祖母、親友など)の死だったりすることが知られています。
※因みに、かつての「首狩り族」の一部も同族の死に遭遇した時に「悲しみ」が「怒り」となり、首狩りを行ったそうです。

そして、その苦しみや喪失感を和らげる手段のひとつ
葬式など「弔いの儀式」だったり、愛する死者を「位牌や記念碑的な墓など」に移し替えることなのだそうです。
幸い、悲しみは時間と共に「薄らぐ」ことが普通です。
それでも、それにはかなりの時間を要する場合があります。
その耐え難い期間、その儀式や位牌や祈祷や読経などが悲しみによる心の「崩壊」を防ぎ、「喪失感・無力感」を和らげる働きをしてきたわけです。
※もちろん、現代ではそういった儀式を簡素化し、次なる段階へと人生を勧めることができる人もいます。

そのようなわけで、世界の標準的な宗教の「死と弔いの儀式と手順」は概ね似通っています。
その詳細は記しませんが、JWはこの「死と弔いの儀式」に背を向けました。
「人々は下らない偽宗教に惑わされて意味のない『儀式』を執り行い、虚しい『祈祷』や『読経』を頼みにしつつ『偶像』にすがる」
「何と愚かで空しい習慣だろう」と教えられ、それを信じます。

では、「宗教的な弔いや儀式」を全否定するJWが「愛着を抱く者」の死に耐えるためにはどうしたら良いでしょう。
肥大化した「自己感」によって、必要以上に「わたしの死」を恐れる気持ちを静めるにはどうしたら良いでしょう。
これからもずっと「永遠の命」を肯定し続ける道しか残されていないのでしょうね。

オフライン

#70 2018年07月05日 19:13:26

iris
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

ささらほーさらさん、みなさま、こんにちは。

ささらほーさら さんの発言:

そのようなわけで、世界の標準的な宗教の「死と弔いの儀式と手順」は概ね似通っています。
その詳細は記しませんが、JWはこの「死と弔いの儀式」に背を向けました。

どんな宗教でも、その核となるべきものは、人間に自然に備わっている、そのような素朴な宗教心です。
そのような素朴な宗教心を殺して核を失った宗教が非人間的になるのは、無理もないことと感じられます。

オフライン

#71 2018年07月14日 08:48:09

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

こんにちは。


人は段階的に心理的発達を遂げつつ成長していく・・・とされています。
もちろん個人差はありますが、ほぼ同じ月齢・年齢の頃には同じような発達を遂げているため、
集団での学校教育がある程度可能になっているわけです。

【実験1】
4歳以上の子供Aちゃんがいます。
Aちゃんに、BちゃんとCちゃんの行動について映像などを使って説明します。
「赤い箱と青い箱があります。Cちゃんが見ているところでBちゃんは、チョコレートを赤い箱に入れました。その後、Cちゃんは部屋を出ました。Cちゃんがいない間にBちゃんはチョコレートを青い箱に移し替えました。Cちゃんが部屋に戻ってきました。さて、Cちゃんは赤い箱・青い箱、どちらにチョコレートが入っていると思っているかな?」(誤信念課題)
4歳未満の幼い子供は、普通、Aちゃん自身が聞いたり見たりした通りに(青い箱に移し替えたのだから)、
「青い箱」と応えてしまいます。
ところが、自分ではなくCちゃんの側からものを考えることができるようになるので、
Cちゃんが思っている通りに「赤い箱に入っていると思っている」と正答することができるようになります。

さて、JWのサイトには以下のような動画があります。
お父さんがカレブくんに、「どんな小さな嘘」もついてはいけない・・・と諭している動画です。
https://www.jw.org/ja/%E8%81%96%E6%9B%B … %E3%82%8B/

ところが、実は「嘘」をつけるようになるということ、
しかも一貫して「嘘」をつけるようになることは人が「社会化」していく課程の重要なポイントのひとつなのです。
※常習的な「嘘つき」や「詐欺」を擁護する意図はありません。

9、10歳頃には自分とは異なる他者の心を、
それまでより複雑な仕方で推測できるようになるのが一般的なのです。
(例えば、「『〇〇さんが××だと思っている』と、△△さんは思っている」という風に)
また、自分の「語ったことの整合性」を直感的に捉え、
言い分に矛盾が生じないようにできる時期ともなります。(二次的信念の理解)

【実験2】
Dちゃんにある箱を見せます。そして「この中にはDちゃんが絶対気に入るオモチャが入っているのよ」と伝えます。その後「あ、電話みたいだからちょっと部屋を出るわね。でも、この箱の中は見ないでね。」と言い残して去ります。Dちゃんは、つい箱の中身を見てしまうとします。(カメラなどで確認)しばらくして部屋に戻ったときに「箱の中見た?」と聞くと、Dちゃんは「見てない」と応えます。次に「オモチャは何だった?」という質問をしてみると、二次的信念の理解が発達していない子供は、つい(見てしまった)オモチャについて話してしまいますが、発達している子供は「わからない」と答えるのです。

上手に嘘をつく、一貫して嘘をつく・・・これが拡大化して信頼できない大人になる場合は極少数です。
※これに相当する宗教家・政治家などもいますが

それでも、人は「嘘」をつきます。
それが大小様々な「群れ・社会」の中で問題を最小限に抑える場合さえあるでしょう。
「思いやり」や「気遣い」故の「嘘」も存在します。

ちょうど「第二次信念の理解」が身に着き始めただろう年頃のカレブくん、
お父さんは彼の「嘘」を察知して「それ」を否定的に捉えるべきなのでしょうか?
それとも、カレブくんの発達が順調なことを喜びつつ、
以後の彼の言動を注意深く「経過観察」した方が良いのでしょうか?

オフライン

#72 2018年07月14日 11:07:16

Tak
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

私もあの動画を見たときに子供の発達の実験を思い出していました。

子供の自立という意味では嘘をつくことは自分の世界を持つことの表れなので
むしろ成長してると見ることが出来ます。(もちろん嘘を褒めるわけではないですが)

ただあのカレブくんの動画は、子供の嘘をなくすことにより
「親が子供をコントロールできるようにしましょう」と教えてるだけなのかなと感じました。

あと日本人と西洋人の考え方の違いもあるかと思います。もう少し子供の自立
を考えてもいいかなと思うのは日本人的な発想で、やはり親の権威が前面に出て
くるのは西洋的な発想なのかなとむりやり納得してみたりします。
(あくまで個人的な感想です)

自分で調べたわけではないですが、操り人形と人形浄瑠璃を見比べたときに、
どこからコントロールされているか(上からか、それとも下又は後ろからか)
という視点がその文化が持っているしつけや教育観と関連しているような気がします。

皆さんはどう思いますか。

オフライン

#73 2018年07月15日 08:33:49

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

おもしろい発想ですね。

Tak さんの発言:

自分で調べたわけではないですが、操り人形と人形浄瑠璃を見比べたときに、
どこからコントロールされているか(上からか、それとも下又は後ろからか)
という視点がその文化が持っているしつけや教育観と関連しているような気がします。

わたしが学んでいる「認知心理学」や「ひと学」・・・でも
進化の過程での「適応」は外せない、としながら
それぞれの「文化」(環境)による枝分かれ(変化)的な違いに関する予測・仮説・・・がよく出てきます。


動画についてです。
わたしは、あのお父さんの「優しさ」の陰に見え隠れしている「脅し」的な方法が気になりました。
JWは「サタン」の存在を匂わせて、それをカレブくんの回りの「小悪魔?」「モンスター?」で表現しているつもりだと思うのです。
わたしも子育ての時、確かに「喜ぶのは誰?サタンじゃない?」などと言って使いました。
ところがマインドコントロールが解けた今となっては、
それは単に親のエゴであり、子供への「脅し」の材料でしかなかったな・・・と気づいたわけです。
そういった親の主張の正当化の拠り所や発想が
確かに「JWの発想」に起因していたことが改めて確認できた気がしました。

そんなわけで、あのモンスターは
むしろ、お父さんの気持ちの中の「ずるさ」のように見えてしまいました。

自分の経験を踏まえて考えるとき
子供に正直に本当のことを言って欲しかったら
親自身が「自分を信頼して欲しい」こと、
「嘘をつかれているのは悲しい」こと・・・など
親の気持ちを率直に伝えるべきだったのだろうと感じました。
今さらですが・・・。

しかも、結果的に「親が子供に『嘘』を教えていた」という
何とも笑えないオチですからね。

編集者 ささらほーさら (2018年07月15日 08:48:25)

オフライン

#74 今日 11:23:44

Tak
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

こんにちは

JWの環境で子育てをするというのは親にとってもいろいろな苦労が増し加わるのだろうと思います。
ただでさえ大変な務めを抱えているのにJWの方針で子育てががんじがらめに規定されているように見えるからです。
でもそれは私が子育ての経験がないことと、2世として育ってきた自分の経験と周りの親子を長年見てきた結果だけからそう思うのであって、
実際今子育てをしている親の皆さんはまた違った捉え方をしていると思います。

ささらほーさら さんの発言:

それは単に親のエゴであり、子供への「脅し」の材料でしかなかったな・・・と気づいたわけです。
そういった親の主張の正当化の拠り所や発想が
確かに「JWの発想」に起因していたことが改めて確認できた気がしました。

「脅し」という表現を読んでなるほどなと思いました。
子供も脅されていますが、親も組織から常に脅されているのかもしれません。
上の引用文の「親」という言葉を「組織」に変えてみると、子供だけでなく成員すべてが
組織から脅されている構造が見えてきます。それがJWの発想の根本なのでしょう。

足りないのは人の「気持ち」をくみ取ること、親子や会衆内の人間関係で
自分は本当はどう思うかという点を無視して付き合おうとしていることかもしれません。

ところでカレブの動画ですが、あのような動画はいったい誰のためにあるのでしょうか。
子供が見て学ぶとしたら親が直接教えてあげるほうがずっと良いと思いますし、
親がどのように子供を教えるのかレクチャーするためならばそれによって教えられる子供がかわいそうです。
まあそれでしたたかな子供になっていくのだとしたらそれでもいいですが。

JW全体があのような(一見子供向けの)ビデオを見続けることによってJW的な発想に
磨きをかけるのだとしたらそれもありかなと思えるようになってきました。
いわゆるプロパガンダですね。


スレッドの趣旨からはずれてしまったらごめんなさい。
個人的にいろいろ思うところがあったのですが、
うまく書くことが出来なくてとりとめのない文章になってしまいました。

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