ログインしていません。

#401 2019年08月06日 18:32:46

三太郎
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

>ものみの塔誌 と組織の教え だけを インプットされ続けた人生では 心を 病んでしまうのは 当然です。
インプットされた物を  吐き出す作業を  しなければなりませんね。 わたくしの場合は 好きな音楽を聴く事 花を見ること  などです。

言われて納得。大頷きです。それですよね。
同じものインプットされ続けて、吐き出すものは、これはいいけど、これはダメでは、毒素溜まっちゃいます。
好きな音楽や花...是非続けてください。

「STRANGER IN  PARADISE」、映画と曲は知ってましたが、和訳調べてこんなことを歌っていたとは知りませんでした。

全然関係ないですが、映画音楽ということで、何故かこんな曲を急に思い出してしまいました。
意味は全くありません。007です。結構いい曲です。カーリー・サイモン

https://www.youtube.com/watch?v=uWWwKDttHnM

#402 2019年08月06日 19:51:09

akame
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

>STRANGER IN  PARADISE

良いですねー ♪



私はエレキバージョンも好きで、
時々思い出にふけっております。

https://youtu.be/oFPCEfkcjiQ

#403 2019年08月16日 16:12:13

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

煽り運転 は マナー違反どころか 犯罪だと思った。
言葉で  煽るのは何故?

あれは  なんだったのだろう?

考えてみようと 思います。

オフライン

#404 2019年12月26日 15:39:48

がっつだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

私事ですが、仕事復帰しました^^ま、それは置いといて。今日はこれから出勤で~す!
その前に・・・ものみの塔のこの話は本当なのかちょっと気になりまして・・・
イエスがガラリヤ湖上にて詰めかけた群衆を前に説法した時の話です。
遠くまで声を届ける方法なのですが、以前から疑問に思っていました。
音響建築学とイエス

古代ギリシャの時代から音響技術については円形劇場などで知られていましたが、ユダヤ人
が知っていたかは疑問です。メガホンのような形状の建築物というよりは昔ながらの方形の建築物
を造っていたので。それでてつてつさんの聖書という書物のトピで取り上げられていたように
マルコ書を著した人物は音響について知っている人物なのではないかと思いました。

#405 2020年01月09日 17:53:45

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

久しぶりにこちらのトピに投稿します。
結局、アーマン著にもあるように、聖書は、書き手や訳す者によって表現法が異なる事から
訳された文や残存している古書物から真理を見つける事は困難であると思います。当時の背景
(自然、民族史)から読み解いて行く方がむしろ良く理解できるのではないでしょうか。

教義だけに縛られても、血の通った書物というより、どこか冷たい大理石のような
固い書物に感じられるように思います。

聖句を改変する訳ではないので「インチキ」「嘘」という事は生じません。
目的としては、教義をそのまま当てはめると、ものみの塔のように「血の教義」「144000人の教義」
を現代の生活に当てはめようとしてしまい犠牲者が出ます。
生活習慣や自然環境が違うものを無理に当てはめるのではなく、背景を考える事の重要性は
いつか分かってもらえる時が来るかもしれません。
ぼちぼち気づいたことや発見を投稿していきたいと思います。

仰天さんの言う三位一体も現在のキリスト教なら、それは教義ですので、教義だけで考えると
仰天さんは間違っていませんが、それとは別の観点から書いていけたらと思います。

#406 2020年01月11日 11:28:41

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

一度きちんとまとめてみます。
まず、聖書を考える上で「風土」について考える事は重要であると思います。
それで、そういう方向から聖書を読んでみると「固く凍った心も溶けていく」
ように思います。
聖書の神はいないかもしれない。そういう結論になった時、自分の心が耐えられるのか?
そういう結論を突きつけられても耐えられるのか?
初めはそう思いました。終わりの時はこないかもしれない。そういう現実を受け止められる
のか?終わりの時の来ない世界を生きられるのか?
そういう葛藤の中にある人もいると思います。

だから納得行くまで聖書を読み倒し、何度も反復して反芻する事が重要になるかも。

#407 2020年01月11日 11:48:18

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

by the way   ばいざうえい   purpleSTAR!!!

あの曲はいい好きです。 子供の頃は 分からんかった??? 兄が  ヴァン 暗いばあん  のを聴いてました。  20歳過ぎて 大好きになり 今は  落ち着きたい時 聴いてます。


ところで エニイウエイ  どーゆー脳   人形浄瑠璃?  安珍清姫 道成寺?
DO you think about this  ???

わかりましたら   そっとしておいてね!

オフライン

#408 2020年01月11日 12:37:16

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

閑話休題

背景と言えば、イエスが死地に赴くとき、弟子たち、中でもペテロが寝てしまい
叱責された聖句の部分・・・

弟子からすれば、偉大なる師の「人間臭く苦悩する姿」を認めたくないという気持ちが
あったかもと想像。
見たくない思いが先行し、つい「たぬき寝入り」から疲労困憊によるうたた寝。
あの聖句の部分は人間の苦悩がよく描き出されている・・・

検査したくない。名前がいつまでも呼ばれない。悪い結果か・・・
呼ばれた、意をけっして向かう「どうか今一度お助けください」

母からも弟からも「苦しむ見苦しい姿は見せないで欲しい」と要求される。
しかし私はいつもあなた方を支えてきたではないか。なぜ私のたった一度の願いも
聞いてくれない?ただ側にいて欲しい、私がそこに向かう勇気を得るために・・・

こうして考えるとただ人の切ない思いが見える。

いつも頼ってきた大きな存在が人らしく苦悩する姿を見たくない、自分の理想で固めた
相手もまた人である事を忘れる。、
なぜ師よ、私にあなたの本当の姿を見せてくださらないのか?それは・・・
私がもし本気でお前に頼ったら、つまりこの体を預けて寄りかかったらなのだが
お前は私を支えきれるのか?私の苦悩する姿も見ることが出来ないのに?

師よ、私の苦しみを見てください、助けてください、私は可哀想な身の上です。

しかし、師も苦悩する人であった。もし僭越ながら師を抱きしめる事が
できたなら、つまり「不敬者!下がれ!」と拒否されても叱責されても
共に泣き抱きしめられたら・・・

(本当に苦しい時は1人でいたいものですが)

孤高の人は心の内に弱さを抱えている、それに気づかぬうちは相手も心を
許さない。しかし、それに気づかぬままうん十年。
似たものどうし惹かれ合っても、互いに相手を信用しきれないために
寄りかかることができない。片方が片方に寄りかかる関係を「寄生」と
捉える人もいる・・・

イエスと弟子の関係は?処刑の時、刑場にいた女マリアはイエスを見つめ続けた。
これが愛なのか・・・
これは母のような愛?それとも伴侶のような愛?

閑話休題終了~♪

#409 2020年01月11日 13:14:15

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

明日からちょっとまた用事が立て込むので書き溜め(連休関係なし)

閑話休題シリーズ2

告白

許してくれ友よ。私は君に楽園はあると言った。それは私が君に対して行った悪事から逃れるため。
楽園が来れば君は救われる。私は何と言う卑怯者か。だから私は君に話した楽園を探し続けなければ
ならない。それは私の背負う十字架なのだ。苦難に耐える君に私は楽園の希望を話した。君はそれを
信じ苦難を耐え抜きそして栄光を掴んだ。だが、君は楽園の希望を心の頼りにしている。
今更どうやって楽園はないと言えよう。私は君のために君だけのために楽園を探し続けなければならない。

愛する君、心から愛する君、せめてこの身がこの世と別れる前に君のために楽園を見つけたい。
許してくれ。君は純粋だ。神を信じている。そんな君を裏切る事は私には出来なかった・・・・

だから、荒涼とした砂漠の中で、ギョリュウの木を頼りに命の水を探し続ける。それは私のせめてもの
君への愛。
友よ、楽園はあるのだ。ただ、それは途方もない砂漠の中に。君の人生を左右した楽園、神の教え
簡単に無いと言えようか。私は、最期まで探し続ける。それが私のせめてもの愛の表現なのだ。

告白終わり♫

ではよき週末を~

#410 2020年01月11日 13:27:25

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

追記・・

君への悪事とは、ものみの塔の教義をうっかり教えてしまったという事です。

まあ、私自身、こんな感じなので大きな影響を与えるに及ばなかったのでは?という疑問も
ありますが・・・

#411 2020年01月13日 23:54:35

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

さてはて・・・今読み返してみますとだいぶとっ散らかり前後しています。
一度仕切り直すために整理しますと・・・

まず、旧約聖書の創世記です。

翻訳によっても言葉のニュアンスが違ってきますので、ここは背景にあるものを冷静に
分析していきます。

「神が天地をお創りになった」

これは自分の中で、一番悩んでいる部分です。そして世界中で論争になっている部分。
偶然惑星は創造されるとも言えるし、これほど精密な地球のシステムは何らかの意思
なしには成立しないとも言える。地球は銀河宇宙の外れにある太陽系の惑星。そのような
状況が理由でこのような環境になった。
宇宙の可能性で考えるとたとえそれが1/ωの確率で起こり得るものであっても物理
の世界では0ではない。

続いて、命がどのように誕生したか・・・

ここで神が土から人の体を造り、息吹を吹き入れたことが書いてある。
これが大論争となり、そしてこれが聖書の全てとも言える。

これについても、そもそも地球上の物は無生物であれ生物であれ、地球上の
物質で出来ている(隕石、隕鉄など地球外から持ち込まれる物もあります)
事を考えると、人体は土から作られたというのも大枠で見れば間違ってはいません。
そして機械でも何でも、最初の入力なしには動き出しません。
ここで、この入力は偶発的に起きたのか、意図して起きたのかという最も悩ましい
問題があります。この部分は私の人生にも関わってきますし、私から神の臨在を
聞き、熱心にヤハウェを信仰し、心の支えとして生きている友がいる以上
「神はいない」と断言することは今の私にはできません・・・・

人体のような精密構造の物にいきなり大きな負荷を掛けることはできません。
家庭用PCにいきなり大電流を流すようなものです。人体に落雷すれば黒焦げに
なってしまう事を考えれば一目瞭然。
偶発的に程よい入力が行われたその確率は、それが1/ωでも物理の世界では0ではない。
その天文学的な確率を「神」と呼ぶのか悩ましいところです。

次に創造の7日間。これについても太陽暦では大の月と小の月の差が7日間あり
この空白の7日間を創造の7日間と古代人が考えたとしても不思議ではない。
ギルガメシュ叙事詩でも(ギルガメシュの場合は)6日間についての言及がある。
実際にはうるう年があるので正確ではありませんが・・・
さすがに現代人の私は、天地創造が7日間で行われたとは思いませんが・・・
しかし、ここを否定すると、聖書とはなんぞや神とはなんぞやを考察する意味が
無くなってしまう。

また食べてよい食物を生えさせたという聖句も難消化である裸子植物を考えると
否定されます。
しかし、草食動物や雑食動物が植物を食す事を考えると、なぜこうも都合よく
エネルギーの補給先が用意されているのか、地球は巨大なジオラマのようです。

人はなぜ死ぬのか、大地が呪われた事を考えれば、そこから得られた物を食すからだ
という事は聖句から読み取れるようにも思いますが、実際に起きていることを考えると
人もその他の生物も食物を得て、体内のろ過機能で毒を選別し、器官を通して毒を排出
していますので、食す物が大なり小なり解毒が必要である事から、老廃物の蓄積や、ろ過
機能を果たしている臓器の劣化(老化)が死に至る要因の一つと思えば聖書に書かれている事
もあながち誤りでもない。
善悪の知識の実をどう捉えるかが難関ですが。古代の人は「人が何かを選択したからだ」と
考えた。これにしても、常に人は選択している。手を伸ばしてお茶を取るにしても、右手か左手か
無意識に選択している。人が死ぬに至ったのもそのように選択したからだという結論に至った
としても至極当然。

#412 2020年01月14日 00:20:13

がっつだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

この選択という動きが曲者で、アリだろうがクラゲだろうが選択はしますが
人間はそれらよりも高度な選択で、自らの意思で神から離れる事を選択した
だから死ぬようになったと考えてもそれが絶対に間違いだという事は自分には
できません。
ここであるインタビューを思いだします。ダイアモンド博士のTV公開授業で
女子中学生の子が「人は何で(文化的に)進歩しなくてはならないのか?クラゲたちのように
(安穏として)進歩しない道を選ばなかったのはなぜか」というような鋭い質問を飛ばしていました。
本当に何ででしょう・・・ダイアモンド博士も答えに詰まっていました。
なぜ、ガウス、オイラー、ユークリッド、ニュートンのように傑出した人物が必ず産み出されてきたのか。
どうして人間だけ?

#413 2020年01月14日 00:40:19

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

試すという行為もそうです。猫もよくおもちゃを試しますが、無生物は試してみるという
事はしない。なぜ試行錯誤?試行錯誤こそが命が命であり、無生物と分かつもののようにも
思います。もちろん、プログラミングも探索法を使いますが、それは人間が入力したもの
で完全自発的ではない。
聖書の中で神が試す場面が多々ありますが、そこだけを切り取らず、なぜこの神は試す神なのか
と考えてみると何かが分かるように思います・・・・・

#414 2020年01月18日 13:44:13

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

宇宙の可能性を考えると、生命の誕生もそれが仮に数兆分の1の確率でも起こり得る。
それこそが可能性。
数学では0に収束としますが、物理では0では無いところがまた・・・
もし、天文学的な確率で宇宙に生命が誕生してしまったら・・・・
生命はその自分の存在理由と理不尽さについて理由を問う事になる。
神も「在る」と思えば在るし、無いと思えば無い。
人あっての神であると思います。

前述の試す神について、試行錯誤はまさに脳の働きそのもの。

#415 2020年01月21日 13:48:57

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

さらに読み進めると二ムロデの記述が出てくる。これについてもwikisourceの訳の順番が間違って
いなければ、人々はバベルの塔建設前にそれぞれの言語に既に別れていたように読める。
ハム族の王二ムロデが公共事業としてジッグラトを建設しようとした。周辺の民族の人々も集まって
きた。エジプトのピラミッド建設に見られるような王権確立、中央集権のようなものと考えられる。
ところが、東南アジア、インド等で採れるような赤い粘土ではなく、中東~アフリカ北部は黄色の粘土
であったため粘土、強度ともに不足し、途中で一部崩壊等が起きて事業失敗に終わったのかもしれない。
ピラミッド建設も何度も試行錯誤した後が遺跡として発掘されているので何も不思議な事ではないかも。
興味のある方はググってみて下さい。
一大公共事業が失敗に終わったため、地方や他国から集まってきた人々は国を捨てた。
こうして考えると良くある話で、現代ですとオリンピック開催国あるあるです。

問題なのは二ムロデの話→事業失敗→解散が
事業失敗→神に楯突くからだ→科学への信奉は神への冒涜→神の王国についてのみ学びましょう→ものみの塔

というように飛躍した解釈をすること。刷り込みを行うこと。

また、神が撃たれたから統一言語が各種の言語形態へと別れていったという解釈で言語学を研究すると
「元の言語はひとつ。だから世界政府をつくりましょう。one world 」という覇権主義思想を強化するかも
しれません。

#416 2020年01月21日 14:09:12

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

あくまでも聖句の順番が正しいなら、創世記10章と11章の順番は精査が必要だと思います。
バベルの塔は石の代わりに焼成レンガやアスファルトを用いているので、大規模森林伐採
が行われた事による環境破壊が原因で、建設を放棄せざるを得ない状況になったのかもしれません。
そのように読めば、確かにひとつの教訓として読むことができますが、科学技術への信奉は
神への冒涜、統一言語万歳というように解釈すると多様性の否定、カルトへの隙を与えるかも
しれません。

#417 2020年01月25日 02:57:07

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

残念な人だのくだらない人だの・・・まあ・・・よく言うわほんと・・・面白過ぎる。
さて前述の7日間はあくまでも暦によっては色々ある話ですが、要は1年を数えるカレンダー
を作った時に、どうしてもずれてくる日数がある。これを何らかの特別な日数として
神聖視したのではという話です。ギルガメシュの6日間のエピソードはそのように読める
かも・・・・

さて、神に捧げる清い犠牲について。これも羊皮紙のように獣の皮に文字を刻むなら、傷の無い
羊や子牛、山羊が好まれます。傷や病気の無い方が丈夫で良質の紙が採れますのでね・・・
鳩の骨は文字を刻むのに良い。非常に合理的です。
エジプトではパピルスが採れますが、出奔してしまっては・・・

数学の証明なんかでもそうですよ・・・証明が正しければとても美しい。それと同じで
旧約聖書も中東の暮らしを想像しながら読むと納得できる事だらけ。なるほど中東で
暮らすならそうだろうと思えることしかない。

エリヤの携挙もしかり。あの辺では大砂嵐が起きますし、エリヤはヨルダン川の水に衣を
浸していた。なぜだろうと考えれば熱風に何か関係有りと考えてみる事は何らおかしくない。
エレミヤの奇跡にしてもでんじろう先生の石松子の実験でも見て聖句と照らし合わせてみてください。

それにしても終わりの時だの黙示録だの1914年だの天的クラスだの・・・カルトの常套句。
あなたは選ばれたのです。良い言葉だわ・・・
私は現役当時メンヘラと周囲から呼ばれましたが、本当につくづくそうだと思います。
高校生と思しき伝道者が我が家を訪問しました。氷のように冷たい朝。不釣り合いなコート、髪型。
これは痛々しいとしか言い様がない。
一方ベテルではのうのうと暖かい部屋でコーヒーを飲んでいる。これが神の考えた正しい組織なんだから
仕方無い。上層部ではへべれけに酔っ払った自称兄弟。

仕方無いな。これが神が正しいと言っている組織なんだから・・・あれ?
イエスは律法学者の手で処刑台に送られたんじゃ無かったっけ。衣1枚で。たった衣1枚でさ。

なんで教皇は着飾ってんだろうね。

わっかんねーだろうな・・・上っ面だけの連中にはさ。
じゃあな。

#418 2020年01月25日 22:03:29

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

ちょっと しんどくなったので 散歩して遠くまで歩きました。
うちにも 桜草が 咲きかけていますが やはり暖かい 日当たりの良い御宅の南側一面に  咲いていました。 梅も 満開です。  色とりどりの椿が 綺麗だった。 中でも 廃屋になった お家の 広い庭が ジャングル になっていて 枇杷  棕櫚  など大きな樹々の中に 5メートル以上ある 椿の木。  淡いピンクのかかった 白椿  で 大ぶりで 花びらが 二重になり 思わず 見とれていました。

帰りに デコポンと 紅まどんな  菜の花を 買って   
辛子酢味噌 あえ
春です
このままでは済まないだろうけど。

カルロスジョビン  小野リサ
ボサノヴァは   ほぐしてくれます。

ワインを飲んで


ヨルダン川 の水に  衣を 浸していたとは  知らなかった。

オフライン

#419 2020年01月25日 22:44:11

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

石松子の(推測ですが)奇跡もエリヤです。訂正しておきます。
数学と聖書は歴史的に深い関係にあるので、その辺の興味のある方は
ぼちぼち読んでみるのもいいかも・・・

#420 2020年01月26日 23:04:07

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

多分  これは  わたくしの推測ですが

ガッツだぜさんの  投稿 に拒否反応を示したり  いい加減な事 愚弄している  とか言われた方は 
「書かれた 事を 越えてはいけない」  という 聖句に  囚われているのではないか?
と思いました。
わたくしも この掲示板に 参加し始めた頃は  聖書は正しい 正確な筈だと思っていましたので  ついていけない論議には クラクラしました。
カルトで洗脳された 頭の中を 洗濯すること 怯まず 続けたらいいと思います。
新鮮な水を  ご自分の中に入れる
わたくしも  蛇口の 古いカートリッジを 捨てて  自分で 考えるつもりで 楽しくやっています。

オフライン

#421 2020年01月27日 01:53:22

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

少し趣向を変えて聖書、正確には神父と数学、科学について調べた事や見聞きした事
などをコメントしていこうと思います。中世~現代の神父に数学者や物理
学者が多い事から面白そうな話題を見つけて少しは慰めになるようなトピになればいいと思います。

#422 2020年01月27日 02:13:25

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

パスカルの定理など有名な数学者で著書「パンセ」で知られる。パスカル。
数学の面白いところは、正しい時は厳密に正しく本当に美しいところです。
聖書は史実と考えれば食い違うところが多いで
すが、箴言は現代でも納得出来る事が多く、理に叶っていてパスカル先生が傾倒したのもわかります。

#423 2020年01月27日 02:33:27

ガッツだぜpart2
ゲストユーザー

Re: 聖書・その背景を考える

パンセからは少し離れますが・・・

結局、こんな風にも思います。人間はまるで葦のように弱い存在だが、自分の脳が
創り出す理想像を神という形で投影する。その神は、1本の葦が創り出す陽炎のような存在
に過ぎないのに、群れ集まった集団が共通の意識を持った時に、集団ヒステリーにはじまり
カルト教団、十字軍、戦争という強大な力を持つ。
神は集団の意識が創り出す存在かもしれない。1対1の関係ではなく、多数対1の関係

うまく伝わらないと思いますが、人あっての神。神あっての人。青色も感覚器官で認識できなければそんな
色はない。

#424 2020年01月27日 15:11:05

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

人あっての 神    神あっての 人
青色も  感覚器官で認識出来なければ そんな色はない

昔  研究生で  公務員 退職後 スペイン語を 学び 趣味の絵を描くために ヨーロッパ各地を回ったかたが   イザヤ書の  神たるもの  という描写  について質問されました。
ガリア戦記とか 沢山の書物がある御宅で 楽しく 過ごしました。

神たるもの   とは?
説明に困りました。  神にしか出来ないだろう  という創造物  とか預言  を見れば  その性質が解るという意味ですかね ?

その時
  赤い花が  赤い  これを どう説明するか?  説明できないことが 神たる所以では?
この赤を  伝える  クオリアとか  黙ってしまい  考えてみましょう。 これは 大切なことです。  と言って お茶を飲みました。年長者ですし 歴史とか 政治・経済 多方面の本を読んでおられましたが 真面目に 考えて おられたのだと思います。

人間の 脳が作り出した 幻影   神たるもの


脇に逸れて ごめんなさい、 思い出しました。

オフライン

#425 2020年01月27日 18:23:07

めぐママ
メンバー

Re: 聖書・その背景を考える

ずっと昔 20年以上前のことです。

宿題のような  謎 めいた  質問を受けて   はっきりと答えられずにいた事を思い出しました。 
永遠の宿題とします。  はっきりと 答える必要もなく 今のわたくしには  家の内外を 清潔にして  整えて  気持ち良く過ごせたらいいと思い出しています。

ガッツだぜさん

止揚  という言葉  哲学用語ですね。  高校1年の時 担任の 現代国語の教師が 黒板に書いて なにやら 熱く語っていました。  理系に進む人も多くて  論理学 が大切だと  教えてくれたのだと思い出します。
掲示板でも 談話室でも  雑談でも  お笑いジョークでも



それはさておき  不特定多数の人と接することが多いようなので  感染しないように気をつけてください。

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