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#1 2018年03月01日 10:42:04

ささらほーさら
メンバー

改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

こんにちは。


ちょっと無理が祟りまして、年末から体調を崩し、仕事を調整いたしました。
元JWの認知症母もパワーアップしております。
アルツハイマー型認知症と言われていますが
最近、極たま~にですが「せん妄」症状も見受けられます。
認知症とせん妄は別ものらしいので「併発」しているらしいです。
これからのハードな生活にドキドキが増すばかりです。

という事情で家にいる時間が増えたので
「とりあえず書き込み用」のトピックでの以下の書き込みの続きを少しずつまとめてみたいと思いました。
興味のない方は無視してください。


ささらほーさら さんの発言:

フィリップ・アリエスという歴史家をご存じでしょうか?
彼は、12世紀までには「子供の存在」は無いも等しかった・・・ということを指摘しています。
※これについては、長くなるので後の機会に回します。

アリエスは歴史家です。
彼は、ヨーロッパの歴史、しかも表には現れにくい歴史上の現象を克明に調べ上げた人のようです。
数々の著書の中で、わたしが面白いと思ったのは
「アンシャン・レジウム期の子供たち」というものです。
アンシャン・レジウム期とは「古い体制」という意味ですが
ここでは、絶対王制=フランス人であるアリエスから見ると「フランス革命以前の時代」を指しています。

現代では、子供=保護すべき存在。愛すべき愛しい者。
という認識が(所謂、近代化の進んだ地域では)当然のこととして受け入れられています。
ところが、かつて戸籍も整備されていなかった時代には
子供が何歳であるか、どのように養育されているかは、ほぼ問題視されてはいませんでした。
そのため、かのモンテーニュは「私はまだ乳呑み児であった子供を2.3人亡くした。痛恨の思いがなかったわけではないが、不満は感じなかった」と記し
モリエールも「小さい者は数のうちに入らない」という言葉を残しています。
自分の子供を亡くしているのに、2人とか3人とかではなく、2.3人・・・(´;ω;`)ウッ。
犬っころでも反論されそうですね。

漸く「少年期」に目を向けるようになったのは、
兵士に軍服を着せて、青年期という概念が生じるようになってからだと言います。
(因みに、軍服から派生した諸々の学生服も、おそらくは大人予備軍としての意識の向上と無関係ではないのでしょうね)

アリエスは、種々の絵画の観察も数多く行っています。
とりわけ、12世紀以前の絵画(聖書関係の宗教画)では、
子供はサイズの小さい大人として描かれているに過ぎず
子供らしいパーツの特徴や割合は見受けられないと言うのです。
そういわれて観察してみますと、ビザンチン様式の絵画などでは
小さいおじさんが聖母の乳をくわえているという
「気持ちの悪い絵画」がたくさんあることに気が付くことでしょう。


では、聖書(ユダヤ人)は、古代より子供を保護し慈しむ姿勢を貫いていたのでしょうか?
支配者や預言者など、珍重される人物や家族以外では
あまり尊重されていないことが思い出されるかも知れません。
種々の戦争や神からの裁きの場面を思い浮かべてみるといいかも知れません。
赤ん坊も幼子も十把一絡げで裁かれています。

カインやアベル、その他の幼少期の記録は何もありません。
ノアやその息子、その時代周辺の人々に関してもありません。
聖書にとって重要人物であるモーセに関しては、
少しばかり赤子であった時期の記述が見受けられますが
モーセ誕生の時代もイエス誕生の時代も
大勢の赤子が無残に虐殺されたことのみが描かれています。

モーセやサムエルは、幼少期に他人の中で暮らしています。
サムエルなど「乳離れするとすぐに」天幕で奉仕三昧です。
よくよく考えてみたら、現代では確実に「幼児虐待」ですね。

新約聖書もあまり変わりません。
イエスに近づこうとした子供たちの下りでは
イエスの弟子たちは子供たちを追い払おうとしています。
イエスこそ「愛情に満ちた指導者」として描かれていますが
その直系の弟子たちの、何とお粗末な対応でしょう。
その時代の子供たち(弱いもの)の置かれていた状況がわかるような気がします。
他の部分にも、子供を育てあげることに関して
気遣いを示すような記録はないような気がします。
(何かあったら教えてください)

比較的最近でも、途上国では幼い子供たちを早くから働かせ、兵士として育てる地域があります。
子供に対する認識が変化した時代や社会に住むわたしたちは
それを「批判の目」で見たり意見したりするわけですが
実は、全ての人類社会もそのような社会を経て現代に至っているわけです。

ここで伝えたいのは、幼子に関する認識や扱いひとつを取り上げてみても
その人が属している社会と文化、環境・・・その価値観をわたしたちは否応なく身に纏っているという事実です。
それは、わたしたちが持つ「価値観」は神や聖典ではなく、
わたしたちの社会全体の中で無意識のうちに作られているということでもあります。

カトリックやプロテスタントをはじめとする多くの宗派は
そういった社会の変遷と価値に合わせてきたために違和感が少ないと言えるかも知れません。
たかだか百数十年前に「聖書=普遍」からスタートしたJWは
そういった角度から考えてみると調整がだいぶ遅れているとも言えるのです。

怒られるかも知れませんが
子供の「ムチ打ち」なんぞ、どの国、どの宗教でもけっこうされていました。
生活全体がもっとゆっくり流れていて、回りもみんな「ムチ打たれ」て育っていたなら、
それ自体で傷つき恨む子供も少なかったはずです。
ところが、回りは「ムチ=虐待」という構図の時代に入りつつあるし情報とストレスも溢れている
・・・・・
ムチ打ちが正しいと言っているのではありません。
「良い子育て」「良い家族」「良い父・母」「良い夫・妻」・・・などについても
普遍的なものを特定することは難しいですね、ということです。

※これは元々irisさんへの返信として書き始めたものです。
ですので、今「価値あるもの」と認識しているものでも、そうでなくなる日は来るでしょうということと
誰にでも、知らずに「価値あるもの」と思わされてしまうことはあり得ますということを
簡単に説明いたしました。
また別の面からも後日書き込みいたします。

編集者 ささらほーさら (2018年05月22日 14:40:41)

オフライン

#2 2018年03月01日 16:35:57

ガリレオくん
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

おひさしぶりですささらさん。
環境の変化は自分が思ってる以上に体に影響するものですからお大事になさってください。
私も必要で移動したときにはよく体調を崩しました( ω-、)

価値観のことですが育った環境で大きく影響を受けるものですよね、ムチ世代で育った現役親が「体罰」で警察沙汰になることは今でも珍しいことではないみたいです。

逮捕で排斥…御愁傷様

私も「ムチ世代」で、受けたように育てようとする気持ちに駆られることがあるので( ω-、)気持ちは分からなくはないですが、脱塔後は特に意識してこの「負の財産」を子に受け継がせないように心掛けています。
「子は宝」と教えられてきたのに今更ながら大きな矛盾を感じています(笑)

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#3 2018年03月01日 19:52:52

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

ガリレオくん、お久しぶりです。
お気遣いありがとうございます。
自分がいろんなことに手を出し過ぎるのがいけないのです。
年齢的なものもありますし、失った時間を取り戻したい!という思いもあるのかも


ガリレオくん さんの発言:

価値観のことですが育った環境で大きく影響を受けるものですよね、ムチ世代で育った現役親が「体罰」で警察沙汰になることは今でも珍しいことではないみたいです。

逮捕で排斥…御愁傷様

私も「ムチ世代」で、受けたように育てようとする気持ちに駆られることがあるので( ω-、)気持ちは分からなくはないですが、脱塔後は特に意識してこの「負の財産」を子に受け継がせないように心掛けています。

わたしは、「ムチ真っ只中」で子育てしましたよ⤵。
父はJWとは無関係ながら、物理的にも心理的にもDV親だったし・・・。
本当は「負の連鎖」なのに、JWの教えが格好の「言い訳」にもなっていたのですよね。
「おかしいぞ?」と気づいたのは、3人目の子育ての頃です。
長男と長女には、今でも心の中で土下座しています( ノД`)シクシク…。
自立してそれぞれに頑張ってくれているのが、最大の慰めです。

ガリレオくん、最愛のお子さんのために頑張ってくださいね。


ガリレオくん さんの発言:

「子は宝」と教えられてきたのに今更ながら大きな矛盾を感じています(笑)

聖書そのものも、書かれた時代と著者によっても、本当はけっこう基準が違っているのですよね。
JWは、その時々の都合に合わせて、いつも「良さげ」なところだけをクローズアップしていました。
「益々光が輝きを増した」とか言って!
その辺については、またいつか・・・。

オフライン

#4 2018年03月03日 10:50:29

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

おはようございます。


先日、歴史家のアリエス(1914~1984)が
「子供」への価値認識が時代(大きな変革、またそれに伴う人心の変革)と共に変化してきたことを指摘している・・・と書きました。
実は、彼は「死」に対する人の認識や反応も、社会の変革と共に変わってきたことを述べています。

彼は「自分が死ぬ」「己の死」という概念は、ルネッサンス・近世以降において発展してきた概念であると言います。
(庶民)個人が「共同体の中に無名の個人」としてしか存在しなかった時代、
中世の神学が支配的であった時代
「死」は人々にとってはなじみのものであり、
自然の成り行きの一現象でしかなかったと言うのです。

もちろん、それ以前にも「死」への探究や怖れはある程度存在していました。
それですから、エジプトでは王族・貴族は遺体を保存し、
死後の世界での生活に不自由が生じないように諸々の埋蔵物を用意もしました。
中国・日本の王族・皇族も同様ですね。
但し、それはあくまでも特殊な「支配層」、当時の「教育」を受けた者だけの特権でした。
また、その当時は、それらの特権階級にとってさえ「死ぬ」ということは
「いなくなる」「消失・喪失」するという意味での「死」ではなく、
「移行」するための「死」、「生の成就」としての「死」として捉えられていたようです。
それは、埋葬の仕方にも現れていますし
かのソクラテスの考えからも慮ることができます。

さて、「死」が「移行」「成就」とか「別の生活へ」という感覚が特権階級にあったとき
一般庶民は教育もなく、ひたすら特権階級のために働き、死んで行きました。
疑問を持つだけのチャンスもなく、あるいは持った者が少数いたとしても・・・やはり彼もただ消えて行く存在でした。
時代と共に一般庶民にも「個人」という意識が高まり
個人の欲望や能力の開発、抜きんでる可能性などが出てくると、
死は「個人の終末」であり「敗北」とみなされるようになったようです。
その変化の一旦を担った最大の影響力が、
キリスト教の終末思想であった、とアリエスは指摘しています。

ご存じのように、旧約聖書の中に「死後の世界」「死後の罰」などの記述は一切見当たりません。
※シェオール(冥界)は、もしかすると「死後に移動する何らかの場所」との考えの現れかも知れません。
では新約聖書の中では明確に説明されているのでしょうか?
やはり、説明や明記は何ひとつ見当たりません。
ゲヘナとかハデスとかいう言葉を「地獄」と訳していたりするわけですが
とにかく、「地獄」や「煉獄」「天国」「罰」「報い」という教えや説明がまず存在していたわけではなく
自らの「死」への恐れや「民衆」への「教育効果」や「思い込み」がはじめに存在し
それが「死後の罰の場所や状態」というものであるという概念として
時間をかけて練り上げられてきたもののようです。
※特に黙示録の「最後の審判」の描写「全体的に残忍」な描写は「罰」「苦痛」と結びつけられていったかも知れません。
権力を持つ者たち自身がそれらの教えを真摯に受け止めていたわけでもないことは、
その特権階級の「欲望の系譜」と「血塗られた歴史」を考えてみたらわかるでしょう。

そのような解釈が宗教界では既にあったにせよ
リテラシーの問題により、一般庶民は真の聖書の内容など知る由もありません。
庶民にとって、一生を通じて「聖書」を目にする機会など一度もなかったわけです。
仮に見たとしても文字教育を受けたものなど、ほぼ存在しません。
先述したように、幼い自分の子供にさえ「目をかけてやる」だけの余裕のない人々にとって
個人が「どうように生き」「どのように死ぬ」かなどは考える糧も暇もなかったはずです。

自らの力では聖書の記述を確認できない庶民の中に、
徐々にではありますが、「罰」「報い」「悪魔」「地獄」「煉獄」などの教えが広がりました。
※あるいは、故意に策略として流布した可能性もあります。
結果、個人の「死」は「当たり前」のこと・・・から「恐れの対象」と化して行ったのだろう・・・というわけです。


そのように、「人の命の価値」に関する認識に関しても
時代、地域、社会、文化、状況・・・などによって
相当に変化してきていることについて書いてみました。


思い返してみますと
わたし自身がJWと話し合いを始めた10代後半のその田舎には
本屋が1軒か2軒、図書館は児童図書館しかなく
今の若い世代の方々のように
学んだことを他の資料で確認する術など(地域には)ありませんでした。
少しは他の資料を調べることが可能になったときは
既に(北朝鮮のように)「世俗の情報は誤り」という刷り込みがされていましたから
余程の理由がない限り「(刷り込まれた正邪の基準によって)良心の痛み」を感じてしまい
他者の意見や資料に耳を傾けることなどできませんでした。

編集者 ささらほーさら (2018年03月03日 12:11:04)

オフライン

#5 2018年03月05日 08:00:08

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

おはようございます。


先回は「死」に対する認識が
(特にキリスト教が影響を及ぼした地域において)
聖書の教理やその解釈によって大きく変化した可能性について
アリエスの研究から、簡単にお伝えしました。

人は古代より「死」に対する怖れを抱いてはいたものの
「死」を「当然訪れるのもの」「未知のどこかへ移動するもの」
(そのため、多くの宗教には「裁き」という概念はなかった)
という認識から、「裁きの結果」「苦痛を伴うもの」「報い」「生き方によって異なる結果を招く」
という認識へと変化した・・・というわけです。
キリスト教の影響で、人はより不安と恐れを抱いて生きるようになった・・・とも言えるわけですね。

ところで、現代では科学の進歩の影響で
多くの人は「死」が「肉体の分解」を意味し
それに伴って「精神世界」「その人格」「意識」も存在しなくなることが知られているわけですから
本来なら、宗教は必要ではなくなるはずですね。
ところが、それでも多くの「個人」は、
自分の「生と死」に何らかの意味付けを切望します。
ですから、宗教が簡単になくなるという見込みは現実的とは言えません。

わたし個人は、ドーキンスさんには賛成で
「妄想」である「神や宗教」に振り回される人生はごめんこうむりたいのですが
いかんせんヒトとは、思いのほか複雑で
どうしても、その「人生」に意味を見出したい者のようです。
また、地球史全体を簡単に一望してみてもわかるように
この地球上での全てのもの(地殻変動~人類史など一望できるもの全て)はず~っと
「均衡」を保とう、バランスを崩すまい・・・としているかの如く変貌を繰り返しています。
言い換えれば、そこに生息する全ての生物(ヒトも含む)もずっと変化(進化でもある)し続けています。
ヒト・人類の変化でさえ留まることなく流れのように続いているのですが、
残念ながら「短命」のわたしたちには、その映像のほんの「一コマ」しか目にすることができないため
自分の生きるその社会と環境のみが全てであるような錯覚に陥りがちです。
幸い、積み重なった先人の知識と情報が少しはヒト・ヒト社会の全体像を覗かせてくれるのは嬉しいことです。


前置き長くなりましたが
わたしが学んでいる「ヒト」についての学問の中には
いくつもの興味深い課題があります。
まだ少し齧り始めたばかりなのですが
その中に「ジェンダー」があります。
これは、今後、人間社会の中でも大きく認識が変化して行くだろうと考えられるもののひとつです。
※当然、益々「聖書の教え」が影を潜めることにもなり得ます。

ジェンダーとは、社会が定義付けている「性差」の事です。

中には、発展途上国での男尊女卑を思い浮かべる方もいるかも知れませんね。
でも、これはほぼ地球的な規模で形作られてきたもので、わたしたちとは無関係なんてことはありません。
例えば、男らしい、女っぽい、男らしくない、女のくせに・・・などといった発言や感覚は全てジェンダーと関連があります。
そういった社会的・文化的な性差に対する価値観を形作っている
暗黙のうちに存在する(目には見えませんが)図式は
ジェンダースキーマ(属性的・因果的・相関的・規約的な知識、信念の構造)と呼ばれています。

もう少し詳しく説明すると、
セックスとは男女の生物学的な差異を意味していますが、
ジェンダーは生物学的「性」に基づいて文化的、社会的、心理的に振り分けられた役割を意味しています。
ですから、
ジェンダーとは、生まれつき(遺伝的)に形成されるものではなく、
そのヒトが所属する社会における性別特性に合致した行動や考え方を、
周囲から働きかけられていく中で形成されるものと考えられています。

サンドラ・ベムという学者が研究者として有名です。
ジェンダー・ステレオタイプとは、文化的に固定観念化した「男らしさ・女らしさ」を指します。
よく
達成動機、リーダーシップ遂行機能、家庭における道具的役割は男性的特性と対応し、
表出的役割や共同性、親和動機、リーダーシップ集団維持機能については、女性的特性と合致する・・・と言われます。
※こういった部分を、JWなどは「家庭・家族での役割」について論じ、「夫としてふさわしいのは~」「妻としてふさわしいのは~」と説明していますね。
この説に対して、ベムは、固定観念であるジェンダー・ステレオタイプにおける男性性と女性性は対局する概念ではなく、
男女に関わらずその両方を個人が備えることを示していると言います。
どういうことかと言うと、
男性でも気の長い人・短い人がいるし、女性でも同様。
女性でも上手く絵を描く人がいるけど、そうでない人もいる。男性でもそれは全く同様。
それと同じように、
男だから「達成動機、リーダーシップ遂行機能、家庭における道具的役割は男性的特性」が発揮できるし
女だから「表出的役割や共同性、親和動機、リーダーシップ集団維持機能」に優れているわけではない
と言っているわけです。
どっちの性の人にも「得手、手得手」があり、(生物学的)性差とは無関係・・・ということです。

また、ベムの研究では、両方のジェンダー・ステレオタイプを持っている人は自尊感情が高いなど社会適応が高いそうです。
要するに、一般に認識されているところの、
男性的な部分と女性的な部分を両方兼ね備えている人の方が自尊心が高い・・・というわけです。
※何となく納得できませんか?
ふんぞりかえって融通の利かない自己中のおじいさん(男らしさを強調する環境で生涯を過ごしてきた)
従順そうだけど自分で判断できない依存心の強いおばあさん(女らしさを教え込まれて従ってきた)
自尊心がしっかりしているかというと???

また、女性より男性、教育レベルが高い人より低い人、低年齢より高年齢の人の方が、
より伝統的な性役割分業を支持する傾向がある、
言い換えれば、
「ジェンダーステレオタイプ」は、年齢が低い程影響が少ないし
教育が行き届くにつれ影響力が減少する傾向にあるということです。

性役割の社会的に固定化されていくメカニズムに関しては、
種々の理論が存在しているのですが・・・
少しだけつづきで書きたいと思っています。

編集者 ささらほーさら (2018年03月05日 12:37:23)

オフライン

#6 2018年03月05日 18:35:56

めぐママ
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

ささらほーさらさん、とても面白くなってきました。  最初だけ読むと、難しく感じてましたが今回のジェンダー論には共感することがあります。
わたくしよりもっと前、20年位前から他のキリスト教会で組織の教理の間違いを説明してもらい、抜け出した友人から聞いたのですが、わたくしの後遺症を心配して時々ランチしたりメールなどやり取りしてたのですが、貴女速かったわね〜
あたし集会とか、大会、遅れる〜!  の夢で目覚めて嫌だったって言ってました。あの頃は、こういうサイトとか掲示板無かったのかな?  彼女、高校生に数学、英語教えてるし、非常勤講師で高校にも行ってます。わたくしより年上。
今、テスト問題作りに必要だと、パソコン教室に、通っています。

女のくせに〜   今も嫌だった思い出は、姑が、義姉の悪口を言って、嫁の癖に〜・・・
と言うので、心の中で  あなたも嫁なのに・・・  と思っていたけど、忖度して、こういう時はこうしたらいいのかなと、へんな気を回して。アホでした。  貴女は気がきくわね〜と言われて気を良くして、生きてるうちに親孝行とか、焼香出来ないし。とか思って。
息子の配偶者には、あなた達で、よく相談してねー。いい嫁とか、いい妻とか、演じると疲れるよ〜  後悔しない、楽しい人生を!と言ってます。

#7 2018年03月05日 20:13:52

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

めぐママさん、こんばんは。


10年以上前だと、日本にはこのような掲示板はなかったと思います。
「昼寝するブタ」とか、個人で思いを綴っているものはチラホラ見受けられましたけど・・・。

わたしの投稿は「参考程度」にしていただければ幸いと思っています。
関心のある方は、鵜呑みにせずに是非「確認」してくださいね。


めぐママ さんの発言:

息子の配偶者には、あなた達で、よく相談してねー。
いい嫁とか、いい妻とか、演じると疲れるよ〜  後悔しない、楽しい人生を!と言ってます。

同感です。
息子のお嫁さんのお母さんが「子供欲しくないみたいじゃないですか?お母さん(ささら)からも言ってやってください!」とか言ってきます。
わたしは、彼女の愚痴をひたすら「ふん、ふん、なるほど」とか聞いていますが、息子たちには何も言わないことにしています。
そんなことは本人たちが決めることですものね。

オフライン

#8 2018年03月05日 20:20:33

めぐママ
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

もう少し詳しく説明すると、
セックスとは男女の生物学的な差異を意味していますが、

ですから、
ジェンダーとは、生まれつき(遺伝的)に形成されるものではなく、
そのヒトが所属する社会における性別特性に合致した行動や考え方を、
周囲から働きかけられていく中で形成されるものと考えられています。



運命も、定めも無い。
友人が、とても賢いので、遺伝子だとほめたら、違う!
勤勉さだと思うと言ってましたし、やはり環境と教育だと、臨床心理士の姪っ子が同じこと言っていたような。昔はジェンダー、というとウーマンリブとかのコトかと、調べなかった!やはり情報は大切です。

#9 2018年03月05日 20:32:35

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

めぐママさん、環境とか教育はとても大切ですよね。


ただ、ユングなどは深層心理の中に「普遍的無意識」なる部分があるのではないか・・・とも述べています。
それは、人類共通の持つ深い深い部分にある記憶で(これは生来共通して持っている・・とのこと
行ったこともないところが、突然「記憶」として蘇るとか
統合失調症の方が、全く読んだこともないある物語の場面を幻覚として見る・・・とか

まだヒヨッコで十分把握はしきれていませんので
もっと学んだらそんなことも書けたらいいけど・・・書けるかどうかはわかりません。
でも、人の心の仕組みや現象は、不可思議で複雑で神秘的でとても興味深いです。

※太字の部分、足しました。

編集者 ささらほーさら (2018年03月05日 20:41:02)

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#10 2018年03月05日 21:01:51

めぐママ
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

そう!   それなんです。akameさんが、輪廻転生による魂の故郷、多次元多神の世界と言っておられたのでしらべたら、なにやら、スピリチャルの話で。
わたくしには理解を超えた、難しい話や、(^^)星人とかアセンション、波動とかで。
危うく又、ハマりそうでした。どうも、わたくしは神仏に守られて、ご先祖さまからも護られてるという方がいるのですが、もう宗教はどれもインチキ、カルトだと思っています。

アンリ ベルグソン  昔よく読まれていたので調べてみますが、理解が遅いので、ささらさん宜しく!

それと、記憶が蘇るの、当時 「失われた時を求めて」という小説の、マドレーヌの香りがして記憶が蘇るというくだりで  香りによる想起作用が話題になってたけど、今、アロマで癒しとか常識的になってますよね。  マルセル・プルーストです。根強い人気の。

#11 2018年03月05日 23:37:18

akame
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

めぐママさん、

一言、誤解を解いておきます。

>わたくしには理解を超えた、難しい話や、(^^)星人とかアセンション、波動とかで。
危うく又、ハマりそうでした。

それらは本来のスピリチュアルとは全く異なりますし、私の真意でもありません。

私自身、そうした表現を見たら頭痛がしますし、その大半は、言い方を変えれば、商売人が考えたものです。

必殺の餌食にならなくて良かったー

どうか悪しからず ^^;

#12 2018年03月06日 04:45:59

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

akameさん、お久しぶりです。
お元気そうで何よりです(^▽^)/。


めぐママさん、「失われた時を求めて」は(「人格心理学」だったかな?)参考文献に挙げられていました。

嗅覚は視覚や触覚などと比べて特殊だそうですね。
どう違うかというと、嗅覚は脳と直接繋がっているそうです。
他の感覚は一度「大脳皮質」を経由してから記憶を処理する部分に運ばれるのに
嗅覚だけは、直接「大脳辺縁系」(海馬や偏桃体など、感情や記憶を司る部分)に接続されるそうです。
その「大脳辺縁系」は、本能や情動とも深く関わっている部位なので
「におい」は本能的な行動や感情に直接作用する、ということです。
嗅覚や味覚から過去の記憶が呼び覚まされる心理現象をプルースト効果・プルースト現象などと呼称するようです。


ところで、わたしも不可思議で・・神秘的・・・などという表現を用いましたが
決して「得体の知れない」とか「幻想的」「異次元的」「スピリチュアル」な意味合いで使ったわけではありません((´∀`))。

そういった説明についてはまたの機会に。

オフライン

#13 2018年03月06日 05:32:07

めぐママ
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

akameさん、了解です!    ありがとうございます。
わたくし、いろんな詐欺師に、あわやの場面がありながらも、なんか胡散臭いなと、気づいて、エホバの組織の嘘で懲り懲りしたせいですかね?
でも、今も知りたいです。
それに、今、   珍しく長い夢を見て、先程からあの夢はと、回想して何故この夢を見たのかとずっと考えていたところです。こういう事が、今までま、何度かありました。もっと、命に関わるような、夢枕に立つことがあり、病棟に、電話しようかと夜明まで悩んだりしたことがあります。
共に脱党した友人も、ご主人が、クモ膜で、危ない時同時に父親も癌で別の場所にいたのに会いに来てくれたと、言われて、心配かけるから言わなかったけど実はこうだからと。その見舞いに来た夢枕のすぐ後、ご主人は亡くなられたので、それを告げると、お父様は大泣きされ、暫くしてすぐ亡くなられたそうです。  とても、聡明な女性で、サッパリした行動的な男性的なところがある彼女もそれだけは不思議なんだと言って、わたくしの夢枕の話を聴いてくれました。



ささらほーさらさん、    ありがとうございます。  香りと脳の関係、科学的な話はよく聞きます。 
不思議な、量子力学とかのコトが、解らず、もうその分野の本を読む気力がありません。友人や、家族から編み物の依頼があり、そちらは夢中で頑張れるのですが。

#14 2018年03月06日 06:57:47

akame
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

>夢枕 など

ここでは余り言えませんが、

他人なら、錯覚だろう で済ませたり、時には笑えたりもできますが、

勿論、明らかにそうしたものもありますが、

真実は理屈でなく、経緯のある当事者でないと分かりません。だから涙も出たりします。

たいそうな学者、また宗教に頼らなくても、何気ない日常の中に本質を理解するヒントがあるように思います。

では、また。

#15 2018年03月06日 08:20:43

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

改めておはようございます。


夢枕・・・ってどなたかが枕元に現れることでしたっけ?

その辺の現象は「確率」の問題だという方もいますね。

また、本当は身内の幾人かの夢を見たのだけれど、
後でその中のひとりが「夕べ亡くなった」などと聞かされたりすると、
その方のことだけが記憶の中でクローズアップされて
「夕べ寝ている間にわたしの所に会いに来た」・・・となってしまう。

戦争中は報告が多かったそうですが
それも、前線にいる大切な人をいつも心配していて
その人の夢は毎晩のように見ているのだけれど
目が覚めると大抵は忘れてしまっている。
たまたま「亡くなった」という報告を受けると
「やっぱり!夕べ会いに来たのよ」ということになる。

何しろ、わたしたちの記憶は
大抵「脳」の中で「再編成」を繰り返し
作り上げられていくということは証明されていますから・・・。

実体験もないし、その現象はほぼ本人の「記憶」ですから証明は難しいかも知れませんね。

また、そういった(自分でも理解し難い)心の奥を解明したいと
フロイトやユングは奮闘したわけです。


akameさんのおっしゃるように、学者の理論もヒントに過ぎません。
それでも、自己解決できないことが多いために「病んでいる方」も多いのでしょうね。

オフライン

#16 2018年03月06日 09:03:38

ジョエル
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

謎だった嗅「覚」は受容体が特定されて2004年のノーベル賞になっていますが、単離して原子構造解析できた人はいないので、量子効果が関係している/いないなど、まだ分かっていません。

物性科学を知れば知るほど、それ自体は何の物性も備えていない原子や電子が踊ったり押し合いへし合いしたりして錯覚させているだけなのかと思えてしまいます。例えば、遷移元素は電子がエネルギー準位の異なる軌道を行ったり来たりするときに、美しく輝く(ように見える)錯体になります。

意識や知覚とは何なのか、何が「錯覚」で何が「錯覚」ではないのか、そこに宗教問題の難しさもあるような気がしますが、まだ科学ではっきり言える段階ではないので、心理学や社会学によるアプローチも参考にすぎないと思います。



そんなことにもう何の興味もない妻も、息抜きに編み物をしているとなぜか夢中になります。


何気ない日常を味わうことから感じるもの


それを失わせる宗教でしたね。

#17 2018年03月06日 11:24:29

めぐママ
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

おはようございます? akameさん、ありがとうございます。
何気ない日常を大切に生きてゆこうと、思ったら安心して爆睡していました。コーヒーを飲み、今考えてるのですが、リルケだったかの詩に
  わたしは夢をみた   
  なんのしるしかしらん?

というの思い出して、jwにハマるとかおかしな詐欺に騙される傾向、どなたか牧師が分析してましたが、何かにつけ意味を求めたがる。二元論的な思考の陥る罠。 
もっと、ざっくりでいいのです。普通の人は。勿論科学者、政治家はきちんとしていただかなけれはなりませんが、ふつーのおばあちゃんになったのだから。
カトリックの女子大で教えてた上智大学出の方、西洋の歴史で、よく講義の内容で曖昧模糊という言葉を使われて、ノートをとるのに皆が困るとわざわざ、黒板に漢字で書くので、その難しい言葉を書いてました。
宗教は曖昧模糊とした部分を残したほうがありがたみが増すような気がしています。

ブロードキャスティングで、油注がれたというヒトをアップで見たときそう感じたのです。

ささらさん、統計的な話ありがとうございます。

ジョエルさん、はじめまして、ありがとうございます。ビリー ジョエルの オーネスティはいいですね〜  それともヨエルからでしょうか。
嗅覚について、もっと調べたら医学の分野でも認知症や記憶喪失などにやくだつかと思います

#18 2018年03月06日 13:21:56

akame
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

ジュエルさん

>何が「錯覚

視点を変えますが、

通常と異なる知覚を示す方で、錯覚等が致命的になる、複雑で高度な仕事を日常こなし、虚言癖もない、

そのような方が通常では知り得ない情報、一見?に思えることを伝えてきますが、調べるとまず間違いがない。

例えば、私が10年以上交流のない県外や国外に住む個人的な知人の名前を唐突に出す。すると生死や生活状況を詳細に答える、調べると全く間違いなし。

トリックを前提に、あらゆる可能性を消去法で探しても、事実は事実。

しばらくそうした方といますと、錯覚かどうか、或いは 信じるか信じないではなく、日常的な事実になります。(科学的根拠、数値化映像化困難)ではそうした現象の要因は何だろうか?になりましたが、

唯物的分析に回答があるはずもなく、宗教遍歴の始まりとなりました。

それでも、信じたくない知人たちは、よく聞かず調べもせずに、否定したい為の説を集め、それによる解釈を直ぐに自分の脳内に作りあげます。肝心なところは無視したり、推論も的外れだったりしました。

特にこうした掲示板では、宗教に騙された反動、ある種の自己防衛、恐れのようなもの、また感情的な問題が潜在しているように感じています。

もとより、私も例外なく、信じたいことしか信じないのが人の常ですから、仕方ないように思います。

#19 2018年03月06日 13:24:21

akame
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

ジョエルさん、でした。失礼 m(__)m

#20 2018年03月06日 14:27:48

akame
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

めぐママさん

宗教にハマりやすい、ということは、さらに言えば、唯物主義や科学万能主義にもハマりやすい(人目を気にする。権威にも取り込まれやすい)傾向が表裏一体としてあるように思います。

しかし、そうした傾向は、基本的には純朴さがあるような気もします。

まあ、ハマって分かることもありますし、

自画自賛〜

#21 2018年03月06日 14:36:54

ジョエル
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

>akameさん

事実として経験している単純な知覚にすら科学的根拠が確立されていないものがあるので、当事者として経験したことがない知覚なら、なおさら困難ですよね。


>めぐママさん

洋楽ばかり聴いていた頃の選択英会話の授業で、それっぽい名前をつけろと言われたことがありました。英語発音では「エ」が入らないと知ったのは10代の衝撃でした。

最初は長居するつもりもなく思い出しただけのHNですが、変えるタイミングを逸して今に至っております。

#22 2018年03月06日 18:34:37

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

ジョエルさん

嗅覚に関する補足ありがとうございます。全然知りませんでした。


めぐママさん

午前中ジェンダーの続きを書いたのですが、せっかく書いた長文が消えてしまいました。
なので、今日は図書館で昨日から読んでいた河合隼雄さんの本を読んでいました。
彼は「ユング研究家」で知られていますね。
そして、ユングはフロイトに続いて(フロイト礼賛者だったのが、途中から離別してしまいましたが)「夢判断」にも力を入れた人でした。

フロイトもユングも精神科医でしたが
フロイトは主に神経症(ヒステリー)の患者
ユングは主に統合失調症の患者を扱っていたようです。

ユングは患者さんの夢を(河合隼雄は、ユングの理論に基づいて治療をする資格を有していた人です。)聞いて行くうちに
どうにも説明のつかない「共通性」を見出して行ったそうです。
ユングはそれを後に「普遍的無意識」と呼ぶようになったようです。
後に彼自身も統合失調症を患い、その後世界を旅し、
最終的には文明人の失った(ある)ものに気づいたそうです。(インディアンとの交流の中で)

フロイトもユングも、その研究や思想は簡単には理解できません。
河合さんもユングの研究のために、わざわざドイツ留学していました。
なので、概要は何となくつかめても、まだまだ書けそうもありません。

精神分析とユング心理学の授業は来年くらいには取りたいと考えています。
ジョエルさんの書いてらした「錯覚の科学」は来月から学ぶことになっています。
学んでいると、本当は離れていたい「宗教」とか「瞑想」とかも出てきます。

では、また近いうちに・・・。

編集者 ささらほーさら (2018年03月06日 20:28:32)

オフライン

#23 2018年03月06日 20:14:29

ささらほーさら
メンバー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

あ、いけないいけない!
自分で言っておいてすっかり忘れていました。
(これだから年寄りは・・・(´;ω;`))

ささらほーさら さんの発言:

これは・・・
今「価値あるもの」と認識しているものでも、そうでなくなる日は来るでしょうということと
誰にでも、知らずに「価値あるもの」と思わされてしまうことはあり得ますということを
簡単に説明いたしました。
また別の面からも後日書き込みいたします。

これが目的で起ち上げたトピックです。
新しい学問を学んでいるうちに
JWで「普遍だ」「絶対だ」「神には変化がない」と吹き込まれていたけど
「そんなことないじゃん!」ということを知る機会が増えました。

ですので、心理学とかに関して深入りした書き込みをするつもりはないのです
もう少し書いたら一旦終了です。

ごめんね、めぐママさん。

オフライン

#24 2018年03月06日 20:43:16

めぐママ
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

ささらほーさらさん


価値あるものと、思ってたコトが、実は取るに足りないコトだった!
というのは、この何年も経験していますよ〜

それを書いてくださいね。
楽しみにしております。

#25 2018年03月06日 20:55:19

めぐママ
ゲストユーザー

Re: 改名:騙されやすい「心」(「価値観の変遷について」からの改名です)

akameさん

18の書き込み、その先が知りたいのです。

それから 母さんどうしたの〜?

黙ってお聞きよ いいはなし〜 おはなし 聴いてねんねんよー

わたくし、真面目に知りたいのですよ!

そういう力 というか、現象はどういうところに源があるのでしょうか?

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