#202 Re: 総合フォーラム » 仏教徒から見たエホバの証人 » 2019年03月21日 00:16:37
#203 Re: 総合フォーラム » JWと断絶 » 2019年03月20日 23:05:14
やっぱりダブルスタンダードなんですね。
どの部分がダブルスタンダードなのか教えてください。
こういう感情論を現役JWが見たら、「やっぱりサタンの世はひどい」と思われてしまうんだろうなー、というのが残念なところです。
どの部分が感情論なのでしょうか?
現役JWが「やっぱりサタンの世はひどい」とどのあたりで思われますか?
現役JWの方のことを考えるなら、中途半端で投げ出すのはかえってよくないと思います。
もちろん、勝ってやろうなどと思っておられるとは思ってもいませんし、私も思っていません。
お忙しいと思いますので、お返事はいつでもかまいません。
追記
ブロガーさんの暴露話には目をつむって、母として一言さんには閲覧者への配慮を求めるんですか?
これの意味がわかりません。私のどの言葉で上記の質問がでたのでしょうか?
#204 Re: 総合フォーラム » 仏教徒から見たエホバの証人 » 2019年03月20日 22:52:28
#205 Re: 総合フォーラム » JWと断絶 » 2019年03月20日 22:37:06
ブロガーさんの暴露話には目をつむって、母として一言さんには閲覧者への配慮を求めるんですか?
それってダブルスタンダードじゃありませんか?
それとも病気だったら他者への配慮は不要なんでしょうか?
彼女が書いたことで何か問題が起きるとしても、それは彼女が引き受けるつもりで書いていらっしゃるでしょう。
だから自由だと申し上げています。それに対して、余計なおせっかいをこの掲示板に書いているのは母として一言さんです。
あと、救いを求めてJWになったと想定したのは、ユーリさんのことではなくブロガーさんのことです。
なんかやっぱりかみ合わないですね。
そうでしょうか?そうやってすかして何度も逃げていますよね。聡明なあなたらしくもない。
#206 Re: 総合フォーラム » JWと断絶 » 2019年03月20日 22:11:33
#207 Re: 総合フォーラム » 仏教徒から見たエホバの証人 » 2019年03月20日 22:07:43
#208 Re: 総合フォーラム » 仏教徒から見たエホバの証人 » 2019年03月20日 21:51:57
#209 Re: 総合フォーラム » JWと断絶 » 2019年03月20日 21:11:29
ほいさん、お返事ありがとうございます。お忙しいのにすみません。あまり無理なさらないよう。こちらも自分のペースでお返ししておりますので。
私は外的要因を否定しているわけではなく、内的要因も外的要因も関係していると思います。
多かれ少なかれこの両方が組み合わさっているはずで、どちらかだけということはまれなはずです
そのとおりです。ほいさんのいわれることには同意することが多くあります。ただ、
私たち人間は状況の力の程度を適切に評価できず、その影響力を過小評価する傾向があります。
これを基本的な帰属のエラーといい、国や文化によって多少の程度差はあるものの、人間が普遍的におかしがちなエラーだと考えられています。
・行動の原因が
-本人の内面(性格、能力、意図、感情等)にあるか、
-外部の環境・状況(物理的・社会的な環境)にあるか内的帰属と外的帰属のどちらが生じるか?
他者の行動に対しては、内的帰属が生じやすい
それから考えるとほいさんたちが
そしてこのブロガーさんの場合は、内的要因の比重が大きいと感じます。
とおっしゃるのは、普遍的に生じてしまうエラーに含まれるかもしれません。
普遍的なものなので、認識するのは容易ではないといわれています。
人の感じ方は様々なので、ユーリさんのコメントは理解できますし、同意できる部分も多いですよ。
私が書き込んだのは、akameさんが母として一言さんを冷徹な人だと言われたので、自分はそう感じないというつもりでコメントしたのが始まりでした。
そうだったんですね。
なぜ母として一言さんを冷徹とakameさんがいわれたのか、私なりに同意した点がありましたので、自分が気がついた点を含めてご説明します。
本当はこういうことはあまりしたくはありませんでしたが、これ以上長引かせたくないので。
時代が、なんだか御本人様は、70代とのことです。
私などですと70代のjwと交わった時はあのような
御経験を聞いたこともなくて。
70代にもなれば昔の苦労など想い出の中でのこと。
たとえ鬼畜な親であれ、自分も子を産んでれば同じことをした可能性もありますよ。虐待の連鎖は存在します。
母として一言さんは何度も例の方を70代と連呼されました。ここに引用していないところでも。
ブログ主さんは60代前半です。しかもプロフィールにしっかり生まれた年をかかれています。すぐ確認できます。
女性の年齢について、それはあんまりだとおもい訂正させていただきました。母として一言さんがどういう意図でそうされたのかについては、これを見ている人が判断されると思います。それにお任せします。
それに何歳だとしても、前向きに生きるために努力する人に、「70代にもなれば昔の苦労など想い出の中でのこと。」というあなたは、何者なのですか?母として一言さん。生きるために、苦しい思いをして必死に昔を告白しているんではないでしょうか?
たとえ鬼畜な親であれ、自分も子を産んでれば同じことをした可能性もありますよ。虐待の連鎖は存在します。
この言葉は、親に虐待された人にとって、酷い無神経な言葉です。
それともご存知の上で発言されたとしたら、この上なく悪意を感じます。
ブログ主さんは、コメントも受け付けておられます。公開でブログを書かれているからといって、よそで批判されるのは仕方ないとお二人とも言われます。もちろん、それは一理ありますが、まずはご本人にお伝えしたらいいのではないでしょうか?
私はJWの教えが真理だと思っていたときは信じていたのですが、真理ではないと分かったので心が離れた。つまり求めていたのは真理だった。
でも人によっては、救いを求めてJWになる人もおられるわけで(特に1世の方)、その場合、救われるか否かが大切なので、救われなかったら被害意識が生じるのかもしれません。その原因が個人であろうが組織であろうが。
私はいわゆるJW2世なんですが、かみ合わないと思ったのは、もしかするとこういうことなのかもしれませんね。
長くなってきたので簡単に書きます。
私は救いを求めて研究を始めたのではありません。子供のころから、一人で聖書を読んでいました。真理があるといわれて研究しました。研究司会者や会衆の人に、とても変わっていると言われました。
結局真理が組織になかったので、やめることにしました。今も、救いを求めてはいませんよ。救いは必要ありません。ですので、かみあわない原因は別のところにあると思います。
#210 Re: 総合フォーラム » JWと断絶 » 2019年03月19日 19:21:14
#211 Re: 総合フォーラム » JWと断絶 » 2019年03月19日 18:57:14
ほいさん、お返事ありがとうございます。
ただ、それはあくまでもその人個人に起因する問題であることが多く、客観的に見たら「JWだから」異常になったとは言えないものも多いですよ。
人は、異常に見える犯罪や行為を見るとき、内的要因に原因を求めようとしますが、実際は外的要因が原因のことが多いということが、検証されています。
これは社会心理学的に広く知られていることですので、調べられたらよいと思います。
「あくまでも個人に起因する」と、思い込むときに自分には関係ないと安心感を覚えるからです。
これがなかなか虐待や詐欺やカルト、マルチがなくならない要因といえます。
ほいさんが こんないんちき宗教なくなってしまえばいいと思っておられるのはそうかもしれませんが、私やakameさんより愛着があるといったのは、比較的ということであり、ご自分では気がつかないとは思いますが、ブロガーさんに対する記述ではなく、ほかの部分に染み出してきています。
あくまでも、比較的という意味ですので。私はほいさんのことを 決して 組織側の人間だと思っているわけではありません。
ただ 時間の経過とともに 組織に対するスタンスはどんどん変わっていきます。立場もそうですが。わかったようなことをいわれると、腹が立ちますよね。ごめんなさいね。もしかしたら、ほいさんのほうが組織に対する嫌悪感が強いかもしれません。数値化することができないのに、どっちがどうなどと言い出した私が悪いですね。
でも本人がいないところで批判するようなことを止めようとする人が何人かいることは、希望ではありませんか?
JW時代は自由に発言することもできませんでしたし、長老たちが会衆の成員を欠席裁判するのは本当にいやなものでしたし。
気になりましたので、追記します。
うーん、ただどうも論点がずれているというか、あまりかみ合っていない感じですね。
私はJWはカルトだと思っていますが、それは宗教組織としての構造と一部教理によるもので、JW信者が人として異常だからとは思っていません。
どんな組織にもパワハラ上司やセクハラ変態のような人はいるものです。それ自体は悪いことですが、だからといって組織的な方針などでない限り組織そのものが悪いとは限りません。
私はJW信者が人として異常といってはいないと思いますが、どの記述からそう思われましたか?
組織そのものが悪いとは限りません。とおっしゃられますが、それはJWも含まれますか?
#212 Re: 総合フォーラム » JWと断絶 » 2019年03月19日 17:35:24
ほいさん。
年度末でお忙しい中、お気持ち伝えてくださりありがとうございました。
ただ懸念されていらっしゃる、一般の人や現役の人があのブログを読んだからといって 「JWはすべておかしい」 とは思われないと思います。数人の友人と話してみても、そうは思わないと言っていました。(これだけでは納得されないかもしれませんが)
akameさんが指摘されてるとおり、ほいさんは 私やakameさんよりも組織に愛着と希望があるのかもしれません。
私も組織に残っている人たちに愛着はありますが、それでもやはり子供をカルトに導き、その人生を台無しにしてしまっている友人たちのことを考えると、早く気がついて欲しいし、自分はよい親だと思っているだろう彼らに腹が立つときもあります。(怒れる立場でもありませんが)
小4年生の例をだされたので、ちょうどいいと思って書きます。
彼女の両親、特に父親が異常なのでこのような事件が起こったと思われてますよね。
DVや虐待の相談をすると専門家は受け入れてくれますが、以前は一般的には信じてもらえないことが多かったです。
特に身近な人ほど、受け入れてくれません。信じられないのか、信じたことにより生じる責任や、状況の変化を本能的に悟って、見てみぬふりをするのかもしれないです。
DVや虐待は、まさかあの人が・・・と、思うような普通の人、が考えられないほど残虐な行為をします。そしてそれは、「相手のため」と思っている場合が多いのです。
会衆でも同じです。まさかあの長老が・・・。あの姉妹が・・・。と思うような方が、影では考えられないようなひどいことをします。しかも、「相手のため」だと思って。
akameさんはそういうことをたくさん見てきたのだと思います。
ひどい経験をされなかったほいさんは、幸いでしたね。
ですが、だからといって ひどい経験をしましたという人のことを 簡単に妄想だと決め付けるのは・・・。
小4年生の女の子は亡くなってしまったので、父親の非道が明らかになりました。また、動画もあったのでどんなことが行われていたのか、詳細にわかってきています。でも、彼女がかろうじて生き延びたとしたら、彼女が大人になったときに誰かに話したとき、信じてくれる人と、信じない人がいるでしょうね。
そして、死亡にまでいたる虐待は氷山の一角で、たまたま死ななかっただけれど同等の虐待というのは数え切れないほどあります。
ブログは主観的なものです。論文のように客観性は求められていないと思います。
JWが断絶に至った経緯という紹介がそぐわないと思われているようですが、JW問題は社会問題ですので「なぜ」「どういう人が」「どういう経緯で」カルト宗教に入り、「どういう経験をして」「カルトをやめたのか」という情報は、同じ統合失調症の人で カルトにはまってしまった人には 役に立つ情報です。
カルトに救いをもとめても、なんの問題解決にもならないということが明らかになりますし、脱カルトしたとしても生きて回復の道をたどれるのだという希望になります。
2世問題はよく取り上げられますが、1世がいるからこそ2世がいるのです。私は2世の女性から証言されたときにJWにとても惹かれました。その時の自分の境遇から、そう思ったのです。問題はなぜ1世が入信してしまったのか、そしてなぜ何十年も続けてしまったのか、そしてなぜそういう宗教が存在するのか、そこを理解することが次の2世を生まないことになりますよね。
それは小4年生の父親がなぜああいう行動をとったのか、母親がなぜかばえなかったのか、児童相談所が、教育委員会が、学校がなぜ救えなかったのかを検証するのと同じです。次の被害を生まないための。
ほいさんとしては、あまり興味ある分野ではないかもしれませんが、社会心理学的に考えるならば、彼女のブログは相当興味深いです。
#213 Re: 総合フォーラム » JWと断絶 » 2019年03月19日 15:01:51
母として一言さんへ
すみませんが、彼女の点で気に入らないことがあるならこの掲示板にではなく、直接ご本人にコメントなりメッセージなりされるのはいかがでしょうか?死生観さんがおっしゃるとおり、ご本人がいないところで槍玉に挙げるのはフェアじゃないと思います。
それにしても、治療のためであれば、御一人で日記などにしたためて精神科で主治医に診てもらえば良いのではないでしょうか?
これも人がどうしようと自由だと思います。心理学者の本(なんちゃって心理学者じゃなくて、大学の教授です)でも勧めていますよ。
ブログの記事がいやなら読まないという選択も当然できますし。
以前、彼女の過去記事に何か変なコメントを連投された人がいるようですが、ブログ主さんがその点を公にしたところ、その人は対話もせずに消えていかれたようです。
そういう変な行動でなければ、大丈夫ですよ。
彼女の記事でどの部分が妄想だと思われるかなどを、直接指摘されたらいかがでしょうか?
彼女はほかのブロガーさんともコミニケーションをとられていらっしゃるようですし、きちんと返してくれると思います。
#214 Re: 総合フォーラム » JWと断絶 » 2019年03月18日 19:52:03
いくらJW憎しでも、何でもかんでも批判すればいいというものではなく、過度の批判は逆に反感を招きます。
なんだか、何でもかんでも日本叩きをする、(真実はともかく)日本を叩くことこそ正義だと信じて疑わない隣国に通じるものがあると思います…。
それは決して健全で幸せな生き方ではないですよ。
「いくらJW憎しといっても何でもかんでも批判すればいいのではなく」、といわれていますが そういう風にはこのブログを読んでいて感じられません。
適切な例が見つからないのですが、例えばこの前の小4殺害事件を見て非常に心が痛みますし、加害者の両親には非常な憤りを感じます。
ただ、「これだから日本人は残忍で変態だ!」とする一部の意見は明らかな飛躍です。単にあの両親が問題であっただけで、日本人だからという問題ではありません。
このたとえも、まったくわかりません。
ブログトップは
「魔物の子・元JW1世
JWと関係した47年、人生厄払いのための鎮魂歌
私の心の奥深くに潜む、押し込めた黒い“闇”・・・
その黒い塊をつぶし化膿した心の傷の膿を出しきるための闘病記。」
とあります。彼女がブログを書いている目的です。
たまたまこの掲示板にリンクされただけで、彼女がほいさんと同じ目的をもってこのブログを書いているわけではないですよね。?(ほいさんの目的はわからないですけど)
彼女は組織を離れたのは2017年。そして、ブログもまだ途中。これからどのような展開になるかもわからないです。
現役を覚醒させる目的のためには不適格だと、ほいさんが言われる意味がわかりません。
まさかすべての元JWのブログは そのためには、本音を隠せというのではないですよね。
彼女のブログの一番最初の記事のコメントに、「最初から拝見させて頂く事に致しました。今まで、大変失礼な態度をとってしまい、恐縮しております。どうか、ご容赦くださいませ。」とありました。
2019年3月3日の日付でコメントされていました。ブログ記事は2018年5月31日です。
途中から読んだ人が反感を抱いて異論を唱えられたのかもしれませんが、はじめから読み返すと理解できたということですよね。
きちんと全部を読めば、ほいさんももっと違った感想になるかもしれません。
大変失礼なことを申し上げますが、わたしにはほいさんの読み込み不足だと感じてしまいます。
ほいさんが 誠実な方だと私は思いましたので、失礼を承知で本音を書きました。
#215 Re: 総合フォーラム » JWと断絶 » 2019年03月17日 17:03:20
#216 Re: 総合フォーラム » JWと断絶 » 2019年03月17日 13:07:36
ほいさんのお考えわかりました(と思います)。
JW組織の異常さを、際だたせたいんですよね。
カルトや宗教などによくあることですが、なにも教育や訓練も受けていないのに、裁判長や医者の役割を果たせると思って、人の生活に踏み込みます。
その結果失敗したとしても、信仰が足りないとすせます。
彼女のブログではそういう弊害が、よくみられます。
もしかしたら、男性信者にはあまり経験のないことかもしれません。
機能不全家族だった人がカルトにはまることは多いです。
これは社会問題だと思っています。
人が生きていく上で迷ったりつまずいたときに、受け皿になるのが宗教だったりマルチだったりするのが問題なんだと思います。
#217 Re: 総合フォーラム » JWと断絶 » 2019年03月17日 12:06:54
この方のプロフィールみたのですが、63歳か64歳ですよね。以前に見ていたので70代だったっけと、確認したら1955年生まれと書いてありました。
それから 妄想と現実を混同しているというよりはむしろ、妄想してしまう自分を認識しておられるということがすごいと思います。
それが認識できないのがこの病気の難しいところなのではないでしょうか・・・。
「ビューティフルマインド」という映画を最近観なおしたのですが、ノーベル経済学賞を受けた数学者のナッシュ氏が統合失調症に生涯苦しみながらも、数々の研究を行い、現在私たちがかなりの恩恵を受けている理論を立ち上げた実話に感動しました。
ブログというのは、いろいろなタイプがあります。
ほいさんがいわれるように、日記というかたちであればまったく問題ないですよね。
実は、多くの人は、自由に「語る」ことを非常に制限されて生きています。
人の内面は「光」や「陽」ばかりではなく、同時に「影」の部分があるはずですが、社会として生成発展するためにどうしても「明るく」「健康的」であることを求める傾向があります。
本音を語りたいのに、娘という立場、障がい者の家族がいるという立場、JWという立場で、ほとんど何も語ることができなかったのではないでしょうか。(これは完全に私の憶測ですが)
カウンセリングの場合は どんなにネガティブな話でも受け止めることが基本です。
ブログはある場合、無料のカウンセリングと同じ役割を果たすことがあります。
そういうふうに活用している人はたくさんいます。
この方は、タイトルも暗く衝撃的なものを選んでおられますので、そういうものを見たくないのであれば容易に避けることができるように配慮されていると思います。
過去を思い起こし、自分をさらけ出すときに多少フラッシュバックがあって体調を崩すことがあるかもしれませんが、それもカウンセリングならばよくあることだと思います。
元JWの方のいろいろな経験や思いを読むのは、元JW1世の私にとっては とても興味深いことです。
情報がたくさんあるのは本当にいいことだと思います。
#218 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月23日 18:15:38
#219 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月23日 18:03:28
#220 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月23日 16:35:32
釈迦だけではありません。
古代の学問は相当進んでいました。
wikiで調べることができますが、古代の学問の中心地であったアレキサンドロス図書館の例があります。
紀元前300年ころに立てられた図書館です。
「アレクサンドリア図書館は世界中から文学、地理学、数学、天文学、医学などあらゆる分野の書物を集め、ヘレニズム文化における学術研究にも大きな役割を果たした。
アレクサンドリア図書館で研究され発表された知識は、その後の西洋科学の誕生に大きく貢献した。
幾何学のエウクレイデス、地球の直径を計測したエラトステネス、天動説の大家プトレマイオスなど、
ヘレニズムにおける学芸の巨人の多くは、この図書館で研究した。」
400年頃、ヒュパティアとい女性が新プラトン主義哲学校の校長になりました。
以下wikiより
新プラトン主義の他の学校の教義より、彼女の哲学はより学術的で、
その関心のためか科学的で神秘主義を廃し、しかも妥協しない点では、
キリスト教徒からすると全く異端であった。
「考えるあなたの権利を保有してください。なぜなら、まったく考えないことよりは
誤ったことも考えてさえすれば良いのです」とか「真実として迷信を教えることは、とても恐ろしいことです」
という彼女のものであると考えられている言動は、当時のキリスト教徒を激怒させた。
その時すでに彼女は、キリスト教から見て神に対する冒涜と同一視された思想と学問の象徴とされたのである。
-------------------------------------------
この女性は、後に総司教キュリロスの部下である修道士たちより、殺害されてしまいます。
(ちなみにこのキュリロスはカトリック教会の聖人です。)
そしてキュリロスは、アレクサンドリア図書館を壊滅させます。
おそらく、学問の進歩は相当遅れたでしょうね。
その後の研究者たちは、キリスト教の逆鱗に触れないよう、しかも多くの場合、教会はスポンサーでもあるので、
相当苦労があったでしょうね。
#221 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月23日 16:00:40
ジョエルさん。
自由に考えられるための先人の知恵を、人を苦しめて、縛り付ける重荷にしてしまう。
そういうものに、振り回されないようにということでしょうね。
irisさん、釈迦の教えは、神が人間に寄せる無条件の愛といった、
人間の心に強烈に突き刺さる幻想を売り物にはしていません。
むしろ、人間にまとわりつくそうした幻想を徹底的に剥ぎ取り、
その足かせやくびきから自由になることを教えています。
その意味で、その教えは宗教的には非常に貧弱です。
だから、弟子たちはその後、道教やらさまざまな宗教と混ぜてしまったり、
女性の宗教家を否定したり(釈迦は女性を出家させたりと、当時の仏教界でも、現代のユダヤ教や
キリスト教でもなかなかできなかったことを数世紀も昔にやっていたそうです)釈迦の教えを実践することが
できなかったようです。
科学はその点を、実験と実証とで私たちに理解させてくれます。
すべての人が、実験や研究ができるわけではありませんが、情報は誰でも調べてみることができます。
#222 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月23日 09:30:12
三太郎さん、4連休いいですね。
三太郎さんの言われていることと、ほぼ同じことを紀元前5世紀ごろに語った人がいます。
釈迦です。
こういう感じです。
「毒矢が飛んできて体に刺さり、毒が回りだしました。そのときに、人間は何を考えるでしょう。
たとえば、毒矢はどこから飛んだ北のだろうか?
あるいは、この読破どんな毒だろうか?
誰の仕業だろうか?
などなど。
毒が刺さったことで、いろいろ考え悩むことは増えたでしょうが、その前にやるべきことがあるはずです。
それは、まず矢を抜きなさい、ということです。」
つまり、あの世について語ること、その前に将来について語ること、それはすべて妄想だから、
目の前にあるやるべきことをやりなさいという感じでしょうか。
釈迦は、「あの世はない」とか「霊魂はない」といったことを直接的には言及はしていないようです。
それを語ること自体が無駄なことだ、それよりもやるべきことをやれ、だそうです。
元来、釈迦の教えは西洋的な定義では宗教ではないです。
ちなみに、キリスト教世界では長い間、釈迦の教えのことを「悪魔の宗教」と呼んでいました。
神を否定する釈迦が生み出した仏教が、キリスト教徒たちの目には邪悪なものに映ったのでしょうね。
釈迦は悪魔の存在も否定していますけど。
神も悪魔もいない釈迦の教えは、人を脅したり支配する影響力がないので、宗教としては弱いです。
また、釈迦は悟りを開くために修行することを「無駄」といって否定していますし、お経を唱えることも否定しました。
彼は死ぬ前に弟子たちに、自分の教えが誰にでもわかるように、生きた言葉で語って伝えるようにするようにと言い残しました。
ですが残念なことに、経典はサンスクリットで現代に伝えられ、単にお経を唱える宗教に変わってしまいました。
死んだらどうなるか・・・、
現存しているヒトは、当然 生きるために必死に戦ってきた種です。
今までに絶滅した生物の中でも、きっと最高度に、死なないために頑張ってきたでしょう。
結果的に「死ぬこと」に対する恐怖心は強く、転じて「死んだらどうなるか」ということをものすごく考える生き物になったんでしょうね。
でも、平衡の取れた考えをもった賢人たちは、死に対する見方について、死をむやみに恐れる必要はないということを
伝えたのだと思います。
残念なことに、その賢明な考えは弟子たちには伝わらず、
今では権威主義な宗教ばかり残ることになっているのかもしれません。
科学的な思考ということは、実証性のあること、つまりは客観的に見ることだと思います。
それは人間性を否定しているわけではありません。
闇を恐れすぎて、疑心暗鬼になって、争いや人間不信が広がっている中で、
その闇にほどよく光を照らして、普通に対処できるようにしているのが科学かもしれません。
その方が安心していろいろなことを楽しむことができるのではないでしょうか?
びくびく怯える子供の時代はすぎて、「大人」になる時期が近い将来くるといいですね。
そのような中での、子育てはとても楽しいものでしょう。
お酒もさぞかし美味しいでしょうね。(今でも、美味しいですけれど)
#223 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月22日 17:31:00
比較認知科学より
迷信行動
日ごろ私たちは、縁起を担いだり、おまじないをしたりといったさまざまな奇妙な行動をとります。
それらが非科学的な行為であることを認識しているにもかかわらず、やめようとしません。
このことを、人がもともと宗教心や信仰心を持つものとして存在しているということだと結び付けるかもしれません。
スキナー(1984)は、ハトを実験箱に入れ、ハトが何をしようが無関係に15秒に一度、食物を提示しました。
するとハトは、ひたすら待っていればよいだけであるにもかかわらず、ぐるぐる回る、床をつつくなどの、その固体(ハト)によって異なるさまざまな行動を繰り返し見せるようになりました。
これを、食物の提示前に生じていた反応が偶然強化された結果であると考え、迷信行動と名づけました。
いったんこうした無意味な行動が強化されると、その出現頻度は高まり、その結果さらにその行動が強化される機会が多くなりました。多くのルーティーンはこのような偶然の強化の結果生じたものかもしれません。
しかもこうしたルーティーンは、強化との因果関係はないのですから、毎回強化されるわけではなく、間欠強化を受けます(間欠強化:心理学的用語で、犬のしつけのときなど、同じ行動のあとに毎回同じ結果を与えるよりも、間が開いたほうがさらに強く印象付けられること)
そうすると、こうした迷信行動はますます強固になっていきます。
雨乞いや人柱やさまざまな恐ろしい宗教的儀式も、もとをたどればこのような偶発的強化によって形成されたものかもしれません。
ハトがとった行動から、人間が超自然的な因果関係を求めはじめるようになった経緯が理解できました。
(もちろん、これだけの観察結果だけでそのように結論付けたわけではありませんが、顕著な点を載せました)
現在は、人柱と雨に関連はないとわかっていますが、それでもいろいろな迷信や儀式が残っています。
科学の解明が進んでいくのをみていると、誤った方向への労力が減らせて
そういった迷信などに苦しめられていた人や、無駄な出費をさせられていた人たちが
開放される日が近いかもしれないな・・・と、思います。
#224 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月22日 12:30:45
実は、NHKの100分de名著 「聖書」では、一神教のはじまりについて、この上記の原理で説明してありました。
私は社会心理学の基礎の教科書から書いたのですが、その番組では北のイスラエル王国が滅びたときに
一旦多くの民が離れましたが、それまで仕えていた一部の人々の考えを解説していました。
自分たちが苦境に陥った時(つまり、予言がはずれたときと同じです)→
「駄目な神に仕えているわけには行かない」→「神が駄目なわけではない」→
→「自分たちが悪いので」→「原罪」の概念の誕生→「どんなひどい目に陥ろうとも、神はなにもしてくれない」→
→「自分たちが罪の状態にあるからだ」→「神はなにもしてくれないという議論は起きない。」
これで、何が起こっても、神から離れる理由はないということになります。
番組内の例えでは、DV夫を持つ妻は「私が悪いので、夫はDVを振るうのだと。夫は悪い人ではない。
だから、離婚しない。」と考えるということです。
驚きですが、納得です。
歴史的には、こういうことはよくあることだけれど、ひとつの国家としておきたのはユダヤ民族が初めてでした。
そういう点で、特別なことで、当然そういう考えについていけず、離れた民は多くいましたが、
そういう人たちの記録は残っていないのです。
支配のためのシステムが構築されたというより、自己を守るための悲しい認知のシフトだったんですね。
どんな苦境に陥っても、それは神のせいだとはならない。
土地や神との関係を具体的に表現できるものが、すべて奪い去られても、神との思い出がある。(出エジプト)
またあのすばらしい日々がくるのではと。
苦しければ苦しいほど、追い求める心理が切ないほどわかります。
どれほどの人が、神の沈黙の中で、来るはずのない救いを祈り求めたのでしょう。
何度、神に対する深い愛の表明をしたでしょうか。
私自身が、苦しい中で神を祈り求めていた過去の姿に重なります。
今は正しい情報が得られていることは、本当によかったと思っています。
#225 Re: 総合フォーラム » 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか » 2017年11月21日 19:26:15
irisさん、こんばんは。
情報量が多いのはいいことですね。
『予言がはずれるとき』(1956年)
フェスティンガーの実験だけ記述しておきます。
古今東西宗教には救世主の再来、大災害による世界の破滅など さまざまな予言がつきものということで、
信者たちは預言者、教祖の行う予言は信者たちに最悪の結果を回避し、最良の結果を得られるよう祈りをささげ
宗教活動にいそしんできました。
ただほとんどの場合は、予言は外れています。
本来なら、信者たちは予言が外れたことにより、失望し、宗教活動に熱心だった人たちも、意味のないことだと理解し
離れていくだろうと、常識的には考えられますが、歴史的事実を見ると、逆のことが生じていることに
研究者たちは気がつきました。
予言が外れた場合、信者たちはますます教団に愛着をもち、熱心に宗教活動にいそしんできたというのです。
実際、このある女性が教祖となった新興宗教に潜入した研究者たちは、それを実体験しました。
12月のある日に、アメリカに大洪水が起こって、選ばれた人たちだけが UFOに乗った宇宙人に救い出される
という予言が外れたにもかかわらず、信者たちはその後さらに熱心に布教活動をおこなったそうです。
数年の潜入観察で、明らかになったことです。
その後別の研究者が類似の研究を何度も行っていますが、結果は同じようなものだったそうです。
エホバの証人も、何度も予言をはずしていますが、何十年も信者を続けている人もいます。
そして、とても組織に愛着を持っています。
これは信者たちのよりどころとなるものがなくなった場合、極度の不協和を自分たちの内部に巻き起こします。
その不協和を解消するために、手っ取り早いのは、その教団を脱退することです。
ですが宗教活動に費やしたそれまでの時間や労力やお金、また人間関係、などを犠牲に払った人たちは
どうやっても取り戻せるものではないのです。
つまりそういった人々にとっては、教団を辞めるという選択肢ははじめからないので、「自分は教団の信者である」
という認知を前提としながら、その認知と矛盾しない別の認知を作り出す必要があります。
それは、「預言は実は外れていないのだ」という認知だったり、
「預言が外れたのは、自分たちが熱心に祈りをささげたからなのだ」 だったり、つまりは私たちの教団は
素晴らしいものなのだと、認知だったりします。
それだけでは足りない場合は、さらにはますます熱心に布教活動を行うことにより、
信者の数を増やすことで、私たちと思いを共有する人達がこれほどまでにいるのだから、
この教団はすばらしい教団に違いないという認知を作り出すことになります。
「認知的不協和理論」です。
傍から見ると、あきらかに矛盾していることや、厭わしい行いが教団内で行われているとしても、
それを認知しないことは、その矛盾から逃れるために無意識に行われることだと観察することができます。
だから先に脱退した者がいくら教団内にいる信者に、「預言が外れてるじゃない!」とか、
「教団内で、児童の性的虐待が相当数行われているし、裁判にもなっている」と、訴えても
まったく動じないのです。
私の友人の元JW2世は、組織を離れるときに自分の弟から「今までがんばってきたのに、もったいない」
と言われたそうです。
間違っているかいないかに関わらず、それまでのコストを「もったいない」と考えるのでしょう。
人が常識的に考えると、予言をはずす宗教から離れるのは当然と思うでしょうが、そうではないのが現実のようです。
これは宗教に限らず、現実の生活の中でも多く見られます。
傍から見るとわかるのに・・・、ということでしょうね。