#1826 Re: 総合フォーラム » ノア洪水を示す証拠はありますか? » 2017年01月05日 09:20:35
#1827 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月04日 15:12:18
KAOさん書き込みありがとうございます なかなか返事なかったので本当のランプの精みたいにこのトピに何か書き込んできたら食い殺そうかと思いましたよ もう完全にいじけちゃい ました
「冗談です」 書き込んでいただいて大変うれしいです
毎年膨大な労力を要する「年賀状」のことを思うと、ものみの搭への宗旨替えも考えたくなります
これは 自分も 入信していて良かったと感じた点ですね
私に言わせれば、リベラル派であろうがファンダメンタリストであろうが、ヒューマニストであろうが、果てはコミュニストであろうが、大抵の思想は、聖書の一部を抜き出してきて自己を正当化することはいかようにも可能です。聖書を自己正当化の武器として使用する限りにおいて、議論が決着を見ることは決してないでしょう。聖書にはすぐれた知恵も多いし誰にとっても益になり得る本ですが、同時に用い方によっては巨大な害をもたらす(もたらしてきた)書物でもあります。それを今更「本当の○○○○」「正しい○○○○」などと言っても始まりません
自分も最近 聖書が神の霊感受けた本でないと思うようになってから このように感じるようになってきました あくまで聖書が神様の本だと信じていたから ここのこの言葉は絶対的真理でこうなんだという思考回路でしたから
でも人間の思想を書いた本であればこういう思考回路には絶対にならず この部分はいままでよりよい考え方なので取り入れてみようかなという感じになり 命かけようなどとはサラサラ思いませんし相手と話し合って意見の相違があるならばすり合わせようかと考えると思います
福音派との不毛な議論に貴重な時間を割くわけにはまいりません
このトピックの 福音書はだれがどんな目的で書いたかも それぞれの言い分があり結局は証拠不十分で最後の結論は分からないということで 各自が自分の調べたことによりそれぞれ信じるしかないと思いますので 一定以上のどれが正しいかという論議は不毛なものになると思いますので わざわざポチらなくても また書き込みもしなくてもよいと思います けっこう高いですし
楽しい思い出をいっぱい持っている子が、自分の人生すら破壊してしまうような重大事件を起こすはずがないのです
いっぱいよいもの蓄えた球根が大きくなって美しい花さかせるように KAOさんも 本業にぜひ打ち込んで子供たちの心に良い栄養たくわえさせてあげてくださいねー
(テモテ第一 4:15) …それに打ち込んで,あなたの進歩がすべての人に明らかになるようにしなさい…
あんまり 聖句の引用はよくなかったかな?
とにかく 今年も子供さんたちを精一杯世話して健全に育ててあげてくださいねー 
#1828 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2017年01月04日 13:12:23
#1829 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月03日 13:06:23
#1830 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月03日 13:01:26
否定的な著作の多い自称、神を信じないクリスチャンであるギリシャ語の専門家の田川建三さんでさえ、『書物としての新約聖書』の中でマルコなどを福音書筆者と書いてます。(P333)
以下 抜粋です
そのセミティズムないしアラマイズムが非常に多く出て来るのがマルコ福音書である。これは本当は、単にギリシャ語における他言語の影響などという程度のことではあるまい。むしろアラム語で思索し、アラム語を母語とする人間が第二言語としてのギリシャ語で文章を書くとどうなるか、という問題であろう。しばしば、新約聖書の著者の中でマルコとヨハネ黙示録の著者のギリシャ語は粗野であると言われる。要するにギリシャ語が下手くそなのである。厳密なギリシャ語文法を頭に置けば、単純な間違いとも言えるような書き方がしばしば出て来る。これを露骨に下手だなどときめつけては、何しろ聖書の著者なのだから、失礼にあたると思うのだろうか、学者たちはしばしばマルコの文章を「素朴」などと呼ぶ。素朴さには真実がある、といった具合である
確かに田川さんはマルコの福音書はマルコがアラム語で書いたという理解でした
大変勉強になりました 元証人さんもすごい勉強しておられるのですね
というわけで ちょっと自分にはこれ以上分からないですね すいませーん 田川先生のパダワンのKAOさーん お願いします ちょっと助けてくださーい
#1831 Re: 総合フォーラム » 楽園での永遠の命の希望を捨てるということ。 » 2017年01月03日 12:45:37
あれから、家族にも説得を試みましたが、まったくダメでした。背教者扱いです。
全然論理的に話し合うことができないです。こんなにもバカだったのかと感じますし、狂気性も感じました。家族が引き裂かれてしまいますね。
海外奉仕さん すごい行動力ですねびっくりしました
(ヨハネ 10:3‐5) …戸口番はこの者に対して[戸を]開け,羊はその声を聴き,彼は自分の羊の名を呼んで導き出します。4自分のものをみな外に出すと,彼はその前を行き,羊はあとに付いて行きます。彼の声を知っているからです。5よその者には決して付いて行かず,むしろその者からは逃げるのです。よその者たちの声を知らないからです」。
協会は自分たちの声で会衆の羊たちをよく慣らしていますので 会衆の成員たちはちょっとでも組織の教えと違うものを聞くと拒否反応をおこすように訓練されています
一例(詩編 139:22) …わたしは憎しみの限りをつくして彼らを憎みます。 彼らはわたしにとって真の敵となりました…
等の聖句を用いて 協会に異を唱えるものたちを憎むように訓練しています
映画の1984でビックブラザー「現在は統治体」が国民に定期的に憎悪の時間を設けて自分たちに反対するものを憎み最後にビックブラザー「現在は統治体」を愛するように訓練しているのと同じだと思います
それですので巧みな方法で 「禁令下で伝道するくらいの気持ちで」また愛と辛抱強さが必要だと思います 決してあせってはならないと思います
(マタイ 10:16) …,蛇のように用心深く,しかもはとのように純真なことを示しなさい…
ステーブンハッサンさんの マインドコントロールの恐怖とか脱出などの本が参考になるかと思います
これからもがんばってください
#1832 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月03日 09:04:09
元証人さん こんにちは
ざっと読んでみたのですが
基本的に イエスが神の子であるということを だれかが納得するには
1創造者なる神がおられる「ということは進化論は間違い」
2 聖書は1の神が書かれた または人間に霊感与えて書かせた「ゆえに中にある記述は真実でなければならない 一例 ノアの大洪水は本当にあった」
3 福音書も 人間に霊感与えて書かせた ゆえに中にある記述は真実でなければならない
は 最低限必要な条件だと思います
自分は1はそうだと考えていますので あと2と3が納得できて初めて福音書に書かれていることを検討してみようかな「これでやっとスタートライン」という気持ちになると思います カレブさんや ささらさんなどは 1から納得する論議がないと2以降には進めないと思います 元証人さんにとっては なんてばちあたりなやつらだとお感じになるかもしれませんが パウロも(コリント第一 9:19, 20) …できるだけ多くの人をかち得るために,自分をすべての人の奴隷としたからです。 こうしてわたしは,ユダヤ人に対してはユダヤ人のようになりました。ユダヤ人をかち得るためです…
と 相手の人が現在持っている考え方を考慮した 話し方をしたと思いますのでこれはいたし方のないことかなと思います
それでこういう観点からこの本を見ますと まず1-2はまったく取りあつかわれていませんので3に行くこと自体ができないと自分は思いました
それでも一応 内容について感じたことを書きます
重要な点はいくつもあると思うのですが、読み手によって重要と思う点が異なるでしょうから全て読んでもらいたいのですが、福音書筆者については、31ページからのクレイグ博士のインタビューですね
まずこの部分ですが
博士が話しはじめる。「正確に言いますと、四福音書の著者はあくまで匿名でして、この事実を認識することが重要です。しかし、取税人で十二使徒の一人であり、またラビ(ユダヤ教の教師)としても知られているマタイが新約聖書における第一福音書の著者であること、ペテロと行動を共にしたョハネ・マルコがマルコの福音書』と呼ばれる福音書の著者であること、そしてパウロが『愛する医者』と呼んだルカが、ルカの福音書と使徒の働きの著者であることが、初代教会の統一見解となっています」「彼らが福音書の著者であるというのは、どのくらいしっかりとした統一見解だったのでしょうかね「彼らのほかに、この三つの福音書の著者と思われる人物は誰もいないのです。だから議論の余地はまったくなかったでしょうね」博士が答えた。「それにしてもですよ」私はこの問題をさらに掘り下げたかった。「私が疑い深すぎるのかもしれませんが、本当は、違う人物の手によって書かれたにもかかわらず、この三人が福音書の著者であるという嘘をつく動機を持った人がいたとは考えられませんか」
首を振りながら、「ないでしょうね。いいですか。彼らはとても、らしくないキャラクターなのですよ」と言い、博士はにっこりと笑って続けた。「マルコとルカは十二使徒の一員ですらありません。マタイは十二使徒に加えられていましたが、その前は嫌われ者の取税人ですからね。イエスを裏切ったイスカリオテのユダの次に悪名高い人物ですよ!これは、ずっと後になってから書かれた、奇想天外な内容の福音書とは対照的です。それらの福音書は「外典』に分類されますが、もっと有名で模範的な人物、たとえばピリポやペテロ、マリヤ、ヤコブが著者として担ぎ上げられました。彼らは、マタイやマルコ、ルカよりもずっと重要人物と考えられていましたから。ですから、ご質問へのお答えとしては、マタイ、マルコ、ルカが福音書を書いたのが真実でないなら、福音書の著者を彼らだと偽る理由はどこにもなかったということになります」
確かに論理的な説明ではあった。
とありますが すでに12使徒のうち誰かが書いたことが前提になっていて その中から消去法で特定するという方法ですから ちょっと乱暴かと思います
自分はアーマンさんのキリスト教成立の謎を解くの 130ページからの説明の方がより状況にあっているかなと思います
福音書を読むと、イエスの弟子は、イエス同様、ガリラヤ地方の田舎の出で、身分の低い農民だったことが分かる。彼らの多くは もちろんシモン・ペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネも(漁師などの)その日暮らしの労働者だった。マタイは収税吏だったとされているが、どの程度地位が高かったのか、はっきりしない。税収を確保するため、当局に直接雇われた徴税請負人だったのか、家々を回って、税を徴収する小役人だったのか分かっていないが、おそらく後者であろう。もしそうなら、教育程度はそれほど高くなかったはずである。
他の弟子についても同じことが言える。紀元一世紀に、パレスチナの田舎で、下級の農民だったということはどういうことか、いくつか分かっている。一つには、彼らはほぼ確実に文盲だった。イエスは、明らかに読むことができたという点で、極めて例外的だった(『ルカ』四章十六‐二十節)。しかし、彼が書くことができたことを示す証拠は何も残っていない。古代には、読むことと書くことは別個の能力だった。従って、文字を読むことはできても書くことができなかった人間は大勢いた。識字率はどれくらいだったのだろうか?ローマ帝国では、文盲率は非常に高かった。最高時でも、人口のたった十パーセントしか読み書きができなかった可能性もある。しかも、その十パーセントは、有閑階級であり、つまり教育を受ける時間と金に恵まれた上流階級だった(また、仕事上、読む能力が求められた奴隷や使用人が、読む訓練を受けていた)。それ以外の人間は、幼い時分から働き、教育を受ける時間も費用もまかなうことができなかった。イエスの弟子が文字を書くことはおろか、読むことができたことを示唆する記述すら、福音書にも『使徒言行録』にも見当たらない。事実、『使徒言行録』には、ペトロとヨハネが「無学」であると書かれている(四章十三節)。「無学」とは、古代では文盲を指す言葉である。イエス同様、ガリラヤのユダヤ人であるイエスの弟子は、アラム語をしゃべっていたはずである。田舎出身の彼らは、おそらくギリシャ語の知識が皆無だっただろう。たとえ知識があったとしても、かなりいい加減なものだったに違いない。なぜなら、彼らは、その日暮らしのアラム語を話す文盲の農民と共に生活していたのだから。端的に言って、イエスの弟子はどのような人びとだったのか?彼らは文盲で、アラム語をしゃべる、ガリラヤの下層階級の農民だった。ならば、福音書記は誰か?彼らの身元は伏せられているが、福音書にはいくつかの手がかりが残されている。福音書から分かることは、私たちがイエスの弟子について知っていることと完全に食い違う。福音書の作者は高学歴で、ギリシャ語が堪能なキリスト教徒であり、おそらくパレスチナには住んでいなかった。
彼らが教育程度の高い、ギリシャ語を話す人びとであったことは、論を待たない。福音書がもともとアラム語で書かれていたと考える学者もいることにはいる。しかし、今日では、様々な専門的、言語学 的理由から、全ての福音書はギリシャ語で書かれたというのが大方の見方である。先に述べたように、ローマ帝国の人口のせいぜい十パーセントしか、読むことができなかった。文章を書くことができたのはそれ以下で、初歩的な物語を書くことができた人間はさらに少なく、福音書のような長編文学を書くことができた人間にいたっては、それこそほんの一握りだった。福音書が、ローマ帝国時代に書かれた、最も優れた文学作品であるわけではない。もっと素晴らしい作品はほかにたくさんある。しかし、福音書が、一貫した主題を持った物語であることに変わりはない。物語を構築し、洗練された技法をもって文学的な目的を遂行する術を知っている、高度な教育を受けた作者によって書かれたのである。作者が誰であれ、彼らは類まれな才能を持った後世のキリスト教徒だった。学者は、彼らがどこに住み、何を生業としていたのか議論を戦わせている。彼らがパレスチナの地理やユダヤ教徒の慣習に疎いことから、パレスチナではない帝国のどこかで福音書を執筆したのだと推測できる。それなりの教育を受けることができ、比較的大きなキリスト教徒の共同体があった都市部に彼らがいた可能性は高い。
と 述べていますので 自分はこちらの説明の方が可能性は高いと思います
あと それでも自分は4福音書が マタイ マルコ ルカ ヨハネでないとしても その内容が真実であればよいのですが
乗っ取られた聖書の筆者の 秦さんは 306ページ で
歴史のイエスとは、今から二○○○年前のパレスチナのどこかで「多分、ベツレヘムではなくて」誕生したひとりの人物で、その彼は自分が死後キリストに格上げされることなど夢想だにせずに、パレスチナのガリラヤの町々で一種独特のライフスタイルで教えを説いたり、聞く者たちを挑発した人物です。彼が本当に十字架に架けられて死んだのか、それともそれはフィクションであったのか、その辺りのことは論証さえできませんが、それをフィクションではなかろうかと疑ってかかるのは、歴史のイエスを論じるときには必要な正しい勇気ある態度であろうかと思われます。
「信仰のキリスト」、あるいは「教会のキリスト」は、教会によって「歴史のイエス」に厚化粧が施されて創出されたものだと想像して構わないでしょう。その化粧を施した第一号は、福音書記者と呼ばれる者たちでしょう。
と述べて 福音書のイエスは 本当のイエスを脚色したものだといっています
自分は福音書の記述の中で疑問な部分も多いことから
一例 登録の記述 キリスト教成立の謎を解く 48P
『ルカ』が抱える歴史的な問題は、それ以上に深刻だ。まず言えることは ローマ皇帝アウグスツゥスの治世に関する記録が比較的多く現存しているということだ そして帝国全土で住民登録が実施され誰もが先祖の出身地に帰って登録しなければならなかったという記録はどこを探しても見当たらないというより、そんな制度があったなどと思いつくこと自体、どうかしているのではないか?ヨセフは、先祖であるダビデがベツレヘムで生まれたため、この町に舞い戻る。しかし、ダビデが生きていたのは、ヨセフの時代より一千年も昔のことだ。ローマ帝国の市民が全員、一千年前の先祖の出身地
に戻るよう強いられたなんて、考えられるだろうか?もし今日、新しい世界規模の住民登録制度が導入され、私たちが一人残らず、一千年前の祖先の故郷に移住しなければならないとして、読者ならどこへ行く?この種の全世界的な大移動が、人びとの生活にもたらす滅茶苦茶な混乱をイメージできるだろうか?しかもそうした計画が、一切新聞記事にならないなんて?『ルカ』を除けば、住民登録制度について触れている古代史料は、一つもない ならば なぜ『ルカ」は、こうした制度が存在したなどといっているのか?答えは簡単だ 記者はイエスがナザレ出身であることを知りながらかれがベツレヘムで生まれたことにしたかったのだ
等から 自分は 4福音書は 12使徒ではなく 後の時代にイエスのことを知らないギリシャ語を母語とするキリスト教徒が書き そして彼らの希望にそって創作されたものだと思います
それで ナザレのイエスの本のこれ以降の部分は福音書にこうあるからこうだという論議ですので 受け入れるのは難しいと思います
#1833 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月03日 06:21:58
#1834 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月02日 19:53:29
#1835 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月02日 15:23:48
#1836 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2017年01月02日 15:04:05
#1837 Re: 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月02日 14:31:18
てつてつ
元証人さん こんにちは ナザレのイエスは神の子か 合間合間に読んでいるのですが 元証人さんがここは特にしっかり読んでほしいというところはどこでしょうか
あともう一つ 元証人さんは4福音書が最初に書かれた言語は何語だと思っておられますか
良い子さん
私も聞いておきたいです。
てつてつさんのご好意にあずかり、今読んでいますので
元証人さん
重要な点はいくつもあると思うのですが、読み手によって重要と思う点が異なるでしょうから全て読んでもらいたいのですが、福音書筆者については、31ページからのクレイグ博士のインタビューですね。
福音書は当時の共通語であったギリシャ語で書かれたと思いますが、マタイによる福音書はヒエラポリスのパピアスによれば最初ヘブライ語で書かれ後にギリシャ語に訳されたという事です。
その事を疑問視する人もおり、他の著書についても意見を異にする説も踏まえた上で私は、クレイグ博士の意見に同意します
元証人さん
ですから、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネが記したという意見に同意します。
しかし、その教えに立つ教団内の側近が編集した可能性はあるかもしれません。
ブルース・メツガー博士のインタビューは91ページからです。彼は世界的な新約聖書研究の権威であり長年プリンストンで教えました。
写本の信頼性についても書かれています。
そして、
正典の信憑性と権威は会議以前から認められており、これを正典としようと決めて正典になったのではなく、確認されたに過ぎないという点。
また、ある書が正典の中に含められるのに時間がかかった事は、初代教会が慎重だったという事、イエスについて書いてあれば見境なく編纂する事をしなかったという点はP112。
研究によってメツガー博士はアーマンのように信仰を弱めたのではなく、「研究は私の信仰を育ててくれました。自信を持って、イエスに対して揺るぎない信頼を持っています。」と述べています。
他の博士たちのインタビューも福音書や聖書正典の信憑性について様々な視点から語っており、ぜひ全て読み通してもらいたいですね。
良い子さん
ナザレのイエスは神の子か、読み終わりました。
もう一度読みながら
章ごとに要点をまとめ、書き起こして見ます。
コピペが出来ないので、少し時間がかかりますね~
とりあえず....
写本の信頼性とは、現在の新約聖書の内容が新約のオリジナルの内容に近いであろうという話し。
聖典の信憑性とは、教会内の権力闘争などで歪められたものではなく、むしろ、キリスト教を信じる人々の直感的な洞察をもとに選ばれ、編纂されたものなのです。(メツガ―博士談)
内容の信憑性の話しではない。
#1838 総合フォーラム » ナザレのイエスは神の子か の本について » 2017年01月02日 14:26:01
#1839 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2017年01月02日 10:15:05
#1840 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2017年01月02日 09:50:25
#1841 Re: 総合フォーラム » 良心の危機を読んで » 2017年01月02日 09:44:38
#1842 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2017年01月02日 07:13:59
#1843 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2017年01月01日 19:25:22
#1845 Re: 総合フォーラム » 良心の危機を読んで » 2017年01月01日 08:01:43
海外奉仕さん こんにちは
協会の取り決めなどもそうですね。結局、聖書なんて、とってつけたかのように体裁として根拠を示しているだけで、組織のやりたいように持っていってるだけのような感覚を受けます
そのとおりだと思います
エホバもイエスも良い迷惑なのではないでしょうか。
きっと裁きのときにこういわれると思います
(マタイ 7:21‐23) 21「わたしに向かって,『主よ,主よ』と言う者がみな天の王国に入るのではなく,天におられるわたしの父のご意志を行なう者が[入る]のです。22その日には,多くの者がわたしに向かって,『主よ,主よ,わたしたちはあなたの名において預言し,あなたの名において悪霊たちを追い出し,あなたの名において強力な業を数多く成し遂げなかったでしょうか』と言うでしょう。23しかしその時,わたしは彼らにはっきり言います。わたしは決してあなた方を知らない,不法を働く者たちよ,わたしから離れ去れ,と…
来年中に、自然消滅をすることを考えています。
日本には帰らず、海外にて他の活動に従事する予定です。他の活動から充実感を得ながら、真理を探していきたいと思っています。
よかったです がんばってください いい意味で 広い道 まってますから あんまり真理はこんつめて 深堀りしようとしないほうがいいかも 神様が人間に与えてくださった人生の幸福と喜びと平衡とってくださいね「なんちゃって自分が人に言えたことではないかも」
痛いのは、海外に在住しているため、他の教会の話などを日本語で聞くことができない点です。
インターネットだけでも、様々な教会や聖書の情報は入手できるでしょうか
色々たくさんあると思います jwtcのサイトでは定期的に話しネット上に上げていますのでいかなくても聞けます
#1846 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2017年01月01日 07:12:21
#1847 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2016年12月31日 14:41:27
#1848 Re: 総合フォーラム » アブラハムの神の限界 » 2016年12月31日 12:45:02
みなさんこんにちは しばらく前に 元証人さんの推薦された図書 ナザレのイエスは神の子か キリストを調べたジャーナリストの記録 届きました それで皆さんの中でご自分でも調べて検証してみたいというかたおられましたら 資料お渡ししますので メールください
あれっ? てつてつさんが検証するんじゃなかったの?
何いってんですか これはみんなの問題です ワンピースのナミもそういっています
なんちゃってほんとは 正月明けに会計さんがくるのでそれまでに帳簿一年分サボってた分入力しなければならないので もういいかげん尻に火がついてきたので ちょっとしばらく時間がないのです
というわけで さあみんないくのよ! よろしくお願いします 
#1849 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2016年12月31日 10:46:02
#1850 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2016年12月31日 09:57:53
moonさんこんにちは
「(際どい)決定は全て自己責任で」。と書いてありました。
協会の本音は 信者さんの行動は全部信者さんが自分で聖書を調べて自分で決定して行動しているんですよーと ちょっとだけ書いておいて対外的にアリバイをつくりアピールしているだけだとおもいます
証人の方で 協会に教えられなくて自分で聖書を読んでああ神様は輸血をしてはならないんだと教えておられるんだと理解した方がいましたら教えてほしいです
しかし対外的にはそうでも長老マニュアルには輸血をしたものは自ら断絶したものと見なす「以前は排斥するだったがそう書くと宗教法人の資格を失い一番大切な税金の免除がうけられなくなるので書き換えただけのようです」と書かれているようです 実質的には 排斥も断絶も現在は現役信者さんの受ける被害は同じですのでこれが恐怖の感情となって協会に従っている人も多いのではないかと思います またこの書き方一つで訴訟をまぬがれているようですので 協会の悪賢さの表れかとも思います
長老マニュアルの輸血したものは排斥から断絶したとみなすに書き換えられた理由を説明している動画もユーチューブにあったようなきがしたので 探してみたのですがちょっと見当たりませんでした
これだったかもしれません


