#101 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月09日 16:28:08
ありがとうございます。
amazon の文語、口語訳とjw 聖書だけなのでほかの訳も知りたいと思いました。
創世記2:10_新改訳2017
一つの川がエデンから湧き出て、園を潤していた。
それは園から分かれて、四つの源流になっていた。
この「源流」と訳されている部分を各日本語訳から書き出してみよう…。
01_文語訳_四の源となれり
02_新改訳_2003_第三版_四つの源となっていた
1978_第二版_四つの源となっていた
1970_第一版_四つの流れとなった
03_回復訳_2015_四つの分流となった
04_新世界訳_1982_いわば四つの頭となった
1985_いわば四つの頭となった
2019_4本の川になっていた(脚注:4つの頭)
05_バルバロ訳_1980_そこから四つの流れに分かれた
06_口語訳_1955改訳_そこから分れて四つの川となった
07_聖書 聖書協会共同訳_2018_そこから分かれて四つの川となった
08_リビングバイブル_2015_それはやがて四つの流れに分かれました
09_新共同訳_1987_そこで分かれて、四つの川となっていた
10_フランシスコ会訳_2013_そこから分かれて四つの流れとなった
11_創造主訳聖書_2013_そこから四本の川に分れていた
12_聖書_前田護郎責任編集_1978_そこに四つの川が源を発している
13_関根正雄訳1997_そこから分かれて四つの源流となる
14_岩波旧約聖書翻訳委員会版_1997・分冊_そこから分かれて、四つの分流となっていた
15_70人訳ギリシア語聖書_2002・分冊_そこから分岐して四つの分流となった
16_聖書・現代訳_1988_そこから四本の川に分れていた
以上のような結果になりました。
「頭」と訳出しているのは、旧版の新世界訳だけです。
さすがにおかしいと思ったのか、2019年版では訂正されています。
意味としては、どの翻訳でもだいたい同じようです。
一本の川がエデンの園に流れていて、その川が源になり
四本の川に分れるようになったということだと思います。
話題になっているパウロの述べたコリント第一11:3の「頭」が
「源」と訳されている日本語版があるのかどうか、
あす、元気だったら探そうと思います。
リビングバイブルと新共同訳の誤記を修正しました…。
#102 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月09日 08:47:09
#103 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月09日 05:47:47
#104 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月09日 05:45:28
仰天さんの反論です。
討論できるのはとても良いことだと思います。
ハム太郎 さんの発言:ラハムさんが引用した仰天さんの書き込みですが、正しくありません。仰天さんの元ネタの牧師のいうことが正しくないからです。
「頭」と訳されているギリシャ語はkephaléですが、「源」という意味で使うことはまずありません。
引用元の牧師も自分の主張の根拠を示していません。まるでJWみたいです。
このギリシャ語は、新約聖書では75回登場しますが、いずれも「頭」あるいは「主要なもの」(例えば、ルカ20:17 「主要な隅石」の「主要な」に使われています。)という意味で使われます。
これは英語のheadも同じです。headには源という意味もあります。例えば、the head of the Neilは「ナイル川の水源」という意味です。しかし、headをこのような意味で使うことは極めてまれです。
「すべての男の源はキリストであり、女の源は男であり、キリストの源は神です」と言い替えられるという牧師の主張は根拠の乏しい珍説にすぎません。このような主張を受け入れる専門家はまずいないでしょう。
いいかげんな聖書の解説には注意しましょう。てつてつさんが紹介しておられるティンダル聖書注解だけでも十分だと思いますが、手元の聖書辞典を見ると
「かしら」と訳されるヘブライ語「ローシュ」、ギリシャ語「ケファレー」は『頭」、「こうべ」、「頂」等に訳され、それは首長や最良最高のもの、上に立つかしらの意味でももちろん使われますが、ヘブル人は頭を知性の座とは見ずに「生命の本源」と考えたとあります。
そこから頭は、成功不成功、自ら誇りや権力などを主張すること、期待、悲嘆、喜びなどを表すのに用いられているとあります。
「源」としてその語が用いられる事はないとは言えないのです。ハム太郎さんの言うように単に「頭」や「主要な」という意味だけではありません。
その「主要な隅石」という箇所は、新改訳では「礎の石」、新共同訳では「隅の親石」、口語訳では、「すみのかしら石」となっています。
礎は土台となるもの、隅石も基準となるもの、親石ももとになるものであり、出だし、始まり、源であるとも言えます。パウロはどういう意味で使ったでしょうか。文脈を見ると、女は男から出て、男はキリストから出、キリストは父なる神から出ていると説明しています。
人間は全て神を根源としているという事です。神と人間には身分の差はありますが、イエスが父なる神に従うからといって神として劣っているわけではなく、女性が男性に従う事も人間としての本質が劣っているわけではありません。
手持ちの注解書を見ても「女の頭は男である」というのは、男の支配や優位を示すのではなく、男が女の源である事を示す。男が最初に創造されたので、男がキリストから出て、キリストが神から出ているように、女は男によって存在するようになったとあります。男が女性を造ったという意味ではなく、あばら骨から造られ、お互いに補うように造られたという事です。
神は混乱を防ぐために、ある特定の関係において服従を定められました。服従は隷属や不干渉や無関心とは異なり、劣っている事を意味するのでもありません。神は全ての人をご自身のかたちとして創造されたので、全ての人には平等な価値があります。服従は相互の関わり合いと協力なのです。
複数の聖書辞典や注解書が聖書の「かしら」の色々な意味を伝えており、源の意味も書いており、今日、キリストの神性が父なる神より劣るとか、女性が男性に劣っているとか考える学者がほとんどいない事を考えると、ハム太郎さんの主張のほうが珍説であるように思えます。
JW的な男尊女卑的な歪んだ頭の権に対する見解や、キリストが被造物であるというJWの洗脳の影響がまだあるのではないですか?
#105 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月08日 19:39:54
#106 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月08日 17:23:15
ラハム さんの発言:仰天さんの説明です。
とても興味深いので、こちらにも引用させていただきます。仰天 さんの発言:頭の権についてですが、
ここで言う「かしら」という言葉について日本語で、誰かを「かしら」と呼んだらそれは、
「上に立って権威を振るい、支配する人、チーフやボス」ですが、
ここでの「かしら」には、そういう意味はほとんどなく、
むしろ、「そもそもの出所、源、起源、オリジン」を意味しているそうです。ですから、
「すべての男の源はキリストであり、女の源は男であり、キリストの源は神です」と言い替えられるそうです。支配関係の話ではありません。
詳しくは、こちらをご覧ください。(※私とは何も関係のない人です)
交わりを建て上げる27「男と女の健全なあり方とは」 : 寒河江(さがえ)キリスト教会ブログ
https://sagaech.exblog.jp/21666824/ラハムさんが引用した仰天さんの書き込みですが、正しくありません。仰天さんの元ネタの牧師のいうことが正しくないからです。
「頭」と訳されているギリシャ語はkephaléですが、「源」という意味で使うことはまずありません。
引用元の牧師も自分の主張の根拠を示していません。まるでJWみたいです。
このギリシャ語は、新約聖書では75回登場しますが、いずれも「頭」あるいは「主要なもの」(例えば、ルカ20:17 「主要な隅石」の「主要な」に使われています。)という意味で使われます。
これは英語のheadも同じです。headには源という意味もあります。例えば、the head of the Neilは「ナイル川の水源」という意味です。しかし、headをこのような意味で使うことは極めてまれです。
「すべての男の源はキリストであり、女の源は男であり、キリストの源は神です」と言い替えられるという牧師の主張は根拠の乏しい珍説にすぎません。このような主張を受け入れる専門家はまずいないでしょう。
いいかげんな聖書の解説には注意しましょう。
有益なアドバイスをありがとうございます。
反論があるのはとても素晴らしいことだと思います。
仰天さんの反論をお待ちしています…。
わたしもそのように主張できる根拠はぜひ知りたいです。
#107 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月08日 05:24:53
仰天さんの説明です。
とても興味深いので、こちらにも引用させていただきます。
パウロが女性をディスっているとか男尊女卑的な考えだというのは正しいでしょうか?
後世の付け加えという説もあるのですが今回は扱いません。
よく問題にされる聖書箇所は次のものです。
コリントの信徒への手紙一/ 14章 34、35節
「女は、教会では黙っていなさい。女には語ることが許されていません。律法も言っているように、服従しなさい。
何か学びたいことがあれば、家で自分の夫に尋ねなさい。女が教会で語ったりすることは、恥ずべきことです。 」コリントの信徒への手紙一/ 11章 03節
「しかし、あなたがたに知っておいてほしいのは、すべての男の頭はキリストであり、
女の頭は男であり、キリストの頭は神であるということです。 」まず、当時のコリントの時代背景を考慮しなくてはなりません。
その時代のコリントの文化と言いますか習慣では、やはり女性は男性から虐げられていました。
当時の社会では女性というのは皆の前では黙っているものとされていました。
それなら、パウロの女は黙っているようにという指示も当時の一般のコリント社会と同じ考えのもとに書かれたのでしょうか?いいえ違います。
教会では当時の一般社会とは違って女性にも、皆の前で「祈って、預言して教える」ことを許しています。
コリントの信徒への手紙一/ 11章 05節
「女は誰でも、祈りや預言をするとき、頭にかぶり物を着けないなら、
自分の頭を辱めることになります。それは、髪の毛をそっているのと同じだからです。 」当時は女性はかぶり物を着けるのが習慣でしたが、
コリントの教会ではある女性たちが問題になっていました。
それはクリスチャンの自由を誤解した女性たちが、かぶり物を着けずに礼拝に参加したり、
礼拝を中断するようなさほど重要ではない家でもできる質問をしたりしていたようです。そうした事柄は、聖餐式のパンとぶどう酒を我先にと取って食事をし、
空腹の者もいれば酔っている者もいたような状態と同じく教会の一致を乱す事柄でした。つまり、第一コリントのパウロの発言は、秩序だった礼拝に関する指示で、
問題の多かったコリントの集会に対する指示ですので、女性全般に対してのものではありません。たまに言われる点として、
当時の女性は教育を受けていなかったので語ることは許されていなかったという意見もありますが、
イエスの弟子たちは一部の例外を除いて無学な普通の人でしたからその点は私は違うと思います。話を戻しますと、14:34の妻たちは黙っていなさいという事は、
コリントの礼拝の中で、夫たちに質問をして集会を邪魔する事があったという事、
また、複雑な議論、異言や預言についての議論にも関わっていたという事で、
パウロは、家でできるような質問をして集会の邪魔をしてはならないと言っているだけなのです。(14:35)女性が話す事自体を禁じているのではなく無秩序に話す事を禁じていると言えます。
パウロは既に女性が公の集会で祈り預言する事を認めていました。(11:5→14:23-24、31にある「皆」)
この事から、女性が聖職者になれないとか、教会で権威ある地位につけないという事を意味していないと言えます。
パウロの目的は、教会の礼拝や指導の中での性別による役割を定義する事ではなく、
適切で秩序のある礼拝を確立する事でした。(14:27-31、34-35、40)異言についても解き明かす者がいない時には黙っていなさいとあります。(14:28)
つまり、コリントの女性に対する発言も、
適切な時に話すべきだという教会の一致と秩序だった礼拝に関する指示なわけです。頭の権についてですが、
ここで言う「かしら」という言葉について日本語で、誰かを「かしら」と呼んだらそれは、
「上に立って権威を振るい、支配する人、チーフやボス」ですが、
ここでの「かしら」には、そういう意味はほとんどなく、
むしろ、「そもそもの出所、源、起源、オリジン」を意味しているそうです。ですから、
「すべての男の源はキリストであり、女の源は男であり、キリストの源は神です」と言い替えられるそうです。支配関係の話ではありません。
詳しくは、こちらをご覧ください。(※私とは何も関係のない人です)
交わりを建て上げる27「男と女の健全なあり方とは」 : 寒河江(さがえ)キリスト教会ブログ
https://sagaech.exblog.jp/21666824/女性の『かぶり物』に関しても詳しい説明があります。
さて、パウロに関して次の点です。
パウロは復活のイエスから直接に啓示を受けて異邦人への使徒として任命されています。
使徒言行録/ 09章 15節
すると、主は言われた。
「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らの前に私の名を運ぶために、私が選んだ器である。ガラテヤの信徒への手紙/ 02章 08節
ペトロに働きかけて彼を割礼を受けた者への使徒としてくださった方は、
私にも働きかけて異邦人への使徒としてくださったのです。パウロがいなければキリスト教はこれほどまでの世界宗教にはなっていなかったという意見もあります。
もちろんパウロがいなければ他の者が立てられたでしょうが、それだけパウロの貢献は大きいと言えるでしょう。
パウロは、神から任命され、ペテロや他の使徒たちからも承認されています。
ルカもパウロの同労者でした。
携挙についても書いたのはパウロでした。(イエス様の言葉でも表していると思う箇所もあります。)マタイによる福音書/ 24章 40節
その時、畑に二人の人がいれば、一人は取られ、一人は残される。テサロニケの信徒への手紙一/ 04章 17節
続いて生き残っている私たちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に出会います。
こうして、私たちはいつまでも主と共にいることになります。パウロの宣教で果たした役割、新約聖書で福音書以外のパウロ書簡の多さ、
その活躍と主による選びを考えますと、パウロを抜きにしては私は考えられないと思っています。男尊女卑とも違うと思います。
#108 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2020年10月07日 17:09:29
#109 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2020年10月07日 17:05:34
#110 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2020年10月07日 16:03:46
世の中になぜ障害を持つ人が存在しているのか、
先天性であれ、後天性であれ存在するようになっているのか、
という人生の大命題ともいうべき疑問の答えを持っている方はいるでしょうか。
もし、持っておられるのでしたら、ぜひ書き込んでいただきたいのですが…。
わたしはこの問題に関して、
最近、自分なりに納得できる答えを得ていますが、
7月以来、某国某女のわたしについての書き込みを読み、
掲示板参加者のもとJWがどのような考えを抱いているのか、
ぜひとも知りたいと思ったのです。
某国某女は、わたしが日常付き合っている人たちについて、
ヘルパーの女性以外は、精神障害者、生活保護受給者、
不道徳な男性のもとJW障害者だなどと述べて、
それらの人たちが「普通」ではないと表現したことがあります。
この「普通」ではないと表現したことについて
irisというカトリック教徒の女性から鋭い指摘がなされ、
某国某女が返事に苦慮していたのは印象的でした。
はからずも障害者に対する本音が書き込みに表現されたからです。
また、某国某女は、
「生まれつきの障害者には差別意識はない」とも述べていました。
「偏見」という表現だったかもしれません。
ここで「生まれつきの障害者」という表現にハッとさせられたのです。
考えすぎかもしれませんが、「生まれつき」と言葉を加えることで、
「生まれつき」ではない、つまり後天的、あるいは病気や事故で、
生まれた「後」に障害者になった者には、差別意識や偏見がある、
というような主張にも読み取ることが可能だからです。
いろいろな人が自分の気持ちや考えを考慮して述べるわけですが、
それがどのような表現であれ、最初に口から出た表現が、
真実、率直な本音だろうとわたしは思うのです。
他の人を不快にならせて、鋭く指摘されると、
「心にもないことを言った」という場合があるのですが、
それは、相手を傷つける意図はなかったという意味で、
当人のことを自分の感じているとおりにしゃべっているのでしょう…。
考えてみれば、イエスも、
人は心に満ち溢れているものの中から語る、って言われましたね…。
そのとおりではないでしょうか…。
思い出してみると、わたしたちも子どもだったとき、
自分たちのことを「普通」ではないと感じていたのです。
というのは、障害がもしも治癒できて健常者のようになれるなら、
「普通」になれるって表現していたのです。
だから、某国某女が「普通」ではないと表現しても、
彼女には、そのような印象だったということで、
わたしは責めたりはしません。
自分で自分のことを「普通」ではないと表現することは、
自分自身を傷つけるようなことはないと思うのですが、
他の人から「普通」ではないと指摘されるのは、
不快で、納得できないところがあるものです。
たとえ、それが真実であっても…。
#111 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月07日 09:39:14
#112 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2020年10月06日 17:01:59
#113 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2020年10月05日 19:29:23
ラハム さんの発言:世の中になぜ障害を持つ人が存在しているのか、
先天性であれ、後天性であれ存在するようになっているのか、
という人生の大命題ともいうべき疑問の答えを持っている方はいるでしょうか。
もし、持っておられるのでしたら、ぜひ書き込んでいただきたいのですが…。障害がなく自由に動ける身体を持つ人が存在するのは神の恵み、憐みだと思います。
今ある状況は人の自由意志により選択し呪われてしまった結果だと思います。あなたのゆえに、土は呪われてしまった。
あなたは生涯にわたり苦しんで食べ物を得ることになる。
-聖書協会共同訳 創世記3:17神の目から見たら障害がある人とそうでない人の差はないと思います。
#114 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2020年10月05日 14:52:17
わたしもヨハネ9章の説明は気が付いていました。
弟子たちの発言を考えると、
当時は、障害を持つことが当人の罪のためか、
親の罪のためだという
思想が広くいきわたっていたと思われます。
でも、キリストは誰の罪のためでもないと宣告され、
生まれつきの視力障害者を癒されました。
ほんとうに神の栄光になったわけです。
しかしながら次のような聖句がありました…。
-主は彼(モーセ)に言われた、
「だれが人に口を授けたのか。
話せず、聞えず、また、見え、見えなくする者はだれか。
主なるわたしではないか」-出エジプト記4:11。
-わたしは光をつくり、また暗きを創造し、
繁栄をつくり、またわざわいを創造する。
わたしは主である。
すべてこれらの事をなす者である。-イザヤ45:7。
これらは口語訳からの引用です。
こうした聖句があることを知ってしまうと、
まるで、神様が障害者を創造したかのように思えるわけです。
でも、神様のことを悪くは考えたくないところで、
どのように解釈すべきかという問題にぶつかってしまうのです。
そうすると、
ものみの塔にように考えるべきだろうか、
などとも思ってしまうのです。
https://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/1974768#h=1:0-7:0
みなさんは、どのように考えますか…。
ところで、ガッツさんはウィキから聖句を引用されますが、
それって、口語訳聖書でしょうか。翻訳名があると助かります…。
#115 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2020年10月05日 05:56:05
#116 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2020年10月04日 08:13:29
#117 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月04日 08:04:58
きょう、この本を読み終えました。
https://www.amazon.co.jp/%E5%9F%BA%E6%9 … 224&sr=8-1
以前、聖書全体を知るためには、
どのような本が良いかという話しが浮上していました。
そのときは、子ども向けの本を紹介していましたが、
たまたま、教会から譲り受けていた、
「基本がわかるビジュアル聖書ガイド」-いのちのことば社-が
保管してあったので、通読してみたところ、
成人向けにはちょうど良いという手ごたえを感じたのです。
裏表紙にある紹介の言葉ですが、
1.あなたの聖書の隣に最適な一冊!
2.聖書66巻に記されている出来事を網羅
3.「よくある質問」で、聖書の疑問に答える
4.聖書66巻の執筆者と執筆の事情を解説
5.地図、年表、写真、鳥瞰図などが満載
6.聖書66巻が記された目的に迫る
7.聖書時代の場所や人々など時代背景も紹介
8.各章に「調べてみよう」を掲載
読み終えて、そのようになっていることを確認できました。
なかなかの優れものだと思いますよ…。
#118 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月03日 08:25:02
#119 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月02日 16:13:59
#120 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月01日 09:50:27
#121 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月01日 09:44:05
#122 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年09月30日 15:11:32
地獄についての「伝統的な見解」の擁護文です。
キリスト教世界でも伝統的な地獄の教義を信じない信者が
増えてきていることを懸念して書かれたものです…。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g8s56t2JOWIF07rHcw
#123 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年09月29日 16:58:57
#47に関連してですが…。
被造物管理の神学_009の36ページで解説されている聖句、
ヨハネ17章6,12節の訳文についてです。
12節で「あなたの」が新改訳聖書では省略されているということですが、
注意深く調査してみるとこの訳は第三版のことだとわかります。
つまり、第四版2017年の訳文は、
-彼らとともにいたとき、わたしはあなたが下さった
あなたの御名によって、彼らを守りました-
となって、より正確になっています。
評判の良くない新世界訳1985年版では、
-わたしは、彼らと共におりました時、
わたしに与えてくださったあなたご自身のみ名のために、
いつも彼らを見守りました-
となっています。
さすが、神の名にこだわるJWの翻訳だと思いました。
どちらの翻訳にしても、キリストにYHWHの名が
与えられているという意味になると思います。
#124 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年09月27日 07:48:35
#125 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2020年09月26日 16:21:04
わたしの場合、
家族や親族にJW関係者のいないことは非常に幸いだった。
だが、親身になってくれた人や仲が良かった人に、
どのように事情を説明すべきかという問題は残ってしまった。
特に心を痛めて悩ましかったのは、
わたしの研究司会をしてくれた姉妹のことだった。
事情を知ってしまえば、カルト宗教に呼び入れてくれた
手先になってくれた人物だから気にする必要はない、
という意見もあるかもしれない。
彼女にはわたしと同年代の一人息子がいて、
彼はJWの研究生にもならなかった。
だから、わたしが研究生として進歩してくると、
「あんたがうちのむすこだったらなあ」と
事あるごとにわたしに言っていたことを思い出す。
わたしからはほとんど出版物の寄付を受け取らず、
なんでもほしいものは与えてくれていたと思う。
また、研究は彼女の家に通っていたが、
行くたびにおやつなどもたくさん出してくれた。
わたしが大会ホールでバプテスマを受けるときだって、
男性の更衣室まで来てくれて、着替えをサポートしてくれた。
普通だったら、女子は入室を拒絶されるだろう。
でも、母親と間違われたのかもしれない。
あとあとになって、異性の研究生は同性の司会者に交代すべき、
だというような雰囲気になったと思うが、
この当時は誰も咎めたりはしなかったのだ。
古き良き時代というべきだろうか、
あるいは、わたしが障害者だったので、
なにも心配する必要を感じなかったのかもしれない。
とにかく、善意で親切にしてくれたわけだから、
このもと司会者に自分がJWを去るなんてとても言い出せなかった。
失望させることには間違いない。
大正生まれの高齢者を不必要に失望させるわけにはいかない、
ということをはなはだ強く感じたことを覚えている。
高齢で目もほとんど見えないようだった。
だから、わたしは事情を説明しないことにした。
ひとつ幸いだったのは、同じ会衆でなかったことだし、
距離が離れているので、わたしから訪問しなければ、
状況を知られないような状態だったことだ。
それで、非常に心苦しいことだが、
現役を装うことにした。
現在でも、彼女の所属していた会衆で、
わたしのことを知っている人たちに出会うと、
わたしが、現役を続けていると思われているのだ。
このようにして、時間の経過とともに安らかな状態で、
ひっそり、シェオールに下ってもらえるよう待ち続けた。
失望させるよりもいいと思った。
たぶん、最善だろう…。
近所で、この人がシェオールに下ったと聞いて、
わたしのJW人生に一区切りついたことを知り、
大きな安堵を得ることができたのは、幸いだったと思う。