#76 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月22日 05:25:06
これは教会の勉強会でも話題に上ったことがあります…。
神による聖絶と人間の戦争、暴力との違いについて
https://www.wlpm.or.jp/inokoto/2016/04/ … 絶」と戦争は違うの/
選民思想についても触れています。
生きているうちに神を知ることが死後の行き先を決めます。
手遅れになる前によくお調べになってください。
(※希望者のみですが)
#77 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月21日 15:02:15
これも一つの理解の仕方だと思います。
ヘブライ語シェオル、ギリシャ語ハデスで表される場所は死んだ後に集められる場所で、
旧約時代の神に忠実だった者はシェオルの中の安らぎの場所である
アブラハムの懐とも呼ばれるパラダイスに行きました。
不義者はシェオル(またはハデス)の苦しみの場所にいます。ラザロと金持ちの話は例えではありません。
例えなら「ある人」がというふうに話されるはずですが、
イエスはラザロという実際の人名を用いておられます。最終的な裁きの前に不滅の体が与えられ、死もなく、不義者は永遠にゲヘナ(地獄)で苦しみます。
死にたくても死のない、死ねない状態となっています。信仰者は最後の審判の後にパラダイスから天国に行きます。
(千年統治の時にはイエス様のように鍵のかかった部屋もすり抜けられる
天も地上も瞬間移動できる栄光の体だと思います。)パラダイスは新約時代に引き上げられており、今は天にありますがそこはまだ最終的な天国、
天の御国ではなく、ハデスの苦しみの場所も地にありますが、まだ地獄(ゲヘナ)ではありません。つまり、中間状態、天国や地獄に行く前の待機所という感じです。
義者と不義者の復活の後に最終的な裁きがあります。
http://www.nakakomi.com/aboutbible/aboutbible04.html
#78 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月21日 14:37:55
被造物管理の神学_015
御心症候群からの解放_創造的で自由な信仰生活を楽しく送るために
p58
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g8V7EgcOcYsJ0QZ1Ew
p59
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g8V6YZbcNI2PDWAHPw
p60
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g8V9ao6EdcwhHJM-Iw
p61
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g8V-qT5gUXItclz8Zw
p62_裏表紙
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g8VjeCqtjSjE-mI1Fw
これで「被造物管理の神学」という小冊子の記事はすべて紹介しました。
最後の記事は「御心症候群からの解放」ですが、
これは著者の祈りに関する経験です。
わたしは、これを読んだのはずいぶん前ですが、
読み終わったときに、なんだかすごくおかしく感じたのを覚えています。
というのは、祈りに関して神からの答えがほとんどわからないというのは、
キリスト教世界の人たちもJWもほとんど同じだとわかったからです。
現役時代、大きな問題も小さい問題もエホバに祈っていたわけですが、
明確な答えがあったとはとても思えませんでした。
だから、これほど真剣にお祈りしているのに、
エホバ神はどうして答えてくださらないのか非常に当惑したものです。
脱塔するだなんて、命がけの決定だったわけですが、
そのときも祈りに答えがあったとはどうしても思えませんでした。
仕方ないので、誰にも相談せず自分の良心に従ったわけです。
神からすれば、JWでなくてもキリストを信じていれば、
どの教派でも、どの宗派でもよかったのかもしれないと、
いまになっては思うわけですが、
当時のわたしはそのように考えることはできませんでした。
とにかく、事の顛末はどうであれ、
JWの縛りから解放されて、非常にさわやかな気分で、
聖書を自由に読めて、解釈できて、生活が楽になったというのは、
まぎれもない真実だと感謝しています…。
#79 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月20日 07:59:29
わたしとしては、見境なく仰天さんの解説を
こちらに移動することはしないつもりです。
トピの方針として、聖書を理解する助けやヒントになりそうだと、
わたしが妥当だと判断した記事を保管しておこうと思ったのです。
わたしは、仰天さんある教理について違った意見を持っていますが、
それらの異なる解釈も含めて、皆さんが自分で判断してほしいです。
カルト宗教の傾向として、
情報統制をすることや反対意見に耳を傾けないことがありました。
組織が指し示す一つの解釈しか信じられないようにします。
でも、ここでは大人の討論の場所として活用してほしいです。
それは、マインドコントロールを避けようという目的もあります。
決して、わたしは仰天さんの取り巻きではないのです。
彼には、直接ここに書き込んでほしいのですが、現時点ではできません。
妥当だと思われる場合にこちらに移動させるつもりです。
ハム太郎 さんの発言:以後、仰天さんはロスの受け売りをしながら、局地説に疑問を呈した「はあ?」さんを口汚くののしるわけです。
何をおっしゃるのかと思ったら。
口汚く罵ってきたのはどう見てもあなたと、はあ?さんですね。
ほとんど過去にやり取りした覚えもないハム太郎という人が、いきなり人に噛み付いてきたという印象です。
では、はあ?と名乗る人の発言を見てみましょう。はあ? さんの発言:皆覆われたとあるじゃん
局地説をとる時点で、聖書否定と変わらんなあ
受け取り方次第でどうにでもなる話なら
信じるは妄信だあ
信じなさいでカルトだあ w
カルトっぽい遠吠え w
片腹痛いわ w
限定説と合わないない句が多すぎ
箱船の意味ないし、生物殺し好きかあどんだけ再洗脳されてんのか w
鳩から見た全地
爆 しょうもな 詭弁だらけやん
大洪水以前の全ての人間と家畜がメソポタミア近辺にしか存在しなかった怖いのう 怖いのう w
はたまた根拠のない
循環論法
怖いのう wこんどは 一人芝居ときたか
カルトよのう w鳩の視点 w
これが詭弁でなくてナンだいきなり、遠吠えだの片腹痛いわだの、カルトだのと言いがかりをつけています。その上、神に対して生物殺し好きか?と非難しています。
信じなさいでカルトだという事ですが、誰にも信じるように強要してはいません。それぞれが自分がベストだと思う道を悔いなく生きるように勧めています。
乾いた場所に逃げれば箱船の意味がないという意見は、地球規模の洪水を信じる人の間で言われる事ですから、そのような点を疑問に思われるのは理解できますが、私は途中で、ノアが長期間にわたり箱船を建造しているなら皆に対する警告となったでしょうと説明しています。(大量の雨の珍しい、もしくは降った事のない地域で船を造るなら、真剣なメッセージになったでしょうし、箱船に入る事で具体的に神を信じた事を示せたでしょう)
そして、その当時の「世界」というものが限られた地域であった事や、「覆われた」という原語の意味には色々な幅がある事等をヘブライ語とギリシャ語から説明しています。鳩の目線という箇所には喰いついてくるだろうと思っていましたが、案の定その箇所を注意深く分析しないでツッコミを入れて来られました。
創世記8:5では、
「水は第十の月までさらに減っていき、第十の月の一日に山々の頂が現れた。 」とあります。
ノアは鳩を放ちます。
8:9
「しかし鳩は、足を休める所を見つけることができなかったので、ノアのもと、箱舟へと帰って来た。水がまだ全地の面にあったからである。」
明らかに鳩にとっての「全地」に水があったわけですから鳩の目線であり、限られた範囲です。なぜなら、その前の5節で、既に乾いた山の頂が現れていたからです。その後、鳩はオリーブの葉を咥えて来ますが、全地球規模の大量の水が長期間覆っていた上に、濁流、大量の土砂の堆積層に木々がなぎ倒され押し潰されていたなら、オリーブは生き残っていないはずです。もちろん、地球規模の洪水でも神がオリーブを守られる事も可能ですが、地形を変えてしまうような激変を起こしながらオリーブだけ保護するという事があるかを考えると局地説も聖書記述から見ても有り得る事です。(その他、乾いた陸地が現れるや否やオリーブを生え出されたか)
大洪水以前の全ての人間と家畜がメソポタミア近辺にしか存在しなかった
怖いのう 怖いのう w
という発言ですが、聖書から大洪水前にメソポタミア近辺以外で広がっていた事を聖書から示すように求めましたが、これも返答なし。進化論を信じているとかで聖書否定をしたいのか分かりませんが、その場合、聖書否定になると批判していながら自分は聖書自体を否定しているのです。
つまり、文字通り信じていても攻撃し、局地説に立っても攻撃する批判だけの人なのです。(もちろん、言い過ぎましたと謝罪されるならいつでも和解しますが。)また、神の裁きですから生物殺し好きにはなりません。
局地的説をとるなら聖書否定だと批判して来られましたので局地的なものともとれるという解説をしているのに、カルトだ洗脳だなどとのレッテルを貼って来られましたから、それならカルトではないキリスト教の定義は何ですか?と数回尋ねたものの回答すらありませんでした。
カルトというものは、絶対的な指導者がおり、情報を制限してマインドコントロールを行なうものですが、通常のキリスト教会や他の伝統宗教は情報を制限せず、どのような情報でも自由に調べて、それぞれが自分で考えますのでカルトには当てはまりません。
その点で、はあ?さんはカルトの定義を間違えており、人の説明はよく調べず、問いにも答えず、全く対話になっておりません。ただ批判したいだけなのです。それこそ循環論法や詭弁です。
数千年前に書かれた書物のある特定の部分が受け取り方次第で色々な解釈になるのは当然で、様々な意見がある事こそが、カルトや妄信ではない事の証明です。
はっきり分かっている箇所とそうでない箇所もあるわけです。
同じものを見ても神を信じる人も無神論者もいるわけで、同じものを読んでも解釈の分かれる箇所もあるのです。それこそ自由意思です。
とはいえ、枝葉で見解が異なっても同じ主を信じるという点で同じクリスチャンなのです。
科学的知識があっても、情報に溢れていても進化論を信じない人もいます。
進化論を信じないだけではカルトではありません。何か信仰しているだけではカルトではもちろんありません。
とにかく、通常の対話というものは、自分はノアの洪水に関して疑問に思いますが、クリスチャンの人はどのよう考えていますか?とか普通に書けばいいのであり、いきなり現れて2ちゃんねるのような愚弄するような態度で浴びせ掛けて返答もしないというのならば、どちらが反論になっていないかは明白です。
そのような不誠実な態度で一方的にきたはあ?さんに対して説明を十分に行なってからの「議論にもならない」という私からの指摘なのです。実際に2ちゃんねる(現5ちゃん)並の投稿スタイルで話にならない人と共通しています。
はあ?さんの問題はさておき、
まず、ハム太郎さんが、ロスの本を理解していると言うのであれば、ロスさんのヘブライ語の解説がいい加減なものであるという事を詳しく説明してからにしましょう。ハム太郎 さんの発言:仰天さんのみっともない姿を見かねて、ハム太郎が#868で、ロスの本の問題点を指摘してあげたのです。これで仰天さんも少しはくだらない書き込みを控えてくれればよいのにという気持ちからです。
ところが、仰天さんは#1852でこう書いています。
局地的なものと考えるのは何もヒュー・ロスだけではありません。
他の見解では水の高さは、約60から90mとはしていません。ペルシャ湾には流れ込まないという具体的な指摘もありますし、ヘブライ語や他の聖書の箇所の解説も調和していると思います。
もちろん、神による介入があっての話の部分もありますが、局地的なノアの洪水が不可能なんて話は神を知らない者の言う事です。
まぁ、やたら挑発的であったりバカにした態度でなければ、ハム太郎さんが疑問に思われる事を書き込んでくださる事も大いに結構です。
根拠を再び貼りますので、その方も書いておられますように、何か間違いがあるならよく分析した後にまた指摘してみてください。
www.konkyo.org | 聖書から見たノアの大洪水 browse
http://www.konkyo.org/Nihongo/TheFloodO … OfTheBibleみっともない姿は最初からハム太郎さんです。またまたブーメラン。
パウロが革新的ではないという発言、人の話も聖書も理解できていない読解力のなさ、今回も全く反論にもなっていないのは明らかです。
まず、あなたは新世界訳の用語を用いており、元JWでないなら研究生か、家族に誰か信者がいたので調べただけなのか、どこで神学を学んだのか、誰の本の影響を受けているのか全く答えていません。反社会的なエホバの証人のような明らかに問題ありなカルトでない限りは特にどこの団体や個人が進化論を信じていなくても、創造論を信じていてもノアの洪水の局地説を信じていても批判されるような問題ではありません。
キリスト者も相手が特に何も責めて来ないなら無神論の方や他の宗教の方を悪く言うような事はありません。
自分が充実していれば他の人を悪く言う必要はないからです。言論の自由はありますが、この掲示板の何人かの人は、私が以前から過度に神や聖書を茶化したり愚弄するような事は辞めるように指摘してきましたが依然として同じ投稿スタイルで書いておられます。
ハム太郎 さんの発言:仰天さんは、私の指摘したロスの局地的洪水説の問題に何も答えていません。私の指摘した問題には同意するということでしょうか?
反論できない仰天さんは何をするかというと、根拠のない個人攻撃と別のサイトの紹介です。つまり、自分の受け売りを否定されると、今度は別の受け売り。もしこれを否定すると、次は別のサイトの紹介でしょうか?永遠に続くゲームですね。答えていないのはハム太郎さんですね。具体的には長くなるとかで肝心の説明をしていません。
私が引用したヘブライ語やギリシャ語についての説明にも具体的に何が間違いなのかも全然説明さえしていません。
日本語でも、「世界」という意味は、宇宙全体、世界各国、ある特定の人の集まり等の意味で広く使われます。
例えば、音楽の世界とか様々です。
世の中、世という言葉も同様で広い意味から近辺の集まりも指すでしょう。創世記当時の「世界」はまだ、人類の居住地域も狭く、広がっておらずグローバルな視点もないですから限られていた範囲でしょう。
で、私は、ギリシャ語やヘブライ語の他の書籍も色々と読んできた中で、ヒュー・ロスさんのものも参照しながら紹介したわけですが、あなたは、ヒュー・ロスさんのヘブライ語はいい加減なものとしながら、私が具体的な説明を求めてもいっさいしていないではないですか。
ロスさんがヘブライ語の専門家ではなく、そのヘブライ語理解が間違っているというのなら具体的にどうぞ。
あなたはロスさんより知っている又は、ロスさんの間違いを指摘した専門家の意見を読んで詳しいのでしょう?なぜ解説をしないのです?それでは、ハム太郎さんの指摘自体が「いい加減なもの」という事になります。私はこう書きました。「根拠を再び貼りますので、その方も書いておられますように、何か間違いがあるならよく分析した後にまた指摘してみてください。」
しかし、あなたは案の定、分析もせずに適当に返事を返しました。
永遠に続くゲームなどではありません。
貼った『根拠』の論文の中に局地的洪水説の詳しい解説が書いてあります。
ハム太郎さんの指摘したロスの局地的洪水説の問題に同意していないからこそ、それを貼ったのです。
そこで解説してある内容にあなたが反論すればいいだけの話です。水の高さ以外で何一つあなたが反論できていないからこそいまだに続いているわけです。ハム太郎 さんの発言:つまり仰天さんは誰かと建設的な対話ができないわけです。ですから、まともな人は相手にしないわけですし、この掲示板でも隔離されているわけです。
あなたの考えるまともな人というのがあやふやですし、前回も指摘しましたが、ハム太郎さん自体が最初から人に食ってかかってきており、まともな会話もできない人物なのです。その点は、はあ?さんも同様でありとてもまともとは言えません。
類は友を呼ぶで普通ではない同士で庇い合いですか?
隔離されているのも管理人のおかしな点を指摘したり、管理人であるカレブさんの嫌う者が熱心な信仰者というのも原因でしょうから書き込みを制限されているからといって、まともではない事にはなりません。ハム太郎 さんの発言:さて、仰天さんの紹介した「根拠」というサイトを見てみました。思わず笑ってしまいました。そこには、
Konkyo.orgは信仰と科学の接点に関する記事の日本語訳を提供します。主にアメリカのカリフォルニア州を拠点とする"Reasons To Believe"(直訳は「信じる理由」ですが、「信仰の根拠」という日本語訳を使っています)の「Facts For Faith」(信仰のための事実)などの記事の翻訳を預かっています。
偉そうなことを言っているくせに仰天さんは「Reasons To Believe」がどんな団体か知らないのですね。これは仰天さんが受け売りをしているヒュー・ロスが1986年に創設した団体です。ロスはそこの会長(president)です。紹介されている論文もロスの言っていることと同じです。何も目新しさはありません。ロスとその仲間以外の論文を紹介ください。偉そうにしているのはあなたです。
そもそも、論文があるとは言っていませんしね。(どこかにあるかもしれませんが)
局地的なものと考えるクリスチャンは、この前も書いたようにカトリックにでも、プロテスタントの通称メインラインと呼ばれるリベラル派にでも聖公会その他でもおられます。
もちろん、カトリックでもプロテスタントでも保守的な見解の人は地球規模での洪水を信じている人もいますし、創世記のある部分は古代の神話と考える人もいて様々です。(これは、信仰で一致している点もあれば見解の異なる部分もあるわけで、全クリスチャンに聞いた統計があるわけではないので割合は分かりませんが、同じ教団でも意見はそれぞれでしょう。)
カトリックのバルバロ訳での注では局地的なものと見ていると前に書いています。カトリックにも局地的なものとする人々は存在し、プロテスタントもそうです。
まさか、ヒュー・ロスとその団体の者だけの見解だとでも考えているのでしょうか?それなら、あまりにもキリスト教界を知らな過ぎでしょう。
このように、キリスト教を批判する人やJWの人たちは、キリスト教の教派や教理をよく知らないでいて批判しているのです。ハム太郎 さんの発言:特に、「他の見解では水の高さは、約60から90mとはしていません。ペルシャ湾には流れ込まないという具体的な指摘もありますし」の部分の根拠を示してください。水位は何メートルと想定しているのかとても興味がありますので、誰がどのように言っているのか示してください。
これも、貼った根拠の論文でも水の高さは60mから90mとは書いていませんし、他の局地的説をとるクリスチャンも水の高さまでは特に定めてはいない事です。
ペルシャ湾に流れない説明はサイトを読んで分析していれば書いてある事です。
尋ねるという事は、よく分析してから指摘してみて下さいという私の投稿を理解していないという事です。
一部引用しますがサイトにある全文を読んで反論して下さい。
『幅300〜400km、長さ1000kmほどの極めて平らな平野であるメソポタミア平野の地形は、この解釈とよく調和します。また、ペルシャ湾は浅く、平均水深はたったの25mです。また、幅70kmの狭いホルムズ海峡では、最も深いところでも100mしかありません。ですから、氷河時代の場合、海水面の低下によって、それは殆どメソポタミア平野と陸地続きとなります。このような地形では、水深200m程度の洪水でもあまりにも広い地域を覆うことになるので、その中心の近くを漂っている船からは、どんなに晴れ上がった日でも、陸地を見ようとしても全く海しか見えません。ノアの立場から、「およそ天の下にある高い山はすべて覆われた」ことになったはずです。』中略
『これら二つのシナリオのどちらをも説明できるのは巨大な嵐だけで、神が設定した自然法則の範囲内で十分考えられることです。ただし、神が気圧配置をコントロールするために介入されたことが前提となります。自然のままでは、それが起こることはないはずです。このようなシナリオが可能であるのは、メソポタミア平野の西側に停滞している極めて強い低気圧に向かって南東から湿った空気が継続的に送り込まれる場合です。ペルジア湾に沿った強風によって引き起こされた巨大な高潮は、内陸まで流れ込むでしょう。分水界全体に降り続ける大雨と高い山の雪解けによる大量の水を合わせると、その広い平野全体が100メートル〜200メートルの深さに水没すると考えられます。平地の傾斜はあまりにもなだらかであるので、高潮を起こしていた強風が収まっても、水が海に流れ去るスピードは遅く、山から流れてくる洪水がしばらく続いたはずですから、嵐が収まっても、箱舟が数ヶ月も漂っていたことは十分考えられることです。』
ハム太郎 さんの発言:仰天さんは「局地的なノアの洪水が不可能なんて話は神を知らない者の言う事です。」と書いていますが、これも笑えます。
ロスに猛反対しているのは、聖書を文字通り信じている信仰心の篤いグループの人です。ロスの本の書評をみれば(英語なので仰天さんは知らないでしょうが)、猛烈に批判している人が何人もいますが、彼らは地球は6日でできたし、ノアの大洪水も全地球的なものと信じているのです。彼らからすればロスは、神の言葉を科学的な証拠に合わせようと聖書解釈を変える堕落したクリスチャンなのです。
つまり、ロスの様に聖書をなるべく科学と調和させながら信じる人(a progressive creationist)と科学など無関係に聖書に書かれたとおりに信じる人(a young Earth creationist)との対立なのです。聖書を信じているクリスチャン同志の争いの一つということです。
それで仰天さんは全地球的?それとも局地的?どっちなんですか?書き方が悪かったですね。
前回は特に局地的な洪水についての紹介でしたので、それを否定しているハム太郎さんに対しての神を知らない者の言う事ですという意味もありましたが、正確には、「地球規模の洪水も局地的な洪水も不可能という発言は神(の能力)を知らない者の発言です」
神に不可能はありません。
局地説に反対するのは文字通りに全地球規模の洪水を信じるクリスチャンだというのは容易に想像できる事です。信じていない人にとってノアの洪水の規模など関心のない事でしょう。文字通り信じていれば信仰心が篤いですか。
文字通り信じていれば原理主義者とかカルトと批判し、科学的な見地と聖書の分析から妥当な見解をとる者は妥協したクリスチャンと批判する
その単純な思考を問題にしているのです。私は、以前、ユーリさんと、ちょっと一言さんたちとのやり取りをした時に、神による創造は、進化を通してか、そうでないか分からないと書いたはずです。
同じように、ノアの大洪水に関しても地球規模か局地的なものか、或いは史実であった洪水を元にした教訓を与えるためのメッセージか、それぞれ可能性がありますので限定していません。
それでも、神が愛する御子を遣わされて人類を救うために来られたという確信は変わりません。キリストが贖いとなられた事、神である事を信じるなら、教団、教派を問わず救われる人は集められると思っています。
カトリックとプロテスタントは新共同訳に見られるように歩み寄りが見られますし、プロテスタント諸派も同じ主を礼拝する点で信仰は同じです。あなたは、どちらかに限定させてその説を叩きたいだけなのです。
なぜなら、あなたは地球規模の洪水も局地的な洪水も有り得ないと言っているからです。
そのようにして、信じている人を叩く動機は何でしょうか?
聖書を信じる人、特に創造論者に対する恨みが何かあるのでしょうか?(お答えください)その執着はとてもまともではないと思いますが?
特に問題のない教団、何かを信じている人を叩いたところで意味はありません。エホバの証人のような問題のある団体のおかしな点を指摘して警告を与える事は有効ですが、単に批判するだけで、あなたが人間的に成長しなければ何の益もないでしょう。
ヒュー・ロス博士はクリスチャンですが、ブリティッシュ・コロンビア大学で物理学を専攻し、トロント大学において天文学の博士号を取得した後に科学者として聖書の神がおられる事を本や講演で証しています。
ハム太郎さんより遥かに知的な人だと思いますが。確かに大昔の事を研究するわけですから研究者の推測も入る部分もあり、全てが正しい人というのはいないとは思いますが、例えば、ある神学書の翻訳や推薦をする人でも、「この著者の全ての説に同意するわけではないが、この本は非常に有益なものであるから日本に紹介することにした」というような場合もあるわけです。
ロスが書いたものだから信用できない、ロスの作った団体だから信用できないという単純なものではないのです。
ソロモンは晩年は神に背きましたが、それでも神に忠実だった時に書いたものは有益でしょう。ヒュー・ロス博士の見解が何ら目新しいものではないと言うなら、大抵の聖書批判は目新しいものはありません。
どなたか、この私の投稿を洪水トピックに貼ってもらえたら助かります。
#80 Re: 総合フォーラム » ノア洪水を示す証拠はありますか? » 2020年10月20日 07:58:18
ハム太郎 さんの発言:以後、仰天さんはロスの受け売りをしながら、局地説に疑問を呈した「はあ?」さんを口汚くののしるわけです。
何をおっしゃるのかと思ったら。
口汚く罵ってきたのはどう見てもあなたと、はあ?さんですね。
ほとんど過去にやり取りした覚えもないハム太郎という人が、いきなり人に噛み付いてきたという印象です。
では、はあ?と名乗る人の発言を見てみましょう。はあ? さんの発言:皆覆われたとあるじゃん
局地説をとる時点で、聖書否定と変わらんなあ
受け取り方次第でどうにでもなる話なら
信じるは妄信だあ
信じなさいでカルトだあ w
カルトっぽい遠吠え w
片腹痛いわ w
限定説と合わないない句が多すぎ
箱船の意味ないし、生物殺し好きかあどんだけ再洗脳されてんのか w
鳩から見た全地
爆 しょうもな 詭弁だらけやん
大洪水以前の全ての人間と家畜がメソポタミア近辺にしか存在しなかった怖いのう 怖いのう w
はたまた根拠のない
循環論法
怖いのう wこんどは 一人芝居ときたか
カルトよのう w鳩の視点 w
これが詭弁でなくてナンだいきなり、遠吠えだの片腹痛いわだの、カルトだのと言いがかりをつけています。その上、神に対して生物殺し好きか?と非難しています。
信じなさいでカルトだという事ですが、誰にも信じるように強要してはいません。それぞれが自分がベストだと思う道を悔いなく生きるように勧めています。
乾いた場所に逃げれば箱船の意味がないという意見は、地球規模の洪水を信じる人の間で言われる事ですから、そのような点を疑問に思われるのは理解できますが、私は途中で、ノアが長期間にわたり箱船を建造しているなら皆に対する警告となったでしょうと説明しています。(大量の雨の珍しい、もしくは降った事のない地域で船を造るなら、真剣なメッセージになったでしょうし、箱船に入る事で具体的に神を信じた事を示せたでしょう)
そして、その当時の「世界」というものが限られた地域であった事や、「覆われた」という原語の意味には色々な幅がある事等をヘブライ語とギリシャ語から説明しています。鳩の目線という箇所には喰いついてくるだろうと思っていましたが、案の定その箇所を注意深く分析しないでツッコミを入れて来られました。
創世記8:5では、
「水は第十の月までさらに減っていき、第十の月の一日に山々の頂が現れた。 」とあります。
ノアは鳩を放ちます。
8:9
「しかし鳩は、足を休める所を見つけることができなかったので、ノアのもと、箱舟へと帰って来た。水がまだ全地の面にあったからである。」
明らかに鳩にとっての「全地」に水があったわけですから鳩の目線であり、限られた範囲です。なぜなら、その前の5節で、既に乾いた山の頂が現れていたからです。その後、鳩はオリーブの葉を咥えて来ますが、全地球規模の大量の水が長期間覆っていた上に、濁流、大量の土砂の堆積層に木々がなぎ倒され押し潰されていたなら、オリーブは生き残っていないはずです。もちろん、地球規模の洪水でも神がオリーブを守られる事も可能ですが、地形を変えてしまうような激変を起こしながらオリーブだけ保護するという事があるかを考えると局地説も聖書記述から見ても有り得る事です。(その他、乾いた陸地が現れるや否やオリーブを生え出されたか)
大洪水以前の全ての人間と家畜がメソポタミア近辺にしか存在しなかった
怖いのう 怖いのう w
という発言ですが、聖書から大洪水前にメソポタミア近辺以外で広がっていた事を聖書から示すように求めましたが、これも返答なし。進化論を信じているとかで聖書否定をしたいのか分かりませんが、その場合、聖書否定になると批判していながら自分は聖書自体を否定しているのです。
つまり、文字通り信じていても攻撃し、局地説に立っても攻撃する批判だけの人なのです。(もちろん、言い過ぎましたと謝罪されるならいつでも和解しますが。)また、神の裁きですから生物殺し好きにはなりません。
局地的説をとるなら聖書否定だと批判して来られましたので局地的なものともとれるという解説をしているのに、カルトだ洗脳だなどとのレッテルを貼って来られましたから、それならカルトではないキリスト教の定義は何ですか?と数回尋ねたものの回答すらありませんでした。
カルトというものは、絶対的な指導者がおり、情報を制限してマインドコントロールを行なうものですが、通常のキリスト教会や他の伝統宗教は情報を制限せず、どのような情報でも自由に調べて、それぞれが自分で考えますのでカルトには当てはまりません。
その点で、はあ?さんはカルトの定義を間違えており、人の説明はよく調べず、問いにも答えず、全く対話になっておりません。ただ批判したいだけなのです。それこそ循環論法や詭弁です。
数千年前に書かれた書物のある特定の部分が受け取り方次第で色々な解釈になるのは当然で、様々な意見がある事こそが、カルトや妄信ではない事の証明です。
はっきり分かっている箇所とそうでない箇所もあるわけです。
同じものを見ても神を信じる人も無神論者もいるわけで、同じものを読んでも解釈の分かれる箇所もあるのです。それこそ自由意思です。
とはいえ、枝葉で見解が異なっても同じ主を信じるという点で同じクリスチャンなのです。
科学的知識があっても、情報に溢れていても進化論を信じない人もいます。
進化論を信じないだけではカルトではありません。何か信仰しているだけではカルトではもちろんありません。
とにかく、通常の対話というものは、自分はノアの洪水に関して疑問に思いますが、クリスチャンの人はどのよう考えていますか?とか普通に書けばいいのであり、いきなり現れて2ちゃんねるのような愚弄するような態度で浴びせ掛けて返答もしないというのならば、どちらが反論になっていないかは明白です。
そのような不誠実な態度で一方的にきたはあ?さんに対して説明を十分に行なってからの「議論にもならない」という私からの指摘なのです。実際に2ちゃんねる(現5ちゃん)並の投稿スタイルで話にならない人と共通しています。
はあ?さんの問題はさておき、
まず、ハム太郎さんが、ロスの本を理解していると言うのであれば、ロスさんのヘブライ語の解説がいい加減なものであるという事を詳しく説明してからにしましょう。ハム太郎 さんの発言:仰天さんのみっともない姿を見かねて、ハム太郎が#868で、ロスの本の問題点を指摘してあげたのです。これで仰天さんも少しはくだらない書き込みを控えてくれればよいのにという気持ちからです。
ところが、仰天さんは#1852でこう書いています。
局地的なものと考えるのは何もヒュー・ロスだけではありません。
他の見解では水の高さは、約60から90mとはしていません。ペルシャ湾には流れ込まないという具体的な指摘もありますし、ヘブライ語や他の聖書の箇所の解説も調和していると思います。
もちろん、神による介入があっての話の部分もありますが、局地的なノアの洪水が不可能なんて話は神を知らない者の言う事です。
まぁ、やたら挑発的であったりバカにした態度でなければ、ハム太郎さんが疑問に思われる事を書き込んでくださる事も大いに結構です。
根拠を再び貼りますので、その方も書いておられますように、何か間違いがあるならよく分析した後にまた指摘してみてください。
www.konkyo.org | 聖書から見たノアの大洪水 browse
http://www.konkyo.org/Nihongo/TheFloodO … OfTheBibleみっともない姿は最初からハム太郎さんです。またまたブーメラン。
パウロが革新的ではないという発言、人の話も聖書も理解できていない読解力のなさ、今回も全く反論にもなっていないのは明らかです。
まず、あなたは新世界訳の用語を用いており、元JWでないなら研究生か、家族に誰か信者がいたので調べただけなのか、どこで神学を学んだのか、誰の本の影響を受けているのか全く答えていません。反社会的なエホバの証人のような明らかに問題ありなカルトでない限りは特にどこの団体や個人が進化論を信じていなくても、創造論を信じていてもノアの洪水の局地説を信じていても批判されるような問題ではありません。
キリスト者も相手が特に何も責めて来ないなら無神論の方や他の宗教の方を悪く言うような事はありません。
自分が充実していれば他の人を悪く言う必要はないからです。言論の自由はありますが、この掲示板の何人かの人は、私が以前から過度に神や聖書を茶化したり愚弄するような事は辞めるように指摘してきましたが依然として同じ投稿スタイルで書いておられます。
ハム太郎 さんの発言:仰天さんは、私の指摘したロスの局地的洪水説の問題に何も答えていません。私の指摘した問題には同意するということでしょうか?
反論できない仰天さんは何をするかというと、根拠のない個人攻撃と別のサイトの紹介です。つまり、自分の受け売りを否定されると、今度は別の受け売り。もしこれを否定すると、次は別のサイトの紹介でしょうか?永遠に続くゲームですね。答えていないのはハム太郎さんですね。具体的には長くなるとかで肝心の説明をしていません。
私が引用したヘブライ語やギリシャ語についての説明にも具体的に何が間違いなのかも全然説明さえしていません。
日本語でも、「世界」という意味は、宇宙全体、世界各国、ある特定の人の集まり等の意味で広く使われます。
例えば、音楽の世界とか様々です。
世の中、世という言葉も同様で広い意味から近辺の集まりも指すでしょう。創世記当時の「世界」はまだ、人類の居住地域も狭く、広がっておらずグローバルな視点もないですから限られていた範囲でしょう。
で、私は、ギリシャ語やヘブライ語の他の書籍も色々と読んできた中で、ヒュー・ロスさんのものも参照しながら紹介したわけですが、あなたは、ヒュー・ロスさんのヘブライ語はいい加減なものとしながら、私が具体的な説明を求めてもいっさいしていないではないですか。
ロスさんがヘブライ語の専門家ではなく、そのヘブライ語理解が間違っているというのなら具体的にどうぞ。
あなたはロスさんより知っている又は、ロスさんの間違いを指摘した専門家の意見を読んで詳しいのでしょう?なぜ解説をしないのです?それでは、ハム太郎さんの指摘自体が「いい加減なもの」という事になります。私はこう書きました。「根拠を再び貼りますので、その方も書いておられますように、何か間違いがあるならよく分析した後にまた指摘してみてください。」
しかし、あなたは案の定、分析もせずに適当に返事を返しました。
永遠に続くゲームなどではありません。
貼った『根拠』の論文の中に局地的洪水説の詳しい解説が書いてあります。
ハム太郎さんの指摘したロスの局地的洪水説の問題に同意していないからこそ、それを貼ったのです。
そこで解説してある内容にあなたが反論すればいいだけの話です。水の高さ以外で何一つあなたが反論できていないからこそいまだに続いているわけです。ハム太郎 さんの発言:つまり仰天さんは誰かと建設的な対話ができないわけです。ですから、まともな人は相手にしないわけですし、この掲示板でも隔離されているわけです。
あなたの考えるまともな人というのがあやふやですし、前回も指摘しましたが、ハム太郎さん自体が最初から人に食ってかかってきており、まともな会話もできない人物なのです。その点は、はあ?さんも同様でありとてもまともとは言えません。
類は友を呼ぶで普通ではない同士で庇い合いですか?
隔離されているのも管理人のおかしな点を指摘したり、管理人であるカレブさんの嫌う者が熱心な信仰者というのも原因でしょうから書き込みを制限されているからといって、まともではない事にはなりません。ハム太郎 さんの発言:さて、仰天さんの紹介した「根拠」というサイトを見てみました。思わず笑ってしまいました。そこには、
Konkyo.orgは信仰と科学の接点に関する記事の日本語訳を提供します。主にアメリカのカリフォルニア州を拠点とする"Reasons To Believe"(直訳は「信じる理由」ですが、「信仰の根拠」という日本語訳を使っています)の「Facts For Faith」(信仰のための事実)などの記事の翻訳を預かっています。
偉そうなことを言っているくせに仰天さんは「Reasons To Believe」がどんな団体か知らないのですね。これは仰天さんが受け売りをしているヒュー・ロスが1986年に創設した団体です。ロスはそこの会長(president)です。紹介されている論文もロスの言っていることと同じです。何も目新しさはありません。ロスとその仲間以外の論文を紹介ください。偉そうにしているのはあなたです。
そもそも、論文があるとは言っていませんしね。(どこかにあるかもしれませんが)
局地的なものと考えるクリスチャンは、この前も書いたようにカトリックにでも、プロテスタントの通称メインラインと呼ばれるリベラル派にでも聖公会その他でもおられます。
もちろん、カトリックでもプロテスタントでも保守的な見解の人は地球規模での洪水を信じている人もいますし、創世記のある部分は古代の神話と考える人もいて様々です。(これは、信仰で一致している点もあれば見解の異なる部分もあるわけで、全クリスチャンに聞いた統計があるわけではないので割合は分かりませんが、同じ教団でも意見はそれぞれでしょう。)
カトリックのバルバロ訳での注では局地的なものと見ていると前に書いています。カトリックにも局地的なものとする人々は存在し、プロテスタントもそうです。
まさか、ヒュー・ロスとその団体の者だけの見解だとでも考えているのでしょうか?それなら、あまりにもキリスト教界を知らな過ぎでしょう。
このように、キリスト教を批判する人やJWの人たちは、キリスト教の教派や教理をよく知らないでいて批判しているのです。ハム太郎 さんの発言:特に、「他の見解では水の高さは、約60から90mとはしていません。ペルシャ湾には流れ込まないという具体的な指摘もありますし」の部分の根拠を示してください。水位は何メートルと想定しているのかとても興味がありますので、誰がどのように言っているのか示してください。
これも、貼った根拠の論文でも水の高さは60mから90mとは書いていませんし、他の局地的説をとるクリスチャンも水の高さまでは特に定めてはいない事です。
ペルシャ湾に流れない説明はサイトを読んで分析していれば書いてある事です。
尋ねるという事は、よく分析してから指摘してみて下さいという私の投稿を理解していないという事です。
一部引用しますがサイトにある全文を読んで反論して下さい。
『幅300〜400km、長さ1000kmほどの極めて平らな平野であるメソポタミア平野の地形は、この解釈とよく調和します。また、ペルシャ湾は浅く、平均水深はたったの25mです。また、幅70kmの狭いホルムズ海峡では、最も深いところでも100mしかありません。ですから、氷河時代の場合、海水面の低下によって、それは殆どメソポタミア平野と陸地続きとなります。このような地形では、水深200m程度の洪水でもあまりにも広い地域を覆うことになるので、その中心の近くを漂っている船からは、どんなに晴れ上がった日でも、陸地を見ようとしても全く海しか見えません。ノアの立場から、「およそ天の下にある高い山はすべて覆われた」ことになったはずです。』中略
『これら二つのシナリオのどちらをも説明できるのは巨大な嵐だけで、神が設定した自然法則の範囲内で十分考えられることです。ただし、神が気圧配置をコントロールするために介入されたことが前提となります。自然のままでは、それが起こることはないはずです。このようなシナリオが可能であるのは、メソポタミア平野の西側に停滞している極めて強い低気圧に向かって南東から湿った空気が継続的に送り込まれる場合です。ペルジア湾に沿った強風によって引き起こされた巨大な高潮は、内陸まで流れ込むでしょう。分水界全体に降り続ける大雨と高い山の雪解けによる大量の水を合わせると、その広い平野全体が100メートル〜200メートルの深さに水没すると考えられます。平地の傾斜はあまりにもなだらかであるので、高潮を起こしていた強風が収まっても、水が海に流れ去るスピードは遅く、山から流れてくる洪水がしばらく続いたはずですから、嵐が収まっても、箱舟が数ヶ月も漂っていたことは十分考えられることです。』
ハム太郎 さんの発言:仰天さんは「局地的なノアの洪水が不可能なんて話は神を知らない者の言う事です。」と書いていますが、これも笑えます。
ロスに猛反対しているのは、聖書を文字通り信じている信仰心の篤いグループの人です。ロスの本の書評をみれば(英語なので仰天さんは知らないでしょうが)、猛烈に批判している人が何人もいますが、彼らは地球は6日でできたし、ノアの大洪水も全地球的なものと信じているのです。彼らからすればロスは、神の言葉を科学的な証拠に合わせようと聖書解釈を変える堕落したクリスチャンなのです。
つまり、ロスの様に聖書をなるべく科学と調和させながら信じる人(a progressive creationist)と科学など無関係に聖書に書かれたとおりに信じる人(a young Earth creationist)との対立なのです。聖書を信じているクリスチャン同志の争いの一つということです。
それで仰天さんは全地球的?それとも局地的?どっちなんですか?書き方が悪かったですね。
前回は特に局地的な洪水についての紹介でしたので、それを否定しているハム太郎さんに対しての神を知らない者の言う事ですという意味もありましたが、正確には、「地球規模の洪水も局地的な洪水も不可能という発言は神(の能力)を知らない者の発言です」
神に不可能はありません。
局地説に反対するのは文字通りに全地球規模の洪水を信じるクリスチャンだというのは容易に想像できる事です。信じていない人にとってノアの洪水の規模など関心のない事でしょう。文字通り信じていれば信仰心が篤いですか。
文字通り信じていれば原理主義者とかカルトと批判し、科学的な見地と聖書の分析から妥当な見解をとる者は妥協したクリスチャンと批判する
その単純な思考を問題にしているのです。私は、以前、ユーリさんと、ちょっと一言さんたちとのやり取りをした時に、神による創造は、進化を通してか、そうでないか分からないと書いたはずです。
同じように、ノアの大洪水に関しても地球規模か局地的なものか、或いは史実であった洪水を元にした教訓を与えるためのメッセージか、それぞれ可能性がありますので限定していません。
それでも、神が愛する御子を遣わされて人類を救うために来られたという確信は変わりません。キリストが贖いとなられた事、神である事を信じるなら、教団、教派を問わず救われる人は集められると思っています。
カトリックとプロテスタントは新共同訳に見られるように歩み寄りが見られますし、プロテスタント諸派も同じ主を礼拝する点で信仰は同じです。あなたは、どちらかに限定させてその説を叩きたいだけなのです。
なぜなら、あなたは地球規模の洪水も局地的な洪水も有り得ないと言っているからです。
そのようにして、信じている人を叩く動機は何でしょうか?
聖書を信じる人、特に創造論者に対する恨みが何かあるのでしょうか?(お答えください)その執着はとてもまともではないと思いますが?
特に問題のない教団、何かを信じている人を叩いたところで意味はありません。エホバの証人のような問題のある団体のおかしな点を指摘して警告を与える事は有効ですが、単に批判するだけで、あなたが人間的に成長しなければ何の益もないでしょう。
ヒュー・ロス博士はクリスチャンですが、ブリティッシュ・コロンビア大学で物理学を専攻し、トロント大学において天文学の博士号を取得した後に科学者として聖書の神がおられる事を本や講演で証しています。
ハム太郎さんより遥かに知的な人だと思いますが。確かに大昔の事を研究するわけですから研究者の推測も入る部分もあり、全てが正しい人というのはいないとは思いますが、例えば、ある神学書の翻訳や推薦をする人でも、「この著者の全ての説に同意するわけではないが、この本は非常に有益なものであるから日本に紹介することにした」というような場合もあるわけです。
ロスが書いたものだから信用できない、ロスの作った団体だから信用できないという単純なものではないのです。
ソロモンは晩年は神に背きましたが、それでも神に忠実だった時に書いたものは有益でしょう。ヒュー・ロス博士の見解が何ら目新しいものではないと言うなら、大抵の聖書批判は目新しいものはありません。
どなたか、この私の投稿を洪水トピックに貼ってもらえたら助かります。
#81 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2020年10月20日 06:02:04
初めて投稿します。
母親が80年代から現役のエホバの証人で、
僕も若い頃に少しだけ聖書研究生をしていた時期があります。
韓国在住の者です。数か月前にこの掲示板を知り、興味深く読ませてもらっています。
韓国の元JWのサイトで、「良心の危機」日本語版全文が読め、保存もできるので、
参考になればと思いリンクを貼っておきます。
http://www.jw.or.kr/_Dn/
貴重な情報だと思いました…。
#82 Re: 総合フォーラム » 良心の危機を読んで » 2020年10月20日 05:58:56
#83 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月19日 16:23:03
#84 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月19日 16:18:44
ノアの洪水が局地的なものだったのか、
全地球的なものだったのか、論議が展開されている。
ここで、わたしの推論を述べてみたくなった。
個人的な推論だから、間違っているかもしれないが…。
さて、創世記1:9,10は以下のように記載されている。
-神は仰せられた。「天の下の水は一つのところに集まれ。
乾いた所が現れよ。」すると、そのようになった。
神は乾いたところを地と名づけ、
水の集まった所を海と名づけられた。神はそれを良しと見られた。
創世記10:25
-エベルには二人の息子が生まれ、一人の名はペレグであった。
その時代に地が分けられたからである。
彼の兄弟に名はヨクタンであった。
創世記11:1
-さて、全地は一つの話ことば、ひとつの共通のことばであった。
この創世記10章の記録は11章で言語が乱されたあとのことを
ことこまかく説明し、言語ごとに人々が地上に散らされた
ことを述べているように思われる。(5節、20節、31節,32節)
1:9,10を字句通り読もうとすると、
水が一か所に集められて、陸地が生じたということは、
陸地が現在のようにいくつもの大陸になっていないで、
一つの超大陸だったのかもしれない。
だとすると、洪水で水の覆われたのは
一つの大陸だけだったということになってしまう。
創世記7章の記録によると、
洪水をもたらした水は天から、空から降ってきた雨と、
地の深淵、要するに地下水が吹き出してきたことがわかる。
天地両方からの水で地上は水に覆われた。(7:11)
海は最初から水で満ちている。
だが、空から降ってくる雨で、海の水量は増えないだろうか。
地下水が大量に噴き出して、海の水が増えるようであれば、
一か所の陸地だった超大陸を水没させられるように思う。
また、11:1の「地」という語の使われ方を検討すると、
これは、陸地や大地ではなく「人々、人間」を指しているようだ。
当然だが、陸地や大地が言語を話すはずはないのだから。
もし、全地球に一つの大陸だけ存在していたとすれば、
そこで生存していた人間たちは、一つの言語だけ話していたし、
洪水で滅ぼされたのはこの人間たちだったということになる。
一つの大陸だけ水没なら、他の場所に移動できないので、
箱舟が必要になるのも当然だ。
この超大陸にだけ雨を降らせたということであれば、
洪水は局地的だったとも主張できるだろう。
箱舟で保護されることになった動物も
たしかに聖書を読む限り全種類と読めそうだが、
7:9では、
「雄と雌がつがいになって箱舟の中のノアのところにやって来た。
神がノアに命じられた通りであった」となっている。
これを読むと箱舟で保護する動物は自分のほうから来たことになる。
ノアが集めたのでも選別したわけでもない。
神の力が働いたのだろう。
神の力が働いたとすれば、神が集まるよう命じた
「動物のすべて」ということになるだろう。
それが、どの動物なのかわからないが、
神が生き残らせようとした「すべて」の動物ということになる。
わたしはこのように考えているのだが、
いかがなものだろうか…。
-新改訳2017から引用-
#85 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月17日 08:05:48
#86 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月14日 16:52:57
ガッツさんはガッツさんなりの神学を構築してほしいです。
アダムがエデンの園に置かれたとき王でした。
彼は神の禁令を破ったので、エデンから追放されたのです。
被造物の管理権も大きく傷ついてしまいました。
神は、キリストの贖いによって
人間に対して被造物の管理権を取り戻そうとされました。
黙示録の20章では人に対して祭司職が1000年間付与されています。
王としても支配することが記載されています。
22章になるとエデンの情景が描かれていて、
人々が王として支配することがも述べられています。
口語訳ではこの点がちょっとわかりにくいですね。
新改訳2017では「王」という語がはっきり記載されています。
22章では「祭司職」について何も触れていません。
たぶん、祭司としての役目は一時的であって、
しかるべき時に解任されるのだと思います。
ただし、被造物の管理人として王の職務はずっと続くのでしょう。
そうなってはじめて、アダムにあたえられた
人間としての当初の役割が達成されるのだと思います。
しかも、未来永劫にです…。
ここまでで、仰天さんも紹介されていた、
「舟の右側」という小冊子に連続で掲載されていた、
「被造物管理の神学」という記事は終了です。
ただ、目次に掲載されている二つの記事がありますので、
順を追って紹介しようと思っています…。
#87 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月14日 09:41:58
被造物管理の神学_013_最終回
現代のポストモダン社会には新しい福音理解が必要である
p50
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g8V0jOCbkqbQZwYiNw
p51
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g8VyBLrx90l_nZZDqQ
p52
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g8Vz70vpsHjpzS0CcQ
p53
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g8V2u70qcvU35N91fA
#88 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月12日 09:37:38
過去閲覧さんも書いておられたように第1コリント14章34節の
「女性は教会では黙っていなさい。女性には話すことが許されていないのです。
律法も言っているように、女性は従いなさい。」
という発言は、女性にも公の場所で預言することを許している
11:5と、一見矛盾するので、34〜35節はパウロの弟子が後に
挿入したものと考える学者もいるということが
『フランシスコ会訳』の解説にありました。そこでは、
この矛盾と思われる点の1つの解決として、
パウロは女性が霊感によって語ること、
つまり預言することは許したが、
あれこれ質問することは、信仰共同体を祈りの場ではなく
討議の場にしてしまうので禁じたと考えることもできよう。
とも述べています。
フランシスコ会訳分冊版の出典箇所です。
うまくスキャンできましたので、参考にどうぞ。
JWがこだわっている_現在はわかりませんが_
かぶりものの意義についても解説されていました…。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g84u90GPsg2DqmsCAw
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7g84tDwNYeENglH2DeQ
#89 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2020年10月11日 16:23:29
通りすがりさんが、正解があるのは
数学の問題だけだということを述べてくださいました。
実は、わたしも数学問題の解答の仕方から、
問題の答えの有無に気が付いたことがあったのです。
これは、もう10年近く前のことでしたが、
わたしとしては、しっくり納得していることです…。
それまで50年近く子ども時代から、
自分が障害者に生まれついたことや、
障害者が存在することについての明確な回答を
模索し続けてきました。
ここに、問題の答えは必ずあるはずだという
思い込みがあったのです。
それは、中学生のときで、
数学の教師が連立二元一次方程式の教科書に記載されている、
ある例題を黒板に書きながら説明されたことだったのです。
それは、何かと何かをいくつ買うことがことができるかという、
問題で、リンゴとミカンだったような気がしますが、
不思議なことに正確に計算ゆくと
マイナスの答えになってしまうのです。
マイナス何個のミカンやリンゴを買うことは
通常の生活ではありえないことですから、
「解なし」ということが正解になりました。
要するに「答えはない」というのが正解だったのです。
この不思議な授業風景は今でもはっきり思い出せます。
この例題は、いまから考えてみると世の中の物事には、
答えにないものもあるんだ、という教訓だったかもしれません。
そこで、気が付いたことは、
自分が長いこと正解を模索していた、
自分や他の人たちが障害者に生まれてきた理由など
なかったのかもしれないということでした。
ないもの、存在しないものを探していたのだろうって…。
そこで、キリストの言葉も思い出したのです。
-あなたがたに話すことはまだたくさんありますが、
今あなたがたはそれに耐えられません-(ヨハネ16:12_新改訳2017)
これは神の真理について言われたと思うのですが、
他の物事の真実に当てはめてもいいように思えました。
偉大な創造者の観点からすると、
障害者が生まれ出ることの深い倫理的な理由があるだろうと思うし、
悪というものが存在を許されている相応の倫理的な理由もあるでしょう。
でも、その真実を知ることはわたしたち弱小な人間の限界を
はるかに凌駕していて、心が裂けて破壊されるような、
ことがらなのかもしれないと考えるようになったのです。
だから、その答えは知らされていないのだろうし、
知らないでいたほうが有益なのだろうと思いました…。
これらのことに気が付いてから、
心が洗われたようにすっきりしました。
今の自分はこの考えで非常に満足しています…。
てつてつさんが、紹介されていた、
医学的な事情については、今後考えを公表するつもりです。
#90 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月11日 15:27:40
女性の立場について、もう一つよく問題にされる聖書箇所がありました。
テモテへの手紙一/ 02章 12節
女が教えたり、男の上に立ったりするのを、私は許しません。むしろ、静かにしているべきです。次からは注解書からの引用です。
「 2:12 中にはこの節を、女性は集合した教会で決して教えるべきではないことを意味すると解釈する人たちもいる。けれども、パウロは女性たちが教えることを禁じていなかったことを、注解者たちは指摘する。パウロの推薦する同労者プリスキラはアポロに教えた(使徒18:24-26)。パウロは、教会で責任ある地位にあるその他の女性のことを頻繁に話に出した。
フィベは教会で働いていた(ローマ16:1)。マリヤ、ツルパナ/トリファイナ、ツルポサ/トリフォサ、ペルシスは、主にあって労苦し(ローマ16:6、12)、ユウオデヤ/エボディアとスントケ/シンティケもそうであった(ピリピ4:2)。
パウロはおそらくすべての女性ではなく、エペソの女性たちが教えることを禁止していたのだろう(2:9-15の注を参照)。エペソの女性たちにはまだ十分な知識や経験がなかったので、パウロは彼女たちが教えることを望まなかった。エペソ教会には、にせ教師たちに関する特有の問題があった。女性たちが特に誤った教えの影響を受けやすかったことは明白だった( II テモテ3:1-9)。なぜなら彼女たちは、真理を見分けるのに十分な知識をまだ持っていなかったからである。
そのうえ、一部の女性は、どうやら不適当な衣服を着て、新発見のクリスチャンの自由をひけらかしていたようである(2:9)。
信仰においてまだ成熟していない人は誰でも(この場合女性)、指導者の地位に置かないよう、パウロはテモテに命じた(3:6、5:22)。同じ原理が今日の教会に当てはまる(3:6の注を参照)。2:13、14 以前の手紙で、パウロは結婚関係における男女の役割を論じていた(エペソ5:21-33、コロサイ3:18、19)。ここでは、教会内における男性と女性の役割について話している。一部の学者は、アダムとエバについてのこれらの説を、エペソ教会で起こっていたことの例証と見なしている。
エバがエデンの園で惑わされたように、教会の女性たちはにせ教師たちに惑わされていた。そしてアダムが神に造られた最初の人であったように、エペソの教会の男性たちは、より多くの訓練を受けていたので、まず男性が話して教えるべきだった。
そのためこの見解は、ここでのパウロの教えは万人に通じるものではなく、よく似た問題を持つ教会に当てはまると強調する。
けれども、他の学者は、パウロが指摘する役割は、神が創造した秩序のための神の計画であると強く主張する。すなわち神は、家族と教会の双方において調和を維持するためにこれらの役割を確立したということである。2:9-15 これらの節を理解するために、パウロとテモテが働いていた状況を理解しなければならない。1世紀のユダヤ文化において、女性は学ぶことが許されていなかった。女性は「静かにして、よく従う心をもって教えを受ける」べきであるとパウロが述べたとき、彼は彼女たちに、神のことばの教えを受ける驚くべき新しい機会を提供していた。静かにしてよく従う心をもって耳を教えを受けるべきであるとは、(全くの沈黙ではない)
静かさと平静の態度のことを言っていた。さらに加えて、女性が公に祈りや預言をしていたことを、パウロ自身が承認している( I コリント11:5)。けれども、どうやらエペソ教会の女性たちは、新たに獲得したクリスチャンの自由を濫用していたらしい。この女性たちは回心したばかりだったので、すでに広範囲な聖書の教育を受けている人たちに教えるために必要な経験も、知識も、クリスチャンの成熟もまだなかったのである。」
ディボーショナル聖書注解 P1400、1401
聖書を読む時には、その文章がどのような状況で、なんのために、誰に対して書かれたかを考慮しなければいけません。
もちろん、はっきりしている聖書箇所と意見の分かれる箇所がありますから、それぞれが神との関係の中で祈りのうちに熟考して結論を出すしかないでしょう。
私の近所には3人の女性の牧師さんがおられて、教会も大いに祝福されている様子を見るときに、確かにそれらの女性たちが神に用いられているようにも感じます。
神様の言葉を伝えるのに男も女も関係ないという見方もあります。
それぞれの考えがありますので各人で判断する事でしょう。
さて、物事を学ぶ時には、どの分野でも辞典や解説書を読みます。
聖書を学ぶにも独学では限界がありますが、最低限、聖書辞典と注解書、語句索引(コンコーダンス)は持っていたほうがよいと思います。
さらに深く学びたい方は、ヘブライ語やギリシャ語辞典から原語の意味を調べたり、語学の賜物のある人はそれを活かした道もあるでしょう。
注解書も各巻を詳細に扱ったものを全巻揃えますと費用がかかりますが、一冊で聖書全巻を解説したものならそんなにかかりません。
聖書を学びたい人だけでなく批判する人でも、最低でも辞典や注解書も見るべきではないでしょうか。
コンパクトなものも色々と出ています。
#91 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月11日 15:24:29
この解説はフランシスコ会訳の分冊版に記載されていて、
合本のほうには解説されていませんでした。
興味深い情報をありがとうございます。
過去閲覧さんも書いておられたように第1コリント14章34節の
「女性は教会では黙っていなさい。女性には話すことが許されていないのです。
律法も言っているように、女性は従いなさい。」という発言は、女性にも公の場所で預言することを許している11:5と、
一見矛盾するので、34〜35節はパウロの弟子が後に挿入したものと考える学者もいるということが
『フランシスコ会訳』の解説にありました。そこでは、
この矛盾と思われる点の1つの解決として、
パウロは女性が霊感によって語ること、つまり預言することは許したが、
あれこれ質問することは、信仰共同体を祈りの場ではなく討議の場にしてしまうので
禁じたと考えることもできよう。
とも述べています。
#92 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月11日 08:12:14
#93 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月10日 16:19:17
男がヒエラルキーの長であるという主張ではないという説明はこれに出ています。
https://jp.bloguru.com/horizonjapanese/ … eart/reply人間にとっては神は支配者であり、主人ですが、
キリストは父なる神に支配される関係ではないですから、
キリストの頭は神という表現は「存在の源泉」の意味で
使われているとの説明はここにもあります。
http://www.yokohamashiloh.or.jp/reihai/ … 0923mf.htmなんだ、牧師の説じゃないかと言われるかもしれませんが、
聖書辞典にも出ています。ここでは、「起源」だと解説しています。また、女は黙っていなさいという発言は、
「礼拝中に異言の解き明かしや預言の意味を質問したり,
礼拝を妨げる私語を禁じている」という説明です。
https://www.wordoflife.jp/bible-1039/参考として、この人は「頭」の意味を「起源、源」の意味もあるとしながらも、
「首長」の意味だと解釈しています。
しかし当然ながら、キリストが父なる神より劣るとは述べていません。
https://hamaderabible.org/Sermon/2020/20200719.pdf私が以前から言ってきた事は、どんな人物が書いたものでも、
私が紹介したものでも鵜呑みにしないように自分で調べてみて下さいという事でした。私は参考の為にいろんなものを紹介していますが、解釈の分かれる箇所もあるわけです。
注解書も多く出ているわけですから間違いのない絶対的な統治体のような
(実際は間違いだらけですが)指導者は存在しないのですから、
1つの参考程度にしてもらえたらと思っています。
最後の6行はこのトピックのポリシーでもあります。
思い出させてくれて、ありがとうございます。
#94 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月10日 10:34:38
ところで、ラハムさん、何冊くらい聖書をお持ちですか?
一番心に来る訳はどの本ですか?
現在蔵書している聖書です。
ほかにもばらばらで蔵書もしているので何冊かわかりません。
翻訳数で管理しています。
研究生時代から読んでいた文語訳が心に染み入ります。
いまでも、聖句をそらで口から出てきますね…。
名訳だと思っています…。
日本語版新・旧訳聖書一覧表
01_文語訳
02_新改訳 2017_第四版,2003_第三版,1978_第二版
03_回復訳 2015
04_新世界訳 1982,1985,2019
05_バルバロ訳 1980 外典付き
06_口語訳・1955改訳
07_聖書 聖書協会共同訳 2018 外典付き
08_リビングバイブル 2015
09_新共同訳 1987 外典付き
10_フランシスコ会訳 2013 外典付き
11_創造主訳聖書 2013
12_聖書_前田護郎責任編集
13_関根正雄訳1997_旧約全巻
14_岩波新・旧約聖書翻訳委員会版・分冊全巻(2020/07/27収集完了)
15_70人訳ギリシア語聖書・
モーセ五書(合本版・分冊版)/ イザヤ書/エレミア書/ダニエル書・秦剛平訳
16_聖書・現代訳
日本語版・新約聖書
21_田川訳・全巻(2020/10/2収集完了)
22_TR日本語訳(PDF)
23_ギリシャ語直訳新約聖書(PDF)
24_クリスチャンギリシャ語聖書新世界訳 1973
25_新約聖書・新和訳(池田博訳)
26_小河陽訳(ヨハネの黙示録)
27_塚本虎二訳(新約聖書・福音書、使徒のはたらき)
28_詳訳聖書・新約
29_新契約聖書(永井直治訳)
30_新約聖書・エマオ出版訳 第四版(翻訳責任者・山岸登)
#95 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月10日 10:12:08
コリント1 11章11-12って何か"源"っぽく読める気がします。
アノニマスさんのお役に立ててよかったです。
わたしも8節も含めて、アノニマスさんの言うとおりだと思います。
てつてつさんの調査資料も大いに参考になります。
何が正しく、間違っているのかは相当調査が必要だと思います。
皆さんの協力で、妥当な結論に至りたいですね…。
仰天さん>女は男から出ており、男も女から生まれとあり、
12節では、全ては神から出た(または発した)とあります。
というわけで、すべての男の頭はキリストであり、女の頭は男であり、
キリストの頭は神であるというのは順序を示しているに過ぎず
sourceの意味であろうという見解が存在するという事です。
文脈から「源」ととるのは有り得ないとは言えないでしょう。
源と訳すべきだとは言っていないし、
そのような翻訳があるとも一言も書いていないのだがティンデル 1コリ 181ページ
この「みなもと」の意味こそ、この箇所で求められている意味のように見受けられる
(ビデイル、パレット、ブルースその他は、そう取っている。
H・シュリーヤは、「もしkephaléにもっと深い人間関係の意味合いがなかったら、
パウロがarchéのほうを用いることも、あり得たであろう」と言っている)。
パウロが言わんとしているのは、女はその存在の起源を、男から得ている、ということである。
それは男がキリストから、キリストが神から存在の起源を得ているのと、
同じことだと言うのである。しかし、もちろん上記の言葉を無理にこじつけてはならない自分もティンデルの注解みるかぎり上記の仰天さんのいっていることが正しいように思います
自分は ここの かしら は権威またはヒエラルキーの話かと思ってましたので勉強になりました
#96 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月10日 09:45:27
コリント第一11:3についてです。
こので通常訳されている「頭」という語が
「源」と訳している日本語訳が存在するのか調査してみました。
おおかたの聖書は「頭」とか「かしら」と訳されていて、
「源」としているものは一つもありませんでした。
ただ、リビングバイブルでは、
「妻は夫に責任があり」と訳出しています。
また、現代訳と創造主聖書は、
「秩序において、女は男に従属し」となっていました。
バルバロ訳は4節に注が付いており、
「かしらの意味にも、頭の意味にもとれる」となっています。
新約聖書ギリシャ語辞典・キリスト新聞社版では、
「頭」(あたま)、「頭」(かしら)、the head…、のようになっています。
「源」という解説は記載されていないようです。
#97 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月10日 06:19:11
仰天さん、推薦の図書です。
『創世記の謎を解く』ヒュー・ロス著
を読むなら従来の創造論とも、有神的進化論とも異なる見解を知ることができるでしょう。
著者は科学者で、ノアの洪水は大洪水ではあったものの地球規模の洪水ではなく、一年程度の洪水なら痕跡も残らない事、地球規模の洪水なら箱船が鉄板でも耐えられない事、人間が当時住んでいた地域は限られており、罪の影響も人間が住んでいない所には及ばなかったという事、
地球の水の量は地球規模の洪水ではなく地域規模の洪水を裏づける。
水の量は豊富であるが、地球全体を覆うほどではない。
箱船には多くても3万種しか乗せられず、現在の地球に存在する100万以上の陸上動物の種が数千年で3万種から進化したとは考えられない。といった事のほかに合わせて17の理由、分析を載せています。
全地球的な大洪水を信じてきたクリスチャンには抵抗があるかもしれないですが、聖書記述と科学的根拠により具体的な説明がされています。
これが本当なら氷床コアに痕跡がないから聖書は全て嘘だという主張は成り立たなくなります。
創造科学はちょっと…という人や進化論に抵抗のあるクリスチャンにも参考になると思います。
色々な説を読んでみるのもいいと思います。
#98 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月10日 06:16:31
仰天さんの反論です。とても参考になりました。
ありがとうございます。
ハム太郎 さんの発言:相変わらず仰天さんは読解力のない人ですね。私の書いたことをちゃんと理解していません。
まず、ハム太郎という影の薄い人物と深く語った事もないし、どこかであなたが何か為になる文章を書いていたという記憶すらありません。
読解力がないのはブーメランでしょう。仰天 さんの発言:ハム太郎さんの言うように単に「頭」や「主要な」という意味だけではありません。
ハム太郎 さんの発言:私はそんなことを言っていません。「「源」という意味で使うことはまずありません。」と言っただけです。新約聖書では75回登場しますが、「源」という意味で何回使われているのですか?一度もないと思います。なおギリシャ語の話なのでブライ語は関係ありません。
英語も同じである、とわざわざ語学力のない仰天さんのために説明してあげたのに無駄でしたね。英語のheadも「源」という意味があるけれど滅多に使われることはないように、ギリシャ語のkephaléも「源」という意味があるけれど、滅多に使われることがないということです。その割には、頭と訳されるギリシャ語ケファレーが源という意味で使われる事はないと言いながらも英語の例を出して頭が源を指す例をご自分で挙げておられましたし、文字通りの「頭」と「主要な」という二つの例しか挙げておられませんでした。
源という意味で聖書筆者の誰がギリシャ語の「ケファレー」(頭)という語を用いたかは、筆者自体が生きていない以上確かめようもない事です。
しかし、私やてつてつさんが挙げたように言語というものは同じ語でも何種類かの意味で用いられます。ハム太郎 さんの発言:「頭」と訳されているギリシャ語はkephaléですが、「源」という意味で使うことはまずありません。
ハム太郎 さんの発言:英語のheadも「源」という意味があるけれど滅多に使われることはないように、ギリシャ語のkephaléも「源」という意味があるけれど、滅多に使われることがないということです。
源という意味はあるけど使われる事はないですか。
日本語の例で言っても先端の事を頭と言ったり、その月のはじめのほうを「月頭」と言ったりします。
ヘブライ語は関係ないとは、パウロはユダヤ人であり旧約が関係ないはずはないでしょう。
ヘブライ語が関係ないなら英語は余計に関係ありません。
ヘブライ語でも日本語同様に、新年をローシュ・ハシャナ、新しい月をローシュ・ホデシュと言って用いています。「ローシュ」が「頭」です。
前回ヘブライ語で「頭」は首長とかてっぺんとか様々な意味がある事を示しました。ギリシャ語も同じではないでしょうか。ハム太郎 さんの発言:さて問題のコリント一11:3ですが、なぜそこだけが「源」になるのでしょうか?根拠が示されていない以上、主要な意味である「頭」と解すべき、という当たり前のことを言っているだけです。当然聖書の翻訳もそうなっています。
すべての男の頭はキリストであり、女の頭は男であり、キリストの頭は神であるということです。(協会共同訳)
すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神である。(口語訳)
すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神です。(新改訳2017)
the head of every man is Christ, and the head of the woman is man, and the head of Christ is God.(NIV)
Christ is the head of every man, and the man is the head of a woman, and God is the head of Christ.(NASB)
the head of every man is Christ, the head of woman is man, and the head of Christ is God.(NKJV)
「源」としている翻訳はあるのですか?本当は「源」という意味ならなぜそう訳さないのでしょうか?何もその箇所を源と訳すべきだとは一言も言っていませんが?
頭という語をみなもと、起源ととる見解もあるという話です。
根拠となるのは、既に指摘したように、辞典や注解書、また聖書学者の解説で見た事があるからですが、あなたはそれらの世界的に有名な学者よりもギリシャ語や聖書について理解しているという事ですか?
どこで神学を学ばれたのでしょうか?
神学を学んだ割には、ヘブライ語は関係ないとか支離滅裂で、単に英語が多少できるというだけで頭がいいと勘違いしている人のように見えます。
私も専門家ではないですが、JWでも英語ができると得意になっている者もいましたが、肝心な日本語の読みを間違えたり、ヘブライ語やギリシャ語もほとんど無知なのに何か聖書に詳しいつもりになっている者もいましたが、あなたはそのような人と同じように思います。(もちろん英語も他の言語も理解力のある人もおられるでしょうが)仰天 さんの発言:パウロはどういう意味で使ったでしょうか。文脈を見ると、女は男から出て、男はキリストから出、キリストは父なる神から出ていると説明しています。
人間は全て神を根源としているという事です。ハム太郎 さんの発言:文脈に注目して意味を理解しようとするのはよいことですが、文脈を取り違えています。
コリント一11:2-16がpericopeで、そこでの論点は、礼拝のとき頭を覆うべきかどうかということです。それに関連して髪の毛の話も出てきます。パウロの結論は、男性は覆うべきではない、女性は覆うべきなのですが、その根拠をあれこれ言っているのですが、結局うまく根拠づけられずに終わっているという部分なのです。
そのため、パウロは11:13で「皆さん自身で判断してください。」といっています。しかも11:14では「私たちの自然な感覚によれば,男性にとって髪を長くするのは恥ではないでしょうか。」といっています。うまく根拠を示すことができなかったので、「自然な感覚」という訳の分からないものを持ち出して、何とか正当化しようとしているわけです。
要するに、この部分は文字通りの「頭」について論じられており、文脈から言って、同じ単語を11:3だけ「源」と訳すことは、あり得ないということです。これもまた酷い。まともな聖書学者の注解書ならパウロがうまく根拠づけられず自分を正当化しているとは書いていませんが、あなたは誰の書籍や注解書を読んでいるのでしょうか?(根拠を示して下さい)
コリントの信徒への手紙一/ 11章 3〜16節
「しかし、あなたがたに知っておいてほしいのは、すべての男の頭はキリストであり、女の頭は男であり、キリストの頭は神であるということです。男は誰でも、祈りや預言をするとき、頭にかぶり物を着けるなら、自分の頭を辱めることになります。
女は誰でも、祈りや預言をするとき、頭にかぶり物を着けないなら、自分の頭を辱めることになります。それは、髪の毛をそっているのと同じだからです。
女がかぶり物を着けないのなら、髪を切ってしまいなさい。女にとって髪を切ったり、そったりするのが恥ずかしいことなら、かぶり物を着けなさい。男は神のかたちであり栄光を映す者ですから、頭にかぶり物を着けるべきではありません。女は男の栄光を映す者です。
なぜなら、男が女から出たのではなく、女が男から出たのであり、 男が女のために造られたのではなく、女が男のために造られたのだからです。
ですから、女は天使たちのために、頭に権威の印を付けるべきです。いずれにせよ、主にあっては、男なしに女はなく、女なしに男はありません。 女が男から出たように、男も女から生まれたからです。そして、すべてのものは神から出たのです。
女がかぶり物を着けずに神に祈るのがふさわしいことかどうか、自分で判断しなさい。
自然そのものがあなたがたに教えていないでしょうか。男は長い髪が恥であるのに対し、 女は長い髪が誉れなのです。長い髪は、覆いの代わりに女に与えられているからです。この点について異論を唱えたい人がいるとしても、そのような習慣は、私たちにも神の諸教会にもありません。 」
女は男から出ており、男も女から生まれとあり、12節では、全ては神から出た(または発した)
とあります。
というわけで、すべての男の頭はキリストであり、女の頭は男であり、キリストの頭は神であるというのは順序を示しているに過ぎずsourceの意味であろうという見解が存在するという事です。文脈から「源」ととるのは有り得ないとは言えないでしょう。
源と訳すべきだとは言っていないし、そのような翻訳があるとも一言も書いていないのだが、文章読解能力のないあなたはなぜかムキになっておられるのです。ハム太郎 さんの発言:パウロはどのような人でしょうか?社会の在り方について革新的な思想の持主でしょうか?そうではなく、パウロは保守的な道徳観の持ち主で、現状維持的な人です。奴隷制にも批判的ではありません。現状維持です。コリント一7:20,21で「招かれた時にどんな状態だったとしても,各自そのままでいてください。あなたは招かれた時,奴隷でしたか。そのことで悩む必要はありません。ですが,自由になれるなら,その機会を捉えるとよいでしょう。」と言っています。パウロの女性観も当時の普通の女性観と大きく違うものであると考える根拠はありません。
教会の牧師がパウロは男女差別的ではないと護教的な主張するのはよくわかります。そうしないと信者の維持や獲得に悪影響が出るからです。社会の変化に適応しないと宗教も生き残れないわけです。信者の献金で生きているわけですから。
そういう特殊な立場の牧師の聖書の解説など真に受けるとろくなことありません。。仰天さんのようにどこかの牧師の受け売りをするなんて恥ずかしいですね。パウロが保守的で革新的ではないとの決めつけもまた根拠のない偏見に過ぎません。
ウィリアム・バークレー聖書注解コリントのP125から見ると、「不幸なことに、ユダヤの律法では、女は単なる物にすぎず、夫の財産の一部であって、その処分については夫が絶対権をにぎっていた。たとえば、ユダヤの会堂では、女たちは礼拝に列席することが許されず、男たちから完全に切り離された回廊、その他の場所に集まるほかなかった。ユダヤ人の律法と慣習からすれば、いかなる意味においても、女が男との同権を主張するなどということは、およそ考えられないことだったのである。」とあります。
エジプトやどこかの国では男女平等だったと何かで読みましたがユダヤ社会では明らかに男尊女卑の男中心の社会であり、もちろんパウロも当時のその考えに影響を受けていたので、そうした時代背景の中でのパウロの発言であり現代には当てはまらないという見解もされてきました。
聖書が神の言葉とはいえ、聖書の中には悪魔の言葉もあれば神に不忠実な者の言葉、神に用いられた人でもその人の個人的な考え等も含まれますから。
パウロも、「これは主ではなく私が言うのですが」と自分の考えを述べている箇所もあります。
胃のために水ではなくぶどう酒を飲みなさいという発言も現代では当てはまりません。背景を考えるべきなのです。そのような男社会でパウロは、ヴェールをかぶるという習慣を守りながらとはいえ、女性が教会の中で祈ったり預言したりする事を認めています。
さらに、二人は一体であり、自分の体のように妻を愛するように述べています。
十分に革新的ではないでしょうか。
聖書と全く反対の事を述べて、「パウロの女性観も当時の普通の女性観と大きく違うものであると考える根拠はありません。」と断言する根拠は何ですか?
奴隷についても捕虜としての奴隷や破産しての奴隷のような奴隷制だけでなく、聖書の中では従業員のような家族のような奴隷の場合もあり、黒人奴隷のような否定的な発想しかないのは明らかに偏った考えを示しています。
献金が欲しくて教えを変えているというのも間違った見解です。
聖書の述べる救いに男女は関係ないからです。
あなたはほとんど神学を学んだ事もないのではないですか?
誰の本を元に得た知識でしょうか?ただの独断と偏見によるあなたの考えでしょうか?
特殊な牧師の受け売りなどではなく聖書を注意深く読めば分かる問題です。
キリストの頭は神という表現は神性が劣るわけではない事、男性が女性の頭という表現も人間としての性質が劣るわけではないという事はキリスト教では常識だと思いますが、あなたはキリストが低い神だと言うのですか?
それなら多神教でしょう。
世界的に有名な聖書学者よりもあなたは詳しいわけですか?
ハム太郎さんこそ誰かの受け売りにしか思えませんね。ハム太郎 さんの発言:また仰天さんは次のように書いています。
JW的な男尊女卑的な歪んだ頭の権に対する見解や、キリストが被造物であるというJWの洗脳の影響がまだあるのではないですか?
私はJWであったことはありません。それなのにこのような決めつけをするなんて、思い込みの激しい、読解力のない人ですね。この掲示板のまともな人で仰天さんと関わろうとしない人がいるのも理解できます。JWでなかった割には、「主要な隅石」という翻訳とすら言えない新世界訳の用語を用いているようですが?
研究生止まりですか、それとも誰かさんのように家族がJWだったので調べたという人ですか?あなたの理解は到底まともな理解とは言えません。
あなたはそもそもクリスチャンですか?
クリスチャンなら教団、教派の違いはあっても共通の信仰の点が多いので温かいものを感じるはずですが、最初から人に食ってかかってきましたね。
本来ならあなたのような無礼な人間は相手にしたくないのですが、あまりのあなたのおかしな主張のゆえに、また、他の方への回答の意味で書いたわけです。
もちろん、異議を唱える人であったとしても隣人ですのでなるべく穏やかに前回は返しましたが、残念ながら、あなたの場合は信仰者に対する偏見しか感じません。
全体的に見て、ハム太郎さんは人の投稿の読解能力だけでなく聖書の読解力もなく、幅広い聖書解釈の理解もない偏った考えしか持っていないと言えるでしょう。I コリント11:16
「この点について異論を唱えたい人がいるとしても、そのような習慣は、私たちにも神の諸教会にもありません。 」パウロはこの箇所で異議を唱えるのを禁止しているのではなく、議論のための議論をする人を非難しているとの解説がバークレーの注解書にありました。
意見の相違が出ても、教会にはことさら論争を好む人のいる場所はないという事です。主義を主張すべき時もありますがけんか腰での議論は避けるべきであり、意見を異にしながらでも平和を保つようにとありました。
私は基本的には誠実な問いには信仰を持っていない人の問いにも真面目に答えてきましたし、失礼なものにもなるべく優しく返すのが理想だとは思いますが、ハム太郎さんの場合は度が過ぎますので理解してもらうために敢えて強めに返しました。(悪しからず)
#100 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・聖書を理解するための助けとヒント…。 » 2020年10月09日 17:55:18
彼は、シドニー大学、オーストラリア神学校、ロンドン大学に学び、
ケンブリッジ大学より博士号を取得しティンダル研究所所長を務めていました。
1964年以降は、オーストラリアのリドリー・カレッジの学長になり、
アメリカのフラー神学校、ゴードン・コンウェル神学校、ウェストミンスター神学校などで
客員教授を務めました。てつてつさんの紹介して下さった
第一コリントのティンデル聖書注解はレオン・モリスが書いています。彼の出している『聖霊論』(いのちのことば社)という本があります。目次は
第一章 聖霊による誕生
第二章 主の御霊
第三章 人格か、物か
第四章 神の御霊
第五章 教会にいます御霊
第六章 信者の生活における御霊
第七章 御霊の実
第八章 御霊の満たし
第九章 結語となっています。
一冊そのままが聖霊についてのもので、
聖霊が単なる活動力やエネルギーではなく神であられる事が書いてあります。
ものみの塔協会は、キリストと聖霊の神性を貶めています。この『聖霊論』は、ものみの塔の間違った聖霊解釈の本を読むよりはるかに有益です。
わたしは教会の書庫にあったこれを読破しています。
もう一度読んでみたくて購入しようと思ったのですが、
中古でも高いので諦めました…。
