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#776 Re: 親睦・相談 » エホバの証人と学校における問題~現職教師の報告から~ » 2016年07月11日 09:52:50

KAOさん

お忙しい毎日でしょう。
どうか御自分の健康にもお気をつけて、陰ながら応援しております。

#777 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2016年07月04日 12:11:14

ラハムさん

お返事ありがとうございます。
アヤメの花言葉「よい便り」は、ギリシャ神話に由来しているようです。
ですから、JW的には「聖書的ではない」かもしれません。
でも、私はキリスト教の「福音」の意味も重ねて使っています。

花言葉の由来は様々なようですよ。
アヤメにも、他にいくつかの花言葉があります。

#778 Re: 親睦・相談 » エホバの証人と学校における問題~現職教師の報告から~ » 2016年07月04日 11:07:08

KAOさん
ご丁寧に返信ありがとうございます。

学校で親子喧嘩させますか。私も、おそらく1000時間奉仕者さんも、
それは担任教諭の本分を越えた「お節介」ではないですか、と申し上げているのですが。

多くの2世の方が、自分の本当の気持ちを聞いてくれる大人に恵まれず、
子ども時代だけでなく成人してからも苦しんでおられることは事実です。
その点、このお子さんは喜んで聞いてくださる先生に恵まれています。
それで十分ですよ。

ハロウィンなど、学級活動というものは全員参加が原則ではないのですか。
本人がエホバの証人であることを理由に参加を拒否するというのであれば、
家庭の事情を考慮して不参加を容認するというのが、理解ある担任の対応でしょう。
今回は本人が参加を希望しているわけですから、本人に任せるべきです。

親御さんには「不参加も容認するが、参加が原則である」と伝えれば十分でしょう。
親を説得するかどうかは、本人の自由だと思います。「親を説得して参加」
「親に言わずに参加」「親の説得に負けて不参加」・・・どの結果になっても、
先生が「頑張ったね」と声をかけてくださったら、子どもは本当に救われると思います。


どうしても学校で親子喧嘩をさせたいのなら、この親子と何度も面談を重ねて、
この親子の歴史をよくよく理解されてからのほうがよいと思います。
でも、賢いお子さんのようですから、親の前で模範的な証人を演じるかどうかも
自分で考えているのではないでしょうか。自分の気持ちを両親に伝えるタイミングを、
先生が決めて強制するのでは、ものみの塔のやり方と同じになってしまいます。
もしも保護者と先生が対立してしまったら、一番困るのは当のお子さんですよ。

#779 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2016年07月03日 11:04:40

ラハムさん、お声がけありがとうごさいます。

アイリスはアヤメの花のことです。
アヤメの花言葉は「よい便り」です。

皆様との出会いに感謝しています。

#780 Re: 親睦・相談 » エホバの証人と学校における問題~現職教師の報告から~ » 2016年07月03日 10:55:28

KAOさん
お返事ありがとうございます。KAOさんの投稿は精読させていただいていますよ。

私の強調したいのは、子どもの心身を守ることと、保護者の信仰に介入しないことです。
親子そろっての覚醒が望ましいのはもちろんですが、
子どもはすでに自分の意見を持っているわけですから、残りは親だけです。
安易に親の信仰に介入することは無用なトラブルを生み、望ましくないと思います。
面談はどうされますか? 学校で親子喧嘩をさせるのは無益ではないでしょうか。

ものみの塔の教えは子どもの福祉に反している点がたくさんあります。
その点は、子どもの福祉に反している、と指摘することは必要です。
保護者の信仰は自由だけれども、子どもにこのような不利益があると、
客観的に説明することが必要なのではないでしょうか。
保護者が自分で、妥協点を見つけてくれるのを期待するしかありません。

また、保護者が納得しないから、ハロウィンに参加できないというものでも
ないように思いますが。先生が子どもの味方でいてくださることが何よりです。
御心労お察しします。

#781 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2016年07月01日 15:57:37

新約の4つの福音書とは、新世界訳聖書でいうと、
ギリシャ語聖書のマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネのことです。

新世界訳聖書は、訳し方も独特ですから、わかりにくいところは
別の聖書をいろいろ読み比べてみると面白いと思いますよ。
例えば日本聖書協会のホームページでは、オンラインで読めます。

#782 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2016年07月01日 15:48:44

ラハムさんのおっしゃる通り、ものみの塔では組織の教えが先にあり、
その教えに合う記述を聖書から拾い上げているのです。文脈も無視で。

ですから、聖書だけを読んで、ものみの塔の教えを読み取ることは無理です。
そのため、聖書は難しい、組織の出版物や指導がないとわからない、ということに
なってしまうのではないでしょうか。

キリスト教の聖典としての聖書の中で、最も重要なのは新約の4つの福音書です。
これは、4人が別々に書いた、イエスの伝記のようなものです。
何の知識もなく読んでも、イエスがどんな人だったのか、だいたいわかりますよ。
ただし、組織の教えを前提として読んではいけません。組織の教えは忘れて読んでください。
聖書のイメージが変わると思います。
興味があったら、参考書や指導者を探して背景知識を仕入れると、きちんと理解できますよ。

#783 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2016年07月01日 15:16:54

Meisaさん、初めまして。コメントありがとうございます。

神は愛です。
教会は愛でないこともありますが、神はいつも愛してくださっていると感じています。

カトリック教会は来る者は拒まず、去る者は追わず、
洗礼を受ける気配もなしに何年も通っている人も少なくないですよ。
逆に言うと、自分から声をかけないと、構ってもらえないことが多いです。
もちろんお困りの様子があれば、教会側から声をかけますが。

本来、信者の親は子どもに洗礼を受けさせるよう勧められていますが、
うちの子どもたちは幼児洗礼を受けていません。
それでも一緒に御ミサに行って(当然ですが幼児はほとんど聞いてません)、七五三には
着物を着て御ミサの中でお祝いをしてもらい、教会は楽しいところと思っているようです。

カトリックも以前は他宗教に寛容とは言えない教会だったようですが、
現在は多くの宗教との対話や協調を大切にしています。
仏教の宗派によっては、教えている内容がカトリックとそっくりなところもあります。
人間にとって本当に大切なことは、どこでも同じなんだなと思います。

#784 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2016年06月30日 12:32:13

ゆっこさん、初めまして。irisです。
私は同窓生ではありませんが、ゆっこさんとお話がしたくて出てきました。カトリック信者です。

ゆっこ さんの発言:

そして、もう一つの質問です。聖書のことばを読みたくて、別の教会に行き始めました。
愛によって安らぎを得ているのは今、通い始めている教会ですが、聖書に忠実で
実践されている、歴史的にも裏づけ(一部誤り)がありますが、聖書の教えを
忠実に守っているのは、エホバのような思いにとらわれています。

聖書をあそこまで細かく教えていて熱心な組織はやはりエホバ以外に見いだせず(笑)
教理では物足らないのです。三位一体も納得いきません。
聖書箇所はこうした背景で前後の流れはこうでこういう理解になると理路整然
教えて頂ける先生や組織があれば…と思うことがあります。

そう思った方もどのようにして克服されたのか、新世界訳聖書を用いてエホバを
賛美されている離れた方はどのように聖書研究をされているのか、霊的な仲間が欲しくて、
他の教会に行かれた方の経験なども伺いたいです。

伝統的なキリスト教は三位一体を教えていますが、三位一体というのは奥義とされていまして、
要するに簡単にわかることではないとされているんです。ですから、納得がいかないのは当然です。
大きな声では言えませんが、辻褄を合わせるための屁理屈の一種だと私は思っています。
(神はただおひとりだけど、父と子と聖霊で3人になっちゃうから、3人で1人ということに
してしまえ、と)

聖書は2000年前の外国の古典ですから、適切な指導者がいなければ正しい理解はできません。
1000年前の日本の古典である源氏物語だって、指導者なしに理解することは無理でしょう。
そして、聖書に関する研究が蓄積されているのは、やはりキリスト教会なのです。

聖書はキリスト教の聖典ですから、キリスト教の教えに従って読むのが自然です。
ものみの塔は、キリスト教の教えとは違うものみの塔の教えに聖書を合わせようとしていますから、
組織の出版物をよく読むと、三位一体よりも理解不能な屁理屈がたくさん出てきます。
ただ、組織の教えを前提に聖書を読むと、組織の教えが正しいように思えてしまうのです。

組織の教えを離れて、まっさらな気持ちで聖書を読んでみてください。違う世界が見えますよ。
適切な指導者と出会うには、やはりいろいろなキリスト教会を訪ねてみることです。
私もカトリックに落ち着くまでに、いろいろな教会に行きました。
居心地の悪いところは、さっさと見切りをつけることがポイントです。
また、カトリックの中にも、よく勉強していて聖書に詳しい神父さまと、勉強不足で
何を言っているのかわからないような神父さまがいます。居心地はいいけど、聖書の理解に
納得がいかない、と思うようなら、同じ系列の別の教会に行ってみるのもよいと思いますよ。

信仰を持つのも持たないのも、ゆっこさんの自由です。
自分自身の人生を目いっぱい楽しんでください。

#785 Re: 親睦・相談 » エホバの証人と学校における問題~現職教師の報告から~ » 2016年06月30日 04:30:58

KAOさま

初めまして。irisです。
私も子ども相手に仕事をしておりますが、保護者のほうが悩みの種になりやすいのは同様のようですね。

書き込みを拝見しまして、キリスト者として役に立ちたいとお考えのように感じました。
私はカトリックです。聖書やキリスト教の知識があるだけに、突っ込みどころ満載の教義に
切り込みたくなるお気持ちはよくわかります。私もこの掲示板が始まったころから居座って、
たくさんの方々と議論をして、いろいろと勉強させていただきました。
また、訪問してくださる姉妹とも、教義について突っ込んだお話をしました。

そしてわかったことは、エホバの証人であることに満足している方は、変わらないということです。
理屈が通るかどうかは、二の次なのです。私にも信仰がありますから、その気持ちもわかります。
KAOさんもおわかりでしょう。理屈を超えたところに信仰はあるのですから。

ものみの塔の教義には、聖書を使っていながらキリスト教の本質を外れているという問題以前に、
特に子どもの福祉に反しているという点で大いに問題があります。
ですから、私たちのように子どもに関わる者が、子どもを守ってやることは必要です。

担任のお子さんが、安心して先生に話すことができるということは、本当に貴重な機会を与えて
くださっていると思います。ただ、保護者の信仰も尊重している、というスタンスを崩さずに、
先生が子どもの味方であることに徹してくださるのが良いのではと思います。
子どもと保護者の板挟みで、辛いお立場とは思いますが、信仰上の問題で保護者と対決するのは
その子自身に任せるしかないのではないでしょうか。
先生は、教育のプロとして、教育上の配慮について(子どもは親とは別人格であることなど)
信仰の如何を問わない、というスタンスでお話されるのがよいのでは、と思いました。
(ただ、バプテスマだけは、止めたくなりますよね)

学校現場のことは何もわかりませんので、御不快に思われましたらお詫びいたします。
KAOさんとの出会いによって、お子さんが素晴らしい学校生活を送ることができますように。

#786 Re: 総合フォーラム » 善悪の知識の木 » 2015年10月02日 16:30:16

お久しぶりです。irisです。
korokoroさんの疑問とはかかわりのない議論が沸騰してしまい残念ですね。

ささらほーさらさんの疑問へのコメントですが、創世記には創造の記事が2つあるそうです。
祭司派の見方で書かれた記事(1章)とヤーウェ派の見方で書かれた記事(2章)、
同じ出来事を違う見方でみた記事が併記されているのです。
行きつ戻りつで分かりにくいのはそのためでしょう。

ものみの塔の主張とは異なり、聖書はさまざまな文書の寄せ集めです。
ですから相互に矛盾があったりすることも珍しくありません。

さて、シャルリー・エブド襲撃事件はみなさんの記憶にも新しいことでしょう。
言論の自由はもちろん大切です。
しかし、誰かが命を懸けて大切にしているものを、安易に侮辱してはいけません。
自分にとってはどんなに馬鹿げて見えるものであっても、大切にしている人にとっては宝なのです。

私はエホバの証人の組織のやり方が許せません。
過度の囲い込みにより追い詰められる人、特に親に依存せざるを得ない子どもたちや、
輸血拒否で命を失ってしまう人たちのことを思うと、憤りを感じます。
けれども、個々のエホバの証人に対しては、安易に侮辱してしまうことのないように注意しています。
彼らも私たちと同じように、自分の良心に従っているつもりであるはずだからです。

聖書を批判することと、聖書を信じている人を侮辱することとは違うと思います。
異なる文化を寛容に受け入れてきたのが日本人です。その長所を思い出してください。

#787 Re: 総合フォーラム » 脱塔か残留か - JWの辞め方について考える(スレッド分割) » 2015年05月13日 12:10:22

お久しぶりです。みなさんの活発な投稿を拝読していましたが、出番がなさそうなので引っ込んでいました。

ものみの塔を通してであっても、みなさんが聖書に出会うことができたのは、神さまからのお恵みだと思います。
どうか御自身の良心に従って、聖書の恵みを味わうことを恐れないでください。

ただ、聖書は2000年前の外国の古典です。背景となる知識を得ておくことは、正しい理解のために必要です。
源氏物語のようなわずか1000年前の日本の古典でさえ、それなりの知識がなければ正しく理解することはできません。
聖書が本来は何を言おうとしていたのか、正しく理解する努力をしたうえで、それをどう味わうかはみなさんの自由です。

聖書はキリスト教の聖典として、長い歴史の中で大切にされ、また研究されてきました。
信仰の書として聖書がどう理解されてきたのか、その知識が蓄積されてきているのはやはり教会です。
ですから通いやすい教会を見つけて、聖書の読み方を教えてもらうのがよいと思います。
教会に通う前に、キリスト教に関する書籍やホームページで予備知識を得ておくのもよいでしょう。

一口にキリスト教会と言っても、世の中にはいろいろな考えの教会がありますから、自分に合わないと思ったら
潔く見切りをつけることが大切です。ずるずると引きずり込まれないように注意しましょう。
教会に通ったからといって、そこの教会に入らなくてはならないということはありません。
かえって、無理に洗礼を勧めるような教会は警戒しましょう。みなさんには、言うまでもないと思いますが。
できればいくつかの教会の考え方を比較してみると、御自分なりの理解が深まると思います。

教会=組織と感じてアレルギー反応が起きてしまう方も多いと思いますが、キリスト教会とはイエスを信じる人たちの
集まりにすぎません。この掲示板も、聖書や神に関心のある方が自由に集まる教会と言えると思います。
私はカトリック信者ですが、カトリック教会に縛られているつもりはありません。私たちはみな神の子として自由です。

ないぞうさんが、神に「エホバ」と呼びかけるのも自由だと思います。
ないぞうさんにとって、聖書の神はエホバなのでしょう。
教会に所属しているかどうか、神をどう呼ぶか、進化論を支持するかどうか、などは信仰の本質とは関係ありません。
聖書に関心のあるみなさん、聖書の恵みを味わって、御自分だけの人生を大切に輝かせてください。

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