#726 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月28日 16:15:25
萬燈さん
>「大いなるバビロン」=「偽りの宗教の世界帝国」、その頂点に君臨しているのがカトリック教会であるという刷り込み教育があり、
この掲示板にはその刷込みのまま来ている方はかなり少ないようです。
失礼ながら、こちらに来られるのでしたら掲示板全体を再精査し、元JWに対する認識を深めていただきたいと思います。
元JWの方の認識も様々でしょうが、ものみの塔の中で刷り込まれたことが
なかなか消し切れない方も少なくないのは事実だと思います。
元JWでなくても、キリスト教についてよりものみの塔について詳しい方も同様かと。
掲示板全体を長らくウロウロしていますが、元証人でもなく、
キリスト教会育ちでもないキリスト教徒の私には、そのように見えますよ。
萬燈さん、暖かいコメントありがとうございます。
#727 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2016年09月28日 15:51:26
てつてつさん
聖書に矛盾点やいろいろな人の神学が含まれているからと言って、
キリスト教が成立しなくなるわけではないと思います。
福音書には、イエスの言動と、イエスを救い主だと信じた人の信仰が描かれていて、
誰が読んでも大筋は理解できるはずです。私は小学生の時に児童書(ポプラ社とか、
集英社とか)の「キリスト」の伝記を読みました。子どもなりに理解しましたよ。
それがキリスト教の核心だと思います。
その核心部分のおまけとして、カトリック教会だの、プロテスタント教会だのが
いろいろな神学をひねり出して膨らませて、いろいろな教えになっているだけで、
おまけの部分について優劣や正誤を争うのは意味がないと思います。
そのおまけの部分について、自分のところの教会こそが正しいとか主張すると、
「信者に嘘をつく」ことになるわけで、
自分のところでは「そういうふうに考えている」ということなら嘘になりません。
カトリック教会が破門しまくったおかげで(?)せっかくいろいろな教会が
できたのに、また教えをひとつにしようとするなんてもったいないと思います。
ただしものみの塔の教えは、キリストについても福音書からはどう頑張っても
そうは読み取れないお話になっているので、キリスト教とは言えないですね。
キリスト教だけの中で育ってきている人は、神がいるのは確実だとか、聖書を読めば
神のことは確実にわかるのだとか、教会は確実に正しいことを教えているのだと
思い込んでしまうのでしょうか。それがカレブさんのいう「キリスト教」なのかな。
そう思って育つと、聖書が怪しいとなると一気に信仰の危機に陥るでしょうね。
私はイエスが教えたことは信じることにしているので、その意味を知るために
聖書全体を勉強しますが、聖書全体が矛盾なく調和しているなんて思いません。
もうすこしでシスターになるところだったけれど、やっぱりやめてよかったのかも。
#728 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2016年09月28日 12:25:14
#729 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月27日 20:05:01
#730 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月27日 20:01:16
#731 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月27日 14:06:09
私がしつこくこのサイトにお邪魔し、ものみの塔のやり方を批判するのは、
その教えによって特に子どもたちの福祉に反する事態が現実に起こっているからです。
現代の日本に生まれながら、輸血拒否を強要されて命を落としたり、自然な情愛を
操作されて健全な育ちを妨げられたりしている子どもたちが現実にいるのです。
ただでさえ人手が足りない医療現場で、一刻を争う事態のときに輸血をするしないの
不毛な問答をしなくてはならないのは、命の危機に瀕している子どもにとっても、
確信もないのに組織の目を気にして悩まなくてはならない親にとっても、
適切な治療をする責任を感じている医療者にとっても、
治療の順番を待っている無関係な患者にとっても、どれほど迷惑なことでしょう。
このような事態が起こるのは個々のエホバの証人の判断によるのではなく、
ものみの塔の教えがそのような仕組みになっていることによるのです。
そのような非人道的な事態を起こさないのであれば、ものみの塔が何を教えようと、
証人たちが何を信じようと自由だと思います。
#732 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月27日 11:29:09
元・エホバの証人同窓会・脱塔分室のトピックでも、エホバの証人の方は二元論に
陥りやすいのではという指摘がありましたね。
ものごとを過度に単純化する傾向にあるように感じられます。
ものみの塔もダメだし過去のキリスト教もダメだし、従って聖書もキリスト教も
宗教もダメだという理屈は、ひどい目に遭った方の心情としては理解できますが、
客観的な見方とは言えませんね。
ものみの塔の教えとは違って、聖書の読み方もキリスト教会のあり方も、
ひとつである必要はないのです。
念のために言っておきますと、私は皆さまからの御質問に対して現在の日本の
カトリック教会の実情をお答えしているだけで、カトリック教会こそが正しいとは
一言も言っていませんよ。それは4年前から同じです。
私にも、本当に神がいてイエスが救い主キリストなのかなんてことはわかりません。
でも「そういうことにしておけば」私の人生うまく行くだろうと思っているだけのことです。
「今となっては洗礼を受けただけ」というカトリック信者は山といますよ。
自分にとって意味がなければ、聖書を読んだり教会に行ったりする必要を感じないのが
当たり前だと思います。そういう人に信者のつとめを強制したところで何の益もありません。
ただその必要を感じるようになることがあれば、カトリック教会はいつでも受け入れます。
#733 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月27日 11:20:42
>一言でいえば「そういうことになっている」としか言えません。
そして
>信じる気になった人しか信じられないと思います。結構 気合がないと難しそうですね。
(中略)
で理屈からして無理があるのにいまさら教理を変えるわけにもいかなくて
第二バチカン公会議でも追認してしまったという感じがしました。
信じるのに気合いなど要りませんよ。
今どき、信じたくもないのに気合いで信じる努力をしなくてはならないのは、
そのような人間関係にある人だけです。
だからこそ、宗教がないほうが世の中が良くなるなどという発言も許されているわけです。
信じたくもないものを信じても、その人の役には立ちません。
信じたくない方は信じなければよろしい。
ただ、人間には何か理屈では説明できないものを支えにしたいときがあるものです。
そうでなければ、戦後70年経っても日本の神社がこれほど繁盛し続けているはずがありません。
自分が信じたくないからといって、信じたい人を小馬鹿にするのは狭量に見えますよ。
聖変化の教理にどんな非人道性があって変える必要があるのか、御説明をお願いします。
#734 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月27日 11:08:19
仮に、irisさんが、今の認識のままで数百年前の中世ヨーロッパのカトリックの教えの只中にタイムスリップしたとしたらどうでしょう?
もっともっと前の時代、あるいは少し後の時代でもかまいません。
以前、別のトピックでも書いた通り、カトリック教会が第二バチカン公会議の前のままだったら、
私はカトリックの洗礼を受けることはなかったでしょう。
10代の頃の、イエスさまに従って生きることだけを望むフリーのキリスト信者のままだったと思います。
人間の生き方は、社会の状況に左右されます。
現代日本に生きる私たちと、中世ヨーロッパに生きた人々とを単純に比較することはできません。
もしその時代に今の知識と情報があったら、という仮定は、意味をなさないと思います。
それがあれば、確実に歴史は変わっていたはずだからです。
#735 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月24日 19:44:19
ちょっとお聞きしたい点があります。
このパンが「キリストの体」そのものになるということは
象徴ではなく文字通りのことなのだと信じておられるようですがそれはパンのもとになる分子構造、例えば(C6 H10 O5)n の炭水化物
が食べる瞬間にキリストの体の分子構造に文字通り変化すると
信じているということなんでしょうか?
カレブさん、またディープなところに目を付けましたね。
聖変化は信者の口で起こるのではなく、祭壇の上で起こります。
それに呪文じゃないと思います・・・
さすがに分子構造が変わると思ったことはありませんでした。
私は信仰が未熟なんでしょうか血や肉の味もしませんね。
一言でいえば「そういうことになっている」としか言えません。
このような「神秘」に関わることは、理屈ではないですね。
同様に、キリストの救いというのも神秘ですから、
信じる気になった人しか信じられないと思います。
#736 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月24日 19:31:44
#737 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月23日 14:47:15
KAOさんも御参加ありがとうございます。
カトリック教会は、実情に合わないところについては積極的に検討を行うようになっています。
ただ、譲れないところは譲りません。
考えもなく社会に流されていたのでは、宗教の意義はなくなってしまいます。
プロテスタント教会の中にはさまざまな教義の教会がありますので、比較は難しいのですが、
厳密に言えばカトリックの聖体拝領とはだいぶ意味の違う聖餐を行っているプロテスタント教会が
多いと思います。
カトリックでは信者が拝領する御聖体は聖変化前のホスチア(水と小麦粉だけで作る種なしパン)とは
まったく別のものです。その意味を理解している信者でなければいただくことはできません。
#738 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月23日 14:07:28
ささらほーさらさん、御参加ありがとうございます。
iris さんの発言:当時の人々が、2000年後には女性が強くなることを予測できなくても仕方ないでしょう。
この文言によると「聖書」の筆者は
その時々の「人間」である(したがって誤りや移ろいのあるもの)と取れるのですが
カトリックはそうに解釈している・・・・・
そのような認識でよろしいのでしょうか?
カトリックでは、神が聖書の作者であると考えています。
神が聖書記者の内で働かれることによって、聖書記者は神がお望みになることを書いたのです。
ただ聖書記者は、当時の人々が理解できるような書き方をしています。ですから、
私たちが聖書を読むときには、当時の時代背景や文化、普通であった感じ方、話し方などを
考慮し、神が何を語りかけようとなさっているのか真意をくみ取るようにしなくてはなりません。
例えば、現代ならば経済力のある女性が不甲斐ない夫を見捨てて離婚し、
いずれもっと良い夫を得ることもできるかもしれませんが、
聖書に描かれている社会では、どんなにひどい夫でもいた方がマシだったわけですし、
乱暴された娘はその相手に引き取らせることができなければ結婚できず、
過酷な人生を生きていかなければならなかったのです。
聖書は書物ですから、書き換えない限り内容を変えることはできません。
しかし、社会の様相は移ろうものです。
生きた宗教であるためには、聖書の真意がどこにあるのかを理解し、
その時々の社会にどう適用するかを考える必要があります。
#739 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月23日 13:15:11
#740 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月22日 19:05:10
誤解に基づく先入観を持っておられる方に、カトリック教会の結婚観について説明するのは
かなり骨が折れます。エホバの証人の考え方が基準になっているので話が複雑になっていますね。
まずイエスの時代のイスラエルでは、女性が勝手に結婚したり離婚したりはできなかったんですよ。
結婚は父が決め、離婚は夫が決めるのです。福音書にある結婚に関する記述は、弱い立場の女性の
権利を守ることを主眼にしているのは間違いありません。
当時の人々が、2000年後には女性が強くなることを予測できなくても仕方ないでしょう。
「しかし、天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。
それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、2人は一体となる。
だから2人はもはや別々ではなく、一体である。
従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」(マルコ10章6-9節)。
これがカトリック教会が離婚を認めない理由です。
カトリック教会で結婚していなければ無条件で未婚扱いになるわけではありません。
でも教会婚をしていなければ、抜け道を通りやすくはなります。
また罪の状態が解消されれば聖体拝領はできます。
カトリックでは一般の信者教育で破門のことは教えません。
事実上、一般信徒が破門されることはないんです。
聖職者が教会法に背くと、破門されることがあります。
信徒もそれについていくと破門になりますよ、と警告が出ることはたまにあります。
#741 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月22日 17:19:58
#742 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月22日 17:06:50
簡単に離婚できないようにすることは女性を守ることになるかもしれませんが
それはあくまでも「離婚」の話であって「再婚」のルールには当てはまらないと思います。
離婚しなくては再婚できないでしょう?
離婚して再婚すると姦淫の罪に当たるから、(再婚を前提に)離婚するなということなんです。
簡単に離婚することを戒めるために、姦淫の罪を持ち出してきているだけです。
浮気相手と結婚したいから妻と離婚しようとする人は、当然ながら昔からいたんですね。
再婚が子供の不幸につながるケースがあるとしても幸福につながるケースもあるでしょうから、
それは単なる禁止事項にすれば良いということではないと思います
ですからカトリックでは単なる禁止事項にはなっていませんよ。
そう書いているじゃありませんか?
レイプによる結婚は、女性が自由意志を持って結婚に同意したとは認められませんから、
強制された結婚として無効です(つまりその結婚は教会法上はなかったことになる)。
有効な結婚の後、民法上の離婚をして、教会に許可を求めずに再婚した場合、
罪の状態と見なされますので、その状態が続く限り聖体拝領は許されません。
教会に通い続けるかどうかは人によります。
破門になった人がいるという話は聞いたことがありません。
#743 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月22日 15:55:27
結婚や離婚にやかましいのは良くないことだ、というのが前提になっているように
感じますが、子どもを大切に思う親は結婚にやかましいのが普通じゃないでしょうか。
やっぱり子どもには幸せになってほしいですからね。
近年の日本では、簡単に結婚と離婚を繰り返す人も多いのですが、
それは良いことなのでしょうか。
特に子どもにとっては、複雑な家庭環境は虐待につながりやすくなります。
子どもを連れて再婚した女性が、夫が子どもを虐待しても止められず、
わが子が殺されるのを見ているしかなかったという事件は珍しくありません。
新生児や乳児を診ていると、たくさんのきょうだいの父親が全部違うなんていう家庭も
少なくないですが、そういう家庭の子どもは治療のためというより育児支援のために
入院させなくてはならないこともあります。
宗教教育より、簡単に結婚離婚を繰り返させる方が、よほど虐待の温床になりますよ。
#744 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月22日 14:06:22
届いてすぐに混宗婚について記述を見ようと思ったのですが
バチカンの CANON LAW と構成が同じではなくて見つけられませんでした。
ある程度カトリックの教えを知っている人でないと、読みにくいかもしれませんね。
さて、重婚についてはカレブさんの知りたいポイントが分からず悩んでいたのですが、
なんとなくわかりました。
ついでに気になっていたマタイ19:9の「ポルネイアによる離婚」に関しては
巻末の聖句引照で探しても見つからなくネットで検索しました。
これこそ、当時の社会の状況を理解していないと正しい解釈はできないという例だと思います。
当時のイスラエルでは、やもめというのは貧しく弱い者の代表のようなものでした。
聖書の「やもめ」が登場する記述を見ると、その状況がよく表れています。
夫の支えを失ってしまった女性の生活がいかに厳しいものか、当時はよく知られていたでしょう。
そのような社会で、夫が妻を気に入らないからといって簡単に離縁してしまったら、
女性は非常に過酷な状況で生きていかなければなりません。
「言っておくが、不法な結婚でもないのに妻を離縁して、他の女を妻にする者は、
姦通の罪を犯すことになる。」(マタイによる福音書19章9節)
という記述は、弱い立場の女性を守るためのルールであるということができます。
カトリックでは、先に述べたように結婚に関してはやかましいルールがあります。
離婚を許さないからには、問題のある結婚はさせないというのが親心でしょう。
先の結婚に際して教会の確認を求めなかったりして、無効な結婚であった場合は、厳密には
その人は既婚者ではありませんので、教会法上の初婚として民法上の再婚は可能です。
(簡単に言うと、やむを得ない事情がある場合には、抜け道を探します)
ただし原則として日本では民法上も初婚であることが求められています。
#745 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月21日 13:41:20
「カトリック教会の教え」届きました。(中略)
361ページに「自然に即した受胎調整」という項目があるのですが
そこを見ると「夫婦は自然のリズムによる受胎調整の意味を認めながらも、
実生活においては人工的な避妊法に頼ることもあると思われます」これコンドームの使用を認めちゃってますよね。
カレブさん気になるところから読んでますね。
教会は決して「避妊具の使用も認められます」とは書きません。
カレブさんの買われた本にも、
「ホントはダメなんだよ、実際には守られてないこともあるけど。
ホントにホントはダメなんだよね、仕方ないこともあるだろうけどね・・・」
というようなことがくどくどと書かれていると思います。
でこれを読んだ日本の信徒がどう思うかというと、
「ホントはダメなんだよね、まあみんなやってるよねやっぱり」
という感じでしょうか。だから自分もやるか、自分はやらないかは人によります。
カトリック信者同士の結婚をした家庭は、子だくさんが多いです。
2人とも認識が同じですからね。
たぶん信徒の多い長崎は、昔ながらの教えを固く守っている人も多いと思います。
#746 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月19日 19:29:37
#747 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月19日 09:08:13
#748 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月18日 08:59:28
カレブさん、分岐ありがとうございます。
でも、話題はカトリックの混宗婚についてじゃないような気もします。
ほとんどの日本人は自分は無宗教であるつもりですが、宗教心は豊かです。
宗教的なものの尊さを、知らず知らずのうちに身に付けて育ちます。
神棚と仏壇が並んでいたり、神社に行ったりお寺に行ったりするからといって、
宗教観がめちゃくちゃであるわけではありません。
確かに、キリスト教国のキリスト教徒から見れば、めちゃくちゃで無宗教に
見えるでしょう。でもそれが日本人の宗教観なのです。
世界から称賛される日本人の道徳的態度は、豊かな宗教的環境の中で育つからこそ
育まれるのだと思います。宗教全般を否定してしまったら、そうはいきませんよ。
#749 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月18日 00:36:58
ジョエルさん、コメントありがとうございます。
私がしつこく反論するのは、カレブさんには宗教全般に対する偏見や無理解があるように
感じてしまうからです。これは4年前に初めて意見交換をした時からあまり変わりません。
カレブさんは、宗教についてはエホバの証人の事情にいちばん詳しいようにお見受けします。
つまり、エホバの証人の組織には問題がある、ほかの宗教組織にも類似点がある、
したがって宗教には問題があるという理屈になっているように思えます。
私に言わせれば、エホバの証人の組織、もっと言えば日本におけるエホバの証人の組織のあり方に
特に問題が多いのであって、その特殊な例を根拠に宗教全般を批判するのは筋違いなのではないかと
思います。同じエホバの証人でも、キリスト教国ではもう少し問題は少ないのではないでしょうか。
家業を継がなくてはならない、名跡を継承しなければならないなど、子どもが特定の価値観や生き方を
要求されるのは宗教に限りません。虐待になるかどうかは、教育の仕方によります。
ここではカレブさんの意見に賛成される方が多いと思いますが、別の見方もあるのだということを
考えていただきたいので、しつこくお邪魔しています。
ところで・・・
私はプロテスタントの事情に詳しいわけではありませんので、プロテスタント教会については
コメントしたくないのですが、個人的にはプロテスタントの方とは宗教の話をしたくないです。
いくつかのプロテスタント教会に通った経験や、プロテスタントの知人との付き合いから、彼らは
キリスト教徒であることに誇りというより優越感を抱いているように感じられてしまうからです。
自分たちこそ、正しい生き方をしているのだというような・・・
日本のカトリック信者にとっては、異宗婚よりも混宗婚のほうがハードルが高いと思います。
#750 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月17日 11:15:39
カレブさんは、エホバの証人の問題に関心を持つまで、宗教について
興味がなかったんじゃないかなと思います。
エホバの証人の組織には問題だらけじゃないか、やっぱり宗教って良くないな、てな感じです。
宗教教育にもやりようがあります。子どもの心を傷つけるような教育はやり方がまずいのです。
子どもの心を傷つける可能性があるから、宗教教育は虐待だというのはおかしいでしょう。
幼い子どもを育てるのに、子どもと教育方針を相談することはできません。
親がよいと思うものを、与えるしかないんですよ。
その際に心得ておくべきなのは、子育ての目的は子どもを自立させることだということです。
いつかは子どもを親離れさせ、自分も子離れするのだという覚悟を持つことです。
私は日本人でカトリック信者ですから、日本の宗教的な伝統とカトリックの信仰に基づいて
子どもを育てています。子どもが社会でのびのびと生きていけるようにするためです。
エホバの証人の信仰教育は、子どもの心を傷つけ、エホバの証人の世界でしか生きていけない
人間を育てるようにできていますが、すべての宗教がそうであるわけではありません。
現代では国際社会でもお互いの宗教を尊重することが(少なくとも名目上は)常識です。
私の娘は自宅にある小学館の図鑑で「じごくとごくらく」の絵を見て、
「おりこうにしてるからじごくに行かないよね」と私に確認を求めてきました。
昔から、嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるよ、悪いことをすると地獄に落ちるよ、という話は
ごく一般的だったと思います。怖い話をしないことがよい教育だとは限りません。
卓球の福原愛選手は、3歳から卓球を始めていますが、平日4時間、休日8時間の練習を
毎日続けていたそうですね。福原選手は卓球の練習に疑問を持ったことはなかったかも
しれませんが、一般論から言えば幼児に単一の競技をこれほど練習させることは不適切であり、
心身に負担をかける可能性が高いといえます。
また、子どものためだと思い込んで習い事や勉強をさせ、自分の期待通りにならないと
子どもを責める親や、子どもの苦痛に気づかない親も少なくありません。
宗教教育でなくても、不適切な子育てはいくらもありますよ。