#51 Re: 総合フォーラム » 排斥と両親の世話について » 2021年06月02日 12:08:21
#52 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2021年06月02日 07:49:56
#53 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2021年06月01日 20:54:30
#54 Re: 総合フォーラム » 排斥と両親の世話について » 2021年05月31日 10:29:59
排斥者さんこんにちは 大変ですね
自分も現役の老齢の母親が死んだあとのトラブルがないように母親の生きているときに母親と現役妹と交えて話し合いしたら良いのではと母親に言って見たのですが妹は背教者とは話し出来ないとのことでした
>「排斥された家族と接触しても構わない必要最低限の場面」にさえ当たらないのでしょうか?
多分厳密な基準はなく 当人と長老の判断だと思います 困ったら相手から連絡してくると思います のでそのままにしておけばよいのではないでしょうか なにか両親に個人的にしてあげたいことがあれば直接連絡して了解得たらしてあげれば喜ばれるのではないでしょうか
ほいさんも見てたら現役長老のアドバイスお願いいたします
#55 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2021年05月31日 07:09:43
かんさい熱視線「私たちは宗教2世”~見過ごされてきた苦悩~」について多くの方がブログに書いておられますね
特に協会の 「回答を控えさせていただきます」について色々な意見があるようですね
自分もこれらの方と大体同じような意見で せっかくNHKで取り上げられたのですからよい証言の機会として日ごろ自分たちが主張していることを堂々と述べれば良いのにと思いました 信者さんにも常日頃そうするようにいっているはずですから
元統治体の一員だったレイモンド.フランズさんの言葉を思い出しました 良心の危機416ページ
何百万人ものメンバーを擁する世界規模の組織、クリスチャンの原則に従う模範であると自ら称する組織の指導者層にこんなことができるのは驚きと言うべきだろうか。実は、この指導者層の実態を知っておればまるで驚くに当たらない。私自身も目の当たりにしたことだが、統治体では、返事をしても益がなさそうな手紙は無視するのである。
俺たちは金にならないことはしないんだよ!
282ページ
時々使うこんな手がある。ある教義についてしばらくの間黙っておいて、それから変更を加えるとあまり目立たない。
多分そのうち忘れるだろうと思っているのかなーと思いました
#56 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2021年05月29日 06:29:26
#58 Re: 過去ログ・番外編 » Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ) » 2021年05月25日 15:19:33
カレブさんありがとうございます
仰天さん 残念です 前回の元証人さんの終わりごろのパターンと同じようになってきましたね やっぱり三つ子の魂百までなのでしょうか?
仰天さんほどの知識があれば別にこのようなことをしなくても良かったのではないかと思います
聖書もこのようなことを非としていると思います
(詩編 26:4) 4わたしは不真実な者たちと共に座りませんでした。 わたしは自分がどんな者かを隠す者たちと共に入って行きません…
ハム太郎さん ナザレについて興味深い書き込みありがとうございます
>イスラエルでは考古学は政治、宗教、ビジネスなどの利害が複雑に絡んだものなのです。
以前KAOさんという方とイガエル.ヤディンについて話し合っていたときのことばを思い出しました
>私からはただ一点、この本で頻繁に参照されるイガエル・ヤディンという考古学者についてだけ言及しておきます。この人が考古学者であることは事実ですが、実はもうひとつの顔があって、現代イスラエル国家樹立後のイスラエル国防軍の総司令官として中東戦争を指揮した人物なんです。すなわち、あちこち掘り返してはリアルに「ここはウチらの土地じゃ~!!」「ここもウチらの土地じゃ!!」「どいつもこいつも出て行け~!!」ってやってた人なんです。そしてこの人の著書は1970年代に、やはり超保守派の論客であった故山本七平氏の経営する山本書店から邦訳出版(『マサダ』『バル・コホバ』)され、80年代に入ってからではありますが、当時まだ子どもだった私は面白く読んでいました。父の影響で小さい頃から歴史好きだったんです。今大人になって読み返してみると、とにかく何でもかんでも聖書の記述に結びつけ、「聖書に書いてある通りでした~!」という主張に溢れていることが目につきます。
#59 Re: 過去ログ・番外編 » Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ) » 2021年05月21日 07:00:20
♯2998 短時間でいろいろな資料から反論されよく本を読み込んでおられるのですね 敵ながらあっぱれです「敵ではないですけど」 
追伸
出エジプトだけであればいつでもよいかもしれませんが エリコの城壁のくずれた年代と関係するとなるといつでもというわけにはいかないみたいです
旧約聖書のなぞ 85ページ
いずれにせよ、もし紀元前一二五○年ごろに出エジプトが起こったとすれば、エリコの町が、そしてその城壁が崩壊したのは紀元前一二○○年ごろ、ということになる。しかし、この時代にはエリコの町には城壁がなかったどころか、誰も住んでいなかったのである。エリコの町の征服は聖書の示す年代通り、紀元前一四○○年ごろと考え、出エジプトの方は、実はそれより後の紀元前一二五○年ごろ、と考えるべきなのだろうか。しかし、これでは出来事の順序が入れ替わってしまう。エリコの町を破壊したイスラエル人がエジプトに入って、その後一五○年してからエジプトを脱出したことになってしまうのだ したがって、仮にエリコの破壊が紀元前一四○○年ごろであったにせよ、聖書の示す年代は、歴史学・考古学的な証拠と合致しない部分がある、という結論にいたらざるをえない。聖書が示す出エジプトの年代は、歴史的には受け入れがたく、歴史が示す出エジプトの可能性のある年代を支持すれば、今度は聖書の示す出エジプトの年代と、それに続いて起こったエリコの破壊の年代との間でそごが生じる、という事態が起こってしまうのである。
#60 Re: 過去ログ・番外編 » Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ) » 2021年05月20日 07:03:13
徹底3 108ページ
エリコの発掘調査(1930~36年)でガースタングは驚くべきことを発見した。あまりに大きな驚きであったため、発見の声明文を同僚2名とともに準備し、署名までしている。彼は次のように述べる。「……主要な事実に関して疑いの余地はまったくない。城壁は外側に向かって完全に倒壊したので、攻撃側はその瓦礫をよじ登って町に侵入することができた。この事実の何が特筆に価するのか。都市の城壁とは外側に崩れるものではなく、内側に向かって崩れるものだからである。にもかかわらず、ヨシュア6:20は『……城壁は崩れ落ちた。そこで民はそれぞれ、まつすぐに攻め上り、その町を攻め取り……』と言っている。城壁は外側に向かって倒されたのである」
てつてつ>なぜこの記述がこれほどすごいことのように書かれているのかよくわからないです
ガースタングとエリコについては長谷川さんの 旧約聖書のなぞ 79ページからは
ジョン・ガースタングというイギリスの研究者が一九三○年から一九三六年まで、そしてキャスリーン・ケニヨンという、やはりイギリスの考古学者が一九五二年から一九五八年までエリコの遺跡を発掘している。エリコの遺跡はこのように、国際的な関心の的として、これまで盛んに発掘されたのである。活発な発掘調査の背後には、聖書に描かれるエリコの町の征服が史実かどうか確認したい、という意図もおそらくあったことだろう。二○世紀初頭にエリコを発掘したゼリンとヴァッィンガーは、エリコが紀元前一五五○年ごろに破壊され、それから紀元前一二○○年ごろまで、ここには人が住んでいなかった、と考えたしかしこの年代を疑問視したガースタングは、遺跡を再発掘し、その結果エリコの町の破壊は、ゼリンとヴァッィンガーが考えた紀元前一五五○年よりも一五○年後の、紀元前一四○○年ごろである、と結論した。ガースタングの年代決定の根拠となったのは、「ミケーネ土器」と呼ばれるエーゲ海地方から輸入された土器である。ミケーネ土器は、紀元前一四○○年ごろから一二○○年ごろのパレスチナ一帯の遺跡から頻繁に見つかる土器である。エリコではこの土器が見つからなかったのだ。この土器が見つからないことは、紀元前一四○○年から一二○○年の間、エリコに人が住んでいなかったことを証明している、とガースタングは考えたのである。さらにガースタングは、エリコの城壁が地震によって崩壊した、とも考えた。イスラエル人はエリコの町の城壁が地震で崩れたのを見て、その機に乗じて町に侵入し、これを破壊した、とガースタングは考えたのである。紀元前一四世紀には、町に城壁はなかったものの、丘の上に大きな建物がぽつんと一つだ考えた。け建っていた。しかしこれも、紀元前一三○○年ごろまでには使われなくなった、とガースタングは考えた。ところが、ガースタングが提出したこの見解は、学界であまり受け入れられなかった。そこで彼は、当時まだ若かった後輩の考古学者ケニョンに、エリコの再発掘を依頼し、自分の結論の妥当性を検証することを期待したのである。こうして一九五○年代、ケニヨンによって大規模な再発掘が行われた。その結果、ケニヨンは、かつてゼリンとヴァッィンガーが考えたように、エリコの破壊は紀元前一五五○年ごろであったと結論した。...
ガースタングが紀元前一四○○年ごろに崩れた、と考えた城壁については、これが地震による崩壊であった可能性を認めつつも、ケニョンはその崩壊の年代を、ガースタングが考えた紀元前一四○○年よりも一○○○年前、つまり紀元前二四○○年ごろと結論した。紀元前一四世紀には確かに大型の建物が丘の上にあったが、町全体を囲む壁はすでに失われて久しかったのである。つまり、ケニヨンの発掘の結果によれば、ヨシュアが率いるイスラエルの民がエリコの町にやって来た紀元前一四○五年ごろ、エリコの町には建物が一つぽつんと建っていただけで、町を囲む城壁さえなかった、ということになる。
というわけで自分は徹底3の記述は著者の都合の良い部分だけ切り取って集めているところが多いような気がしました
あと
事実、何千もの古代の遣物は、聖書の描写する内容が(全般的に、ときには詳細に)正確であることを支持しているが、聖書の間違いをはっきりと証明する発見は1つもなされていないのである
ただ大事なことは、聖書の歴史の各時代に関する大量の資料が、聖書の記述の正確さを示しており、また、聖書が誤っていると確実に証明する考古学的発見は1つも存在しないことである」
などの記述が目立ちますが考古学と聖書の記述が相容れないことはいろいろあると思います
追伸 考古学と聖書が相容れない一例
ハム太郎さん>一方で聖書年代の計算から出エジプトはBC1446年と仰天さんは主張しています。
仰天 さんの発言:ソロモンの死去がBC930年です。 ※エジプトのメルエンプタハ戦勝記念碑と聖書の記述の一致から
ソロモンの統治は40年でしたから王位についたのがBC970 その第4年966+480、そうすると出エジプトがBC1446年
徹底3 102ページ
イスラエルとエジプトに関する問題の1つは、出エジプトがいつ起こったか、というものである。イスラエルのカナン移住について「一般に受け入れられた年代」がある。それは前1230~1220年頃である。一方、聖書は3か所(I列王6: 1、士師11 :26、使徒13:19~20)において出エジプトがあったのは前1400年代であり、カナン移住はその40年後である、と教えている。論争は終わっていないが、もはや1200年代説を受け入れなければならない理由はない
旧約聖書のなぞ 54ページ
第一九王朝末期にメルネプタハというファラオがいた。エジプト屈指の強さを誇ったラメセスニ世の後を継いだファラオである。彼は、自分の西アジア遠征の記録を碑文に残している この碑文は、フリンダース・ピトリという著名なイギリスの考古学者が、一八九六年に、王家の谷の近くにあるメルネプタハの葬祭殿で発見したものだ。この碑文の中で、メルネプタハは、カナンの地の「イスラエル」として知られる人々を征服した、と述べているのである 「イスラエル碑文」としても知られるこの碑文に記された出来事は、メルネプタハの治世五年目、紀元前一二○七年の出来事である。出エジプトを果たしたイスラエル人は、四○年間荒野をさまよった後、カナンの地に入ったとされている。つまり、出エジプトは、紀元前一二○七年の四○年前まで、つまり紀元前一二四七年までに起こっていなければおかしい、ということになるのである。
というわけで考古学の証拠と聖書の記述が相容れないということはあると思います
#61 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2021年05月18日 20:14:09
板根さんの件で少し思ったのですが 自分は「解毒」を読んだ時ほとんど教理にはふれておらず 夫の暴力が原因でものみの塔やめただけで証人問題とは少しピントがズレているんじゃないかなーと思っていました でもちょっとだけですけど今回読み直してみて 夫の暴力は信者である母親が組織の大学進学をいけないこととしてさせず 夫が組織で不満がうっせきしていたこと それから逃げるために結婚を急いだこと あと板根さんも母親から自由になろうとして安易に結婚したこと あと組織の結婚するまではセックス禁止の教理で相手を深く知る機会が少なかったこと 法にのっとってちゃんと離婚が成立したにもかかわらず組織からは離婚したとみとめられないこと 排斥になると親子間もふくめて関係が絶たれるということへの恐れから生じたものだとわかりました とすればこれこそ組織の歪んだ教えによって生じた二世問題なのだとあらためて理解できました 自分は1世で教理を信じたので信者になったのですが2世の方は大して信じてもないのに親によってムチその他の方法で無理やり信者にならされているのでこのようなことが生じると思いました
組織の教えが健全ならこのようなことは生じにくいですよね
聖書風にいうならこんな感じでしょうか
(マタイ 7:17, 18) …,良い木はみなりっぱな実を生み出し,腐った木はみな無価値な実を生み出すのです。18良い木は無価値な実を結ぶことができず,腐った木がりっぱな実を生み出すこともできません…
#63 Re: 過去ログ・番外編 » Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ) » 2021年05月15日 06:53:55
徹底検証キリスト教3
考古学は、聖書が神のことばであると証明しない。ただ、その記録が基本的に史実であり真正であると確認するのみである。ある出来事が、語られているとおりの時代に符合することを明らかにする。G・E・ライトはこう述べる。「アブラムが実在したことの直接的な証明は不可能であろう。しかし、アブラムの物語に反映されている生活や時代が、第2千年紀初めの枠組みに完壁に当てはまること、また、それ以降のどの時代にも完全には当てはまらないことは証明可能だ」
と書いてありますけど 自分は以前にも書きましたけどフィンケルシュタインの発掘された聖書52ページの方が正しいんじゃないかなと思います
しかし、その編集はいつ起こったのか。聖書のテクストは、その最終的な編集時期を絞り込むことができるいくつかの明瞭な手がかりを示している。例えば、繰り返し言及されるラクダが挙げられる。族長たちの物語にはラクダ、たいていはラクダの群れがたくさん出てくる。しかし、ョセフが兄弟たちによって奴隷に売られた物語においてのように(創三七・二五)、ラクダはまた隊商貿易において使われた荷物運搬用の動物として述べられている。私たちは今、考古学的調査によって、ラクダは二千年期後期以前に荷物運搬用の動物として家畜化されてはおらず、紀元前一○○○年の後しばらくするまで古代近東においてその用途で広く使われてはいなかったことを知っている。そして、ヨセフ物語における「樹脂、乳香、没薬」を運ぶラクダの隊商というさらに印象的な細部の描写は、紀元前八ー七世紀のアッシリア帝国の監視の下で繁栄した、富をもたらすアラビア貿易の主要産物を明らかによく知っていることを示している
実際、アラビアと地中海との間の主要な隊商路で特に重要な貨物集散地である、イスラエルの海岸平野の南にあるテル・ジェメ遺跡での発掘は、七世紀になってラクダの骨の数が劇的に増えたことを明らかにした。その骨はほとんどもっぱら成長した動物のものであり、このことは、それらがその地方で育てられた群れからではなく(そうであれば若い動物の骨も発見されるだろう)、荷物運搬用の移動する動物からのものであることを意味している。実際、正確にこの時期、アッシリアの資料はラクダが隊商で荷物を運ぶものとして使われたことを述べている。ラクダが文学的物語での付随的な細部として含まれるほどにひじょうにありふれた風景の特徴となったのはその時代においてのみだった
徹底3ー 89ページ
まとめとして、2つの結論を提示できる。①考古学は聖書の正しさを証明しないが、それが史実であることを裏づけ、様々な箇所の説明を提供してくれる。
②考古学は急進的批判者たちを完全に論破したわけではないが、彼らの前提の多くに異議を唱えてきた。
自分はそのような場合もあると思いますが 逆の場合もあると思います 
#65 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2021年05月11日 21:22:30
#66 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2021年05月11日 13:12:23
#69 Re: 過去ログ・番外編 » Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ) » 2021年05月11日 07:47:36
>麻原のような人と世界中で誠実な態度でキリストを信じている人々とを同じに見るのはやめたほうがいいでしょう。
キリスト教は最大の世界宗教です
いやいや麻原をメシアと思っている誠実な信者さんは多分まだおられると思いますよ それにイエスが磔刑で殺されたときにメシアだと思っていた人はごく少数だったと思いますよ また麻原も空中浮揚とか病人をいやすなどの奇跡もできたと信者さんはいっておられるようですし
>徹底検証キリスト教は三巻出ており、全ての事を考慮すると聖書は神の言葉だと分かります。それらを深く考慮せず単に嘲る態度は賢明な判断ではありません。
ハム太郎さん同様に、深く考慮もせず嘲笑う事の愚かさは、徹底検証キリスト教の2巻の309頁にあります。
徹底検証キリスト教の2巻の309頁>6.2.6.2あざけった
62.6.2.1アテネで
パウロがアテネで宣教したときは、何の反論もなかった。「死者の復活のことを聞くと、ある者たちはあざ笑い……」(使徒17:32)。ただ一笑に付されただけだった。人が死者の中からよみがえるなど、とうてい理解されることではなかった。アテネの人々は自分たちの立場を弁護しようとさえしなかった。彼らが言ったのは、「事実を並べ立てて混乱させないでくれ。私の考えはとっくに決まっているんだ」ということである。アテネとエルサレムとでは全く異なる反応だったのはなぜか。エルサレムでは、墓が空であることは直に確認できる事実であったのに対し、アテネでは墓が空になったことは知られてはおらず、証拠は遠くにあったからである。パウロの話を聞いた人々は、自分で事実を確認しようとはしなかった。わざわざ調べに行くよりも、無知なままパウロをからかうことで満足したのである。知的自殺行為と言っていいと思う。
自分はあざ笑ってはいないつもりです ただ読んで思ったことを書いているつもりです 1-2巻もパラパラ見ですが似たようなことが書かれていたかと思います
#70 Re: 過去ログ・番外編 » Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ) » 2021年05月11日 06:30:08
徹底検証キリスト教3昨日届きました少しずつ読んでますが自分がかなりジジイになってきて読んだ尻から忘れていきますので途中で気になるところだけ書いていきます
まず聖書は神の本かというところで 証拠として聖書に神から霊感受けて書いたと書いてあるからみたいなことがいくつかと 「自分はオウムの麻原をメシアと信じている信者さんが書いた本で麻原がメシアだと書いてあったとしても信じることはできません
」
あと無謬かという点で原本のみが無謬だが写本も大体原本に近いはずなので大丈夫みたいなよくわからない論議の後
44ページ でいきなり結論として
聖書は、霊感を受けた無誤の神のことばなのか、そうでないのか。聖書は本当に神からのものだと自信を持ってよいのか。この問いかけに対し、心から「そうだ」と答えよう。今日、私たちが手にしている聖書は、霊感を受けた神のことばである。...
「聖書は信頼してよい。霊感を受けた神のことばだからだ。聖書の伝達、および翻訳過程で紛れ込んだ汚染は微々たるもので、制御され、減り続けている。したがって、あなたの聖書は信頼できるもの
なのだ」
と断言しているのはちょっとびっくりです 
52ページ
で 著者が自分の本について完全な論議でツッコミどころは全くないのだが読者がそれを認めないのは理性ではなく読者の先入観のせいだと書いてありますけど 印象操作のような気がします
53ページ
現代的方法論が、検証を始める前にある種の結論を受け入れているからである。つまり、超自然的なことに関する記述を見ると「史実ではない」「神話である」として無視する。ある前提で歴史を研究し、その前提に証拠を合わせていく。つまり、歴史の検証を始める前に、もう結論を出してしまっているのだ。そのような研究者は多い。その前提は史的な先入観というよりも、哲学的偏見である。彼らの歴史観はある哲学的枠組みに根差したものであり、その形而上学的信念が「歴史」の内容・結論を決定するのだ。「現代」の研究者は復活の史的証拠を見せられても、即、退ける。それは史的検証をした上でのことではない。...
それに対し私は、「その結論は史的証拠を検討した結果ですか、それとも哲学的な理由から考え出したものですか」と尋ねる。彼らの結論は、歴史研究からではなく哲学的推測から生み出されたものばかりである。
いや自分は今まで述べてきた長谷川さんや山我さんたちは考古学その他を調べた結果聖書のこれこれの記述が間違いだと思われると述べているのであって最初から否定して偏見から述べているのではないと思います 
#71 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2021年05月11日 06:13:21
#72 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2021年05月06日 06:51:17
crecentさん>カレブさんに通報?www
したらいいじゃないですかwww
投稿されてマズいような内容が書かれているんですか?
都合の悪い事は無視って、典型的なエホバの特徴だよね。
逃げずに、現実と向き合いなさい。
いつまでも排斥を怖がってんじゃないよ!
返信ありがとうございます「ちょっと遅いですけど
」
内容については自分は何もいってないつもりです ただいきなりあちらこちらに書き込みたくさんはじめられましたので何かご自分で主張されたいことあるようでしたらトピ立ててそこにまとめられたらどうかということをお伝えしたつもりでした 「まあ判断するのは管理人さんですので自分はこれ以上は何もいえませんけど
」
>都合の悪い事は無視って、典型的なエホバの特徴だよね。
逃げずに、現実と向き合いなさい。
いつまでも排斥を怖がってんじゃないよ!
都合の悪い事は無視というのはcrecentさんが書き込んだ内容についてだと思いますが あまり読んでないのでわかりません あとちなみに自分はもうやめてますので排斥を怖がる必要はありません 自分のサイトです
追伸
>都合の悪い事は無視
についてですが crecentさんの書き込みみるともしかするとこの掲示板がエホバの証人の掲示板だと思っているのかもしれないなー と感じました それでしたら残念ですけどこの掲示板のほとんどの方はエホバの証人から離れた方だと思います「時にはやむを得ない事情で形だけ現役の方もおられると思いますが心は離れてしまっていると思います」それで 正確にはエホバの証人やめた人の掲示板じゃないかなーと思います それでcrecentさんの書き込み程度のことはもうみなさんとっくに知っているので
で何?
みたいな感じで無反応なだけかもしれません
それでcrecentさんが何か現役のエホバの証人について何か訴えたいなら ご存知の会衆の長老に言うかまたはものみの塔の日本支部宛に手紙書いたらよいのではと思いました
連絡先は以下です
ものみの塔聖書冊子協会
〒243–0496
神奈川県海老名市中新田四丁目7番1号
046–233–0005
