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#326 Re: 総合フォーラム » 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc) » 2013年01月04日 22:27:05

>実質上は聴聞を行い宗教裁判により制裁を加えているのですが、会衆には
>その人は「断絶した」と語ります。
>この点は2010年版の長老マニュアルには明確に記載されています。

なんという二枚舌なんでしょうか。とほほ。

#327 Re: 総合フォーラム » 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc) » 2013年01月03日 23:43:10

TTさん

>神のみこころは、まさしく測り難く、私には理解できません。 どう考えても不公正だと思えます。

では、21世紀に生きている現代の人間の観点から見て、この神の行いはだめだと思う部分が
もしすべて省かれていれば、神を信頼できると思いますか。
アマレク人のジェノサイドの箇所も、ダビデの罪の部分も、聖書に記述されていなければ、
神は善い方だったのでしょうか。
それでは、ただ良いところばかりを並べた偽物の書物になっちゃうと思います。

聖書の記述があるから「エホバの裁き」についてや、「神の忠節な愛」というのが、
どういう愛なのかが理解できるんじゃないかと思います。

#328 Re: 総合フォーラム » 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc) » 2013年01月03日 19:21:32

TTさん

>ダビデの件も、親の犯した罪の影響、復活の希望があることはわかるのですが、生まれてきた子供が生きる権利は尊重されなかったのだろうか?
>ダビデが律法に従って死の裁きを受ければよかったのではないのだろうか?

神が望んで、ダビデの子どもを殺したとは考えないほうがよいと思いますよ。望まない、仕方がなかったことなのだと思われますよ。
なぜなら、ダビデの胤からイエスを生み出すという約束をしていて、実際にバテシバとの間に生まれた、ソロモンの家系からイエスに至ることになりますね。

エホバは、ダビデを処刑して、約束の胤を途切れされることができなかったのではないでしょうか。
けれども、命には命という原則がありますから、ダビデの子どもが身代わりになったんだと思います。
ダビデの罪の結果は、エホバにとっても、ダビデにとっても、悲しい出来事だったのではないでしょうか。

#329 Re: 総合フォーラム » 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc) » 2013年01月03日 19:12:54

akameさん

>赤子と殺人者を同罪にしたことが
>なぜ神の公正公平なのですか?

罪の当事者が、個人ではなくて、アマレク人なのだと思いますよ。イエス・キリストの登場までは、救いはイスラエル人に与えられていたので、どちらかというと単位が国民なんです(きっと)。

もし自分が殺すことを命じられたとしたら、感情的には嫌です。神も「邪悪な者が死ぬことを望まない」といっておられるのですから、同じ気持ちなのだと思います。将来希望のある子どもを殺すことも感情的には嫌です。でも現在そんな命令を神が出すはずもないので、心配ないと思います。

復活があるのかもしれませんよ(エホバの証人の教理では否定しますけれど)。神にとっては、1回目の死は、みねうちみたいなものなのかもしれないとか、考えてみました。

#330 Re: 総合フォーラム » 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc) » 2013年01月02日 21:40:47

akameさん

聖書には、神が義なる人に対して、死をもたらしたという記述はまったくないです。
悪が満ちたときに滅ぼすことはあります。
これは神の言葉どおりの命には命という原則です。

「アマレク人が、他の国民に対して、先に同じようなことをしていた」と推定してみるのはいかがでしょうか。
殖民していたということは、前に住んでいた部族がきっといたはずです。

ある窃盗団が集団として、akameさんの罪のない家族を、強盗に入り殺したとしましょう、
ではその窃盗団が集団として罰を受けることは、仕方のないことなのではないでしょうか。

#331 Re: 総合フォーラム » 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc) » 2013年01月02日 00:05:59

irisさん

わたしはキリスト教について、聖書から話し合いあいたいと思っているのに、
irisさんは、歴史的なキリスト教の定義から出発しようとしていると思います。

>これをエホバの証人の方に言われたくはありませんね。ものみの塔はほかの宗教についてどう教えていますか?
>大いなるバビロンとか、偽りの宗教組織とか、完全に否定していませんか? 特にカトリックなんかボロクソです。
>もんもんさんが伝道のときに、カトリックも間違っているとは言えません、といちいち訂正してくださっているのなら別ですが。
>私はものみの塔の教えはリンゴの中にナシの種が入っているようなものだと思います。
>リンゴはいりませんか?と売り込まれて、おいしいなと思ってその種を蒔いてもリンゴの木にはなりません。
>リンゴを収穫しようとせっせと育てたあとに、その木になったナシの実を、
>「これが本当のリンゴなんです。みんながリンゴだと思っているものは、実は本当のリンゴではないんですよ。」と
>言われているようなものです。ではなぜ最初からリンゴに見える実ではなくナシの実を見せないのでしょうか?
>リンゴとナシのどちらがおいしいかは人それぞれですが、ナシはナシであってリンゴではありません。

エホバの証人を異端(リンゴではない)と呼んでいるのは、正統派キリスト教の伝統なんですよ。
だから、ぜひirisさんが、この観点については考え直していただきたいと思っています。

ものみの塔協会は、カトリックのことを大いなるバビロンと言っていますが、
わたし自身は、それが具体的に何を指しているのかを、特定したいとは思いません。
ものみの塔協会自身も「大いなるバビロン」である可能性の高い組織だと思います。

#332 Re: 総合フォーラム » 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc) » 2012年12月31日 20:29:16

irisさん

>私は、ものみの塔の教えが間違っているとは言っていません。
>ものみの塔の教えは聖書の教えではなく、キリスト教の教えでもないと言っているだけです。

なぜ自分は否定されたくないのに、他の人が信じていることを否定しますか。わたしはエホバの証人ですが、伝道をするときに、聖書の教えを伝えていると思っていますし、キリスト教について伝えていると信じています。どうして、他の人の信仰を否定しますか。

>ものみの塔の教えには輸血拒否などを強制できるような仕組みがあり、
>それが特に子どもたちの福祉の観点から問題であると考えているのです。

それは議論の対象にしてもよいですけれど、これは「血を避けていなさい」という聖書の教えの解釈の仕方なんです。だから、強く当てはめるのがよいか、弱く当てはるかがよいかの問題で、「血を避けていなさい」という教え自体は、ものみの塔の教えではなくて、聖書の教えです。

>私がものみの塔についていちばんキリスト教的でないと思うのは、
>エホバの証人を神の側に置き、「世の人」をサタンの側に置いて、
>自分たちはサタンとの関係を絶っているかのように教えている点です。聖書にはなんと書いてありますか?

これはエホバの証人の間でよく見られる悪い風潮だと思います。「すべての人が罪を負っている」と聖書に書かれているので、もっと謙遜にならないといけないと思います。

>ものみの塔は「神に受け入れられる」行いを規定し、それを守ることによって永遠のいのちを勝ち取るように教えていませんか?

そんなことはないです。聖書と同じ「信仰による義」を教えています。けれども、外部から見れば、「神に受け入れられる」行いを規定しているように見えても仕方がない部分もあると思います。

#333 Re: 総合フォーラム » 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc) » 2012年12月31日 12:32:55

irisさん

神が死を敵と呼んでいて、死や悲しみを取り除くという約束をされているということをご存知ですか。

「最後の敵として,死が無に帰せしめられます。[神]は「すべてのものを彼の足の下に服させた」からです。」(コリント第一15章28節)
「また[神]は彼らの目からすべての涙をぬぐい去ってくださり,もはや死はなく,嘆きも叫びも苦痛ももはやない。以前のものは過ぎ去ったのである」(ヨハネへの啓示21章4節)

わたしはやはり、irisさんは、ものみの塔協会の教えが間違っていて、カトリック教会の教えが正しいと信じているように感じます。良いことも悪いことも神のご意志だという考え方です。けれども、悪いことは神はなさらないです。

「それゆえ,心ある人々よ,わたしに聴け。
[まことの]神が邪悪なことを行なったり,
全能者が不正を行なったりすることなど決してない!」(詩編35編8節)

親が子どもの死を望まないように、神は人間の死を望んではおられないですよ。ですから、イエス・キリストを贖いとして与えて、信じる者が永遠の命を持てるようにされたのではないでしょうか。

「それは,彼を信じる者がみな永遠の命を持つためです。」(ヨハネ3章15節)

#334 Re: 総合フォーラム » 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc) » 2012年12月30日 20:51:11

irisさん

>「実際の命の救い」とはどのようなことでしょうか?
>ラザロが死んで何日も経ってから生き返ったというようなことでしょうか?
>それとも、ものみの塔が楽園に期待させているようなことでしょうか?

たとえば復活です。「終わりの日に記念の中にいるものがみな出てくる(ヨハネ5:28)」というイエスの言葉をどのようにとらえておられますか。
わたしたちエホバの証人は、ラザロの復活と同じように、肉体が復活すると考えています。

「実際の命の救い」という表現で、復活によって死から救出されて、イエス・キリストに信仰を働かせるなら、永遠に生き続けることができるということを意味しました。

#335 Re: 総合フォーラム » 聖書予言 » 2012年12月30日 08:54:26

irisさん
少し話を変えますね。irisさんは「命の救い」が聖書の主要なテーマであるとお考えですか。「精神的な救い」ではなくって「実際の命の救い」です。

#336 Re: 総合フォーラム » 聖書の教え (神、イエス・キリスト、救い、etc) » 2012年12月30日 00:32:03

言葉の激しいぶつけ合いや、けんかはやめましょうよ。エホバの証人研究さんの掲示板ですよ。お互いに誹謗(あなたは提供される聖書のことばに関心も敬意も示していません。<-> まるでイエスの時代のパリサイ人のようです。)しあうと、よい議論にならないですよ。

#337 Re: 総合フォーラム » 聖書予言 » 2012年12月30日 00:27:22

irisさん
わたしが語ったことには、人づてで聞いたもので、確かな根拠はないです。統計的な裏づけもないです。というわけで、カトリック教会について誤解を招くだけですので、取り下げます。申し訳ありませんでした。

#338 Re: 総合フォーラム » 聖書予言 » 2012年12月29日 17:12:14

irisさん

>「互いに愛し合うこと」自体は新しいおきてではありません。昔ながらの律法に含まれているおきてです。
>何が新しいかというと、契約の条件として「互いに愛し合うこと」以外には何も要求されない、ということが新しいのです。

わたしはプロテスタントの人ともこの点で話したことがありますが、たぶんここがエホバの証人と一番相違するところだと思われます。
たとえば互いに愛しているといいながら、婚前交渉を持ったとします。
また愛してるといいながら、殺人を犯したとします。
また愛しているといいながら、仲間の兄弟が持っているものを盗んだとします。

わたしが前に話したプロテスタントの方は、どんなに極悪なことをしても、イエスを信じていると言うなら救済されるといいました。
カトリック教会の人は、神は許してくださるからということを言い訳にして
平気で婚前交渉を行う人がたくさんいるのではないでしょうか。
この点では、わたしはきちんと守ろうとしているエホバの証人を支持します。

単に愛していると言うだけではなくって、
実際に愛し合うということが、どういうことなのかが、
聖書から論じられる必要があると思います。

#339 Re: 総合フォーラム » 長老あての手紙や指示の内容を共有しませんか » 2012年12月28日 10:40:42

「2012年4月10日付けのポルノに関する長老団あての新しい手紙」が海外サイトで公開されていたのでリンクを張っておきます。

http://exjehovahswitnessforum.yuku.com/ … Nz1PW_tQV8

こんな恥ずかしい内容を長老が頭の中にいっぱい覚えておかないといけないとなると、悲しくなりますね。長老を目指している兄弟たち、長老になるとこんな手紙を考慮しなければならなくなりますよ。姉妹たちは、今まで知ることができなかったかもしれませんが、このような内容の手紙を長老はたくさん持っていますよ。

#340 Re: 総合フォーラム » 聖書予言 » 2012年12月28日 10:15:45

irisさん
>「本来のキリスト教の教え」の指す内容がわからないのは、もんもんさんの責任ではありません。ものみの塔の責任です。

これはもしかして「わたしはあなたがたに新しいおきてを与えます。それは、わたしがあなた方を愛したように、互いに愛し合うことです」というおきてのことを言っておられますか。もしそうであれば、イスラエル国民に与えられた律法契約が廃されて、イエス・キリストによる愛の契約ができたということは、エホバの証人で学ぶことのひとつですよ。

ものみの塔聖書冊子協会が主張する「新しい契約はイエス・キリストと14万4000人との契約」という主張は、妥当かどうかskさんがこれから論じてくれる気がします。

>ものみの塔も、表向きは「聖書の指針に基づいて、自分の良心で決定する」ように勧めていることでしょう。
>けれども、実際に聖書の指針に基づいて、自分の良心に従って、輸血を受け入れる決定をしたとしたら、どうなるでしょうか?
>「それは本当に神に受け入れられることでしょうか」などと言われませんか? 輸血を受けたら排斥だと暗に脅されませんか?
>そして輸血を受けずに家族が亡くなったとしても、「本人の自由な決定です」ということになりませんか?
>ものみの塔の組織は事実上「排斥」などの方法によって、個人の信仰を細部まで規定しようとしています。
>その適用には会衆による違いがあるかもしれませんが、それによって苦しんでいる人がいるのは確かだと思います。

何も言い返すことはないです。そのとおりだと思います。現状は「聖書の教え」と「ものみの塔聖書冊子協会の教え」が混ざっています。

#341 Re: 総合フォーラム » 聖書予言 » 2012年12月27日 19:34:04

irisさん

>イエスが教えた父である神にエホバという名があると私は思いませんが、エホバという名があると思う人がいてもかまわないと思います。

あるないという議論で言えば、間違いなく名前はあります。ヘブライ語で書かれた旧約聖書には、YHWH(ローマ字表記)という4文字が神の名前としてでてきます。またダビデは詩編の中で、神のことを名前で頻繁に呼んでいますから、名前で呼ばれることは神にとっては失礼ではないと思いますよ。

>旧約聖書の時代には、この神はイスラエルの神でした。イエスによって、すべての民への救いの道が開かれたのです。

新約の時代も、同じ神です。新約の時代も、ヤコブの神、イサクの神、アブラハムの神と呼ばれた、旧約時代の神が、新約時代の神でもあります。神の子イエスだけを仲介者とするという新しい部分が加わりましたが、神は何も変わっていないのではないでしょうか。

>キリスト教の教えは新約聖書に書かれています。
うーん、神の教えは、聖書全編に書かれていると思います。新約だけにキリスト教の教えが書かれていると信じる信仰が、カトリック教会の信仰なのではないでしょうか。わたしには「本来のキリスト教の教え」が何を指しているのかよくわかりません。

>もんもんさんにも、組織によってすべてを規定された信仰ではなく、もんもんさんだけの信仰があるべきなのです。
irisさんは、個々のエホバの証人について誤解しています。個々のエホバの証人は、組織によってすべてを規定された信仰で生きているわけではないです。聖書の指針に基づいて、自分の良心で決定することが、最近ではとても重要視されるようになってきています。特に神との個人的な関係は大切です。

#342 Re: 総合フォーラム » 聖書予言 » 2012年12月27日 10:22:46

irisさん
エホバの名前を頻繁に使うのが正しいかという議論は別にしても、イエス・キリストが父と呼んでいるのは、エホバという名を持つ神です。エホバという名を持つ神は、イスラエル人だけの神ではなくて、すべての人に対する神です。聖書には、神はイスラエル人だけではなく諸国民に対しても救いの道を開いたということがが書かれています。

またキリスト教の聖書は、新約聖書だけではないです。新約聖書の中には、旧約聖書からの引用が、たくさんあります。また、新約聖書の筆者自身が、聖書全体が神の霊感を受けていると述べています。ここで聖書筆者が聖書として思い浮かべているのは、旧約聖書のことです。

わたしはirisさんが、聖書の教えではなくって、カトリック教会の教えを信じていると感じます。もしirisさんが「聖書だけじゃなくってもいいじゃないですか」というのであれば、どのような信仰でも作ることができますよね。

エホバの証人にとっても、最大のおきては「神への愛」と「隣人への愛」です。それは、カトリック教会と同じです。

>「輸血拒否」や「排斥」は、聖書の教えに沿っていると思いますか。神の愛を感じられますか?

わたし個人としては聖書の教えに沿っているとは思いません。

#343 Re: 総合フォーラム » 聖書予言 » 2012年12月26日 13:51:17

irisさん
irisさんが神に反しない限り何をしたっていいじゃありませんかと主張するのであれば、エホバの証人が「わたしたちはキリスト教です」といってもいいのではないですか。どうしてエホバの証人は、キリスト教ではないといってしまうのしょうか。

わたしは、聖書に根拠のないことを組織的に行うということは、反対です。それを行うと何を教えてもよいということになってしまいます。イエスが命じたことは、死を記念することだけだったのですから、組織的に行う行事としては、それだけにとどめておくのがよいと思います。

年に1回というのは、ユダヤ人の過ぎ越しの祭りが、死の記念式の由来ですから、妥当な推論だと思えます。

#344 Re: 総合フォーラム » 聖書予言 » 2012年12月25日 20:16:31

>カトリック教会では、伝統的にこの夜イエスさまの御降誕を祝います。
>聖書の記事からは、イエスさまが真冬に生まれたのではないことがわかります。
>けれども、闇の中に住む人に光であるキリストが与えられたことを象徴して、一年でいちばん夜の長い
>この時期にイエスさまの御降誕を記念するのです。

わたしにはカトリック教会が、クリスマスを祝っているという事実を、単に正当化しているように思えます。これでは、ものみの塔聖書冊子協会を批判することはできないのでは、ないでしょうか。カトリック教会の伝統や辞書にのっているキリスト教の定義ではなくて、skさんのように聖書から論証するのがよいと感じます。

#345 Re: 総合フォーラム » 聖書予言 » 2012年12月18日 21:50:12

skさん
お返事ありがとうございます。英語もできるんですね。お互いがんばっていきましょうね。

#346 Re: 総合フォーラム » 聖書予言 » 2012年12月17日 19:34:28

skさん

わたしも同じようなことを考えていたので、skさんがこのようなことを書かれてびっくりです。ぜひエホバの証人の兄弟・姉妹にも読んでいただきたい文章だと思いました。skさんは英語が得意のようですが、英語の掲示板などでも、投稿しておられるのですか。

#347 Re: 総合フォーラム » スティーブン・アンサンク vs ものみの塔協会 » 2012年11月18日 22:45:47

>① 法廷でものみの塔協会は、伝道活動は個々の奉仕者の「個人的な宣教」であるとの立場を主張しました。
そうだったんですね。今まで知りませんでした。

>② 法廷でものみの塔協会は、「忠実で思慮深い奴隷」は存在しない、それは神学上の取決めに過ぎないと宣言しました。
これまで「統治体は忠実で思慮深い奴隷の代表です」といってきたのはいったいなんだったのでしょうか。

それにしても、ものみの塔協会は、裁判で語ることとものみの塔研究や王国宣教で語ることにこれだけ差があるのはどうしてなのでしょうか。
信頼をどんどんと失っていきます。とても残念です。

#348 Re: 総合フォーラム » News » 2012年11月18日 22:36:13

わたしも母なる組織という概念は危険だと思いました。

箴言のひとつの言葉を指して、組織に当てはめることは逸脱した適用だと思います。

#349 Re: 総合フォーラム » 毎週のものみの塔研究について語り合いましょう » 2012年10月26日 19:46:55

>宗教の滅びを 国連の軍事力によると想定するのはナンセンスだと思います。

確かに。
どうして統治体は断定してしまうのでしょうか。

#350 Re: 総合フォーラム » 毎週のものみの塔研究について語り合いましょう » 2012年10月24日 21:48:59

次回のものみの塔研究は

「この世界はどのように終わりに至るか」

です。

副見出し

・終わりの直前に何が生じるか
・自分の見方の誤りを思い知らされる「女王」
・神の民に対する攻撃
・諸国民はエホバを認めなければならなくなる
・別の世界強国は登場しない
・神の主要な敵対者はどう扱われるか
・平和な時代に至るできごと

預言の解釈の解説がされています。
「平和だ、安全だ」「大いなるバビロン」「十本の角」「野獣」「ダニエルの像」「マゴグのゴグ」

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