#3 2016年07月25日 04:54:59
- サーテ
- メンバー
Re: サーテさんのスレッド(ドーキンスのスレッドから分岐)
つまり聖書を科学的に探究するということはあまり意味のあることではないのです
それは一時の解放感を齎すだけで、救いをつぶしてしまうことになるからです
この世界は真面目に真剣に真理を追究すれば救いを与えてくれるような甘い世界ではありません
もっと理不尽で滅茶苦茶な世界です
それはエホバを経験したあなたがたなら十分理解しているはずです
この世界は悲惨な世界であり、どうしたって神は必要になってきます
科学でも理性でも人を救えません
人知を超えたものにすがるしかないのです
だから宗教があるのです
私は宗教は不可侵のものとして、科学から隔離しておくべきものと考えます
でなければこの世界にはあまりに救いがなさすぎます
あなたがたは人生の苦悩を完全に除けますか?
永遠の命を人に与えられますか?
できないでしょう?
ならば黙っていなさい
救いに関することは、神や宗教に任せてしまえばよいのです
なぜならそれは人間には不可能な領域だからです
人には神が必要なんです
それはあなたがたも例外ではありません
科学や理性の先にあるのは滅びであって救いではありません
オフライン
#7 2016年07月25日 05:23:18
- サーテ
- メンバー
Re: サーテさんのスレッド(ドーキンスのスレッドから分岐)
私はドーキンスが言っているような
人類共通の誰もが受け入れるべき普遍的真理なんてないと思う
人の価値観はけっきょくその人が決定するのであって
科学ですら人類普遍の「真理」にはなりえないと思う
それははっきり彼の誇大妄想だと思うよ
ドーキンスははっきり言うと「科学原理主義」(笑)であって
けっしてまともじゃない
大槻教授をもっと極端にしたようなはっきり言うと「狂信者」だ(大笑)
彼の考えは二元論的で、とてもキリスト教と似ているw
というより、彼の思考パターンは元々キリスト教そのものだ
まあ彼がキリスト教文明圏出身なのだから当然だけど、気をつけて読むと彼のエホバの証人と変わらない二元論的な危険性がわかるよww
それとアーマンもけっこう間違いが多い
たとえば、キリストに従うように男に従え、という個所をのちに付け加えられたと彼は言っているが
別の聖書学者は「もともとあった」とはっきり言っている
神様じゃないんだから、どんな人の言葉も絶対視しないことだね
オフライン
#9 2016年07月25日 10:43:54
- 元伝道者
- ゲストユーザー
Re: サーテさんのスレッド(ドーキンスのスレッドから分岐)
#10 2016年07月25日 10:55:46
- カレブ
- Administrator

Re: サーテさんのスレッド(ドーキンスのスレッドから分岐)
>たとえ嘘であろうが原理主義をとるべきなのです
おはようございます。
サーテさん ずいぶん素直ですね。
多くのエホバの証人にも見習ってもらいたい態度だと思います。
「嘘でもいいから西暦前607年をとるべき」みたいに。
わたしはエホバの証人でも他の宗派の人でも
「嘘であろうが信じる」という人がいれば
あまり突っ込みいれることはないです。
ただし、「嘘であろうが原理主義をとるべきなのです」
の中の後半の部分は正しいとは思いません。
原理主義によって人が気持ちよくなろうと
嘘を信じるのは嫌だという人は大勢います。
最初から嘘でもいいと割り切っている人であれば
良いですが、嘘を本当であるかのように教えて
人々をリクルートするのは結果的に
悪であるとわたしは考えます。
>神様がいないよりも
>優しくて救ってくれる神様がいた方がよいと思わない?
この質問だけとると事実上
「お金を持っていないより
お金を持ってるほうがよいと思わない?」
と変わりません。
答えはとうぜん「そうですね」になります。
しかし
「お金持ってるほうがよい」と答える人がいたら
それが同時に「お金を持っていると信じ込んだほうが良い」という
意味にはなりません。
自分を救ってくれる神がいたほうが良いのだから
信じたほうが良いと結論するのは
人間がもつ理性への冒とくでもあると思います。
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#11 2016年07月25日 11:05:14
- サーテ
- メンバー
Re: サーテさんのスレッド(ドーキンスのスレッドから分岐)
つまりですね
この世の中に万人を救うなんらかの真理があるという考えが
幻想だということです
科学にしろなんにしろそう考えている時点でどこかおかしいんです
むしろそれは「超現実的」な宗教の次元の思考法なんだと言うことです
そういう意味でドーキンスは完全な妄想狂だと思うし
宗教という意味ではキリスト教原理主義はまともだと思っています
ドーキンスの場合、キリストを科学に置き換えただけで本質的に何も変わっていないのです
つまり、万人を救う真理など元々なく
宗教的真理は「全部嘘なんです」
しかし、人生が苦難に満ちたものであり、人が死ぬものである以上
宗教的真理は絶対必要なんです
嘘であって構わないんです(だって嘘以外ないんですから)
そういう意味では万人はキリスト教原理主義を受け入れるべきなんだと私は思っています
宗教がひとつに統一されれば窮屈にはなりますが、争いは減りますから
まあそうなったら科学との兼ね合いはうまくやるでしょう
オフライン
#15 2016年07月25日 11:18:20
- サーテ
- メンバー
Re: サーテさんのスレッド(ドーキンスのスレッドから分岐)
では、リベラル派はどうか?
という話になると思いますが
一部受け入れるのも、全部受け入れるのも、「非科学的である」ということに関してはなんら違いはありません
たとえば進化論を受け入れてイエスがキリストだと信じている人がいますが
イエスがキリストであることが科学的に証明されているわけでもなんでもありません
どうせ不合理なことを信じるのであるならば、全部受け入れた方が筋が通っています
科学との共存のためいろいろ工夫する必要があるとは思いますが
現実的に言って、人類を統一する宗教的真理としてはキリスト教原理主義以外にないと思っています(キリスト教がもっとも
信者数が多いからです)
先ほども言いましたが、「事実は誰も救いません」(笑)
それがこの世界の現実ではないでしょうか?
オフライン
#18 2016年07月25日 11:35:55
- カレブ
- Administrator

Re: サーテさんのスレッド(ドーキンスのスレッドから分岐)
>超現実的な聖書と神を受け入れる心の余裕を持ってほしい
「受け入れる」という言葉を都合のよいように使ってますよね。
ようするにネットでキリスト教が批判されるのが
嫌で嫌で仕方ないってのが本音ではないですか?
話すこしそれますが
あなたの書いてきたことをそのまま受け入れると
仮にキリストの十字架が「一本の杭」を表していると
信じているエホバの証人が世界で一番信者が多い宗教であれば
人類を統一するためにエホバの証人の原理主義を
みんなが受け入れて「スタウロス=一本の杭」を
信じて受け入れるべきだということにもなりますよね。
オフライン
#19 2016年07月25日 11:39:22
- サーテ
- メンバー
Re: サーテさんのスレッド(ドーキンスのスレッドから分岐)
付け加えておくと
現実に立ち向かっても勝てないことはいくらでもあります
どうしようもないことはこの世界にいくらでもあります
神の力を借りないとどうにもならないことの方がむしろ多いんじゃないですか?
私、理性的に現実に立ち向かえば道が開けるって考え方、どうもきれいごとすぎてついていけないんです
現実ってそんなに甘いものですか?
人生ってそんな理屈どおりにいきますか?
もっと不条理で切なくて不可解で
どうにもならない部分があるのが人生じゃないですか?
だから我々クリスチャンは神にかけるんです!
神がいるかいないかはあまり関係ありません
人生がどうしようもないものだから人は神というものを想像したんだと思います
繰り返しますが、嘘であろうが宗教は人類に必要です
オフライン
#20 2016年07月25日 11:43:02
- カレブ
- Administrator

Re: サーテさんのスレッド(ドーキンスのスレッドから分岐)
>神の力を借りないとどうにもならないことの方がむしろ多いんじゃないですか?
これってつまり「何やってもどうにもならないことってあるよね?」って
話ですよね?
>私、理性的に現実に立ち向かえば道が開けるって考え方、どうもきれいごとすぎてついていけないんです
>現実ってそんなに甘いものですか?
そうではなくて、現実は厳しいけど
真実を受け入れて立ち向かうというのが求められていることなんではないでしょうか?
「甘い」って現実が厳しいから「嘘でもいいから信じて慰められて生きよう」というほうが
「甘い」とみられると思います。
>だから我々クリスチャンは神にかけるんです!
あなたは、すでに「嘘だってわかってる」って言ってましたよね。
そんなんで本当にいいんですか?
オフライン
#22 2016年07月25日 12:03:40
- カレブ
- Administrator

Re: サーテさんのスレッド(ドーキンスのスレッドから分岐)
>けっきょく科学に神は殺せませんでした
神を殺すって なんの話ですか?
べつに神様はポケモンの世界じゃないんですから
科学者はだれも神を殺せるなんて思ってないですよ。
むしろ科学的発見と事実を啓蒙しているだけで
事実を受け入れる人のパーセンテージは事実を啓蒙した結果と
してついてくるものだけで、神がどうのこうのというのは
科学の目標ではありません。
ちなみに宗教と科学が対立する部分で
着実にパーセンテージ的には宗教は衰退していってます。
>19世紀に殺すチャンスがあったのですが失敗しました
ダーウィンの種の起源の出版の話ですか?
神様が表れて「殺すチャンス」があったとかではないですよね。
具体的に何がどのように失敗したのですか?
>いい加減、科学も宗教を認める時代がきたと思っています
「認める」というのは
「もう批判しないでね」って話ですよね。
そんな時代はまず来ないと思います。
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#25 2016年07月26日 01:46:08
- サーテ
- メンバー
Re: サーテさんのスレッド(ドーキンスのスレッドから分岐)
自分の頭で考えたってわからないことはわかりませんよ
むしろそっちの方が多いでしょう
人生を他人にゆだねようが自分で判断しようがあまり本質的な問題じゃないです
自分の頭で考えて正解がわかるような甘い世界なら
そもそも神も宗教も生まれてないでしょう
何かにすべてをゆだねることが間違っているということと
自分の頭で判断すると正解がわかるということの間には何の関係もないですね
むしろどっちもどっちだと思う
本来対比すべきものではないと思います
たとえば地球を神様が作ったということにはいくらでも反論できるでしょう
じゃあ人生の答えってなんなんですか?
誰にもそんなものわかりませんよ
よーするにそういうことなんだと思います
自分で考えたってわからないことはわからない
そもそも古代人が考えた宗教と対比させることじたいがおかしいのです(そんなら幼稚園児だって正解がだせますよ)
本質は自分の頭でいくら考えてもわからない人生の問題から逃れられないことです
そういう意味では人間は永遠に神と宗教から逃れられないでしょう
究極的には人生の答え、判断は神や宗教に委ねるしかありません
人が聖書を基準にするのは、人生の答えはけっきょくオカルトに頼るしかないからです
だからこそキリスト教原理主義と聖書を不可触のものにする必要があるわけです
理性で「人生の答え」は「わかりません」(絶対に!)
それは「永遠に「神様」に委ねるしかないでしょう」
興味がある人は私のブログを読んでください
そういうことを論じています
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