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#752 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月22日 15:55:27

結婚や離婚にやかましいのは良くないことだ、というのが前提になっているように
感じますが、子どもを大切に思う親は結婚にやかましいのが普通じゃないでしょうか。
やっぱり子どもには幸せになってほしいですからね。

近年の日本では、簡単に結婚と離婚を繰り返す人も多いのですが、
それは良いことなのでしょうか。
特に子どもにとっては、複雑な家庭環境は虐待につながりやすくなります。
子どもを連れて再婚した女性が、夫が子どもを虐待しても止められず、
わが子が殺されるのを見ているしかなかったという事件は珍しくありません。
新生児や乳児を診ていると、たくさんのきょうだいの父親が全部違うなんていう家庭も
少なくないですが、そういう家庭の子どもは治療のためというより育児支援のために
入院させなくてはならないこともあります。

宗教教育より、簡単に結婚離婚を繰り返させる方が、よほど虐待の温床になりますよ。

#755 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月19日 19:29:37

ローマ(バチカン)が全世界向けの新しい「カトリック教会のカテキズム」を編纂した際に、
各国の実情に合わせた要理書を編纂するよう要請しました。
「カトリック教会の教え」はその日本版ですので、カレブさんの推測とは逆ではないかと思います。
(この本こそが日本のカトリック教会の公式のカテキズムですが)
また、書き方もカレブさんの期待(?)と違うと思います。

私は新しいカテキズムで育ちましたので、この要理書には何の抵抗もありません。
古い信者さんにとっては、許せないかもしれませんが・・・

#756 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月19日 09:08:13

カレブさんは偏見はあっても悪意はなく、誠実で責任感のある方だと感じられるので
安心して議論できます。多少不愉快になることはあっても傷つきはしません。
宗教について真面目に議論できる場は本当に少ないので、ここは貴重だと思います。

今日は子どもの友だち10家族でバーベキューです~
重婚については後ほど。

#757 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月18日 08:59:28

カレブさん、分岐ありがとうございます。
でも、話題はカトリックの混宗婚についてじゃないような気もします。

ほとんどの日本人は自分は無宗教であるつもりですが、宗教心は豊かです。
宗教的なものの尊さを、知らず知らずのうちに身に付けて育ちます。
神棚と仏壇が並んでいたり、神社に行ったりお寺に行ったりするからといって、
宗教観がめちゃくちゃであるわけではありません。
確かに、キリスト教国のキリスト教徒から見れば、めちゃくちゃで無宗教に
見えるでしょう。でもそれが日本人の宗教観なのです。

世界から称賛される日本人の道徳的態度は、豊かな宗教的環境の中で育つからこそ
育まれるのだと思います。宗教全般を否定してしまったら、そうはいきませんよ。

#758 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月18日 00:36:58

ジョエルさん、コメントありがとうございます。

私がしつこく反論するのは、カレブさんには宗教全般に対する偏見や無理解があるように
感じてしまうからです。これは4年前に初めて意見交換をした時からあまり変わりません。

カレブさんは、宗教についてはエホバの証人の事情にいちばん詳しいようにお見受けします。
つまり、エホバの証人の組織には問題がある、ほかの宗教組織にも類似点がある、
したがって宗教には問題があるという理屈になっているように思えます。

私に言わせれば、エホバの証人の組織、もっと言えば日本におけるエホバの証人の組織のあり方に
特に問題が多いのであって、その特殊な例を根拠に宗教全般を批判するのは筋違いなのではないかと
思います。同じエホバの証人でも、キリスト教国ではもう少し問題は少ないのではないでしょうか。

家業を継がなくてはならない、名跡を継承しなければならないなど、子どもが特定の価値観や生き方を
要求されるのは宗教に限りません。虐待になるかどうかは、教育の仕方によります。

ここではカレブさんの意見に賛成される方が多いと思いますが、別の見方もあるのだということを
考えていただきたいので、しつこくお邪魔しています。

ところで・・・
私はプロテスタントの事情に詳しいわけではありませんので、プロテスタント教会については
コメントしたくないのですが、個人的にはプロテスタントの方とは宗教の話をしたくないです。
いくつかのプロテスタント教会に通った経験や、プロテスタントの知人との付き合いから、彼らは
キリスト教徒であることに誇りというより優越感を抱いているように感じられてしまうからです。
自分たちこそ、正しい生き方をしているのだというような・・・
日本のカトリック信者にとっては、異宗婚よりも混宗婚のほうがハードルが高いと思います。

#759 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月17日 11:15:39

カレブさんは、エホバの証人の問題に関心を持つまで、宗教について
興味がなかったんじゃないかなと思います。
エホバの証人の組織には問題だらけじゃないか、やっぱり宗教って良くないな、てな感じです。

宗教教育にもやりようがあります。子どもの心を傷つけるような教育はやり方がまずいのです。
子どもの心を傷つける可能性があるから、宗教教育は虐待だというのはおかしいでしょう。

幼い子どもを育てるのに、子どもと教育方針を相談することはできません。
親がよいと思うものを、与えるしかないんですよ。
その際に心得ておくべきなのは、子育ての目的は子どもを自立させることだということです。
いつかは子どもを親離れさせ、自分も子離れするのだという覚悟を持つことです。

私は日本人でカトリック信者ですから、日本の宗教的な伝統とカトリックの信仰に基づいて
子どもを育てています。子どもが社会でのびのびと生きていけるようにするためです。
エホバの証人の信仰教育は、子どもの心を傷つけ、エホバの証人の世界でしか生きていけない
人間を育てるようにできていますが、すべての宗教がそうであるわけではありません。
現代では国際社会でもお互いの宗教を尊重することが(少なくとも名目上は)常識です。

私の娘は自宅にある小学館の図鑑で「じごくとごくらく」の絵を見て、
「おりこうにしてるからじごくに行かないよね」と私に確認を求めてきました。
昔から、嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるよ、悪いことをすると地獄に落ちるよ、という話は
ごく一般的だったと思います。怖い話をしないことがよい教育だとは限りません。

卓球の福原愛選手は、3歳から卓球を始めていますが、平日4時間、休日8時間の練習を
毎日続けていたそうですね。福原選手は卓球の練習に疑問を持ったことはなかったかも
しれませんが、一般論から言えば幼児に単一の競技をこれほど練習させることは不適切であり、
心身に負担をかける可能性が高いといえます。
また、子どものためだと思い込んで習い事や勉強をさせ、自分の期待通りにならないと
子どもを責める親や、子どもの苦痛に気づかない親も少なくありません。
宗教教育でなくても、不適切な子育てはいくらもありますよ。

#760 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月17日 08:13:11

カレブさんは育児雑誌とか幼児教材の類をごらんになったことがありますか?

生後1か月頃にはお宮参りに行きましょう。
離乳食が始まったら「いただきます」「ごちそうさま」を教えましょう。

と書いてありますよ。誰も虐待だと思ってないと思います。

#761 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月17日 01:02:01

カレブさん

母親だけがカトリックの家庭で子どもに洗礼を受けさせることがどれほど難しいか、
日本の教会は百も承知です。約束が守れないかもしれないことを承知の上で、
書類が揃えば異宗障害を免除してくれます。実情に合わせた柔軟な運用だからこそ、
妻に導かれて受洗する夫も少なくないのだと思います。

#762 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月16日 16:06:21

カレブさんは子どもに宗教教育は必要ないというお考えのようですが、私は必要だと思います。
子どもにこそ、人間としてどのように生きるのがよいかをきちんと教えるべきです。

宗教嫌いの人は、宗教を一切排除するのがよいと考えがちですが、
人間が人間らしく生きるには宗教的要素を一切排除することは現実的に不可能です。
宗教をやりたければ大人になってやればよい、というお考えもあるでしょうが、
宗教的素養のない人が宗教を求めると破壊的カルトにはまりやすくなります。

子どもへの宗教教育が虐待に当たるかどうかは、そのやり方によります。
子どもの人格を否定したり、反社会的であったりするような教育は精神的虐待になりえます。
それは宗教教育に限りません。

#763 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月16日 15:20:02

カレブさん

教会法上は混宗婚は違法です。また異宗婚は障害の免除を受けなければ無効です。
キリスト教国では、混宗婚も異宗婚もマイナス要因として扱われます。
周りが信者だらけなのに、わざわざ信者以外の人を選ぶからには、何か特別な事情が
あるのではないか、特別な配慮が必要ではないかと考えてもおかしくないと思います。
混宗婚も許可を受ければ合法になり、異宗婚も免除を受ければ有効になります。

細かいことを言えば、カトリック信者同士の結婚式はミサの中で行われ、
新郎新婦がお互いに結婚の秘跡を授けあいます。
混宗婚・異宗婚の場合は、ミサによる結婚式を行うことはできず、秘跡にもなりません。
秘跡というのは宗教的な恵みを与えるしるしで、カトリックでは非常に重要なものです。
ですから、周りがみんなカトリックの環境で、自分だけ結婚の秘跡を受けることが
できないとなれば、混宗婚や異宗婚を避けようとする動機になるかもしれませんが、
日本では混宗婚や異宗婚は避けるべきだという意識は一般にありません。

私も、ミサによる結婚式に憧れはありましたが、重要なのは結婚式よりもその後の生活です。

#764 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月16日 08:32:11

カレブさん

一般信徒が「カトリックの権威主義の側面を和らげようとして努力してる」というのは
間違った印象だと思います。
Wikiノートの方は、本当に「教会権威者の明示的免除が必要=原則禁止」とは
思っていないでしょうし、信徒の実感としてはそれが正しいと思います。

外国の事情はわかりませんが、日本の一般的なカトリック教会では、信徒の結婚相手が
カトリック信者であるかどうかが問題になることはまずありません。相手が信者でないと
結婚できないことがあるなどという話は、日常的な話題にはなりません。要するに日本では
異宗婚も原則として許可されているわけで、これは当然ローマ(バチカン)も承知の上です。
日本の実情を考慮した運用になっているのだと思います。

結婚前の仲間内で、結婚するなら相手もカトリックがいいかどうか、などと話し合ったりも
しましたよ。自分の責任で決めなくてはならないからこその悩みですよね。
もちろん、中には話の分からない神父さまもいると思いますが、その場合は別の神父さまに
相談すれば、よほどおかしな相手でないかぎり原則通りの対応(許可)になるはずです。

#765 Re: 総合フォーラム » カトリックの混宗婚について(分岐) » 2016年09月15日 15:38:39

カレブさん、コメントありがとうございます。

カルトっぽいですか?
結婚に際して、宗教の問題をうやむやにしておくと、後になって大問題になりますよ。
お互いの信仰について、さらに子どもの信仰教育について、確認しておくことはどうしても必要です。
私はカトリック教会にこのような教会法があるのはむしろ信者に対して親切だと思います。

カトリック教会は信者でない人に対しても親切でして、信者でなくても教会で結婚式を挙げたい人は
教会の結婚講座を受ける必要があります。
私の妹とその婚約者も、結婚生活で重視することは何か、とかさんざん考えさせられたそうですよ。
単に結婚をしたいのではなく、良い結婚をしたいのなら、それなりの覚悟が必要です。

私がカトリックであることを知ったとき、夫はかなり悩んでいました。
実家の法事はできるのか、一緒にお墓に入れるのか、どうして宗教やってるの?? などなど。
これからずっと一緒に生きていこうという相手なら、きちんと話し合うのが当然だと思います。
私の受洗時には反対していた母も、結婚のあいさつに来た夫に、娘はキリスト教だけど大丈夫かと
確認していましたよ。結婚してから大丈夫でなくなったら困るでしょう。

夫はちゃんと、私には子どもに洗礼を受けさせる義務があることを知っています。
私としては今のところ子どもに洗礼を受けさせる予定はありませんが、子どもが希望したときには
夫と相談することができると思います。
ふたりの子どもだから、ふたりで決めようねというのが私たちの約束です。

#766 Re: 総合フォーラム » あなたにとって神とは » 2016年09月14日 15:45:55

最近、NHKの番組(クローズアップ現代+)で臨床宗教師が取り上げられていました。

臨床宗教師とは、被災地や医療機関、福祉施設などの公共空間で心のケアを提供する宗教者で、
布教や伝道を行うのではなく、相手の価値観を尊重しながら、宗教者としての経験を生かして
苦悩や悲嘆を抱える人々に寄り添うのだそうです。
日本では東日本大震災を機に養成が始まったようです。

NHKで取り上げられていたのは、病気で死が近く、死の不安を抱えた人に寄り添う臨床宗教師でした。
この番組を見て、以前このトピック(#12)で御紹介したマザー・テレサと同じことをする人が
求められているのだなと思いました。

WHO(世界保健機関)がスピリチュアルケアの必要性を指摘したのは1990年のことでした。
がんの患者が直面する痛みには、身体的な苦痛、精神的な苦痛、社会的な苦痛、
スピリチュアル(霊的)な苦痛の4つがあるといわれていまして、スピリチュアルな痛みとは
死への不安、人生の意味や目的が失われたことによる苦痛などを言います。
そのスピリチュアルな苦痛に対するケアが、スピリチュアルケアです。
私も学生時代にスピリチュアルケアについて発表したことがありますが、それから20年たっても、
医療現場ではスピリチュアルな痛みに対するケアは貧弱なままです。

現代の日本では、宗教や死生観について語ることができる場が非常に少なくなってしまいました。
宗教なんてくだらない、という考えが幅を利かせ、宗教に頼るなんて弱い奴のすること、と
思っている人がたくさんいます。
でも、人間である以上は、宗教を信じていようといまいと、霊的な問題を避けて通ることはできません。
日本人には、外国のコピーではなく、日本人の宗教性に合ったケアが提供される必要があります。
誰もが死を迎えます。そのときになって慌てるのではなく、誰もが「わたしにとっての神」
「わたしにとっての救い」を考えることができるような社会になるといいなと思います。

#767 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2016年09月14日 12:58:36

さらみさん

慣れ親しんだエホバの組織に戻りたいんですね。
でも、問答無用であなたを斬り捨てた組織ですよ。
病むほどに頑張らなければ、また斬り捨てられるかもしれません。
頑張れば頑張るほど、御家族との関係も、自分自身との関係も苦しいものになります。
戻る前に、よくよくお考えになるようにお勧めします。

御自分が望まないのであれば、聖書を読んだりキリスト教の勉強をしたりする必要は
ないと思いますが、組織に戻りたいなら、組織の本当の姿を知る努力をしましょう。

#769 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2016年09月13日 23:55:13

ラハムさん、コメントありがとうございます。

私が「神様を擁護したい気持ち」とは何を指しているのかわかりませんが、
私は神様のイメージは信じる人の数だけあってよいと思います。

私が信じているのは私だけの神さまです。
私は成人洗礼ですので、受洗することになるカトリック教会にたどり着いた時には
すでに自分なりの神さまのイメージが出来上がっていました。
それは幼いころに読んだ「キリスト」の伝記に始まり、三浦綾子の著作を頼りに読んだ
聖書や、遠藤周作の著作など、主に読書と個人的な祈りの体験によって得たものです。
私は自分の信じる神さまのイメージに合った教会、自分の望む信仰生活を送れそうな教会を
探し求め、結果としてカトリックを選んで洗礼を受けました。
ですから、生まれた時からカトリック育ちの人とは、神さまのイメージが違うかもしれません。
でも、そのような幅の広さを認めているのがカトリックの良いところではないかと思います。

ものみの塔の組織の中では、誰に聞いても画一的な、金太郎飴のようなエホバの姿・・・
組織の都合に合うように、訓練によって叩き込まれていますから当然です。お気の毒に。
丹念に刷り込まれたエホバのイメージは、独りで聖書を読み直したくらいでは変えられないでしょう。

人間だって、相手によってイメージが違うのが当然ですよ。
今までに私に会ったたくさんの人は、それぞれに違った私のイメージを持っているはずです。
その人たちに向かって、本当の私はこうなのよ、と叫んだところでどんな意味があるでしょうか。
相手の心の中にある私の姿こそが、その人にとっての私です。決めるのはその人ですよ。

現代の日本は、誰もが寸分たがわぬ神のイメージを持ち、帰属する集団の厳しい規律に
従わなければ生きていけない環境ではありません。人によって、生活環境も様々です。
多少乱暴な言い方をすれば、誰にとっても正しい「真の」神のイメージなどは、必要ありません。
その人が人間らしく生きていくための力になるのなら、その人なりの神でよいのです。

ただ、ものみの塔の教えるエホバのイメージが、イエスの教えた父(キリスト教の神)の姿と
まったく違うことだけは間違いありません。

#770 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2016年09月12日 15:37:20

キリスト教は、何世紀にもわたり主として中東・西欧諸国とともに発展してきました。
ですから、背景としてそれらの地域の文化が内包されていることについては疑う余地はありません。

しかし、現代のキリスト教の論理や考え方が、必ずしも旧約時代のイスラエルの民の論理や、
西欧諸国の文化に縛られているというわけではありません。
自分の気に入らない人間は問答無用で斬り捨てるような神の姿に縛られる必要があるでしょうか。

むろん、砂漠の厳しい環境の中で厳しい規律を必要としたユダヤ教や、帝国主義の大義名分として
利用されたキリスト教は、人間の自由を奪い、組織(集団)に貢献することを求めました。
それが、その時代に生まれた人に否応なく強制された生き方だったのです。
けれども、現代の日本に暮らす私たちは、先人が苦労して保証してくれた自由を自ら放棄するような
宗教との付き合い方をしてはいけないのです。

ものみの塔の教えは、組織至上主義が強くなったために、本来のキリスト教よりもさらに
ユダヤ教の厳しい教えを強調する内容になっています。
イエスが教えた神とはかけ離れたエホバの姿を教え、人間理解も歪んでいます。
キリスト教が理想とする人間の姿は、ものみの塔の要求する人間像とはまったく違います。
ものみの塔の教えがキリスト教の教えだと思っている方、それは間違いですよ!

宗教は両刃の剣かもしれません。
それでも、人間は人生の意味や人間を超えた存在について考えることをやめることはできません。
キリスト教を通じてでも、仏教を通じてでも、人間の本質に迫ることはできます。
本当に人間を救い、自由にする教えには、宗教を超えて共通のものを見出すことができます。

#771 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会・脱塔分室~JWからの脱塔指南します~ » 2016年09月09日 16:22:05

KAOさんが紹介してくださった「書物としての新約聖書」はとても面白いのでお勧めです!
ちょっと高いですが…
私は教会の知人からもらってずっと放置してありましたが、4年ほど前に読んでみて、お気に入りになりました。
私も田川氏にお会いしてみたいです。

#772 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2016年09月09日 16:01:54

さらみさん、コメントありがとうございます。

さらみさんは保守バプテスト教会の牧師さんの人柄に惹かれて、相談に乗っていただいているんですね。

キリスト教では三位一体を教えますが、これは屁理屈みたいなものだと私は思っています。
三位一体に納得がいかなくても、キリストを信じることはできますよ。無理に考えることはありません。
ただ、ものみの塔の教えを信じていては、キリストを信じることはできません。

自分の偽善や不勉強に正面から向き合う必要などあるのでしょうか?
さらみさんは、それを望んではいないのでしょう?
自分から望んでもいないのに、そんなにつらい思いをする必要はないと思います。
御主人がお望みなのですか?

さらみさんは、やっぱりエホバの証人に戻りたいんですよね。
ものみの塔の教えが、自分に合っていると思いますか?
それとも、エホバの証人の交わりが懐かしいのでしょうか?
御自分がどうしたいのか、どうしてそうしたいのかを、ゆっくりお考えになることが先かと思います。
キリスト教の勉強は、キリスト教を勉強したいと思ったときに、すればいいのではないでしょうか。

#773 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2016年08月30日 10:42:49

ばんマスさん、初めまして。

本当のイエスさまに出会うことができ、おめでとうございます。
素晴らしい聖書の読み方をなさっていますね。
神さまとともに歩む人生を楽しんでくださいね。

#774 Re: 親睦・相談 » 元・エホバの証人同窓会~酸いも甘きもわたしのJW人生~ » 2016年08月24日 10:31:54

事情により匿名さんの紹介してくださったサイトをちょっとだけ拝見しました。
(全部拝見できなくてすみません)

信仰は盲信とは違います。私に洗礼を授けてくださった神父さまは、
「教会がこう言うからこうだというのではいけません。自分の信仰に責任を持ちなさい」
とおっしゃいました。自分自身の人生です。自分を大切に、納得のいくように生きましょう。

#775 Re: 総合フォーラム » エホバの証人はキリスト教か » 2016年08月24日 08:50:20

聖書やキリスト教に興味を持っていた高校生が組織に取り込まれた結果、
長い間とても辛い思いをなさっています。
私も中学・高校時代に「宗教はダメ」という環境にいなかったら、
家にやってきたエホバの証人に誘われて、同じ道を歩んでいたかもしれません。

純粋でひたむきに生き方を模索しようとする若者に、苛酷な生活を強制し、
場合によっては人生を台無しにしてしまう組織のやり方は許せません。
大人がきちんと宗教についての知識を持ち、ものみの塔は普通のキリスト教でも
まともな宗教でもないんだということを教えてやれるようにならなくてはなりません。

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