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#3 Re: 総合フォーラム » 罪と死、永遠の命 » 2025年01月17日 20:57:29

Venturiさん、詳しい論考をありがとうございます。
まだ十分に咀嚼できておりませんので、聖書と照らし合わせながらゆっくりと考慮させてください。

不躾ながら一点お考えをお聞きしたいのですが、創世記の示す「完全な人間」像は、完全な命=永遠の命ではないことを示しているようにしか思えません。
アダムは当初完全な人でしたが、結局彼は永遠の命を有していたのではなく、その無償の賜物を受けることなく死にました。

イエスは贖いを備えるために地上に来られ、ご自分の命を投げ打たれたわけですが、贖いとは身代金のことであり、アダムが失ったものに完全に対応しているものかと思います。
イエスが初めから死の支配下にいなかったのであれば、イエスの支払われた代価とアダムのそれとは価値が釣り合わない(命の価値が異なる)ように思えるのですが、ここはどう考えますか?創世記の解釈に問題があるのでしょうか?

#4 Re: 総合フォーラム » 罪と死、永遠の命 » 2025年01月12日 10:11:37

命の実を定期的に取り入れる、という考え方は興味深いですね。
今まで考えもしませんでした。

新たな視点を与えてくださり、ありがとうございます。

#6 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2024年10月23日 15:18:18

なるほど、現地の情報ですか・・・となるとスペイン語ですかね。英語ならまだよかったのですが。

#7 Re: 総合フォーラム » とりあえず書き込み用 » 2024年10月22日 06:21:00

レイモンド・フランズ氏の「良心の危機」の中で、憤りを感じたのが「二重基準と御都合主義」の章にある、マラウイ問題とメキシコ対応でした。
マラウイに対しては「党員カードを買うのは妥協であり、中立を保てなくなる」と答えていたのに、メキシコの「軍務修了証明書を賄賂で発行してもらうのは、みんながしていることだし、パスポートの発行に必要な書類なので問題ない」というのが主旨でした。当時のマラウイの兄弟姉妹たちが受けた仕打ちを考えると、一般の信者には見えないところでこんな二重基準がまかり通っていたのだということを知り、本当に頭に来ました。当時のメキシコのエホバの証人の多くが良心の呵責を感じていた、というのももっともだと思います。

しかし当然と言いますか、協会の出版物を調査しても、当時のメキシコに対して上記指針が示されたことを証明する資料が見当たりません。フランズ氏の書いていることは真実だと思うのですが、この背景を証明する情報などがあるでしょうか?もしご存じの方がいらっしゃいましたら、是非ご教示ください。

#12 Re: 総合フォーラム » 選択肢と公正さ » 2024年08月15日 13:53:52

様々なご意見ありがとうございます。

>福音聞かずに死んだら復活だから公正ではないという見解も心を全て見抜くキリストの前では通用しなくて、福音を聞かず悪を行う者らの中で許される人とそうではない人がいる

これは運命予定説に近いような気がしなくもないです。
それならそもそも試練自体が必要ないようにも思えてきますが、どうなのでしょうか?

>千年の終わりに復活がありまして、それは裁きの復活ですから聖書的にはチャンスは悪い者には与えられないです。

「罪の報いは死」だった気がするのですが、チャンスもなくただ断罪されるために復活するのだとしたら、何のための復活なのでしょうか?
そんなことをするくらいなら、死んだままで良い気もします?

いずれにしても、公正な措置が簡単に思いつくなら苦労はないわけで、明確な答えを出すというのは難しそうですね。
自分がそうだったので言えるのですが、エホバの証人は疑問を持つと「エホバを待つ」と言って思考することを止め、否定的な意見は「背教者」として一切耳を貸さないことが問題です。
明確な答えが分からなくても、疑問を持ったり他者の意見に耳を傾けたりすることはとても大事なことだと思うのですが。

#13 Re: 総合フォーラム » 選択肢と公正さ » 2024年08月15日 10:33:06

>コウセイさん

コメントいただき、ありがとうございます。

実のところ私の提案した公正さも、おっしゃる通り公正とは言えない部分があることは薄々気づいていたんですよね・・・それで「短絡的」とあえて書いて逃げていたのですが tongue

ただ、エホバの証人は「真理に接することなく亡くなった人は不義者として復活し、楽園で生まれてくる人も含め千年統治の最後にサタンの試みを受ける」ということを教えており、ではそうした人たちとハルマゲドンで滅ぼされる人たちとでは明らかに前者のほうが有利だとも思うわけです。今の時代、日々生きることだけで精一杯な人も無数におられるわけですから。

こうした考えは元々、エホバの証人が行なっている伝道活動への疑問から生じたものです。

今日エホバに信仰を持たない人はハルマゲドンで虐殺されることになっており、それが本当に公正な裁きなのか?と。
「エホバに信仰を持たない」ことが原因だというなら、その信仰を推し進めるエホバの証人の努力が圧倒的に足りていないのではないか?
なぜ未だに1,000人に1人しかいないのか?
西暦70年の滅びに備えさせるために用いた「聖なる力」による驚異的な奇跡を、必要とされている今こそ全人類に、異論を差し挟む余地もないほどはっきりと見せ、神に信仰を持つべき「圧倒的な証拠」を示すべきではないのか?
独り子を贖いとして捧げるほどの愛を人類に対して抱いている神が、来たるべき大患難で「一人も滅ぼされることがないよう」にと本当に願っているのだというなら、人を救おうとする必死さがもっと表明されて然るべきではないのか?

こうした疑問から、そもそもエホバの証人が教える「公正さ」は全く公正でないと感じたのです。
「短絡的」などという表現で逃げ道を作っている程度の考えでは、信者を目覚めさせるには足りないですね・・・難しいです。

#17 Re: 総合フォーラム » ご感想ご批評お願い致します。私が運営するJW関連の2つのブログについて » 2024年03月18日 11:07:32

はじめまして。
「JW完全論破ブログ」を読ませていただいている途中ですが、ここまでの感想をお伝えしたいと思いました。

まず内容についてはとても深い考察で、「なるほど」と考えさせられるよく練られたものだと思い、興味深く読み進めております。
JWはまず統治体ありきなので、その情報源にしか注目していないと気付かないことは無数にありますよね。

個人的に一点だけ少し気になったのは、表現の仕方や言い回しです。
せっかく「現役JW」も対象にしておられるご様子ですので、そうした方々へのリスペクトや敬意がもう少しあってもよいのかな?とは感じます。
お気持ちはわかるのですが、たとえばベテルを指して「コンクリートと鉄クズ」と表現なさったり、文末に「笑」など入っていたり、小バカにされているような表現がありますと、せっかくの内容が台無しになるような気がします。

私も現役のJWに対して「もっと聖書読めよ!」と言いたくなることは多々あるのですが、ある程度敬意をもって書かれたほうが、現役の方々もyooさんの投稿を敬意をもって最後まで目を通す気持ちになり、自分の信仰を素直に見つめ直すきっかけになるのではないかと思います。(現役の方々がそもそも読もうとなさるのか、という難しい課題はありますが)

あくまでも私個人の意見ですので、参考程度にしていただけたら幸いです。
yooさんのご尽力に感謝いたします。

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