「高等教育を受けているエホバの証人[は]少ない」 – 塔86 3/1 6ページ

なぜエホバの証人の間では大学教育を受ける人が少ないのでしょうか?その大きな理由は、ものみの塔が大学教育に対してとってきた態度と関係があります。ではエホバの証人はどのように組織から教えられてきたのでしょうか?幾つかの引用を見てみましょう。

ものみの塔 1969年7月1日 396頁
今日、多くの学校には学生の相談係があり、高校卒業後、大学教育を受けて、この事物の体制の下で立身出世の道を進むように学生を指導しています。しかしそうした道を勧める人に影響されはなりません。立身出世し、この世で偉い人間になることを勧める悪魔の宣伝によって“洗脳”されてはなりませんこの世界にはごくわずかの時間しか残されていませんこの世の提供するどんな“将来”も意味を成しません

1975年の時点では、自分で決定できるとしたら義務教育以上の高い教育を求めるのは筋が通らないとさえ述べています。

*** 塔75 12/1 735ページ 読者からの質問 ***
どの程度まで世俗の教育を受けるべきでしょうか。そのような若者が,法律や自分の親の要求するよりはるかに高い世俗の教育を,自分の選択で追い求めるとすれば,それは筋の通ったこととは言えないでしょう。

1975年以前の記事は、さらに断定的な言葉になっています。

目ざめよ!1969年8月8日号 15頁
「若い人々はまた、現在のこの事物の体制の下で年配に達することは決してないという事実を直視しなければなりません。どうしてそう言えますか。なぜなら聖書予言の成就という証拠はすべて、この腐敗した体制があと数年のうちに終わることを示しているからです。・・・・ゆえに、若い人々はこの体制の差し伸べるいかなる立身出世の道を決して全うすることができません。もしあなたがいま高校生で、大学教育をこころざしているとすれば、大学を卒業して、専門的な職業に携わるには少なくとも四年、場合によっては六年もしくは八年もかかるでしょう。しかしこの事物の体制はその時までにどうなっているでしょうか。もし実際に過ぎ去っていないとすれば、ほとんどその終わりに達しているでしょう!」

1975年当時の状況については、「1975年の話は本当でしょうか」の記事や「目ざめよ!1969年8月8日号」をご覧ください。

1975年が過ぎ、断定的な言葉は少なくなるも大学教育に対する否定的な立場は続きます。

*** 目89 5/8 13ページ どんな職業を選んだらよいだろうか ***
一つの事実は明らかです。つまり,「残された時は少なくなっている」ということです。(コリント第一 7:29)大学教育から得られると思われる益のために大学で4年かそれ以上を過ごすのは,その残された時を活用する最善の方法と言えるでしょうか。―エフェソス 5:16。

その後、ものみの塔は1992年に「目的のある教育」(塔92 11/1)と題して高等教育についてやや柔軟な姿勢を見せます。しかし2008年になると、大学教育に対する批判的な立場が再び強くなり、長老の資格にも関わる問題とされるようになります。

子供を大学に行かせないようにする圧力

(2013年3月1日最新の内容に合わせて改定)
2012年3月6日の長老たちへの手紙の中で協会は資格のある男子やその家族が大学教育を受ける場合に、その資格を再検討するべきであると告げます。

2012年3月6日 すべての長老団へ (英文からの翻訳)
任命された男子は忠実で思慮深い奴隷とその統治体から与えられる警告に留意する点で模範的であるべきです。(マタイ24:45-47) 長老、奉仕の僕、開拓者は、もし当人やその妻、あるいはその子どもたちが高等教育を追い求める場合、その立場で奉仕を続ける資格がありますか?その答えは置かれている状況と、その人がどのように見られているかどうかに依存します。

続く部分では、資格をはく奪するかどうかの判断基準として「その人は高等教育の危険について忠実な奴隷が書いてきたことに敬意を払っているか」、「その人や家族が高等教育を求めるのはなぜですか」などの点を確認するように述べています。

そしてこの手紙の中ではその人が、「高等教育に関して組織が出版してきた事柄に肯定的な態度を示しており、ゆえに会衆の他の人たちの敬意を保っていることが明白に」なっていれば、引き続き資格を保って奉仕することができると述べています。しかし家族が大学で教育を受けることにより、”他の人たちの敬意”を失うようになるとしたら、それは協会がそのようなルールを作っているからとしか思えません。

ものみの塔の論理

それにしても、なぜ協会は大学教育に対してこのような強硬な姿勢を示すのでしょうか?ものみの塔は次のように説明します。

*** 塔08 4/15 4ページ 10節 「無価値なもの」を退けなさい ***
そのような教育[大学で受ける高等教育]を追い求める人は,多くの場合,有害な思想を教え込まれることになります。そのような教育を受けるなら,エホバへの奉仕に費やすことによって最善の益が得られるはずの青年時代を浪費することになります。(伝 12:1)高等教育が一般化している国で,神への信仰がかつてなく弱まっているのも不思議ではないでしょう。クリスチャンは,生活の安定を求めてこの世の高度な教育制度に頼るのではなく,エホバに依り頼みます。―箴 3:5。

いったい大学ではどのような「有害な思想」が教え込まれているのでしょうか?ものみの塔は何も具体的な事を述べていません。本当に「有害な思想」が大学によって教え込まれているのは定かではありませんが、高度な教育を受けるとエホバの証人を辞める人が増えるのは事実なのでしょう。

では、逆に大学で教える立場の職に就いているエホバの証人はどうなのでしょうか?ノルウェーのエホバの証人の一人、ロルフ・フルーリはオスロ大学でセム語の講師を務めていましたが、彼も「有害な思想」を生徒たちに教え込んでいるのでしょうか?

上記の「ものみの塔」の記事が出たあと、ノルウェーの広く読まれている新聞、VG紙はエホバの証人に関する記事を紙面に掲載する際、ロルフ・フルーリ自身にインタビューしています。

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ノルウェーの新聞VG 2008年7月13日

高等教育によってエホバの奉仕に最適な「青年時代を浪費する」、そのように4月号のものみの塔誌(エホバの証人の成員のための雑誌)は述べた。

そこでVG編集部は高等教育を受けているロルフ・フルーリ(65)に会うことにした。我々はエホバの証人であるフルーリ氏に教育が害になる理由を尋ねてみた。フルーリは言語研究者でオスロ大学で講師を務めてる。それと同時にオスロのメジョルステン会衆の長老でもある。

アメリカ合衆国の幾つかの大学はエホバの証人に悪い影響を与えているそこでは沢山の麻薬がパーティーがあり、これらが成員のある人たちを信仰から離れさせる原因になっている」とフルーリは語った。

彼は自分が受けた教育が自分の信仰にとって害になったとは考えていない。

ロルフ・フルーリによると大学教育そのものは何ら悪くないとのことです。彼の言葉をそのまま受け取るならば「アメリカ合衆国の幾つかの大学」の「麻薬やパーティー」のおかげで、世界中のエホバの証人の若者の大学教育が否定されてしまっているということになります。確かに「ものみの塔」はアメリカで発行されていて、それを世界中で翻訳して配っているに過ぎないと考えれば、理屈には合っていると言えるかもしれません。

しかし冒頭で述べた大学での「有害な教育」に関する協会の説明やフルーリ氏のコメントを読むと、次のパウロの言葉を思い出します。

(テモテ第一 1:7) 律法の教師でありたいと願いながら,自分の言っていることも,自分が強く言い張っていることについても,[その意味を]悟らない者となっています。

理不尽な論理を押し付けられる若者

協会は大学教育について否定的な言葉を掲載し続けてきました。(オンラインライブラリーで「高等教育」で検索する)大学教育を受けるかどうかは個人の問題としながらも、それを選択する人が組織の中で肩身が狭い思いをするような記述をしてきました。

*** 塔88 1/15 25ページ エホバへの信頼を増し加えた大会 ***
若者たちは…高校卒業後の高等教育を選択しないようにしたりして,エホバへの信頼を実証してきました。

これでは、高校卒業後に大学に進んだ人はエホバを信頼していない人であるかのように見なされるのではないでしょうか?

若い人向けの以下の記事で述べられているナオミのような若者がいるのも事実でしょうが、それ以上に組織からの圧力を感じ自分が「だめな人間」のように感じてしまう若者が多いのではないかと感じます。

質1 18章 128-133ページ

● 先生からのストレス
「価値のある人生の目標を持っていても,先生たちの期待どおりに高等教育を目指さないと,だめな人間のように扱われることがあります」。―ナオミ。

上記の言葉を「組織からのストレス」と置き換えてみてください。

「価値のある人生の目標を持っていても,組織の期待どおりに高等教育を否定しないと,だめな人間のように扱われることがあります」

このように感じる若者が沢山いるのではないかと考えざるをえません。

記事の終わり