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習慣と信条

習慣と信条 – 排斥システム

あなたがエホバの証人であれば、排斥制度についてはよくご存じのことでしょう。排斥とはそれぞれの会衆の長老たち(審理委員会)による裁判により信者を裁き、排斥の宣告を受けた人たちを組織的に文字通り村八分にする制度のことです。その制裁行為の中には街ですれ違っても完全に無視することも含まれています。この制度に従うか従わないかに関して個人の自由はなく、共同絶交の方針に従わない信者は同様に排斥処分を受けることになります。

エホバの証人はこのような制度を聖書が支持しており、神への忠節がかかっていると教えられています。

*** 愛 207ページ 排斥された人にどう対応すべきか ***
徹底的に避けることは本当に必要か。そのとおりです。理由があります。第一に,神とみ言葉に対する忠節がかかっています。

本当にそうなのでしょうか?排斥制度は明確な聖書の教えなのでしょうか?そのように信じているエホバの証人でも、ものみの塔協会がローマカトリック教会の排斥制度(破門 excommunication)に対してとっている態度を知るならば、この問題をより客観的に見ることができるでしょう。

明確に否定される排斥制度

協会はカトリックの破門制度に対して明確な言葉で次のように述べています。

あなたも破門されますか? 目ざめよ!1947年1月8日号
この「教会法」をローマカトリックの聖職者階級が神の律法という名目で強要しています。権威による破門、彼らはこれをキリストや使徒の教えに基づいていると主張しています。それは以下の聖句に見いだせるとされています。マタイ18:15-19;コリント第一5:3-6;16:22;ガラテア1:8,9;テモテ第一1:20;テトス3:10。しかし聖職者階級による破門制度は、処罰あるいは「健康回復のための」処置とされますが(カトリック百科事典)、これらの聖句はその慣習を何も支持していません。事実、その慣習は聖書の教えからすると全く異質のものです。-ヘブライ10:26-31。

興味深いことに上に引用されている破門制度の根拠とされる聖句は、ものみの塔協会が排斥制度の根拠としている聖句と同じものです。カトリックの制度は「聖書の教えからすると全く異質のもの」とされるのに対し、同じことをエホバの証人が実行するとそれは聖書的で神が求めておられることになるというのは不公正以外のなにものでもないでしょう。

では、破門制度が聖書の教えではないとすると、これはどこから来た習慣なのでしょうか?同じ「目ざめよ!」誌が明確に答えています。

目ざめよ!1947年1月8日号
では、この習慣は何に由来しているのでしょうか?ブリタニカ百科事典は法王による破門は異教の影響であり、「その様々な形式は非キリスト教の幾つかの破門制度の類似品を念頭に置かないと十分に説明することができない」と述べられています。

カトリックの権威による破門制度が「異教の影響」であると断言しながら、エホバの証人の排斥制度が「聖書的」であるとするどんな理屈があるのでしょうか?

目ざめよ!1947年1月8日号(英文)クリックして拡大

 

根拠とされる聖句

コリント第一 5:9-13

(コリント第一 5:9-13) わたしは自分の手紙の中で,淫行の者との交友をやめる(μη συναναμιγνυμι)ようにとあなた方に書き送りましたが,10 それは,この世の淫行の者,あるいは貪欲な者やゆすり取る者,また偶像を礼拝する者たちと全く[交わらないようにという意味]ではありません。もしそうだとすると,あなた方は実際には世から出なければならないことになります。11 しかし今わたしは,兄弟と呼ばれる人で,淫行の者,貪欲な者,偶像を礼拝する者,ののしる者,大酒飲み,あるいはゆすり取る者がいれば,交友をやめ(μη συναναμιγνυμι ),そのような人とは共に食事をすることさえしないように,と書いているのです。12 というのは,わたしは外部の人々を裁くことと何のかかわりがあるでしょうか。あなた方は内部の人々を裁き,13 外部の人々は神が裁かれるのではありませんか。「その邪悪な人をあなた方の中から除きなさい」とあります。

パウロは上記の言葉を、9節で述べられている通り、すでに送られている手紙の中で書いた事柄を補足する形で説明を加えています。その訓戒の内容は明らかに現代のエホバの証人が取り決めているような組織的な村八分制度とは異なり、いたってシンプルなものです。パウロはそれを数行だけで十分に伝えています。パウロは兄弟と呼ばれる人でありながら、淫行、貪欲、偶像礼拝などを続ける人と「交友をやめる」よう訓戒しています。しかしこれは組織的な共同絶交の取り決めを表していたのでしょうか?

パウロはテサロニケ会衆への手紙の中で、まったく同じギリシャ語の「交友をやめる」という言葉を使い、それが何を意味するかを説明しています。

(テサロニケ第二 3:14,15) しかし,この手紙によるわたしたちの言葉に従順でない人がいれば,その人に特に注意するようにし,交わるのをやめなさい (μη συναναμιγνυσθε)。その人が恥じるようになるためです。それでも,その人を敵と考えてはならず,兄弟として訓戒し続けなさい。

コリントのクリスチャンに語られたのと同じギリシャ語を使い「交わるのをやめなさい」と述べられています。しかし交友をやめることは集団で無視することを意味しているのではありません。「その人を敵と考えてはならず,兄弟として訓戒し続けなさい」と述べられています。

コリント第二 2:5-8

(コリント第二 2:5-8) さて,もしだれかが悲しみをもたらしたのであれば,その人はわたしをではなく,あなた方すべてをある程度―わたしの言うことが厳しすぎないようにしているのですが―悲しませたのです。6 そのような人にとって,大多数の人から与えられたこの叱責は十分です。7 ですから,今はむしろ,親切に許して慰め,そのような人が過度の悲しみに呑み込まれてしまうことのないようにすべきです。8 それで,あなた方が彼に対する愛を確証するように勧めます。

ものみの塔は上記の聖句を「復帰」の取り決めに関連して引用します。そして排斥処置を受けると復帰するまでに期間が必要であると教えます。

*** 塔98 10/1 18ページ エホバの憐れみに倣いなさい ***
コリントのその悪行者は比較的短期間で復帰したようですが,これをあらゆる排斥処置の規準とするべきではありません。事例はそれぞれ異なります。悪行者の中には,追放された直後からとも言えるほどすぐに真の悔い改めをはっきり示す人もいます。他方,そのような態度が明らかになるまでにかなりの期間を要する人もいます。しかし,どんな場合にも,復帰する人はまず敬虔な悲しみの証拠を示さなければならず,できれば悔い改めにふさわしい業をはっきり示さなければなりません。―使徒 26:20。コリント第二 7:11。

ものみの塔は「その悪行者は比較的短期間で復帰した」と述べていますが、コリントの聖句にはどこにも「復帰」や「復帰の発表」のことなどは述べられていません。パウロは「大多数の人から」叱責が与えられたことを述べていますが、それがすべての人が一律に従う集団無視であるとはどこにも述べられていません。

 

1世紀のクリスチャンは排斥制度を持っていたのか

パウロの時代に組織的な排斥制度は存在したのでしょうか?ものみの塔は著名な歴史家の言葉を引用して次のように語ります。

*** 塔88 4/15 30ページ 平和な実を生み出す懲らしめ ***
英国の歴史家エドワード・ギボンは使徒時代に近かったころの排斥の妥当性と結果について次のように書きました。
「どんな社会においても,その社会の成員で,総意によって確立されたそれらの規定を退けたり破ったりする者を親交と恩典から締め出すことは,疑問の余地のない権利である。……破門には,霊的な意義だけでなく,一時的な[地的な]意義もあった。破門を宣告されたクリスチャンは,忠実なクリスチャンの献祭のいかなる部分にもあずかることを許されなかった。宗教的にも個人的にも友好関係は解消された」。

協会はエドワード・ギボンの「History of the Decline and Fall of the Roman Empire」から引用し、「使徒時代に近かったころの排斥の妥当性」について述べています。ではエドワード・ギボンはこの著作の中でどのようなことを述べているのでしょうか?ギボンの著作の引用箇所は新約聖書時代のクリスチャンを説明する部分ではなく、ローマ帝国時代のキリスト教の教会の進展を説明している部分であることを読者に示すべきでしょう。では「使徒時代に近かったころ」とは具体的にはいつぐらいのことを述べているのでしょうか?ギボンは同じ書籍の中で次のように述べています。

わたしたちは無理なく次のように結論することができる。破門および懺悔の教理が宗教上の主要な役割を果たすようになったのは、キプリアヌスの尊大な弁論以降であるということだ。
エドワード・ギボン Edward Gibbon – History of the Decline and Fall of the Roman Empire

原文(英文)はGoogle Books の著作権切れ資料から見ることができます。

なるほど、確かに西暦3世紀に生きたキプリアヌスは現代のエホバの証人に比べれば「使徒時代に近かった」のは間違いありません。では、ものみの塔協会は別の記事ではキプリアヌスについてどのように述べているでしょうか?ものみの塔1983年12月15日13ページではキリスト教の背教に対するキプリアヌスの影響について触れ「『不法の人』が組織される」役割を果たしたと述べています。

カトリック教会による破門制度が法王を頂点とする教会権威を維持するのに役立ったことは確かです。ものみの塔協会にとっても「神権組織」の秩序と権威を守るのに排斥制度が貢献しているのも確かでしょう。しかし特定の目的にかなっているとしても、それを聖書によって定められた取り決めであるとか愛のある取り決めであるなどと解説すべきではありません。

 

排斥制度 – 愛のある村八分

ここでマサチューセツのアネット・スチュワートのことを考えてみましょう。当時73歳であったアネットには14歳になる孫がいました。その子は母親の励ましに応じてエホバの証人としてバプテスマを受ける段階を踏みました。しかし3年後にアネットの孫はエホバの証人として歩むことを止めます。当時(1974年から1981年)はエホバの証人の会衆から排斥された人、あるいは自らエホバの証人をやめた家族に対して接触を制限することは行われておらず彼女は少なくとも家族としての扱いを受けていました。ところが1981年に方針が変更されます。このときの様子をアネットは説明します。

わたしの孫はこれにより自分の家族や親族から切り離されることになりました。わたしはこの子を自分の家に入れることを拒みませんでした。彼女は今まで以上にわたしたちを必要としていたのです。彼女の母は[協会の]新しい規則を尊重しました。自分の娘やわたしと関わりを持つのをやめたのです。それはもちろん彼女の選択です。
二人の長老がわたしのところにやってきて、わたしに選択を迫りました。エホバの証人ではないわたしの夫に関しては孫が祖父のところに来ることを禁じる権利は自分たちにないという意見を長老たちは述べました。それは夫が長老たちに指摘していた点でもあります。
そして長老たちは、孫が訪問している間はわたしがその部屋から出て行くようにと言いました。彼らは孫がわたしの夫と一緒に食事をしているときには同じテーブルで食事をするべきではないとわたしに言うのです。わたしは彼らが求めていることが、愛のないことで、非人間的、そして非クリスチャン的だと感じました。そして彼らが求めていることをわたしは行うことはできないと述べました。わたしはその時に激しく泣いている間に彼らが同情する様子もなく冷たく立っていたのを今でも覚えています。
Raymond Franz – In Search of Christian Freedom p.348

こうして73歳のアネットは孫と同じように排斥されることになりました。30年の間エホバの証人としての歩んでいたことは何もなかったかのように排斥の処分を受けます。アネットの罪状は何でしょうか?エホバの証人をやめた孫を自分の家に招き入れているという罪状です(補足:排斥になる場合)。 孫は14歳から3年間エホバの証人として歩んだものの後にバプテスマを受けたことを後悔してその歩みを止めたというだけの未成年の女性です。

 

排斥になる場合

『あなた方自身と群れのすべてに注意を払いなさい』の104ページには以下のようにしるされています。

「普通,近親者が,排斥された人と交わるとしても,霊的に交わる
のでなければ,あるいは排斥された人の間違った歩みを正当化し
たり弁護したりしようとするのでなければ,その人自身が排斥さ
れることはないでしょう。」

従って「普通」は排斥された親族と食事をするだけで、排斥が決定されるわけではありません。

エホバの証人ではないアネットの夫は、家族が突然彼から引き裂かれていく様子を見て、ものみの塔の本部に手紙を書きこの異常事態に対する助けを求めます。しかし協会は長老たちの決定を支持するという返事を出します。

このような取り決めが本当に「組織を清く保つ」ことに貢献していると言えるでしょうか?何の害もない孫が祖母や祖父を訪問することをやめさせることにつながる規則に「組織を清く保つ」点でどのような意味があるのでしょうか?

もちろん交友をやめることを個人が決定するのは自由です。ある人が別の人を「汚れた人」あるいは「危険な人」と判断するのは個人的な問題です。しかしそれはあくまでもプライベートな問題であって、組織的に一律の対応を迫ることはすべきことではありません。

そして人を村八分にするような仕組みは本当に人を「本心に立ち返らせ」ることになるのでしょうか?時折掲載される「本心に立ち返った」人のコメントを見てみましょう。

塔88 4/15 29‐30ページ
21 外部の人々の中には,排斥について聞いて,クリスチャン会衆の成員ともはや話のできない悪行者に同情したがる人もいます。しかし,そのような同情は的外れではないでしょうか。悪行者や他の人たちが受けるかもしれない潜在的な益について考えてみてください。
22 例えば,わたしたちは,26ページに載せられている,排斥された妹のマーガレットとの「交わりを完全に絶つ」ことにしたリネットの言葉に注目しました。リネットとそのクリスチャンの親族は,「エホバの道こそ最善であると認めて」いました。実際,そのとおりです。
23 リネットの妹は後日リネットにこう言いました。『もしお姉さんが排斥を軽く考えていたなら,こんなに早く復帰への道を取ることはなかったと思います。家族から全く切り離され,会衆との親しい接触も全く断たれた時,悔い改めたいという気持ちがとても強くなりました。わたしは自分の行ないがいかに間違っていたか,エホバに背を向けることがいかに重大なことであるかに気づきました』。

悔い改めたいという気持ちがとても強くなった」という女性がいるのも事実でしょう。しかし悔い改めとは一体何を意味するのでしょうか?実際には悔い改めていなくても「悔い改めたいという気持ち」を持たせることが目的なのでしょうか?「本心に立ち返らせる」その本心とはいったい何なのでしょうか?エホバの証人の教理に疑問を持って排斥された人の場合はどうなのでしょうか?村八分にすることは「疑問を持つことをやめたい気持ち」を持たせることに成功するとしても、そのような方法がクリスチャン的な方法だとは思えません。

 

実際どのようなものなのか

エホバの証人は排斥制度が人に与えている影響についてはあまり聞く機会がないのではないかと思います。なぜなら、エホバの証人は排斥されている人の話を聞こうともしませんし、仮に排斥処分から復帰した人が知人にいたとしても、彼らは排斥されている間にとられた人々の冷たい態度に対しての感想を述べることもないでしょう。

下のコメントは匿名のインターネット上の投稿です。その一部を引用します。これらのコメントは率直に語られているゆえに貴重なものです。

多くの経験談では、特に二世達がこの排斥処置による、親子の断絶を嘆いている。
親から折檻を受けて、嫌々信者になったはいいが、その後排斥になると、親からは完全にシカトされるのでは、まさに踏んだり蹴ったりだろう。

復権処置も用意されているが、それはかなり残酷な方法だ。
完全無視された状態で、集会に黙々と出席し続けるというものだ。
それが、数ヶ月から数年続く。

途中で諦めたり投げ出したら、反省の色無しということで、いつまでも排斥状態を抜けられない。

何年か経過したら、自動的に復権になっても良さそうだが、
悔い改めを長老たちが認めない限り、何十年たっても復権はない。
しかも、その悔い改めを計る場は、完全無視状態の集会に耐えつづける以外に無い。

この事を知った時に、学校でのイジメの問題を思い出した。
生徒達にとって、このシカトというものが、非常に辛いと聞いたことがある。

http://blog.livedoor.jp/jw_x/archives/50176796.html からの引用

 

以下のコメントは排斥されているものの復帰を希望して集会に出席し続けている人の生の声です。

“排斥者と会話をしないのは罪を犯した事そして悔い改めて神のもとに帰らせるための愛の処置”そうかもしれないケド。。。復帰を願う排斥者にとって帰りたいっって思いがすごくすごく強くなるのは話してもらえないコトよりも仲間の優しさや温かさを感じた時じゃないかって思ったりします。北風よりも太陽が旅人をあたためその分厚いコートを脱がしたみたいに。排斥になって、集会に参加してる時こんなコトがあったんデス。
それは、金曜日の奉仕会で奉仕の提案の実演をする時のことでした。私たちの席はいつもステージに向かって左端の一番うしろ。そこはちょうど、ステーシにむかう人が通るあたりでもあったんデス。ある姉妹が、そこを通る時そっと、私の肩に手をあてキュッって肩を握ってそして普通にステージにむかって行ったのでした。私は、その優しさにうれしくて泣けちゃって、泣けちゃって鼻ミズじゅるじゅるしちゃって
その姉妹がしてくれたコトはおそらく誰も気づいてなくて急に私が泣いちゃったので近くに座ってたみんなをびっくりさせちゃいました。今でも、それを思い出すとちょっと泣けそう。こんなあったかな優しさをしると復帰を願う気持ちも元気になったりするのでした。

http://blog.goo.ne.jp/strawberry_cat/m/200709 からの引用

この女性を励ましたのは、組織の指示を無視して排斥された人の肩に手をかけた人でした。しかしこのように組織の指示を無視する人がどこにでもいるわけではありません。

しかし、上記の経験はエホバの証人の中にも、ものみの塔協会が自分たちの排斥制度を「聖書の教えからすると全く異質のもの」と認めてその制度を撤廃すれば、それを歓迎する人が多くいるかもしれないことを示しています。

 

記事の終わり

 

1 コメント

  1. あかちゃん

    マタイ9:12-13 「健康な人に医者は必要ではなく、病んでいる人に必要なのです」
    それで、『わたしは憐みを望み、犠牲を望まない』とはどういうことなのか、行って学んできなさい。
    わたしは、義人たちではなく、罪人たちを招くために来たのです。

    かつて主キリストイエスはこのように語りました。

    大なり小なりの罪を犯す不完全な人々を、エホバ神は贖いの犠牲をもって許す取決めを設けてくださいました。
    それはただ一度限りのものでもなく、(日々過ちを犯すのですから)
    一部の人々のためだけのものではありません(贖いに信仰を示す人すべてのためのものです)。

    罪を犯した人は、いわば霊的な意味で病気になった人といえます。
    霊的に健康を取り戻せるように、羊を世話する事が必要なのではないでしょうか。
    原因は何かをよく見極めもせず、単に結果(表面に出た症状)だけで、
    クリスチャン会衆からの断絶、隔離(これが排斥です)をいとも簡単に決めてしまうものです。

    よく引き合いにだされるダビデの例、マナセの例を本当に理解しているとは思われません。
    神がこの二人に示された憐みはなぜ必要でしたか。「も塔」の審理委員は何も学んでいないのではありませんか。
    これまで排斥された人々で、過去の二人と同じ程度の悪行を犯した人はどれほどいたのでしょうか。
    彼らと匹敵するほどのものは、それほど多くはないと思いますが。

    病気が感染性のものであれば、隔離が必要ですが、それは村八分とはちがいます。
    回復を願っての治療を続ける事を意味します。「も塔」のような、悔い改めないから排斥の処置は、
    回復を願ってのことではなく、単に自らの組織の不名誉、汚点を取り除きたいためです。
    霊的に弱った人々から、会衆の人々が本当に影響をうけるのを守ると言うのなら、
    遅かれ早かれ、その人も(弱さをもっているなら)霊的な弱さを示すことでしょう。
    弱さなど不完全な人にはつきものではないでしょうか。

    だからみ子の贖いが供えられたのではないでしょうか。自分たち証人たちだけが許されると思っているのでしょうか。
    罪を犯した人は許されないのでしょうか。排斥の処置が悔い改めに導くものではない事のほうが多いのではないでしょうか。
    聖書的な根拠のない「排斥」を取り続ける「も塔」は、パリサイ人ににて、聖霊に対する罪を犯し続けているように感じます。
    エホバが許された人を、なぜ人が許さずに排斥し続けるのでしょうか。

    マルコ3:28-30 聖霊に対する罪
    悔い改めない罪

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