ログインしていません。

#551 2017年01月24日 22:58:46

良い子
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

元証人さん、第何ラウンドか忘れましたが、鐘はなりました。このまま人間の幸せとは、信仰とは何か問い続けて下さい。

KAOさん、ありがとうございます。


さて、元証人さんに質問です。
この子達とJWの子供達は何が違うのでしょう?
与えられた信仰は脆くて、危険です。
私や、さやかさんや多くの二世が実証済みです。

さやかさんに質問です。
私達は通常教育でも同じように何か(主に道徳と考えて下さい)を教えられ、時にそれは時代と合わなくなったり、考え方の違いで、大人になって受け入れられなくなったりします。
では、何が違うのでしょう?

KAOさん、irisさんに質問です。

子供を教育するとき、貴女の宗派は神をどうやって教えるのでしょうか?

#552 2017年01月24日 23:37:46

iris
メンバー

Re: 信仰を維持する

KAOさん

なるほどそういう不自由ですか、それは信仰の中身とはあまり関係ないですね。

私も学生時代は週に2回も3回も御ミサにあずかり、青年会や教会学校にも
顔を出し、教会の手話サークルでもそれは熱心に活動していましたが、
育児に追われる今となっては御ミサにあずかれるのは年に数回、
夫に「不良信者」とからかわれる有様です。あーもっと御ミサに行きたい。

編集者 iris (2017年01月24日 23:38:24)

オフライン

#553 2017年01月24日 23:59:33

iris
メンバー

Re: 信仰を維持する

良い子 さんの発言:

KAOさん、irisさんに質問です。

子供を教育するとき、貴女の宗派は神をどうやって教えるのでしょうか?

神をどうやって教えるか、とは漠然としすぎて答えにくいですね。
どう答えればよいでしょう?

オフライン

#554 2017年01月25日 00:25:45

良い子
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

iris さんの発言:
良い子 さんの発言:

KAOさん、irisさんに質問です。

子供を教育するとき、貴女の宗派は神をどうやって教えるのでしょうか?

神をどうやって教えるか、とは漠然としすぎて答えにくいですね。
どう答えればよいでしょう?

そうですね、すみません。
例えば、私は神ありきからスタートしています。エホバはいる、と信じこまされるわけです。

今は違いますが、自分で神の存在を考えて信じたわけではありません。


自我が出来る前の、このような信仰はJWに限らず、脆くて、危険だと思うのです。

一度信じると軌道修正が難しいです、アイデンティティも一緒に一回壊さなくてはならないから。

#555 2017年01月25日 00:46:53

良い子
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

すいません、言葉足らずでした。

大人になってから、人が何を信じるかは自由です。

ですが、子供の時教えられた神が、その人の神になってしまい、教義が合わなければ、神を否定する結果になるのではないでしょうか?

そこらへんは他の宗派の方はどうクリアされるのでしょうか?

#556 2017年01月25日 06:17:34

さやか666
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

まあ~ NHKの討論番組でありそうなネタですね

でも「赤ちゃんに優しく接する」といった社会的な常識はなかなか覆らないと思いますよ

それを道徳と呼べばいいのか分からないですが

赤ちゃんは可愛いからですかね


大人になって考え方が変わり

「柔らかな赤ちゃんの体を剣で切断しても良い」というふうにお喋りするお馬鹿様がいるとしたら、それこそ洗脳ですかね

私はそう思います

#557 2017年01月25日 06:46:01

元証人
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

>さて、元証人さんに質問です。
この子達とJWの子供達は何が違うのでしょう?
与えられた信仰は脆くて、危険です。
私や、さやかさんや多くの二世が実証済みです。


キリスト教と偽キリスト教の違いです。

子供の頃から唯物論、無神論を徹底して教えられてきたとしても、後に信仰を持つ者も多くいます。懐疑論者からクリスチャンになる人もおられます。
幼いうちから仏教徒、あるいは他の宗教の教えを受けたとしても後に信仰を棄てたり、他に改宗する場合もあります。

クリスチャンとして育てられても辞める者もいますが、立派に信仰を成長させている人もいます。


私は一世ですが、長年、二世は自分で確信して始めたのではないのでたいした信仰でもなく、だから二世はダメだと思っていました。(jw時代)

しかし、約15年前にjwを辞めてキリスト者になってから色々見てきたのですが、二世、三世の方でも素晴らしい信仰を保っている人々がおられます。
最初に福音を聞いたのが親族からだっただけの事であり、二世だから必ずしも信仰が弱いとは言えないのです。私より素晴らしいクリスチャンの二世の方は多いです。

多くの見てきた二世のクリスチャン達がそれを証明しています。

幼い頃から教える事についてですが、幼い頃から無神論を教え込む事についてはどうなるでしょうか。


良い子さんがまだ組織を抜けて日が浅く、本当に迷っているのかどうなのか、掲示板を見ている人への参考のために信仰者に質問するのかどうか、あなたの書き込みからだけでは分かりません。

しかし、神も信じようとする気もなく私に執拗に絡むのは辞めて頂きたい。


あなたの質問する事は基礎的な事であり、真剣に祈り、神を求める人なら必ず与えられる事なのです。

あとはirisさんたちに聞いて下さい。


私への返信は不要です。


良き旅を。

#558 2017年01月25日 07:47:41

良い子
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

さやか666 さんの発言:

まあ~ NHKの討論番組でありそうなネタですね

でも「赤ちゃんに優しく接する」といった社会的な常識はなかなか覆らないと思いますよ

それを道徳と呼べばいいのか分からないですが

赤ちゃんは可愛いからですかね


大人になって考え方が変わり

「柔らかな赤ちゃんの体を剣で切断しても良い」というふうにお喋りするお馬鹿様がいるとしたら、それこそ洗脳ですかね

私はそう思います

ベタな質問ですいません。

なるほど、神という概念を持ち出すと、人間が人間として超えちゃいけない一線を超えるようになると言う事でしょうかね。

実際、私達はそれを見てきましたもんね。

#559 2017年01月25日 07:59:46

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

さて、現代のクリスチャンが子供を虐待したり、意味もなく殺したりするでしょうか。

そんな事はありません。

クリスチャンは基本的に暴力、戦争反対であり、戦争を始めるのは教会ではなく国です。

旧約時代の神と直接交流のあった時代、神による裁きと現代を混同してはなりません。

ここの掲示板の不信仰者達は子供ばかりではなく、大人、多くのエホバの証人を辞めた人々を破滅に導き、霊的に殺しています。

リベラルな者は古代の記述は創作として逃げて、自分は枠外に置いて正当化しています。

#560 2017年01月25日 08:03:03

良い子
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

元証人さんへ

後だしになりましたが、

私の関心時は、どうしたら自分、周囲は良くなるか、です。

サムシンググレートは信じていますが、後は不可知な世界だと思っています。

その前提において、私は神を信じる事にしています。先人達が思い描いた神を、どう自分の中に取り込み止揚するか、あるいは神を信じる、それ自体が自分を含め人を高めて行くのか。人間の救いとは何か、神を信じない、あるいは神と言う概念を無視して生きた方が人は幸せになれるのか。信仰と幸せは別問題なのか。

恐らく、死ぬまで問い続けます。

相互理解の為、私のスタンスを書いておきます。


その上で貴方に聞きたいのですが、

クリスチャンと偽クリスチャンの差とは何ですか?
何か信仰が間違っているのでしょうか?

JWがキリストだけを信じるようになったら問題は解決しますか?

#561 2017年01月25日 10:52:29

カレブ
Administrator

Re: 信仰を維持する

元証人 さんの発言:

私は一世ですが、長年、二世は自分で確信して始めたのではないのでたいした信仰でもなく、だから二世はダメだと思っていました。(jw時代)

しかし、約15年前にjwを辞めてキリスト者になってから色々見てきたのですが、二世、三世の方でも素晴らしい信仰を保っている人々がおられます。
最初に福音を聞いたのが親族からだっただけの事であり、二世だから必ずしも信仰が弱いとは言えないのです。私より素晴らしいクリスチャンの二世の方は多いです。

Chimera元証人さんは わかりやすい人ですね。

・エホバの証人の二世は「ダメ」(JW時代)

・非エホバの証人のクリスチャン二世は「素晴らしい」人が多い(脱JW時代)

素晴らしい理由:「二世だから必ずしも信仰が弱いとは言えないのです」

元証人さんが推薦された動画を見ました。

わたしが見てきた現役JW二世と特に変わることはなく、「エホバ」という表現が「イエス様」とか「神様」になっているだけで、この動画で特別大きな違いは見つかりませんでした。

ですから「この娘たちを見てマイコンだと思われるのでしょうか」という元証人さんの質問は、エホバの証人がJW.ORGに出てくる動画を見せて「この娘たちを見てマイコンだと思われるのでしょうか」と質問されることと、実質上まったく異なりません。

「この動画を見ても虐待と言われるのでしょうか」という質問に関しては、もしこの若者たちが子供のころから、疑似科学を教え込まれて宇宙も地球も今から6000年プラス前に作られて、学校の科学は嘘をついているのだと教えられ、まもなく神様を信じない無神論者は地獄の火で永遠に焼かれると教えられているなら虐待だと思います。

この動画では判断できませんでしたが、少なくとも元証人さんがこの掲示板で繰り広げられている疑似科学や教理をこの若者が幼少期から教え込まれてならそれは洗脳教育であり、ある種の虐待だと思います。

元証人さんはアメリカで法律上認められているか認められていないかが基準になっているようですが、法律で規制できるかどうかで虐待の白黒が付けられるわけではないと思います。虐待には弱い虐待と強い虐待があり、あるラインからは法律で規制しようということになるわけです。


元証人 さんの発言:

私は一世ですが、長年、二世は自分で確信して始めたのではないのでたいした信仰でもなく、だから二世はダメだと思っていました。(jw時代)

この点ですが、エホバの証人の組織の特徴は一般信者(無償ボランティア)から、段階的に様々な特権を得ていくシステムになっていて、この仕組みが他の教会では湧かないような1世信者の感情を起こさせているのではないかと思います。自分より信仰がない若い2世が立場的に自分より先に上にいくなど。

あと初めての信仰体験がたまたまエホバの証人であった場合、恐らく1世のエホバの証人は「この世」から出て自分の人格や生き方を大きく変えていくような体験を短期間で行ったかもしれません。そのような1世はそのような変化を遂げた自分と、子供のころから表面上特に変化することなくクリスチャンとして順調に過ごしている2世に対して「たいした信仰もない」生き方に見えるのかと思います。

わたしが思うのはエホバの証人の2世もキリスト教会の2世も信仰の質や特質の面でなんら変わらないと思います。

エホバの証人の1世も他の教会を見下して「自分たちこそ真理だから違う」と考え子供を洗脳しますが、非エホバの証人のクリスチャンの1世も「自分たちこそ真理だから違う」と考え子供を洗脳している場合があり、方法や質の面でエホバの証人と差が本当にあるのか、あるならそれはなんなのか考える必要があると思います。

オフライン

#562 2017年01月25日 12:16:29

良い子
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

irisさんKAOさんの信仰は、まずサムシンググレートがあり、その上で聖書の神があるのではないでしょうか?

サムシンググレートと聖書の語る神、あるいは聖書の解釈が完全に一致している訳ではないので、信仰を捨てず、軌道修正が出来るのでは?

私達JW2世はサムシンググレート=ものみの塔の語る聖書の神の解釈です。それしか知りません。

他の宗派ではどうでしょうか?
サムシンググレートを教えているのか、
宗派の神を教えているのか。

#563 2017年01月25日 13:19:59

ふっくん
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

自分は元二世なんですが(笑)、社会との関わりも大きく関係してくると思います。
特にエホバの証人の子供は、誕生日の禁止、騎馬戦の禁止、クリスマスの禁止等、現代多くの日本人にとって特に宗教的行事でないことへ参加できないので。
なので統計的な根拠はないのですが、いろんな宗教と比べて覚醒する二世は多い気がします。

ただ、二世信者としていろんな宗教について気になるのは、二世信者に信仰を続けるかどうかという意思確認の機会があまり与えられていない点です。
極端な例ですが、イスラム教徒にとって改宗することは死刑に値する行為です。
世の中にはいろんな宗教がありますが、村八分的な態度をとる、食事を作らない等そのような意思にペナルティが与えられることが数多くあります。
このペナルティは一世、二世信者関係なく与えられるものですが、二世信者と比べて一世信者は自ら選んだ結果なのである程度覚悟はあると思います。しかし二世信者にとっては元々信じなければならないものだったので、一世信者のような覚悟よりも理不尽だと感じる部分が多いと思います。

一世信者の方にはご理解いただけないかもしれませんが、二世信者は自分が歩みたいと思い描く人生と親や宗教から与えられる人生に大きなギャップを感じ、苦悩します。辞めたいと思っていても、ペナルティを恐れて言い出せず、結局嫌々ながら行事に参加することも多々あります。
そういうある種の極限の環境の中で生きられるよう自分の考えを矯正するためには与えられた信仰を受け入れざるを得ないんです。
自分は辞めた二世ですが、どんな宗教だとしても、一世信者のような自らの選択としての信仰心を二世信者は持つことができないと思います。

なので私は、一世信者の信仰心と二世信者の信仰心はイコールが成り立つとは思いません(信じる対象が同じでも)。

ぜひ一世信者のみなさんには一世信者としての感覚だけで二世信者について論じるのではなくて、どんな宗教でも程度の差はあれ二世信者は信じざるを得ないという前提のもと考えていただきたいです。

#564 2017年01月25日 21:58:03

良い子
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

ふっくんさん、ありがとうございます。

二世の場合、自分の信仰の問題ではなく、他人の信仰の副産物からの被害が多いのではないでしょうか。

信仰心がなくても、神に背くのは(聖書は良心の形成に少なからず影響を与えるから)少し後ろめたいのに、さらに物理的ペナルティー、おまけに神からの罰の可能性。

今度は自分の不安を取り除く為、神はいない事を信じる根拠を探し、それを信じる。

何ともアホらしい事をさせられましたよね。

#565 2017年01月25日 22:19:36

良い子
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

元証人さん~

神を信じる事って、先祖を敬いますみたいな
自然体じゃダメなの?

理屈がどうしてもいるの?

なぜ?

元証人さんも元々はサムシンググレート(人間を超える意思、存在)を信じたんじゃないの?

それじゃ救われない?

#566 2017年01月26日 11:56:52

iris
メンバー

Re: 信仰を維持する

良い子 さんの発言:

私達JW2世はサムシンググレート=ものみの塔の語る聖書の神の解釈です。それしか知りません。

他の宗派ではどうでしょうか?
サムシンググレートを教えているのか、
宗派の神を教えているのか。

特定の宗教の信仰を伝えようとするなら、その宗教の神や仏を教えるしかないですよね。
カトリックでも小学生になると教会学校を勧められ、カトリックの教えを学びます。
幼児洗礼の子どもは、小学校1~2年生で初聖体、中高生で堅信を受けるのが普通です。

編集者 iris (2017年01月26日 12:02:34)

オフライン

#567 2017年01月26日 12:01:22

iris
メンバー

Re: 信仰を維持する

日本では初詣・お宮参り・七五三など神社にお参りする行事が広く行われています。
安産祈願や合格祈願も一般的ですし、季節の風物詩などとして新聞やテレビでも取り上げられます。
神道とは何かなどと小難しいことを勉強しなくても、普通の日本人として生活していれば
「神さまが願いをかなえてくれるかも」と漠然と感じるようになるのではないかと思います。

オフライン

#568 2017年01月26日 12:43:07

iris
メンバー

Re: 信仰を維持する

一般論としてカトリックの信仰を伝えるのが信者のつとめでもあるわけですが、
私は子どもたちに立派なカトリック信者になってもらいたいとは思っていません。
人間として望ましいあり方を示してくれるものは、カトリックの教えだけではないからです。

ただ、自分の信仰として子どもたちに示すことができるのは、iris流カトリックの信仰だけです。
子どもたちは御ミサに付いてきて、抱っこだのおんぶだのと甘えながら好きなように過ごし、
私の祈る姿を見ています。帰省すれば曾祖母の崇敬する神社やお仏壇にお参りします。
そうして、人間として人智を超えるものを畏れる気持ちだけは持ってもらいたいと願っています。

編集者 iris (2017年01月26日 15:03:05)

オフライン

#569 2017年01月26日 22:31:14

良い子
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

irisさん、ありがとうございます。

irisさんのお子さん達は仮にカトリックから離れても、神を信仰する事とは別問題の話しになりそうですね。
irisさんだけでは判断出来ませんが、酸いも甘いも経験したカトリックの奥の深さ、器の大きさの片鱗を見た気がします。

結局のところ信仰は、人智を超えたものに対する、畏敬の念を抱き、黙って手を合わせるなり、頭を下げれば良いのだと思います。
その心が生命を大事にしたり、自然を大事にする思いとなって現れるのではないでしょうかね。..のはずですよJWさん。

irisさんのおっしゃる通り、神と言うものは、恐らくどこの国でもサムシンググレートとして生活の中に入って、機能しているのだと思います。

サムシンググレートを解明、説明したくなるのは人間の性でしょうね。
それが道徳基準など、人間の益になっている時は良いが、人間の成長を妨げる時、また、おかしな理論を持ち出し自分達を正当化したり、為政者の思惑に使われるようになるなら、それは違うと言える理論、またタブーなく神について語れる環境は大事なのではなかろうかと思います。

貴重なご意見ありがとうございます、
私の糧にさせて頂きました。

#570 2017年01月26日 23:15:32

良い子
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

書き忘れた分です。

irisさんにとって教会とは、神に思いを巡らし、精神を安らかにする癒しの空間ですかね?

そうだとしたら、うらやましいです。
個人的にですが、王国会館にそんな気持ちは持った事ないな、神社の方がよっぽど良いと思っていましたw

#571 2017年01月27日 11:06:13

iris
メンバー

Re: 信仰を維持する

良い子 さんの発言:

結局のところ信仰は、人智を超えたものに対する、畏敬の念を抱き、黙って手を合わせるなり、頭を下げれば良いのだと思います。
その心が生命を大事にしたり、自然を大事にする思いとなって現れるのではないでしょうかね。..のはずですよJWさん。

irisさんのおっしゃる通り、神と言うものは、恐らくどこの国でもサムシンググレートとして生活の中に入って、機能しているのだと思います。

その通りですね。
人智を超えたものに畏敬の念を抱くことは、民族の違いを問わず、
人間が精神的に健康であるために必要なことであると思います。

日本人は自覚がない人が多いだけで、とても宗教心の豊かな民族です。
これは世界に誇れる特質であると思います。
自然な宗教心を否定することは、状況次第で精神的な負担になります。

日本人が安産祈願をし、初宮参りをし、節句や七五三を祝うことを
ごく当然なことと受け止めているように、カトリックの地域では
子どもに洗礼を受けさせ、初聖体を祝うことが自然なのだと思います。
心身ともに健康に育つよう配慮されていれば、育児に宗教的要素が
含まれていることは、虐待でもなんでもありません。

日本はキリスト教国ではありませんので、日本人の子どもに
キリスト教の信仰を伝えようとする場合にはかなり配慮が必要です。
そのような配慮ができるかどうかが宗教教育の質を決めると思います。
ものみの塔の方針は最悪ですね。キリスト教でもないけど。

編集者 iris (2017年01月27日 11:09:06)

オフライン

#572 2017年01月27日 11:17:23

iris
メンバー

Re: 信仰を維持する

良い子 さんの発言:

irisさんにとって教会とは、神に思いを巡らし、精神を安らかにする癒しの空間ですかね?

乱れた心を整える場でしたね。
御ミサがなくても悲しい時には泣きに行き、悩んだ時には考えに行きました。
ただ今は、もれなく子どもがついてくるので、御ミサにあずかっても中途半端になり
乱れた心のままで日常に戻ってしまうことが多いです(泣)

オフライン

#573 2017年01月27日 23:11:05

良い子
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

iris さんの発言:

乱れた心を整える場でしたね。
御ミサがなくても悲しい時には泣きに行き、悩んだ時には考えに行きました。
ただ今は、もれなく子どもがついてくるので、御ミサにあずかっても中途半端になり
乱れた心のままで日常に戻ってしまうことが多いです(泣)

JWで王国会館に泣きに行った人っているのかな?
身内に反対され家を追い出され、途方に暮れ、王国会館に行った人の話しなら聞いた事あります。でも中には入れなかったんじゃないかな。
まあ、近くの信者さんが助けてくれたみたいだけど。

JWは私には人間味のある宗教には感じられませんでした。


irisさんがJWをキリスト教と呼ばないでくれと言う気持ちわかります。確かに教育は最悪です、ただの洗脳教育ですから。
私の母も私を一所懸命育てたのだと思いますけど、どうしてそうなっちゃったのかな、我が亡き母上よ(笑)

私も子供の教育にある程度、宗教要素が入る事は致しかたないと思います。ただ、子供の将来の選択肢を狭めたり、偏った知識や、信条の異なる人と相互理解が出来ない大人に育ててくれるなと願うばかりです。

#574 2017年01月28日 09:28:25

聖書についての質問
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

#603の「最後」さんは、元証人さんですよね。このスレッドを立て、キリストの戦士として大活躍なさった元証人さんは、刀折れ矢尽きたのか、#603を最後に、ここから別のところに戦いの場を求めに出て行ったようです。

僭越ながら、敬意と感謝を込めて、元証人さんの活躍を振り返ってみましょう。

#1で「何かと聖書の信憑性まで疑うような書き込みも多い中、聖書を信じられる根拠を集めてみるのも楽しいのではないかと思います。よろしくお願いします。」とこのスレッドを立てた目的を明らかにしています。

元証人さんは、その後「聖書を信じられる根拠」として何を教えてくれたのでしょうか。
#6で、「信じる根拠は色々とありますよね。イエスに関する預言は350箇所ほど成就しています。」と書きますが、すぐさま反論されます。話題になったのが、イザヤ書の「処女が妊娠して子供を産む」という部分でした。元証人さんは#20で「マタイは実際に起きている事を見て、処女と表し」た、と書き、いろいろ反論されます。ここで溜まっていたフラストレーションが爆発し、反論をあきらめ、#52で「カレブさん、つまり、あなたは目撃証人がいてもいなくても、聖書に書いてあっても書いてなくても信じたくないという事なのでしょう。仮にパウロがマリアに言及していたとしても聖書は信用できないと言い出すのです。信じたくないのですよ、あなたは。」と、中身のない個人攻撃して、この問題を投げ出す。このパターンは、これ以降、別な方を相手に繰り返される。

#60で、「おすすめなのは、様々な聖書学者の文章が読める『ナザレのイエスは神の子か?』いのちのことば社です。」と、キリスト教プロパガンダ本を勧める。この本はこれ以後数回登場する。聖書が信じられる根拠って、この本のことだったよう。
しかし、この本を支持する人はなく、話題は聖書の不一致のほうへと向かう。それに対して#67で「細部で食い違いがあっても、神が人類のために愛する御子を遣わし、贖いとして死なれ3日目に甦られたという事は完全に一致しています。それ以外の事(些細な違い)は枝葉であって救いとは関係ありません。」と、不一致=枝葉論を展開する。
ここから聖書に不一致があっても信じられるという防衛的な議論が多くなり、信じる根拠はあまり論じられなくなる。同じ#67で「引用の際に人名間違いや数字の間違いもあるかもしれません。」と聖書に間違いがあることを認める。#190で再び『ナザレのイエスは神の子か?』をとりあげ、「そこに書かれている内容と私の意見は一致していますので読んでもらえたら解説を省けますので助かります。」と2016年の書き込みを終える。

年が明けてから、それまでの数々の悪行から出入り禁止処分を受けるが、#212で「アブラハムの神についてと聖書考古学などについて少し伝えるのを忘れていた点があり、管理人さんであるカレブさんと話して2ヶ月頂きましたので、ご了承ください。」と再出発宣言。
話題はソロモンの神殿での大量屠畜問題となる。元証人さんはここでも防戦一方の展開。#216で「象徴数ではないとしたなら単に数字の書き間違え、伝達する際の手違い、ミスも考えられます。」と聖書に手違いやミスのあることを認める。#218で「聖書が伝える主要なメッセージではないという事です。」と再び枝葉論。#236では、「クリスチャンが実数と信じるのも勝手、懐疑論者が誇張と考えるも勝手なのです。」と、正面から論じるのを避ける。そして溜まっていたフラストレーションが爆発し、「ところで、あなたは少しは聖書考古学の本とか読まれてます?他の人の信仰を破壊することしか考えない人間ってのも何だかね。」と個人攻撃で、この問題を投げ出す。
その後、何か主張しないといけないと思ったのか、#259で、それまでの流れを無視して、ある本から長々と引用する。それに反論を加えられると、#267で「無論、無理に信じる必要はありません。お引取りを。」と対話拒否。これは、これ以降何回か繰り返される。

やっと、#296で「考古学的に聖書を裏付けるものは何もないと信じたい否定派の人々は実際の考古学上の最新の見解を理解しておられないようです。聖書が間違いだという考古学上の証拠は何も発見されていません。」と、考古学の問題に取り組む。内容はナショナルジオグラフィックのHPからの引用。しかし、話題は聖書の不一致点の方に。また防戦一方の展開。#342で、「懐疑論者たちは食い違いばかり探して読みますが、重要な点は相違点ではなく一致している点なのです。」と、不一致点を指摘することがあたかも悪であるかのように主張する。ノアの洪水前に古代文明が存在していたという指摘に対しては、#344で、「年代測定に問題があるのでしょう。」と聖書擁護するも根拠は示されず、いわば願望を述べるだけ。さらに、同じ#344で「古代の聖書の系図は主立った人物しか記述されておらず省略されており、寿命に関しても写本によってばらつきがあり、単純に寿命を足して人類の歴史は計算できないのです。」と、創世記の系図や年齢はいい加減なものだと認めてしまう。ノアの洪水があったことにするためには、それに不都合な聖書の他の記述は「嘘」とせざるを得ないということなのでしょう。そして、自分の主張を維持するために、#366では、「基本、聖書のみの立場のプロテスタントであるとはいえ、口伝えによる伝統をも重視します。」と口伝を聖書並みのものと位置付けてしまう。自分に都合がよいものは何でも取り入れるという非常に柔軟な立場を表明。

そのあと話題になったのが、子供の教育問題。聖書を信じる根拠を見つけるというこのスレッドのテーマからはずれていますが、今まで防戦一方だった元証人さんは、批判的な書き込みの言葉尻を捕まえて、激しく攻撃。元証人さんが一番勢いがあったあたりでしょうか。その中で、#385「私の住んでいる県内において進化論を信じてノアの洪水を否定している教会などほとんどありません。(カトリックは除く)。」、#393「福音派のほうが勢力を伸ばしている。」、#399「先に挙げた日本の教団、教派の中では多くの人が若い地球説(6000年以外の見解の人を含めて)を信じていますがね。」と、主張。自分と同じ考えの人は多い、だから正しいと言いたいよう。しかし、そのような人は日本では絶対的少数者であることは思いつかないようです。今まで同様、ここでも批判され、我慢しきれなくなったのか、お決まりの個人攻撃。#415「カレブ氏 アホ、虐待発言によるチェーンソーぶん回し。KAO氏 極端な自由主義神学によるチェーンソーぶん回し。ささらほーさら氏 聖書の神を結婚詐欺師に例えるチェーンソー発言。その他。(以下略)」と、この問題終了。

#417で、「ダビデ、ソロモンは実在し、その栄華も確認されています。『発掘された聖書』は考古学では古いのです。」と考古学テーマに復帰。#420で「福音書筆者問題についても何名か書いておられましたが、それも最新の聖書学の見解ではなく、古いものです。」と、自分は最新の学説に通じていることをアピール。#421では「ラクダについても聖書の記述に間違いはありません。」と自信に満ちた発言。しかし、これらも反論され、些末な問題である、リベカがラクダに飲ませた水の量で議論になり、反論できなくなると、#450で「じゃあ、たっぷり飲ませたんじゃない?まぁ、たっぷり基準もあやふやですが。所詮、枝葉。」とふてくされた態度で、得意の枝葉論。枝葉なら話題にする必要もなかったはず。

#475で「「聖書時代の秘宝」をよく読みましょう。」、「「徹底検証キリスト教 信じる根拠はどこにあるのか」(いのちのことば社)をじっくり読むようにお勧めします。」と推薦図書の紹介。その後、#488では、「こちらの方がずっと新しい聖書学の成果に基づいており、補説や 解釈学的な現代への適用の項もあるものです。ですから、あなた方の引き合いに出すような昔からある使い古された否定的な見解よりは新しいものなのです。少しは読解能力を身に付けましょう。」と、自分のほうが優れていると、論証抜きで主張。しかし、自信のあるテーマだったはずのノアの洪水について、#490で「ノアの洪水の証拠は信じる目で見れば世界中に満ちています。全員ではないですが、科学者であるクリスチャン達も認める事です。結局は信じるか信じないかの問題のようです。」と、自説をあきらめたような弱気な発言。証拠は満ちているが、信じるか信じないかという問題に格下げ。

聖書と考古学の食い違いに対しては、#526で、「食い違いがあるからといって聖書が間違っているという事には必ずしもなりません。むしろ逆になぜあなたは、聖書と違ってダビデやソロモンが偉大な王でないと考える必要があるのでしょうか?」と、枝葉論を超えて、食い違いのどこが悪いんだと開き直り、信じないほうが悪いと言わんばかりの主張。
#558で、「「聖書時代の秘宝」をよく読みましょう。」と呼び掛けてから、長々と引用。聖書を信じる考古学的証拠は、どうも古臭い「聖書時代の秘宝」のようですね。

そして、元証人さんの主要な論敵のひとりであった「ささらほーさら」さんが、愛想が尽きたのか、#563で「収穫がひとつありました。わたしの大切な友人のひとり(JWに疑問を持ちつつも聖書には誤りがないと信じたがっていた)が元証人さんの理屈と態度を閲覧していくうちに「『聖書は真実のみを語っている』ということに固執することがどんなに愚かしいことかわかった」と言っていました。」と告げて、お別れのご挨拶。様々な人が自由に投稿できる掲示板の社会的な意義が思わぬ形で示された感動的な書き込みでした。それに対して、元証人さんは#567で「二度と来ないように。」と、無礼極まる反応。

そして、#568で、このスレッドの目的とは無関係なJW批判とキリスト教護教論を長々と展開。最後にこれが言いたかったのでしょう。#590で「カレブさん、短い間でしたが、お邪魔しました。」と事実上、撤退宣言。
元証人さんをはじめ、関係者の皆様、お疲れさまでした。

私のまとめ、いかがだったでしょうか。ところで、聖書を信じる根拠って、何だったの?信じたい人が信じているだけにしか見えなかったけど。根拠を教えてよ。

#575 2017年01月28日 13:10:18

パー子
ゲストユーザー

Re: 信仰を維持する

こんにちは。

もうこれからはROM専で行こうと思っていたのですが、出てきちゃいました。^^;

ささらほーさら さんの発言:

本当に「愛で体現されるような絶対神」が存在し
人間を含む、この宇宙の延々と続く流転(?)に良い意味での終止符を打ち
苦しみや病気や死が実際になくなる見込みや「根拠」が存在するなら
わたしだって飛びつきたいですよ。

ささらさん、私の気持ちを代弁してくださったかのようです。
ありがとうございます。


私は元二世ですが、JWが「真の宗教などではない」と感じた(気づいた)最初の理由は、組織が聖書の教えに従っていないということでした。
レイ・フランズさんの「良心の危機」を読んで、半泣きしたあの頃が懐かしいです。
親から植え付けられていたとはいえ、聖書の愛の神様はぜえええったいに存在すると信じていましたからね。

JWの教えが真理ではないとなると、「真理はどこにあるのか」・・・と非常に不安になりましたし、曇りのない目で聖書を読み直さなきゃ!と必死でした。

新共同訳の聖書を買って(高かった・・^^;)、夢中になって読みましたよ。どこにいるのか分からない神様にもJW時代以上に沢山祈りました。
教会も尋ねてみようかな~とウェブサイトを調べたり。
リアルでも元JWからクリスチャンになったという方とお話したり。

そうしたらさらに疑問が出て来る。。(◎_◎;)
なのでそこを質問をすると(答えを知りたいという純粋な気持ちからですよ!)
「あなたはクリスチャンを馬鹿にしているんですか!?」と怒られる。。
違うのに。。

信じないのではなくて、信じられないのです。
信じられたらどんなに良いか!と思ったほどでした。

でも、自分の心に嘘をつくことはできない。
そういうことなのです。

真理=全ての人を必ず幸せに導く
この方式が、私の中で崩れた瞬間でもありました。

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