ログインしていません。

#551 2017年01月10日 00:09:29

現役10年
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

大空の浪人さん ご説明ありがとうございました skさん失礼いたしました ペコリ

#552 2017年01月10日 19:54:37

大空の浪人
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

現役10年さん、お役に立てたら光栄でありまする。
さてさて、
>あ、そういえば、skさんも似たような宣言で締めくくってました。
☆っていう、どこかのゴミ男さんに不当にskさんと同一断定されてましたね。これでその疑惑は晴れた、というか反証認定と解釈させていただきます。
思えば歴史上、偶然に「大空の浪人」を名乗る人々は何年かおきに現れ、意図的に紛らわしいHNでpossibleちゃんを煽る人もいて猛烈抗議したりもしましたが、そのうちの誰も「大空の浪人」のHNが意味するものの恐ろしさに耐えられず、さっさとHNを変更して今に至っています。つまり、possibleちゃんの不当攻撃を含め、「大空の浪人」を(偶然にでも)名乗ることの意味する恐ろしいまでのネットの現実に耐えられず、HNを変更して平穏なるネット生活に転進してしまったのです。そのおかげ(実績)から、「大空の浪人」でグーグル検索すれば私の書き込みしかヒットしなくなって久しくなります。
さてさて、かなつさんへのレスで訴訟上の素養の差を認識したはずなので、かのゴミ男さんは二度と噛みついて来ないと考えますが、噛みついて来るならどうぞ、どうぞ。
ばあねっとBBSの吉田さん(&八百屋さん)そして霊の実さん板のpossibleちゃんよろしく切り捨てて差し上げますよ~ん!(挑発ですよ、さあさあ、噛みついてらっしゃ~い!…と挑発してみます、いにしえ以来のネット論客として!!…「そりゃあんまり可哀相だろ…自粛しろや…あんなアホ、相手にするだけ「大空の浪人」のネット人格が地に落ちるよってに!って声が聞こえるような気もしますから、ゴミ男さん、良い機会ですよ、この際、悔い改めなはれ。その方が御身のため、世のため、人のため、皆々様のため、なのですよってに…分からんだろな…と思ってますが…アンタ、ワテに釣られてゴミ処理してしまいはったんよ、分からんか?一言一句、よう読んでみ。それでも分からんのやろな…(T T)、正直、やりすぎたとちょっぴり後悔していますよってに。これが最後のチャンスかもしれへんで~!

#553 2017年01月10日 20:08:14

ささらほーさら
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

げにネット社会は恐ろしきかな( ̄∇ ̄;)ハッハッハ

オフライン

#554 2017年01月10日 20:48:47

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

こんばんは。モトシモベです。

Chimeraさんの「元気でね」発言を「Chimeraさん=skさん」説の根拠にされていた方がいらっしゃったので、わたしからも補足させてください。

http://www.jwstudy.com/bbs/viewtopic.ph … 316#p18316

件の「元気でね」発言は、わたしが上の投稿で書いた文末の挨拶を、直後にChimeraさんがコピーした内容です。


http://www.jwstudy.com/bbs/viewtopic.ph … 460#p17460

上のChimeraさん(当時は元証人さん)の投稿から「さようなら〜」と、似たような空気感だったskさんの決め台詞「元気でね」を混ぜた挨拶が「さようなら〜。元気でね。」だったのです。
本来意図しなかったことではありますが、今回はskさんにあらぬ嫌疑をかける結果になり、申し訳ありませんでした。

コピー大好きChimeraさんに宛てた小ネタとは言え、正直ネタをぶっ込み過ぎたと反省してます。ちゅんちゅん。

#555 2017年01月10日 22:36:05

モトモコモナイ
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

別人だとしても共通点が多いですね。
性格が似ていると考え方や言葉遣いも似てくるのかな?
それはそれで興味深いです。

#556 2017年01月11日 07:09:48

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

モトモコモナイさん

おはようございます。

モトモコモナイ さんの発言:

別人だとしても共通点が多いですね。
性格が似ていると考え方や言葉遣いも似てくるのかな?
それはそれで興味深いです。

たとえば街を歩いていて、奉仕中のJWは簡単に見分けがつきますよね。
仕事着や普段着でも「わたしはJWです」と書いてある、目に見えない看板を自慢げにぶら下げながら歩いている人は少なくありません。
それと同じだと思います。

わたしが思うに、それは性格の問題ではありません。
おそらく人が「ひとつの真理」という幻想に固執し過ぎると思考の方向性は画一化され、ご本人も気づかないうちに言動が似通ってしまうのでしょう。

現に、ご自身の信仰に対して異議を唱えられたときのChimeraさんの反応や物腰って、反対意見に直面した(あまり好まない表現ですが)マイコンJWにそっくりじゃないですか。
エホバの証人というカルトを辞めた後も、Chimeraさんが「ひとつの真理」という幻想に固く囚われている様には痛々しさを感じてしまいます。

#557 2017年01月11日 16:58:52

大空の浪人
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

どこかにあったと思ったら、アブラハムの神の限界スレの#394でChimeraさんの同一IPによる荒らし行為はカレブさんから指摘しておられましたね。さすがであります。
さてさて、荒らしさんたちが似た者になる仕掛けは、モトシモベさんの
『人が「ひとつの真理」という幻想に固執し過ぎると思考の方向性は画一化され』というくだりが要点に近いような気がします。
「自分の意見こそ唯一の真理」と深く確信するのはお幸せなことなのですが、一つの物事は一人一人に違って見える現実もまた真理なのです。その点を認めることができないと、自分の「真理」対「偽り(論敵)」の二元論で物事を見ることになります。
すると論敵を貶め真理を喧伝するためには「聖なる犯罪」こそ究極の善行ということになり(それはカルト集団の特徴的認識)、度の過ぎた人格攻撃やさらには実社会での攻撃、複数HNによる攪乱書き込み等、ネットコミュニティを損なう荒らしに踏み込むことになります。
本人はそれで「聖戦士」を気取るとしても客観的には「ルール無用の悪党」にすぎません(タイガーマスクの主題歌)。

#558 2017年01月12日 15:52:44

YOSOI ITOSHI
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

年鑑(英語)を調べたら、去年と見比べると、天に行く人の数が、一気に3000人ほど増えています。天に行くと勘違いしている人が、3000人も増えたのでしょうか?なんか不可思議。

編集者 YOSOI ITOSHI (2017年01月12日 15:54:20)

オフライン

#559 2017年01月13日 10:10:04

ジョエル
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

「真理とは何か」ヨハネ福音18章38節

この問いを「どの宗教の言っていることが正しいのか」と考えずに、そもそも真理とは何か、と反転させてみます。

真理など存在しない、が真理だ、と主張するなら矛盾ですが、真偽が決定できないお題が(いくらでも)存在する、と意見するのは何も矛盾していないと思います。


人は死んだらどうなるか

答え:日本ではかなりの割合で圧倒的シェアを誇る宮本工業所の火葬炉で焼かれます


それでは味気ないよと仰る人たちのために各種の宗教信条が用意されています。


人は死んだらどうなるか

答え:我有りて為るところのものと為る(ヤハウェのパクリ)

塵に為る
別の生に為る
千の風に為る
天の使いたちのように為る

こういう先人たちの表現は、「真偽が決定できないお題」(死んでみなけりゃ分からない)なので、どれか一つだけが正しいと言い張るより、お互いを尊重しましょうね、という流れがあります。


科学的事実はすでに真偽が実証されているか、または仮説の段階にあって証拠の検証から議論が成立し、ある程度、またはかなりの程度の蓋然性を判断できますが、信仰の対象(信じるか信じないかだから尊重し合おうね)とは分野が違うと思います。

#560 2017年01月13日 20:09:55

三太郎
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

油注がれた者についてのJWの理解がデタラメであったとわかった今、自らを油注がれた者と認識した人たちは、結局何を持ってその確信に至ったのか不思議で仕方がない。単なる思い込みが高じてそれに至ったのか、自分は他とは違うという過剰意識がそうさせたのか。私はレイモンド・フランズが、それについては触れていないのが少し残念でした。

#561 2017年01月13日 20:56:54

てつてつ
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

三太郎さんこんにちは

私はレイモンド・フランズが、それについては触れていないのが少し残念でした

レイモンドフランズさんの もう一冊の著書 クリスチャンの自由「まだ英語しかない」の5章には 油注がれたものという概念がまったく協会の作り話で 組織内での力関係は全て長老とか 巡回監督とか組織がとりきめた地位によって決められるのであって協会は油注がれた者といっているものには何の配慮もはらっていないと書かれているようです
つまり 何の意味もない数字また事柄なんですが 信者さんのほうでなにか霊的なすごいことがあるんじゃないかなーと思っていて 協会も信者さんがそうかってに思っていてくれれば好都合ということなのではないかと思います てつてつさんの説です

自らを油注がれた者と認識した人たちは、結局何を持ってその確信に至ったのか不思議で仕方がない。単なる思い込みが高じてそれに至ったのか、自分は他とは違うという過剰意識がそうさせたのか

これはわからないですよねー 自分も一度聞いてみたいと思っていました

編集者 てつてつ (2017年01月13日 21:29:26)

オンライン

#562 2017年01月14日 16:12:00

ラハム
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

自称油注がれた人たちが、
どのようにして、自分が油注がれていると
認識するようになるのかということについて、
一度だけ宣教者から聞いたことがあります。
彼は油注がれていると公言していません。

彼の話ではある油注がれている姉妹のことでした。
それは突然起こるようです。
彼女が庭を歩いているとき起きたそうです。
部屋に戻り聖書を読み始めると
自分にあてられた手紙のように
とても強く感じるようになったそうです。
天から声が聞こえたということはないようです。

わたしなどはいくら聖書を読んでも、
神からの手紙などと感じたことはありませんが、
その姉妹は以前とは全く違うようになったという話でした。

幾人かの友人たちとこれについて話し合ったことがあります。
例えば、レイモンド・フランズなどは油注がれていたので、
統治体のメンバーになれました。でも、彼は排斥されたのです。
その場合、油注がれていたという
感覚はどうなってしまうのかというものです。
知り合いに英語で「クリスチャンの自由を求めて」を
読める人がいて何か記述されていないかを聞いてみたところ、
何も触れられていないということでした。

だから「良心の危機」と
「クリスチャンに自由を求めて」からのみでは、
その謎を読み解くことはできないのでしょう。
だれかもうひとり自称油注がれた人が、
フランズのように内幕を報告してくれることを
期待し続ける以外なさそうですね…。

オフライン

#563 2017年01月14日 17:38:59

鬼太郎
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

天的な希望に関しては、研究生の頃から 司会者から幾度も言われました
『自分が男か女かわかりますよね、それくらい明確に自身が天に行くとわかるそうです』

この司会者も天に行くと言っている国内の長老からこう言われたそうです。
『兄弟は自分が男であるとわかりますよね。それと同じくらいはっきりしています』

こればかりは、想像するしかない世界でした。
R・フランズが生きていれば聞きたかったですね。

オフライン

#564 2017年01月14日 21:35:20

三太郎
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

レイモンドフランズさんの もう一冊の著書 クリスチャンの自由「まだ英語しかない」の5章には 油注がれたものという概念がまったく協会の作り話で 組織内での力関係は全て長老とか 巡回監督とか組織がとりきめた地位によって決められるのであって協会は油注がれた者といっているものには何の配慮もはらっていないと書かれているようです

てつてつさん、ありがとうございます。
「クリスチャンに自由を求めて」の中で、フランズはそのように述べていたのですね。初めて知りました。
現役時代、私の近辺にそういう人はいませんでした。油注がれるにはそれなりの理由があると私は考えてましたので、何が一般信者と違うのか非常に興味がありました。
てつてつさんの情報力にはいつも感服しております。

彼の話ではある油注がれている姉妹のことでした。
それは突然起こるようです。
彼女が庭を歩いているとき起きたそうです。
部屋に戻り聖書を読み始めると
自分にあてられた手紙のように
とても強く感じるようになったそうです。

ラハムさんの話も非常に興味深いですね。
私はこういう話はほとんど聞いたことがなかったので少し驚いています。
フランズは排斥後、自分が油注がれた者であることをどのように回顧したのか、まさにそこが私も知りたかったです。
今後、このレベルの人たちが内情を語ってくれることを大いに期待したいと思います。

天的な希望に関しては、研究生の頃から 司会者から幾度も言われました
『自分が男か女かわかりますよね、それくらい明確に自身が天に行くとわかるそうです』

鬼太郎さんの話も驚きですね。
ということは疑いの余地なく天にいくことを認識しているということになります。それぐらい明瞭な認識なんですね。
私は現役時代、彼らの日常における行動は、天に召されるぐらいの人たちなので、私などとは比べようもない非の打ちどころのない人たちなんだろうなと考えておりました。
統治体に至っては、さらに別格、別次元の存在で、最も神に近い人間と思ってました。

しかし時代は変わり、インターネットという国境を越えた情報ツールが、統治体の実態を暴いてくれました。
油注がれた者たちは、未だJWの中では特異な存在なのでしょうか。
引き続き、今後の情報に期待したいと思っています。

#565 2017年01月14日 21:59:54

てつてつ
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

カレブさーん  または 英語できるかた クリスチャンの自由 5章 154ページあたり ちょこちょこっと 翻訳お願いします レイモンドフランズさんが 協会の油注がれた者についてのウソに言及しているところだと思います


以下 こりゃ英和で翻訳してみたものです

見張り塔の出版物で忠実な、そして分別がある奴隷153。 提案された35階建ての、高層のブルックリンのビル、論文州(ページ25)を含めて、大きい建物と各国の印刷のファシリティを建設する計画とプロジェクトを説明した後で:
このすべての建設そして組織化することは本当に必要ですか? それは、もし「忠実な、そして分別がある奴隷」が継続するなら精神的な「固有の時間での食物」を供給しています。 このような食物は200以上の言語で非常に「神の世帯」の増大のためにそして世界的な説教に必要です。
「食物」は、それから、明らかに意味はブルックリンに本拠地がある見張り塔協会によってそしてを通して発表された印刷されたインフォメーションとして提示されます。 これは問題を提起します。
「奴隷」が「選出された」キリスト教徒で構成されていると言われる、エホバの証人の多くが、どのようにかについて、当惑していますからこの実際の実施の中に離れて(彼・それ)らによって仕事を「食物 - 供給する」こと。 私自身は初期のポイントから上にただこれらの「選出された」人が(少なくとももしブルックリン本部の外で位置を定められるなら)どんな面にしても「食物」が提供した開発と霊歌を供給することを分かち合ったのどのようにか理解することができませんでした。 私の父親は(すでに)1913年に洗礼を施されて、そして「選出された」(人たち・もの)のであると公言されていました、私の母親と他の人たちと同様に私は知っていました。 それでも新しい考えと周期的に発表された教え(前の教えを置き換えます)は、若干数がそうしたように、一般的な「選出された」人たちがただ「(彼・それ)らが出て来た(とき・から・につれて・ように)、これらの教えを受け入れることによって、そして他の人たちに(彼・それ)らについて話をすることによって」放物線状の「食物」分布を分かち合って、「選出された」(人たち・もの)のではなかった人たちがまったく同じことをしましたから、人工的な説明に思われたと言うために私について、そしてその number.35 の(こと・もの)であると称さなかった他の人たちに驚きと同じぐらい極めて(彼・それ)らに来ました。
組織の国際本部が機能する方法の概念を持っていない証人のために、そこ(に・で)疑いが何らかの方法でこれらの8,600の「塗布された」(の・もの・人)の考え、聖書の研究と結論が、いずれかの方法で、最終的に(彼・それ)らの方法であると思ういずれかのあいまいな理解で述べられる理事会のブルックリン本部と利益、注意、に「正確な、そして分別がある奴隷クラス」の「報道官」であるために存在しません、同じぐらい同じくその管理上のセクション。 組織の教義開発プロセスが非常に個人ですから、これは8,600とブルックリン本部の間の関係のミステリーをつかもうとしている人たちの側に重要な推測を可能にします。 (若干数が「選出された」地球全体(人たち・もの)の意見を学ぶために周期的な調査がされると考えさえしました。)
35  私が聖書で提出された天国の希望が私に適用されたと信じたのは私が23歳であった1945年になって初めてでした。
154 キリスト教徒を探して自由
1人がもっと近く組織の中心に来ると、それだけもやはきれいになります。
8,600の「塗布された」(の・もの・人)の共同の体がと体が、マスターの家庭の関心と問題に関する指示を働かせることにおいて、共有するように、精神的な「食物」を供給するという考えは、どんな感覚現実ででもではなく、完全に理論であることが分かります。 それは多分組織によって作成された聖書の発表された説明の範囲全体で見いだされる最も明白な小説です。 事実は「塗布された」(の・もの・人)のその数の1パーセントさえエホバの証人が聖書の材料の方法あるいは政策あるいはその民族の活動を指揮することを構成することで何を得るか決定することで最もわずかな部分を持っていないということです。
誰が実際に「食物」を供給しますか?
1944年に見張り塔の Gilead の学校に通って、そしてその後管理上のカリブ海における立場でサーブした後で、私は部分的に(すでに)これを感じ始めていました。 私の個人的交際と大統領のオフィスとのコミュニケーションは、誰が地球全体の会衆が何を読んで、そして調査するべきであるか決めたか、そしていいニュースの宣言がどのように遂行されるはずであったかについて、疑いの余地をほとんど残しませんでした。 それは外に明らかに人々ではなかったの
ブルックリン本部。
これは、1965年に、大統領(ネイサン・クノル)によってブルックリンに行くように頼まれた後で、私が執筆部門の一部であることを割り当てられたとき、より大きい確かさで確認されていました。 副社長、フレッド・フランツを含めてではなく、私自身は別として(名目上は部分執筆部門の、しかし実際に個々であるからそしてそれに対して上位です)、そこ(に・で)「正確な、そして分別がある奴隷クラス」の天国のしかし、それ故、世俗的な希望を持っている生命にその時ただ「選出された」(人たち・もの)、その人たちが「他の羊」と呼んだ他の6かそこらの人の著者がすべてであったカール Klein.36 、のであると称している他の執筆部門メンバーが選出されるように見なかった(の・もの・人)だけではない.
はるかに大多数の雑誌で発表された記事は「選出されたクラス」の人々によって書かれませんでした。
これらがそこ(に・で)機能している実際の年について執筆課の「シニアメンバーである」けれども36に従ってリライトして、しかしながら、再調査、修正の適用を受けて、そしてさらに全体であった異なった countries.37 に、もちろん、「選出された」兄弟から伝わった記事がありました、クレインは決して、これが彼に反対のどんな特定の偏見でもためではなかったけれども、しかしただ彼の執筆がしばしばある論争、論理あるいは判断の不安定を示したことが主な理由で、特に重要であるとみなされた資料のいずれも書くことを割り当てられませんでした。
37  ほとんど例外なく、クノル大統領が(すでに)それを書くためにその人に宿題を送っていたから、論文は来ました。
執筆部門管理人、カール・アダムスの正確な、そして分別がある Slave 155裁量。 それでもカール自身は「選出された」(人たち・もの)のではありませんでした。 彼は「選出された」(人たち・もの)の1人によって書かれた論文を「他の羊」の1匹に引き渡すことにおいてちゅうちょが再加工すること、あるいは書き直すこと、のために、そしてしばしばそうしなかったと感じました。 彼の上役の誰も彼がそうすることへの反対を持っていませんでした。
この規則の唯一の例外は副大統領、フレッド・フランツによって準備された作品でした。 カールが私に述べたように、クノルは(すでに)副大統領の作品がただ副大統領の許可を得て変更されるはずであったことを明らかにしていました。
1つの理事会のミーティングで「精神的な食物」の準備のこの主題が生じたとき、クノル大統領は自然発生的に執筆の大きい大部分が「他の羊」クラスの人たちによってされたことを認めました。 執筆の領域で働いている誰にでもこれは明白でした。 執筆部門がそれ以来(今まで)大いに拡大されていた、状況が本質的に same.38 のままであるけれども、一般にこの変則を釈明するために与えられた理由は、選出されないメンバーが考え、資料の開発と執筆をするけれども、それです、印刷する前に、それは「選出された」(人たち・もの)の人々によって常に読まれて、そして承認されます。 明らかにこれは何らかの方法でこのような推論がひとりでに訴えられなくてはならないというまさしくその事実がクレームの重い負担がかかった性質がジーザスの寓話の foodsupplying 様相の適用について作ったことを示す material.39 に選出されたタッチあるいは品質を加えます。
時折いずれかの聖書の考えを含んだか、あるいは教義上のポイントである特定の問題を提起した手紙が「選出された」 class.40 の人々から執筆部門まで入ってきました、これらの文字は取り扱われました、そしてまだ「通信デスク」に指名された人たちによって取り扱われます。 この仕事をしている人たちは「選出された」クラス(フレッド・ラスク、ジーン・スモーリーのような男性たち、ラッセル・ディクソン、レイモンド・リチャードソン)のであると主張しない、主として、男性たちでした。 これらの男性たちは定期的にこのような手紙を読みました、(彼・それ)らに答えます、そして手紙はもっと遠くに行きません。
男が通信デスクに関して彼の範囲の外(に・で)存在したと感じた例外的な何かがあった場合に限り、手紙はなんと理事会委員会の1つの上にその方法を発見するであろうことでしょう。
まったく同じことは、しかしながら、「選出された」クラスのそれらから来ない手紙について本当でした。 手紙が「選出された」(人たち・もの)の1人からであったという事実は仮にもめったにそれを執筆スタッフが近年全部で20人以上の人々であると数値化したどんな異なった38、「他の羊」の(こと・もの)であると称している大多数でも受け取らせませんでした。
39比較ハガイ2:11、12.37
40  一般に、特に書いている人が「選出された」(人たち・もの)のであると述べた場合に限り、これは知られ得ました。
待遇あるいはまったく手紙がそうするであろうより大きい考慮がそのクラスであると称さないで1人から受けるキリスト教的な自由を探している156。 この実践は通信机の男性たちについて考えることのプロダクトではありませんでした;それは標準的な組織的なプロシージャでした。
手紙のためにもっと多くの注意を獲得するかもしれないものがその著者とこちらが保持する位置が彼のにかかわらず公言しているか、あるいは「選出された」(人たち・もの)のであると公言していないであろう組織的な(人たち・もの)でしょう。 それで、地区管理人からあるいは支部から1文字で、著者が「選出された」(人たち・もの)のではなかったけれども、委員がほとんど自動的に特別な注目を与えられるでしょう。 このような手紙が「選出された」(人たち・もの)のであると称して、しかし年長者のそれを越えるポジションを持っていないで1(人・つ)からの手紙より理事会委員会に届く可能性がずっと高いでしょう。 単に理事会の執筆委員会の上の9年として用を果たして、そして、世界中の90かそれ以上の支社からと同様、本部執筆部門とサービス部門両方から項目の流れが我々の注意を促されるのを見ることから、執筆部門で、しかし同じく15年であることから、私はこれを知りません。 私はためらいなしで本部でそして理事会の上に格別の懸念が表明されなかった、あるいは調査が、コミュニケーションの源について、そうであること、あるいは「選出された」(人たち・もの)のではないことをしたと述べることができます。 それはめったに知りさえされませんでした。 それはただ適切か、あるいは重要な要因として扱われませんでした。
フィールドからのインプット
1976年に、その時既存の本部政権の再編成の後に、ミーティングの3つの別個のシリーズが広範囲の証人の精神的な給送と活動に関連した主題に関して「フィールド」から申し出表情まで招き入れられた男性たちのグループと共にブルックリンで開催されました。 グループ、およそ百人の男性のそれぞれ、は同じく合衆国からそれぞれ支社からの代表者、それから合衆国じゅうからの旅行管理人、そして最終的に選ばれた congregational 年長者のグループ、で構成されていました。
(彼・それ)らをこれらの例外的な集まりに招待することにおいて、「選出された」(人たち・もの)のであると称している男性たちを選ぶことに、考慮、優先、あるいは、そのことならやはり、どんな考えでもさえ、ではなくが与えられました。 誰がそうであったか、あるいは誰かの知識がでなかった一般にディスカッションを行なっているメンバーと他の人たちが持っていた理事会が「選出された」(人たち・もの)の(非常に、非常に少数の存在しました). それはただどんな重要性を持っでも要因として扱われませんでした。
毎年、そのサービス委員会を通して、理事会は理事会メンバーとある特定の他の人たちが個々に各国に旅行して、そして公式訪問を支社の忠実な、そして分別がある奴隷157にする「地域訪問」を計画して、そして取り決めます。 世界中のそれぞれの支社がこのようにして毎年サービスされるはずです。 このような訪問のためのプログラムは暴露しています。
理事会メンバーとして、このような地域訪問を行なうとき、私は多くの人々に話をして、そして(彼・彼女・彼ら)から便りをもらうことを予想されました。
若干の国で目撃者の数は何万もに出くわすかもしれません。 それで、「ゾーン管理人」として、私が焦点を合わせて、そして誰に耳をかたむけるはずであった人たちはでしたか? たいていの状況で、毎日私は朝のテキスト議論のためにブランチベセル家族(ブランチオペレーションのスタッフ)と会うでしょう。 私はブランチスタッフのすべてのメンバーの「テーブルリスト」を受けました、そして毎朝これらのいくつかが毎日の聖書テキストについてのコメントをするために割り当てられました。 しかしながら、このすべてで、特別な注目が「選出された」(人たち・もの)、それ故「正確な、そして分別がある奴隷クラス」のメンバーの(こと・もの)であるかもしれない人たちのために示されませんでした。 もしスタッフのあるいはコメントすることを割り当てられた人たちの間の(どれ・何・誰)かが「選出された」(人たち・もの)のであったなら、もし偶然の会話での誰かがたまたまそれに言及したなら、これは一般に、通常、ただついでに私に知られるようになりました。 インフォメーションがこのような(の・もの・人)を識別して供給されませんでした、そして準備がその人の「選出された」(人たち・もの)の存在のために誰もとの特別な議論のためにされませんでした。
訪問の間に、プログラムは、それらが特別な食事で「宣教師ステータス」を持っているという状態で、ミーティングを召集しました、そして食事の前に私はこれらに話をするはずでした。 再び、特別規定が「選出された」(人たち・もの)のであると称している宣教師が私と話をするためにされませんでした。
もう1つのミーティングで私は支部委員会によって選ばれた1あるいは2人の旅行管理人(サーキットあるいは地区管理人)と話をするはずでした。
めったにこれらの男性たちのいずれも「選出された」(人たち・もの)のではありませんでした。
訪問の主要なミーティングは(3から7人の男性までどこででも構成されて)ブランチ委員会自身と共に持たれてそれでした、そして、再び、たいていの国でその委員会は「選出された」(人たち・もの)の男性たちについて完全に組織されませんでした。
目撃者の一般的な聴衆によって参加のために手配されるかもしれません、あるいはそうしないかもしれない話は別として、ミーティングあるいはコミュニケーションのために他のどのようなプログラムもありませんでした。 理事会メンバーとして
ミルトン・ヘンシェルが規則的にストレスがたまっているという状態で、地域訪問は主に支社の機能をチェックすることでした。 訪問の性質が親切な、基本的に組織的な、管理上のビジネスとスタッフの仕事の(こと・もの)でした、そしてブランチ委員会は時間と理事会の訪問中の代表者の注意の大部分を受けました。 考えに対しての興味のどんな表現でも、聖書の意見あるいは「選出された」(人たち・もの)の関心事がただアジェンダの一部ではなくに過ぎませんでした。
もし素晴らしい強調が、見張り塔と他の源での出版されたステートメントで、「忠実な、そして分別がある奴隷」の上に君臨しているキリストジーザス国王が彼のすべての所有物の監督を託した(今日8,600人の人々で構成された)キリスト教の自由クラスを探している158を置いたなら - もしその素晴らしい強調が本当に本物で、そして有意義であったなら、確かにすべての田舎への「地域訪問」は主要な特徴として共同の「奴隷」クラスのこれらの「選出された」人との訪問中の理事会メンバーのミーティングを持っているでしょう。 理事会はこれらすべての塗布された(の・もの・人)のために広報担当の役を務めると言われます、そして報道官が彼が代理を務める人々のより大きい死体に恩義を受けます - 見張り塔協会としての反対ではなくがそれを持っています。
理事会は、それが正確に(彼・それ)らが何を考えているか知らないなら、どのように「塗布された」(の・もの・人)のグループを代弁することができますか? 人は支配することを予想するでしょう
体が鋭く、そして強烈にすべての、あらゆる精神的な問題に関して、教えに関してそして説教活動が続けられる方法に関して(彼・それ)らの考えに興味を持っています。 けれども我々は何を見いだしますか? 準備が訪問することのためにされます
ブランチ委員会メンバーと話をするために体メンバーを管理して、準備ではなく、ブランチ職員、(しばしば、(彼・それ)らのミーティングの場所に旅行することに対して、財政援助を与えられた)旅行管理人と宣教師、が「教徒と分別がある奴隷」クラスの「選出された」メンバーとのコミュニケーションのために作られます。
もしこのクラスの主張された重要性が本当の実体を持っていたなら、理事会は体が表すと言われるその「教徒と分別がある奴隷」クラスのそれらのそれぞれの国からのリストを持つでしょう。 その代わりに、(彼・それ)らが持つ唯一の名簿は(ペンシルベニアのものみの塔聖書冊子協会のような)組織の会社のメンバー、あるいは支社スタッフの、あるいは旅行管理人位置の男性たちのメンバーである人たちのです。 自分の「選出された」が、組織的なポジションの(こと・もの)であることは、選出されない人々の名の間で置かれて「選出された」(人たち・もの)のであるべきトレンディーな誰かが同じ容量でサーブするという状態で、どんな名前がリストされるか決定する要因ではありません。
少数の時に、理事会が遺体のために追加のメンバーを選ぶことに決めたとき、これらのリストはそ(れ・こ)から体メンバーシップを支配する候補者であるかもしれない「選出された」男性たちの名前を引き出す我々が持った唯一の(の・もの・人)でした。 それでもおそらく「選出された」(人たち・もの)の95パーセントの名前は lists.41 が本部で「選出される」から入力したこれらの上に見いだされません
目撃者が「地球に対するどんな1つの場所ででも「塗布された」(の・もの・人)の最も大きい集中」は事実である Brooklyn.42 の国際本部で見いだされることであるということを知らされます。 けれどもそうであるのは1(人・つ)です
リストされた人たちのすべてが支社と旅行の仕事で会社のメンバーあるいは人たちであるという状態で、41人のリストが私のファイルで1970年代からその時生きて「選出されて」ただおよそ10,000のうちおよそ200だけの名前を含んでいます。
42が、例えば、1981年2月15日の見張り塔、ページ19を見ます。
エホバの証人の仕事の実際の方向に関して世界全体(で・に)、あるいは「食物」に関して完全に無意味な159が供給した忠実な、そして分別がある奴隷、目撃者が国際本部から受け取る聖書説明と教義上のインフォメーション。
「選出された」(人たち・もの)のである、しかし理事会の側近たちのメンバーである特権を与えられていないどんな本部職員でもそうである決して - 「選出された」(人たち・もの)の(彼・それ)らの存在をベースにして - (彼・それ)らの意見を表明する理事会のミーティングに電話で呼ぶ. (彼・それ)らは決してその基礎の上にインタビューされなくて、そして重量の問題に関してめったに話をされません。 何がベセル本部家族の中で19歳の少年として理事会のミーティングで起こるかについて、(彼・それ)らはそれほど何も知りません。 それでも(彼・それ)らはおそらくマスターが彼のすべての商品を託した「教徒と分別がある奴隷」クラスの一部です! 43
意見が理事会によって求められるとき、(彼・それ)らは一般に長官のような男性たちから、その若干が理事会の個々の委員会のために(そして、(彼・それ)らが体のフルの議会のセッションに参加しないけれども、そんなものが委員会で(彼・それ)ら自身を表明するために認められるように)同じく長官として勤める「経営者オフィス」で探されます、あるいは意見が支部 Comittees のメンバーからあるいはブルックリンサービス部門あるいは類似のソースから要請されるかもしれません。 それでもこれらは「選出された」(人たち・もの)のであると称さないほとんど完全に男性たちで構成された情報提供者です。
これはどのようにされたクレームでもしかすると調整され得ますか? もし理事会がそれ自身「忠実な、そして分別がある奴隷」であるふりをしない、そしてもしそれがただ行動をするという主張が本当に本当であるなら共同の数のためにすべての中で一人一人を「選出しました」なら - (彼・それ)らの代表と報道官として - そのメンバーはどのようにブルックリン本部で(彼・それ)らを近くにいるようにすることができるか「最大の集中の地球の上にどんな1つの場所でも選出します」そしてまだ、(彼・それ)らからインプットを受け取って、「教徒と分別がある奴隷」クラスのこれらの仲間のメンバーに相談することに対して、蓄えを持っていない ?  事実は次の通りです、(彼・それ)らはただそのように営業しません。 (彼・それ)らは一度もそうしたことがありません。
高い役割と、発表された教授で描写されるように、「選出された」およそ8,600の権利は、述べられると同じように、共に理論的で、そして架空で、本当ではなく、重要ではありません。 結局、素晴らしい敬意と敬意、4百万人の選出されないメンバーが1970年代から私のファイルでこの43のAリストに与えることを求められる忠誠と服従は本部においての理事会以外の24人の「選出された」男性を見せます。 私は私が体の上にいる9年の間にトピックに関して今までに彼自身を表現するよう求められているこれらの1つを理事会全体に呼び戻すことができません。
キリスト教の自由「教徒と分別がある奴隷」クラスを探している160、実際に男性たちの小集団の部分、ダースとなりますあるいはそれで理事会を組織している男性たち。 もし1つが他のいかなる立場にもあるなら - 会衆年長者、サーキットあるいは地区管理人、宣教師、支社職員、支部委員、あるいは国際本部職員 - 彼が「選出された」(人たち・もの)、「教徒と分別がある奴隷」クラスのメンバー、のであることは彼の考えをどんなより大きい思いやりでも見せられさせるか、あるいは彼にどんな発表されるか、あるいはされること、でも彼の選出されない対等者のいずれにとっても事実であるであろうより素晴らしい声を認めないでしょう。
もし、「「忠実な、そして分別がある奴隷」がこれこれのポイントで何を信じて、そして教えますか?」という質問が置かれることができるように、「選出される」のものの8,600人のメンバー、あるいは大多数の(彼・それ)らさえ、のすべてを集まらせることが可能であったなら、ほとんどすべての回答は見張り塔出版物から引用するか、あるいはこれらを正しい答えの情報提供者であると呼ぶことであろうことに最もわずかな疑いがありません。 その回答は本当に(彼・それ)ら自身のものではないでしょう、それはただ、(彼・それ)らが出版プロセスのどんな部分ででも、(彼・それ)ら自身がその答えの発達あるいはプレゼンテーションに何も関係を持っていなかったときから、話されたことに共鳴して、繰り返しているでしょう。 素晴らしい大多数のいわゆる「奴隷クラス」を代弁するけれども、(彼・それ)らはこのようなクラスとして(彼・それ)ら自身を代弁することができませんでした、彼らが与えられるものを引用する以上の何もすることができませんでした。 彼らは別のことをすることを恐れているように感じるでしょう。
実際は、一人一人に「選ばれた」そんなものについての1つの区別することだけがあります、そしてそれは年に1回、(彼・それ)らの周りの他の人たちが棄権する間に、(彼・それ)らがパンとワインを相伴するということです。 年の終わりまで(彼・それ)らが「奴隷クラス」の一部であることは本物の重要性を持っていません。
ただ理事会のメンバーである話になるとだけそんなものであることはその中のメンバーシップのための必要条件ですから、「選出された」(人たち・もの)の自分の存在は決定的な要因になります。 もしその人がその小さい、力があるアドミニストレーションのグループの外(に・で)いるなら、彼は、彼が何をするか、彼が問題でどんな声を持っているか、どんな考慮が彼のビューに与えられるか、あるいは彼が組織から何の宿題を受け取るかについて、「選出される」彼の言明がただ要因ではなくに過ぎないことに気付くでしょう。 8,600はそうではない(の・もの・人)を「選出しました」の
理事会がこれが現実であることを知っています。 流れが支配します
体メンバーが同じくそれを知りますが、明らかにそれにほとんど考えを払いません。
率直に、あるいは公然と本当の状況を認めないで、以前に言及された1981年3月1日の見張り塔の論文は見張り塔組織で見いだされる既存の状況を正当化する外見上明白な努力をします、「奴隷、正確な、そして分別がある Slave 161クラス」のごく小さい分数がそこに、当局グループの一部ではない「選出された」(人たち・もの)の圧倒的多数が問題でまったく声を持っていなくて、そして(彼・それ)ら自身従順に小さい当局グループが(彼・それ)らに与えるものは何かを受け入れることを期待されるという状態で、準備されて、そして出される種類の精神的な「食物」とすべてのエホバの証人の活動と慣習の方向に対する完全な権能を働かせますか。
エホバがイスラエルを「私の使用人」と「私の証人」両方であると呼ぶイザヤ 43:10-12 でよく知られたテキストを引用した後で、論文は、言うことによって、この状況を正当化するいくぶん微妙な努力(ページ25)をします:
ここで、しかしながら、実際に選ばれた例はただ混乱を招いて、そして号をぼんやりさせるだけであるのに役立ちます。 エホバは、彼の「管理者」あるいは「感動的な著者」としてではなく、彼の「使用人」と彼の「目撃者」としてイスラエルについて話しました。
(彼・それ)らはサービスするべきすべて、それぞれの個人でした。 (彼・それ)らは個人的に彼に(彼・それ)らの信仰と信頼をもたらして、そしてそれによって彼の Godship に証言する証人であるべきすべてでした。 アドミニストレーションと感動的な著作物は問題となっていませんでした。 キリスト教の集会は国王と彼の当局者によって世俗的な政権を持っているイスラエルの国をモデルにされませんでした。 それはただ1人の素晴らしい王と長官、キリストジーザス、それぞれのキリスト教徒の男の頭と woman.44 だけを持っています、そして聖書の感動的な作品は十二使徒の後の時に何によってでも(彼・それ)らの継続のために、規定なしで、完了されました。 それでこれらの要因は我々の時間にキリスト教徒のために本当の類似物を持っていません。 そして(彼・それ)らは支持するべき忠実なスチュワードを正当であると見なしているジーザスの寓話を使ってコントロールするべき人々の小集団の権限のために確かにジャスティフィケーションを供給しなくて、そして他のメンバーが神の Word とそのアプリケーションの(彼・それ)らの理解について何を受けるべきであるか指図します。
寓話のこの使用に明確な抵触があります。 ジーザスの他の寓話の多くを通訳するとき、見張り塔協会の出版物は規則的に特別の行動あるいは活動がすべてに適用されることを示した事実が、比喩的な方法で(彼・それ)らのそれぞれによって実行されて、キリスト教徒を選出したことを認めます。 それで、もし寓話が地引き網を使って漁師について話すなら、キリスト教徒が、44の1人のコリント人 11:3 の若干だけではなく、「釣り仕事」をすることはすべて選出されてそれであると認められます;エフェソス人 1:22 、23。
キリスト教的な自由を探している162で(彼・それ)ら。 もし寓話が結婚式の食事で出席者を扱うなら(マシュー 13:47-50)、若干名が値しないと気付かれるかもしれないけれども、出席者が、すべてキリスト教徒に選ばれて比喩的に、(彼・それ)らの少数だけではなく、出席者にいると言われます。 (ルーク 14:16-24)もし寓話が(彼・それ)らが増加を生産するはずである(彼・それ)らのマスターの貴重品を託されている使用人を扱うなら、「量」が(寓話のプレゼンテーションとの協定で)変化するかもしれないけれども、それにもかかわらずすべて選出されて、キリスト教徒は増加で働く貴重品を受け取っていると見られます、免除されたなし。 (ルーク
19:11-27; マシュー25: 14-30) もし寓話が(彼・それ)らのランプがマスターの到着の期待で火をつけられるようにしておく賢明な処女を扱うなら、これは選出されたキリスト教徒が警告を続けて、そして軽い運ぶ人を続けるように神聖なスピリットの「オイル」の(彼・それ)らの供給を維持するべきであることを示しているとして提示される. (マシュー 25:1-10)キリストは明らかに彼の寓話がそれぞれの人によって心に留められるように意図して、そして個人の方法で申し込みました。 けれども「忠実な、そして分別がある奴隷」の話になると見張り塔組織はただ「奴隷クラス」のいくらかだけが実際にそれを準備して、そして供給して本物の食物をするかもしれない、ただ若干数が実際にマスターの世俗的な関心を処理することをするかもしれないという明確なほのめかしをします。
「選出された」メンバーのすべてが本当に正確なスチュワード数と彼の給送用仕事の充実した達成を分かち合うことを示す論文で作られた短い試みがあります。 それで、ページ26に、参照された1981年3月1日の条項は言います:
このパラグラフが示す(とき・から・につれて・ように)、すべてのキリスト教徒がキリストの信者の「身体を増強すること」を分かち合うことは聖書に本当です。 質問は次のことです、当局の一部ではない「選出された」8,600のすべての人たちがどのように The Faithful の写真を満たすことにおいての株と分別がある Slave 163の「忠実な奴隷」を見張り塔協会の他のすべての出版物がそれを提出する方法で構造化しますか? 短い間「それぞれのそれぞれのメンバー」が「グループを築き上げることへの貢献」をすると言うことは質問に答えません。 もしすべてであるなら、「選出された」(人たち・もの)は「奴隷クラス」の一部とエホバの証人の4,000,000人がそうである残留することです、どのように「選出された」(人たち・もの)の圧倒的多数の「貢献」は「選出されない」クラスのそれらと異なった(どれ・何・誰)かですか?
すべての証人が - それの中の「選出された」(人たち・もの)のものを増強することを含めて、証人共同体が「増加する」ことに何らかの種類の「貢献」をするわけではありませんか? 何が、それから、寓話を「選出されない」目撃者の中でではなく、(彼・それ)らの中で満たされさせる当局構造物の外(に・で)「塗布された」これらの「貢献」について特色がありますか?
見せられたように、忠実なスチュワードの寓話と彼が「適切な時においての食物」を供給することの話になると、給送は首尾一貫して中央組織の「海峡」を通って受け取られたインフォメーションと関係があります。 否定を越えて、エホバの証人の心でこの「食物」は1つのことのみです: その国際本部から生じて、見張り塔協会の会社によってそしてを通して供給された教育、慎重に組織によってその中につのらせられた観点。
目撃者が「忠実な奴隷」から来て何かについて話すとき、(彼・それ)らはそれがブルックリン本部をで源を発して、そしてそれから来ることを意味します。
他のいかなる源からの何も適格ではありません。 明らかに示されたように、ただ「選出された」8,600のごく小さい分数だけがまったく何でもそれで供給されたインフォメーションに関係しているようにします。 ただおそらく同じく1つのごく小さい分数監督を働かせる託される奴隷が「彼のすべてのマスターの商品の上に」置かれる充実した達成で. 引用されたパラグラフはただ決してこれらの現実あるいは既存の相違を扱いません。
現実以上を覆い隠すこと - どんな目的でですか?
それから、世界的な管理上の、そして精神的 - 食物を供給する奴隷「クラス」について架空の教授をすることは達成しますか? それは組織の権威が休む、(それによって)、その数が「選出された」8,600の1パーセント(0.0014)のたった7分の1を表す男性たちの小集団がただすべての証人以外のすべての「選出される」が読んで、勉強して、信じて、そして実践するであろうことだけではなく決定する権利を仮定する主要な基礎を提供します。 そのストレスによって「クラス」に関してそれは同じく、「布全体のではなく」、ただ本当でないメンバーシップと globality の広範な多様性の外観を与えて、匿名の覆いで本当の当局構造に礼服を着せるのに役立ちます。 この架空の概念は本当の当局構造を可能にします - ダース、あるいはそうです理事会のメンバー - 同じぐらい横柄であるか、あるいは自分の利益のみを追求するように見えないで(彼・それ)ら自身の指令へのキリスト教的な自由の全体の服従を探してほとんど164を求めるために. もし、例えば、彼らは「我々12人の男性がここ、ブルックリンで決定したタイプの職に携わっているどんな人でも間違っていて、辞めるか、あるいは disfellowshipedであるに違いありません」と、言うはずでした、フォーカスは(彼・それ)らと(彼・それ)らが証人の世界的なコミュニティーの個々のメンバーの人生にわたって及ぼす途方もなく大きい力であるでしょう。 「正確な、そして分別がある奴隷クラス」について話すことによって、注意が本当の当局構造として小さい力グループから流れを変えられます。 当局ソースがある曖昧さ、無定形の特質と大規模性の上にとる「奴隷クラス」として平均的なメンバーのためにどんな本当のセンスでも定義可能でも、あるいは同定できもない本質的に匿名の集合体に属すること。 表現の婉曲な使用と、驚くべきことに、概念に対しての(彼・それ)ら自身の信念は、同じく理事会メンバーに横柄の意味によって個人的にわずらわせられないで(彼・それ)らの決定へのほとんど全体の服従を要求して陳述を発表することができるようにします。
「塗布された」(の・もの・人)の共同のグループの組織された「奴隷クラス」に関しての見張り塔の多面的なクレームは、1(人・つ)が他を求めているという状態で、支持できなくて、さらに架空であることが分かります。 それから、マスターのこの寓話は正真正銘にどんなメッセージを我々にもたらしますか?
キリスト教の責務
それぞれとしての割合で1人はギフトを受け取りました、神の不相当の親切の素晴らしいスチュワードが種々の ways.  - 1人のピーターで4:10を表現した(とき・から・につれて・ように)、お互いの世話をするのにそれを使ってください。
組織的な「奴隷」に対する見張り塔協会の激しい、そして絶え間がない強調に対する最も素晴らしい反対は、キリストの寓話を果たすとして、それがその勢力の多くの寓話を奪うということです。 本当のレッスンは失われます、そして寓話は、理事会を組織している男性たちの小集団によって宗教的な当局の運動をサポートして、支えの主な目的を配布します。
ジーザスの忠実な、そして分別がある奴隷の寓話に、(彼・それ)らの生活でことを果たすキリスト教徒が教えた人たちを「クラス」だと描写することで、それ自身の何も悪いことがありません。 「クラス」が類似の特質を共有するか、あるいは共通にある特定の原則を持っている、あるいは人生で類似のコースに携わる類似の特徴を持っている多くの人々に言及することができます。 けれどもこれは(彼・それ)らができることを要求しません若干のシステムあるいは構造化されたグループについて別れるか、あるいはタイになられる.
忠実な、そして分別がある奴隷 165
(彼・それ)らは、(彼・それ)らが属するか、あるいはいずれかの組織に関してメンバーシップを所有することのためにではなく、(彼・それ)らが人々としてそうであることのためにその「クラス」です。 例えば、用語はしばしば(彼・それ)らが持つかもしれません、あるいはそうしないかもしれないどんな組織的な提携に関係なくでも同じ経済的か、あるいは社会的なステータスを共有する人々(「裕福なクラス」あるいは「知識階級」あるいは「恵まれないクラス」など)に言及するために使われます。 この意味ですべてのキリスト教徒は同じ「クラス」です。 (彼・それ)らはすべてある特定の識別しやすい特徴を共有して、共通に信念と原則を持っていて、人生で(彼・それ)らの散歩で類似のコースを追って、同じ首長の地位を受けやすくあるべきです。
しばしば同じ特質を明らかにする人々が普通の観点と信念と希望のためにあるいは相互の水準のために、お互いに引かれて、一緒に連合します。 キリスト教徒は同様にこれらの理由で、そして相互の愛のためにお互いに引かれたように感じるべきです。 けれども事実は、(彼・それ)らの類似性と(彼・それ)らの類似性が、(彼・それ)らがいずれかの目に見える組織、規定された協会のメンバーであることのためにではなく、存在するのは(彼・それ)らが個人としてそれらの特質を持っているからであるということに依然として変わりありません。 すべてがキリスト教徒に選んだ「クラス」が属する「キリストの組織」は崇高な体、世俗的な団体メンバーシップによって識別されないそのメンバーです。
見張り塔組織は非常に異なった方法で用語「クラス」を使います。 それは用語の標準的な感覚をわきに置いて、そしてそれにそれ自身の特別な意味を与えます。 それは、ただ(彼・それ)らが組織によって接続されたクラスの一部を組織する(とき・から・につれて・ように)だけ、「奴隷クラス」の肩書きが人々に当てはまる、そしてそのために肩書きがあの特定の目に見える組織と提携しない誰にでも個別のアプリケーションを持たない、そしてそうすることができないと述べます。 人がどんな生活のキリスト教の特徴、信念、特質とコースを明らかにするかにかかわらず、これらは「奴隷クラス」の時点で彼あるいは彼女を識別することにおいて determinative ではありません。 見張り塔組織との関係は不可欠な必要条件です。 それなしで他のすべての要因が「教徒と分別がある奴隷」クラスの時点で1つを確認することにおいて(彼・それ)らの力を失います。
それで組織は「クラス」のそれ自身の定義だけではなくそれ自身のパラメータも誰が「クラス」の中にいる資格を持つことができるか、そして誰が外に留まるか決定させます。
「クラス」に対する激しい強調の1つの特に有害な特徴がそれが人々を、寓話で教えられることを満たすことに関して、グループメンバーシップを通して、個人的にデモをすることに関心を寄せるよりむしろ、特定のキリスト教の特質が、クリスチャンの自由 quently ストレスを探してその中に信念、裁量、を含めて、ジーザスの寓話が - 166を fre するという個人責任、注意深さあるいは他の特質のいずれの感覚でも開示したと思うよう踏み切らせることです。 8,600人の人々への寓話のアプリケーションを制限すること、そして、(彼・それ)らの「クラス」の何百万という他のメンバーに関して、そのアプリケーションを排除しないことはされた損害を増大させます。
組織は理論上1つの意見を提出しています、他方もう1つの後に(それによって理事会がどの点から見てもすべてキリストの世俗的な関心に関して料金を持っている「スチュワード」になります)開業している政策が寓話の目的が曲げられるという結果になります。 それが自分のマスターと自分の同僚の使用人に対する穏当な、忠実なサービスに奨励の役をすることよりむしろ、それは主に理事会の方向への絶対的な提出を要求する手段として使用されます。
これを例証して、1つの理事会のミーティングで、グラント Suiter は彼に見張り塔宣教師が言ったと引用しました、「忠実な、そして分別がある奴隷がいます。 我々が彼が誰であるか見つけだす途端に、それから後それは単純です:もし彼が間違っているなら、彼は神に責任があります。」45
理事会メンバー Suiter はこの態度の明白な承認を明らかにしました。 それでもなおいずれかの共同体グループが、その指導体制を通して、個人として我々がすることに対する責任を負うことができるという考え - ただ我々が疑いもなく(彼・それ)らのインストラクションに従うというだけの理由で - はまったく誤っていて、そして聖書が教えることに相反します。 男性たちが本当か、あるいは適切なものに反する、そして多分(彼・それ)らの良心と正反対の行為を犯して、そして次に、(彼・それ)らの政治的であるか、あるいは軍か、あるいは商業のリーダーが(彼・それ)らにそうするように言ったと言うことによって、責任について中座しようと努めることができるようにするのは同じ哲学です。 それほどいつ聖書は明確です、我々は我々が個人として耐える神とキリストの審判の庭の前にそして、この一般的な科目がセッション1つの理事会で表面化したとき、個人が我々が何のために done.46 を持っているか答える(とき・から・につれて・ように)立っています、私は(組織が任期を使う方法で)「クラス」へのジーザスの寓話のアプリケーションを制限することを強く主張する合法性の問題を提起しました。 もしこれが適切であったなら、このような申請が、任意ではなく、一貫するべきです。 我々は、それから、「10 minaclass の」があります、そして寓話を応用することにおいて「5つの - mina  - クラス」がルークに19:12-27を見いだしたと言いましたか? もしそうであるならか、そうであったか、あるいはそうな人、(彼・それ)ら? 確かにその身元確認は、グループ基礎の上にではなく、個別の基礎の上に決定されなければならないでしょう、そして実際はただキリストだけがこのような身元確認をすることができました。
同じことがジーザスが言うルーク 12:47 、48、に関して言われるかもしれません:
それで彼のマスターの意志を理解した、しかし準備を整えませんでした、あるいは彼の意志と一致してそうするその奴隷は多くと一緒に彼が、私が思い出す(とき・から・につれて・ように)、ラテンアメリカで勤めていた Gilead 卒業生に示していた45で破られるでしょう。
46マシュー 12:36 、37;ルーク 12:48 ;ローマ人 14:10-12 ;1つの Corinthians 4:5 ;は6:4、7、8を Galatians します。
167が整調をこぐ忠実な、そして分別がある奴隷。 けれども理解しなかった、そしてそれでストロークに値することをした(の・もの・人)はほとんどと一緒に打ちすえられないでしょう。
我々はそれから「ストロークが分類する多く」と「ストロークが分類するほとんど」がいないと言うはずでしたか? もしそうであるなら、誰かがそうであったか、あるいはこれらですか? 再びこれは人間の心臓を読むことができる、そして、「彼がしたことによれば、それぞれの人に報酬を与えるでしょう」マスターによってだけ、認識できるそして determinable であって、グループ基礎の上にではなく、個別の基礎の上に決定されなければならないでしょう。 (マシュー 16:27)確かに誰もあると主張することができます、あるいは、でのメンバーシップが1が「ストロークが分類する多く」のあるいは「ストロークが分類するほとんど」の部分であると認知するのに役立つであろう若干の特定の、身元確認可能なグループあるいは組織的な結びつきによって加わられた「クラス」ではありませんでした。 見張り塔協会はここで「クラス」出願の(彼・それ)らの実践を使うことに決めません、それでもなおルークのこのセクションはルークが「忠実な、そして分別がある奴隷」の寓話を提供する(の・もの・人)がマシューチャプター24に見いだした同じです。 確かに論理が一貫した「クラス」アプリケーションを要求するべきです。
私はセッションにおけるこれらのポイントを引き上げました、しかし理事会メンバーのいずれからの回答もありませんでした。 非常にしばしばケースと同様に、議論がただ他の問題に移行しました。

編集者 てつてつ (2017年01月15日 08:46:09)

オンライン

#566 2017年01月17日 07:24:25

てつてつ
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

三太郎さんこんにちは

元統治体の一員であったレイモンド.フランズさんの クリスチャンの自由 5章 一部翻訳してもらいました 何か参考になれば幸いです

ここで、「食料」とは、ものみの塔聖書冊子協会が印刷出版した情報を意味することがはっきりと示されています。このことは、いくつかの問題をもたらします。
「奴隷」が「油塗られた」クリスチャンによって構成されていると言われているために、多くのエホバの証人たちは、彼らによるこの「食料供給」が実際のところどのように機能するのかと、当惑します。わたし自身若いころには、神聖な「食料」の生産と供給に関して何らかの方法で貢献していたにせよ、これら「油塗られた」人々が(少なくともブルックリン世界本部の外において)実際のところ何者であるのか、分かりませんでした。わたしの父は、母や他の方々がそうしたように、1913年に洗礼を受け、「油塗られた」ことを公にしました35。ですが、定期的に発表された新しい計画や教え(それらは過去の教えを刷新するものでした)は、父や母にとってはもちろん、わたしや、信者となるための信仰告白をすませていない他の方々にとっても驚きでした。
ある人々が言っていたように、「出版されたとおりの教えを受け入れ、そしてその教えを他の人々へと語ることによって」のみ広く「食料」を供給するのが「油塗られた」人なのだという説明は、どうも不自然に見えます。というのも、「油塗られた」人ではなかった人たちだって、まったく同じことをしていたからです。
組織の国際本部がどのように機能しているかについて見当がつかないエホバの証人たちのために、ある漠然とした考えがあることに間違いはありません。その考えとは、思想や聖書研究、そして8600人の「油塗られた」人々の決定が、どうにかして、なんらかのかたちで、最終的にはブルックリン世界本部へとつながる方法をつきとめ、そしてまた行政機関であり「忠実かつ控えめな奴隷階級」への「スポークスマン」として知られている « 理事会 »の関心を引くのだ、という考えです。この組織の教義啓発プロセスは固く外部に閉ざされているために、8600人の「油塗られた」人々とブルックリン本部との間の関係の謎をつきとめようとする人々の側には、沢山の憶測が認められます。(一部の人々は定期的な調査を行い、地球上の「油塗られた」人々の見解を学ぶことさえ考えました)。
組織の中心に近づくほど、霧は晴れてきます。8600の「油塗られた」人々による集団が神聖な「食料」を供給し、また彼らがまさに一体となって、主人の家庭の利益と雑務とを支配する活動を共有するのだという考えは、実に机上の空論であり、まったく現実的な意味のない理論です。これはおそらく、この組織が編纂した聖書について、出版されたあらゆる解説の中でも、もっともあからさまに作り話めいた話です。事実、「油塗られた」人々の中でも、聖書資料や、政策の決め方、あるいは「油塗られた」人々の活動に対する指導方法から、エホバの証人たちがなにを学んだのかについて確認することを軽んじるような人は、一パーセントにも満たないのです。


それで レイモンドフランス゛さんは

組織の中心に近づくほど、霧は晴れてきます。8600の「油塗られた」人々による集団が神聖な「食料」を供給し、また彼らがまさに一体となって、主人の家庭の利益と雑務とを支配する活動を共有するのだという考えは、実に机上の空論であり、まったく現実的な意味のない理論です。これはおそらく、この組織が編纂した聖書について、出版されたあらゆる解説の中でも、もっともあからさまに作り話めいた話です

と述べていますので エホバ神が精霊で証人の内の天的な希望をもつ人たちに油注ぎ その人たちが 何かものみの塔協会を 導くのに貢献しているという考えはまったくの作り話ですと述べていると思います

多分 油注がれた人というのは協会にとってただ回されてくる表彰物を食べた人に過ぎないと思います 最近発表された数が増えているのは 中野っちさんのブログなどにもコンゴの難民キャンプなどの様子がかかれていますが こうした発展途上国で証人の数が増えているので 意味が良く分からないまま食べている人がいてその数も入るのではないかと思います

協会にとっては エホバ神によって精霊で油注がれた者が組織を導いているのではないかと信者さんが思ってくれればそれでよいのだと思います

研究司会者が研究生に その人たちははっきり自分で自覚できるようです などどまことしやかな都市伝説が伝えられていればそれでよいのだと思います 司会者も自分はこんなすごいことしっててすごいだろうーという自尊心を満たすこともできますし(ヨハネ 5:44) …あなた方は互いどうしからの栄光を受け入れて…
研究生はよくわかんないけど司会者も組織もすごいのねーとなると思います


あと この数を発表することによって 天的クラスと地的なクラスがあるという協会の偽りの教理を補強するものとなりますし 数字が適当で混乱していても 信者さんにとっては何がなんだか分からなくなり 自分で考えるのをやめてとにかく協会が今いっていることに従っていればいいんだ と思うようになってくれれば万々歳だと思います

またこうした偽りの教理を補強するような数字を公表しつづけることによって信者さんに間違った考えを植え付けようとするのは風説の流布にあたると自分は思います

良心の危機 42-3ページで
レイフランズさんもこういう例があること述べています

そんな中で、そのようなひどい中傷を抑えることのできる立場にある人たちがいた。組織に反対意見を持つ人たちも誠実なのかもしれない、本当に良心に従おうとしているのかもしれないと言い、また噂をまく人たちには、偽りの証言がいかに神に背くものかという点を指摘できる、選ばれた立場にある人たちである。ところが、あろうことか、この人たちは出版物によって噂を広める側に立ったのである。

(レビ記 19:16)あなたは,中傷するために民の中を行き巡ってはならない…

編集者 てつてつ (2017年01月17日 14:18:12)

オンライン

#567 2017年01月18日 00:55:58

三太郎
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

てつてつさん、ありがとうございます。
この翻訳ならば、かなり意味が通じます。

改めて以下のことを確認しました。

・組織は「油注がれた」人々に対する関心が意外に薄い
・組織の「油注がれた」人々に対する扱いは一般信者とほとんど変わらない
・世界中の「油注がれた」人々と本部の繋がりはほとんどない
・「油注がれた」人々のうち、組織の聖書関連出版物・教義・運営方針に関与する人はほとんどいない
・「油注がれた」人々は、現実として「霊的食物」の経路となっていない
・「油注がれた」人々が、キリストと共に天の王国を相続するという考えは、全くの机上の空論である

それから、てつてつさんが述べられた通り、「油注がれた」人々の中には事故的に混ざってしまった人や勘違い野郎などが多く含まれていそうです。
といいますか、この教義が何の根拠もない作り話となると、全員勘違いということになるのでしょうか。

例えば、Wikipeによればキリスト教の文脈においてメシアを自称した者たちの中には以下の人物がいます。

・金百文(キム・ベンムン) - 自分が再臨のキリストであると主張
・朴泰善(パク・テソン) - 1960年代に、キリストが雲に乗ってくると言って、多くの信徒を連れて閉鎖的な信仰村を作った。キリストが来ると予言した日には何も起こらず、信徒たちは離れて行った。自分こそが再臨のキリストであると主張
・文鮮明 - 1992年に公にメシアであると宣言。2012年死去
・麻原彰晃 - 1991年に「キリスト宣言」を出して、自分だけが世界を救済することのできる「救世主・キリスト」であると宣言
・出口王仁三郎 - 自分を、再臨(再来)のキリストだと主張
・又吉イエス - 日本の政治運動家。選挙演説などで再来のキリストと主張

この方々を、自分はメシアの再来だから信じろと言われても大抵は無理でしょうね。

私は、自身が「油注がれた」という認識に至るのは、次のようなことではないかと推測しています。
私の例でいくと、会社で難題を任され、期限までにある対策案を纏めて提出しなければならない悲壮感漂う状況の中で、どんなに集中して考え抜いても案が浮かばない時がありました。他のことを一切考えず、一心不乱に考えましたが案は浮かびません。その状況が数日続きました。ところが、あきらめてリラックスして息抜きをしていた時にひらめいたように案が浮かびました。こういう経験が何度かあります。
これは、必死で情報収集して考えに考え抜く作業を継続すると、脳が知らない間に情報を組み立てて、ひらめきを与えてくれるという現象のようで、この経験がある人は多いと思います。

「油注がれた者」が自身をそれと認識するのは、これと似ていて、この状況が極限になったものではないでしょうか。
要するに彼らにとっては、神と自分との関係が第一であり、生活の中心に聖書があり、日々想いを巡らし、そして心酔するようになり、ある日突然、自分がそれであるとの確信を得るに至った、というわけです。異論はあるかと思いますが、このあたりにしときます。

それにしても、こんなことを信じていた自分の馬鹿さ加減にはホントに嫌気がさしますよ。
これらを信じていたころは、話しても信じようとしない人たちのことを、ああ、なんて哀れな人たちなのだろうと思っていましたが、結局哀れなのは自分の方だったとは。トホホ。馬鹿ですね。大馬鹿三太郎ですよ。
私のハンドルネーム「三太郎」は、実はここから名付けたわけです。

#568 2017年01月18日 01:48:50

鬼太郎
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

間違いに気が付いた時は、愕然とし、次に統治体に対する怒り、憤りを感じたものでしたが、、。
最近は、いかに馬鹿げたことを真に受けて、生活と人生、最後は命まで賭けようと決意していた自分と
演壇から確信を込めて話し、研究生にも『教えて』いたことに、、脱力感を覚える日々です。
しかし、、、人生や命を犠牲にしている現役JW達が憐れですね。

オフライン

#569 2017年01月18日 06:29:30

てつてつ
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

三太郎さん鬼太郎さん 書き込みありがとうございます

「油注がれた者」が自身をそれと認識するのは、これと似ていて、この状況が極限になったものではないでしょうか。要するに彼らにとっては、神と自分との関係が第一であり、生活の中心に聖書があり、日々想いを巡らし、そして心酔するようになり、ある日突然、自分がそれであるとの確信を得るに至った、というわけです

そうなのかもしれませんね または たんに協会の教えが以前はみな天的級だったのでそのなごりが当時の年寄りの間に残っていただけかも.... cry

オンライン

#570 昨日 09:07:54

てつてつ
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

みなさんこんにちは 昨日はまたスキーにいってました ひまな人はまた[url=http://www.ootaabc.com/newpage46.html]みてくださいねー かわいいカモシカさんもいましたよー
[/url] kiss

編集者 てつてつ (昨日 19:54:30)

オンライン

#571 昨日 11:27:15

ささらほーさら
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

てつてつ さんの発言:

みなさんこんにちは 昨日はまたスキーにいってました ひまな人はまたみてくださいねー kiss

今日は久しぶりに仕事が休みなので見せていただきました。
コロッケカレー、最高ですね。美味しそう!
てつてつさんは笑顔が似合って・・・癒し系ですね(^_-)-☆。
幸福そうな方を見ていると和みます。

いつもほのぼの情報とお気遣い・資料など、ありがとうございます。

オフライン

#572 昨日 11:51:46

てつてつ
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

ささらさん見ていただいてありがとうございます kiss

オンライン

#573 昨日 13:35:06

ジョエル
ゲストユーザー

Re: とりあえず書き込み用

新約では「父が引き寄せなければわたしのもとには来ない」「伝える者がいなければどうして聞くのか」なので、クリスチャン信仰に至った時点で、それが「召し=選び」になると思います。

洗礼後に、しかもしばらく経ってから、何かのポジションに改めて「召される」という教えはありません。こういう教えを作っちゃったので「そっちはどうやったら分かるのか」問題が発生してしまうんでしょう。

レイフランズの親族のように、初期の聖書研究者の洗礼は一般のキリスト教とそれほど変わらない(洗礼即召し、他宗派の洗礼も否定せず)ですが、天的地的奴隷級、などの解釈成立後にJW真理を確信してからの「油注がれ」は全員勘違いでいいと思います。


ただ、てつてつさんご紹介の範囲では、かつての奴隷級=JWの油注がれた者「全員」(当時は8000人~9000人)が霊的食物に関わっている、は全くのフィクションである、と裏事情・・世界中の「油注がれた」信者から次々に寄せられる聖書についての質問や見解を本部勤めの「ほかの羊」が上に相談することもなく事務的に処理しているなど・・を知るレイフランズが指摘しています(この指摘通りにJW解釈も変更された)が、JWとして「油注がれた」ことをどう思っているのか、は書かれていないようです。

#574 昨日 13:42:36

てつてつ
メンバー

Re: とりあえず書き込み用

わかりましたありがとうございます

オンライン

クィック投稿

メッセージを書いて送信してください。

Board footer