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#1 2017年09月12日 15:19:22

iris
メンバー

宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

このトピックのテーマは、私たち人間にとって宗教や救いは必要なのかということです。
議論の発端はこちら

私は、「世界から宗教がなくなって、すべての人が無宗教になるのがよい」という考え方は、「すべての人がカトリック信者になるのがよい」という考え方と同程度以上には乱暴だと思います。
心の中で亡き人に語りかけたり、信じていないはずの神に祈ってしまったりするような素朴な宗教心は、どんな人にもあるはずのものだからです。

このサイトの管理人でいらっしゃるカレブさんは、「宗教組織はないほうがよい」
「世界から宗教がなくなって、すべての人が無宗教になるのがよい」というお考えだと伺っています。
カレブさんは、日本で最近主流になっている「自称無宗教」の人がどんどん増えていけば、いつかは世界から宗教が要らなくなるとお考えなのではないかと思います。

私は、「自称無宗教」の人がどんなに多くなっても、宗教そのものが不要になることはないと考えています。
また、宗教をなくすことはできないのだから、よい宗教が必要であると思っています。

皆さまのご意見をお寄せください。

オフライン

#2 2017年09月12日 15:36:02

てつてつ
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

irisさん こんにちはトピ立てられたんですね 自分もその方がすっきりしていいと思います また後ほど自分も書き込みしたいと思います kiss

オフライン

#3 2017年09月12日 16:09:19

iris
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

てつてつさん、コメントありがとうございます。
御意見を楽しみにしています。

ところで、「宗教・宗教団体と救い」トピックの#374をてつてつさんが編集されたのが、
ページが変わって見えにくくなってしまっていましたが、

てつてつ さんの発言:

映画 沈黙の ロドリゴ神父も表面上は棄教したけど心の中では最後までイエスキリストを信じていたと思います
人の心の中はなかなかわからないものですね
(箴言 20:5) …人の心の中にある計り事は深い水のようだ…

私もそう思います。形の上で棄教することによって、自分の信仰を守ったのですね。
ものみの塔は、目に見える形だけを問題にしますが、本当に大切なものは目に見えないと思います。

オフライン

#4 2017年09月12日 17:44:52

カレブ
Administrator

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

iris さんの発言:

このサイトの管理人でいらっしゃるカレブさんは、「宗教組織はないほうがよい」
「世界から宗教がなくなって、すべての人が無宗教になるのがよい」というお考えだと伺っています。
カレブさんは、日本で最近主流になっている「自称無宗教」の人がどんどん増えていけば、いつかは世界から宗教が要らなくなるとお考えなのではないかと思います。

私は、「自称無宗教」の人がどんなに多くなっても、宗教そのものが不要になることはないと考えています。
また、宗教をなくすことはできないのだから、よい宗教が必要であると思っています。

皆さまのご意見をお寄せください。


iris さん こんにちは。

まず初めに 誤解されている点があるのでその点を指摘します。
わたしが「すべての人が無宗教になるのがよい」と述べる場合、それはあっという間に起きる出来事のことではなくて、方向性としてこれまでの無知の時代に築き上げたられてきた宗教の影響が縮小し、人々が子供のころから洗脳されて宗教を次の世代に受け継ぎ続けるような状況がなくなったほうが良いであろうということです。

これは人が今すぐに宗教心を捨てたほうが良いという意味ではありません。
例えば今アメリカ人のすべてが突然キリスト教を捨てた場合、深刻なカオスになります。
それはすでに宗教によって動機づけられた道徳観をもっていて、
それが突然消えるとそれまでの利他性や自制心が一気に崩れるからです。

しかし世界の統計は利他性や道徳心、秩序に”信仰”は不可欠ではないことを
示しています。この点は前にもどこかで指摘していると思います。


irisさん > 宗教をなくすことはできないのだから、よい宗教が必要である

この点に関して、確かにそのような面は若干あるとは思います。
しかしそれは狭い角度から見た考えとも思います。

例えばフランスでは40%、スウェーデンでは34%の人が「神や霊は存在しない」と
考えていて「神はいる」と主張する人より多くなっていますが、
他の国に比べて道徳や秩序、犯罪率において何も問題がありません。

それらの国で「神はいる」あるいは「宗教は必要だ」と主張する人が
徐々に減少していっても何も問題ないですし、現に宗教が減退している
傾向はずっと続くであろうと思います。

さらに意見を述べると
「宗教をなくすことはできないのだから、よい宗教が必要である」という
考えは、恩着せがましいものを感じます。

それは ”わたしたちは宗教が真理じゃないことは知っている、でも人々には宗教が必要だから、それを真理のように教えよう」と言っているように聞こえます。

iris さんが、”キリスト教も含めて宗教は人間が造ったものなのはわかっているけど、人々は宗教に頼る必要があるからカトリック教会にはそれなりの価値があると思う” と述べるなら、それにはある程度同意できます。
しかし実際に人々にカトリックを教える場合、それを”真理”のように教えるのではないでしょうか?

オフライン

#5 2017年09月12日 20:46:24

さやか666
ゲストユーザー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

なるほど

人々が宗教を脇に追いやる場合その「速度」というのは無視してはいけないポイントかもしれませんね

無宗教も一種の宗教!というフレーズもJW時代に散々聞かされた気がしますが・・・・

私は決してそうは思いません



カレブさんが書き込んだ最後の問いかけですがサンタクロースを扱う感じでカトリック信仰を扱うわけにはいかないでしょうか?

https://www.ygk.ed.jp/emotion/45.html

#6 2017年09月12日 21:26:23

iris
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

さやか666さん

書き込みありがとうございます。
私も、カトリックの物語とサンタクロースとに本質的な違いはないと思います。

私の言いたいことを書いてくださって嬉しいので、取り急ぎ。

オフライン

#7 2017年09月12日 23:57:08

さやか666
ゲストユーザー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

サンタクロースについてさらに書き込みますけれど

毎週人を集めて大真面目にサンタクロースの話をする男は世界で何人いるでしょうか

その点カトリックの神父は違いますよね、現時点でも世界中に大勢いるはずです


いろんな職業があるとはいえ、自身が信じてもいないことを大真面目な顔で皆に伝え続けるのって辛いと思いますけど

少なくとも教会では大切な教えを知っているかの如くそれらしくふるまうのではないでしょうか

そういえば懺悔室って今でもあるのかな・・・

#8 2017年09月13日 00:27:50

iris
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

カレブさん、早速のお返事をありがとうございます。

カレブ さんの発言:

まず初めに 誤解されている点があるのでその点を指摘します。
わたしが「すべての人が無宗教になるのがよい」と述べる場合、それはあっという間に起きる出来事のことではなくて、方向性としてこれまでの無知の時代に築き上げたられてきた宗教の影響が縮小し、人々が子供のころから洗脳されて宗教を次の世代に受け継ぎ続けるような状況がなくなったほうが良いであろうということです。

私も、カレブさんのお考えはそのように理解しております。

さて、まず用語の定義を確認したいと思います。
簡明であることを最優先して、あえて子ども向けの定義を採用します。
(チャレンジ小学国語辞典第6版より)

宗教:神や仏を信じることによって、安心や幸福を得ようとすること。また、その教え。
真理:いつでもどこでも変わらず、正しいとされることがら。

この定義はまずまず妥当であると私は考えます。

カレブ さんの発言:

しかし世界の統計は利他性や道徳心、秩序に”信仰”は不可欠ではないことを
示しています。この点は前にもどこかで指摘していると思います。
(中略)
例えばフランスでは40%、スウェーデンでは34%の人が「神や霊は存在しない」と
考えていて「神はいる」と主張する人より多くなっていますが、
他の国に比べて道徳や秩序、犯罪率において何も問題がありません。

私は、宗教は道徳教育のためにあるのではないと思っています。
宗教の役割は、まず安心や幸福を得させること、すなわち救いをもたらすことです。

アメリカ人には、滅ぼされるのが怖くないと道徳を守れない人がいるかもしれませんが、
日本人の道徳心は、宗教の教義によって保たれているわけではありません。

カレブ さんの発言:

iris さんが、”キリスト教も含めて宗教は人間が造ったものなのはわかっているけど、人々は宗教に頼る必要があるからカトリック教会にはそれなりの価値があると思う” と述べるなら、それにはある程度同意できます。
しかし実際に人々にカトリックを教える場合、それを”真理”のように教えるのではないでしょうか?

私はキリスト教の教えのうち、
「人間として最も大切なことは、隣人を自分のように愛すること」という教えは、
真理だと思っています。
「イエスは処女マリアから生まれ、死んで3日目に復活し、生者と死者を裁くために来られる」
という教えのほうは、カトリックの物語だと思います。
カトリックの物語を共有する人々の間でだけ通用する真理ではあるかもしれませんが、
単なる真理ではないと思っています。

“真理”のように教えるとは、どのように教えることを指すのでしょうか?

オフライン

#9 2017年09月13日 06:34:52

てつてつ
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

さやかさん おひさしぶりですね お元気そうでよかったです

irisさん 書き込みありがとうございます

日本人の道徳心は、宗教の教義によって保たれているわけではありません。

ウキの道徳の項目にも
現代の日本の道徳と宗教の関係を、イギリスの文化人類学者は、宗教が道徳の根源になっていない事を認めている
とありました

このトピの主題については 現時点では自分は創造者はいるとおもいますが 今存在しているすべての宗教は神様から啓示されたものではなく人間が考えたものでそれが時代とともに発展.変化してきたものではないかと思っていますので真の宗教というものは存在しないと思っています

それで宗教について教える場合 これこれという考え方がある 自分は信じているというのは自由ですからよいと思いますが ものみの塔のように自分たちの教えが唯一絶対でまちがいのない真理でほかのすべての宗教は悪魔サタンの偽りの宗教だと教えるのは間違いだと思います

編集者 てつてつ (2017年09月13日 06:35:22)

オフライン

#10 2017年09月13日 10:12:19

iris
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

てつてつさん、御意見ありがとうございます。
私もほぼ同様の考えです。

オフライン

#11 2017年09月13日 11:03:00

iris
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

カレブさんは、宗教というのは「神の救いをエサにして、あるいは神の裁きを脅しに使って、人間の行動を支配するためのもの」とお考えのように感じます。

確かにものみの塔はそのような組織であり、そのような組織は当然ないほうがよいと私も思いますが、以前も述べたとおり、それが宗教組織のあり方の標準ではありません。

ただ、宗教組織はその性質上、すべてカルト化してものみの塔のようなあり方に陥ってしまう危険性を秘めており、宗教指導者は常に自分たちの組織がカルト化する方向に傾いていないかということに注意を払う必要があります。

ものみの塔の組織を宗教組織の標準と考えた場合は、「素朴な宗教心」と「(ものみの塔式の)宗教組織」とは別個にしか考えようがありませんが、本当に人を救う宗教はそのようなものではなく、ひとりひとりの「素朴な宗教心」を大切に包み込んで守るのが本来の宗教組織のあり方であると私は思っています。

オフライン

#12 2017年09月14日 01:07:56

さやか666
ゲストユーザー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

(ひとりひとりの「素朴な宗教心」を大切に包み込んで守るのが本来の宗教組織のあり方)


美しいフレーズですね


今の時代だから思いつくフレーズかもしれませんが

#13 2017年09月14日 16:36:48

iris
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

さやか666 さんの発言:

美しいフレーズですね

今の時代だから思いつくフレーズかもしれませんが

ものみの塔みたいなのが「宗教」だと思っておられる方にとっては、嘘っぱちだとしか思えないでしょうね。きっと。

宗教の本質は変わらなくても、宗教組織のあり方は時代によって変わるものかもしれませんね。

オフライン

#14 2017年09月14日 18:32:41

ささらほーさら
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

こんにちは。

先日、弟が急死しまして・・・
婿入りしていたので先方の「曹洞宗」によって葬儀を執り行い荼毘に付しました。

信仰心など微塵もなくなっていますので、普通に焼香などやってみました。
一同、教書を渡されて唱和するように促されたので「修証義第一章」と「二章」を意味を考えながら唱和してみました。
http://soto-tokai.net/ok_syu01.html

人類全般の「基本心理」に大きな違いはないので
仏教の教えもそうですが、「死」に対する不安・恐れ・悔いる気持ち・悲哀・許されたいという思い・・・などは
同じように諸宗教に現れているのですね。
そして、仏教も最終目標のひとつは「是認」「救い」だったりするのでしょう。

もちろん、その区域や人種の「歴史」や「文化」「出来事」に伴って向かった方向は異なっている場合も多々ありますが
どの宗教も軌道修正を繰り返して今に至っていることには違いがありません。
これからもそれは繰り返されるのでしょう。


カレブさんに近いかと思いますが
わたしも「宗教はいらない」というよりも
不安定な生活圏(宇宙の中の全ての現象を含む)では「満たされない状態」(生物としての状態も心理的な問題も含む)が続くわけで
その「満たされない状態」を「満たそう」として
無意識に作り上げられてきたものが「宗教」であって
それは、必要がなくなれば消滅してゆくでしょうし
別のものがその代替としてその座に着くかも知れないと思います。

でも、それはわたしたちの生存中に見ることはないだろうと思います。

オフライン

#15 2017年09月14日 19:37:19

てつてつ
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

ささらさん こんにちは 弟さん残念でしたね cry
元気になってチョウのお話聞けないかなーなんて思ってたんですが

オフライン

#16 2017年09月14日 20:13:10

iris
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

ささらほーさらさん、お悔やみ申し上げます。

私は宗教が生まれたのは必然だと思っています。人間がものごとを認識する仕組みがそのように進化してきたからです。
ヒトがヒトである限り、社会のあり方に影響を受けながらも、宗教は存在し続けるでしょう。

だからこそ、宗教の質を見極め、賢く付き合う知恵を持たなくてはならないと思います。

オフライン

#17 2017年09月14日 20:46:36

ガリレオくん
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

ささらさん
しばらくおられなかったので心配してましたが・・
大変でしたね、私も以前に事故で突然に祖父を亡くした経験があって、現役時代でしたが
ニュースで知って現実を受け入れるのに時間がかかりました。
突然いなくなるとまだどこかしらに生きてるんじゃないかって感覚になります。

生きてる以上、年を重ねるごとに避けられない現実に向き合わなければならないのは残酷ですが
これが現実なんですね・・ cry

心の空白を宗教が埋めてくれるなら(救い?)それはそれで存在する価値はあると思います。
Jの経験上、ウソの上に成り立つものであるなら断じて受け入れることはありませんが・・

どうお声掛けしたものか迷いますが、ささらさん頑張って下さい。

オフライン

#18 2017年09月14日 21:29:23

ささらほーさら
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

てつてつさん、irisさん、ガリレオくんさん、お気遣いありがとうございます。
身内の中で、いつもわたしは「はっぱ掛け役」なので落ち込んでいる暇がありません。
もの凄く「自己中」な弟だったし、義妹(弟の嫁)は気の強い人なのですが
ずっと取りすがって泣き崩れていました。
また両親と兄がひどく落胆しているので、やっぱりわたしは「励まし役」です。


iris さんの発言:

だからこそ、宗教の質を見極め

宗教とは限りませんが、「正邪」「善悪」を見極める・・・というより
それを「決定」すること自体が、大変難しいことだと思います。

それ自身が流動的で安定しているものではないからです。

たとえば
簡単な例として「殺人」を考えてみます。
よく単純に「人殺しを是認する人種や社会はない」などと言われますが
実は、これもその文化や社会・時代によって異なってきます。
先進国と呼ばれる国々でさえ
ひとたび「戦時下」に置かれると「殺人」は犯罪ではなくなります。

また、アメリカやロシア(他にも数国)では既に「核」を保有しているわけですが
遅れをとった国々が新たに「核」を開発すれば、今ではそれは「大罪」と呼ばれます。

ムチで子供を懲らすことは、聖書に限らず、ほぼどこの国でも「しつけ」としてまかり通っていましたが
今では、しっかり「児童虐待」という名の犯罪に数えられています。

かつてに比べて、そういった価値基準の移り変わりは非常に「加速化」しています。


そういった中で、果たして「宗教の質を見極める」ということが可能なのでしょうか?
また、誰が、どの文化圏の者が、どの価値基準を基に判定を下すことができるのでしょうか?


それから、そのうちそういったことも書き込みたいとは考えているのですが
人の脳は自分をも騙すという事実がありますので
ものごとの価値を事実通り「見極める」ことは
甚だ「困難」な取り組みではなかろうか・・・という気がします。


iris さんの発言:

賢く付き合う知恵

これは、ないよりあった方がいいとは思います。

それでも、上記のような理由で
ずっと後になって(状況が変わって)その価値に疑問を持つことはあり得ることです。

わたしの場合、JWは、今ではクズのように思っていますが
初めての子育て、知らない土地、知らない人々・・・の中での司会者と会衆の世話は
今でも感謝の言葉では表せないほど貴重なものでした。

でも、それは宗教である必要はありませんでした。

オフライン

#19 2017年09月14日 23:28:20

iris
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

この掲示板でもとてもパワフルでいらっしゃるささらほーさらさんですが、弟さんを亡くされた悲しみは御家族と変わらないのではないでしょうか。悲しいときはしっかり落ち込んで悲しむことも必要だとか申します。お節介とは存じますが無理をなさいませんように。

編集者 iris (2017年09月15日 07:33:28)

オフライン

#20 2017年09月15日 21:49:11

てつてつ
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

ささらさん こんにちは あんまり関係ないかもしれませんが

簡単な例として「殺人」を考えてみます。
よく単純に「人殺しを是認する人種や社会はない」などと言われますが
実は、これもその文化や社会・時代によって異なってきます

ひとたび「戦時下」に置かれると「殺人」は犯罪ではなくなります

ボクシングのスーパーウェルター級チャンピオンだったカシムも6才のころに誘拐され兵士にされてそのころは人を拷問して殺してもなんとも思いませんでしたが むしろ楽しかったことさえあった アメリカに来てからはそれが悪いことだと感じるようになり毎日神様にざんげしているといっています

人の脳は自分をも騙すという事実があります

戦場でワルツをつくった監督のアリ.フォルマンも自分がかつて参加したサプラ.シャティーラの虐殺の記憶がなぜかごっそりぬけおちていることに気づきその原因について調べていくのですが
その一つに人間は時には自分の都合のよいように記憶を置き換えることがなされるようです

編集者 てつてつ (2017年09月15日 22:12:10)

オフライン

#21 2017年09月16日 18:02:31

ささらほーさら
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

こんばんは。


irisさん、お気遣いには感謝いたしますが、ご心配には及びません(^_-)-☆


てつてつ さんの発言:

ボクシングのスーパーウェルター級チャンピオンだったカシムも6才のころに誘拐され兵士にされてそのころは人を拷問して殺してもなんとも思いませんでしたが むしろ楽しかったことさえあった アメリカに来てからはそれが悪いことだと感じるようになり毎日神様にざんげしているといっています

その通りですよね。
どんな価値基準の中で成長したかは、人に大きな影響を及ぼします。
その方が、それが通常の(多数の)感じ方・考え方ではないという事に気づく機会がなければ
ずっと心に悔恨の思いを抱くことはなかったかも知れません。


てつてつ さんの発言:

戦場でワルツをつくった監督のアリ.フォルマンも自分がかつて参加したサプラ.シャティーラの虐殺の記憶がなぜかごっそりぬけおちていることに気づきその原因について調べていくのですが
その一つに人間は時には自分の都合のよいように記憶を置き換えることがなされるようです

特殊な場合のみならず、人の「記憶」はほぼ当てにならないようです。
「伝言ゲーム」の例を考えてみるとわかり易いかも知れません。
非常に簡単な一文でも、伝言を重ねれば重ねるほど、結果は違ったものになってしまいます。

また、「伝言」ではないのですが、
かなり知性の高い集団でも「ひとつの物語」を聞かせて
その後、その物語を思い出して(ひとりひとりに・別個に)記述してもらうと、
本当にさまざまな変化(それぞれの記憶において)をしていることがわかっているそうです。

わたしにも覚えがありますが、
例えば「ものみの塔」の研究記事ひとつをとっても
自分に「関心」のある部分、自分の考えと「似ている」部分ほど覚えているものですが
そうでない部分は、非常に曖昧な記憶である場合が多かったです。
数年後に読み直してみて
「あれ?この頃、ここにこんな事が書かれていたなんて全然気が付かなかった」
ということもよくありました。

現在「怪しい・怪しい」という不安を抱きながらも「現役JW」として過ごしている面々も
心のどこかで「自分を騙している」のかも知れません。


人は元々そういった「脳」によって支配され、生活していますから
(普遍的という意味で)宗教の善し悪しを見極める・・・ということには無理がある、と考えています。

編集者 ささらほーさら (2017年09月17日 13:51:27)

オフライン

#22 2017年09月17日 00:48:50

iris
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

皆さまこんばんは。

先日、宗教の質や付き合い方について書き込んだのですが、翌朝になって読んでみたら、自分の言いたいことがうまく伝わらない気がしたので、一旦削除しました。

さて、宗教の教義の本来の役割は具体的な行動の善し悪し(道徳)を決めることではなくて、世界や人間をどのようなものと考えるか、よい生き方とはどのようなものか(思想)を示すことだと思います。

道徳(行動規範)は時代や地域によって変わるものです。しかし、宗教を支える思想は、それほど変わるものではありません。

ものみの塔が証人たちに押し付けている行動規範のほとんどは、反社会的なものではありません。ですから、道徳という面ではあまり問題がないように見えます。
しかし、そのような行動規範をハルマゲドンや排斥で脅すことによって守らせようとしているところに、大きな問題があります。

子どもをしつけるのに、「怒られるからやめなさい」というのは、子どもが肝心なことは何も学ぶことができない、いちばんまずいやり方です。
ものみの塔は大人に対してもそのまずいやり方を押し付けています。つまり、「滅ぼされたくなかったら統治体の命じるとおりに行動せよ」というわけです。宗教としての質が悪くてまともな思想がないから、そうするしかないのだと思います。

編集者 iris (2017年09月17日 01:05:43)

オフライン

#23 2017年09月17日 01:13:20

iris
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

ささらほーさらさんのように、子育ての苦労からエホバの証人と関わるようになる女性は多いようですね。

私も、知らない土地での初めての子育てはとても孤独に感じました。他人の子育てを支える立場の私でも心細かったのです。エホバの証人の姉妹とのおしゃべりは、ものみの塔の正体を知っていても楽しかったです。

JWは、宗教といってよいのかどうか、正体を知らない方にとっては、出会ってしまったのが災難と言うべきかもしれません。

オフライン

#24 2017年09月17日 15:53:07

ささらほーさら
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

こんにちは。


iris さんの発言:

ささらほーさらさんのように、子育ての苦労からエホバの証人と関わるようになる女性は多いようですね。

どうでもいいことと言えばどうでもいいことなのですが・・・

わたしの出産は、JWとの研究を始めてから数年後です。
幼い頃から「真理」なるものを探し続けていたわたしが
諸教会を訪ね歩き、モルモンに通い始めたのが17歳。
モルモンへの質問を用意して、JWにも同じ質問をするという形で研究を始めたのは19歳です。
最初の出産は25歳です。
子育ての時の司会者は、5人目の方でした。

なので、育児中に助けが欲しくて研究を始めたわけではありません。
また、育児について助けになってくださった方と言っても
この掲示板で多くの方がイメージするようなJWではなく
育児そのものについての口出しは、一切しない方でした。

以前にどこかでその頃の経緯は書いたと思いますのでここでは詳細には触れないでおきます。


iris さんの発言:

そのような行動規範をハルマゲドンや排斥で脅すことによって守らせようとしている。

別に彼らの擁護をするわけではないのですが・・・

JW指導部の大方は、脅しているわけではなく
自らがそれを大真面目に信じているのだと思います。
(先に書いた「自分を騙す」こととも関係あり)
統治体のおじいさんたちも「脅して従わせよう」などという意図はさらさらないのだろうと思います。
彼らの持つ「情報や知識」はあまりにも稚拙で限定的なのでしょう。
その様子は「良心の危機」の中にも垣間見ることができます。
聖霊が注がれているわけもなく・・・社会性のない彼らは「組織」に忙殺されているだけのように思います。


まったく、話しは違うのですがみなさんはご存じでしょうか?
免田事件、狭山事件、足利事件、桶川事件・・・
警察の信じられないほどの杜撰さと曖昧さが後に露呈した事件です。
誰かが仕組んだわけでもなく、一人一人は懸命に取り組んだかも知れないのに
たった1つの「ボタンの掛け違い?」・・・とでも言うのでしょうか・・・
それによって「人命を守る」どころか、最悪の結果を招くことになった、あるいは真実が明かされなかった
そういった事件のほんの幾つかです。

わたしたちが信じている以上に大勢の人命が、冤罪によって失われたのは間違いないでしょう。
それでも、警察は必要とされ君臨し続けています。
それほど「組織」というものは、一人歩きが大好きで、個々人を大きく超えて巨大化するもののようです。

そういった「組織」の中での個々人は
誤ったアミノ酸の配列を繰り返してしまう遺伝子と非常に良く似ています。
その誤りを見出し、修復する機能がついているとしてもなお
それを潜り抜けては小さな「掛け違い」は生じ続け
そして、思いもよらない「結果」を生み出して行くもののようです。

JWの邪悪さ・・・といっても、児童性的虐待・他の隠ぺいなどは宗教組織だから・・・ではないと考えます。
先に書いた(「警察」のような)組織の「隠ぺい体質」と何ら変わるところは無いと思います。
それは、諸教育委員会、諸議会・・・などの「隠ぺい体質」と同じなのだろうと考えます。
どの組織もそれぞれの分野で「理想」を掲げているわけですから、「恥」を外部に知られたらマズいのは同じです。

では、宗教組織として、どこが際立って「邪悪」なのか・・・というとどうでしょう。
ここで、カトリックのことを少々考えてみましょう。


irisさんは「『進化』が生物の辿った『真の姿』である」と公言しながらも
時には教会に通い、信仰の価値を語り、二重のご自分を存在させています。
※それこそが、前述したように、自分を騙している結果なのかも知れません(あるいは故意にかも知れませんが)。

ところが、そういった支持者一人一人によってカトリックもまた維持されてきています。
そして、その組織の中にも、真実の自分を偽り児童に悪さをする悪徳指導者がいたりします。
その「隠ぺい」は、時々メディアによって明らかにされてきました。(「組織」としての体質は同じ)
また煉獄や地獄の教理を「真に受ける」ことによって、心理的な問題を抱えている2世3世も現に観察されているそうです。(これも影響力は同様)

カトリックはJWよりも歴史が古く、多くの失敗や再考の中から、少しずつ「角」を取り除き
聖典の解釈の修正を繰り返しつつ(例えば「創造」よりも「進化」を選択したり)
その「教理の正当性」や「権威」よりも、「存続」を優先させてきたようです。
それは一方では、個人レベルでも「幅広い」解釈、「柔軟」な対応、より「自由」な選択ということをも意味してきました。

ですから、排斥や断絶などの既定のあるJWよりも「楽」ではあるわけです。
ですが、「楽」だからJWより「マシ」であると言えるかというとどうでしょう?
それでは日本の「習慣としての宗教」とほぼ同じではないでしょうか。
必要に応じて(受験、出産、供養など)「神社仏閣」に手を合わせる。
冠婚葬祭の時だけお金と引き換えに行事を執り行ってもらう。


やはり「どの宗教が邪悪で、その宗教が善いか」・・・は、ほぼ解答の得られない問題のような気がします。

オフライン

#25 2017年09月17日 17:15:18

ユーリ
メンバー

Re: 宗教なんていらない ~「真の宗教」は存在するのか

ささらさん、irisさんこんにちは。

私は別の角度から、考えてみました。

孤独に子育てをしている人に必要なのは「宗教」ではないというのは、この掲示板を見ている人だれもが同意されるでしょう。

この場合、救いとなるのは専門機関です。

それぞれ個別の問題にはそれの専門家、研究機関からの情報や助けが得られるのがベストでしょう。

もちろん現在すべての人がその助けを得られるわけではありません。ですが筋違いな受け皿である宗教の存続に払う努力をするよりも、正しい知識を得られるようにする方がよりよい対策なのではないでしょうか?

今宗教が実際に存在してしまっているので、それから利益を得ている人がいる限り、あらゆる努力を払って信者を増やしていくでしょう。


しかし研究者の努力によって、宗教に頼らなくてもよくなってきつつあるのが現状です。

カレブさんの言うように宗教離れも進んでいます。よい傾向だとおもいます。。

気をつけなくてはいけないのが、irisさんがおっしゃるように宗教に関しての知識がないことです。


次に最近読んだ本から、興味深い点を一部抜粋します。省略はしておりますが内容は変えていません。

著者は、エリエザー・J・スタンバーグ    イエール・ニューヘイブン病院神経科医。

編集者 ユーリ (2017年09月17日 17:20:31)

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