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#51 2017年03月10日 13:17:38

菌子ちゃん
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

ツイッターみたいやないか

もう他人は他人でどうでもええやないか

#52 2017年03月10日 23:00:47

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

せやけど、ここの掲示板の大野教会と繋がりのある連中は明らかに信仰なくしてるけど、中澤さんとか背山さんとか、どういう反応してはりますの?

#53 2017年03月11日 01:27:46

u-chan
メンバー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

アホか さんの発言:

押し付けるものではないという考えを押し付けとるやないかい。

こういう幼稚な反論を“アホか”というHNで書くことに羞恥を感じない方に対して、何を語っても無駄だろうなと思い、放っておこうとしました。
しかし、それはそれで厭な気分になるものですね。

投稿者の意図を汲み取る少しの努力もせず、その結果、当然、投稿者の意図ではなく、投稿者の言葉使いに対する揚げ足取りを得意満面にかき込む様子を想像してしまいました。

“自分は”さんが、「信仰は押し付けるものではない」と言われた意図が、「『信仰を押し付けてはならない』という押し付けに違いない」と、いったいどこをどう読み取れば生じるのでしょう?

あなたが、 「『信仰を押し付けてはならない』という押し付けに違いない」と感じられたのであれば、それはあなたの妄想が暴走しただけです。

しかし、人間はそういう妄想を止められるものではありません。
「それって、こういうことではないか?」と、頭に浮かんでしまうものです。閃[ひらめ]きや思い付きという直感は、大事にするべきだと思います。
しかし、浮かんだ直感をそのまま行動に起こしてはいけません。
理性的に理論的に考えるべきです。

「それこそ、反対側からの押し付けだろう」という、2チャンネル的脊髄反射をそのまま指先に送るのではなく、脳の中枢に送って、直感が正解かどうかを吟味すべきです。

それでも、彼の意見は反対側からの押し付けに違いないと判断されたのであれば、それはあなたの判断力が出した結果です。
あなたは、ご自分の情報判断力をこの掲示板に晒すというリスクを背負って書き込まれたら良いでしょう。

もし、彼の意見が反対側からの押し付けかどうか確信が持てないならば、投稿者に意図を尋ねることもできます。

聴くに遅く、語るに早く、でしたっけ?(あれ? なんか違う)

オフライン

#54 2017年03月11日 08:58:21

ユーミン
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

u-chan さんの発言:
アホか さんの発言:

押し付けるものではないという考えを押し付けとるやないかい。

こういう幼稚な反論を“アホか”というHNで書くことに羞恥を感じない方に対して、何を語っても無駄だろうなと思い、放っておこうとしました。
しかし、それはそれで厭な気分になるものですね。

投稿者の意図を汲み取る少しの努力もせず、その結果、当然、投稿者の意図ではなく、投稿者の言葉使いに対する揚げ足取りを得意満面にかき込む様子を想像してしまいました。

“自分は”さんが、「信仰は押し付けるものではない」と言われた意図が、「『信仰を押し付けてはならない』という押し付けに違いない」と、いったいどこをどう読み取れば生じるのでしょう?

あなたが、 「『信仰を押し付けてはならない』という押し付けに違いない」と感じられたのであれば、それはあなたの妄想が暴走しただけです。

しかし、人間はそういう妄想を止められるものではありません。
「それって、こういうことではないか?」と、頭に浮かんでしまうものです。閃[ひらめ]きや思い付きという直感は、大事にするべきだと思います。
しかし、浮かんだ直感をそのまま行動に起こしてはいけません。
理性的に理論的に考えるべきです。

「それこそ、反対側からの押し付けだろう」という、2チャンネル的脊髄反射をそのまま指先に送るのではなく、脳の中枢に送って、直感が正解かどうかを吟味すべきです。

それでも、彼の意見は反対側からの押し付けに違いないと判断されたのであれば、それはあなたの判断力が出した結果です。
あなたは、ご自分の情報判断力をこの掲示板に晒すというリスクを背負って書き込まれたら良いでしょう。

もし、彼の意見が反対側からの押し付けかどうか確信が持てないならば、投稿者に意図を尋ねることもできます。

聴くに遅く、語るに早く、でしたっけ?(あれ? なんか違う)

ユーちゃん、
お前こそ、アホだな?

てめえは、人にそんな口を叩けるほど、
立派なのか?

(元証人自作自演スレッドより)

#55 2017年03月11日 10:22:24

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

JWTCとは  エホバの証人をキリストへ


JWTCとは JWTCは、「Jehova’s Witness to Christ」の略で、「エホバの証人をキリストへ」です。 1994年4月から始まり、開講当初からお茶の水クリスチャンセンターで行っています。JWTCはエホバの証人の方をキリスト教徒にするのが目的ではなく、エホバの証人の方々に、聖書に書かれているイエス・キリストの真の姿を知っていただくことを目的としています。現在受講生は元証人たちや被害者のご家族、重荷をもつクリスチャン、キリスト教会の牧師が集っていますが、時には、現役の証人の方が来てくださることもあります。遠くは北海道、九州、シンガポールにも受講生たちが広がっています。主講師の中澤啓介牧師(大野キリスト教会牧師)は、聖書から礼拝メッセージや、豊かな人間形成をめざして、幅広く様々な分野から講義してくださいます。また、ものみの塔誌を研究し、組織の間違いや、聖書の教えているほんとうの中身との違いを検証しています。またカウンセリングの講義を担当してくださる白石多美出牧師(日本基督教団・春日部教会)の学びは、組織を脱会し、傷ついた方々の心の癒しや、苦悩されているご家族にとても役に立っています。その他、カルト宗教に関わる様々な情報交換や、他のグループとネットワークをもちながら、これ以上悲劇を増やさないために、様々な事柄に対応しています。一人でも多くのエホバの証人の方々が、真のイエス・キリストに出会うことができますようにと願っています。

#56 2017年03月11日 10:23:42

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

で、ここのJWTCに交わっておられる人々の動機はどういったものなのでしょうか?

#57 2017年03月11日 10:35:04

u-chan
メンバー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

ユーミンさん。
以前、ゴミを増やさないようお願いしましたが、全く自覚がないようですね。

ユーミン さんの発言:

ユーちゃん、
お前こそ、アホだな?

てめえは、人にそんな口を叩けるほど、
立派なのか?

内容に言及しない発言は、ゴミです。
私は、ゴミを散らかさないという点と、人をアホ呼ばわりしないという点については、ユーミンさんより多少は立派だと自惚れています。

オフライン

#58 2017年03月11日 10:55:43

yangmask
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

>押し付けるものではないという考えを押し付けとるやないかい。

面白いので考えてみました。

_

要するに、これは、

「押し付けるな」という考えを押し付けるな。

・・・という論理ですよね。

_

そこで、この文章に符号を付けて、

①「押し付けるな」という考えを、②押し付けるな。

としますね。

_

もし、①を否定した場合は、同時に②も否定されなければならず、
その結果、この文章は無効ということになりますね。

逆に、①を肯定した場合、②による抗議の意味がなくなり、
これまた無効となります。

ですから、この

「押し付けるな」という考えを押し付けるな。

という反論は、論理的に破綻していると言えますね。

_

でも、言わんとしてることは分からないでもありません。
つまり、誰でも押し付けられるのは嫌なわけです。
事実、アホかさん自身も嫌だと思ってあのように反論したのですからね。(③)

であれば、やはり、U-Chanさんの「(宗教を)押し付けるな」
という抗議は有効だと言えますね。
そして、アホかさん自身も、上記③に基づけば、
この意見に賛同しているということになるのです。

#59 2017年03月11日 18:28:12

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

以下は
進化論は真っ赤な嘘
からの引用です。

日本では、ダーウィンの思いついた「進化論」が、絶対的な科学的真理としてまかり通っています。

が、実は、
「進化論は証拠がないので証明できない」
と主張する科学者が、世界中に激増しているのです。

たとえば、ノーベル物理学賞受賞者・素粒子研究の世界的権威の「益川敏英氏(京大名誉教授)」やノーベル生理・医学賞受賞者・iPS細胞研究の世界的権威の「山中伸弥氏(京大教授)」です。







<『ヒトは猿から進化したのか、それとも神が造ったのか』 と聞かれれば、日本人はなんとなく『猿から進化』という方を信じるが、それはなんの根拠もない>
と、益川、山中の両氏は二人の対談で語っています。

かつては、「棲み分け理論」で世界的に有名な進化論学者であった文化勲章受章者の「今西錦司氏(京大名誉教授)」は、研究すればするほど進化論の矛盾に気づき、ついには研究を断念して、なんと、自ら「科学者廃業宣言」を新聞に発表したのです。
「進化論は学問にあらず」と言いたかったのでしょう。
今西教授は、非常に良心的な科学者であっただけに、間違った学問を教えてきた者としての責任を取ったものと思われます。

アメリカではハーバード大学の教授を含むトップクラスの進化論学者たちが、次々に進化論の研究をやめて、他の学問に転向しています。

そのリストは、わかっているだけで30人を超えています。
こんなことは学問の世界ではあまりないことです。

遺伝子工学の世界的権威の「村上和雄氏」(筑波大名誉教授)も、真っ向から進化論を否定する一人です。

一つの遺伝子に組み込まれている膨大な量の情報を研究しているうちに、「進化論は絶対にありえない」という結論に到達しました。
神と言いうるほどの「サムシング・グレイトの存在」(なにか超偉大な知性の存在)により創造されたことを認めなければ、遺伝子の説明は不可能であるというわけです。
(中略)
「大発見の思考法 iPS細胞vs素粒子」(山中伸弥・益川敏英対談) 文春新書

久保有政氏、「科学の説明が聖書に近づいた」 <虚構の進化論>

#60 2017年03月11日 18:30:41

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

以下は
ダイエット中の母親から生まれた子供は太りやすい!?
山中伸弥教授と野田秀樹氏が“細胞”を語り尽くす(その3)
からの引用です。

20世紀に「DNAの二重らせん構造」が発見されて以降、人類は遺伝のメカニズムを研究してきた。その結果、人間の個性や能力などが遺伝子による部分があることを多くの人が知ることになった。だが、生まれた後の努力や経験、置かれた環境によっても、人は変わることができる。そのメカニズムの主役となるのが「細胞」だ。

細胞は「体を構成する部品」と捉えられることが多いが、近年の研究ではそうでないことが明らかになってきた。1つの自律した生命体のように、自ら周りを探り、状況を判断し、自らを変化させているダイナミックな存在なのだ。細胞の中には、我々の経験を反映する仕組みが隠されている。

NHKでは、最新の細胞研究を紹介する「人体 ミクロの大冒険」を3月29日から4回にわたって放送する。番組中では、iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授と劇作家・演出家・役者の野田秀樹氏が“細胞”について対談する。

日経ビジネスオンラインでは、番組で紹介できなかった対談のすべてを掲載する。今回は人間の誕生から、思春期までの細胞社会の構築を追う。細胞は周りの環境を察知しながら、働かせる遺伝子を選択して変化していく。(今回のゲストはヴァイオリン奏者の葉加瀬太郎氏)



以下は
生物進化はなかった
からの引用です。


最も原始的と言われる単細胞生物アメーバでさえも、非常に複雑な組織から成っている。

生命はただ生命より出ずる
生命は、一体どこから生まれるのでしょうか。
生命のないところから、生命は生まれるでしょうか。
生物が生き延びるための条件さえ整えば、そこに何かの偶然で、生命が生まれるのでしょうか。

一九世紀に至るまで多くの人々は、"生命は無生物の中から自然に発生してくる"という「自然発生説」を受け入れていました。当時の人々はよく、
「雨水が集まった水たまりには、すぐに何億もの微生物が現れる」
という事実を引き合いに出しました。それらの微生物は自然に発生したではないか、というわけです。また、
「腐敗した死体には、すぐにウジ虫がわいてくる」
という事実も引き合いに出しました。
人々は、生命は無生物の中から自然発生するものだと思っていたのです。
これらの論理は、進化論の正当化にも用いられました。
しかし1864年に、有名なフランスの細菌学者ルイ・パスツールは、この考えが間違いであることを証明しました。
つまり完全に殺菌し、かつ外部から菌が入らない状態にしたところからの生物発生は決してないことを、実験的に示したのです。
彼は、
「自然発生説は、この実験によって受けた致命的な打撃から、決して立ち直れないであろう」
と述べました。

これは、今日でも事実です。
実際、医者はこのことに信頼して、手術のときなど外科器具を殺菌するのです。
生命のない物質から生命が自然発生することは、決してありません。

自然発生説が崩壊したとき、進化論者は別のタイプの自然発生説を唱えました。
彼らは「長い時間」に望みをつないだのです。
たとえ数年や、数十年の間に生命が無生物の中から自然発生することはなくても、何億年もの間には生命が発生することもあるだろう、という漠然とした"信仰"に立った新しい「自然発生説」が唱えられました。

しかし最近、分子生物学の研究が進むにつれ、細胞や、細胞の構成物質のことがよくわかるようになってきました。それによって、無生物の中から生命が発生することは何億年かかっても起こり得ないことが、わかってきました。
細胞の構成物質である「アミノ酸」程度のものは、自然界でもふつうに形成されることがあることは知られています。しかしアミノ酸と一個の細胞とでは、砂粒と超高層ビルディングとの差ぐらい、複雑さの点で大きな差があるのです。
生命の最小単位である一個の細胞でさえ、それが形成されるためには、想像を絶するほど多くの幸運が重なり合わなければなりません。
無生物の中から一個の細胞が自然発生することは、大地の中から東京タワーが自然に出現することより、もっと難しいのです。
たとえ大地に風が吹き、雷鳴がとどろき、何億年もの時間が過ぎても、大地の中から自然に東京タワーが出現することはないでしょう。同様に、無生物の中から生命が自然発生することはあり得ない、と言わなければなりません。
「長い時間」に望みをつないだ進化論者の新しい自然発生説も、今日では全く根拠を失いました。

しかし一度持った"信仰"は、なかなか捨てられないものです。今も進化論者は、生命の自然発生を信じています。けれどもそれは、もはや"根拠なき信仰"なのです。
生命は、無生物から発生することはありません。生命は、ただ生命より出ずるのです。聖書は、
「いのちの泉は、あなた(神)のもとにあります」(詩篇三六・九)
また、
「いのちの息は、わたし(神)がつくった」(イザ五七・一六協会訳)
と述べています。最初の生命は、生命の根源である神から来たのです。
神は、はじめに「種類にしたがって」(創世一・二一) 生物を創造し、それぞれに生命を吹き込まれました。私たちの生命は、神によって与えられたものなのです。

ユーレイ・ミラーの実験は生命の自然発生を証明しない
生命の自然発生に関して、進化論者がなした有名な実験として、「ユーレイ・ミラーの実験」というものがあります。これは今も、進化論の教科書にはみな載っているものです。これは、生命の自然発生を証明するものなのでしょうか。
この実験は、ガラスのフラスコの中に、水、メタンガス、アンモニアを入れ、その単純な混合ガスに火花放電を加えるものです。その後それを冷却し、そこに出来る生成物を集めるのですが、アミノ酸が生じたことがわずか一週間で確認されました。
アミノ酸は生命の基本的構成要素なので、このことから生命の自然発生は可能だったのではないか、との一縷の望みが進化論者の間で持たれました。

しかし、ユーレイ・ミラーの実験で生成されたアミノ酸は、生命を構成するアミノ酸とは異なることが、そののち明らかにされました。
ウィルダー・スミス博士はこう述べています。
「アミノ酸には、光学的に見て左旋性(左巻き)のものと、右旋性(右巻き)のものとがある。
生命の発生は、アミノ酸が左旋性のときのみ可能である。
もし、ほんのわずかでも右旋性タイプの分子が混ざっていると、新陳代謝のできない異構造のタンパク質に変わってしまう」。
じつは、ユーレイとミラーの実験で生成されたアミノ酸は、この、左巻きのものに右巻きのものが混じり込んだアミノ酸だったのです。

こうしたアミノ酸は、「ラセミ体」と呼ばれます。ユーレイ・ミラーの実験は、その後何度も追実験されましたが、生成されるのはいつもラセミ体のアミノ酸でした。
ラセミ体のアミノ酸からは、生命は絶対に発生しないのです。それは生命を形成するタンパク質とはなり得ません(タコ注:次の記事を要参照。)。
また、ユーレイとミラーがフラスコ内につくった混合ガスの状態は、原始大気の状態とは全くかけ離れているとも指摘されています。
そのほかこの実験に関しては、多くの問題点が指摘されており、今ではこの実験は生命の誕生に何の関係もないとされるようになりました。

進化論の崩壊についてわかりやすく解説をしている、ジェレミー・リフキン著『エントロピーの法則2』には、こう述べられています。

以下は
進化論は真っ赤な嘘
からの引用です。

日本では、ダーウィンの思いついた「進化論」が、絶対的な科学的真理としてまかり通っています。

が、実は、
「進化論は証拠がないので証明できない」
と主張する科学者が、世界中に激増しているのです。

たとえば、ノーベル物理学賞受賞者・素粒子研究の世界的権威の「益川敏英氏(京大名誉教授)」やノーベル生理・医学賞受賞者・iPS細胞研究の世界的権威の「山中伸弥氏(京大教授)」です。


(2012年医学生理学賞の山中伸弥氏)


(2008年物理学賞の益川敏英氏。
護憲派で天皇制廃止論者?)

<『ヒトは猿から進化したのか、それとも神が造ったのか』 と聞かれれば、日本人はなんとなく『猿から進化』という方を信じるが、それはなんの根拠もない>
と、益川、山中の両氏は二人の対談で語っています。

かつては、「棲み分け理論」で世界的に有名な進化論学者であった文化勲章受章者の「今西錦司氏(京大名誉教授)」は、研究すればするほど進化論の矛盾に気づき、ついには研究を断念して、なんと、自ら「科学者廃業宣言」を新聞に発表したのです。
「進化論は学問にあらず」と言いたかったのでしょう。
今西教授は、非常に良心的な科学者であっただけに、間違った学問を教えてきた者としての責任を取ったものと思われます。


アメリカではハーバード大学の教授を含むトップクラスの進化論学者たちが、次々に進化論の研究をやめて、他の学問に転向しています。

そのリストは、わかっているだけで30人を超えています。
こんなことは学問の世界ではあまりないことです。

遺伝子工学の世界的権威の「村上和雄氏」(筑波大名誉教授)も、真っ向から進化論を否定する一人です。


(ノーベル賞の最有力候補の一人、村上和雄氏)

一つの遺伝子に組み込まれている膨大な量の情報を研究しているうちに、「進化論は絶対にありえない」という結論に到達しました。
神と言いうるほどの「サムシング・グレイトの存在」(なにか超偉大な知性の存在)により創造されたことを認めなければ、遺伝子の説明は不可能であるというわけです。
(中略)
「大発見の思考法 iPS細胞vs素粒子」(山中伸弥・益川敏英対談) 文春新書

久保有政氏、「科学の説明が聖書に近づいた」 <虚構の進化論>

以上引用終わり。

以下は
ダイエット中の母親から生まれた子供は太りやすい!?
山中伸弥教授と野田秀樹氏が“細胞”を語り尽くす(その3)
からの引用です。

20世紀に「DNAの二重らせん構造」が発見されて以降、人類は遺伝のメカニズムを研究してきた。その結果、人間の個性や能力などが遺伝子による部分があることを多くの人が知ることになった。だが、生まれた後の努力や経験、置かれた環境によっても、人は変わることができる。そのメカニズムの主役となるのが「細胞」だ。

細胞は「体を構成する部品」と捉えられることが多いが、近年の研究ではそうでないことが明らかになってきた。1つの自律した生命体のように、自ら周りを探り、状況を判断し、自らを変化させているダイナミックな存在なのだ。細胞の中には、我々の経験を反映する仕組みが隠されている。

NHKでは、最新の細胞研究を紹介する「人体 ミクロの大冒険」を3月29日から4回にわたって放送する。番組中では、iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授と劇作家・演出家・役者の野田秀樹氏が“細胞”について対談する。

日経ビジネスオンラインでは、番組で紹介できなかった対談のすべてを掲載する。今回は人間の誕生から、思春期までの細胞社会の構築を追う。細胞は周りの環境を察知しながら、働かせる遺伝子を選択して変化していく。(今回のゲストはヴァイオリン奏者の葉加瀬太郎氏)


(長いので以下略。要参照。)

以上引用終わり。

以下は
生物進化はなかった
からの引用です。


最も原始的と言われる単細胞生物アメーバでさえも、非常に複雑な組織から成っている。

生命はただ生命より出ずる
生命は、一体どこから生まれるのでしょうか。
生命のないところから、生命は生まれるでしょうか。
生物が生き延びるための条件さえ整えば、そこに何かの偶然で、生命が生まれるのでしょうか。

一九世紀に至るまで多くの人々は、"生命は無生物の中から自然に発生してくる"という「自然発生説」を受け入れていました。当時の人々はよく、
「雨水が集まった水たまりには、すぐに何億もの微生物が現れる」
という事実を引き合いに出しました。それらの微生物は自然に発生したではないか、というわけです。また、
「腐敗した死体には、すぐにウジ虫がわいてくる」
という事実も引き合いに出しました。
人々は、生命は無生物の中から自然発生するものだと思っていたのです。
これらの論理は、進化論の正当化にも用いられました。
しかし1864年に、有名なフランスの細菌学者ルイ・パスツールは、この考えが間違いであることを証明しました。
つまり完全に殺菌し、かつ外部から菌が入らない状態にしたところからの生物発生は決してないことを、実験的に示したのです。
彼は、
「自然発生説は、この実験によって受けた致命的な打撃から、決して立ち直れないであろう」
と述べました。

これは、今日でも事実です。
実際、医者はこのことに信頼して、手術のときなど外科器具を殺菌するのです。
生命のない物質から生命が自然発生することは、決してありません。

自然発生説が崩壊したとき、進化論者は別のタイプの自然発生説を唱えました。
彼らは「長い時間」に望みをつないだのです。
たとえ数年や、数十年の間に生命が無生物の中から自然発生することはなくても、何億年もの間には生命が発生することもあるだろう、という漠然とした"信仰"に立った新しい「自然発生説」が唱えられました。

しかし最近、分子生物学の研究が進むにつれ、細胞や、細胞の構成物質のことがよくわかるようになってきました。それによって、無生物の中から生命が発生することは何億年かかっても起こり得ないことが、わかってきました。
細胞の構成物質である「アミノ酸」程度のものは、自然界でもふつうに形成されることがあることは知られています。しかしアミノ酸と一個の細胞とでは、砂粒と超高層ビルディングとの差ぐらい、複雑さの点で大きな差があるのです。
生命の最小単位である一個の細胞でさえ、それが形成されるためには、想像を絶するほど多くの幸運が重なり合わなければなりません。
無生物の中から一個の細胞が自然発生することは、大地の中から東京タワーが自然に出現することより、もっと難しいのです。
たとえ大地に風が吹き、雷鳴がとどろき、何億年もの時間が過ぎても、大地の中から自然に東京タワーが出現することはないでしょう。同様に、無生物の中から生命が自然発生することはあり得ない、と言わなければなりません。
「長い時間」に望みをつないだ進化論者の新しい自然発生説も、今日では全く根拠を失いました。

しかし一度持った"信仰"は、なかなか捨てられないものです。今も進化論者は、生命の自然発生を信じています。けれどもそれは、もはや"根拠なき信仰"なのです。
生命は、無生物から発生することはありません。生命は、ただ生命より出ずるのです。聖書は、
「いのちの泉は、あなた(神)のもとにあります」(詩篇三六・九)
また、
「いのちの息は、わたし(神)がつくった」(イザ五七・一六協会訳)
と述べています。最初の生命は、生命の根源である神から来たのです。
神は、はじめに「種類にしたがって」(創世一・二一) 生物を創造し、それぞれに生命を吹き込まれました。私たちの生命は、神によって与えられたものなのです。

ユーレイ・ミラーの実験は生命の自然発生を証明しない
生命の自然発生に関して、進化論者がなした有名な実験として、「ユーレイ・ミラーの実験」というものがあります。これは今も、進化論の教科書にはみな載っているものです。これは、生命の自然発生を証明するものなのでしょうか。
この実験は、ガラスのフラスコの中に、水、メタンガス、アンモニアを入れ、その単純な混合ガスに火花放電を加えるものです。その後それを冷却し、そこに出来る生成物を集めるのですが、アミノ酸が生じたことがわずか一週間で確認されました。
アミノ酸は生命の基本的構成要素なので、このことから生命の自然発生は可能だったのではないか、との一縷の望みが進化論者の間で持たれました。


しかし、ユーレイ・ミラーの実験で生成されたアミノ酸は、生命を構成するアミノ酸とは異なることが、そののち明らかにされました。
ウィルダー・スミス博士はこう述べています。
「アミノ酸には、光学的に見て左旋性(左巻き)のものと、右旋性(右巻き)のものとがある。
生命の発生は、アミノ酸が左旋性のときのみ可能である。
もし、ほんのわずかでも右旋性タイプの分子が混ざっていると、新陳代謝のできない異構造のタンパク質に変わってしまう」。
じつは、ユーレイとミラーの実験で生成されたアミノ酸は、この、左巻きのものに右巻きのものが混じり込んだアミノ酸だったのです。

こうしたアミノ酸は、「ラセミ体」と呼ばれます。ユーレイ・ミラーの実験は、その後何度も追実験されましたが、生成されるのはいつもラセミ体のアミノ酸でした。
ラセミ体のアミノ酸からは、生命は絶対に発生しないのです。それは生命を形成するタンパク質とはなり得ません(タコ注:次の記事を要参照。)。
また、ユーレイとミラーがフラスコ内につくった混合ガスの状態は、原始大気の状態とは全くかけ離れているとも指摘されています。
そのほかこの実験に関しては、多くの問題点が指摘されており、今ではこの実験は生命の誕生に何の関係もないとされるようになりました。

進化論の崩壊についてわかりやすく解説をしている、ジェレミー・リフキン著『エントロピーの法則2』には、こう述べられています。


「ミラーとユーレイの実験は、大騒ぎのすえ、生命の起源については何の科学的価値もない、というところに落ち着いたのだった」。
結局ユーレイ・ミラーの実験は、生命の自然発生の可能性を示すどころか、むしろ反対に、生命の自然発生はあり得ないという、創造論者の考えを強めるものとなっています。
生命の自然発生は、あらゆる点から見て不可能です。イギリスの有名な天文学者フレッド・ホイルは、こう述べています。
「進化の確率は、ちょうど屑鉄置き場を襲った竜巻によって、ボーイング747型機が偶然に出来る可能性と同じだ。進化によって生命がこの地上に発生する確率は、まさにこのようで、この地上で生命は絶対に偶然によっては誕生できない」。
彼はまた、地球と同じ条件の星がこの宇宙にたくさんあると仮定して、他のどこかの天体に二百億年のうちに生命が誕生する可能性を調べました。その結果はゼロでした。
日本創造科学研究会会長・宇佐神正海博士が述べているように、
「進化論者は、確率ゼロのことを必ず起こると信じている」
のです。

エントロピーの法則は進化論を否定する
熱力学には、有名な「エントロピーの法則」というものがあります。これは確実な科学的真理とされているもので、一言で言えば、「覆水盆に返らず」という諺の意味するものと同じです。
すなわち、盆から水をこぼしてしまったとき、その水は決して自然に元へ戻ることはありません。また花瓶を壊してしまったとき、その花瓶は決して自然に元へ戻ることはありません。
リンゴの木から切り離されたリンゴの果実は、時間と共にしだいに腐っていきます。バナナでも、ミカンでも、野菜でも、必ず腐っていきます。そしていずれは、完全に

分解して土に帰るのです。逆方向の変化が起きることはありません。
人間もそうです。
人が死に、肉体から生命が去ると、肉体はしだいに腐敗していき、ついには完全に分解して土に帰ります。
このように物は、次第に、より低い質のエネルギーの状態に、必ず移行して行く傾向を持っています。
これを「エントロピーが増大する」といいます。

「エントロピー」とは、"無秩序さ""でたらめさ"のこと、と考えたらよいでしょう。
それが時間と共に増大するのです。

物は、高度な秩序形態から、しだいに"無秩序さ""でたらめさ"を増して、より低い秩序形態へと移行していくのです。
自然な状態では、エントロピー(無秩序さ)は必ず増大の方向へ向かいます。
エントロピーが減少するのは、外部からエントロピーを減少させるような"働きかけ"がある場合だけです。

たとえば、水は自然の状態では必ず上から下へ落ち、エネルギーの低い状態へと移行し、エントロピーは増大します。しかし、もしポンプを使えば、水を低い所から高い所へ上げることもできます。この場合、エントロピーは減少したことになりますが、これは外部からそのような働きかけがあったからです。
また、壊れた花瓶は、自然には元へもどりませんが、人がもし土から様々な技術を用いて新たな花瓶を製作するならば、新たな花瓶を誕生させることができます。この場合もエントロピーは減少したことになりますが、それは外部からの働きかけがあったからです。
また、生きている生物は、ものを食べながら、しだいに体を大きくし、成長していきます。この成長において、エントロピーは減少しています。しかしそれは、そこに生命からの働きかけがあるからです。
このように、エントロピーは減少することもありますが、それは外部からエントロピーを減少させるような働きかけがあった場合のみです。
これが、「エントロピーの法則」と呼ばれるものですが、これは進化論に有利でしょうか、それとも不利でしょうか。

エントロピーの法則は、進化論には全く不利であり、進化論を完全に否定するものです。
なぜならエントロピーの法則は、「無生物から生物への進化」を、全く不可能とするからです。
今日、科学の発達により、生物の細胞は、きわめて高度な秩序形態を持っていることが明らかにされました。数百倍の顕微鏡しかなかった時代には、細胞の構造は単純なものと見られましたが、以後の研究により、細胞はたとえ単細胞生物のものでも、きわめて微細で複雑な構造を持っていることがわかったのです。それはちょうど人間の都市のように、きわめて高度な秩序形態を持っているのです。

このようなものが、無生物から自然の過程を通して生じたとする進化論は、全くエントロピーの法則に反しています。無生物から、細胞という高度な秩序形態へと移行することは、自然の過程では決して起こり得ないのです。
そのような移行が可能となるのは、ただ、外部からそれを可能にする"働きかけ"があった場合だけです。「偶然」は、このような働きかけとはなり得ません。
すなわち各種の生物は、ただ創造主からの働きかけにより、土という無生物から形造られました。
聖書には、たとえば動物の誕生について、こう記されています。
「神である主が、土からあらゆる野の獣と、あらゆる空の鳥を形造られたとき・・・・」(創世二・一九)
また植物の創造についても、
「神である主は、その土地から・・・・すべての木を生い出させた」(創世二・九)
と記されています。動植物は、神からの創造的働きかけを受けて、「土」から形造られました。
土→細胞という過程におけるエントロピーの減少は、神からの働きかけがあって初めて可能だったのです。
このようにエントロピーの法則は、進化論を否定するものであり、むしろ創造論を裏づけるものであることがわかります。
進化論は、健全な科学に全く反しているのです。
大英自然史博物館の世界的に有名な古生物学者コーリン・パターソン博士はこう言っています。
「進化論は科学的事実でないばかりか、むしろその正反対のもののように思えます」。

分解して土に帰るのです。逆方向の変化が起きることはありません。
人間もそうです。
人が死に、肉体から生命が去ると、肉体はしだいに腐敗していき、ついには完全に分解して土に帰ります。
このように物は、次第に、より低い質のエネルギーの状態に、必ず移行して行く傾向を持っています。
これを「エントロピーが増大する」といいます。

「エントロピー」とは、"無秩序さ""でたらめさ"のこと、と考えたらよいでしょう。
それが時間と共に増大するのです。

物は、高度な秩序形態から、しだいに"無秩序さ""でたらめさ"を増して、より低い秩序形態へと移行していくのです。
自然な状態では、エントロピー(無秩序さ)は必ず増大の方向へ向かいます。
エントロピーが減少するのは、外部からエントロピーを減少させるような"働きかけ"がある場合だけです。

たとえば、水は自然の状態では必ず上から下へ落ち、エネルギーの低い状態へと移行し、エントロピーは増大します。しかし、もしポンプを使えば、水を低い所から高い所へ上げることもできます。この場合、エントロピーは減少したことになりますが、これは外部からそのような働きかけがあったからです。
また、壊れた花瓶は、自然には元へもどりませんが、人がもし土から様々な技術を用いて新たな花瓶を製作するならば、新たな花瓶を誕生させることができます。この場合もエントロピーは減少したことになりますが、それは外部からの働きかけがあったからです。
また、生きている生物は、ものを食べながら、しだいに体を大きくし、成長していきます。この成長において、エントロピーは減少しています。しかしそれは、そこに生命からの働きかけがあるからです。
このように、エントロピーは減少することもありますが、それは外部からエントロピーを減少させるような働きかけがあった場合のみです。
これが、「エントロピーの法則」と呼ばれるものですが、これは進化論に有利でしょうか、それとも不利でしょうか。

エントロピーの法則は、進化論には全く不利であり、進化論を完全に否定するものです。
なぜならエントロピーの法則は、「無生物から生物への進化」を、全く不可能とするからです。
今日、科学の発達により、生物の細胞は、きわめて高度な秩序形態を持っていることが明らかにされました。数百倍の顕微鏡しかなかった時代には、細胞の構造は単純なものと見られましたが、以後の研究により、細胞はたとえ単細胞生物のものでも、きわめて微細で複雑な構造を持っていることがわかったのです。それはちょうど人間の都市のように、きわめて高度な秩序形態を持っているのです。

このようなものが、無生物から自然の過程を通して生じたとする進化論は、全くエントロピーの法則に反しています。無生物から、細胞という高度な秩序形態へと移行することは、自然の過程では決して起こり得ないのです。
そのような移行が可能となるのは、ただ、外部からそれを可能にする"働きかけ"があった場合だけです。「偶然」は、このような働きかけとはなり得ません。
すなわち各種の生物は、ただ創造主からの働きかけにより、土という無生物から形造られました。
聖書には、たとえば動物の誕生について、こう記されています。
「神である主が、土からあらゆる野の獣と、あらゆる空の鳥を形造られたとき・・・・」(創世二・一九)
また植物の創造についても、
「神である主は、その土地から・・・・すべての木を生い出させた」(創世二・九)
と記されています。動植物は、神からの創造的働きかけを受けて、「土」から形造られました。
土→細胞という過程におけるエントロピーの減少は、神からの働きかけがあって初めて可能だったのです。
このようにエントロピーの法則は、進化論を否定するものであり、むしろ創造論を裏づけるものであることがわかります。
進化論は、健全な科学に全く反しているのです。
大英自然史博物館の世界的に有名な古生物学者コーリン・パターソン博士はこう言っています。
「進化論は科学的事実でないばかりか、むしろその正反対のもののように思えます」。

以上引用終わり。

#61 2017年03月11日 18:34:22

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

始祖鳥...。それはハ虫類と鳥類の中間形として、すなわち鳥の祖先と信じられてきました。
なぜなら、ハ虫類の特徴を備えた鳥のように見えたからです。
しかし、始祖鳥と同じ地層や下の地層から「鳥」の化石が出てきたのです。
テキサス工科大学の古生物学教授サンカー・チャタジーが
始祖鳥が発掘された地層よりも7500万年古いとされるテキサスの地層から、現在の鳥と基本的に変わらない純然たる鳥が発見されたこと発表したのです。
この事実は、始祖鳥が鳥の祖先ではあり得ないことを示しているのです。(英国王立学士院会報 1991年7月号)

#62 2017年03月11日 18:35:51

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

始祖鳥...。それはハ虫類と鳥類の中間形として、すなわち鳥の祖先と信じられてきました。
なぜなら、ハ虫類の特徴を備えた鳥のように見えたからです。
しかし、始祖鳥と同じ地層や下の地層から「鳥」の化石が出てきたのです。
テキサス工科大学の古生物学教授サンカー・チャタジーが
始祖鳥が発掘された地層よりも7500万年古いとされるテキサスの地層から、現在の鳥と基本的に変わらない純然たる鳥が発見されたこと発表したのです。
この事実は、始祖鳥が鳥の祖先ではあり得ないことを示しているのです。(英国王立学士院会報 1991年7月号)

#63 2017年03月11日 19:00:17

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

進化論なんて科学者の間でさえ意見が別れているというのにね。

#64 2017年03月11日 19:03:00

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

大英自然史博物館の世界的に有名な古生物学者コーリン・パターソン博士はこう言っています。
「進化論は科学的事実でないばかりか、むしろその正反対のもののように思えます」。

#65 2017年03月11日 20:28:57

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

あなたがまず理解していないだろう。

#66 2017年03月11日 20:44:53

ささらほーさら
メンバー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

ささらよ さんの発言:

あなたがまず理解していないだろう。

そう思います。
そう簡単には理解し切れません。

※それにしても、まずはご自分から申し入れた約束は守りましょうよ。

編集者 ささらほーさら (2017年03月11日 21:19:00)

オフライン

#67 2017年03月11日 20:57:07

進進進化
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

創造論だって意見が分かれてるじゃん。

#68 2017年03月11日 21:13:24

進進進化
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

>大英自然史博物館の世界的に有名な古生物学者コーリン・パターソン博士はこう言っています。
>「進化論は科学的事実でないばかりか、むしろその正反対のもののように思えます」。

これって、引用の引用だろ。元の資料を出してくれよ。

#69 2017年03月11日 21:35:47

進進進化
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

進化論 vs 創造論 ってあちこちで行われているんだね。

http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/ … 138967290/

以下抜粋


82: ミケ :2008/10/16(木) 22:06:37 ID:EqcAdGUE
    おお、新しいレスが入っている。
    というわけでおひさしぶりです。

    >>81
    ちょっと長いですね。
    ざっと読んだところ、

    ・化石は短い期間でもできる。
    ・中間型は存在しないし見つかっていない。
    ・突然変異では情報は増えない。(有利な突然変異など存在しない。)
    ・痕跡器官など存在せず、何か役割を持っているのだ。
    ・放射性年代測定は誤りだ。

    こんなところでしょうか。
    ほとんどが使い古されたネタですが、分野が多岐にわたっているので
    全部参考サイト付きでつっこもうと思ったら大変ですね。


    まず、中間型については>>75-76で既に扱っています。
    なお、この件について著者の方は
    大英博物館のコリン・パターソン氏の言葉を引用して
    「進化論者さえこう言っている」みたいなことを言っていますが
    どうやらお得意の、不完全な引用のようです。
    ttp://www.talkorigins.org/faqs/patterson.html
    訳は、そのうち暇を見て……。

100: ミケ :2015/05/24(日) 10:37:17 ID:P0ev.7kw
    久しぶりに数年越しの宿題でも。
    >>81で紹介された創造論系の進化論否定に出てきたコリン・パターソン博士の言葉について解説です。

    先日、第一掲示板で、某困ったちゃんが何度目かのもう来ない宣言をしましたが
    彼が二年ほど前に引用の引用で同じようなものを取り上げていたのを思い出しました。
    で、GW頃にようやくまともに読み始めたんですが、
    気になることが出てきて調べているうちにいろいろ横道に逸れて今頃になってしまいました。

    それについてはまたレスを分けるとして、
    問題の記述
    ttp://creationontheweb.com/images/lote/japanese/5805stones_and_bones.pdf
    のp. 22-23について
    大方の予測どおり、これは創造論系進化論否定トンデモさんおなじみの手口「不完全な引用」です。

    ※参考:エホバの証人の本に見られる「不完全な引用」
    ttp://members.jcom.home.ne.jp/natrom/cite.html

    先に結論を書いてしまうと、
    コリン・パターソン博士が「存在しないよ」と言ったのは、中間型ではありません。
    化石記録では、“直接的な祖先かどうか”を証明できないので
    “反論の余地も無くAの子孫でCの祖先であるB”なんて言える化石は存在しないよ、と言ったのです。

    その詳しい内容については、>>82で紹介したページにあります。
    Talk Origins Archive
    「Patterson Misquoted - A Tale of Two 'Cites'」
    ttp://www.talkorigins.org/faqs/patterson.html

    上記HPには、ライオネル・タニッセン(Lionel Theunissen)という人が
    創造論者によるコリン・パターソン博士(Colin Patterson)の引用を知って
    興味を抱いて本を読んだり各方面に手紙を送った経緯とその結果が記してあります。

    ちなみにコリン・パターソン博士(1933-1998)は
    大英自然史博物館(現在のロンドン自然史博物館)に勤めていた古生物学者で、
    化石魚類とSystematics(うまく和訳された日本語はないが日本語版Wikipediaでは体系学)を専門としていました。

    文中では筆者ライオネル・タニッセンがこの問題に興味を持った経緯とか、
    彼が受け取った手紙とか、
    それらについての創造論者カール・ウィーランド(ヴィーラント?)(Carl Wieland)のコメントや、
    それについての彼の感想も出てきますが
    そのへん興味のある方はセルフサービスでお願いします。

    次のレスで創造論者によく使われる引用部分と、
    その“続き”を見てみましょう。

101: ミケ :2015/05/24(日) 10:44:29 ID:P0ev.7kw
    >>100の続きです。
    文が長くなりすぎますので、このレスでは
    創造論者による「不完全な」引用だけを記します。

    中間型がないというコリン・パターソンの引用

    その引用は、
    パターソン博士から創造論者 ルーサー・D・サンダーランド(Luther D. Sunderland)へ
    1979年4月10日付けで宛てられた個人的な手紙からのものであり、
    パターソン博士の著書"Evolution" (1978, Routledge & Kegan Paul Ltd.)に言及したものです。

    まずは創造論者に使われる引用部分、原文で
    **********(以下引用1)**********
    I fully agree with your comments on the lack of direct illustration of evolutionary transitions in my book. If I knew of any, fossil or living, I would certainly have included them. You suggest that an artist should be used to visualize such transformations, but where would he get the information from? I could not, honestly, provide it, and if I were to leave it to artistic license, would that not mislead the reader? I wrote the text of my book four years ago. If I were to write it now, I think the book would be rather different. Gradualism is a concept I believe in, not just because of Darwin's authority, but because my understanding of genetics seems to demand it. Yet Gould and the American Museum people are hard to contradict when they say there are no transitional fossils. As a paleontologist myself, I am much occupied with the philosophical problems of identifying ancestral forms in the fossil record. You say that I should at least "show a photo of the fossil from which each type of organism was derived." I will lay it on the line, There is not one such fossil for which one might make a watertight argument.
    **********(以下引用1)**********

    **********(以下和訳1)**********
    私の本の中には進化的移行[※evolutionary transitions]の直接的なイラストが欠如しているというあなたのコメントに、私は完全に同意する。もし私が、化石であれ現存であれ、それを知っていたら、私は間違いなくそれらを含めていただろう。あなたは、そのような移行型を視覚化するためにアーティストを用いることを私に示唆しているが、しかし、彼はどこからその情報を得ることが出来るのか?正直言って私はそのような情報を提供できないし、もし私が画家の自由にゆだねて描いてもらうなら、読者に誤解を与えることになりはしないか? 私は4年前に本を書いた。もし、今、その本を書くなら、かなり違ったものになるだろう。私は、Gradualism[※生物は徐々に変化してきたこと]を信じているが、それは単にダーウィンをよりどころにしてるという理由だけでなく、私の遺伝に対する理解から、それ[※“徐々に”]が必要だと考えられるからだ。しかし、グールド[※Gould]とアメリカ博物館の人たちは、中間型の化石など無いではないかと言われたとき、なかなか反駁できない。私自身も、古生物学者として、化石記録から祖先の形態を識別するという哲学的問題に常に悩まされている。あなたは私に、少なくとも“それぞれのタイプの生物の由来となった化石の写真を見せる”べきだと言う。率直に言おう、完璧な主張を可能とするような、そんな化石は存在しない。
    **********(以下引用1)**********

    日本語のPDFには、いくつか誤訳と思われる箇所もあります。
    また、ライオネル・タニッセンが紹介する引用では中央部分(You suggest~organism was derived)が省略されています。
    誤訳や省略版については見比べてもらうとして、大筋は大体一緒です。
    さて、ここで終わると不完全な引用であり、中間型がないかのようにも受け取れますね。
    しかし続きがあることで、それが違う意味を持ってきます。
    では次のレスで実際に続きを見てみましょう。

102: ミケ :2015/05/24(日) 10:49:05 ID:P0ev.7kw
    >>100-101の続きです。
    中間型が存在しない、という意味で創造論系進化論否定者によく用いられる、
    コリン・パターソン博士の「不完全な」引用の続きを見てみましょう

    **********(以下引用2)**********
    ... a watertight argument. The reason is that statements about ancestry and descent are not applicable in the fossil record. Is Archaeopteryx the ancestor of all birds? Perhaps yes, perhaps no: there is no way of answering the question. It is easy enough to make up stories of how one form gave rise to another, and to find reasons why the stages should be favoured by natural selection. But such stories are not part of science, for there is no way to put them to the test.
    **********(以上引用2)**********

    **********(以下和訳2)**********
    . . .完璧な主張を可能とするような、そんな化石は存在しない。その理由は、祖先と子孫についての言明は、化石記録には適用できないからである。始祖鳥は全ての鳥類の祖先か?答えはおそらくYESでありおそらくNOである:その問いに答える方法は存在しない。一つの形態が別のもう一つの形態から生じたストーリーを作り上げるのも、またその段階が自然選択で選択された理由を見つけるのも十分に容易だ。しかし、そのようなストーリーは科学の一部ではない。というのも、それらを検証に乗せる方法がないからだ。
    **********(以上和訳2)**********

    ということで、先に書いた結論の繰り返しになりますが
    化石記録では、“直接的な祖先かどうか”を証明できないので
    “それぞれのタイプの生物の由来となった化石”なんてものは真の意味では分からない。
    そういう意味で“反論の余地も無くAの子孫でCの祖先であるB”なんて言える化石は
    そもそも原理上存在しないよ、というのがパターソン博士の言葉の意味するところであり、
    中間型そのものが存在しないという意味ではなく、実際は普通にたくさんあるわけです。

    というか、その本にも始祖鳥やイクチオステガやヒラコテリウムなどの代表的な中間型が載っています。
    (と、読んだタニッセン氏が本から引用してます)
    それらの“復元イラスト”が載っているかどうかは分かりませんが。

    さて、ライオネル・タニッセン氏が上記の“続き”を手に入れたのは、
    直接パターソン博士に手紙を送って返信をもらったからです。
    その中でパターソン博士は、その“続き”に関してこう書いています。

    **********(以下引用3)**********
    I think the continuation of the passage shows clearly that your interpretation (at the end of your letter) is correct, and the creationists' is false.
    **********(以上引用3)**********

    **********(以下和訳3)**********
    その一節の続きは、あなたの解釈(あなたの手紙の最後にあるもの)が正しく、創造論者のものが間違いであることを明確に示していると私は考えます。
    **********(以上和訳3)**********

    ということでした。

    余談ですが、もう一つ気付いた点を。
    「4年前に本を書いた。もし、今、その本を書くなら、かなり違ったものになるだろう。」
    この部分、
    進化論否定論者的には「今は4年前と違って中間型などないと考えを変えた」かのように受け取りたくなると思います。
    というか、たぶん件のPDFではそう受け取ってるっぽい。
    だから4年前の本に関して、著者が括弧で
    『パターソンは、その本の中で、いくつかの移行型があることを信じていると述べている』と注釈を入れているのでしょう。

    でもそういう意味だとしたらちょっとつながりがおかしいように思いませんか?
    「誤解を与えうる」から繋がっていることを踏まえれば、
    古生物学での生物の復元や系統関係の推測は変わりうるので
    進化の中間タイプとしてその復元イラストを想像に任せて描くのは
    読者に誤解と先入観を与えるので危険だよ、
    という意味だと思われます。

103: ミケ :2015/06/13(土) 12:06:48 ID:P0ev.7kw
    さて、前の投稿(>>100)で少し触れた「横道」の話です。
    創造論者によるコリン・パターソン博士の引用は「中間型など存在しない」の他にもあるようです。
    >>100-102、>>82で紹介したライオネル・タニッセンの文章のタイトルには“Two Cites”と出てきますね。
    Talk Origins Archive
    「Patterson Misquoted - A Tale of Two 'Cites'」
    ttp://www.talkorigins.org/faqs/patterson.html

    コリン・パターソンからライオネル・タニッセンへの手紙の中で、
    もう一つの“引用”について触れられています。
    それが、1981年にニューヨークのアメリカ自然博物館で行われたという“keynote address”です。
    この“keynote address”は、1981年、ニューヨークのアメリカ自然史博物館において
    博物館関係者の勉強会のようなものでしょう、“Systematics Discussion Group”へ向けられたコリン・パターソン博士のトークでした。
    そのタイトルは“Evolutionism and Creationism”ですが、
    実際のところ、これは進化論と創造論をテーマにしたトークではなく、
    分類学・体系学に関するトークだったようです。

    とりあえず、ライオネル・タニッセンへの手紙の中の文章を読んでみましょう。
    **********(以下引用1)**********
    That brush with Sunderland (I had never heard of him before) was my first experience of creationists. The famous "keynote address" at the American Museum of Natural History in 1981 was nothing of the sort. It was a talk to the "Systematics Discussion Group" in the Museum, an (extremely) informal group. I had been asked to talk to them on "Evolutionism and creationism"; fired up by a paper by Ernst Mayr published in Science just the week before. I gave a fairly rumbustious talk, arguing that the theory of evolution had done more harm than good to biological systematics (classification). Unknown to me, there was a creationist in the audience with a hidden tape recorder. So much the worse for me. But my talk was addressed to professional systematists, and concerned systematics, nothing else.
    I hope that by now I have learned to be more circumspect in dealing with creationists, cryptic or overt. But I still maintain that scepticism is the scientist's duty, however much the stance may expose us to ridicule.
    **********(以上引用1)**********

    **********(以下和訳1)**********
    サンダーランド(私はそれ以前に彼のことを一度も聞いたことがないが)との小競り合いは、私にとって初めての創造論者との体験だった。[※訳者注:ここで「一方で」と入れるのが正しい?]1981年にAmerican Museum of Natural Historyで催された有名な“keynote adress”は、決してそのようなものではなかった。それは博物館の、(極めて)非公式なグループである“Systematics Discussion Group”へ向けたトークだった。私は彼らに向けて、“進化論と創造論 ”に関して話をするよう頼まれていた;ちょうどその前の週のサイエンス誌に掲載されたエルンスト・マイヤーによる論文によって憤激[※白熱?]していた。私はかなりざっくばらんなトークを行い、その中で、進化論は生物学的体系学(分類)に対して、利益よりも害をもたらしたことを指摘した。私は知らなかったが、その聴衆にはテープレコーダーを隠し持った創造論者がいた。私にとってはますます悪いことだ。しかし私のトークは他の何者にでもなく、プロの体系学者や関連する体系学に向けられたものだったのだ。
    私も今では隠れたあるいは公然の創造論者を相手にする場合はもっと慎重であるべきだと学べた、と思いたい。しかし、私は今でも、いかに多くの嘲笑に晒されようとも、懐疑論は科学者の義務であるという立場を維持してる。
    **********(以上和訳1)**********

    読んだ直後の印象として、
    どうやら受け取り手が正しい意味で引用しなかったのは間違いないようだなと。
    しかし、「懐疑論的な考え方をヒートアップして喋って拡大解釈されたっぽいな」
    というところまではな何となく想像できたものの、今ひとつピンとこなかったので、
    色々とネット上を漁ってみました。参考になったHPの紹介は次のレスで。

104: ミケ :2015/06/13(土) 12:22:48 ID:P0ev.7kw
    >>103の続きです。
    創造論者に引用される、コリン・パターソン博士の“keynote address”について。
    ライオネル・タニッセンへの手紙ではいまいちピンとこないので
    それについての詳細を探るべくネットを漁りました。

    非公式のトークじゃ原文探すのは無理だろうと早々に諦めて概要だけつまんでるようなのを探していました。
    ……まあ隠れて録られたというテープを売ってるらしきページはありましたけどね。
    そしてさしあたって、内容を推測する参考になったのは以下のHP

    Colin Patterson quote misuse (ftqz's quoting)
    by Brett J. Vickers
    ttp://www.skepticfiles.org/evolut/missquot.htm

    Colin Patterson Revisits His Famous Question about Evolution
    by Paul A. Nelson(ID論者)
    ttp://www.arn.org/docs/odesign/od171/colpat171.htm

    So You Want to be an Anti-Darwinian
    by John Wilkins
    ttp://www.talkorigins.org/faqs/anti-darwin.html

    Transformed cladistcs(Pattern cladistics)
    @英語版Wikipedia
    ttp://en.wikipedia.org/wiki/Transformed_cladistics

    オマケ
    ・Keynote addressの前の週にサイエンスに掲載された分類と進化に関するマイヤーの論文
    Mayr E. 1981. Biological Classification: Toward a Synthesis of Opposing Methodologies. Science 30 Vol. 214 no. 4520 pp. 510-516


    その結果、何となくですが流れが読めたのですが、
    その過程でそのトーク全体の原稿が公開されていることに気付きました。
    もっと早く探せばよかったorz

    リンネ学会(Linnean Society)のHPから
    Home>Our Publications>The Linnean>Vol.18, No.2 Aprilで見られるPDF

    その15ページから33ページまでがそれです。
    その直前に「Systematics and creationism」というタイトルで
    それが公開されるに至った経緯等が書かれています。
    長いので挫折しましたがSystematics and CreationismとEvolutionism and Creationism
    それぞれ本文の最初と最後のほうを機械翻訳に頼りつつ流して読んでみました。
    おおよそ推測どおり。またどのように切り取られたのかも分かって面白かったです。
    それから科学史的な観点からも結構面白いです。

    これまた結論から書きたいところですが、
    その結論を理解するにはどうやらそれなりの前提知識を必要とするようです。

    それなりの前提を必要とする主張であることを考えると、
    このケースは不完全な引用でもありますが、もしかしたら無知からくる誤解もいくらか含まれるかなと感じました。
    (一応はっきりと「このトークは進化論・創造論の論争についてのものではない」と本文中で述べられてはいますが)
    それもあってネットに残っているパターソンの釈明は
    “それは体系学のみに関するものであってプロに向けたものだ”くらいに留まっているのかもしれません。
    本当に釈明しようと思ったら、次のレスにあるような内容を、
    (場合によっては生物に興味も知識もない創造論者にも)一から説明しなければならないわけですから。

    ということで、次のレスでは、まずその前提知識から解説していきます。
    前提知識を読みたい方は>>104、要約・結論を読みたい方は>>105くらいの予定です。
    もしかしたら、後でさらに突っ込んだ話を追記する可能性があります。

105: ミケ :2015/06/13(土) 13:32:00 ID:P0ev.7kw
    >>103-104の続きでコリン・パターソン博士の“keynote address”についての解説です。
    >>104の最後の文ではアンカー間違えましたね。要約・結論は>>106の予定です、
    と書こうと思っていましたが、前提知識が1レスで終わりません(汗。>>107かなあ?

    創造論者にしばしば引用されるコリン・パターソン博士の“keynote address”が、
    実際にはコリン・パターソンが進化否定論者であることを示すものでない
    と理解するにはそれなりの前提知識が必要になります。
    ということで、ここではそれについて説明していきましょう。

    まず、体系学とは何でしょうか?
    「体系学」[Systematics]は、生物の類縁関係を研究する学問であり、分類学と系統学の両方にまたがっています。
    ダーウィンの時代から既にあった用語(種の起源にも出てくる;和訳では分類学)であることを考えると、
    文脈によってはやや分類学よりになると言えるでしょう。

    そして生物の分類については、その目的や方法論や考え方の違いからいくつか学派があります。
    第一掲示板過去ログでのたまごちゃん (^-^)ノの
    2008年3月4日あたりからの一連の投稿が分かりやすいかと思います。
    ttp://members.jcom.home.ne.jp/natrom/board080323.html
    一応さらに、自分の学んだことを解説します。(一部解釈の違いがあるかもしれません。)

    多様な生物をまとめて整理するのが「分類学」[Taxonomy]。
    分類学者たちは、今はどうか分かりませんが、少なくとも昔は、
    唯一の(真の、そして客観的な)分類体系(=自然分類)があると信じ、それを目指していました。

    近代に入る頃になると、
    従来の分類における“まとめ方”などが客観的でないことに批判が集まってきます。
    なんとなくそれらしい感じになってるけど、よく見るとそのまとめ方が分類群や研究者によってまちまちで、
    科学として重要な(と思われる)、客観的な基準がなかったことに問題意識が集まってきたんですね。
    それを受けて1950年代に現れたのが「分岐学」[Cladistics]と「表形学」[Pheneticis]というわけです。

    さて、ここでちょっと時代は戻りますが、
    “分け方”に統一的な基準こそ無かったものの、とにかくみんなで生物を分類整理していくと、
    入れ子構造になるとか、おぼろげな法則っぽいものが見えてきていました。
    そして、ダーウィンに代表される、共通祖先からの変化と分岐(進化)という考え方が現れ、
    どうやらその入れ子構造のほとんどは進化の歴史に由来することが分かってきたと。

    客観的なまとめ方が提案できなかった中で現れた、
    「現在の類似度の構造は進化の歴史を反映したものである」という考え方は魅力的でした。
    (逆に言えば、たまごちゃん(^-^)ノの投稿にもあるように、
    「分類」それ自体は必ずしも進化という考え方を必要としない・しなかったわけです。)

    進化の考え方を元に、分岐の順番を使って分類してみよう、として現れたのが
    「分岐学」[Cladistics]・「分岐分類」[Cladistic classification]と呼ばれる分類法
    これで自然で客観的な真の分類・整理が可能になった!
    ……と思いきや、話はそう簡単ではありませんでした。
    分岐学的基準を用いると、爬虫類や魚類といったまとまりが分類群として成立しなくなってしまうのです。
    これでは人間の感覚と乖離する。目指していたのは誰がどう見ても正しい分類ではなかったか?と。
    参考として私の投稿
    ttp://6609.teacup.com/natrom/bbs/13721

    ともかく分岐分類とは、そういった人間の感覚的な分類を割り切った手法と言えるでしょう。
    ちなみに、現在でこそ手法が発達して(現生の生物であれば)DNAを直接比較して分岐学を適用できますが、
    初めの頃は特定の形質を選んで比較する方法でした。
    これは選ぶ形質が適切でないと変な結果になってしまうので注意を要します。

105: ミケ :2015/06/13(土) 13:32:00 ID:P0ev.7kw
    >>103-104の続きでコリン・パターソン博士の“keynote address”についての解説です。
    >>104の最後の文ではアンカー間違えましたね。要約・結論は>>106の予定です、
    と書こうと思っていましたが、前提知識が1レスで終わりません(汗。>>107かなあ?

    創造論者にしばしば引用されるコリン・パターソン博士の“keynote address”が、
    実際にはコリン・パターソンが進化否定論者であることを示すものでない
    と理解するにはそれなりの前提知識が必要になります。
    ということで、ここではそれについて説明していきましょう。

    まず、体系学とは何でしょうか?
    「体系学」[Systematics]は、生物の類縁関係を研究する学問であり、分類学と系統学の両方にまたがっています。
    ダーウィンの時代から既にあった用語(種の起源にも出てくる;和訳では分類学)であることを考えると、
    文脈によってはやや分類学よりになると言えるでしょう。

    そして生物の分類については、その目的や方法論や考え方の違いからいくつか学派があります。
    第一掲示板過去ログでのたまごちゃん (^-^)ノの
    2008年3月4日あたりからの一連の投稿が分かりやすいかと思います。
    ttp://members.jcom.home.ne.jp/natrom/board080323.html
    一応さらに、自分の学んだことを解説します。(一部解釈の違いがあるかもしれません。)

    多様な生物をまとめて整理するのが「分類学」[Taxonomy]。
    分類学者たちは、今はどうか分かりませんが、少なくとも昔は、
    唯一の(真の、そして客観的な)分類体系(=自然分類)があると信じ、それを目指していました。

    近代に入る頃になると、
    従来の分類における“まとめ方”などが客観的でないことに批判が集まってきます。
    なんとなくそれらしい感じになってるけど、よく見るとそのまとめ方が分類群や研究者によってまちまちで、
    科学として重要な(と思われる)、客観的な基準がなかったことに問題意識が集まってきたんですね。
    それを受けて1950年代に現れたのが「分岐学」[Cladistics]と「表形学」[Pheneticis]というわけです。

    さて、ここでちょっと時代は戻りますが、
    “分け方”に統一的な基準こそ無かったものの、とにかくみんなで生物を分類整理していくと、
    入れ子構造になるとか、おぼろげな法則っぽいものが見えてきていました。
    そして、ダーウィンに代表される、共通祖先からの変化と分岐(進化)という考え方が現れ、
    どうやらその入れ子構造のほとんどは進化の歴史に由来することが分かってきたと。

    客観的なまとめ方が提案できなかった中で現れた、
    「現在の類似度の構造は進化の歴史を反映したものである」という考え方は魅力的でした。
    (逆に言えば、たまごちゃん(^-^)ノの投稿にもあるように、
    「分類」それ自体は必ずしも進化という考え方を必要としない・しなかったわけです。)

    進化の考え方を元に、分岐の順番を使って分類してみよう、として現れたのが
    「分岐学」[Cladistics]・「分岐分類」[Cladistic classification]と呼ばれる分類法
    これで自然で客観的な真の分類・整理が可能になった!
    ……と思いきや、話はそう簡単ではありませんでした。
    分岐学的基準を用いると、爬虫類や魚類といったまとまりが分類群として成立しなくなってしまうのです。
    これでは人間の感覚と乖離する。目指していたのは誰がどう見ても正しい分類ではなかったか?と。
    参考として私の投稿
    ttp://6609.teacup.com/natrom/bbs/13721

    ともかく分岐分類とは、そういった人間の感覚的な分類を割り切った手法と言えるでしょう。
    ちなみに、現在でこそ手法が発達して(現生の生物であれば)DNAを直接比較して分岐学を適用できますが、
    初めの頃は特定の形質を選んで比較する方法でした。
    これは選ぶ形質が適切でないと変な結果になってしまうので注意を要します。

106: ミケ :2015/06/13(土) 13:39:32 ID:P0ev.7kw
    >>103-105の続きで、
    コリン・パターソン博士の“keynote address”について理解するために必要な前提知識(>>105-106)の続きです。

    さて、分岐分類で>>105で述へたような問題が起こることを予見していたのかいないのか
    ……は、調べてないので分かりませんが、
    分岐分類が生まれたのと大体同じくらいの時期に、
    分岐分類とはまったく真逆の方向に割り切った分類法が生まれています(まあ真逆というのは個人の感想です)。
    それが「表形学」[Phenetics]・「表形分類」[Phenetic classification]。
    これは、進化の歴史を完全に無視し、比べる形質も選ばずに使えるだけ使ってしまって、
    とにかく前提なしに(見た目で)分類わけしてみよう、というやり方です。

    多くの形質を使ったら良い感じに客観的(自然分類)っぽくなるんじゃね?という考えでしたが、
    厳密にこれを適用しようとすると、収斂の結果の形質なども全て含まれしまうので、
    やはり人間の認識と乖離してあまりうまくいきませんでした。
    が、そこで生まれた手法は例えばDNA系統樹の作成法に応用されるなど、今も受け継がれています。
    (膨大な情報を使って樹形図を作る方法が、DNAやアミノ酸の膨大な配列情報を使って樹形図を作る方法として応用された)

    そして、分類学の3つ目の学派「進化分類学」[Evolutionary classification]。
    代表するのはエルンスト・マイア[Ernst Mayr]。
    たまごちゃん (^-^)ノも書いてますが、
    これは伝統的な分類と分岐分類の手法と表形分類の手法を良いとこ取りしようぜ、という方法です。
    コリン・パターソン博士の“keynote adress”の一週間前にサイエンスに掲載されたという論文も
    要旨を読むと「良いとこ取りしようぜ」と書いてありますね。
    もうちょっと書くと、分岐学のように、進化の分岐の順番は考慮しよう、
    でも進化の歴史では、自然選択によって急激に形質が変化した場合あるのでそれも考慮しようというもの。
    しかし、それは、分岐分類や表形分類が割り切った“問答無用の統一基準”を捨てることでもあります。
    急激に形質が変化するという状況も要因も変化の程度も“場合による”あるいは“見方による”わけですからね。

    まあ、種の定義に“完璧”なものがないのと同様、分類も全部完璧にはできないということです。

    さて、コリン・パターソン博士はどの学派だったかというと、体系学を専門としていましたが、
    その中でも、分岐学、とりわけ1980年代に現れた
    変形分岐学[Transformed CladisticsまたはPattern Cladistics]と呼ばれる学派の先導者でした。

    これがなかなかウェブ上で日本語の説明がなかったのですが
    英語版のWikipediaの記述を訳しておきます。
    『変形分岐分類学者は、
    共通祖先の共有や(プロセスとしての)進化論などの想定・前提から自由であるべきであり、
    実証的(empiricalな)データのみに基づくべきだ、という立場を維持している。』
    プロセスとして代表的なのはダーウィンの「自然選択」ですね。
    そう、進化分類学者(マイヤー)が考慮しようと主張していた「自然選択」です。
    これを意識的に除外して分岐図の作成を進めるので
    「アンチ・ダーウィニスト」や「非進化論」を自称していたらしいです。
    ただ、それは、研究手法として進化を前提にしないというだけであり、
    進化がなかったと主張しているのではないわけですね。

107: ミケ :2015/06/13(土) 14:20:04 ID:P0ev.7kw
    >>103-106の続きにしてまとめです。
    創造論者がしばしば引用するColin Patterson博士の“keynote address”

    まずもう一度簡単に前提とすべき知識をまとめます。
    「分類学」:生物を分類し、場合によっては同じグループにまとめたりして整理する学問。
    「系統学」:生物の歴史・系統関係を研究する学問。
    「体系学」[Systematics]:生物の類縁関係や分岐を研究する学問。分類学と系統学にまたがる。
    「分岐分類」[Cladistic classification]:生物の分岐順序だけを基準に分類する方法。
    「表形分類」[Phenetic classification]:生物の形質だけを根拠に分類する方法。
    「進化分類」[Evolutionary classification]:分岐順序に加えて進化の度合いや形質の状態等も考慮した折衷案。
    「変形分岐学」[Transformed Cladistcs、Pattern Cladistics]:進化のプロセスを前提とせずに分岐学をやってみようという方法。研究手法上前提としないだけであって進化そのものは否定しない。
    「エルンスト・マイヤー」[Ernst Mayr]:進化分類の立場をとる学者で、1981年に論文を書いた。
    「コリン・パターソン」[Colin Patterson]:体系学者にして変形分岐学の立場をとる学者で、1981年に体系学者に向けてトークをした。

    「コリン・パターソン博士の“keynote address”」:
    1981年、ニューヨークのアメリカ自然史博物館において
    “Systematics Discussion Group”へ向けられたコリン・パターソン博士のトーク。
    タイトルは“Evolutionism and Creationism”だが、
    進化論と創造論がテーマというわけではなく、分類学・体系学に関するトークだった。
    このトークでパターソンは、
    1981年のサイエンス誌に発表された分類学に関するマイヤーの論文(と進化分類学)を意識し、
    過激で極端ななトークを展開した。
    そのトークを聴衆に紛れた創造論者が隠し録音し、創造論者の出版物として出回ったもの。

    さあ、ここまで整理できたところで、“keynote address”の実際の内容をまとめてみました。
    そのトーク全体の原稿は、リンネ学会のHPで公開されています(>>104で紹介)

    Evolutionism and Creationism(進化論と創造論)
    ざっくりまとめ

    1981年にマイヤーが「体系学」に関する論文をサイエンスに発表した。
    その論文は「分岐学」「表形学」「進化分類学」のそれぞれの特徴を述べ、
    マイヤー自身のオススメも述べたものであるが、
    「(変形)分岐学者」であるコリン・パターソンにとっては特に進化分類のあたりが承服しがたいものだった。

    コリン・パターソンの考えるところに拠れば、
    進化分類学では、分岐だけでなく分岐してからの各枝での変化の内容も考慮する。
    つまり、共通祖先からの進化と分岐、そして分岐後の進化の内容を前提に考察しなければ実行できない。
    一方、(変形)分岐学では、基本的に変化の質は考慮せず、
    マトリックス(表)をつくって計算して機械的に分岐図を作成するので
    進化を前提にせずとも分岐図を作成し、分類することが出来る。

    進化分類学の前提は、先入観をもたらすのではないか?
    あるいは、そうしてできた分類は、データによって修正(反証)できる方法論なのか?
    進化の理論を前提にすると、本来は何もないかもしれないところに
    “その理論にしたがって階層構造を作ってしまう”かもしれないのではないか?
    [※DNAデータなどは4つの変数、ATGCしかないので、ただ眺めているだけでは階層構造を認識できないかもしれない]
    そういう分類って科学的に有意義な方法論と言えるのか?
    (あくまで分類学と体系学に関して)
    パターソンはそう考えたようですね。

    そして、このEvolutionism and Creationismというトークの中で、
    そうした進化分類学の立場を、(変形)分岐学の立場から、
    あくまで体系学(生物の関係性を議論・研究するという学問)における影響という観点で、
    ガレスピー(ダーウィン以前の創造論の特徴を記述した)や
    オーエン(進化を否定した昔の博物学者)を引用しつつ、
    ダーウィン以前の創造論になぞらえて批判した。

    というわけです。

    その中で、
    ・自然選択等のプロセスを考慮しないという意味で
    ・Discussion Groupなので議論を進めるためにより極端な立場で話すという意味で

    あえて、反進化論という言葉を使って自らを表現していますが、
    しかし、進化がなかったとは言ってないわけです。

    以上まとめでした。


抜粋終わり

#70 2017年03月11日 23:13:43

南無阿弥陀仏
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

うそつきキメラを相手にするなんて時間のムダムダ

#71 2017年03月12日 09:43:00

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

と、頭がお釈迦になった人間が言っています。

#72 2017年03月12日 09:53:59

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

「わたしたちは,自分たちの支配者として人間より神に従わねばなりません」
『イエスについて話すのをやめるわけにはいきません』

#73 2017年03月12日 09:55:50

(Chimera)
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

異端者とはカレブの事です。

#74 2017年03月12日 10:17:31

u-chan
メンバー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

chimeraさんのゴミに、そのゴミより価値のあるもの(このスレッドの49~55あたり)が、流されてしまいそうなので、再度書きます。

自分は さんの発言:

それとこれは別。
信仰は押しつけるものではないよ。

アホか さんの発言:

押し付けるものではないという考えを押し付けとるやないかい。

こういう幼稚な反論を“アホか”というHNで書くことに羞恥を感じない方に対して、何を語っても無駄だろうなと思い、放っておこうとしました。
しかし、それはそれで厭な気分になるものですね。

投稿者の意図を汲み取る少しの努力もせず、その結果、当然、投稿者の意図ではなく、投稿者の言葉使いに対する揚げ足取りを得意満面にかき込む様子を想像してしまいました。

“自分は”さんが、「信仰は押し付けるものではない」と言われた意図が、「『信仰を押し付けてはならない』という押し付けに違いない」と、いったいどこをどう読み取れば生じるのでしょう?

あなたが、 「『信仰を押し付けてはならない』という押し付けに違いない」と感じられたのであれば、それはあなたの妄想が暴走しただけです。

しかし、人間はそういう妄想を止められるものではありません。
「それって、こういうことではないか?」と、頭に浮かんでしまうものです。閃[ひらめ]きや思い付きという直感は、大事にするべきだと思います。
しかし、浮かんだ直感をそのまま行動に起こしてはいけません。
理性的に理論的に考えるべきです。

「それこそ、反対側からの押し付けだろう」という、2チャンネル的脊髄反射をそのまま指先に送るのではなく、脳の中枢に送って、直感が正解かどうかを吟味すべきです。

それでも、彼の意見は反対側からの押し付けに違いないと判断されたのであれば、それはあなたの判断力が出した結果です。
あなたは、ご自分の情報判断力をこの掲示板に晒すというリスクを背負って書き込まれたら良いでしょう。

もし、彼の意見が反対側からの押し付けかどうか確信が持てないならば、投稿者に意図を尋ねることもできます。

聴くに遅く、語るに早く、でしたっけ?(あれ? なんか違う)

ユーミン さんの発言:

ユーちゃん、
お前こそ、アホだな?

てめえは、人にそんな口を叩けるほど、
立派なのか?

(元証人自作自演スレッドより)

ユーミンさん。
以前、ゴミを増やさないようお願いしましたが、全く自覚がないようですね。

内容に言及しない発言は、ゴミです。
私は、ゴミを散らかさないという点と、人をアホ呼ばわりしないという点については、ユーミンさんより多少は立派だと自惚れています。

(再投稿、ここまで)
------------

chimeraさん
今日は日曜日。通っていらっしゃる教会も、礼拝またはミサが始まっている頃でしょうか。
私は教会でこれを書いています。もうすぐ日曜礼拝が始まります。
心静かにイエス様の言葉に耳を傾けたいと思います。

オフライン

#75 2017年03月12日 10:19:22

南無阿弥陀仏
ゲストユーザー

Re: Chimera元証人自作自演スレッド(レッドカードのお知らせ)

>と、頭がお釈迦になった人間が言っています。


釈迦(しゃか)は、紀元前5世紀ごろの北インドの人物で、仏教の開祖である。
名誉なことだのぉ。

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