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#1 2017年01月02日 14:26:01

てつてつ
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ナザレのイエスは神の子か の本について

みなさんこんにちは このトピックは元証人さんの オススメの ナザレのイエスは神の子か について書き込みしたい方のものです 他のトピックとまざるとわかりにくくなるかとおもいましたので 立てさせていただきましたのでよろしくお願いします

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#2 2017年01月02日 14:31:18

てつてつ
メンバー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

てつてつ

元証人さん こんにちは ナザレのイエスは神の子か 合間合間に読んでいるのですが 元証人さんがここは特にしっかり読んでほしいというところはどこでしょうか
あともう一つ 元証人さんは4福音書が最初に書かれた言語は何語だと思っておられますか

良い子さん

私も聞いておきたいです。
てつてつさんのご好意にあずかり、今読んでいますので

元証人さん

重要な点はいくつもあると思うのですが、読み手によって重要と思う点が異なるでしょうから全て読んでもらいたいのですが、福音書筆者については、31ページからのクレイグ博士のインタビューですね。
福音書は当時の共通語であったギリシャ語で書かれたと思いますが、マタイによる福音書はヒエラポリスのパピアスによれば最初ヘブライ語で書かれ後にギリシャ語に訳されたという事です。
その事を疑問視する人もおり、他の著書についても意見を異にする説も踏まえた上で私は、クレイグ博士の意見に同意します

元証人さん

ですから、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネが記したという意見に同意します。
しかし、その教えに立つ教団内の側近が編集した可能性はあるかもしれません。
ブルース・メツガー博士のインタビューは91ページからです。彼は世界的な新約聖書研究の権威であり長年プリンストンで教えました。
写本の信頼性についても書かれています。
そして、
正典の信憑性と権威は会議以前から認められており、これを正典としようと決めて正典になったのではなく、確認されたに過ぎないという点。
また、ある書が正典の中に含められるのに時間がかかった事は、初代教会が慎重だったという事、イエスについて書いてあれば見境なく編纂する事をしなかったという点はP112。
研究によってメツガー博士はアーマンのように信仰を弱めたのではなく、「研究は私の信仰を育ててくれました。自信を持って、イエスに対して揺るぎない信頼を持っています。」と述べています。
他の博士たちのインタビューも福音書や聖書正典の信憑性について様々な視点から語っており、ぜひ全て読み通してもらいたいですね。

良い子さん

ナザレのイエスは神の子か、読み終わりました。
もう一度読みながら
章ごとに要点をまとめ、書き起こして見ます。
コピペが出来ないので、少し時間がかかりますね~
とりあえず....
写本の信頼性とは、現在の新約聖書の内容が新約のオリジナルの内容に近いであろうという話し。
聖典の信憑性とは、教会内の権力闘争などで歪められたものではなく、むしろ、キリスト教を信じる人々の直感的な洞察をもとに選ばれ、編纂されたものなのです。(メツガ―博士談)
内容の信憑性の話しではない。

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#3 2017年01月02日 14:48:46

ラハム
メンバー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

てつてつ さんの発言:

みなさんこんにちは このトピックは元証人さんの オススメの ナザレのイエスは神の子か について書き込みしたい方のものです 他のトピックとまざるとわかりにくくなるかとおもいましたので 立てさせていただきましたのでよろしくお願いします

わかりやすくてとてもいいですね。

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#4 2017年01月02日 15:19:25

良い子
ゲストユーザー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

てつてつさん、ありがとうございます。
今日中には前半部分だけでも、まとめをアップします。

#5 2017年01月02日 15:23:48

てつてつ
メンバー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

よろしくお願いします

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#6 2017年01月02日 19:40:47

良い子
ゲストユーザー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

第一部、記録を調べる

1、目撃証言を探る、ブロンバークへのインタビュー(全て敬称略)

ブロンバーグ:イエスを実際知っている人が生きている間に福音書が書かれて広まったのだから、その人達から事実ではないとの主張がなされるはず。(前提、四福音書を少なくとも90年代までに成立としている。)

他の歴史書以上の優位性、イエスの死後から福音書成立までの時間経過が、他の優れていると言われる歴史書より圧倒的に短い。(イエスの目撃者が生きている時代に書かれた可能性。)


2、目撃証言を調べる

筆者:中立の立場でない福音筆者(イエス側の人達)が福音書の事実内容を変えた可能性?

ブロンバーク:ありえる、しかし、尊敬していた場合、その人の生涯を忠実に残す傾向がある。

3、記録に残された証拠 メツガ―へのインタビュー

筆者:現在我々が読んでいる新約聖書が原本と同じである可能性は?

メツガ―:写本の多さ、イエスの死とされる紀元32年(約)からの写本成立までの時間経過が短い(最古とされるもので2世紀から3世紀)

4、確証 ヤマウチへのインタビュー

筆者:ヨセフスの文献にイエスの名前はほとんどない。

ヤマウチ:タキトゥスとヨセフスの文献にイエスの重要な記録が残されているのは事実。イエスを信じなかった人には、印象が薄かったのだろう。

ヨセフスのフラウィス証言には改竄の後が見られるが、イエスのエルサレムでの殉教、ユダヤ教指導者の教唆によりピラトの命令で十字架にかけられたこと、多くの人の支持を得た賢明な教師であったこと、などが新約聖書の裏付けになる。


5、科学的証拠 ジョンマックレーへのインタビュー

ジョンマックレー:キリスト教における事実関係の証明に関し、考古学はこれまで重要な役割を果たしてきた。
しかしだからといって、新約聖書が神の言葉であることを証明できるわけではない、考古学的発見があっても、歴史的、地理的な正確さの証明になるが、イエスの発言が正しいと言うことにはならない。

この後、考古学が新約聖書の正確さを証明する事例が続く...


6、反証 イエスセミナーへのインタビューではなく、反証。 ボイドへのインタビュー

(注)イエスセミナーとは、イエスを普通の人間と見なす人達のことらしい。

ボイド:イエスセミナーは新約聖書研究者の中でも極めて左翼的な反主流派で、ごく少人数の意見を反映しているにすぎない。
超自然的なものを最初から排除して新約聖書を読むから、そうなる、事実を謙遜に受け止めようとする姿勢が足りない。
記述に自然な理由が見つからないのなら、超自然的なところにも理由を探してみようと言う態度がない。

あと、神学、聖書研究で有名な人達がイエスセミナーを理路整然と批判している....らしい、そっちを書いて欲しかった。

一部とりあえず終了。

#7 2017年01月02日 19:53:29

てつてつ
メンバー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

どうもありがとうございました

編集者 てつてつ (2017年01月02日 19:53:41)

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#8 2017年01月02日 20:33:59

ささらほーさら
メンバー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

良い子さん、ありがとうございます。
ずっと来客続きで読めていませんので、助かります。

ところで、福音書ってどれも「マタイが書いた」「ルカが書いた」・・・という記述や自己申告ないのですよね。
現代では聖書として編纂するまでに(紀元3~4世紀)「権威を持たせるため筆者の名を付した」というのが大方の見方になっているようですね。
参照:マタイ9:9
「そこから進んで行く途中で,イエスは,マタイという名の男が収税所に座っているのを目にとめ,「わたしの追随者になりなさい」と言われた。するとはすぐに立ち上がって,そのあとに従った。」

ヨハネ21:24
「これが,これらの事について証しし,またこれらのことを書いた弟子であり,わたしたちはの証しが真実であることを知っている。」


どうしてこんなややこしい書き方したのでしょうね?

マルコ(ペテロの仲間)とルカ(パウロの仲間)は12使徒の中に入っていませんから、イエスの言動の目撃者でもないのですよね。

※4福音書に言及している最古の史料は、教父イレナエウス(2,3世紀頃の人)が書いたものだそうです。しかし、当時はペテロ、トマス、フィリポ・・・による福音書など多くの福音書がすでに出回っており、その中から4つを選び出して4人の名前を付した・・・という説が有力だそうです。当時イレナエウスらが「異端思想」としていた記述のある書を省いたようです。


写本は思いのほか多いようですが、全く同じものはほぼないと言っていいほど少数だそうです。
同じ写本ばかりだったら(しかも時代を隔てていても)信憑性あるのですけどね。


イエスが異教徒の史料に初めて登場するのは、西暦112年のこと。小プリニウスというその人はローマの属州の総督で、トラヤヌス帝に宛てた手紙の中で「クリスチャンと呼ばれる集団がおり、キリストを神として崇めている」と報告しているそうです。タキツスは、ローマの大火の件に触れ、クリスチャンという名称がピラトによって処刑されたキリストから来ていると説明しているそうです。ただし、いずれもキリスト死後ずっと後の人々で、イエス自身についての記述はないようです。
ヨセフスは(わたし自身も読みましたが)、当時は苦しむユダヤを尻目にローマに寝返っていますし、他の彼の著したものと比較すると、キリストについての好意的な記述は信頼できないというのが大方の見方のようです。


参考程度に・・・。

編集者 ささらほーさら (2017年01月02日 20:34:39)

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#9 2017年01月02日 21:26:52

良い子
ゲストユーザー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

第2部 イエスを分析する

6、自己認識 ウェザリントンⅢ世へのインタビュー

筆者:イエスの神聖は、その死後、彼の熱心な信奉者が作りあげたとする研究者もいる、実際イエスの自己認識はどうだったか?

ウェザリントン:イエスは「女から生まれたものの中でバプテスマのヨハネよりすぐれた人は出ませんでした。」と言っています。ではイエスは自分を何者だと思っていたのでしょう?

さらにイエスセミナーでさえもイエスが自分をメシアだと思っていたと認めている。

8、心理学的証拠 コリンズへのインタビュー

筆者:イエスは正気だったのか?

コリンズ:イエスは不適切な感情を見せていない。心理学的に見て、精神的に健康な人だ。

9、プロフィール カーソンへのインタビュー

筆者:イエスは神が持つ属性を持ち合わせているのか?

カーソン:普通だと奇跡を取り上げる人が多いのだろうが、私は、罪の許し、が重要だと思っている。西洋の歴史では、自分の罪を最も強く認識している人物が最も聖なる人物であると言う考えがある。その中で、人に罪を許そう、だとか、私に罪があると責める者がいますか、と真面目に言える人はイエス以外にいない。

この後、愛に満ちた神と地獄の教えは両立するのか、や、当時の奴隷制への言及がないのは何故か、など続くが、特に目新しい神学論はない。

ここらへんも、既に聖書の記述ありきになっているので、そうですか、で終わろう。

10、指紋 ラビディスへのインタビュー

筆者:旧約で預言されていたメシアはイエスなのか?

ラビディス:元々ユダヤ教の私が、旧約聖書を読み、イエスについての預言を読み、さらにユダヤ聖典を読み返したところ、メシアがイエスである事を確信した。(ここらへんは信仰告白)
他のユダヤ人は聖書について無知なのでイエスがメシアだと気がついてないだけ。

あと、イエスが旧約聖書の預言を成就出来たのは偶然じゃないから、偶然の可能性について計算した人によると(出典なし)十京分の一だから。そんなの、ないない。

あとね~、ダニエル書からメシア出現時期を計算しちゃった。ぴったり一致してるんだよ。(出典なし)

第2部なんとなく終了~

#10 2017年01月02日 22:00:49

KAO
ゲストユーザー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

みなさん、明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

新年早々、ずいぶんとややこしい領域まで足を踏み込むんですね!

#11 2017年01月02日 23:19:27

良い子
ゲストユーザー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

KAO さんの発言:

新年早々、ずいぶんとややこしい領域まで足を踏み込むんですね!

KAOさん、ごめんね。私は、自分が納得出来れば、信仰はそれで良いと思っているから、なんでも書いちゃうんだけど、クリスチャンの方は、やっぱり良い気はしないだろうな~
良い子、中立的に書けないし、毒あるし(-_-)

#12 2017年01月02日 23:58:02

良い子
ゲストユーザー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

第3部 イエスの復活を調べる

11、医学的証拠 メテレルへのインタビュー

筆者:今日の医学は凄い、医学的証拠はイエスの復活まで崩せるからね、イエスの死因はなんですか?
十字架で気絶していただけだとか?

メテレル:十字架にかかる前の鞭うちで既に重体で、最終的には窒息死です。ローマ兵が右脇腹を槍で突いた時は、イエスは確実に死んでいました。(ヨハネの状況描写を参考)
ローマ兵は人を殺すことのプロなんで、イエスが死んだのが分かったことでしょう。気絶していただけなんてこと(死んでなかったなんて)ないない。


12、消えた遺体 クレイグへのインタビュー

筆者:イエスの墓が空になっていた証拠は?

クレイグ:まずイエスが墓に埋葬されたと聖書に書いてある。んで、ローマ兵が見張っていたとマタイが書いているが、証拠はないし、どうでも良い。今の研究者は誰もイエスの弟子が盗んだなんて考えてないし、だって、イエスの弟子が遺体盗むなんて、ありえなくない?

筆者:ちゃんと番兵いたんじゃないですかね?

クレイグ:ユダヤ人とクリスチャンの復活に関する問答の中で、ユダヤ人が、番兵は寝てしまっていたのだ。と答えているので、多分いたのです。


筆者:イエスの復活について福音書同士の矛盾点は?

クレイグ:歴史家は大筋があっていればオッケーです。
それに、空になった墓を見つけたと証言しているのは女性なんですよ、この時代そんなの恥ずかしくて書けないよ、聖書の信憑性なくなるし、でも書いてあるからこれは逆にポイント高いね、なによりの証拠です。

後は、墓は空だったのだから、イエスは復活したのだ、の力押しが続きます。
信仰の問題だね。


13、イエス再び現る ハバーマスへのインタビュー

筆者:人々が復活したイエスを見た事の証拠は?

ハバーマス:パウロが復活を見た人の名前書いてる、嘘だと大騒ぎになる。

筆者:他の歴史書に復活の記録がないのは?

コリントの手紙はクリスチャンみんな認めてる、大丈夫、問題ない。

14、状況証拠 モーランドへのインタビュー

筆者:イエスの復活を確信させた状況証拠はなんですか?

モーランド:弟子達の命をかけた宣教、イエスの弟のヤコブとパウロの回心、ユダヤ社会への革命、(古い伝統を大切にするユダヤ社会におきた変化)、聖餐式を祝う事とバプテスマ(イエスの死を喜び、死から復活した事を喜ぶ)、イエスの死後、急激に広まったキリスト教。
これらを復活の状況証拠とします。

第3部終わり。

後は各々で情報を判断して下さい。

#13 2017年01月03日 05:45:23

ラハム
メンバー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

ちょっと話題からそれるかもしれませんが、
この「ナザレのイエスは神の子か」に
JW組織が発行している「見よ!」のブロシュアーに
引用されている「フレデリック・ケニオン卿」が出現していました。
p102です。
-以下引用です。

すでにメッガー博士が名前を挙げているが、大英博物館の前館長であり『ギリシャ・パピルスの古代書研究』の著者であるフレデリック・ケニオン卿も、「原本が書かれた時代とその最古の写本の時代との時間差が、新約聖書ほど短い書物はない」と述べ、「新約聖書が原本と本質的に同じ内容で伝えられてきたことに対する疑いの原因は、これで取り除かれた」と結論づけている。

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#14 2017年01月03日 05:54:03

ラハム
メンバー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

もう一つですが、
この「ナザレのイエスは神の子か」に
エホバの証人に言及している個所もありました。
JWが訪問伝道に来て欽定訳聖書を用い、
三位一体を否定した場合、
どのように返答できるかというものです。
p104後半からです。
これまで掲示板で紹介された本を多数読みましたが、
JWに言及されたのは見たことがありませんでしたので、
珍しいと思いました。

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#15 2017年01月03日 06:21:58

てつてつ
メンバー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

良い子さん 大変よくまとめていただきありがとうございました

ラハムさんも 興味深い点書き込みありがとうございます 「あと山の写真は他の人にとってもらいました」

KAOさんも 書き込みありがとうございます できましたらKAOさんも読んでいただいて検証していただければ うれしいです 捨てメルアドでけっこうですので メールいただければうれしいです

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#16 2017年01月03日 08:35:53

良い子
ゲストユーザー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

私のまとめは、良い子バイアスかかっているので、中立的に判断したい方は、この本の結論部分だけでも読まれると良いかも、綺麗にまとめてあります。
復習とディスカッションのための質問の欄は、JW書籍に近いものを感じてしまった。

サンプル:
第12章
1、イースターの朝にイエスの墓が空になっていたかどうか。あなたはこの問題に対してどのような結論をだしましたか。この結論を出すに当たり、最も説得力のあった博士の意見はどれですか。

2、クレイグ博士が指摘したように、古代の人はみな、イエスの墓が空になっていたことを認めており、問題の焦点はどのようにイエスの墓が空になったかにあります。イエスが死からよみがえったという以外に、墓が空だったことを合理的に説明する方法がありますか。もしあるとしたら、それに対するクレイグ博士の反論はどのようなものだと思いますか。

3、マルコの福音書15章42~16章8節を読んでみましょう。この箇所は、イエスの埋葬に関して書かれた最も古い文章となっています。ここを読んで、「簡潔であり、神学的要素にも左右されていない」というクレイグ博士の主張を認めますか。

#17 2017年01月03日 08:48:13

ささらほーさら
メンバー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

ラハム さんの発言:

ちょっと話題からそれるかもしれませんが、
この「ナザレのイエスは神の子か」に
JW組織が発行している「見よ!」のブロシュアーに
引用されている「フレデリック・ケニオン卿」が出現していました。
p102です。
-以下引用です。

すでにメッガー博士が名前を挙げているが、大英博物館の前館長であり『ギリシャ・パピルスの古代書研究』の著者であるフレデリック・ケニオン卿も、「原本が書かれた時代とその最古の写本の時代との時間差が、新約聖書ほど短い書物はない」と述べ、「新約聖書が原本と本質的に同じ内容で伝えられてきたことに対する疑いの原因は、これで取り除かれた」と結論づけている。

JWは新約聖書の信憑性に関する証人として幾度もケニヨン卿の言葉を引用していましたよね。
ただ、ご存じのように考古学の調査によって聖書関係の(聖書関連とは限りませんが)の歴史に本格的にメスが入れられて来たのは
1950年以降のことです。
以下はJWが聖書擁護のために引用している部分の一部ですが、著作の年に注目してください。

聖書本文の学者,故フレデリック・ケニヨン卿は7巻の自著「チェスター・ビーティー聖書パピルス」の序文で,励みを与える次のような意見を述べています。「これら[パピルス写本]を調査して得られた最初の,かつ最も重要な結論は,現存する本文が基本的に確実なものであることをそれらが確証しているという,満足のゆく結論である。旧約および新約のいずれにおいても,顕著なもしくは根本的な異読は認められない。重要な意味を持つ語句の削除や挿入はなく,大切な事実や教理に影響を及ぼす異読もない。本文の異読が影響するのは,語順や細かな言葉遣いといった小さな点である。……しかし,これらの写本の本質的な重要性は,それらの写本がこれまで利用できたものよりさらに初期の年代の証拠により,現存する我々の本文が元の完全な形を保っていることを確証しているという点である。この点で,それらの写本を取得したのは画期的な価値のある事柄である」― ロンドン,1933年,分冊I,15ページ。(洞察:聖書の写本の項より)


クリスチャン・ギリシャ語聖書に関して,フレデリック・ケニヨン卿は次のように述べました。「したがって,原文がまとめられた年代と現存する最初期の証拠の年代との隔たりは,事実上無視できるほど小さくなっており,聖書は実質的には書かれたとおりに我々のもとに伝わってきた,ということに対する疑いの最後の根拠は今や取り除かれた。新約聖書の各書の信ぴょう性も全体として元のままの形を保っている点も最終的に確証されたとみなすことができるであろう」―「聖書と考古学」,1940年,288,289ページ。(洞察:聖書の写本の項より)


考古学的証拠によって得られた情報はどんどん書き換えられてきています。
なので、古い情報が載せられているJWなどは「不誠実」と言わざるを得ません。


参考までに・・・

編集者 ささらほーさら (2017年01月03日 08:50:06)

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#18 2017年01月03日 09:04:09

てつてつ
メンバー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

元証人さん こんにちは

ざっと読んでみたのですが
基本的に イエスが神の子であるということを だれかが納得するには
1創造者なる神がおられる「ということは進化論は間違い」
2 聖書は1の神が書かれた または人間に霊感与えて書かせた「ゆえに中にある記述は真実でなければならない 一例 ノアの大洪水は本当にあった」
3 福音書も 人間に霊感与えて書かせた ゆえに中にある記述は真実でなければならない
は 最低限必要な条件だと思います
自分は1はそうだと考えていますので あと2と3が納得できて初めて福音書に書かれていることを検討してみようかな「これでやっとスタートライン」という気持ちになると思います カレブさんや ささらさんなどは 1から納得する論議がないと2以降には進めないと思います 元証人さんにとっては なんてばちあたりなやつらだとお感じになるかもしれませんが パウロも(コリント第一 9:19, 20) …できるだけ多くの人をかち得るために,自分をすべての人の奴隷としたからです。 こうしてわたしは,ユダヤ人に対してはユダヤ人のようになりました。ユダヤ人をかち得るためです…
と 相手の人が現在持っている考え方を考慮した 話し方をしたと思いますのでこれはいたし方のないことかなと思います

それでこういう観点からこの本を見ますと まず1-2はまったく取りあつかわれていませんので3に行くこと自体ができないと自分は思いました

それでも一応 内容について感じたことを書きます

重要な点はいくつもあると思うのですが、読み手によって重要と思う点が異なるでしょうから全て読んでもらいたいのですが、福音書筆者については、31ページからのクレイグ博士のインタビューですね

まずこの部分ですが

博士が話しはじめる。「正確に言いますと、四福音書の著者はあくまで匿名でして、この事実を認識することが重要です。しかし、取税人で十二使徒の一人であり、またラビ(ユダヤ教の教師)としても知られているマタイが新約聖書における第一福音書の著者であること、ペテロと行動を共にしたョハネ・マルコがマルコの福音書』と呼ばれる福音書の著者であること、そしてパウロが『愛する医者』と呼んだルカが、ルカの福音書と使徒の働きの著者であることが、初代教会の統一見解となっています」「彼らが福音書の著者であるというのは、どのくらいしっかりとした統一見解だったのでしょうかね「彼らのほかに、この三つの福音書の著者と思われる人物は誰もいないのです。だから議論の余地はまったくなかったでしょうね」博士が答えた。「それにしてもですよ」私はこの問題をさらに掘り下げたかった。「私が疑い深すぎるのかもしれませんが、本当は、違う人物の手によって書かれたにもかかわらず、この三人が福音書の著者であるという嘘をつく動機を持った人がいたとは考えられませんか」
首を振りながら、「ないでしょうね。いいですか。彼らはとても、らしくないキャラクターなのですよ」と言い、博士はにっこりと笑って続けた。「マルコとルカは十二使徒の一員ですらありません。マタイは十二使徒に加えられていましたが、その前は嫌われ者の取税人ですからね。イエスを裏切ったイスカリオテのユダの次に悪名高い人物ですよ!これは、ずっと後になってから書かれた、奇想天外な内容の福音書とは対照的です。それらの福音書は「外典』に分類されますが、もっと有名で模範的な人物、たとえばピリポやペテロ、マリヤ、ヤコブが著者として担ぎ上げられました。彼らは、マタイやマルコ、ルカよりもずっと重要人物と考えられていましたから。ですから、ご質問へのお答えとしては、マタイ、マルコ、ルカが福音書を書いたのが真実でないなら、福音書の著者を彼らだと偽る理由はどこにもなかったということになります」
確かに論理的な説明ではあった。

とありますが すでに12使徒のうち誰かが書いたことが前提になっていて その中から消去法で特定するという方法ですから ちょっと乱暴かと思います

自分はアーマンさんのキリスト教成立の謎を解くの 130ページからの説明の方がより状況にあっているかなと思います

福音書を読むと、イエスの弟子は、イエス同様、ガリラヤ地方の田舎の出で、身分の低い農民だったことが分かる。彼らの多くは もちろんシモン・ペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネも(漁師などの)その日暮らしの労働者だった。マタイは収税吏だったとされているが、どの程度地位が高かったのか、はっきりしない。税収を確保するため、当局に直接雇われた徴税請負人だったのか、家々を回って、税を徴収する小役人だったのか分かっていないが、おそらく後者であろう。もしそうなら、教育程度はそれほど高くなかったはずである。
他の弟子についても同じことが言える。紀元一世紀に、パレスチナの田舎で、下級の農民だったということはどういうことか、いくつか分かっている。一つには、彼らはほぼ確実に文盲だった。イエスは、明らかに読むことができたという点で、極めて例外的だった(『ルカ』四章十六‐二十節)。しかし、彼が書くことができたことを示す証拠は何も残っていない。古代には、読むことと書くことは別個の能力だった。従って、文字を読むことはできても書くことができなかった人間は大勢いた。識字率はどれくらいだったのだろうか?ローマ帝国では、文盲率は非常に高かった。最高時でも、人口のたった十パーセントしか読み書きができなかった可能性もある。しかも、その十パーセントは、有閑階級であり、つまり教育を受ける時間と金に恵まれた上流階級だった(また、仕事上、読む能力が求められた奴隷や使用人が、読む訓練を受けていた)。それ以外の人間は、幼い時分から働き、教育を受ける時間も費用もまかなうことができなかった。イエスの弟子が文字を書くことはおろか、読むことができたことを示唆する記述すら、福音書にも『使徒言行録』にも見当たらない。事実、『使徒言行録』には、ペトロとヨハネが「無学」であると書かれている(四章十三節)。「無学」とは、古代では文盲を指す言葉である。イエス同様、ガリラヤのユダヤ人であるイエスの弟子は、アラム語をしゃべっていたはずである。田舎出身の彼らは、おそらくギリシャ語の知識が皆無だっただろう。たとえ知識があったとしても、かなりいい加減なものだったに違いない。なぜなら、彼らは、その日暮らしのアラム語を話す文盲の農民と共に生活していたのだから。端的に言って、イエスの弟子はどのような人びとだったのか?彼らは文盲で、アラム語をしゃべる、ガリラヤの下層階級の農民だった。ならば、福音書記は誰か?彼らの身元は伏せられているが、福音書にはいくつかの手がかりが残されている。福音書から分かることは、私たちがイエスの弟子について知っていることと完全に食い違う。福音書の作者は高学歴で、ギリシャ語が堪能なキリスト教徒であり、おそらくパレスチナには住んでいなかった。
彼らが教育程度の高い、ギリシャ語を話す人びとであったことは、論を待たない。福音書がもともとアラム語で書かれていたと考える学者もいることにはいる。しかし、今日では、様々な専門的、言語学 的理由から、全ての福音書はギリシャ語で書かれたというのが大方の見方である。先に述べたように、ローマ帝国の人口のせいぜい十パーセントしか、読むことができなかった。文章を書くことができたのはそれ以下で、初歩的な物語を書くことができた人間はさらに少なく、福音書のような長編文学を書くことができた人間にいたっては、それこそほんの一握りだった。福音書が、ローマ帝国時代に書かれた、最も優れた文学作品であるわけではない。もっと素晴らしい作品はほかにたくさんある。しかし、福音書が、一貫した主題を持った物語であることに変わりはない。物語を構築し、洗練された技法をもって文学的な目的を遂行する術を知っている、高度な教育を受けた作者によって書かれたのである。作者が誰であれ、彼らは類まれな才能を持った後世のキリスト教徒だった。学者は、彼らがどこに住み、何を生業としていたのか議論を戦わせている。彼らがパレスチナの地理やユダヤ教徒の慣習に疎いことから、パレスチナではない帝国のどこかで福音書を執筆したのだと推測できる。それなりの教育を受けることができ、比較的大きなキリスト教徒の共同体があった都市部に彼らがいた可能性は高い。

と 述べていますので 自分はこちらの説明の方が可能性は高いと思います
あと それでも自分は4福音書が マタイ マルコ ルカ ヨハネでないとしても その内容が真実であればよいのですが

乗っ取られた聖書の筆者の 秦さんは 306ページ で

歴史のイエスとは、今から二○○○年前のパレスチナのどこかで「多分、ベツレヘムではなくて」誕生したひとりの人物で、その彼は自分が死後キリストに格上げされることなど夢想だにせずに、パレスチナのガリラヤの町々で一種独特のライフスタイルで教えを説いたり、聞く者たちを挑発した人物です。彼が本当に十字架に架けられて死んだのか、それともそれはフィクションであったのか、その辺りのことは論証さえできませんが、それをフィクションではなかろうかと疑ってかかるのは、歴史のイエスを論じるときには必要な正しい勇気ある態度であろうかと思われます。
「信仰のキリスト」、あるいは「教会のキリスト」は、教会によって「歴史のイエス」に厚化粧が施されて創出されたものだと想像して構わないでしょう。その化粧を施した第一号は、福音書記者と呼ばれる者たちでしょう。

と述べて 福音書のイエスは 本当のイエスを脚色したものだといっています
自分は福音書の記述の中で疑問な部分も多いことから

一例 登録の記述 キリスト教成立の謎を解く 48P
『ルカ』が抱える歴史的な問題は、それ以上に深刻だ。まず言えることは ローマ皇帝アウグスツゥスの治世に関する記録が比較的多く現存しているということだ そして帝国全土で住民登録が実施され誰もが先祖の出身地に帰って登録しなければならなかったという記録はどこを探しても見当たらないというより、そんな制度があったなどと思いつくこと自体、どうかしているのではないか?ヨセフは、先祖であるダビデがベツレヘムで生まれたため、この町に舞い戻る。しかし、ダビデが生きていたのは、ヨセフの時代より一千年も昔のことだ。ローマ帝国の市民が全員、一千年前の先祖の出身地
に戻るよう強いられたなんて、考えられるだろうか?もし今日、新しい世界規模の住民登録制度が導入され、私たちが一人残らず、一千年前の祖先の故郷に移住しなければならないとして、読者ならどこへ行く?この種の全世界的な大移動が、人びとの生活にもたらす滅茶苦茶な混乱をイメージできるだろうか?しかもそうした計画が、一切新聞記事にならないなんて?『ルカ』を除けば、住民登録制度について触れている古代史料は、一つもない ならば なぜ『ルカ」は、こうした制度が存在したなどといっているのか?答えは簡単だ 記者はイエスがナザレ出身であることを知りながらかれがベツレヘムで生まれたことにしたかったのだ

等から 自分は 4福音書は 12使徒ではなく 後の時代にイエスのことを知らないギリシャ語を母語とするキリスト教徒が書き そして彼らの希望にそって創作されたものだと思います
それで ナザレのイエスの本のこれ以降の部分は福音書にこうあるからこうだという論議ですので 受け入れるのは難しいと思います

編集者 てつてつ (2017年01月03日 09:10:40)

オフライン

#19 2017年01月03日 09:29:57

ささらほーさら
メンバー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

てつてつ さんの発言:

自分は 4福音書は 12使徒ではなく 後の時代にイエスのことを知らないギリシャ語を母語とするキリスト教徒が書き そして彼らの希望にそって創作されたものだと思います

「キリスト教成立の謎を解く」アーマン著・・・でも同じ点が指摘されていました。

・12使徒は一様に身分の低い農民・漁民であり、文字の読み書きはできなかった。
・使徒の活動4:13では、ペテロとヨハネが「無学」であると書かれているが、それは「文盲」を意味した。
・彼らはギリシャ語ではなくアラム語を話したと考えられる。
・ 当時、ギリシャ語を理解し、かつ文章に著すことができたのは有閑階級の極一部であった。
・収税人のマタイでさえ、家々を回って取り立てをする徴税請負人だったと考えられるため教育程度は低い。
・大人になってから文字の習得をし、かつ福音書のような文章できたと考えることは難しい。

概ね、マルコによる福音書は西暦65~70年頃、マタイとルカがその15~20年後、ヨハネが一番新しい(いつ頃か忘れました)。
その辺の順番は100年くらい前にはほぼ知られていたようですね。


※てつてつさん、重複しましたね。失礼しました。
でも、要点を箇条書きにしてみたので投稿は残しておきます。

編集者 ささらほーさら (2017年01月03日 09:36:00)

オフライン

#20 2017年01月03日 10:22:49

Chimera
ゲストユーザー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

良い子 さんの発言:

復習とディスカッションのための質問の欄は、JW書籍に近いものを感じてしまった。

そうですかね。どこの団体の聖書講座のテキストもだいたい質問の欄もありますけどね。

歴史の浅いエホバの証人の組織が真似て書籍を作ってると思いますけど。一度、エホバの証人時代のトラウマから離れてみられたらどうでしょうか。

#21 2017年01月03日 10:24:36

Chimera
ゲストユーザー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

ささらほーさら さんの発言:
ラハム さんの発言:

ちょっと話題からそれるかもしれませんが、
この「ナザレのイエスは神の子か」に
JW組織が発行している「見よ!」のブロシュアーに
引用されている「フレデリック・ケニオン卿」が出現していました。
p102です。
-以下引用です。

すでにメッガー博士が名前を挙げているが、大英博物館の前館長であり『ギリシャ・パピルスの古代書研究』の著者であるフレデリック・ケニオン卿も、「原本が書かれた時代とその最古の写本の時代との時間差が、新約聖書ほど短い書物はない」と述べ、「新約聖書が原本と本質的に同じ内容で伝えられてきたことに対する疑いの原因は、これで取り除かれた」と結論づけている。

JWは新約聖書の信憑性に関する証人として幾度もケニヨン卿の言葉を引用していましたよね。
ただ、ご存じのように考古学の調査によって聖書関係の(聖書関連とは限りませんが)の歴史に本格的にメスが入れられて来たのは
1950年以降のことです。
以下はJWが聖書擁護のために引用している部分の一部ですが、著作の年に注目してください。

聖書本文の学者,故フレデリック・ケニヨン卿は7巻の自著「チェスター・ビーティー聖書パピルス」の序文で,励みを与える次のような意見を述べています。「これら[パピルス写本]を調査して得られた最初の,かつ最も重要な結論は,現存する本文が基本的に確実なものであることをそれらが確証しているという,満足のゆく結論である。旧約および新約のいずれにおいても,顕著なもしくは根本的な異読は認められない。重要な意味を持つ語句の削除や挿入はなく,大切な事実や教理に影響を及ぼす異読もない。本文の異読が影響するのは,語順や細かな言葉遣いといった小さな点である。……しかし,これらの写本の本質的な重要性は,それらの写本がこれまで利用できたものよりさらに初期の年代の証拠により,現存する我々の本文が元の完全な形を保っていることを確証しているという点である。この点で,それらの写本を取得したのは画期的な価値のある事柄である」― ロンドン,1933年,分冊I,15ページ。(洞察:聖書の写本の項より)


クリスチャン・ギリシャ語聖書に関して,フレデリック・ケニヨン卿は次のように述べました。「したがって,原文がまとめられた年代と現存する最初期の証拠の年代との隔たりは,事実上無視できるほど小さくなっており,聖書は実質的には書かれたとおりに我々のもとに伝わってきた,ということに対する疑いの最後の根拠は今や取り除かれた。新約聖書の各書の信ぴょう性も全体として元のままの形を保っている点も最終的に確証されたとみなすことができるであろう」―「聖書と考古学」,1940年,288,289ページ。(洞察:聖書の写本の項より)


考古学的証拠によって得られた情報はどんどん書き換えられてきています。
なので、古い情報が載せられているJWなどは「不誠実」と言わざるを得ません。


参考までに・・・

では、同じページに出ているF・F・ブルースはどうなります?
『新約聖書は信頼できるか』(1959)の著者である彼は1990年まで生きています。
彼の言葉は、「新約聖書ほどたくさんの文書的証拠が残っている古代文学はない。」と語っています。

それで、
「原本が書かれた時代とその最古の写本との時間差が、新約聖書ほど短いものはない。」

というケニオン卿の言葉が覆されていない以上、何年前かは関係ないと言えます。

#22 2017年01月03日 10:26:57

Chimera
ゲストユーザー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

てつてつさん、こんにちは。
そうですかね。
否定的な著作の多い自称、神を信じないクリスチャンであるギリシャ語の専門家の田川建三さんでさえ、『書物としての新約聖書』の中でマルコなどを福音書筆者と書いてます。(P333)


人口調査の件ですが、裏付けとなるローマ側の資料は出ていないのは確かです。

しかし、アーマンの主張は本当でしょうか。

彼が知らないだけで、彼の説を鵜呑みにするのは危険でしょう。

ヨセフスは、『古代史』の中で、キリニウスによる人口調査について報告しています。

タキトウスは、『年代記』六巻で、カパドキア(現トルコ東部)のアルケラオス王の領地に対し人口調査が行われたことを記しています。



アウグストゥスはローマの属州の腐敗を一掃し、属州を編成し直し、より公平な税金を属州に課すために14年ごとにローマ帝国内の人口調査を命じていました。
それは、エジプト側の資料で確認されています。
引用
エジプト出土の資料によれば、アウグストゥスは税負担の土台を整備するため、人口調査を命じ、これを14年ごとに繰り返すこととした。さかのぼって紀元前104年には、エジプト人の定期的な登録を示す資料が知られている。

参考ページ

http://atsubetsuchurch.blogspot.jp/2013 … 2.html?m=1


ローマ時代の出土したエジプト側の人口調査の資料については、ここの出生率の欄にも少し触れています。


https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83% … 3%E5%AD%A6



探せば他にもアウグストゥス時代の人口調査の資料もあるかもしれません。

#23 2017年01月03日 11:15:58

ささらほーさら
メンバー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

Chimera さんの発言:

では、同じページに出ているF・F・ブルースはどうなります?
『新約聖書は信頼できるか』(1959)の著者である彼は1990年まで生きています。
彼の言葉は、「新約聖書ほどたくさんの文書的証拠が残っている古代文学はない。」と語っています。

考古学的な資料としては古いと思います。
1990年まで生きても、資料は1950年代以前のものだと考えられます。

Chimera さんの発言:

「原本が書かれた時代とその最古の写本との時間差が、新約聖書ほど短いものはない。」
というケニオン卿の言葉が覆されていない以上、何年前かは関係ないと言えます。

証拠にはなりません。
それは当然と言えば当然の現象に過ぎないと思いますよ。

客観的に考えてみてください。
他の文学作品について、いったい誰が写本を残したり注釈書をたくさん作ったりしますか?
現代でもそれは観察できる事実です。

どんなに素晴らしい文学作品でも宗教書ほどの影響力はありません。
それは人の心理が不安や危険からの「救い」を求めているし
それの答えを個人の古代文学に見出せる可能性があるなどとは、誰も思わないからです。
どの時代にも、疫病、政情不安、災害、争い・・・が存在し
どの人間も多かれ少なかれ「答え」に行きつきたいはずなのです。(それは進化論でも説明されています)
そんな中で「心地の良い」教えの噂や口承があれば
語り継ぎたいという衝動や心理が働いたとしても不思議ではありません。

現にキメラさんもそのようにして必死で聖書を擁護しようとしているではありませんか?
「確たる証拠はないよ」と言われてもそうされているではありませんか?
一文学作品のためにそんなことをする人がいったいどれ程いますか?
その「衝動」とも「囚われ」とも表現される心理状態を作り出すのが「宗教」の特徴のひとつなのですよ。

そんなわけで、宗教書だからこそ、こぞって人々が(目的は様々だと思いますよ)口承したり書き残したり
時には都合のいいように改竄され・・・それでも尚現在に至っているのです。

それはキリスト教ばかりではなく、イスラムでも同じ現象を経てきています。

いずれにしても、他の古典文学と宗教書とを比べること自体がおかしいことだと思います。

オフライン

#24 2017年01月03日 11:50:01

Chimera
ゲストユーザー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

ささらほーさら さんの発言:

考古学的な資料としては古いと思います。
1990年まで生きても、資料は1950年代以前のものだと考えられます。

証拠にはなりません。
それは当然と言えば当然の現象に過ぎないと思いますよ。

メツガー博士はF・F・ブルースよりも後の年代まで教えており、その著書も現在でも高く評価されています。
聖書学者の間でメツガー博士らの見解が否定されたなどという事は聞いたこともありません。

博士らの見解が覆されたというならその具体例を挙げて下さい。
また、『改竄』というものがキリスト教の存在をおびやかすほど多くあると言うのなら、その
改竄された全ての箇所を示して下さい。

あなたが必死だと思いますけどね。

#25 2017年01月03日 12:40:15

ささらほーさら
メンバー

Re: ナザレのイエスは神の子か の本について

Chimera さんの発言:

メツガー博士はF・F・ブルースよりも後の年代まで教えており、その著書も現在でも高く評価されています。
聖書学者の間でメツガー博士らの見解が否定されたなどという事は聞いたこともありません。

博士らの見解が覆されたというならその具体例を挙げて下さい。
また、『改竄』というものがキリスト教の存在をおびやかすほど多くあると言うのなら、その
改竄された全ての箇所を示して下さい。

言ってくると思いました。
覆されたという意味で言っているわけではありません。
考古学とは、それを覆す新しい事実が出ない限りは古い情報に頼るしかありません。
なので、もしその時点での史料よりも新たな発見がないならば古い史料に頼るしかありません。
その時点(1959年に著された著作)よりも新たが史料が発掘されていないという注記がないならば
史料としては古いと言ったのです。


メツガー博士について、その見解が誤りだとは言っていませんよ。
良く読んでくださいね。

それが本当だという前提で

ささらほーさら さんの発言:

客観的に考えてみてください。
他の文学作品について、いったい誰が写本を残したり注釈書をたくさん作ったりしますか?
現代でもそれは観察できる事実です。

と申し上げたのです。

また上記したように、考古学的な証拠は、誰が正しくて誰が正しくないか・・・ではなく、
どれが最新の史料か・・・であり
そこからの推論は、その人の宗教的立場や視点・観点で大いに違う
と言っているのです。

※シロアムの池の所在地も、ある場所であるとずっと信じられていたために、そこに教会まで建てましたが
2004年にその地点の近くではありますが新たな発見があり、今ではかつての場所は否定されています。



Chimera さんの発言:

『改竄』というものがキリスト教の存在をおびやかすほど多くあると言うのなら、その
改竄された全ての箇所を示して下さい。

これについては予想以上に多く存在するようです。
把握できる資料はあとでまとめようと思っています。

「キリスト教の存在をおびやかすほど」と言っておられますが
聖書学者や宗教学者は、それらのことはほぼ把握していますよ。

また、バチカンや種々の博物館に収められているものが多く
専門の学者でさえ簡単には閲覧することができないのが現実だそうです。
なので、何かのチャンスにほんの数時間調査する・・・の繰り返しのようです。

編集者 ささらほーさら (2017年01月03日 12:50:30)

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